松田亜利沙「I Say快Show感☆アイドルch@ng!」 (139)

私、松田亜利沙は深夜の街を一人で歩いていた。

さっきまでゲームセンターにいたけれど、営業時間終了となれば外に出ないわけにもいかない。

不登校とはいえ高校生の私は本来もっと早くに出なければいけないのだけど、今日だけは店員さんも見逃してくれた。

常連の私にとって今日が特別なのを、店員さんもわかっているから。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1477190554

『THE IDOLM@STER』略してアイマス。

新米プロデューサーとなりアイドルをプロデュースするアーケードゲームだ。

一時期はアニメ化もされ話題にもなったが、多くの作品と同様にその後は次第に忘れ去られ、いまや少数の人間しか覚えていない。

その少数の一人である、二次元三次元を問わない重度のアイドルオタクな私が、格別に愛したアイドル達が登場するゲームでもある。

そんなアイマスもついに今日、稼働を終了した。

それはアイマスというコンテンツが完全に終了したことを意味する。

もう私がゲームセンターでアイマスを遊ぶことはない。

「本当に終わっちゃったんだ……」

声に出したものの、まだ実感がわかない。

明日もいつも通り、ゲームセンターに足を運んでしまいそうだ。

前から終わると言われていたので、心の準備はしていたけれど、喪失感がなくなるわけではない。

わかってる。

こんな風に思ってる人間は少数で、だからこそアイマスは終わるのだと。

でも、それでも私にとっては一番大好きなゲームだった。

『もっとアイマスが人気だったら、何か変わったのかな』

稼働終了が告知されてから、ネットの掲示板で誰かが書き込んだ言葉。

深夜の冷たい風に身震いしながら、私は思いをはせる。

続編ゲーム、映画化、コミカライズ、そしてさらなる続続編ゲーム。

「……はぁ。やめよ」

考えれば考えるほど、虚しさが増していく。

今日はこれからどうしようかと思っていたら、スマートフォンが鳴った。

(誰だろう?親なわけないし、オタク仲間かな。お互い今日は連絡しないはずなのに)

それとも悲しみをもて余していて、誰かに伝えずにはいられないのだろうか。

無視してもよかったけど、時間を見るついでにスマホを覗く。

しかし、そこに表示されていたのは差出人不明のメールだった。

「何、これ……?」

タイトルは『THE IDOLM@STER MILLIONLIVE!』。

「ミリオン、ライブ!?え、新作!?そんな情報聞いたことない!」

予想外すぎるタイトルに、慌ててそのメールの内容を確認する。

その内容は。

「『私たちと、この劇場で夢を叶えてください!』……?」

それだけだった。

普通に考えたら、悪戯だろう。

アイマスが終了して、悲しみに明け暮れている私に最も効果的な性質の悪すぎる悪戯。

当然、私は激怒し、こんなテロをしかけてきた相手への報復を考え始める。

私が普通の状態だったら、の話だけれど。

今の私は、どう考えても普通じゃなかった。

こんな藁のような悪戯にも、縋りたくなるほどに。

私の胸はドキドキと音を立てて、視線はメールに釘付けになっていた。

夢。

私の夢。

そんなもの、もう忘れてしまった。

ただ、もし今自由な夢を見ることができるというのなら、どうしても見たい夢がある。

「今日まで見ていた夢の、続きを……」

もう一度メールの文面をじっと見る。

『THE IDOLM@STER MILLIONLIVE!』

『私たちと、この劇場で夢を叶えてください!』

胸の鼓動はさらに強くなる。

何かが大きく変わる、そんな予感がするほどに。

震える手でスマホを持ちながら、私は願いを口にしていた。

「夢の続き、見せてよ……!」

その瞬間、私の視界は暗転した。

真上にある太陽の光が、ビルを反射しながら照り付ける。

ざわざわと人の波が私のすぐ隣を通りすぎていく。

私、松田亜利沙は昼の街に立ち尽くしていた。

「…………え」

(え、えええええ!?何が起きたの!?)

さっきまで、私は夜の街を歩いていたはず。

なのにいつの間にか昼になってるし、知らない場所だし、人もいっぱいいる。

(どどどどういうこと!?今の今まで無意識に歩き続けてたの!?)

あまりの異常事態に、口をパクパクさせることしかできない。

落ち着いて考えよう。

私は、アイマスの最後を看取るために店が閉まるまでゲームセンターにいた。

で、喪に服す気持ちで歩き続けていた。

そしたら謎のメールが……そう、メールだ!

私は慌ててスマホに来た謎のメールを確認しようとする。

しかし、メールはおろかスマホさえ見つけることができなかった。

どこかで落としてしまったのだろうか。

(そんなあ!?あの中には、私が長年集め続けたアイドルちゃん達のデータが詰まってるのに!!)

気付いたら夜から昼間になってたことが、どうでもよくなるほどショックだった。

うわー、どうしよう。警察に頼めば見つけてもらえるかな。

その場合、見つけた人には画像動画データの1割をあげればいいのかな。

いえ、1割なんて言わず12割(今ある分と、今後手に入れる分)をコピーしてプレゼントしますから、どうか誰か見つけて!

私が苦悩していると、頭上から声がかかった。

「あー、そこで立っている君」

え、上?

声の向く方に顔を向けると、そこにはガムテープで窓に『765』と書かれた建物と、窓を開けてこっちを見ている男性の姿が見えた。

「そう、君だよ、君!」

その人は、私の目に間違いがなければ。

「し、社長!?」

頭がおかしくなったと、切り捨てずに聞いてほしい。

そこにいたのは『アイマス』のキャラクター、高木社長だった。

いや、高木社長の立ち絵は黒い影で、アニメでも顔は隠れていたので顔で判断したわけじゃないけど、でも声とか服装とかが完全にアイマスの舞台、765プロの高木社長だった。

というかちょうど光の向きで顔が陰になってて、今も顔はわからない。

え、本当に暗くてよく見えないんだけど、どうなってんのこれ?

「む?確かに私は765プロという事務所で社長をしているが……」

高木社長は怪訝な顔(見えない)をする。

そりゃそうだ。

アイドルならともかく、ただの通行人が社長を見て判断できるとは思うまい。

慌てて私は即席の言い訳を考える。

「あの、765プロのホームページを見て、それで顔を知っててですね!」

通用するだろうか。

この人の顔写真が、顔が見える状態で載ってるとは思えないけど。

私の不安をよそに、どうやら言い訳は通用したようで、社長は嬉しそうにしている。

「ほう、うちのホームページをチャックしてくれているのかね。まあ、こっちに来なさい」

と言って事務所に私を招き入れてくれた。

社長は私と二人で話をしたいらしい。

事務所に向かう階段を上りながら、私は大変なことを理解していた。

馬鹿げた話で、信じられない話だ。

私は、今ゲームの世界にいる。

そしてゲームのタイトルは『THE IDOLM@STER』。

荒唐無稽な話だけれど、私は確信を得ている。

別に高木社長がいたから、というだけではない。

夜から昼に、一瞬の変化を体験したからだけでもない。

今、私のおかれているシチュエーションが、『THE IDOLM@STER』のプレイヤーキャラクターであるところのプロデューサーそっくりなのだ。

ゲームの中でプロデューサーは、急に高木社長に声をかけられ事務所の中に招かれる。

そして「ピーンと来た!」という社長に、プロデューサーを募集中であることと、所属するアイドルの紹介を説明され、入社を勧められる。

そこで話を受ければ、ゲームが始まるのだ。

そして今、私は突然高木社長に声をかけられて、事務所に呼ばれたわけだ。

(つまり、このままいけば、私は、765プロの、プ、プロデューサーに……)

(…………な、ななな)

(なっちゃうんですか!?いいんですか!?)

階段を上がる勢いが強くなる。

(やったーーーー!!)

大声で叫びたい衝動を必死で抑えながら、私は事務所のドアの前にまでたどり着いた。

「生憎今は私以外出払っていてね。まあ、座ってくれ」

765のアイドルちゃんたちの不在を残念がりつつも、社長に促されるままに席に座る。

「さて」

と社長は私の顔を見ながら話を始める。

ちなみにこっちからは、社長の顔は暗くて見えない。

部屋の中でも見えないなんて、本当にどうなっているんだろう。

「君は、アイドルに興味があるのかね?」

「あります!大好きです!」

しまった、思わず食い気味に答えてしまった。

いや、でも高木社長にアイドルが好きかと聞かれたら、嬉し過ぎて誰でも(アイマス好きに限る。なお少数派)こうなる。

大丈夫だろうか、引かれてないだろうか。

しかし杞憂だったようで、社長はさらに嬉しそうな顔(見えない)をした。

「素晴らしい!それに、なんといい面構えだ!」

私に負けないぐらい社長もテンションが高い。

ああ、こうしてリアル(ゲームだけど)で私と同じテンションでアイドル好きを話せる人がいるなんて!

それだけで胸がいっぱいになる。

「ピーンと来た!」

来ました!ピーンと来た、来ました!!

「君のような人材を求めていたんだ!」

現実でも言われたことのない言葉に、涙が零れそうになる。

はやく、はやく続きを言って!泣いちゃうから!

「君、わが社の」

なります!プロデューサーになります!

「アイドルにならないかね?」

「はい!!…………え?」

アイド……プロデュ……え?

一旦ここまでです。

落ち着こう。

もしかしたら聞き間違いかもしれない。

「アイドル、ですか?」

「うむ」

社長は頷く。

聞き間違いではなかった。

「プロデューサーではなく?」

「うむ?君は、プロデューサーになりたいのかね?」

いや、なりたいというか、なりたいのは確かですけど。

むしろ、ならないの?って感じというか。

「ふむ、プロデューサー志望のアイドルか。秋月君も喜ぶだろう」

いやいやいや、そうじゃなくて!

「律子さんと一緒にしないでください!私なんかが同列なんて烏滸がましいにも程がありますよ!」

あ、言いたいのはこれじゃなかった。

「アイドルなんて、私には無理です!!私可愛くないし、オタクですし、アイドルちゃんたちと同じス
テージに立つなんてとてもとても!」

「しかしアイドルは好きなんだろう?」

「好きです!とっても好きです!だからプロデューサーになりたいです!お願いします、私をここのプロデューサーにしてください!」

半ば自棄になって、必死にお願いをする。

いや、本当に社長が765プロのアイドルに誘ってくれたのは嬉しいけども、世の中には出来ることと出来ないことがある。

え、ここはゲームの世界?

ゲームの世界の方がわかりやすく出来ないことは出来ないでしょう!

私の必死すぎる懇願に、社長は「うーむ」と悩み始めていた。

困らせておいてアレだけど、ここで嫌な顔しない社長はいい人すぎると思う。

「プロデューサーは今足りているとはいえ、これから始めるプロジェクトに備えて追加してもいいかもしれない」

希望の光が見えてきた。

「だったら」

「ただ、なあ……」

光を見せておいて、社長はまだ躊躇している。

あとはGOサインを出すだけなのに、何が問題だというのか。

「君、まだ高校生ぐらいではないかね?」

……デスヨネー。

秋月君こと秋月律子さんは、学生と事務員とアイドルを両立(三立?)していたこともあるので、学生でも事務員になることは可能なのだろう。

でも果たしてプロデューサーは学生でもなれるのだろうか。

午前午後を問わず、アイドルを連れて地方を飛び回るプロデューサーと、午前中は基本拘束される学生。

両立は難しいと思われる。

まあ、私は不登校だから関係ないんだけど、それを言ったら怒られるからやめておこう。

でも、と疑問が私の中に生じる。

ここが『THE IDOLM@STER』の世界なら、私がプロデューサーになれないのはおかしい。

私がプロデューサーになれなければ、そもそも話が始まらないじゃない。

最悪、この世界に飛ばされた瞬間、アニメに出てくるプロデューサーのような成人男性に変身していてもおかしくないのに。

……プロデューサーになるためとはいえ、性別が変わる覚悟があるかはちょっと悩むけども。

これはいったいどういうことだろう、と考え込む私に、社長は話を続けている。

「実は、今765プロは新たなメンバーを加えて大幅な戦力アップを図っていてだね」

ここが異世界なのは間違いないはず。

目の前の社長や事務所が、私のためのドッキリとは思えない。

「メンバーを最大で50人に増やす予定なのだよ。本当は切りよく100人にしたかったが、音無君に止められてしまったよ」

世界観が『THE IDOLM@STER』というのも間違いない。

でもゲーム『THE IDOLM@STER』そのものとも、少し違うような。

「ともかく、新しいメンバーとともに、いずれは100万の観客を呼ぶライブをするというのが、今の目標だ。ゆえにプロジェクト名を」

まるで『THE IDOLM@STER』の新作が始まったような。

ん、新作?何か引っかかる……。

「『ミリオンライブ・プロジェクト』とした」

……ユリイカ!!

ミリオンライブ・プロジェクト。

社長の言葉で、私の悩みが一気に解決した。

そういうこと!そういうことだったのか!

今にも飛び上がりそうな私に、社長は社長で夢を語る熱い口調で聞いてくる。

「プロデューサーに関しては後々考えるとして、どうだね?アイドルになってはくれないか?」

さっきは全力で遠慮した質問。

しかし今の私に、それを拒否する理由はなかった。

「なります!私、いえ……ありさを765プロのアイドルちゃんにしてください!!」

その瞬間、私、松田亜利沙のアイドル道が始まったのだった!

「ムフ、ムフフ」

アイドル宣言の後、また後日他の人がいるときに事務所に訪れる約束をして、今日は一度解散となった。

年甲斐もなく往来をスキップをしながら、これからやることを考える。

まずはネットカフェで情報収集だろうか。

この世界のアイドルちゃんの情報を集めなくてはならない。

時間がかかるので、今晩はそこで過ごすことになるカモ。

どこにあるかはわからないけど、道を覚えながらネットカフェを探そう。

「あ、でもその前に」

私は目についたアパレルショップに入り、鏡を見ないように気を付けて、適当に服を持って試着室に入る。

鏡の前で目を閉じながら深呼吸。

今までの私なら、オシャレな服屋さんになんて入れなかったけど、今は違う。

今の私に恐れるものはない。

私は気付いたのだから。

結論を言おう。

私は勘違いをしていた。

ここは『THE IDOLM@STER』の世界ではない。

ここは、まだ見ぬ新作『THE IDOLM@STER MILLIONLIVE!』の世界!

ミリオンライブ、それは私が前の世界で受け取った運命のメールに書いてあった言葉。

私はあのメールの誘いにのったから、今ここにいる。

そして社長がこれから始めるというプロジェクトの名前。

両者に関係がないはずがない。

そして私の予想が正しければ『THE IDOLM@STER MILLIONLIVE!』のプレイヤーキャラクターはプロデューサーではなく、アイドル。

もともと『THE IDOLM@STER』の系列で、アイドルがプレイヤーキャラクターのゲームは存在したので、驚くことではない。

『THE IDOLM@STER MILLIONLIVE!』

それはある日突然高木社長に声をかけられた普通の女の子が、アイドルとなって社長の言う『ミリオンライブ・プロジェクト』に参加して活躍するゲーム。

初代である『THE IDOLM@STER』に似せつつも、主人公を変えることで新たな趣を見せる待望の最新作。

のはず。

そして私はその最新作をプレイしている、という状況に違いない。

突飛に思えるかもしれないけど、この予想が正しければ大きな問題が解消される。

それは『地味でオタクな私が、アイドルちゃんに勧誘されるわけがない』ということ。

さっきは『THE IDOLM@STER』のプレイヤーになったのなら、成人男性になっていてもおかしくないと考えたけれど、アイドルが主人公の『THE IDOLM@STER MILLIONLIVE!』ならむしろ逆。

今の私は、偶然見かけたアイドル事務所の社長さんが、その場でアイドルにスカウトするほどのキラキラした美少女になっているはずだ。

なっていない方がむしろ不自然!

その事実に気づいてから、私は可能な限り鏡を見ないでここまできた。

新しい世界での、生まれ変わったアイドルちゃんな自分との対面。

わくわくしちゃってしょうがない。

そして今、試着室で目を閉じている私が、期待に胸を膨らませてゆっくりと目を開ければ。

大きな鏡に写っているのは。

赤い瞳。

高いところで結んだ、赤みがかったツインテール。

気を抜くと緩んでしまう口元。

それは、まさに絶世の美少女。

ではなく、いつも通りの私の姿だった。

なんで!?と心の中で叫びつつ、私は急いで店から逃げ出した。

あれええ!?

今日はここまでです。
画像ありがとうございます。

「こっちのアイドルちゃんも素敵ですねえ」

ゲームの世界にきて初めての夜、私はネットカフェでこの世界について調べていた。

私のいた世界と、どの程度違うを知るためだ。

私がアイドルになれた理由については、主人公補正みたいなものだと、今のところは思うことにした。

それにしても、インターネットがある世界でよかった、と心から思う。

さて、調査結果をここにまとめよう。

この世界には765プロのアイドルちゃんたちが実在する。

Jupiterや876プロといった、アイマス作品に登場したアイドルもいる。

さらに、アイマス作品にも他の作品にも登場しない、つまり私がまったく知らないアイドルちゃんも存在する。

ついでに、この世界にもアイドルアニメはあったので、この世界から見た二次元アイドルちゃんもいる。どれも知らないアイドルちゃんたちだった。

逆に、私がいた世界の三次元アイドルちゃんは存在しない。

あとアイマス作品以外の二次元アイドルちゃんも同じくいない。

つまり、さようならアイマス以外のアイドルちゃんたち、はじめまして新世界のまだ見ぬアイドルちゃんたち。

この出会いと別れを、等価交換なんて言葉で片付けることはできないけど、新たな出会いへ前向きに頑張っていこう。

うう、せめてスマホがあったら動画とともにお別れ会ができたのに……。

さて注目してほしいのが、アイマス作品にいなかったアイドルちゃんが存在すること。

最悪、ゲームにないデータについては真っ暗、あの山を越えたら見えない壁があって先に行けない、みたいなことも予想していた。

けど、ここはゲームの世界だけど、ソフトの中に収まる狭い世界ではないらしい。

前にいた世界と同じように無限の広がりのある世界のようだ。

あとは新しいアイドルちゃんや新曲が登場するかだけど、それはおいおいわかっていくことだろう。

「こんなとこ、かな」

この世界について調べておかなきゃいけないことにざっと目を通したので、ジュース片手に一息つく。

この後も、今流行りのアイドルちゃんや人気曲、昔流行ったおさえておくべき有名アイドル、765プロのライブ映像の確認など、まだまだ調べることはたくさんある。

今夜だけでは時間が絶対足りない。

徹夜は覚悟するしかなさそうだ。

「現地調査も大変だね」

私は大きく伸びをして、もう一度パソコンに向かった。

こうして私の異世界一日目は、昼に夢を見たぶん、夜に夢を見ることなく過ぎていった。

二日目。

「ムフフ、この世界のアイドルちゃんたちも可愛いなあ。知らないアイドルちゃんたちに会えて幸せぇ」

三日目。

「346プロで新プロジェクトがスタート。ふむ、これはチェックしとかなきゃ」

四日目。

「新幹少女のつばめちゃんに移籍のウワサ!?って、この記事を書いた記者、前にも似たようなデマを書いてた人だ。掲示板で注意喚起しとかなきゃ」

五日目。

「あんまりいいのないし、自分でアイドルちゃんの情報サイト作ろうかな」

「あ、でも今の私はアイドルだから、事務所の許可とらないとダメなんだっけ?」

「……事務所?」

何か忘れているような。

私はパソコンに表示された時計を見る。

時間を、日付を、そしてもう一度時間。

「今日、事務所行く日だ!?」

私は慌てて準備をして、事務所に向かって駆け出した。

四徹、前の世界の分を考えると五徹をきめた状態の朝のことであった。

今日はここまでです。

ごきげんよう、みんな大好き伊織ちゃんよ。

今日は社長がごうい、積極的に進めていたミリオンライブ・プロジェクトのための追加メンバーがやってくるらしいわ。

もうすでに10人は追加されたところなのだけど、社長は本当にアイドルを50人に増やすつもりらしいわね。

追加されるたびに律子たちが乾いた笑いをしてるんだけど、大丈夫かしら。

アイドルより事務員増やしてあげなさいよ。

「そういえばピヨちゃんが今度事務員の募集もやるんだって張り切ってたよ」

あら、そうなの亜美。上手く事務員志望の人が来るといいわね。

それにしても新人はまだかしら?わざわざこうして伊織ちゃんが仕事前に待ってるっていうのに。

まったく、面倒ったらないわ。

「りっちゃんは現場直行でいいって言ったのに、顔を見たいって言い出したのいおりんじゃん」

亜美、うるさい。

「社長の話だと、アイドルが大好きで765プロのこともよく知ってる子らしいわよ」

へえ、それは感心な子ねあずさ。ま、スーパーアイドル伊織ちゃんを知らないはずもないけれど。

でも765の、ひいては私のファンなら顔を見た瞬間失神しちゃうかもね。

「……」

亜美?なによその顔。

そんな話をしていたら、バタバタと階段を駆け昇る音がした。

「あら、来たみたいね」

そうね。そしてずいぶん元気ね。

また一人分、事務所が騒がしくなりそうな予感がしながら待つ私達の前で、バンっと扉が開かれ、ツインテールの女の子が駆け込んできた。

が、ツインテ少女の様子がおかしい。

随分息があがってる、というか徹夜明けの小鳥みたいな雰囲気がするんだけど大丈夫だろうか。

化粧でごまかしてるつもりみたいだけど、寝不足なのは一目瞭然だ。

もしかして楽しみと緊張で前日眠れなかったのだろうか。

遠足前の小学生か。

などと頭の中でツッコミをいれてると、女の子と目が合った。

女の子は眠そうな目をカッと開いて(怖い)、「伊織ちゃん!?」と叫び。

次の瞬間。

力尽きたように、その場に倒れた。

「…………」

しん、とした静寂のあと。

「え!?」

皆が慌てて少女に駆け寄る。

「……いおりん、すごいね」

ちょっと、亜美。なにひいてんのよ。

今日はここまでです。

>もうすでに10人は追加されたところなのだけど
誰だろうな.......
映画時空ならバックダンサー組あたりが追加されてそうだが
今後事務員の募集いってたからこのみさんは外れそうだし........
続き書いてくれて嬉しいよ、一旦乙です


>>72
水瀬伊織(15) Vo
http://i.imgur.com/1NyNVXB.jpg
http://i.imgur.com/IYFRkW1.jpg

>>78
双海亜美(13) Vi
http://i.imgur.com/RcR2eNW.jpg
http://i.imgur.com/ZB6eWSv.jpg

>>79
三浦あずさ(21) Vo
http://i.imgur.com/VdlItJX.jpg
http://i.imgur.com/YwWaJl9.jpg

目が覚めたら知らない女の子だった。

というと、まるで起きたら女の子に変身していたみたいけどそうではなく。

目を開いて一番に見えたのが天井ではなく女の子の顔だったという意味だ。

私は横になっていて、青みがかった短髪の少女、もとい美少女が私の顔を見つめていた。

「おはようございます、松田さん」

「お、おはようござい、ます……?」

吐息がかかる、とは言わなくても近距離で美少女に話しかけられるのは緊張する。

そういうの慣れてないからね。

「はい。芸能界のあいさつはいつでもおはようだと教わりました。……実践です」

「え?あ、はい。そうですね」

「……」

「……」

会話終了。

やっちゃいました。

そうですね、じゃないだろうに。

じゃあなんて返答すれば正解だったのかはわからないケド。

少なくとも、知らない美少女に急に話しかけられて会話を続けるスキルなんて私にはない。

寝起きならなおさらである。

というか今さらだけど、どうして起きたらそばに美少女が?

ゆっくり覚醒していく頭の後方、後頭部に柔らかい感触が伝わってくる。

クッションにしては固く、それでいてこちらに馴染んでくる温かい感覚。

こ、この感触は!そして目の前に美少女の顔が見えるこの構図は!?

なんということでしょう。

今、私はこの美少女に膝枕されているのだった。

膝枕ですよ!膝枕!!

私が寝ている間にいったいどんなミラクルが!?

いつのまにか私は恋愛ゲームの世界に紛れ込んだとでも!?

……んん?

今、何かすごく大切なワードに触れたような気がする。

恋愛、じゃない。それは私には縁のないワードだ。

そっちじゃなくて、そっちじゃないから、つまり。

ゲームの世界。

その言葉で、私の頭は完全に目を覚ました。

そうだ、確か私はアイマスが終了した時に届いたメールでゲームの世界に飛ばされて。

社長にアイドルになるよう誘われて。

改めて事務所へ行く日までこの世界について情報収集していたら、いつの間にか約束の時間に……。

「遅刻ーっ!!」

焦りとともにガバッと勢いをつけて跳ね起きる。

反省になるが、この動きはよくなかった。

ともすれば、膝枕をしてくれてる美少女に頭をぶつけるところだった。

何事も起きなかったのは美少女がもう私の顔を覗き込んでいなかったことと、美少女の姿勢がよかったからにつきる。

いやはや。私の頭の軌道上に遮蔽物がなくてよかった。本当によかった。

心なしか美少女が自分の胸に手を当て複雑な顔をしているように見えるが、どうしたのだろう。

もしかしてかすってしまった?

「いえ、心配無用です。どこにも当たりませんでしたから。……どこにも」

「と、ともかくごめんなさい。……って、ああっ!もうお昼をまわって、待ち合わせの時間が!?」

壁に掛けられた時計は無情にも予定の時間を遅刻では済まないレベルで過ぎていた。

これが学校なら私でなくても「今日はもう休みでいいや」となるところだ。

「どどど、どうしよう!ま、まずは事務所に向かわないと!!あ、その前に連絡を!?」

「……っ」

私の様子を見ていた美少女が顔を背けて肩を震わせる。

急に痙攣しだした美少女にこちらはポカンとするしかない。

「あの、どうしたんですか?」

「……すいません、笑うつもりはなかったのですが」

どうやら笑っていたらしい。

表情が変わらないのでわからなかった。

そして無表情のまま、ずいとこちらに顔を近づける。

「安心してください」

「は、はい?」

「ここは765プロです」

「え?でも……」

ぐるりとあたりを見回す。

広めの部屋、だが先日社長に連れられて入った事務所内ではない。

私の記憶にある765プロの光景でもない。

これはいったい?

首をかしげる私に、美少女は言葉を続ける。

「そして申し遅れましたが、私は真壁瑞希。ここ、765プロの新人アイドルです」

「え、あ、ええ!?」

美少女とは思っていたがまさかアイドルとは。

さすが美少女。

しかも765プロに入れるなんて、すごい美少女だ。

「あの、あんまり美少女と言われると、照れます。……てれてれ」

しまった、声に出ていたらしい。

美少女、真壁さんと一緒に私も照れる。

……照れている、のかな。

表情が変わらないからわからないけど、本人が言っているのだから照れているのだろう。

「それに、松田さんも同じ765プロのアイドルになると伺っていますが」

「…………あ」

そうだった。

目の前の生アイドルに興奮して、自分のことを忘れてた。

私も765プロのアイドルになるんだった。

それなのに真壁さんの美少女ぶりを褒めまくって、まるで自賛も兼ねてたみたいじゃないか。

ぼっ、と顔が恥ずかしさで熱くなるのを感じる。

恥ずかしい!今の私、すっごく恥ずかしい!!

お願い真壁さん見ないで!

そんな研究対象を見るような爛々とした目で私の表情を観察しないで!

穴があったら入りたい。できれば雪歩ちゃんが掘った穴に入りたい。

穴を探すためにこの場から逃げたい。

そう思い、逃げ出そうと考えていたらドアが開く音とともに声がした。

「お、やっと起きたか。派手に倒れたと聞いたけど、具合は大丈夫か」

それは若い男性の声だった。

今日はここまでです。
更新遅くてすいませんでした。

「松田さん。この人は」

真壁さんが男性を紹介してくれるけど、言われなくても雰囲気で察することができた。

この男性はプロデューサーだ。

ゲームアイマスでは、基本的にプレイヤーはプロデューサーとなってアイドル達をプロデュースしていく。

だから実質主人公のようなものなので、だからこそ私もこのゲームの世界に飛ばされた時にはプロデューサーになるものだと思っていたのだけれど。

はてさて、この『THE IDOLM@STER MILLIONLIVE!』の世界ではどういうポジションなのだろうか。

プレイヤー(つまり私)を助けてくれるサポート役、みたいなのかもしれない。

どんなものにせよ、かなり重要な役割を担った立ち位置であることは間違いだろう。

ゲームうんぬんを抜きにしても、今の私はアイドルなので、彼は同じ夢に向かって走る相棒である。仲良くしていきたい。

っとまあ、そんな今後に大きく関わってくる存在との出逢いなのだけれど、私がまず最初に思ったのは。

「アニメ準拠じゃないんだ……」だった。

「松田さん。どうかしましたか?」

「あ、いえいえ。何でもないデスヨ」

いけないいけない、落胆が真壁さんに気付かれてしまう。

プロデューサーの顔はゲームでは出てこないけど、アニメでは眼鏡をかけた青年として登場する。

だからもしこの世界にプロデューサーがいるとすれば、アニメに出てきたプロデューサーさんだと予想(期待)していた。

だが今目の前にいるプロデューサーさんは、爽やかな親しみやすい雰囲気の青年ではあるけれど、アニメに出ていたプロデューサーさんとは異なる顔だった。

眼鏡もかけていないし、当然声も違う。

つまり、まったく知らない男性だった。

ぶっちゃけた話、私はあまり対人スキルが高くない。

元いた世界では、たまに会うアイドルオタクの友人ぐらいしか話相手がいなかった私だ。

ドルオタじゃない初対面の人と話そうものなら、さっきの真壁さんとの会話でも披露したような有様になる。

先日初対面でも高木社長と熱く語り合えたのだって、あくまで私が高木社長をよく知っていたからと、高木社長がかなりこっち側の人だったからに他ならない。

なので私はプロデューサーさんを観察する。この人は私が本気トークをしても引かないでいてくれる人だろうか、と。

アイドルのプロデューサーなのだから大丈夫、なんて甘い見積もりをしていると後で痛い目を見るので慎重に。

できれば1クール、最低でも3話分くらい見定めるための時間が欲しい。

などと言ったところで、相手は待ってくれるわけもなく、プロデューサーさんはずんずんと近付いて私の顔を覗き込む。

「うん、どうやら体調はもう良いみたいだな。さっきはどうしたんだ?」

「え?そ、その……」

流石に前日まで連続でネット徹夜してました、とは言えない。

口ごもっていると、隣から真壁さんが助け舟を出してくれた。

「どうやら寝不足だったみたいです。……私も、前日は緊張」

その言葉にプロデューサーさんは「そういえばアイドル好きの子って言ってたな」と小さく呟き、こちらに向き直った。

「そういえば挨拶がまだだったな。俺はここ765プロのプロデューサーで、これからは亜利沙にとってもプロデューサーだ。これからよろしく、亜利沙」

誠実そうな表情で、手を差し出してくる。

さっきはアニメのプロデューサーさんとは違うと言ったけれど、その本質部分は似通っているように思えて少し安心感があった。

でも、亜利沙って。いきなり名前呼びとは。もしや女の子に慣れてますね?

距離感に慣れないながら、私も差し出された手を取って握手をする。

「は、はい!よろしくお願いしみゅしゅ!」

めちゃくちゃ噛んだ。私は女の子に慣れてる男の人に慣れていないのだった。

「……っ」

あ、真壁さん今笑いました?

いったんここまで。

挨拶の後、プロデューサーさんは765プロについて説明をしてくれた。

とはいえ、前の世界から知っている知識に加えて、こっちにきてから調べておいた知識のおかげで、プロデューサーさんの話は既知の内容ばかりだ。

それはそれで実際のプロデューサーによる生の声が聞けて嬉しいけども、私の興味はその先にある。

前の私でも今の私でも知り得ない765プロの未公開情報、すなわちミリオンライブプロジェクトの情報。

はやくはやく、と急かす私の気持ちが伝わってしまったのか、プロデューサーさんは「このあたりの話は亜利沙はもう知ってるか」と苦笑した。

「じゃあ、これから亜利沙が参加することになるミリオンライブ・プロジェクトの話をしよう」

プロデューサーさんの口から語られた内容をまとめると次のようになる。

ミリオンライブ・プロジェクト。

すでにいる13人のアイドル(この世界では律子さんはアイドルを続けている)から37人のアイドルを増員して、50人のアイドル事務所にする計画。

目標はミリオン、つまり百万の観客がくるライブをすること。

現在アイドル募集中。目標の37人にはまだ半分もいっていないという。

ちなみにアイドルの数は3倍以上になるけど、プロデューサーの募集はしていないらしい。

大丈夫かなこの事務所。

「心配するな。ちゃんとみんなを立派なアイドルにしてみせるさ」

いや、プロデューサーさんの手腕を疑ってるわけじゃないんですが。

あ、大丈夫といえば。

「事務所はどうするんですか?765プロの事務所に50人は絶対入らないと思うんですケド」

先日社長とお話した765プロの事務所は、もともとの13人でもけっこう賑やかになる狭さだ。

50人なんて無茶だと思う。

そう指摘すると、プロデューサーさんは少し自慢気に笑った。

「そのために、この建物、劇場があるんだ」

「劇場?」

プロデューサーさんにつられて今私がいる部屋を見渡す。

少し広めの部屋には、何も書かれていないホワイトボードと椅子がいくつか置かれてるだけで、あとは壁に時計が掛かっている程度。

明らかにまだ出来たばかりの、用途も定まっていない部屋の風景は私のアイマスに関する記憶にまるで引っ掛からない。

まったく知らない場所だ。だけど、そういえばさっき真壁さんが、ここは765プロだと言っていたような。

ということは、もしかして。

「ここはミリオンライブ・プロジェクトのための新しい拠点ですか!?」

「その通り」

プロデューサーさんは満足そうに頷いた。

私はまわりをもう一度、今度は感動とともに見渡す。

まだ何もないまっさらな部屋。

ここから新しい765プロの物語が始まるのだと思うと、自然と涙がこみ上げそう。

「ちなみにここは控え室として使う予定だ。何を置くかはみんなで相談して決めようと思ってるから、他の部屋より準備が遅れてて」

え、他にも部屋があるんですか!?

見たい!

私はいてもたってもいられなくなりプロデューサーさんに建物を見て回りたいと言い、結果プロデューサーさんと真壁さんの二人が中を案内してくれることになった。

「プロデューサーさんも言っていましたが、先ほどの場所は控え室です。野球ができるそうです」

「いや、駄目だからな?」

真壁さんとプロデューサーさんの解説を聞きながら、劇場と呼ばれる建物をまわる。

次に入った部屋はハンガーラックや鏡が設置された部屋。

「ここはドレスアップルームです。野球ができるそうです」

「だから、駄目だからな?」

その次は事務机に書類の入った本棚などがたくさん並べられた、見覚えはないけどどこか懐かしいと思える部屋。

「ここは事務室だ。劇場にいる時は主にここで俺や音無さんは仕事をすることになる」

「野球はできません。……残念」

私の知ってる765の事務所に似た雰囲気を感じて、ふと疑問が生まれた。

「あの、もしかして劇場って事務所からけっこう遠いんですか?」

控え室にいた時はてっきり事務所の側にある建物の一部屋、ぐらいに思っていたけれど、先ほどから案内される部屋の数や広さから劇場が想像より大きい建物であることはわかった。

765プロが入っているビルは街中にあって、少なくともこれほど大きい建物が隣接してたりはしなかったはずだ。

「歩いて通える距離ですが、すぐ近くというわけでもないです」

私の疑問に答えてくれた真壁さんが、身振りで事務所から劇場までの行き方を説明してくれる。

よくわからなかったけど、とりあえず信号を渡ったり、曲がり角があったりとそれなりに歩くことはわかった。

だったら、と続けて生まれる疑問が一つ。

私は今朝、事務所でぶっ倒れたはず。それがなぜ、事務所から離れた劇場で目を覚ましたのだろう。

「運びました」

……はい?

「初めは事務所で寝かせていたのですが、どうせ劇場を案内するんだから運んでしまいなさいよ、と水瀬さんが言ったので」

「みんなで協力して、松田さんの手足を掴んで運びました。……頑張ったぞ」

どこか誇らしげな真壁さんに、そこまでされて起きなかった私は何も言えなかった。

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