橘ありす「十年という歳月がもたらす私という個人の遍歴とそれに伴うあの人との事象」 (123)

ありす「そしてまたはそれらを全て御破算にした場合に起こる問題への対処と解法についての考察……っと。ふう」

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ありす「まだちょっと固いかな。うーん」

宮本フレデリカ「お、また作詞ですか。どれどれ~ド♪ レ♪ ド♪ レ~♪」

ありす「か、勝手に見ないでください!」

フレデリカ「ん~相変わらずムツカシソーな歌詞だね」

ありす「見ないでください!!」

フレデリカ「いやいや、でも成長も見て取れるよ」

ありす「え? 本当ですか?」

フレデリカ「10年前は小論文みたいな詞だったけど、今は小を卒業して立派な論文みたいな詞なったネー」

ありす「なんですかそれは!」

フレデリカ「今やトップアイドルとなったありすチャンも、作詞はなかなか上手くはいかないモノですなあ」

デビューしてからもう10年。私は22歳になった。

その頃から背は伸びたし、身体は色々と成長した。

雫さんを見習って、毎日牛乳を飲んだのが良かったのかも知れません。
けれど――


時々思うのは、私はまだ精神的に子供のままなのではないだろうか――

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橘ありす(デビュー前)

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橘ありす(12歳時)

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宮本フレデリカ(19歳時)

フレデリカ「それで~? この『あの人』っていうのはダレナノかな~?」

ありす「別に特定の誰かではありません! そういう詞です」

フレデリカ「ホ・ン・トかな~?」

ありす「本当です!」

素直になれないのは、子供であるなによりの証拠。

そうはわかっていても、なかなか私は素直にはなれない。

これは10年経っても、変わっていない気がする。

10年……

それでも10年前に思いを馳せると、顔を覆い隠して逃げ出したい感情にとらわれるのは、少しは成長しているということなのだろうか。


10年前……

「橘……橘ありすです。橘と呼んでください。その……アイドルに興味なかったのですが、将来は歌や音楽をお仕事にしたいと思っていました。言われた仕事はしますから、心配しないでください」

うわー!
うわー! うわー!! うわー!!!


10年前の自分、正直殴りたい。
正座をさせて、お説教したい。


あー!
あー! あー!! あー!!!

渋谷凛「まあ、わかるよ。そういうの」

ありす「凛さんでもですか!?」

凛「それはまあ。ほら、何を言ったらいいのかわからないっていうのもあったしさ」

ありす「凛さんって、デビューの頃から大人びて見えましたけど」

神谷奈緒「やー。それがさ」

ありす「?」

奈緒「凛の担当プロデューサーへの第一声、聞いたらちょっと引くと思うんだよな」

凛「ちょ、ちょっと奈緒」

北条加蓮「『アンタが私のプロデューサー? ふーん……まあ、悪くないかな』だったっけ? あはははは」

凛「加蓮まで!」

ありす「……え? 本当ですか?」

加蓮「ね、引くでしょ?」

凛「……加蓮だって」

加蓮「え?」

凛「『アンタがアタシをアイドルにしてくれるの? でもアタシ特訓とか練習とか下積みとか努力とか気合いとか根性とか、なんかそーゆーキャラじゃないんだよね。体力ないし。それでもいい? ダメぇ?』だったよね?」

加蓮「ちょ、え!? だ、誰に聞いたの?」

凛「加蓮のプロデューサーから」

加蓮「しゃあべったなあああぁぁぁ!!!」

奈緒「苦笑いしてたよな。あはははは」

加蓮「……実は、奈緒のプロデューサーさんにも前に聞いた事があって」

奈緒「は?」

凛「『「は、はァ!? な、なんであたしがアイドルなんて…っ! てゆーか無理に決まってんだろ! べ、べつに可愛いカッコとか……興味ねぇ……し。きっ、興味ねぇからな! ホントだからなっ!!」』

加蓮「あはははははははははははは」

奈緒「あ、あれはだな。いきなり話しかけてきたから不審者かと思ってだな」

凛「ふーん」

加蓮「そうなんだー」

奈緒「ホントだぞ! ホントに本当だぞ!!」

加蓮「はいはい」

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渋谷凛(デビュー前)

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北条加蓮(デビュー前)

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神谷奈緒(デビュー前)

凛「ま、そういうわけだから、そんなに気にしなくてもいいんじゃないかな。出会ったばかりの事なんだし」

加蓮「そうそう、アイドルは誰もがやらかすもんだよ。きっと。アイドルなら誰しも通る道、って感じで」

奈緒「今ならもう、遠い昔の笑い話だよ」

ありす「……でも」

凛「ん?」

ありす「その後、凛さんはプロデューサーさんに謝りました?」

凛「まあ……うん。悪くないとか言って悪かった、って」

加蓮「アタシもねー。特訓につきあってもらってる時に……ま、お礼も込めて」

奈緒「あたしも」

ありす「……私は……」

凛「え?」

ありす「私はまだ……言えてません」

加蓮「プロデューサーさんに、謝ってないってこと?」

ありす「……はい」

奈緒「それっぽいこともか?」

ありす「……はい」

奈緒「うーん。でもさ、別に大丈夫じゃないのか? 別にありすのプロデューサーさんも、気にしてないと思うぞ」

ありす「私……子供でしたから……10年前は本当に、自分でも恥ずかしくなるぐらい子供でしたから……」

凛「もしかして、名字で呼んで欲しいって言ってた頃のこと?」

加蓮「言われてみると、昔はアタシもありすちゃんを『橘さん』って呼んでたっけ」

奈緒「あー。ありすのプロデューサーさんが『橘と呼んで欲しいと希望していますので、よろしくお願いします』って言ったてもんな」

ありす「みなさんは、すぐに『ありす』って呼んでくださるようになりましたけど……」

フレデリカ「ん~? なにナニなんの話~? あ・り・す・ちゃ~ん♪」

ありす「……初対面から『ありす』としか呼ばない人もいましたけど」

フレデリカ「?」

ありす「Pさんはまだ、私のことを『橘さん』って……他のプロデューサーさんはみんな、担当のみなさんのことを名前で呼んでいるのに……た、確かに橘って呼んで下さいとはいいましたけど」

凛「ありす」

ありす「え?」

凛「頼めばいいんだよ。名前で呼んで下さい、って」

ありす「で、でも。自分から橘って呼んで下さいって言っておいて……」

加蓮「いつの話よー」

奈緒「そうそう。時効時効」

凛「なにより、ありすがそう思ってるならちゃんと言った方がいい」

ありす「そ、それは……」

加蓮「もう、ありすちゃんもありすちゃんのプロデューサーさんも堅すぎだよ」

奈緒「まずは第一歩にさ! ほら」

ありす「い、今からですか!?」

凛「うん」

加蓮「善は急げー!」

奈緒「ほらほらほら」

……
やっぱりお姉さん達は、頼りになる。

この人達と一緒にがんばれて、そして時には競い合えるのは本当に幸せなことだ。

ありがとうございます。


フレデリカ「よーし、スマホの動画モードON。珍しいシーンをバッチリ撮イエーイ♪」

……
頼りにならないお姉さんもいるけど。

若林智香「あ、ありすちゃん!」

奈緒「お、智香ー。ありすのプロデューサーさん、知らない?」

加蓮「これからありすちゃんが、大事なお願いをしまーす」

凛「知ってたら……」

智香「ありすちゃんのプロデューサーさんが、現場の下見で崩れた資材に巻き込まれて……病院に運ばれたって連絡が!」

凛「……え?」

加蓮「ちょ、ちょっと」

奈緒「本当か!?」

ありす「! ぷ、プロデューサーさん!!」

智香「双海総合病院だって! アタシ、知ってるから一緒に行こう!!」

ありす「おねがいします!!!」

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若林智香(デビュー前)

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若林智香(17歳時)

ありす「ちひろさん!」

千川ちひろ「あ、ありすちゃん。き、来ちゃったんだ……」

智香「ありすちゃんは担当アイドルですから、急いで知らせた方がいいと思ったんですけど」

ありす「Pさんは!? Pさんは大丈夫なんですか!?」

ちひろ「ちょ、ちょっと落ち着いて。ね、ありすちゃん」

ありす「落ち着いてなんていられません! Pさんは!? 大丈夫なんですか!?」

安部菜々「ふう。ちひろさーん。あのですね、やっぱり……あ、ありすちゃん」

智香「あれっ?」

ありす「え? 菜々さん……? どうして菜々さんが、ここに?」

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安部菜々(17歳)

ちひろ「あのね、ありすちゃん。落ち着いて、聞いて欲しいんだけど」

ありす「? はい」

ちひろ「ありすちゃんのプロデューサーさん、落ちてきた機材で頭を強くうっちゃって」

ありす「そんな……」

ちひろ「幸い外傷はないの。でもこれから色々と検査を受けてもらっう予定で」

智香「それで意識はあるんですかっ?」

菜々「それは大丈夫ですよっ! ナナ、今お話ししてきましたから」

ありす「本当ですか!? 良かった……」

ちひろ「ただ……」

ありす「えっ!?」

ちひろ「頭を強くうった時のショックのせいらしいんだけど……その、なんていうか……」

ありす「なんですか!? なにがあったっていうんですか!?」

P「あ、言い忘れましたけど菜々さん。橘さんに伝えて欲しい事がもうひとつ……」

ありす「Pさん!」

心配したことが馬鹿らしくなるぐらい、Pさんは何事もなかったかのように現れた。

でも私はホッとした。

全身の力が抜けて、崩れ落ちそうになる。


だけどそれですべてが終わったわけじゃなかった。

呼びかけられて私の方を向いたPさんの言葉を聞いて、私はとうとう耐えられずにその場にへたりこんでしまった。



P「ええと、どちら様でしたっけ?」


ありす「記憶喪失!?」

智香「Pさんが、ですかっ!?」

ちひろ「外因性ショックによるものらしいんだけど、詳しい原因はわからないそうなの」

ありす「そんな……」

ちひろ「もっとも自分がどこの誰かはしっかり覚えているのよ。問題は、ここ10年ほどの記憶がスッポリ抜け落ちてるみたいなのよね」

菜々「今年が2016年って言ってましたものね」

ありす「それでさっき、私を見ても誰だかわからなかったんですか」

ちひろ「そうね。今のプロデューサーさんにとっての橘ありすは、あなたじゃなくて10年前のまだ12歳だったあの頃の橘ありすちゃんなのよ。きっと」

ありす「なんてこと……」

菜々「ナナも最初に連絡もらって驚いたんですけど、ナナのことは違和感なくわかってもらえましたっ!」

智香「アタシのことも知ってるはずなのに、わからなかったみたいでしたね」

ちひろ「とりあえず、頭をうってるので入院ってことにしてあるんだけど、本人は退院するって言い張ってて苦労してるの」

ありす「まあ、身体はどこも悪くないですものね」

ちひろ「それだけじゃなくてね」

ありす「?」

ちひろ「『橘さんにとって今が一番大事な時だ、こんな時に自分が入院なんてしてるわけにはいかない』って」

ありす「私の……ため?」

ちひろ「10年前だから、ありすちゃんデビューしたばかりでしょ」

智香「そういえばレッスンも、ありすちゃんのプロデューサーさんはずっと付きっきりで、アタシにダンスを見てやって欲しいとか言われたこともありましたね」

ちひろ「そうだったわね。今のプロデューサーさん、あの頃に戻っているからありすちゃんの心配ばかりしてるの」

ありす「自分だって頭をうって……病院に運ばれてるのに……私の……私のことなんて……」

菜々「それだけプロデューサーさん、ありすちゃんを大切に思ってたんだよね」

ありす「……馬鹿です。そんなの」

最初は滲んでいただけの涙が、いつの間にか止まらなくなった。

生意気な子だ、可愛げのない子だ、先が思いやられる。

そんな風に思われてるんじゃないか。

聞けないけど、そう思われてるんじゃないか。

ずっとそう心配していた。

恐れていた。

なんてことだろう。

馬鹿は私だ。

あの人は、自分の体よりも私を心配していたのだ。

10年前から。

おそらくずっと。


智香さんが私を抱きしめてくれた。

私は、声をあげて泣いた。

ちひろ「さて。とりあえずお医者様も今はまだあまり本人が精神的に動揺しないように、とおっしゃっておられるから、本当の事を話してないの」

ありす「つまり、Pさんは今が2026年だとは知らないんですね」

ちひろ「ええ。元の記憶というかここ10年の記憶を取り戻せるかはよくわからないそうなの。突然、元に戻る……そういう症例もあるそうだから」

菜々「早く元に戻っては欲しいんですけどね」

ありす「もちろんです」

ちひろ「とりあえず、礼子さんと若葉ちゃ……さんに連絡を取って来てもらおうと思ってるの」

菜々「ナナと……礼子さんと……若葉さんですかっ? むむむ、この人選に何か意図は……」

ありす「みなさん、お若いですもんね」

菜々「あ、ありすちゃん?」

ありす「いい意味で、ですよ。もちろん」

智香「本当にそうですよねっ☆」

高橋礼子さんも日下部若葉さんも、10年前からほとんど容姿が変わらない。

もちろん2人とも今でも歌って踊れるけど、仕事の主体を女優業にシフトしている。

なるほど、それでちひろさんは2人を呼んだわけだ。

礼子「大まかな話は聞いたわ」

若葉「なんだか嬉しいような、そうでもないようなお役目ですね」

ありす「あ、礼子さんに若葉さん」

礼子「10年前の自分になりきって、10年前のあのプロデューサーさんに会う演技ねえ」

ちひろ「お願いできますか」

若葉「お姉さんに任せてください。この間も、女子高生の役をやったんですよ」

それは10年以上前の演技になるような気も……

でもまったく違和感がない。

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日下部若葉(20歳時)

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高橋礼子(31歳時)

ちひろ「上手く話を合わせて下さい。そして、当分入院して養生することを納得させてくださいね」

二人は頷いてプロデューサーさんに会いに行ったけど、戻ってくるのに30分もかからなかった。

ありす「どうでした!?」

礼子「ええ……」

若葉「それが、ですね……」

ちひろ「?」

礼子「さっき自分を見て『Pさん』と言った女性は誰か、って」

若葉「もう一度、会いたいって」

ありす「……え?」

菜々「それって……」

智香「ありすちゃん……だよね」

礼子「あんな綺麗な女性は初めて見た、って」

若葉「厳密には初めてじゃない気もするけど、もう一度会いたいって」

一気に顔が赤くなったのが、自分でもわかる。

思えばアイドルと担当プロデューサーという関係でなく、1人の女性として私は初めてあの人に『綺麗な女性』とか言われたのではないだろうか。

ちひろ「本当は止めたいけど……無理そうですね」

ありす「私、会ってきます。Pさんに」

智香「くれぐれもまだ、自分がありすちゃんだって言わないようにねっ!」

ありす「わかってます」

P「どうしてももう一度、あなたにお会いしたくて」

ありす「は、はい」

P「うかがいたいのは、どうして私の名前を知っていたのかということです」

ありす「え?」

P「呼びましたよね、私の名前を」

ええと……ええと、ええと……

予想外の質問。

ど、どうしよう……

P「なぜ、ご存じなのかと思いまして」

ありす「わ、私ですね!」

P「え? は、はい」

ありす「プロダクションにスタッフとして入った新人です! Pさんのお顔とお名前は知っていましたので、それで!!」

ど、どうだろう?

と、咄嗟の言い訳だったけど、信じたもらえた……かな?

P「ふーむ」

く、首を傾げてる?

や、やっぱり無理があったかな!?

P「つまり、ちひろさんの後輩ということになるわけですか?」

ありす「え、あ、その……えーと……はい」

P「これはご挨拶が遅れて失礼いたしました。ちひろさんには色々とサポートしていただいています。これから、よろしくお願いします!」

ありす「あ、は、えーと……はい」

ホッとした。

けれど反面、ちょっとガッカリしましたよPさん。

礼子さんも若葉さんも、なにが『きれいな人』『もう一度会いたい』ですか。

なんだか損をした気分ですよ。

P「いや、あまりにお綺麗な方だったので、てっきり新人のアイドルの方かと思いまして。いや、ははははは」

ありす「えっ!?」

P「どうしても、もう一度お会いしたかったんですよ」

ええええ、うわわ。

そ、そういう不意打ちはずるいです。公平じゃありません!

ありす「そ、そうやっていつもスカウトとかしてるんですか?」

P「……いえ」

ありす「え?」

P「以前は見込みのありそうな娘には、必ず声をかけていたものですが」

ありす「はい」

P「スカウトはもう、やめました。今は、プロデュースに専念しているんです」

ありす「そ、そうなんですか」

P「すごい……新人の担当になったんです」

ありす「……」


それって……


P「ご存じですか? 橘ありす、と言うのですが」


やっぱり!

ありす「ま、まあ。一応は……」

P「今でも最初に会った時の事を思い出します……綺麗な娘であることは事前の書類でもわかっていました。けれど、会ってみてわかりました」

ありす「な、何がですか?」

P「この子はすごい。本物だ。俺はそう直感したんです」

ありす「そ、そうだったんですか?」

P「え?」

ありす「あ、その、そうなんですか?」

P「ええ。俺は思いましたよ。この子をトップアイドルにできなかったら、それはプロデュースした者の責任だ。そいつはプロデューサー失格だ、とね」


初めて会ったあの時?

あなたはそんなことを考えていたんですか?

あんな私の態度を見て――


それでもあなたは、私をそんな風に思ってくれたんですか?

ありす「あの……」

P「はい?」

ありす「こ、これは噂で聞いた事なんですけど。ええ、噂で」

P「?」

ありす「その子……橘ありすさんは、第一声がかなりその……なまいきというか……態度がよくなかったというか……その……」

P「ああ」

ありす「や、やはりそうでしたか?」

P「……」


な、なんですかその沈黙は。

やっぱりPさん……

P「本人のいない所で言っていいものか、すこし悩みますが」

ありす「え? あ、はい」

P「この子は精神的には、見た目以上に大人なんだなと思いました」

ありす「え? 逆じゃないんですか?」

P「え?」

ありす「あ、いえ。そんな名前の事を気にしたり、名前を呼ばれるのを嫌がったりするのって子供っぽくないですか?」

P「そんなことはありませんよ。むしろ周りが子供すぎて、名前でからかわれたりしたんじゃないですかね」

そうか。

確かにそうかも知れない。

そういう記憶は、確かにある。

でもアイドルの仕事を始めて、Pさんと時を過ごすようになって、私はそういう事を忘れていた。

いや、気にならなくなっていたのだ。

そうか。

そうだった……


P「えーと、あの」

それにしてもPさんは、私のことをそういう風に思っていたんだ。

意外だ。

でもこれは嬉しい意外さかも知れません。


これまでずっとわだかまっていた、子供過ぎた自分。

それをちょっと許せそうな気がしてさえくる。


P「?もしもし?」

むしろPさんは、子供だったというよりは大人びていたと言ってくれている。

そうなんだろうか。

でもそれは、すこし嬉しいことだ。


P「あの、ええと……なんてお呼びすればいいのかな」

今では名前で呼ばれるのも全然嫌ではない。

あの頃、なんであんなに嫌だったのか。

それを思いだそうとするのも、少し困難になりつつあるぐらいだ。

ありす――

だってそれは……

私なんだもの。

P「あの、お名前をうかがってもいいですか?」

ありす「ありすです」

P「え?」

ありす「私は、ありす……」

あ!

P「ええと、その……つまり」

あ! あ!! あ!!!

言っちゃった! 言ってしまった!! つ、つい言っちゃった!!!

ありす「あ、あの」

P「あなたも、『ありす』というお名前なんですか? ウチの橘さんのように」

Pさん……

それでも私に気づかないんですね。

自分ではわからないけれど、私そんなに大人になったのかな?

そんなに?

ありす「そ、そうです。なんだか言い出しにくくて」

P「すごい! 初めて会いました。橘さん以外にありすという名前の方に!」

ありす「あ、そうなんですか?」

まあ、そうそうある名前じゃないですよね。

だからこそ私も、昔は蟠っていたわけですし。

P「ちょっと聞かせていただきたいんですが」

ありす「なんですか?」

P「やはり、色々と嫌な思いをされましたか?」

ありす「?」

P「橘さんが、名前で呼ばれたくないのはなぜかとずっと考えてまして……彼女のことをもっと理解してあげたいんです」

ありす「そ、そうですか」

P「名前で呼ばれたくないのは、やはり辛い記憶があるのかな、と」

ありす「な、なるほど。ええと……まあ、からかわれたりもありましたけど」

P「ふむふむ」

……何をメモしているんですか。

恥ずかしいじゃないですか……

そ、そんな真剣に聞いてもらう内容じゃありません!

ありす「嫌だったこともなかったわけじゃないですけど」

P「なるほどなるほど」

ありす「今ではこの名前も、とても大切に思います」

P「そうなんですか。よろしければ、その転機となった事柄などがありましたら」

ありす「え?」

P「教えていただけましたら、と思いまして」


Pさん――

あなたですよ。


あなたの存在が――

私をトップアイドルに育ててくれたあなたが。

私を変えてくれたんですよ

Pさん――

ありす「……好きな――人が」

P「え!?」

ありす「できた……からです」

P「……」

ありす「……」

P「立ち入ったことを。聞いてしまったようで……」

ありす「……いえ」

P「まことに、申し訳ありません」

ありす「……いえ」

P「お気を悪くされたのでなければ良いのですが……」

ありす「別に、気にしていません」

P「そうですか?」

ありす「そうです」

P「では、うかがいますが……」

ありす「え?」

P「具体的にはそうした思春期の期間に、名前で呼ばれるのが嫌ではなくなったわけですか?」

またメモ……

私、前々から思ってたんですけど。

この人――Pさん。

デリカシーが足らないんじゃないか……そう思っていました。

けれど今日、わかりました。

あなたはデリカシーが足らないんじゃなくて、デリカシーがないんですね。

ありす「まあ、そうですね」

P「橘さんも……そうなるでしょうか……」

ありす「……」

P「いつかは私も、橘さんを『ありす』と呼べるといいな、そう思っているんです」

ありす「呼んであげても……いいんじゃないですか?」

P「え?」

ありす「あなたはプロデューサーなんですし、担当アイドルを名前で呼ぶのはごく普通のことです」

P「まあ、確かに」

ありす「むこうも、その……ま、まってるんじゃ……」

P「え?」

ありす「や、やはり最初に橘と呼んでくれと言われたから! だから名前で呼ぶことに遠慮しているんですか!?」

P「なかなか遠慮なく、聞いてくださいますね」

ありす「あ! す、すみません」

P「いえ。お互い様ですよ。そうですね……確かにそれはあります。最初のきっかけですね」

ありす「やっぱりそうですか」

P「ですが、それはきっかけということだけでして。実は……」

ありす「え?」

P「こ、これは自分の恥をさらすようで、ぜひ内緒にしていただきたいのですが!」

ありす「は、はい」

P「私……実は、女性とその……おつき合いとか……したことがありませんで……」

ありす「は、はあ?」

P「け、経験がですね。その……女性を名前で呼んだことが……ないんです」

ありす「は、はあ……」

P「……」

ありす「あ、あの」

P「はい?」

ありす「こ、これはよければ、というご提案なんですけど」

P「はい」

ありす「無理に、ということではありませんけど」

P「はい」

ありす「わた、私で練習……してみませんか」

P「はい?」

ありす「そ、そのこういうものは修練というか、なんでもやったことないとできないというか、いざという時の為に私で良ければという……」

P「よろしいのですか?」

ありす「はい?」

P「よろしければ……ぜひ」

ありす「あ……はい」

P「こ、こういうものは練習が必要というか、やはりやっとことがあるのとないのでは、今後必要な時の為に呼ばせていただければという……」

ありす「は、はい」

P「……」

ありす「……」

P「で、では……」

ありす「は、はい……」

P「……」

ありす「……」

P「あ……」

ありす「……!」

P「……」

ありす「……」

P「な、なんだか緊張しますね」

ありす「は、はい……」

P「……」

ありす「……」

P「……ありす」


ありす「……!」


Pさんと出会って10年。
私はついに、自分の名前で――
ありすという名前で――

Pさんに呼ばれた。


P「あ、ええと……あの、あ、ありす?」


私は両手で顔を覆った。

涙が出そうだった。

そして顔はまっ赤になっているに違いない。


ありす「失礼します!」

P「あ、ありす!」


私はその場から、走るように逃げ去った。

途中でちひろさんや礼子さん若葉さん、智香さんが私に何かを言ったけど、私は耳を押さえて走った。

一刻も早く独りになりたかった。
独りになって、Pさんの声を思い出したかった。



あの人が私を「ありす」と呼んでくれた――


ひろ「ありすちゃん」

ありす「あ、ちひろさん。昨日はその……勝手に帰ってしまってすみませんでした」

ちひろ「……なにがあったの?」

ありす「ええと、特になにも……」

ちひろ「あの後プロデューサーさん、ひどく落ち込んでたわよ?」

ありす「えっ?」

ちひろ「あなたを怒らせちゃったんじゃないか……って。それにありすちゃん、あなた自分の名前を名乗ったのね?」

ありす「ご、ごめんなさい。色々と考えているところで、つい」

ちひろ「あのね、ありすちゃん」

ありす「はい」

ちひろ「プロデューサーさんは今、容態が落ち着いているように見えるけど、普通の状態じゃないの」

ありす「……」

ちひろ「元に戻るのか、一生このままなのか、それすらもわからないの。そういう今のプロデューサーさんに心痛をかけるのは良くないわ。それはわかるわよね」

ありす「……はい。軽率でした」

ちひろ「ふう。わかってくれたならいいわ。それじゃあ、今日もプロデューサーさんに会って来てくれる?」

ありす「え? いいん……ですか?」

ちひろ「今言ったことに留意して、プロデューサーさんを和ませてあげて欲しいの。それができるのは、ありすちゃんだけよ。きっと」

そう言われても、私は逡巡した。

また昨日みたいに、迂闊な事を言ったり、突拍子もない行動をとってしまうんじゃないだろうか。

それに、私みたいな人間と一緒にいて、Pさんは和めるのだろうか?

それは甚だ疑問だ。

ちひろ「ダメだって言うなら、瑞樹さんにお願いしようと思ってるんだけど」

川島瑞樹「いいわよ! 大丈夫、絶対に10年前と変わってない……変わってないはず……」

ちひろ「どう?」

ありす「行きます!」

気がつけば、私は叫んでいた。

それを見て、ちひろさんも瑞樹さんも笑っている。

あ――そうか。

ちひろさんと瑞樹さん、こうなることを見越してたんだ。

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川島瑞樹(28歳時)

ちひろ「じゃあ……頼むわね」

ありす「はい」

柳清良「あ、ありすちゃん。話は聞いたわ。色々心配でしょう」

ありす「清良さん。Pさんのこと、ご存じなんですね」

清良「ええ、ちひろさんに聞いて。原因もわからないから治療の方法もないのは確かだけれど、何かのきっかけで元に戻ることもあるから気を落とさないでね」

ありす「どういうきっかけですか?」

清良「それは個々のケースによって違うからなんとも言えないの」

ありす「そうですか……」

清良「ただね、元に戻った時に共通しているのは……」

ありす「なんですか!?」

清良「記憶を取り戻した人はほぼ全員、記憶を無くしていた時の事を逆に忘れちゃうの」

ありす「それってつまり……今のこの時あった事を、Pさんは記憶を取り戻したら忘れちゃうって事ですか?」

清良「そうなるわね。どういう仕組みや理屈かはわからないけど、ほぼ例外なくそうなのよ」

私としてはPさんに一刻も早く元に戻って欲しいし、それに昨日のことをPさんが忘れてしまうのは――

清良「? どうかした? ありすちゃん」

ありす「え、い、いいえ」

私は一瞬、昨日のことが頭によぎった。

Pさんは、初めて私を『ありす』と呼んでくれた――

あの事を、あの瞬間を、無かったことにしてしまっていいんだろうか――

ありす「ともかく。会ってきます、Pさんに」

ありす「昨日は……どうも」

P「あ! ど、どうも」

ありす「昨日は……急に帰ってしまい、申し訳ありません」

P「いいえ。私が調子に乗ったせいで……嫌な思いをさせてしまい、こちらこそ申し訳ありませんでした」

ありす「え?」

P「それほど親しくない異性から、名前を呼び捨てにされたらそれは……いや、本当に申し訳ありませんでした」

ありす「ち、違うんです!」

P「え?」

ありす「昨日は、きゅ……急用を思い出しただけでして、本当にそれは誤解で、私は別に嫌じゃなかったです!」

P「本当……ですか?」

ありす「はい! これからも、ありすと呼んでください!!」

P「いいん……ですか?」

ありす「はい!!!」

私たちはしばらく他愛のない話をした。

アイドルとしての私じゃない、ただの女の子としてのPさんとの会話は新鮮だ。

Pさんも心なしか、普段よりくだけた感じで話している。

そうだ。この人は、今まであまり女性と親しく話した事がないんだった。

本人は恥じているその情報が、なぜだか不思議と私は嬉しかった。

ありす「Pさんは、女性とおつきあいなさったことが、ないんでしたね」

P「はあ。恥ずかしながら」

ありす「今後は、どうなんですか?」

P「なかなかそういう機会がありませんから」

ありす「出会いって、いつも突然やってくるものじゃないんですか?」

P「……」

ありす「?」

P「そういうのは、歌の歌詞の中だけのこと……そういう風に私も思っていました」

ありす「いました、というのは今は違う、と?」

P「そうですね。昨日――あなたに、出会うまでは」

……

え? え!?

P「その……あなたとは、なぜか初めてお会いした気がしないんです。こ、こういう事を会話のきっかけにするという話を聞いたことはありますが、もちろん私の場合はそうではなくて……」

え!? え!? え!?

P「当然、あなたのような美しい女性にもし私が以前お会いしていたなら忘れているはずはないのですが、ともかくなにかこう……そう、運命のようなものを感じたんです」


えー! ええーー!! えーえーえー!!!

な、なんですか運命って!?

そういうのはちっとも論理的ではありません。

そ、そういうあやふやな形容は、か……かえってよくない気がします!

ありす「わ、私の名前が『ありす』だからじゃないんですか? 担当の子と同じ名前だからじゃないんですか?」

P「いえ、それは……」

ありす「じゃあ……証明してください」

P「と、おっしゃいますと?」

ありす「橘ありすちゃんにはできないことを、してみてください」

Pさんはしばらく逡巡していた。

そして口を開いた。

P「で、では」

ありす「は、はい!」

P「手、手を……」

ありす「え?」

P「手を握っても……いいですか?」

え、ええっ!?

そういえば――私、Pさんと手を握った事とかなかった気がします。

仮に10年前にPさんが「橘さん、手を握りましょうか?」とか言ってくれてたとしたら、10年前の私はどうしただろうか――


ありす「なんですか、子供扱いしないでください。大丈夫です」


ううう~わかってはいるけど、ひっぱたきたいこの私。

10年前の私、なんて素直じゃなかったんだろう……

ここは、少し恥ずかしいけれど……勇気! 勇気を出そう。

ありす「い、いいですよ」

Pさんは、何も言わず私の手を握ってくれた。

Pさんの体温が、私の手に伝わる。

その温かさが、胸の奥に流れてくる気がする。

私が少しだけPさんを握っている手に力を入れると、Pさんは応えるように握り返してくれた。

こんな幸せな感覚があった事を、私は初めて知った。

何も言葉を交わさなくても、あの人の心が伝わってくる。

何を求め、どうすれば応えてあげられるのかが全部わかる。

――そう、感じさえした。

嬉しくて、穏やかで――幸福だった。

と、その刹那――

私はPさんに抱きしめられていた。

なんの疑問も躊躇もなく、私はPさんを抱きしめ返していた。

どのくらい時間が経ったのだろう。

一瞬だったのか、長時間だったのか。

私を抱きしめたまま、Pさんが言った。


P「待ってて――」

ありす「え?」

P「――もらえますか? 今、私は人生を賭けた仕事をしようとしています。それが……成し遂げられるまで、待っていただけますか?」

なんのことだろう?

そう考えて、私はハッとした。


私だ……私のことだ。

私をトップアイドルにする。

それが――Pさんの、人生を賭けた仕事なのだ……


「大丈夫です」「あなたは成し遂げたんですよ」「生意気なだけだった子供を、あなたは導いたんですよ」


それらの言葉が、口から出そうになる。

感謝と喜びと、そして――

この人を、Pさんを愛おしく思う心が、あふれ出しそうになる。


それでも私は、この10年で成長していた。

それを簡単に口に出さない、表に出さないでいられるだけの自己抑制を身につけていた。

ありす「はい」

私はそれだけを答えた。
えらいよ、ありす。

私たちは、誓い合うようにもう一度抱きしめあい、そして私は病室を後にした。

そしてそれが――

大人になった、私……22歳の橘ありすが――

12歳の橘ありすの担当であったPさんと――



会うことのできた、最後の瞬間となった……


ありす「急変!?」

智香「すぐに病院に、ってちひろさんが!!」

ありす「昼間、あんなに元気だったのに……」

智香「その後、倒れたそうなんだよっ。とにかく急ごう」

ちひろ「来たわね。ありすちゃん」

ありす「ちひろさん、Pさんは……」

清良「よく聞いて。緊急でMRIを撮ったそうなんだけど、今までは小さくてわからなかった血栓が見つかったの」

ありす「え」

清良「時間の経過でそれが大きくなって……それで急変に繋がったらしいのよ」

智香「もしかして記憶喪失も?」

ちひろ「ええ。それが大本の原因らしいのよ」

ありす「それで!? Pさんはどうなるんですか!?」

ちひろ「……あのね、ありすちゃん。これから清良さんが話すことを、よく聞いて」

ありす「? はい」

http://i.imgur.com/IDRDvDo.jpg
柳清良(23歳時)

清良「Pさんはこれから手術になるそうなの。といっても開頭するんじゃなくて、ソケイ部の血管からカテーテルを挿入してそれで血栓を除去するの」

ありす「詳しくはわからないけど、それって大丈夫なんですか?」

清良「今は医療も発達しているから、大丈夫。ただ……」

ありす「え?」

清良「ありすちゃん、私が昨日、言ったこと……覚えてる?」

なんだったっけ?

清良さんが言ったこと……



清良「記憶を取り戻した人はほぼ全員、記憶を無くしていた時の事を逆に忘れちゃうの」


ありす「あ!」

清良「おそらくだけど、Pさんはここ数日の記憶を失っていた時間のこと、忘れてしまうと思うのよ。オペの後は」

ありす「そんな……」

ようやく『ありす』と呼んでもらえた――

始めて手をつないだ――

抱き合った――

あれらがすべて……

なかったことに、なってしまう!?

ちひろ「何があったのか、詳しくは知らないわ。でもね、ありすちゃん」

ありす「……」

ちひろ「手術をしなければ、プロデューサーさんの命にかかわるの。だから……わかるわね」

もちろんPさんの命が最優先だ。

それは決まっている。

でも……


それでも私は――

なくなってしまう……なかったことになってしまう2人の時間を、少しだけ可哀想に思った。

気づけば泣いている私を、智香さんがまた抱きしめてくれていた。

清良さんが言ったとおり、手術はあっけないほど簡単に終わった。

ただ、それだけに、私はその手術も、そしてあの数日間すらも夢ではなかったのか――

そんな思いにすらとらわれる。

大事をとっての入院は、3日間。

経過は良好で、Pさんはすでに退院すると騒いでいるらしい。

私はおそるおそる清良さんに聞いた。

ありす「Pさんの記憶は……やっぱり……」

清良「……ええ。記憶を失っていた期間のことは、すっかり忘れているみたい」

ありす「そうですか……」

私は、何をするでもなくタブレットを操っていた。

なくなってしまった――消えてしまった私とPさんの出来事――その記憶。

でもそれは、確かにあった。

夢でも、空想でもない。

私はPさんと、確かに心で繋がった――

でもその証拠はそれこそ霧散してしまった。

あなたは――そこにいますか……?

私は――あなたといっしょにいますか……?

タブレットが私の想いを紡いでいく。

フレデリカさんが覗きこむが、神妙な顔をして去っていった。

担当アイドルでありながら、私はそれからPさんのお見舞いには行かなかった。

怖かった――

取り戻した昔の後悔を……

新しく築いた2人の関係を……

みんなみんな全部全部、なくしてしまった――

そんな気がしていたからだ。

智香「あっ! ありすちゃんのプロデューサーさんっ!!」

ビクッ。

智香さんの声に、身体が震える。

顔を上げれば、普段の――いつもとかわらないPさんの顔と姿がそこにあった。

P「長らく休んでしまって、すみませんでした」

ありす「だ……だいじょうぶ……です。ちゃんと1人でもがんばってました」

P「ええ。ちひろさんから聞いています。今日からまた、私もがんばります」

ありす「お願い……します」

今更もう、名前で呼んで欲しいとは言えなかった。

私……これからどういう風に、Pさんとつきあっていけばいいんだろう?

私のPさんは、あの記憶と共にどこかへ消えてしまった――そう感じるのだ。

もう一度……会いたい。
あの時の……Pさんに――

P「じゃあ行きますよ」

ありす「……はい」



P「……ありす」



……

え?

P「どうしました? ちょっと元気がないようですか?」

ありす「Pさん。今……?」

P「? 私は大丈夫です。さあ、行きますよありす。がんばってトップアイドルに……は、もうなっていますが、とにかく私はありすを、トップアイドルにするという目標を成し遂げなければならないのです。いそいで!」

ああ――

神様……

私は涙をそっと手でぬぐった。

Pさんは消えてない。

あの時の記憶はなくなっても……あの時のPさんは、ここにいる!

ありす「Pさん、私……私は……」

P「はい?」

ありす「私、Pさんと幸せになります!!!」


お わ り

以上で終わりです。おつきあいいただき、ありがとうございました。

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