藤原肇「遠くを想う」 (31)
アイドルマスターシンデレラガールズ 藤原肇のssです。
地の分あり。
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『おじい……祖父に、陶芸家として跡を継げと言われて……でも私はもっと色々な経験をしたいんです。
だから憧れの世界に挑戦することにしました。なので、私頑張ります……協力お願いします……!』
『私、プロデューサーさんに少しずつ感化されてます。いい意味です』
『自分がイメージするアイドル像に己を変えていく……陶芸に通ずるものがありますね。プロデューサーさん、私の変化を見ていてください』
ゆっくりと目を開け、体を起こすと見慣れていたはずの見慣れない風景。
(そっか……実家に帰ってたんだっけ)
居間に向かえばそこには誰も居なく、机の上にはお家の鍵が置かれていました。
棚から備前焼のお茶碗とノルウェーのお土産に買ったマグカップを取りだし、急須に入ったお茶をマグカップへ注いでいきます。
炊飯器を開け、沸き立つ湯気と香りを楽しみながら、お茶碗にご飯をこぺこぺと詰めていきます。
冷蔵庫から小鉢を取りだし、テーブルに並べお箸を揃えて頂きますと小さく呟きます。
ほかほかのご飯と大根のはりはり漬を交互に口に運び、ぱりぱりとした食感を楽しみます。
事務所の寮で出てくるたくあんとは別の食感と味に舌鼓を打ちつつお茶碗の底に残ったお米も丁寧にまとめて一口。
ごちそうさまでしたと呟き、食器等を片付けていきます。
いつまでもTシャツ一枚は流石にだらし無いので着替えをタンスから取りだし、あとは、歯を磨いて出掛ける準備をしなくては。
明日にはまた東京に戻ってしまうので、故郷の景色をもう一度見て回りたいと思い、自転車で走らせていきます。
アイドルになる前、毎日おじいちゃんとランニングしていた道を走り、心地好い風が頬から髪へ流れ、吹き抜けていきます。
桜が咲いていた広場を通り、プロデューサーさんとこの桜を見に行くという約束を思い出し、過ぎたばかりの春をまた想うことにしました。
きっと来年ならプロデューサーさんと来れるかな、なんて思ったり。
川の方へ向かい雲雀の鳴き声を聞きながら自転車を降り、ストッパーを下げます。
ゴツゴツとした石の上を伝って川底を覗き込む。
流れはあの時と違いそんなに速くはなく、西日が乱反射をしてキラキラと光っています。
釣竿も一緒に持ってくれば良かったなという考えが一瞬頭を過ぎりましたがもうそんな時間もないなと思い、渓流を後にします。
あぜ道を走り、いつかの田んぼを横切りました。
薫風がそっと吹いて早苗を撫でていきます。
いつの間にか空の青と夕日の赤が混ざり合い、溶け合っていきます。
街灯が少ないので早く帰らないと夜に取り残されてしまう。
そんな焦りを覚え、少しペダルを漕ぐ速度を速めます。
お家に着くと陶房から明かりが漏れているのが見えました。
中を覗くとおじいちゃんがろくろを廻していました。
邪魔をしないように音を立てず、そっとその後ろ姿を眺めてみます。
何かに対して真剣に取り組む姿が好き。
気付けばこう思えるようになったのは、おじいちゃんのこの後ろ姿をいつも眺めていたからかもしれませんね。
おじいちゃんの作業が一段落したのか、ふぅ。と深く呼吸をしたのと同じタイミングで遠くから、ご飯が出来たわよ。とお母さんの声が聞こえてきました。
手を洗うおじいちゃんがやっと私が居るのに気がついたようで、短く「居たのか」と驚いていました。
タオルで手を拭くおじいちゃんを見ながら、私も少し照れて短く「居たよ」と返すとおじいちゃんのゴツゴツとした手が頭の上に乗っかり、豪快にワシャワシャと撫で回されてしまいました。
もぅ、子供じゃないのに。
居間に着くとお母さんとお父さんが晩御飯をテーブルの上に運んでいました。
私も手伝い並べていきます。
おじいちゃんが釣ってきたヤマメとお隣りさんから頂いた山菜の天ぷら、それとお味噌汁。
なんだか懐かしい匂いがします。
家族揃って頂きますと手を合わせ、ご飯を食べながらたくさんのことを話しました。
なんでもバレンタイン用のチョコレートと備前焼のギフトセットが思った以上に売れ行きが良かったみたいでした。
お父さんが肇のおかげかもなと笑っています。
宣伝をして回っている訳ではありませんがもしかしたら、お話している端端に漏れているのかもと思い、これで良いのかなと悩んでしまいます。
ご飯を食べ終え、自分の部屋でゆっくりしているとノックの音がしました。
どうしたの? と返事をするとお母さんが青い浴衣を持ってきて、今年も着るでしょ? と尋ねてきました。
予定がある訳ではありませんが、出来れば今年もこの浴衣を着て夏祭りに出掛けて行きたいなと思い、頷きます。
ふと急に、神社のお祭りで手を繋いだプロデューサーさんの温もりを思い出してしまいドキリとしてしまいました。
お母さんの方を見ると、手をヒラヒラさせながら、頑張ってねと言い残し部屋を出ていきます。
余計なお世話!
私の部屋なのに見慣れないアルバムを一冊見つけました。
手に取り、開いてみるとこれまでにしてきた仕事の合間の……オフショットと言うべきでしょうか。
私の写真が丁寧に貼付けられていました。
ライブの写真に、インタビューの記事まで……きっとこれはお父さんの仕業ですね。
わざわざ私の部屋に置かなくても良いのに。
懐かしいものもたくさんありパラパラとページをめくっていきます。
こずえちゃんとの写真……これは温泉街でライブをやったときの写真ですね。
セーラー服と和装という面白い組み合わせの衣装だったなぁと。
一つ一つのページについて思い出を思い出しながら読み進めていると、はらりと一枚の写真が落ちてきました。
拾い上げ見てみるといつかの、カフェで偶然プロデューサーさんに出会ったときの写真でした。
美紗希さんに洋服をコーディネートしてもらい、憧れだったかわいいカフェで舞い上がってしまって、ついプロデューサーさんに写真を撮られてしまいましたが……こんなところまで出回ってしまうとは思いもよらなかったですね。
不思議な事に、事務所に居るときは故郷を想い、実家に帰ればどうしても事務所のみんなの事と……プロデューサーさんの事を想ってしまいます。
どちらかが足らない。というわけではありません。
もしかしたら、大切なものを想いつづける事が好きなのかもしれませんね。
ここに帰ってき来たときの様に、事務所のドアを開け「ただいま」と言いたいと強く思いました。
明日になれば会えるはずなのに、プロデューサーさんの声がどうしても聞きたくなってしまいまい、バッグから二つ折りの携帯電話を取りだし、ゆっくりと、丁寧に、11桁の数字を打ち込んでいきます。
そらでプロデューサーさんの番号を覚えていたことも、電話帳を開けばいいのにわざわざ手間をかけたことも、なんだかおかしくて、不思議な感じがしました。
後はこの受話器のマークのボタンを押すだけ……なんですが、ここまで来てなんて声をかければ良いかとか、どうしたんだ? なんて聞かれたらどう答えれば良いのかとか、よくないイメージばかり沸いてきてしまい、深呼吸をひとつします。
もしかしたらプロデューサーさんはまだお仕事をしているのかもしれない。
パソコンに向かってうんうんと悩みながらキーボードを打ち鳴らす後ろ姿を想像し、そんなときに電話をしたら迷惑かもしれないって思うと、スッとボタンから指が離れていきます。
いつのまにか携帯電話の画面は真っ暗になっていて、きっと10分位しか経っていないのに気の遠くなる程時間が長くゆっくりと感じていきます。
突然、携帯電話の液晶に明かりが灯り、「輝く世界の魔法」を奏でながら手の中で小さく暴れ始めます。
ドクンドクンとうるさかった私の心臓もドクンとさらに一層大きく波を打ち、それを合図に身体中に血液が広がっていくのがわかりました。
慌てて通話のボタンを押して、携帯電話をそっと耳に寄せます。
「もしもし、肇か?」
聞き慣れた安心する声。
安心するはずなのに胸の鼓動は未だにうるさい。
震えないように声を抑えながら、もしもしと返します。
「ああ、ごめん。なんだか声が聞きたくなって」
ちょっとクサかったかなと後から小さくポツリと聞こえてきました。
きっと電話のむこうではポリポリと頬をかいているかもしれません。
いつもはこんな事を言う人ではありませんから恐らくは、周子さんやちひろさんがプロデューサーさんをそそのかしたんだと思います。
片目を閉じながら悪戯っ子のように笑う彼女達や、それを実践するプロデューサーさんが居て。
それにまんまと引っ掛かってしまい悔しいはずなのに、どうしても顔がほころんでしまう私が居て複雑な気持ちになってしまいます。
それでも、プロデューサーさんの魔法の声はいつだってこんな複雑な気持ちも、不安も、寂しさも吹き飛ばしてしまいます。
「ふふっ。私もちょうど声が聞きたかったところです」
思ったことをそのまま伝える。
きっとプロデューサーさんの事ですから、私の気持ちには気付かないかもしれませんね。
それでも、今はそんなに悲しいと思えなく、これもまたプロデューサーさんの魔法のせいなんだと思いました。
そちらはどうですか? と尋ねると、立て込んでいた仕事が無事に終わらせられる事が出来て良かったと嬉しそうに話してくれました。
「あまり無茶はしないでくださいね?」
「分かっているよ。ちひろさんにも怒られた」
さっきとは打って変わって、しょんぼりとした声色で話します。
声だけですが、こんなにも短時間でころころと表情を変えられるプロデューサーさんをちょっと羨ましいと思ってしまいました。
少し待っていてくださいねと伝え、マイクの音量を少し下げ、部屋を出ます。
居間やおじいちゃんの部屋の前を通るのを避け、なるべく人が居なさそうな通路を選び、縁側に出ました。
もう大丈夫ですと伝えると、大丈夫か? と心配する声が電話から聞こえてきました。
「少し……外の空気が吸いたくて」
サンダルを履き地面に降り立つと柔らかい風がそよいで、私の事をすり抜けていきます。
電話からはなるほどという声と共に窓を開ける音が聞こえてきました。
「やっぱりそっちの星は綺麗なのか?」
プロデューサーさんにそう尋ねられたので空を見上げますと、綺麗に半分になった月が顔を覗かせ、小さな光達がそこらじゅうに敷き詰められていました。
昔はずっと当たり前だったこの景色も、少しここを離れただけでこんなにも新鮮に写ってしまうのかと思うと、ほんのちょっぴり怖くなって、そして今見える景色を忘れないようにと強く思いました。
「はい、きっとそちらよりももっとたくさんの星が見えますよ」
「そうなのか、やっぱりこっちはビルとかの光が多いからなぁ」
「それでも……都会の夜も素敵ですよ」
そうだったなという声に耳を澄ませながら目を閉じ。
「この手も……天に届きますか?」
気付けばあの時と同じことを口に出してしまいました。
「肇ならできるさ」
大丈夫だよと優しい声でプロデューサーさんが語りかけてきます。
そうでしたね、今まで学んできた大切なものを両手ですくって天へとのばす。
しっかりとイメージは掴んでいます。
再び夜空に視線を向けると他の星達と比べて一層強く瞬く星がありました。
「プロデューサーさん、そちらにスピカは見えますか? 青白く輝いている星です」
「ん。もしかしてあれかな? 綺麗に光ってるやつ」
離れていても同じものを見ているという安心感が心を落ち着かせていきます。
スピカ……乙女座の一部で確かその星のモデルが……
「プロデューサーさん」
「どうした?」
「また、田植をしたいですね」
どうしたんだよ急にって笑いながら、でもまぁ、また泥だらけになるのも良いねと言ってくれました。
今日はなんだかたくさんの「これまで」を振り返った気がします。
あの日、手ぬぐいと作務衣を纏った少女は変化を見てくださいと頼みました。
浴衣を着てもっと上を目指したいと。
夢の中で光り輝くところへ連れていくと。
夜桜に囲まれいつまでも枯れずに美しく輝きたいと。
ステージの中で千色の彩りで染め上げていきたいと。
ビルの屋上で夜空に鮮明に浮かぶ星になりたいと。
声援に囲まれながらみんなでステージを作り上げていきたいと。
贈り物と共に情熱を受け止める器になりたいと。
澄んだ水のように透明な笑顔を届けたいと。
素の自分を出し狙いを外さないライブにしたいと。
世界へ飛びだし凍えそうな心をそっとあたためるアイドルになりたいと。
今までに通った道のその全てに意味があって、今の私がここに居るんだと思いました。
ならば、「これから」のお話もしていかなければなりません。
「プロデューサーさん」
「……どうした?」
「私の色合いをもっとたくさんの方に響かせていきたいです」
「俺も頑張るよ。窯焚き一生。だろ? 俺もずっと肇のプロデューサーだ」
「ありがとうございます」
丈夫な体を授けてくれた両親と。
肇という名前をくれたおじいちゃんと。
基礎という土台を固めてくれたトレーナーさんもと。
たくさんの色をつけ足してくれた事務所の仲間と。
熱い声援をくれたファンの皆さんと。
そしてなにより、『アイドル藤原肇』を形作ってくれたプロデューサーさんと。
私は歩んでいきたい。
これからも、一歩ずつ。
きっと私の歌声は今まで以上にもっと遠くへ届くはずだから。
「プロデューサーさん」
「どうした?」
「次のお仕事も頑張りますね」
「もちろんだ、期待してるよ」
一歩ずつ歩んで。
いつか約束したトップアイドルへと。
大切な人達と一緒に、一番になるために。
『ふふっ……土と向き合い、美しい器を創るように……私は自分自身と向き合って、一番私らしく表現できる私になりました。
ファンにも、プロデューサーにも喜んでもらえる存在に……なれていますか?』
『名前、呼んで下さい。男っぽいけどおじいちゃんに貰った名です』
『私の本気、伝わったみたいで嬉しいです。あと、おじいちゃんから伝言で、プロデューサーさんと、一緒に一番になって来いって……!』
短いですが終わります。
地の文ですね。申し訳ありません。
総選挙お疲れ様でした。
肇ちゃん総合10位おめでとう!
じゅうぶん胸を張って誇れる順位だと思いますが、これに満足せずもっと高みを目指す彼女であってほしいです。
ありがとうございました。
>>23 誤字ってた……訂正します。
丈夫な体を授けてくれた両親と。
肇という名前をくれたおじいちゃんと。
基礎という土台を固めてくれたトレーナーさんと。
たくさんの色をつけ足してくれた事務所の仲間と。
熱い声援をくれたファンの皆さんと。
そしてなにより、『アイドル藤原肇』を形作ってくれたプロデューサーさんと。
私は歩んでいきたい。
これからも、一歩ずつ。
きっと私の歌声は今まで以上にもっと遠くへ届くはずだから。
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