「……はい、それでは以上で面接試験を終了させていただきます。お疲れ様でした」
「はい、ありがとうございました! 失礼いたします!」
スーツ姿の青年が部屋を出たのを確認したのと同時に、私はため息を吐いた。彼は見るからに貼りつけたような笑顔を終始崩さずにいて、こちらからの質問にもその笑顔と同様に作り物めいた答えを繰り返していた。
『私はサークルの代表を務め……』
『海外にボランティアに行き……』
『数々のイベントを成功させ……』
自分では独自性の高い答えをしていたつもりだろうが、数々の就活生を面接してきた私にとっては、彼もまた『量産型の就活生』の枠を出なかった。そう、就活のために作り上げた輝かしく見える自分を、壁に向かってアピールしているに過ぎない。
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「□□さん、今の子はちょっと……」
「ああ、わかってる。『なし』だな」
隣に座っていた営業部の若手社員が私に苦言を呈す。現場からしても、あのように印象に残りにくく、相手との『対話』を忘れているような就活生はあまり好ましくないようだ。
――私はとある会社の総務部に所属し、新卒の採用を担当している。といっても私もまだ入社して八年目程度であり、採用担当に回されたのも二年前の話であるため、担当しているのは一次面接に限られている。
「□□さん。今日はあともう一人面接に来るんですよね?」
「うん、時間通りであれば、もう来ているはずだね」
手元にある履歴書を確かめながら、若手社員の質問に応じる。時刻は午後四時の十分前。こちらが面接時刻に指定した午後四時まではまだ間がある。
「それにしても、どいつもこいつも似たようなことしか言いませんねえ。ちょっとうんざりしてきましたよ」
「そう言うな。この時期になると学生も安全策を取りたくもなるのさ」
若手社員は伸びをしながら疲れを追い払うようにあくびをする。仕事中にこのような態度を取るのはあまり好ましくないが、今年から面接官を経験する彼にとっては、何人もの人間に同じような質問をして、同じような答えが返ってくるのは結構堪えるだろう。そう思った私は、あえて彼の態度を咎める気にはならなかった。
しかし、会社としても同じような学生ばかりが来るのは困る。既に季節は秋から冬に移り変わろうとしており、採用のピークも過ぎていた。そんな中でわが社が採用を続けているのは、内定辞退者が出た故に、欠員を補充するためである。
だが、この時期になっても就活を続けているような学生など、はっきり言えばたかが知れている。だとしても新しい人材、しかもこちらの目を引き尚且つ有能な人材は欲しいのだ。だから私たちは、何人もの『量産型就活生』の中から、一握りの有能な人材を見出さなければならない。
「ほら、そろそろ次の就活生が来るぞ。休み時間はここまでだ」
「はい。さて、今度はどんな奴が来るかな……」
若手社員が姿勢を正した直ぐ後に、扉をノックする音が響いた。
「どうぞ」
入室の許可をすると、扉が開いて黒のスーツを着た就活生が入ってきた。
「失礼します」
その就活生は、まだ二十代前半であろうにも関わらず、頭髪がかなり薄くなっており、地肌が見えていた。残っている髪も妙に癖がついている上にテカテカと脂ぎっていて、あまり清潔感が無い。
痩せた顔には黒縁のメガネをかけており、アゴのラインには必死で剃ったであろう髭が青く残っていた。
「……むぅ」
若手社員が眉をひそめるのがわかった。履歴書の写真で顔を確認していたとはいえ、実物はかなり清潔感の無い印象を受けたからだ。
この時点で私も、そして若手社員も面接をする気がかなり失せていたが、来てもらった以上、面接をしないわけにもいかなかった。
「では自己紹介をお願いします」
「はい、A大学から参りました、××と申します。よろしくお願いします」
就活生、××が口にした大学名は国内でもかなりレベルが高いとされる学校だった。そんな彼がこの時期になってまで就活をしている理由は、考えるまでもない。
「では、そちらにお座りください」
「はい、失礼します」
××が椅子に座ると、面接の始まりを告げてペンを手に取る。
しかし私としてはもう彼を二次面接まで上げる気がほぼ無かったので、早く切り上げたかった。
「それでは、簡単な自己PRをお願いします」
「はい」
自己PR。おそらくは殆どの企業が面接で聞くであろう質問だ。××も対策はしているだろうが、あまり期待は持てなかった。
「私の『特技』は、他人を自殺させることです」
――彼の、その言葉を聞くまでは。
「……!?」
聞き間違いか? 一瞬そう思ったが、隣の若手社員も私と同様に驚愕しているのを見て、そうではないことを悟る。
私たちが動揺しているのを知ってか知らずが、××は言葉を続けた。
「私はこれまでの人生で数々の人間を自殺に追い込むことに成功しました。主な方法はイジメと恫喝によるものです」
さらに××はまるで現実感のない言葉を続けてくる。言うまでもないが、イジメで他人を自殺させたことを自己PRに使う就活生などこれまでいなかった。
この時点でこの面接はこれまでのものとは全く違うことを悟った。
「具体的には、自殺に追い込みたい人間が最も嫌がるであろう言葉を考えて、それを四六時中聞かせました。さらにその相手の人間性を悉く否定し、『お前には生きる価値など無い』などといった言葉を容赦なく浴びせました」
私も、そして若手社員も彼の言葉を止められずにいる。××はその両目をギラギラと輝かせ、まるで自分の有能さを必死にアピールするかのように『いかに他人を自殺に追い込んだか』を語っていた。
その目つきだけは、他の就活生と同じだった。
「さらに相手が反論して自分の価値を主張したとしても、その主張を悉く跳ね除けました。相手の自信や心のよりどころを全て粉砕することに成功しました!」
××の声は大きくなり、締めに入り始めた。
「以上の点から考えて、私は他人を追い込んで自殺させる仕事である御社の営業や面接官に向いていると考えております」
そして眩暈がするような締めくくりで、××の自己PRは終わった。
「……」
しばらく、三人とも言葉を発さない時間が部屋に流れたが、若手社員がついに口を開いた。
「き、君! どういうつもりなんだ!? 他人を自殺させたことを自己PRに使うなんて……」
だが若手社員の言葉に対し、××は不思議そうな声を上げた。
「どういうつもり? 面接官や会社の営業というのは他人を自殺させるために存在するのでしょう? なので、それに向けた自己PRを……」
私には彼が何を言っているのかがわからなかった。面接官が、他人を自殺させるために存在する? なぜそんなことを言っているんだ?
「バカを言うな! 面接官も、営業も、会社の利益を上げるために日々努力しているんだ! 決してそんな、他人の足を引っ張るようなことはしていない!」
私が××の真意を探っている間に、若手社員はどんどん言葉を荒げていった。
まずい、××の言葉も異常だが、彼も感情的になりすぎている。一旦止めるべきだ。
「おい、そこまでに……」
「……わけ……だろ」
「え?」
若手社員を止めようとした時、××が何かを呟いた。その内容までは聞き取れなかったが、その直後、
「そんなわけねえだろおおおおおがあああああああ!!!」
××が顔を真っ赤にして叫びながら、若手社員に詰め寄った。
「お、お前、いきなり何だ!」
若手社員は突然の事態にパニックになり、××の腕を必死に振りほどこうとする。
私も何とか××を止めようとしたが、彼は無我夢中で若手社員に掴みかかっていた。
「お前ら面接官はああああ! 他人を自殺させるためにいるんだろうが! そうなんだろうが! だからそれに向けた自己PRをしてやったんだよおおお!」
××は涙を流しながら若手社員を揺さぶる。
「わ、わけのわからないことを言うな! □□さん、誰か人を……」
「二人とも落ち着け! ××くん、手を離すんだ!」
しばらくもみ合った後ようやく××の手を振りほどくことに成功し、私は彼を羽交い絞めにした。
「なんて奴だ……□□さん、そいつを何とか押さえていてください。今、人を呼んできます」
若手社員は部屋を出て他の社員を呼ぼうとする、だが私は彼を止めた。
「待て、まだ面接は途中だ。君は席に戻れ」
「な、何言ってるんですか!? こんなことになったらもう、面接も何もないでしょう! 早くそいつを追い出しましょうよ!」
確かに彼の言うとおり、もう××を採用するしないの話では無くなっている。
だが私はどうしても、××がなぜあんなことを言ったのかが気になってしまった。
「××くん、とりあえず君も席に戻りなさい。面接を再開する」
「ひっぐ、ひっぐ……はい……」
私が手を離すと××は尚も涙を流しながらも元通り椅子に座り、若手社員も不満そうな顔をしながら席に戻った。
「……さて、君がどういうつもりであんなことを言ったのか、聞かせてもらおうか。一応言っておくが、まだ面接は続いている。これは君の自己PRに対する質問だ」
あくまで面接の体を保つために言った言葉に××も反応し、私の質問に答えた。
「ひぐっ……だって、だって面接官は他人を苛めて自殺に追い込むことが仕事で、本人たちもそれを生きがいにしている人たちのはずです。だから僕はそれに向けた自己PRを……」
「まだお前は……!」
「待て。……そうか、君には面接官はそう見えるのか」
××を否定せずに落ち着いて話を聞くことに尽力する。すると彼もその心中を次々と語り始めた。
「だって、そうじゃないとおかしいはずです。僕はあんなに自己PRも志望動機も練ったのに、面接官はそれを悉く否定して、僕をとことん追い込んで殺そうとしてきました」
「……」
「だから僕は思ったんです。面接官って、さぞ楽しいんだろうなって。他人を追い込んで自殺させて、彼らはさぞ優越感に浸れるんだろうなって。だから僕は面接官になろうとこの自己PRを……」
「あのなあ……」
若手社員はあきれ顔になっていたが、私は××の言葉を戯言として聞き流すことはしたくなかった。
確かに彼は就活という場においてはあまり適していない人間だったのかもしれない。だからといって、人間性までも否定される謂れはない。
「××くん……確かに君は就活をする過程で辛い目にあったのかもしれない。だが、君は本当に面接官が救いようのない悪人であると思っているのか?」
「当たり前です! そうでないと……」
「『そうでないと』、自分が落ちこぼれの人間に見えてしまう。だから君は面接官を必死に悪者にしようとしたんじゃないか?」
「……!」
その言葉に、××はようやく私に目を合わせた。
「君はおそらく必死に努力したのだろう。だけどその努力を悉く否定された。そして否定されるうちに、自分が社会に不適合な人間のように思えてしまった。だから面接官を悪者だと思い込むことで自分を保っていたんじゃないか?」
「それは……」
そして今度は私から目を逸らした。おそらくは自分でもそれを悟っていたのだろう。だけど彼にはそれを指摘してくれる人間がいなかったのだ。
「××くん、君は面接官を敵視している。救いようのない悪だと思い込もうとしている」
「……」
「だけど考えてもみてくれ。君はその面接官がいる会社で働こうとしているんだ。自分を敵視している人間を、面接官が採用すると思うのか?」
「あ……」
「……私も、面接官として就活生の心を抉るような質問をした自覚はある。そしてそのことで恨まれても仕方が無いとも思っている」
――しかし。
「それは、就活生が一緒に働きたいと思える人間かどうかを試すためだ。決して、君が思うような考えは持っていない。……君がそれを信じてくれるかどうかはわからないけどね」
「うう……」
××は涙を流して私の話を聞いていた。……やはり彼は、今まで相当就活で苦労していたのだろう。
「結論から言って、君を採用することは出来ない。だけど私は……いつか君が胸を張って自分の本当の『特技』をアピール出来ることを願っているよ」
「はい……」
「さあ、受付まで送ろう。今回のことはここだけの秘密にしておく」
「すみませんでした……」
そして私たちは俯いたままの××を会社の受付まで送り、エレベーターに乗って帰って行くのを確認してから部屋に戻った。
「□□さん、これでよかったんですか? あいつがまた他の会社で同じようなことをしたら……」
「それは私たちが関与することじゃないよ。とりあえずはわが社で警察が介入するような事態にならずに済んだ。それでいいじゃないか」
「まあ……そうですね」
若手社員がどうにか自分を納得させようとしている横で、私は考えていた。
私が××の話を聞いたのは、確かに社内で大きな騒ぎを起こしたくなかったというのもある。しかし、××も言うことも全くの的外れとも思わなかったからだ。
世の中には、確かにストレス解消のために就活生を利用する面接官や、必要以上に圧迫した態度をとる面接官もいるのかもしれない。
××の言葉が、それを示していた。私には彼が特別に思い込みが激しかったようには見えなかったし、彼以外にもあのような過激な考えを持つ就活生も出てくるかもしれないと感じた。
……そしてもし、我々面接官がそれに気づかずに横柄な態度を取り続けていたら。
いずれ、そのツケが取り返しのつかない形で回ってくるのかもしれない……そう思った。
完
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