男「夢を見た」(26)
私は夢を見た。
夢の中で目覚めるとそこは雪国であった。
一面、白の雪に覆われた銀世界。
それをじっと見ている。
ただじっと見ている。
雪に覆われた木があるのをじっと見ている。
そうやって、雪と木を眺めていると恐怖を感じた。
生命を感じさせない雪の世界にいることが怖くなったのではない。
背後に、とてもとても恐ろしいものがいる気がしたのだ。
私は、おそるおそると振り返った。
そこに居たのは父だった。
父は白い肌をしていた。
雪よりも冷たい白の色。
そして、それよりも冷たい赤の瞳で私のことを見ていた。
じーっと、ただじーっと見ていた。
背後にいたのが父だとわかった私は恐怖した。
何をするでもなく木を眺めていたのを、父に見られていた。それだけのことに恐怖したのだ。
私にとって父は安心できる人ではなかった。
耐え切れなくなった私はそこから逃げようとした。
父のいない方向に走ろうとした。
瞬間。
雪が全て黒に染まって、世界に闇が下りた。
クラヤミの世界。
そこに放り出されたところで、
私は目が覚めた。
目を開いて見た自分の部屋はとてもとても暗かった。
クラヤミの世界が自分の部屋だとわかると、私はなんとなく悲しくなったのだった。
私は夢を見た。
そこは牢獄であった。
私の熱を全て奪うような、金属に囲まれた冷たい世界。
そこに女がいる。
死んだ目で横たわる女がいる。
死んでいるわけではないのに、目に生気が無い女。
私はそれが気に入らなくて、蹴っ飛ばした。
床に転がる女は悲鳴をあげた。
夢の世界なので音はしないが、ひどく耳障りだと思った。
死んだような目をしているくせに、悲鳴だけは一人前にあげるんだな。
そういらいらした私は、もう一度蹴っ飛ばした。
悲鳴を上げた。鬱陶しい。
蹴る。悲鳴を上げる。鬱陶しい。
蹴る。悲鳴を上げる。鬱陶しい。
そうやって蹴りつけるたびに、体が、心が冷えてく気がした。
部屋にすべてを奪われるような感覚すら覚えた。
やがて怒りも冷たい世界に奪われたのだろう。
私は冷静になって、転がる女の顔を見た。
そこにいたのは死んだ目で涎を垂らしている母だった。
母だということを自覚した瞬間に吐き気を催した。
それは醜い姿の母への侮蔑からだったのか、それを蹴りつける自分への嫌悪からだったのか
はっきりしなかった。
はっきりとしないまま目を覚ました。
夢の中の吐き気が現実に残っていた。
その夜は寝つけなかった。
夢を見た。
夕暮れの教室に少女がいた。
彼女の顔は、夕暮れに赤く染まって綺麗だった。
彼女の長い髪がたまらなく好きだった
だから愛してくれと言おうと思った。
その瞬間、彼女の眼は赤く光った。
いつかの世界で見た、父の赤い目だった。
その目が怖くなって、私の告白は行き場を失った。
愛してくれなんていうのはおこがましい。
私はそう反省した。
愛してる。
そう言おうと思った。
決意した私は、彼女の瞳を覗き混む。
あの母の生気のない目がそこにあった。
私は彼女を殴らなければならないと思った。
そう思ってしまった自分が怖くなった。
夕日は沈んで、教室は闇に包まれた。
私の告白も闇に飲まれてなくなった。
目を覚ますと、目に涙がたまっているのに気づいた。
私はじっとして、涙が渇くのを待った。
しかし、涙は乾かないだろう。そんな予感がしていた。
私は夢見ていた。
冷たく赤い目をした父も、
死んだ目をした母もいない
みんなが優しく笑ってくれて
私も優しく笑っている
そんな世界を夢見ていた。
現実を見てみれば
人に愛されることも
人を愛することも
全てをあきらめた自分が部屋に一人いるだけだった。
おわり(^q^)
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