結衣「強い京子と弱い京子」 (17)
タイトル思いつかなくて適当につけました
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そういえば、京子が変わったのは、いつの頃だっただろうか。
いつもびくびくおどおどしていて、儚い雰囲気を纏う泣き虫な女の子。それが、かつての京子だった。あの頃は京子は私が守ってやる、なんて思っていたりもしたけれど、気付けば京子は独り立ちして、すっかり元気いっぱいのお調子者になっていた。
私がそんなことを思ってしまったのは、京子がいつものように調子にのって、いつものように私がフォローした時。クラスメイトが私に言った一言が原因だった。
――船見さんも大変だね。
――昔の京子ってどんな子だったの?
そんな、言葉。
私が京子の幼なじみだというのはクラスでも周知の事実だから、昔から苦労してるんだろうって、冗談混じりに言っていた。
「昔の京子は今とは真逆の性格で、すぐ泣く子だったよ」
その時の私は、そんな風に言葉を返した……んだと思う。確信が持てないのは、それきり私の思考がぼんやりと京子で満たされていったから。
強くなったんだろう、京子は。
……昔はよく泣いていたのにな。
なんて思いながら、休み時間。ぼんやりと窓から外を眺めていたら、背後から現れた二つの手によって不意に視界が塞がれた。
「だーれだ?」
くだらない悪戯だ。
「・・・京子だろ」
この繊細な手のひらの感触は京子以外ありえないし、大体声を聞けばすぐにわかる。
少々ぞんざいに京子の手をどかして、振り返る。
案の定、そこには京子がいた。
「へへ、ばれたかー」
「おまえ、わかりやすすぎるんだよ。で、なに?」
「いやあ、別に? 結衣がつまらなさそうにしてたからさぁ、京子ちゃん分を補給してやろうと思って」
「いらねえよ」
軽くチョップして、つっこみをいれてやる。
……まったく、京子は。
昔の私は、がさつで男勝りで、自分で言いたかないけどガキ大将みたいなおてんば娘だった。
だから、かなあ。
そんな自分とは正反対の、泣き虫だけど可憐でかわいらしい京子に、惹かれたのは。
京子には私がついてあげなくちゃ、って。
京子には私がいなきゃだめだ、って。
京子は私が守ってあげなくちゃ、って。
そう、思っていた。
思えば、そうやって私のほうこそが京子に依存していたんだろう。いや、今だってそうだ。
変わらないものはない。
京子が変わったように、私だって変わった。あかりだって、ちなつちゃんだって。
それはこれからも同じだろう。
だけど、京子との関係は変わってほしくない。これからも、ずっと。
京子が、泣いていた。
強くなったと思っていた京子が、泣いていた。
「うぅ……ゆいぃ……」
私に抱きついて、すがるようにして、あの京子が泣いていた。
「どうしたの、京子?」
一体何があったのか聞いてみても、ひっくひっくと泣いているばかりで何もわからない。
だからとりあえずしっかりと京子を抱きとめてやって、私がそばに付いているんだよって、安心させてあげるくらいしかできなかった。
……しかし、京子はかわいいな。
なにせ、瞳をうるうるとさせてこっちを上目遣いで見つめてきたり、怯えているのかわずかに身体が震えていたり、パジャマのすそをつかんできたり、なにかとこちらの庇護欲を掻き立ててくるんだからたまらない。
まあ、それはともかくとして。
京子に一体何があったのだろう。
昨日の夜――京子が私の家に泊まりにきた時は特にいつもと変わりなかったし、むしろゲームだのラムレーズンだのと騒いで元気の塊みたいな感じだったんだ。
それなのに、朝起きたらこれである。
「ひっく……ゆい、ごめんね、迷惑かけて……」
結局京子が泣き止むまでには、かなりの時間を要した。涙を枯れるまで流して、泣き疲れて。そうしてようやく京子は落ち着きを取り戻した。
けれど、そこにいつもの天真爛漫な京子の面影はない。
「迷惑なんて今更だろ、それより何があったのか……聞いてもいいか?」
「う、うん……」
改めて尋ねてみたけれど、京子の怯えっぷりはまだ収まらない。しどろもどろになってしまっている京子を見ていられなくて、私はその震えている手のひらを握ってやった。
ほんのり温もりを帯びているそれ。私のよりも白くて繊細で、愛おしく感じられる。
「京子、落ち着いて。ゆっくりでいいから」
一瞬びくりと身体を震わせた京子だけど、少し安心したのかゆっくり話しだした。
「そ、その……こ、怖い夢を見て……」
「はあ? 夢?」
「……うん」
私が何か反応を示すたびに、京子はいちいちびくっと怯えた反応を見せる。何をそんなに臆病になっているのか。私と京子の仲なのに。
「どんな夢だったの?」
「……ゆ、ゆいが、私に……」
「私が、京子に?」
たどたどしい京子の言葉に、私はしかと耳を傾けた。
京子の夢の中で、私は何をしたというのだろう。
「……も、もう愛想が尽きた、って。ぜ、絶交する、って……」
「は?」
愛想が尽きた……京子に?
絶交する……京子と?
そんなこと、あるわけがない。
「ごめ、ごめんね、駄目なところは直すから……」
あるわけないのに。
きっと京子は、夢の中の私と現実の私がごっちゃになってしまっているんだろう。
「はぁ……」
ありえないことで涙まで流す京子に、思わず溜息が出る。
それを苛立っているとでも捉えたか、また京子がびくりと体を震わせた。違うってのに。
「ゆ、ゆい、行かないで……」
「……今更私がおまえに愛想尽かすわけないだろ。いつからお前とつきあってると思ってるんだ」
物心ついた頃にはすでに、私の隣には京子がいた。それから京子とは片時も離れずに一緒にいたから、十数年間の私の人生を語る上で京子の存在は欠かせない。それくらい、私と京子の関係は強固なもののはずで。
迷惑なんて、どんどんかけてくれてかまわない。むしろ遠慮されたりしたら逆に困るくらいだ。
「ゆ、ゆいぃ……」
またうるうるし始める京子。
――なんだ。京子は変わっていないじゃないか。
どれだけ強くなったように見えても、取り繕っても、その内にはかつての京子がやっぱりあった。
かつての弱い京子は、消えたんじゃなくて、今の京子の中に潜んでいたんだ。
「……京子、無理してるんじゃないか?」
夢の中で私が絶交するなんて言ったのは、京子がそれをされるのを恐れているということを表しているんじゃないのか?
それを夢として疑似体験してしまったということじゃないのか?
普段奔放に振舞っている裏で、疎まれやしないかと内心怯えていたということじゃないのか?
無理に元気に振舞うことで自分を追い詰めてしまうのなら、そんなのやめてほしいと思った。
「そ、そんなことないよ」
「そんなことあるよ。別に無理して元気な子を演じなくてもいい」
「……演じてる、わけじゃないよ。ただ、私、結衣みたいになりたくて……」
「私みたいに?」
「うん……私、泣いてばかりの弱い自分が嫌いだった。結衣に守られてばかりじゃ、いつか結衣に見放されちゃうって、思ったから」
「っ……」
まただ、ありえない被害妄想。
それを聞いて、いたたまれなくなって、そして悲しくなった。けれど、これだけは言わなくちゃいけない。
「そんなわけないだろ! 私がおまえを見放すなんて、絶対にない!」
いつもなら気恥ずかしくて言えやしないけど、この状況だから、私は思うままに叫んでやった。
「……うん。えへへ、ありがとう。でもね、いつもの私だって、本当に紛れもなく私なんだ。無理してるわけじゃないよ。強い私も、弱い私も、どっちも私だから」
「……そっか。でも、辛い時は私のところにきていいよ。それで思う存分泣けばいい」
「うん……ごめんね、結衣。迷惑かけちゃって」
「別にいいって。迷惑なんて今更だろ。私はお前に迷惑かけられるのが好きなんだよ」
これから私に遠慮されたりしたら堪ったもんじゃないから、もうこの際言ってしまおう。羞恥心なんて、今は吹き飛んでしまっている。
「そっか。……えへへ、私も結衣に甘えるの好きなんだよねー」
泣きはらした顔で、それでもにっこりと笑って、京子はまた抱きついてきた。ふわっと漂ってくる同じシャンプーの香りに、私の方まで頬が綻ぶ。
「ふふ。まったく、手がかかるなぁ、京子は」
まったく、京子は。
本当に、たまらない。
なるほど。
弱い京子だって、強い京子だって、私の大切な幼馴染であり愛おしい存在であることには変わりない。
私がそばにいればそれでいいじゃないか。
私たちは、暫しそうやって互いの体温を確かめ合い、見つめ合った。
そして。
「結衣、大好き!」
「……私もだよ」
ちゅっ
どちらからともなく、優しく口づけを交わしたのだった。
おわりです。
泣き虫京子ちゃんを書きたいだけのSSでした。
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