幼馴染「……童貞、なの?」 男「 」 (152)

 目覚まし時計のアラームは融通がきかない。

 日によって気を利かせて鳴らなかったりするならもっと仲良くなれると思うのだが、今のところそんなことは一度きりしかなかった。
 ちなみに原因は電池切れ。彼との付き合いの短さが露呈する回数だ。
 
 あんまりにも融通がきかないので、最近では一度殴ることで沈黙させている。
 暴力はあまり好ましくないが、言うだけで分からない奴には殴ってきかせるしかない。ときにはそういう場合もある。
 
 女を殴ったと考えるのは寝覚めが悪いので、目覚まし時計を脳内で擬人化するときは男だということにしている。
「なおと」という名前もつけた。たまに話しかける。

「よう、なおと。俺、また女子に笑われちゃったよ……」

 思い出すだけでせつない過去だった。

「元気出せよ相棒、らしくないぜ。あんたはいつも笑ってるべきさ。あんたが悲しい顔をしてると、どこかで誰かが悲しくなるだろう?」

 彼はその神経質な性格が垣間見える説教で俺を励ました。

 最近では何か嫌なことがあれば彼に愚痴を言う。最初の頃は頭がどうかしたのかと心配そうにしていた妹も、今ではかまってくれなくなった。
「ああ、またおかしくなったのか」とあっさり認めてくれる。理解のある家族で非常に助かる。

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http://vipsister23.com/archives/4242568.html

 この頃はあまりに擬人化妄想がリアルになり、人間だったらどんな顔をしているか、どんな姿をしているかまで具体的に想像するようになってしまった。
 おかげで、部屋に女子を連れ込んだとき、なおとがいるせいで上手くアンナコトができないのではないかといらぬ心配までするようになる始末。
 もしも女子の前でなおとに話しかけでもしたなら目も当てられない。

「あいつ目覚ましに話かけてたんだけどー」

「えーなにそれまじうけるー」

「ありえねー。やべー」

「ひくわー。あいつマジないわー。ないわー」

「ていうかあいつ童貞でしょー?」

「だよねー。目覚ましに話しかけるなんて絶対童貞だよねー」

「童貞マジうけるわー」

 となること請け合い。
 脳内でエコーのかかった幻聴が響き終わると、全身にぞくぞくと寒気が走った。
 脳内教室にクラスメイトたちの童貞コールがこだまする。超怖い。

 なので近頃は、本格的になおとと決別するべきか、真剣に悩んでいた。
 ぶっちゃけ俺が部屋に女子を連れ込むなんて天地が逆さになってもありえないのだが。

 なおとのことを考えているうちに、さっきまで見ていた夢の内容を忘れてしまった。
 忘れてしまったのだが、なぜかえろい夢だったことは思い出せる。

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なんかすごくえろい夢だった。
 具体的に言うなら……。

 武道場の女子更衣室で剣道部女子が着替えをしているところを覗いていたら、あっさり見つかって、
 女子が脱いだばかりの服で全身を縛られたうえ仰向けに押し倒され、
 顔見知りの剣道部員三名(容姿ランクB+,A,B)に全身を嘗め回されながら罵倒され、
 あられもない姿の三人に男としての尊厳をこれでもかというほどに踏みにじられ、
 最終的にはその三名に学生生活の影でこっそりとえっちなことをしてもらうセフレ的な地位になるような夢だったはずなのだが――

 ――ぶっちゃけ細かいことは覚えてない。
 
 なんか感覚とかすごくリアルだった。

 童貞なので、本番の想像をしようとしたら夢が覚めた……のかも知れない。覚えてない。
 えろい夢に関しては覚えてないのが悔しい。覚えてたら何かに使えるかもしれないのに。
 
 とはいえ、今重要なのはいろいろ持て余してしまって屹立している下半身であり。
 さらにいえば、目覚ましが鳴る時間を過ぎても起きてこない兄の様子を見に来た健気な妹のことでもあった。

 季節は夏。
 寝相が悪いと、タオルはすぐ落ちる。
 薄着だから、いろいろ見られる。

 察される。
 お約束だった。


>>5
握手

「待て、なんだそのさめた顔は」

 反応はない。

「もっとこう、あるだろ。恥じらいとか」

 返事はない。

「なんとかいえよ」

 妹の視線は品定めするように冷静だった。

「おい……?」

 まさかはじめてみたので驚いて失神したというつまらないギャグではあるまい。
 と、くだらないことを考えた瞬間――

「……フッ」

 ――鼻で笑われた。
 身長百五十センチ(自己申告)の子供っぽい妹さまに。
 あどけなさを残した中学生女子の顔が高慢に歪んだ。
 女王の貫禄。
 思わず死にたくなる。
 
「……え、そんな、笑われるようなアレですか、俺のは」

「それセクハラだから」

 ごもっともな意見だ。

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そのとき目覚まし時計に命が芽生えた
「私、女なのにそんな名前付けるなんてひどいよ~」

>>9
握手

「いいから起きて。時間なくなる」

「起きようにも起きれないと申しますか……」

 言い訳する俺を尻目に(尻目って言葉はなんだかすごく卑猥だ。尻目遣いって言葉もあるらしい)、妹は扉を閉じて去っていってしまう。
 残るのはむなしさだけだった。
 妹がいなくなってから例のアレはすぐに鎮まった。人体の不思議。

「妄想だと罵倒されても平気なのに……」

 妹さまの罵倒はどうにも耳に痛い。……よく思い返せば罵倒なんてされてなかったが。

 妹がなぜ俺につらく当たるようになったのか(厳密にはつらくあたるというより舐め腐っているという感じだが)。

 心当たりはあまりない。思春期だからかも知れない。
 でもまぁ、話しもできないというほどではないし、こうして朝起こしにくるだけでも常軌を逸した妹ぶりと言える。

 もし嫌われた心当たりがあるとするなら、

 ネットで見た情報に興味を引かれ、フリーの催眠音声(セルフあり)をダウンロードし実践していたところを目撃されたこととか、
 妹の読んでいた小説を追うように読んで「主人公って絶対ロリコンだよな」と発言したこととか、
 妹が買ってきたアイス(箱)を一日で食い尽くしたこととか、
 せいぜいそんなもので、どれも瑣末に思えた。

 難しい年頃なのだろう。
 大人の寛容さで認めてあげることにした。

 あと何年かすればもうちょっと距離感がつかめるに違いない。なんだかんだいって兄が大好きな妹様だし。

 根拠はない。

「うむ」

 ひとつ頷いてからベッドを這い出て着替えをはじめた。
 月曜の朝はつらい。

家を出ると夏の太陽が俺を苛んだ。
 ちょっといい感じの言い方をしてみても、暑いものには変わりない。
 
「コンクリートジャングル!」
 
 テンションをあげようとして思わず叫んだ。

 どちらかというと気が沈んだ。

「ヒートアイランド現象……」

 一学生には重過ぎる言葉だ。

「何やってるの?」

 声に振り返ると妹が呆れながらこちらを見ていた。なんだかすさまじく冷たい視線。

「夏だなぁって思ったら生きてるのがつらくなってきた」

「毎年大変だね」

 大変なのだ。

「最近、馬鹿さが加速度的にあがってきてるよね」

「マジで?」

「このままいくと世界一も夢じゃないかもね」

「まじでか!」

 世界一。素敵な響きだった。思わず言葉に酔いしれて白昼夢を見た。
 
 表彰台の上で「THE BAKA」と刻まれたトロフィーを抱え、首に金色のメダルをかけられる。
 美女に月桂冠をつけてもらう。そのとき頭を前のめりになる。でっかいお○ぱいが目の前で揺れた。
 童貞には強すぎる刺激だが目をそらせない。馬鹿の証明とも言えた。
 涙ながらに「うれしいです!」とインタビューに答え、ぱしゃぱしゃというフラッシュの音を一身に浴びる。
 良かった。努力してきた甲斐があった。ようやく俺は世界一になれたんだ……。

 ――そんなわけがなかった。ギャグにしても寒い。


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「ちょっと前はもう少しマシだったのに」

 妹さまは不服そうだった。

「お姉ちゃんがきてた頃はマシだったのに」

 お姉ちゃん。
 妹がいう「お姉ちゃん」は俺から見ると同い年だ。
 俺と妹には幼馴染がいた。

 美少女だ。料理も上手い。朝起こしにきたりもした。「将来は結婚しようね」と砂場で約束した仲だ。たまに弁当を作ってくれる。
 家事が趣味でほんわりとした穏やかな性格が持ち味。からかわれると「むぅ~」と言いながらぷっくりと頬を膨らませる。
 クラスメイトに「夫婦喧嘩か?」とか「夫婦漫才か?」とかからかわれるたびに、「ち、ちがうよっ!」と真っ赤になって否定していた。
 サッカー部のマネージャーをしている。犬好きで、暇な休日はペットショップを覗きに行き、「かわいい……」とか言ってる。

 そんな好みが分かれそうなハイスペック幼馴染なのだが、つい先日サッカー部の先輩と交際を始めた。

 そのことから照れ隠しかと思われた「ち、ちがうよっ!」という発言が本当だったことが判明し、クラスメイトは今でも俺に哀れみの視線を寄せる。

>>14
握手

ぶっちゃけ一番ショックを受けたのは俺だった。クリティカルダメージ。オーバーキル。
 昔からの知り合いに恋人ができるというのは、なぜだかひどく寂しかった。
 数日生と死の狭間をさまよった。
 嘘だ。

 嘘だが、寝取られという言葉がなぜか頭を過ぎった。
 付き合ってなかったからショックを受ける理由なんてないはずなのだが、なんかすごいショックだった。
 なんかすごいショック。技名みたいで少しかっこいい。

 ちょっと前から幼馴染は俺に話しかけたり朝起こしにきたりしなくなった。
 もう弁当を作ってくれることもないだろう。恋は人を盲目にさせる。
 勝手に傷ついた友人(しかも男)の心境など、あの美少女が気にかけるわけもなかった。

「死にたい……」

「悪かったわよ……」

 妹もなんとなく俺の気持ちを察してくれているらしい。
 が、察されるのもなんだか悲しいところだ。

「もう学校に行こう」

「……ごめんなさい」

 素直に謝れるのが妹のいいところだが、あと一年もすればこいつも彼氏をつくってきゃっきゃうふふとしゃれ込むのだろう。
 
 暗澹とした気持ちのまま妹と別れて学校に向かった。


 教室につくと、目の前にサラマンダーが現れた。

 当然、人で、あだ名だった。

 名前の由来を語ると長くなる。
 ある休日、友人たちで家に集まっていたときのこと。
 彼は昼食に「激辛キムチ鍋! ~辛さ億倍~」という名前のカップラーメンを買ってきて食べた(鍋なのにラーメン)。
 グロテスクですらある見た目に警戒した俺たちはサラマンダーに忠告した。

「やめとけ、それは魔の食い物だ。人の食うものじゃない」

 でも奴は食った。向こう見ずだった。青春っぽい。当然、あまりの辛さに顔を真っ赤にして噴き出した。

 案外、由来を語っても短かった。それ以来彼はサラマンダーと呼ばれている。

 サラマンダーは長いし、ドラゴンでよくね? という俺の意見は却下された。面白くないかららしい。
 みんなサラマンダーと呼ぶ。いつのまにかクラス中に移った。正直呼びづらい。長いし。
 
 余談になるが「激辛キムチ鍋! ~辛さ億倍~」は生産中止になった。ありふれた話だ。

 サラマンダーは俺を見て不愉快そうに眉を寄せた。
 別に嫌われているわけではない。こういう顔をしているときは、サラマンダーが何かを話し始めるときだ。

「聞いてくれよ」

 始まった。と同時に騒がしいはずの教室が鎮まりかえる。彼は期待を一身に受けて口を開いた。

「俺は今日、なんかすげーえろい夢をみたんだ」

「……あ、そう」

 どこかで何かがリンクしているようだった。静寂が途切れて、教室にざわつきが戻る。いつも通りか、と誰かが呟いた。

ペペローションまで読んだ

「テニス部のプレハブに忍び込んで持ち物をあさってると、あっさり女子に見つかって罵倒されまくるような夢だった」

「……」

 なぜだか背筋が寒くなった。そんな夢を見た気がするが、覚えてないので仕方ない。

「さいてー」
「いやー」
「きもちわるーい」

 女子から声があがった。でもこういうときに積極的に声をあげるのは、あまり容姿がよろしくない人たちだ。
 ごくまれに美少女もいた。歯に衣着せぬ物言いでちょっとした人気があるが、とにかく近寄りがたい。

「すげーえろい夢だったんだが、内容を思い出せない。この気持ち、分かるか?」

「悪いが分からない」

 名誉のためにそういうしかなかった。

 サラマンダーは肩を落として「そうか」と呟き、教室から出て行った。廊下を覗くと、幽鬼のようにふらふらと歩く後姿が見える。 
 くだらないことで落ち込む奴だ。が、実際俺も似たようなものだった。


>>19
握手

自分の席まで行くと今度はマエストロが我が物顔で座っていた。
 
 体格のいい大男だが、運動部には所属していない。

 先輩の女子率が一番高いということでワープロ部に入った(キーボードをかちゃかちゃ鳴らす速度を競う部活動。大会がある)のだが、
 かっこいい先輩が部長をやっているため女子の熱のこもった視線はそちらへ向き、部内ではいじられキャラらしい。

 憐れな奴。ちなみに指が太い割りにキーボードさばきは的確で精確だ。

 マエストロのあだ名の由来にもいろいろある。

 簡単に言えばエロ関連の芸術家なのだった(ノートにえろ絵描いてる。女の子の目がでかい。うまい。えろい)。
 最近は男子全体の指揮者という意味も含んでいる。マエストロの信奉者がいる(ただのエロ絵乞食でもある)。
 
 とはいえ、クラスの男子全員が、女性の土踏まずにフェティッシュな愛着を持っているのは、彼の布教の賜物だった。


 マエストロは俺の席に座って何かを読んでいた。

 何かというより薄い本だ。
 R-18だった。
 俺たちには過ぎたるものだった(年齢的に)。
 そんなこと言ったらフリーの催眠音声(セルフあり)も俺たちには過ぎたるものだが、そんなことは今は関係ない。

「何やってんのマエストロ、人の机で」

「お、ああ。おまえの机に入ってたこれ、ちょっと借りてるぜ」

「あたかも俺のものみたいな言い方してんじゃねえよぶっ飛ばすぞ」

 思わず口調が荒くなった。マエストロの冗談は俺の心臓と評判に悪い影響を与える。
 エロ本も買ったことのない少年にはあまりに残酷な噂が立ちかねない。

 エロに興味があるのは当然だが、実際に手を出したことはなかった。
 さらにいえば、道端にエロ本が落ちてたとしても拾えない。
 チキンだから。

 コンビニでチキンを買えば共食いだ。
 ……馬鹿なことを考えた。

 ちなみにエロに関することはすべてネットで済ませる。便利な世の中。科学技術の進歩は常に人を孤独にする。情緒がない。

「マエストロ、その薄い本しまって。隣席の女子の目が鋭いから」

「女子の目を気にしてるようではまだ若いな」

 おまえも十代だろ、というツッコミはかろうじて飲み込む。

 隣の席の真面目系女子がこちらを睨んでいる気がする。
 たまに宿題を見せてもらうので、悪い印象を与えることは可能な限り避けたい。
 それでなくても、

「私、アンタみたいな不真面目な人って嫌いだから」

 とか

「アンタ、『宿題見せて』以外に私に言うことないわけ?」

 とか、挙句の果てに、

「ヘンタイ! 死ね!」

 とか言われてるのに。

 妄想の中だったら歓迎したいところだったが、普通に現実だった。

 しかも、今も睨まれている。
 なぜかマエストロではなく俺が。
 明らかに巻き込まれていた。


「マエストロ! 頼むから、俺の名誉のために!」

 必死に懇願する。俺はチキンだった。
 マエストロがぎらりと細い目を動かす。ガタイがいい割に、菩薩のような穏やかな顔をしている彼が、俺を威圧している。
 彼は謎の地雷を持っていて、そこを踏むとたまに暴走する。
 ちょうど今だ。
 
「名誉のため? 違うだろ、はっきりいえよ。女子から冷たい目で見られるのが嫌だって! 俺はええかっこしいですって言えよ!
 ほら、大声で言ってみせろよ! そして自分がどれだけエゴとナルシズムに満ちた存在かをさらけだすがいい!」

 一瞬圧倒された。周囲が沈黙した。

「……いや、おまえの行動と言動の方がエゴに満ちてるから」

 一瞬だけだった。でもナルシズムはちょっと図星かも知れない。ぶっちゃけよく見られたい。思春期だし。
 マエストロの信奉者が心配そうにこちらを眺めている。なぜ男にそんな目を向ける? 一種のホラーだ。

 俺が周囲に目を走らせていると、マエストロは表情をより険しくさせた。

「黙れこのムッツリスケベがッ!」

 教室中に轟く大声で彼は叫んだ。
 注目されている。なぜかマエストロが激昂していた。
 クラス中の視線の中に「おまえが言うな」という心の声が含まれていたのは言うまでもないことだった。
 よくよく考えると彼はオープンな方なのだけれど、でもスケベには変わりない。

「おまえのエロに対する執着心を数値化してクラス中の女子に見せてやりたい気分だ! 死ね!」

 なぜか死ねと仰られる。どうやら今日は虫の居所が悪いらしい。



「いいか、この際だからはっきり言ってやる」

 マエストロは言った。唐突だ。何かそんなにまずいことをしただろうかという気持ちになる。
 俺の苦悩をよそにマエストロは言葉を続けた。

「このクラスで、童貞は」

 何か重大な発表がなされようとしていた。
 なぜ今のタイミングで童貞の話に? という疑問はたぶん解消されない。

「サラマンダーと、俺と」

 なにやらカミングアウトしている。

「――それから、おまえだけだ」

 ……巻き込まれてしまった。

 一瞬遅れで、

「……え、まじで?」

 俺は墓穴を掘った。

 空気が凍る。
 教室から音が消えた。
 サラマンダーの下手な口笛がどこかから聞こえる。
 今の発言は童貞だということを暴露したようなものだった。

 何かの視線に気付いて振り返ると、幼馴染が教室のうしろの扉から入ってきたところだった。
 彼女はあっけにとられたようにこちらを見ている。
 しばらく沈黙があった。その間中ずっと、幼馴染と俺は目を合わせたままだった。こんな状況でなければ喜ばしいことだ。
 彼女は静かに視線を落とし、照れくさそうに微笑したあと、言った。

「……童貞、なの?」

 ちょっと戸惑ったような声だった。

 ――その瞬間、俺のあだ名はチェリーに決定した。

 ――マエストロの虫の居所が悪かったのには理由があったらしい。

 なんでも、彼の信奉者であるオタメガネ三人組(鈴木・佐藤・木下)が、三人揃って童貞を卒業したというのだ。

 ……なぜ急に?

 鈴木曰く、

「体育の授業で怪我をして保健室いったら、保健の赤嶺先生に……」

 メガネをはずすと可愛いね、って言われて喰われた。
 巨●で地味系。童顔。野暮眼鏡。ロリコンにひそかな人気がある。羨ましくて憤死する。

 佐藤曰く、

「ヒキコモリの従妹が数日間うちに泊まることになって……」

 親たちが出かけてる間に、合意の上で、好奇心に煽られてエロいことをし合った。した。
 年下。物静か。色白。生えてなかった。ぱんつはくまさんだった。ふざけんな。豆腐の角に頭ぶつけて死ね。

 そして木下曰く、

「勉強のふりしてアレしてたら、義理の母親に……」

 甘やかされた。
 歳の差結婚で恐ろしく若い上、父親は死んでいて未亡人だった。いろいろやばい。まずい。そんな際どいことクラスメイトに言うな。



 ――どこぞのエロゲーか。

 脳内ツッコミ。
 応える声はなかった。

 どう考えてもエロゲーだった。

「保健の先生(巨●)とか!」

 マエストロが吼える。丘の上の住宅街にある公園に、男三人の長い影が落ちていた。

「ヒキコモリの従妹(色白・物静か)とか! 義理の母親(未亡人・いろいろ持て余す)とか!」

 力が篭っていた。

「ふざけんなああああああああ――!!」

 魂の叫びだった。夕日に向かって、マエストロは泣いていた。思わず俺の目頭も熱くなる。

「なんだそりゃあ! なんだそりゃあ! 馬鹿にしてんのかあああああああ――――!!」

「落ち着けマエストロ」

 サラマンダーが冷静に諌めた。彼はたまに冗談みたいなボケと失敗をかます以外、クールでイケメンなのだ。天然でエロ魔人だが。

「で、それなんてエロゲ? 特に二番目について詳しく教えて欲しい」

 ――天然でエロ魔人だった。
 そして俺たちは十六歳(数え年)だ。

「俺がゲームやってる間に! 絵描いてる間に! MAD動画作ってる間に! エロ小説書いてる間に!」 

 多才な奴だ。

「アイツらがそんなことをしてたと思うと!」

「思うと?」

「死にてえ!」

「ですよね」

 聞くまでもないことだった。


「反応鈍いぜ、チェリー」

 サラマンダーが気障っぽくいった。こんな気障な奴が「激辛キムチ鍋! ~辛さ億倍~」を食べて火を吐いたのだから思い出すだけで笑える。

「チェリーって言うな」

 とはいえ、俺は俺で落ち込んでいた。

『このクラスで童貞は、サラマンダーと、俺と、おまえだけだ』

 という言葉もそうだが、何よりショックだったのは、

『……童貞、なの?』

 といったときの幼馴染の表情だった。
 
 普通に死ねる。
 なんか、経験済み的な微笑だった。先入観のせいかも知れない。

 男の子だもんね、的微笑だった。
 おとだも的微笑と名付けた。

 分かりにくいのですぐにやめた。



 ……付き合ってれば、そりゃ、ね。
 あの先輩、悪い人じゃないし、ね。
 でもヘタレっぽいし、たぶん、積極的なのは、幼馴染の方、だよ、ね。

『……童貞、なの?』

 あの微笑。……せつない。
 本番はともかく、ペ○ティングくらいならやってるかも知れぬ。

「手でいいですか? ……とか言ってるんだろうか」

 ふと呟いた。

「口でやってもらえる? って言われて、『……それは、ちょっと』って言ってたりしてな」

 サラマンダーが冷静に言った。

「もう我慢できない! って跨ってたりしてな」

 マエストロが必中必殺魔法を使った。即死効果付だった。俺は死んだ。
 言葉にするだけで頭に光景が浮かぶ。鬱勃起しそうになる。
 自己嫌悪で死ねる。

「現実でそんなのは……ないだろ」

 と言いたかったが、童貞なので分からない。

「……死にたい」

 言いながらジャングルジムに登る。丘から見下ろす住宅街のそこらじゅうに「済」のハンコが押されてる気がした。
 
「現実なんて、クソばっかだ―――――ッ!!」

 青春っぽく叫んでみた。
 ……むなしかったのですぐにやめる。

 なんか童貞とか童貞じゃないとか以前に、幼馴染のあの表情だけで普通に死ねそうです。
 
「この世こそが真の地獄であり、我々は永遠の業火によって罰を受け続けているのだ――ッ!!」

 グノーシスっぽいことを言ってみる。
 適当だった。


 その日はそのままふたりを別れた。


 家に帰ると妹が台所で料理していた。せつなくなって後ろから抱き締めた。
 照れられた。癒された。本気で嫌がられた。抵抗を黙殺した。殴られた。

「次やったら晩御飯抜きだから」

 クールに宣言される。難しい天秤だった。




 翌日は授業に身が入らなかった。

 ずっと幼馴染のことを考えていて、気付けば、誰とも話さないまま昼休み。

「俺……」

 ひょっとして幼馴染が好きだったんだろうか、とシリアスに悩む。
 悩んだあげく、いつまでも幼馴染のことばかり考えていても仕方ないという結論を出した。

 幼馴染に声をかける。 

「おい!」

「え?」

 きょとんとしている。
 おべんとをあけていた。
 ピンク色の巾着袋。
 乙女チック。ファンシー系女子(普通の女子がやっていたら寒いことをしてもかわいく見える人種)。
 
「おまえのことなんて、もうしらねえからなッ!」

「……あの、突然なに?」

 苦笑してる。


 普段からマエストロやサラマンダーと一緒にいるせいで、周囲から「またあいつらか……」的な視線が送られていた。
 二人のせいで俺までエロ童貞三人衆に数えられている。
 なぜかしらないが俺にまで信者がいる。妄想に関しては随一だというくだらない噂が立っているらしい。
 ……冗談だと思いたかった。

 幼馴染はこちらを見ながら苦笑した。
 毒のない無垢な笑顔に癒されそうになって逆に深く傷つく。もう人の女だ。
 
「おまえなんて、おまえなんて、サッカー部のなんかかっこいい先輩といい感じになってあげくのはてに卒業してからも一緒にいればいいんだ!」

「……祝福されてるのかな?」

 照れ苦笑しておられる。微妙に困っていた。
 どことなく寂しさ漂う苦笑。
 俺の心境がそう見せているに違いない。

 ……自分がかわいそうになってくる。
 ふざけていたつもりが、声に出したら真剣につらくなった。

 というわけで、幼馴染のことは忘れることにする。
 さらば幼き日の約束。
 妙な達成感が胸に去来した。

「おまえと結婚の約束をした記憶なんてないッ!」

「私もないよ?」

 忘れ去られていた。


 ……死のう。

 開放されている屋上に行くと女の子がいた。
 見なかったふりをして鉄扉の内側に戻ろうとする。

「待って」

 しかし逃げられなかった。

 ロールプレイングゲームっぽいテロップが脳内に出る。
 戦闘BGM。敵性存在とのエンカウント。

「ヤァ、コンニチワ」

 ナチュラルに挨拶をしようとしたら片言になった(ありがちだ)。俺はこの子が苦手なのだ。

「何でカタコト?」

 普通に気付かれた。

「実を言うとこのあたりに地球外の知的生命体の痕跡が……」

「別にいいから、そういう冗談」

「やは」

 ごまかし笑いが出た。

「何しに来たの?」

「何しに、とは?」

「お弁当、持ってないみたいだけど」

 何かを言いそびれたみたいな、困ったような声音だった。

 彼女はこの学校でも有名な一匹狼だ。ザ・ロンリーウルフ。
 でも別に凶暴ってわけじゃない。気付くといつもひとりでいる。
 多分ひとりが好きなんだろう。もしくは気楽なのかもしれない。

 俺はなぜか彼女に嫌われていた。
 その嫌われ具合は簡単に語れる。

 まず初対面が――

 曲がり角でぶつかる。彼女が突き飛ばされる。

「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「い、たた」

 尻餅をついた彼女に、手を差し伸べる。紳士に。

「大丈夫です。ありがとう――」

 いい雰囲気。彼女の手が俺の手と合わさる。

「あ、パンツ見えてる」

「――は?」

「今日はラッキーデイ! 眼福!」

「……」

 ――ごく普通の出会い方であるどころか、むしろ好印象ですらありそうなものだが、

「……死ね」

 と暴言を吐かれた。

 深く傷ついた。

人に噛み付きたいお年頃なのだと納得し、その後もめげずに声をかけるようになった。

 あるときは階段の下から――

「黄色!」

「――ッ!!」

 あるときは廊下で転んだところに彼女が歩いてきて――

「水玉! 青地に白!」

「……」

 あるときは彼女とぶつかって転んだときに身体が絡み合い、体操服の隙間から――

「白!」

「……死ね」

 ということを何度か繰り返していたら、普通に嫌われた。よくよく思い返してみれば当然かもしれない。
 自己嫌悪。でも全部事故だ。実際に口に出したのは自分だけれど。


「あのさ」

 考え事をしていたらふたたび声をかけられる。

「お弁当、どうしたのって聞いてるんだけど」

「……ええと」

 教室に忘れてきた。妹の手作りだった。
 親が忙しいのでいつも妹が作っているのだが、美味い。常に食べきっている。
 昨日は食べられたか覚えていない。というか昨日の記憶がない。

 死にたくなってきた。

「どうしたの?」

 なにやら(心配そうに)下から覗き込まれる。カッコ内はの妄想。

「よせやい、照れるぜ」

 茶化す。

「死ね」

 笑いながら死ねと仰られる。
 なんだか今日はご機嫌のようだ。


 孤高のロンリーウルフである彼女は、通称を屋上さんという。
 なんか屋上にいるから、屋上さん。
 あだ名ばっかりの学校だ。
 名前を聞いても教えてくれないので、俺がつけた。

 髪型はポニーテール。この歳になるとなかなかお目にかかれない。
 陸上部に所属していて、いつもハードルを越えてる。すごい。やばい。足が速い。クラスが違うので詳しいことは知らない。

「食べる?」

「は?」

 何かを差し出される。
 コンビニのサンドウィッチだった。

「……ミックスサンドだけど」

 まるでツナサンドじゃないことが申し訳ないみたいな言い方だった。

「いいじゃんミックスサンド、好きだよ」

 思わずミックスサンドをフォローする。実際好きだ。ツナサンドも嫌いじゃない。

「そう?」

 なぜか照れてるように見える。言うまでもなく妄想に違いない。

「ありがとう、もらうよ」

「べ、別に。余ってたってだけだから」

「ありがとう」

 なにやらツンデレっぽい発言だが、彼女が実際にツンデレだというわけではない。現実でそんなのいるわけない。
 実際、好かれるようなことはやっていないのだ。

 ――が、嫌いな人間にすらサンドウィッチを分けるこの優しさ。心に傷を負ったタイミングでこんなことをされれば、当然、

「やばい、惚れる」

 となる。

「は?」

「つらいときのやさしさは身に沁みる。結婚しよう」

「死ね」

 とたんに不機嫌になった。屋上さんは扱いが難しい。現実でも選択肢がでれば、間違ったほうは選ばないのに。

「なぁ、屋上さん」

「なによ?」

「エロゲの主人公ってさ、バッドエンドの後、どんなふうに過ごしてるのかなぁ」

「……いや、知らないし。エロゲとか」

「だよなぁ」

 現実は厳しい。

「食べないの? それ」

「食べる」

 もさもさとサンドウィッチを口にする。ぴりぴりとした味が舌に広がった。調味料がききすぎてる。

「生きてんのつれー」

 屋上さんはどうでもよさそうにフェンスの向こうを眺めていた。

 その後屋上さんと恋について話をした。ちょっと思わせぶりに振舞うためだ。

「屋上さん、好きな人いる?」

「あんたには関係ないでしょ」

 あっさり切り伏せられた。

 その後、理由なく保健室に向かった。保健の赤嶺先生はいなかった。ちょっと期待してたのに。

 教室に戻ると幼馴染が声をかけてきた。

「どこいってたの?」

「ナンパ」

「そ、そうなんだ……」

 なぜだかショックを受けている。フラグかと思ってちょっと期待した。
 が、俺だって幼馴染が逆ナンしてたら普通にショックだ。
 深い意味がないだろうことに気付いて無意味に落ち込んだ。

 席について妹の弁当を食べた。
 美味かった。好きなおかずばかりだった。優しさと励ましが垣間見えた。
 あいつが何か困っていたら全力で助けようと涙ながらに誓った。

 でも冷食だった。そりゃそうだ。

 気付けば午後の授業が終わってた。授業を聞いた記憶もない。当然、内容も何も覚えていなかった。

「……期末、近いんだぜ」

 冗談めかして自分に言うと、声が震えていた。

「どうしよう」

 周囲を見回すとサラマンダーもマエストロもいなかった。ぶっちゃけ二人以外仲のいい友人なんていない。

「孤独だ……」

 世間の風にさらされる。
 人間なんてひとりぼっちだ。

 切なくなってドナドナを歌っていたら、うしろから声をかけられた。

「チェリー」

「チェリーっていうな」

 うちのクラスでのあだ名の普及率は一日で100%(担任含む)。

「そんなに童貞がつらいか」

 女子だった。
 やたら下ネタ率が高い茶髪だ。
 化粧が濃い。睫毛の盛りがホラー的である。

 化粧を落とすと目がしょぼしょぼしてて眉毛がないに決まっている。
 でもいい身体をしていた。
 前にそれを言ったら数日間女子に無視された。
「無視するなよう!」と駄々をこねたら「きもかわいー」って許してもらった。おかげで大事なものを失った気がする。全面的に俺が悪いが。


「童貞は関係ないです」

 冷静に言ったつもりだったが、現実には女子に下ネタ振られて童貞らしく動揺しているだけだ。 
 茶髪は俺の心の機微を意にも介さず話を続ける。

「ヤらせてやろうか」

 情緒のない女だ。

「ぜひ」

 でも童貞のセ○クスに情緒は必要ない。二秒で結論を出した。
 幼馴染が心配そうにこっちを見ていた。睨み返す。裏切りものめ、と視線に乗せて送った。
 幼馴染は見る見る落ち込んでいた。何やってんだ俺……。

「何やってんだおまえ」

「俺が知りたい」

 本当に。

「まぁいいか。それで、いくら出す?」

「いくら、と申されますと?」

 嫌な予感。

「諭吉さん」

「それ犯罪!」

「愛があれば金の有無なんてちっぽけな問題だから」

「……えー」

 ドン引いた。「金の有無」の意味が違うだろう。



「冗談だよ、冗談」

 煙草に酒に乱交までやってそうな茶髪が言うと冗談とは思えない。

「まぁ、童貞だからってそんな気にするなよ、童貞。別に童貞だからって犯罪ってわけじゃないしな。だろ、童貞」

 茶髪が言うと、うしろで数人の女子がくすくす笑った。
 屈辱。でもなんだか興奮する。
 
 嘘だ。

「かくいう私も処女だしな」

「それも嘘だ」

 思わず反論してしまった。
 茶髪は気を悪くするでもなく気だるげに笑う。そのあたりが彼女の魅力だ。気だるげな、おとなのおねえさん的魅力。
 
「まぁ、あんまり落ち込むなよ、おまえが落ち込むと、あれだ。どっかで悲しむ奴がいるかも知れない」

 茶髪になおと的な励ましをもらった。意外と神経質な性格だったりするのかも知れない。
 普通に元気付けられてしまった。

「ありがとう茶髪、チロルチョコやるよ!」

「いや、チュッパチャップスあるし」

 チロルチョコとチュッパチャップスの間にどのような互換性があるかは謎だが、どちらもチが二つ着いてる。
 略すとチチだった。

 チチ系フードと名づけた。

 すぐに飽きた。

 チョコを食べながら部室へ向かう。ポケットにしまおうとした銀紙が廊下に落ちて、通りすがりの保健の赤嶺先生に叱られた。
 巨●だった。

 わざとじゃないんです、と言った。
 そうなの? と聞かれた。
 そうなんです、先生と話がしたくてげへへへへ、と言った。
 あらそうなの、とさめた声で言われた。

 赤嶺先生の脳内評価では、俺は鈴木以下だった。鈴木がどうというのではないが、男として劣っていると言われたみたいで悔しかった。
 
 そのまま何事もなく先生と別れた。つくづく女性と縁がない。
 部室についてすぐ、そんな不満を部長に言うと、彼女は呆れたようにため息をついた。

「あ、そうですか……」

 正真正銘呆れている。

 部長は三年で、今年で文芸部も引退。それを思うと少し切ない。

 文芸部は部員数が二十数人の人気文化部で、基本的には茶飲み部だ。部室は第二理科実験室。
 女子数はワープロ部に負けず劣らず多いが、男子率も比較的高い。
 
 普段はお菓子を食べながら好き放題騒ぎまくり、年に一度の文化祭に文集を制作、展示する。

 ちなみに、今年度の文集での俺の作品は「きつねのでんわボックス」の感想文だと既に決まっていた。顧問と部長に許可は取った。呆れられた。


「大変ですね」

 部長は会話が終わるのを怖がるみたいに言葉を続けた。ちょっと幼い印象のする容姿の彼女は、面倒ごとを押し付けられやすい体質。
 お祭り騒ぎが好きで面倒ごとが嫌いな文芸部の先輩がたは、お菓子を食べながらがやがや騒いでいる。
 ちょっと内気そうな彼女が、パワフルな先輩たちに面倒な仕事を押し付けられたであろうことは想像にかたくない。

 それを想像するとちょっと鬱になるので、部長が大の文芸好きで、文に関しては並ぶものがいないから部長になったのだという脳内エピソードまで作った。

 すごくむなしい。一人遊戯王並にむなしい。

「部長、どうしたら女の人と付き合えますか?」

 せっかくなので聞いてみる。部長は困ったように眉間を寄せて考える仕草をした。

「告白、とかどうです?」

 清純な答えに圧倒された。同時に正論だった。

「部長、気付いたんですけど俺、好きな人いませんでした」

「どうして彼女が欲しいんですか?」

 部長が心底不思議そうに首をかしげる。ぶっちゃけエロいことするためだが、そんなこと部長にいえるわけがない。

「愛のため?」

 適当なことを言った。言ってからたいして間違ってないことに気付く。

「素敵ですね」

 案外ウケがよかった。

 その日の部活はつつがなく終わった。

 家につくと妹が料理していた。
 後ろから抱きしめた。もがかれた。そのうち大人しくなった。十分間じっとしていた。お互いの息遣いと時計の針の音だけが聞こえる。
 背の低い妹の肩は俺の胸元にすっぽり収まる。妹のつむじに鼻先を寄せて触れさせた。息を吸い込むとシャンプーのいい匂いがする。
 妹の肩が抵抗するみたいにびくりと震えた。それもすぐに収まる。目の前に妹の黒い髪が艶めいていた。

 腕の力を強めると妹は足の力を少し抜いたみたいだった。自分の息遣いがいやに大きく聞こえる。
 身体を密着させると妹の身体の細さと小ささがはっきりと分かった。服越しに感じるぬくもりに、なぜだか強く心を揺さぶられる。

 目を瞑ると深い安心があった。腕の感触と鼻腔をくすぐる香りに集中する。妹の身体に触れている部分が、じわじわと熱を持ち始めた。
 それと同時に焦燥のような感情が生まれる。罪悪感かも知れない。

 
 俺は何をやってるのだろうと、ふと思った。 

 冗談のつもりが、思いのほか抵抗がなかった。
 なぜか心臓がばくばくしていた。妹相手なのに。顔も熱い。

 危ない雰囲気。これ以上はまずいだろうと思ってこちらから拘束を解除した。
 俺を振り向いた妹の顔は、暑さのせいか少し赤らんで見えた。瞳が少し潤んでいるようにも見えた。多分それは錯覚。

 直後、彼女が右手に包丁を握ったままだったことに気付いてさまざまな意味で戦慄した。
 危ねえ。やばそうだと思ったら放せ。俺が言えたことじゃない。

「晩御飯抜き」

 クールに言われる。後悔はない。
 実際には既に準備をはじめていたらしく、食卓には俺の分の食器も並べられていた。

「愛してる」

「私も」

 愛を語り合った。妹は棒読みだった。



 夕飯のあと、部屋に戻ると幼馴染の顔が頭を過ぎった。

「やは」

 ごまかし笑いが出た。
 
 せっかくなので幼馴染がサッカー部のなんだかかっこいい先輩と別れて俺と付き合うことになる妄想をしてみた。
 亡き女を想う、と書いて妄想。

 なかなか上手く想像できず、妄想は途中で舞台設定を変えた。俺が延々「一回だけでいいから!」とエロいことを要求している妄想だ。

「じゃあ、一回……だけだよ?」

 仕方なさそうに幼馴染が言う。よし、押して押して押し捲れば人生どうにでもなる。
 幼馴染はじらすような緩慢な動きで衣服のボタンをひとつひとつはずしていった。指定シャツの前ボタンをはずし終える。
 彼女はそれを脱ぎ切るより先にスカートのジッパーを下ろした。
 できればスカートは履いたまま、上半身だけ裸なのが理想だったが、そんな男の妄想が女に通用するわけもなかった。
 下着だけの姿になった幼馴染が俺の前に立つ。明らかに育っていた。子供の頃とは違う。女の身体だった。

「……ねえ、あの、あんまり、見ないでほしい」

 顔を真っ赤にして呟く。俺は痛いほど勃起していた。
 彼女は俺がひどく緊張していることに気付くと、蟲惑的な、からかうような、見下すような微笑をたたえる。
 ベッドに仰向けになった俺に、彼女が覆いかぶさった。主導権が握られたことは明白だ。

「心配、ないから。ぜんぶまかせて……」

 俺は身動きも取れないまま幼馴染のされるがままになる。気付けば上半身はすべて脱がされていた。
 体重が後ろ手にかかっている上に、シャツが手首のところまでしか脱げていないので、手が動かせなくなった。
 彼女は淫靡な手つきで俺の身体に指先を這わせた。彼女に触れられたところがじんじんとした熱を持つ。
 それは首筋、胸元、わき腹、臍を静かに通過して下半身へと至った。
 一連の行為ですっかり反応した俺の下半身に、ズボンの上から彼女の指が触れる。びくびくと中のものが跳ねた。

 圧倒的だった。

 圧倒的、淫靡だった。

 ズボンの留め具がはずされ、制服のチャックが下ろされていく。途方もなく長い時間そうされている気がした。
 その間ずっと、俺は幼馴染の熱い吐息に耳を撫でられ続けているような気分だった。

 見られる、と思うと、とたんに抵抗したい気持ちになった。それなのになぜか、早く脱がしきって欲しいとも思っていた。
 少女に脱がされるという倒錯的な感覚も相まって、頭がぼんやりして息苦しくなるほど快感が高まっていく。
 胸の内側で心臓が強く脈動している。破裂する、と比喩じゃなく思った。

「あはっ……」

 ズボンが太腿のあたりまで下ろされると、トランクスの中で脈打つ性器の形が幼馴染に観察されるような錯覚がした。


「脱がすよ……?」

 答える暇もなく、彼女は手を動かす。脱がされるとき、彼女の指先が皮膚をなぞって、そのたびゾクゾクとした快感を身体に残した。
 貧血になりそうなほど、血液が下半身に集中している。

「……かわいい、ね」

 ――何かが決定的に間違っていた。
 でも勃起していた。勃起しているんだから、まぁ、間違っていようとしかたない。

 幼馴染の視線をなぞって、ようやく違和感の正体に気付いた。

 妄想の中の例のアレは、なぜだか包茎だった。
 しかも早漏であろうことがすぐに分かった。
 
 でもよくよく考えたら現実でも早漏だった。
 ので、変なのは包茎だけだ。

 幼馴染は俺の腰のあたりに顔を近付けて、じろじろと観察した。
 あまつさえくんくん臭いまで嗅いでいた。

「へんなかたち。先輩のとちがう……」

 先輩は剥けてるらしい。
 知りたくない情報だった。

 寝取ってるはずなのに寝取られてる感じがする。

「ね、なんでこんなに皮があまってるの?」

 無垢っぽく訊きながら、彼女が人差し指でつんつん突付く。思わずあうあうよがる。

「変な声だしてる。かわいい」

 言いながらも彼女は手を止めない。

「ね、なんか出てきてるよ?」

 彼女の言葉にどんどんと性感を刺激される。
 ソフトながらも言葉責めだった。

 まさか先輩がソフトエムなのではなかろうな、と邪推する。

「きもちいーんだ?」

 照れた顔で微笑んで、手を筒状に丸めアレをゆっくりと焦らすように擦る。

「やば、い……って!」

 すぐ限界がきそうになる。ゆっくりなのに。
 童貞早漏の面目躍如だ。ぜんぜん誇らしくない。

「すぐ出しちゃうのは、もったいないよね」

 幼馴染は手を止めて荒い息をする俺の表情を見て、恍惚とした表情を浮かべた。今の彼女はメスの顔をしている。

「ね。……入れたい?」

 熱っぽい顔で幼馴染が言う。意識が飛びそうだった。答えは決まっていたが、俺は息を整えるのに必死で何も言えなかった。

「黙ってちゃ分からないよ?」

 どう考えても黙ってても分かっていた。いつの間にこんな魔法を覚えやがったのか。
 砂場の泥で顔を汚していた幼馴染はどこへ言ったのだろう。
 俺が少ない小遣いで買ってあげた安っぽい玩具の指輪はどうしたのだろう。
 いつの間に――こんなに歳をとったのだろう。 

「……あんまりいじめるのもかわいそうだし、ね」

 彼女は下着をはずし、俺の下半身に腰を近付けた。体温が触れ合う。奇妙な感じがした。でも不満はなかった。
 しいていうなら、お○ぱいさわってねーや、と思った。腕が動かないので触れない。
 仕方ないのでじっと見つめていると、しょうがないなぁ、と言うみたいに、彼女が俺の頭を抱え込んで胸元に招きよせた。
 いい匂いがした。近くで見ると彼女の肌は精巧な硝子細工みたいになめらかで綺麗だった。何のくすみもない。恐ろしく美しかった。
 でも、体勢がつらそうだな、と思った。


ペペローションまで読んだ


「じゃあ、いくよ?」

 いよいよだ。やっと……遂に……俺も、童貞じゃなくなるんだ。
 さらば青春。美しかった日々。さようならサラマンダー。さようならマエストロ。俺は一足先に大人の階段を登る。
 そして、今までつらい思いをさせてきて悪かったな、相棒。

 なあに、たいしたことじゃないさ、と相棒が彼女のお尻の下で応えた。
 彼女がゆっくりと腰を下ろしていく。足を両脇に開いた姿がよく見えて、その姿だけで俺は一生オカズに困らない気がした。

 そんなことを思っていたら、もうすぐ秘部同士が触れ合いそうだった。何か、余韻のようなものがあった。
 これで、俺の人生はひとつの区切りを迎えるのだ。そう考えると、不意に何かを遣り残しているような気分になった。
 
 喪失の気配。もうすぐ何かを失うような、そんな気配。

 本当に良いのか? と頭の中で誰かが言った。
 幼馴染とこんなふうにして。何もかもうやむやなまま。彼女には恋人がいて、でも俺は童貞だった。
 童貞だから仕方ない、と誰かが言った。まぁ、そんなものかもしれないな。童貞だし。

 なんだかとても、悲しかった。


 ――そのとき、不意に後ろから声がした。

「……おい、時間だ。そろそろ起きろよ、相棒」

 下の方の相棒じゃなかった。

 どう考えてもなおと(目覚まし)の声だった。

 ――やっぱり邪魔しやがったか。

 そこで俺の妄想は途切れた

「なおとおおおおおおお――――!!!」

 我に返った俺はひとまずなおとに対して攻撃を放った。
 
「右ストレート! 右ストレート!」

 技名だ。内容的には左フックだった。

「あとちょっとで! あとちょっとで!」

 たぶん俺は一生なおとを恨むに違いない。他方、感謝もしていた。あのまま妄想が続いていたら後悔していただろう。
 幼馴染を妄想の中で慰み者にするなんて、男の風上に置けない。童貞の風上には置ける。

 その後、部屋の隅でインテリアとなっていたアコースティックギターを抱えて「悲しくてやりきれない」を弾き語った。
 
 空しさだけが残った。

 アウトロに入った頃、妹が部屋のドアを開けた。

「お風呂入らないの?」

「一緒に?」

「入りたいの?」

「入りたいよ?」

 兄として当然の答えだった。それに対する返事もまた、

「ありえないから」

 妹として当然の答えだった。

 風呂に入った後、布団に潜り込んだ。ちょっと涙が出た。もう幼馴染なんて知らない。
 さっきの妄想を思い出すと勃起した。死にたい。


 寝付けなかったので深夜二時に台所にいって冷蔵庫の中の麦茶を飲んだ。作ったのは妹。
 幼馴染がハイスペックなように、うちの妹もハイスペックだ。

 そんな妹も、いずれは他の男の女になる。

 むなしい。
 目にいれても痛くないのに。
 せめて悪い虫がつかないでくれと祈るばかりだ。

 麦茶を一杯飲むと妙に頭が冴えた。

 コップの中身を飲み干してから溜息をつく。

「……彼女、欲しいなぁ」

 むなしさばかりの夜。
 
 五分後、布団にくるまってゆっくり眠った。

その日、変な夢を見た。

 夢の中ではなおと(目覚まし)が擬人化していた。

「なぁ、なおと……どうやったら、童貞卒業できるのかな」

 真剣な悩みだった。
 なおとはダンディに答える。

「……恋、しちゃえばええんちゃう?」

 夢の中のなおとはエセ関西弁だった。

「っていっても……好きな人とか、いないし」

「ちょっと気になる子とか、おらんのん?」

 本当にこれ関西弁か? と疑問に思った。

「気になる子……」

 俺は仲の良い何人かの女子の顔を思い浮かべた。

 幼馴染(彼氏持ち)。屋上さん(嫌われている)。茶髪(化粧すごい)。部長(距離がある)。妹(血縁)。

「いや、妹はナシだろう」

 自己ツッコミ。


「それをナシにしても障害ありすぎだろ……」

「たとえば?」

 なおとは標準語のイントネーションで訊ねた。

「彼氏とか、嫌われてたりとか、ろくに話したことなかったりとか……」

 目覚まし時計が呆れたように溜息を吐く。

「なんだよ?」

 ちょっと不服に思って問い返すと、なおとは静かに答えた。

「障害くらい、なんだっていうんだ。ちょっとくらいの壁、乗り越えろ。男だろ」

 ダンディだった。
 こんな男になりたい、と真剣に思った。
 目覚まし時計に諭されてるあたり、自分が本気で情けなくなる。

「恋人がいるくらいなんだ! 本気で好きなら寝取れ! 『遠くから彼女の幸せを祈ってる』なんて馬鹿な言い訳はやめろ!
 好きでもない男に幸せを祈られてるとか女からしたら気持ち悪いだけだ! 好きなら彼氏がいようと直球でいけ!
『彼女が幸せならそれでいい』とかな、自分に酔ってるだけ! 気持ち悪いんだよ!
 女なんてラーメン屋と一緒だ! いい店なら客がいて当たり前なんだよ! 彼氏のいないイイ女なんているわけねえだろ!
 分かったら電話をかけろ! 話しかけろ! 家まで押しかけろ! しつこく声をかけ続けろ! 嫌になるまで諦めるな!」

「……なおと」

 最初の方には感銘を受けかけたが、最後の方は普通にストーカー理論だった。
 あと途中でうちの妹さまに対する悪口が聞こえた気がする。
 あえて彼氏を作らない、そんないい女だっていると思います。

「ろくに話したことがない!? だったら話しかければいいだろうが! 仲良くなればいいだろうが! 自分の臆病を棚にあげて何が障害だ!
 おまえが少し勇気を出せば変わる問題じゃねえかよ! 嫌われたくない? 馬鹿にすんな! 相手にされないくらいなら嫌われた方がマシだ!
 嫌われたらなんだよ! 嫌われたらおまえは生きていけないのか? 人間なんて生きてれば理由があろうとなかろうと嫌われるもんなんだよ!
 話しかけられないなんていう臆病な言い訳は実際に嫌われてから言え!」

「いや、実際に嫌われてたりするんだけど」

 屋上さんとか隣席の眼鏡っ子を思い出す。
 どう考えても嫌われていた。

「おまえはその子の心が読めたりするのか?」

「え?」

「あのな、自分が好かれていると思うのが勘違いなように、自分が嫌われていると感じるのも思い込みなんだよ」

「そんなこと言われても……」

 実際に言われたわけだし。

「素直になれないだけかもしんないじゃん! ツンデレかもしんないじゃん! 勝手に判断すんなよ!『俺のこと嫌い?』って真顔で聞いてみろよ!」

「できるかそんなこと!」

「このヘタレめ!」

 もう意味が分からなかった。
 面倒になったので右ストレートを発動してなおとを黙らせた。

 翌朝、夢から覚めたときには、前日の憂鬱も忘れていた。

「お兄ちゃん、起きて」

 時々兄に対して絶対零度の視線を向ける妹ではあったが、基本的に兄に対する呼称は「お兄ちゃん」だった。
 いい妹なのだ。ときどき起こしに来る。そうして欲しくて、わざと起きていかないこともある。
 見抜かれて放置される。遅刻する。
 しかし、今日は目覚ましが鳴った記憶がなかった。
 
「……なおとは?」

「自分で止めたんでしょ」

 妹の視線の先でなおとが物寂しげに床に転がっていた。

「悪かったよ、なおと……」

「目覚ましに話しかけないでよ……」

 妹さまの呆れ声から、一日がはじまった。



 MP3プレイヤーで「人として軸がぶれている」を聴きながら登校する。

 二番目のサビに入ったところで夢の中の出来事を思い出した。
 しょうがない。恋をしよう。新しい何かを始めてみよう。

 サビを聴いてテンションがあがった。何かを変えようとするにはちょうどいい。イヤホンをはずした。
 学校につき、教室に入ると同時に両手を挙げて叫ぶ。

「ハローワールド!」

 教室を間違えていた。違うクラスだった。
 なんだこの人、という視線が突き刺さる。
 明らかに頭がアレな人だと思われていた。

 なぜ夏にもなって教室を間違えるのか、疑問だ。

 ちゃんと自分の教室にたどり着くと、今日もマエストロが俺の席で薄い本を読んでいた。

 なんだかんだでマエストロとサラマンダーの二人とは三年以上の付き合いになる。
 そう考える感慨深いものがあった。でも三人とも童貞。

「何読んでるの?」

 一昨日の例があるので、下手に刺激すれば乱心しかねないと思い、普通に話しかける。

「ん」

 言いながらマエストロが本の表紙をこちらに向ける。
 月刊青年誌で連載中のむしろ成年誌でやれと言いたくなる人気漫画のヒロインが表紙だった。
 ひらりと浮き上がったスカートの下にいちご柄の子供っぽいパンツに包まれたお尻が見えていた。
 家事万能の妹キャラ。

 好きなキャラ。

 俺は今怒ってもいい、と思った。

「……あてつけか? ひょっとしてなんかのあてつけなのか? 俺の好きなキャラだと知っていてそのような暴挙に出ておられる?
 これは宣戦布告なのか? おまえの好きな委員長キャラの同人誌をおまえがいない時間帯に自宅に送るぞコラ」

「……え、なんでそんなに怒ってんの?」

 なぜかどうでもいいキャラのエロに関しては寛容な俺たちだった。
 好きなキャラのエロに関しては場合による。
 個人として鑑賞する分にはいい(駄目なときもある)。
 どうでもいいキャラはどうでもいい。
 エロ担当として別のキャラがいたりもする。

 そもそも原作がエロチックな内容の漫画なので、俺の理屈の方が間違っているのは明白だ。
 元ネタからしてエロなのに、エロがアウトとかエゴにもほどがある。

 が、友人が読んでるのは嫌だった。

「おまえそれ売ってくれない?」

 交渉に出る。マエストロの細い目がぎらりと光った。

「高いぞ?」

 今月の小遣いが半分になった。

「つか、買ったはいいものの本編の方がエロいからあんまり使えなかったんだけどな」

「使うとか言うな」

 いつだって現実は残酷なほど正直だった。

授業前のホームルームで担任のちびっ子先生が言った。

「持ち物検査をします」

 うちの妹と同じくらいちっこい先生は、いわゆるロリババア。
 ツンデレくらいありえない存在だが、いるものは仕方ない。
 
 歳を重ねた分だけ世間擦れはしていた。
 口がめちゃくちゃ悪い。息がコーヒー臭い。酒が好き。
 やはり現実だった。

 教壇の上でだるそうに溜息をつく担任に、サラマンダーが冷静に訊ねる。

「なんで?」

 先生は答えるのも面倒とでもいうみたいに眉間に皺を寄せてから、しっかりと理由を話した。基本的に話の通じる教師だ。

「なんかね、煙草吸ってたんだって。あんたらの先輩。あの、四階の、あんま使われてないトイレあるでしょ。あそこで」

 とばっちりだった。見つからないようにやって欲しい。



「私は煙草くらいいいと思うんだけどね。むしろ年寄りとか積極的に吸えよ。長生きしてどうすんだ」

 ありがたい訓辞だった。基本的に話は通じるが、少し人の都合を省みないところがある。
 でもまぁ、みんなそんなもんだな、と思い返して納得した。

「どこもかしこも嫌煙ムードでさ。やんなっちゃうよ。副流煙がどうとかさ、どう考えても言いがかりじゃん。ふざけんなっつう。
 どこ行っても肩身狭くて。値上がりまでするし。金払ってるっつーの。税金払ってるっつーの。権利あるっつーの。健康そんなに大事か?
 パチンコのCMですら煙草ダメみたいなのやってるじゃん。なんなのアレ? それ以前にそもそもあそこは不潔だろうが。システムからして」

 一方的な言い草だったが、正直そのあたりのことはよく知らない。先生がそこまで煙草にこだわる理由も分からなかった。

「んなわけで。持ち物検査します」

 職権濫用だった。
 たぶんPTAに訴えれば責任問題にできる。モンスタースチューデント。世間は世知辛い方向へと進歩していく。

 とはいえ、拒否するのはやましいものがある奴だけだ。

「おいチェリー」

「チェリーって呼ばないでください」

「悪かった。チェリー、おまえこれどうした」

 好きなヒロインがスカートを翻してぱんつをこちらにみせつけていた。

 圧倒的ピンチ。
 サラマンダーが声を出さず笑っている。
 マエストロが俺から目をそらした。
 幼馴染が怪訝そうにこちらを見ている。
 茶髪が斜め後ろで興味なさそうに頬杖をついていた。

 困った。

「実は、マエストロに預かってくれと頼まれて……」

 俺は友人を売ることにした。既に支払った小遣いは痛かったが、マエストロに責任を押し付けられる。犠牲は多いが勝利は近かった。

「ホントか?」

「いや、俺そんなことしてないっす」

「してないそうだが」

 マエストロがあまりに冷静に言ったので俺が嘘をついたような雰囲気になった。
 ていうか実際嘘だった。圧倒的不利に陥る。

「実はそれ、プレゼントなんです」

「へえ。誰への?」

「入院してる親戚がいるんです。そいつ、思春期なのにろくにエロ本も読んだことなくて……思わず憐れに思って、読ませてやろうと。今日の帰り病院に寄る予定だったんです」

 適当なことを言った。

「そりゃいいことだな」

 ちびっ子先生が感心している。茶髪がニヤニヤしていた。幼馴染が何かに気付いたみたいにさっと視線を下ろした。

「でも、おまえが持っていいもんじゃないから」

 煙草には寛容なちびっ子先生は、エロには寛容ではなかった。

「あとで職員室に取りに来い。な? 今なら父ちゃんのエロ本を間違えて持ってきたことにしといてやろう」

「すみません。それ父ちゃんのエロ本でした」

 俺は父を売った。
 茶髪とサラマンダーがこらえきれず笑い始めていた。

「おまえの父ちゃん……こんなの読むのか」

 先生が心底同情するように言った。三者面談は母に来てもらおう。

ちびっ子は俺の席を離れて次々と他の人間の持ち物を確認していった。

 やがて彼女はひとりの男子の席で足を止めた。

「……なんでライター?」

「ゲーセンの景品で取ったんです」

 キンピラくんだった。

 茶髪ピアスの痩身イケメンで、微妙に不良っぽい雰囲気がある。
 彼のあだ名の由来はサラマンダーだった。

 初めて彼と接したとき、

「うぜえ、近寄んじゃねえよ」

 と冷たくあしらわれて、その態度の悪さからサラマンダーが、

「ああいうのなんていうんだっけ? キンピラ?」

 と言い間違えたのが由来となった。

 多分チンピラと言い間違えたのだと思うが、さらに正確にはヤンキーと言いたかったに違いない。ありがちだ。

 キンピラくんはさして居心地悪そうでもなく、ライターを持ってることを悪いとは思っていないみたいだった。
 というか、ライター持ってるくらい別に悪くない気もする。

「煙草吸うの?」

「吸わねえっす」

 キンピラくんは基本的に正直者だ。

「ホントに? なんでライター持ってんの?」

 彼は小さく舌打ちをした。

「今舌打ちしたね?」

「してねえっす」

「しただろ」

「してねえって」

「したって言えよ」

「しました」

 キンピラくんは基本的に正直者だ。

「で、煙草吸うの?」

「吸わないっす」

「吸ったんだろ? 正直に言えよ。私も隠れて吸ってたよ。授業サボって屋上で吸ってたよ」

 学生時代から今のままの性格をしていたらしかった。

「吸ってねえんだって」

「嘘つけよ。じゃあ何でライター持ってるんだよ」

「……」

「何とか言えよ」

 先生の言葉には困ったような響きが篭っていた。

「……ぶっちゃけ」

 キンピラくんは静かに話し始めた。

「金属性のオイルライターってなんかいいかな、って思って……」

 クラス中が静寂に包まれた。

「……煙草は吸わないのね?」

「はい。吸わないです」

 彼は基本的に正直者だ。
 そんなふうに持ち物検査は終わった。


 昼休みに屋上に行く。 
 あたりまえのような顔をして屋上さんがコーヒー牛乳を啜っていた。

 場所を変えようかと思ったが、どうせいるかも知れないことを承知できたのだ。こちらが変えてやる理由もない。
 俺は彼女が苦手だが、彼女と話すのは嫌いではなかった。

「また来たんだ」

 屋上さんは困ったような顔をして俺を迎えた。強く拒絶されることはない。
 最初の頃は来るだけでも冷たい視線を向けられたが、今となっては彼女の方もだいぶ慣れたらしかった。

 屋上さんに近付く。

「人、多いね」

 普段はろくに人がいないのに、今日は屋上で食事を摂る人間が多いようだった。

「たまにある。こういうことも」

 屋上さんは周囲を気にするでもなく言う。人ごみの中にあっても、彼女が孤高であるということは揺るがない。
 彼女がひとりでいることと、周囲に人間がいることは無関係なのだ。


「このくらい騒がしい方、逆に落ち着くでしょ」

 そうだろうか。俺は人が多すぎると落ち着かない。

「で、なんで私の隣に座るわけ?」

「一緒にお昼食べようと思って」

「……まぁ、いいけどさ」

 最初の頃と比べれば格段の進歩と言える。
 とはいえ彼女が不躾なほど威圧的な視線を見せることはまだある。

 俺が何か言わなくていいことを言ったときとか、何か気に入らないことがあったときとか、あるいは理由なんて想像もできないこともある。
 いずれにせよ屋上さんは俺に対してなんら執着を持つことがないようだった。
 いたらいたでいいし、いないならいないでいい。どちらでもかまわない。不快になってもまあ仕方ない、という考えでいるようだった。

「今日はおべんとあるんだ」

 屋上さんが静かに言う。甘ったるそうな菓子パンをかじりながら、彼女はフェンスの向こうを眺めていた。サンドウィッチじゃないんだ。

「忘れてこなかったから」

 包みを開けて食事をはじめる。屋上さんはそれに目もくれず一心にフェンスの向こうを睨んでいた。

「何かあるの?」

「何が?」

「フェンスの向こう」

「ツバメが飛んでる」

「ツバメ」

 正直、空を飛んでいる鳥なんて鴉もツバメも同じに見える。

「ツバメは空を飛べていいなぁ」

 屋上さんがぼんやり言う。
 何かを言おうとしてから、何をどういうべきかを考えたけれど、今のタイミングで絶対に言わなければならない言葉なんてないように思えた。

 とりあえず適当なことを言ってみた。

「人間だって飛べるでしょう」

「飛行機で?」

「ヘリコプターとかね」

 屋上さんがくすくす笑う。何がおかしかったのかはまるで分からない。
 彼女の笑い声に呼応するみたいに、少し強い風が屋上を吹きぬけた。髪がなびく。


「屋上さん」

「なに?」

「立ってるとパンツ見えそう」

「見えないから大丈夫」

「ねえ。スカートの下にハーフパンツとか履けば見えないよね。実は見て欲しいとか?」

「いっぺん死ね」

「屋上さん、俺のこと嫌い?」

 なおとに言われたことを実践してみた。口に出してから、少し卑怯だったかもしれないと思う。

 屋上さんは少し困ったような顔をしてから、ためらいがちに口を開いた。

「別に嫌いじゃないけど、セクハラはうざい」

 案外、悪印象はなかったようだ。
 今後セクハラしないように気をつけよう、と思った。

「あ、今パンツ見えた」

「いっぺん死ね」

 本能はいつだって俺の身体を支配してしまう。
 屋上さんと和やかな昼を過ごした。


 放課後、部室に向かう途中で部長と遭遇した。
 
 部長とどうでもいい話をしながら部室へ向かう。

「部長は、進学ですか? 就職ですか?」

「進学です」

「大学ですか」

「大学です」

「なんていうか、進路の話をしてると、怖くなってくるんですよね。焦燥感?」

「分かります」

「たとえば、中三の夏休みくらいから、模試とか夏季講習とか受ける奴増えるじゃないですか」

「増えますね」

「で、ずっと成績で負けたことなかった奴相手に、休み明けのテストでめちゃくちゃ引き離されたりして」

「そうなんですか?」

「そうなんです。夏休み中遊び倒してたから。あのときくらいの焦燥感ですね、進路の話をするときの心境っていうのは」

「よく分かりません」

 部長は真面目で堅実な中学時代を過ごしたのだろう。

「あとは、そうだな。将来のこと何も考えてなさそうな奴が、「建築関係の仕事につきたい」って立派な希望を持ってるって知ったときとか」

 サラマンダーがそう語ったとき、盛り上がるマエストロを横目に、俺はひとり硬直していた。

「あ、こいつもこんなこと考えてたんだ、っていう。俺なんも考えてないし、何もないや、っていう。分かります?」

「……分かる気がします」

「なんというか、置いてけぼりにされてく気分。こういうの、心細さっていうんですかね?」

 どうでもいい話はそこで途切れた。沈黙が徐々に空気を凍らせていった。
 部長は、部室につくまでずっと黙ったままだった。

 部活を終えて家に帰ると、台所で妹が立ち尽くしていた。

「どうした?」

 良い兄っぽく訊ねる。

「……ご飯炊き忘れてた」

 数秒声が出なかった。天変地異の前触れか。

「ごめんなさい」

 しゅんと落ち込んだ妹に、罪悪感がこみ上げてくる。
 実際、家事を全面的に押し付けていたわけだし、今までミスがなかった方が不思議だったのだ。
 少しの失敗くらい誰でもする。主婦でもする。中学生で家事をこなせるだけでもすごいのに、完璧まで目指さなくてもいいのに。

 だのに、ちょっとのミスで妹はひどく落ち込む。 
 
 妹は落ち着かなさそうに自分のうなじを撫でながら目を伏せていた。

やべぇ面白いぞ主よ
支援

「今日は外食にするか」

 誰でも思いつきそうな解決案を口にする。
 妹の顔は晴れなかった。

「俺が奢るから」

「ほんと?」

 冗談のつもりで言ったが、思ったとおりの答えは帰ってこなかった。

「むしろ、妹に払わせるつもりだったの?」

 ……という感じの答えを期待していたのだが。

 たったひとつのミスが、妹には致命的なダメージを与えるらしい。
 そんなに完璧を目指さなくてもいいのに。

 気負いすぎるのがうちの妹のダメな部分だ。
 それはいいところとも言えるのだけれど。

 兄としてはもうちょっと甘えて欲しいし、あんまり思いつめすぎないで欲しいし、たまには逆ギレしてもいいのに、と思う。

「ファミレスでいいか?」

 一番近場だし、という言葉はかろうじて飲み込む。安いし近いしそこそこ美味い。
 妹は小さく頷いた。

>>55
握手

 玄関を出て、二人肩を並べて歩く。まだ少し早い時間だが、あのまま家にいても落ち着かないだろう。
 なんだかアンニュイな雰囲気。

 歩きながら妹は、気のせいかと聞き逃しそうになるほど小さな声で謝った。
 何を謝ることがあるんだと言ってやりたかったが、そんなことを言っても妹は喜ばないし、いつもの調子を取り戻さないだろう。
 いいよ、と軽く答えた。なんとなく、自分の態度に苛立つ。何をえらそうにやってるんだ。おまえが家事をやれ。
 
 なんだって、わざわざ家事を引き受けてくれている妹がダメージを食らうことがあるのか。

 俺の態度が悪いのかも知れないな、とふと思った。
 文句のひとつでも言ってやれば、「じゃあアンタがやればいいでしょ!」と逆ギレしてくれるかも知れない。
 それはそれで、お互いストレスがたまりそうだ。
 良い兄であろうとするのも考え物かも知れない。基本的にはダメ兄なわけだし。

「家事、手伝ってほしいときは言ってくれていいから」

 一応、そう伝えておく。そっけなくならないように細心の注意を払って。
 別におまえの仕事に不満があるわけじゃないぞ、と言外に想いを込めて。

「……うん」

 落胆した様子のまま、妹は小さく頷いた。これ以上は何を言っても逆効果だろう。
 ちょっとくらいのミスがあっても、今の時点で充分すぎるくらいがんばっているのに。

 自分のいいところって、見えないのかもしれない。

 一通りの家事をこなせるようになってから、妹は家事のすべてを自分ひとりでやりたがった。 
 最後には家事を仕込んだ側の俺が折れて、妹に全部を任せるようになったけれど、やっぱり分担は必要だったと思う。

 お互い、とるべき距離を測りかねているのかもしれない。

 両親は仕事で忙しくて、帰ってくるのはいつも夜遅くだから。
 俺たちがそこそこ成長したからか、最近ではろくに帰ってこないこともある。

 でもやっぱり、俺たちはまだ子供なのだ。

 どうしたものか。

 考えながら歩いていると、すぐにファミレスにつく。徒歩十分。奇跡的な立地。

「何名様で」

「二名です」

「禁煙席喫煙席ございますがどち」

「禁煙席で」

 日本人は相手の言葉を最後まで聞かずにかぶせるように返事をすることが多い。
 というか、見るからに学生なのに喫煙席を選択肢に入れるな。



 禁煙席を見渡してから少し後悔する。平日の夕方は、学生たちで賑わっている。
 騒がしい。

 空いている席につく。ちょうど後ろに騒がしい集団がいた。どいつもこいつも茶髪。なんで染めるんだろう、と思う。
 お洒落感覚? ちょっと理解できない。明らかに似合ってないのに。派手な化粧も着飾った服もバッグだけシックなところとか。

 要するに見栄っ張りなのかも知れないな、と考えてから、自分が異様にイライラしていることに気付く。

 妹が心配そうにこちらを見ていた。
 それには反応せずに問いかける。

「何にする?」

 メニュー表を眺めながら、意識は別のところを飛んでいた。
 騒がしい場所に来ると、自分の存在が希薄になっていくような気がしてすごくいやなのだ。

 店員が水を持ってくる。テーブルの脇に置かれたそれに手を伸ばして口をつけた。水は好きだ。

 飲み込んだ瞬間、後ろの席でどっと笑い声が沸く。
 楽しそうで結構なことだ。

 メニューを決めて呼び出しボタンを押す。天井脇のパネルに赤いデジタル文字が点灯するのが位置的によく見えた。

 注文を終えて溜息をつくと同時に、店内の雑音にまぎれて俺の耳に届く声があった。

「先輩?」

 脇を見ると中学時代の後輩がいた。妹が慌てて挨拶をする。俺の後輩であると同時に妹の先輩でもある。

「中学生がこんな時間まで何をしているのか」

 後輩は困ったように笑った。

「今から帰るとこス」

「五時のサイレンが鳴ったら帰るようにしろよ。誘拐されるぞ」

「いや先輩、このあたりサイレン聞こえないって」

「じゃあ携帯くらい見ればいい」

「鳴らない携帯なんて持ち歩かないし」

「鳴らないの?」

「やー、あの。先輩、あれだ。私ぼっち」

「ああ、だもんな、おまえ」

 後輩の顔を見るのは卒業以来だった。特に付き合いがあったわけではないけど、見かけたら話す程度の仲。
 幼馴染を介して知り合ったのだが、仲が良くなってからはむしろ幼馴染より長い時間一緒にいたかもしれない。
 別に暗いわけでも話していて退屈というわけでもない。親しい人間が少ないのは、耳につけたイヤホンをなかなか外さないから話しかけづらいのだろう。
 
 それさえなければ友達なんて嫌というほどできるだろうに。
 孤立しているというわけではないようで、それならまぁ、好き好きかとも思えるのだけど。

「妹ちゃんとお食事ですか」

「デートっス」

「デートっスか」

「違います」

 妹があっさり否定する。あまりにも月並みなやりとりだ。

「ドリンクバーのクーポンあるけど。先輩使う?」

「いや、持ってるから」

 ですよね。後輩はからから笑った。ポケットからイヤホンを取り出してつける準備をする。

「んじゃ、私行くんで。また。じゃあね、妹ちゃん」

 後姿で妹の返事を受け取りながら、彼女はスタイリッシュに去っていった。


「相変わらず、かっこいい先輩ですよね」

 と、妹が言う。

「スタイリッシュなんだ」

「スタイリッシュ」

 一瞬、妹は硬直した。これ以上ないというほど似合う言葉。あまりに似合いすぎるので、なんだか笑ってしまう。

「あいつ、趣味はベース」

「スタイリッシュだ」

 笑いながら妹が何度も頷く。ベースを弾く後輩の姿を想像するとあまりに似合う。

「インディーズのロックバンドとか超好き」

「スタイリッシュ」

 そもそもヘッドホンが似合う。肩までの短くてストレートな髪。整った顔立ち。それなのに少し小柄な体格。
 可愛く見える容姿なのに、鋭い雰囲気を持っていて、クールともかっこいいとも微妙に違う、スタイリッシュな感じを作っている。

「洋楽とかめっちゃ聴く。邦楽も嫌いじゃない。というか、ちっちゃい頃じいちゃんに演歌やらされてたんだって」

「意外……」

「だから歌が上手い」

「へえ……」



 後輩の話をするとき、俺はやけに饒舌になった。たぶん、彼女のことが好きだからだろう。恋愛とは別に、人間として。
 俺が長々と続ける後輩の話に、妹は普通に感心していた。

 どこか大人のような雰囲気を持つ後輩。
 ザ・スタイリッシュ。やることなすことなんだかスタイリッシュ。やたら大人びている。そんな後輩。一緒にいると退屈しない。
 独特の空気を持っていて、同じ場所にいると俗世とは縁遠い場所にいる気分になる。
 
 あと、ときどき「森のくまさん」を鼻歌で歌う。スタイリッシュな表情で。からかっても照れない。手ごわい。
 甘いものが好きで、いつもポケットに忍ばせている。
 姉と妹がひとりずついる。面倒見がいい。頼られ体質。

「姉って何歳の?」

「たしか、俺と同い年だったはず」

「同じ学校かもね」

「ないない。そんな偶然ない。あったらおまえと結婚する」

「その冗談、意味分からないから」

 ひとしきり話題を消化しきった頃、愛想の悪いウェイトレスが注文した品を届けにきた。悪くない味だった。
 帰路の途中で、いつのまにかイライラがなくなっていたことに気付いた。
 
 後輩恐るべし。
 彼女の持つ謎の癒しパワーはいずれ軍用化されかねない。


 家に帰ってからリビングのソファに座って妹と『2001年宇宙の旅』を鑑賞した。

 冒頭から意味不明の映画だ。なぜだか数十分間(ひょっとしたら数分かも知れないが、体感時間的には数十分間)猿の闘争を見せられる。
 やがて舞台は古代から現代を通り越し近未来へ。この時点で謎は深まるばかりだ。さっきの猿はなんだったのよ。
 話は静かに進んでいく。宇宙船(厳密には違うかも知れないが、素人から見るとそのようなもの)の中で音もなく進む話。
 やがて人類の月面基地へ。ちなみに舞台設定、時代背景の一切は説明されない。予備知識なしで見たらぽかんとすること請け合いだ。
 
 この映画のすごいところはいくつか挙げられる。

 全編を通して音による演出がほとんどないこと。台詞すらも極端に少ない。そのおかげで眠くなる。
 映像による演出が凝っていること。これそんなに必要か? というシーンにやたら長い尺を取っている。そのおかげで眠くなる。
 にもかかわらずSFファンには高い評価を得ていること。理解ができないので眠くなる。

 以前サラマンダーとマエストロに見てみろと薦めたことがある。DVDを貸した。翌日、変な顔で返された。子供には理解できない世界。俺も理解できない。

 正直に言うと、この映画を最後まで見れたことがなかった。

 今日こそは、と意気込んでみても、眠い。がんばってもラスト十分で眠ってしまう。
 妹は開始三十分で眠っていた。肩に頭が乗せられる。もやもやする。気分が。いろんな意味で。

仕方ないので眠気を振り払って身体を起こす。妹がぼんやりとした表情で何度もまばたきしていた。
 DVDを入れ替えて『バック・トゥー・ザ・フューチャー』をかける。
 テンポよく進む話。先が読めるのに面白い演出。ちょっとした感動と少しのせつなさ。少しだけブラックなラスト近くの展開。
 掻き鳴らされるギター。若さゆえの暴走。軽蔑。友情・努力・勝利。愛と未来への不安。まさに青春。
 
 でも妹は開始三十分で寝た。たぶん疲れているのだろう。
 
 スタッフロールを最後まで見ずにDVDをしまい、妹を起こした。

「風呂入らないのか?」

 紳士に訊ねる。

「……一緒に?」

「は?」

 なんか言ってる。

 なんばいいよっとねこの子は。

 思わず硬直した。


 何拍かおいてから、妹は正常な意識を取り戻したようだった。

「待て。今のナシ。ナシだ」

 彼女の口調は唐突に荒くなった。二重の意味で硬直する。凍結の重ね掛け。

 お互い何も言えずに数秒が経過する。
 しばらくしてから、妹は何かをごまかそうとするみたいに口を開いた。

「……お風呂入ってくる」

「いってらっしゃい」

 仲がいいのも考え物だ。もう年頃だし。役得といえば役得だけれど。

 その後、風呂に入っていざ寝るかとベッドに潜り込んだ瞬間、期末テストが近いことを思い出した。

 ……勉強しとこう。

 ベッドから這い出て電灯をつける。カバンから筆記用具を取り出して机に向かった。


「……めんどくせ」

 結局、教科書を一通り読み返すだけにした。何もしないよりはましだろう。
 飽きてきた頃に教科書を開きながらPSPの電源を入れた。三国志Ⅷをプレイする。
 強力な登録武将を大量に作成して新勢力で敵を圧倒した。

 飽きたのでお勧めシナリオの赤壁の戦いから諸葛亮を選択してプレイする。
 夏候淵に離間をかけ続けて内通、登用。都市ごと寝返らせて一気に三都市を制圧する。
 少しずつ軍を進めて勢力を拡大していくが、なかなか人口が思うように増えない。
 そうこうしているうちに夏候淵が曹操軍に都市ごと寝返る。太守変えとけばよかった。
 前線だからと前に押し出していた大量の兵が露と消える。なんてことをしやがる。

 むなしくなってやめた。

 ゲーム機の電源を落とすと同時に、まったくページの進んでいない教科書が机に載っていることに気付いて愕然とする。

 そんな馬鹿な。

 気付けば深夜二時。
 
 今までの時間はなんだったんだろう。どこに消えたんだろう。

 無性にやるせない気分になり、ベッドに潜り込んだ。
 寝てしまおう。明日、勉強しよう。

 夢は見なかった。




 翌朝、台所で洗い物をしていた妹から声をかけられる。

「今日、じいちゃんち行こうと思うんだけど」

 じいちゃんち。結構遠い。車で三十五分。母方の祖父の家と思えば結構近い。いずれにせよ田舎だ。俺たちが住んでいるところもだが。

「お呼ばれですか」
 
 家族が全員揃うことよりも、祖父母と食事をとることの方が多い。
 両親がなかなか帰ってこないので、気を遣ってくれているのだろうというのは分かる。
 妹も妹で、祖父母の家に行くのは嫌いではない(末の孫で、しかも女なのでやたら甘やかされる)。

「玉子が切れそうだったから頼んだら、晩御飯を食べにこないかと」

「迎えにくるの?」

 妹が頷く。



「一応、お兄ちゃんも行くかもって言っておいたけど」

「俺も行く」

 俺が行かないとなると、妹は俺の分だけ食事を作ってから祖父母の家に向かうだろう。
 そんな手間をかけさせるくらいなら、一緒に行ったほうがマシだ。

 というのは建前。孫たちと一緒に食事をするとき、祖父母の食卓は豪勢になる。

「じゃあ、早めに帰ってきて。夕方頃迎えに来るって行ってたから」

 短く頷いて、カバンを抱える。ちょうど皿洗いが終わったようだった。

「暑い」

 外はうだるような熱気だった。

「連日の猛暑で! 我々の体力は既に限界に達している!」

「暑いんだからあんまり騒がないでよ」

 クールに言われる。涼しい顔をしているようでも、妹だって頬には汗が滴っていた。

 学校に向かう途中で、サラマンダーと遭遇した。
 
 サラマンダーは不愉快そうに眉間を寄せて俺を睨んだ。何かを話そうとしている。
 やけに真剣な表情だ。俺には理解できないことを言おうとしているのかもしれない。

「しまぱんってあるだろ?」

 高尚な話だ。

「水色かピンクか、ずっと考えてたんだよ。最良なのはどちらかって」

 どっちも良いに決まってるだろ。
 とは口に出さず、サラマンダーの言葉の続きを待つ。

「緑っぽいのもあるな。まぁともかく、しまぱんで一番すばらしい色の組み合わせは何かと、考えていたんだよ。一晩中」

 寝ろよ。勉強しろよ。どちらを言おうか悩む。馬鹿なことに時間を使う奴だ。俺も人のことは言えないが。
 そんなことをしてるから淫夢を見るのだ。

「で、思ったのよ、俺」

「……何を?」

「黒と白。どうよ?」

 どうよと言われても、参考画像がないことには判断のしようがない。
 そもそも、それはしまぱんと言えるのか?
 サラマンダーと高尚な話題で盛り上がっていると、すぐに学校についた。画像に関してはあとでマエストロに要求してみよう。

 教室では、茶髪が下敷きで自分の顔を仰いでいた。

「化粧落ちる?」

「落ちるね。汗で」

 おんなのひとはたいへんです。
 睫毛に汗の丸い雫が乗っていた。すげえ。ひょっとして本物か?

 篭った熱気を逃がそうとしたのか、茶髪はぐしゃぐしゃと自分の髪をかき回した。
 見栄えも気にしなくなっている。大人のおねえさんはどこへ行ったのか。

「暑い!」

 暑かった。

「チロルチョコ食べる?」

 ポケットから差し出す。溶けてるけど。

「食べない。なぜこの暑い中でチョコなど食うか」

 そういえば、彼女は以前、夏は嫌いだと言っていた気がする。

「なんで?」

「暑いじゃん」

 そんな会話をいつだったか、交わした。じゃあ冬は? と訊ねてみたら、寒いじゃん、という答えが返ってくる。そういう奴。

 茶髪は気だるげに髪をかきあげる。その仕草が誰かに似ていた。

「茶髪、おまえ妹っていたりする?」

 まさかな、と思いながら確認。あの後輩の姉がこいつというわけはないだろう。

「いないけど」

 いないらしい。案の定といえばそうだが、肩透かしとも言えた。

 暑さにうなる茶髪を放置して自分の席に向かう。今日はマエストロがいなかった。
 
 オタメガネ三人組が教室の隅で大富豪に興じているのが目に入る。
 せっかくなので参加した。ここいらでは大富豪と呼ぶのが定型。革命返しはアリ、八切りもアリ、それ以外はなし。

 カードを配り終えてからジャンケンで一番最初に出す人間を決める。特に予備的な意味はない。

「童貞の力を見せてやる!」

 デュエルスタンバイ!

 結果は惨敗だった。

「……一番でかいのがジャックって」

 神様が俺を苛めたとしか思えない。
 それから、あと二枚で上がりってときにトリプルを連続で出し続ける奴はどういう教育を受けてるんだ。

「負けたよ、ほら。賞品のチロルチョコやるよ」

 一番に上がった佐藤に渡す。

「ヒキコモリの従妹にあげろ。な? 俺の名前ちゃんと伝えとけよ。会ってみたいって言っててくれる? すげえイケメンだよって」

「これ、溶けてるよチェリー」

「チェリーって言うな」


 佐藤は変な顔をしていた。それ以上何かを言ったら冗談ですまなくなりそうだったのでやめておく。
 そりゃあ自分の従妹をダシにされたら気分は悪いだろう。
 
 それも黒髪色白物静かくまぱん美少女なら。
 俺なら黒髪でなくてもかまわない。
 なんならハーフで色素の薄い栗色の髪をしていてもいい。よく考えるとプラス要素だった。
 とにかくちょっとくらい属性が変わっても可愛がられるタイプの従妹。
 そんな従妹が欲しかった。
 
「悪かったよ、冗談だ、佐藤。八つ当たりしただけだ。本気で受け取るなって。ごめんな」

 心底安堵したように、佐藤の顔から顔の引きつりが取れていった。
 これからは言っていい冗談と悪い冗談くらいは考えよう。相手を選ぼう。
 でも年下の従姉で童貞卒業したのは許さないよ。

 なんとなく佐藤の態度に共感してしまった。今度から妹に関する相談はこいつにすることにしよう。
 マエストロもサラマンダーも男兄弟しかいないのでそのあたりは頼りにならなかった。

 オタメガネ三人組は、なぜか俺に対して一定の距離を置く。
 言葉遣いとかが、クラスメイトに対するそれじゃない。ひょっとして嫌われてるのだろうか。

 考えたらつらくなってきた。少人数でトランプやってるところに割り込んできて好き放題。溶けたチョコを押し付ける。他人の従妹をネタにする。

 俺最悪じゃね?

 いろんな場面で、口に出してから気付くことが多すぎる。
 考えなしなのか、必死に会話を盛り上げて人の輪に入ろうとしているからなのか。


 
 なんというか、あれだよ。

 人がやってる大富豪に混じるのって、ほら。

 仲がいいと思ってた数人の友達が、土日に一緒に遊んでて、そのとき俺だけ声もかけられなかった、みたいな。
 親戚の集まりで、子供部屋に集められた子供たちが、全員、自分以外顔見知り、みたいな。
 普段五人で集まってた友人同士で、バンド組もうって話になって、俺だけ話に入れてもらえなかった、みたいな。

 そういう、ね。
 なんというか、ね。
 置いてけぼりの気持ち。

 静かに立ち上がって教室の出口に向かった。

「どこいくの?」

 人のいい佐藤はさっきのことをもう忘れたようだった。そう見えるだけで、内心不愉快に思ってはいるのかもしれない。
 こんなふうに後ろ向きに考えてしまうことも失礼にあたるかな。
 でもやっぱり考えてしまう。

 どうも、人の輪に、馴染めないんです。僕。

「お花摘み」

 短く答えると、三人組はそろって変な顔をしていた。



 トイレは階段の近くにあるので、登校してくる生徒たちの姿がすぐに見つかる。顔を洗ってからすぐに廊下に出た。
 
 先輩と幼馴染が、一緒に階段を登ってきたところに遭遇する。

 呆然とした。

 お前ら家の方向違うじゃん。
 今までこんなことなかったじゃん。
 校門で待ち合わせてたのか、メールで示し合わせてたのか。
 
 でもそんなことどうでもよかった。
 俺は幼馴染の彼氏じゃないし、先輩の友達でもない。

 楽しそうだな、と思った。少し頬を紅潮させて、笑っていた。
 なんだよこれ。

 危うく泣き出しそうになりかけたタイミング。
 幼馴染と目が合った。
 
 次の瞬間、その肩越しに部長の姿を見つけた。

 理由なんてなんでもよかった。

「部長!」

 部長に声をかけて彼女と一緒に上の階へと向かった。


「どうしたんですか?」

 部長は普段どおりの口調で俺に返事をしてくれた。穏やかな笑み。怪訝に思う様子もない。
 どうやら俺は泣いていないようだった。

「いえ、ただ見かけたので」

 そうですか、と部長は頷いた。部長についていく。ゆっくりとした歩調の彼女に合わせていると、後ろからさっきまで幼馴染と一緒にいた先輩が俺を追い越していった。
 何度も追い越しやがって、と思う。
 でも彼は悪い人じゃなかった。

 悪い人だったらよかったのに。

 女を食い物にするような悪人だったらよかったのに。
 それだったら、幼馴染を取り戻す大義名分ができたのに。
 
「ままならないな」

 ぼそりと呟く。
 部長にまで変な顔をされてしまった。

 ままならない。
 
 でも、しょうがないことだ。

 家に帰ったらギターでも弾こう、と不意に思った。
 
 そう考えてから、今晩の予定を思い出す。
 妹の顔を思い浮かべると、強張った表情が少しだけ緩んだ気がした。

「今日は、部活に来ますか?」

 教室に引き返しかけたとき、部長から尋ねられた。

「いや、今日は放課後、ちょっと予定があるので」

 うちの部活は水曜日以外は自由参加だ。
 
「そうですか」

 特に感慨もなさそうに、部長は頷いた。

 短く部長に挨拶して、階段を引き返す。教室に戻ると同時に、幼馴染と目があった。
 なぜだか、声をかけることができない。

 自分が嫌いになりそうだった。

 ――たまに小学生だった頃のことを思い出す。
 大半の記憶はおぼろげで、ろくに思い出すこともできないのに、ときどき、そのときの出来事を鮮明に思い出すことがある。

 小三くらいの頃だったろうか。恋の話が流行った。
 おまえ好きな人誰? おまえこそ誰だよ。そんな会話が何度も繰り返されて、みんなに聞いて回って女子に報告する奴もいた。
 報告する奴は、なんのつもりだったんだろう。遊びのつもりか、女子に媚を売っていたのか。
 小間使いにされている時点で、相手になんてされてないのに。それでも少し羨ましかった。

 小三の俺は生意気な子供だった。恋だの愛だの馬鹿じゃねーの、とまでは行かないが、そういう話からは距離を置いていた。
 なんとなく、自分には過ぎたことのように思えたから。

 でも追い掛け回された。
 小間使いに、好きな人言えよ、誰なんだよ、って。
 くすぐられながら「言わないよ!」って答えたら、「言わないってことはいるんだな?」と問い返される。
 とても困る。
 
 呼吸が苦しくなるほど笑いながら、教室から廊下から校舎中を逃げ回る。休み時間がなくなるまで。
 授業が始まったら席について、授業が終わったらまた追いかけっこ。

 逃げ回ってるとだんだん疲れてくる。
 どっかに隠れるか、と思う。

 図書室のカウンターの中。
 他の学年の教室。
 トイレ、は汚いから嫌だった。
 
 最終的には、自分たちの教室の給食台の下に隠れた。
 どう考えてもすぐに見つかる。


子供だから、ばれないと思った。

 で、見つかる。小間使いに。
 
 でも、教室にいた女子には見つからなかった。俺にとっては幸運なことに。

 女子は隠れる俺に気付かずに給食台の脇を通過する。
 その日、スカートだった。

 ぱんつみえた。

 黒かった。

 俺のフェチ的原体験。俺が窃視的な画像に興奮を覚えるのはこのときの体験に起因していると見た。

 なぜこんなことを思い返しているのだろう。

 小間使いの、「あ、おまえスカートの中覗いただろ!」という声が教室に響く。
「ち、ちがうよ!」と俺は悲鳴に近い声をあげる。

 なんだか、そんなこともあったなぁ、とふと思った。
 ほほえましい過去。笑い話。
 あのときから幼馴染は、学校にスカートを履いてこなくなったのだ。

『……童貞、なの?』

 ……なにがあろうと、あいつのぱんつを初めてみた男は多分俺だ。父親除く。

 ふへへ。

 くだらない。
 でも、ちょっと笑えそうだ。


 とりあえず、元気出せ俺。
 何も世界が終わるわけじゃない。

 
 ぱんつが見れなくなるわけでもなし。 

「そう思うよね?」

「何の話?」

 屋上さんはきょとんとしながらミックスサンドをかじっていた。なんでツナサンドを食べないのだろう。

「童貞こじらせると、ちょっとのことで鬱になっちゃって」

「……急に、なに。どう……ああもう。そんなこと言われても困る」

「屋上さんを困らせたくて」

「いっぺん死ねば」

 屋上さんはとても辛辣です。

「まぁとにかく」

 彼女は今日も今日とてフェンスの向こうを眺めている。


なんだろう、このぼっち感が漂ってきて
でも友達はいて、フラグがすぐ立つっていうね
こういうの嫌いじゃないわ

「元気出しなよ。落ち込んでてもろくなことないし」

 そんなに落ち込んでいるように見えるのだろうか。屋上さんに慰められるとは思ってもみなかった。
 
「だから、そんなふうに励まされると惚れてしまう」

「惚れっぽいね」

「惚れっぽいんだ」

 屋上さんはもさもさとサンドウィッチをかじる。俺は弁当を箸でつつく。
 並んでいるのに遠い気がする。距離がある。なぜだろう。
 
 沈黙が降りた。あ、会話終わっちゃう、と思う。なんか言わなきゃ。
 とりあえず、

「惚れてまうやろー」

 人のネタを借りた。
 屋上さんはクスリともしなかった。

 ……俺にどうしろっていうんだ。



 放課後、教室から出るときに担任に呼び出された。
 ちびっこは俺を手招きして教壇へと召還する。
 リトルサモナー。ファンタジーゲームなら人気の出そうな立ち位置。ロリキャラだし。

「おまえ、これ昨日忘れていっただろ」

 薄い本を手渡される。

「……おお」

 忘れてた。
 父まで売ったのだから、手に入れておかなければなるまい。

「私も忘れてたんだけどさ」

 だろうと思った。ちびっこ担任に「さようならー」と小学生的な挨拶をして教室を出る。
 誰かと会わないかな、と思いながら歩いていたら、誰とも会わずに校門を出てしまった。

 顔見知りが少ないって損だ。


 家につく。妹は既に帰宅していて、私服に着替えていた。
 慌てて俺も着替えるが、実際に祖父が迎えにきたのはその一時間後だった。
 
 車に揺られて祖父の家につく。祖父は女にめっぽう甘いが、男には厳しい。立派であってほしいとかなんとか。そういうものかもしれない。
 
 祖父母の家につく。犬の'はな'が吼える。おーよしよし。
 噛まれる。俺が嫌いか。

 玄関から入ってすぐに、独特の匂いがする。ザ・祖父母の家、という匂い。だいたいの人にはこれで伝わる。
 和風の居間。家具は大体が古いが、テレビとテレビ台だけがいやに新しい。

 じいちゃんは上座で何かの小物を弄っていた。腕時計。壊れたものを修理しているのだろう。物持ちのいい人なのだ。
 
 もう料理は並びはじめていた。台所の方から包丁の音が聞こえる。ザ・おばあちゃん、という気配。
 腰を下ろして周囲を見回す。何年も前から変わらない。
 
 俺はテレビの近くへと向かった。テレビ台の中に映画のDVDが収納されている(千円くらいで安売りされてる奴が多い)。
 結構な量があるので、なかなか全部は見切れない。

「これ借りて良い?」

 じいちゃんに訊くと渋られるので、食器を準備していたばあちゃんに訊く。

「いいんじゃない?」

 ばあちゃんも適当な人だ。


 時計に集中していたじいちゃんが顔を上げる。

「ああ、好きなの持ってけ」

 ときどき、じいちゃんはすべてのDVDを一気に渡そうとしてくる。さすがにそれは無茶だ。

「インデペンデンス・デイ」と「ターミナル」のふたつを借りていくことにした。なぜか洋画が多い。

 食卓には刺身が並んでいた。
 マグロ。サーモン。タコ。カツオのたたき。

 好物。
 食事を堪能したあと、帰りの車の中で妹は眠っていた。そもそも寝るのが好きな奴なのだ。
 玉子を膝に抱えたまま、やっぱり来てよかったな、とほくそえむ。美味いものは正義。

 家について、祖父の車を見送ってから、ひとまず妹をリビングのソファに寝かせて「ターミナル」をかけた。

 妹は終わるまでずっと寝ていたが、俺はひたすらに感動していた。

 泣いた。
 こんな映画を撮りたい、と真剣に思った。

 リビングの引き出しにしまっておいた家族共用のビデオカメラを取り出す。
 
 俺は映画監督になる。
 とりあえず試しにビデオを起動して妹の寝顔を撮影した。かわいい。

 ……変態っぽい。

 やめようかな、と思ったところで、運悪く妹が目を覚ます。
 
 ――ビデオカメラを構える兄。寝顔を撮影される妹。
 誤解とは言いにくい状況。

 妹は絶対零度の視線を俺に向けてから何も言わず部屋に戻っていった。
 何やってるんだろう、俺。

 その日の夜、俺は変な夢を見た。

 夢の中で、俺とサラマンダーとマエストロはファミレスにたむろしていた。 
 男三人、夏の暑さを屋内の冷房でごまかすため、ドリンクバーだけで何時間も粘る。

 と、逆ナンされた。

 女は三人組で、それぞれ独特の可愛さを持っている。ちなみに配役は、幼馴染、妹、茶髪が担当していた。

 向かい合って一緒の席に座る。マエストロが調子に乗って財布の紐を緩め、「好きなだけ食べていいよ!」と言った。
「じゃあ私フライドポテト!」という俺の声を、マエストロは黙殺する。

 マエストロは妹に目をつけた。夢の中では妹は俺の妹ではなく、ごく普通の赤の他人になっていた。
 彼女はマエストロの「俺が作ったエロ小説、芥川賞とっちゃってさぁ」という自慢話を「えー、そうなんですかー」と笑いながら聞いている。
 仕方ないので茶髪の方に目を向けると、彼女はサラマンダーに肩をもませていた。
 席の仕切りが邪魔になって肩を揉むのは困難なはずだが、サラマンダーは簡単そうに彼女の指示に従っている。

 最後に残った幼馴染と目が合う。すぐそらされた。なぜ?
 彼女は悲しそうに目を伏せてから、俺にこう語った。

「私、身長、一七○センチ以下の人とはお付き合いできないんです」

 俺の身長は一六七センチだ。

 そうこうしているうちに、俺より遥かに身長の高い男が他の席から現れて彼女をさらう。

「ああ、待って! あと一年待って!」

 悲壮な声で叫ぶが、届かない。気付けば他の二組も、どこかにいなくなっていた。



 薄暗い店内にひとり取り残された俺は、フライドポテトを齧りながら周囲に目を向ける。使用済みの皿が山積みになった自分たちの席。
 俺が口にしたのはフライドポテトだけだった。どことなく物悲しい気持ちのままフライドポテトを食べ続ける。
 いくら食べてもぜんぜん減らない。いやになって、そろそろ店を出ようかと思ったとき、財布を忘れていたことに気付いた。

 これじゃあ、いつまで経っても店を出ることができない。困った。俺はポテトを食べ続けるしかない。

 ときどきサラマンダーが、炭酸系のジュースをことごとく混ぜ合わせたミックスジュースを俺に渡しに来た。
 それがとんでもなくまずいのだが、なぜだか俺は飲み干さなければならなかった。

 それ以外は、どこかで見たような顔が店内で馬鹿騒ぎしているだけで、誰も俺には話しかけない。

 またこれだ。
 取り残されていく。
 置いてけぼりの気持ち。

 ふと気付くと、隣の席には部長が座っていた。

「どうしたんですか?」

 そんなふうに、彼女は俺を見つめる。

 席の脇の通路には、後輩が立っていた。

「デートっスか」

 そんなふうに、彼女は俺を見下ろす。

 なんだかなぁ、という気分になった。

 俺はふたりに返事をせずにフライドポテトを食べ続ける。だんだん胃がもたれてきて、具合が悪くなる。
 でも、トイレの近くでは大勢の人間が踊りを踊っていて、あと何時間か待たないといなくなってくれないのだ。

「元気だしなよ」

 不意に、他の雑音がすべて消えて、屋上さんの声が響き渡った。

 いつのまにか、店内には彼女と俺のふたりきりになっていた。
 屋上さんは、現実ではみたことのないような綺麗な笑みをたたえて、俺の目の前の席に腰掛けていた。
 彼女はしずかに、首をかしげて笑った。

「ね」
 
 ――なぜか、

 その瞬間、店内が正常な明るさを取り戻した。
 屋上さんは笑顔を打ち消してから立ち上がった。さりげなく伝票を手に取る。止めようとしたけれど、俺は財布を持っていなかった。

 レジにいた店員が何かを言った。
「お会計」までは聞き取れるが、そのあとの金額の部分はまるで聞き取れなかった。想像を絶する金額だったのかもしれない。

 店を出てから、屋上さんは飲み屋を出たよっぱらいみたいに夜空を見上げた。

 星が綺麗な夜だった。



「ねえ、キスしようか」

 不意に彼女は言う。

 俺はひどく戸惑った。セ○クスしようか、なら迷わなかった。でも、キス、だとダメなのだ。童貞だから。

 セ○クスなんて、好きでもない女とでもできる。童貞だから分からないけど。でも、キスはダメなのだ。それはとても重要なこと。
 子供っぽいな、と自分でも思う。

「私のこと好きじゃないの?」

 ――分からない。

「そっか」

 屋上さんは呆れたような表情をした。

 俺は何かを言おうとしたが、けっきょく何も言うことができずに押し黙る。

 最後に、誰かの表情が頭の隅を過ぎった。
 それまでに遭遇した誰かであることは疑いようもないのに、それが誰なのか、まるで分からない。

 たぶん、その女の子は――。
 
 ……そこで、夢は途切れる。



 目を覚ますと深夜三時だった。俺は風呂に入らずにベッドに倒れこんだことを思い出して起き上がる。お肌が荒れてしまうわ。
 シャワーを浴びて目を覚ます。歯を磨いて顔を洗う。
 もうこのまま起きていようか、とも思ったが、明日(というより今日)に響きそうなのでやめておいた。
 
 変な夢を見たことだけは覚えていたが、内容はちらりとも思い出せなかった。
 
 眠れなかったので、リビングに下りて「インデペンデンス・デイ」を鑑賞した。
 見終わる頃には朝だった。

 俺は何をやってるんだろう。

 もう考え事にふけるのはやめよう。
 期末も近い。明日からは普段どおりに過ごそう。
 
 手始めに、マエストロに嫌がらせのメールを送ることにした。

「ツインテールとツーサイドアップってどっちがかわいいと思う?」



返信はすぐにきた。

 添付ファイルを開くと同時に、思わずのけぞる。
 ウルトラ怪獣ツインテールの画像が添付されていた。

 ふざけんなしね。びびったわ。

 三十分ほど仮眠をとってから、ベッドから起き上がった。

 六時を過ぎたころ、マエストロからもう一通メールが来た。

 黒髪ツーサイドアップの美少女が、笑顔でスカートを翻して、お尻をこちらに向けていた。ちょっとリアルな等身と塗り。
 白黒しまぱん。

 アリだ。

 朝、歯を磨きながら、バイトでもするか、と思った。
 夏休みまであとちょっと。来週からテスト前で部活動休止。どうせ原付の免許も取りに行くつもりだったし、ちょっと遠めのところがいい。
 やるならコンビニ。涼しいし、仕事が楽らしいし、時給は安いが、金が入ればとりあえずはかまわない。
 
 できれば顔見知りのいないところがいい。今度探してみよう。
 
 時間になってから玄関を出る。
 
「今日も暑いねえ」

 おじいさんっぽく妹に語りかけてみた。
 妹はごく普通に返事をした。

「そうだね」

 一日がはじまった。

また今度

期待してる

「セ○クスなんて、好きでもない女とでもできる。童貞だから分からないけど。でも、キスはダメなのだ。それはとても重要なこと。 」

なんか心にきた
続き楽しみにしてるぜ

これ、そのままSSパクっててワロタwwww

確かこの後幼馴染と先輩が付き合いだして
それが見掛けだけってわかって
屋上さんは後輩のねーちゃんで
結局幼馴染か屋上さんかのニ択で
屋上さんを選んでハッピーエンド
だったっけ?
某アフィブログで読んだ

URLはよ

124≫ネタバレすんなよおおおお!!!!!

>>125
>>3

>>127 ありがとう!

無駄に読ませる文章だな

このSSが好きで今でもオカズですわ

あご

あげ

あげ

何回も読んだわ

ワイが続きやったろか?

あ、結局このスレ終わったのね…

俺が続きを書いてやろう


 校門近くで部長に遭遇する。なぜだか茶髪と一緒だった。
 真面目な部長×不真面目な茶髪=混ぜるな危険。

 のはずが、ずいぶんと和やかに会話をしていた。

「地区一緒で、昔から顔見知りなんだよ」

 茶髪が言う。部長も小さく頷いた。まじかよ。強い疎外感。
 仕方ないので強引に話題に加わることにした。

「なあ茶髪、テスト勉強してる? 俺ぜんぜんしてないんだけど」

「そういうふうに言う奴に限ってきっちり勉強してるんだよな」

 見透かされていた。
 でもやってることなんてせいぜい教科書を流し見るくらい。

「ちゃんと勉強しておいたほういいですよ」

 部長が大真面目に言う。

「イエスサー」

 大真面目に返事をする。
 部長はちょっと呆れていた。


 教室につくと、サラマンダーが携帯と睨めっこをしていた。
 彼は俺に気付くと、にやにやしながら携帯の画面を見せつけてきた。

 今朝、マエストロから送られてきたツーサイドアップ画像。

「白黒しまぱん、悪くねえだろ」

 ツーサイドアップも悪くないだろ。ドヤ顔。

 席についたとき、幼馴染と目が合った。ばつの悪そうな顔をしている。 
 あえて無視するわけではないが、話すことがあるわけでもない。

 とりあえず俺は佐藤に声をかけた。

「給食着ってあるじゃん」

 妹の中学校は給食なので、当然、給食当番がいる。

「あるね」

 佐藤は不思議そうな顔をしながらも頷いた。


「今日、金曜日じゃん」

「そうだね」

「うちの妹、今週、給食当番だったみたいなんだよ」

「なんで妹のクラスの給食事情を知ってるんだよ……」

 佐藤は呆れていた。態度にちょっと余裕がある。非童貞の余裕。悔しい。

「で、俺はどうすればいい? やっぱ匂いとか嗅いどくべき? 兄として」

「やめといた方がいいんじゃないかな……」

 やめておくことにした。そもそも冗談だけど。
 実際、他の人も使うものだしね。うん。

 逆に考えると、別の生徒の兄が妹が使った給食着の匂いを嗅いでいるのかもしれないのだ。
 胃がむかむかしてくる。

 馬鹿な思考を終わらせたとき、誰かが俺の制服の裾を引っ張った。くいくい。

「ちょっといいかな?」

 幼馴染だった。

 呼ばれて廊下に出る。俺がついてくるのを確認すると、彼女は周囲に気を配りながら歩き始めた。

「あのね、実は……その」

 そこまで言ってから、幼馴染は何かに遠慮するみたいに言葉を詰まらせた。
 
 沈黙の中で俺の妄想ゲージがフルスロットル。

『実は先輩とは遊びで、あなたのことが好きなの』

 キャラじゃない。

『先輩、えっちへたなの!』

 キャラじゃない。聞かされてもうれしくない。
 どう妄想しても先輩を貶める方向に話が進む。俺って嫌な奴。


 妄想で時間を潰している間も、幼馴染は押し黙ったままだった。
 何かあったんだろうか、と少し心配になったところで、幼馴染が口を開く。
 同時に、その背中に声がかけられた。

 例の、幼馴染の彼氏。と、その友人と思しき男女三名。
 幼馴染は居心地悪そうに視線をあちこちにさまよわせた。

 そうこうしているうちに、先輩たちが幼馴染の名前を呼んだ。

「ごめん。ちょっといってくるね」

 気まずそうに目を伏せて、彼女は先輩たちに駆け寄っていった。
 何を言いたかったんだろう?

 気付けば、例の彼氏のうしろに並んでいた三人のうちの一人が、俺を睨んでいた。
 ……シリアスな感じがする。

 そのあと、始業の鐘が鳴るまで幼馴染は戻ってこなかった。

 休み時間、ふと気になってキンピラくんに話しかける。

「キンピラくんって童貞じゃないの?」

「死ね」

 キンピラくんはとてもフレンドリーだ。

「クラスメイトとして知っておきたいじゃん?」

 俺は彼が童貞と踏んでいた。なんか仕草から童貞っぽさが滲み出てる。かっこいいけど。
 なんだろう。童貞だけど不良、的な空気。

「童貞じゃねえよ」

 キンピラくんは不愉快そうに続けた。

「仲間が欲しくて必死だな、チェリー」

 せせら笑うキンピラくん。
 見下されてる感じ。
 ぶっちゃけ、キンピラくんの不良っぽい態度はあんまり怖くない。マスコット的ですらある。
 デフォルメされたチビキャラが煙草吸ってるような雰囲気。

「そっかそっか。キンピラくんは大人だったのか」

 適当に返事をする。

「おまえ信じてないだろ」

 彼は語気を荒げた。

「信じてる信じてる」

 軽口を叩く。彼は毒気を抜かれたように溜め息をついた。

「で、相手は誰だったの?」

「……俺、おまえのそういうところすげえ嫌いだわ」

 キンピラくんに嫌われた。
 クラスにはまだ童貞が隠れていそうだ。
 あんまりいじくりまわすのも可哀相なので、そこそこで切り上げる。

休みに、屋上で屋上さんと話をする。
 屋上で屋上さんと話をする。奇妙な語感。

 屋上さんはツナサンドをかじりながら言った。

「好き」

「は?」

 深く動揺する俺をよそに、彼女は俺の胸の中に飛び込んできた。「ぽすん」と漫画みたいな音がする。

 なんだこれ。
 なんだこれ。

 エマージェンシー。

「私のこと、嫌い?」

 屋上さんが俺の顔を見上げる。美少女。

「嫌いじゃないけど」

 思わず目をそらす。どこからかいい匂い。柔らかな感触。
 彼女は俺の背に腕を回してぎゅっと力を込めた。
 胸が当たる。
 なんだこれ。

「じゃあ好き?」

「好きっていえば……好きだけど」

「じゃあ好きって言ってよ」

「ええー?」

 どう答えろというのだろう。

「四六時中も好きって言ってよ!」

 サザンっぽい要求をされた。

 どうしよう。

「あ……」

 脳が混乱している。甘い匂いに脳を侵される。どうしろっていうのよ? 頭の中で誰かが言った。やっちまえよ。頭の中のなおとが言った。

「愛してるの言葉じゃ足りないくらいに君が好きだ」

 消費者金融っぽい雰囲気の返事をした。

 そこで、チャイムが鳴った。

「はい、授業終わり」

 夢だった。

 せっかくだし、正夢になるかもしれないので屋上に向かう。
 屋上さんは今日も今日とてサンドウィッチをかじっていた。ツナサンド。正夢。

「愛してるの言葉じゃ足りないくらいに君が好きだ」

「は?」

 何を胡乱なことを言い始めとるんだこいつは、みたいな目で睨まれた。
 目は口ほどにものを言う。

「何寝言いってるの?」

 確かに、夢の中で言った台詞をそのまま繰り返しただけなので、寝言であってる。

「現実って厳しい」

「なんで落ち込むの?」

「いや、しばらく放っておいて欲しい」

 正夢なんてものを信じるなんて、俺はよっぽど恋愛的なサムシングに飢えていたらしい。

 屋上さんと雑談しながら昼食をとった。

あげ

この>>1現実では相当恵まれてないんだろうな

あげい

あげいん

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