前川みく「ハンバーグが鳴く頃に」 (47)

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 嬉しいことがあれば、びっくりハンバーグでお祝いしよう。そうしよう。
 
 悲しいことがあれば、びっくりハンバーグで忘れよう。そうしよう。
 
 なんにも無いときでも、びっくりハンバーグで幸せになれる。そうでしょう?
 
 だからびっくりハンバーグを食べましょう。そうしよう!
 
 びっくりびっくりびっくりびっくり、ハンバーグでびっくりしたのはだぁれ?

 
――びっくりレストランメニューより「びっくりハンバーグの歌」―

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 少女、神崎蘭子は絶句した。
 
 何も驚きのせいだけではない。言葉が、口の中から出てこないのだ。
 
 そして、まるでハムスターのように頬を膨らませた彼女は、
 テーブルに置かれた皿の上、血のように赤いソースのかかったハンバーグを凝視する。
 
 今、彼女の可愛らしい口の中では、肉汁溢れる塊がこれでもか! とういう勢いでその「うま味」を弾けさせており、
 その美味しさと言ったら――今まで食べてきた、どの店のハンバーグよりも遥かに勝っていた――とにかく、
 その感動を的確に表すための言葉を、彼女は咄嗟に思いつく事ができなかったのである。

「どう……美味しい……でしょ?」

 そんな蘭子の反応を見て、対面に座る白坂小梅が、嬉しそうに首をかしげた。
 それと同時に、普段は長い前髪で隠されている彼女の右目が、ずれた髪の下からちらりとその姿を覗かせる。

「ほひひぃ……び、ぶぃみにゃり!」

 それが、蘭子の精一杯。
 未だ咀嚼の終わらない彼女は再び口を閉じると、小梅の言葉に何度も頷くことで応えたのであった。

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「ふんふん。それは聞き捨てならない話だにゃ」

 事務所の休憩室。蘭子から話を聞いたみくは、
 読んでいた雑誌から顔を上げると、興味津々といった様子で聞き返した。
 
「うむ。その魅力、まさに現代のアンブロシア! 幾多の探求者がその魂を惹かれたか……考えるだけで恐ろしい」

「アンブ……にゃーに?」

 単語の意味はよく分からなかったが、きらきらと瞳を輝かせながら熱弁を振るう蘭子の姿を見ていると、
 みくの中でも「美味しいハンバーグ」への期待が、むくむくと膨らんでいく。
 
 休憩室の時計を見れば、時刻は丁度お昼時。午後の仕事が始まるまでには、お互いにまだ時間もあった。
 これなら、外へ昼食を食べに行っても問題はないだろう。

 
 彼女の話を聞いて、是非ともそのハンバーグを食べてみたくなったみくが言う。
 
「じゃあ、今からそのアンにゃんたらハンバーグを食べに行くにゃ」

 だが、みくの言葉を聞くや否や、あれ程うきうきとしていた蘭子の表情が固まった。
 そうして、先ほどまでの勢いはどこへやら、急にもごもごと静かになる。

 
「どうかしたにゃ?」

「あ、あー……えっと、その……」

 明らかに、様子がおかしい。
 何か変なことを言っただろうかと、みくは自分の言動を振り返ってみたが、思い当たるふしもなく。
 
 どうしたものかと眺めていると、やがて蘭子は意を決したように大きく息を吐いてから、その右手を高々と掲げた。

「……よ、よかろう! 共に愉悦の宴、その席へと参ろうぞ!」


 そうして再びいつもの調子で話しだした蘭子だったが、その顔はやはり冴えない。
 外へ食事に行くだけだというのに、何をそんなに悩む事があるのか?
 
 訝しむみくだったが、蘭子が立ち上がったのを見て、自分も持っていた雑誌を閉じると、
 彼女の後に続くべく座っていたソファーから腰を上げる。
 
「いざ行かん! 宴の場へ!」

 まるで自らに気合を入れるように振舞う蘭子を見て、みくは妙な胸騒ぎを感じたが……
 気のせいだろうと、首を振ってそのもやもやを否定する。

 なに、ただちょっとご飯を食べに行くだけなのだ。別に何も、悪い事など起きるわけがない――と。

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 キュートなにゃんこ系アイドル前川みくと、ダークなゴシック系アイドル神崎蘭子。
 
 その服装、趣味、活躍する場を見ると、およそ接点の見つからない二人だったが、
 彼女達には同じアイドル事務所の同僚という以外にも、とある共通点があった。

 
 ある日、二人が珍しく一緒にテレビの仕事をした時だ。
 出演者の楽屋に差し入れられた、ハンバーグ弁当と鮭弁当。

 みくが、魚が食べられない事を理由にハンバーグ弁当の所有権を主張すると、
 蘭子は年の若い……小さな子から先に弁当を選ぶ権利があるはずだと、これに真っ向から反論した。
 
 二人の口から溢れ出るハンバーグへの熱い思い。
 情熱、愛情、いかに自らがこのハンバーグ弁当を食するのに相応しいかを相手に向かって全力で投げつける。

 
 その時の二人の様子……お互いに一歩も譲らぬ激しい口論を傍らで見ていた橘ありすは、後にこう語った。
 
「まさに、言葉と言葉のぶつかり合い。
 あれほど白熱した討論を目にする事は、中々ないんじゃないでしょうか。
 
 お弁当の行方ですか? 私が持っていた苺丼をみくさんに渡して、鮭弁当は蘭子さん、
 そして、一番年が若かった私が、仕方なくハンバーグ弁当を食べることで決着をつけました」

 そう言って口の端にデミグラスソースをつけたまま、優雅に髪をかき上げた橘ありすの姿はまさに論破。
 その貫禄溢れるたたずまいに、彼女から話を聞いたPは、感嘆の涙を流したという。

 
――閑話休題。

 
 こうして説き伏せられたみくと蘭子だったが、二人の関係はこの事件をきっかけに急速に発展していく。
 そう、同じハンバーグ好き同士、話が合わないはずがない。
 
 いつしか二人は親友となり、空いた時間を見つけては、こうして美味しいと評判のハンバーグを食べ歩き、
 その味について大いに語り合うのが日課となっていたのだ。

書き溜めおわったのでとりあえずここまで

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「それにしても、蘭子ちゃんが絶賛するぐらいだから……きっと、相当美味しいんだろうにゃ~」

「心して待つが良い。決して、後悔はさせぬ」

 春の匂いをたずさえた心地よい風に吹かれながら、二人は並んで街を歩く。
 空は青々と晴れ、白い雲がゆっくりと流れていた。
 
 ぽかぽかとした陽気を全身に浴びながら、まだ見ぬハンバーグの味を想像して、みくの喉が鳴る。

 
 もしかして、聞かれてしまっただろうか? 
 隣を歩く蘭子が、みくの視線を受けて不思議そうに首を傾げる……どうやら、大丈夫だったようだ。

 
 気恥ずかしさを誤魔化すための鼻歌を口ずさみながら、二人はそのまま大通りを抜け、住宅街も通り過ぎ……
 少し閑散とした通りにやって来たところで、ようやく蘭子が口を開いた。

 
「もう少しで、約束の場所ぞ」

 そこは、町外れと言ってもさしつかえのない場所だったが――日本では珍しい、
 レンガ造りの住居がまばらに立ち並ぶ、なんとも雰囲気のある場所で。
 
「はぇ~。こんなところがあるなんて、知らなかったにゃ」

 思わず、感嘆の吐息がみくの口からこぼれると、それを聞いた蘭子が言う。
 
「フフッ……良い景色であろう?」

 どうやら、蘭子もこの景観を気に入っているようだ。
 そもそも彼女はこういった西洋ゴシックが好みなので、当然といえば当然なのだが。
 
 しかし、そこからさらに歩くこと数分。
 住居が途切れ、目の前にうっそうと茂る雑木林が見えてきたところで、蘭子の足取りが急に重たくなった。


「うぅ……」

 そうして、蘭子が小さく呻きを上げる。
 なるほど、ここに来てようやくみくにも、彼女が何を悩んでいたのか合点がいったのだった。

 
 さて、神崎蘭子という少女をよく知らない人のために、ここで一つ、彼女の嗜好について説明をしておかねばなるまい。
 
 普段から装飾の入った日傘を持ち歩き、フリルのあしらわれた黒いゴシック系の衣装に身を包む彼女の姿を見れば、
 多くの人はこう思うだろう。「あぁ、彼女はダークでホラーでどよどよした雰囲気の物が好きなんだ」と。
 
 だが、実際の蘭子はその逆。
 普段の言動によって誤解されがちだが、彼女の好みはどちらかと言えば魔法や精霊が中心のハイファンタジー寄りであり、
 その反対、ショッキングやバイオレンス、スプラッタが「売り」であるダークファンタジーとは、根本的に相容れないのだ。
 
 むしろ、それらの要素は彼女の盟友、白坂小梅の担当と言えたが……今回の話とは余り関係ないので、ここで多くは語るまい。

 
――再び、話を戻そう。

 
 くだんの洋食屋はこの雑木林を抜けた先にあるというので、みく達はそのまま林の中に足を踏み入れる。

 だが、この雑木林の中は昼間だというのに、まるでホラー映画の舞台のように陰鬱で、重苦しい雰囲気に包まれていた。
 
 それもこれも、この先にあるというレストランを蘭子に紹介したのが、
 オカルトホラーが大好きな小梅だと聞けば、自然と納得ができる。
 
 今は二人だが、一人でこの道を進めと言われたら……蘭子ほどではないが、やはりみくも女の子。
 できるならば、余計な怖い思いはしたくない。

 
「な、中々の雰囲気……にゃ」

 そんなみくが呟いた、震える声の強がりは、
 周りの木々に吸い込まれるように消えていき、後には言いようのない静けさだけが残った。
 
 これはよくない、喋れば喋るほど、怖くなるアレだ。
 見ると、横を歩く蘭子も同じ思いなのか、口を真一文字に結び、余裕のない表情で前だけを見つめている。

 
 それからどれくらい歩いただろうか? 
 永遠に続くかと思われた木々のカーテンがぱっと切れると、目の前に開けた空間が現れた。

 そしてその空間に建つ、一軒の西洋建築。
 
 まさに、惨劇が起きるならばこれほどおあつらえ向きの舞台もない――
 そう思わせるほどの堂々とした迫力に、みくはしばし圧倒される。


 二階建ての石造りの壁には苔が茂り、長年の雨風によって風化した屋根や玄関の柱が、
 古くからこの場所に建物が建っていた事を示しており。

 入り口の前に置かれた、メニューの紙が張られたブラックボードがなければ、誰もここがレストランだなんて思うまい。

「……そう、このお店です」

 いつの間にか、蘭子の言葉も「素」に戻っていたが……その場の雰囲気に飲まれたみくは、
 そんな些細な変化に気がつくことはなかったのである。

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 からんからんと、入り口の扉につけられた呼び鈴が、意外にも小気味いい音を響かせる。
 
 一歩店内に入ってみると、そこはホールとなっており、タタミ何畳分と言えばいいのか……
 そこそこの広さの店内には、四人がけの丸テーブルが並べられ、綺麗な刺繍入りのテーブルクロスの上には、
 これまた品の良さそうな燭台が一つ一つ置かれていた。
 
 そして天井には一目で年代物とわかる、豪華なシャンデリアが吊るされており……
 まさに雰囲気は一流レストランかなにかか。


 先ほど見た外観とのギャップにみくが驚きを隠せないでいると、鐘の音が聞こえたのだろう、
 店の奥から背の高い男性が一人、彼女達の下へとやって来る。どうやらこの店の店員……ウェイターらしい。

 ピシッとしたタキシードに、丁寧に撫で付けられた髪。
 やって来た彼が、薄い眉をぴくりと上げて微笑む。
 それはまるで、「ニコリ」という音が聞こえてきそうな、完璧な笑顔だった。

 
「いらっしゃいませお客様。三名様でよろしいでしょうか?」

 その言葉に、隣に立つ彼女が「はい」と返事をする。
 
「ま、待って待って!? みく達は三人じゃなくて、二人でしょ?」

 慌てて遮るみくだったが、彼女の代わりに、ウェイターが口を開いた。
 
「当店は、『びっくりレストラン』ですから。今のは、当店自慢のジョークでございます」

 そう言って、ウェイターが軽く頭を下げる。そうして彼は、みく達について来るように促した。


 どうにも腑に落ちないみくが案内された席は、店の一番奥。
 すぐ横の壁に掛けられた肖像画の中では、恰幅の良い男性が首にナプキンを巻き、
 手にはナイフとフォークを構えてテーブルを見下ろしていた。
 
 なんとも、落ち着かない席である。
 
「それでは、こちらがメニューとなります。ご注文がお決まりになりましたら、ベルを鳴らしてお呼びください」

 そうして二人にメニュー表を渡すと、ウェイターは再び店の奥へと帰っていく。店内には、みくの他に客はいない。
 彼の姿が完全に見えなくなった事を確認してから、みくは対面に座る彼女に話しかけた。


「あ、あのさ……ここって一体、どういうレストランなの?」

「どういうって、普通のレストランですよ。あぁでも、少し変わってると言えば、変わってるかも」

「お店の中も高級そうだし、なんだかみくたち、場違いじゃないかなぁ……」

「ふふっ、安心してください。内装は凝ってますけど、料理のお値段は良心的ですから」


 彼女が、開いたメニュー表を見せてくる。
 
 写真の無い、文字だけのメニュー表。
 ずらずらと並べられた料理の名前の横に書かれた値段を見ると、彼女の言うとおり、
 普段の外食よりも少しだけお高いかなといった金額で、決して高すぎるだとか、そういった風には思えなかった。
 
 いわゆる、席代とでも言おうか……このお店の雰囲気を考えてみれば、高すぎず安すぎず、まさにちょうど良い値段。
 
 そして、みくの目を引いたのはなにも料理の値段だけではない。
 メニューの隅、洒落た装飾でできた囲いの中に、一編の詩のようなものと一緒に書かれていた、奇妙な名前。

 
「この、『びっくりハンバーグ』って、なに?」

「そちらは当店一押しの、オススメメニューとなっております」

 驚いて顔を上げると、いつの間に戻ってきたのか、みくの隣に先ほどのウェイターが立っていた。
 どうやら、水を持ってきたらしい。ゆらゆらと水面を揺らすグラスが二つ、テーブルの上に置かれている。

 
「それじゃあ、私は『闇夜のハンバーグ』で……みくちゃんは、どれにするの?」

「えっ? え、えぇっと、みくは……」

 二人の視線がみくに注がれる。しまった、まだ何を食べようか……
 いや、ハンバーグを食べる事には決めていたが、どれにするかまでは決めていない。
 
 みくは内心大慌てであったが、それをウェイターに悟られぬよう、平静を装ってメニュー表に目を戻す――が。
 
「狐と狸のハンバーグ」「暴れ牛鳥のハンバーグ」「三匹の子豚と狼のハンバーグ」そして「闇夜のハンバーグ」
 ……駄目だ。どれもこれも、書かれている料理の名前からは、味も見た目も想像がつかない。

 仕方なく、みくはウェイターにたずねる。


「こ、この……狐と狸のハンバーグって、どんなハンバーグなんです?」

「はい。そちらは嘘つき狐とお馬鹿な狸の肉を使い、さらにとんちの効いたスパイスで味付けした一品になります」

「……暴れ牛鳥は?」

「そちらは幻の怪鳥、牛鳥の中でもひと際凶暴な一匹をまるまる使用した、まさにお腹の中で暴れまわるひと品で――」

 どうやらこの調子だと、次のハンバーグも豚肉と……狼肉? を使った物だと説明されそうだ。
 もちろん、狼の肉なんて、みくは食べるどころか見たことすらない。

 
「――もし決めかねてるのなら、『びっくりハンバーグ』がいいと思いますよ」

 対面に座る彼女が、そう言って微笑んだ。その姿に、みくはドキッとして唾をのむ。
 
「そうですね、なにせ当店自慢のハンバーグですから……決してお客様の期待を裏切ることは、いたしません」

「……じゃ、じゃあ……それで」

 結局、二人に押し切られる形で注文を決める。
 程なくして、熱々の鉄板にのせられた、二つのハンバーグがテーブルへと運ばれてきた。

 
「それでは、こちらが闇夜のハンバーグと、びっくりハンバーグとなります……どうぞごゆっくり、お召し上がりくださいませ」

 ジュウジュウと音が鳴る鉄板の上、こぶし大程の大きさの肉の塊には、真っ赤なソース。
 その横に添えられた付け合せの野菜も、つやつやと美味しそうな色をしている。
 
 おまけに、この焼けた肉から立ち上る良い匂い……今まで、こんなにも食欲をそそる香りを、嗅いだことがあっただろうか!
 
 口の中に唾液が溜まるのを感じながら、みくはふと顔を上げて、お向かいの「闇夜のハンバーグ」を覗いてみた。
 「びっくり」と「闇夜」、二つのハンバーグがどう違うのか、興味があったからだ。

 
 だが、ハンバーグ自体に違いはない。
 大きさも同じぐらいだし、ソースの色も変わらない……いや、ちょっと待てよ?
 
 どうやら、二つのハンバーグでは、付け合せの野菜の種類が違うらしい。
 向こうの皿には、十字に切り抜かれたニンジンと、ポテト、それにブロッコリー。
 
 対するみくの皿には、コーンとインゲン、そしてニンジンの代わりにタマネギの炒め物がのっていた。

 
 ここでみくは一人、ははぁんとほくそ笑む。
 どうやらあの妙な料理の名前は、この付け合わせの種類と、味付けの違いを表していたのではないだろうか? と。
 
 選んだ種類によって変わるのは、ソースか野菜か。それに、ここには彼女が「美味しい」と絶賛したハンバーグを食べにきたのだ。
 自分と違う料理を勧めて来たということが、ハンバーグ自体はどの種類を選んでも変わりないという証拠ではないか。

 そうとも、こんなにもキッチリとした内装のレストランで、
 料理の名前が「ハンバーグセットA」や「ハンバーグセットB」だったりしたら、せっかくの雰囲気が台無しである。
 だから、わざと七面倒な名前をつけているのだ――。

 
「いただきます!」

 そんな事を考えていると、先に彼女がハンバーグを食べ始めたので、
 みくもその声につられるようにテーブルの上からナイフを手に取った。
 
「い、いただきます」

 小さくそう呟いてから、みくは手にしたナイフの切っ先を、鉄板の上に横たわる肉の塊に触れさせと、
 切っ先は、ふにっとした弾力で押し返された。

 だが、少し力を加えてやれば――ぷつり、とした感触がナイフを通して伝わり――切り口からみるみる溢れ出した肉汁が
 皿一杯に広がると、鉄板の余熱によってぱちぱちと声を上げる。


 今度は反対側の手に持ったフォークで、一口大にカットした肉片を、ふーふーとしっかり冷ましてから、口の中へ。
 
 すると肉の風味が、むわっと口の中に広がって、そのまま前歯で噛み切ると、残っていた油が舌を満たす。
 
 しっかりと火が通っているというのに、肉は柔らかく、それでいて溶けるでもなく、確かな存在感を残していて。

 
――美味しい。


 気がつけば、あっという間にお皿は空になっていた。紙ナプキンで口を拭き、グラスに入った水に口をつける。
 ほとんど同時に食べ終わっていた対面の彼女も、満足気そうに微笑んで言う。
 
「どうでした……美味しかったでしょう?」

 だが、みくの口からは幸せなため息が漏れるだけで、意味のある言葉は出てこなかった。
 
 まさか、こんなに美味しいハンバーグが世の中にあっただなんて。
 口を開くと、この味の余韻が逃げていってしまいそうで――なるべくなら、喋りたくなかったのだ。

===

「いかがでしたか、ハンバーグのお味の方は?」

「はい。今まで食べたどのハンバーグよりも、美味しかくて……ほんとにびっくりです!」

 会計の際にたずねられて、みくは大きく頷きながら返す。
 
「ありがとうございます……実はそれが、当店の名前の由来なんですよ」

 レジに立つウェイターが、そう言って「ニコリ」と音がしそうな笑顔を見せる。
 そんな彼にみくも笑顔で応えると、出口への扉に手をかけた。

 
「それでは、またのご来店をお待ちしております」
 
 からんからんと、扉につけられた鐘がなる。
 店を出る直前、振り返ると、こちらに向かって会釈をする彼と目が合った。


「さて、どうであった?」

 先に外で待っていた蘭子が、店から出てきたみくを見て声をかける。
 
「すっごくすっごく美味しかったにゃ! もう、今まで食べた事がないぐらい!」

「ククク……ならば、恐れを退け案内したかいもあったと言うものよ」


 そうして、興奮気味に感想を喋るみくを見て、蘭子の顔がほころんだ。
 
 どうやら、みくを満足させられるハンバーグを紹介できて、彼女も嬉しいようだ。

 
「あっ、でもでも。今度食べる時はオススメじゃなくて、
 蘭子ちゃんが食べた『闇夜のハンバーグ』とか……違う種類のハンバーグを選んでみようかにゃ!」

「……やみ……よ?」

「……にゃ?」
 
「私が食べたのは……ただのチーズハンバーグ、ですよ?」

 
 不思議そうに呟く彼女を見て、みくが口をつむぐ。何かが、おかしい。
 
 その時、ごぉっという音と共に、強い風が雑木林の中を吹きぬけ、辺りの枝々をガサガサとざわめかせた。
 
 途端に、風で冷やされた身体が、ぶるりと震える。
 
 そして背後から、風に乗って食欲をそそる、あの匂いが漂ってきて……。

 
『わたくし、うっかりしておりました。こちら、本日のデザートでございます』

 
 満腹だったはずの、みくのお腹が音を立てて鳴る。それは、知っている鳴き声によく似てた。

===

 びっくりハンバーグのお話は、これでおしまい。
 
 さらっと読める、谷山浩子さんの曲のような、へんてこりんなお話が書きたかった。
 
 それではここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。

訂正
>>24
×小さくそう呟いてから、みくは手にしたナイフの切っ先を、鉄板の上に横たわる肉の塊に触れさせと、
 切っ先は、ふにっとした弾力で押し返された。
○小さくそう呟いてから、みくは手にしたナイフの切っ先を、鉄板の上に横たわる肉の塊に触れさせる。
 すると切っ先は、ふにっとした弾力で押し返された。

>>26

×「はい。今まで食べたどのハンバーグよりも、美味しかくて……ほんとにびっくりです!」
○「はい。今まで食べたどのハンバーグよりも、美味しくて……ほんとにびっくりです!」

重ねて訂正、申し訳ない
>>25
×ほとんど同時に食べ終わっていた対面の彼女も、満足気そうに微笑んで言う。
○ほとんど同時に食べ終わっていた対面の彼女も、満足そうに微笑んで言う。

重ね重ね本当に申し訳ないです。修正
>>28
×「私が食べたのは……ただのチーズハンバーグ、ですよ?」
○「私が食べたのは……『死人のハンバーグ』、ですよ?」


 折角考察(?)してくださる方もいるようなので、答えあわせというか、解説のような物を。
 
 レストランに入る直前までは、みくは蘭子と一緒です。
 レストランの中でみくと一緒にハンバーグ食べてるのは、蘭子じゃない「彼女」です。
 だから、レストランの中において、蘭子の名前は一切出てきません。
 
 ここで言う「彼女」とは、まあお化けみたいなもので、特に説明はないです。
 ただ、みくが何の疑問も持たない事、それ自体が一つのびっくりだと思っていただければ。
 怪談でよくある、いつの間にか増えてる知らない一人と、同じ理屈です。
 
 レストラン出てからは、蘭子と一緒。蘭子のセリフを変更したのは、蘭子もまた、みくじゃない
 誰かと料理を食べていたという事を説明したかっただけで、料理名にも深い意味はないです。
 
 最後の腹の音は、猫の鳴き声。
 タマネギは、猫キャラのみくにタマネギを食べさせる→猫にタマネギを食べさせてはいけないってネタから。
 
 最初のジョーク→二人なのに「三名様ですね?」で見えない一人がいるように思わせるびっくり
 知らない誰かと一緒に食事→二つ目のびっくり
 普通のお肉じゃないハンバーグ→三つ目のびっくり。ウェイターはきちんと使ってるお肉の説明をしてますし、
 ハンバーグがどれも同じ肉を使ってるというのは単なるみくの思い込みで、作中の誰も肯定しておりません。
 最後の鳴き声で何の肉を食べたかわかる→四つ目のびっくり
 
 とはいえ、二人が見たのは白昼夢のような物なので、実際にはお腹が空いている→腹の音が鳴る
 冒頭の蘭子は、小梅と一緒だから「何事もなく」レストランに入れたと思っていただければ。
 
 作者の力量不足ゆえ、話の内容が分かりづらくなってしまって申し訳ないです。
 やっぱりこういうお話を書いて、ちゃんと伝わるようにするのは難しいですね。
 
 それでもよんで下さった皆様に感謝して、この駄文も締めさせていただこうと思います。
 最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。では。

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