モバP「亜季とワールドでタンクスなオタク話」 (27)

大和亜季さんのSSです。注意点として、作中にPCオンラインゲーム『World of Tanks』が出てきます。
まだまだ初心者の為至らないところはあります。少し書き溜めはありますが、ゆったり書いていきます。
また、調べた程度の知識しかないので、多めに見て頂けると幸いです。

参考までに、作中に登場するゲームの公式サイトです。
http://worldoftanks.com/

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1370771313

『うお、お、お。何とか終わったぁぁ……』

 俺はぐぐっと背伸びをする。ばきりばきりと背骨が酷い音を立てた。

『今回のアイドルプロデュースだけで、スタドリ500本ぐらい飲んでるんじゃないか……?』

 傍にある半透明のゴミ袋の中、星のマークが誂えられたキャップの、小さなビンが転がっている。

 最近、ようやくアイドルの育成方法が安定してきたので、ためしに全力を使ってみればこれである。

『初めての参加だが、これきついな、ほんと……。スタドリがなけりゃ、今頃過労で死んでるぞ』

 俺はそう独語する。ちひろさんには感謝しなければならない。というか、あのドリンクは市販されていないようなのだが、彼女はどこから手に入れているのだろうか。

『……触らぬ神に、祟りなしだ。まあ、おかげで三船さんたちの撮影も上手く行ってる。あとは最終日のライブまで事務作業だな。明日は鎌倉で調整か……。ふわぁぁ……』

 ゆっくりと欠伸をすると、定時のベルが鳴った。俺の今日の業務はこれで終わりだ。たまには社長か年長組でも誘って、飲みにでも行こうか。

 いや、しかしまだアイプロの最中でもある。まだ気を抜くには早すぎるだろう。しかし一服もしたいところだ。

 そう考えていたとき、ちょうど事務所のドアがあいて、人影が入ってくる。担当アイドルの一人、大和亜季だ。

「おはようございます、プロデューサー殿!」

『お、亜季か。おはよう、こんな時間にどうしたんだ?』

「ちょうどレッスンが終わったので、事務所で少し休憩をしてから、と思った次第であります!」

『そうか。じゃゆっくりしていけ。コーヒーでも淹れて来よう』

 そういって俺は、給湯室へと向かう。ミルのスイッチを入れて、コーヒー豆を放り込む。

 そうして給湯室から戻ると、亜季は鞄からノートPCを取り出して起動する。カリカリ、という読み込みの音が少し鳴った。

 ちょっと嫌な記憶——いや、楽しいというべきなのかもしれない記憶が甦り、亜季に尋ねた。

『またHearts of Ironやるのか?』

「いえ、今回は少し趣旨を変えてみようかと思いまして」

『ほう、と言うと?』

「これであります!」

 そういって亜季はノートPCの画面をこちらに向けてくる。画面いっぱいに表示されているのは——戦車だ。

『”World of Tanks”……? なるほど、戦車のゲームか』

「はい、15対15でやる、MOTPS(マルチプレイヤーオンラインサードパーソンシューター)でありますね」

『なかなか面白そうだな……。海外製の戦争ゲーは質が高いからなぁ』

「Harts of Ironしかり、Civilizationしかり、Call of Dutyしかり、Battle Fieldしかり、でありますな」

『Civとかは、完全に戦争ゲームとは言い切れないけどな』

「文明開拓ゲーム、というべきなのでしょうな」

 亜季はそういってうんうんと頷く。なかなかゲーマーの素養があるのかもしれない。

 まあ、サバイバルゲームが趣味なのだから、戦争ゲーやミリタリー知識に長けるのは当然かもしれない。

 俺は自分の前のデスクトップで検索をかけると、WoTのwikiが出てきた。それをクリックしてページを開く。

『ほう、製造国は……、ベラルーシか』

「はい、元ソヴィエトの衛星国の一つでありますね」

『”白ロシア”の名前でも有名だな。衛星国時代は、白ロシア・ソヴィエト社会主義共和国って名前だったぐらいだ』

「前々から気になっていたのでありますが、その”白ロシア”とはどういう意味なのでありますか?」

『ああ、白ロシアってのはベラルーシの別称だな。俺の場合は、間違って教えられたせいで、ルーマニア、ウクライナ、ベラルーシあたりの地域の総称と思っていたけど』

「ほうほう、なぜベラルーシが白ロシアなのですか?」

『ベラルーシ、正確にはビェラルースィは、ベラルーシ語での読み方でね。これをロシア語表記すると、ベロルシヤになるんだ。これをそれぞれ分割すると、ベロは白いって意味でルシヤはロシアの意味だから、直訳で白ロシアって訳さ』

「なるほど! ……ところでなぜ白なのですか? 黒とか、青ではダメだったのでしょうか」

 亜季が不思議そうな顔をして聞いてくる。俺は傍においていた、冷めたコーヒーを一口すする。……不味い。亜季のコーヒーを淹れた後に、淹れなおそう。

『ロシアは、国土が広大すぎるせいで、白人であるコーカソイドと黄色人種のモンゴロイドの混血が多いんだ』

「確かに、ロシアは広いでありますな。西は東欧から、東は極東まで国土が広がってます」

『びっくりするほど広いな、ほんと。で、当時のベラルーシは、白人の純血が多かったから極端に肌が白い人が多い、と言われていた。だからロシアに編入されたとき、白い人種の多いロシアって意味で白ロシアって訳さ』

「なるほど、納得いったであります!」

『他にも、昔ロシアには方角を色で表す慣習があって、西は白だから、西ロシアってのを意味するって説もあるね』

「相変わらずプロデューサー殿は物知りでありますな……」

『特定の歴史に強いだけさ。数学とかはからきしだよ』

 俺は苦笑する。ちなみに、微分積分やベクトルはおろか、因数分解さえ忘れているレベルだ。

 どうやら、歴史知識と軍事知識を押し込んだ結果、頭の記憶メモリに上書きしてしまったらしい。

『それで、話は戻すけど』

「なんでしょう?」

 俺は話を戻して、亜季に尋ねる。

『このゲームって、どこの戦車使えるんだ?』

「ええと、ドイツ、ソヴィエト、フランス、イギリス、アメリカ、中国でありますな」

『あれ、中国があって日本がないんだな』

「そのあたりは大人の都合というやつであります」

『中国ツリーにチハがいるのが不思議だけど、仕方ないね。それで、亜季はどこの戦車を使っているんだ?』

「私は、前回のHarts of Ironと同じで、ドイツでありますね!」

『亜季はドイツ好きだな。と言うことは虎戦車に乗れるのか』

「はい、と言っても、Tigerに乗れるのはまだまだ先になりそうでありますね」

『というと?』

 俺が尋ねると、亜季はなにやらクリックをして、大きな樹形図のようなものを開く。

 それを指し示しながら、俺に説明してくる。

「私の今使っているのは、Tier5の四号戦車でありますね。ここからTigerに行くには、Tier6のVK3601Henschelを経由しなければならないのであります」

『VK3601Henschel……? そんな戦車まであるのか』

「知っているのでありますか?」

『存在は知らないけれど、形式上こういう戦車なんだろうなってのは分かるよ』

「……つまりどういうことでありますか?」

 亜季が聞いてくる。俺はごほん、と咳払いをすると、少しマウスを借りてドイツの戦車のリストを開いてみる。

『うん、やっぱり。このゲームはどうも、青写真で終わったり、試作戦車で終わった戦車も多く採用しているみたいだね』

「そうでありますね、聞いたこともない戦車がたくさんあります」

『うん。それで、特にドイツはそれが分かりやすい。このVKって言うのは、試作戦車の意味でね。数字のほうは、前二つがトン級、後二つが型番を表すわけだ。後は社名、かな』

「つまり、VK3601Henschelということは……」

『Henschel社製、36トン級試作戦車1型、と言う意味だね』

 俺がふぅ、と息をつくと、給湯室のほうからピー、ピー、と言う音が聞こえてくる。どうやらコーヒーが出来たらしい。

『お、コーヒーが出来たみたいだな。取ってくるよ』

「あっ、私が取ってきますよ、プロデューサー殿!」

『いいんだ、亜季。先にゲームやってていいぞ』

 俺は冷めたコーヒーの入ったカップを持って、半ば強引に給湯室へ向かう。そして、シンクにコーヒーを流すと、新しいコーヒーを二つ淹れて、事務所へと戻る。

 戻ったときには、亜季はゲームを始めていた。俺はコーヒーを置くと、彼女のうしろから画面を覗き込む。

 かなりリアリティのあるグラフィックだ。泉のPCを譲ってもらったといっていたから、かなりのモンスターノートPCなのかもしれない。

 この事務所は無線LANが飛んでいるし、動作にも苦がないんだろうなぁ、と一人考えていると、ちょうど画面の中で亜季が操作している戦車が、爆炎を上げて吹き飛んでいた。

「うわああっ! やられたでありますっ! 総員、退去ぉ!」

『おっ、やってるね』

「あっ、すみません、プロデューサー殿。わざわざ持ってきていただいて……」

『構わないさ。俺も飲みたかったことだし、亜季が楽しそうにしてるのが、俺は嬉しいんでね』

 少しばかりおどけた様子で言うと、亜季ははにかむようにえへへ、笑う。やはり、アイドルだけあってその表情はかわいらしい。

 特に自分の好きなことをやっているときの表情は、それはもう輝いていると、俺は思う。

『キルログは……。T-34-85か。二次大戦期最高傑作のひとつだな』

「悔しいであります……! コミュニストに負けるなど、ドイツ軍人の恥であります……!」

『いや、亜季はドイツ軍人じゃないからね?』

 俺は苦笑し、キーボートを叩いて、性能を見比べてみる。ゲーム内ではT34-85は、それなりに優秀な戦車、という位置づけらしい。

 少しwikiを読み進めると、このゲームはリアリティをだいぶ重視しているらしく、砲弾の当たる場所や当たり方によって、だいぶ差異が出るようだ。

『亜季の使ってる四号の武装はなんだ?』

「10.5cm榴弾砲でありますね! クリーンヒットすれば格下は蒸発しますし、格上戦車でも安定したダメージを喰らわせられるであります!」

『10榴砲か……。というか、四号に載せられたんだな。と言う事は、火力支援型戦車か』

「火力支援型?」

 亜季は少し首をかしげる。あまり聞きなれない言葉だったかもしれない。というか、聞きなれていたらちょっと怖い。

『火力支援型ってのは、イギリス的に言えば歩兵戦車、まあ簡単に言えば、歩兵の陣地攻撃を支援するため、中から大口径の榴弾砲を搭載した戦車だな。元々の四号戦車のコンセプトが、この火力支援戦車だ』

「なるほど……。では、榴弾ではなく徹甲弾を用いる戦車は、どういう戦車なのでありますか?」

『いわゆる主力戦車、イギリス的に言えば巡航戦車、フランス的に言えば騎兵戦車に当たるのかな。ちなみに、ドイツはもともと、三号戦車がこの主力戦車という位置づけだったんだよ』

「三号戦車が、でありますか?」

『うん、ただ車体がそれほど大きくなかったことと、砲塔内の中径を多く取っていなかったことから、すぐに主砲の積載限界が来てね。その上独ソ戦でT-34ショックなんてことまで起きたから、急遽四号戦車を主力戦車化した、というわけだ』

「T-34ショックでありますか。確か、ドイツのいかなる戦車でも抵抗できなかったため、88mm高射砲を横倒しにして、直接射撃で破壊した、という話でありますね」

『そうそう。で、これはまずいってなったヒトラーや軍上層部が、75mm対戦車加農砲を改良し、急遽四号戦車に載せたわけだ。同時に、四号戦車の後継主力戦車と重量級戦車の計画を前倒しにしたのが……』

「五号戦車Pantherと六号戦車Tiger、でありますね!」

『ご名答』

 にこり、と俺は少し笑って言った。亜季は先生に褒められた生徒のように、無邪気な笑みを浮かべて笑う。

「ところでプロデューサー殿」

『ん、どうした、亜季?』

 また何か質問がある様子で、亜季は俺の方を見た。

「T-34ショック、とはそれほど凄まじいものであったのでありますか? ゲームの中の話ではありますが、装甲がそれほど厚いわけでは無さそうなのでありますが……」

『確かに、T-34単体はそこまで強力な戦車とは言い難いね』

「ではなぜ……?」

『当時、ドイツの戦車の大半は、垂直装甲でね。相手に対して垂直に装甲を向け、純粋な装甲厚だけで砲弾を受け止める、という考えだったんだ』

「確かに、ドイツの戦車はカクカクとした形をしておりますね」

『それに対して、同時期のアメリカ、ソヴィエトは傾斜装甲と言う物を用いていた。これは、相手に対して装甲を斜めに向ける事で、”見せかけの装甲厚”と”弾道エネルギーの分散”を利用する装甲だね』

「どういうことでありますか?」

『じゃあ、説明しようか』

 そういって俺は簡単なメモ帳にペンで絵をかく。一つは縦向きに置いた細長い長方形で、もう一つは同じ大きさの長方形を、斜めに書いた物だ。

 そして、左方向から矢印を書いた。

書き溜め部分が終わってしまったので、あとは追々書いていきます……(小声

『こっちから砲弾が飛んでくるとすると、こっちの垂直装甲の装甲厚は純粋に、鋼板の厚さと同じになるよね』

「でありますね」

『ところが、この傾斜装甲の場合だと……?』

「……あっ、ほんの少しだけではありますが、装甲厚が大きくなりますね!」

『そういう事。それと、もう一つの弾道エネルギーの分散だけど、これは装甲に対して入射角が浅ければ浅いほど、面に対する抵抗力が大きくなるんだよ』

「水切りの原理、でありますね!」

『入射角が10度浅くなれば、砲弾に対する抵抗力は徐々に大きくなるね。ただ、それでも入射角80度とかだと効果がないから、敵に対して正面約60度、側面約30度の入射角になるように、車体を傾けて防御をするのが一般だったようだ』

 俺は簡単な戦車の絵を書いて、それに砲弾の動きを書き加える。

 おまけで”リコシェーイ”と付け加えておいたのは、愛嬌だ。

「昼飯の角度、でありますね!」

『そうだ。これらを踏まえると、垂直装甲に比べて同じ防御力を出すために、必要な装甲の量が少なくなる。となると車体重量が軽くなるから、その分機動力や主砲に積載量を回せる、というわけだ」

「だからT-34は走攻守の揃った戦車、と言われるわけでありますね」

『そういうこと。ドイツの対戦車能力が低かったことと、生産ラインの簡略化とその豊富な国力のおかげで、大量展開が出来たというのも大きいね。どれだけ優秀な五号戦車や六号戦車でも、一両に対しT-34やT-34-85、あとはM4シャーマンなんかが十数両やってくれば、さすがに耐えきれないよ』

「物量作戦、でありますね。PantherやTigerは故障なども多かったと聞きますし、その分ソヴィエト戦車は故障に強かったのでありますね」

『上層部の基本理念が、”字の読めない徴募兵でも、操作と整備が出来る事”だったからというのも大きいね。もっとも、冶金技術はドイツを上回ったけど、基幹技術はやや劣ったこと、赤軍将校大粛清の影響で搭乗員の熟練度が壊滅的だったことが、序盤のドイツ大攻勢を後押ししていたね』

「この時にトゥハチェフスキー元帥を含め、旅団長クラスの将校の大半が殺された、と言いますね」

『そそ。戦争後期には戦車戦術の成熟、鹵獲したドイツ戦車や技術士官から高度な技術を手に入れ、ISやIS-2と言った、六号戦車に負けないレベルの重戦車が登場してきたためにドイツの攻勢は頓挫し、あとは歴史の通りだね』

「スターリン重戦車でありますね! 私の知人が1/64サイズのプラモデルを持っておりましたよ!」

『良いな、それ。俺も欲しいぜ……。ちなみに、ドイツはそれに対してTiger�、六号戦車後期型を繰り出すわけだけど、やっぱり数が少ないし燃料も弾薬も足りないから、どうしようもなかったってわけさ』

「なるほど……」

 亜季は納得がいったように頷くと、明るい笑顔を向けて、俺に言う。

「それだけご存じであれば、プロデューサー殿も共にやりませんか? 楽しいでありますよ!」

『いや、流石に今はアイプロの最中だからね……。ゲームにかまけてたら、三船さんや美世に怒られちまうよ。やるなら終わってからだな』

「そうでありますか……。では、それまで待っておりますよ!」

『おう、待ってろ、すぐに追いついてやるからな』

「はいっ! では私は今日はこれで帰ります、プロデューサー殿も、お体にはお気を付け下さい!」

『おう、ありがとう。じゃあ、また明日な』

「はっ、お疲れ様であります!」

 そういって、亜季は事務所から出ていく。その後ろ姿を見送り、自分も帰宅の準備を整える。

 社長とちひろさんはまだ仕事をしているようだが、何かあれば連絡が来るだろう。家は事務所から徒歩で5分ほどの位置なのだ。

『……ま、帰ってから寝るまで、ちょっとだけやってみるか。亜季とやるときに足引っ張ったら嫌だしな』

 そう呟いて俺は家路についた。

 ——翌日。

『……おはようございまぁす』

 俺は事務所のドアを開けて挨拶をする。定時の出社時刻にはすでにちひろさんがいて、挨拶を返してくる。

「あっ、おはようございます、プロデューサーさ……、一体どうしたんですか、その目の下のクマ……?」

『あ、ちひろさん。すみませんが、スタドリ1ダース頂けません?』

「え、あ、はい! 今だけお得な10本+3本のセットになっている」

『それ、1ダースで』

「はいっ!?」

 驚いたようなちひろさんをしり目に、抱えるようにもったスタドリの蓋をあけ、喉に流し込んでいく。

 ああ、体に栄養が染みわたるこの感覚。完全に傍から見ればヤク中だが、危ない物質は検査の結果入っていないらしい。

 そうして、それを20本あたり飲み終わったところで、亜季がやってきた。

「おはようございます、プロデューサー殿! 今日も元気に……って、どうかなさったのでありますか?」

『ああ、亜季。おはよう。昨日勧められた奴、ちょこっと触れてなれるつもりが、ガッツリやっちゃってね』

「ガッツリ、でありますか? かなり夜更かしをしてしまったのでありますね……」

『夜更かしと言うか、さっきまでだな』

「……は?」

『ついさっきまでやってたんだよ。ようやくアメリカツリーのTier4に入ったばっかりなんだけどね』

 そういって苦笑しながら、俺は言う。案の定、亜季は唖然としていた。当然だろう。

 ただ、面白かったし、後々亜季と一緒にやることを考えるとこのぐらいはどうってことはない。

『それで、あと数日もすればアイプロも終わるから、そのあと一緒にやらないか?』

「あっ、はっ、はい! 私は一向に構わないのでありますが……」

『ん?』

 何やら言いたそうな顔をしている。少しばかり覗き込むように見ると、亜季が気まずそうに言った。

「……あの、プロデューサー殿は、どうやってあのゲームを始めましたのでありますか?」

『ん? 普通に検索して、一番上に出てきた奴だけど』

「あぁ……」

 亜季がやっぱり、という顔をしている。その意味が分からず、俺はきょとんとした。

「大変申し上げにくい事なのでありますが……」

『……?』

「プロデューサー殿と、私のサーバーが、違うかもしれません」

『……は?』

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。サーバーが違う? そんなもの、選択する画面なんてなかったと記憶している。

「私の所属するのは、SEA鯖、東南アジアサーバーであります。プロデューサー殿はたぶん、NA鯖、北アメリカサーバーにアカウントを作ったのだと、思われます」

『……い、いやいやいや、もしかしたらその東南アジアサーバーに作ったかもしれないぞ』

「そもそもの公式サイトが違うのでありますから、たぶんそれは無いでしょう……」

『ファッ!?』

 頭をガツン、と殴られたような気がした、目の前の画面が、ぐにゃりと曲がる。

 どうやら、先ほどまでの数時間は、完全に無意味な物だったらしい。

『はは……』

 なんだか急に虚脱感が襲ってくる。悲しいなぁ。虚しいなぁ。

 何か、目の前が真っ暗になった気がした。

 ——結局、その日は仮眠室で二時間だけ仮眠を取ることになったらしい。

 らしいというのは、俺の記憶がないからで、ちひろさんに”自業自得です”とお説教を喰らったことも覚えていない。

 ただ、とりあえずあのアカウントが、0と1で構成されたガラクタになったことは確かだろう。

 そんな今だが——。

「プロデューサー殿! C2地点に、敵自走砲! SU-14を確認!」

『こちらプロデューサー、報告を了解! 眼前のIS-3を片づけてから急行する!』

「早急にお願いします、こちらの戦線はもう持たないであります……、あぁっ、IS-8が増援に現れました!」

『了解……ッ! よし、IS-3を落とした! 敵の自走砲をスポットしたら、あとは味方の自走砲に任せてそっちの背面を衝きに行く!』

 なんだかんだで、あれから一緒に楽しんでいる。今や亜季はTiger�の優秀な乗り手で、俺はM26Pershingの乗り手だ。

 スカイプでの通話を使い始めたおかげか、最近は安定して撃破数も稼げるようになってきた。こうやってゲームに興じるのは何年振りだろうか。

『よし、到着したぞ! あれは……T-44か。相手にとって不足はないな!』

「私が引きつけるであります、プロデューサー殿はその間に、奴の背中にくらわせてやってほしいでありますよ!」

『Yes,ma’am! いちにのさんだ、行くぞ……っ! いち、にの……』

「『さんっ!』」

 完璧に息の合った攻撃。相手のT-44はどちらに砲塔を向けるか一瞬躊躇したおかげで、こちらの射弾をもろに受ける。

 そうして、背後のこちらに砲塔を向けた瞬間——。

「くらえぇっ! ドイツ第三帝国謹製、105mm砲でありますよ!」

 それを車体側面に喰らったT-44は見事に爆散した。増援に来ていたIS-8は、味方の軽戦車が巴戦に持ち込み、車体の周りをぐるぐると廻って一寸刻みにダメージを与えている。

 フランス戦車のAMX50 100も、ほとんど虫の息だし、味方自走砲の働きの甲斐あってか、その戦線は何とか食い止めた。

 結果は、亜季が6両を撃破しトップガンを獲得。俺は一両撃破の共謀者を獲得だった。

「ふふ」

『どうした、亜季?』

 ヘッドセットの向こうで、亜季が笑う声が聞こえた。

「こうやって、プロデューサー殿と一緒に遊べるなんて、夢のようでありますよ」

『大げさなことを言うなぁ、亜季は』

「他のアイドルの子たちには、悪い気がしますね」

『まあ、その分事務所では皆に時間を割いてる。そこまで気にしなくても大丈夫さ』

「……そういう事では、ないのでありますが」

 少し不満そうな亜季の声が聞こえた。何か気に障ることを言ったのだろうか。

「まあ、良いでありますよ。分かっていたことでありますから」

『一体なんのことだ?』

「ふふ、プロデューサー殿が、私に相応しい上官になった暁には、教えて差し上げますよ!」

『なんだそりゃ、はは』

 そういって、笑う。亜季も笑った。

「プロデューサー殿」

『ん?』

 亜季は、言う。とても楽しそうな声で。

「これからも、ずっと。私のよきパートナーで、よき上官殿であってくださいね!」


おわり。

これで完結です。駄文のお目汚し失礼いたしました。
HTML化の方をお願いしておきます。ありがとうございました。

おっつし

ドイツの105mm砲ってのに違和感がww
ゲーム内の最強砲って位置づけなんだろうと予想するが
レオIの主砲と考えれば間違ってないのか

細かい突っ込みだけどIS2が出来た頃にはドイツは反撃どころじゃなくなってた
大々的に戦場に出てきたのがバグラチオン作戦の時だからね
独ソ重戦車の戦いは数えるほどしか起きなかったらしい

>>26
ご指摘ありがとうございます。話の中に盛り込もうと思っていたのですが、やはり僕の文章技術ではまだまだですね……。
春の目覚め作戦の時には、ドイツの稼働戦車はほとんど存在せず、訓練用に回されていた一号・二号戦車まで前線に出てきていたそうですね。
装甲師団の編成も、各大隊に割り振られる主力戦車、重戦車の数が三分の一以下に減らされ、代わりに駆逐戦車や偵察戦車で補っていたと聞きます。

ゲーム自体は非常によくできていますが、戦中戦車と戦後戦車が戦力的に同じ扱いになっていたり(Tiger重戦車とアメリカのT29重戦車や、MAUS超重戦車とM48Pattonなど)、いろいろ突っ込みどころは多そうです。
むしろ四号に10榴なんて乗っていたら、わざわざ75mm加農砲を載せる必要も、というのは野暮でしょうね。

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