渋谷凛はデートがしたい (40)
「流石は凛だな」
「うん」
頭を撫でてもらえるようになった。
「……」
「……どうした、凛」
「……ダメ?」
「……はぁ。ダメなのは俺の方だな」
「ふふっ」
手を繋いでくれるようになった。
「……」
これはそろそろいけるんじゃないだろうか。
私がそう考えるのも無理は無いと思う。
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「――すまない。それには応えられない」
なけなしの勇気を振り絞った私の告白は、文字通りに当たって砕けてしまった。
"渋谷凛はデートがしたい"
*
ちょっと焦り過ぎてしまったな、と私も思う。
でも、その。何と言うか、私も舞い上がってしまっていたし。
シンデレラガールに選ばれて、もう今しかないと思っちゃったし。
「……」
何をするでもなくベッドの上を転がった。
といっても二回転三回転出来るほど広くはないので中途半端な体勢になる。
ハナコはお気に入りのクッションの上で眠っている。
いっそ私も犬だったら素直に甘えられたのかもしれない。
でも、私は残念ながら犬じゃない。
何故か奈緒と加蓮の顔が浮かんだ。
いや、私は犬じゃない。決して。
クリアクール部門。
それが私の所属している部署の名前。
文字通りのクールな人たちが集まっている。
楓さん、奏、雪美、奈緒……奈緒? 奈緒は……うん。
ともかくそんなアイドル達が集まっている訳で。
当然ながら私にもそういったイメージが求められているんだと思う。
もちろん、プロデューサーにも。
想像してみる。
クールさをどこかへ放り捨てて全力でアピールする私。
「……」
いや、これは無い。無い。
流石にプロデューサーも引く。
「……はぁ」
プロデューサーは私の事をどう思っているんだろう。
告白を断られたのは、まぁ、仕方無いと思う。
私、まがりなりにもアイドルだし。
アイドルとかプロデューサーだとか、そんな部分を取っ払ったらどうかな。
プロデューサーはどんな恋愛をしてきたんだろう。
何せアイドルプロダクションなんて職場だもん。
可愛い娘や綺麗な人は山ほど居るし。
ちょっと可愛いくらいじゃあ、あの人も別にどうとも思わないのかも。
「……」
何時間かぶりに起き上がって、姿見の前に立つ。
……悪くはない、と思う。
私、まがりなりにもアイドルだし。
スタイルは……もうちょっと欲しかったな。
何も雫ぐらいとは言わないから。
せめて加蓮ぐらいは……いや加蓮よりちょっと上ぐらいは欲しかった。
鏡に顔を近付ける。
これじゃシンデレラじゃなくて白雪姫だけど、まぁこの際それは置いておく。
ぐにぐにと頬を引っ張ってみる。
いつも通りの仏頂面。それぐらいは私も自覚している。
皆からはよく笑うようになったと言われたけど……私はそうでもないと思う。
身嗜みに気を遣うようになった。主に加蓮の影響で。
最近はたまに薄くメイクだって試している。プロデューサーからの反応はまだ無い。
着られればいいやと思って、お母さんの勧めるままに服を着ていた。
最近は自分でも選ぶようになった。プロデューサーからの反応はまだ無い。
「……」
シンデレラガールの撮影の時。
綺麗になったな、とプロデューサーは言ってくれた。
だから、その。悪くはないんだと思う。
あのプロデューサーが綺麗と言ってくれたんだから、もっと自信を持って……
「……」
ふと気付いて正面の鏡に意識を向けると、鏡の向こうの私はニヤついていた。
この顔は、とてもじゃないけど絶対に見せちゃいけないやつだと思った。
*
「――すまない。それは出来ない」
正直びっくりした。
いや、告白を断られるのは私にも分かる。
でも、その、デートのお誘いくらいはご褒美に受けてくれるかな、と思ってたから。
びっくりした。
「……」
いや、びっくりするところではないのかもしれない。
冷静になってよく考えてみれば、アイドルとのデートもダメじゃないかと思う。
うん、というか普通に考えてダメだ。
私はまだまだ舞い上がっていたらしい。
「……」
「……凛」
「散歩」
「え?」
「散歩。ハ……ハナコの散歩さ、また付き合ってくれない?」
「……」
「その、プロデューサーが。プロデューサーと一緒だと、凄く喜ぶから、さ」
頭の中の私は上手く喋れるのに。
プロデューサーの前の私は、どうしてこんなにしどろもどろになってしまうんだろう。
「それも、出来ない」
「……」
「その前の凛の言葉が無ければ、俺も承諾出来たかもしれない」
「……そっか」
「すまない」
「ううん。ごめんね、プロデューサー」
「……」
プロデューサーが困ったように笑う。
私のせいでこんな顔をさせてしまったんだと思うと、胸の奥の所が痛くなった。
本当に、ごめんなさい。
「プロデューサー」
「……ああ」
「……」
「……」
「……ううん。何でもないよ」
「……そうか」
これからは私も、もう少しクールになろうと思う。
*
「ん……」
大きく伸びをする。
休日の午後はぽかぽかのお日様が気持ち良くて。
店番をしているというのに、つい船を漕ぎそうになってしまう。
「後で散歩しよっか、ハナコ」
「わんっ」
ハナコを腕に抱きながら、萎れている花が無いかチェックする。
うん。みんな元気でよろしい。
「ごめんください」
「いらっしゃいませ」
「あ、凛。お母様は今いらっしゃるか?」
「うん。今は奥にプロっ、プロデューサー」
「おう。元気そうだな、凛」
振り向いて、何の気無しに返事をして。
顔を見てみればそのお客さんはプロデューサーで。
え、何。なに?
店に顔を出すなんて所属契約の時以来無かったよね?
何? 何なの。
「奥か、ありがとう。ちょっとお邪魔するな」
「あ……あのさ」
「おう」
「どうしたの、こんな所に」
「こんな所って……ご報告だよ。半年に一回くらいはこうしてな」
「初耳、なんだけど」
「ん、言ってなかったか? まぁ普段は平日に寄る事が多いしな」
会話の途中ではっと気付く。
私、だいぶだらしない格好しちゃってる。
テキトーなパンツにテキトーなシャツ。
これは、その、いや仕方無いんだけど、良くない。良くない。
「じゃあ、少しお邪魔するな。ごめんくださーい――」
顔を出したお母さんも慣れたようににこやかな笑顔を浮かべる。
ふと気付いたようにプロデューサーの顔と私の顔を見比べると、ニヤリと笑ってプロデューサーを奥へ招いた。
「……」
何故だろう。とても嫌な予感がする。
いや、それよりもまずは服だ。どうしようこれ。
もちろん着替えてくる事も出来るけど、出て来ていきなり私の服装が変わってたら変じゃないだろうか。
少なくともお母さんは絶対に何か言ってくると思う。よりにもよってあの人の目の前で。
「……よし」
似たような、でもちょっと良い服に着替えよう。
どうせあの人の事だ。細かい服装は覚えてないだろうし。
「ちょっと店番お願いね、ハナコ」
「……あんっ」
着替えるついでに少しだけ。
少しだけ、メイクもしてみよう。
別に、他意は無いけど。
全然無いけど、普段からの身嗜みは大事だと思う。
*
「――ありがとうございました。では失礼致します」
プロデューサーがお母さんに頭を下げた。
そして振り向く。
「あれ、凛。着替えたのか」
跳び上がらなかった自分を褒めてやりたいと思う。
今はそんな余裕なんて無いけど。
「う、うん。まぁね。汗かいちゃったからね」
「そうよねぇ。ぽかぽかでちょうど良いお天気だもんねぇ、凛ちゃん♪」
お母さん。お願いだから今だけ黙っていてほしい。
良い子にするから。店番ももっと手伝うから。
お願い、お母さん!
「凛」
「な、なに」
「……」
プロデューサーがお母さんの方を振り返る。
お母さんは実に良い笑顔で何度も何度も頷いた。
「ハナコの散歩、行くのか?」
「え? うん……良い天気、だし」
「俺もついて行ってもいいか」
――何言ったの。ねぇ。
――別にー? 何も言ってないないわよー?
渋谷家の間でのみ通じるアイサインを交わす。
お母さんの表情はどこ吹く風だ。
「……あー、お邪魔だったら別に」
「邪魔じゃないほら行こ」
「お、おい。ちょっと待てって凛。凛」
「凛ー? リード忘れてるわよー?」
お母さんの手からリードを引ったくる。
両手にハナコとプロデューサーを抱えて、私は快晴の街に駆け出した。
*
「……」
「……」
未だ私達の間に会話は無い。
お互い何か言い出そうとして、相手の顔を見ては口を閉ざす。
その繰り返し。
「……」
「……」
な、何を話せばいいんだろう。
こんな時に加蓮や奈緒が居てくれたら。
……いや。
こんな時に卯月や未央が居てくれたら。
「……なぁ、凛」
「へっ!? あ、うん、どうかした?」
「何と言うか……そんなに嬉しそうでもないな」
「そんな事無いよ。その、私、凄く嬉しいんだけど、上手く言葉に出来なくて」
「え?」
「えっ」
「いや……ハナコの話な。俺が一緒だと喜ぶとか昨日言ってたから」
……。
「うん。知ってたよ」
「そうか」
今すぐ膝を抱えてうずくまりたい。
いや、確かにプロデューサーが一緒だと凄く喜ぶとは言った。狙って言った。
誰が喜ぶとは敢えて言わなかった。
自分でもかなり上手い事言えたと思う。
だからカウンターの威力が凄い。ここから消えたい。
「凛」
「……うん。何?」
「喉、乾いてないか?」
「……」
正直、今までの人生で一番乾いてる。
プロデューサーのせいで。
「……うん」
「カフェでも入らないか」
「え……でも、今はハナコも居るし」
「ペットと一緒に席へ着ける店があるんだ、近くに」
「へぇ……知らなかった」
プロデューサーがハナコの頭を撫でる。
そういえば最近私の頭は撫でない。
ズルいと思う。
「調べたの?」
「ん?」
「そのお店。調べてくれたの?」
「……」
「……」
「……いや、誰かから聞いたんだ。誰だったかな」
「……そっか」
それからお店に着くまで、私達の間に会話は無かった。
*
「……」
「……」
「わんっ」
ハナコはプロデューサーの膝の上で上機嫌だ。
少しの間でいいから私と代わってほしい。
ほら、このラテ美味しいから。
「良い天気だね」
「そうだな。散歩日和ってやつだ」
「うん」
「……」
「……」
「プロデューサー」
「ん」
「これ……デート、だよね」
掌の中のカップ。
まだ熱々のラテの表面を見ながら言った。
プロデューサーの顔は見られなかったから。
「――いや、デートじゃない」
「……」
「ご両親に凛の活動報告を伝えるついでに凛の……ええと」
「……」
「そう。凛の最近の話を聞いてケアする為の、そういうやつだ」
「最近の話、してないよね」
「……」
「……」
「わふっ」
プロデューサーの表情が分からない。
ラテに映る私の顔は、微かに震えに滲んでやっぱり分からなかった。
「凛」
「うん」
「その、俺はな」
「うん」
「……」
「……」
いつまでも俯いてるのは良くないな、と思った。
だから私は顔を上げた。
プロデューサーは少し困ったような笑顔を浮かべていて。
「プロデューサー」
「……ああ」
「デートしてくれて、ありがとうね」
少し困ったような笑顔が、普段見せないような驚きに変わった。
そんなに変な事、言っちゃったかな。
「凛」
「うん」
「その……今の凛な。凄く、綺麗だった」
「……」
――そういう言葉は、散歩じゃなくてデートの時に言ってほしいな。
そんな意地悪を言ってやろうかどうか迷って、私はまだまだ冷めないラテを啜った。
*
「凛」
「ん、どうしたの?」
「どうも近くにドッグランがあるらしいんだ」
タブレットの画面を私に見せる。
アクセスマップを見てみると、なるほど私の家からもそう遠くないみたいだ。
「へぇ、調べてみると色々あるんだね」
「ああ。それでだな」
「うん」
「散歩で……散歩でな。ここ、行ってみるといいんじゃないか」
「……」
「……」
プロデューサーの顔を見る。
――凛ってすぐプロデューサーの事じっと見るよね。犬みたい。
いつかの加蓮の言葉が頭をよぎって、頭を振って追い払った。
「うん。行ってみようかな、散歩で」
「俺も行ってみたいと思ってたんだ。犬、けっこう好きでな」
「じゃあ、一緒に来る? 散歩」
「そうだな。散歩、けっこう好きでな」
「――へぇ、ドッグランかぁ。私も前々から行ってみたいと思ってたんだよね、奈緒」
「いやあたしに言われても知らん」
ソファーの背後から加蓮と奈緒が顔を出した。
「私達もけっこう散歩好きなんだよねー、奈緒」
「いや知らん」
「可愛い仔犬、もふもふしたくない?」
「……」
「決まりだね」
加蓮が上機嫌に鼻歌を歌い始めた。
輝く世界の魔法だった。
加蓮。
「……あのさ、ただの散歩だから。そんなに楽しいかは分からないよ?」
「うんうん、ただのお散歩だよね。お散歩デートとかじゃなくってね」
「……」
「凛と一緒なら、きっとお散歩も楽しいよ。ね、Pさん?」
「……そうだな」
奈緒は公式サイトの犬たちの写真を熱心に眺めて。
加蓮はステップを上機嫌に踏み始めた。
「あー……凛」
「……なに?」
「……ごめんな」
そして私は、こっそりと囁かれた途端に嬉しくなった。
けれど。
けれど、だ。
「近くにショッピングモールもあるんだー。ね、ついでに寄ってかない?」
「へー……犬の記念グッズもか。へー……けっこう可愛いじゃん」
「ね、奈緒。奈緒も可愛い服いっぱい着たいよね?」
「うん、そうだな……可愛いな……」
「よし言質は取ったからね。逃がさないからね」
困ったように笑うプロデューサーの横で。
奈緒と加蓮がそれは楽しそうな顔をして。
「……」
それを眺める私の表情は、鏡なんて見なくったって分かるから。
「凛」
「……」
「……『散歩』は、また今度……な?」
「……うん」
――やっぱり私は、デートがしたい。
渋谷凛「プロデューサー、構って」 モバP「ん?」
を書いた人かな?
>>35
今回に限り過去作を載せない自分ルールを課してるんだけれども
最後のレスの署名でどうか納得してほしい
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