【モバマスSS】「餞」 (37)


  とある日、とある喫茶店

「ご注文は……」

凛「モーニングセット、ブレンドコーヒーでお願いします」

「かしこまりました」



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・十年後の話


凛「久しぶりだね」

P「久しぶりだな」

凛「朝ごはんはもう食べたの?」

P「いや、コーヒーだけでいいんだ。チケットも余ってるし」


凛「チケット?」

P「ああ、凛は知らない世代なのかね。コーヒーの回数券みたいなのがあるんだ」

凛「なるほど…… あれ、なんか見たことあるかも」

P「ああ、覚えてないかもしれないけどさ、あの時買ったんだよ」

凛「確かに会計の時になにかちぎってたね」


P「12枚綴で4000円ならお得だろ?」

凛「そう言われると、便利かも」

P「まぁ、10年かかって10枚って具合だけどな。申し訳なくって、マスターに使って大丈夫かって聞いたほどだ」

凛「10年……か。ここも、変わってないね」

P「ああ。あの時と一緒だな」


ーーー

凛「すっごい大荷物だけど、今日戻るんだっけ?」

P「ん、2時間後には空の上だよ」

凛「そうなんだ。
  でも、何も旅立つ直前に会わなくたっていいのに」

P「しょうがないだろ、3日間日本に帰って来れたのに報告と会議で時間が飛んじゃったんだから。
  せめて、日本を立つ前に最後に会っておきたかったんだ」


凛「最後に会うのは添乗員さんじゃないの?」

P「屁理屈言わないでくれよ」

凛「ごめん、つい」

P「ははっ、変わらないなぁ」

凛「そっちこそ、ね」


ーーー

凛「それで、あっちでイイ人とか、見つかったの」

P「アイドルにしたい娘は何人か見つかったんだけど、あっちじゃアイドルって職業がまだまだ認知されてないというか」

凛「へぇ、そうなんだ。って、そういうことじゃなくて」

P「30過ぎの冴えないおっさんにそうそう簡単に相手が見つかると思うなよ」

凛「そう?プロデューサーならすぐだと思ったんだけど」


P「……婚約指輪は、渡したんだけどなあ」

凛「返さないよ?」

P「当たり前だ、返されたら泣くぞ」

凛「なら、良かった」


P「大体、凛こそどうなんだよ。アイドル卒業してしばらく立つんだし、引く手数多だろ」

凛「週1で通話してるんだし、そんなの分かるでしょ」

P「実際に会ってたわけじゃないんだし、不安になっちゃ悪いか」

凛「なにそれ。大体、親同士で旅行してるぐらいなのに今更じゃない?」


P「あー、一昨年の温泉旅行か。凛も来ればよかったのに」

凛「だから映画のロケ中だったって言ったじゃん。交代するかのように国外に出て行ったの知ってるくせに」

P「いや、なんて言うか…… すっかり父母同士が意気投合してて1人じゃ胃が重かったんだよな」

凛「なにか言われたの?」


P「率直に、後を継いでくれないかって言われたぞ。うちの親も乗り気だった」

凛「なにそれ、さすがに知らなかったんだけど。本人のいない所で勝手に」

P「あの後もっと仲良くなったみたいだしなぁ」

凛「それは知ってる。年賀状からお歳暮まで、いろんなものをやり取りしてるみたいだし」


P「なんか、順調に外堀が埋まっててな……」

凛「親同士で勝手に埋め立ててるだけでしょ?
  別に気にしなくても良いから」

P「いや、気にするさ。
  ほら、その、まだ知識も勇気も無くてだな」

凛「あー…… そっか。
  うち、個人商店だしね。
  後継ぎとか期待されちゃうのもわかるよ」

P「親同士ではもう決定事項みたいなもんらしいぞ」

凛「ねぇ、 ……嫌だったら、無理はしないでいいからね?」


P「そんなことないさ。
  それに今更、10年引きずった一目惚れを捨てる気もない」

凛「10年、って認めちゃうんだね」

P「まあな。結局、あれはどう考えたって一目惚れだった」


凛「ありがと。
  ……私も。
  十年前、ここで貴方の差し出してくれた手をとったその時から、ずっと大好きだよ」

P「……おい。恐ろしいことをさらっというなよ」

凛「ま、お互いさま、かな」

「「……」」

P「ははっ」

凛「ふふっ」


ーーー

P「……なぁ、シンデレラさんよ」

凛「なぁに、魔法使いさん」

P「アイドルを卒業して、何か変わったかい」

凛「うーん、あんまり変わって無い気がする、かな。
  結局女優業歌手業って形で、花屋見習いの片手間に続けてるわけだし」

P「そっちが片手間なのかよ」

凛「あんまり人には言わないことだけど、小さな頃からの夢だったからね。お父さんみたいなお花屋さんになりたい、って。
  そのために短大通ったわけだし」


P「で、2つの意味で卒業、と」

凛「うん」

P「もったいないなぁ。俺だったらもっと大々的に卒業コンサートとか企画したのに」

凛「なんか、そういうのじゃなくてサラッと離れたかったんだよね。そうは行かなかったから今も舞台に立ってるけどさ」

P「む、そう言われると複雑な気分だな」

凛「プロデューサーがそう導いてくれてたなら、きっとそうしたとは思う。でも、そうじゃなかったってだけ」

P「……」

凛「違うからね。少しも、そう思ってたりはしないから」

P「そうか、ありがとう」

凛「ううん、こちらこそ」


ーーー


P「でも、いつまでも昔のまま、ってわけじゃないだろう?」

凛「もちろん、少しは変わったよ。
  えっと、さ。足が楽になった、とは思う」

P「営業やオーディションでの遠出は度々あったけど、そんなに歩いたっけか?」

凛「ううん、移動の時はPさんの車に乗せてもらうことが多かったでしょ。
  そうじゃなくて、その…… ダンスとか、ね」

P「ダンス、苦手だったもんなぁ」

凛「それもだけど、さ。
  ヒールで舞台に立つのが、踊るのが辛かったんだ。
  足先が鬱血して痛くて、霜焼けでじんじんして、皮が剥けて血が滲んで。
  泣きそうになりながら、ずっと踊ってた」


P「それなら。
  どうして、言ってくれなかったんだよ。
  靴なんて、いくらだって替えられたし、なにより」

凛「それ以上に嫌だったの。
  この痛みも、アイドルの私にとっては大切なんだって、ずっと感じてた。
  
  ……だって。貴方がかけてくれた、大事な呪いだったから」



P「……」

凛「……」

P「呪い、か」

凛「うん」


P「……」

凛「未だに解けてないし、解けなくていいって思うけどね。
  
  今でもコンサートの時には、必ずあの編上げのブーツで足を縛り上げるしさ。
  ルーティーンというか、儀式のようなものだから」

P「なんか、とんだものを背負わせちゃったみたいだな」

凛「だから、呪いなんだよ」

P「……そうか」



凛「ごめんね。
  自分で言っておいて悪いんだけど、あんまり気に負わないでね?」

P「そう言われても、な」

凛「いいから。今ここに私がいるのだって、その呪いのおかげなんだから」

P「そうかなぁ」

凛「そうだよ」


ーーー

P「なぁ、出発の前に、1つお願いがあるんだけど」

凛「なに」


  ***

凛「……それは、やだよ」

P「なんでさ」

凛「言ったじゃん。呪い、解けちゃうでしょ」

P「童話の中の話じゃないか」

凛「そういうコンセプトで私を染め上げたのは誰だっけ?」


P「……まあとにかく」

凛「そうやってごまかすとこ、変わって無いよね」

P「凛の強情さもな」

「「……」」

凛「いいの?」

P「良いんだよ、凛にかけた呪いが解けたってさ。その代わり今度は、俺を呪って欲しいんだ」


凛「あのさ、プロデューサーって気障な事言わないと死んじゃう病気なの?」

P「ははっ、お互いさまだろ」

凛「……ま、そうかもね」

P「だから、ほら」

凛「……ばか」



  ちゅっ



P「ごちそうさま」

凛「もう。そういうのやめてってば」

P「しかし、甘ったるい味の呪いだなぁ」

凛「砂糖2つ分だからね、ちゃんと覚えておいてね」

P「ああ、次に会う時まで、コーヒーを飲むときは砂糖を2つ入れることにしよう」


凛「次ってことは、約束?」

P「そうだな。約束、しよう。

  次に帰ってくる時…… まあ早くて2年後ぐらいだろうけど、
  またこの場所で会いたい。いいか?」

凛「もちろん。その時は残りのコーヒーチケットで奢ってね」

P「ああ。丁度二枚残ってるしな」

凛「じゃあ、それまで待ってるから」


ーーー


P「あー、そろそろ行かないと」

凛「私、車で来たし空港まで送って行こっか?ボックスカーだし、荷物も大丈夫だよ」

P「へぇ…… なんとなく、凛は軽を乗り回してるイメージだったんだが」

凛「いつもは軽だよ。今日はお父さんと一緒にスーパーへの納品とかしてきたから」


P「それで、エプロンなのか」

凛「ごめんね、ちゃんとした服装じゃなくてさ」

P「いや、エプロンも似合ってるよ」

凛「そうかな。ありがと」

P「ずっと眺めてたいぐらいだ」

凛「そう遠くないうちに、いつでも見れるようになれるかもね」

P「そりゃあそのつもりだけども」


凛「……で、なんの話だったっけ」

P「車の話」

凛「言っとくけど、安全運転だよ?」

P「んん、別に疑う気はないけどな」

凛「誰かさんにしてもらったのと同じように、大事な子たちだから届けるまでに傷まないようにって丁寧な運転を心がけてるんだ」

P「……そうかい」


凛「照れ隠し、下手だね」

P「凛もな」

凛「わかってる」

P「でもいいや。好意に甘えたいところだけど駅まですぐだし、歩いて行くよ」

凛「本当に、送ってかなくて大丈夫?」

P「ああ。
  と言うか、空港まで一緒だと、飛び立ちたくなくなると思うし」


凛「そうなの?」

P「そりゃあな」

凛「そっか」

P「ああ」

凛「じゃあ、行ってらっしゃい」

P「行ってきます」




~fin~


”はなむけ”、と読みます
いつか”はなむこ”になる前のとある一日の話

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