花陽「おかあさん」 (20)

「なあに?」


「今日ね、凛ちゃんと砂遊びしてね」


「うん」


「でっかいお山つくったの」


「そうなの」


「うん。それからね、凛ちゃんがね…」


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最近は幼稚園での出来事をよく話すようになった。


花陽は寝るとき私と一緒。


引っ込み思案で、なかなか人に話しかけるような子じゃないから心配だったけれど、楽しくやってるようでよかった。

「おかあさん」


「なあに?」


そう言うと花陽はにこっと笑って私の懐に入ってきた。


「おかあさん……」


まどろみがちに呟く小さな娘が、どうしようもなく愛しくて。私は花陽をそっと抱いた。


花陽。私のかわいい娘。

しばらくすると、すうすうと寝息が聞こえてきた。


寝顔をのぞくと、まるでわたげの上にいるみたいな、安心しきった顔。


ほっぺたを触ってみる。ぷにっと柔らかくて、もちもちしている。かわいい。


あっ、ちょっと笑った。夢でも見てるのかな?どんな夢なんだろう…楽しい夢かな。


この子の寝顔を見るだけで、1日の疲れがすべて吹き飛んでしまう。

もうこんなに大きくなって…


少し前まであんなに小さかったのに…子供の成長って、話で聞いてた以上に早いんだなあってしみじみ。


これからどんどん成長して…小学生、中学生、高校生になって、大人になって…


どんな人になるのかな。どんなことがしたいのかな。


何にせよ、この子がしたいと思うことをさせてあげよう。


私は、この子が元気で幸せでいてくれさえすればそれで十分。


花陽からは本当にたくさんのものをもらった。たくさんの、かけがえのないもの…


花陽が生まれた時、産声は細くか弱くて、お医者さんからはきっとかわいい女の子になるよと言われたのを思い出した。

もう一度寝顔に目を向ける。


花陽がいてくれて……生まれてきてくれて……


何でかな、ちょっとうるっとしちゃうのは。


「ありがと…花陽」


私はそう言って小さな手をそっと、大事に握った。

*  *  *  *

部屋の片づけをしているとアルバムが出てきたから、つい片付けの手を止めて写真に見入ってしまっていた。


花陽が小さい頃の写真。


あまり外には出ずに、折り紙を折ったりしてることが多かった花陽。


月日のはやさに驚きつつ、私はまたページをめくる。

玄関からガチャリとドアを開ける音がした。


「ただいま~」


私はアルバムを閉じて机に置いたまま玄関へ向かった。


最近は歳からか、少しだけ体の衰えを感じる。そういえば花陽も高校生になったのよね…

「おかえり」


「ただいま」


「今日も暑かったでしょ」


「うん」


そう言う花陽の表情は明るい。


微笑みにも小さい頃の面影を感じた。

花陽は階段を上がって自分の部屋へと向かう。


「お母さん」


「どうしたの?」


「お母さん、何かいいことあった?」


「え?そう見える?」


「うん」


花陽はそう言って笑って返すと二階へ上がった。


高校で部活を始めてから、花陽は明るくなった。笑うことが増えた。

食事を終え、リビングで花陽と二人でくつろぐ。


この時間が、私は好き。


「ねえ、おかあさん」


「なあに?」


「その…耳かき、いい?」


私はちょっと驚いたけれど、


「うん。いいわよ」


そう言うと


「へへ…じゃあ」


花陽は顔をほころばせながらそっと、照れ臭そうにして私の膝に頭を乗せる。

花陽は口を結んで少し緊張した面持ち、でもどこか嬉しそうな横顔は見ててちょっぴりおかしくて、思わずくすっと笑ってしまう。


「久しぶり……」


「そうねえ」


昔もこうやって、耳かきしてあげたことを思い出す。あんまり気持ち良くてそのまま眠っちゃうこともあったっけ。


「はい、反対」


「うん」


ちらりと見えた目元が、とても気持ちよさげに見えた。

私はふと、花陽の手に目を向けた。


さっき見た写真ではあんなに小さかった手が、こんなに大きく…。


私は気が付くと、花陽の手に触れていた。花陽の頭を膝に乗せたまま。


「どうしたの?お母さん」


「ふふ…なんでもないわよ」


花陽は顔にはてなを描いたが、私が耳かきを始めるとそんなことは忘れてしまったようだった。

しばらくすると、花陽は


「お母さん」


「なあに?」


すると花陽は


「ふふ、なんでもない」


そういってまた小さく笑みをこぼした。


その微笑み方が、幼い頃と変わってなくて、私はどこか安心した。ちょっぴり懐かしい気持ちになった。

おわり

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