双葉杏「不労働讃歌」 (54)
※ このssにはオリジナル設定やキャラ崩壊が含まれます。
===1.
「ヤダよ。これ以上はゆずれないね」
昔見た、漫画の主役、真似てのたまう。
うん、字あまり百点。
「そうか。なら今月もお前さんの給料は希望額よりも大きく下回る事になるわけだが、構わんね?」
「だからさー、あれだけ曲を出して、グッズも山ほど売れて、ライブにもお客が入って……
なのにどうして杏の取り分がこれっぽっちしかないのか。その点をキチンと話し合おうじゃんって言ってるの」
「答えは簡単。曲が売れて儲かるのはレコード会社、グッズが売れて嬉しいのはグッズ屋さん。
ライブは回数が他所と比べても圧倒的に少ないうえに、一週間の平均労働時間が二十時間に届かない人間の、
どこに十分払える給料があるのか……逆に俺が、説明して貰いたいぐらいだね」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1459592010
「あっ、その質問に関しては、一旦こちらで預かるということで。
今日はもう時間ですので、また日を改めてお越しください……それでは」
撤退てたい。状況は我が陣営に対して極めて不利なリ。
急いでその場を立ち上がり、この危機的状況から逃げ出そうとした私の体が、ひょいと持ち上げられて宙に浮く。
おっと、こいつぁ一体どういうワケだ? 腐っても双葉杏17歳。
おいそれと簡単に持ち上げられるような、ちゃちな体は……してたな、うん。
「杏ちゃん。出番の前に、逃げちゃダメだにぃ」
両脇を抱えられる格好で持ち上げられて、ぷらんぷらんと足が揺れる。その姿はまるで犬か猫か。
頭の上から聞こえてきたとろけるぐらい可愛らしい声の主に向けて、私はまだ自由の利く首を捻って訴える。
「……分かってるよきらり、冗談じょーだん。だからさ? 早く降ろしてくれないかなぁ」
「んっと、どうすゆ? Pちゃん」
「駄目だ。そのまま担いどいてくれ……そいつの『分かってる』ほど、信用のならない台詞もないからなー」
「……ちぇー」
はぁ、まったく。
流石は杏を任されてるプロデューサーだよ。私のことを、よく分かってらっしゃる。
これ以上抵抗するのも面倒くさいし、逃げらんないなら、ここで出番までだらけてるほうがやっぱ有意義だよね。
事務所主催の定例ミニライブ。
その出番を待つ楽屋にて、私はきらりに抱えられたまま、降伏のため息をついたのだった。
===
時は、吹き荒れるアイドルブームの真っ只中。
ちょいと見た目がよろしくて、多少の愛嬌さえ持ち合わせていれば、
どんなに野暮ったい女の子でもそこそこのアイドルとしてやっていける、そんな時代。
中学を卒業するのと同時に故郷の北海道から単身、東京に出てきた私は、
ひょんな事をきっかけにしてこの麗しき業界へと転がり込んだ。
でもでも、「こいつはヤバイ所に来ちゃったな」なんて後悔する頃にはもう遅い。
のほほんとして見えたのは外面だけで、一歩踏み込めばそこは魔境。
有象無象のアイドル達が、日夜ライバル相手に生き馬の目を抜くような熾烈な争いを繰り広げていたのだから、
美味い話に釣られるままにやって来た私には、たまったもんじゃなかったのであーる。
いつしか純朴だった田舎娘も捻くれて、
気づいた時には事あるごとに、「あたしゃ働かないよ!」と毒づく始末。
それでもアイドルを辞めなかったのは、さっきも言ったけど
どんな女の子でもそこそこレベルまでならやっていけるこの業界で、私もそこそこのアイドルとして……
いや、『そこそこ以上のアイドル』として、成功を収めたからに他ならない。
そう、他ならないのだ。
===
「働きたくない奴は誰だっ!」
『俺だーっ!』
「楽して儲けたい奴は誰だっ!」
『俺だーっ!』
「でもさぁ! 人生はそんなに甘いもんじゃないよねっ!」
『知ってるーっ!』
「だから私は諸君らに労働を讃える歌を歌うのだ! レッツ・労働っ!!」
はたらけーっ!! と、大声でマイクに向かって怒鳴る。ステージを見に来た客が合いの手を返す。
ギラギラとしたレーザーの光を受けながら、スピーカーから大量の電子音が爆音で撒き散らされる。
私のライブは、異常だ。
アイドルなのに可愛い歌は歌わない。アイドルなのにろくにダンスも踊らない。
持ち歌の殆どが、客による合いの手を前提に作られているので、実際に私が歌うパートはごく僅か。
それでも、私のライブは成立する。
「あぁー、疲れたー」
合計で三十分にも満たない出番を終えた私は、楽屋に戻ってくるなり、衣装のままで畳の上に寝っ転がった。
「杏ちゃんおっつおっつ! それじゃ、きらりも行ってくるにぃ!」
「うぃ。頑張ってー」
戻って来た私と入れ替わるよう笑顔で楽屋を出て行くきらりに、
私は手をひらひらさせて応えると、そのまま軽く目をつぶる。
ライブの出来は上々。
お客さんも満杯だったし、こりゃあ後でプロデューサーも褒めてくれるかな、なんてほくそ笑む。
それにしても……小さな頃から、『ぐうたらお姫様』なんて呼ばれてた私が、
今や国民的トップアイドルのうちの一人だなんて、ほんと人生ってのは、何が起きるかわかんないもんだよ。
「なぁ、お前もそう思うよね?」
私は、枕代わりに使っていた一体のぬいぐるみ。ピンク色の、うさぎを模したキャラクターに話しかける。
思えば、こいつを初めて見つけた時が私のアイドル人生の始まり。
そしてもう一つの、忘れられない出会いのきっかけに、なったんだっけ。
ここまで。ゆっくりと書いていきます
===2.
小学校中学校と、恥の多い生涯を送って来ました。
なーんて……まぁ、恥だらけなのは、ホントのことだからさ。
神童って言葉、あるでしょ? 私から言わせれば、何が神様だよ胡散臭いって話だったんだけど、
小さい頃の私を見る周りの大人達は、そうは思っちゃくれないようだった。
確かにその頃の私は、同年代の友達と比べても頭の回転は悪くはなかったし。運動だって、そこそこできた。
まだ習いもしない難しい漢字を書いたり読んだり、ちょっと上の年齢向けの小説を読んでみたり。
その辺は、父親の影響が強かったのだろうと今となっては思うのだけれど。
まぁ、自慢じゃないけどちやほや甘やかされて育ったわけさ。ほんと、自慢じゃないけど。
でも、そんな幼年期の経験なんて、あっという間に過去の物になる。
学年が上がれば、それまで私よりも低かった、周りのレベルも上がってくる。
いつしか私は後から追い上げてきた集団に飲み込まれ、
ぐだぐだやっているうちにただの人になっていた……それだけなら、まだよかったんだけどさ。
そこからが酷いもんだよ。私を持ち上げていた連中はこぞって掌を返しやがるし、成績もどんどん伸び悩む。
ま、当然だよね。それまで、たっぷり甘やかされてたんだ。
ただ、『なんとなく』で生きてこれた私。
なんとなくで優秀な成績がとれて、なんとなくで運動もそこそこできて。
それで、みんなが褒めてくれるんだもん。
そんな私が、今さら慌てて勉強したり、根性だして運動したり……続くわけ、ないじゃないか。
努力はしない、忍耐もない。面倒くさいこともやだやだパスパスってね。
当然、そんなことを言ってると、普段から頑張っている人達との差はどんどん大きなものになっていく。
追いかけて追いつけないのなら、初めから追いかけない。
私は私のやり方で、目的地まで連れてってもらうことにするよ……ってね。
中学生活も半ばになる頃には、私は立派な落ちこぼれ。他人の好意に甘えながら、
毎日をただ楽に過ごすことばかり考えてる、生意気だけが取り得のガキがそこにいたってわけ。
ほんと、お笑いだよね。
結局さ、甘やかされ過ぎた私は、一人で生きる術を知らずに大きくなったの。
それは、小学校の頃からほとんど成長しない、私の外見にも反映されていたのかもしれないなぁ。
とはいえ、だ。
そんな私だったけど、いつかは社会に出なくちゃならない。それが何年先の話なのかは分からなかったけど、
それでもまた誰かと競い合うような、面倒な暮らしはしたくなかった。
幸いにもウチは、お金だけはある家だったからさ。中学を卒業したら、高校なんて進まないで、
流行のニートになってみるのも良いかもしれないな、なんて考えたりもしたよ。
けどさぁ、現実ってやっぱり、そんなに甘くは出来てないんだよね。
「学校、受かったから」
「そうか」
「うん」
「住む場所は決まったか?」
「んにゃ、まだ決めてないよ」
「なら、ここに住みなさい」
夕方の食卓。高校受験の合否報告を聞いた父が私に見せたのは、都内にあるマンションのパンフレット。
「もう契約は済ませてある。来週から、行って来い」
どんな金の使い方だよ。親バカにも程があるんじゃない?
なんて、普段の私なら茶化すところだったけど。
静かに、淡々と喋る父の言葉には、有無を言わせぬ凄みがあった。
「うん、そうする」
こうして私の『夢のニート生活』は夢のままとなり、進学のための東京行きが、あっけなく現実のものとなる。
可愛い子には旅をさせよなんて言うけれど、
私が父にとっての『可愛い子』の条件を満たしていたのかに関しては、はなはだ疑問だ。
それでも、金銭的な問題や面倒な契約絡みの書類仕事は、全部父が手配してくれていた。
後は、私の結果待ち……その結果すら、きっとあの人にとっては予定通りだったのだろう。
そう思うと、自分の心すら見透かされていたような気持ちになって、なんとももやもやとした気分になる。
それが反抗期を迎えることすら失敗したことによる、大人への敗北感なのか、
それともまだまだ親の庇護のもと、ぬくぬくと生活していけることに対する安堵の感情だったのか。
どちらにせよ、私は誰かに依存して生かされているのだと、面と向かって突きつけられたのと同じだった。
あぁ、切ない。
ここまで。
>>7 訂正 「客」だと、なんだか偉そうなので
× はたらけーっ!! と、大声でマイクに向かって怒鳴る。ステージを見に来た客が合いの手を返す。
○ はたらけーっ!! と、大声でマイクに向かって怒鳴る。ステージを見に来たお客が合いの手を返す。
×持ち歌の殆どが、客による合いの手を前提に作られているので、実際に私が歌うパートはごく僅か。
○持ち歌の殆どが、ファンによる合いの手を前提に作られているので、実際に私が歌うパートはごく僅か。
>>13 訂正 表記統一のため
×まぁ、自慢じゃないけどちやほや甘やかされて育ったわけさ。ほんと、自慢じゃないけど。
○まぁ、自慢じゃないけどちやほや甘やかされて育ったわけさ。ホント、自慢じゃないけど。
>>14 訂正 同じく
× ほんと、お笑いだよね。
○ ホント、お笑いだよね。
>>16 訂正 これも、口調が偉そうなので
×どんな金の使い方だよ。親バカにも程があるんじゃない?
○どんなお金の使い方だよ。親バカにも、程があるんじゃない?
===
なんとゆーか、分っかんない街だな。それが、東京という場所の第一印象。
ごちゃごちゃとそびえるビルの群れ。
機能的なのかどうなのか、迷路のような道の数々。
そして極めつけだったのが、阿呆ほど波うつ人、人、人。
知らない人が見れば十中八九小学生と見間違われる自信のある小さな私の体にとって、この人の海は、まさに荒れ狂う嵐の海か。
あちらで飲まれ、こちらで流され。かと思えばてんで見当違いの方向へと連れて行かれる。
「航海士でもいれば、また違うものなのかな……っ!」
自分の体ほどあるアタッシュケースを引きずって、息を切らして私は歩く。
ビルの窓が反射する日差しは、着々と小さな体から水分を吸い上げて、
延々と伸びる道路は足の先から気力という気力を吸い取って。
どうにかこうにか、やっとの思いで目的のマンションへ辿り着いた時には、
私はその場に転がしたアタッシュケースの上に、ガムみたいにへばりついていたのだった。
「うぅあー、あうぅー」
鍵の掛かった玄関を開き、薄暗い室内にべちゃりと一歩を踏み入れる。
突き出された両手はふらふらと宙をかき、さながらゾンビのようになった私は、前のめりでその場に倒れこんだ。
ワックスで磨かれてぴかぴかのフローリングに、私の体から溢れる汗が、染み込むことなく広がっていく。
気分はまるで、炎天下に放置され、やんわりと溶けていくアイスのよう。
「アイス……コンビニとか、近くにあったっけ……?」
そう呟きはしたものの、立ち上がる気力なんて残ってないし、
なによりやっとこさ上って来たマンションを再び降りて、それからコンビニを探してアイスを買ってまたここへ……
やめやめ! 往復することを想像しただけで、今度は頭ん中までとろけちゃうよ。
「もーいいや……しばらくこのままで」
生ぬるい床の感触を感じながら、瞼を閉じれば意識がすぅっと落ちていく。
それが私の、記念すべき一人暮らし初日の思い出。
それはなんとも私らしい、締まりのない幕開けだった。
===
ぺぺぺぺぺ……と、気の抜けたアラームの音が鳴っていた。
私は布団の中、小さく丸まった体を伸ばすと、枕元に置かれた目覚ましのスイッチを切る。
学生の朝は、早い。
アラームを止めると、私は自分の体には十分すぎる程の大きさのベットから降り、
まだ重たい瞼を擦りながら洗面台へと移動する。
蛇口を捻り、適温に温められた水で顔を洗って口をゆすぐ。
ハンドタオルで顔を拭いたら、鏡にはまだ寝ぼけた顔の自分が映っていた。
目元にちょっとクマができてるかな?
にやりと口の端を上げて、鏡の中の自分に挨拶。
「……おはよう」
顔を洗ったら、朝食の用意。
買い置きの食パンをトースターに放り込み、焦げ目をつけている間にフライパンを火にかける。
油が温まるまでの時間を使って、携帯をチェック。
頻繁にメールをやりとりする相手なんていやしないが、一応、ね。
そうこうしているうちにフライパンがぱちぱち音をたて始めるので、私は冷蔵庫から取り出した卵を片手に持って構える。
「必技・片手たまご割り……てやっ!」
じゅわっと、油が弾ける。少し放置してから、フライ返しで引っくり返して。
卵の両面に火が通る頃には、トースターに入れたパンも良い具合に焼けていた。
小さなテーブルの上に、焼きあがったばかりのトーストと目玉焼きを並べる。飲み物は、牛乳だ。
「いただきます」
ゲーム雑誌を読みながら、優雅に朝食。
一口齧るたびにぱらぱらとパンの粉が落ちていくが、ここでは誰に遠慮することもない。
多少行儀が悪くても、好きなように食べるのがいいのだ。
時折、私が鼻をすする音以外は静かな朝のワンシーン。
朝食の最後を牛乳で締めると、私は食器を片付けるために立ち上がった。
とはいっても、私の仕事は食器を洗浄機に放り込んで、スイッチを入れるだけだけど。
こんな調子で、毎朝の朝食も自動で作ってくれる機械が早くできないかなぁ、
なんてバカなことを妄想しながら、着ていたパジャマ代わりのシャツを脱ぎ捨てて。
「さぁてと、お着替えお着替え……」
制服に袖を通し、再び洗面台へ。歯磨きをして、櫛でざっとといだ髪を紐でくくって。
髪を切りに行くのが面倒くさいという理由で、私の髪は腰ぐらいまでの長さがあった。
そのままでは流石にうっとーしいから、こうして紐でくくるぐらいはするようにしてるけど、
それも編みこみは面倒だし、ポニーテールは頭が重い。結局、左右で二つに、きゅっと結ぶだけ。
その他もろもろ、朝の身支度を済ませたら、学校へ向かうために玄関に立つ。
「それじゃ、行って来ます」
誰も居ない部屋に向かって、声をかける。
一人暮らしなんだから、当然返事なんて返ってこないけど、習慣って恐ろしいもので。
キチンとやっておかないと、どうにも気分が悪いのだ。
そんな調子で平日は学校に通い、家に帰ると簡単に家事や宿題なんかをこなしてから、
ゲームやネット、漫画やアニメなど思いつく限りの娯楽(ただし、インドアに限る)をして日々を過ごす。
休日になればとうとう家事もほったらかして、袋菓子片手にだらだらと時間を消化する。
花の十代。それもうら若き乙女が送るには余りにも実りのない生活だったけど……
私はこんな世捨て人のような暮らしを、それなりに気に入っていた。
誰にも干渉されない、誰とも協調しなくていい。そんな、気楽な毎日をエンジョイしていたんだ。
ここまで。
>>23 訂正 思い込みによる勘違い。アホだ。
×自分の体ほどあるアタッシュケースを引きずって、息を切らして私は歩く。
○自分の体ほどあるスーツケースを引きずって、息を切らして私は歩く。
×私はその場に転がしたアタッシュケースの上に、ガムみたいにへばりついていたのだった。
○私はその場に転がしたスーツケースの上に、ガムみたいにへばりついていたのだった。
===
真夜中の静けさに、ふと目が覚めた。
ベットに仰向けに転がったまま、私はぼやっと見える天井を見つめる。それに、意味なんてない。
ただ、このまま目を瞑ったところで一度起きてしまった頭は、もう大人しく夢を見せてはくれそうになかったからそうしただけだ。
自分以外に、誰もいない部屋。誰もいない家。
私がなにか、自分から物音を立てない限り、この静寂は決して破れることは無い。
それが、私がこの広い空間に一人きりだという事実を、よりいっそう浮き彫りにして、なんともいえない焦りを生む。
これは、なんだ。これは、なんだ。
実家にいるときには、感じなかった初めての気持ち。これは、そう、孤独だ。ここには、私しか存在しない。
孤独――その事実を認識してしまった途端に、胸の動悸が激しくなる。
金縛りにあってもいないのに、体が急に重くなる。
焦りも進む、背中に嫌な汗が流れる。どんどんと自分の意識が、
何か見えない箱へと乱暴に詰め込まれ、ぎゅうぎゅうと悲鳴を上げている――!
「――――っ!!」
そんな暗い感情を振り切るように、私は勢いよく上体を起こした。肩で息をつき、体中から汗を噴出して……冗談じゃない!
私はそんなに弱くない、この生活は気に入っているし、一人でいるのは慣れたもの……
ぐっしょりと汗で濡れた肌着を取り替えて、私はベットの中にもう一度飛び込んだ。
そうしてあれこれ余計な事を考え始めた脳みそを、
「はやく寝なさい!」と叱りつけながら、私は無理やり思考のスイッチをオフにする。
それでも小癪に起き続けた耳の奥で、顔も忘れた人の声が響く。
『ホント、がっかりだわ』
「くそったれ! お前に何が分かるっていうんだっ!!」
答えるモノは、何もない。一瞬だけ破られた静寂も、すぐにまた元通りになって。
そのまま何事もなかったような顔をして、辺りを包み直しただけだった。
とりあえずここまで。訂正多くて申し訳ないです
===
結局、夜中の一件のせいでその日の目覚めは最悪だ。
今日が学校のない休日だったから良かったけど、これが平日なら遅刻どころの騒ぎじゃない。
ま、ホントにそうなった場合は、仮病でも使ってお休みするだけなんだけどさ。
「まぁ、こんなもんかな」
シャワーから出てくるお湯の温度を確認してから、私は身体にまとわりついた汗を洗い流していく。
体を洗って、髪も洗って、そうしてゆったりと湯船に浸かる。
ウチの浴槽は広い。私の体格が平均よりも小さいことを加味しても、余裕で大人の二人は入れるだろう。
だから、子供一人分しかない私が浸かれば、そこはどこの温泉か。
なんとなくリッチな気分にさせてくれるので、ここのお風呂は結構気に入ってたんだ。
私はお風呂の準備は面倒だけど、昔からお風呂に入ること自体は嫌いじゃない。
全身の力を抜いて、ぷかぷかと体を漂わせていると、なんていうか、安心できるのだ。
それに、お湯で体を温められていくうちに、もやもやとした気持ちや、
悩み事なんかが体から溶け出していくように感じられて。
だから、私はお風呂が好きだ……ただし。
「ふぃー」
湯船に肩まで浸かると、仕事帰りのおじさんよろしく、大きなため息が自然と漏れる。
その姿は、やはり乙女のものとは言いがたい。
===
朝からひとっ風呂浴びた後、私は珍しく余所行きの服装で身を固める。
普段なら襟の伸びきった、だるだるのシャツ一枚で過ごすけど、今日はなんとなく家でだらだら過ごす気分にはならなかった。
もちろんその理由なんて、分かりきっていた事なんだけど。
着替え終わったら、ほとんど使ってない姿見の前に立つ。
外出用の、襟のよれてないシャツの上から薄い水色のジャケットを羽織り、下は白いショートパンツ。
これで髪が短かったら、生意気な顔をしたガキンチョに間違えられてもおかしくはないな、なんて鏡に映った自分を見て笑う。
お財布持って、携帯持って。トントンとシューズを履くと、
いつか買った安物のキャップをかぶって玄関を開け、振り返ることなくそのまま外へ出る。
「さぁて、どこに行こうかなっと」
時間は、十分にある。とにかく今日は、私も十代の女の子らしく、楽しく遊びたい気分だったのだ。
===
マンションを出て、電車に乗って、街についた頃には、私の体力は既に限界を迎えていた。
なんて根性のなさだと笑いたい奴は、笑ったらいい。反論する気力もない今ならば、その嘲笑も甘んじて受け入れようじゃないか。
とにかく私は甘かった。休日の人のパワーを舐めすぎていた。
普段は学校の行き帰りと、マンションの近所にあるスーパーやコンビニに買い物に行くぐらいで、
ろくに外を出歩かない私にとって、久しぶりの人の波は堪えるものがある。
なにが「女の子らしく遊ぶ」だ。当初の目的はすでに達成不可能の烙印を押され、
道端に置かれたくず入れの中へと、丁寧に収められた後だった。
「大体さぁ、女の子らしい遊びってなんだよ……そもそも杏は、ファッションなんかに興味がないっての」
そう。ここに来て浮上した二つ目の問題が、嗜好の相違。
「女の子=お洒落が好き」の方程式にのっとる形で、思い切ってファッション街に足を運んだのは良いものの、
この場所は普段の私が住んでいる世界とは、余りにも違いすぎたのだ。
それは、道行く同年代の少女達を見ればより一層明らかで。
誰も彼もなんだかスッとしたというか、きらきらと垢抜けたというか。
とにかくすれ違う女性の皆がみんな、自分の中で「お洒落」という物のなんたるかを心得ているように、私には見えた。
そうすると、急に自分の格好が場違いに感じ始め、途端に居心地が悪くなってくるのだから困る。
私はなるべく人目につかないよう道を歩きながら、とりあえずどこか避難できそうな場所を探して進む。
当てもなくさ迷うこと数分。視界の中に、一軒のゲームセンターが飛び込んで来た。
その時の私の気持ちは、まるで砂漠の中でオアシスを見つけた旅人のよう。
ここなら、この場所ならばまだ私は優位を保てる――そんな風に考えたら、
私はまるで光に吸い寄せられる虫のようにして、店内に足を踏み入れていた。
自動扉が開く。じゃかじゃかとやかましい電子音の束と、空調が効いたフロアの温度を受けて私はゆっくりと息を整える。
あぁこの音。この匂い。この場所こそが私の行き場所だ。
ファッションなんて、女の子らしい遊びも、もうどうだっていい。私にはゲーム<コレ>がある!
「はぁー、ホント助かったよ……あのまま外にいたら、自分がどうなってた事やら……怖い怖い」
独り言を呟きながら、私は店内のゲームを物色していく。音ゲー、格ゲー、シミュレータ。
メダルゲームは、良さそうな台がないからパス。
そうそう、クレーンゲームの方の品揃えは……っと。
そうして何気なく視線をやったその先に、私は小さな人垣ができているのを見つけた。
どうやら、誰かがゲームをプレイしている様子を見ているらしい。
ギャラリーが集まるって事は、クレーンゲームの達人でもいるのかな? なんて軽い気持ちで、私はその野次馬の中に混ざる。
こういう時は、小さな体は便利だ。ひょいひょいと人の隙間をすり抜けて、
ギャラリーの一番前までやって来たとき――私は、余りの衝撃に言葉を失ったのだった。
===
こいつ、ホントに人間か?
クレーンゲームの筐体の前、今まさにゲームに興じる一人の女を目の当たりにして、
私の脳裏に、巨大なクエスチョンマークが躍り出る。
まず、最初に目に入ったのはその格好。
薄黄色のブラウスの上、ワンピース? それともジャンパースカートって言うのかな? 大きな、ゆったりとした服を着て。
淡い色合いで揃えられた服の端々にはふりふりの可愛らしいフリルと共に、
原色を振りかけたような小さな小物がちょこまかとデコレーションされていた。
それに、首元や手首にじゃらじゃらと付けられたアクセサリーの賑やかさと言ったら。細々ちまちま、鬱陶しくないのかな、あれ?
その場の視線を一身に集める彼女の姿は、まるでメルヘンの世界から抜け出して来たお嬢さんのようにも見えたし、
捻くれたとり方をすれば、着色料と小物で飾り付けられた、海外のけばけばしいケーキのようだとも例えられた。
さらに、派手に人の目を奪う服装の次に気になるのが、その女の背の高さ。
とにかく、デカイ。べらぼうにデカイ。
それも「君、女の子にしてはおっきいんだねぇ」なんて呑気に笑って流せるレベルを遥かに超えていて。
なにせ彼女の身長は、目の前にある筐体と良い勝負ができるぐらい。
えっと、彼女を取り巻くギャラリーの中に、一人として彼女よりも
背の高い大人の男がいなかったと言えば、どれくらいの身長かってことが、想像できるかな?
人目を引く派手な格好に、男顔負けの身長。
これでプロレスラーでもやってんのかって体格をしてたなら、私もまだ納得できたんだけどさ。
彼女、スタイルが良いんだよ。胸なんかおっきいのに、腰は締まって、足もすらりと長くって。見事なモデル体形ってやつ。
そんな彼女が筐体を操作する度に、肩ぐらいまでの長さの、ウェーブがかかった茶色い髪がふわふわほわほわ揺れているんだから。
余りにも日常離れした彼女の持つ、良い意味で近寄りがたい威圧感に圧倒されているのか、
周りのお客はこの珍しい美人を遠巻きに眺めはするものの、声をかけるまでは出来ないようで。
それは私だっておんなじで、他のギャラリー同様、
まるで動物園の生き物を観察するような気分で、彼女がゲームをする姿を眺めてたんだ。
「むむむむ……とーう!」
レバー操作でクレーンを動かし、彼女が気合を入れてボタンを押す。
すると三本ヅメの巨大なアームがずっ、と下に降りていき、目標のぬいぐるみの体をがしっと掴んだ。
「おぉ……?」っと、ギャラリーが息を呑む。だが、甘いね。
一見すると、三本のツメはぬいぐるみをしっかりと固定しているように見えるけど、この手のゲームはここからが本番。
案の定、ツメはぬいぐるみを持ち上げる前にバラけてしまい、獲物を落としたクレーンが、無情にも元の位置まで戻っていく。
「うっきゃ~。やっぱり、難しいにぃ」
そしてここで、三度目の衝撃。自分で想像していた以上に甘ったるい声が、彼女の口から漏れる。しかも、その口調。
キャラを作ってるっていうの? それとも、ぶりっ子ってヤツ?
なんにせよ、今まで遭遇したことのない人種であることは確か。
私はそんな彼女を見て、ここまで徹底してるのは逆に感心しちゃうな、なんて思っちゃったりしてたんだ。
ここまで。
勝手な話で申し訳ないのですが、このままだとこの先の展開がどうにもかみ合わなくなってくるので、
新しくスレを立て直してお話を書き直すことにしました。ご迷惑をおかけして申し訳ないです。
今後はこちらで続きを含めて書いていきますので、このスレはこのまま、html化を依頼させて頂きます。
立て直した物
【モバマスSS】双葉杏、王さまになる
【モバマスSS】双葉杏、王さまになる - SSまとめ速報
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