花陽「親愛なる隣人」凛「アメイジングかよちん!」 (178)

ラブライブ!の某アメコミ風二次創作です。
クロスオーバーではありません。

・りんぱな
・設定やキャラクターの改変が多いです
・地の文あり
・わりとシリアス

SSは昔一度しか書いたことがないので不慣れですが、ゆるゆると行きたいと思います。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1459775793



 "This, like any story worth telling, is all about a girl."
    「これは、一人の女の子の物語だ」




花陽「お母さん、あの子天使?」

花陽母「あらあら、花陽ちゃん。じゃああの天使ちゃんと、今日から親愛なる隣人なのね」

花陽「隣人って?」

花陽母「あの子は今日お隣に引っ越してきた星空さんちの子なの。名前は――」


 ――凛ちゃん。



Chapter.1




音ノ木坂学院 入学式


花陽(私は小泉花陽、どこにでもいる普通の中学生……だったんだけど、今日からちょっとだけ大人です)

花陽(私、高校生になりました。いままでは自分のことを「花陽」なんて言ってたけど、今日からは「私」なんです、えっへん!)

花陽(でも初日から遅刻しそう、花陽、いつもどんくさいから……はっ、また花陽って言っちゃってます!)

花陽(でも心の中のことだから良いですよね、って誰に言ってるんだろう……なんて)

凛「かっよちーん!」

花陽「あ、凛ちゃん、おはよう」

凛「かよちんそんなペースじゃ遅刻するよー、いっくにゃー!」

花陽「ちょ、速いよ、誰か……ダレカタスケテー!」

 私の手を掴んで風のように走るのは、星空凛ちゃん。

 私と同じ、音ノ木坂学院の新入生で、小さい時からの幼馴染。親愛なる隣人です。

音ノ木坂学院 新一年生教室


凛「高校生になっても同じクラスになれてよかったね、またよろしくにゃー」

花陽「うん、よろしくね、凛ちゃん」

 今年は一クラスしかないんだけどな、なんて言葉は飲み込んだ。

 だって私も嬉しかったからです。凛ちゃんと一緒にいられることが。

モブ子A「あ、凛ちゃんだー、もう部活きめたー?」

モブ子B「うちらと一緒にテニス部はいろーよー」

凛「考えとくにゃ―」

モブ子A「楽しみにしとくよー」

モブ子B「凛が入ってくれたら百人力よ」

 音ノ木坂の子は地元の子が多いから、中学からの同級生ばかりです。

 だから前からずっと、凛ちゃんは人気者です。

 可愛くて、運動ができて、明るくて、面白くて、人から好かれて。

 私とは全然違います。人に誇れるものなんて全然ない、私とは。

凛「かよちんは部活何にするの―?」

花陽「うーん……私は。凛ちゃんは?」

凛「凛は陸上部にしようかなー」

花陽「凛ちゃん脚速いもんね」

凛「それほどでもないにゃー」

花陽「それでもすごいよ」

凛「かよちんはやっぱりヒーローだよね!」

 凛ちゃんの大きな声に、教室がすこしざわつきました。

花陽「ちょ、凛ちゃん、声が……」

凛「なんで? 凛知ってるよ。かよちんがずーっとヒーローに憧れてたこと」

花陽「でも……私なんかじゃ」

凛「さっきポスター見たにゃ、この高校でもスクールヒーロー始めたんだって!」

花陽「ええっ、スクールヒーローハジメチャッタノォ!?」

凛「二年生の先輩三人でオトノキの治安を守っていくにゃー、かっこいいにゃー」

花陽「でも……花陽じゃ」

 花陽、何の能力もない。ただの人間。それも、とびきりのろまで不器用な……。

 スクールヒーロー。

 それは、近年増加傾向に有る若年層の「ライバー」の犯罪に対するカウンターカルチャーのことです。

 「ライバー」は思春期の女の子に多い「特殊な力を持った人間」のことです。

 特殊な力を使うために、高い知能や高い身体能力が付随していることも多く、「新時代の生存者」を意味して「ライバー」と名付けられたみたいです。

 だけどそんな力を悪用する人も多くて、ライバー犯罪が近年増加していました。

 そうすれば、世間の風あたりも強くなります。だから一部の女子高生たちが始めたのが、このスクールヒーロー。

 「ライバー」の力をつかって、犯罪者を捕まえる活動です。

 だけど――。

花陽「花陽、ライバーじゃないから……」

凛「え、何か言った?」

花陽「ううん、何でもないの。今日は先に帰るね、ばいばい、凛ちゃん」

 逃げるように飛び出した。

小泉家


花陽「ただいま」

花陽母「おかえり、花陽ちゃん、学校どうだった?」

花陽「どうって……普通だったよ」

花陽母「お母さん小耳に挟んじゃったんだけどなー、オトノキでスクールヒーロー始まったのよね? 花陽ちゃん入ってみ――」

花陽「――いい」

花陽母「……そう」

花陽「ごめんね、お母さん。花陽、体調悪くて……部屋に行ってるね」

花陽の部屋

花陽兄「よお、花陽。帰ってたのか」

花陽「お兄ちゃん……! 帰ってたのか、じゃないよぉ。お兄ちゃんこそ何年ぶり? 花陽の部屋勝手に入って……」

花陽兄「悪い悪い、俺が出て行くまでは俺の部屋だったからな。忘れ物を取りに来たんだ」

花陽「忘れ物?」

花陽兄「もう手に入れたよ、悪かったな。ああそれと、しばらくこのへんで生活するからよろしくな」

花陽「ええっ」

花陽兄「あーそうだ。母さんが言ってたな、花陽の学校って――」

花陽「――スクールヒーローでしょ、やめてよ。お兄ちゃんは花陽のことわかってるでしょ」

花陽兄「……そうだな。あんなの、母さんの夢だ。お前の夢じゃない。きっと俺の夢でもなかった……」

数年前

花陽母「どうしてできないの、花陽ちゃん! お兄ちゃんを見習いなさい!」

花陽「でも……無理だよぉ」

花陽母「あなたたちはね、ヒーローになるの! いなくなったあの人と、戦えなくなったお母さんの代わりに!」

花陽兄「母さん、もうそのへんで……」

花陽母「妥協は悪よ。妥協なんてヒーローにいらない。妥協したら悪い子なの、悪い子か、ヒーローになりたいのか。あなたたちは――どっち?」

花陽兄「……!」

花陽「……なりたい……」

花陽母「何、聞こえないわ」

花陽「ヒーローに……なりたい」

現在 小泉家 花陽の部屋


花陽兄「母さんは自分と死んだ親父の夢を俺たちのものだと思い込んだ。俺は『ライバー』だからよかったものの、普通人(ノーマル)の花陽は苦労したよな」

花陽「お兄ちゃんが出て行ってから、お母さんは少し眼が覚めて、私にも優しくなったよ……だけど今でも、きっと未練がある」

花陽兄「未練、か……お前はどうなんだ?」

花陽「花陽が?」

花陽兄「お前がヒーローになりたいって言ったあの言葉、全部嘘だったのか?」

花陽「……そんなの、嘘に決まってるよ」

花陽兄「嘘もつけない、いい子チャンのお前がか?」

花陽「からかわないでよぉ」

花陽兄「ははっ、悪かったよ。まあそんなに怒るな。可愛い顔が台無しだ」

花陽「もうっ、お兄ちゃんってば!」

課外授業 西木野研究所


研究員「ここでは日本の主食であるお米の品種改良を研究しており、味が良く強く育つお米を日々――」

花陽「うわああああああああああああああああああああああああああ ううううわあああああああああああああああああああああああ」

凛「かよちん眼が輝いてるにゃー」

 理科の課外授業で、私たちは西木野研究所に来ています。

 そこでは植物の品種改良が研究されていて、特に実用的な技術として注目されているのがお米。

 この新たな品種「プランタン」はそこからとれる白米がとってもおいしくて長持ちするだけじゃなく、稲全部が衣服の素材やエネルギーとして転用できるらしい。

 まさに日本を支える未来の技術でした。一口くらい……食べてみたい。

凛「そういえば西木野研究所って西木野さんと関係あるのかな?」

花陽「ちょっと、凛ちゃん!」

凛「ヘ?」

真姫 ムスッ……プイッ

 隅っこで退屈そうに見ている西木野さんは私達を一瞥すると、すぐに目をそらした。

花陽「西木野さんはお金持ちの人だって噂になってるよ、だけどそれで近寄られるのを嫌うって」

凛「えー、いい家に生まれたんだから、なにもヤなことないと思うけどなー。凛は素直にうらやましいにゃー」

花陽「一人ひとり、触れられたくないことってあるんじゃないかな。特に――家族のことは」

凛「そういうもんかにゃー」

 そうこうしているうちに、私達のクラスは次のブースに移動になりました。

花陽「……あれ、これ、西木野さんの」

 私が未練がましくお米を眺めていたところ、さっさと言ってしまった西木野さんの立っていたところに、IDカードが落ちていました。

 私達は研究所に入るとき、ゲスト用の半日IDを発行してもらっています。だけどそれとは明らかに違う、もっと特別な感じのカード……。

 きっと、西木野さんが最初から持ってたものだと思いました。

花陽「返しにいかなきゃ」

 クラスから遅れた私はIDカードを持って走り始めます。

花陽「あっ!」

 倒れそうになった私は研究所の壁を、カードを持った方の手で支えてなんとか耐えました。

 すると壁だと思っていた部分がいきなり開き、私は中に倒れこみました。

花陽「いったたたた……ここは……どこ?」

 見回すと、薄暗い研究室のような部屋でした。

 そこにはたくさんの稲があり、そして。

花陽「お、お米だぁー!」

花陽「すごいよ、このツヤ、見ただけでわかる、最高のお米だよぉー! 写真とっとかなきゃ!」パシャパシャ

花陽「ゴクリ」

 それが、あまりに美味しそうだったから。

花陽「一口、味見してもいいよね……?」

 炊いてもいないのに、私はその白米を口に運んだ。

花陽「はわあああああああああああああ、しゅ、しゅごいですうううううううううううう」

 頬がとろけすぎて落ちるんじゃないか。そんな至福の時間。

 それをひとしきり過ごした後、私は。

花陽「はっ、ダメだよ、ちゃんと西木野さんに返さなきゃ!」

西木野研究所 出口

研究員「では、今日の見学コースはこれで終わりです、お疲れ様でした」

花陽「あの……西木野さん」

真姫「ナニヨ」

花陽「これ……落としてたから」

真姫「っ……あ、ありがとう、わざわざ」///

花陽「ううん。あ、西木野さんって……」

真姫「な、なによ」

花陽「笑顔がとっても素敵」

真姫「ナニソレイミワカンナイ」///

花陽「へ、へんなこと言っちゃってごめんなさい! つい口に出ちゃって!」

真姫「別に、いいわよ。……それにこっちこそ。私の事、変な子だって思ったでしょ」

花陽「どうして?」

真姫「こんなカード持ってて……研究所とか、大企業とか、変なつながりがあって。私、知ってるのよ、みんな噂してたって」

花陽「……それは、西木野さんのこと、みんなまだ知らないからだと思います」

真姫「どういうこと?」

花陽「西木野さんは笑顔がとっても素敵な人、私、今日知りました。ご家族のことじゃなくて、西木野さん自身のことを」

真姫「あなた……名前は? いいえ、聞くまでもないわね、同じクラスなんだから。小泉花陽さん、私、西木野真姫よ」

花陽「うん、よろしくね、西木野さん」

真姫「今日はありがと、明日からもよろしくね」

花陽「……いろいろあるんだなぁ」

凛「かーよちん!」

花陽「ピャァ!」

凛「西木野さんと何話してたの?」

花陽「うん……ナイショ」

凛「えーずるいにゃー! よしっ、家まで競争にゃー! 負けたほうがラーメンおごり!」

花陽「えー! ダレカタスケテー!」

小泉家・星空家前

花陽「はぁ……はぁ……勝っちゃった」

凛「すごいにゃ、かよちん凛にかけっこで勝っちゃったよ!」

花陽「でも凛ちゃん手加減してくれてたよね、息上がってないし……」

凛「それでもすごいよ! 脚、早くなったね! これなら凛と一緒に陸上部に入れるかもしれないよ!」

花陽「考えとこうかな……」

凛「じゃーねかよちーん。ラーメンはまた今度おごるにゃー」

花陽「ばいばい、凛ちゃん」

 なにかがおかしい。

 体が熱い。

花陽母「まあ、花陽ちゃん、どうしたの!?」

花陽「ごめ……ちょっと、ねる」

花陽母「花陽ちゃん、花陽ちゃん!」

 花陽ちゃん! 花陽ちゃん!

   はな・・・  は・・・・

数年前

凛「かよちん何読んでるのー。漫画?」

花陽「ヒーローコミックだよ、凛ちゃん」

凛「すごい、ムキムキのオジサンがくんずほぐれつしてる!」

花陽「いかがわしい言い方はやめようよぉ」

凛「でもカッコイイね。敵をバーっとやっつけて」

花陽「うん。でもね、敵をやっつけるだけじゃないんだよ。ヒーローはね、とっても優しいの」

凛「優しい? 情け無用の男なのに?」

花陽「それは日本のドラマ版だよぉ。そうじゃなくて、例えばこのヒーローは、親愛なる隣人って呼ばれてて」

凛「地獄からの使者じゃないんだね」

花陽「そうだよ。身近にいて、ずっとよりそってくれるみたいな。そんなヒーロー。花陽はそんなヒーローに――」

現在 小泉家 花陽の部屋

花陽「――はっ!」

花陽「……昔のこと、思い出しちゃったな」

 最近妙なことばかりです。ふらっと家を出て何年も戻らなかったお兄ちゃんがこの街に帰ってきたり。

 西木野さんのIDを拾ったり、オトノキにスクールヒーローができたり。

花陽「お母さん、着替えさせてくれたんだ……」

 いつのまにかパジャマ姿だった。

花陽「えっと、メガネメガネ……あれ?」

 何かおかしい。私はメガネを外す。

花陽「よくみえる」

 メガネをかける。

花陽「視界が曇り空……りんちゃん」

 略してくもりん。

 「ちょっと寒くないかにゃ―?」とツッコむ凛ちゃんの幻聴が聞こえた。

花陽「電気をつけてもっとよく見て……」パチッ「あ、ありがとうございます――って、勝手にスイッチが入ってるぅ! だれか、誰か助けてー!」

 よく見ると、電気のスイッチのほうに伸びる謎の「ツル」のようなものがある。

 それをたどっていくと、私の手首から伸びていた。

花陽「……もしかして」

花陽「あー、本でも読もうかな」

 「ツル」はしゅるしゅると向きを変え、本棚から本をとってきて、ご丁寧に目の前で開いた。

花陽「やっぱり……私の意思で動いてるんだ」

花陽母「花陽ちゃん、起きたの? 入るわね」

花陽「っ!」

花陽母「あれ、いないわね。トイレかしら」

 セーフです。

 ツルを利用して天井に張り付いてお母さんの眼を逃れたことで、手から生えたツルは見られませんでした。

花陽「ふぅ……危なかったぁ」

花陽「でもこれ……やっぱり『能力』だよね。『ライバー』の」

 ということは花陽――「ライバー」になっちゃったのぉ!?

花陽「だけど」

花陽「今なら……」

 ――そんなヒーローに。

花陽「なれるかもしれない」

花陽「なんでこうなったかなんて考えても仕方ないよ。この力を正しいことのために――人助けのために使わなきゃ!」

 それで、花陽が特別になれば。

 普通じゃなくなれば。

 ダメダメな自分が変われたら、その時は――


花陽「凛ちゃんは、花陽のことを好きになってくれるかな」





 Chapter.1 END

今回はここまでです。
Chapter.2 もよろしくお願いします。

Chapter.2を投下していきます。書き溜めないのでゆっくりです。

Chapter.2


薄暗い部屋


薄暗い部屋の中央に、一人の男が立っている。男は西木野博士と呼ばれる元医師の研究者であった。

西木野父「――という原理により、ライバーを解析し開発された新薬『ワンダフルラッシュ』はあらゆる生物の身体能力を向上します」

男1「話だけならば素晴らしい。しかし実用化のメドは立っているのかね」

西木野博士の周囲に出現した黒い石版(モノリス)から、機械で加工された男の声で話し始めた。

西木野父「知っての通り、植物ではすでに実用化されており、稲の新品種『プランタン』は国内の農産物流通を根本から変えるでしょう」

西木野父「また、栄養価と保存性も高く、加工すれば戦場における兵士の携行食料として最適でしょう」

男2「所詮植物……食用目的ではな。西木野博士、我々が求めているのは人造ライバーだ。わかっているだろう」

男1「我々"UTX"が君に莫大な出資しているのは、君の言う平和の実現のためではないのだよ」

西木野父「現在マウスによる動物実験を進めています。身体能力の大幅な強化は確認されましたが、ライバーの持つ特殊能力の再現には至っていません。残る大きな問題は――」

男1「なんだね」

西木野父「強化したマウスは凶暴化し、他のマウスを皆殺しにしました。12回の試行で9回……動物に対しては精神変容効果が強く、問題の解決には最低でも後一年を要するかと」

男3「それでは遅いのだ!」

男2「我々に残された時間はそう長くない」

男1「西木野博士、"UTX"の目的はあくまで"モーメント・リング"に到達することだ。君のくだらない理想に付き合う暇はないのだよ」

西木野父「……」

男1「あと一ヶ月だ。一ヶ月以内に人体実験で成功例を出したまえ。そうしなければ資金提供は打ち切る」

西木野父「一ヶ月……! そんな無茶を……!」

男1「話は以上だ、"時間"は有限で不可逆である。君の成功を祈っているよ」

ブゥン、という音とともにモノリスは消失した。

西木野父「くっ……俗物どもめ」

西木野父「小泉……お前がいてくれたら」

西木野研究所

西木野父「こんなところで立ち止まっている暇はない。世界平和を実現するために。私の理想のために――」

研究員「博士、こんな夜中にどうなさったのですか?」

西木野父「やあ、動物実験用の"ワンダフル・ラッシュ"、どれくらい残りが有る?」

研究員「マウス30体分のストックです」

西木野父「では濃縮しろ、人間一人分くらいにはなる」

研究員「! 博士、人体実験をなさるおつもりですか!?」

西木野父「スポンサーがうるさくてな。安心しろ、道義的問題は解決済みだ。被験者は――私自身だからな」

研究員「……しかしあの薬はまだ問題が……それにこの濃度では性格変容のリスク以外にも身体的問題まで考慮して――」

西木野父「――かまわん、はやくしろ!!」

研究員「は、はいい!」

 西木野博士は十字架のような装置に自身の肉体を固定した。

 そして研究員は西木野に対し、濃縮した"ワンダフルラッシュ"を注射する。

研究員「バイタルは正常。遺伝子変異がすでに始まっています――すごい数値だ、これなら!」

西木野父「ぐっ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

研究員「博士!?」

西木野父(なんだっ、これは……イメージが流れ込んでくる!)

 それは走馬灯のように。圧縮された記憶情報が目の前に津波のような勢いで押し寄せてきた。

 過去の記憶。心の傷。トラウマ。恐怖心。隠されていたあらゆる弱みを掘り起こしてくるような――

西木野父(こういうことだったのか……! 動物ならば誰しもがもつ恐怖感に強力にアクセスすることで精神の変容が――!)

研究者「博士! 大丈夫ですか、博士! バイタル異常、全数値が想定を振り切れています! 精神と肉体が耐えられません、内部から破裂します!」

西木野父「ぐおおお!」バキン

研究者「じ、自力で拘束具を引きちぎった!?」

西木野父(このままでは死ぬ――だめだ、なんとかして生き残らなければ、私の世界平和が――)

 自由になった博士は研究所の一区画、武器開発エリアへと駆け込んだ。

西木野父(宇宙開発用の軽量スーツ……あらゆる外圧に耐えられる設計のこいつならば内圧を抑えられる……)

 朱色のスーツ。開発コード「ダイヤモンドプリンス」。

 強度が必要な部分は主にカーボンファイバー、関節部は新植物「プランタン」から生成したバイオナノファイバーで作られている。

 最大の特徴は表面コーティングが世界最強の物質、六方晶ダイヤモンドであることだ。

 宇宙開発の名目で作られていたが、出資者からすれば兵器でしかない。しかし今はこれにすがるしか無い。

西木野父「う、うおおおおぉ!」

 急いでスーツを着こんだ。バイオナノファイバー部が可変し自動でフィットする。

 異常に盛り上がった筋肉の内圧を抑えむ。

西木野父「うっ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

研究者「博士、ご無事でしたか!」

西木野父「ああ、実験は――」

研究者「博士、何を!?」

 博士は研究者の頸を掴み、簡単に片手で持ち上げる。

西木野父「実験は――成功だ」ゴキン

西木野父「くくく……ふははははははははは! すばらしい、この力があれば"UTX"ごときに頭を下げる必要などないじゃないか!」

 自信が湧いてくる。力を得た。そのことで、急激に万能感を感じられる。今ならなんでもできる。

 ――時を巻き戻すことだって、きっと。

西木野父「"モーメント・リング"計画だと? くだらんな……世界を変えるのは、この私だ」

翌日 西木野家


花陽「お、おじゃましまーす」

真姫「遠慮せず入って。前のお礼なんだから」

花陽(ふええー、おっきいなー。テレビもおっきい)

真姫「そこ座ってて、お茶いれてくるから」

花陽「は、はいぃ」

真姫ママ「あら、真姫ちゃんのお友達?」

花陽「あ、私、小泉花陽っていいます!」

真姫ママ「うふふ、真姫ちゃんがお友達を連れてくるなんて珍しいわね」

花陽「そうなんですか?」

真姫ママ「あの子はちょっと"特別"だから。知ってるわよね、うちがちょっと変わった家だってこと」

花陽「はい、総合病院を経営してるとか」

真姫ママ「家業はそうね。でも夫が――真姫ちゃんのお父さんが会社を大きくして大企業になったの。だから色眼鏡で見てくる子も多くて、あの子も気丈に振る舞ってるけど、本当は寂しいと思うから。仲良くしてあげて」

花陽「は……はい!」

真姫「ちょっとママ、勝手になに話してるのよ!」

真姫ママ「あら、聞かれちゃったかしら」

真姫「ママはあっち行ってて!」

真姫ママ「はいはい、花陽ちゃん、ごゆっくり」

真姫「はぁ……うちの親ってどうも過保護なところがあって」

花陽「そうかな、西木野さんのお母さん、きっと西木野さんのこと大事だからそういったんだよ。私、すごくあったかいと思った」

真姫「ウェェ……/// そうね、私だって親の愛情がわからないほど子どもじゃないわよ。あ、あと、その呼び方……」

花陽「呼び方?」

真姫「『西木野さんのお母さん』と『西木野さん』じゃ紛らわしいでしょ。だから……その、名前で呼んでいいわよ。真姫って。私も、花陽って呼ぶから」///

花陽「うん……真姫ちゃん!」

真姫 カミノケクルクル

数時間後 西木野家

花陽「ああ、もうこんな時間!」

真姫「もう暗いわね……運転手に送らせるわ」

花陽「そんな、いいよぉ」

真姫「遠慮しないで。そうだ、せっかくだから夕飯食べていかない?」

花陽「え、そんな……いいの?」

真姫「今日はカツ丼なのよ、パパが大事な実験をする日の前はいつもそうで。お米もうちで作った良いものを使ってるわ」

花陽「ごちそうになります!」

西木野家 食卓

シェフ「奥様、お嬢様、小泉様、カツ丼でございます」

花陽「ふわあああああああああああああああすごい、お米が輝いてるよぉ~」

真姫「喜んでくれたみたいで良かった。そういえば、パパは?」

真姫ママ「昨日ふらっと研究所に行ってからまだ帰ってきてないわ。あの人ならよくあることよ」

真姫「そうね」

花陽「そうなの?」

真姫「ええ、パパは世界平和のために研究してるのよ。このお米だって食糧問題解決のためにパパが作ったんだから」

花陽「それはすごいです!」

真姫「ま、まあね」カミノケクルクル

真姫ママ「パパはね、最初は普通のお医者さんだったけど真姫ちゃんが生まれてからは、世界中の子どもたちが健やかに育つようにって平和のために活動してるのよ」

真姫「一時期病院をほっぽり出して戦場をめぐったんだって。傷ついた人を分け隔てなく治療したりして、医者も大事だけど病気や戦争、貧困や飢餓そのものと戦うことも大事だって気づいたのよ」

真姫ママ「真姫ちゃんってばそんなパパのこと大好きなのよね」

真姫「ちょっとママ、何言ってんのよ! わ、私は別に、一人の人間として尊敬してるだけよ!」

花陽「すごい人なんですね。ちょっと、憧れちゃうなぁ」

 ガタッ

西木野父「遅くなってすまなかった」ハァ ハァ

真姫「パパ!」

 真姫ちゃんが嬉しそうに駆け寄ってお父さんの頬にキスをした。

 私の視線に気づくと、顔を赤くして目をそらした。

西木野父「すこし研究が長引いてね。でも成果が出たんだ。夢の実現まで、あと少し……」ハァ ハァ

真姫「パパ、なんだか疲れてない? ご飯たべてもう休んで」

西木野父「ああ……そちらのお嬢さんは?」

真姫「この子は、私の友だちよ」

花陽「はじめまして、小泉花陽です」

西木野父「よろしく」

 私は真姫ちゃんのお父さんと握手した。その時――

花陽「――っ!」

西木野父「――!?」

 バチッと何かが弾けるような感触がして、手を離す。

西木野父(なんだこの感触、それに小泉とは……いや、考え過ぎか)

西木野父「真姫、こんな時間まで引き止めては悪いだろう。そろそろ帰ってもらいなさい」

真姫「え?」

西木野父「どうせ、金目当てだろう」

真姫「パパ、何言って……」

西木野父「真姫、お前は特別だ。お前に普通の友だちができるはずがない。小泉花陽さん、申し訳ないが、これで手を切ってくれないか」ドサッ

花陽(お金!? しかも百万円くらいある!)

真姫ママ「ちょっとあなた、真姫ちゃんの友達になんてこと」

西木野父「真姫、私はお前をそんな学習能力のない娘に育てた覚えはない。中学生のとき、尾崎という"友だち"がどうなったのか、もう忘れたのか?」

真姫「――そ、それは……!」

花陽「……」

 やっぱり。いろいろあるんだな。

 家族って。

花陽「ごめんなさい。このお金は受け取れません」

西木野父「……」

花陽「ごはん、美味しかったです。今日は自分であるいて帰れます、おじゃましました」

真姫「花陽、まって、私――!」

花陽「大丈夫だよ、真姫ちゃん」

真姫「ちがうの、わたし、こんなつもりじゃ……」

花陽「生きてれば、こんなつもりじゃないことなんてたくさんあるよ。だからいいの。また明日、学校で」

真姫「……ごめんなさい」

 私は真姫ちゃんの家を出た。冷たい風が吹く夜だった。

 鞄の中から、緑色のパーカーを取り出して着る。フードを目深にかぶる。これでだいたい顔は隠せる。

 私は人気のない道を走り始めた。加速、加速、まだ加速する。

 数日前から能力を試していた。強化された身体能力はすでに100Mを12秒で走る凛ちゃんよりも速く走ることを可能としていた。

 私は、ライバーになったのだ。身体は強靭になって、何より特殊能力を得た。

 身体から植物を出す能力。特に、ツルを長く伸ばしていろいろな場所にひっかけることで、建物を登ったり壁に張り付いたりできる。

 怖かったけど、自分で自分をナイフで切ってみた。すると傷口を植物の繊維が塞いですぐに元に戻った。再生能力もあるみたいだった。

 能力をさらに試すため、私は夜の秋葉原へと向かった。




 Chapter.2 END

今回はここまでです。Chapter.3 に続きます。
2であまり話が進まなかったのですが、3ではもう少し展開すると思います。

Chapter.3 投下していきます。書き溜めないので夜まで続きます。

Chapter.3

秋葉原 高層ビル 屋上


花陽「……」

 人が蟻さんみたいに小さく見えた。だけどいまの私には、一人ひとりの動きがはっきりと見える。

 視力は眼が悪くなる前よりずっと良くなった。手もずっと器用になって、今の私はお米に字だって書ける。

花陽「すうううううううううううううう」

 息を大きく吸い込んで。

花陽「飛び降り日和、です!」

 飛んだ。

 夜の街。ネオンの海に吸い込まれていくような、身体が溶け落ちていきそうな感覚。

花陽(気持ちいい……)

 このままだと地面に激突して、私の身体は潰れたトマトみたいにぐちゃぐちゃの赤い果肉になっちゃうだろう。

 だけど今なら――

花陽「そこっ!」

 手首から伸びた植物のツルをビル街の出っ張りにひっかけて半円を描くような軌道で再び上昇する。

 不要になったツルを切り離して、私は再び空中に身を投げだした。

花陽「テンションあがるにゃあああああああああああああああああ!」

 テンションが上がって叫びたかったけど、大きな声を出すのに慣れていないので凛ちゃんの真似をしてみた。

 ここなら誰にも聞かれないし、恥ずかしくない。

 地上のみんなは空なんて見て歩かない。みんなうつむいて、地面を見てる。現代人はみんなそうだ。

 転ばないように足元を見るのに必死で、見上げれば星空があることになんて、誰も気づかないんだ。

花陽「はっ!」バシュン

 ツルを何度も切り替えて、ビル街上空を拭きあげる上昇気流に乗りながら、私は空を翔けた。

花陽「ビールのー谷間のくらやーみにー きらりとー ひーかる怒りーの眼ー

 気持よくて歌を歌ってみた。音楽の時間に真姫ちゃんが「花陽は案外歌唱力あるわね」と言ってくれたから少し自信があります。

花陽「安らぎ捨てて 全てを捨てて 悪を追ぉってー 空翔ける――あれは……?」

女性「誰か助けて! ひったくりよー!」

ひったくり「へへっ、誰も助けにこねえよ!」

花陽(ひったくり犯が鞄をもって逃げてる! け、警察……いや、間に合わないよ!)

 ――私なら。

花陽(今の私なら、いけるかも)

花陽「……ちょっと待ってて!」

 走って逃げる男に上空から追いつく。

花陽「待ってください!」スタッ

ひったくり「なんだてめえは! どこから現れやがった!」

花陽「ピィ!」

 だ、だめだ。怖いよぉ……。

 ううん、今の花陽はライバーなんだ。脚だって凛ちゃんより速いんだ。

 飛べるよ。

花陽「その鞄、あの女の人に返してあげてください」

ひったくり「はっ、誰が……不用心だから悪いのさ。ドン臭い奴は損するだけなんだよ、この世界はなぁ」チャキ

花陽(折りたたみナイフ……でも!)

ひったくり「おらっ、そこどけや! ――っな……ナイフが無い……!」

花陽「くすくす」

ひったくり「何をした……」

花陽「"ナイフが無いフ"なんて、いまどき小学生でも使わないよ。お兄さん、小卒なの?」チャキン

ひったくり「それは……俺のナイフ、いつの間に……!」

 なんだか。

 楽しくなってきた。

花陽「あの女の人にあやまろっか」

ひったくり「ざけんな、誰が――ググッ!」フガフガ

花陽「助けを求めてもいいんだよ? もうしゃべれないだろうけど」

ひったくり「フガフガ(ふざけんな、殺す、殺してやる)」

花陽 バシュバシュバシュバシュバシュ

 粘性の繊維を手首から射出して、ひったくり犯は身動きをとれなくなった。

花陽「謝る気になった? そっか、今のままじゃしゃべれないよね。じゃあ、謝罪以外口にしないって約束するなら外してあげるよ。約束破ったら鼻にワサビを突っ込むからね」

ひったくり コクコク

花陽「いい心がけだね」バリッ

 顔に張り付いた繊維を剥がす。

ひったくり「てめえ! ぶっこ――」ブスッ

花陽「約束、やぶっちゃったね?」

ひったくり「があああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 鼻にワサビを突っ込まれたひったくり犯はその苦痛に身を捩らせた。

 だけど手足が繊維で拘束されているからぬぐうこともできない。

 犯人のポケットから携帯電話を引っ張り出す。

花陽「あとは警察に通報してっと」ピポパ

花陽「あの、ひったくり犯が――はい、秋葉原の――はい、お願いします」ブチッ

 電話を地面に置き、鞄を持ってもがきつづける犯人を背に私はその場を後にした。

女性「どうしよう、あれがないと私……!」

花陽「これのことですか?」

女性「うわっ! あなた、どこから」

花陽「そんなことはどうでもいいんです。はい、鞄」

女性「あ、ありがとう。あなた一体何者なの」

花陽「私は……私はヒーローです、名前はまだありません!」バシュ

女性「消えた……あれは一体。ライバーだというの……いいえ、それはともかく」ピポパ

女性「はい、私です。ええ、"アレ"は予定通り"UTX"に搬入します。少しトラブルがあり遅れましたが――」

数日後 音ノ木坂学院 一年生教室


凛「かよちんかよちーん、これみて!」

花陽「雑誌?」

凛「緑のフードの謎のヒーロー、お手柄! 秋葉原で連日犯罪者をやっつける! すごいにゃー」

花陽「! ……へ、へぇー」

凛「あれ、かよちんの好みじゃないの?」

花陽「う、ううん。すごいよねぇー」

真姫「くだらないわね、ヒーローなんて」

花陽「真姫ちゃん!?」

凛「ちょっと、どうして西木野さんが凛とかよちんの会話に割り込んで来るの!?」

真姫「べつにいいでしょ、私は花陽と話してるの」

凛「よ、よびすてぇー! いつのまにそんな仲良くなったのぉ―!」

花陽「ちょっといろいろあって。でも真姫ちゃん、ヒーロー嫌いなの?」

真姫「嫌いってわけじゃないけど。平和のために活動するっていいつつ自己満足の世界じゃない。世界を平和にするためにできることって、もっとあるはずよ」

凛「むー、でも悪い人に立ち向かっていくのってすごい勇気がいると思うよ! 凛は応援したいな」

花陽「私は……」

真姫「花陽はどう思うの?」

凛「かよちんはどう思うの!?」

花陽「ちょ、ふたりとも……」

まきりん「「どっち!?」」

花陽「だ、ダレカタスケテー!」


ガラッ

穂乃果「こんにちは! スクールヒーローの高坂穂乃果です!」

 ・・・・・・シーン

穂乃果「あれ?」

ことり「穂乃果ちゃん、いきなりすぎ」

海未「はぁ……」

穂乃果「えーっと……一年生の皆さん。音ノ木坂学院でスクールヒーローを始めました、二年生の高坂穂乃果です」

花陽(あれが噂の……)

穂乃果「これから正式に活動するためには、部員を五人集めなければなりません。なのでみなさん、是非スクールヒーローに入ってください!」

ガラガラ

凛「嵐みたいに去っていったにゃー」

花陽「やっぱりあの人達も"ライバー"なのかな」

真姫「そりゃそうでしょ。能力もなしにヒーロー始める酔狂な人なんていないわよ」

花陽「そうだよね……」

凛「で、かよちんはスクールヒーローはじめないの?」

真姫「なによ花陽、ヒーローに興味あったの?」

花陽「私は……その……なにもできないから……」

 ちがう。

 本当は違う。

 なにもないわけじゃない。ただそれでも……あの人たちの中に入っていけない。

 一歩が踏み出せない。

 強くなったはずなのに。

 ……また、秋葉原に行こう。パーカーを着て、フードを被って、ヒーローになろう。

 別の私に変身しよう。強い私になろう。


秋葉原 ビルの屋上


 きばらしをしよう。そう思って高い場所から街を見下ろした。

 適当な犯罪者を傷めつけて、逮捕して、賞賛されよう。そうすればきっと満たされる。

 今の私は、誰よりも強い。力があるんだから。

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ

花陽「お兄ちゃんから着信……うるさいなぁ。留守電にしよう」

 そして、

花陽「見つけた」

 コンビニの中に、ナイフを店員につきつけレジのお金を奪っている男を見つけた。

 ちょろい相手だと思った。

 飛び降り、コンビニの中に突入する。

花陽「ハァーイお兄さん、今夜は私と遊んでかない?」

 自分でも気づき始めたけど、こうして活動している時、私は口調が変わる。

 なんだか変な高揚感があって、口数が増える。

強盗「なんだてめえ……まさか、最近噂の……!」

花陽「知ってるの? じゃあ話は速いね、お金とナイフを置いておとなしく捕まったらひどい目には合わないと思うけど?」

強盗「……ククク」

花陽「なにがおかしいの? まさかコワすぎてお漏らししちゃった?」

強盗「俺を舐めたこと――後悔しろや」ジャキ

 ――銃。

 日本社会にはそぐわないその異物の存在に、反応した時にはすでに……遅すぎた。

 BANG!

 死――

花陽兄「……ガハッ」

花陽「あ……」

 何が、起こったの?

花陽兄「……」ドサッ

花陽「う、うそ……お兄ちゃん」

 私の目の前で倒れたのは、お兄ちゃんだった。

 何がおこったのかわからない私に、強盗は再び銃を向ける。

 二度は通用しない。

花陽「――!」ビュ

 ツルを伸ばし、銃を奪い取った。

強盗「ちっ!」ダッ

 強盗は走り去る。だけどそんなのどうでもいい。

花陽「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」

花陽兄「はな、よ……はは、よかった。間に合ったのか」

花陽「しゃべっちゃだめ、救急車呼ぶから!」

花陽兄「もう、遅い。わかるんだ。自分のことだからな……だから最後に、花陽」

花陽「だめ、だめだよ……」

花陽兄「お前に謝らなきゃな。兄ちゃんらしいこと、何もしてやれなかった。それが心残りで……戻ってきたんだ。忘れ物、取りに来たって言っただろ……」

花陽「そんなこと言わないで……もう最期みたいなこと……言っちゃダメだよぉ……」

花陽兄「いいか花陽、大いなる力には、大いなる責任が伴う。お前だけの強さを見つけるんだ、与えられた運命に惑わされるな」

花陽「うん……うん……だからどこにもいかないで、もう独りはいやだよ、お兄ちゃん……」

花陽兄「お前のそばにずっといてくれたんだろ……友だちが……それに母さんのことも……守ってやって……く……」

 お兄ちゃんはそれきり目を閉じて。

 息をしなかった。

花陽「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」



Chapter.3 END

大いなる力には大いなる責任が伴いノルマ達成しました。
Chapter.4 に続きます。

>>43-44の間に入ります




夜中 小泉家

花陽兄「よお、花陽。こんな時間にどこいくんだ?」

花陽「お兄ちゃん」

花陽兄「あんま母さんを心配させんな。こっそり出て行っても気づいてる」

花陽「……ほっといてよ、アルバイトだよ」

花陽兄「ほっとけるかよ。俺はお前の――兄貴だからな」

花陽「やめてよ! いまさらお兄ちゃんぶらないでよ! 花陽が苦しんでる時、一番そばに居て欲しかったとき、いてくれなかったくせに!」

花陽兄「……」

花陽「一番悲しくてつらいときにお父さんもお母さんも助けてくれなかった、お兄ちゃんは逃げた! 私は……花陽には、もう凛ちゃんしかいなかったんだよ!?」

花陽兄「花陽、お前……」

花陽「だから邪魔しないで」

花陽兄「……花陽。お前、強くなったんだな」

花陽「……!」

花陽兄「妹のことだからな、わかるさ。だけど花陽、それはお前の強さじゃない。借り物だ。だから覚悟も責任もない」

花陽「……」

花陽兄「スクールヒーローとして活動することにも負い目を感じている。だから輪に入っていけない。それはお前の力じゃないから。本当は自分は弱いままだって、もう気づいてるんだろ」

花陽「……うるさい、もう花陽にかまわないでよ」ヒュ

花陽兄「っ、花陽! ……窓から出て行ったか。なんてスピードだ……ったく」

また今晩に続きを書こうと思います。
今更ながら、タイトルは凛ちゃんが言うんだから「にゃめいじんぐ!」にすべきだったと思いました

遅れましたがChapter.4 投下していきます。

Chapter.4


葬儀場

凛「……かよちん」

花陽「どうして」

凛「……」

花陽「どうしてみんないなくなっちゃうの。花陽の大事な人はみんな……お父さんも、お兄ちゃんもいなくなっちゃったよ……」

凛「かよちん、凛はずっとそばにいるよ」

花陽「凛ちゃん……いなくならないで……どこにもいかないで……花陽を独りにしないで……」

真姫(私は花陽に……掛ける言葉がない)

真姫(彼女の気持ちを気遣ってるとか、見守ってあげるだとか。綺麗な言葉で飾ることはできるけど)

真姫(ただ怖がってるだけ。カッコ悪いわね、パパの後をついで、世界平和を実現したいだなんて。大層な夢を掲げてるくせに)

真姫(花陽と凛は幼馴染で、私はただのよそ者。今更割り込んでいくなんて……友だちだなんて……傲慢よ)

真姫(結局私に本当の友だちなんて……できないんだわ)

警察官「この男の顔を知っていますか?」

花陽母「……いいえ」

警察官「でしょうね。他の街からきた流れ者ですよ、我々が必ず捕まえます」

花陽母「お願いします」

花陽「あの」

警察官「どうしました?」

花陽「その手配書、ください」

警察官「どうぞ。――それと、犯人は腕に星形のタトゥーをしています。ご参考までに」

花陽「ありがとうございました」

花陽母「花陽ちゃん、そんなの捨てて。息子を殺した男の顔なんて……二度と見たくないの」

花陽「捨てないよ」

花陽母「花陽ちゃん!」

花陽「お母さんはお父さんがいなくなった時も逃げた。私達に苦しみをぶつけた。だけど私は逃げないよ」

花陽母「……花陽ちゃん……」

秋葉原 高層ビルの屋上


花陽「大いなる力には、大いなる責任が伴う、か……」

 私の責任。それは逃げないこと。この力を使って、正しいことをするんだ。

花陽「気晴らしのためなんかじゃない、悪い人を捕まえるんだ」

 フードを目深にかぶる。

 そして空に身体を投げ出した。

女「た、助けてぇ!」

ゴツい男「へっへへ、もう逃げられねえぜ」

花陽「ねえ、お兄さん。遊ぶなら私にシない?」

ゴツい男「なんだてめえ、俺はチンチクリンには――ゴァ!」バキッ

女「キャー!!!」

花陽「あなたは逃げてください」

女 コクコク

ゴツい男「いきなりなんだてめぇ!」ジャキ

花陽「拳銃……それで私のことも殺すの?」

ゴツい男「何言ってやが――」

花陽「――遅いよ。弾は全部抜いちゃった」チャリンチャリンチャリン

 私は手から"硬化"を地面に落とした。

 地面と激突して生じる金属音。薄暗く視界が悪い状態だと、銃弾が落ちる音と心理的には同じに感じる。

ゴツい男「いつの間に……!」

花陽「嘘だよ――単純だね」ヒュ

 残弾を確認しようとする男の懐に一瞬で飛び込み、顎を殴りつけた。

 下から顎を殴られた場合、簡単に人は脳震盪になる。

 男は倒れこんだ。

花陽「腕に星のマークは……ない、か」

 ハズレだった。だけど悪い人をやっつけた。

 私は間違ってない。これがお兄ちゃんの望み……そうなんだよね?

>>54

>私は手から"硬化"を地面に落とした。

のところ、

私は手から"硬貨"を地面に落とした。

です。

数日後 音ノ木坂学院


凛「かよちーん、今朝のニュースみた?」

花陽「え……何の?」

凛「かよちん最近眠そうだね。眠れないの?」

花陽「ううん。大丈夫だよ」

真姫「前に話したフードのヒーロー、最近秋葉原で通り魔やってるんだって」

花陽「っ……通り魔?」

凛「前は人助けだったのに、最近は人相の似た人を毎晩襲ってるみたいだよ」

真姫「きっと個人的な恨みによる犯行ね。やっぱりヒーローなんて、ロクなもんじゃなかったのよ」

凛「ちょっと真姫ちゃん!」

真姫「なによ、本当のことじゃない!」

真姫「そのヒーロー、人助けなんて全然してないじゃない! 確かに被害者は悪人だったかもしれない、だけどそんな人を傷めつけて楽しんでるだけよ!」

真姫「その人がそんなに強いのなら、花陽のお兄さんだって――」ハッ

真姫「――ごめんなさい、私……」

花陽「ううん、いいよ。そうだよね、その人がもっとしっかりしてたら……」

花陽(私がもっと強ければ、もっとしっかりしてたら。あの男を捕まえてたのに)

花陽(真姫ちゃんの言うとおりだ、もっと私が強くならないと)



夜 秋葉原


チンピラ「ブクブクブク」

花陽「この人もハズれ……もう、秋葉原からいなくなっちゃったのかなぁ」ピポパ

 スマートフォンに便利なアプリを入れた。

 イヤホンジャックにさせる小型の外部アンテナを利用して、警察無線を傍受数する機能がある。

花陽「西のほうでコンビニ強盗……犯人は銃を所持して逃走中……これだ!」

 私はビル街を飛び、すぐに急行した。

花陽「いた、車で逃げてる。あの中に、お兄ちゃんを殺した男が……!」

 車の上に飛び乗った。パンチで屋根を突き破り、男を中から引きずり出す。

強盗「なんだ、これは……てめえ、前の!」

 星のタトゥーを確認するまでもない。

 こいつだ。

花陽「なんで殺した……!」

強盗「なんの話だよ。ああ、あの若い兄ちゃんか、あいつが死んだのは自業自得だろ。お前をかばってしんだ。自分で死んだんだ」

花陽「ふざけないで!」

強盗「ふざけてなんかいねえよ。そうじゃなけりゃてめえのせいだろ。てめえが油断したから撃たれたんだ。あいつを殺したのは、お前だよ」

花陽「……!」

強盗「それに――また油断したな」

花陽「――!」

 BANG!

 男の銃撃に反応して身を捩った。だけど銃弾は脚をえぐる。血が吹き出す。

花陽「あ、ああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 痛いよぉ……こんなに痛いなんて。こんなものがお兄ちゃんの生命を奪ったなんて……!


強盗「そんなに後悔してんなら、今すぐあの兄ちゃんのもとへ送ってやるよ。それが本望だろ?」

花陽「くぅ……!」

 私は手首からツルを伸ばし、強盗の銃を弾き飛ばした。

花陽「うわあああああああああああ!!!」

 がむしゃらにつこんで頭突きを食らわせる。体勢を崩した強盗の上に馬乗りになる。

花陽「絶対に許さない!」バキッバキッ

 そのまま顔面を何度も殴った。ライバーになって強化された力で強盗の顔面は変形していく。

 鼻血は吹き出し、歯が折れる。

花陽「はぁ……はぁ……」

 ツルを伸ばして、弾き飛ばされて落ちた拳銃を拾い上げた。男の額に、それをつきつける。

花陽「選ばせてあげるよ……」

花陽「額は頭蓋骨の一番厚い部分だから、こんな小さな拳銃じゃ即死しないかもね。だけど生き残ってもひどい苦痛があなたを襲う」

花陽「だったらこめかみはどう? でもこめかみは貫通しやすいから、脳に障害が残っても死なないかもしれないね。不自由な身体と頭で生きていきたいならそれでもいいよ」

花陽「口の中からなら――確実に、死ねる。さあ、どれが良いの?」

花陽「――選んで」

強盗「ヒィ……」ガクガク

 男は涙目で失禁していた。

花陽「答えてよ!!!!」

 私は引き金に指をかけた。

???「させません!」

 拳銃が弾き飛ばされる。どこかから飛んできた攻撃――それは、弓矢!?


海未「あなたが連続通り魔事件の犯人ですね! この私、スクールヒーロー"ラブアロー"が相手になります!」

花陽(うそっ、同じ学校の園田先輩……!)

海未「数日前から穂乃果たちと分担で張り込んでいた成果が出たようですね。あなたは能力を悪用している、危険な存在です。穂乃果たちと鉢合わせ無くてよかった」

海未「私が――成敗します」

花陽(逃げなきゃ――でも、ここで逃げたらこの男は――)

 ――逃げない。

 そう決めたんだ。

 お兄ちゃんの敵をとる。悪い人をやっつける。この力を、正しいことに使う。そのために。

 この人と、戦うんだ。

海未「逃しませんよ!」バシュバシュ

 園田先輩が矢を連続で放ってくる。正確無比な攻撃。私はギリギリで交わすので精一杯だった。

花陽(脚が……)

 銃弾が中に入ったままだと再生しづらい。

花陽「こうなったら……うっ、ぐぐぐ具うううううううううううううううううううう!」

海未「あなた、何を――!」

海未(銃弾を自分で取り出している……、銃創に繊維をねじ込んで……)

花陽「はぁ……はぁ……とれた!」

 急いで脚にあいた穴を縫い付け、応急処置をする。

 大丈夫、冷静になるんだ。私はツルを使って移動できる、脚が片方使えなくても機動力は失わない。

 この人は弓矢使いだ。得意な中遠距離戦を封じて懐まで飛び込めば私のスピードで……!

海未 バシュバシュバシュバシュ

花陽(来た! 一瞬で正確な矢の四連発、すごい技術、だけど……!)

 私は繊維を射出して2本の矢を撃ち落とし、残り二本をかわした。

花陽「まだっ!」バシュ

 通り過ぎた矢を繊維で絡めとり、

花陽「いっけぇ!」

 園田先輩こと"ラブアロー"に向かって投げ返した。

海未「っ!」

 園田先輩は反応してかわした。

花陽(今の反応速度、たぶん私のほうが速い――接近戦なら勝てる!)

 怯んだ隙にツルを伸ばして、一気に接近した。

海未「――甘いのですね」

花陽「え――っ」

 くるん。

 私の視界が反転していた。

 いつのまにか、私の身体はアスファルトの地面にたたきつけられていた。何がおこったのかわからなかった。

海未「武芸百般――弓矢は武器の一つでしかありません。目の前の相手を侮りましたね」

 そうか、いまのは合気か柔術の技。

 知っていたはずなのに。園田先輩は武芸百般と言われるほどの達人。弓道だけじゃない、実家で古武術も修めてるんだって。

 一年生には園田先輩のファンがいて、その人達に聴いたことがあった。なのに……私は冷静さを失っていた。

 負けたんだ……。

海未「そのフード、あなたの顔を見てあげましょう」

 園田先輩が私のフードに手をかけ、そして――

海未「あなたは――!」



海未「――小泉、花陽……?」



Chapter.4 END

Chapter.4 は短いですがここで終わりです。
Chapter.5 に続きます。

Chapter.4 投下していきます。

Chapter.5


数年前 雪の日

凛「かよちん、どうしたのこんな時間に」

花陽「り、りんちゃん……どうしよう」

花陽「うちの物置の床下で……猫の赤ちゃんが生まれたみたいなの」

 あの冬の日。

 私と凛ちゃんは5匹の子猫を見つけた。

 出会った小さな生命を守ろうと思った。打算とか、先のこととか、何も考えてなかった。

 だけど――

 助かったのは3匹だけだった。

医師「猫アレルギーです」

 しかも、凛ちゃんはアレルギーで猫を飼うことができなくなった。

 うちの家も、おばあちゃんが文鳥を飼ってるから飼えなかった。

凛「かよちん、りんね……ヒーローになりたかったんだ。かよちんがいつも言ってるみたいな。優しくて、小さな生命を守れる人に」

花陽「凛ちゃん……」

凛「でもダメだったよ。えへへ、難しいね。マンガみたいにうまくいかないな」ぐすぐす

花陽「あのね、凛ちゃん。猫ちゃんの飼い主になってくれる人、一緒に探そう?」

凛「飼い主さん?」

花陽「私たちは飼えなかったけど……他のおうちなら猫ちゃんをもらってくれるかも」

花陽「近くで飼ってくれたら、きっとまた会いに行けるよ」

凛「っ……かよちん!」

 凛ちゃんは私にとびついてきた。

凛「よーし、かよちんと凛がママとパパになっていいおうちをさがしてあげよう!」

花陽「うん!」

凛「いっくにゃー!」

 それから凛ちゃんは、猫ちゃんみたいにしゃべるようになりました。

凛「……ねえ、かよちん。ありがとね。凛を守ってくれて」

花陽「そんな、花陽なんて」

凛「ううん、誰がなんて言おうと、やっぱりかよちんは凛にとっての――」

現在 穂乃果の部屋


花陽「――あれ、ここは……?」

ことり「あ、眼が覚めたんだ。穂乃果ちゃーん、海未ちゃーん!」

ガチャ

穂乃果「おー、花陽ちゃん! よかった、ちゃんと起きて安心したよー。また海未ちゃんがやりすぎたのかと」

海未「穂乃果、私は加減を誤るほど未熟ではありません」

穂乃果「冗談だよぉー冗談」アハハ

花陽「あの、私……どうして」

穂乃果「あ、ごめんね。びっくりしたよね、ここは私の部屋だよ。よく三人で集まってるんだー」

海未「あなたを気絶させてから、一番近場だったのでここに運びました」

花陽「そっか、私……負けたんだ」

海未「……」

穂乃果「ねえ、花陽ちゃん! スクールヒーローに入らない!?」

花陽「えっ」

穂乃果「花陽ちゃん、ライバーだったんだね。だったら一緒にやろうよ!」

花陽「え、ええ……!」

ことり「ふふっ、穂乃果ちゃん。花陽ちゃん困ってるよ。ごめんね、いつもいきなりだから」

ことり「だけど私も花陽ちゃんに仲間になってほしいな」

花陽「……いいんですか。私、ヒーローなんて向いてないと思います」

花陽「捕まえなきゃいけなかった犯人を取り逃がして、園田先輩には完敗して……そんなのヒーローじゃないです」

穂乃果「……ねえ、花陽ちゃん。話してくれないかな。どうしてあの人を探してたのか。どうして毎晩悪い人をやっつけてたのか」

花陽「……はい」

 私はいままでの経緯を話した。ここまできて、隠しておく意味なんてなかった。

 研究所で新種のお米を食べたら後天性のライバーになったこと。

 能力を試しているなかで、私の失敗でお兄ちゃんを死なせてしまったこと。

 お兄ちゃんを殺した人を探していたのに関係ない人に暴力をふるって、やっと見つけた犯人まで取り逃がしたこと。

穂乃果「……辛かったね、花陽ちゃん」

花陽「高坂先輩……?」

 高坂先輩は私を抱きしめてくれた。

 なんだかあたたかかった。それは、ずっと忘れていたあたたかさだった。辛い時、苦しい時、お母さんは私を抱きしめてくれなかった。

 誰かの胸の中で泣くこともできなかった。

花陽「うっ、うう……うあああああああああああああああああああああああああ」ポロポロ

穂乃果「もう一人じゃないよ……大丈夫」

花陽「ありがとうございました。今日はこれで失礼します」

穂乃果「花陽ちゃん。スクールヒーローの話、本気で考えといて」

ことり「花陽ちゃんは自分じゃダメだって言ったけど。本物のヒーローなら私達もきっと失格。だけどスクールヒーローなら、やりたいって気持ちがあればできる!」

海未「小泉さん。私は二人みたいに優しくはありません。ですが、拒むこともしません。あなたの意思に任せます」

花陽「はい。私、考えてみます。これまでのこと、これからのこと」

穂乃果「私達、朝は神社の前で練習してるからね! 放課後は屋上だから、気が向いたら来てよ!」

ことり「花陽ちゃんの衣装、すぐに着られるようちゃんと用意しておくからね」

花陽「……はい、失礼します」

 ひとりじゃない。か。

 ずっと私はひとりだった。となりには凛ちゃんがいてくれた。だけど今の私は、凛ちゃんに隠し事をしている。

 きっと私は、自分から一人になったんだ。そんな私が、あの人達と一緒にいていいのかな。

 誰かと仲間になっていいのかな。

音ノ木坂学院


真姫「ねえ、花陽。あなた週末暇?」クルクル

花陽「え、うん。暇だよ」

真姫「じゃ、じゃあ……その……」///

凛「あー、真姫ちゃんズルいにゃー。かよちんとデートしにいこうとしてるでしょー!」

真姫「ヴェェ! 違うわよ! ただうちの会社の新製品完成披露パーティがアキバであるから一緒にいこうと思って!」

花陽「いいの?」

真姫「いいのよ。重役のオジサンたちと話しててもつまらないもの。それと……凛、あなたも……よかったら……」///

凛「凛もいいの!?」

真姫「べ、べつに来たくないならこなくても」

凛「行く行く、いくよ! 真姫ちゃーん、赤くなってかわいいにゃー!」

真姫「ちょっと凛!」テレテレ

秋葉原 西木野コープ 会議室


重役1「よく来たね、西木野社長」

西木野父「こんな時に私を呼び出して、何の用ですか」

重役2「簡単なことだよ。週末の新製品完成披露イベント。その相談だ」

西木野父「その件に関してはすでに決定したはずですが。私の"ワンダフル・ラッシュ"の成果をご覧にいれると」

重役1「それでは遅すぎたのだよ、社長」

重役2「スポンサーはすでに君への信頼を失った。我々も君の秘密主義にはうんざりしていてね、そこで君の"後任"を用意した。入りたまえ、統堂くん、入りたまえ」

統堂「はじめまして、統堂と申します」

重役2「彼は遺伝子工学とロボティクス分野の天才でね。君の研究と平行して我々と"UTX"で共同して進めていたプランがあるのだよ」

西木野父「プランだと……私に黙ってですか。"UTX"……まさか」

統堂「お察しのとおりですよ、西木野先生。"モーメント・リング"計画の一貫として進行していたプロジェクトA-RISE――入りなさい、英玲奈」

英玲奈「ハイ」ツカツカ

統堂「ご紹介します。皆さん、これが私の"娘"にして"最高傑作"。人造ライバー"統堂英玲奈"です」

西木野父(プロジェクトA-RISEだと……完成していたのか)

統堂「あなたのように後天的に進化させる手法では個人因子が大きすぎる。特に精神への影響は抑制できない。だからライバー因子に適合する人間を一から作ってしまえばいいのです」

統堂「この統堂は私の遺伝子を元にライバー因子に適合するよう改良し、さらにライバーのパワーに肉体が耐えられるよう一部機械化しています」

統堂「脳に埋め込んだ制御チップにより行動は完全に抑制されています、あなたの理論と違い、100%安全です」

統堂「あなたの時代は終わったんですよ、西木野先生」

重役2「統堂くんが説明したとおりだ。次の発表会では統堂英玲奈の発表を中心に行う」

重役1「この発明が世界を変える――鈍い君にでももう理解できるな。彼女の遺伝子サンプルと内蔵兵器は再現性があり量産可能。これは戦争を根本から変えるのだ」

西木野父「私は世界平和のために研究を続けてきた……そんな使いみちを認めるわけにはいかない」

重役2「君がどう言おうと無駄だよ。言ったはずだ、統堂くんが君の後任だと」

重役1「役員会議により今日付けで君はクビになった。これからの西木野コープは"UTX"傘下となり、統堂社長の新体制下で再スタートをとげる」

統堂「さようなら西木野先生、もう会うこともないでしょう」

 バタン

西木野父「……クッ」

西木野父(俗物どもめ。どいつもこいつも……目先のこと、金のこと。くだらんことにこだわって魂を汚し続ける)

西木野父(小泉だけは、あの男だけは違った。だがもう小泉はいない。私の過ちのせいで……私がやらなければならないんだ。奴の理想を……世界平和を――)

 ――私が成し遂げる。


週末 秋葉原 西木野コープ新製品発表イベント会場


花陽「はむっ、はふっはふっ!」

凛「かよちん嬉しそうだにゃー」

真姫「花陽ってけっこういっぱい食べるのね……」

凛「凛はそんなかよちんも好きにゃー」

 能力を得てから、私は前よりもずっとエネルギー消費が激しくなって、お腹がすくようになっていた。

 ツルのをはじめとして手からだから植物を出したり、傷を再生したりするとそれ相応のエネルギーを消費する。

 その分は食べて回復しないといけないらしい。

凛「あれ、何か始まるみたいだよ」

真姫「パパの研究発表よ!」

凛「真姫ちゃんが目を輝かせてるにゃー」

凛「凛はそういう真姫ちゃんもかわいいと思うよ」

真姫「カラカワナイデ!」

会場ナレーション【では、本日のメインイベント。西木野コープの新たな技術を発表いたします!】

真姫「パパ――えっ……?」

統堂【本日の発表は、新社長となった私からさせていだたきたいと思います】

真姫「どういうこと……?」

凛「真姫ちゃんのお父さんはどこ?」

真姫「新社長って……私聞いてない。パパ、パパはどこ……」

統堂【ではご覧にいれましょう、私の娘にして世界初の後天的"ライバー"統堂英玲奈!!】

 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

英玲奈【ヨロシクオネガイシマス】

統堂【英玲奈、力を見せてあげなさい】

英玲奈 コクリ

 英玲奈さんは目の前に置かれた分厚い鉄板を、パンチ一発で砕いた。

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

統堂【ライバーの能力はすべての人に平等に分け与えられることになる。我々西木野コープが世界の未来を変えるのです!】

 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 会場が湧いた。

真姫「嘘……そんなことが……」

花陽(あれ、何か違和感が……)バチッ

凛「あそこ、見て、飛行機!」

 凛ちゃんの指差した先を見る。天井が開いているイベント会場からは、空がよく見えた。

花陽「あれは飛行機じゃない――人だよ!」

凛「何言ってるにゃかよちん、人があんなスピードで飛んで来るはずが……」

???「ハーッハッハッハッハ!!!!」

 ミテヨ アレナニ ナニカトンデクルゾ

???「ふはははははははは!!! 統堂、貴様の新体制も一日で終わりにしてやろう!」

 高速で飛来した人――人造の翼を広げ、ブースターで推進してくる謎の人物。

 それが手から何かを投げてきた。球体の物質。それをコーポの重要人物が集まる壇上に――

 私はピンときた。

花陽(ば――爆弾!?)

花陽「にげ――!」

 チュドオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!

 だけど――間に合わなかった。

 強烈に圧縮されたエネルギーが壇上の人たちを一瞬で消し炭に変えてしまった。


統堂「くっ……何だアレは」

英玲奈「ゴブジデシタカ」

統堂「英玲奈……フォースフィールドで防いだか。さすが私の最高傑作」

???「最高傑作だとぉ?」

統堂「何者だ貴様……そのマスクとスーツ、西木野研究所で試作されていた……!」

???「俺は"ダイヤモンドプリンス"! 貴様の傑作とやらをブチこわしに来た!」

統堂「英玲奈、やれ!」

英玲奈「ハイ」

ダイヤモンドプリンス「俗物が」

 ダイヤモンドプリンスと名乗った人物は英玲奈さんの攻撃を軽々とかわした。

ダイヤモンドプリンス「さっきの爆撃でダメージがあったんだろぉ? 動きがにぶいぞ、お人形さん?」ブシュ

 すれ違いざまに英玲奈さんの首に何かを撃ち込んだ。

英玲奈「ッ! ……ガ、ガガガガ」バチバチ

ダイヤモンドプリンス「制御チップを破壊した。これでただのお人形だなぁ……ククク」

統堂「くそっ、くそっ……私は死ぬわけにはいかない。私は天才だぞ、世界の損失だ……!」

ダイヤモンドプリンス「そうやって命乞いをしてきた奴らを、あんたは何人地獄に落としてきた?」

ダイヤモンドプリンス「終わりだ」

花陽「やめてええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 私はダイヤモンドプリンスの身体に飛び込んだ。

 タックルをくらわせてもビクともしない。

花陽「くっ……!」

 凛ちゃんと真姫ちゃんは先に避難してもらった。パーカーを着て、今の私は――

 ううん。もういいんだ。ヒーローになんてなれなくてもいい。

 ただ、ここには凛ちゃんがいる。真姫ちゃんがいる。

 目の前で倒れている統堂さんという人がどんな人なのかは知らない。

 だけど、守りたいと思った。傷ついてほしくなかった。

 ただ、そこにいて欲しいと思った。いなくなってほしくなかった。

 そう思ったら、自然と身体が動いたんだ。

 だから私――もう逃げない!

花陽「私が……私がみんなを守る!」

Chapter.5 END

これにてChapter.5 は終わりです。なんか最初Chapter.4 とか言ってましたが気にしないでください。
最初の雪の日のエピソードはSIDのやつです。ちょっと改変してますが。
Chapter.6 に続きます。

Chapter.6 投下します。

Chapter.6


秋葉原 西木野コープイベント会場


 ザワザワザワ

凛「はぁ、はぁ……真姫ちゃん、こっち!」

真姫「わかってるわよ!」

凛「……あれ、かよちんは!?」

真姫「さっきまで一緒にいたのに。きっとはぐれたのよ!」

 怪人物の乱入。爆弾テロ。そして火災。会場は煙に包まれ、倒壊が近づいていた。

 会場は大混乱の渦に巻き込まれていた。警備員の誘導に従うものはいない。列がなされないまま、人混みの動きは緩慢だった。

凛「探しに行かないと!」

真姫「待ちなさい!」ガシッ

凛「離してよ! かよちんがいないと凛は……!」

真姫「バカ! 火事の中に飛び込めば死ぬのは凛のほうよ!」

凛「でも……でも……」

真姫「大丈夫」ガシッ

 真姫は凛を抱きしめた。

真姫「花陽は強い。凛なら知ってるはずでしょ、ずっと一緒だったんだから」

凛「うん……」

 なんとか凛は納得したようで、避難の波にのって二人は進む。

真姫(欺瞞よ、こんなの)

真姫(生命を危険にさらしてでも助けに行く。確かに愚かだけど、それが本当の友だちってもんでしょ)

真姫(なに冷静ぶってんのよ、私。花陽が危ないかもしれないのに……なんで助けに行かないのよ)

真姫(結局自分が助かりたいだけだ。やっぱり私……)

 ――ひとりきりなんだ。


西木野コープ 発表会ステージ


花陽「……」

ダイヤモンドプリンス「……」

 炎に包まれたステージで私と"彼"は向かい合っていた。

 宇宙服のような、軽量ながら堅牢なアーマーに身を包んだ仮面の男。

 間違いない、コミックで見た。これが本物の"ヴィラン"なんだ。ヒーローが戦うべき"敵"なんだ。

ダイヤモンドプリンス「みんなを守るとか言ったな」

花陽「……それが、どうしたんですか」

ダイヤモンドプリンセス「欺瞞だな。全てを守るというのならば、世界平和くらい実現してみせろ。それができないから、こうやって小さな世界で力を振るう。所詮、スクールヒーローなど自己満足だよ、小娘」

花陽「そうかもしれません。……それでも嫌なんです。目の前で苦しんでる人を、放っておけないんです」

ダイヤモンドプリンス「いいだろう、力を試してやろう」ヒュ

花陽(消えた!?)

ダイヤモンドプリンス「こっちだ」

 消えたと思った敵は背後から現れた。

花陽「――っ!」ガッ

ダイヤモンドプリンス「ほう、ガードしたか、良い性能だな」

花陽「それだけじゃありません――!」グイ

ダイヤモンドプリンス「――!?」

ダイヤモンドプリンス(腕に繊維が絡みついている、いつのまに――)

花陽「たああああ!!」ガゴッ

 繊維で引き寄せた相手に、顎を狙った膝蹴りを叩き込んだ。

 装甲は破れなくても衝撃なら通るはず、脳に衝撃を与えたら意識がもうろうとして有利になるかもしれない。

ダイヤモンドプリンス「……くくっ、それだけか? 反応速度とスピードはあるが、パワー不足だな」

花陽(全然効いてない!)

ダイヤモンドプリンス「今度は……こっちからいくぞ」

 ダイヤモンドプリンスは私の肩を掴み、床に叩きつけた。

花陽「ッ――!?」

 全身がバラバラになるような衝撃。


ダイヤモンドプリンス「終わりだ」

 倒れた私をもう一度持ち上げ、ダイヤモンドプリンスは私の身体を放り投げた。

花陽(このままだと炎の中に――)バシュ

 燃え盛る炎の中に落ちる前に、繊維を射出した。壁に張り付いて難を逃れる。

ダイヤモンドプリンス「どうした、威勢のいいことを言って、逃げるのが精一杯か?」

花陽「くっ……!」

 「だれか助けて!」

花陽「――!?」

 どこかから聞こえてきた声。

 その方向を見ると、小さな女の子が一人逃げ遅れて会場の中に取り残されていた。

 もう女の子の4方を炎が取り囲んでいる。

ダイヤモンドプリンス「面白い、貴様がヒーローだと言うのなら、あの子どもを救ってみせろ」

花陽「何を……!」

ダイヤモンドプリンス「お前と遊んでいる暇はもうない。さよならだ、ヒーロー」ガシャ ポイ

 ダイヤモンドプリンスは爆弾のスイッチを入れ、女の子のいるほうに放り投げた。

花陽「そんな……!」ダッ

 考える前に身体が動いていた。

 全速力で走る。

花陽(間に合え――!)

 爆弾を拾い上げ、どこでもいい、できるだけ遠くに放り投げた。

 チュドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!

 その直後、爆音と光が会場じゅうを覆った。

花陽(間に合っ――)

 ――しかし、その衝撃で崩れかかった会場がいよいよ完全に崩壊を始めた。

 砕けた壁が倒れこんでくる。丁度女の子が立ち尽くす、その真上に。

女の子「だれか、たすけ……!」

花陽「大丈夫だよ」

 私は女の子を抱きしめた。

 大丈夫。

 絶対に私が守るから。

 この生命にかえても。

 きっと私は、そのために能力を手に入れたから。

 大量の瓦礫が降り注いでくる。女の子に覆いかぶさるように、私はかばった。

 これだけの重量に、火災。きっと私は耐えられないだろう。だけどこの子だけは――

花陽(この子だけは――助ける!)


 抱きしめる手に、ぎゅっと力が入る。

 ――その時。

花陽「……えっ」

 落ちてこない。瓦礫も、倒れた壁も。

 「無事だった?」

花陽「あなたは……先輩!?」

穂乃果「遅くなったね、花陽ちゃん」

 高坂先輩はその背中で倒れてくる壁を支えていた。

 壁も瓦礫も燃えている。なのに全然こたえていないみたいに笑っていた。

花陽「どうして……ここに」

穂乃果「あたりまえだよ。だって私達、スクールヒーローだもん!」

花陽「それって――」

海未「私達もいます!」

ことり「チュンチュン!」

花陽「園田先輩、南先輩!」

海未「ことりは二人の手当を、穂乃果は引き続き逃げ遅れた人の救助をお願いします」

ことり「海未ちゃんはどうするの?」

海未「私は"敵"を追います」

西木野コープ 会場裏


ダイヤモンドプリンス「ふぅ、見かけによらず重いな。機械化部品の軽量化が必要か。統堂め、口程にもない」ズルズル

英玲奈「……」

ダイヤモンドプリンス「だがこの人形は使える。新たな制御チップを使えば役に立つはずだ」

海未「そこまでです!」

ダイヤモンドプリンス「何者だ!」

海未「スクールヒーロー"ラブアロー"。その人質を開放しなさい。さもなくば――」ギリッ

 弓を構える海未。

ダイヤモンドプリンス「またヒーローか。ククク、しかし人質とはな。こいつはただの人形だ。人じゃない」

海未「戯れ言を」

ダイヤモンドプリンス「戯れ言は貴様らのほうだろう、スクールヒーローなどという子どもの夢を、いつまで見続けるつもりだ」

海未「……子供の夢、ですか」

ダイヤモンドプリンス「貴様らライバーは力の使い方をわかっていない。だから小さな世界で自己満足だけを求める。才能の大いなる浪費だ」

海未「……いいえ、違いますよ。叶えるのは自分の夢だけではありません」

ダイヤモンドプリンス「なに……?」

海未「みんなで叶えるのです。そう言ってくれた人がいるから――私は迷いません」

ダイヤモンドプリンス「くだらんな。貴様には遊びの時間も与えん。本気で片付けてやろう」

海未「来なさい!」


西木野コープ イベント会場内部


穂乃果「ぶえっくしゅ!」

ことり「穂乃果ちゃん、大丈夫?」

穂乃果「うん、煙を吸っちゃったかも」アハハ

ことり「大変、治療しなきゃ!」

穂乃果「私は大丈夫! それより花陽ちゃんと女の子を……」

ことり「それならもう終わったよ!」

花陽「……すごい」

 私は自分の身体を見る。さっきの戦いのダメージが全く残っていない。

 むしろふだんより体調が良いくらいだった。

穂乃果「ことりちゃんの"治癒(ヒーリング)"能力はさすがだねぇ~」

ことり「穂乃果ちゃんのほうこそすごいよ! 瓦礫を全部どかせて逃げ遅れた人全員助けちゃうんだから!」

花陽「……」

 私は見ていた。

 二人は本当にすごかった。眼にも止まらないスピードと怪力と、異様なまでの頑丈さで瓦礫を弾き飛ばし、倒壊する建物の中で人命救助を行った高坂先輩。

 そして私と女の子のやけどや擦り傷、打撲症を、手をかざすだけで直してしまった南先輩。

 二人とも、きっと私とはレベルが違う能力者だった。

花陽「そういえば、園田先輩は……」

ことり「大丈夫だよ、花陽ちゃん」

花陽「でも、今回の相手は強敵なんです、園田先輩がどれだけ強くても……!」

穂乃果「海未ちゃんなら大丈夫だよ!」

ことり「うん。海未ちゃんが戦って負けるなんて、考えられない。相手がどれだけ強いライバーだとしても――」

西木野コープ 会場裏


海未「そこですっ!」バシュバシュバシュ

 連続で三連射。

ダイヤモンドプリンス「確かに大した技量だ、だが!」カンカンカン

海未(スーツに弾かれた。生半可な強度ではない……ならばっ!)バシュ

ダイヤモンドプリンス「――ッ!」パシッ

 関節部を狙った矢を腕で振り払うダイヤモンドプリンス。

 すさまじい反射神経だった。並みのライバーを遥かに超えている。

ダイヤモンドプリンス(カーボンファイバーのアーマー部を貫通できないと悟るや否や、強度の低い関節部への攻撃に切り替えたか)

海未「まだまだ!」バシュバシュバシュバシュバシュ

 今度は5連射。全て関節部を狙っている。

 だが弱点がはっきりしている分、狙いは読みやすい。

 ダイヤモンドプリンスはアーマー部を盾に、あえて前進して受け止めた。

海未(弓では決定打にならない――来る!)

 凄まじいスピードで接近してきたダイヤモンドプリンスは、高速の拳を繰り出した。

海未「くっ!」ヒュ

 ドゴッ!! ガラガラ……

 高硬度のガントレットと強化された筋肉による拳はアスファルトの地面を砕く。

 まともにくらえば頭蓋骨ごと脳が飛び散ることになるだろう。

 しかし、海未の反応速度では反撃に転じることはできない。さらに繰り出された二撃目から逃れるだけで精一杯だった。

海未「はぁ……はぁ……」

ダイヤモンドプリンス「貴様――その反応速度。"ライバー"ではないな?」

海未「……答える義理はありませんよ」

ダイヤモンドプリンス「肯定と受け取った。これ以上続ける意味は無い。普通人が首を突っ込むレベルをもはや越えている」

ダイヤモンドプリンス「いまなら見逃してやる」

海未「……ふふふ、舐められましたね、私も」

海未(そう、私はライバーじゃない。ただの人間です)

海未(しかし……だからと言って諦めるわけにはいかないんです)

海未(私は私の大切な人を守るために――穂乃果もことりも守るために)


海未「やめませんよ」

 海未は妙な構えをとった。

 ダイヤモンドプリンス――西木野の知識にも少しある。それは古武術の構えだ。

ダイヤモンドプリンス(だが今更武術がなんになる、ライバーでもない無能力者が――!)ビュン!

 ダイヤモンドプリンスは高速移動して海未にしかけた。

 左から攻撃すると見せかけて背後に回るフェイント。

海未「甘い」パシッ

ダイヤモンドプリンス「なっ――!」

 拳を手のひらで受けられた――

 その瞬間――ダイヤモンドプリンスの身体がいつのまにか空中で一回転していた。

海未「はっ!」

 宙に浮いた相手の喉を狙って手刀をつきいれる海未。

 アーマーの薄い部分を的確に狙った攻撃だった。

ダイヤモンドプリンス「ガハッ!」

 ダメージをくらいながらも、なんとか姿勢をとりもどし着地するダイヤモンドプリンス。

 がむしゃらに腕をふるい、攻撃する。当たれば終わりなのだ。当たりさえすればパワーの差で骨が砕ける。

 そのはずなのだ。

ダイヤモンドプリンス(なぜだ、なぜ当たらん!)ブンブン

海未「心を落ち着かせて、水のように――海のように」

 海未の動きが一瞬だけ止まった。

 ダイヤモンドプリンスの動体視力がそれを見逃さない。

ダイヤモンドプリンス「もらった!」

 その拳は正面から海未の胸部を捉えていた。

 そのまま進めば、肋骨ごと胸を釣らぬき、心臓を潰すことができる――その瞬間。

海未「ふぅ――」

 海未は――脱力した。

 そしてゆっくりと指を一本、胸の前につきだした。

 ダイヤモンドプリンスの打撃と、正面から激突する。

 ぴたり――指に触れた瞬間、拳が止まった。

 音もせず、ただ静止したのだ。


ダイヤモンドプリンス「なっ――っ」

 つぎの瞬間、海未の周囲の地面が弾け飛んだ。

 まるでダイヤモンドプリンスの拳の衝撃が、全て地面に逃げたかのように。

ダイヤモンドプリンス(なんだ――これは!)

海未「はぁー!!」

 そこに生じた隙。そこに海未の掌打がクリーンヒットした。

 最も防御力の高い胸部アーマー。しかし――

ダイヤモンドプリンス「がっ!」

 吐血。

 胸部へのすさまじいダメージが循環器まで届いたのだ。

ダイヤモンドプリンス(何が、何が起こっているのだ……アーマーにはダメージがない、なのに……!)

海未「終わりです――」

ダイヤモンドプリンス ゾクッ

 ダイヤモンドプリンスは恐怖した。目の前の少女に。

 ライバーではない。能力がなく、身体能力も普通の少女がひたすら鍛え上げた――その程度の相手に。

ダイヤモンドプリンス(こんなところで、こんなところで世界平和を諦めるわけには――イカンのだ!)ボゥ!!!

 ダイヤモンドプリンスは背中に収納していた小型ブースターを点火した。

 一気に海未から距離を離し、倒れていた統堂英玲奈を回収する。

海未「待ちなさい!」バシュバシュ

 弓矢を撃ってくるが、もはや二,三発くらおうが気にしない。とにかく今は逃れるのが先決だった。

 奇妙な戦闘能力の持ち主だが、初戦は非ライバー。脚も遅いし空も飛べまい。

 ダイヤモンドプリンスはグライダーを広げ、そのまま上空に逃れた。

海未「取り逃がした……まだまだ鍛錬が足りませんね、私は」


穂乃果「おーい海未ちゃーん!」

ことり「うみちゃー」

海未「穂乃果、ことり! それに……小泉花陽」

穂乃果「海未ちゃん大丈夫だった?」

海未「誰に言っているのですか」

穂乃果「そうだよねー。でも逃げられちゃったみたいだね。穂乃果が今から走ったら追いつくかな?」

海未「いえ、深追いはやめておきましょう。追いつめられたら何をしてくるかわかりません」

花陽「あの……園田先輩」

海未「何ですか?」

花陽「私を……」


花陽「私を、強くしてください!」

花陽「もう誰かの傷つく姿を見たくないんです、悲しい顔をして欲しくないんです!」

花陽「私、みんなを守りたいんです!」


海未「……覚悟は、できたのですね」

海未「私は厳しいですよそれでも耐えるというのなら――明日の朝から、神社の前に来てください」

海未「歓迎しますよ……花陽」



 Chapter.6 END

Chapter.6 終わりです。Chapter.7に続きます。
Chapter.9 くらいで終わりたいけど無理かもしれない。

レスありがとうございます。Chapter.9で終わろうと思っているのは「アメイジングかよちん1」のことで、たぶん伏線回収できないので「アイメイジングかよちん2」につなごうと思ってます。
なので一旦終わっても続くと思います。まあ、「1」も思ったより長引いてるのでうまいこと終われるのか、自分でもわからないのですが。

とにかくChapter.7 投下していきます。

Chapter.7


早朝 神田明神


海未「鍛錬を始めるに言っておきますが、花陽。あなたはすでにじゅうぶん強いです」

花陽「で、でも」

海未「最後まで聴いてください。強いと言っても、それは能力面に関することです。身体能力、特殊能力、それに戦闘技術」

ことり「そういえば花陽ちゃんって結構戦いがうまいよね」

穂乃果「そうそう、戦闘巧者ってやつかな!」

ことり「穂乃果ちゃん、難しい言葉知ってるね」

穂乃果「前に漫画で読んだんだ」エヘヘ

海未「コホン……まあ、そういうことです。あなたは戦闘の基礎ができていますし、技術力も問題ありません。どこかで戦い方を習ったのですか?」

花陽「えっと、お母さんに……ヒーローになるのが夢だったから、私たちにもそうなってほしいからって」

海未「そうだったのですか。そのおかげだと思いますが、あなたは人体の急所も意表をつく駆け引きもすでに持ちあわせています」

海未「加えて、ライバーとしての身体能力もかなり高いと思います。特にスピードと身のこなしは大したものです。並みのライバーでは太刀打ち出来ないでしょう」

海未「そんなあなたがなぜあの"ダイヤモンドプリンセス"に勝てなかったのか……」

海未「それは――覚悟です」

花陽「覚悟……?」

海未「あなたはまだためらいがありますね。誰かを守るという目的を得た今でも、他人を傷つけることをためらっている。だからあなたの強みであるスピードも殺されている」

花陽「それは……たしかにそうかもしれません」

海未「未熟ながら武術を修めた経験から言わせてもらいますと、その弱点を解消するためには"強くなる"しかありません」

穂乃果「ちょっと海未ちゃん、それどういう意味?」

海未「穂乃果は口を挟まないでください……ややこしくなりますから」

穂乃果「えー!」

海未「はぁ……穂乃果でもわかるように説明します。つまり、"武"とは相手を殺すだけではなく、活かすためのものであるということです」

海未「"武"とはすなわち、自分の持てる力を極限までコントロールすることに他なりません。花陽、あなたは他人と、特に強い敵と戦う時、無意識に力をセーブする」

海未「本気でやりあえばどちらかが死んでしまう。どうせ死ぬのなら、相手よりも自分の方がいい。そう思ったのではありませんか?」

花陽「それは……わからないです」

海未「自分でもわからない、無意識化のことかもしれません。しかしその優しさが自分の首を絞めている。花陽、あなたに必要なのは他人を傷つける覚悟です」

花陽「でも、人を傷つけるなんて、もう私は……」

 思い出す。

 お兄ちゃんの復讐にとらわれて、人を傷つけようとしていたこと。

 あのときは園田先輩にとめてもらえた。だけど次にそうなるかどうかはわからない。

海未「花陽、人は生きているだけで誰かを傷つけます。ライバーも人間も関係ありません、本来私たちは暴力的な存在なのです」

海未「その暴力を認めながら、一生つきあっていかなければならないのです。生きるとは、そういうことなのです」

海未「だからこそ、他者よりも強い力を得たものは責任を持つべきなのです」

花陽「力の……責任」

 大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 お兄ちゃんはそういった。いまでもそのほんとうの意味はわかっていない。

海未「あなたには自分の力をコントロールする術を教えます。しかし私にはあなたに教えられることなどもうありません。あなたの能力はすでに私よりも遥かに高みに有る。私にできるのは……あなたと戦うこと、それだけです」

花陽「え、ええ!?」

海未「私は手加減しません。あなたのほうが力は上なのですから、あなたが本気になれば私を簡単に倒せるでしょう」

花陽「でも、それじゃ園田先輩が!」

海未「私はそれほどヤワではありませんよ。それに心配するべきは――」ギリリ

 園田先輩は弓を構えた。

花陽「――っ!」

海未「――自分の身のほうです!」バシュ

花陽(園田先輩は本気だ、だったら私だって――)

音ノ木坂学院 一年生教室



花陽「ふえええええええええ、つかれたよおおおおおおお」

 結局コテンパンにされてしまいました。

凛「かよちんどうしたの? やっぱり昨日の事故で怪我したんじゃ……」

花陽「ううん、大丈夫。ちょっと今朝、運動してて……」

真姫「運動? ダイエットならやりすぎるのは健康に……いや、花陽には必要かも」

花陽「ちょっと真姫ちゃん~」

真姫「花陽って以外に大食いなのね」フフッ

花陽「はずかしいよぉ~」///

真姫「友だちのそういう一面が見えるのって、嬉しいわ」

花陽「……」

真姫「なによ、じっと見て」///

花陽「真姫ちゃんって、やっぱり笑顔が素敵」

真姫「なっ、何言ってんのよ! イミワカンナイ!」

花陽(そっか、私……)

 こういう笑顔を、守りたいんだ。

放課後 音ノ木坂学院 屋上


花陽「お願いします!」

海未「やるきまんまんですね、いいでしょう。かかってきなさい!」

 ドカ バキ ドカ バキ モミモミ ズガガガガガガガガ ポヨン

穂乃果「おーこういう展開スポコン漫画で読んだことある!」

ことり「穂乃果ちゃん、お茶飲む?」

穂乃果「ありがとー」ゴクゴク

穂乃果「それにしても、花陽ちゃんがんばるねぇー。まさか海未ちゃんのしごきに本気でついていく人がいるなんて思わなかったよ」

ことり「穂乃果ちゃん、嬉しそう」

穂乃果「そりゃそうだよー。私たちにやっと後輩ができるかもしれないんだよ?」

ことり「そうだね。花陽ちゃん、今は暫定参加だけど……仲間になって欲しいね」

ことり「それにしても……」

ことり(花陽ちゃん、あんなに激しく動くと。すごい……揺れてる)

穂乃果「ことりちゃんどうしたの?」

ことり「ナンデモナイノヨ ナンデモ」

>>94

>海未「そんなあなたがなぜあの"ダイヤモンドプリンセス"に勝てなかったのか……」

じゃなくて

海未「そんなあなたがなぜあの"ダイヤモンドプリンス"に勝てなかったのか……」

です。いきなり性転換しててすみません。


海未「今日はここまで」

花陽「はぁ……はぁ……あ、ありがとうございました」

海未「花陽はどうにも燃費が悪いですね。ライバーにしては持続力が低い気がします」

花陽「それは……ツルとは繊維を出すとカロリーを消費するんです」

海未「なるほど。少し、考えてみると良いかもしれませんね。自分の能力を知ることは、それそのものが心の鍛錬になります」

 能力開発、かぁ。

 いままでは与えられた自分の能力を掘り下げ続けてきたけど、もしかしたらもっと能力を向上できるかもしれない。

 知るだけじゃない、鍛えることもできるはず。

 今日の練習は終わって、私は校門を出た。

真姫「……」クルクル

花陽「あれ、真姫ちゃん? どうしたの。凛ちゃんは?」

真姫「先に帰ったわ。私は花陽を待ってたの。途中まで一緒に帰りましょ」

花陽「うん」

真姫「あのさ……花陽は……」

花陽「真姫ちゃん?」

真姫「……花陽は、私の事、どう思ってるの?」

花陽「えっ」

真姫「あっ……ち、ちがうわよ! ヘンな意味じゃなくて!」///

真姫「パパのこととかあるし……あの時は、その、ごめん」

花陽「いいよ。そのことなら。家のことって人それぞれだから」

真姫「……パパ、社長やめちゃったんだって。今は研究所にこもってずっと出てこないの」

真姫「どうすればいいんだろう。前から様子がおかしくて、思いつめてるみたいで……」

花陽「まずは、話してみればいいんだよ」

真姫「花陽……」

花陽「家族なんだもん。悩んでる時、悲しい時、話せばきっとわかるよ。辛い時に話せないなんて、そんなの悲しいから……」

真姫「でも、怖いの……。花陽、研究所に一緒に行ってくれない!?」

花陽「ええっ、もしかして今から?」

真姫「バカなこと言ってるのはわかってる、けど……!」

花陽「うん。いいよ、行こう」ニコ

真姫「! ありがとう、花陽」///


西木野研究所


花陽「薄暗いし研究員の人も全然いない……」

真姫「パパ……きっと奥の特別研究室よ」

 IDカードを使って、真姫ちゃんと私は前に入った場所よりさらに奥へ進んだ。

真姫「パパ、どこにいるの、パパ!」

 「その声……真姫か」

真姫「パパ!」

西木野父「どうして来た」

真姫「どうしてって、心配だからよ! パパ、最近ずっとこもりっきりだし、社長だってやめたって言うし……事故だってあったし」

真姫「もうなにもかもわからないわよ……」

西木野父「そうか……すまなかったな、真姫。心配をかけた。だけど大丈夫だ、言っただろう、夢が叶いそうなんだ。そのために会社もやめた」

西木野父「研究がついに実を結ぶ時が来たんだ……」

西木野父「世界平和を成し遂げる、その第一歩なんだ……」

花陽(なにか、おかしい)

 西木野博士の様子は妙だった。その眼は真姫ちゃんよりもずっと向こうを見ている。

西木野父「君は――」

 その眼が――私を見た。

西木野父「あの――小泉の娘か」


西木野研究所 特別研究室


西木野父「私と小泉は、親友――というのはすこし陳腐だが。しかし唯一無二の関係だった」

 西木野博士は私と真姫ちゃんにコーヒーを淹れてくれた。

西木野父「趣味も境遇も全く違ったが、ある一点で私達は意気投合した。それは究極的な目標が"世界平和"であることだった」

花陽「世界平和……」

西木野父「二人で戦場を巡り、不幸な子どもを救おうとした。傷ついた兵士を治療した。だが、初戦は自己満足だと気づいた」

西木野父「私たちは日本へ戻り西木野研究所を立ち上げた。強化した植物――"プランタン"はその成果の一つだ」

西木野父「バイオナノファイバー技術も二人で作ったものだ。植物由来の素材ながら低質量で高強度を誇る。エネルギー効率に優れた素材だ」

西木野父「だが――結局小泉は私のもとを去った」

西木野父「真姫」

真姫「……」

西木野父「奇妙な因果を感じるよ。お前が小泉の娘と友人になるなんてな。だが――」

西木野父「――同じ道をたどることになる。人は他人と違うことを、結局は許容できないのだ」

西木野父「世界平和を成し遂げるには、全てが同じになるしかない」

西木野父「今日はもう帰りなさい。運転手を呼んでおいた」

花陽「あの……!」

西木野父「なんだね」

花陽「私は、西木野さんの……いいえ、真姫ちゃんのこと……友だちだって思ってます」

真姫「花陽……」

花陽「たしかに趣味も考え方も全然違います。だけど!」

花陽「みんな全然違うから、大切なんです。違いがあるから、好きになれるって、そう思うんです」

西木野父「若いな……その気持が、おとなになっても続いていることを願うよ」



小泉家 花陽の部屋


花陽(お父さんの研究成果か……)

 西木野博士にお父さんの研究成果についていくつか資料をもらえた。

 きっとこれが博士なりの気遣いなんだろうと思った。

 お父さんは彼のもとを去った。家族である私達のもとを去った。

 どうしていなくなったのか。お母さんはその理由を語ってくれたことはない。私も深く考えていなかった。

 西木野研究所の新型植物"プランタン"はお父さんと西木野博士が共同開発したものだった。

 私が能力に目覚めたのも、そこからとれたお米を食べた時だった。もしかしたら、関係があるのかもしれない。

 運命。

 とでもいえば良いのだろうか。なにか見えない糸のようなものが、つながってきている気がした。

 ――「与えられた運命に惑わされるな」

 お兄ちゃんは死の直前そう言った。それはどういう意味だったんだろう。

 私の運命は誰かに与えられたものなのだろうか。

 だとしたら誰に――

花陽母「花陽ちゃん?」

花陽「――お母さん!?」

花陽母「やっぱり、まだ起きてた?」

花陽「もう、入るときはノックしてよぉ」

花陽母「ごめんね。なんだか胸騒ぎがして」

花陽母「お父さんがいなくなって、お兄ちゃんもいなくなって、今度は花陽ちゃんまでいなくなったら、私……」

花陽「お母さん……」

 私はお母さんを抱きしめた。

 お母さんは不安なんだ。

 ずっと不安だったんだ。

花陽「ねえ、お母さん。お父さんってどんな人だった」

花陽母「……強い人だった」

花陽「どんな風に強かったの?」

花陽母「とっても、優しかった。あの人は生命を慈しむ心を持っていた。どんな人とも友だちになろうとする気持ちがあった」

花陽母「たとえ、その気持が何回裏切られたとしても」

花陽母「何度傷つこうとも」

花陽母「花陽ちゃん。私は間違ってたの。あなたをヒーローにしようとして、強くしようとして。ずっと鍛えてきたけど、そうじゃなかったのね」

花陽母「生命を慈しむ心。それはずっと花陽ちゃんが持っていたものなのよ」

花陽母「だからね、花陽ちゃん――あなたは」



  ――あなたは、私のヒーローなの。



 ――「かよちんは凛にとっての――ヒーローだよ!」


花陽「そっか」

 そうだったんだ。最初から、そうだったんだ。

 私の強さ。

 私が目指すヒーロー。

 ずっと隣にいてくれたんだ。私のすぐ近くに。見守ってくれてたんだ。

 何かを守りたいという気持ち。

 この街からいなくなってほしくないという願い。

 きっとそれは自己満足だけど。それだけじゃ、世界を平和にできないかもしれないけど。

 だけど、嘘じゃなかったんだ。

花陽「私、ヒーローになりたい」

 お兄ちゃんに言ったことも。

 お母さんに言ったことも。

 凛ちゃんに言ったことも。

 全部同じだったんだ。私はヒーローになりたかった。

花陽「私――ヒーローになりたい!」

 だから!

秋葉原 高層ビル


 「火事だー!」

 「だめだ、救助が間に合わない!」

 「上層の人たちが、何人か取り残されている、誰か!」

 「誰か助けて!」

花陽「ちょっと待ってて!」

 「見ろ、あそこ! 人がビルを登って!」

 「糸だ! 糸を使って上がっていくぞ!」

 「飛び込んでいく!」

花陽「絶対助けるから!」


高層ビル上層階内部


花陽「はぁ、はぁ……すごい、南先輩が作ってくれたこの新スーツ、熱に耐えられるんだ」

 炎の中を進んでいく。空気は薄いけど、身体はスーツに保護されていて大丈夫だった。

 南先輩が私のスーツを作ってくれた。まだ顔出しで活動する気はないから、フード付きだけど。

 前よりも軽くて丈夫で、とても着心地が良い。それに耐熱性能も十分だった。

 「だれか……だれか助けて」

花陽「そこにいるんですね! 今行きます!」

ダイヤモンドプリンス「引っかかったな!」

花陽「!?」

 不意に放たれた攻撃をかわす。

 特訓の成果だ。

ダイヤモンドプリンス「ほう、前よりも速くなったな! どこまで出来るか見てやろう」

花陽「なんでここに!」

ダイヤモンドプリンス「なに、"UTX"の技術資料が欲しくなってな。ここは下請け会社の――いや、どうでもいいか」

ダイヤモンドプリンス「貴様は私の邪魔をする。そろそろ始末しておいてやろうとついでに待っていたのだ」

花陽(他に逃げ遅れた人は……)

 三人ほど、まだ上層に取り残されている。うずくまって口を塞いでいるけど、いずれ煙を吸い込むことになる。

 それまでに決着をつけないと!

ダイヤモンドプリンス「これはどうだ!」ビュ

 刃のついた回転する球体を投げつけてきた。数は4つ。

 私はその間を滑り抜けるように跳躍した。

花陽(いや――戻ってくる!)

 追尾性能を持っているらしい球体は回転しながらさらに追いすがってきた。

花陽「そこっ!」バシュバシュ

 糸を発射する。バイオナノファイバー製の糸。

 西木野博士からもらったお父さんの研究資料に載っていた。これで省エネルギーかつ高強度の糸を発射できる。

 「名づけて"プランター・ストリングス"です!」

 園田先輩に披露した時、ノリノリで名前をつけてもらった。

 「ごめんね花陽ちゃん、海未ちゃん、昔から技名をつけたりするの大好きだから」

 南先輩曰く、趣味らしい。

 私はプランター・ストリングスで刃ごと絡めとり、球体をキャッチ。ダイヤモンドプリンスに投げ返した。


ダイヤモンドプリンス「ほう! 更にできるようになったな!」

花陽(悠長に戦ってる暇はない!)バシュバシュバシュバシュバシュ

ダイヤモンドプリンス「こんな糸など――なっ……この強度は!?」

 前の私の繊維ならば、簡単にひきちぎれたでしょう。

 でも今度のプランター・ストリングスは簡単には引き剥がせない!

 私はストリングスを連射して、ダイヤモンドプリンスをぐるぐる巻きにした。

ダイヤモンドプリンス「だが貴様の攻撃力で私に傷をつけられるかな」

花陽「傷つける必要なんてありません!」バシュバシュ

 私は柱二本にストリングスを発射し、一気に引っ張った。

 私は思い出す。園田先輩の言葉を。

 ――「花陽、パワー不足はスピードで補えます」

 「体格や筋力で劣る相手には、重力と速力を利用して立ち向かえばいいのです。武術は一種の力学を利用しているともいえます」

 弾力のあるナノファイバーが伸び、そして再び収縮する。

 「ならばあなたのプランター・ストリングスを利用して加速し、それを攻撃の力に加えれば――」

花陽「たああああああああああああああああああああ!!!!」

 バリイインン!!

 その勢いでダイヤモンドプリンスを蹴り飛ばし、窓の外に吹き飛ばした。

 「名づけて、"プランター・スウィング"です!」園田先輩が命名した私の技!

 窓から落ちる彼にストリングスを飛ばして、落ちないよう固定する。敵だけど、なにも死ぬことはないから。

花陽「他の人は!」

 「ゲホ ゲホ」

 「もう……だめだ……」

花陽「待ってて!」

ダイヤモンドプリンス「くそっ……舐めるなよ、小娘」ピッガチャ

花陽(あれは……また爆弾!?)

 チュドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 一気に建物が倒壊する。

 崩れる床に耐えられず、三人の要救助者が滑り落ちていく。宙に投げ出される。

花陽「今行きます!」

 ストリングスを使って加速し、私も空中に見を投げ出した。

花陽「一人!」バシュ

 まず一人目を糸に絡めとり、別のビルの窓に貼り付ける。危険だけど落ちるよりはずっと安全になる。

花陽「二人目!」

 二人目にもストリングスを射出した。

花陽(だめっ、ビル街の上昇気流で狙いが!)

 落下時の風圧とビルの上昇気流によって、ストリングスが当たらない。

 それに、距離も離れている。

花陽「ならっ!」

 近くの壁を蹴り、落ちる方向を変えて接近する。

 接近したところでストリングスで二人目も絡めとった。ひとまず安全だ。

花陽「最後……! あんなに下に!」

 三人目は子どもだった。社員の娘なのだろう。

 体重が軽いからビルの倒壊に耐えられずすぐに投げ出されたんだ。

ダイヤモンドプリンス「ハッハッハー!!!」ゴオオオオオオオオオオオオ

花陽(脱出したの!? しかもブースターでおいついてきた!)

ダイヤモンドプリンス「今度も子どもを救えるかな、ヒーロー!」バシュバシュ

 ダイヤモンドプリンスは女の子に向かって刃のついた球体を発射した。

花陽「だ、ダメぇー!!!」


花陽(っ――いや、冷静になれ、小泉花陽! もしかしたらアレを利用できるかも!)バシュバシュ

 球体にストリングスを命中させ、私は加速した。球体のスピードを利用してあの子におい付ける!

花陽「間に合って――!!」ガシッ

 やった!

 だけどまだ状況は良くない。

花陽(高度が足りない、こんなに加速してたらスウィングしても速度が殺しきれない! だったら!)バシュバシュバシュバシュバシュ

 周囲にストリングスを撃ちまくる。そして私と女の子の身体全体にバイオナノファイバーを何重にも巻きつける。

 繭のように空気を吸った層を作り出す。

女の子「おねえちゃん、私死んじゃうの……?」

花陽「大丈夫だよ。絶対守ってみせるから――」

 ――ドオオオオオオ!!!!

 そして、繭はアスファルトの地面に激突した。

花陽「――っうー……助かったの……」

女の子「う、ううん……」

花陽「大丈夫!? 怪我は!?」

女の子「ちょっとクラクラするけど、大丈夫だよ」

花陽「よかった」

消防士「こっちに生存者がいるぞ! 大丈夫ですか、君たち!」

花陽「はい、私は大丈夫です。この子は念のため検査を」

母親「◯◯ちゃん、無事だったのね、良かった!」

女の子「ママー!」ガシッ

母親「うちの子を助けてくれてありがとうございます。良ければお名前を――」

花陽「私ですか?」

花陽「私は――」

 ――「花陽、あなたがヒーローとして戦う覚悟を決めたその時は、この名前を名乗りなさい」

 「穏やかな春を告げるような、心あたたかなヒーロー。その名は――」

 園田先輩、ありがとう。



花陽「いつもあなたの隣りにいる。親愛なる隣人――スクールヒーロー"プランタン"です!」




 Chapter.7 END

Chapter.7 は長かったですがここまでです。
Chapter.8 に続きます次からが本作のラストバトルになりそうなならなさそうな感じです。よろしくお願いします。

Chapter.8 投下していきます。

Chapter.8

音ノ木坂学院


【アキバに新たなスクールヒーロー現る! その名は"プランタン"!】

穂乃果「うわー校内新聞の一面になってる! 穂乃果たちはいつも端っこにちっちゃく書かれるだけなのに!」

ことり「それどころか地方の新聞でも一面になってるみたいだね。やっぱり空中で三人助けたインパクトが決め手なのかな?」

海未「花陽……なれたんですね。自分が望んだ存在に」ジワリ

穂乃果「あれー、海未ちゃん泣きそうになってない?」

海未「違います! これは……昨日深夜にやっていた映画がおもろくて、夜更かしでついあくびがですね!」

穂乃果「えーほんとかなぁー?」

ことり「ちなみにその映画のタイトルってなぁに?」

海未「ええ!? いえ、その……たしか、鉄のような……アイアンマン、マン・オブ・スティール……いえ、メタルマンだったか、あるいは鉄男……」

ことり「最後のは絶対違うよね、海未ちゃんが見たら泣いちゃうから」ウフフ

穂乃果「海未ちゃんごまかすの下手すぎぃー」アハハ

海未「わかりましたよ! そうです、花陽の成長が嬉しいのです。至らぬ身ながら、師の真似事をした私としてはですね――」クドクド

穂乃果「はいはい、もうわかったよー」

ことり「じゃあ今日の放課後は練習をお休みして、花陽ちゃんのヒーローデビューお祝いパーティーなんてどうかな?」

海未「いいですね。たまには息抜きも必要です」

音ノ木坂学院 一年生教室


凛「すごいにゃー! かよちんこれみてー!」バッ

花陽「スクールヒーロー"プランタン"……新聞の一面にナッチャッタノォ!?」

真姫「……」カミノケクルクル

凛「真姫ちゃん、やっぱりヒーローは気に入らないの?」

真姫「いいえ、前は自己満足だなんて言ったけど。三人も助けたのね」

真姫「私は医者の娘よ。これでも生命の重みはわかってるつもりだから……三人の生命がただの数じゃなくて、本当に尊いものだってわかる」

真姫「だから……その……悪くない、わよ。カッコイイと思うわ」///

花陽「……!」パァ

花陽「真姫ちゃん!」ガバッ

真姫「な、なによいきなり!」///

花陽「ありがとう、真姫ちゃんがそう言ってくれて嬉しい!」

真姫「ヴェェ、なんでそんなにテンションあがってるのよ!」///

凛「凛はこっちのかよちんも好きにゃー」

放課後 音ノ木坂学院 屋上


「「「「かんぱーい!!!!」」」」


穂乃果「花陽ちゃんヒーローデビューおめでとー!」

ことり「衣装も似合ってたよ! でもやっぱりフードで顔を隠すのはことり的によくないかな、せっかくのかわいい顔が――」ハァハァ

海未「ことり、やめてあげなさい」

穂乃果「それで、穂乃果たちのチームに入ってくれる?」

花陽「それは……まだ、考えさせてくれませんか」

海未「花陽……」

花陽「先輩方には感謝しています。自分のなりたいもの、したいこと、先輩たちのおかげで答えが出せました。でも――」

海未「――チームで活動することには悩んでいる。そうなんですね」

花陽「はい」

海未「……そうですか。いいでしょう」

花陽「園田先輩」

海未「花陽が何を悩み、何を目指しているのか。それは私にはわかりません。ですが――大いに悩みなさい。悩みぬいた末に答えが出るならば……」

海未「いいえ、たとえ答えがでなくとも。私はあなたに可能性を感じたのです。だから待ち続けます」

海未「ですがチームに入らないというのなら、条件があります」

花陽「……! はい、なんでしょうか」

海未「これからは後輩ではなく、ソロのスクールヒーローとして私たちと対等の関係になるのです。ですから、先輩は禁止です。苗字呼びも」

海未「これからは私を、名前で呼んでください」

花陽「でも……」

穂乃果「穂乃果も! 穂乃果のことも名前で呼んでよ、花陽ちゃん!」

ことり「ヒーローは助け合いだよ、チームじゃなくてもね♪」

海未「さあ、花陽」

花陽「うん……海未ちゃん、穂乃果ちゃん、ことりちゃん」

花陽「ありがとう」

 ピピピピピピピピ

花陽「あれ?」
 
 スマホにいれた警察無線傍受アプリが緊急警報を出した。

 アルゴリズムを利用して、重要度の高い情報を受信すると自動で知らせてくれるように改造していた。

 前の火事に先輩方よりも早く駆けつけたのも、このアプリの精度があってのことだった。

 マナーモードを無視してアラートが出るということは、何か重要な事件があることを意味していた。

花陽「こ、これは……!」

花陽「大変、大変ですー!」


 ――秋葉原で、西木野タワーが占拠されました!

秋葉原 西木野タワー最上階


ダイヤモンドプリンス「ククク、私を解任した後だというのに、セキュリティを刷新していないとは。統堂よ、所詮はUTXの傀儡か」

ダイヤモンドプリンス「残っていた管理者権限のおかげでタワーを手中に収めるのに24分で事足りてしまったぞ。私が社長の時代ならばこのような手落ちは――」

ダイヤモンドプリンス「――いや、過去にすがるのはもうヤメだ。私は未来を手に入れるのだからな」

ダイヤモンドプリンス「今日は記念すべき日になる。世界平和が実現されるのだ」

 最上階から地上を見下ろす。

 アリのようにたかってくる人々。西木野タワーの周囲の野次馬をかきわけ、やっと警察が包囲していた。

ダイヤモンドプリンス「事態発声から30分を過ぎた。遅すぎる……無能ばかりが蔓延る世の中は、もう終わらせるしかないのだよ」

警察【ここは完全に包囲した、人質を開放し、すみやかに投降しろ!】

 西木野タワーにいた西木野コープ従業員は全員人質にとった。

 これで警察は簡単には踏み込めないだろう。本格的な戦闘になれば犠牲者は免れない。

 だが、踏み込んでもらわなければ困る。

ダイヤモンドプリンス(これから、私がもたらす新世界のデモンストレーションを行わなければならないのだからな)

ダイヤモンドプリンス「さて、はじめよう」ポチリ

 通信機器のボタンを押す。強力な電波干渉により、スカイツリーから発せられたTV放送波がすべて西木野タワーにジャックされる。

 地上波全チャンネルに、ダイヤモンドプリンスの姿が映し出された。

 ダイヤモンドプリンスによる電波ジャック放送が開始された。

ダイヤモンドプリンス「初めましてだな――愚かなる旧人類諸君」

秋葉原 西木野タワー周辺部


警部「くそっ、一体なんなんだ。最高のセキュリティをほこる西木野タワーがこうも簡単に……!」

 ブォン

 秋葉原の全街頭モニターに奇妙な仮面の男が映し出される。

ダイヤモンドプリンス【初めましてだな――愚かなる旧人類諸君】

 「なにあれ」

 「電波ジャックキター!」

 「あれって前に西木野コープの発表会を襲った奴じゃ……」

警部「あれが犯人か……何が望みだ」

ダイヤモンドプリンス【さて、君たちは私をテロリストか何かだと思っているのだろうが、私はそういった俗物とは違う】

 【私の望みはたった一つ――"世界平和"だ】

 【しかし人類は愚かすぎる。相互理解など夢のまた夢――絵空事にすぎない。それは何故か】

 【人は他者との違いを本質的には許容できないからだ。人は裸で生まれるわけではない、全く違う存在として生まれてくる】

 【能力の違い、環境の違い――程度の差こそあれ、人は他者との違いを知った時、絶望する】

 【そして優れたものに嫉妬し、蹴落とそうとする。世界の99%は愚かなのだ。多数決など愚か者が得をする制度にすぎない】

 【私は見た――戦場で人は人に対して何ができるのかを。数で勝るものが少数者に対しどれだけ残酷になれるのかを】

 【故に私は君たちに――可能性を与える】

 【君たちに等しく、強者になれる可能性を与える。"ライバー"のことを知っているな。生まれついての強者だ】

 【古来から特殊能力を持った人間は報告されていたが17年前の隕石以降、爆発的に増加した――しかし依然少数派のままだ】

 【私は"ライバー"にこそ現状を"突破"する可能性があると考えている。もうわかっただろう。君たち人類を"ライバー"に強制進化させる】

 【これからタワーの最上階から特殊な薬品を秋葉原全域に散布する】

 【君たちには止める術はない】

 【今日は喜ばしい日になる。世界が進化し、停滞を突破する記念日にな――】

警部「なんだと……こんなことが赦されてたまるか……!」

 「おい、今の……」

 「ああ、よくわかんないけど」

 「間違ってないんじゃないのか?」

 「そうよ、ライバーは不公平なのよ、あたしたちだって能力を得る権利があるわ!」

 「そうだ……俺達だって強者の側に立つべきなんだ!」

  ザワザワ

警部「なんだ……あいつら何を言ってるんだ……チッ、こうなったら強勢突入だ! 全員、準備しろ!」

警察官「警部……しかし人質が!」

警部「そんなこと言ってる暇があるか! このままじゃ秋葉原は大変なことになるぞ!」

警察官「しかし……僭越ながら、警部。奴の言っていることは間違っていないと思います」

 若い警察官はおずおずとそう言った。

警部「……お前にはまだわからないかもしれないが。俺は数年前、この拳銃で人を撃ったことがある」

 警部は手に持った拳銃を見つめた。

警部「女の子だった。中学生の"ライバー"で、人を何人も殺した……だから撃った」

警部「そうしたら、その子がなんて言ったと思う? ……『ありがとう』って。なんでかわかるか?」

警察官「……わかりません」

警部「開放されたがってたんだよ。他人より強い力を持ってるってことは、それ以上に重い責任を背負うってことなんだ」

警部「誰もが責任に耐えられるわけじゃない。与えられた運命に振り回されて、道を誤ることだってある」

警部「奴はそんな悲劇をこの秋葉原で繰り返そうとしている……そんな奴を放っておくことはできない。お前たちがついてこないなら、一人でいく」

警察官「……!」

警部「じゃあな」ダッ

 警部はたった一人で西木野タワーの裏口に周り、侵入した。

 見取り図から、監視カメラの死角を割り出した。ここならば見つからない――

英玲奈「――そう、思っていたのか?」

警部「……そううまくは、いかねえか」ジャキ

 拳銃を構える。

 目の前に立っていたのは、高校生くらいの女の子。

 見覚えがある。以前西木野コープで発表され、謎の人物に盗み出された"人造ライバー"統堂英玲奈だ。

英玲奈「監視カメラの死角を"マスター"が見逃すと思っていたのか? ここから侵入することは読んでいた。だから私を配置した」

警部「こりゃ……ヤバそうだ」

英玲奈「お前たちには、"マスター"がもたらす新世界の礎となってもらう」ヒュ

警部(来たっ!)バキュバキュバキュ

英玲奈「遅い――」ガッ

 三発の弾丸を避けながらジグザグに高速移動した英玲奈は、一瞬の交差で拳銃を蹴り飛ばした。

 すぐに方向転換し、背後から警部の背中を心臓ごと手刀で貫こうとする。

警部「――っ!」

 「突入ー!」

 「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 その瞬間、爆破された正面玄関から機動隊が突入した。

隊長「撃て撃て撃てー!!!! 遠慮はいらん、相手は人間兵器だ!!!!」

 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!!!!!

英玲奈「この程度の弾幕――」シュ

 機動隊は機関銃で弾幕を張るが、超スピードで左右に避ける英玲奈にまったく当たらない。

 急接近してきた英玲奈に為す術もなくふっとばされていく機動隊員たち。

 戦力差は一目瞭然だった。

隊長「グレネード!」

隊員「はい!」

 ランチャーから英玲奈に向かって放たれたグレネード弾。

 英玲奈はそれを手で受け止め、爆発した。

隊長「やったか!」

隊員「……隊長、人影が……!」

隊長「うそ……だろ」

 煙が晴れる。中から、ゆっくりと歩いてくる無傷の英玲奈。

隊長「これが……人造ライバー――」ゴキ

隊員「隊長ー!」

 高速で接近した英玲奈によって、すれ違いざまに首を折られた隊長。

 それを間近でみた隊員は、あまりの恐怖に失禁しながらも機関銃を連射した。

隊員「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
 
 ズガガガガガガガガガガガガ

英玲奈「……」キンキンキンキンキン

 全弾命中しているにもかかわらず、弾く英玲奈。

 彼女の皮膚は天然のものではない、すべて人工的に作られた部品だ。

 さらにダイヤモンドプリンスこと西木野博士は六方晶ダイヤモンドコーティング技術でその強度を極限まで高めた。

 通常兵器で統堂英玲奈に対抗するのはもはや不可能だった。

警部「すまん、今のうちに行かせてもらう!」

 警部は機動隊員が戦っているうちに、階段から二階へ上がる。

 上の階には人質が収容されていたはずだ。人質を開放すれば、自衛隊による本格的な攻撃を加えられるかもしれない。

 警察の戦力ではとてもじゃないが太刀打ち出来ない。

秋葉原 西木野タワー 四階


 「誰か助けて……」

警部「よかった……そこの君、もう大丈夫だ――」

 「なんてね!」ザシュ

警部「なっ……がっ……」

野良ライバー「あははは、単純な奴ね!」

野良ライバー「簡単に人質を開放できるとでも思ったの?」

 明らかに女子高生くらいの少女が、邪悪な笑みを浮かべながら警部を見下し、罵っていた。

 手にライバーのエネルギーで作られたと思わしき光の剣が握られている。

警部「何だ、君は……」

野良ライバー「ダイヤモンドプリンス様はあたしたちの新世界を作ってくれると宣言した……そこは、すべてが平等な世界」

野良ライバー「ここからはあたしたちの時代よ。オッサン、消えてなくなればいいのよ! このあたしの能力"ラブライブレード"のサビとなれ!」ブォン!

 「ちょっと待ってて!」ガシャーン

野良ライバー「なっ――!?」

 窓を突き破り突如飛んできた"なにか"を、ライバー特有の反射神経で防御する。しかしその威力に少女はふっとんだ。

野良ライバー「なんだってのよ……」

警部「君は……前に火事から三人助けた――」

花陽「スクールヒーロー"プランタン"です!」

野良ライバー「へぇ……能力を人助けにつかうバカなんてホントにいたんだ」

花陽「あなただってまだ引き返せます。もうこんなことやめてください!」

野良ライバー「引き返す? 引き返すですって……?」

花陽「与えられた運命に振り回されちゃだめです! 生き方なら、自分で選べるはずです!」

野良ライバー「もう、引き返せるわけないじゃない。あたしは他人と違う、だからみんなあたしを阻害した……」

野良ライバー「くふふ……あたしをいじめた奴ら、殺しちゃったわよ……もう後戻りなんてできない」

野良ライバー「どうせ英玲奈が下の奴らも皆殺しにしてるわよ。もう、もう始まっちゃたのよ! 撃ちだされた弾丸はもう元には戻らない!」

花陽「本当に、そうですか?」

野良ライバー「なによ……何が言いたいってのよ!」

花陽「私だって力の使い方を誤って、他人を傷つけました。だけど――人は生きてるだけで他人を傷つけます」

花陽「怖かったんですよね。他人を傷つける自分が。だからずっと逃げてた、だけど耐えられなくなって……」

花陽「自分の力にふりまわされて……その責任の取り方がわからなかったから、力の弱い人のせいにしたかったんですよね」

花陽「だからあんな人の言うことにすがったんですよね」

野良ライバー「わかったような口をきいて……あんたなんかに、何がわかる」

花陽「わかりません……その痛みは、あなただけのものだから。だけどわかちあうことはできます」

野良ライバー「っざけんな! なんで"今"なのよ! なんで今さらあたしの前に現れたのよ!」

野良ライバー「そう言ってくれる奴がもっと前からいたら、こんなことにならなかった! なのになんであんたは"今"になって現れたのよ!」

野良ライバー「もう遅い、全部遅すぎるのよ! だったら――戦うしかないでしょうが!!!」

 野良ライバーは光の剣"ラブライブレード"を振り上げ、花陽に迫った。

 かなりのスピードだ。だが――今の花陽……いや、"プランタン"の反応速度の前では無意味に空を切るだけだった。

花陽「ダメです! 他人を傷つける覚悟のないまま、その力を他人に向けたら! 一番傷つくのは、自分の心なんです!」

野良ライバー「うるさいうるさいうるさい!!!」

 剣を振り回す少女。しかし"プランタン"の動きに全くついていけていない。

 実力差は明白だった。

野良ライバー「なんで邪魔するのよ……なんで……全部……壊してやる……」パアア

 少女の身体が光り始めた

花陽(これは……ことりちゃんが言ってた……!)

数日前 音ノ木坂 屋上


ことり「ねえ、花陽ちゃん。この話は海未ちゃんと穂乃果ちゃんにはナイショだよ」

花陽「南先輩……ないしょってどういうことですか?」

ことり「海未ちゃんはライバーじゃないし、穂乃果ちゃんにはちょっと……いろいろあって言い難い話だから」

ことり「"ライバー"の先輩として、これだけは教えておかないといけないの」

花陽「……」ゴクリ

ことり「"ラストライブ"、私たちみたいなライバーが生命を削って出す最後の技」

ことり「個人差はあって、一日一回しか使えないってだけの人もいれば、使えば意識を失ったり後遺症が残ったり――最悪死に至る人もいる」

ことり「すべての力を放出する切り札。花陽ちゃん、この技を使うときは……」

花陽「誰かを守るとき、ですか?」

ことり「ううん。それは花陽ちゃんだけが決めて。それを決められるのは、使う本人だけ」

ことり「"ラストライブ"は私たち"ライバー"の生命の輝きだから――」

現在 西木野タワー 四階


野良ライバー「"ラストライブ"――"フルバルログスタイル"」

 少女の全身にまるでヤマアラシのように、剣山のように、光の剣が生成されていた。

花陽(これが……ラストライブ!)

 私にはわかった。

 これはあの子の心だ。

 ヤマアラシのジレンマ、という話がある。ヤマアラシは体中がトゲで覆われ、触れれば他人を傷つけてしまう。

 だけど凍えるような世界では、他者と寄り添いあいたいと誰もが願う。

 だけど――他人を傷つける重圧に耐えられない人もいる。

野良ライバー「決着をつけましょう――愚かなヒーローさん!」

警部「やめろ……あんなのに勝てるわけがない、君、逃げるんだ、ここは俺に任せて――」

花陽「逃げませんよ」

警部「何を……!」

花陽「運命に負けたくないんです。誰にもこの街からいなくなって欲しくないんです」

花陽「自分が大切だから、優しさがあるから、他人から遠ざかってしまう。そんな人達にだって、ここが居場所なんだって知って欲しいんです」

花陽「"今"が大事なんだって……伝えたいんです」

花陽「他人を傷つけてしまう怖さなら――知ってますから」

花陽「だから私……戦います!」

花陽「それに……一階の人たちが皆殺しになってるなんてあの子は言ったけど」

花陽「きっと、そんなことにはならないと思いますから」

花陽「私たちには、強いヒーローチームが付いてるんです」

西木野タワー 一階

 
 「ダメだ……もう全滅は免れません!」

 「自衛隊の応援はどうなっている!」

 「間に合いません!」

 機動隊は弾幕で英玲奈をなんとか遠ざけようとしているが、一人、また一人と倒されていく。

 ダメだ。力の差が大きすぎる。

 これがライバーとそうじゃない人間の差だとでもいうのか。

ダイヤモンドプリンス【諸君、これが現実だ。ライバーの力は旧人類を遥かに凌駕している】

 ダヤモンドプリンスは、地上波放送でこの光景を流していた。

 英玲奈の圧倒的な戦闘力を用い、ライバーの優位性をデモンストレーションする。

 そして世界中の人間を"ワンダフル・ラッシュ"を空気中に散布することで強制進化させる。

 これが彼の思い描いた"世界平和"への計画だった。

ダイヤモンドプリンス【旧人類にもはや可能性など残されてはいない】

ダイヤモンドプリンス【すべてが"同じ"になるのだ】

ダイヤモンドプリンス【やれ、英玲奈。火器の使用を許可する】

英玲奈「はい、マスター」ジャキン

 英玲奈は手を機動隊にむかってつきだした。

 その手のひらには銃口のような穴があいており、そこに光が集まっていく。

 これは一部のライバーが使う技の一つだ。ライバーのちからの源たる"ラブカ"を収束し、光線として発射する能力――

英玲奈「――"ラブカブラスト"」

 "ラブカブラスト"、ライバーによって個人差はあるが、英玲奈から発射されたこの光線は周囲一体をすべて蒸発させるほどの威力がある。

 今はこの階ごと破壊するわけにはいかないため威力を絞っているが、しかし機動隊を貫通しおそらく周囲の野次馬までほぼすべて一撃で死に至るだろう。

 機動隊も、野次馬たちも、亜光速で飛来する"ラブカブラスト"に反応することも恐怖することもかなわず、消滅しようとしていた。

 「たあああああああああああああああああ!!!!!」

英玲奈「――!?」

 その時――"何か"が射線に割り込んだ。

 "ラブカブラスト"を正面から受け止めている。ありえない、この威力を喰らえばどんな人間も、ライバーだろうと一瞬で蒸発するはず。

 そのはずだった。

 シュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ

 煙が晴れた。そこには先ほどの英玲奈のように。

 無傷の少女が立っていた。

穂乃果「――させないよ」

英玲奈「なんだ……お前は」

穂乃果「音ノ木坂学院のスクールヒーロー"スーパーホノカ"!」

英玲奈「スクールヒーローだと……ただの女子高生にあの攻撃を防げるはずがない」ピピピッ

 英玲奈は網膜情報から穂乃果を解析する。

英玲奈(能力解析……不能だと、どういうことだ)

英玲奈(ライバーではない……とでもいうのか、しかし――)

英玲奈「誰であろうと――"マスター"の計画を邪魔するならば排除する!」ヒュ

 高速移動によって穂乃果に接近する英玲奈。

 その拳が穂乃果の顔面にクリーンヒットした。普通ならば、頭蓋が砕け首の骨が粉砕されるはずだ。

穂乃果「いったぁ~」

英玲奈(痛い、だと! それだけか!?)

 穂乃果の顔には跡すらのこらない。ほとんどダメージがないと言って良かった。

穂乃果「やったなあー!」

 ボッ!

 何が起こったのか、一瞬英玲奈には理解できなかった。

 しかしすぐに状況分析をする。そして理解できた――穂乃果の一撃によって、自分の身体が3ブロック分ふっとばされたのだと。

 ビルとビルを貫通し、大きな道路に出る。すでに交通状態は規制されているし、避難も開始された。

 もともと歩行者天国で車は通っておらず、人もいない今ではがらんどうだった。

穂乃果「ここなら、穂乃果が"本気"で戦っても大丈夫だよね」

 いつのまにか英玲奈に追いついてきた穂乃果がゆらりと現れた。

英玲奈(こいつは……何なんだ!?)

ダイヤモンドプリンス【苦戦しているようだな、英玲奈】

英玲奈「マスター!」

ダイヤモンドプリンス【"プライベート・ウォースタイル"を許可する】

英玲奈「それは都市殲滅級の威力が有ります、マスターまで巻き込んで――」

ダイヤモンドプリンス【迷っている暇はない】

英玲奈「――はい」

英玲奈「……"ラストライブ"」パアア

 英玲奈の身体が輝き始める。

英玲奈「――"プライベート・ウォースタイル"」

 銃火器と装甲とブースターをすべて開放した姿。それが"プライベート・ウォースタイル"。

 全火力は並みの国家の軍隊が持つ総戦力に相当する。

 たった一人で戦争ができる。それがこの姿のもつ意味。都市一つを短時間で消し去ることすら可能な力。

 目の前の穂乃果という敵がどれほどの力を持っていようと関係ない。
 
 街ごと消せばいい。誰もこの火力には耐えられないのだから。

穂乃果「……」

穂乃果「海未ちゃん、ごめん。たぶん手加減できない」

穂乃果「本気で行かせてもらうよ。一分間だけね」

穂乃果「――"パッショネイト"!!」ボウッ!

 炎のような光とともに、穂乃果の背中にオレンジ色のマントが現れた。

 これが本気を出した穂乃果の"パッショネイトスタイル"。

英玲奈「スクールヒーロー……なぜ邪魔をする」

穂乃果「可能性はね、与えられるものじゃないんだよ。だれにでもあって、それを感じた時、夢が生まれる」

穂乃果「同じじゃなくたって良い、みんな全然違うけど、それでも一緒なら夢をかなえられる。だって可能性、感じたんだから!」

英玲奈「ふざけるな……夢だと、造られた存在の私にそれを言うのか。私には、"マスター"の願いを叶えるだけしかない」

英玲奈「そのためにお前を消し去る……お前はマスターの障害だ!」

穂乃果「いいよ……誰かの夢をまもりたいんだよね。だったらその気持ち、私が受け止める」



穂乃果「あなたの夢だって――守ってみせる!」




 Chapter.8 END

Chapter.8 はこれで終わりです。
次回が最終回になりそうです。

Chapter.9 投下していきます。

Chapter.9


数十分前 音ノ木坂学院 一年生教室


 【これからタワーの最上階から特殊な薬品を秋葉原全域に散布する】

 【君たちには止める術はない】

 【今日は喜ばしい日になる。世界が進化し、停滞を突破する記念日にな――】


真姫「これ、どういうことよ……」

 西木野タワーが占拠された?

 謎の怪人が"世界平和"をとなえて最悪のテロを起こそうとしている?

 そんなの――

凛「嫌な予感がする……」

真姫「凛?」

凛「かよちんに、何か起こってる」

真姫「電話が通じないの? でもこんな時だもの、回線がパンクして――」

凛「行かなきゃ!」ダッ

真姫「待ちなさい、一人で行ってどうなるのよ! 花陽がタワーに行ってるって確証もないのに!」

凛「はなして!」

真姫「絶対はなさない! 冷静になりなさい、私に考えがあるわ――」

音ノ木坂学院 屋上


穂乃果「とにかく行ってくるよ! 穂乃果の足ならすぐに助けに行ける!」

花陽「私も行きます!」

海未「頼みます、私とことりは後から追いつきますから」

ことり「気をつけてね、二人とも」

 花陽と穂乃果が屋上から直接跳躍し、すぐに景色の向こう側へ消えていった。

 ことり、海未の二人と、穂乃果、花陽の二人では機動力に雲泥の差がある。全員揃って移動するというわけにはいかない。

海未「私たちも行きましょう、ことり」

ことり「うん!」

 「待って!」

 ガチャ!

真姫「私たちも連れて行きなさいよ!」

海未「あなたは……?」

真姫「西木野真姫。西木野コープ創始者の娘よ、これでもタワーの設備には精通してるつもり」

海未「どういうことですか?」

真姫「あのテロリスト、タワー屋上の散布機を使おうとしてるわ。散布機の操作方法がわかる私がいかないと、犯人を捕まえてもどのみち終わりよ!」

海未「破壊するだけではダメなのですか!?」

真姫「破壊すれば爆発して結局薬品が散布される可能性が高いのよ! 散布機で撒くよりは範囲は狭いだろうけど、タワー周辺の人間はみんな――」

海未「わかりました、一緒に行きましょう」

凛「凛も行くよ! 真姫ちゃん一人に危ないところに行かせられないもん。それに、かよちんが危ない気がするから……!」

海未「ダメです、素人を何人もつれていって、守り切れる保証ができませんよ!」

ことり(この子のこの感じ方……もしかして)

ことり「海未ちゃん、つれていってあげよう」

海未「ですがことり!」

ことり「二人のことはことりが守るよ、だから海未ちゃん」

ことり「おねがぁい」ズキュウウーン

海未「はうっ! ……ズルいですよ、ことり」

海未「わかりました、二人を連れて行きましょう」

現在 西木野タワー 四階


野良ライバー「死ね死ね死ねぇー!!!!」ズバババババババ

花陽(すごい威力! 周りのものが全部細切れになってる。だけど!)バシュバシュバシュ

 "プランター・ストリングス"を発射する。

 まずは動きを止めるしかない。

野良ライバー「そんなものが、今更ぁ!」ズババ

花陽「ダメッ、糸が全部切られちゃう!」

 ヤマアラシのように全身に光の刃を生成した少女。

 死角はない、圧倒的な攻撃力が絶対的な防御に直結している。

花陽(だけどスピードは上がってない、このまま避け続ければ!)

 "ラストライブ"は体力を急激に消耗する。逃げ続ければいずれ体力は尽きる。

野良ライバー「くふふ、いいこと教えげあげましょうか」

花陽「……」

野良ライバー「"ワンダフル・ラッシュ"が散布されるまであと10分。あたしの"ラストライブ"はエネルギーが拡散しないから持続力が高い、この意味がわかるわね」

花陽「逃げ続けていてもジリ貧になるということですね……」

野良ライバー「そういうことよ、この街を救いたいなら、戦うことね!」

花陽「くうっ……やるしか、ない!」バシュバシュバシュバシュ

 私は"プランター・ストリングス"を連射しながら後退する。

 トスン

花陽(後ろに壁……いや、これは!?)ポチリ

 私の背にはエレベーターの扉がある。

 後ろ手でボタンを押した。これを使えるかもしれない。

 開いたエレベーターの中に入った。

野良ライバー「そんなところに逃げこむなんて、いよいよ日和ったわね、ミンチにしてやるわよ!」

 少女が思った通り突撃してきた。

花陽「っ――今!」シュ

 一気に跳躍した私は開けておいたエレベーターの天井口から外に出て、エレベーターのワイヤーを切った。

野良ライバー「なっにいいいい!!!!!」ゴオオオオオオオオオオオオ

 勢い良く落下していく少女。

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 四階からエレベーターの筐体が落ちた衝撃で、ビルが揺れた。

花陽「はぁ……はぁ……大丈夫、だよね」ビュウウウウウウウウ

 ライバーの身体能力なら、四階からおちたくらいで死ぬとは思えないけど、気絶くらいはしてると思う。

 確かめる暇はない。切ったワイヤーが巻き取られて行くのに便乗して、私は上層へ上がっていった。

秋葉原 西木野タワー周辺


 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 ズガガガガガガガガガガ!!!!!!

 秋葉原は戦場と化していた。

 二つの高速移動する物体が交差し、衝撃波と弾幕で周囲のビルの窓はわれ、壁は砕け、地面は裂けた。

真姫「なによあれ! まるで怪獣映画じゃない!」

海未「穂乃果が戦っているようです」

ことり「海未ちゃん、穂乃果ちゃんが使ってるのって……」

海未「ええ、"パッショネイトスタイル"です」

ことり「もしかして相手はA-RISEなのかなぁ……」

海未「その可能性が高いですね、だとするとこの事件に穂乃果の助けは期待できません。私たちで決着をつけねば」

真姫「ちょっと、どういうこと! まるで話が見えない!」

海未「穂乃果はあの姿では1分間しか戦えません。その後は長時間の"クールダウン"が必要なのです」

真姫「ヴェェ! つまり動けないってこと!?」

ことり「私たちの中で一番強いのは穂乃果ちゃんだから、タワーの中でA-RISE級の敵が待ってたら……」

海未「ことり、心配しないでください」

海未「私が倒します」

ことり「ウミチャー……」///

ことり(海未ちゃん、カッコイイ。だけど……)

 現実はそう甘くはない。きっと海未もわかっているのだ。それでも強がっているだけだ。

 普通の人間はライバーには勝てない。ましては、穂乃果やA-RISEは並みのライバーとはレベルが違う。

 海未はそれでも逃げずに自分たちを守ろうとするだろう。そうなればきっと――海未は死ぬ。

ことり(そんなことさせない……いざとなったら私の"ラストライブ"で……)

海未「これは……野次馬や警察でタワーの周りがふさがっています!」

凛「そんなぁ、どうするのぉ!?」

真姫「落ち着きなさい。地下通路があるわ」

 ことり、海未、凛が真姫について地下に降りた。普通の通路の横道にある地味な扉にカードキーをかざすと、西木野コープ所有の地下通路が現れる。

真姫「行きましょ、地下から専用エレベーターで最上階まで直通よ」

真姫「普通に上っても最上階には入れない仕組みになってるから。私たちが行くしかない」

真姫「絶対、あんなやつにパパの理想を捻じ曲げさせたりしないわ!」

秋葉原 大通り


穂乃果「たあああああああああああ!!!!」ズオオオオオオオオオ

英玲奈(速い!)バシュウ

 ブースターを全開にして避ける英玲奈。
 
 しかし穂乃果の突進が生み出した衝撃だけで周囲のビルの窓ガラスが弾け飛ぶ。

英玲奈(なんというやつだ、最高速度もだが、恐るべきはその加速力。初速がすでに音速を越えている。驚異的な瞬発力だ)ズガガガガガガガ

 ガトリングガンを連射する英玲奈。

穂乃果「そんなの効かないよ!」カンカンカンカン

 直撃しても全て弾いてくる。

英玲奈(一種のフォースフィールドか? いや、しかしエネルギー反応はない)

英玲奈(私と同じく、皮膚の耐久力だけで耐えているのか。ということは――この女もプロジェクトA-RISEに類する存在ということか!?)

穂乃果「まだまだぁー!」ダダダダダダダ

 ビルの側面を走る穂乃果。ブースターで空中に逃れる英玲奈に簡単に追いついてくる。

英玲奈「ラブカブラスト!」シュドオオオオオオオオオオオオオオ!!

 持続するビームを横薙ぎに発射する。巨大な剣に切り裂かれたように、ビルが中層で分断され、滑り落ちるように上層部が落ちてくる。

 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

穂乃果「あぶなっ……すごい威力だよ。避けれてよかったぁー」ホッ

英玲奈「油断したな」ヒュ

穂乃果「えっ、近い!?」

英玲奈「終わりだ」ガシッ

穂乃果「ちょっと、はなしてよっ!」

英玲奈「お前の戦力分析をしていてわかった。私が持てる限り、お前に通用する攻撃はこれしかない」

英玲奈「――"自爆"だ」パァァァ

穂乃果「――!」

英玲奈「私ごと……お前を」

穂乃果「そんなの、させないよ!」

 一瞬のことだった。

 穂乃果は超スピードで英玲奈の腹部に手刀を付き込み、光り始めた自爆装置を引っ張り出し――そして。

 英玲奈を蹴り飛ばした。

英玲奈「何を――!」

穂乃果「ここで爆発したら被害がでる。あなただって死んじゃうよ、だったら!」モッギュー

 穂乃果は自爆装置を腹の中に抱き込んだ。

 オレンジのマントで体全体を多い、球体状になり――

 チュドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!

英玲奈「バカな、あいつだけが死ぬだと……街を守るために自分を犠牲にするなど……」

 シュウウウウウウウウウウウウウウウウウ

穂乃果「違うよ」

英玲奈「なっ……なんだと」

 爆発の中から現れたのは、穂乃果だった。さすがに無傷とはいかなかったのか、全身に傷が残っている。

 しかし、生きていた。あの爆弾は範囲は小さいが威力は高い、マイクロブラックホールを生成し、生き残れる生物など存在しないはずだった。

穂乃果「穂乃果ね、あなたを助けたかったんだ」

英玲奈「なぜ、なぜだ! 私は造られた存在……代わりなど、いくらでもいる」

穂乃果「……だって、可能性かんじたんだもん」

英玲奈「可能性、だと……」

穂乃果「あっ……」フラリ

英玲奈「おいっ!」ガシッ

穂乃果「えへへ……ありがと。クールダウンしちゃった」

英玲奈「……」

穂乃果「今なら、穂乃果を倒せるかもしれないよ?」

英玲奈「バカを言うな。私も"ラストライブ"でエネルギーは尽きた。もうお手上げだ」

穂乃果「そっかぁ、えへへ、じゃあ戦うのはこれで終わりだね。楽しかったよ」ニコッ

英玲奈「笑顔か。不思議なやつだな、お前は。だが終わりだよ、マスターが全て終わらせる」

穂乃果「終わらないよ。海未ちゃんもことりちゃんも――花陽ちゃんも、きっと街を守ってくれる」

英玲奈「信じているのか? わかっているだろう、他の人間も、ライバーも、お前と比べたらとてもか弱い存在だ」

英玲奈「それなのに、なぜ信じられる」

穂乃果「関係ないよ。強いとか、弱いとか。そんなの関係ない」

穂乃果「私たち、スクールヒーローだから!」

西木野タワー 最上階


真姫「ついたわ、みんな行くわよ」

海未「前衛は私がつとめます。ことり、二人を守ってください」

ことり「うん!」

真姫「制御装置にさえたどり着けば散布を阻止できるわ」

ダイヤモンドプリンス「させると思うか?」

海未「!? みんな、下がってください!」

真姫「あいつ、パパの会社をめちゃくちゃにして……赦せない!」

ダイヤモンドプリンス(真姫だと……どうしてここに。しかし……もう遅い。計画に変更はない)

ダイヤモンドプリンス「"ラブカブラスト"!」バシュウ!

海未「これは……!(能力が成長している!)」

ことり「大丈夫!」

 ことりが手を前に突き出し、フォースフィールドを生成した。

 ラブカブラストがフィールドによって防がれる。

ダイヤモンドプリンス「ほう、防いだか。なかなかの防御能力だ。ちょうど良い、全員でかかってこい。遊んでやろう」」

ダイヤモンドプリンス「"ワンダフル・ラッシュ"散布まであと3分だ。どのみちもう手遅れ……ククク、絶望しろ、スクールヒーロー」シュシュシュ

 ダイヤモンドプリンスが三つの球体を投げつけてきた。

海未「私が防ぎます、ことりが攻撃を!」バシュバシュバシュ

 海未が弓矢で正確に撃ち落とし、

ことり「うん、"夜空を切り取るレーザービーム"!!!」チュミミミミミミミミ

 奇怪な音と共に、ことりが手から光線を発射した。海未が命名した、ことり流の"ラブカブラスト"である。

ダイヤモンドプリンス「ぐっおあああああああ!!」ドグシャア!

 両腕でガードしようとしたが、その威力を殺しきれずダイヤモンドプリンスはふっとんだ。

海未「私とことりのコンビネーションはいつでも攻防を入れ替え有利に戦えます。二体一で勝ち目はないですよ」

ことり「降参してください!」

ダイヤモンドプリンス「ククッ……降参だと……」チャ

海未「注射器……? まさかっ!」

ダイヤモンドプリンス「これからが、真の戦いだ」プスッ

ダイヤモンドプリンス「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」バキバキバキ

 人間をライバーに強制進化させる"ワンダフル・ラッシュ"、それを再び撃ち込んだダイヤモンドプリンス。

 筋肉がさらに膨れ上がり、その内圧にスーツが耐えられなく成ってゆく。

 ミシミシと音を立てて避け始めるスーツ。その下から、怪物のように屈強で邪悪な肉体が露出する。

海未「全身がダイヤモンドのように……結晶化している。させません!」バシュバシュバシュ

ダイヤモンドプリンス「無駄だ」キンキンキン

海未「効かない! 関節部にも!?」

ダイヤモンドプリンス「もはや私に弱点はない。わからないのか、今の私は――」

ダイヤモンドプリンス「"炭素を操る能力"を手に入れた」

真姫「なによ、これ……」ガクッ

凛「足が、重いにゃぁ……」

ダイヤモンドプリンス「この能力により肉体の有機成分をあらゆる炭素同位体に作り変えた。リアルタイム制御により分子は常に最適な状態で安定する」

ダイヤモンドプリンス「つまり、六方晶ダイヤモンドの弱点である靱性の低さは再生能力によりカバーされ、今の私の防御力はあらゆる物質を超えたということだ」

ダイヤモンドプリンス「だがそれだけではない」

海未「これは……」

ことり「海未ちゃぁん……息がくるし……」ガクガク

海未「高山病のような……急性の酸欠……!」

海未「炭素を操る能力、まさか!」

ダイヤモンドプリンス「そうだ、この部屋の酸素を二酸化炭素に変換しているのだ」

ダイヤモンドプリンス「一酸化炭素でなくて命拾いしたな。自分の肉体ではなく周囲の大気を変化させる分のコントロールはまだ不得手でね」

ダイヤモンドプリンス「安定する二酸化炭素しか生み出せないのだよ。しかし十分だろう?」

ダイヤモンドプリンス「肺機能を鍛えた君もそろそろ厳しい酸素濃度のはずだが」

海未「く……う……!」

ダイヤモンドプリンス「あらゆる武術の基礎は呼吸だ。君の技は厄介だったが、呼吸を断てば無力化する――当然の道理だろう」

ダイヤモンドプリンス「これでも若い頃は天才と呼ばれていてね。頭を使わせてもらった」

ダイヤモンドプリンス「残り一分だ。"世界平和"は成し遂げられた」

海未「くっ……穂乃果……」

ことり「ほのかちゃぁん……」メソメソ

凛「うう……だめだよ、この街にはかよちんが……」

凛「誰か……誰か助けて……」

ダイヤモンドプリンス「愚かだな。友だちを本気で信じているのか?」

ダイヤモンドプリンス「友情など、簡単に裏切られる。そうして人は大人になっていく。所詮子どもだな、最後にすがるのは他人の力だ」

ダイヤモンドプリンス「助けてくれるヒーローなどいないというのに――」

 「――ちょっと待ってて!」

 バリイイン!!!

ダイヤモンドプリンス「……何!」ガッ!

 突如窓を割って飛び込んできた何者かに蹴り飛ばされ、ダイヤモンドプリンスは後ずさった。

ダイヤモンドプリンス「"プランター・スウィング"か。やはり来たな、スクールヒーロー"プランタン"」

花陽「あなたを止めます!」

ダイヤモンドプリンス「ふん」ポチリ

 ボタンを押すと割れた窓がシャッターで閉じられる。

ダイヤモンドプリンス「専用エレベーターからではなく、壁を登って窓から侵入。さらに外気で酸素濃度を回復しようと言うのか。しかしシャッターは閉じた」

ダイヤモンドプリンス「この環境下では貴様の動きも発揮できまい」

花陽「……いいえ」パアア

 花陽の身体が光輝き、周囲に植物が生え始める。

海未「プランタン、何をやっているのです……そんなに植物を出したら」

ことり「体力が……もたないよ」

 花陽の能力は燃費が悪い。植物を大量に生み出せばその分エネルギーを消費する。

凛「なんだか身体が、軽くなってきたにゃ」

真姫「本当だわ、一体何が……」ハッ

真姫「光合成――!」

ダイヤモンドプリンス「――二酸化炭素を酸素に変換しているというのか!」

花陽「これで、あなたと対等に戦えます!」

海未(そうですか……花陽は大量の植物で二酸化炭素を酸素に変換し空気を清浄化した、それだけではない。生み出した植物で消費したエネルギーを光合成で回収している)

ことり「すごい……!」

海未「私とことりが援護します、プランタン、時間がありません、あなたがやるんです!」

花陽「はい!」

ダイヤモンドプリンス「いいだろう、あと30秒だ。貴様達に、何ができるか……」

ダイヤモンドプリンス「可能性とやらを、見せてみろ!」


 こうしてスクールヒーローたちとダイヤモンドプリンスの最後の戦いが始まった。



 Chapter.9 後編に続く

長くなってきたので一旦終わります。
次回こそ最終回になりそうです。

最終話投下していきます。夜中くらいまでかかります。

The Last Chapter.9.5


西木野タワー最上階

"ワンダフル・ラッシュ"が秋葉原に散布されるまで、あと30秒。

海未「ことり、"プランタン"を援護します、ありったけの火力を敵にぶつけるのです!」バシュバシュバシュバシュバシュ

ことり「うんっ! "夜空を切り取るレーザービーム"!」チュミミミミミミミミミ

ダイヤモンドプリンス「そんなものが今更効くものか!」

 ダイヤモンドプリンスはその硬化した皮膚で二人の攻撃を防いだ。

花陽「今です!」バシュバシュバシュ

 その隙をついて"プランタン"こと花陽が急接近しつつ"プランター・ストリングス"を打ち込む。

花陽(どれだけ堅い身体でも糸でグルグル巻きにすれば動きを封じられる!)バシュバシュバシュ

 繊維がダイヤモンドプリンスに絡みついていく。

ダイヤモンドプリンス「所詮は子どもだな」シュウウウウウウ

海未「"プタンター・ストリングス"が解除されている……まるで腐食するように!」

真姫「有機物を使った攻撃はそいつには通じないのよ! "炭素を操る能力"で触れた糸を分子レベルで無力化しているんだわ!」

ダイヤモンドプリンス(真姫、さすがに私の娘か。しかし看破したところでどうなるものでもない)

花陽「だったら身体で直に触れてもダメ……だけど!」バシュ

 花陽は部屋の隅に据え付けられた換気扇に糸を伸ばした。

花陽「たああ!」バキッ

 大きく振り回し、横殴りにダイヤモンドプリンスにぶつける。しかし換気扇がバラバラに破損しただけでノーダメージだ。

ダイヤモンドプリンス「ふん、それだけか!」パアア

海未「ことり、来ます!」

ことり「わかってる! フォースフィールド!」

ダイヤモンドプリンス「"ラブカブラスト"――"エクステンション"!!!!」ヒュババババババアアアアア

海未(まずい、ビームが拡散した、これでは――)

ことり(私の後ろにいる真姫ちゃんと凛ちゃんしか守れない!)

海未(花陽!)

 花陽は――"プランタン"の能力では"ラブカブラスト"は防ぎきれない!

 それも複数方向に分裂したビーム全てから逃れることは不可能――!

ダイヤモンドプリンス「もう遅い、脱出不能よぉ!!」

花陽(身体を最小限に縮める! 当たる表面積を狭めて、一点だけを"プランター・ストリングス"で固めてガード!)ゴオオオオオオオオオ!

 縮めた身体にラブカブラストがヒットする。しかし極限まで縮めた表面積をプランター・ストリングスで何重にも覆った花陽は大きくふっとばされるだけで、ダメージを回避した。

ダイヤモンドプリンス「何ッ!?」

海未「くぅ……足が」ドクドク

 海未は拡散したビームを避け損ね、足を負傷した。しかし海未にとってそんなことはどうでも良かった。

海未「しかしプランタンはガードした……負けていない。彼女のパワーは敵に大きく遅れを取っている――しかし知恵と勇気で補っている!」

 海未は確信した。花陽に――スクールヒーロー"プランタン"に感じた可能性は本物だと。

 彼女は決して強いライバーではない。ライバーならば標準的か、少し上程度の特殊能力と身体能力を持つにすぎない。

 身体能力が低い代わりに多重能力を持つことりや、圧倒的なパワーを誇る穂乃果とは違う。平凡で、どこにでもいるライバー。

 だが――強いライバーが強いヒーローになるわけではない。

 花陽は持っていたのだ。ヒーローにとって最も大切なものを。守りたいもの――勇気の理由(リーズン)を!

海未「アメイジングですよ――プランタン!」

ことり「だけど残り時間はもう15秒くらいだよ!」

海未「一か八か、私とことりで制御装置を狙い打ちます。散布機を誤作動させればあるいは」

真姫「ダメよ、そんな簡単なものじゃ――」

凛「凛が行く」

真姫「なっ――」

凛「凛の足なら間に合うよ、真姫ちゃん!」

真姫(――時間がない、100mを12秒で走る凛なら"プランタン"が戦ってる間に制御装置にたどり着けるかも)

真姫「赤いボタンよ! 何も考えず走って押しなさい!」

 制御装置の赤いボタンは緊急停止スイッチ。完全に散布機が停止するわけではないが、作動を5分くらいは遅らせられる。

凛「行っくにゃ―!!!!!!!」ダッ

ダイヤモンドプリンス「させるものか」

花陽「こっちこそ!」

ダイヤモンドプリンス「っ邪魔だ!」ブンッ

 ダイヤモンドプリンスの攻撃を花陽は間一髪で避ける。

 それだけではない、伸ばした腕に"プランター・ストリングス"を絡ませ、その上を這うように移動し、ダイヤモンドプリンスの背中側に回った。

 炭素を操り有機物を分解するダイヤモンドプリンス、しかし直接触れず、繊維を分解する最中ならばその上に触れていられる。

花陽「ならっ」バシュバシュ

ダイヤモンドプリンス「は、離れろ!」ブンッ

 花陽は飛びのいて壁をつたい、柱に糸を伸ばし、大きく旋回して勢いをつけ、繊維で覆った部分に側面から蹴りを入れた。

ダイヤモンドプリンス「ぐおお!」 

 いかに堅い装甲を持っていようとも、衝撃までは完全に打ち消せない。

 強化された外骨格の内側は内蔵や脳が収納されているのだ。ならば衝撃を与え続ければ動きは鈍る。

 体重を遠心力で上乗せした"プランター・スウィング"ならば攻撃は有効になる。

ダイヤモンドプリンス「この判断力、まさに驚異的(アメイジング)と言ってやろう、だが!」

ダイヤモンドプリンス「ラブカブラスト!!!!」

花陽(凛ちゃんを直接狙って――間に合わない!)

凛「っ――」パアア

 その時だった。

 凛の身体が一瞬だけ光り輝いたと思うと、ラブカブラストが凛の背中をかすめるように外れていた。

ダイヤモンドプリンス(外しただと!?)

海未「あと2秒!」

ことり「1秒!」

凛「にゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 頭から飛ぶ。両腕を伸ばし、その指は制御装置の赤いボタン――一点だけを目指し……!

海未「凛!」

ことり「凛ちゃん!」

真姫「凛!」

花陽「凛ちゃん――!!!!」

凛(――あれ)


 時間が止まったように、澄み切った空気の中にいた。


凛(なんだろう、この感覚)


 走って、走って、走り続けて。その先に何かが見えた気がしたんだ。

 飛べないと思っていた、ずっと飛べないと思っていた自分が夢見た場所が。

 誰かの優しい声が、聴こえた気がしたんだ。

 「行こう、凛ちゃん」


凛(この声……懐かしい声)

 あの子に触れてみたい。

 だけど勇気が出ない。一歩が踏み出せない。

 そんな時に手を差し伸べてくれた人がいた。


 「――飛べるよ」


凛「……うん」

 その指先が――今、届いた。

【BiBiBiBiBiBiBiBiBiBi!!!!!! 緊急停止装置が作動しました、散布機の起動は五分間保留状態となります】



凛「や……」

真姫「やったわ!」

海未「凛、やりましたね!」

ことり(ライバーの動体視力じゃないとわからなかったかもしれないけど、あの時凛ちゃんの身体が光った……)

ことり(やっぱり凛ちゃんは――だけど今は)

ことり「海未ちゃん、今のうちに!」

海未「はい、五分間の猶予、これを逃す手はありません! 真姫を護衛しながら制御装置へ移動します」

ことり「うん、フォースフィールド!」パアア

真姫「凛、そこで待ってなさい! 今行くわ!」

凛「わかったにゃあ!」

ダイヤモンドプリンス(まだ装置が完全停止したわけではない、装置を操作できるのは真姫だけだ、ならば真姫を――殺せば……)

ダイヤモンドプリンス「殺す、だと、私がか……?」ガクガク

ダイヤモンドプリンス(今、私は何を考えた。真姫を殺す、だと?)

ダイヤモンドプリンス「そんなことが、おかしい、これは……矛盾している」

海未「動きが止まった、今です!」ダッ

 ダイヤモンドプリンスの動きが止まった。何か様子がおかしい。

 制御装置が緊急停止したことで精神的ショックでもうけたのだろうか。なんにせよチャンスだった。

ダイヤモンドプリンス(私が"世界平和"を目指したのは――)


 「パパ!」

 「真姫――人はなぜ落ちる?」



ダイヤモンドプリンス("誰"のためだった……?)

ダイヤモンドプリンス「わたし、は……私はああああああああああああああ!!!!!!」キュイイイイイイイイイ

ダイヤモンドプリンス「"ラストライブ"!!!」

ダイヤモンドプリンス「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」バキバキバキ

 雄叫びと共に変化するダイヤモンドプリンス。もはや全身が、内蔵までもがダイヤモンドに変化した怪物と化していた。

ダイヤモンドプリンス「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

花陽「もう、人の言葉まで……! だけど!」バシュバシュバシュ

 "プランター・スウイング"で全力で突っ込んだ。

ダイヤモンドプリンス「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」ゴゴゴゴ

 膨れ上がりすぎた体重と、先程までのラブカブラストによる損傷により、床が抜けた。

海未「プランタン!」

花陽「大丈夫です、私がやります! そちらは制御装置を!」

 花陽はダイヤモンドプリンスに組み付いたまま、下の階まで落ちた。

ダイヤモンドプリンス「グオオオオオオオオオオオ!!!!」バキッバキッ

 落下する瓦礫の中で花陽は数発殴られる。

花陽「あっ……がっ……!」

 吐血する花陽。

花陽(肋骨がニ、三本やられた……!)

 シュウウウウウウウウウウウ

花陽「それに……組み付いてるだけで……身体が!!!」バッ

 花陽はダイヤモンドプリンスの身体を蹴って飛びのいた。

 "ラストライブ"で理性を失ったようにみえる今でも、"炭素を操る能力"は健在なようだった。長時間触れていれば分子分解される。

ダイヤモンドプリンス「ガアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」ブンッ!

花陽「うっ、あああああああ!!!!!」バリーン!

 ダイヤモンドプリンスの拳をまともに受けた花陽は大きく吹っ飛び、ビルの窓を突き破って外に飛び出した。

 ダイヤモンドプリンスも窓から跳躍し、追いついてくる。

花陽(追撃――!?)ガッ

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!

 身体を掴まれた花陽は、その勢いのまま向かいのビルの壁にたたきつけられた。

 壁が割れ、身体がめりこむほどの衝撃。花陽の身体はバラバラに引き裂かれそうになっていた。

花陽「うっ、うう……」

 ぐったりと動きをとめた花陽を一瞥すると、ダイヤモンドプリンスは壁を蹴って跳躍し、再び西木野タワーの外壁に取り付いた。

 ガスガスと手をつき込み、力づくで登っていく。

 屋上に据え付けられた散布機に向かって――

花陽「爆発……させる気なの……?」

 そうなれば、タワー周辺に薬品が散布される。被害は小さくなるが、しかし犠牲者は確実に出る。

花陽「そんなこと!」バシュ

 "プランター・ストリングス"ですぐに追いつく花陽。もはや満身創痍だった。しかし、強い意志が身体を動かした。

 「みんなを守る」「友だちを守る」。自分にとって大切なもの、そのすべてを守るために。

西木野タワー 最上階 薬品散布機制御装置


真姫 カタカタカタカタカタ

凛「すごいにゃー、指がみえないよ」

海未「こ、これが噂に聴いた奥義――ブラインドタッチというものですか!!」

ことり「技名じゃないよ、海未ちゃん」

真姫「五分もあれば散布機は余裕で停止させられるわ、この天才真姫ちゃんに任せなさい」フフン

凛「あのヒーローさん、大丈夫なのかな?」

真姫「任せるしかないわよ、今は」

ことり(そっか、真姫ちゃんと凛ちゃんは"プランタン"の正体が花陽ちゃんだって知らないんだ)

海未「大丈夫です。彼女は強い」

ことり「海未ちゃん……!」

海未「真のヒーローになる資質を持っています」

ことり「そうだね。……海未ちゃんが信じた可能性。ことりも信じる!」

真姫「いけるわ!」カタカタカタカタ ッターン!


【散布機 完全停止しました】ウィーンウィーンウィーン


凛「やったにゃー!」

海未「さあ、私たちは脱出しましょう。ここにいては危険です!」

海未(花陽……迷った末にあなたが選ぶ道が、どこにつながっているとしても。あなたならば――)

一旦ここで切ります。また深夜ごろに続きを投下します。

西木野タワー屋上 薬品散布機


ダイヤモンドプリンス「……グルルルルル」

花陽「目を覚ましてください、西木野博士!」

 花陽は気づいていた。ダイヤモンドプリンスの正体が西木野博士その人だと。

 今までも薄々と感じていた。しかしこの戦いではっきりとわかった。

 西木野タワーを簡単に占拠し、散布機をセットし、新薬により肉体を強化する。社長をやめたタイミング。

 西木野博士の言動がおかしかったことと合わせて考えると、思い当たる人物は一人しかいなかった。

 それに加えて、手が触れ合った瞬間のあの妙な感触――あの独特な感触が、その疑念を確信へと導いた。

花陽「あなたを必要としている人がいます! きっとその子にとってあなたは――」

ダイヤモンドプリンス「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」ドゴォ!

花陽「このままじゃ、散布機が破壊されちゃう!」

 話が通じないならば、倒すしかない。しかし完璧な防御力を持つダイヤモンドプリンスを、どうやって倒せばいい。

花陽「"ラストライブ"」

 その単語が頭をよぎった。

花陽「だけど――今がその時じゃない」

 花陽には直感的にわかっていた。自分の力は、誰かを傷つけるためにあるんじゃない。

 あるいは――

花陽「たとえ誰かを傷つけるものであったとしても、力はただの力だから……使い方は、自分で決める!」パアア

 花陽は身体からツルと根を伸ばした。

 ダイヤモンドプリンスの身体に絡みついていく。しかし――有機体はかたっぱしから分解されていく。

花陽(だけどすぐに壊されるわけじゃない……だったらスピード勝負!)

 分解されるより早く根を伸ばせばいい。その先は――眼と鼻と耳と口!

 たとえ全身を結晶化して、絶対的な防御力を手に入れても、感覚器官が閉じられていない限り"穴"はある。

 ならばそこから根を滑りこませれば良い。

ダイヤモンドプリンス「グオオオオアアアアアアアアアアア!!!!」ブチッブチッ

 両腕を振り回し、根を千切りとる。

花陽「それでも!」

 大量の根を伸ばす。体内に徐々に侵入していく。

花陽「思った通り……一旦中に侵入した根は破壊されない。体内の有機体まで破壊すれば、自分の内蔵まで傷つくからです」

花陽「あなたの能力の範囲は体表面より外! これで――終わりです!」

 花陽の全身が光り輝く。ライバーのエネルギー"ラブカ"が根を伝ってダイヤモンドプリンスの体内へ侵入してゆく。

 "プランタン"の能力では"ラブカブラスト"のようなラブカを利用した技は使えない。しかし、ラブカを単純な形で放出することはできる。

ダイヤモンドプリンス「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」ジタバタ

 もがき苦しむダイヤモンドプリンス。確実にダメージを負っていた。

花陽「もう、いいんですよ。苦しまないで」

ダイヤモンドプリンス「……」シュウウウウウウウウウウウウウウウウウ

 もともと"ラストライブ"で消耗していたエネルギーが、最後の攻撃で完全に尽きたのだろう。

 ダイヤモンドプリンスの結晶化した皮膚は粒子状に分解され、徐々に元の姿が現れ始めた。

西木野父「……」ドサッ

花陽「西木野博士!」

 完全に人間の姿になり、散布機の前に倒れた西木野博士。花陽はそこに駆け寄る。

花陽「大丈夫、ですか」

西木野父「……私、は……?」

花陽「気が付きましたか! 良かった!」

西木野父「ここは、そうか……。私は、負けたのか」

花陽「散布機は真姫ちゃんが止めてくれたんだと思います」

西木野父「真姫が、そうか。やはり私の娘か……"普通"ではいられない、そういう運命だったのだ」

西木野父「私は真姫の歩む哀しみの道を止めるために、世界を少しでも良くしようと……しかし間違っていたのだろうか」

西木野父「私は負けた。負けたということは、間違っていたということなのだ」

西木野父「君にはわからんだろう。しかし天才という生き物は、そういう"わかり方"をしてしまうものなのだ。きっと真姫も同じだ。だから他人と打ち解けることができない」

西木野父「君は……プランタン。いや、小泉の娘か」

 西木野博士の目からも、今は見えていた。激闘の中で破けたフードから覗く、小泉花陽の顔が。

西木野父「そうか、そういう"因果"でつながっていたのか。なるほど"モーメント・リング"か。小泉の言っていたことは、間違っていなかったということだ」

西木野父「私は小泉の娘に負けた。奴が正しかった。それが証明されたのだ」

花陽「私にはわかりません。きっとあなたや、真姫ちゃんとは違うから……」

花陽「でも、誰か一人が正しくて、誰か一人が間違ってるなんてこと、ないんだと思います」

花陽「みんな違うから、不安になるけど、みんな違うから、楽しくなるんです」

花陽「だから一つになんてならなくて良いんです」

西木野父「同じことを言うのだな、奴と……」ゲフッ

花陽「西木野博士!」

西木野父「ハッ……無茶な自己強化を続けたのだ。私にもむかえが来たようだ。最後に頼みがある……」

花陽「……なんですか」

西木野父「真姫に……もう近付かないでくれ」

西木野父「君が小泉に似ているように、あの子は私にそっくりだ。一緒にいれば、同じ運命をたどることになる」

西木野父「一つになれないなら、同じになれないなら、同じ哀しみが繰り返されるだけだ……」

西木野父「小泉花陽、お前は真姫を傷つける……だから……」ガクッ

西木野父「……」

花陽「西木野博士! 西木野さん、西木野さん!」ユサユサ

花陽「うっ……ううう……そんな……そんなのって……」

 ピーピーピーピー

花陽「なに、このアラート……」


【散布機のエンジンにダメージが生じました。機密保持のため、マイクロブラックホールにより10秒後に散布機と制御装置を消滅処分します】



西木野タワー 最上階


海未「今のアラートは!」

ことり「マイクロブラックホール!? 早く離れなきゃ!」

真姫「待って……あぅ!」ガッ

真姫(嘘、足をくじいて……そんな、こんなところで!)ガクガク

凛「真姫ちゃん!」ダッ

海未「凛、何を!」

 凛は真姫の元へ駆け寄り、強引に手を掴みあげて海未たちの元へ押し出した。

凛「――」


【自爆装置 起動】キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ


 ボッ――!!!!!


ことり「凛ちゃん!」

海未「凛、早くこっちに!」

真姫「凛――!!!!!!!!!」

 発生した小型の超重力場に散布機と制御装置がまるごと吸い込まれてゆく。

 光ごと吸い込む五次元空間の扉を、粉々に圧縮された物質が消えてゆく。

 誰も出られない。ここに吸い込まれてしまえば。

花陽「――ちょっと待ってて!」ガシッ

 そこに飛び込んできたのは、スクールヒーロー"プランタン"だった。

 吸い込まれそうになる凛を抱きしめる。

凛「ダメ、もう……逃げて……」

花陽「逃げないよ」パアァ

 "プランタン"の身体が光り輝く。それは、生命の輝き。

花陽 スウウ





花陽「"ラストライブ"――"ラブ・マージナル"」





海未「あれは、ラストライブ!? やめなさい、死にますよ!」ダッ

ことり「ダメだよ、海未ちゃん!」ガシッ

海未「ことり、はなしなさい、私は――!」

ことり「迷って、迷って、決めたことなんだよ、生命の輝きなんだよ!」

真姫「ああ、私のせいで……凛……私のせいで……」ポロポロ

海未「光が――拡がってゆく」

 "プランタン"の身体の輝きはさらに強くなる。

 全身から植物が伸びて、凛と自身の周囲を覆っていく。

 それだけではない。強い輝きが植物を成長させたのか、蕾がついて、そして、花が――

 最も美しい――蓮の花が咲いた。


 光の中、花陽と凛、二人のシルエットを花が包み込んだ。


光の中


 「見てないでこっちにおいでよ」

 「でも凛は……いいよ。きっとできないよ」

 「できるよ! 一緒に行こう!」ギュ

 「わわっ! でも、でも……あんな大きななわとび、凛じゃ……」

 「できる、一緒ならできるよ!」

 「! ……名前は、なんていうの?」

 「私は――」

 私の名前は――小泉花陽。


 「うんっ! よろしくね、かよちん!」


 笑顔の花が咲いた。



 そっか。

 その時なんだ。

 すべてが始まったのは。


秋葉原 大通り


英玲奈「あの光は、"ラストライブ"の光――」

英玲奈「マイクロブラックホールの闇を……光を吸い込む漆黒を包み込んでいくほどに、強い生命の輝き」

英玲奈「優しさが世界を包んでいく」

 花が散る。

 小さな光の花弁が、秋葉原全域に降り注いでいた。

 あの爆発した散布機を中心に広がっていく。しかし、それは人を強制進化させる"ワンダフル・ラッシュ"ではない。

 その優しげな感触に触れれば、誰にだってすぐにわかった。

 これは、願い。これは、夢。これは、奇跡。

 雪のように世界に降り注ぎ、世界を包み込んで……。

穂乃果「"スノー・ハレーション"。フフッ、きっと海未ちゃんならそう名前をつけるんだろうなぁ」

穂乃果「どんな人にでも感じる可能性……これはその花と雪」

穂乃果「花陽ちゃん――やりとげたんだね!」


西木野タワー 最上階 制御装置周辺



凛「……かよちん?」

花陽「……」

凛「……かよちん、どうしてここに……!」

花陽「……」

凛「……!」ハッ

 凛はやっと気づいた。

 彼女がボロボロになってしまっていることに。傷だらけの身体は、真っ白に燃え尽きたかのように、生気を失ってしまっていることに。

 自分を抱えるような姿のまま、凛の隙だった心臓の鼓動も、息遣いも、体温も、全部が亡くなってしまっていることに。

凛「かよ、ちん……?」

 破れたフードからみえる顔は、安らかだった。痛みも哀しみもない世界。

 魂はすでに導かれていた。

凛「……そっか」

凛「ずっと、守ってくれてたんだね」

凛「かよちんはやっぱり――凛のヒーローだよ」


 凛は花陽の顔に近づいて、


凛 チュ


 そっとくちづけをした。





 「お母さん、あの子天使?」







 あれ……?

 この子……天使?

 ぼんやりとかすれた瞳の中に、よく見知った綺麗な顔が映った。

花陽「……りん、ちゃん?」


凛「おかえり、かよちん」ニコッ


花陽「……ありがとう」



 ――ただいま。



・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・


・・・


西木野タワー占拠事件から一週間が経ちました。

大事件だったのに、みんな少しずつ忘れていくように、日常に戻って行きました。

だけどそれで良かったんだと思います。

ずっと悲しいことだけを引きずっていれば、きっとそれは、つらいだけだから。

だから心のなかにしまっておけばいいんです。

花陽母「花陽ちゃん、お友達が来てるわよ」

花陽「……うん」ガチャ

真姫「……花陽」

花陽「真姫ちゃん」

真姫「今日、父の葬儀があったわ」

真姫「タワーの中で死体が見つかった。綺麗な死体だった」

真姫「まるですぐに起き上がって、私を抱きしめてくれそうな……だけど、わかってる。人は死んだらもう元には戻らないのね」

真姫「時を――巻き戻しでもしないかぎりは」

真姫「花陽……どうして来てくれなかったの」

真姫「私には! もう……花陽しかいない!!!」

花陽「……真姫ちゃん」

真姫「あなたなら、わかってくれるはず……私たちは"同じ"なのよ、大切な人を失った……」

真姫「私の気持ちをわかってくれるのは、花陽だけ……花陽さえいてくれたら、私、それだけで……!」

真姫「私……私、もしかしたら、って思ってしまう」

真姫「タワーを占拠したあの怪物が……パパと何か関係してるんじゃないのかって」

真姫「心は違うって言ってるけど……だけど頭は違うの、きっとパパは……パパはなにか取り返しの付かないことを――」

真姫「花陽、お願いよ! あのプランタンってヒーローは何か知ってる! 私は真実が知りたい!」

真姫「一緒に来て、一緒に戦ってよ! 花陽と一緒なら……!」」


花陽「……」

 真姫ちゃんにとって、西木野博士はヒーローだった。

 誰の心の中にもヒーローはいる。凛ちゃんが、お母さんが、私をヒーローだと言ってくれたように。

 きっと誰もが、誰かにとってのヒーローになれる。

 どんな人だって、誰かと関わる限りは、きっと。

 だから、たとえ小さくても、それはかけがえの無いもので。

 絶対に守らなければならないものだから。

花陽「――同じじゃないよ」

花陽「私たちは同じじゃない。真姫ちゃんの気持ち、きっと花陽にはわからないよ」

真姫「うっ、うう……そんなこと……」ポロポロ

真姫「花陽まで……拒絶されたら……もう……なにも」

花陽「真姫ちゃんのお父さんは、真姫ちゃんのヒーローだったんだよ」

花陽「思い出も、絆も……真姫ちゃんだけのものだから。その痛みは、真姫ちゃんだけのものだから」

花陽「私たちは同じにはなれない」

真姫「っ……!」ダッ

花陽「これで……よかったんだよね」

 もう、真姫ちゃんと一緒にはいられない。

 私は真姫ちゃんのお父さんを、ヒーローを殺してしまった。

 その罪は真姫ちゃんとは決して分かち合えない。

 だからせめて、西木野博士との約束を守らなければならない。

 真姫ちゃんとは、もうかかわらない。

 真姫ちゃんのお父さんはヒーローだった。真姫ちゃんにとって、大切なのはその真実だから。

 私はその真実を守る。

 それが私に唯一、できることだから。

 真姫ちゃんが"プランタン"に復讐を果たしに来る、その時が来たら。

 私は――

エピローグ



音ノ木坂学院 屋上


凛「凛知ってるよ」

凛「かよちんなら、みんな守ってくれるって」

花陽「凛ちゃん……」

凛「凛たちが出会った時のこと、覚えてる?」

花陽「うん、確かあの時、お兄ちゃんが――」

凛「――そう、近所のお友達と大きななわとびで遊んでた」

凛「凛は怖くて入れなかった。遠くから見てるだけだった」

凛「凛ね、引っ越してくれたばっかりで不安だったんだ」

凛「だけどあの時かよちんが背中を押してくれた。手を引っ張ってくれたから」

凛「思えたんだ――この街にいていいんだって」

凛「だから凛にとってはその時からずっとかよちんが凛のヒーローなんだ」

凛「ここにいてもいいんだって。"いま"が最高なんだって教えてくれたから」

凛「そんな優しさを、かよちんにもらえたから」

凛「だからね、かよちん」

凛「真姫ちゃんを、助けてあげて」

花陽「でも……でも……私にできることなんて、もう……」

花陽「凛ちゃんだってわかったんでしょ!? 花陽、真姫ちゃんのお父さんを……!」

凛「真姫ちゃんのことをわかってあげられるのは、やっぱりかよちんだけだよ」

凛「真姫ちゃんのヒーローに、なってあげて」

花陽「でも……でも……」

凛「行こう、かよちん!」ギュ

花陽「ちょ、凛ちゃん!?」

凛「一緒なら、できるよ!」


音ノ木坂学院 音楽室


 愛してる ばんざ~い ♪


花陽「綺麗な声……」

凛「真姫ちゃん真姫ちゃん真姫ちゃ~ん!」ガラッ

真姫「ヴエエエ!!! ちょっと凛、なにいきなり!!」

花陽「……」

真姫「……っ! 花陽……なにしに、きたのよ」

花陽「……真姫ちゃんに、会いに来た」

真姫「なによ……"同じじゃない"って言ったくせに」

花陽「だけど……ううん。だからこそ、寄り添うんだよね」

花陽「同じにはなれなくても、隣りにはいられる」

花陽「友だちって、そういうものなんじゃないかな」

真姫「なによ……なによ……そんなの……同じじゃないなら、傷つけ合うだけじゃない」

花陽「それでも、友だちだから……何度だって寄り添い会えるから」

花陽「ずっと真姫ちゃんの、隣にいたい」

真姫「……花陽……花陽ぉ……私……ずっと……そういって……」グスグス

真姫「そう言って欲しかった……そう言って……」

真姫「どうしてだろう、涙が止まらないの」

真姫「うれしくて、うれしくて、今、幸せすぎるくらいなのに」

真姫「涙が止まらない」

真姫「ごめんね」

花陽「違うよ、真姫ちゃん」

花陽「私のほうこそ、真姫ちゃんと出会えてよかった。真姫ちゃんと出会えたから、私、変われたんだ」


花陽「ありがとう」


秋葉原 高層ビル屋上


【留守番電話録音サービスを再生します 一件】ピー


【よお、花陽。あー、なんていうか。こういう話は照れくさいからな。留守電がちょうどいいと思ってな】

【花陽、お前は強い力を手に入れたんだな。俺はその力をお前のものじゃないと言った】

【だけどな、花陽、それはお前が弱いって意味じゃないんだ】

【お前は最初から、持ってたじゃないか――優しさって強さを】

【なわとびを飛んだ時のこと、覚えてるか。お前は近所の女の子に、手を差し伸べてたよな】

【それを見た時、俺じゃかなわないなって思ったんだ。俺はライバーだけど、それでもかなわないなって、思ったんだ】

【気づいたよ、それがヒーローの資質なんだって】

【だから俺は、自分の力の重圧に耐えかねて家を出た。俺は弱くて、ヒーローにはなれないから】

【思すぎる責任は背負えないから】

【だけどお前は、逃げずに立ち向かったんだな。ずっとこの街にいたんだな】

【困難が人を偉大にするのなら、お前くらい偉大な人間はいない】

【だから俺も帰ってこられた。花陽が待ってるから、ここにいても良いんだって思えた】

【ありがとう】

【お前ももう、自分の居場所に帰って来い――俺のヒーロー】


花陽「……ありがとう、お兄ちゃん」

 ビルの屋上から、夜の秋葉原を見下ろす。

 事件の爪あとは大きかった。だけど少しずつ人々のくらしは元に戻っていく。いつまでも悲しいままで入られない。

 悲しいことだって、辛いことだって、思い出としてしまっておいて。次の朝が来る。

 だから――

 「誰か助けてー!」

 どこからか声がする。

 助けを求める声。この街からいなくなってしまうかもしれない誰かの叫び。

 聞こえるよ。ちゃんと、ここにいるから。
 
 あなたの隣りにいるから。

 どんなときも、ずっと。
 
 あなたのもとへ駆けつける!




花陽「ちょっと待ってて!!!」


 

 




 
 The Nyamazing Printemps Ⅰ: Skipping. END.







エンドロール後のオマケ



 「星空凛ちゃんが覚醒したあの一瞬だけ、時間が巻き戻った……"モーメント・リング"が動き始めたんやね」

 「うちもそろそろ傍観してるだけじゃ、いられないかな」

 「十七年前の隕石、大量発生した"ライバー"、音ノ木坂に現れたスクールヒーローと敵対するA-RISE……"UTX"。そして"モーメント・リング"」

 「すべてが運命に導かれ、つながってきた」

 「カードが告げとるんや。うちらの運命も、再び動き始める」

 「そのとき何を選ぶんや? にこっちは――ううん、こう呼ぶべきやろか」

 「始まりのスクールヒーロー――」


 ――キャプテン・ニコニー。





 「……」ニコッ

「アメイジングかよちん1」はこれで終わりです。ありがとうございました。

次は「アメイジングかよちん2」をやろうと思っていたのですが、案外ネタを消費できたので、この続きは三年生を中心としたエピソード「キャプテン・ニコニー」につなげていきたいと思います。
他にもいろいろなスクールヒーローの話を書こうと考えてはいるのですが、実際に書くかどうかは今のところ未定です。
揃ってきたらμ’sアッセンブルするかもしれません。なんにせよここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。またよろしくお願い致します。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年04月28日 (木) 23:07:17   ID: qQLOqXGV

よかった...面白い!キャプテンニコニー待ってます!!

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