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渋谷凛「ハナコに名古屋弁のババアの人格が生まれた」
渋谷凛「ハナコに名古屋弁のババアの人格が生まれた」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1461352954/)
スレ内で凛×文香の濃厚な絡みを書けと言われたので。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1462721701
プロローグ
「今日は学校はよろしいのですか?」
私が平日にお仕事を入れると文香は決まってこう聞くんだ。
「学校?今日は休みだよ」
だから私も決まってこう返す。
自慢できることじゃないけど私だって進級に必要な単位数や出席数は分かってるし
それを計算した上で休んでるんだから口出ししなくてもいいのに、と思う。
文香が私のこと心配して言ってくれてるのは分かってるから、なおさら...ね。
SIDE:鷺沢文香 01
私が現在のお仕事を始めるころには既に凛さんは遙か高みにいらっしゃいました。
それはもう、直視できないほどにきらきらとしていて私には眩しいくらいで。
そんな私が今、凛さんの隣でアイドルとしていられるのは偏にプロデューサーさんと凛さんのおかげであり
アイドルとしての私を育ててくださった二人には感謝してもし切れません。
ですから私は報いたいのです。二人の気持ちに。
SIDE:渋谷凛 01
アイドル活動の幅を広げるために私はユニットを組むことになった。
そのときにプロデューサーが見つけてきたのが鷺沢文香。
第一印象は綺麗な人だな、くらい。
身長は私よりちょっと低くくて見た目は抜群。
プロデューサーもやるなぁ、なんて感心しちゃったのを覚えてる。
あ。でも、しばらく一緒にレッスンするようにって言われた時は少し嫌だった。
だってそうでしょ。素人が私に合わせるなんて無理だから私が合わせるしかない。
その分だけ私の効率は落ちる。正直な話、私にいいことなんてないと思ったし不満だったよ。
確かに文香は真面目だし覚えも早かった。たぶん自主レッスンもしてたと思う。
しばらく一緒にレッスンする内に一曲目は私に付いて来られるまでになった。
だけど体力がなくて二曲目からはバテバテで指先にまで集中力が回らなくなってくるんだ。
それを指摘するときにきつい言葉を言ってしまったこともある。
年下にそんなことを言われて文香も嫌だったよね。反省してる。
思えば、プロデューサーの狙いはこういうことだったのかな。
客観的な視点を持つ、っていうのかな。
そんなわけで文香とのユニット結成は私にも大きな成長を与えてくれたんだ。
だからね、何かで文香にお返しできたらなぁって今は思う。
SIDE:鷺沢文香 02
ある日のことです。
撮影のお仕事が終わった後に凛さんと一息つく時間が取れたので事務所で休憩することになりました。
凛さんは通学用の鞄とシューズケースを机に無造作に置くと戸棚の方へ行き
「これプロデューサーが食べていいよ、って」と凛さんがクッキーを出してくださったため、私は飲み物を用意します。
「文香は何飲むの?」と問われたので「コーヒーを」と返すと凛さんは「じゃあ私も一緒で」と言いました。
私がテーブルにコトンと二つマグカップを置き、ソファに並んで座ると
凛さんはマグカップに口をつけ少し飲んだ後に顔をしかめてこちらを見ました。
べぇ、と舌を出して「苦いね」などと言うものですから危うく吹き出すところでした。
不覚にも可愛いと思ってしまいましたが、これは仕方のないことであると思います。
普段はクールでかっこいい凛さんのおちゃめな一面にノックアウトされてしまったのです。
私が「砂糖とミルクを入れましょうか」と言うと凛さんは「任せたよ」と言って私にマグカップを手渡します。
スティックシュガーを1本入れミルクを数滴垂らした後にマグカップを返すと「味見してよ」とのご命令。
それは間接キス、と呼ばれるものでは...。と数秒間逡巡した後、私は口を付けました。
甘かった、と思います。それがどちらの甘さであるかは分かり兼ねますが。
SIDE:渋谷凛 02
ある日の話。
私と文香は別々のお仕事だったんだけどたまたま終わり時間が一緒でさ、一緒に帰ることになったんだ。
ただ帰るだけじゃ味気ないしご飯でも行こう、って私が言ったら文香は二つ返事で了承してくれた。
何の特別感もないファミレスだったけど楽しかったなぁ。
私が普通の高校生だったらこんな放課後もあったのかなって思うくらい。
楽しい時間はあっという間、ってよく言うよね。まさしくそんな感じでさ。
その後で最悪な雰囲気になっちゃったんだ。
理由は私のせい。
私のカバンに入ってる文化祭のお知らせを文香が見つけて「行ってもいいでしょうか」って言ったんだ。
それに私は「やめて」って返しちゃったんだ。
そうしたらもう和やかだった雰囲気は最悪。
文香もそれ以上は何も言わなかったし、その日は解散したんだ。
SIDE:鷺沢文香 03
二人でファミリーレストランへ行った日以来、私と凛さんは気まずくなってしまいました。
きっと私のせいです。
やはり、私は凛さんにとって足枷なのでしょうか。
そんなことを考えていると携帯電話が私を呼びました。
知らない番号です。
おそるおそる電話に出ると、電話の主は凛さんでした。
『もしもし、文香。夜分遅くにごめんね』
『いえ、嬉しいです。電話していただけて』
『ファミレス行った日のこと覚えてる?ひとこと、謝りたくてさ』
『こちらこそ、すみませんでした。困りますよね、私などに来られても』
『.........今から話すことは誰にも言わないって約束してくれる?』
長い沈黙の後、凛さんは念を押すようにそう言いました。
私が即座に「もちろんです」と答えると彼女はこう続けました。
『私ね。友達がいないんだ』
SIDE:渋谷凛 03
『もちろんです』
そう言ってくれた文香を信じて私は話すことにした。
現在の私の状況を。
『私ね。友達がいないんだ
最初からいなかったわけじゃない。
多くはなかったけど人並みにはいたんだ。でもいなくなった。
きっかけは些細なことだよ。
同じグループの子が他のグループの子の悪口を言っていたから
「そういうのダサいからやめなよ」って言ったんだ。それだけ。
それからかなぁ、少しずつ周りに人がいなくなったのは。
最初は気にしてなかったよ。一年我慢したらクラスだって変わるしね。
でもだんだんエスカレートしていったんだ。
無視だけならいいよ。関わらなければいいだけだし。
でも徐々に徐々に危害を加えてくるようになった。
私の提出物に変な写真を挟んだり、机に入れておいた教科書がなくなってたりするようになったんだ。
プロデューサーが私をスカウトしたのはそんな時だった。
うん。ヤケクソだったのかもね。
学校を休む理由がもらえるなら私はそれで良かったしプロデューサーも見た目の良い新人アイドルが欲しかった。
そういう利害が一致したわけ。
今はどうなのかって?アイドルは楽しいし、スカウトを受けてよかったって思ってるよ。
え?違う?ああ、その話か。
もちろん続いてるよ。私が何になろうが嫌がらせはなくならなかった。
分かった?だから私は文化祭なんて行かないし、来て欲しくないんだ。
ごめんね、こんな話聞きたくなかったよね』
SIDE:鷺沢文香 04
『ごめんね、こんな話聞きたくなかったよね』
ええ、聞きたくありませんでした。
聞きたくありませんでしたとも。
何より自分に腹が立ちます。
長い間一緒にいながら凛さんの苦痛を何一つ分かっていなかったのですから。
ですから私は自分に怒っています。
これほどまでの怒りは生まれてこの方感じたことがないほど怒っています。
『凛さん。今からあのときのファミリーレストランへ来てください』
私はそう言って凛さんの返答を待たずに携帯電話を閉じました。
SIDE:渋谷凛 04
『凛さん。今からあのときのファミリーレストランへ来てください』
文香はそう言って電話を切ってしまった。
何か言われるんだろうか。やっぱり話さなきゃよかったなぁ。
でも、私が行かないとずっと待ち続けるだろうし。
はぁ、どうしてこうなるかなぁ。
SIDE:鷺沢文香 05
凛さんとの電話の後、私はすぐさま件のファミリーレストランへと向かい、入店するなり店員さんに
「二名です。もう一人は遅れて参ります」と伝え奥の席へ通していただいてからどれくらい経ったころでしょうか。
肩で息をする凛さんが来ました。
「...急すぎ」
ごもっとも。
「すみません。どうしても今日、凛さんと会ってお話したくて」
私の謝罪に対して「はぁ」と溜息を吐き凛さんは対面へと腰掛けます。
それから私がアイスコーヒーを二つ注文しました。
SIDE:渋谷凛 05
アイスコーヒーを待つ間、私達は息苦しい沈黙の中にいた。
銀のトレイにアイスコーヒーを二つ乗せ歩いてくる店員さんのことを
これほどまでに有り難がることは私の人生でもうないかもしれない。
店員さんの「ご注文は以上でお揃いでしょうか」という確認に文香が「はい」と返事をすると店員さんは行ってしまう。
当たり前のことなんだけど。
そして、また沈黙がやってきた。
私はどうしていいか分からなくなって運ばれてきたアイスコーヒーを眺めていると文香が口を開いた。
「それでは、本題に入ります。凛さんの過去から現在に至るまでに受けたイジメとそれを行っている具体的な人数を教えてください」
何を言ってるんだろう。話したところでどうにもならないことくらい文香なら分かるはずだ。
だから私はつい喧嘩腰で「なんで文香にそんなこと言わなきゃいけないわけ?」なんて言ってしまった。
私のそんな嫌な言葉に対して文香は眉一つ動かさず「教えてください」と繰り返すだけだった。
SIDE:鷺沢文香 06
これ以上、押し問答を続けても無駄だと悟ってくださったのか凛さんは過去に受けたイジメを一つ一つ語り始めます。
「聞こえるような大きさで陰口を言われる」
「どのような」
「私が枕営業をしている、とか。先生に対してもそういう方法で単位をもらってる、とか」
なるほど、そういった類の精神攻撃は女性の得意分野なのでしょう。
概ね想像できます。
「靴が水浸しになってたこともある。酷い時はなくなってた」
凛さんが毎日シューズケースを持って学校へ行くのはそういう理由だったのですね。
「だから学校に何か物を置いておくなんてことはできないし、お手洗いだって気軽に行けないんだ」
それはそうでしょう。物を盗られたり汚されたりするならば肌身離さず持つしかありません。
「やられたことは色々あるけど大体はこんな感じ」
凛さんは震える声でそう締めくくりました。
「そうですか。して、そのような酷いことをする人間は何人程いるのですか」
「四。でもうちのクラスの人達は自分が標的になるのが怖いから見て見ぬふりだし私以外全員みたいなものだよ」
想像通りの人数です。
いじめというものの大半は元凶の数人によって作られているのです。
見て見ぬふりをする人も同罪である、と言ってしまいたいのですがこればかりは仕方のないことかもしれません。
やはり誰しもが自分が一番可愛いのですから。
「四人。たった四人ですか」
「...“たった”ってどういう意味」
失言、のようですね。この表現は相応しくありませんでした。しかし、こう言う他ないのです。
「怖い顔をしないでください。言葉通りの意味です。その程度でしたら何とかなります」
私がそう言うと凛さんは怪訝そうな顔で私を見つめました。
「何とかなる...?なるわけないよ」
「なります」
「文香に何ができるって言うの。知ったような口利かないで」
「私が何とかするのではありません。何とかなるのです。落ち着いてください。嘘でこんなことは言いません」
「...じゃあ、話してよ。その方法ってやつを」
「はい。その前に確認です。凛さんと私のお仕事は何か分かりますか?」
「は?アイドルでしょ」
「では、そのアイドルのお仕事の内容は?」
「ファンの人達に夢を与えること」
「よく分かってるじゃないですか」
「待って。言ってる意味が分かんないよ。それとこれに何の関係があるの」
「分かりませんか?これが解決する方法です。その四人を凛さんのファンにしてしまいましょう」
SIDE:渋谷凛 06
文香の提案は私を攻撃する人間をファンに変える。というものだった。
なるほど、こんな方法思いつかなかった。馬鹿馬鹿し過ぎて。
「何を言うかと思えば...なんなのそれ。そんなことできるの漫画の中だけだよ」
「凛さんならできますよ。凛さんは怖いだけなんです」
怖い?私が?なんで?
「変なこと言わないで。これ以上悪くなることなんてないんだから怖いわけないでしょ」
「仰る通り、これ以上悪くなることなんてないんですから、行動しましょう」
ああ、言われてみれば。確かにそうだ。
「分かったよ。で、私は何をしたらいいわけ?」と私がそう言うと
文香はふっ、と笑って「次の月曜、朝六時に学校へ行く用意をして事務所に来てください」と言った後に
私の後ろの席へ向かって声を投げた。
「それでよろしいですか。プロデューサー」
SIDE:鷺沢文香 07
プロデューサーが私達の近くにいたのは偶然ではありません。
私が呼んだのです。
これは凛さんとの電話の直後の話です。
私はプロデューサーに電話をかけ、凛さんとの約束を破らぬようそれとなく事情を話すと彼は『知ってるよ』と言いました。
『なら何故助けないのですか』
『それを凛が望むならどんな手を使ってでも解決する。
テレビの力で犯人を吊し上げてやってもいい。だけどそんなことをしてみろ。凛はきっとアイドルを辞めるぞ』
『そんなにアイドルであることが大切なんですか』
『これが仕事だからね』
『であれば、私が解決します。もちろん最良の形で』
『そうか。じゃあまぁ俺で力になれることがあったら何でも言ってくれ』
『では早速。今からファミリーレストランの住所を送ります。すぐに来てください』
『行ってどうしたらいいんだ』
『先に入店し、机の上に何か目印になるものを置いておいてください。その後、凛さんが席に着くまではお手洗いにでもお願いします』
そう言って私は電話を切りました。
これが一時間ほど前の話で、今に至ります。
そして、現在。「それでよろしいですか。プロデューサー」という私の問いに
彼は「ん」とそっけない返事をして二席分の伝票を取り立ち上がります。
準備はこれで整いました。後はプロデューサーに任せるだけです。
いえ、もう一つやることが残っていました。
急展開に付いていけていない凛さんに説明しなくてはならないようです。
SIDE:渋谷凛 07
プロデューサーが帰って少し経った後、文香が「氷、全部溶けてしまいましたね」なんて言いながら
アイスコーヒーに口を付けるものだから私は何がなんだか分からなくなっちゃって思わず
「とりあえず全部説明して」と言った。
文香は私の要望通り一つ一つ丁寧に説明してくれてどうやら私は明後日、
つまり月曜日にクラスメイトの前で歌うらしい。
文香が説明を終えると時計の針は縦の一本線を描いていた。
時間も時間だし、ということでこの日はそこで解散となり、私は文香に家まで送ってもらった。
しかしまぁ、動き出してしまった以上はもう止められない。
きっと私のプロデューサーのことだ。
学校への手回しや機材の用意まで完璧に準備するんだろう。
自分のプロデューサーが有能なことがこんなにも恨めしいとは。
SIDE:鷺沢文香 08
そして、とうとうやって参りました月曜日。
私はオフのため平常通り大学へ、と考えていたのですが
どうしても凛さんが殻を破る瞬間を見たくなりプロデューサーにメールを送りました。
『私の衣装も出しておいてください』と。
SIDE:渋谷凛 08
月曜日、時刻は午前5時。あまり気が乗らない朝だ。
なぜなら、私は現状維持で構わなかったから。
攻撃を受けているといってもそれは表立って行われているわけではないんだし
なるべく人目に付く場所にいて、なるべく持ち物も肌身離さず持っていれば実害はないんだ。
そりゃ悪口だとかのノイズはあるかもしれないけれど、我慢できないほどじゃない。
だから気が乗らない。
一昨日、文香と別れてからというものプロデューサーからも文香からも連絡はないけれど
きっとプロデューサーは既に音響機材やら衣装やらを準備していて事務所で待機してる。
たぶんもう引き返せない。はぁ、仕方ない。一丁、当たって砕けようか。
そう決心してずるずると重い足を引き摺り駅へと向かう。
始発に近い電車だったこともあり、車内は比較的混雑しておらず快適と言えた。
事務所の最寄駅に到着し改札を抜けるとプロデューサーの車が既に停まっていて
彼は私が駅から出てきたのを確認するとクラクションを鳴らしてきた。
「分かってるってば」と聞こえないように少し毒を吐く。別にプロデューサーは悪くないのに。
いつもは助手席に座るんだけど、なんとなく今日は後部座席に座った。
SIDE:鷺沢文香09
午前七時。私は今、お二人より一足先にライブ会場もとい凛さんの学び舎へ来ています。
プロデューサーの交渉により格技場を朝のホームルームから一限までの間、お借りすることができるようで私は準備のお手伝いをしていました。
凛さんの教室は既に施錠をして格技場で緊急集会を行う旨の張り紙をし、念には念をということで靴箱にも同じように張り紙をします。
機材の搬入は滞りなく進み、音源の確認も済ませました。
開場八時、開演八時半といったところでしょうか。
SIDE:渋谷凛 09
午前八時二十五分。
開場は客席、仮設ステージ、控え場所の三つに別れていて私は控え場所にいた。
控え場所は仮設ステージの裏で薄いパテーションで仕切られているだけなので会場内のざわつきが聞こえてくる。
聞こえてくる声は様々だったけれど中でもおかしかったのは
「絶対これアレだって。ウチらのことで説教だよ」
「はぁ?最初にあの子のことシカトしろって言ったのアンタでしょ?」といった内輪揉めが発生していることだった。
いい気味だ、なんて考えてしまった私は性格の悪い女かもしれない。
そんなふうにして私が会場内のざわつきに耳を澄ませているとどうやら時間が来たようで格技場はまっくらになった。
その後、誰かが登壇したようで仮設ステージはスポットライトを浴びる。
「えー、みなさん初めまして。鷺沢文香と申します」
直後、黄色い歓声。
会場を包んでいた不穏な空気は芸能人の登場によって跡形もなく破壊される。
「ふふ。ありがとうございます。でも今日のメインは私ではありません」
嘘でしょ、待ってよ。心の準備がまだなのに。
「それでは、お呼びしますね。渋谷凛さんです!」
文香がそう叫ぶと私はプロデューサーに背中を叩かれた。
「行って来い」ということらしい。
いいよ、もう。なるようになればいい。
腹を括った私がステージに躍り出るとクラスメイト達はなんとも名状しがたい表情で私を見る。
そりゃこうなるだろうね。
まぁ、いいか。お仕事だと思えば。
「急に決まったことで私も困惑してるんだけど、いつもの感謝を込めて歌うよ」
適当な前口上。もちろん嘘っぱちだ。
文香もそれを知ったうえで「ふふふ」と笑い音響の方に合図を送る。
あれ。文香も歌うの?
SIDE:鷺沢文香 F
一瞬こちらを見て「えっ、あなたも歌うの?」とでも言いたげな表情をした凛さんでしたが
その他は完璧にこなすと最後のポーズもばっちりと決め音楽が止まり、
会場が静寂に包まれます。凛さんはただ「ありがとう」とだけ言って舞台裏へと引っ込みました。
私もそれに倣って深々と頭を下げ凛さんに続きます。
こうしてライブは大成功。
歌もダンスも完璧でそれはもう最高のライブとなりました。
私が知り得るのはここまでです。
何故なら必修が二限にあるため急いで大学へと向かわねばなりません。
というわけで私はこのお話からは退場となります。
SIDE:渋谷凛 10
先生たちの誘導でぞろぞろと教室へと帰っていくクラスメイト達を尻目に私は着替えに行った。
更衣室に入り、手早く着替えを済ませ制服姿に戻った私が再び格技場を訪れると
プロデューサーはスタッフの人達を動かし撤収作業に追われていた。
だから声をかけられなかったんだけど、プロデューサーはそんな私に気付いたみたいで
「遅刻するぞ」なんて軽口を叩く。「ご心配なく」と嫌味っぽく私も返し格技場を出る。
ライブの後は平常通り授業があるため、みんなより少し遅れて教室に入ることになった私は全員の視線を一身に浴びる。
なんでだろう。教壇にはいるはずの一限の教科担当がいない。
その代わりにいたのは私のクラスの担任で「拍手!」なんて言っているのだ。
何。何なの?
私は謎の拍手喝采の中、着席すると担任が口を開いた。
「今日、渋谷さんが歌ってくれたのは何でも新番組の企画で高校でサプライズライブをやるというものらしい!」
ああ、なるほど。そういう方向で話を通したのか。
「ちなみにまだ企画段階だからどうなるかは分からないけど、その企画が通れば番組の栄えある第一号がこのクラスだ!」
おおー、と歓声が起こった。
「じゃあ、そういうわけで。渋谷さんから一言もらおうかな」
それは聞いてない。
けど、拒否できる空気じゃない、か。
「今日は私の歌を聞いてくれてありがとう。今度は私のライブに来て聞いてくれると嬉しいな。招待するからさ」
これは嘘ではない。もしそんな人がいるならば招待してもいいかな、と思っただけだ。
エピローグ
結果から話そうか。
例のゲリラライブの後、私が攻撃されることはなくなったよ。
悔しいけど文香の作戦は大成功ってわけ。
私を攻撃していた子達はというと、図々しいことに人気の男性アイドルのチケットを私にねだってくる。
この変わり身の早さには呆れを通り越して感心してしまった。
私はどうなのかって?まぁぼちぼち、かな。
相変わらず学校に友達はいないけれど、登校することは苦じゃなくなったし今は楽しみですらある。
なんでって?一生懸命ノートを取っても捨てられないからね。なーんて。ふふっ、冗談だよ。
学校にはいなくても掛け替えのない仲間はできたからね。
文香には感謝しなくちゃ、って思う。
ああ、それと。変わらないことと言えばもう一個あるよ。
それはね。
「今日は学校はよろしいのですか?」
私が平日にお仕事を入れると文香は決まってこう聞くんだ。
「学校?今日は休みだよ」
だから私も決まってこう返す。
自慢できることじゃないけど私だって進級に必要な単位数や出席数は分かってるし
それを計算した上で休んでるんだから口出ししなくてもいいのに、と思う。
文香が私のこと心配して言ってくれてるのは分かってるから、なおさら...ね。
おわりです。ありがとうございました。
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