モバP「ゆかりに嫌われてる気がする…」 (11)

水本ゆかりさんが気付くだけのおはなし

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1.

最初は、お茶を飲む動作でした。

いつしか仕事帰りに寄った、人目の少ない喫茶店。
あの、三毛猫が店内を歩き回っているお店です。

『手つきが優雅っていうか、さ。流石、って感じだなあ』
私がアールグレイを一口含んだとき、Pさんはそう言いましたよね。

はい。なんでもない、一言。
そのはずでした。

あの時は、実際にそうでした。
ティーカップを持っただけで褒めて頂いて、少し驚きはしましたけど。
「ありがとうございます」と答えて、それだけ。

その、はずでした。

2.
私、悪い癖があるんです。

レッスンでも、よく言われます。
『水本は一つ指摘すると、そればっかり気にして他が疎かになる』って。

よく言えば、間違いを改めることに熱心。
悪く言えば、意識過剰。
トレーナーさんは、そう言っていました。

本当に、その通りで。
昔からクセや間違いを指摘されたり、褒めて貰ったりすると、気になって仕方なくなってしまうんです。

心が囚われてしまう、と言うのでしょうか。
これも、そういうことなのだと思います。


あ、いえ、ごめんなさい。
見られていたことが嫌だったわけではないです。

本当に。決して。

確かに、あの時からは一段と、自分の所作を意識するようにはなりました。
Pさんはしっかり私のことを見ているんだ、と思って。不作法は避けたいですから。

ただ、私が意識するようになってしまったのは、その。
自分の所作だけじゃなくて。


……「Pさんはどういう風にお茶を飲むのでしょう」って。

3.

外では、カップの中をじいっと見ながら。
事務所では、マグカップに顔を寄せるように啜って、余韻を楽しむように。

あと、営業車の中で、赤信号で止まったときにペットボトルのお茶を飲むときには、Pさんはキャップを最後まで締めたら、指先でボトルをとんとん、と二回、叩きますよね。
まるで、ペットボトルを労っているようで。
その、男性にこういうことを言うのは不躾かもしれませんが。

可愛い、と思ってました。

きっかけは、それだけだったと思います。
本当はもっと前からだったのかもしれません。

気が付いたら、Pさんがどういうやって物を持って、どういう字を書いて、どういう所作をして、どういうふうに言葉を発するのか。
そんなことばかり、気にしていました。

いえ、私が指導だなんて、そんな。
困ります。

あっ、そうではなくて、困るというのは、その。
私のせいで変えてしまうのは、勿体ない、というか。

……ごめんなさい。

上手く言葉にできません。

4.

……目が合うと私が視線を逸らすことが多かったから、ですよね。
私がPさんを嫌ってるんじゃないか、ってPさんが思われたのは。

……申し訳、ありません。

その、じろじろと見てしまうのは不躾なのはわかっていて、だから、つい。

ただ、こう言うしかないのですが。
私がPさんを嫌うだなんて、誓ってそんなことはありません。

本当、ですか?
……ふふ。よかった……。

5.

いえ、Pさんの挙動に別段、見ていておかしなところがあったりするわけではなくて。

ただ、眺めているのが好きなんです。

ダンスのレッスンでも言われるんです、人の身体が覚え込んでいる、意識しない挙動の一つ一つには、その人の育ちと成り立ちが映り込んでいる、って。
だからじいっと見ていると、Pさんの人柄の、いろんな面が、じんわりと伝わってくるようで、それがなんだかとても温かくて。
それが、とっても不思議な感覚で……こそばゆくて、そわそわして、でも細やかな所作の一つ一つが瞼の裏に焼き付いて、目を閉じるだけで、心が浮いてしまうんです。

ふふ、こうして言葉にしてみると、おかしいですね。

なんだか、まるで。


……まるで。

まるで…………


あ。


えっ、あ、えっ、えっ、あれ?

……あっ、なんでも、その、いえ、なんでもありません。
ごめんなさい、その、なんでもないんです。
私、その、ごめんなさい、こういうことに疎くて。

変、でしたよね。気を付けます。
なのでPさんも、その、あまり気になさらず、えっと、私もなるべくじろじろと見るのは避けますので、できればその、私が言っていたことも、なかったことに……
わ、笑わないでください、その、本当に、本当に何でもないんです、から。

おわり

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