処刑人「最後に言い残すことはあるか?」 (404)
※ 残酷な描写アリ
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女騎士の場合
女騎士「汚らわしい死神め……!」
処刑人「開口一番、ご挨拶だ。仮にも神と呼ぶならば、もう少し敬意を払ってはどうだろうか」
女騎士「畜生にも劣る貴様に払うべき敬意など無い! 死体に群がる蛆同然の貴様が、聖堂騎士である私に向かって口をきくなど……!」
処刑人「それは見当違いだ」
女騎士「なんだとっ!?」
処刑人「畜生以下の害悪と法で取り決められたのはお前だ。オークと身体を交えた不浄の存在であるとな」
女騎士「ぐ……っ!?」
処刑人「つまり貴様は既に聖堂騎士ではない」
女騎士「……くそっ!くそぉっ!!」
処刑人「魔と交わったお前は懺悔することも、祈りを捧げることも許されない、とのことだ」
女騎士「懺悔っ!? 懺悔だとっ!? 私にはそんなものをする必要など無い!」
処刑人「ほう、何故だろうか?」
女騎士「卑しくも聖堂騎士として、何一つ恥じることなく忠勤を果たしてきた。私は何一つ神の教えに背いていない!」
処刑人「庶民の覚えも良いそうだな? その実力も、騎士団の中でも映え抜きと聴いた」
女騎士「そうだ、私はその評価に甘んずることなく、勲とし、練磨を怠らず、常に誇りある騎士として……」
処刑人「だがオークの群れに敗北した」
女騎士「……そうだ」
処刑人「それで慰みものにされた」
女騎士「……ククッ」
処刑人「何がおかしいのだろうか」
女騎士「慰みものだと? アレはそんなものではない」
処刑人「……聴こう」
女騎士「あれらはそもそもにして種族が違う、我等人間に欲情することなどないのさ」
処刑人「ほう、しかし裁判記録によると、お前は確かに」
女騎士「オークと姦通した女、とな。何度も言うがアレはそんなものではない」
処刑人「もったいぶらず言え」
女騎士「……自慰の道具にされたのだ」
処刑人「……なんだと?」
女騎士「……庶民の中では、その、そういった処理の為に、羊とか」
処刑人「……成程な、つまりお前は羊にされたわけか」
女騎士「私がどれだけ苦悶の声をあげようと、激痛に身をよじろうと、あのケダモノどもは一切、意に介しなかった」
女騎士「そこに色欲など無かった。征服欲を満たすでもない、繁殖の為でもない、ただ単に一時的な性処理に便利なだけ」
女騎士「あいつらに知能があるのは解っている。けれどあの眼は……あの眼は家畜を見る眼だった」
処刑人「……成程な」
女騎士「何を勝手に納得している? 貴様に何が」
処刑人「やつらの巣に捉われていたお前が、何故、五体満足に帰ってこれたか」
女騎士「それは……」
処刑人「ハナから興味が無かったんだろうな、お前が生きようと、死のうと」
女騎士「……ああ、そうだろうな」
処刑人「……何故戻ってきた?」
女騎士「なんだと?」
処刑人「戻ってくれば捕えられることは解っていただろう?」
女騎士「そんなことは無い、私は騎士団を信じ……」
処刑人「本当にそうだろうか?」
女騎士「……」
処刑人「魔物に追い詰められ、城壁に引きこもった人間が、魔物の巣から単独で、しかも無傷同然で戻ってきた人間の言葉を、本当に信じると思ったか?」
女騎士「……それは」
処刑人「それ以前に、屈辱だったろう。騎士として勤めを果たせず、虜になっては女としての尊厳を砕かれた」
女騎士「……ああ」
処刑人「ならば何故、自死を選ばなかった。お前のように誇り高い人間が、何故のうのうと生きる道を選んだ」
女騎士「……」
処刑人「騎士であるお前が、宮廷内ではどんな人がでひしめき合っているかを、知らないとは言わせない」
女騎士「ああ、知っているさ……」
処刑人「聖堂に仕えるお前が、坊主どもの生臭さを知らないとは言わせない」
女騎士「言われるまでもないことだ」
処刑人「ならば戻ればこうなることは解っていた。そうではないだろうか」
女騎士「解っていたとも」
処刑人「自死を選ばなかったお前が、何故、死ぬと解っていた行動に出たのだろうか」
女騎士「決まっているだろう」
処刑人「何故だろうか」
女騎士「私が人間で、私が騎士だからだ」
処刑人「……それは」
女騎士「神に誓って、我が生命を、我が手で絶つことなどできぬ」
女騎士「神に誓って、同胞の危険を見過ごすわけにはいかぬ」
女騎士「同胞の命を絶ち続ける貴様にはわからぬかも知れぬがな」
処刑人「……軽々に理解したと、のたまうつもりはない」
女騎士「……ふっ」
処刑人「何がおかしいのだろうか」
女騎士「懺悔も、祈りも許されないと言ったな?」
処刑人「……言った」
女騎士「裁判官も、大司教も、騎士団長も、同僚も、誰も私の言葉には耳を貸さなかった」
処刑人「それが何だというのだろうか」
女騎士「なのに貴様には、気付かないうちに洗いざらいぶちまけてしまった」
処刑人「……」
女騎士「まるで懺悔し、騎士の誇りを胸に祈った気分だ」
処刑人「……そうか」
女騎士「……すまない」
処刑人「何を謝るのだろうか」
女騎士「貴様を侮辱してしまった」
処刑人「……されてしかるべきだ」
女騎士「いや、天敵に囲まれ、城壁の中にあってただ人の命を絶ち続けるというのは……」
処刑人「解るのだろうか」
女騎士「……軽々に理解したと、のたまうつもりはない――ただ」
処刑人「ただ――なんだろうか」
女騎士「貴様が執行人で良かった」
処刑人「生命を奪うことには変わりはない。誰でも同じだ」
女騎士「いや、決して同じではない」
処刑人「くどい」
女騎士「それはこちらの台詞だ」
処刑人「何故だろうか」
女騎士「同じ死ぬにしても、何故それを選ぶか、それを追求してきたのは貴様だろう?」
処刑人「……」
女騎士「……私はどうやって死ぬ?」
処刑人「斬首刑だ」
女騎士「馬鹿な、それは名誉な死に方だろう」
処刑人「騎士としての最後の恩情だろう」
女騎士「ありがたくて涙が出てくるな」
処刑人「さらには跪かなくてもいいそうだ」
女騎士「なんだ? 今更、気味が悪いな」
処刑人「それが難しいからだ」
女騎士「……成程な、笑える冗談だ」
処刑人「お前も騎士なら、首を刎ねることの難しさを知っているだろう。笑えないし、冗談ではない」
女騎士「いや、それでも笑えてくる」
処刑人「なにがだろうか」
女騎士「上の連中が、貴様が失敗するだろうと見込んでいることだ」
処刑人「……」
女騎士「私が一目見て、死神扱いするのだぞ? 団長も鈍らになったものだ」
処刑人「随分と買ってもらえたものだ」
女騎士「ああ、隊で随一の私が言う。貴様は一撃で私の首を断つだろう」
処刑人「……かもな」
女騎士「いや、きっとそうだ」
処刑人「最後に言い残すことはあるか?」
女騎士「いや……特に、ああ一つだけ」
女騎士「貴様が執行人で良かったよ」
キリ 続きはまた明日。
オークの場合
オーク「……随分となよっちい人間だナ。女かと思ったゼ」
処刑人「そう見えるか?」
オーク「強がりに決まってんだロ。震えが止まらねエ。なんなんだお前」
処刑人「本日、お前に下された刑を執行する者だ」
オーク「人間の処刑人……それでか、妙におっかねえのハ。随分と殺してんだろうナ」
処刑人「解るか?」
オーク「人間より鼻はいいんダ。お前さんから滲み出る血生臭さは、ついぞ出会ったお前らの勇者様といい勝負ダ」
処刑人「解るか……」
オーク「まあ、見かけがなよっちいのは本当だガ」
処刑人「そう見えるか……」
オーク「それデ? 処刑人がなんの用ダ?」
処刑人「貴様に下される刑を申し伝えに来た。貴様は魔族故、法に照らし合わせ、裁判をすることは無い。故に処刑人の私が直接伝えに来た」
オーク「随分と律儀なことダ」
処刑人「貴様は斬首の上、晒し首となる」
オーク「……意外だナ」
処刑人「意外か?」
オーク「意外ダ。もっと長時間に渡って、苦しんで死ぬような処刑法だと思っていタ」
処刑人「それでは死体が痛むからな」
オーク「……なるほど?」
処刑人「討伐軍によって壊滅した貴様の仲間は、ほとんどがミンチか焼き豚になっている」
処刑人「生け捕りになったお前は解剖して、人間が貴様等魔族を殲滅するための礎となってもらう」
処刑人「平たく言えば、お前の死体は王室付きの魔術師共に引き渡される」
オーク「勉強熱心なことダ。生きたまま解剖しなくていいのカ?その方が解ることも多そうダ」
処刑人「私としても、魔術師共も、その方が研究になると考えたが、教会は納得しない。貴様がさんざ殺した騎士団の面々も、家族を殺された民衆も」
オーク「成程、さっさと死ねってカ」
処刑人「その通りだ、さっさと死ね」
オーク「……人間も、案外、俺らと変わんねえナ?」
処刑人「……聴いておこう」
オーク「集団で余所者をリンチして、そいつがくたばる様を見ればとりあえず満足するってところが、だヨ」
処刑人「確かに何も違わんな」
オーク「オ? ブチキレるかと思ったんだガ? お前等からすりゃ化け物と一緒くたにされたんだゾ?」
処刑人「変わらんものは変わらん。私とて、アレ等が化け物に見える時がある」
オーク「ほほウ? どんな化け物ダ?」
処刑人「……ひたすら強大で、欲は深く底なし。どれだけ食い尽くしても満足することはない」
オーク「ほウ……」
処刑人「盲目なクセに目聡くて、聴く耳を持たないくせに耳聡く、頭が無いくせに頭は良い」
オーク「矛盾……してないんだろうナ。しかし、頭がないのカ?」
処刑人「あるヤツもいる、切れてもすぐに生え変わるが。無いヤツの方が厄介だな」
オーク「切ることすら出来んしナ」
処刑人「切っても磨り潰しても再生し、分裂し、共食いしては更に強大に膨張し、増え続ける」
オーク「それハ……」
処刑人「それでいて呪うべき名前も無く、認めるべき姿も見えない。存在するが、存在しない」
オーク「魔王様がてこずるわけダ」
処刑人「個人である間はそのナリを潜め、霞のように消えうせる。まるで悪夢だ」
オーク「成程ナ……やっぱ」
処刑人「やっぱ?」
オーク「お前等、俺等とそんなに変わらねえワ」
処刑人「同感だ」
オーク「化け物同士がぶつかって、今回は尻尾を食い合った、ってところカ?」
処刑人「そんなものだろう」
オーク「じゃあ、そんなに苦しまず死ねる俺は、結構、ツいてるナ」
処刑人「そう思うか?」
オーク「思うヨ。あんたが執行役で良かっタ」
処刑人「……お前の首は人間の何倍も太い。一撃では断てず、苦しむかもしれんぞ?」
オーク「嘘つケ。お前が見かけ通りのタマかヨ」
処刑人「……まあ、自信はある」
オーク「頼むゼ? 仲間だロ?」
処刑人「一緒にするなおぞましい」
オーク「オロ? そんなに変わらんって言ってたガ……」
処刑人「個人である間はナリを潜める、とも言ったはずだ」
オーク「個人……ククッ、個人ねエ?」
処刑人「おかしいだろうか」
オーク「おかしいヨ」
処刑人「何が、だろうか」
オーク「苦しまさないように化け物の首を断とうと考える人間が、ダ」
処刑人「……別にそうは言ってない」
オーク「いいや、きっとそうダ」
処刑人「最後に言い残すことはあるか?」
オーク「ほら、そういうとこダ、普通は言わなイ、俺も言わなイ……まあ、だからこソ」
オーク「あんたが執行人でよかったヨ」
キリ また夜に。
**********
ここのところ、処刑台の床は乾くことがない。
城壁が閉じられ続けて久しいのは魔族に追い詰められての事であるが、人間の犯罪が後を絶たない。
必然、見せしめは増える一方であり、魔族の侵略を待たずして、人類は無駄にその人口を減らしていたが、
処刑台が設置されたこの広場は庶民にとって最大の娯楽場だった。
高貴な血筋も、貧民も、死神の刃の前には関係無く、その命を落とす。
とくに下層階級の民にとって、これ以上の娯楽などあるはずも無かった。
しかし、今日の喧騒はいつものものとは違う。
処刑台に立たされた獲物も、それに吐きつけられる怨嗟の声の質も、コレまでものとは何もかも違った。
人類の天敵、その末端が、遂に今日、人類の目の前で処刑されようというのだ。
城壁の中で鬱屈した生を強制された民衆が、湧かぬはずも無かった。
処刑台の上に立った、豪奢な羽帽子と意匠の凝った服に身を包んだ青年は、剣を抜き放つ。
彼の抜き放ったこの鋼の塊は、確かにあらゆるものを切断するだろう。
しかし、これからそれの餌食になろうとする者は身じろぎもしない。
その姿どおり、人類とは明らかに異なる野蛮な攻撃性をむき出すことも無ければ、生命の限り抗おうともしない。
どこか晴れやかな様子で、首を差し出しているのだ。
オークが、進んで、人間に、首を、差し出しているのだ。
その所作を受け、青年の手に握られた長剣が屹立する。
天敵が蔓延るこの世界で、法とは言え、同胞を処刑することで生を得る処刑人。
醜く、恐ろしく、汚らわしい、人類の天敵である魔族。
処刑台の上の彼らは、人々に忌み嫌われる者同士でありながら、しかし、誰もが触れてはならない厳かさと神聖さを擁していた。
喧騒に対し浮いていた二人を前にして、むしろ喧騒こそが場違いである。息をすることすら憚られるこの聖なる瞬間を、皆、放心して認めていた。
その異様な光景を、広場に隣接する宿屋のバルコニーから眺める少女の姿があった。
??「あーあ、あのオークの首は、ぼくが刎ねたかったのに……」
幼さが抜けぬ、しかし端整なその容貌には似つかわしくない、そんな言葉が洩れる。
??「ちぇっ、大体、あんな優男に、あんなぶっとい首を落とせんの?」
その言を否定する意図は無いにせよ、流星のような軌跡を描いた剣は、音も無く、乱れも無く、ただ振り下ろされる。
その軌跡がオークの首で遮られるがやはり音はしなかった。
数瞬の後、ようやく音がする。ゴトリ、と。
筋骨が隆起した異形の首は、その見た目に反し、アッサリと胴と離れた。離れた後、噴水のように鮮血を撒き散らす。
一瞬にして血の雨が広場に降り注ぎ、阿呆のように口をあけたままの民衆に注がれ、そこで彼らはようやく悟った。
自分が何を見ていて、今、口に入った液体がなんであるかを。
やがてパニックが起こった。
その時、剣を振った青年の姿は既に無く、その部下と思わしき者はオークの首と身体を丁重に運び出そうとしていたところだった。
??「……やった! すごい、あの処刑人さんすごい腕前だ!」
僧侶「……勇者様、もうよろしいでしょう。このような悪趣味な見世物、見るに耐え――」
勇者「すごい、すごい! そういえば、ぼくが目を点けてたあの女の騎士も、あの人が殺したんだよ!? 正面から首を刎ねたんだ! くっそー、横取りされてばっかりだ!」
僧侶「そう仰るなら助けて差し上げればよかったのに……貴方様が一言添えれば不可能ではなかったでしょう」
勇者「えー、敗けた上にオークに手篭めにされた人なんて要らないよ、汚らしい」
僧侶「あら……じゃあ、何故そのような事を?」
勇者「そうなる前に仲間にしたかったってこと!」
僧侶「ああ、そういう……」
憐れむような言の女僧侶も、その言葉ほどに表情は芳しくない。
彼女が聞き及ぶところには、処刑された女の騎士は、今しがた首を刎ねられたオークと姦通したという罪深き者とのこと。
勇者と呼んだ少女の言うとおり、汚らわしい存在を受け入れられない。
まして魔の物と姦通する者ならば、救うべき子羊ではあり得ない。
勇者「でもあの処刑人の人、面白いね、なんであんな綺麗な格好してんの?」
僧侶「仮にも王命で刑を執行する者ですからね……見てくれだけはしっかりしないと」
???「……フフッ」
「ヒットスタジオに戸川純がでるから明日まで生きたい」
僧侶の言葉に対し、明らかな嘲笑が同室から聞こえる。
処刑見物には最初から興味は無く、寝具に寝そべり本を読む妖艶の女性。
嘲笑を受けたと捉えたのだろう僧侶は、精一杯睨みつけるが、彼女は僧侶を認めすらもしない。
僧侶「……何か?」
魔術師「いいえ? 僧侶のあなたが言うと、随分、説得力があると思ってね?」
僧侶「そうですか。その言葉、そっくりそのままお返しいたしますよ?」
いかにも『魔』のものを扱う、露出の激しい堕落した服装を揶揄しての言。
『魔』を扱う者は、自らを学者とのたまうが、神学者でもある僧侶からしてみれば、彼女等など中身の伴わない異端に過ぎない。
はなから相容れるものではないのだ。
魔術師「あら……言うわね?」
その数回のやり取りで室内の温度が下る。
勇者「もうっ、僕を放っておいて喧嘩しないでよっ」
僧侶「……失礼しました」
魔術師「……悪かったわ」
勇者「……まあ、いいや! 剣士はもう一人当てがあるし、もう少し様子をみよっと!」
ようやく興味を失った勇者は、それでもどこか楽しげだった。
>>42 樹、乙
キリ また明日?
大魔術士の場合
大魔術士「ふむん……つまりは病とは、魔族どもの発する瘴気によるものではないと」
処刑人「まず間違いないだろう。そうでなくては患者から患者から伝染する説明がつかない」
大魔術士「羅患したものが魔に属するものとなり、瘴気を発するという可能性は?」
処刑人「極端だ。ならば多くの場合、完治する風邪などはどう説明する気だろうか。空気を介して感染するという点では瘴気と言う概念も正しいだろう」
大魔術士「ふむ……」
処刑人「空気で感染するだけではない。体液そのものを介して感染することが明らかな以上、病を持ち込むのは生命体であるというのが妥当な線だろう」
大魔術士「それでは我等をつつむこの世界には、目に見えぬ生命在るものが存在する、と言うのか」
処刑人「……そうとしか考えられない」
大魔術士「なにか具体例はあるかね?」
処刑人「無い」
大魔術士「そうか……しかし、我輩は信じるぞ!」
処刑人「何故だろうか?」
大魔術士「我輩の実験により、万物は皆、微小な物の繋がりによって存在することは証明されたも同然だからだ!」
処刑人「ほう、四大精霊は存在しないと」
大魔術士「そんなもの存在せん! 水精霊ですら何かと何かの繋がりに過ぎん!」
処刑人「何故、そんな考えに至ったのだろうか」
大魔術士「聴きたいか? まずことに至ったのは、水精霊は土精霊に変ずるという既存の知識に我輩は疑問を……」
処刑人「その辺の事はどうでもいい」
大魔術士「なんと!? 同じ学問の徒であろう!?」
処刑人「私はただの処刑人だ」
大魔術士「否! ただの処刑人などであるものか! 聞き及んでおるぞ? そなたは国一の医者であるとな!」
処刑人「どこをどうすれば人が死ぬか知っているだけだ。なにせ選り取り見取りの方法で殺してきた」
大魔術士「素晴らしい! ではそなたは外科が本分というわけか!? しかし病はそれとは別の見識が必要であろう!?」
処刑人「……患者の中には手術が完璧でも破傷風で命を落とすものがいた。その対応をする上で内科もするようになっただけだ」
大魔術士「学ぶべき師がおらぬ中で、そなたはそこまで知見を深めたのだ! 既存の知識を覆す大発見であろう。何故もっと誇らぬ!?」
処刑人「……同じようなことをしたその結果、精霊を否定する異端者として処刑されるお前がそれを言うのか?」
大魔術士「目の前の事実を認めず、先を見ぬ愚か者の事など放っておけ!」
処刑人「彼らには彼らの信じるものがある。それを覆すということは、自らを、自らが信ずる神すら否定しかねない」
大魔術士「人は過ちを犯すとは信仰の言葉であろうが!? 自らの存在を否定する可能性があるのなら、自らを肯定するために何故思考をせん!? なぜ行動せん!?」
処刑人「信じる者が救われなくては、神は存在しえない。それは救いにならない」
大魔術士「否! 闇雲に信仰することこそ、神に対する冒涜であろうが!」
処刑人「何故だろうか」
大魔術士「そなたは知りもしない者共に、あやふやな人間像を立てられ、評価され、価値観を押し付けられて不快ではないのか!?」
処刑人「それところとは別問題ではないだろうか」
大魔術士「では坊主共が統治の為に民衆を衆愚に変えんと謀略したならばどうする!?」
大魔術士「闇雲に信じたことで、坊主どもの言葉を鵜呑みにした結果、神を謀略の道具とした背信者に組する事になるのだぞ!?」
処刑人「……」
大魔術士「同胞よ、学問の原点とは何か!?」
処刑人「……疑うことだ。万物は何故そうあるのか、疑問を持つことだ」
大魔術士「そうだ! 疑え! 名を残してきた魔術師は、皆、全て師の言葉を疑った! そして師の言葉を覆してきた! 師の教えを血肉にしてな!」
大魔術士「我等が何故、『魔術師』と言われるか、そなたは知っているか!?」
処刑人「自然現象にはあり得ない、神の御業の埒外にある術を、つまりは『魔』を扱うから……」
大魔術士「そうだ! つまり坊主どもの勝手な都合だ! 我々が研究する業の、何が神の埒外だというのか、奴等は何一つ客観的な証明をしていない!」
大魔術士「我等こそ、真の信仰者だ! 既存の知識では説明のつかない現象を、皆、神のもたらしたものであると、神を証明し得る存在だ!」
大魔術士「我等は魔術師などではない! 学者なのだ!」
処刑人「お前、――貴方は」
大魔術士「……なんだ?」
処刑人「自分の行っていることが、正しいと信じているのだろうか」
大魔術士「なんだと?」
処刑人「疑問を持つことは確かに知の根源だろう。それを突き詰め、そうして得た知識を手段として実行できたとする」
大魔術士「ふむん……続けたまえ、同胞よ」
処刑人「そうしていくうちに、己に対し疑問は湧かないのだろうか」
処刑人「この知識は正しいことなのだろうか。正しくなかったらば、それによりどれだけの人を傷つけるのだろうか」
処刑人「正しいとしても……それは救いになるのだろうか」
大魔術士「……叡智が時に悲嘆をもたらすのは事実であろう」
処刑人「それはそうだろう」
大魔術士「例えば、先ほどの病の話ならば、病を防ぐことも出来れば、むしろ病を広げることも容易かろう。それこそ魔術である」
処刑人「……」
大魔術士「我等の編み出した術によって、魔族どもとの戦いに多大な成果をあげているのは事実だ。しかしそれは、同時に人に向けられることもあろう」
処刑人「貴方は、それを知りつつも魔術を編み出すのだろうか」
大魔術士「ならば問おう、同胞よ。斧を打った鍛冶師がいたとして、その斧で人が害されたとして、鍛冶師に罪はあろうか」
処刑人「あり得ない」
大魔術士「そういうことだ。恐れてはならない、同胞よ」
処刑人「……」
大魔術士「そもそも、そなたは死を以って秩序をもたらす存在であろう」
処刑人「しないに越したことはない。存在しない方がマシだ」
大魔術士「しかし、今の世には必要だ。だからこそ存在する。人々の更生を図る余地など、この城壁の中には存在しないのだ……なればこそ」
処刑人「なればこそ?」
大魔術士「そなたが執行人で良かった」
処刑人「何故だろうか」
大魔術士「己の存在に疑問を持ち、法に疑問を持ち、常に良くあらんとする」
大魔術士「得た知識を民衆に還元し、その行為にも疑問を持ち、学び続ける」
大魔術士「同胞として誇らしい」
処刑人「……貴方達以上に忌み嫌われる存在だ。処刑の事だけでなく、貴方も聞き及んでいるだろう」
大魔術士「どの件だ? 怪我人の足を無情にも切り落とし、棒切れをくっつけ弄んだことか?」
大魔術士「難産の妊婦に、これ幸いと腹を切り開き、胎児を抉り出したことか?」
大魔術士「どれも答えは出ておろう、患者は皆、生きておる。それが事実だ。そなたが疑問と発見を繰り返し、為しえた結果だ」
処刑人「……そうか」
大魔術士「……実に、実に有意義な時間だった」
処刑人「もう気が済んだだろうか」
大魔術士「語り足りぬがな。そなたの研究の邪魔をしては忍びない」
処刑人「貴方――お前の刑は火刑を予定していたのだが」
大魔術師「恩赦は通ったのか!?」
処刑人「……通った。お前は斬首刑に処される」
大魔術士「素晴らしい……素晴らしいっ!!」
処刑人「好きに言う。首を切り落とすのは難しい」
大魔術士「同胞よ、そなたは一度も失敗したことがないと聴く! それゆえに頼みたいことがあるのだ」
処刑人「なんだろうか」
大魔術士「首を落とした後、我輩の死体を観察してくれ!」
処刑人「……何故だろうか」
大魔術士「こんな実験、この機会でないと出来ぬだろう!? 我輩は瞬きや、出来れば声を出そうとするゆえ、その様子を観察して欲しいのだ!」
処刑人「……身体は動かすな。失敗する可能性が高くなる」
大魔術士「やってくれるのか!? 頼んだぞ! そなたの研究にもなるであろう。スパッと、できれば切ったことにも気付かないように……」
処刑人「好きに言う。首を切り落とすのは難しい」
大魔術士「そなたなら出来るというのが我輩の計算だ!」
大魔術士「後、我輩の研究室と資料はそなたの自由に使って構わんからな! 今回の実験結果を必ずそこに残すように!」
処刑人「弟子が受け継ぐものだろう、それは」
大魔術士「ならば弟子になれ! もしくは我輩の師となってくれ! あのように我輩の教えを、疑いなく信望する者共には荷が重い!」
処刑人「……承った」
大魔術士「頼んだぞ!」
処刑人「最後に言い残すことはあるか?」
大魔術士「ありすぎてどれを言えばいいのやら……しかし、まずは」
大魔術士「そなたが執行人で良かった」
キリ また、後日。
ラボォアジエか
司教の場合
司教「ふ……」
処刑人「何が可笑しいのだろうか」
司教「いや? 神に仕える私が、死神の刃にかかって死ぬとはな、皮肉なものだ」
処刑人「いや、死神の刃ではない」
司教「ほう? 処刑人風情が、矜持でもあろうというのか?」
処刑人「そういう問題ではない。お前は刃によって倒れない。異端として、火刑に処される」
司教「……私が異端、とな」
処刑人「そうだ、数々の人々を異端として火にくべてきたお前が、という意味では、確かに皮肉ではある」
司教「くべたのは貴様であろう」
処刑人「全く以って正しい。だが、くべる意思を持って刑を下したのはお前だ」
司教「それは神の――」
処刑人「違う」
司教「……司教たる私に説教か」
処刑人「法は神から与えられたものではない。人間の理性によるものだ」
司教「 ! ……ほほう、しかしその考えは異端ではないか?」
処刑人「神の御名の基に、殺戮を許容するわけにはいかない」
司教「人が人を裁くなど、傲慢極まりない。故に神の御意思により刑は下される」
処刑人「神の御名において殺戮がなされるならば、それは止まない戦を引き起こす」
司教「馬鹿な。貴様ではあるまいし、人が人を戦で殺すなど、そうあってなるものか」
処刑人「いいや、必ず起こる」
司教「神を侮辱するつもりか」
処刑人「違う。神を語る馬鹿共を侮蔑している。戦は神の名を語る馬鹿の都合により起こる」
司教「……それは背信だろう」
処刑人「背信ではない。神に殺戮を起こさせる者こそ、真の背信者だ」
司教「く……クハハッ」
処刑人「……まあ、これは何が可笑しいかは理解できる」
司教「なんの茶番だ、これは?」
処刑人「……本当にこんな事を異端審問会で言い放ったのか? 正気とは思えない」
司教「狂気を確信したかね?」
処刑人「確信した。この宮廷の奴等はみんなイカレている」
司教「随分な言い草だ。処刑人の貴様――君がそう言うのかね?」
処刑人「そう言う。はっきり言おう。私の方がまだマシだ」
司教「……君は職務に忠実なだけだ。そして彼らも、職務に忠実なだけだ。寛容は美徳だぞ?」
処刑人「その寛容な精神とやらは随分と狭量だ。なにせ図星を突いた人間を火にくべる」
司教「彼らは、追い詰められて迷える人々に救いを与えねばならないのだ」
処刑人「その方法が処刑を見世物にするということか」
司教「……悪とされる者が裁かれる様は、それを輪の外から眺めることが出来るということは、自らが善であると錯覚させる」
処刑人「善ではない。そいつ等が肯定されることとは何も関係がない」
司教「……そうだな」
処刑人「そうだ」
司教「しかし、救われたいと思う心は変わらない」
処刑人「だからといって、虐げていいという事にはならない」
司教「その通りだ。故に、人には正義が必要なのだ……信仰が必要なのだ」
司教「偉大な力を信じ、敬い、故に己は救われると。それが規範となり、法となる」
処刑人「……ここまで追い詰められた人類の中には、神も悪魔もありはしないと、そう言うヤツもいるが?」
司教「『何かを信じている』という一点においては何も変わらない。崇拝する物が変わるだけだろう」
処刑人「それは……そうかもしれない」
司教「とはいえ、神無き規範は脆いものだ」
処刑人「本当にそうだろうか」
司教「というと?」
処刑人「人間はそこまで愚かでは無いということだ」
司教「君は人間を信じているのかね?」
処刑人「……個人単位では」
司教「……成程。君の見識はある種、的を射ている」
処刑人「例えば、自らが欲さないことは人にもすべきでは無い。その一点だけでも充分に規範を為すに足りうるのではないだろうか」
司教「では聴こう」
処刑人「なんだろうか」
司教「人々が全て見えなくなり、誰がそれを言ったか、誰がそれをやったか解らない状況が出来たとして、信仰無き人は規範を保てるだろうか」
処刑人「……」
司教「残念ながら、 今、そうでないこの世界の私には 証明できないが、無法が蔓延るように思えてならないのだが?」
処刑人「実に意味が無い過程だ。 そのような状況は とても想像できない」
司教「しかし本質は捉えていよう」
処刑人「そうだとしても、容易く罪は犯されない」
司教「忘れていないかね? 悪とされる者が裁かれる様は、自らが善であると錯覚させる」
司教「善とは世界から、神から愛されるものと人は本能で知っている。親から学んでいる」
司教「愛されたいという欲……承認されたいという欲は、時として三つの欲より優先されうるのだ」
処刑人「だからどう繋がるというのだろうか」
司教「そしてその欲は砂地に水をやるが如く、永遠に満たされることは無い。故に我々は皆、救いを求めるのだ」
処刑人「くどい」
司教「それが合わされば、人は常に生贄を求める。不法を犯したゆえ、地獄に落ちる者共を求める。人が罪人を求めるようになるのだ」
処刑人「本当にそうなると確信があるのだろうか」
司教「君がそれを言うのかね?」
処刑人「……」
司教「処刑台から見下ろした先で、何を見たか、知らぬとは言えまいよ」
処刑人「……だからこそ個人単位で、と言った」
司教「……残念ながら、これは集団ゆえに起きるモノではなかろう。全ての人間、個人が抱える問題であろう」
処刑人「何故だろうか」
司教「集団であるということは、タガが外れる前提に過ぎん」
処刑人「優位であるから、責任がないから」
司教「そうだ。個人が自らを悔い改めぬ限り、真摯に救いを求めぬ限り、人は永遠に自慰にふける」
処刑人「……言うのは簡単だ」
司教「ならば自慰にふけるのは簡単だ、と返そうか」
処刑人「それしか術がないからそうすることに、罪は無い」
司教「その術を学ぼうとしないことは罪だ。無知は罪ではないが、学ぶ意思の無い、怠惰は罪である」
処刑人「学ぶ術を奪ったのはお前らだろう」
司教「……」
処刑人「衆愚政策を知らないとは言わせない」
司教「止しなさい、それ以上は」
処刑人「思想の押し付けを教育とのたまい、自らに都合の悪い存在を『魔』と定めたのはお前等、神官どもだ。お前らの行為は、人類に対する侵略行為だ」
司教「声が大きい、止すのだ」
処刑人「その為に何人が犠牲になったのだろうか」
処刑人「この薄暗い石壁の部屋で、本当に救いを求めた個人が、告罪し、懺悔し、祈りを、救いを求めた人間が、どんな気持ちでここにいたのだろうか」
処刑人「わた――俺が、俺が一体、どんな気持ちで……」
司教「……済まない、本当に申し訳ない事をした」
処刑人「……何でもない。失言だった」
司教「知らぬとは言わぬ。その上で更に罪を重ねようとすることに耐え切れず、私はここにいるのだ」
処刑人「……どういうことだろうか」
司教「君とは対になる存在を生み出した、そのことについてだ」
処刑人「誰の事だろうか」
司教「勇者……」
処刑人「対魔族の決戦兵力……」
司教「君が恐怖の象徴なら、彼女は希望の象徴だ」
処刑人「それの何がいけないのだろうか」
司教「用途が問題だ。君は罪人を殺すことで、人々に恐怖を与え、平穏と感情の決着をもたらす」
司教「だが彼女は魔族を殺戮することで、人々に希望を与える」
処刑人「……魔族が人間に害を為していることは事実だ。それの何がいけないのだろうか」
司教「……オークに関する君の報告書を読んだ」
処刑人「……」
司教「知性があったそうだな?」
処刑人「あった。言語体形も我々のものと完全に一致している。訛りはあるが」
司教「なれば彼女は、他の文明に対する侵略に、正当性を持たせる傀儡に過ぎない」
処刑人「しかし、この状況は、魔族に正当性があると思えない」
司教「今、君が言ったばかりであろう」
処刑人「何を、だろうか」
司教「衆愚政策を知らぬとは言わせない。自らに都合の悪い存在を『魔』と定めたのは我等、神官だと」
処刑人「……」
司教「この戦は、この状況はどちらが先に始めたものか、真相は闇の中なのだ」
司教「考えてもみよ。繁殖の為に女を浚うわけでもない。食料とする為に喰らいつくわけでもない」
司教「人の入らぬような洞窟や、森を根城とする者共が、一体のなんの益で我らを襲うというのか」
処刑人「……今、この場で判断することは出来ない」
司教「だが、私の疑念は止まらなかった。自らの行いが、神を穢す行為かも知れぬと思い震えが止まらなかった」
司教「ゆえに私は同胞たる使徒達を弾劾したのだ。信仰を貫くべき者が、疑いを持って」
司教「私は……罪人であり、異端者なのだ」
処刑人「……疑うことは罪ではない。真の信仰者は、常により良き道を探すと、私の師は言っていた」
司教「ああ……ヤツとは道を違えたが、友だった」
処刑人「そうか」
司教「そうだ」
処刑人「……」
司教「……この石床のくぼみ」
処刑人「なんだろうか」
司教「丁度人間の肩幅ほどに、二つ別れ、へこんでいる」
処刑人「それが何だというのか」
司教「ここに跪き、懺悔し、祈りを捧げたのか」
処刑人「皆、そうしていた」
司教「……それが二つある」
処刑人「……それが何だというのか」
司教「救いが必要なのは、処刑される人間だけではないということだ」
処刑人「……」
司教「罪の意識に苛まれ、吊るされる人々の心を少しでも癒し、そうすることで君は救いを得ていたのではないか?」
処刑人「何故だろうか」
司教「君の事は以前から良く知っていた。どのような困難な刑でも、必ず一撃の下に成功させる死神とな」
処刑人「照れる」
司教「褒められたことか」
処刑人「あ、そう」
司教「無闇な痛みを与えるのが忍びなかったのであろう」
処刑人「……無様な仕事だけはしたくなかっただけだ」
司教「ほう、というと?」
処刑人「貴族共も坊主共も、簡単に人の首を刎ねろだとか、十字架に貼り付けろだとか、八つ裂きにしろだとか言うがな。言うほど容易くはない」
司教「それは……自らの心の均衡が、という意味か?」
処刑人「その心の均衡が無いた為に罪人が暴れだしたら、刎ねられる首も刎ねられず、貼り付けた先から落ちて、裂けるものも裂けない」
司教「成程な」
処刑人「理解したか? 心の救済無くして、処刑は容易いものではない」
司教「ならば何故、君は私の元まで来たのだね?」
処刑人「聴いていたのだろうか?」
司教「聴いていたとも。しかしそういった知識が無くとも、火刑がそれらのように心の救済を必要とはしない刑だとは理解している」
処刑人「……」
司教「異端の輩を、救済無くこの世から滅する故、復活を赦さぬ故、身体を火にくべるのだ。司教の私が知らぬとでも思ったか?」
処刑人「……まあ、よく知っているだろうな」
司教「刑自体も、縛り付けて下から燃やす、それだけの一方的なもの。故に罪人の協力など必要は無い」
処刑人「……」
司教「殺す業を持って医を施すとも聴いた。異端に問われぬのが不思議な程であるが、神の手を授かったように病める民を癒すと」
司教「何故、そのようなことを? それは民を癒すことで、己の癒しとしていたのではないのか」
処刑人「人を癒すことが何故、己を癒すのだろうか。金の為だ」
司教「病むを癒すは多くの場合、善である。そして言ったはずだ。善は世界に愛される。承認されようとする欲は、本能を凌駕する」
処刑人「……」
司教「答えよ。君は救いたかったのか、救われたかったのか」
処刑人「……解らない」
司教「己の心情を解せぬか」
処刑人「……人の命を絶つ私が、救うなどと傲慢極まりない、そう思った」
処刑人「人の命を絶つ私が、救われるなどと身勝手極まりない、そう思った」
処刑人「どうしていいか解らない、だから死に逝く人の為、祈った。死に逝く人に、生きてくれと、祈るように癒した」
司教「……それは何故かね?」
処刑人「……解らない」
司教「……それが祈りの本質だ」
処刑人「祈りの」
司教「そう。苦しみ、もがき、それでも生きたい。進退窮まり、人が最後に行き着くものが祈りなのだ」
司教「そして、そのような祈りが、決して弱いはずがないのだ」
処刑人「それが、それが何だというのだろうか」
司教「君を追いやった人間の一人として、どうしても言っておきたいのだ」
処刑人「何をだろうか」
司教「君の行いは、君の迷いは決して恥ずるべきものではない。この国の司教を務めた私が言おう」
司教「君が執行人で良かった」
処刑人「何故だろうか」
司教「君は死に向き合った、救いを求める人々から逃げない。真摯に向き合い、共に祈り、尊厳を以って苦痛を与えず、そして法を貫く」
処刑人「だとしても、過ちかもしれない」
司教「己の行為を過ちであるかと見返せる者がどれだけいようというのか。君は自らの行いを他者に委ねない、神にすら委ねない」
処刑人「……」
司教「我等が無責任にも君の手に委ねた人々から、君は逃げなかった」
司教「その事実に、私は救われたのだ」
処刑人「……そうか」
司教「……そうだ」
処刑人「最後に言い残すことはあるか?」
司教「語る言葉は尽きた。しかし……おそらくは皆、こう言ったのだろうな」
処刑人「君が執行人で良かった」
キリ ルボアジェって誰だよ、ラボアジェだよ。ちょっと引きこもってくる。
あと坊主は神官を揶揄するスラングか何かとでも思ってください。
>>1にまでネタにされると泣きたくなってくるけど話は最高に面白いよねおつ
>>103 ゴメンよ。でも最初から読んでくれてありがとう。
剣闘士の場合
剣闘士「……どういうことだ? 判決を覆して死刑かよ?」
処刑人「いや、そうではない」
剣闘士「じゃあ、なんでテメエがここにいる? 国一番の人殺しが」
処刑人「お前の次の対戦相手が私だからだ」
剣闘士「ケッ……そういうことかよ。剣奴に堕としたが、生き残るとは思ってなかったってか?」
処刑人「ありていに言えばそうなのだろう」
剣闘士「随分と甘く見られたものだな」
処刑人「全くだ」
剣闘士「解ってんなら、なんで粛々と剣闘試合なんかの仕事を請けやがった」
処刑人「意味が解らない」
剣闘士「あ? 剣闘にかこつけて俺をぶっ殺そうってんだろ?」
処刑人「その通りだ」
剣闘士「……おい、据えモノぶった切っただけで手前が強くなったつもりかよ?」
処刑人「ならばお前は何をもって強いとのたまうのだろうか」
剣闘士「剣闘士と後ろ手縛られた罪人を同じにするな。俺は腕っ節ししか自慢出来るものは無ぇそいつらを、皆、ぶち殺してきた。一体、何人殺してきたと思ってる?」
処刑人「騎士団で生え抜きの女騎士」
剣闘士「は?」
処刑人「一族を率い、人類に多大な被害を与えたオークの首領」
剣闘士「何言って……」
処刑人「自らの行いを信じた偉大な魔術師に、迷い疑いながら多くの人々を導いた司教」
剣闘士「……」
処刑人「皆、お前より強い」
剣闘士「……いや? 弱いよ? 何せ、お国から『いらない』って言われたクソどもだ」
処刑人「お前は今、正に、そう言われている。そして彼等は、少なくともその死を惜しむ人がいた」
処刑人「魔族にしても、お前のような犯罪者より、まだ有益な情報をもたらした」
剣闘士「だからなんだよ? 判決は覆らない。百人抜きまであと一人、お前のような勘違い野郎が最後の相手だとかは恥だが」
処刑人「いや、現在進行形でお前は恥をかいている」
剣闘士「挑発するにも言葉を選べよ兄ちゃん……」
処刑人「挑発ではなく、事実だ」
剣闘士「ケッ……話にならねえな」
処刑人「それはこちらの台詞だ」
剣闘士「おい……なんだってんだ? 言っとくが楽には殺さねぇからな」
処刑人「ならば教えよう」
処刑人「まず勘違い野郎とはお前の事だ。とある女騎士の言だが、彼我の実力差を考慮できぬ者を『鈍ら』というらしい」
処刑人「そして、俺が挙げた彼らが、何故、力を奪われ縛についたまま殺さなければならなかったか、その意味を解っていない」
処刑人「そして、お前は何故、彼らのように力をそがれず、堀の中で見世物で済んでいるか、その意味も解っていない」
処刑人「そして……私が何人殺してきたと思っているのだろうか」
剣闘士「だからそりゃ、据えモンだろうが! 人殺しの質が違ぇんだよ!」
処刑人「無抵抗の者を、女子供を、一方的に嬲り殺しにした罪でこうしているお前が、それを言うのか」
剣闘士「それこそ、まさに、お前が言うな、だな?」
処刑人「その通りだ。私は無抵抗の者を一方的に嬲り殺しにしてきた」
剣闘士「ハッ! だったら……」
処刑人「だから、お前は精々、抵抗するといい」
剣闘士「……アァ?」
処刑人「天敵に囲まれた今の世で、人間であるという誇りも矜持も無く、かといって他者を理解しようと言う気配もない」
処刑人「命乞いした剣闘士を嬲り殺しにしたそうだな? 虐げられる側になって尚、更なる弱者を虐げるお前は、自分が罪人だという自覚も無く、自らの力を妄信する」
処刑人「誰からも求められず、誰からも消えることを望まれる、それがどういうことか解っていない。だから祈りも届かない。お前は真の意味で救えない」
剣闘士「処刑人が神官の真似事かよ」
処刑人「私はただの処刑人だ」
剣闘士「その処刑人が、剣闘士の真似事かよ!?」
処刑人「ただの処刑人と言ったはずだ。だから私は……」
剣闘士「……だから? どうなさるって言うんですかね?」
処刑人「無抵抗の者を、一方的に嬲り殺しにするだけだ」
処刑人「だから精々、抵抗するといい。哀れで無力なお前には、それが赦される」
剣闘士「ハ……ハハ」
剣闘士「ハハ、ハハハ」
剣闘士「ハーッハッハッハッハ!!」
処刑人「……」
剣闘士「こいつは良いや! 色々、ヤバイ目にあったが、最後の最後で、こんなアホが俺の相手とはな!?」
剣闘士「久々にやってやるよ。無抵抗で、哀れで無力なヤツを一方的に嬲り殺しにしてやるよ!」
剣闘士「考えてみりゃ、この国、一番の嫌われ者のお前を『処刑』出来るんだ! 娑婆に戻る前に良い箔がつくぜ!」
処刑人「最後に言い残すことはあるか?」
剣闘士「そりゃこっちの台詞だぜ……だがまあ」
剣闘士「テメエが執行人でよかったぜ」
短いけれどキリ 次回は地の文多め。
イノサン面白い。
**********
食料と娯楽。
それがあれば、人間は一先ず生きていけるものであるが、逆説的に、常にそれら飢えている言ってよい。
魔族の侵攻により、城壁を閉じてからというもの、悪化の一途をたどる食糧事情は未だ改善の兆しを見せず、
度重なる遠征もその多くが失敗に終わり、街は陰鬱な空気に包まれていた。
ゆえに人々は娯楽に逃げ、王政府も娯楽を提供した。
円形闘技場は常に血で滴っている。
かつては演劇や体育会で盛り上がっていた由緒正しきこの闘技場も、それだけに飽き足らず、野蛮ゆえに排されたはずである剣闘大会に湧き立っている。
安全圏から見る他人の殺し合いは、いつの時代でも最高の娯楽なのである。
アレーナで殺戮劇を繰り広げる剣闘士たちは、その勇猛により、奴隷より過酷とされるその身分であっても、英雄的扱いを受けることも少なくない。
「出たぞ! 恥知らずの人殺しめ! 今日こそ神の報いを受けろ!」
「死ね! 魔族以下の悪魔め!」
しかし、今、入場してきたこの剣闘士に掛けられたものは罵声。向けられるものは侮辱の眼差し。
当の剣闘士はというと、小鳥のさえずりでも聴いているかのような体。そしてそれがまた観客の頭に血を上らせた。
「止めろ! 止めないか貴様等!」
剣闘士の暴動や、脱走を防止するために詰めた衛兵達が槍をもって威嚇するも、激憤した者共に収まりはつかず、近くにあるものを手当たり次第にアレーナに投げつける。
衛兵が暴動を覚悟したその時、剣闘士が入場したのとは逆の門が、音を立て解放される。
闇の中から現れた人影が日の光によって露になる。そして一瞬にして音が消え去る。
その姿は、意外に過ぎるものであった。
民衆の誰もが彼を知っていた。
黒い羽帽子。黒い皮服。黒いブーツ。肩掛けされた、やはり黒のマント。
地味であり、質素であり、実用的である。その腰に佩かれたその剣を、民衆の誰もが知っていた。
民衆が見違えるはずがなかった。
貴族のように華美な衣服に身を包んでいた彼が、どのような姿になったとしても、彼らは、彼のその剣こそを畏怖していたのだから。
「処刑人じゃねえか……」
誰かがそう呟き、そしてまた沈黙した。
剣闘士「よう、男前。随分な人気者じゃねえか。剣闘士として妬けるぜ」
処刑人「剣闘士は今日で廃業だ。何せ今日でクビになる」
剣闘士「夢ならこれからたっぷり見られるぜ? お前がな」
処刑人「クビだけになって夢を見るのはお前だ。それと」
剣闘士「なんだ?」
処刑人「お前の最後の言葉はもう聴いた。これ以上は聴く気もない」
アレーナの中心で言葉を交わす二人の撒き散らす殺気を受け、審判員は息を呑む。
公正な勝負を確認する言葉も、申請された武装の確認も、その業務が進むことは無い。
誰にそう言われるでも無く、二人は距離を開ける。一足一刀の間合い、そこから更にもう一歩。
剣闘士が兜のヴァイザーを下ろし、剣の柄と盾を叩き付けガチガチと鳴らす。
剣闘士の武装はそれだけであり、上半身は裸、あとは腰巻とサンダルという古式ゆかしい剣闘士のスタイル、そもそも彼にはこの武装しか許されていない。
剣闘士は対手である処刑人の武装を見る。
皮製の服やマントは、やや厚手のようだが、鋲は打っていない、たわみの感じから仕込みもなさそうであり、防具としての効果は薄い。
そして腰に佩かれた長剣。
切れ味は言わずもがなであるが、それ一つで剣闘に望む処刑人を見て彼はほくそ笑んだ。
剣闘試合において、あのような長剣は不利にしかならない。それをこの優男は理解していない。剣闘士は自らの勝利を毛ほども疑っていない。
アレーナに突風が吹く。
突如の砂埃が舞う中でも、注目の人である処刑人は全く動じていない。
彼は、いつものように、ゆるりと、幾多の運命を断ち切ってきた刃を抜く。
音は消え、時すら止まったように思える中で、鋼が抜き放たれる音が響く。
その瞬間、剣闘士は、おそらくはその場にいる皆、全ては、黒衣の死神を幻視した。
剣闘士「う、おおおおおぉぉぉ!!」
それが開始の合図であるかのように、剣闘士は蛮声をあげ突進する。
一気に距離をつめ、シールドの体当たりにて死神の幻視を打破する。そのまま押さえ込み、刺し貫けば勝負は着く。が。
剣闘士「うおおお!?」
俄かにつんのめり、転倒する。
何が起きたか理解できない。標的がどこにいるか見失った。否、視界を制限するヴァイザーの端に、揺らめくマントを視た。敵は横。
剣闘士「うがあっ!」
当たらずとも威嚇するように大振りで剣を横に払う。当然のように空を切るが、まずは視界に相手を確保しなければならなかった。そしていた。
彼はダラリと長剣をぶら下げたまま、碌な構えも取らず、最初からそこに立っていたようにこちらを眺めていた。
馬鹿にされている、その事実に剣闘士は憤怒するが、その動きは努めて冷静だった。
脚捌きは軽く、間合いのギリギリから、剣の先だけで防御の薄いところを、刺す、切る。
重装備の許されない剣闘試合において、鉄板の戦法である。
剣の切っ先にて肉のみを絶ち、出血を誘い、そうしておいて最後は骨を断つ。
だからこそ、取り回しのよい片手剣が有利であり、長剣は不利なのだ。
しかし。
剣闘士「(あたらねえ! 空気にでも挑んでるみてえだ!)」
点の攻撃から線に。シールドバッシュから真一文字に剣を振る連携。当たらない。
視界の端、僅かにマントが見えるのみ。
剣闘士「(このタイミングならどうだ!?)」
そうして距離を詰めておいて、線から面の、今度は至近距離からの体当たり。
剣闘士「がああ!?」
それでも当たらない。先ほどと同じく、地を這う。
剣闘士「くっそがああ…………あ?」
命を削りあう筈の戦闘の最中、そんな間抜けな声が洩れる。
視界に映る観客席のその様子。正しくはその観客の自分を見る眼差し。
義憤でもなく、憎悪でもない。これは憐憫の、哀れみの眼差し。
瞬間、つららを脊髄に差し込まれるかのような寒気を覚える。その寒気に反し、首が猛烈に熱くなる。
狙われている。確認するまでも無く、敵は後ろだ。
しかし動けない。動けばやられる。
アレーナに映りこむ、敵の影法師が奇妙に揺らめき、剣闘士はまた死神を幻視する。
立てぬまま、遂に剣闘士は諦めた。
剣闘士「頼む……殺さないでくれ」
処刑人「聴く気はないと言った……それと」
もう、終わっている。
切られていない筈であるのに霧散する意識の中、そう聴こえた気がした。
キリ まだ続くんじゃ。
**********
血肉沸き踊る筈だった闘技場。熱気も、歓声も、何もかもが泡沫と消え去り、観客は皆、幽鬼の如き様相で闘技場を一人、一人と去っていく。
拮抗する技量を持った戦士達がぶつかりあい、生命の限り戦い続ける様を見に来たのだ。
しかし見せられたのはただの『処刑』であった。
あるいは、人間と言うあまりにも脆い存在が、死神の幻に翻弄され、弄ばれた末に、遂にはその首を落とされた様。
首だけになったピエロと、首だけにしたピエロ。ピエロのうち一人は、自ら台無しにしたサーカスの事など知るかとばかり、会場を後に暗い廊下を進む。
??「美事、である」
処刑人「誰だろうか」
??「観客の一人、である」
処刑人「入る場所を間違えている。ここを進んだらば最後、お前は観客でなく、主演になる」
??「ある意味、主演の一人、である」
処刑人「つまりオイタが過ぎ、急遽、闘技を演じるハメになったと?」
??「……言いて妙、であるな。成程、事の渦中にはまるハメになる者は、得てしてオイタなるモノにて掛かる事と相成る」
処刑人「意味が解らない」
??「何、死神と共演する者は、皆、そうであったろう?」
処刑人「その意味は解る」
??「しかし我はその逆なるぞ」
処刑人「意味が解らない」
??「他者のオイタにて、舞台に上がるハメと相成った」
処刑人「つまり被害者と」
??「ではない、ある意味そう、であるが」
処刑人「意味が解らない」
??「我自身に恥じるところは何もない。しかし他者のオイタにて、死神と共演せざるを得ない。左様に申しておる」
処刑人「つまりこれからそうなると。それで、何の用だろうか」
??「美事、である。つまりは殺しの手管、が」
処刑人「照れる」
??「まこと、褒めておるのよ」
処刑人「あ、そう。褒められたものではないが」
??「貴様、知っておろうか?」
処刑人「何をだろうか」
??「貴様は今のところ、最も人間を殺した個人であると」
処刑人「……そうかもしれない」
??「恐ろしいことよな? 魔族を人類の天敵と申しておきながら、その実、最も殺したのは同じ人間であるとはな」
処刑人「……お前は遺族の関係者だろうか」
??「否、である」
処刑人「そうか、では何故だろうか」
??「貴様はこちらでは割と有名、である」
処刑人「こちら、とはなんだろうか」
??「こちらとはこちらよ。貴様等の方では無い、左様に申しておる」
処刑人「……お前は」
??「まあ、隠す気はない。許す、我が龍顔を拝す栄誉を与えよう」
処刑人「……魔族」
??「左様、貴様等がそう指す者、である」
処刑人「……どうやってここに来たかはどうでもいい」
??「まあ、いきり立つ出ない。剣を収めよ」
処刑人「……」
??「彼我の実力差が解らぬでもあるまい。それともここで無為に屍を晒すか?」
処刑人「……何故、ここに来たのだろうか」
??「貴様に興味があったのだ」
処刑人「私に」
??「貴様に、である」
処刑人「何故だろうか」
??「先ほど言った」
処刑人「何をだろうか」
??「人の身で、我等より人を殺す人間がどのような者か興味があった」
処刑人「処刑人など、どこの国にもいる」
??「貴様はそのような者共とは違うようであるが?」
処刑人「何も変わらない。背景を盾に、人を見世物のように殺す」
??「行為の善悪でなく、己の心情を問うておるのだ」
処刑人「心情の何が問題なのだろうか。他者が評価するのは行為であり、結果だ」
??「それでは貴様は他者の評価により自らの人格が為されていると?」
処刑人「……」
??「何度も言わせるな、貴様という人間に興味があり、貴様の心情を問うておるのだ。ゆえに我が注視するは、結果ではなく経過、である」
処刑人「……話して気持ちのいいものではない、それに」
??「それに?」
処刑人「長くなる」
??「然り、ならば仕度を整えよ」
処刑人「何故だろうか」
??「貴様を我が城に招くゆえ」
処刑人「頭がおかしいのだろうか。鼠が猫の寝床に入るとでも?」
??「貴様は鼠ではなかろう」
処刑人「何故だろうか」
??「猫より鼠を殺した鼠を貴様は知っておるのか?」
処刑人「詭弁だ」
??「……我等を理解する良い機会かも知れぬぞ?」
処刑人「……安全が保証されているとは思えない」
??「なれば我が確約しよう。貴様らが魔族と呼ばわる者は、貴様を傷つけることは無い」
処刑人「……」
??「……満足すれば家に帰すとも約束しよう」
処刑人「……」
??「駄目か?」
処刑人「……」
??「魔族を知って友達と差をつけよう」
処刑人「……もういい」
??「駄目か……」
処刑人「何故、しょんぼりするのだろうか」
??「貴様が断るゆえ」
処刑人「行こう。一度、家に帰るから着いてこい」
??「おお……」
処刑人「一つだけ確認したい」
??「なんであるか?」
処刑人「お前は俺に傷つけないと確約した」
??「左様、であるな」
処刑人「それを確約出切るならば、お前は魔族でもそれなりの地位にいると?」
??「それなり、とな……無礼な」
処刑人「何故だろうか」
??「我こそが」
処刑人「……お前は」
魔王「我こそは魔王である」
一旦、キリ。
*********
出場前の剣奴やそれを監視する衛兵で詰められたロビーは、闘技の最中でないも関わらず鉄火場と言って差し支えない。
少なくとも女が立つには不釣合いな場であり、それが三人もいるとなれば違和感も甚だしい。
しかし、その状況を作った張本人は、どこ吹く風である。
僧侶「……勇者様、本当にあのような者を一行に加えるのですか?」
勇者「とーぜん! 見たでしょ、あの技!」
僧侶「私には理解できません……所詮、人を殺す為の技じゃないですか」
僧侶「それにあの人は、司教様を……私のお師匠様を!」
魔術師「……もう、司教様じゃないのではないかしら?」
僧侶「ッ! 貴方だってお師匠様をアレに殺されたんでしょう!?」
魔術師「そうねぇ……」
僧侶「それでよくそんな言葉が吐けますね!?」
魔術師「あら? 師匠に異端認定をかけたのは教会ではなかったかしら?」
僧侶「なんですかそれは? 教会が悪いって言うんですか!?」
魔術師「貴方のお師匠様もそうよねぇ? 異端として火刑に追いやられた……」
僧侶「貴方……ッ!」
勇者「ねえ、悪いんだけどさ」
僧侶「……ッ!?」
魔術師「……」
勇者「そういうの他所でやってくれる?」
僧侶「……済みませんでした」
魔術師「……悪かったわ」
勇者「……ま、いいやっ!」
僧侶「それにしても勇者様……彼の者を加えて本当に良いのですか?」
勇者「んー……なんで?」
僧侶「私たちは人類の希望なんですよ? あのような穢れた者を一行に加えれば……」
勇者「非難されるって?」
僧侶「そうです」
勇者「まあ、大丈夫じゃない?」
魔術師「あら? 別に僧侶様に同意するわけでは無いけれど、理由をお聞かせいただいても?」
勇者「……あのね、街の人たちはさ、自分達が助かるなら、私たちの人格や手段なんてどうでもいいのさ」
魔術師「あら、それはつまり結果さえ良ければ?」
勇者「そう、結果さえ良ければ経過なんてどうでもいいの」
僧侶「だからといって、あのような者にまで縋るなんて……」
勇者「甘いなぁ、甘々だなぁ」
僧侶「それは、それは目的の為なら非人道的なことが許されるって事じゃないですか」
勇者「あのね? 誇りや自由や、信仰だとか道義だとか、”そんなもの”結果の前には全て吹き飛ぶの」
勇者「目の前にパンとサカースが簡単に転がり込むなら、そんなものほいほい売り渡すのが私達が護るべき、か弱気子羊達だよ?」
勇者「問われるているのは私たちの心情じゃあない、私たちが出す結果だよ」
僧侶「……」
魔術師「ま、私たちのお師匠様はその為に殺されたんだもの、間違いでは無いわね」
僧侶「貴方……!」
魔術師「解りなさいな。 どんな式を経由しても、求められるべき解が同じなら、式は短い方が簡単でしょう?」
僧侶「……」
魔術師「人はパンのみでは生きているわけではないにしろ、今はそのパンすらないの。端的な話、私たちはそのパンを手に入れなきゃならないわ」
勇者「そーそー、城壁内だけの供給だけじゃ無理もあるし、交易するにも命懸けだし」
僧侶「……解りました」
勇者「なら良かった! ……それにしても遅いなあ」
**********
《 処刑人の屋敷 》
処刑人「勝手に触るな」
魔王「これはなんであるか?」
処刑人「銃だ。銃殺刑。主に兵士の処刑に使用する」
魔王「こっちの短いのを持っていくのであるか」
処刑人「護身用だ」
魔王「しかし一発ごとに弾込めを要すか。これでは弾を撃ったらば、次に来るものにやられるであろう」
処刑人「ならば二挺持っていればいい」
魔王「術による障壁には効かぬかも知れぬ」
処刑人「お前は銃の威力を舐めている。それに効かないなら、効く弾丸を研究すればいいだけの事」
魔王「……成程。こちらはなんであるか?」
処刑人「触るなと言った、止めろ」
魔王「これは鞭か、古きわりに痛んでおらぬ」
処刑人「笞刑……鞭打ち刑に使う。それで打たれると、地獄に落ちるほど痛い」
魔王「成程。しかし先端のみしか傷んでおらぬのは何故であるか」
処刑人「……どうでもいいことだ」
魔王「……まさか、先端のみを触れさせておったか」
処刑人「どうでもいいと言った。おい、触るなと言った」
魔王「この鉄棒は何であるか」
処刑人「打擲棒だ。打擲刑や、車裂きの際に使う」
魔王「他にも見たことのないものが山ほどあるな」
処刑人「触るなと言うに」
魔王「興味深い……屋敷ごと転移させては駄目か?」
処刑人「……私をここに飛ばした魔術か」
魔王「術、である」
処刑人「……出来るのか?」
魔王「我を何だと思うてか」
処刑人「……屋敷ごとでは騒ぎになる」
魔王「もとより貴様がいなくなっては騒ぎになろう」
処刑人「元々、いつ異端審問に掛けれてもおかしくはなかった」
魔王「む……では、突如姿を消したとなれば」
処刑人「魔族に通じていた密偵として、まず指名手配されるだろうな」
魔王「確かにこの城下には我が密偵はいるが、それで良いのか、貴様」
処刑人「……その時はその時だ、考える」
魔王「そうか……で? 屋敷ごと転移させても」
処刑人「……地下の手術室と研究室は誰にも知られていない」
魔王「ほほう?」
処刑人「出来るのだろうか?」
魔王「我を何だと思うてか」
処刑人「ならば頼む」
魔王「……フフン」
処刑人「何が可笑しいのだろうか」
魔王「なに、これらの道具を見ておるとな、処刑人とは随分と数奇な者であるらしい」
処刑人「まあ、否定はしない」
魔王「貴様の話を聴くのが楽しみ、である」
処刑人「……そうか」
魔王「そう、である」
キリ ふざけんな、せめて定時で 帰らせろ。
エルフの場合
エルフ「汚らわしい魔族の手先めッ!」
処刑人「随分とごあいさつだ。私は人間だ」
エルフ「……貴様が人間だと?」
処刑人「正真正銘人間だ」
エルフ「しかし、確かに、いや……」
処刑人「……なんでもいい」
エルフ「人間が何故ここにいる?」
処刑人「私は処刑人だ……そのあくまで人間の国では、だが。ここにいる理由は、その」
エルフ「 ! ……貴様、知っているぞ!」
処刑人「何故だろうか」
エルフ「誰よりも人間を殺している人間。我等が『耳』がもたらした情報だ。だが、貴様が生み出された真の理由は……」
処刑人「もういい、魔王が私を知っている理由も解った」
エルフ「貴様が魔族に付いたか……フッ、人間ももうお終いだな」
処刑人「別に魔族に付いたわけではない」
エルフ「同じことさ。ここにいる以上、人間の国にには帰れまい」
処刑人「だからといって、人間に剣を向ける気は無い」
エルフ「排斥され、疎んじられているのは知っている。動機は山ほどあるだろう」
処刑人「お前の中ではそうなのだろうな」
エルフ「まあいい……人間」
処刑人「なんだろうか」
エルフ「我をここから解放しろ」
処刑人「断る」
エルフ「何故だ!? 貴様は魔族の手下ではないのだろう? それとも本当に魔族に与したか!?」
処刑人「解放すればお前はどうする気だろうか」
エルフ「知れたこと。魔族どもを地獄に叩き落す。我が同胞の受けた報いを与える」
処刑人「では、やはり断る」
エルフ「貴様……ッ!」
処刑人「お前は己の犯した罪の報いでここにいるとは考えないのだろうか」
エルフ「我が犯した罪? 異な事を、我は何一つ恥じることはない。すべてが正義だ」
処刑人「魔族の集落を襲い、無抵抗の者まで虐殺したことがか?」
エルフ「戦だぞ? 民も兵も関係あるか!?」
処刑人「あるに決まっているだろう? 人間世界ですら戦争にはルールがある」
エルフ「ハッハッハッハッハッ!! 馬鹿なことを!」
処刑人「……何故だろうか」
エルフ「魔族どもに法など適応されるはずがあるまい」
処刑人「だから何故だろうか」
エルフ「貴様らの国でもそうだろうに」
処刑人「その通りだ。そういうヤツを何人も殺した」
エルフ「ならば気にする必要はあるまい」
処刑人「だからと言って無害なものに手を出すことは、やはり法によって厳禁とされている。報復を生むからな」
エルフ「軟弱なことだ」
処刑人「まあ、本質はそこではないが」
エルフ「まあいい……奴等の姿を見ただろう」
処刑人「……見た、それが何だと言うのだろうか」
エルフ「醜い」
処刑人「……それだけの理由で集落を滅ぼしたのだろうか」
エルフ「理由はそうではない。ただ、奴等の命が取るに足らないと、そう言える理由はそれだけで足りる」
エルフ「歪な体躯、声も醜い、おぞましい色の肌、嘔吐催す悪臭」
エルフ「奴等が神に愛されていないのは明確だ」
処刑人「……ならばお前らはそこまで上等な生き物だとでも言うつもりだろうか」
エルフ「当然であろう」
処刑人「何故だろうか」
エルフ「強く、しなやか且つ均整の取れた体躯、男も、女も、黄金の髪と瞳を持つ」
エルフ「我々が持つ叡智、技術、知見、歴史は言うに及ばず。体力、武技においても我等はこの地上で随一のもの」
エルフ「加えて長命である。貴様等人間からしてみれば、不死も同然であるほどにな。病とも無縁である」
処刑人「だからなんだというのか」
エルフ「優れているのだ、我々エルフは魔族どもより、貴様等人間より」
処刑人「だからなんだというのか」
エルフ「解らぬのか?」
処刑人「全く解らない。それとお前等が他者を虐殺してもいい事とは全く関係ない」
エルフ「ヤツラは畜生に等しい、いや、醜すぎて隷人にも出来ぬ、畜生以下の害悪だからだ」
処刑人「彼らにも文化があり、生活がある。言葉もあれば理性もある」
エルフ「それがなんだというのだ」
処刑人「例えば、それが、お前らの生活を脅かしたりしたのだろうか」
エルフ「馬鹿め、あのような下賎極まりない生物に、我等が粛々と侵略されると思うてか」
処刑人「事実、敗れただろう」
エルフ「未だ都は壮健だ。簡単には陥落せんよ」
処刑人「……つまり自分達から攻め入り、そして返り討ちにあったのだろうか」
エルフ「言葉に気をつけろ人間! 我等はまだ敗れてはいない!!」
処刑人「魔族はお前らに興味など無い。にも拘らずお前らは何故、魔族を滅ぼそうとするのだろうか」
処刑人「領土か……森に引きこもるお前らが? 財宝か……富など有り余るだろうお前等が?」
処刑人「まさか、醜い、それだけで滅ぼそうと言うのだろうか」
エルフ「……原因は魔族にある」
処刑人「何故だろうか。侵略されたわけではないと、お前は言った」
エルフ「我等の森に……病が流行している」
処刑人「……病?」
エルフ「……正気が保てなくなる者が溢れているのだ」
処刑人「……聴こう」
エルフ「生来、叡智の探求に勤しむ我等が何に関しても無関心となり、やがて食すら細くなり、子孫の繁栄にも見向きしなくなる」
エルフ「病的に何かを恐れる者もおり、時を問わず監視を受ける幻を視、同胞が同胞とは思えなくなり発狂する者もいる」
エルフ「症状が多岐にわたり、いかなる秘薬も、いかなる術も、その場しのぎにしかならない」
処刑人「……成程」
エルフ「生命を尊ぶはずの我等の中にあって……自死を選択する者すら……ッ!」
処刑人「……よく解った」
エルフ「ようやく解ったか。知ってのとおり、病とは魔に属する者からの瘴気により……」
処刑人「それは違う」
エルフ「何だと!?……ハッ! 所詮は人間か、病の根本が何たるかも知らぬようだ」
処刑人「お前らの『耳』とやらは私が医者でもあるとは聴き取らなかったのだろうか」
エルフ「……聞き及んでいる」
処刑人「ならば聴け。お前らのそれは確かに病ではある」
エルフ「ならば……!」
処刑人「根本が既に間違っている。病は瘴気によってもたらされるものではない。ましてお前らの病は、感染するものでは無い」
エルフ「なんだと!?」
処刑人「憂いの病、と呼ばれているものだ」
エルフ「憂いの、病……?」
処刑人「城壁内での人間社会にも見られてきた病だ」
エルフ「な、ならば、それは魔族が人間にも害をなしたのでは無いのか!? そうに決まっている!」
処刑人「何故だろうか」
エルフ「戦線から引いてきた兵士の中には、そのような症状の出るものが多くいた! 魔族の近くにいたからだ!」
処刑人「お前らの森では、戦に関わらなかった者はその病に罹っていないというのか」
エルフ「そ、それは……」
処刑人「多くは不安定な生活の中、家族を支えなければならない者が罹っていた。責任のある立場の者と言うか……」
処刑人「鬱屈した環境が大きく関係していると私は睨んでいる」
処刑人「……私には何も出来なかった」
エルフ「そ、そんなはずは無い……魔族が、魔族がしたに決まっている!」
処刑人「人の踏み込めぬような森の中に引きこもりで、毎日同じ環境、同じ顔ぶれ、同じ時の過ごし方を何百年と続けてきたのだろうか」
処刑人「悪いがそんな生活、一年と持たず気が触れるとしか思えない」
エルフ「なんだと……貴様らのような下賎な者共と、神に愛された我々を一緒に……」
処刑人「一緒だ」
エルフ「……」
処刑人「姿かたちが変わろうと、同じ生命を、知性を持つ者だ」
処刑人「それをお前らは、無知によって虐殺したのだ」
エルフ「無知……我等が無知だと?」
処刑人「偏見、と言ってもいいだろう」
エルフ「我等が、無知だと……ッ!?」
処刑人「馬鹿や阿呆、と言い換えてもいいだろう」
エルフ「短命の民族の分際で我等を無知と嘲るか!?」
処刑人「短命で、限り在るからこそ、皆、今日を精一杯生きている。だからこそ誰もがお前らより栄えている、森に引きこもってなどいないのだ」
エルフ「何を馬鹿なことを、美しくない貴様らが、我等より神に愛されているとでも……」
処刑人「愛されているに決まっているだろう」
エルフ「貴様……ッ!」
処刑人「……救いを求められて『創りだされた人格』が、『創り出した者』を愛していないはずがないだろう?」
エルフ「な……な……」
処刑人「お前は生み出した子に、わざわざ自らを憎むように育てるのだろうか」
エルフ「確かに聴いたぞ! 神を冒涜したな貴様!?」
処刑人「違う、お前等、馬鹿共を侮辱した」
エルフ「許されまいぞ! 呪われようぞ!」
処刑人「そうだ、許されず、呪われている」
エルフ「穢れたも者め! 三族まで呪われろッ! 貴様らなど生まれてこなければ良かったのだ!」
処刑人「生まれてこなかったとしても、お前等エルフの辿る末路は同じことだろう」
処刑人「姿かたちの違いで虐殺にいたったお前らは、エルフ社会の中ですら虐殺を繰り広げるだろう」
処刑人「肌や、瞳の色、お前等は何かを迫害せずにはいられない」
エルフ「そんなことがあるものか! 我等は賢明な種族だ!」
処刑人「賢明であるのなら、何故、自分達の知識に疑いを持たないのだろうか」
エルフ「我等が過ちなど起こすはずがない!」
処刑人「命乞いをした者達の無実の主張を、何故信じてやることが出来なかったのだろうか」
エルフ「あのような者達に知性などありはしない!」
処刑人「……どのような咎人であろうとも、それで生命を奪われることは無いはずだと、そう思っていた」
エルフ「な、なにをする気だ人間……止めろ、近づくな!」
処刑人「しかし、初めてこう言おう」
処刑人「お前が罪人でよかった」
エルフ「私が……罪人で……」
処刑人「喜んで、とは言わない」
処刑人「苦しませる、とも言わない」
処刑人「しかし、私は、一切の躊躇無く、お前の首を刎ねる」
エルフ「……やはり、やはり貴様は魔族に」
処刑人「断っても構わないと、魔王にはそう言われた」
エルフ「魂を売ったか人間!」
処刑人「その心を、救えるものならば救ってくれと言われた。お前らの抱える病についても、相談に乗ってくれと」
エルフ「嘘だ! 魔王がそのようなことを言うはずがない!」
処刑人「どんな者も、初めは無知だ。無知は罪では無い。しかし偏見により、学ぼうとしない愚鈍は罪だ」
エルフ「愚鈍……だと?」
処刑人「お前らのその偏見は最早、知能の問題ではない」
処刑人「魂が、穢れている」
処刑人「もう一度言おう、お前が、罪人で良かった」
処刑人「最後に言い残すことはあるか?」
エルフ「止めろ! 我々は選ばれた種族だぞ! 来るな! 止めろぉぉぉぉぉ!!」
キリ
ドワーフの場合
ドワーフ「汚らわしい魔族の手先めぃッ!」
処刑人「随分とごあいさつだ。私は人間だ」
ドワーフ「嘘をつけぃ、儂には臭うんじゃぁ……血と汚泥から生まれた貴様の汚らわしい臭いが!」
処刑人「……魔族はそのように生まれるのだろうか」
ドワーフ「儂が知るかぃ、己の穢れは己が最も知っておろうが!」
処刑人「……そうか、しかし、私は人間だ」
ドワーフ「……ふん、人間が。魔族に触れ、穢れたか」
処刑人「どのように思われても構わない。お前が穢れていると言うのなら、そう思えばいいだろう」
ドワーフ「ようやく正体を現したか!?」
処刑人「そうではない」
ドワーフ「ならば……!」
処刑人「私は処刑人だ……そのあくまで人間の国では、だが。ここにいる理由は、その」
ドワーフ「……成程な、汚らわしい臭いが染み付いているわけよ」
処刑人「……」
ドワーフ「それで? 人間の処刑人が、なんの用じゃ?」
処刑人「何故、山麓の集落を襲ったのだろうか。彼らがお前らに、何かしたというのだろうか」
ドワーフ「知れたこと、アレ等は魔族じゃからなぁ。害する者には死んでもらうほかあるまいて」
処刑人「ということは、やはり侵略されたのだろうか」
ドワーフ「否、儂等が魔族どもに屈するわけがあるまいて……」
処刑人「……」
ドワーフ「何、ため息ついんとんじゃぁ……人間は礼儀を知らんのぅ」
処刑人「まさか現在のドワーフ住む洞窟では憂いの病が蔓延し、それを魔族のせいと決め付け、非戦闘員に至るまで皆殺しにしたのだろうか」
ドワーフ「憂いの病じゃぁ? なんじゃぁ、それは?」
処刑人「脱力、無気力で始まり、発狂や錯乱、自死や衰弱死に至る病だ」
ドワーフ「なんじゃ、エルフのアホ共と一緒にするな」
処刑人「知っているのだろうか」
ドワーフ「知っとるとも。まあ、ドワーフにも稀に罹るモンがおるがのぅ。大抵は生まれつき身体も心も脆い奴がなる」
処刑人「……では何が問題であの様なことをしたのだろうか」
ドワーフ「山を切り開くのに理由がいるのか? 儂等はドワーフじゃ」
処刑人「まずドワーフの文化を教えてもらえないだろうか」
ドワーフ「そんなことも知らんのか? 人間は無知じゃのう」
処刑人「それゆえに学びたい。教えてはもらえないだろうか」
ドワーフ「……儂等ドワーフの多くは山の民、山で生まれ山に死ぬ」
処刑人「それは知っている。故に山間部に接する集落でないと、滅多に他種族の前に姿を見せないと」
ドワーフ「そうじゃ。よう知っとるの」
処刑人「山ならば食料需給は難しそうだ。食事はどのようなものを食べるのだろうか」
ドワーフ「麓に城下ぐらい造るわぃ。可能なら麦や大麦を植える。後は山羊や羊。洞窟深くならば食料になるトカゲの飼育」
処刑人「不可能ならばどうするのだろうか」
ドワーフ「貴様は馬鹿かのぅ? 住む場所くらい選ぶわぃ」
処刑人「成程。では山でないといけない理由はあるのだろうか」
ドワーフ「鉄、銅、炭、そして何より稀金属、宝石、それらがあるのは山だけじゃい」
処刑人「成程、それは確かに必要なものだろう」
ドワーフ「そしてその治金、練成、そうすることで儂等は力を得る」
処刑人「では今回の事は不幸な行き違いだということだろうか」
ドワーフ「あぁ? なんじゃぁ不幸な行き違いって」
処刑人「魔族がお前等の思っているような種族ではなかったとすれば、どうだろうか」
ドワーフ「ハッ! そんなわけなかろうがっ!」
処刑人「お前達は山間部に集落を構える人間とは交流がある。ならば魔族にも知性があれば今回のようなことは」
ドワーフ「……アレ等が言葉も喋られることくらい知っとるわい」
処刑人「……なんだと?」
ドワーフ「貴様等、人間共は興味が無いようじゃがなぁ、エルフ共も魔族共も、儂等からすりゃあ邪魔者にすぎんのじゃぁ……」
処刑人「……どういうことだろうか」
ドワーフ「儂等の生活は森も山も削るからのぅ。ハナからエルフ共とは解りあえん。あのアホどもは森や山に意思が在るとかほざくからのぅ」
処刑人「……お前等は、お前等は神を信じていないのだろうか。救いを求めないのだろうか」
処刑人「その、救いだけを降ろす好都合な人格でなく、畏れ、敬うべき、触れ得ざる概念を持たないのだろうか」
ドワーフ「阿呆か貴様は、信じておるに決まっておろうが」
処刑人「ならば何故そのようなことを言うのだろうか」
ドワーフ「ワケの解らんことを……この地上は我等、選ばれた種族に与えられたものじゃろうが」
処刑人「なにを以ってそのように言うのだろうか。神官共がそう言ったのだろうか」
ドワーフ「儂等は小難しいことは好かん。人間、貴様のように舌をペラペラ動かす気も無い」
処刑人「では、何故だろうか」
ドワーフ「もっと解り易いもんがあろうがぃ」
ドワーフ「富、じゃぁ」
処刑人「富……富の為に、他者を害しても山や森を削ると?」
ドワーフ「かみ合わんのぅ……貴様等人間は違うとでも言うんかぃ」
処刑人「……」
ドワーフ「儂等には有り余る富が在る。稀金属も宝石も、地上の種族で最もな」
処刑人「それが何だというのだろうか。だからと言って、他者を害していいことにはならない。それともエルフ共同様、自分達が神に愛されているとでも言うのだろうか」
ドワーフ「そらあ愛されとるじゃろうなぁ」
処刑人「何を以って、先程からそう言っている」
ドワーフ「もっと解り易いもんがあろうがぃ。そう言っるじゃろうがぃ」
処刑人「なんだろうか」
ドワーフ「この世で最も必要な富を、儂等はこの世で一番持っとるんじゃ」
ドワーフ「この世で最も神に愛されとるに決まっとるじゃろうがぃ」
処刑人「……成程」
ドワーフ「解ったか。富の多寡は、愛の多寡、故に我等、ドワーフは地上に栄えることが約束されとるのよ」
処刑人「鉱山資源には限りがある。他種族の生息地域を害することもあるだろう」
ドワーフ「そんなもん無くなってから考えりゃ良かろうが、何せ世界は広い。そんで行った先に邪魔者がいようなら戦じゃぁ」
処刑人「……お前等は、全て人の不幸の源を抱えている」
ドワーフ「ああ? 解り易く言わんかい」
処刑人「理想に向かうことは罪ではない。しかしお前はその為に、他者を害することを厭わない。それが問題なのだということが解らないのだろうか」
ドワーフ「弱きは滅ぶ、それが摂理じゃろうか」
処刑人「森で、平地で、沼で、それぞれに国があり、民族があり、信仰があり、家族がある。それを貴様等の価値観のみで巻き込むな」
ドワーフ「富も持たぬ奴等に何を言われようが知ったことか!」
処刑人「……それが本音だろうか」
ドワーフ「さっきからそう言っとるつもりじゃったがなぁ……!」
処刑人「ハッキリ言おう。害する者が魔族ならば、それはお前等ドワーフ共の事を言う」
ドワーフ「儂等が……魔族……じゃとぉ!!」
処刑人「お前も言っていたことではないだろうか。害する者には死んでもらうほかない、と」
ドワーフ「儂等には富がある! 世界でどの種族よりな! 故に儂等は最も優れた種族じゃ! 最強の種族じゃ! その我等が世界に害する者であるものか!」
処刑人「魔族を害した故にお前はこうして獄に繋がれている。そしてこうも言っていた」
処刑人「弱きは滅ぶ、それが摂理、と。ならばこの結果はその摂理によるものと知るがいい」
ドワーフ「ハッ! 魔族が儂等を滅ぼすと? 出来るはずがあるまい!」
処刑人「魔族はお前等を滅ぼさない。お前等は勝手に自滅する。魔王はそう言っていた」
ドワーフ「ガハハハハハハ!! 儂等が自滅すると!? なんの世迷言だ!?」
処刑人「お前等は敵を増やしすぎた。エルフ、魔族、そして人間は自分達の滅びの瀬戸際に追いやられている」
ドワーフ「それがなんじゃぁ!? 儂等は儂等じゃ! 弱者がおらんでも、今まで通り、富を集め生きていく!」
処刑人「それが問題だというのが解らないのだろうか。富を基準とした信仰は差異を生む。差異はまさしく不幸だ」
ドワーフ「当たり前じゃろうがそんなモン。働き者と怠け者、どちらが救われるべきか知れきったもんじゃ」
処刑人「そういうことを言っているのではない」
ドワーフ「なんじゃと?」
処刑人「待つ者が持たざる者にどんな目をするか、待たざる者がそれを受け、何をしでかすか、お前等こそが最も知るところだろう」
ドワーフ「力無き眷属が、何をしようと……!」
処刑人「暴力」
ドワーフ「……」
処刑人「暴力という点で、お前等ドワーフは本当に優れている。彼等は持たざる者だ、しかし力無き者ではない」
ドワーフ「……儂等が共倒れすると」
処刑人「少なくとも他種族の領域を侵略するだけの戦力は残されないだろう」
ドワーフ「儂等は誇り高き戦士じゃぁ! 同属を殺すなんぞ、そんなこと……!」
処刑人「『富も持たぬ奴等に何を言われようが知ったことか』」
ドワーフ「ウグッ……!?」
処刑人「……持たぬ彼等は誇りを持てない。そして今回の戦。彼等は全てを失った」
処刑人「全て、お前等、持つ者の、一握りの指導者せいで」
ドワーフ「違う……儂等は……違う……」
処刑人「もう一つ言おう。持つ者も待たざる者も、不幸の原因は全て『差異』にある」
処刑人「他者との差異ではない。己の理想と、己の現状。その差異によって人は不幸になる」
ドワーフ「そ、それがどうしたんじゃぃ」
処刑人「ある人間の神官が言っていた。欲望には限りが無い。砂地に水をやるが如く、永遠に満たされることは無い」
ドワーフ「あ……あ……」
処刑人「お前等は永遠に救われない。富を求め、世界が死滅するまでそのままだ。だからこそこう言おう」
ドワーフ「な、なんじゃあ人間!? 止めんか、近付くな!」
処刑人「お前が罪人でよかった」
ドワーフ「儂等が……罪人……」
処刑人「喜んで、とは言わない」
処刑人「苦しませる、とも言わない」
処刑人「しかし、私は、一切の躊躇無く、お前の首を刎ねる」
ドワーフ「……やはり、やはり貴様は魔族に」
処刑人「断っても構わないと、魔王にはそう言われた」
ドワーフ「魂を売ったか人間!」
処刑人「その心を、救えるものならば救ってくれと言われた。お前らの抱える、病とも言える収集癖に、相談に乗ってくれと」
ドワーフ「嘘じゃあ! 魔王がそのようなことを言うはずがない!」
処刑人「しかしお前は救いを求めていない。力弱きものは死すべきと、自らの民族にあって差別をする」
ドワーフ「差別……エルフや人間に侮蔑された儂等が、同属を……差別」
処刑人「お前等のその考え方は、富ありきという考えは、決して間違ってはいない」
処刑人「だが魂が穢れている」
処刑人「もう一度言おう、お前が、罪人で良かった」
処刑人「最後に言い残すことはあるか?」
エルフ「止めろ! 儂等は、儂等はただ! 来るな! 止めろぉぉぉぉぉ!!」
キリ キリ
ほんとおもろいなあ
引きこもれる乙
>>264 訂正
エルフ「止めろ! 儂等は、儂等はただ! 来るな! 止めろぉぉぉぉぉ!!」 → ×
ドワーフ「止めろ! 儂等は、儂等はただ! 来るな! 止めろぉぉぉぉぉ!!」 → ○
なんでエルフでてきてんねん…
>>266 ありがとう
>>101ラストもミスよな
野暮だったらごめん
**********
魔王「此度も救えなんだか」
処刑人「……」
魔王「貴様、理解したであろう」
処刑人「何をだろうか」
魔王「魂が穢れているのは人間だけではない」
処刑人「……」
魔王「いわんや、人間だけの世界があろうと、同じことが繰り返されるであろう」
処刑人「彼等は……私たちは、あまりに姿が違いすぎる。文化も、住む場所も、だからこうなった」
魔王「左様、であるか?」
処刑人「左様だ」
魔王「ではエルフが世界を支配していたらばどう、であるか?」
処刑人「……」
魔王「貴様はアレ等が、他者を見下さずして救われると思うか? 人間の神官はどう言った?」
処刑人「他者が悪とされ、それが裁かれる様は自らを善と錯覚させる、と」
魔王「そう、そしてその欲望は限りが無い。だから永遠に救われない」
処刑人「それは誰にでもあることだ」
魔王「生まれながらに、であるな」
処刑人「誰かに認められたい、愛されたいと思うこと自体は少しも間違ってはいない。その手段が問題だということだ」
魔王「奴等は自ら閉じこもり、その反面、どの種族よりも他の種族を気にしていた」
処刑人「どういうことだろうか」
魔王「貴様、学問や技術の、ひいては文明の発展は、何によってもたらされると考える」
処刑人「疑うことだ」
魔王「成程、それもまた真理」
処刑人「お前は違うと言うのだろうか」
魔王「我は極めて単純、である」
処刑人「なんだろうか」
魔王「闘争、である」
処刑人「……」
魔王「戦うことこそが、発展の根源、である」
処刑人「何故だろうか」
魔王「飢えと、外敵と、己と、世界と、ありとあらゆる困難を排すため、知性在るものは、否、知性無きものですら戦い続ける」
魔王「学問や技術など、その枝葉のうちの一つにしか過ぎぬのだ」
魔王「闘争なきところ、発展は無い。だが、エルフ共はそれを拒否した」
処刑人「しかし彼等は優れた種族だ。学ぶことも出来たはず」
魔王「同時に潔癖とも言える誇り高き種族でもある」
処刑人「……」
魔王「左様、確かに、奴等は余程に優れた種族。それ故、閉鎖された環境にあって、何故己等は時代に取り残されたかの考えにいたる者は多数いた」
魔王「人間は愚か、見下していたドワーフにすら劣る種族と成り果てたか、気付いた者から気が触れていった」
処刑人「憂いの病」
魔王「左様、である。実際、森暮らしが一年程度でそれに至るとは考えられまい。ましてアレ等は頑強な精神も持ち合わせておるゆえ」
処刑人「馬鹿な。同属に危機を知らせることも出来たはずだ。一人で思いつめることなど……」
魔王「貴様、アレと話していてどう思った? 貴様なら出来たのであるか?」
処刑人「……」
魔王「最早、魂が、民族としての心が穢れているのだ。不可能、ぞ」
処刑人「……なにも出来なかった私が何かを言うこともない」
魔王「ドワーフはどう、であるか」
処刑人「……誰しもが、ああなる可能性がある」
魔王「左様、である。差異は不幸を生み、差異はまさしく不幸、である。しかし不幸ゆえ、知性在るものは発展する」
処刑人「しかし彼等は己の中のものとは別の、他者との差異を生んだ」
魔王「”今回は”ヤツ等が意図して生んだものでも無い。しかし、必ず生まれるもの、である」
処刑人「故にそれ自体は罪ではない」
魔王「……罪という考えも、そういった神もおそらくはいる、であろうな」
処刑人「なんのことだろうか」
魔王「何でもない。キリがなかろう、ぞ」
処刑人「 ? ……ともかく、彼等は彼等の種族だけでも瓦解する」
魔王「瓦解するだけ、まだ幸福かもしれ、がな」
処刑人「どういうことだろうか」
魔王「城壁の向こうで何を見た?」
処刑人「人間の事か」
魔王「である。貴様等は力なき民、である。しかしドワーフは戦士ぞ。粛々と、隷奴のように酷使されるより、戦って死ぬ」
処刑人「……」
魔王「解ったであろう。人は、知性ある者は生まれた頃より魂が穢れておる。救うなぞと……」
魔王「エルフ以上の傲慢で、ドワー以上の強欲ぞ、人間」
処刑人「……それならば裁くことも傲慢ではないだろうか」
魔王「無論の事、傲慢、ぞ」
処刑人「ならば、ならば何故、お前は私に依頼したのだろうか」
魔王「貴様を育てるため、ぞ」
処刑人「何故だろうか」
魔王「……神に遭っては神を切り、魔に遭っては魔を切る刃たれ」
処刑人「ただの処刑道具に成り果てろと言うのだろうか」
魔王「左様、ぞ」
処刑人「断る。断固として、拒否する。私の――俺のこの心は人間のものだ」
魔王「……良い気迫、である。しかし心を捨てよと言うのでは無い。公にあって公の機能を果たせと、そう言っている」
処刑人「ならば剣など捨ててやる」
魔王「出来ぬから」
魔王「それが出来ぬから貴様はここにいる、であろう?」
処刑人「……」
魔王「貴様は確かに数多の生命を屠った。そしてその数だけ、罪を切り離してきた。救うのではなく、切り離せ、その役割を果たせ」
処刑人「死して尚、許されない、という意味での処刑も行ってきた。数え切れないほど」
魔王「だからこそ、貴様だけは、刑場に向かう者共の心を知ろうとした。その在り方のまま剣たれ」
処刑人「罪無き者も少なからずいたはずだ! 俺はそれを皆殺しにしてきた!」
処刑人「自分を救うためにそれしかなかった! 殺しの上に偽善を重ねた、俺は道具ですら無い、最悪の人殺しだ!」
魔王「それを認めることは!」
処刑人「……!」
魔王「それを認めることは、貴様を肯定してきた、全ての者を地獄に落とすこと他ならぬ。故に剣を離せない」
処刑人「俺に、俺にどうしろというのだろうか」
魔王「……死に逝くものこそ美しい」
処刑人「なんだと?」
魔王「数多の世界にまたがって、おおよそ魔王と呼ばれる者のモットー、ぞ」
処刑人「意味が解らない。いきなり何を言い出すのだろうか」
魔王「個体によって解釈の差異はあれど、皆、こう思う」
処刑人「それが何だというのだろうか」
魔王「我も、またそう思う。死して、この生きる地獄から解放されし者は皆、美しい」
処刑人「……聴こう」
魔王「完全なる循環に戻るのだ。土は土に、灰は灰に、塵は塵に。なんと美しい。彼はもう、穢すことも穢れることもない」
処刑人「勝手に自殺でもすればどうだろうか」
魔王「貴様、例えば教皇と裏通りの乞食、同じ事を言ったらば、どちらを信に置く」
処刑人「どちらも息をするように嘘をつく。プロフェッショナルではないだろうか」
魔王「例えが悪かった。そう斜に構えず答えよ」
処刑人「社会が信用するのは教皇だ」
魔王「同じことぞ、誰が、誰によって、どのように死んだか。重要なのはそれぞ」
処刑人「そんなにまで私に処刑をさせたいか」
魔王「というより貴様しかおらぬ」
処刑人「……いいだろう、義理もある」
魔王「重畳、である。しかし今ではない。それまでは己の務めを果たせ」
処刑人「何故だろうか」
魔王「それまでは話せぬ。話せば、貴様はまた長話をする。こちらも忙しいのだ」
処刑人「忙しい……何故だろうか。エルフもドワーフも当分攻めてはこないだろう、人間も」
魔王「その人間が勇者を筆頭に着々と侵攻してきておるのだ」
処刑人「……勇者」
魔王「である、貴様の妹のようなもの、であるな」
処刑人「……否定はしない」
魔王「それとドワーフ共が財宝を集めに熱心すぎたせいでな、とある者の怒りをかった」
処刑人「なにかあったのだろうか」
魔王「……竜王と戦になった」
キリ
キリは悪いが投下します。
竜王の場合
竜王「待ちくたびれたぞ、魔王軍の処刑人よ」
処刑人「……人? エルフか?」
竜王「違えるな、竜の王じゃ」
処刑人「しかし、どう見ても」
竜王「人の姿に封じられておるのよ」
処刑人「……そうか」
竜王「そうじゃ、貴殿ら二本足が、竜の姿を視た時は死ぬ時じゃろうな
処刑人「その二本足に捕縛されたか」
竜王「魔王、な。アレと貴殿ら二本足を同じにしてはいかんぞ?」
処刑人「何故だろうか」
竜王「アレは我等と同じような自然災害に、人為が加わったものと心得よ」
処刑人「よく解らんが。その自然災害は決断を下した」
竜王「ようやく殺す気になったかよ」
処刑人「私にとっては迷惑な話だが、その通りだ」
竜王「なんとも……神殿のような清しさと、血と腐肉のような穢れが同棲しておる人間じゃの」
処刑人「褒めているのだろうか、貶しているのだろうか」
竜王「どちらでもないよ。実に人間らしいと、そう言っておるのじゃ」
処刑人「……何故か褒められた気分だ」
竜王「左様か?」
処刑人「左様だ」
竜王「人間とはそのようなものであると思っておるがな」
処刑人「まあ否定はしない」
竜王「悪意によって造られた貴殿がそのように人間らしいとは、なんとも皮肉じゃがの」
処刑人「どうして私はそこまで有名なのか」
竜王「造られた目的は言うに及ばず、その造りだした手段がの」
処刑人「……」
竜王「数多の種族を用いて蟲毒を為そうとは、つくづく人間とは度し難い」
処刑人「……所詮、呪いに過ぎない。私はただの人間だ」
竜王「ほほう? 貴殿、人間扱いされたのかよ?」
処刑人「……」
竜王「そもそも、この世の者とも思われなんだろうに」
処刑人「放っておいてくれ」
竜王「クク、まあそう言うな。しかし、貴殿」
処刑人「なんだろうか」
竜王「何故、命ぜられるままに、人間の尖兵にならなんだ?」
処刑人「……」
竜王「貴殿には、或いはそれを成し遂げるだけの器量が備わっていただろうに」
処刑人「お前や魔王のような真正の怪物に勝てるとは思えない」
竜王「真正の怪物は人間に倒されてしかるべき、貴殿らの神はそう言うのではないか?」
処刑人「だからといって勝てるかどうかは別の話だ」
竜王「存外、意気地がない」
処刑人「好きに言うがいい。命があるだけ儲けものだ」
竜王「命があるだけ……クク」
処刑人「何がおかしいのだろうか」
竜王「あやつら人間では、貴殿は殺せまい。それだけの事であろう」
処刑人「私とて、首を刎ねられれば死ぬ」
竜王「貴殿、それを易々と許すタマかよ」
処刑人「……」
竜王「おそらく毒も効かぬのであろう。術も、呪いも。蟲毒は大成功じゃったわけじゃ」
処刑人「腹が減れば死ぬ……かもしれない」
竜王「それで誰もやりたがらぬ処刑人をしているのかよ」
処刑人「……最初はそうだった」
竜王「今は違うと?」
処刑人「こういう形でも、ある意味、役割を果たせているかの様に思える」
竜王「というと?」
処刑人「皆、少なくとも、私と言う存在を唾棄し、恐怖し、その点では彼等が一つになれる」
処刑人「私を造った奴等の目的の一端は果たせている」
竜王「なるほどな……クク」
処刑人「何が可笑しいのだろうか」
竜王「貴殿……まるで竜よな?」
処刑人「私が竜? 何故だろうか」
竜王「人の世で、我等、竜がどのような扱いを受けているかは知っておるよ」
処刑人「悪の象徴、神の敵、悪魔そのもの」
竜王「左様」
処刑人「人を騙し、人を浚い、人を喰う」
竜王「左様」
処刑人「火を吐き、すべてを焼き尽くし、そうして集めた財宝に埋もれている」
竜王「左様」
処刑人「それが私であると?」
竜王「左様」
処刑人「何故だろうか」
竜王「人は、否、二本足どもは我等、竜を恐れる」
処刑人「この地上の生物は全て恐れるだろうが、まあ確かにそうだろう」
竜王「故に、我等を狩りだそうとする時のみは、貴殿らは手を取り合うのよ」
処刑人「……そうかもしれない」
竜王「人間は貴殿の剣を恐れ、罪を犯さぬ」
処刑人「そして平素は私を下賎と罵り、手を取り合う、と」
竜王「納得したかよ?」
処刑人「納得しない」
竜王「何故かの?」
処刑人「私は自ら人を殺すことは無い。仕事や、防衛の為でなければ」
竜王「余り変わらんな」
処刑人「何故だろうか」
竜王「人の世に限らず、我等、竜の生は、貴殿ら二本足どもにとって、災害で在るほか無いであろう」
竜王「しかし我等のそれは生まれつきじゃ。貴殿と同じく、そうせずにはいられない」
処刑人「つまり私達を襲うのは宿命だと」
竜王「どうであろうな」
処刑人「……まさかそういった竜のイメージは全て嘘なのだろうか」
竜王「いいや? 全て真実じゃ。だから眷属を率いてドワーフ共の宝物に溢れる穴倉に降り立った。本能でな」
処刑人「我慢できなかったのだろうか。魔王軍と戦えば、ただでは済まないはずだろう。生存本能は働かないのか」
竜王「傲慢さも強欲さも、我等竜の本能なれば」
処刑人「ならば仕方ない、殺しあうほか無い」
竜王「その通り仕方ない、殺しあうほか無い」
処刑人「お前等に理性は無いのだろうか。見た所、そうではない」
竜王「本能であるだけまだマシであろうよ。理性的に傲慢で強欲な貴殿らは魂が穢れておるじゃろう」
処刑人「……確かに私は傲慢で、強欲だ」
竜王「思い当たる節があるかよ」
処刑人「自分が救われんが為に他者を救おうとした」
竜王「成程……で?」
処刑人「なにが、だろうか」
竜王「納得したかよ。 貴殿は竜じみておる、と」
処刑人「……そうかもしれない」
竜王「まあ悪魔扱いも悪くはない」
処刑人「死神扱いされているのだが」
竜王「……ならば喜べ、貴殿は真なる救い手であろうぞ」
処刑人「何故だろうか」
竜王「貴殿は、生命を生き地獄から解放する担い手じゃ」
処刑人「地獄であろうと天国であろうと、生命は生存を望む。殺すことが、救いの手とは言い難い」
竜王「貴殿ら、二本足を救うことなど不可能よ。我等、竜族以上に傲慢で強欲な者共が、一度の救いで満足するタマかよ」
処刑人「死ぬ以外は、と言うのだろうか」
竜王「あるいは、貴殿ら二本足の中でも、人間の方法ならば、それはそれで救いなのかも知れぬがな」
処刑人「何のことだろうか」
竜王「少数が『コレが幸せ』と断じたものを智慧なき者に啓蒙……雛鳥にそうするかのように刷り込み、ひたすら搾取するのよ」
竜王「少数は欲を満たしそれで救われる。智慧なき者も、それしか知らぬ故に救われる」
処刑人「馬鹿な、それは」
竜王「その通り、『死ねば楽になる』、それすら禁じられた、真の絶望よ」
竜王「しかし『生きていれば救われる』、それしか知らぬ、偽りの希望でもある」
キリ GW明けたら直属の上司が辞表提出して大変なことになってたんだぜ…
1「最後に言い残すことはありますか
?」
上司「貴方が部下で良かった」
こうですか?わかりません!
処刑人「……確かに城壁の向こうでは、そのようなことが行われている」
竜王「さにあらん。愚かとは言うまいよ、巣に引きこもるしか手立てのない二本足には、有効な手よ」
処刑人「しかし、それが許されるかどうかは別の話だ。それに限界がある」
竜王「ならばどうするよ」
処刑人「それで私や、勇者が生まれた」
竜王「英雄か……確かに、共通の敵と、英雄の存在は人を前進させ、団結と規律をもたらそう。しかし、戦が終わればまた破滅に突き進むのみぞ」
処刑人「しかしここに、魔族の領域に来て、それでは駄目だということがよく解った」
竜王「何故じゃ?」
処刑人「魔族は魔王を慕っている、ヤツは王として、この地を治めている。人間と魔族、どちらかが死に絶えるまでこの戦は続くだろう」
竜王「で、あろうな。両者が手を取り合うことなど、最早ありえぬ」
処刑人「……だが、お前に出会った」
竜王「……なに?」
処刑人「一つの回答が、お前だった」
竜王「ほほう、この竜王がその回答と」
処刑人「だが問題がある」
竜王「何をするか解らぬが……どのような問題か」
処刑人「お前ではまだ力が足りない」
竜王「確かに魔王に敗れはしたが、我の力がなんの回答になる?」
処刑人「私にも力が足りない」
竜王「無為な力を求めるような者には見えぬが、力を求めて何とする」
処刑人「……敵になる」
竜王「……は?」
処刑人「私は全ての敵になる」
処刑人「人間の、魔族の、エルフの、ドワーフの、数多の種族の天敵になる」
竜王「貴殿……竜となるを望むか」
処刑人「財宝も、血もいらない。生まれた罪を、穢れた魂を切り離す。ただそれだけの存在になる」
処刑人「世に必要なモノは『無償の愛』ではない……私は『無償の悪』となる」
竜王「…………ク」
竜王「クハッ……クハハハハハハッ!! 成程! それならば確かに人も魔も手を取り合おう!」
竜王「大言壮語をようも吐きおったわ! 何たる傲慢! 何たる強欲! 人の身で、竜になると言うかよ!」
処刑人「お前が言った通り、私は蟲毒だ……この身は数多の種族の血肉が混ざっている。だがその中に竜は含まれていない」
竜王「我を取り込もうてか! 面白き人間じゃ! 良いぞ! 蟲毒は成功しようぞ、我の血肉を喰らうがいい!」
竜王「貴殿が執行人で良かった!」
処刑人「上手くいくはまだ解らない」
竜王「上手くいくとも。この血を飲んで不死となれ。この肉を喰らい無敵となれ。我が許せばそうなろう」
処刑人「そういうものか」
竜王「そういうものじゃ。竜王は滅びに際し血肉を糧に転生する」
処刑人「お前等、竜は不滅の存在というわけか」
竜王「我等は星の一部。存在の過多を許さぬ破滅の装置なればな」
処刑人「解った……頼む、力を貸してくれ」
竜王「望むべくもない。面白き人間よ、貴殿の血肉となりて、世界を蹂躙しよう」
竜王「糧を得るためでも、愉悦を得るためでもない、『無償の悪』とやらを貴殿の内で見ることにしよう」
竜王「それを違えば、内から食い破ろう」
処刑人「それでいい……」
処刑人「お前が罪人で良かった」
処刑人「最後に言い残すことはあるか?」
竜王「言い残すも何も、これからは貴殿の内で生きるのよ。しかしまあこう言うておこう」
竜王「貴殿が執行人で良かった」
キリ
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勇者「……死神?」
魔族の領域にあって辺境の里を占拠し、本格的な侵攻をしよう拠点を設営していた矢先だった。
斥候の為に先行した先遣隊が、皆殺しの憂き目に遭ったと言う。
僧侶「そんな……一人も生き残れなかったというのですか?」
そのたった一人の生き残りは震えるばかりで、うわ言の様に黒衣の死神を見たと訴えていた。
体のあちこちに付いた、仲間の返り血もそのままに、酷く憔悴した彼は、何かの影に怯えていた。
魔術師「要領を得ないわね。詳細を話しなさいな」
平素であれば、勇者一行の言葉に緊張の一つもあろうものだが、彼はひたすら懺悔していた。
悪かった。
皆殺しにすることはなかった。
もう二度としません。
軍も退役します。
だから殺さないでください。
家族には手を出さないでください。
都合のいい事とは解っています。
でもどうかお慈悲をください。
勇者「ねえ……ねえってばっ」
僧侶「……心が壊されているのでしょう、勇者様、これ以上は」
勇者「この先に、なにが……」
いずれにせよ、こうなった以上、大規模な進軍は避けた方が無難であろう。
少数精鋭で威力偵察。
いつもどおりの勇者一行の仕事であるが、その雲行きはいつもどおりと言うわけにも行かなかった。
ここから先は未知の領域。
星はおろか、月の光すら差さない深い夜の空が、己等の未来を暗示するようで、誰彼の心にも等しく覆いかぶさった。
**********
魔王「そうか……追って調査を続けよ」
仮に占領しているドワーフの洞窟が、再び竜に襲撃された。
竜王が処刑人に首を刎ねられ、統率を失った竜は多くが己の心のまま、無差別に殺戮を繰り広げようとしていた。
拠点らしい拠点もなく、空から飛来し、甚大な被害をもたらす竜は、その一頭一頭が凶悪な戦力である。
攻めようがなく、防衛しても被害を抑えきれない。まことに自然災害を相手に戦っているようなものである。
しかし、防衛の為、派遣した援軍が確認したものは、竜に焼かれ死んだのであろう、炭化した数多の同胞の死体。
そして夥しい数の竜の死体であった。
竜の死体は、いずれも一刀の元に首を刎ねられていたとの事だった。
魔王「成ったか……」
なにが、とは言わない。
己の為、民の為、一人の人間を犠牲に、数多の生命を犠牲に、数多の時を経て、そうしてようやく成るであろう己の展望。
自分で為すことは不可能であった。
自分は王に成ってしまった。民の未来を憂い、あまつさえ敵対する種の行く末すら憂いてしまった。
魔王「王として、責任はとるつもり、ぞ」
彼の者の未来は、鉄火の上を渡る如き道のりになろう。
後に残るは屍山血河。
もとよりそれから生まれしとは言え、人に憧れ、人と真摯に向き合った、人の心を持った、人より人らしい、しかし人ではないモノ。
そして追い詰め、そうなるよう教唆したのは己である。
恨むだろうか。
恨むだろう。
魔王「星が定めし処刑人、で、あるか」
繁栄を滅ぼさずにいられない竜の本質を受け継いだ人型。
星が生み出した破滅の仕組みを以って、彼はどれだけの生命を断つのであろう。
もとより器はあった。それに加え、竜の力。
理性的な、統制された暴力を振るう竜など、誰が勝てようというのか。
人間の勇者では、ましてや己にすら止めようがあるまい。
ここから先は未知の領域。
生命が星に勝てる道理などなく、まして神がこの地上を民に与えたなどと夢想でしかない。
意思を持った災厄を前に、やがて皆は手を取り合うだろう。
共通の災厄を退けるため、人も、エルフも、ドワーフも、魔族も、この地上のありとあらゆる種族は強くなるだろう。
死神の刃に掛からない限り、繁栄するだろう。
例え一縷の救いなど無くとも、それでも我々は生きていくしかないのだから。
キリ
このSSまとめへのコメント
面白すぎる
すげえ、としか言えんわ
めっちゃおもしろい
最高に面白い
良きかな