幼馴染はゲスパーガール (141)


 俺は幼馴染を養っている。
 比喩とか冗談じゃなくて、これは本当のことね。


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 学校が終わると俺はすぐに帰り支度をすませる。
 鞄を背に階段をかけ下りながら考える今日の献立。
 それから必要な買い出しと節約テク。

 いろいろ電車の中で絞っていって、行き着いたのは結局無難にカレーなんだけど。
 でもまあ仕方ないじゃん?
 タマネギジャガイモニンジン三点セットでお安くするよってチラシが言ってたんだから。


 降りた駅の前のスーパーで買い物、ありがたいことに値引きでさらに安かった。
 重いエコバッグを手に歩いていると、途中からピアノの音が聞こえることに気づく。
 その地点はいつも決まっているかのように正確だ。

 穏やかなメロディー、ゆったりとしたテンポ。
 俺はその曲名を知らない。
 でも相当上手く弾いていることは分かった。
 そしてこれも何となく分かる。なんだかつまんない音なんだ。


 何がって言われても答えられないよ。
 俺はピアノ詳しくないし弾けないし。

 でもなんだろうね、おっかなびっくりっていうのかな、あたりさわりがないような。
 そんな気がするんだよね。
 まあ素人の評なんだけど。

 そんなことを考えていたらいつの間にか家に着いていた。
 俺のじゃない。その一つ隣。幼馴染の家。
 ピアノの音はその二階から聞こえていた。


 玄関を開けると人の気配は全くない。
 しんとしちゃって背筋に染みる。
 やだね。ピアノの音だけがもれ聞こえるってのもなんだか余計に寂しい感じ。

 キッチンに荷物を置いて、俺は二階に上がっていった。
 彼女の部屋は一番奥にある。
 俺はドアの前に立ってノックする。
 ちょうどピアノの曲調が変わったところで、邪魔するのはどうかと思ったけど。


 音がやんだ。どうぞ、と涼しげな声がする。
 部屋に入るといつもながら結構広い。
 俺の部屋の軽く二倍はあると思う。

 でも殺風景だ。物がない。
 あるのは机とベッドと、それからアップライトピアノ。

 これではとてもじゃないけど退屈しそうだ。
 漫画もないしテレビもパソコンもないなんて。俺には信じられないよ。

「無くても平気。そういう人もいるの」

 こちらを振り向いてチカが言う。

「知ってるよ。でも君はこの部屋から出ないじゃないか。スマホもないんだし。つまんないに決まってる」
「世の中に絶対なんてない。知っておいた方がいいと思うわ」

 彼女の表情のない目が、じっと俺を見つめた。


 これが俺の幼馴染。
 白く整った顔。でも陰のある表情。暗く沈んだ空気を纏う。
 目は澄んでいるのにきっと何も映してはいない。

 率直に言って美人だよ。
 ただし病的な部類のね。
 たとえるなら死体のような美しさ。
 人を近づけない雰囲気があるんだ。

「ありがとう。病的、の前に多分褒めてくれてたんだと思っておく」
「悪いね」
「いいの。悪いといえばわたしが一番悪いみたいなものだから」


 そしてこれが彼女が持つ超能力だった。
 彼女の容姿を説明するより言動を羅列するより、これがよほど彼女自身だと俺は思ってる。
 つまりは彼女の枷。

 チカはテレパシー能力者だ。
 人の思考を読み取れる。
 ただし制約があって、読み取るのはすべての思考じゃない。制御もできない。
 ネガティヴな感情が付与された思考。それが無制限に彼女の頭に飛び込んでくる。

 そのせいで彼女はこの部屋から出られないと、そういうわけ。


 俺は幼馴染を養っている。
 彼女の味方は俺だけだ。

つづく


 それから時は流れて一年ちょっと。つまり今。
 思ったような進展を得られずおばさんは少し焦ってる。
 でもまあ忙しくてこの時間めったに家にはいないので、とりあえず俺は放っておいている。

「カレーどんなもん?」
「おいしい」

 座卓の向かいからそう告げるチカはあまりに無表情で、俺は思わず笑ってしまった。

「それ絶対おいしくない顔だって」
「でも本当だもの」
「じゃあもっとおいしそうな顔しようよ」
「無理」

 ますますむっつりと彼女はつぶやく。
 でもおかわりをと皿を差し出してきたので、とりあえずは信じてやることにした。


 食事が終わる頃、俺は鞄から本を数冊取り出した。

「そういえば頼まれてたの持ってきたよ」

 俺の手のそれを見上げて、彼女の目がわずかに輝いた。
 こういうときは悔しくなるね。
 チカは俺の料理じゃこんな顔をしないんだ。
 なんだかものすごく負けた気分。

「ありがとう」

 彼女は受け取って、中身をあらため始めた。

「それでいいよね?」
「問題ないわ」

 もうすでに半分生返事。
 俺は苦笑しながら皿を持って部屋を出た。


 彼女の読む本は多岐にわたる。
 一番多く読むのは、というか使っているのが参考書の類。
 中学の頃から十分に授業を受けられなかった彼女だけど、いつも勉強しているので多分俺より頭はいい。

 もしかしたらもう大学受験レベルにはあるんじゃないかなあ。
 確かめることはしないし、もしそうだったことが分かってもむなしいだけなんだけどさ。
 通うことのできない大学に受かることだけわかるなんて、そんなに悲しいことってないよ。


 他にも雑誌から新聞、分厚い学問書まで何でも読む。
 小説はもちろん読むし、古典最新ベストセラーえり好みなんか一切しない。

 本は彼女の「こんな感じの本が読みたい」をもとに俺が見繕ってくることになる。
 チカには具体的な本の情報を得る手段がないせいだね。
 おかげで俺はレファレンス能力だけ異様に上がってしまったというわけだ。

 彼女は俺が買ってくる本借りてくる本に文句は言わない。
 ただ受け取って、黙々と読みふける。


 一度彼女に聞いたことがある。

「一番好きな本ってどれ?」

 チカは迷わず机の上を指さした。
 ずっと前からそこにあった本だ。
 もっと分厚くて難しそうだったり深みがありそうなのを何冊も読んでいる彼女には、ちょっと意外な感じの本だった。

 何の変哲もない文庫本。
 普通のよりもやや薄い。
 表紙には少女と白いピアノの絵。

 題名は、『ホワイト・ピアノ』


 パラパラっと読んでみた。

 昔好きだった人が引っ越してしまった女の子が主人公。
 喧嘩別れをしたせいで、もう誰も好きにならないと決め込んだ。
 心が凍ったセンチメンタルガールというわけだ。

 題名のホワイト・ピアノは作品の中に出てくる絵本の名前でもある。
 魔法をかけられて、雪と氷でできたピアノに眠っているお姫様。
 熱い心を持った王子がそのピアノを弾くことで、彼女は長い眠りから目を覚ます。

 そして幸せなハッピーエンド!
 最後まで読んでないけど多分主人公の女の子の方もハッピーエンド!
 きっと凍った心を例の彼にとかされて。

 なんて陳腐な話だろう!


 本当にこんなのが好きなの、と聞くと、チカは迷いもなくうなずいた。

「素敵な話だと思うの」

 まあ彼女がそう思うのもわからないでもないよ。
 チカもきっと心が凍ってるんだ。
 そして誰かの助けを待っている。

 救われるのを待っている。


 俺はそれがなんだか腹立たしい。

つづく

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