八幡「四畳半神話大系」 (293)
四畳半神話大系+その他森見作品と俺ガイルのクロスになります。
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第一話 春は短し旅せよ青年
思い起こせば中学の三年間に実益のあることを行った記憶は全くと言っていいほど無かったと断言をする。
修学旅行や文化祭ではキャッキャッウフフな桃色空間を形成している、所謂リア充グループを尻目に黙々と作業や観光をして行き、全てを独りで居ることに費やした。
花も恥じらう乙女達に話しかけられてしまったら惚れてしまい、告白したあげく振られ、黒歴史を作る。
このルーチンワークをこなした結果、日々膨れ上がる劣等感と自尊心の海にごぼごぼと沈み込み、気が付けば誰もが到達することの不可能であった深度まで潜ってしまった。
こうなってしまっては誰にも掬い上げることは出来ず、自分とて最早何がしたいのかも分からないまま、自らの部屋で一つ次元の少ない人々の人生を見ることに逃げ込んだ。
ガガーリンの名言に、宇宙にも神は居なかったという言葉があるが、その時人類史上初の深度まで潜った俺はこう呟いていた。
二次元に神はいた。と
或は、高校生になれば、俺にだって黒髪の乙女との二人きりの桃色空間を形成する機会があるのではないかと妄想してみたりもした。
と、このように社会的に有意義足る人材になるための布石を尽くはずし、ダメ人間になるための打たなくていい布石を狙い済まして打ってきてしまった。
どうしてこうなった。
責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。
人間経験の積み重ねだというが、今の総決算がこの様なのか。
そもそも人は変われると言うが、三つ子の魂百までといって、この世に生を受け16年。この魂は凝り固まってしまい、変わることなどできなかった。
そして、俺はどうしようもない阿呆だった。
ここで、俺が劣等感と自尊心の海に溺れている時分に呟いた言葉を使うとしよう。
やはり俺の青春ラブコメは間違っている。
○
青春とは嘘であり、悪である。
高校デビューと言うのをご存じであろうか。
中学まで人の輪の中心人物なり得なかった人間が、知り合いの居ない新天地に向かう際、自分のキャラクターを一新して高校生活をより良いものにしていくという謂わば、旅の恥は書き捨ての高校版のことである。
私は諸事情により、その機会を無くし高校二年の現在に至る。
しかし、そんな私だから見えてくるものもある。
青春というのはなかなか嘘で塗り固められた物であり、自分を出しすぎても、出さなすぎてもするりと逃げてしまう、前髪しかない幸運の女神のようなものであるということ。
しかも、その真っ只中にいるときには気付かず、過ぎ去ってしまったあとにその幻影を懐かしむというものであるため、掴もうとしたらがむしゃらに手を振り回すしか他ない。
そんな光景は滑稽なことこの上ない。
一人でワルツでも踊って要るのならまだ許せる。しかしながら、彼等のそれはリオのカーニバルかくやである。
共有できないものを悪とし、さも楽しいかのように振る舞う事で周りに被害を広げていく。
その中で踊るように足掻いている者たちは気付かないかもしれないが、その隅っこに挟まって雨と埃だけ食べて辛うじて生きている私からしたら、その姿は滑稽であり、いささか見るに耐えない動きをしている。
つまり何が言いたいかと言うと、リア充爆発しろ。
○
「はぁ」
高校生活を振り返って、という文を提出し、生徒指導係である平塚静に呼び出しをくらい職員室にいる。
彼女はもの憂げな表情と共にため息をついた。
静「どうして君はこうも物事を穿った方向でしか捉えることが出来ないのかね。そんなんじゃさぞ生き辛いだろうに」
職員室へいきなり呼び出しをもらったとおもえば、何故か生きやすさについて同情をされてしまった。
下を向くその姿は、黒髪の乙女と言っても支障は無いだろう。いや、乙女というには少しあれがあれだが。
とにかく、タバコさえくわえて居なければ、可憐な女性であるのにも関わらず、アラウンドサーティーでも未だその生涯の伴侶の見つからない先生に心配までさせてしまった。
八幡「先生もその年で独身というのはさぞ生きづらいでしょうに」
静「ああ?」
ボソッと呟いた言葉を目敏く拾ってしまった先生は、般若のような顔をし、俺に鉄拳制裁を加えたあと少し涙ぐむ。
誰か早くもらってあげて。
静「とにかくだ、君は文中で高校デビューがどうのと書いてあるが、そもそも自分を変えるのに遅いも早いもないんだ。今からでも変えてみないか?比企谷」
何だ、この私と契約してリア充になってよ。みたいな謳い文句は。
八幡「先生。俺の中で高校生は、飛行機みたいなものなんですよ。一度自分の役割やキャラを設定したら自動操縦。ハンドルを切ることなど出来ないんです」
八幡「もし、マニュアルで操作した暁には、クラスや学年全体を巻き込む墜落事故を引き起こし、戦犯である俺は、お天道様の下での活動を諦めざる終えないまでありますよ」
お天道様の下での活動を諦めるって、闇の住人みたいですこし格好の良く、憧れる気もするが、要は引きこもりのことである。
はあ、ともう一度息を吐いた後、頭を軽く押さえながら先生は立ち上がる。
静「そういうと思ったよ。そんな末期の症状である君には、ある部活に入ってもらう」
有無を言わせずに、彼女は俺の首根っこを掴み引きずっていく。
市中引き回しの刑のような光景なのか、行きかう生徒は目をそらし、モーゼに対した海原のように動線は割れている。
どこかでドナドナを口ずさむ声まで聞こえてくる。
八幡「ちょ、待ってください。俺を食べても美味しくないですって」
静「私は、妖怪か何かか」
そんな掛け合いをしている内に、空き教室の一つと思われるところにつく。
ああ、これで俺も美味しくいただかれてしまうのだな。と他称腐った魚のような眼を更に濁らせる。
静「入るぞ」
俺を引きずったままガラガラと戸を開けると、そこには眉目秀麗才色兼備大和撫子完璧超人……といくら四字熟語を並べたところで説明のしようがない程の黒髪の乙女がいた。
いや、完璧超人だとネプチューンマンか。
「いきなり開けないで、ノックをしてください」
静「ああ、悪いな」
「それでどのようなご用件でしょうか」
静「それがだな―――」
当事者を置き去りにして話はとんとん拍子に進んでいく。
その当事者はどうしてたかって?
扉より前に進むことができず、口をあけて固まっていた。
静「何をしている。入ってこい」
八幡「ひ、ひゃい」
いきなり先生に促されたお陰で声が上ずってしまう。
雪乃「あなたが、比企谷君ね。不本意ながらあなたを奉仕部へと入部させることになってしまったわ。雪ノ下雪乃よ」
『初めまして、比企谷八幡です。これから迷惑をかけるかもしれませんがどうぞよろしく』
八幡「ひゃ……はい。よろしく」
『』の中が理想で「」の中が現実だ。
諸兄等は長ったらしい独白を読んでいるため忘れているのかもしれないが、俺は打つべき布石を打たず、打たなくてもよい布石を打ってきていた人間である。
よって、初対面の人とのコミュニケーション能力というものを期待するのは間違っている。
ともあれ、これが彼女とのファーストコンタクトであり、ベストコンタクトであった。が、これからそれを後悔するとは夢にも思わなかった。
○
蓋を開けてみれば、彼女は黒髪の乙女どころか黒髪の妖怪であった。
道行く人10人に聞いたら10人とも振り返ってしまうような容姿を持ちながら、実情を知っている者からすれば、10人に8人は鬼か妖怪の類と答えるであろう。残りの2人は姉か妖怪だ。
分かりづらい人のために少し実例を挙げる。
――――
八幡「ここ3日間ぐらいこうやって、ここに来ては本を読むだけの部になっているけど、一体何をする部活なんだ?」
活動内容を訪ねるのに3日もかかったのはご愛嬌と受け取って欲しい。
雪乃「お腹が減っている人には魚の取り方を、恋に悩んでいる人には恋文の技術を、目の腐っているあなたには良い眼科を、それが奉仕部の基本理念よ」
八幡「教えてもらわなくても、この目とは一生を添い遂げてくつもりだから安心してくれ」
雪乃「それは残念。目は口ほどにものを言うから、目を治せばあるいはと思ったのだけれど」
その夜は鏡で目を確認しながら独り涙ぐんだ。
――――
八幡「はあ」
雪乃「ため息をつかないでくれるかしら。聞いてるこっちが不愉快になるのだけれど」
八幡「あ、ああ、悪い」
雪乃「ついでに言うとそうやって謝る癖、やめた方が良いわ。負け犬根性が染み付いてるみたいで不愉快よ」
八幡「……すまん」
雪乃「……おちょくってるのかしら?」
そう言って睨む目があまりにも怖くて、帰り際少し泣いた。
――――
八幡「あのー」
雪乃「……」
八幡「あの、雪ノ下さん」
雪乃「あら、いたの?存在感がなさすぎて気づかなかったわ」
八幡「いや、ひどいって」
雪乃「一度、皮を剥いで、死海に潜ってみなさい。その存在感も、腐った目も少しはマシになるでしょうから」
八幡「今日もキレッキレな毒舌ありがとうございます。俺になんの恨みがあるんだ」
雪乃「いいえ、何もないわ。これはそうね……言うなれば、私なりの愛ってやつよ」
八幡「そんなトゲトゲして冷たい愛なんかいらん。もっとふわふわして暖かい愛が欲しいんだよ」
雪乃「うわ……」
八幡「泣くぞ。すぐ泣くぞ。ほら泣くぞ」
雪乃「確かに一回泣いて涙を出しきった方が良いかもしれないわね。もしかしたらあなたの中で、涙が消費期限切れで腐っているから、目も腐っているという可能性も有り得るわ」
八幡「えっ、そんなことないよね。えっマジで」
雪乃「冗談よ」
勿論その夜は枕を涙で濡らすのであった。
――――
一見して会話のキャッチボールが成立しているかのように思える。しかし、弾は鉄球。投げるのは室伏。
こんな状況では、桃色の空間とは呼べず、灰色の閉鎖空間まである。
余談だが雪ノ下の事は、絶対に許さないリスト(仮)と言う名の日記に記してある。
名前があれなのは、自尊心と劣等感に埋もれていた頃から使っている為であり、日記に仕掛けてある燃える罠は、その時読んでた本に影響されただけであって、断じて今も痛い子と言う訳ではない。
○
八幡「あれで、もう少しほわほわとしている感じの乙女であったならなあ」
「なになに、どうしたのお兄ちゃん? 乙女がどうのこうのとか言ってるけど、春でも来たの?」
リビングで寛ぎながらぼそぼそと呟いた一言に、妹の比企谷小町が目敏く食い付いてくる。
八幡「いや、春が来たかと思ったら、グリーンランド辺りにまで飛ばされてた」
事実、そりゃあ少しだけ期待をしてしまったさ。
可憐な乙女との2人だけの部活動なんて一見甘美な響きを持っているものに、高校生という殻を被った阿呆は誰だって期待をするはず。
小町「なにそれ。んーでも、乙女ならここにいるじゃん」
その場でくるっと回転して、小首を傾げながら上目遣いを使ってくる妹。
あざといけど確かに可愛い乙女だ。
妹でなかったら告白してフラれてるまである。
八幡「はいはい。そういうのは家族にやっても意味はないぞ」
小町「えー、この前お父さんにやったら、お小遣いくれたよ」
陥落するなよ親父。
小町「まあ、今のところは、お兄ちゃんとお父さん以外にはしないもん。 あれ、今の小町的にポイント高いくない?」
今のところとつけるところがこれまたあざとい。
暗に、何時かはそういう人ができますよと言っているような感じがして、ただならぬ不安を覚えてしまう。
八幡「もし、家族以外にやったらそいつを破滅させなきゃいけなくなるから気を付けろよ。今の八幡的にポイント高いくね」
小町「全然高いくないよ、ごみいちゃん」
はあ、と息を吐かれ、妹は隣で寛いでる猫のカマクラにちょっかいを出し始めた。
○
雪ノ下がどう思っているかは分からないが、今日も気まずい雰囲気の中、誰でもいいからこの空気をぶち壊してくれとせつに願っていると、控えめにノックがされた。
「失礼します。奉仕部ってここであっていますか、ってええ。ヒッキー」
日曜六時半からお茶の間に流れるような驚き方を見せた彼女。
容姿について雪ノ下と違うところは、おしとやかそうな美少女か活発そうな美少女かという違いだけで、雪ノ下雪乃に負けず劣らずの可憐な乙女であった。
それよりも、ヒッキーってなんだ。
もしかして幻のファイブマンよろしく、存在が無さすぎて学校に来ていないと思われている……つまりは引きこもり……よってヒッキー……
雪乃「合ってるわよ。それとその素っ頓狂な声は何」
「い、いえ何でもないです」
雪乃「さっそくだけど用件を聞きましょうか」
結衣「はい、えーと、私は由比ヶ浜結衣で、相談が……」
頭のなかで新しい等式を作っているのと、コミュニケーション能力を育てる機会のない部活に入ってしまったせいで、例のごとく話に入ることは出来ずに、二人のやり取りを見ているだけだった。
雪乃「聞いてた、腐り谷君」
最早、様式美となってしまったコミュニケーション能力不足によるステルス状態を掻い潜り、雪ノ下は暴言を吐く。
八幡「すまん聞いてなかった」
結衣「お礼したい人がいて、そのお礼にクッキーを作りたいんだけど、私料理が苦手で」
雪乃「そういうことだから、由比ヶ浜さんのクッキーづくりを手伝いに家庭科室まで行くわよ」
八幡「……うっす」
動きたくないと主張する可愛らしいあんよとお尻に、行かなければひどいことが待ち受けているだろうと説得し、むんずと立ち上がる。
○
端的に言おう。彼女の料理スキルは異常なほどなかった。
どこをどうすれば、クッキーの味が旨味と甘味以外で構成されるのかを、じっくりと、二人きりで、問いただしたいほどである。
雪乃「これは……絶望的ね」
結衣「うぅ、やっぱりそう思う?」
そこから数回、作っては食べ、作っては食べを繰返し
八幡「ああ、これなら、まあな」
雪乃「ええ、最初よりはまだ食べれると言っても良いわね」
ようやく一応は食べれるものになった。
それでも普通よりは劣っているといって良いだろうそれを、由比ヶ浜さんは不安げに見つめる。
結衣「でも、こんなので大丈夫かな。それに私才能ないのかも」
それは間違っている。大事なのは美味しさではなく、作った人間そのものと、その人の気持ちである。
花沢さんから貰っても複雑な気持ちだが、かおりちゃんから貰ったら嬉しい。
しかし、かおりちゃんからでも、釘を打ち込まれた藁人形だったら貰ったら嬉しくない。
所詮、磯野くん、いや野郎共なんてそんなもんだ。
勿論、一流と二流の間には才能の差というのもあるだろう。
それでも作り続ければ、店の物には及ばなくてもそれなりの物にはなるはずで、それを高々数回作っただけで才能云々いうことが間違っている。
八幡「なあ、1回だけ俺にクッキーを作らせてくれないか」
雪乃「いいけど、変なものでも入れてみなさい。コンクリートの暖かさを感じながら、冷たい海のなかを探検することになるわよ」
八幡「いれるわけ無いだろ」
よくもまあ、こんなに罵詈雑言のボキャブラリーがあるものだと関心すらしてしまう。
二人が出ていった後、わざと適当な分量でクッキーを作る。
○
八幡「そのままの感想を言ってくれ」
そう言って2人の目の前に、綺麗な形ではなく、でも一生懸命作りました感を出したクッキーを出す。
雪乃「ゴミの方が建設的と思うような味……かしら」
結衣「うーん、私もこれはちょっと」
一口食べた後、思っていた通りの回答が来て、頭のなかで何回もシュミレートした言葉をいう。
勿論、少し伏し目がちで視線を斜めにし、落胆したかのような表情で演出するのも忘れない。
八幡「……そっか、悪かったな。やっぱり初めて作ったけど結構難しいんだな。 捨てるから置いといてくれるとありがたい」
結衣「えっ、でもそれじゃあ、勿体ないって言うか」
雪乃「そう。なら捨てさせてもらうわ」
雪ノ下、予定と違うではないか。
そこは作ってくれた人の心を考えて捨てずに食べると言うのが人情じゃないのか。
この鬼、妖怪。
雪乃「何か文句でも」
八幡「いえ、ありません」
にっこりと笑う彼女の頭から角が生えているのは幻覚であろうか。
それとも本当に彼女は鬼や妖怪の類いだったか。
雪乃「由比ヶ浜さん。彼が言いたかったのは恐らく、作ってくれる人の気持ちがこもっていればある程度なら喜んで受け取ってくれるものだから心配しなくてもいいということなのよ」
結衣「そうなのかなあ」
八幡「その通りだけれども、なら、なぜ捨てようとした」
雪乃「貴方はそうされた方が喜ぶのではなくって」
八幡「そんな特殊な趣味は持ち合わせていない」
そんな趣味にさせたいのだったら、にこっと微笑みながらその場でクッキーをグシャグシャにするぐらいの事をしてくれなければ、目覚めないだろう。
雪乃「それにさっき貴女が言った才能がないなんて言葉は、やってもやっても高みに辿り着けない人が自分を慰めて諦めるためにある言葉であって、ただ数回作っただけでその入り口にも立っていない貴女が言うべき言葉じゃない。貴女の言葉は作っても上手くならないから面白くない、飽きてしまった。というのを誤魔化しているだけなのよ」
これは不味い。
こんなナイフの切れ味でマシンガンのような毒舌を吐かれたら、普通の人は心をぽっきりと折られ愛宕山に隠った挙げ句、自衛隊の皆様にお世話になるまであるだろう。
八幡「と、まああれだ。由比ヶ浜さんみたいな人から心のこもった手作りクッキーを頂けたら喜ばない男などいないから、そこら辺は安心しても大丈夫だ」
なんて紳士的対応だ。
流石はディフェンスに定評のある俺。自称だけれども
ここで爽やかな笑みを浮かべ、魍魎からの毒舌から守ってお近づきになり、行方は桃色の学園生活を謳歌していくという我ながら完璧な計画であったが
雪乃「その、気持ち悪い笑みを浮かべるのは辞めてちょうだい。阿呆が移るわ」
前言撤回。この人物がいる限り、俺の学園生活は桃色に染まることはないだろう。
結衣「うん、そっか……そっか、私頑張ってみるね。ありがとうゆきのん」
俺の精一杯の笑みを華麗に無視し、彼女は一人納得した様子だった。
まあ、伝わったのは何よりだが。
雪乃「え、ええ。それは良かったわ。でもその……ゆきのんというのは? それに私結構貴女を傷付ける様なことも言ったのだけれど」
結衣「そんな風に自分の意見をきちっと言えるのって格好いいなあっておもったの。ゆきのんは、ゆきのんだよ。……ダメかな」
雪乃「別にダメと言うわけでは無いのだけれど、なんだかこそばゆくって」
かの有名な鬼も乙女の上目遣いには弱かったようで、そこから彼女達の百合色の学園生活が始まったのだ。
俺もそこに混ぜていただければ、なおのことよしなのだが。
結衣「後、ヒッキーもありがとう。さっきの顔はちょっとあれだったけど」
なんのことはない。
その時、輝かしいその幻想がぶち壊された音を聴いただけだ。
○
奉仕部の活動は、ある時は不良少女の手助けをして、またある時はいたいけな小学生達を蜘蛛の子のように散らしていき、文化祭では悪役を担って大失敗で終わらないようにもした。
その合間に実は同胞であった大岡とその他の阿呆達との友情を紡ぎあげたり、巷で噂になっている恋の邪魔者と呼ばれる阿呆の小説を酷評したり、訳の解らん部活と闇のゲームを繰り広げたり……etc.とにかく雑多な内容だった。
これを見ると何とも言い難い戦績と阿呆っぷりである。
傍目から見れば毎回、俺が阿呆なことをし、それを雪ノ下が助け、由比ヶ浜が場を持たせるという役割が定着しているように思われるが、その実色々なことを考え暗躍しているのは俺だった。
お金の無い不良少女には俺の使っている〈印刷所〉と錬金術を教え、いたいけな小学生を散らした後は、一人一人菓子を持ってきちんと紳士的に謝りにいった。
文化祭終了後は人知れず隠れる術も完璧にした。
そんな苦労もいざ知れず、奉仕部が一つ問題を解決するごとに、俺と彼女達の関係はギスギスとし始め、百合色のキャッキャウフフな空間が形成される。
○
こんなギスギスと錆びた歯車のような音が流れる部活にしてしまった責任者は誰だ。責任者を出せと声をあげたところで出てくるのは、雪ノ下の姉である雪ノ下陽乃や、まだ見ぬ雪ノ下母等の強敵であるだろうからそれは言えない。
それというのも、高校一年の入学式当日に犬の命と引き換えに高校デビューの機会を失った俺だが、俺が助けた犬が由比ヶ浜の犬で、俺を轢いた車が雪ノ下を乗せた車だったことに他ならない。
この事実を知らなければ、もしかしたら彼女達ともまだ上手くやっていけたかもしれない。
取り敢えずここまで
書きためがある程度いったらまた来ます。
読みづらい等あったら教えてください。
私がこのssを書くにあたり、資料として四畳半神話大系のアニメを見返していた時である。
ジョニーが出てきたとき私は戦慄した。
これは材木座ではないか。
私の右手が夜な夜な材木座と戯れている恐ろしい幻覚が脳裏に浮かび、私は思わずテレビの電源を切った。
始めます。
○
ギスギスを通り越して冷戦状態を迎える切っ掛けとなったのは、修学旅行の件だろう。
戸部なる阿呆の先端を走る男が京都の修学旅行で意中の女性に告白したいという依頼をしてきたことや、その乙女の依頼?を達成する為、その他諸々の空気を保つ為に、なんやかんやあり渦中の女性に告白をした。
余談だが、その乙女に告白をした場所は竹林の道といい、京都の嵐山駅から渡月橋を渡り途中の交差点を左に曲がり少し歩いた所にある。
ライトアップされたその場所と彼女達はよく似合っていた。
どれくらい似合うというと、将来は高等遊民か専業主婦以外になるとしたら、竹林をにょきにょきと植え世界中が美女と竹林で溢れ変えるような仕事をしようと思わせるぐらい。
そこに浴衣なんて着て来られた日には、一生懸命働いて養ってしまおうとするまである。
つまり、美女と竹林と浴衣は、部屋とワイシャツと私に匹敵するぐらい素晴らしいものかもしれないと言うことを知った。
まあ、それは置いといて、その一件について雪ノ下からは
「貴方の自分を犠牲にして解決しようとするやり方、正直言って嫌いだわ」
と軽蔑され、由比ヶ浜からは
「ヒッキーだけが損するのはやっぱり可笑しいよ」
と怒られた。
仕方ないではないか。今まで誰とも関わることのできなかった人間がどうして人間関係の問題を円滑に解決することが出来るのだろうか。
俺が解決できるものといったら文系の問題だけで。
そんな、ただのぼっちが何かを成すには、何かを犠牲にしなきゃならない。
等価交換だ。って某錬金術だって言ってたじゃないか。
なら、助けてくれよ。軽蔑するだけじゃなくって、哀れむだけじゃなくって、奉仕部なんだろ。
結局、この叫びは誰の耳にも届かないまま、今でも自分の中で消化不良を起こしたように漂っている。
○
その後、生徒会選挙についての依頼が着て、一悶着あり依頼を取り下げたはいいけれど、何かを決定的に掛け違えてしまったようで、彼女達との仲に38度線が引かれてしまったようだった。
由比ヶ浜が来る前の最悪だと思われた居心地より居づらく感じてしまう、冬のある日。
というより祭りの当日、俺はとある噂を頼りに屋台のラーメン屋を目指していた。
何でもその屋台では猫で出汁を取っているという。
真偽のほどは定かではないがその味は無類らしい。
いつしか俺は猫ラーメンとも言われている屋台を探しにふらふらと夜の街へ抜け出し散策するのが日課となっていた。
猫を出汁にするのはとても気が引けるが、食欲と探求心には勝てなかったよ。
さらに言えば、愛しき妹の小町は
小町「今日は友達とお祭りに行ってくるから晩御飯は自分でなんとかしてね。でもお兄ちゃんも雪ノ下さん達とお祭りに行くのかな。じゃあお土産はいらないから、お話聞かせてね。今の小町的にポイント高い」
とのたまい出ていってしまった。
ちなみに彼女たちからは、勿論声もかかっていない
そんな状況で部屋にあるのは2日前に何故かモジモジしながらもってきてくれた、由比ヶ浜産のクッキーと常時置いてあるマッ缶のみである。
今日こそはと意気揚揚に噂のあった高架下へ向かうと、ぽつりと佇む屋台を見つけた。
先客がいたが気にせずに三席ほど離れて座り、ラーメンを注文すると隣から、比企谷ぁ比企谷ぁと何やら声がする。
ちらりとの覗き見るとぐでんぐでんに酔っぱらった平塚先生の姿があった。
八幡「うわっ、出た」
静「お前はそうやっていつも私を妖怪扱いして楽しいのかぁ」
八幡「そういうつもりじゃないんですが、タイミングというかなんというか。というよりどうしたんですか祭り当日だってのに、こんなに酔っぱらって」
静「合コンで、合コンで……うわああああ」
>>そっとしておこう
>俺でよかったら付き合いますよ。
即座にそっとしておこうを選んだ俺だが、意に反さずに平塚先生は絡んでくる。
その内容は多岐にわたり、女性という生き物はから始まり、彼女の小学校時代の甘い初恋にまで及んだ。
噂通り絶品であった猫ラーメンを食べ終わった後もずっとしゃべり続ける彼女を抑え、屋台を出るころにはなぜか説教へと変わっていった。
静「比企谷、お前はもう少し自分というものを大事にすることは出来ないのか」
八幡「俺は自分が一番大事だと思っていますけど」
静「いいや、違うな。いつも奉仕部に依頼される問題は君が傷つくことによって解消されている」
それは仕方ないじゃないか、コミュニケーション能力の圧倒的不足や状況を鑑みて最善を取っているだけなのだから。
静「そんな君が、自分の事を一番大事に思っていると言ったところで、説得力は無いな」
八幡「……前向きに検討しておきます」
静「君が傷つくと悲しむ者がいることを忘れるなよ。私だってその一人だ」
本当に何故この人にいい男性が現れないか不思議でしょうがない。
八幡「先生が奉仕部へと連れてきてくれなかったら、もっと違う人生があったのかもしれませんね」
静「それは無理だ。君が道を踏み外そうとしてもいくらでも私は日の当たる道に戻してやる。全力を尽くしてな」
公衆灰皿に吸い殻を入れながら彼女は言う。
その言葉がやけにむず痒く感じ、何かを言わなくてはいけないという気持ちになる。
八幡「良く、自分探しって言って旅に出る人がいるでしょう?」
静「そういうやつもいるとは思うが、それがどうかしたか」
八幡「旅したからって自分がどこにあるか、何てわからないと思うんですよね。別にルーブルで恭しく展示されてる訳でもないし、月の裏側にあるわけでもない」
八幡「だからといって、そこら辺の道端に落ちてるものでもないし、行き付けのコンビニなんかでも売られていないと思うんですよ」
八幡「で、旅から帰って自分の部屋を見たら転がってたりする」
静「それで、君はどうしたい?」
自分でも言いたいことが混乱してきた時に、優しい声色でまるで教師のように彼女は語りかける。
いや、そういえば彼女は教師だったな。
静「君のいう通り、自分自身なんて結局そんなもんだったりするさ」
静「旅は病気と同じだよ。無くなって初めて日常の有り難みを感じることのできる手段なのだからな」
そう、人は自分の力でそうそう変われるものではない。
だから、ここに連れてきてくれた彼女に感謝と少しの恨みを持つのだ。
言い回しが回り口説くなったが、今はこれが精一杯。
静「君の言いたい事は大体分かった」
彼女は二箱目の煙草を取りだし、火をつける。
静「まあ、春は短し旅せよ青年。桜は速く枯れてしまうぞ」
彼女の吐く煙が空へと吸い込まれていく。
八幡「……どうして、そこまでして俺のことを気に掛けてくれるんですか」
そういうと彼女は笑いながら小指を立てた。
静「私達は運命の糸で結ばれているんだ。それに……」
一呼吸おいて、満面の笑みで答える
静「私なりの愛だよ。愛」
この破壊力は不味い。生徒と先生のアバンチュールに走りそうまである。
が、相手は酒臭い、相手は酔っぱらい、相手はアラサー、相手は教師
よし、なんとか大丈夫。
静「……すまん。酔ってるみたいだ」
八幡「知ってます。それにそんな重い物要らないですよ。先生」
静「ぐはっ」
がくりと崩れた後、彼女はコンビニでお酒を買いヤケ酒だとばかりに飲み干す。
そのまま、2人でぶらぶらと歩いているが、心なしか先生がくっついて来るように感じる。
八幡「というか近いですよ先生」
静「だって寂しいんだもの。それに夜風が冷たいの」
八幡「この、さびしがりやさん」
静「きゃ」
と、こんな会話をしても彼女に惹かれないぐらいに回復した俺は、いい気分になった先生と共に祭りの雰囲気を感じる公園を横切る。
そこで、占いという何とも怪しげな看板を掲げた露店を見つけた。
静「比企谷、ちょっと寄ってみよう」
酔っぱらった彼女に怖いものはなく、イチャイチャとするカップルにフシャーと威嚇しながら白い布を掛けた台を前にしている人のところへと向う。
何やら妖気をまとわせ、無駄に説得力がありそうな場所だった。
フードで顔を見ることは出来ないが、こんな妖気を無料で垂れ流している人物の占いが当たらないわけない。
きっとフードは俺の欲する薔薇色のスクールライフへの道を客観的に指し示してくれるに違いない。と妖気に吸い込まれるように足を踏み出した。
「あなたはどうやら真面目で才能もおありのようです」
フードの慧眼に脱帽した。
「しかし、このままではあなたは伴侶に巡り合えず、結果、イニシャルがY・ZかS・Tの男性と将来過ごすことになりましょう。ぐ腐腐」
笑いかたが特徴的なその占い師はよりにもよって、野郎のみで歩んでいくという訳のわからない未来を予言した。
八幡「そんなことってあんまりじゃないですか」
「その未来を変えたぐば、好機を逃さないことです」
八幡「好機?」
「キーホルダーと首輪です。それが好機の印、好機がやってきたら逃さない事。その好機がやってきたら、漫然と同じことをしていては駄目です。思い切って、今までと全く違うやり方で、それを捕まえてごらんなさい」
キーホルダーと首輪に心当たりを求めようとするが、あと一歩のところで思い出せないもどかしさを感じる。
しかし、隣で聞いていた彼女によってその考えは隅へと追いやられた。
静「私は、私の、私の好機の印とやらはいったい何なのだ」
「先程逃したようですね。もうありませんよ、独りです」
静「ぐはっ」
本日二度目の崩れ落ちは、それはそれは見事なorzを描いていた。
「良いですか、キーホルダーと首輪です。好機はそこにございます。努々お忘れなきよう」
野口さんを召喚しその場を去ると、隣から何やら声がする。
静「ふふっ、ははっ、フゥァーハハハッ。いいじゃないか独身だって……合コンに失敗したっていいじゃないか!!」
白衣をバサァとしながら高笑いをする彼女は、紛れもなき狂気のマッドサイエンティストのそれだ。
静「ええじゃないか、ええじゃないか」
ええじゃないか、ええじゃないかと壊れかけのRadioのように叫びながら彼女は祭りの人混みまで行脚していく。
さっきまで俺に諭していた大人は何処へ行ってしまったのか。
成る程、独身な訳だ。
八幡「何、阿呆なこと言ってるんですか先生」
静「煩いぞ比企谷。ええじゃないか、ええじゃないか。ほらお前もやれ」
仕事帰りのサラリーマンや祭りに来ていた学生らしき人がびくりとこちらを見るがお構い無し。
そんな彼女の叫ぶ姿を見ているとなぜだか哀しくてしょうがなくなってくる。
しかし、一応大恩ある先生、見捨てるわけにはいかない。
ならばこちらもと自棄になり、溜め息をついた後ええじゃないかと叫び出す。
八幡「くそっ、ええじゃないか、ええじゃないか、独りぼっちでもええじゃないか、ええじゃないか」
静「ええじゃないか、ええじゃないか、独身だってええじゃないか、ええじゃないか」
訳の分からない百姓一気を行う内、中々に愉快な気分になってくる。
何事かと集まってきた人に彼女は肩を組み、巻き込みながらええじゃないかと叫ぶ。
肩を組まれたサラリーマンが、万年平でもええじゃないか。と叫び出す。
祭りに来た人々が感化されたのか少しずつええじゃないかと叫ぶ人が増え、ちょっとした、ええじゃないかの大名行列のようになりながら一行は橋へと着く。
橋の向こうからは、大勢の集団が何やら気色ばんだ表情で何かを探すように彷徨っているが、橋に着き20分位たつと、何かを探していた集団をも取り込み、辺りはええじゃないかの声一色になり『ええじゃないか』他の音が聴こえなくなる『ええじゃないか』程の大合唱『ええじゃないか』になった。
なぜだか気分が晴れ『ええじゃないか』笑いながら川の方に目をやると、『ええじゃないか』泣きそうになっている由比ヶ浜と雪ノ下が『ええじゃないか』いた。
どうやら、この騒ぎに巻き込まれてしまったようだ。
声を聞くことは出来ないが、由比ヶ浜を守るようにして立つ雪ノ下は良い訳無いじゃない。と言っているように見える。
冷戦状態でも流石に何ヵ月もいる仲で放っておくことも出来ず、隣にいる平塚先生に声をかける。
八幡「ちょっと、『ええじゃないか』先生」
静「『ええじゃないか』何だ」
八幡「あそこに『ええじゃないか』下と『ええじゃないか』ヶ浜が」
静「え、なんだって」
精一杯声を張り上げるが、全く聞こえていない平塚先生をおいて、人混みのなかを掻き分けていく。
そうこうしているうちに、彼女たちは橋の隅へと追いやられ、顔は今にも泣きそうに歪み、強く押されたら落ちてしまうのではないかと思われるところにまで来ていた。
彼女達が泣きそうになっているのに、回りの阿呆共の能天気な声で楽しそうにしているのを見ていると、何故か苛立ちが高まってきた。
八幡「『ええじゃないか』お前ら、なにがええじゃないかだ。ええわけないだろ『ええじゃないか』どけって」
叫んで押し退けて、叫んで押し退けてやっとたどり着く。
八幡「大丈夫かお前ら」
結衣「ヒッキーなんでここに」
八幡「いや、まあ、そんなことはええじゃないか」
雪乃「どうせまたあなたが阿呆なことでもしたんでしょう」
その通り。
それにしたって、さっきまで泣きそうな顔をして居たのに俺が来ただけで何時もの表情に戻るのは信用されているのか心底あきれられてるのか分からなくなる。
静「やっと追い付いた。って、雪ノ下に、由比ヶ浜じゃないか。こんなところでどうした」
結衣「先生こそ追い付いたって、ヒッキーとデートでもしてたんですか」
ぎらりと由比ヶ浜が先生を睨む。
先生は、酔っぱらった赤い顔をさらに赤くして俯いていた。
八幡「いや、先生。否定してくださいよ」
雪乃「早く通報しなきゃ」
と携帯を取り出す雪ノ下。
少し冷静になったのか、先生は顔が赤いままだがさっきよりは顔を引き締めいう。
静「偶々、猫ラーメンで会ってその帰りだ」
雪乃「そうですか。猫ラーメンに行ってたのですね?」
彼女の全てを凍らせるような視線がこちらを刺してくるが、何のこっちゃわからないこっちは所在なさげに手を頭に回すしかない。
八幡「こんなとこで話さなくても良いだろう。取り敢えず早くここから離れるぞ」
と言ったとたんにどこからか
「いたぞ、こっちだ」
と誰かが叫び、その声に向かうかのように人が動き先ほどよりも揉みくちゃにされた。
どこの馬の骨とも知れない奴が雪ノ下にドンとぶつかり、彼女が寄り掛かっていた欄干が悲鳴を上げる。
八幡「くそっ」
無意識のうちに雪ノ下の手を引き、場所を交換した。欄干の外に投げ出された俺が最後に見たのは三様の驚いた顔と大量の紙吹雪だった。
何か叫んではいるが、『ええじゃないか』に押し潰され聞くことは叶わなかった。
○
少しの走馬灯を見る。
まだ俺と奉仕部の関係がギスギスと音を立てる前の話である。
それは由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買いに雪ノ下と二人でららぽーとに向かったときの事。
何時ものように、北極点の氷のごとく冷たく固かったが乙女と2人でどこかに出掛けるなど妹以外では初めてだったのでやけにふわふわした気分になった。
名目上は友達にプレゼントをあげたことがないから、プレゼントの選び方がわからない。
というものだったが、それをいったら俺だって友達にプレゼントを渡したことがない。
それどころか友達すらいない。
それでも、プレゼントに参考書を選ぼうとしたのを止めれたことは、俺がいることでも少しは役に立ったという証拠かもしれない。
一緒に買い物をする事で少しは気を許してくれたのか、何時も纏わせている空気が柔らかくなっている気もして、ふとショーケースに映った顔をみたら、にやけていて気持ち悪い自分の顔が見えた。
それが恥ずかしくて、背筋を伸ばし顔に力を入れたが、彼女はそれどころではなかったらしい。
白いスカーフを巻いたパンさんのキーホルダーの入ったクレーンゲームを発見したとき、彼女は挙動不審ともとれるぐらいそわそわしていた。
八幡「これ欲しいのか」
どっからどう見てもそれが欲しいです。って表情をしているけど、あくまで紳士的な対応を心掛け訪ねる。
雪乃「ちがうの、これは、その」
歯切れの悪い彼女のに業を煮やし、いざパンさんのキーホルダーを取ろうとお金を入れた所までは良かったが、あれよあれよと言う間に樋口さんまで飛んでいくことになってしまった。
八幡「あー、悪い。取れなかった」
雪乃「別に私は欲しいなんて一言も言っていないのだけれど。全く貴方は阿呆なことをするのね」
横顔が残念さを物語っていたが、こっちを向いた彼女は少し笑っていた。
八幡「お前にあげる為じゃなくて、ただ単にとれない悔しさからここまでやっちまったんだ。まぁ、今日はプレゼント代が無くなるからやめるけど今度来るときは俺が悔しいから絶対に取ってやるよ」
雪乃「そう。なら期待しているわ」
てっきり、あなたと来ることなんて一生無いのだけれど、みたいな言葉を言われるのかと思っていただけに拍子抜けも良いところだ。
八幡「ああ、約束する」
でも、彼女の珍しい一面が見れたからよしとするか。
○
場面は変わり、由比ヶ浜の誕生日
俺は買った犬の首輪を渡すために彼女を呼び出した。
桃色の学園生活に未練があった俺は、何かあるのではないかと、期待を膨らませていた。
結衣「どしたの、ヒッキー」
八幡「まだ、きちっと誕生日を祝ってなかったなと思って。おめでとう由比ヶ浜」
結衣「うん。ありがとう」
八幡「それでだな、その」
プレゼントを渡そうとポケットに手を入れているが
結衣「ヒッキーはさ、今楽しい?」
と言う問いかけに渡すタイミングを逃してしまった。
八幡「そりゃあ思ってた高校生活とは違うな。もっとこうキャッキャウフフな感じでだな」
結衣「なにそれ、変なの」
八幡「雪ノ下にこき使われたりもするが、でも、最悪ではないと思う」
確かに彼女はきついところがある。
それこそ、俺が想像していた学園生活を根底から壊してしまうほどに。
それでも、ほんの少しだけ楽しんでいる自分がいるのも事実だった。
結衣「ゆきのんは少し愛情表現が苦手なだけなんだって、ああいう態度をとっちゃうのも全部あれは、ゆきのんなりの愛なんだよ」
八幡「そんな気色悪いもん、いらんわ」
結衣「ひどいなあ、もう。でも、私は奉仕部の活動は楽しいよ。ゆきのんや……ヒッキーもいるし」
渡すならばここしかない。自然にポケットからプレゼントを出すんだ。一歩さえ踏み出せば生活が変わるかもしれないのだから。
「由比ヶ浜」
「ヒッキー」
互いを呼ぶ声が重なり沈黙が流れる。
結衣「ヒッキーから、先に」
八幡「あ、ああ。あのな由比ヶ浜わた―――」
「けぷこんけぷこん。おーい我が朋友よ」
変な咳をしながら、こっちに向かって手を振る熊の妖怪により次の言葉を遮られる。
先に雪ノ下の内面が妖怪と言ったが、こいつ。材木座は容姿も内面も妖怪だ。
人の恋路を邪魔することに生き甲斐を感じ、他人の不幸で飯が三杯食べれる、特定外来種、恋の邪魔者、犯罪係数300オーバーの執行対象。
こいつは奉仕部に自作小説を持ち込んだりと神出鬼没に俺の前に現れる。
今日だって呼んでいなかったが、いつの間にかしれっと混じっていた。
材木座「八幡だけが幸せになっていいはずがなかろう」
ボソッと耳元で呟かれた言葉に戦慄を覚え、更に言えばそんな空気では無くなってしまったので、結局プレゼントを渡すことが出来ず別れた。
キーホルダーに首輪、一度はそれを手にして渡そうとしたはずだけど一歩が踏み出せずに、気が付けば霞のように俺の部屋から消えてしまっていた。
○
いつもと変わらない部室の中、何時もより雪ノ下がそわそわしている。
慣れてしまえば彼女は意外と分かりやすい。
結衣「どうしたの、ゆきのん」
雪乃「ねえ、由比ヶ浜さん猫ラーメンって知ってる?」
聞きなれた単語を雪ノ下がいうものだから少しビックリとする。
結衣「うーん、分からないな」
雪乃「そう。私も平塚先生が、呟いていたのを聴いただけだから聞き間違いなのかもしれないけれど、もし知っているのなら教えてほしいと思って」
この様子じゃ、ただ言葉として聴いただけで噂として知ってるわけでは無さそうだ。
他の人から真実を聞いて、まだ見ぬ猫ラーメンを廃業にさせてしまうよりかは、ある程度こちらで情報を教えた方が良いだろう。
八幡「それ聞いたことあるぞ」
雪乃「あなたは、何時から乙女の会話を盗み聞きするようになったのかしら」
八幡「いや、お前何時もよりそわそわしすぎ。声が大きすぎ。誰だって気付くわ」
結衣「それでヒッキー、猫ラーメンってどんなのなの? 私も聞いたことないんだけど」
八幡「ああ、何でも移動式の屋台で味は無類なんだとか。 ただ、食べたことあるって奴の話しは聞かないな」
猫ラーメンの猫は、猫カフェみたいな意味の猫ではないがそれは敢えて言わずにおく。
雪乃「そう、猫ラーメン。ねこ……」
顎に手をあて考え込む雪ノ下を見みながら、少し窓の外を眺める。
その途中で由比ヶ浜と目が合い、彼女は優しそうに微笑む。
結衣「ねえ、ゆきのん。今度さ、3人で探してみない?」
雪乃「何でこの男も一緒に、って言いたいところだけど、この中で一番情報を持ってるのも事実だし、2人で探すよりかは効率的になるかも知れないわね」
結衣「という訳で、ヒッキーも参加ね」
八幡「はあ、どうせ断っても強制参加だろ。なら断るだけ無駄だな」
結衣「溜め息吐かなくてもいいじゃん」
雪乃「由比ヶ浜さん。この男にそこまで求めるのは酷よ。むしろ断らなかったことを誉めてあげるぐらいしてあげないと」
八幡「いや、そんなダメな子じゃねーよ」
この会話全部が本物って訳ではない。
猫ラーメンの名前の由来も明かしてないし、雪ノ下が何で猫ラーメンを探してるかも明かしてない。
さっき言った断るだけ無駄、ってのもそんな理由をつけなくても多分俺は……
色んな事に言い訳をして、肉付けをしていって、偽物が増える。
それに気付けば、自分の気持ちすら本物かどうか分からなくなる。
それでも、夕暮れの教室で、逆光の中の彼女たちの微笑みに少しだけ本物を見た気がした。
○
「貴方の自分を犠牲にして解決しようとするやり方、正直言って嫌いだわ」
「ヒッキーだけが損するのはやっぱり可笑しいよ」
「君が傷つくと悲しむ者がいることを忘れるなよ。私だってその一人だ」
遠い昔に聞いたような言葉。
部活内の空気がギスギスしたって、何かを守りたかった。
自分を犠牲にしても、きっとそこにいたかったのかもしれない。
何を守りたかったのか、何故そこに居たかったのか。
この短い時間では、答えなど見つからなくて、ただボソッと本物が欲しいかったという声を残して落ちていく。
どうしてこうなってしまった。
流れ行く景色のなかで考える。
もし俺が奉仕部に入っていなければ、彼女たちではなく、違う乙女たちと戯れる機会が合ったのではないか。
俺が奉仕部に入ってしまったせいでこの部活も俺も彼女たちも歪になってしまったのではないか。
それとも、誰か一人に絞っていた方がよかったのか。
黒髪の乙女と言わず、由比ヶ浜でも平塚先生でも、そして雪ノ下でも……
確かに彼女達に惹かれた事があるのは否定しない。
この俺の優柔不断な態度がこの結末を引き起こしたならば、責任者は俺かもしれない。
今となっては、あの奉仕部での会話も懐かしい。
願わくば、高校生活をやり直せるように。と思いながら、俺は目をつぶった。
ここまで
書きため尽きたので予定は未定です。
疑問質問いちゃもんありましたら教えてください。
ss速報VIPで物を書くときは、オモチロイ小粋なジョークを交えながら始めるのがデキル紳士淑女のたしなみと聞きました。
しかしながら、私はひよこ豆にも満たない小さき身。
そのような気の効いた文の一つも書けずに始めてしまうのは心苦しくも、いつかは大器を持った大人になろうと決意をして、文を投下するのです。
始めます。
第二話 こうして恋の邪魔者は蜜月を向かえる
思い起こせば中学の三年間に実益のあることを行った記憶は全くと言っていいほど無かったと断言をする。
社会的に有意義足る人材になるための布石を尽くはずし、ダメ人間になるための打たなくてもいい布石を狙い済まして打ってきてしまった。
どうしてこうなってしまった。
責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。
人間、経験の積み重ねだというが、今の総決算がこの様なのであろうか。
そもそも人は変われると言うが、三つ子の魂百までといって、この世に生を受け16年。この魂は凝り固まってしまい、変えることはできないのではないのだろうか。
俺は気が付いたらどうしようもない阿呆になっていた。
ここで、俺が劣等感と自尊心の海に溺れている時分に呟いた言葉を使うとしよう。
やはり俺の青春ラブコメは間違っている
○
夕暮れ時、体に纏わりつく不快な湿気と、隣から発せられる不快な声を振り払うようにため息をつく。
八幡「はぁ」
材木座「どうしたというのだ八幡。幸せが逃げるぞ」
八幡「お前、本当に溜め息をつくと幸せが逃げるとでも思っているのか」
材木座「まさか、もしそれが本当ならば我は今頃行き交う乙女達の桃色吐息と幸せを片っ端から吸い込んで、総理大臣にでも成っているだろうな」
冒頭から通報ものの阿呆っぷりを発揮したのは、道行く10人のうち8人が妖怪と間違えるような容姿を持つ男、材木座義輝である。
ちなみに残りの道行く2人はきっと妖怪だ。
中二病で暑苦しく、他人の不幸で飯が三杯食べれるというおよそ誉められる所の無い、特定外来種、犯罪係数300オーバーの執行対象の存在。
なぜこんな男と2人で歩いているかと言うと、部活帰りだからというに他ならない。
○
俺と材木座の出会いは8ヶ月ほど前に遡る
高校一年の猛暑真っ只中、なぜか平塚という黒髪の教師に目をつけられ、健全な心は健全な肉体に宿ると俺はテニス部へと強制的に入部させられたのであった。
まあ、これも薔薇色のスクールライフを謳歌していく為であり、この部活でキャッキャウフフな展開になるのではないか、もしくは友達百人作るのも悪くないと期待もしていた。
しかし、現実は非情でこの中途半端な時期に入部をしたところで、俺は異質以外の何者ではなかった。
入学式後の悲劇の再来である。
この部活を通して、柔軟な社交性を身に付けようと思っていたがそもそも会話のなかにはいれない。
言葉のラリーどころか、先ず玉が見つからない。
柔軟な社交性を身に付ける前に、最低限の社交性を身に付けるべきであったと気付いたのはすでに手遅れになってからであり、部活内でも、教室でも俺の居場所は無くなっていた。
八幡「これは乗り越えられる試練なんだ。ほら、仁先生も言ってたじゃないか。神は乗り越えられる試練しか与えないと」
八幡「この逆光の中で立ち向かってこそ、黒髪の乙女との純金色の未来が待っているのだ」
そう自分に言い聞かせながらも、俺は挫けかけていた。
愛しき妹である小町の
小町「お兄ちゃん。ぶつぶつ呟いてて引くんだけど」
と言う言葉に心は完全に挫けた。
そして目を瞑って隅っこに挟まって、口だけ開けて雨と埃だけ食って辛うじて生きている状態の俺の傍らに、酷く縁起の悪そうな顔をした不気味な男がたっていた。
繊細な俺にだけ見える地獄からの使者か、又は雪山から遭難したイエティでも来たのではないかと最初は思った。
材木座「酷いことを言うではないか、我はお主の見方だ」
それが材木座とのファーストコンタクトであり、ワーストコンタクトであった。
どうやら奴も平塚先生に目をつけられ俺の1ヶ月後に入部させられたらしい。
○
部活内から総すかんを食らった俺だけれども、こちらも何も感じなかった訳ではない。
先ずこの部活の体制に腹が立った。
彼等はお飾りの顧問と1年生部長を据え、実質的な権力は副部長以下が握っていた。
部活中は真面目にしているが、部活後の彼等は言うも破廉恥、聞くも破廉恥な阿呆ばかりで見るに耐えない。
かといって、この部活をやめるという選択はしっぽを巻いて逃げ出す敗け犬になるのを認めるかのようで癪に障った。
そこで、俺と材木座がとった行動は実力をつけることだった。
そうすれば、部内でも一目を置かれる存在となり、発言力、ひいては社交性がぐんぐんとうなぎ登り、有明テニスの森よろしく幾面もある恋のコートを縦横無尽に駆け回り乙女たちとの熱いラリーを繰り広げられるに違いないと思ったのだ。
そう思っていた俺は、どうしようもない阿呆だったに違いない。
来る日も来る日も二人で黙々と練習に励み、元々この高校は弱小とも言えるテニス部だったということもあった事が幸いし、二年生になる頃、部活内の人間全員に1ゲームしか取られずに勝てるまで上達した。
周りの連中が真面目に部活動をしなかったからなのか、はたまた秘められた才能が開花したのかはわからないが、もし学校が違えば、お前はこの学校の柱になれと言われるまであろう実力をつけていったのは確かだ。
しかし、こちらが実力をつければつけるほど怪奇なことに、副部長達の破廉恥さが上がっていくようであった。
そして、俺と材木座は、一目置かれるどころか二十歩ぐらい遠巻きに見られるようになった。
他から見れば、実力のある人間をまとめあげているように見えるのであろうか、とにかく彼のカリスマ性はこちらの意図に反して上昇していく。
○
八幡「これじゃあピエロじゃないか」
部活後、つらつらと歩きながらMAXコーヒーを飲み世の不条理を訴える。
材木座「今頃気が付いたのか。もうお主の立ち位置は変わらない。ならばこれでいいではないか」
八幡「いいわけあるか。真っ直ぐに生きすぎたせいでこの有り様だ」
小町だけは誉めてくれるが、正直限界だった。
力をつける理由は、後ろめたいことでは本領を発揮できないと今更ながら気づいた。
愛する乙女のためだったらまた違ったのであろう。
小町は愛する乙女だが、兄妹なのでカウントはしない。
世の中も、青春もマッ缶ぐらい甘ければいいのに。
材木座「確かに、部長の権力は地に落ち、副部長がのさばっているこの状況は看過出来んわな」
八幡「しかし、ならどうすりゃいい」
ううん、と材木座が唸っていると、ここが地獄の一丁目かのように思えてくる。
何かを閃いたのか人指し指をピンと立て、彼は叫ぶ。
材木座「リア充死すべき、是非もなしっ」
八幡「お前は何をいっているんだ」
材木座「花火を打ち込もう」
八幡「いや、だからお前は何をいっているんだ」
ふふん、と鼻を鳴らし材木座は続ける。
材木座「今度の日曜日、他の学校との交流試合があるだろう」
八幡「ああ、それがどうした」
材木座「そのあと、他校を含め南房総の方の河原で大規模な宴会をやるらしい。そこを襲撃する」
八幡「交流試合の後って、俺それ誘われてないんだけど」
材木座「そんなのいつものことだろう」
よくもまあ、こんな非道なことを思い付く。
こいつを世にのさばらせておくのは、俺の精神衛生的な面でも日本政府的にも良くないに決まっているのに。
八幡「よし、やろう。すぐやろう。天誅だ、天誅を下すのだ」
材木座「しかし、その宴会には戸塚氏も参加するそうだがな」
基本的に部活外では路傍の石同然の扱いだが、一人だけ、気にかけてくれ、下らない話を出来る存在がいる。
それがテニス部のお飾り部長であり、大天使の戸塚だ。
彼は黒髪の乙女も裸足で逃げだす程の美貌を持つ程の美少年。
そして、俺を幾度も衆道へと導きかけた存在である。
ほわほわとしていて笑うと、あれ?ここはいつからここは花畑になったんだ。と思わせてしまうような繊細で華麗な雰囲気を持っていた。
神はなぜ彼を乙女として、生を受けさせなかったのか甚だ遺憾である。
八幡「ぬぐぐ、と、戸塚は関係ない。コレは俺達の戦いだ」
少しばかり心が動かされたが、飲み終わったマッ缶をゴミ箱へと突っ込み、歌舞伎役者もかくやと、見栄を切る。
材木座「その粋やよし」
そこでこの話は終わり、話題は学生らしく勉学の方へと向かう。
八幡「そう言えばお前、課題とかどうしてるんだ」
材木座「我はテニスばかりやって来たからな、その類いのものは全て〈印刷所〉へ任せている」
〈印刷所〉という秘密組織が学校にあって、そこに注文を出せば偽造ノートが手にはいる。
噂ではこの学校のOBが立ち上げたらしいが、組織の構成など詳細は闇のなかだ。
高校生活が始まってからは、自分の力で何とかしようと思っていた学問面だったが、一学期に渡された成績表は、実に見事な低空飛行をしていたた。
それを見るに見かねた材木座が〈印刷所〉の存在を俺に教えて、それ以降日々使っているのだ。
〈印刷所〉なる胡散臭い組織に理数科目はおんぶに抱っこでやって来たお陰で、今や俺は〈印刷所〉の助けがないと急場すら凌げない体になってしまった。
見も心も蝕まれてぼろぼろまである。
眠さが限界なのでここまで
明日の夜あたりに来れると思います。
遅れてしまって申し訳ない。
しかし、遅れたからといって文のクオリティが上がっているかと言われれば決してそのようなことはなく、むしろ怠惰な性格が文にも現れてしまっている可能性の方が大いにあり得る。
読者諸兄への申し訳ないという気持ちで文才が上がるというのなら、平身低頭書かせて頂くことも吝かではないが、そのような事もないので普通に始めさせてもらおう。
始めます。
○
決行の前日、俺は一度冷静になるために、夜の町へと繰り出した。
噂にすぎないが猫ラーメンという屋台があるらしい。
その屋台は猫の出汁を使ってラーメンを作っているらしく、味は無類だそうだ。
猫を飼っている身からしたら複雑な気持ちだが、好奇心と食欲には勝てなかったよ。
さらに言えば小町は何やら知り合いの相談を受けるだのと不在。
家にある食料は小町がくれた、原産地不明のクッキーらしき木炭のみである。
小町がくれたものと言っても、おいそれと手を出して良いのか分からず、いや、出したくない代物で仕方なく夜の町を徘徊するはめになったのだ。
今日こそはと意気込みながら、探し回っていたら橋の下にそれらしい屋台が見つかった。
先客がいたが、気にせず座りラーメンを注文すると隣から比企谷ぁ、比企谷ぁと言う声がする。
ちらりとの覗き見るとぐでんぐでんに酔っぱらった平塚先生の姿があった。
八幡「うわっ、出た」
平塚「お前はそうやって私を妖怪扱いして楽しいのかぁ」
八幡「そういうつもりじゃないんですが、タイミングというかなんというか。というよりどうしたんですかこんなに酔っぱらって」
平塚「合コンで、合コンで……うわああああ」
>そっとしておこう
>俺でよかったら付き合いますよ。
即座にそっとしておこうを選んだ俺だが、意に反さずに平塚先生は絡んでくる。
その内容は多岐にわたり、女性という生き物はから始まり、彼女の小学校時代の甘い初恋を経て、最終的には晩年の孤独死問題にまで及んだ。
噂通り絶品であった猫ラーメンを食べ終わった後もずっとしゃべり続ける彼女を抑え、屋台を出るころには、話題はなぜか俺の学生生活へと変わっていった。
平塚「顧問から聞いたぞ、比企谷。お前最近頑張っているそうじゃないか」
今週の日曜日には頑張った反動で爆発してしまいます。
とはいえず、
八幡「うっす」
と答えておいた。
平塚「私は、何か一つでも真剣に取り組む君や材木座が見たかった。テニス部に入れたかいがあったというものだ」
俺が腹の内で抱えている黒い感情に気付いていないのか、うんうんと満足そうに頷きながら彼女は続けた。
八幡「もし俺がテニス部に入っていなかったら、また違う未来になったんでしょうか」
平塚「それは無理だ。君が道を踏み外そうとしてもいくらでも私は日の当たる道に戻してやる。全力を尽くしてな」
八幡「……どうして、そこまでして俺のことを気に掛けてくれるんですか」
彼女は俺の言葉を聞いた後、一呼吸おき答える。
平塚「私なりの愛だよ。愛」
はーるのーこぼれびのなかでー
いつかどこかで聞いたような音楽が頭のなかで流れ出す。
この破壊力は不味い。生徒と先生のアバンチュールに走るまである。
が、相手は酒臭い、相手は酔っぱらい、相手は三十目前、相手は教師……
よし、大丈夫。
八幡「飲みすぎたんですか先生。それに、そんな重い物要らないです」
平塚「ぐはっ」
がくりと崩れた後、彼女はコンビニでお酒を買いヤケ酒だとばかりに飲み干す。
人通りの少ない公園に近づくと、占いという何とも怪しげな看板を掲げた露店を見つけた。
平塚「比企谷、ちょっと寄ってみよう」
何やら妖気をまとわせ、無駄に説得力がありそうな場所だった。
フードで顔を見ることは出来ないがこんな妖気を無料で垂れ流している人物の占いが当たらないわけないと考え、自然と俺の脚もそこに向かう。
「あなたはどうやら真面目で才能もおありのようです」
フードの慧眼に脱帽した。
「しかし、このままではあなたは伴侶に巡り合えず、結果、イニシャルがH・Hの男性と将来を過ごすことになりましょう。愚腐腐」
脱帽した後にいうのもなんだが、なぜに野郎なんだ。
自分の未来に戦々恐々としつつつ訪ねる。
八幡「そんなことってあんまりじゃないですか。何か救いは無いんですか」
「その未来を変えたくば、好機を逃さないことです」
八幡「好機?」
「光る玉です。それが好機の印、好機がやってきたら逃さない事。その好機がやってきたら、漫然と同じことをしていては駄目です。思い切って、今までと全く違うやり方で、それを捕まえてごらんなさい」
光る玉に心当たりを求めようとするが、全くもって記憶にない。あるとすれば7つ集めて龍を呼び出すあれぐらいであり、そんなものをもし集めることが出来るのなら眉目秀麗、才色兼備、完璧超人のような乙女とくんずほぐれつのスクールライフを繰り広げられるだろう。
いや、完璧超人はネプチューンマンではなかったか。
隣で聞いていた彼女によって下らない考えは隅へと追いやられる。
平塚「私は、私の、私の好機の印とやらはいったい何なのだ」
「もうありません。独りです」
平塚「ぐはっ」
本日二度目の崩れ落ちは、それはそれは見事なorzを描いていた。
「良いですか、光る玉です。好機はそこにございます。努々お忘れなきよう」
樋口さんを召喚しその場を去ると、隣から何やら声がする。
平塚「ふふっ、ははっ、フゥァーハハハッ。いいじゃないか独身だって……合コンに失敗したっいい……うっぷっ」
テンションが上がったのか大声を上げた反動で、先生はその場でうずくまった。
八幡「だから飲みすぎだって言ったんですよ」
背中をひとしきりさすった後、タクシーを呼んで先生を家へ帰した。
○
三時頃まで交流試合をしていたが、そのあとのことを考えると腸が煮えくり返るようだった。
俺が総武高の鬼神のごとき活躍で全勝を飾る。
すると彼らは、少しにやけているようにも見える顔で、そそくさと去って行った。
刻一刻と迫る復讐の刻限に思いを馳せる。もう自分をいぢめるのもお終いにしなきゃならないと思い始めた。
テニスに縋りつくことで、自分の現状を変えられるのではないかと思ったのだ。
でもそれは、結局なんにもならずむなしさだけが残った。
午後五時、ボケッと立ち尽くす俺のもとへ、材木座がやってきた。
材木座「さっき振り。あいかわらず腐った目をしているな」
それがこいつの第一声だった。
八幡「お前も、相変わらず妖怪と間違える容姿をしていてなによりだ。それよりも用意はできたか?」
材木座は手にぶら下げたビニール袋をかすかに揺らして見せた。青や緑や赤といった毒々しい色合いの筒がいっぱい飛び出していた。
八幡「よし、じゃあ行くか」
最初こそ足取りも軽く、意気揚揚と歩いて行ったが、足が進むにつれて先日平塚先生に会ったことを思い出し、俺の中の良心がむくむくと出てきた。
八幡「なあ、本当にやるのか」
材木座「お主、先日はあんなに乗り気ではなかったか。それに天誅なんだろう」
八幡「もちろん俺はそのつもりだけれども、他の者からしてみれば、ただの阿呆の所業だろ」
材木座「世間を気にして自分の信念を曲げるというのか。我が共に歩んできたのは、そんな人間ではないわ」
身振り手振りを交えて、奴の説教は続く。
これ以上ほっとくのも面倒なことになりそうなので、材木座の講釈を遮って言った。
八幡「わかった、わかった。やればいいんだろう。やってやるよ」
こいつの下劣な品性を軽蔑しながら、敢えて一歩を踏み出す。
○
俺らは木陰に隠れながら近づいた。青いシートを広げ、笑いながら戯れている彼らの姿がよく見える。
その中には、先の試合で、6-0でくだした人々もいる。
試合に勝って勝負に負けるという言葉が一瞬よぎるがぶんぶんと頭を振り邪念を払う。
そういうことでは無いはずだ。不埒な悪行三昧の無知蒙昧な彼らに鉄槌を下し、物事があるべき所に落ち着かせるのだろう。
ならばそれは勝負じゃなく、教えなのだから負けるとか勝つとかは無いはずで、それなのに、沸いてくるこの人恋しさはいかがせんというのか。
葛藤を繰り広げながらも外面に出す訳にはいかず、打ち上げ花火を並べているのをボーッと眺めている間、材木座は中二病御用達アイテム、単眼鏡を取り出し眺めている。
材木座「わらわらと集まっておる。まるで人がごみのようだ」
八幡「その中には戸塚もいるんだろう。戸塚は天使であってゴミではない、訂正しろ」
材木座「う、うむ。すまない」
八幡「しかしなんだな、よく戸塚もこんなしょうもないのに参加するよな。俺なら絶対に参加しないのに」
材木座からひったくった単眼鏡を覗くと、土手の上で笑いながらジュースを飲んでいる戸塚が見える。
もう今日は戸塚を眺めているだけでいいのではないか、とも思ったが他校の野郎が戸塚に絡んでいるのを見て、先程までの葛藤が嘘のように消え去り怒りに我を忘れた。
八幡「材木座、今すぐ戸塚の隣にいる阿呆野郎の顔面にぶち込むぞ」
材木座「それじゃあ、戸塚嬢にも当たってしまうではないか」
八幡「そんなもん戸塚への愛で玉が勝手に避けてくまである。今やらずしていつやるんだ」
材木座「お主は、そんな阿呆な能力持ってないだろう」
こうしている間にも、あの阿呆野郎の毒牙にいつ戸塚がかかるかわからない。
材木座「せめて副部長が来てからにしたらどうだ」
八幡「そういえば、なぜあいつがいない」
材木座「奴なら食材の調達に向かったはずだな」
八幡「構わん。あいつだけでも亡き者にしてやる」
しばらく押し問答が続いた。
確かに材木座の言うことも一理あると我慢をしていたが、許しがたいことに、いくら待っても副部長は来なかった。宴会場では皆が楽しげに騒いでいる。
材木座「こんなことなら、我もあっちに混ざればよかった」
と、訳のわからない供述を材木座が言い始めた。
八幡「お前だって呼ばれていなかったんだろう。そんな奴が参加したところで、あれこんな奴呼んだっけ。とか言われて変な空気になるのが落ちだぞ」
材木座「いや、実は我も誘われてたんだ」
八幡「なにおう、この裏切り者が」
他称腐った目で精一杯睨みつける。
材木座「そんなに怖い目で見ないでくれ」
材木座は俺に近づく。
八幡「お、おい、くっつくな」
材木座「だって寂しいじゃないか。それに夕風が冷たいの」
八幡「このさびしがりやさんが」
材木座「きゃ」
少し席をはずします
熊の妖怪と木陰で意味不明の寸劇をすることにもやがて虚しさを感じ、むしろその虚しさこそが俺たちの堪忍袋の緒を切った。
副部長の姿は見えないけれど、こうなれば仕方ない。
俺は宴会をしている群衆に向かって、大声を張り上げた。
八幡「やあやあ皆の衆。突然で悪いが、これから復讐を始めさせてもらう。くれぐれも目にはご注意」
材木座「腐った目をした者が言うと説得力が違うな」
八幡「ちゃちゃを入れるな」
大声で口上をして、宴会をやっている人々を睨み回した。ぽかんと阿呆のように口を開けた面々が、
「なんのこっちゃ」
というようにこちらを眺めている。
なんのこっちゃ分からなければ、分からせてやるまである。俺はいきり立った。
ふと、土手のてっぺんに座っている戸塚の姿が目に入った。
彼は
「あ」
「ほ」
とにっこり笑い、木の向こうに身を隠した。
戸塚が避難したとなれば遠慮する必要はない。
俺は配下の材木座に砲撃の命を下した。
○
ひとしきり花火を打ち終わった後、ぎゃあぎゃあと騒いでいる宴会場をしり目に、颯爽と逃げ出すつもりであったが、怒り狂う部員たちがこっちへ追ってきたので、俺は慌てた。
材木座「わっはっはっ、絶景かな絶景かな」
隣では材木座が未だにトリップしながら、花火の準備をしている。
八幡「逃げるぞ」
材木座「まだ花火が残っているではないか」
八幡「んなもん放っておけよ」
俺達は未だ手付かずの花火を投げ棄て、千葉の町へと駆けだす。
「よくもこんなしょうもないことをしてくれたな」
と後ろから副部長の声が聞こえる。
よりによって、しょうもないとは良く言ったものだ。
人に怒る前に先ずは自分の事を見つめ直した方がいい。
だが、それを説いたところで、少数派は多数派に飲み込まれるのが世の常、マイノリティの虚しさを抱えながら戦略的撤退を余儀なくされる。
すぐ隣で花火の弾ける音がする。
報復のために誰かが花火を打ち込んできたらしい。
あの体躯で逃げ足だけはいい材木座の背中を見ながら走り続けた。
○
その後、テニス部に戻ろうにも戻れず自主休部状態になってた俺と材木座は、半ば自棄になりテニス部内で赤い糸を切って切って切りまくった。
材木座好みの恋の修羅場が炎上するような環境にしたとき、俺らは黒いキューピッドとして部活内で有名になった。
その後、俺達の活動はワールドワイドにまでおよび
東に恋に悩む乙女がいれば、あんな奴は止めとけと囁き、
西に恋に悩む野郎がいれば、意中の女性に先に告白するという一見無駄なこともした。
南に恋の火花が散りかけていれば、ありったけのMAXコーヒーにて鎮火をしに行き、
北では、常に恋愛無用論を説いた。
つまりは、八つ当たりをして近辺を回った訳である。
その結果、恨みをもった彼等に追い回され、最終的には〈印刷所〉のメンバーらしき統率された人間達にアクアラインまで追いかけられるはめになり、成田山付近のまんが喫茶で息を潜め、夏休みを利用してほとぼりを冷ました。
その後テニス部に戻った俺達は、恋の邪魔者の名を欲しいままにしていた。
地の文を読んで頂いている奇特な諸兄等は知っていると思うが、俺は今まで打つべき布石を尽く外し、打たなくてよい布石を狙い澄まして打ってきていた人間である。
そんな人間に社交性をを期待することは甚だ疑問なのだが、材木座に会ってしまったお蔭で、間違った社交性と行動力を身に着けることに残念ながら成功してしまった。
よって、八面六臂の活躍をし、材木座と共に恋の邪魔者の不名誉な称号を得ることができたのだった。
この行為によって俺たちは多くの敵を作った。しかし、俺は負けなかった。負けることができなかった。
あの時負けていた方が、きっと俺もみんなも幸せになったに違いない。
材木座は幸せにならなくてもよい。
○
その日、サイゼリアへと繰り出したのは、材木座の提案だった。
材木座が、
「辛味チキンが食べたい」
と繰り返すので、俺の口の中も辛味チキンの口になってしまい、サイゼリア分を補充することに決めた。
ドリンクバーで砂糖をたっぷりと入れた特製コーヒーを作って飲んでいると、人を食べている喰種を目撃した捜査官のような目つきをした。
材木座「よくもまあ、そんな気色の悪い甘い飲み物、口にするな。底の方なんか砂糖でドロドロだぞ」
MAXコーヒーを馬鹿にされたみたいで腹が立ち、そのお返しに材木座の飲んでいたコーヒーにこれでもかと砂糖を入れてやった。
気が付けば、平塚先生と猫ラーメンを食べた帰りに会った占い師の言葉を思い出していた。
「光る玉なあ」
とひとり呟く。
材木座「なに一人でぶつぶつ言っているのだ」
材木座が聞いてくるが、無視して考えていると
材木座「どうせ成就しない恋の悩みでも考えているのであろう」
と低俗な決めつけ方をした。
材木座「不埒不埒」
壊れた時計のように繰り返し、思考を邪魔してくる。
俺が怒りに任せて特製コーヒーを口の中に注ぎ込むと、ごぼごぼと音をたてしばらく静かになった。
光る玉なんぞに思い当たる節などないが、すでにどこかであった出来事かもしれない。
そう考えていると言い知れない不安に襲われた。
店内は賑やかで、学校帰りの若者や家族連れなど様々な年代の人々がいた。
なかには、4人席をくっつけて騒いでる学生達の姿もあった。
もしかしたら、あのように大勢の中で笑い合っている可能性だってあったのかもしれない。
材木座「もう少し、ましな高校生活を送れたのではないかと思っているのか」
材木座のくせに核心を突くようなことを言う。
八幡「当たり前だ。お前がいなかったら俺の心はもっと綺麗なまま、友達は百人出来て黒髪の乙女との学生生活を送れていたまである」
材木座「そんなことは無理だ。どんな道を選んだってこうなっていたであろう」
八幡「んな訳無いだろうが」
材木座「いいや言いきれる。どんな道を選んでも我が全力でちょっかいをかけてやるからな」
八幡「どうしてそんなに俺に絡んでくるんだよ」
材木座「我なりの愛というやつだ。ふっふっふっ。貴様には、運命の黒い糸が張り巡らされているんだからな」
八幡「そんな汚いものはいらん」
俺と材木座がドス黒い糸でボンレスハムのようにぐるぐる巻きにされて、暗い水底に沈んでいく俺の幻影が脳裏に浮かび戦慄した。
材木座「それに、我でなくとも誰かが貴様を全力でダメにする」
八幡「無駄な愛され体質もいらん」
○
材木座「で、結局、戸塚氏はどうなのだ」
材木座がミラノ風ドリアをやっつけながら、聞いてきた。
八幡「いやどうってなんだよ」
材木座「あれだけ、気立てのよく、真面目で阿呆なことにも笑ってくれる逸材だぞ。それに何時も言っているではないか。戸塚氏は天使だと」
八幡「だが、男だ」
そう、だが男なのだ。
最初、彼をテニス部で見つけた時は、我が世の春が来た。と部屋の中で小躍りして、小町に煩いと言われたが、男だと知った日は逆に沈みすぎて小町に心配されたまである。
八幡「確かに戸塚は、ふはふはして、繊細微妙で夢のような、美しいものだけで頭がいっぱいな黒髪の乙女とも見えなくもない。男でなければ……乙女であれば……」
材木座「男か女かを選べる立場か」
八幡「選べる立場だよ」
さすがに、それくらいは出来ると思いたい。
○
そういえば、占い師の好機云々の前に何かを言っていたような気がする。
野郎と将来を過ごすがどうのこうのとか。
今の状況はまさしくそれではないのか。
いや、でもまさか。そもそもこいつはY・Zだしな。
と思考のループに陥っている内に、さっきまで前に座っていた材木座がいないことに気付いた。トイレに行くとか行ったきり、帰ってこない。
俺としたことが、途中でふらふら抜け出すのは奴の十八番だということを忘れていた。
結局また、俺が夕飯代の清算をしなくちゃならないのか。
八幡「あんの野郎……」
不貞腐れていると、ようやく材木座が帰ってきた。
八幡「なんだ。逃げたんじゃないんだな」
ホッとして向かいに座った人物を見てみると、これが材木座じゃなかった。
戸塚「なに阿呆な事を言ってるのさ。時間がないよ。早く食べよう」
戸塚がにっこりと言い、材木座が手を付けなかったサラダを食べ始めた。
八幡「な、何で戸塚がここにいるんだ」
戸塚「ここテニス部の溜まり場だよ」
確かに、学校から一番近くて学生の味方であるサイゼリアが溜まり場になるのはわかる。
戸塚「休みの日にどっか行こうってなって、皆でららぽ行った帰りなんだ」
八幡「じゃああの副部長達も来るのか」
戸塚「うん。多分、後五分ぐらいで」
こうしてる場合ではない。
戸塚と話していたかったが、今は部活外、俺を見かけたら彼らは俺をアクアラインを支える人柱にしかねない。
戸塚「もう支払いは済ませて、店長とも話はついてるから裏口から早く逃げて」
八幡「サンキュー戸塚。愛してるぜ」
戸塚はクスッと笑った後
戸塚「はいはい、それより約束忘れないでね」
と言った。
不本意ではあるが、戸塚との約束を全く思い出すことができない。
八幡「デートの約束なんかしたっけ」
戸塚「ううん、何でもないんだ。その代わりに明日のお昼休み練習に付き合ってよ」
寂しそうな笑みを浮かべた戸塚を見たら何がなんでも思い出さなくてはという気にかられたが
戸塚「ほら、早く避難しないとみんな来ちゃうよ」
後ろ髪引かれる思いで、サイゼリアを後にした。
今日はここまで
誤字脱字ヤジありましたら教えてください。
更新が遅れてしまった言い訳を考えること早三日。
作った言い訳は聞くも涙、語るも涙な人情話が詰められた一大スペクタクルであり、投下された暁には電子の海から飛び出し、あわよくば映像化までするような作品となった。
しかし、それを投下するのはこのスレッドでは少々狭く、至極無念であるが粛々と続きを書いていくしかなかった。
始めます。
○
翌日、俺は戸塚との約束の代わりを果たすため、昼食を独り取った後テニスコートへと向かった。
一日悩んでいたが、彼との約束は結局思い出すことができなかった。
いざ、テニスコートに着くと何やら揉めている様である。
何時もなら、揉め事とあれば団扇を持ち、扇いで炎上させる俺だが、流石に戸塚が居るところでそれは出来ない。
出来るだけ穏便に済ませようと声をかける。
八幡「どうした戸塚」
戸塚「あっ、八幡。ええっとね」
「だから、別に邪魔するって訳じゃないんだから良くない」
戸塚に詰め寄っていた金髪の女性の目がぎらりと光る。
そんな彼女を宥めるかのように、彼女の肩をとんとんと叩くどこかいけすかない男。
それに、取り巻きが何人か。
どこかで見たような気もするが、思い出せない。
首を捻りながら唸っていると戸塚が耳元で助け船を出してくれた。
戸塚「ほら、同じクラスの三浦さんと葉山君だよ。それに海老名さんとかもいるよ」
八幡「……ああ、そういえばいたな」
前は部活動、今は人の恋路の邪魔と千葉県の高校生の闇討ちから逃げることで頭が一杯だったので、教室内の事は殆ど分からないが、確かに教室でわいわい騒いでいた連中だった。
戸塚「これから八幡と練習するって言ってるんだけど、ここで遊びたいんだって」
つくづく面倒臭い連中だ。
普段なら塩でも撒いて退散させるのだが、やはり戸塚の前、穏便に大人な対応を。
決して戸塚に良いように思われたいとかそういうことではない。
八幡「えーと、悪いな。今から戸塚と練習するから他を当たってくれ」
三浦「だいじょぶだって、あーしたちも手伝うし」
八幡「いや、そういうことじゃなくてだな。効率とか色々あんだろ。それに、ここは戸塚が許可取った場所だから他の人は無理なんだ」
三浦「なにそれ、あんただって許可取って無いじゃん」
八幡「許可云々の前にテニスは独りじゃできないだろ」
三浦「じゃあ、あーしらが居たって別によくない」
葉山「俺はみんなでやった方が楽しいと思うんだけどな」
八幡「じゃあ、はっきり言うぞ。皆とかはいらない。お前らは俺より弱いから話にならない。練習の足を引っ張るだけ。以上」
言ったとたん三浦さんは目に見えて怒っているし、葉山も苦笑いを浮かべているが目は笑っていなかった。
戸塚にいたっては、はおろおろと辺りを見回している。
三浦「はあ、ちょっと弱小高校のテニス部エースだかなんだか知らないけど、あーしらバカにしすぎじゃないの。こう見えても昔、県選抜だったんだけど」
葉山「俺も、今の言葉は取り消して欲しいと思う 。確かに君と比べたら弱いだろうけどだからと言って戸塚君の練習に全く貢献できないなんてことはないはずだから」
八幡「知らねえよ。そこまでいうんだったらかかってかこいよ。これで負けたらもう邪魔すんじゃねえぞ」
我ながらよくこんな強い言葉で挑発をしたもんだと驚いたが、よくよく考えればアクアラインまで追い回されたり、赤い糸を切って切って切りまくった時に比べたら対したことはないと開き直った。
三浦「あーし達が勝ったら、コートを使わせること。それでいい?」
八幡「勝てるんだったらな」
と勢いで言ってしまい、何故か戸塚との練習初日はダブルスでの試合形式となってしまった。
「つか、隣のコートの使用許可とってくればよくなくない」
とか何とか聞こえたけど売り文句に買い言葉、いまさら後に引けるか。
○
「葉山がテニスの試合するってマジ」
「葉山くん頑張って」
葉山がテニスの試合をすると聞いてどこからか観客がわらわらと沸いてきて歓声をあげている。
「負けろ比企谷」
「調子に乗んな」
「馬に蹴られろ。然る後くたばれ」
それに混じり俺への罵詈雑言も聞こえてきて完璧アウェイの中試合は始まった。
昼休みということもあり、形式は5ゲームマッチの3ゲーム先取。
どっちも前衛と後衛が左右に別れてポジショニングをする基本的な雁行陣となっている。
最初は適当に左右に振れば着いてこれなくなるだろうと思い、ネット際に出てる葉山の横を抜いたりしながら三浦さんを疲れさせようとしていたけれど、確かに県選抜の事だけはあり、しっかりと着いてきていた。
葉山は葉山で、甘めのトップスピンがかかった球ならボレーを決めにいこうとする事ぐらいは出来るので、弱いテニス部員になら勝てる実力はあるのだろう。
戸塚もボレーにいこうとするが、三浦さんの打つ弾道が低いスライスになっているせいで手を出しあぐねていて、暫くラリーが続いた。
それでも葉山の横を強めのトップスピンをかけたダウンザラインで決めたり、三浦さんの方にドロップ気味のボールを打ち、甘くなった球を戸塚がポーチで決めたり、相手のポジションチェンジの隙に逆クロスで決めたりと2ゲームをこっちが先取することが出来た。
その頃になると試合を見ていた賑やかしの奴らも静かになってきていた。
葉山「思ってたより強いな君は」
八幡「当たり前だ。俺にはこれしか無かったんだから」
葉山「でも、みんなでやった方が楽しいだろ」
八幡「黙っとけ」
葉山と短く言葉を交わし、休憩を終えコートに戻る時、戸塚が俺の背中を叩いてきた。
戸塚「やっぱり八幡は阿呆だよ」
八幡「いきなりどうした」
戸塚「僕とテニスしててもつまらないかな」
そういってはにかむ戸塚に答えられず、ただ
八幡「……勝とうな」
とだけ言った。
○
三浦さんのサーブで3ゲーム目に入ったが、葉山の立ち位置がサービスラインより少し後ろへと変わる。
15-30まで試合が進み、ラリーをしていくうちにベースラインにいた三浦さんがサービスラインへと上がっていって、葉山はベースラインの方へと下がるフォーメーションになる。
ダウンザラインを警戒したのかも知れないけど、前に出てこないならそれはそれで好都合だ。
阿呆ばかりのテニス部員達。当然、クレーコートの整備なんて適当に済ませているからネット際の方までローラーを掛けることはしていない。
三浦「跳ね……ない」
名付けて俺式ドロップショットの完成だ。
「マッチポイント」
いつの間にかに観客に混じっていた材木座が叫ぶと、始まったころの様な暴言ではなく歓声が響いた。
三浦さんがサーブを打ち、戸塚がリターンをする。
戸塚と三浦さんのクロスでのラリーが続くが、三浦さんがライジングでボールを取り、前衛気味の葉山とポジションを交換する。
ストロークが葉山に変わり、甘くなったボールをサービスライン上で柔らかく返す。
狙いは葉山が前に走れば届く、三浦さんも横に走れば手が届く様な所で、だからこそ両者とも見合わせて反応が遅れる。
サービスライン上の三浦さんが咄嗟に手を振り出して返そうとしたボールは、フレーム部に強く当たり空高く舞い上がる。
上を見上げるが、玉が逆光になって目を細める。
『光る玉が好機の印。思いきって捕まえてご覧なさい』
これが、その好機の印なのかもしれない。
捕まえようと、ラケットを持っていない左手を伸ばす。
今まで煩いぐらいに聞こえていた歓声も遠くなり、心臓の音だけがやけに大きくなる。
近付いている筈の、玉と自分の距離が引き延ばされていく。
手を伸ばした左手が、何時ものスマッシュを打つときの体勢に変わり、足は地面を離れ、右手が空を断ち切る。
なんだよ、俺って結構テニス好きだったじゃねえか。
黒髪の乙女に応援されようとされまいと、関係無かったな。
と、気が付けば呟いていた。
きっと他の人から見たら俺の顔は、にやけていたと思う。
○
ボーッとした意識が現実に戻されたのは、歓声でなく悲鳴だった。
向かいのコートを見ると、耳を押さえながら横になっている葉山、隣でしゃがみこみ唖然としてる三浦さんがいる。
何があった。何が起こった。
最後に俺がスマッシュを打ち、葉山が倒れている。
現状に思考が付いていけないのか、頭がぐるぐると回る。
しかし、そんな簡単に答えが出る問題なのに、何を言っているんだ。と俺の中の冷静な部分が告げる。
怪我をさせた。
いきなり風が吹いて違うところに当たった?
眩しくて目を細めたから?
無意識の内に打ってしまったから方向がずれてしまった?
好機を間違えた?
それとも、どこか片隅でこうなってほしいと望んでいたから?
そう気づいてしまったら、さっき呟いた言葉ですら汚く思えた。
今まで散々と人の恋路の邪魔やら色々としてきたが、ことテニスにかんしてはなんだかんだ真面目にやって来たつもりだった。
それだけが、数少ない取り柄であり、自身への支えになっていたはずだった。
とりあえず葉山に近づかなくては、とよろよろ近付く。
ネットを挟んで三浦さんが睨み付ける。
三浦「最低」
その口調は詰問に近く、言おうとした言葉を飲み込ませるのには十分だった。
「うわ、やっぱ最悪な奴だったんだ」
「ちょっと凄い奴だと思ったのに」
「そこまでするかよ普通」
「所詮、嫌われ者だしな」
ひそひそと声が聞こえる。
さっきまで、前後左右に打ち分けていたこともあり、観客もわざと三浦さんに当てるように打ったと思っているのだろう。
もう何を言っても無駄だ。
どうせここで駆け寄って謝ったとしても白々しいとしか思われない。
それは、きっと自分の心すら騙しているのかもしれない。
そう思ったら何も言えず、ただ葉山を見下ろすだけだった。
葉山「わざとじゃないんだろう。君がこの試合でそんなことをするようには見えなかった」
ふらふらと立ち上がり、三浦さんに支えられ
葉山「また今度、戸塚との練習じゃないときにでもやろう」
そういうと、三浦さんに肩を持たれながらコートを出ていった。
八幡「……悪い、戸塚。練習はまた今度な」
戸塚「元気だしてね。僕もわざとじゃないって分かってるから」
八幡「ああ、サンキューな」
嫌われる事は慣れていると思う。
ただ、自分をここまで嫌いになったことは、今までなかったとも思う。
自業自得、身から出た錆。
それを悲しいとも悔しいとも思わないけれど、葉山と戸塚の言葉が頭でリフレインしていた。
○
この出来事以降、俺自身なにか変わったかと言われればなにも変わっていない。
その代わり、回りが目まぐるしく変わっていった。
葉山は少し鼓膜が傷付いたらしく全治1ヶ月。
その間は部活を休むそうだ。
高校生にとって1ヶ月は意外と長い。
体は鈍るし最悪レギュラーの入れ替えだってあり得る。
時たま申し訳なさそうに俺と戸塚を見る葉山の視線を感じる度、複雑な気持ちになる。
観客の証言で、故意にエースを怪我させてしまったことなってしまい、それにサッカー部の顧問が激怒し、テニス部の顧問は一応の対応として俺と戸塚の一週間の部活動禁止を言い渡した。
このままフェードアウトしていくつもりだ。
正直、恋の邪魔者の称号を得てから部活動に出辛くなっていたこともあるが、今はボールも見たくなかった。
その中でも変化が激しかったのが、戸塚彩加の環境だろう。
最初は俺と一緒になって、葉山を怪我させたとして噂になったが、全ては俺の仕業で戸塚は関係ないという噂を材木座に流してもらったため一度は沈静化した。
問題はその後。
何故か戸塚は事あるごとに俺に構うようになっていた。
○
八幡「はぁ」
材木座「どうしたというのだ八幡。幸せが逃げるぞ」
八幡「お前、本当に溜め息をつくと幸せが逃げるとでも思っているのか」
材木座「まさか、もしそれが本当ならば我は今頃行き交う乙女達の桃色吐息と幸せを片っ端らから吸い込んで、総理大臣にでも成っているだろうな」
何時か聞いたようなやり取りをしながら、総武高へ登校する。
八幡「戸塚がさ、あまり俺に構うなって言っているのに教室内でも俺にべったりしてくるんだよ」
材木座「いいことではないか、蜜月というものであろう」
八幡「いいわけがあるか、おかげでせっかく流した噂だって疑われているんだぞ」
材木座「戸塚氏が選んだ選択だ。男ならどんと構えておれ」
八幡「俺はただ薔薇色のスクールライフを楽しみたかっただけなのに、何でこんなことになったんだろうな」
思えばテニス部に入って最初の頃は、話しかけてくれる人がチラホラといたような気がする。
あの時彼らと仲良くなっていればどうなっていただろうか。
材木座が俺の前に現れなかったら、花火を打ち込まなかったら、恋の邪魔者と呼ばれていなければ、練習を違う日にしていれば……
ここ最近、たらればを考えることが多い。
しかしそれでも、人生とは選択の連続である。
何処で間違えてしまった。
責任者は誰だ。
今にして思えばすべてが懐かしい。
後悔や嫌悪感は、俺の名前を呼ぶ可愛らしいソプラノの声にかき消された。
早朝の爽やかな風と、後ろから発せられる心地よい声を吸い込むために息を吐く。
材木座「それはあれだ。戸塚氏なりの愛ってやつだ」
欲しい気持ちを我慢して、
八幡「んなもん、いらねーよ」
と俺を呼ぶ声がする方へ振り向いた。
取り敢えずここまで
何かあったら教えてください。
始める前に描写忘れが
運動の描写は難しいですね
>>119
三浦さんのサーブで3ゲーム目に入ったが、葉山の立ち位置がサービスラインより少し後ろへと変わる。
15-30まで試合が進み、ラリーをしていくうちにベースラインにいた三浦さんがサービスラインへと上がっていって、葉山はベースラインの方へと下がるフォーメーションになる。
ダウンザラインを警戒したのかも知れないけど、前に出てこないならそれはそれで好都合だ。
阿呆ばかりのテニス部員達。当然、クレーコートの整備なんて適当に済ませているからネット際の方までローラーを掛けることはしていない。
そんな整備不良ができているネット付近にボールを落とせば
第三話 自虐的代理姉妹戦争
思い起こせば中学の三年間に実益のあることを行った記憶は全くと言っていいほど無かったと断言をする。
社会的に有意義足る人材になるための布石を尽くはずし、ダメ人間になるための打たなくてもいい布石を狙い済まして打ってきてしまった。
どうしてこうなってしまった。
責任者に問いただす必要がある。責任者はどこだ。
人間、経験の積み重ねだというが、今の総決算がこの様なのか。
そもそも人は変われると言うが、三つ子の魂百までといって、この世に生を受け16年。この魂は凝り固まってしまい、変えることはできないのではないのだろうか。
ここで、俺が劣等感と自尊心の海に溺れている時分に呟いた言葉を使うとしよう。
やはり俺の青春ラブコメは間違っている
○
まずこの手記を読むに当たり、必要になるのは登場人物の情報であろうから最初にそれを乗せておこうと思う。
主人公はこの俺、比企谷八幡。頭脳明晰で体格は今流行りの細マッチョ。もちろん運動神経もよい。
人望に優れ、その足取りからは強い意志を感じられる。道行く乙女の視線をかっさらい、成田山を歩けば拝まれ、酒々井のアウトレットを歩けば黒髪の乙女に囲まれる程の威光を放っている。
それになりより目が光輝いている。
多少、盛っているところもあるかもしれないが、大体こんな感じだと考えてくれればいいと思う。
大事なのは見た目ではなく、心なのだから。
第二の主役として雪ノ下陽乃がいる。
俺が師匠と仰ぐ大学二年生。眉目秀麗、才色兼備、道行く人が10人中15人が思わず振り返ってしまうような人間で、どこか浮世離れした雰囲気がある。
多い5人分は二度見した人だ。
強化外骨格に覆われていて底知れぬ凄味があり、何処と無く胡散臭い陽気な微笑を浮かべ、その姿は高貴である。
俺と同じ学校に通う雪ノ下雪乃を妹に持ち、俺と同じ学校に通う葉山隼人を弟子に持つ。
何をしているのかの全容がつかめず、片鱗を垣間見る限り相当えげつないことをしていると思われる。
俺は学問そっちのけで彼女の修業に励んだ結果、およそ役に立たない事ばかり学び、人間として高めるべきでないところばかり高め、高めるべきところはむしろ低まって見えなくなってしまった。
最後に葉山隼人。
先ほども述べたが、師匠の弟子で、俺の兄弟子にあたる人物。
彼も容姿端麗、頭脳明晰、リア充を絵にかいたような人間である。
気に食わないので以下省略。
それ以外にも多くの登場人物がとりまき、こんな人々に囲まれながら過ごしていくのだが、俺は少々選択肢を間違っていたようだ。
まあ、この手記は俺の部屋の中の最深部に眠っていて無理やり開けようとすると燃える仕組みになっているから誰も見ないとは思うけれど。
○
そもそもの師匠との出会いは8か月程前にさかのぼる。
俺が早めの五月病にかかっていた頃、2年に上がっても幽霊部員のまま腐っていた俺のことを心配したのか、平塚静という黒髪の教師から
静「紹介したい人物がいる」
と言われ、俺は師匠に出会った。
嫌々ながら指定されたところに行くと、えらい美人がそこにいた。
教師が美人局を斡旋する事はないだろうと思もい、声をかけると
「静ちゃんから弟子入りを頼まれたのは君?ふむふむ確かに腐った目をしてるね。なるほどなー」
と1人納得したように頷いた。
八幡「弟子入りって何のことですか、俺はただ……」
なんのこっちゃわからないこっちにとっては、弟子入りの件を聞きたかったが彼女はそれを遮り
陽乃「そう慌てないで、私は雪ノ下陽乃。こっちは君の兄弟子の隼人。って同じクラスだから知ってるかな」
と言って隣にいる男を紹介してきた。
師匠の傍らに立っている男は、爽やか純度100%のスマイルを浮かべ握手しようと手を差し出してくる。
そういえば、サッカー部に顔を出していた頃、こいつはサッカー部でたまに話しかけ来ていた気がする。
葉山「サッカー部以来だね。よろしくヒキタニ君」
八幡「うっす」
陽乃「まあ、兄弟子と言ってもそんなに日は経ってないけどね」
師匠はそう言ってからからと笑った。
それが師匠とのファーストコンタクトであった。
きっと彼女と関わらなければ俺の心はもっと清らかで薔薇色のスクールライフを謳歌できていたに違いない。
○
何故かそのまま、見るからに高級そうなレストランに連れて行ってもらった。
俺の人生の中でこれから行くことはないであろうという場所に、ドレスコードも無視して入っていく師匠は何故だか格好良く見えた。
友人との食事というものを知らない俺にとっては、その会食は最初こそむず痒かったが、師匠の話術のお陰で、普段からは想像もできないほど話が弾み、ついつい中学生時代の布団でばたばたしてしまうような話もしてしまった。
師匠はこの話をえらく気に入ったようで、二次会と称して俺の部屋に転がり込み部屋の中で葉山と一緒に黒歴史の発掘にいそしんだ。
妹の小町からは
「え、うそ。おおお兄ちゃんが男友達に綺麗な女の人を連れてくるなんて、ありえないってばよ」
と御言葉を貰い、しまいには
「分かった。これは月読なんだ。ちょっと小町72時間ほど寝てくるってばよ」
語尾まで崩壊して自分の部屋に篭城しに行った。
俺の部屋でも大いに盛り上がった帰り際
陽乃「学校では今日のことは忘れて、普段の感じでよろしくね。じゃないとばれちゃうから」
と意味深なことを残し去って行った。
かくして俺は雪ノ下陽乃の弟子となり、高校2年生を棒に振るうようになったのだ。
○
師匠と付き合っていくのに欠かせないものは『貢物』である。
それは珍しいものであったり、雑多な情報であったりと、とにかく師匠が喜びそうな物を持ってくることが弟子としての条件だった。
貢いだ物の中には、精巧な猫のぬいぐるみや巨大なパンさんのぬいぐるみ等と用途不明な物まで含まれていた。
その代わりとして師匠は色々なことを教えてくれた。
強化外骨格の作り方、潤滑な人間関係を保つための社交性の身に付け方、正しい暗躍の仕方etc……
これで分かるように学生の身で身に付けるべきでないものばかり、俺と葉山は身に付けていった。
師匠はいつも無理難題な品物や情報ばかり求める。
しかし、本当は俺たちの貢物を師匠は必要としていないような気はした。
その気になれば、どんな事柄でも手に入れることのできる能力や人脈を持っているためだ。
だからただ単に、弟子である俺たちが奔走する姿を見て楽しんでいるだけなのではと思い、俺と葉山でなぜこんな物ばかり求めるのかと尋ねた所
「私なりの愛ってやつよ」
と返され、2人して顔を真っ赤にしてしまった記憶がある。
○
そんな師匠に師事しているのにも係らず、俺と葉山のやり方は正反対だった。
人気や人脈、社交性を最大限に使い貢物を手に入れる葉山。
操作した噂やブラフ等の餌を使って貢物を釣り上げる俺。
学校での影響力をぐんぐんと伸ばしていく葉山。
学校での存在を抹消していく俺。
こうも差がついてしまっては面白くなかったが、気が付いた頃には変えることが出来なかった。
それに何よりダークヒーローって格好良いじゃん。
そんな事を今も思ってしまうというのは、俺はどうしようもない阿呆なのかもしれない。
しかし、俺はこの生き方を曲げなかった。いや、曲げることができなかった。
曲げていればもっと幸せになったに違いない。
○
そんな師匠でも、唯一怖いものがあると言ったことがある。
陽乃「私は母親が怖いわ」
八幡「師匠が怖がる人なんてどんな人なんですか?」
と尋ねた所
葉山「昔、会ったことがあるけど、あの人はとんでもないな」
陽乃「目的の為ならどんな手段も厭わない。他人が不幸になろうが破滅しようがその隣で優雅にティータイムを楽しめる、鬼か妖怪の類よ」
と葉山と師匠がそれぞれ言うものだから
八幡「なんだ、いつもの師匠じゃないですか」
と答えたら、親指を拳の中に入れた拳骨をコツンと貰った。
八幡「何ですか、その可愛らしい拳は」
陽乃「淑女たるもの、のべつまくなしに鉄拳を振るっていたら婚期が遅れるからね。それでも敢えて振るうときは、この『おともだちパンチ』をふるうんだよ」
ほら、と見せてきた拳は招き猫の手のような恰好をしていて、某教諭が振るう鉄拳とは比べ物にならないほどの可愛らしさをたたえていた。
陽乃「親指をひっそりと隠して、固く握ろうにも握れない。この親指こそが愛なんだよ」
八幡「平塚先生にも見習ってほしいものですね」
陽乃「静ちゃんにも教えたんだけどね。まっすぐ行ってぶっ飛ばす。右ストレートでぶっ飛ばす。って聞かなかったんだ」
そのことを先生に言ったら、泣きながらラストブリッドを頂いたのは言うまでもないだろう。
○
彼等とのことを語るにおいて外すことのできない人物がもう1人いる。
それが、雪ノ下陽乃の妹である雪ノ下雪乃だ。
師匠譲りの才色兼備でありながら、品行方正であり、邪魔をする存在を真正面から叩き潰すという剛の人物である。
葉山とは一応幼馴染という関係で、ある事件をきっかけに俺たちとも行動を共にする機会が増えた。
その原因となった事件を、ここに記す。
○
夏休みも終わり、地平線上にはクリスマスという祭典がちらつき、焦り狂った独り身の男たちが無駄に騒ぎ立てる季節。
そんな暗黒の季節の到来を告げる一大行事、文化祭の近づいた頃、俺と葉山は師匠から呼び出しを食らった。
八幡「またなんか、面倒事でも押し付けられるのかよ」
葉山「いいじゃないか。勇者のお使いとでも思えば」
俺と違って少し声を弾ませ葉山が言う。
どういうことかは知らないが、こいつは師匠からの無理難題を喜んで受けているかのような節がある。
このまま、行けば文字通り師匠の手足となり、宛ら二人羽織りの中の人ような人生を送るようになるのではないだろうか。という想像までしてしまうほどだ。
八幡「勇者のお使いって言っても、頼みごとをしてくるのが村長Aでも王様でもなくて魔王だけどな」
葉山「それは確かに」
それ以外は、この間の貢物はどうしただの、師匠の弱点はないのかだのと、30分ぐらい雑談をしていると
陽乃「ひゃっはろー。待った?」
と師匠がどこからともなく登場した。
最近はこの挨拶が自分の中のブームらしい。
葉山「それで、頼みごとってなに」
師匠と弟子の関係であるにも関わらず、タメ口を使う葉山だがそれを意に反さず
陽乃「ちょっとね、雪乃ちゃんの敵になって欲しいの」
と言った。
葉山「いや、意味が分からないんだけど」
陽乃「ぶっぶー、鈍感な隼人はしっかーく。はい比企谷君その心は」
いきなり話を振られたところで、まず雪乃ちゃんなる人物も知らない。
陽乃「タイムアッープ。比企谷君も失格ね」
いつもよりも少しテンションの高い師匠に失格を言い渡された。
陽乃「分からない2人の為にご説明します。雪乃ちゃんは文化祭の実行委員会に絶対入ります。それで絶対に成功させようとする。だから2人にも文化祭実行委員に入ってもらって共同で雪乃ちゃんの邪魔をしてほしいの」
雪乃ちゃん……学年トップに雪ノ下雪乃って名前が名前があったな。と1人納得していると
葉山「絶対って言い切れる?」
陽乃「うん。なんたって私の妹だからね」
葉山「正直、やりたくないけど陽乃さんの頼みなら」
何故か勝手に話が進んでいった。
陽乃「それで、内容なんだけど、比企谷君は有能な無能の役を、隼人は無能な有能の役をやってね」
まだ、俺はやるとも言っていないが、師匠は意味不明な説明をし
陽乃「分からないかなー、でもヒントはここまで、いかに邪魔をされながら雪乃ちゃんが成功を収めるのか、それとも君達に邪魔されて失敗するのか。報告待ってるよん」
言いたいことだけ言って来た時と同じようにふわっと去って行った。
八幡「これから、どうするよ」
葉山「こういった事はヒキタニが得意だろ。作戦任せた」
無茶ぶりというか丸投げをしてきた葉山と、取り敢えず今後の方針を2人で決めてから解散した。
この腹黒師匠に腹黒兄弟子め。
心の中で毒吐きながら、帰路に着いた。
○
作戦がある程度決まり、文化祭実行委員を決める当日。
このころになるとLHR以外の授業も利用してクラスの出し物と実行委員を決めることがあり、それを国語の授業まで引きづることにした。
主に葉山が周りをそれとなく陽動してだらだらと決めさせるという方法だったが、上手くいけば授業が潰れるということもあって、皆積極的にぐだぐだしていた。
その時間も大詰めとなり、男子の文化祭実行委員を決める時が来る。
「では、女子は相模さんで決まりました。男子の方は誰かいませんか?」
最初の難関がここだ。
基本的に男子、女子共に実行委員はクラスに1人と決まっているが、どうごねて俺と葉山が実行委員になるかが問題だった。
俺が無言で手をあげると
「誰あれ?」
「転入生来たっけ?」
「影薄いのに」
クラスの大半がざわざわし始めた。
数の暴力を実感して泣きそうになったが、こっちを見た平塚先生はニコリと笑いかけてきた。
師匠を紹介した後も、師匠と連絡を取って何かと気をかけてくれているらしい。
こんないい先生がなぜ結婚できないのだろう。
他に誰かいませんか、と事務的に聞く司会進行役に対して
葉山「俺もやりたいんだけど」
と葉山も手を挙げた。
「嘘っ。葉山君やるの」
「私もやっておけばよかった」
「いいな南」
クラス全体がざわざわし始めた。
勿論、俺とは逆の意味で
普通に考えれば、クラス投票をして葉山の当選確実は揺るがない。
ならば、役職をもう1つ作っていしまえばいい。
八幡「じゃあ、葉山に譲ります。その代わりに、あくまで第三者的立ち位置として実行委員会の監査役、もしくはオブザーバーとして籍を置いてもらうことってできますか?」
と先生に提案をする。
先生は少し考えた後
静「生徒の自主性は大事だ。特別に認めるが、仕事はこなしてもらう。実行委員の活動をレポートにして集まりが終わるごとに私に提出する事」
八幡「はい、頑張ります」
生活指導も兼ねているから生徒のことに関してある程度の裁量は持っていると踏み、この時間を選んだが、どうやら正解だったようだ。
ともかく第一段階は突破した。
今日はここまでで
何かありましたら教えてください。
ここまで放って置いたのは申し訳ないが、一つだけ言い訳をさせて頂きたいと思う。
暇な時間は確かにあった。しかしながら書きためする時間は無かったのだ。
それはキミ話が矛盾しているんじゃないかい。と言いたくなる気持ちもよく分かる。
しかし、諸君考えてみてくれたまえ。自分の頭の中にあるものを文章にする。つまりは無から有を生み出さなくてはならないのだ。
それには膨大なエネルギーが必要となり、私の頭はさながらビックバンが起きる前、CP対称性の破れを繰り返しているかのような混乱状態から地球の誕生、生命の進化、恐竜の黎明期、人類の台頭、科学技術の進歩を経てようやく文にすることが出来たのだ。それは相対性理論も真っ青な速度だったと言っても過言ではないはずだ。なので、私がお茶の間で三億円当んねえかなと呟いていたとしてもどうか私のことを見捨てずにいてほしい。
始めます。
○
ここまでは、計画的に行くことが出来たが、問題が発生した。
雪ノ下さんを実行委員長に葉山を副委員長に据え、葉山をお飾りとして皆に無能と印象づけながら阿呆っぷり発揮させる。
俺がさも有能な監査官もしくはオブザーバーとして振る舞いながら雪ノ下さんを邪魔するというのが最初のプランだった。
何を血迷ったか相模さんが実行委員長、雪ノ下さんが副委員長になってしまった。
二人なら阿呆っぷりも役どころ、ある程度調整できるけれど、彼女は役で阿呆と言う訳でなく正真正銘の阿呆であった。
葉山「どうするよ。ヒキタニ君」
これからの方向性を決めるということで、俺の部屋にて相談会と言う名目でだらだらしている。
八幡「どうするもこうするも、相模さんのフォローに加えて俺ら二人とも阿呆になったら、心労で雪ノ下さんが倒れちまうぞ。つか、最後のポテチ食うなよ」
葉山「俺が買ってきたんだからいいだろ。最初の段階でぐだぐだだったしあれ以上は結構まずいかもしれない」
二人して相模さんを阿呆呼ばわりするのは申し訳ないと思ったが、本当のことなのだから仕方がない。
八幡「俺だって場所と飲み物提供してんだからあいこだ、あいこ。立場が逆だったらよかったんだけどな。俺が相模さんに同調して監査役の葉山が諌める。そうすれば阿呆とフォローのバランスもちょうどいい」
葉山「飲み物ったってこれ水じゃないか。確かに、でもそれなら俺が阿呆の役をやればいい話じゃないか」
八幡「お前がマッ缶は遠慮しとくとか言ったんだろ。家には水かマッ缶しかない。キャラじゃないな」
葉山「水とマッ缶って偏りすぎだ。じゃあどうする?」
八幡「……取り敢えずポテチ買ってこい」
その後も話し合ったが案はまとまらず、結局出たとこ勝負ということになり解散した。
○
実行委員会の集まりも回を重ね、実行委員長が
『自分たちが文化祭をまず楽しむってことで』
と職務放棄をしたため、有能、無能言ってられない状況で、オブザーバーさえも仕事が山のように回ってくる。
勿論そうたきつけたのは俺なのだが
『皆さんも自分達が精一杯楽しむことこそ文化祭じゃ無いでしょうか?』
なんて提案したあの時の自分を恨んでしまう。
だんだんと人が減る一方、仕事が回らなくなっていくのをみて、この影響力を違うところに生かせればよかったと思いながらも、確実に雪ノ下の邪魔にはなっているみたいだ。
葉山も書類の中に埋もれていて人の言語ではないなにかを呻いでいる。
八幡「はあ、なんであんなことを言ったんだ、俺」
雪乃「自業自得よ。口を動かす前に手を動かしたらどう?」
八幡「見ろよ、この書類の山。葉山なんか生き埋めだぞ」
雪乃「だから、あなたが阿呆なことを言うのがいけないのでしょう」
残っていた実行委員の数も減り、話す機会も増え、図らずも雪ノ下と俺と葉山の三人は結構仲良くなっていた。
葉山「書類が、五メートルの書類が目の前に迫ってくる」
八幡「葉山、それは幻覚だ。安心して目の前にある五十センチの書類の束四つと戦え」
葉山「雪えもーん、助けてー」
馬車馬のごとく働きながら葉山が軽口をたたく。
キャラ崩壊もいいところだ。
今そこにある仕事。これを文句言わずに片付けてこそ、『デキる男さらにイイ男』の称号を手に入れるというもの。
無駄口を叩く暇があったら手を動かせ。
八幡「わーん。書類がいじめるよー」
雪乃「あら、なんなら二人仲良く逃げても良いのよ。負け山君に逃げ谷君」
八幡「……誰が逃げるか、お前こそ助けて下さい。って言った方が可愛げがあるぞ」
雪乃「そう。じゃあ今から予算配分の見直しをするから先ずは、従来の予算を打ち込んで。三年から――」
八幡「いや、はえーよ、ちょっと待てって。まだ前の保存し終わってないから。なんなら紙渡してくれるだけでいいから」
葉山から聞いた話では、彼女は常に一人で全てをやってきたらしい。
女子からの嫉妬もさらりと受け流し、男子からの告白と尊厳を片っ端からちぎっては投げ、ともすればいじめのような物も真っ向から叩き潰してきた。
そんな彼女であったが、深夜のテンション的なものなのか、頼ることを覚えたのか、吊り橋効果的なものなのか、それとも師匠の社交性を身に付ける講義のお陰なのか。
ともかくこんなやり取りができるまでになっていた。
雪乃「それにしても遅いわね。今日は全体会合だというのに」
流石に義務の発生する全体会合をさぼろうという人間はいないため結構な人数が来ている。
しかし、いまさら業務の引き継ぎに時間をかける余裕もなく、俺たちを含めた少数が生き埋めになりながら業務にあたってる。
さぼっていた奴らは申し訳なさそうに見ているが、鬼気迫る表情で書類と格闘している為、声をかけることが出来ないのだろう。
相模「遅れてすいませーん。じゃあー、今回の議題はースローガンを決めたいと思いまーす」
久しぶりに顔を出したかと思ったら語尾を伸ばすという、いかにも阿呆っぽい口調で声の主は始まりを告げた。
○
ホワイトボードに次々と案が出される。
全ての文化祭を過去にする。
後夜祭まで泣くんじゃない。
高校よ、これが文化祭だ
総武校~そして伝説へ~。
未来への挑戦、あふれる活力、輝く総武校。
どれもこれもどこかで聞いたものばかり並ぶ。
糸井重里に許可を貰ってから出直してほしい。
大体、最後のなんて静岡県のキャッチフレーズまである。
どうせだったら、千葉県のキャッチフレーズをもじって、おもしろ学園祭総武校とかにすればいいのに。
多々あるスローガンの中で、one for allという文字を見た葉山が顔をしかめる。
八幡「ああいうのが好き何じゃないのか」
葉山「基本的にはね。でもそれってみんな頑張ってるとき限定の言葉だったってのを実感したよ」
八幡「もしくは、一人を犠牲にする時にも使ったりするけどな。そうすればほら、優しい世界の出来上がりだ」
俺の言葉に更に顔をしかめる葉山。
相模「取り敢えず案はこんな感じですか。じゃ最後にうちらの考えたやつを」
相模さんがホワイトボードに書いていく。
相模「これなんてどうですか。絆~ともに助け合う文化祭~」
回りの状況すら気にならないのだろうか、あまりにも阿呆な事を書くので思わず笑ってしまった。
相模「何かおかしなこといったかな?意見があるなら案を出してね」
やはり委員長は自分の阿呆さ加減に気付いていないようで、隣では葉山が、周りに気付かない程度の貧乏ゆすりをしている。
八幡「じゃあ、こんなのは。『人~よく見たら片方楽してる文化祭』」
雪ノ下や葉山を含め、眼前に書類の山がある人間は笑いをこらえ、それ以外のものは俯いている。
相模「……どういうことかな?」
こめかみをヒクつかせながら相模さんが聞いてくる。
思っていたよりも彼女はメンタルが強いみたいだ。
八幡「どうもこうも―――」
陽乃「ひゃっはろー」
言いかけた時に扉が勢い良く開かれ、全員が扉を開いた人物に注目する。
陽乃「あれ、どうしたのこの空気?」
とぼけたように頭を掻きながら入ってくる師匠と、驚きの顔が隠せない雪ノ下との対比がやけに可笑しく感じたがこの意味不明な状況で一人くふふと笑っていたらアヤシイヒトの烙印を押されかねないので、太ももと苛めながら耐えることにした。
雪乃「どうしてこんなところにいるのかしら」
陽乃「つれないな~、有志のやつ持ってきたってのに」
陽乃「でも、お取り込み中だったみたいだね。気にしないで続けて」
と、こっちを見ながら白々しく言った。
八幡「ええと、まあ、あれだ。人という字は支えあうんじゃなくて、誰かに寄りかかって楽している文字にも見えるだろ。この場合寄りかかってるのが誰で、寄りかかられているのが誰だかをもう少し考えてから、共に助け合う文化祭ってスローガンを決めた方がいいと思うって事だよ」
間延びした空気の中、取り敢えず早口で言ったが、誰もが毒気を抜かれて呆けているのかぽかんと口を開けている。
それを見ていた師匠が所在なさげにてくてくと俺の場所まで来て、ボソッと
陽乃「それは甘いんじゃない」
とつぶやく。
その声に底知れぬ凄みを感じ、これから来るかもしれない阿鼻叫喚の地獄絵図を夢想した。
陽乃「なるほどねー、スローガンを決めてたんだ。いいね青春って感じだよ。文化祭は青春の場、怠ける人にも、探す人にも平等に青春はやって来るんだよ」
うんうん。と頷きながら師匠は葉山に目配せをする。
その目くばせの意図が全く分からない俺は、取り敢えずしたり顔で葉山のに向かい頷いておいた。
葉山「……さっきの言葉で思い付いたんだけどこんなのはどうかな。『青春を、探す阿呆と眺める阿呆。同じ阿呆なら探さにゃそんそん』」
にこりと師匠が笑う。
どうやら正解だったみたいだ。
中弛みと、葉山人気の効果もあり、もうそれでいいんじゃないかな的な空気になり、あの雪ノ下さんでさえも
雪乃「他に案がなければ、これにしようと思うのだけれど宜しいでしょうか」
と言い始めた。
その後、少しの改編を経て、『青春を探す阿呆と眺める阿呆。同じ阿呆なら探してsing a song』となった。
斯くして、師匠の思惑通りのスローガンとなり、師匠の真意はわからないまま文化祭を迎えることになる。
○
八幡「スローガン、あんなんでよかったのかよ」
葉山「結構適当に決めたけど大丈夫だったか?」
雪乃「あのまま、間延びしてしまうよりか、いくらかいいのではないかしら」
帰り支度をしながら、さっきのスローガンについて雪ノ下さんと葉山と話す。
スローガンの意図は未だに分からないが、師匠のことだからどうせエゲツナイことに決まっている。
葉山「確かに、これ以上スローガンに時間をかけるわけにもいかないからね」
雪乃「そういうことよ」
八幡「……後少しで本番なんだよな」
思えば、高校生活も大体半分を過ごした。
その早さはまさに光陰銃弾のごとし、撃たれたことにも気づかないまである。
少し感傷に浸りながら、日の落ちかけた窓を見つめる。
外では、楽しげに文化祭の準備をする人達がみえた。
○
文化祭当日。
いつになく歯切れの悪い実行委員長の言葉により文化祭が始まる。
どこもかしこも呼び込みの声が響き、どの廊下も確かな熱量を持って人を迎えていた。
極彩色にあしらわれた壁からは我がクラスこそが一番面白いという矜持を感じられ、道行く人々に求めよ、然れば与えられん。の精神でその扉を広くして待ち構えている。
どこから仕入れたのか馬の被り物をした男や、豚の被り物をした豚、今会いに行けるアイドルグループのような格好をした男が自分のクラスの看板やチラシを片手に宣伝をしながら廊下を闊歩している。
誰得だよ。
俺の主な業務は、問題がないかを巡回しながらあとで販売する用の写真を撮ることと、常にインカムをつけて他の実行委員から受ける問題を調べる事だった。
気紛れに写真を撮りながら独りで練り歩く。
勿論、文化祭実行委員という腕章を着けているので、変質者には見られないはず。多分。
二時間ほど見回ったときにインカムから連絡が入った。
雪乃「比企谷君。聞こえているかしら」
インカム越しの彼女の声は、耳元で囁かれているようで、人通りの多い廊下でこの声が聴こえているのが俺だけだということに背徳感をおぼえた。
八幡「ああ、聞こえてるぞ」
雪乃「何処かで、占いをしているところがあるらしいのだけれど、そんな申請無かったわよね」
八幡「俺が知ってる限りでは無かったな」
雪乃「もし見かけたら、辞めるように言って私に連絡を頂戴」
八幡「はいよ」
雪乃「じゃあ、また何かあったら」
八幡「おう」
文化祭は必ずと言っていいほど羽目を外しすぎる輩がいる。
きっとその占い師モドキもそうなのであろう。
占うとか言って、乙女たちの手を合法的に握れるだなんて、なんてうらやま――けしからんことだ。
見かけたら少しの間交換してもらうとしよう。
のべつまくなしに写真を撮りまくり、篠山紀信かはたまたパーか、とにもかくにも怪しげな風体を連想させること請け合いな行動をとりながら廊下を歩き、まだ見ぬエセ占い師に思いを馳せていたらインカムから連絡が入った。
葉山「ヒキタニ君、聞こえるか」
インカム越しのこいつの声は囁かれているようで、人通りの多い廊下でこの声が聴こえているのが俺だけだということに気持ち悪さをおぼえた。
いや、人通りが少なかったとしても気持ち悪い。
八幡「んだよ」
葉山「どこかで、こたつが移動しながら生徒達を引きずり込み、鍋を振る舞って構内を彷徨いているって噂を聞いたんだが、そんな模擬店の申請無かったよな」
八幡「書類のやり過ぎか、少し休んどけよ。じゃあな」
葉山「いや、本当らしいんだよ。韋駄天コタツなんて言われてるらしい」
八幡「はいはい。見かけたら辞めるように言っておくから、早く休めよ」
葉山「おい、待てっ――」
耳からインカムを外して、何事もなかったかのように廊下を放浪する。
俺の分の書類を然り気無く混ぜすぎたお陰で幻覚まで見るようになってしまったか。
大体、コタツに鍋って季節外れもいいところだ。
この残暑厳しいなかでそんなことを考えるやつの気が知れない。
眠気がすごいのでここまで
明日また来ます。
○
自分のクラスの出し物も見に行かずふらふらとしていたら由比ヶ浜結衣と遭遇した。
髪をお団子に纏め、明朗快活な彼女は学年でも人気者の部類に別けられる。
そんな彼女だがなぜか事あるごとに俺にお菓子をくれる。
最初は俺に惚れているのかもしれないと、自意識を悶々と膨らませ眠れない夜を過ごしたものだが、騙されてはいけない。
実は彼女はたまたま俺が助けた犬の飼い主で、そのお礼と称して、新薬の実験体に使っているのだ。
そして、動けなくなった俺のことをしまっちゃうんだ。
きっと彼女は俺の頭の中界隈で有名な、しまっちゃう少女的なあれに違いない。
そうでなければ、この薬の味がするクッキーを渡してくるはずがない。
八幡「お前は、俺をモルモットかなにかと勘違いしてるのか」
結衣「ちがうし、何でそうなるの」
八幡「このクッキー、薬の味がする」
結衣「おかしいな。なにがいけなかったんだろう」
彼女は首を捻り、ぶつぶつと呟いている。
その単語のなかにドクターペッパーや、ローズマリーといったものが含まれていたが、そんなものはニートの探偵か厨二病の大学生にでも食わせておけばいいと思う。
まだ、桃を入れていた時の方がよかった。
八幡「頼むから今度からは味見をしてから持ってきてくれ」
結衣「う、うん。わかった」
俺としては切実な願いであったが、しゅんとした顔をして彼女は俯く。
犬耳でもあれば垂れ下がっているまである。
八幡「……それと、サンキューな。今度何かで埋め合わせするわ」
結衣「うん。えへへ」
俺はどうにも彼女に弱いらしい。
花が開いたかのような笑みを浮かべ、しっぽでもあればぶんぶんと振り回しているまであるだろう顔を見ると、実験体になってしまわれちゃうのもいいかもしれないと思えてくる。
……もうゴールしても良いかな。
八幡「あの……さ……」
「はーちーまーん」
いいかけたその時、いつぞやか見た豚の被り物をした豚がぬっと出てきた。
結衣「ひっ」
八幡「うわっ、なんだよお前」
材木座「我だよ我。お主の朋友だよ」
くぐもった声で友と名乗る男。
材木座義輝。
道行く10人のうち8人が熊の妖怪と間違えるような容姿を持つ男だ。
残りの2人はきっと妖怪に違いない。
中二病で暑苦しく、他人の不幸で飯が三杯食べれるというおよそ誉められる所の無い、特定外来種、犯罪係数300オーバーの執行対象の存在で、通称恋の邪魔者。
体育の授業で組んでからというもの、なにかと俺に構ってくるようになった。
中高生向けの小説家、つまりはラノベ作家というものになろうとし、日々人の恋路の邪魔をして、気持ちの悪い男汁的なものをたぎらせそれを創作活動にぶつけている。
そのおかげでこいつの書くものは、それはもう欲望だか願望だかの得たいの知れない何かを纏わせているものだから、読む人間にそこはかとない生理的嫌悪を感じさせ、有害指定図書として未来ある青少年に見せることすら憚れるすらある。
それを毎回読ませられては、サイゼリアでその本の内容をボロカスに酷評するのがお約束になっていた。
材木座「何故だかお主からラブコメの波動を感じたから参上仕った」
八幡「すみません。俺、沙悟浄じゃないんで人違いじゃないでしょうか。天竺なら確か三年の出し物に『ガンダーラ~俺とお前と三蔵法師~』って出し物があるからそこにいけばわかると思いますよ」
材木座「むう、我は猪八戒ではないというのに」
八幡「むう。じゃねーよ。どっからどうみても猪八戒のコスプレだろそれ」
結衣「あはは……じゃあまたねヒッキー」
八幡「お、おう」
若干、引きながら去っていった由比ヶ浜を見て、材木座は満足そうに口を開く。
材木座「じゃあ、我もこれで」
八幡「おい、お前本当に何しに来たんだよ」
材木座「決まっているであろう。幸せが有限の資源であるとするなら、我に幸せが回ってくるまで、誰にもその席に座らせなければいい。それだけの事よ」
そんな、悲しき一人フルーツバスケットだか椅子取りゲームをしている材木座は、フッ、とニヒルに笑い、去っていく。
その後ろ姿を見て、このホモサピエンスの面汚しめ、神様どうかこいつに天罰を、と願わずにはいられなかった。なむなむ。
材木座「そうだ。今、一寸したことを行っている。文化祭の最後辺り暇があったら屋上に来てくれ。歓迎しよう」
八幡「絶対にいかないから安心しろ」
材木座「そうか、そうか。それは残念だな」
それにしても、人間というのは学ばない生き物なのかそれとも俺が阿呆なだけなのか。
材木座が現れてくれなかったら、迸る熱いパトスで思い出を裏切った挙げ句、またひとつ黒歴史を作り、校舎の屋上から空を抱いて輝き、神話になるところだったかもしれないというのに。
文化祭の魔翌力は怖い。
ふう、と息を吹き出し、気合いを入れ直して業務へと戻る。
○
文化祭には立ち入り禁止区域が存在する。
実行委員や教師の目の届かない範囲や、教室を丸々出し物に使っている生徒達の荷物を置く場所、教職員室など学校として入られたら不都合のあるところは、前もって立ち入り禁止にしておくのだ。
元々ボッチからしたら、人混みと熱気に酔ってしまうのはしょうがなく、人の居ないところで休もうと立ち入り禁止区域で座っていた。
勇者にだって休息は必要だ。
その証拠に宿に泊まれば毎回、お楽しみでしたねと言われるほどに夜の彼等は御大尽だったに違いない。
英雄色を好むというが、魂の安息所を多くとらないとやってられなかったんだろう。
ましてや勇者でも英雄でもない俺は、いつかは彼らと肩を並べるほどの人物になるに違いないと思っていても大器晩成。精神的に未だ成熟しきってないこの身では、材木座と別れて業務に戻ってから中学時分のトラウマを掘り起こしてしまうのも無理はなかった。
今日はよく頑張った。少しぐらい休んでも良いじゃないか。
連絡手段を断ち、一時間ほどボーッとしていたが、その時の俺は世界ボーッと選手権があれば日本代表に選ばれるのではないかと思うほどに魂が抜けていた。
そんな中、とある一画に占いという何とも怪しげな看板を掲げた露天を見つけた。
そこは文化祭から切り離され、いつも立ち入ってはいるが、いつもと違い人が全くいないという非日常的な日常的非日常空間であり、喧騒は遠くに聞こえ、陰湿な雰囲気と妖気を垂れ流し、無駄に説得力がありそうな場所だった。
フードで顔を見ることは出来ないがこんな妖気を無料で垂れ流している人物の占いが当たらないわけないと考え、取り敢えず注意する前に見て貰うだけ見て貰おうかと足が向かう。
「あなたはどうやら真面目で才能もおありのようです」
フードの慧眼に脱帽。
「しかし、今まで貴方が行ってきたことにより、貴方は迷宮へ迷い混んでしまうかもしれません」
妖気を垂れ流すのは構わないが占い師というのは、どうしてこうも回りくどい表現をするのだろうか。
もっと今すぐ使える的確なものがほしいというのに。
八幡「よく分からないんですけど、つまりどういうことですか」
「後悔をなさらないことです。貴方は後悔や自己嫌悪に苛まれる傾向が強い様ですが、それを無くしなさい」
八幡「俺ほど自己嫌悪と無縁な人間はいませんよ。自分大好きですし」
「そうですか。ならもうひとつアドバイスを。吹雪です。吹雪がきたらそれに流されてみなさい。それがあなたにとっての好機となるでしょう。今度こそ好機をつかみとれますよう」
八幡「はあ、ありがとうございます。それと、占って貰ってあれだけど、実行委員会が目つけたから程ほどに」
「いえ、私もそろそろ閉店とします。ほしミュがあるので、ぐ腐腐」
どこか聞いたことのある特徴的な笑いをする占い師を残してその場を後にした。
○
立ち入り禁止区画をでてぶらぶらと最上階を歩いている俺の目に入ったのは、お茶原理主義vs紅茶党員という看板だった。
その看板を掲げているクラスに入ると、徹底!後夜祭まで生議論。途中参加あり。と書かれた黒板を背に教室の半分を議論場、もう半分を観客として、白熱した論戦が繰り広げられていた。
「お茶みたいなノスタルジズムにアイダライズするのはアウトオブクエスチョンであり、紅茶こそ現代の日本にとってのモダニズムだ」
「それあるー」
「なに言ってっかわかんねーよ、ハゲ。日本人なら茶を飲め」
不毛とも呼べる議論をしている中で、髪をポニーテールに纏め凛とした表情で壇上を見つめている見知った顔があった。
八幡「何でお前はここに居るんだ?」
沙希「知らない。呼び込みに着いていったら意味不明な議論してた」
川崎沙希とは、同じクラスだが妹経由で知り合った。
弟の為に深夜のバイトをしているらしく、そんな兄弟愛がどこか親近感を俺に抱かせ、彼女の為にスカラシップと材木座経由で知り合った〈印刷所〉の所員を紹介してから、少しだけ話す仲になっている。
八幡「知らない人に着いていっちゃいけないって教わんなかったのか?」
沙希「……バカじゃないの」
八幡「……で、これは何してんだ?」
沙希「弁論部の催し物で、お茶と紅茶に特にこだわりを持たない人が敢えて別れて議論をするらしいよ」
「和菓子に日本茶。この組合せは無類だ」
「アフタヌーンを紅茶とケーキで過ごす。これが最高の午後を彩るカラー」
「それあるー」
「ルー大柴みたいな言葉使いやがって、意味被ってんだよ」
八幡「そういや、印刷所はどうだ?」
沙希「正直、居心地はあんまり良くない。お金の心配もお陰様でないからそろそろ辞めようと思ってる」
八幡「まあ、それがいいな」
彼女と話している内に議論が煮詰まったのか、進行役が見ている人に意見を求め始めた。
「貴女はどう思われます?お茶派?紅茶派?」
進行役が彼女にマイクを向け、彼女は少し考えた後
沙希「……私はコーヒー派かな」
と言った。
新たな派閥の台頭に場内がどよめき、進行役がなんとかその場を治めようとして隣にいた俺に話題を振ってきた。
「あ、貴方はどうですか?」
八幡「断然マッ缶派だ。ケーキとマッ缶。甘いものに甘いものが加わって最強に見えるまである」
俺の一言が火種を燃え上がらせ三竦みの状態の中、議論は再度白熱した。
最初は俺と川崎だけの派閥だったが、コーヒー・マッ缶連合の良さを熱く語った結果、半数近くを連合に寝返らせることに成功した。
それまでマッ缶の良さを布教することに必死になっていたが、ある程度達成したことで本来の業務を思い出し寒々とした気持ちになった。
八幡「つか、他の実行委員にこんな所見られたら何て言われるかわかんないな」
沙希「はあ、仕事中になにやってんのさ」
呆れるようにため息を吐かれたが、ずっとそれに付き合って机を叩き、気焔を吐きながら意義ありと言っていた彼女だって同類だろう。
八幡「悪い、後で埋め合わせするからここは頼んだ」
沙希「……わかったよ。これで、少しは借りを返せたのかな」
八幡「借りってなんだ?」
沙希「聞き返さなくていいから早く」
背中を強めに押されながら教室を後にした。
○
その後、偶々雪ノ下と遭遇し、一緒に師匠が指揮を執るオーケストラの演奏を聞き、文化祭も大詰めを迎えた頃だった。
実行委員の一人が雪ノ下に何かを話し、彼女が少し焦ったようにこちらを向く。
雪乃「ちょっと良いかしら」
八幡「ああ、いいけど」
雪乃「こっちへ」
そう言って彼女は体育館の舞台裏へと入っていく。
舞台裏には演奏を終えた葉山や三浦さん、由比ヶ浜にその他諸々、それに少数の実行委員が集まっていた。
雪乃「相模さんの行方が分からないらしいの」
八幡「もう最後の挨拶まで、あんまり時間無いってのにか」
葉山「ああ、探そうにも携帯の電源を切っているっぽくて繋がらない」
八幡「じゃあ最後の挨拶を誰かに任せるとか」
雪乃「そうもいかないわ。地域賞とかの結果は彼女しか知らないから」
葉山「また後日にって事にはできないのか」
雪乃「最悪はそうなるでしょうけど、地域賞は今発表しなくてはあまり意味がないの」
葉山「後、何分あれば探し出せる」
三浦「隼人。まさか」
葉山「俺達で時間を稼ごう」
戸部「隼人くん、それマジカッケッーっしょ。主人公みたい」
結衣「そうだよ。皆でやったらきっと大丈夫だよね」
なにやら、向こうの方ではアニメでよくある時間稼ぎイベント的な青春の一ページが主人公の回りで起こっているようで、後日にしてしまえば良いと思っていた俺は、ぽつねんと取り残された気分でやり取りを見ていた。
雪乃「驚きだわ。あなたでも空気を読むことが出来たのね」
と小声で雪ノ下が話しかけてくる。
八幡「いや、なんでその思考に至った」
雪乃「あなたの事だから、そんな面倒なことするぐらいなら後日にすればいい。とか言うだろうと思って」
八幡「そんなことは言わないぞ。文化祭だし」
雪乃「あら、あなたも文化祭だからといって浮かれてはめをはずすような人間だったの?」
八幡「いや、浮かれる阿呆は尽く死滅すればいいと思ってる。なんだったら葉山は壇上で恥の一つでもかけばいい」
雪乃「……流石ね」
八幡「よせやい。照れるじゃねえか」
雪乃「寧ろ貶しているのだけれど」
八幡「大体空気を読むってなんだよ。空気は吸って吐くものだ」
横目でちらりと一瞥をした後、はあ、とため息を吐かれた。
はて、何かおかしなことでも言ったかしらん。
雪乃「兎に角、ここにいる皆で手分けして探せば、二十分もあれば校内全部見れるはず」
三浦「ちょっ、二十分もやる体力も曲もあーしたちだけじゃ無理なんだけど」
戸部「大丈夫だって。最悪、俺と隼人くんで漫才でもして時間稼ぐからさ。そうすれば、文化祭も丸く収まるし俺はモテるしwin-winじゃね」
八幡「そうだよな。ついでに葉山が恥をかけば俺も得してwin-win-winだ」
戸部「なに、ヒキタニくん。俺らと一緒に漫才したいの?」
八幡「いや、遠慮しておく。安心して探しに行けるってことだ」
戸部「そう?俺ってば安心感ある男だかんなー」
雪乃「……戸部くん。ありがとう」
戸部「良いって良いって。らくしょーっしょ」
雪ノ下が頭を下げる珍しい場面を目撃したが、そこで茶化すようなことも言ってられない。
なにはともあれ時間を稼いでくれると言っているのだ。探す場所を決めないと。
陽乃「ひゃっはろー。なんだか楽しそうなことになってるね」
……ああ、来てしまった。
○
魔王の到来により頭の中では危険危険とシュプレヒコールし、早と退の二文字が頭の中でくんずほぐれつサンバのリズムを刻んでいるが、それも仕方がないはず。
こんなひっかき回しがいのあるところに師匠が来ない訳はないし、忘れていたがスローガンを決めたのは師匠だった。
ちらりと葉山を見ると目があったが、どうしようもないと頭を振るだけだ。
全く使えないやつめ。
結衣「あー、ゆきのんのお姉さんだ」
師匠に対して特に警戒心を持っていないんだろう。いつもの調子で話しかけていた。
キッと睨み付けている雪ノ下とは対照的に、友達百人出来たら富士山の上で輪になって踊ろうを体現している由比ヶ浜に
お前はそのまま自分の道をひた走れ
と、心の中で熱いエールを送った。
勿論、表だってそのエールを送ることは無い。
そんなことをして、え……あ、どうも。と苦笑いを浮かべられでもした日には、俺の繊細なハートは復元不可能にまで粉々にされてしまうだろう。
陽乃「おお。久しぶりだねガハマちゃん。髪切った?」
雪乃「姉さん。そんな阿呆みたいな質問しないで。今、立て込んでるから邪魔をしないでくれる」
陽乃「はあー、雪乃ちゃん。話は聞いてたけどさ、そんな杜撰な考えで時間が稼げるとでも思ってるの。どうせ滑って五分も持たないのがオチだって分かっているのに」
戸部「それ、酷いく――」
陽乃「ちょっと黙っててくれないかな」
にこりと戸部に笑いかける師匠は紛れもなく鬼か妖怪の類いである。
心なしか角見えるし、戸部とか三浦さんなんか吹けば飛ばされる毛玉の如く丸くなってる。
そんな中で俺は、黒髪の乙女が掌の上で可愛らしく丸くなっている幻影を脳裏に浮かべ、思わずうへへと笑みをこぼしていた。
現実逃避してる間も師匠と雪ノ下の会話は続く。
陽乃「私だったら、あんなのに頼むよりも確実に簡単に時間を稼げるんだけどなあ」
雪乃「何が目的?」
陽乃「なにも。あえて言うなら『面白きことは良きことなり』ってね。だから別に貸しとかそんなのにはならないよん」
雪乃「……わかったわ。よろしくお願いします」
陽乃「まっかせなさい。おもしろ可笑しくしてくるから」
いつもの何処と無く胡散臭い笑みを浮かべ、意気揚々と師匠が壇上に上がっていく。
八幡「おい、まだ間に合うって、あれを止めろ」
雪乃「大丈夫よ、きっと。戸部君達が赤っ恥をかくのと、あの人に任せることどっちが酷いことになると思う?」
葉山「いや、俺と戸部だけなら恥をかいたって別に大丈夫だけど……」
八幡「ああ、師匠は何か仕出かしてくるな」
雪乃「師匠?」
八幡「あ、いや、それよりもほら。喋り始めるぞ」
葉山「そうだよ。雪乃ちゃ――雪ノ下さん」
雪乃「後で、じっくりと、聞かせてもらうわ」
ついうっかり、師匠呼びをしてしまったせいで仮に切れ味があったら真っ二つにされてしまうかのような視線を浴びることになったが、師匠が挨拶をしてその視線は反らされた。
隣では、ついうっかり、雪乃ちゃん呼ばわりしてしまったせいで、葉山が三浦さんから燃やされるかの様な視線を浴びていた。
○
陽乃「ひゃっはろー。皆楽しんでるかい?」
会場から歓声が沸く。
陽乃「今日は文化祭日和だったね」
会場にマイクを向けると、そうですねー。とレスポンスが響く。
陽乃「祭りも酣になってるけど、そろそろ終了の時間が迫っちゃったんだよね」
今度は会場からええーと落胆した声が出てくる。
一体いつの間に仕込みを紛れ込ませたのだろうか。
陽乃「でもね。実行委員長がお祭りを終わらせたくないって校内の何処かに隠れちゃったの」
お昼の司会者から、どこぞの歌のお姉さんに早変わりをしたかのような口調で師匠は喋り続ける。
陽乃「文化祭のスローガンは『青春を、探す阿呆と眺める阿呆。同じ阿呆なら探してsing a song』だったよね」
陽乃「そこで皆には、これから委員長を探して貰いまーす」
陽乃「無事見つけて連れてきた人にはなんと、ディスティニーランドとシーの三日分フリーチケットと、その隣のホテル二泊分をペアでプレゼントしちゃいます」
今日の文化祭が始まって一番の歓声が響いた。
陽乃「ルールは簡単。校内の何処かにいる委員長を最初に見つけて連れてきた人の勝ち。ただし、小さいお子様もいらっしゃるので、誰かを怪我させてしまった。迷惑行為及び妨害行為をしてしまった。等の違反者は即失格とします」
陽乃「基準としては、失格者は校内各地にいる実行委員や先生方が持っているカメラで撮られてしまいます。その失格者が委員長を見つけてしまった場合は景品も没収」
陽乃「そうなってしまったら、悲しきかなこのチケットは日の目を見ることなく終わってしまうでしょう」
陽乃「彼女、彼氏にあげるもよし。友達と一緒にいくもよし。今日出会った人と一緒にいくもよし。未来のパートナーのためにとっておくもよし。家族にプレゼントするもよし。一人で六日分楽しむもよし」
陽乃「最後に、委員長の顔はこちら」
後ろを振り向きながら突然現れたスクリーンに手を向けると、相模さんの顔がアップになり写し出される。
陽乃「というわけで、探す阿呆と眺める阿呆。同じ阿呆なら探してsing a song。委員長を見つけて青春も見つけちゃおうゲーム。スタート!!」
スタートの合図と共に会場にいたほぼ全員が早足で外に出ていく。
○
会場裏は会場の熱気とは裏腹に、皆が頭を抱えさながらお通夜のような雰囲気になっている。
雪乃「ああ、やってくれたわね」
葉山「本当にどうしようか」
八幡「どうするもこうするも、相模さんはこの事知らないだろ」
雪乃「そうね。そう考えていた方がいいかも知れないわ。とにかく私達に出来るのは、参加している人間よりも早く彼女を保護すること」
葉山「確かに、それしかないのかもな」
八幡「この人数でか」
見渡すと、俺に雪ノ下、葉山、由比ヶ浜、戸部その他、それに初期の頃から真面目に仕事をしていた実行委員達合わせての十五人ほどしかいない。
十五対体育館満杯の人数。
それに、あっちの総指揮は師匠である。
いつの間に諸先生方や実行委員を味方、いや、手下につけたのかは知らないけども、結局、俺に呟いたときからこうなることは決まっていたのだろう。
こんなのスパルタ軍でも即時降伏するレベルだ。
結衣「でも、ここでぐだぐだしたって仕方ないよ。私と優美子は女子トイレを見てくるから、ゆきのんは放送室に。ヒッキー達は心当たりのあるところを片っ端から」
三浦「あーしたちにもインカムかしてよ。見つけたときに連絡しやすいっしょ」
実行委員Aからインカムを受け取り、彼女達は走っていく。
八幡「はぁ、どうしてこうなっちまったかね」
葉山「でも、陽乃さんの思惑通りを阻止できる機会なんて早々ないだろ」
八幡「確かにな。もうこうなりゃ自棄だ。さっさと相模さん見つけるぞ」
雪乃「今は良いけれど、帰ってきたら何故姉さんを師匠と呼ぶのか教えてもらうから」
八幡「わかったって。それと雪ノ下、放送室に着いたら相模さん用のカンペ作っておいてくれ」
雪ノ下の返事を待たずに、葉山達と早足で会場裏を出ていく。
○
校庭はすでに多くの人が色んな所をさがしている。
火の中、水の中、草の中、森の中、鞄のなかも机のなかも、向かいのホーム、路地裏の窓、そんなとこにいるはずもないのに。
早速、あの子のスカートの中を探そうとして蹴られている阿呆もいる。
スカート覗きから始まる恋なんてないというのに。
勿論、覗こうとした阿呆は実行委員に連れ去られていた。
こんな意図明白意味不明な行動に走り出し、ロマンチックエンジンを噴かしながら、自分だけのハッピーエンドを探す手前勝手な妄想を垂れ流し、迷走することの何が楽しいのか。
今まさに主役にならんとして委員長を探し回っている奴、時間を稼ごうと言った戸部達、由比ヶ浜に何かを言おうとした俺……
どいつもこいつも阿呆ばかりだ。
八幡「この、御都合主義者共め」
隣を走る葉山達に聞こえるか聞こえないかと小さく呟く。
戸部「そういえばさっきのあれ、なにげ俺っちも気になる」
八幡「お前には教えん」
戸部「酷くないヒキタニ君」
葉山「まあまあ、早く行こうじゃないか。俺はこっち側を探すから」
戸部「うっし。じゃあ、二年後にシャボンディ諸島で」
八幡「一人で行ってろ。ついでにレッドラインの向こうから帰ってくんな」
戸部「意外と良いツッコミじゃん。ヒキタニ君サッカー部戻ってこない?」
八幡「何が悲しくて、お前と漫才するためにサッカー部に戻ならいけん」
二人と別れて、校舎へと走っていく。
一人になり、委員長はどこにいるかと考えを廻らせる。
きっとああいうタイプは自尊心と劣等感の間で震えているような小物に違いない。ソースは俺。
ましてや、副委員長が自分よりも優れていて、自分がただ足を引っ張ってしまう存在だと気付いてしまったら、誰だって隠れたくなるだろう。
隠れる事によって、誰かが困り、それによって自分の必要性を確認したい。
誰かに見つけてほしい。
でも、簡単には見つけてほしくない。
誰かに糾弾してほしい。
でも、一方的には責められたくない。
そんな人間が隠れるのは、女子トイレなんかじゃない。
見つけようと思えば誰でも見つけることができ、且つ探すためだけでしか足を踏み入れない所。
つまりは、立ち入り禁止区域の何処かになる。
立ち入り禁止区域は多分十箇所程度あったはずだ。
手当たり次第に捜そうにも回りきれないだろう。
何ヵ所かを回れる最短距離を選びながら校舎の中を進む。
校舎内では、既に参加しているだろう人間が色んな教室やロッカーの中を探していた。
下の階は人が多く、人がまだ少ない最上階から降りていくことにした。
最上階まで上がると前を走る人が、一つの教室に吸い込まれるように入っている。
先を越されたかとその教室をよく見ると、すらりとした背丈のメイド服を着た人が立っていて、それに釣られるかのように男達が入っていってるらしかった。
その教室まで近付き、メイド服の人物に声をかける。
八幡「本当にお前は何をやってるんだ」
沙希「全員がコーヒー連合になったあと、喫茶店になった」
恥ずかしがって居るところが男心をくすぐるのだろう。
教室内の視線は全て彼女に向かっている。
八幡「意味不明だな」
沙希「それよりもお客から話は聞いたよ。相模さんなら結構前に泣きながらここを走って行った。この先は階段しかないから、多分屋上じゃない?」
確かに屋上は立ち入り禁止区域。探そうとしなければ見向きもしない所であり、それっぽいお手軽な青春気分も味わえるだろう。
沙希「ここまで来る人達は足止めしといてあげるから、早く行ってあげな」
彼女の素っ気ないよう言う口調と、それに反した服装と柔らかい表情。それに目標がどこにいるかが判り、俺の頭の中は常夏にでもなってしまったに違いない。
八幡「サンキュー、愛してるぜ川崎」
と思い返せば、自室に引きこもり布団にくるまりながら叫び出すのが確実な台詞を口走っていた。
沙希「バ、ババババカじゃないの……」
教室の中から来る彼女に釣られて入ったであろう野郎達の視線と、真っ赤になった川崎を横目に走り出す。
他の人に気付かれないように、培ったステルス性能を全力で高めて屋上へと向かう。
階段を上りきり、息を整えながら逸る気持ちを抑え、屋上の扉に手をかける。
○
相模「どうせみんな、影で無能とか役立たずとか思ってたに決まってるじゃん」
静「うんうん。分かるぞ、その気持ち。何が『ははっ、結構真面目な御方なんですね』だよ。ははっ、の部分からドン引きしてるのが手に取るように分かったぞ」
材木座「2人とも、そんなことないですって。ああ、はちまーん。ちょうど良いところに、助けてくれ」
扉の先では、こたつで鍋を囲みながら愚痴る相模さんと、ぐずる平塚先生と、それをあやす材木座の姿があった。
八幡「いや、この状況は想定外だわ」
材木座「何を言っているのだ八幡。いいから何とかしてくれ」
八幡「いや、うん。まあ、はい」
それまで、どうやって相模さんを会場に連れ戻すかを考えていたが、もうこのまま何も見なかったことにして、家でカマクラと小町を猫可愛がりしたい気持ちをがむくむくと沸き上がってくる。
流石にそれでは今まで頑張ってきた雪ノ下に申し訳ないのと、相模さんがほんの少しだけ可哀想に思えて、開いていたこたつの一画に入った。
八幡「何があってこうなったんだ。というか、韋駄天コタツってお前のことだったのかよ」
材木座「うむ。よくぞ聞いてくれた。我の韋駄天コタツは、立ち入り禁止区域を移動しながらカップルをこたつに連行して、破局に導くように囁いて居たのだ。その輝かしい戦績は――」
どうにもこのままいくと材木座の一日を追体験することになりそうだったので、鍋の中のちくわをえいやと材木座の鼻に突っ込み話の腰を折ることにした。
材木座「熱っ、ちくわ熱っ」
八幡「いや、どうでもいいからそこら辺は。何で先生と相模さんが居るのかだけ教えろ」
材木座「わ、わかった。先ずは平塚教諭だが、何やら妖気のようなモノを垂れ流していた立ち入り禁止区域を通ろうとしたときに、その奥からフラフラになった教諭が通りがかって、それからずっと居座られて愚図っている」
大方、占い師の所にでもいって、結婚できませんとか何とか言われたのだろう。
ちらりと先生達を見ると、どこか虚空を見つめながら二人ともぶつぶつと呟くだけで、会話にすらなっていなかった。
材木座「その後、教諭の愚痴を屋上で聞いていたら、これまたフラフラとこちらのお嬢さんが来て、教諭がこの中に誘って今に至る」
八幡「大体わかった。ほら、先生に相模さん。もう文化祭も終わりですよ」
二人に声をかけたら、他称腐った目をしている俺よりも腐った四つの目が睨んでくる。
相模「どうせあんただって、無能とかって思ってるんでしょ。でも、あんたがあんなことさえ言わなければ」
静「私の何が悪いって言うんだ。軽い女の方がいいのか。もういい、比企谷。お前が結婚してくれ」
八幡「材木座、捌ききれない。平塚先生は任した」
喚く材木座を無視して、相模さんと対面する。
相模さんは俺を睨み付け、今にも掴みかかってきそうな雰囲気になっている。
八幡「確かに、自分達が楽しむことが大事、と言ったのは俺だよな。でも、予算の決定、進捗状況の把握、外来の対応、書類整理、どれかひとつでもちゃんとやったのはあるか」
相模「そんなこと言われたって」
八幡「全て雪ノ下任せで、会議の進行もろくにできない。無能って思われても仕方ないとは思わないか」
相模「でも、雪ノ下さんはうちがやらなくても」
段々と語尾が小さくなり、心なしか縮こまってきてるような気もするが構わずに続ける。
八幡「そこは、あいつも悪い。相模さんの中にもあると思うけど、自分の中で一定ラインに達してない奴は、全員そこらのモブみたいな考え方。多分、あいつはその一定ライン、求めるものが高すぎるんだと思う」
八幡「しかも、人をたてるとかは苦手だろうし、自分で出来ることは全てこなす節がある」
相模「なら」
八幡「でも、委員長は相模さんだ。役職には責任がある。それが嫌だったら、それこそ、そこら辺のモブにでもなっていたらよかった」
八幡「だから、無能って思われても仕方ない」
言うだけのことをいってから、改めて相模さんを見ると手で顔を隠し、肩を震わせていた。
その姿をボーッと見ながら、なぜか小学校の頃の学級委員会を思い出した。
もちろん立場は逆で、30対1だったが。
八幡「でも、それは実行委員会限定だ。会議に参加してない大多数の人間は、相模さんのことをまだ有能かも無能かも分かってない」
相模さんの肩がピクリと動く。
八幡「御都合主義者」
相模「えっ?」
八幡「文化祭とか修学旅行とかのイベント事になると、誰もが勝手に大団円を求め、自分に都合の良い結末を願う御都合主義者になると俺は思ってる」
八幡「馬鹿みたいだよな。そんな御都合主義が罷り通るなら、今頃世界は平和になって、バブルは弾けず経済はうなぎ登り、俺は成田山の御本尊として祀られ目が煌めいてた筈だろ……それでも……」
勿論、大多数が文化祭の主役足り得ず、その幕をひっそりと降ろすだろう。
俺だって精々、走り回って空回りした男Aが関の山だ。
それでも、ちょっとぐらい信じても良いじゃないか。
俺が願っても叶わなかった、薔薇色のスクールライフを。
きっと、どこかにある俺の可能性を。
一息吐いてから、なるべく大仰な言い方をしようと立ち上がる。
八幡「この手をとれば、今までの不祥事を引っくり返して貴女を御都合主義者たらしめてしんぜよう」
相模「ふふっ、なにそれ」
彼女は少しだけ笑った後、戸惑いながら差し出した手と俺を交互に見る。
相模「ねえ……まだ、間に合うかな?」
八幡「今だからこそ」
相模「……わかった。うち、やってみる」
顔をあげた彼女の目元には涙がたまっていて、声も震えているが、俺を見るその目はいつも鏡で見る目よりもずっと綺麗だった。
相模「ありがとう。あと、色々ごめん」
ごしごしと目を袖で擦りながら彼女は立ち上がった。
八幡「よし、行くか」
材木座「え、我もしかしてこのまま」
平塚「まだ話は終わってないぞ材木座」
材木座「……お空、綺麗」
中空に何かを見つけたのか、平塚先生の甘い初恋話を上の空で聞く材木座に手を合わせ、なむなむと拝んでから、インカムで雪ノ下に連絡をいれる。
八幡「聴こえるか、相模さんを見つけた。体育館に集まるよう放送頼む」
雪乃「わかったわ。それとカンペ渡すから一回こっちに来て」
八幡「ああ」
連絡が終わり、程なくして校内放送が響いた。
○
相模「うそ、今そんなことになってるの」
雪乃「そうよ。あのままだと事情を知らずに、見知らぬ誰かに追い回された挙げ句、強制的に壇上に上げられていたわね」
八幡「一生もんのトラウマだな」
放送室に着いた俺達は、雪ノ下を交えて今の状況を斯く斯く然々と伝えた。
あと一歩で大惨事になるところということで、相模さんの顔からは血の気が引き、小刻みに震えていた。
雪乃「放送では二十分後に体育館集合と言ったから、十分でこのカンペを覚えて頂戴」
そう言って雪ノ下が渡した紙は、少なく見積もって原稿用紙二枚分はあろう物だった。
八幡「いや、覚えられるか。二、三回読んだだけで時間なくなるわ」
雪乃「そうかしら」
可愛らしく小首を傾げられても困る。
誰もが、雪ノ下みたいにできる訳じゃないというのに。
八幡「内容を忘れたら余計パニックになるだろ。こういうのは、ある程度言うべき言葉をメモするだけで十分だっての」
相模「……ありがとう。雪ノ下さん」
雪乃「依頼は達成できたようね」
深く頭を下げる相模さんに雪ノ下が微笑みながら答えた。
雪ノ下の原稿から幾つかの単語を見繕ったメモ帳を相模さんへと渡し、放送室を後にした。
○
結果的に相模さんの閉会式は成功を納めた。
最初こそ緊張した雰囲気を出していたが、観客が興奮しきっていた事もあり、締めの時には堂々とした態度で現代のジャンヌダルクかくやと観衆を導き、文化祭史上最大瞬間風速を観測した歓声が体育館に響くこととなった。
これで彼女が恥をかく必要は無くなったわけだ。
彼女は俺や雪ノ下、葉山達にお礼を言ってから他の実行委員に謝りにいくと出ていった。
実行委員会の時から阿呆だと言っていたが、流石に師匠のあれでは可哀想過ぎるというもの。
雪乃「それで、貴方が姉さんを師匠と呼んでいた理由はなぜかしら」
文化祭がなんとか終了し安堵している俺に、雪ノ下が詰め寄り聞いてくる。
バナナで釘が打てるようになる程の視線を浴び、観念した俺は師匠と出会ったところから文化祭でどんなことをしろと言われたかなどをざっくりと説明した。
雪乃「また、阿呆なことを……」
頭を抱えながら雪ノ下は吐き出すように呟く。
八幡「言っとくけど、俺と葉山も最初こそはお前の邪魔をしようとしたが、しっちゃかめっちゃかになった後はそんなことしなかったからな」
雪乃「分かってるわ。自分のやったことで首閉めて阿呆の骨頂じゃない」
葉山「まあまあ二人とも、大団円で終わったから結果オーライでいいじゃないか」
三浦さんからの詰問を逃れ、合流した葉山が納めようとしたが、この状況にした戦犯がふわりと何処からともなくやって来た。
陽乃「よくないよ。全くよくない」
雪乃「姉さん」
陽乃「せっかくもっと面白くなりそうだったのに、比企谷君がすぐ見つけちゃうんだもん。お姉さんつまんない」
雪乃「今回のは流石にやり過ぎよ。姉さん」
ギリリと食い縛るように雪ノ下が言う。
陽乃「ちょっと、あの委員長ちゃんにはお灸を据えないとって思っただけなんだけどなあ」
八幡「それにしたって、あれは可哀想だと思いますよ。師匠」
葉山「確かに俺も強引だったと思う」
陽乃「酷いよう。弟子の反乱が起きてる」
雪乃「ちゃんと聞いてるの?」
ハンカチに目を宛て、よよよと泣く演技に苛ついているのか、雪ノ下は地面をカツカツとならしている。
陽乃「今回は比企谷君も隼人も弟子としては、不真面目で最低だったけど、まあ楽しめた方から及第点をあげよう」
雪ノ下の苛立ちをよそに師匠は続けた。
陽乃「それと、雪乃ちゃん。今回は皆にしてやられたけど次はそうはいかないからね」
ビシッっとゆびを指して師匠は舞台裏から姿を消す。
師匠が帰ったことにより、緊張した空気がへなへなと弛緩していった。
雪乃「……これで分かったら、あの人の弟子なんて直ぐに辞めなさい」
八幡「もしかして、今までもこんなことって有ったりしたのか?」
雪乃「ここまで大事になることはやってこなかったけれど、どちらにしろ阿呆なことをやってたのは確かよ」
葉山「どんなことをやられてきたんだい?」
雪乃「……あなた達なら言ってもいいかも知れないわね」
そう言うとポツリポツリと雪ノ下は語りだした。
○
姉妹間戦争。
師匠はそう名付けている。
事の始まりは彼女が中学生の頃。
彼女は幼き頃より、よく上履きを隠される生徒だったそうだ。
女子の嫉妬や逆恨みだったり、男子が気を引く為だったりと原因は数多くあったが、彼女は犯人を精神的に追い詰めペシャリと潰していった。
それでも彼女だって人間であり、上履きを隠されるという行為に全く傷付かなかった、なんてことは無かっただろう。
そんな時、師匠が彼女の上履きを桃色に染め上げたらしい。
陽乃「わーい、引っ掛かった。引っ掛かった」
と喜ぶ師匠がカンにさわり、卒業まで彼女はそのピンク色の上履きを使い続けたそうだ。
雪乃「なくしても、見つかりやすい様になっただけよ」
愛憎一体化したような笑みを浮かべ、彼女はそう話した。
高校になっても悪戯は止まらなかった。
読んでいた小説のしおりを全ページに挟まれる。
家にあるDVDを全てホラー映画に差し替えられる。
テレビと冷房のリモコンの中身をそっくり替えられる。
塩と砂糖、小麦粉と重曹、醤油とソースを入れ替えられる。etc.
と、一人暮らしを始めてオートロックに住んでいる彼女の部屋に忍び込んでするには割に合わない労力や技術力を駆使し、実に下らない悪戯ばかり師匠はしてきたそうだ。
最初こそは下らないと一蹴していたそうだが、塵も積もればなんとやら。
高校二年生に上がった頃、彼女の堪忍袋の緒が切れた。
報復として師匠の家に忍び込んだ彼女は、
トイレットペーパーをキッチンペーパーにすり替え
家の本棚全てをこち亀とゴルゴで埋め尽くした後、師匠名義で寿司を二十人分頼んだらしい。
それからは報復に次ぐ報復で、端から見るにはなんともまあ可愛らしい悪戯合戦を繰り広げていたと言うわけである。
葉山「まあ、なんというか」
八幡「阿呆だな」
雪乃「自分でもわかってるわ。それでも姉さんには負けたくなかったの」
とまあ、これが姉妹間戦争の小さき全容だった。
今回の事もその延長線上だろう。
とにもかくにも、割りを食ったのは俺と葉山、それに相模さんだと言うことは想像に固くない。
今日はここまでで
予定は未定ですが出来るだけ早く来ます
何かあったら教えてください
お久しぶりです。
出来るだけ早く来るとのたまいながらもかなりの時間が空いてしまいました。
始めます
○
人生一寸先は闇。
俺達はその底知れぬ闇の中から、自分の益となるものを掬い出さなければならない。
そういう哲学を学ぶという口実の元に、師匠が闇鍋を提案した。
たとえ闇の中であっても闇から的確に意中の具をつまみだせる技術は、生き馬の眼を抜くような現代社会を生き延びる際に必ず役に立つというが、甚だ疑問である。
その夜、師匠のマンションで催された闇鍋会に集まったのは、師匠に俺、雪ノ下雪乃、それに何故か一色いろはという葉山の自称弟子だった。
闇鍋会のルールは、各々食材を持ち込んでもいいが、煮るまでその正体は秘密にしておくということ。
文化祭の一件や師匠から受ける日々の嫌がらせに腹を立てていた雪ノ下は
雪乃「闇鍋なのだから、何を持ってきてもいいのよね」
と不適な笑みを浮かべていた。
日頃の鬱憤を晴らす為に言語を絶するものを入れるのではないかと俺は気が気でなかった。
いろは「大師匠に雪ノ下先輩、初めまして。一色いろはと申します。それに先輩は少しぶりです。レポートで来れない葉山師匠の名代として来ました。師匠が何時もお世話になっているようで、つまらないものですがこれを」
と彼女はころころと笑いながら俺と雪ノ下にはカステラを、師匠には桐の箱に入った束子を渡していた。
陽乃「へえ、亀の子束子か。将来有望だね」
いろは「えへへ、ありがとうございます」
師匠にそこまで言わせるような逸品である亀の子束子。
後に聞いたところ、強靭で繊細な毛先がファンデルワールスなる力をむにゃむにゃっとして、どんなに頑丈な汚れも洗剤要らずで落としてしまうという幻の一品らしい。
なぜ彼女がそんな品を持っていたのかは不明だが、葉山には勿体無いくらいの弟子であることは明らかだった。
決してカステラで買収されたわけではない。
八幡「葉山には勿体無い程しっかりした人だよな」
雪乃「そうね。というより、何を教えてるのかしら」
いろは「特にまだ教えてもらっていません。ただ、着いていくばかりで」
一色いろはに会ったのは文化祭が終わってすぐのことだ。
亜麻色の髪を靡かせる乙女で可愛らしくはあるが、自分のことを可愛いとわかった上での打算的な行動が見える小悪魔の様な後輩である。
その気になれば俺なんかは手玉に取られ、それこそお手玉の如くぽんぽんと他の手玉に混ざり、見る人全てに無様なエンターテイメントを提供してしまうだろう。
好きなものは葉山とお菓子作り。
サッカー部のマネージャーとして葉山の後ろをついて回り、その事が切っ掛けで俺とも知り合った。
当事者じゃない俺からすれば彼女が葉山に惚れているのは丸分かりだった。
それを問いただしたらあっさりと認め、時々俺に相談するまでになっている。
押し掛けて弟子入りしてしまえと言ったのは他でもなく俺で、葉山も弟子入りを認めてはいないが渋々ながら彼女がそばにいるのを受け入れているようだ。
葉山は葉山で師匠とはため口をとれるような間柄ながらも雪ノ下とは過去に一悶着あったらしく、それでいて一色や三浦さんを側に置き女避けとして使っているようで、というのだから隅に置けない。
爆発してしまえばいいと心から思う。
○
電気の消えた中で物を食べるというのは中々に不気味なことだ。
しかも鍋を囲むのは3人の乙女と俺という奇っ怪な面々である。
八幡「俺も葉山と同じクラスだからレポートあるんだけど」
と主張をしてみたが
いろは「まあまあ、そういわないでくださいよ先輩」
雪乃「貴方が女性3人と鍋を囲める機会なんて一生に二度とないのだから、寧ろ喜ぶべきではないかしら」
陽乃「まあ、今回も〈印刷所〉に頼めば良いじゃない。御安くしておくよ」
と悉く却下を出された。
イケメン無罪とでも言うのか。
いろは「なんですかこれ、うにょうにょしてますっ」
と悲鳴を上げて放り投げたものが俺の額に当たった。
後から分かった事だが、ただのちぢれ麺だったらしい。暗闇では細長い虫のように感じた。
八幡「なんだこれ、誰かエイリアンのへその緒でも入れたのか」
雪乃「そんな妙ちくりんな物、貴方しか入れないのだから責任もって食べなさい」
八幡「いやいや、無理だってこれ」
陽乃「第一陣は変なもの入ってないから安心して食べていいよ」
と妙に先行きが不安になる言い方をしたのだが仕方なしに箸を進めた。
○
何の気なしに掬った丸っこい物体にかぶり付いていると一色の方から声がした。
いろは「大師匠、ちょっと相談が……」
陽乃「なーに?」
いろは「もしかしたら私、生徒会長に祭り上げられてしまうかもしれないんですよ」
陽乃「良かったじゃん。なったら生徒会長特権で色々出来るんじゃない?」
いろは「でも、ですね……」
陽乃「えー、何が嫌なの?やってみたら良いのに」
生徒会長になるのが嫌で知恵を借りようとしたのに、逆に面白がられて師匠から後押しを受けるような形になって困っているらしい。
暗闇でもなんとなく一色があたふたしているように見える。
雪乃「姉さん。あまりそういったものは無理強いさせるものではないわ」
陽乃「うーん。じゃあ分かった。もしいろはちゃんが生徒会長になったら役員に隼人と比企谷くんもつけてあげる」
いろは「分かりました。やります」
この変わり身の早さには舌を巻かざるを得ない。
きっと彼女の中では、自分の利益と俺の不利益を天秤にかけた結果、驚くべき初速で自分の利益へと傾いたはずだ。
八幡「いや、師匠。俺と葉山の意志は」
陽乃「これも、弟子としての修行だよ」
雪乃「はあ、阿呆らしい。勝手にしなさい」
予期せぬ生徒会入りに断固抗議しようと思ったが、雪ノ下も匙を投げた今、なんとか雪ノ下をこちらの陣営に引き込みたい所だ。
八幡「なあ、雪ノ下さんや奉仕部に依頼がーー」
雪乃「ごめんなさい。臨時休部中なの」
言い終わる前に言葉を被せられ、師匠と一色を納得させる言葉も見付からない。
最早、ぐぬぬと唸るだけしか出来なかった。
○
第三陣まで食べ進めると甘い鍋に変貌をとげた。
八幡「おい、誰だよ。あんこ入れたの」
いろは「それ私です。ちなみにお手製です」
八幡「お手製かどうかはどうでもいい」
雪乃「そういう貴方もMAXコーヒー入れたわね。甘ったるいわ」
八幡「馬鹿言え。MAXコーヒーは何にだって合う」
陽乃「そんなわけないじゃん。うわっ、茶巾にチョコ入ってる」
三人集えば姦しいとは言うが、想像以上に皆のテンションがおかしい。
箸が転んでも、何を掴んでも彼女達はけらけらと笑っている。
誰かが怪しいキノコでも入れたのだろうか。
陽乃「みんな。私は、マシュマロは入れてないからね」
師匠はどうやらマシュマロを掴んだ様で静かに宣言していた。
雪乃「でも、姉さん。お酒入れたでしょう。少しアルコールの臭いがするわ。それに私達は未成年よ」
陽乃「大丈夫、大丈夫。普通の料理だっていれてるし、煮てればアルコールは飛ぶから。それに何より味に深みが出るよ」
テンションがおかしいのは、このお酒の匂いのせいかもしれない。
いろは「最早深すぎて何が何だか分かりません」
陽乃「深淵なる鍋だね」
その後、俺はマシュマロが纏わりついた羊肉をたべ、あんこ味のキノコを食べた。
わけのわからないものを食べたので余計に腹が膨らんだのか、そこから先は余り鍋に手を付けずにあれこれ喋った。
お酒が入っていたせいか、変なものばかり食べたせいかは分からないけど、一色の声が途中からしなくなったので心配とともに悪戯心が沸いてきた。
八幡「一色生きてるか?」
いろは「ダメです。死んでます」
八幡「そうか。なら、一色が死んでる間にこいつの恋の話でもしようか」
陽乃「なにそれ、なにそれ」
いろは「へいっ」
八幡「女子がする反応じゃないな」
突っ込みのような反応を示した一色に、繊細微妙でふはふはした可愛いものに目がない乙女というのはやはり作り物だったのだと安堵していいのか、それともただ単に俺のことを男としてではなく目の腐ったみょうちくりんな生き物として認識しているのかと不安になればいいのかわからなかった。
いろは「いいんですよ。先輩しか男子はいないんですから。それとも何ですか?ふえっ、だの、あわわ、だの、はうっ、だのと反応すれば良かったですか?」
八幡「い、いや、そんなことは無いぞ」
いろは「気持ち悪い擬音が世の中に溢れてない時点でそんな女の子はいないって気づいてください」
八幡「まあまあ、それは置いといてだな。さっきの一色の恋の話なんだが」
また、突っ込みを入れられたりして話の腰を折られるのも癪だったので間髪入れず言葉を続ける。
八幡「実は葉山に弟子入りした切っ掛けなんだが、どうすれば葉山ともっと近づけるかを相談されて、だったら弟子にでもなればいいって言ったのが俺なんだよ」
雪乃「成る程。それで、葉山くんの弟子に」
いろは「嘘です。嘘っぱちです」
八幡「なんだ、生きてるじゃないか。それで、この前なんか泣きながら電話で……」
陽乃「それでどうなったの」
いろは「黙秘権ですっ」
雪乃「二人はそんな仲だったのね」
陽乃「最近の高校生は進んでるんだねえ」
八幡「まだ、進めてないみたいだけどな」
いろは「黙秘権です。弁護士を要求します」
笑いながら言う雪ノ下姉妹ときゃあきゃあと叫ぶ一色の声を聞きながら鍋に手を伸ばす。
八幡「あれ、これ食いもんじゃないな」
箸で掴んだ物はむにゅっとしていて、布で出来た先に金属の輪っかがついているようだ。
陽乃「食べれないものを入れちゃダメだよ」
雪乃「そろそろ窓開けようかしら」
いろは「私は電気つけに行きますね」
電気をつけて目に飛び込んできたのはパンさんのストラップで、皿の上に鎮座ましましていたそれは、鍋の汁を吸って茶色に変わっていた。
陽乃「勿体ない。誰が入れたのかな」
いろは「私じゃありませんよ。でも、かわいいですね」
雪乃「パンさん……」
その表情からして全員が見に覚えが無いものらしい。
八幡「洗って来るわ」
よくよく観察するとふてぶてしい顔付きに、どこぞのメタルバンドのような模様が入った熊らしき生物で、普段と違うスカーフを巻いていた。
洗面所で茶色い熊を白に戻すのに時間を取られ、帰ってきた頃には一色は船をこぎ、雪ノ下と師匠は話ながら後片付けをしていた。
陽乃「どこか遠くに行きたいな」
雪乃「遠くにって、またそうやって訳の分からないことを」
陽乃「誰も登った事のない山、誰も潜った事のない海、見たこともない景色。そんな誰も知らないところ」
雪乃「私達はまだ学生。そんなこと出来るわけないじゃない。行きたかったら冒険家にでもなりなさい」
陽乃「んーそうだよねぇ」
雪乃「この、酔っ払い」
陽乃「えへへ」
思ったよりも険悪な雰囲気ではなく、姉妹らしい会話をしていて、見てしまったこっちがなぜか恥ずかしくなってしまう怪現象を体験し、会話が一段落した頃、自分の存在を確認させるためにわざと大きめの声をだした。
八幡「洗ってきたら中々に愛らしい顔をしてた」
その声に反応したのか、船を漕いでいた一色が起き上がり
いろは「あー先輩。これ、私がもらって良いですか?」
と言った。
別段反対するものじゃないと思い、頷きながら他の二人を見ると
雪乃「……ええ、良いと思うわ」
陽乃「良いんじゃない。後で隼人にも見せながら思出話してあげれば」
と同意していた。
陽乃「夜も遅いし明日も休みだし、いろはちゃんと雪乃ちゃんは泊まって行きなさい」
八幡「じゃあ、俺はこれで」
乙女の花園に足を踏み入れる事など出来るわけもなく、すごすごと師匠の家を後にした。
○
闇鍋から何日か経った冬のある日。
というより祭りの当日、師匠と俺はとある屋台のラーメン屋を目指していた。
何でもその屋台では猫で出汁を取っているという。
真偽のほどは定かではないがその味は無類らしい。
いつしか俺は猫ラーメンとも言われている屋台を探しにふらふらと夜の街へ抜け出し散策するのが日課となっていた。
猫を出汁にするのはとても気が引けるが、食欲と探求心には勝てなかったよ。
さらに言えば、愛しき妹の小町は
小町「今日は友達とお祭りに行ってくるから晩御飯は自分でなんとかしてね」
とのたまい出ていってしまった。
家にあるのは数日前に由比ヶ浜が持ってきてくれたクッキーとマッ缶だけだったので、どうしようかと悩んでいると師匠から話したい事があるからと半ば拉致のように猫ラーメンへと連れ去られた。
その味は無類とされる猫ラーメンを食べれると意気揚揚に高架下へ向かうと、ぽつりと佇む屋台を見つけた。
陽乃「大将。いつもの」
「いつ来たってここには、ラーメンしか置いてないよ」
陽乃「つれないなあ、付き合ってくれても良いのに」
やりとりが慣れ親しんでる人に向ける感じだったので意外とここに来てるんだろうか。
八幡「師匠はよく来るんですか?」
陽乃「うん。愚痴を聞いてもらったり色々とね」
八幡「師匠にも愚痴を言いたくなるときなんてあるんですね」
陽乃「そりゃあ、もう。弟子が不真面目だったり、弟子がダメダメだったり」
八幡「これでも頑張ってるんですけどね」
「誉めてたりもするけどな」
陽乃「ダメだよ大将。弟子は叩いて伸ばすんだから」
ここ最近、師匠の意外な一面をよく見る気がするが、少しは親しい仲になれたのだろうか。
緩む顔を見せないよう、ラーメンを食べた。
○
それから師匠は呼び出したのにも関わらず、黙ったまま猫ラーメンを後にする。
祭りをやっているだけあって大通りは人が多く、自然と人の少ない公園へと足が向かった。
それでも師匠は喋らずに、焦った俺は何かを話さなくては、と話題を捻り出そうとしていた。
八幡「文化祭で占い師がいまして」
陽乃「うん」
八幡「言われたんですよ。後悔しないように好機を捕まえろって」
陽乃「面白いことを言う占い師だね」
八幡「俺は師匠に会わなかったらどうなってたんでしょうか」
陽乃「んー、どうだろうね」
何処と無く上の空で聞いている師匠に続けて言う。
八幡「思うんですよ。俺は自分の意見を持たず、他人に振り回されてきただけじゃないのか。自分の可能性というものを、もっとちゃんと考えるべきだっんじゃないか。次こそ自分の力で好機を掴んで、違う可能性を掴まなきゃ駄目なんじゃないかって」
陽乃「好機ねぇ……」
師匠は頭をかりかりときながら、俺を見た。
陽乃「可能性という言葉をところ構わず使っちゃだめだよ。人間は生まれた時から平等じゃないもの。えてしてなりえないものも中にはあるのよ」
師匠は言った。
陽乃「君はバニーガールになれる?大工になれる?ひとつなぎの大秘宝を手にする海賊になれる?スーパーハッカーになれる?」
八幡「……なれないです」
師匠は頷きながら続ける。
陽乃「人の苦悩の大半は、あり得たかもしれない可能性を妄想するから起こるの。人気者に、頭がよく、目が腐っていない……そんな宛にならない可能性に望みを掛けるのがいけないのよ」
陽乃「確かに私たちは、小さな頃からテストの点数、運動会、容姿、性格……良いことは善と教えられてきて今日まで生きてきた。だからそう思うのもしょうがないとも思うわ」
陽乃「でもね、君は今まで生きてここにいる。君がここまで来たのは可能性を信じたからじゃなくって不可能性を見極めて来たからよ」
八幡「酷い言われようですね」
陽乃「それでも、認めてあげなさい。ここにいる君は不真面目で目が腐っていて、人気者でもない。運動神経も抜群に良いってことはないし、取り立てて頭が良い訳でもない。私の頼んだことを斜め下の方法で解決したりするけど、それでも、文化祭で下手を打ったあの委員長ちゃんを見捨てないであげる様などこか後ろめたい優しさを持ってる」
陽乃「比企谷君はいわゆる桃色の学生生活を満喫できる訳がない。何故ならこの世は実に雑多な色で溢れているから。そのカラフルな色彩の中で私たちは迷いながら生きているのよ。時に眩しくて目がくらんだり、隣が青く見えたりする。でも、それは関係ないの」
陽乃「だから、これからの人生の中で、どうにもならない事、どうにもできない事なんていくらでもある。それは私が保障するからどっしりかまえておきなさい」
師匠の言葉は中々な説得力を持っていて、そうなのかもとも思わされたが、それでも
可能性を信じて何が悪い。理想を追って何がいけない。
と思う。
過去を天真爛漫に肯定し、今の自分を大いなる愛情を持ち抱き締めてやることなんか出来るはずがない。
俺には果たして、人生の選択肢は無いとでも言うのだろうか?
無いと言うなら、あがく意味なんてあるのか、そんなのは運命論じゃないのか。
八幡「なら、なら相模さんは何だったんですか。彼女は文化祭で御都合主義のような最良の結果を出せた。それは彼女の可能性だったんじゃないですか?」
陽乃「そうだねえ。偶々私が雪乃ちゃんの邪魔を君達に依頼して、偶然奉仕部部長が雪乃ちゃんで、思い掛けず彼女が奉仕部に依頼を持ち込んで、奇跡的に私がキャッチコピーを決める日に来て、予想外に彼女が終わりの挨拶を逃げ出し、計らずも私が皆を誘導して、何故か君の前を走る人が特定の場所に吸い込まれるように向かって、奇遇にも君が最初に相模さんを見つけ、コペルニクス的転回で彼女が決心をする……これは彼女にとっての可能性だったのかな?それとも誰かにとっての必然性だったのかな?」
と、あれが最初から師匠の手の内にあったかのような口振りで捲し立てられ思わず背筋にぞぞぞっと悪寒が走った。
師匠にとっての相模さんは舞台装置のようなものだったのだろうか。
師匠にとっての雪ノ下はどんなものだろうか?
八幡「し、師匠は何のために、あんなことをしているんですか?」
いつも浮かべる胡散臭い笑顔に気圧され、気が付けばそんな言葉が口を衝いて出ていた。
陽乃「それは雪乃ちゃんのこと?」
八幡「そうです」
ふむと顎に手を当てて考える素振りをしてから師匠は話始める。
陽乃「……知ってるかもしれないけど、昔の雪乃ちゃんは今よりもっと焦っていたの」
八幡「何に、ですか?」
陽乃「親とか、周りとか、出来る姉とかで……多分雪乃ちゃんは私みたいになりたかったんだと思う」
八幡「師匠のようなちゃらんぽらんに?」
師匠が二人居る恐ろしい幻影が脳裏に浮かび、思わずそう言った。
陽乃「酷いなあ。こう見えても雪乃ちゃんが高校生になるまではもうちょっとマシだったんだから」
陽乃「でも、私はそんなじゃない。私なんか目指さなくても良いんだって言いたかったの」
陽乃「……雪乃ちゃんは強い子よ。私がちょっかいなんて出さなかったら、自分の道を一心不乱に進み続けて、他の色に染まらず、何でも最短でたどり着くようになると思う」
陽乃「でも、そんな一本道の先にある世界で高いとこまで登っても、そこから見える景色はちっとも綺麗じゃない」
陽乃「どうせなら、雪乃ちゃんには良い景色を見てほしいから」
すっ、と様々なものが落ちていった気がした。
なんのことはない。ただ師匠は愛情表現が苦手な極度のシスコンだっただけの話。
戦争とは名ばかりの、小学生の男子が好きな子にちょっかいを出してしまうような、そんな他愛のない事だった。
そんな師匠だからこそ、俺達に無理難題を押し付け相模さんを追い詰め、雪ノ下と対立もする。
師匠の、私なりの愛……だったのだ。
陽乃「まあ、それも今日までなんだけど」
遠い目をしながら師匠は言った。
八幡「は?どういうことですか」
陽乃「あれ、言ってなかったっけ?明日から、ちょっとばかし遠いところに行くの」
八幡「初耳なんですけど」
その言葉に冷や水を浴びせられた様な衝撃を受けたが、何でそんないきなり、と言ったところで、師匠の中ではもう決定事項であり、俺なんかがいまさら何を言っても変わることではないだろう。
陽乃「と、言う訳で比企谷君には雪乃ちゃんのこと任せるけど大丈夫だよね」
八幡「いやいやいや、無理ですって、俺なんかに任せられる奴じゃないですよあいつは」
陽乃「大丈夫だって、隼人君にもお願いしたからいろはちゃん達と三人で支えてあげて、ねっ」
八幡「……はあ、分かりましたよ」
陽乃「うんうん、聞き分けのいい子はお姉さん好きだぞ」
思えば、師匠は何かしらのサインを俺や葉山に送っていたのかもしれないが、それも今となってはすべてが遅すぎた。
なら俺にできることと言ったら、こうやって師匠を送り出すことしかない。
陽乃「いやー、それにしてもこの八カ月間は、私にとっても最高だったよ。君たちを弟子にしたかいがあった」
陽乃さんの笑顔に驚いた。他の人には分からないであろう、胡散臭い作り笑いをいつも浮かべている師匠が、こんなにも寂しそうな笑顔を見せているのだから。
出来れば、こんな顔の師匠は見たくなかった。
八幡「なに今生の別れみたいなこと言ってるんですか。師匠のことだからひょっこり戻ってくるんでしょう」
陽乃「分からない。三年ぐらいは戻らないかも」
三年間。それは十七年程度しか生けてない俺からして、あまりにも長い時間だ。
陽乃「もしくは、比企谷君の旅が終わる頃か……まあ、その時は紙吹雪の1つでも咲かせて迎えてあげるよ」
八幡「葉山は知ってるんですか」
陽乃「昨日言ったら目を丸くしながら驚いてたよ」
師匠がにやりと笑う。
最初は胡散臭い笑顔と思っていたけれど、俺も葉山もこの笑顔見たさで弟子を続けていたのかもしれない。
陽乃「そう言うことだから後はよろしくね。それとこれ、クリスマスプレゼントと文化祭の時の景品」
八幡「っ、ちょっと待ってください」
俺の言葉を聞きもせず、師匠はいつもと同じように颯爽と去ってしまった。
手元に残ったのは、何時の日か彼女が俺に所望したやけにリアルなカマクラのぬいぐるみとディスティニーランドのチケットと俺の旅云々と言う意味深な言葉だけだった。
○
自分の周りの物全ての痕跡を消して風のように居なくなった師匠。
今どこで何をやっているかも分からないまま、年が明けて一月が過ぎた。
雪ノ下は師匠という越えるべきなのかどうかは解らない壁を失ったからか、それとも悪戯合戦という張り合いが無くなったからなのか、表向きはいつも通りに見えて、その実いまだに晴れることはなく俺と葉山、それに時々一色も顔を付き合わせる度彼女に、彼女を託した師匠に何が出来るのかを相談する日々が続いていた。
そしてなぜか、海老名さんが鼻血を垂らしているのがよく見られる今日この頃。
放課後に葉山と二人、サイゼリアでドリンクバーを頼み時間を潰す。
葉山「なあ」
八幡「どうした?」
葉山「俺はあんなに近くに居たのに結局、最後の最後まで陽乃さんの事理解できなかった。それに今も雪ノ下さんに何もしてあげられない」
八幡「……しょうがねえだろ。俺らは高校生だしな」
葉山「高校生かどうかは関係しないんじゃないか?」
八幡「俺らが小学生の時、中学生って大人だと思ってた。でもいざ中学生になったら、こんなもんかって思ったり」
葉山「確かに中学生の時も高校生になったら何かが変わるって思ってたな」
八幡「きっと俺らにとって師匠はそんな感じだろ。それでも、どうしようもなく時間は陸続きで、いきなり大人になんかなれはしない。ならどうして師匠は大人だと、理解できない程の存在だと勘違いすると思う?」
葉山「新しい環境。俺達にとって未知の事が彼女にとっては既知だから……か」
八幡「知らないことは知らないでこの際、棚にでも上げとけばいい。その棚に上げた飾った師匠を眺めて思ったことは」
葉山「……シスコン?」
八幡「なら、それが師匠なんだろ」
葉山「そんなもんか」
八幡「そんなもんだ。と言っても、それを知ったところで雪ノ下にしてあげられる事なんて殆ど無いけどな」
葉山「せめて、元気付けることでも出来たら」
ずずずと音をたててストローを吸う。
このままでは、師匠が託した事すらまともにできない。
いや、それ以前に雪ノ下が沈んでいるのを余り見たくはない。
一つだけ頭の中に考えていた事はあったが、余りこの方法は取りたくなかった。それでもそれにかけてみるしかないのかもしれない。
八幡「なあ、お前これから暇か?」
葉山「いや。着替えた後に優美子達とカラオケがある」
八幡「そこに一色はいるか」
葉山「いるけど、どうかしたか?」
八幡「いや、何でもない。俺も用事あるから先行くわ」
食べた分の代金を葉山に渡してサイゼリアを出た後、自称葉山の弟子に電話をかけた。
○
次の日、早く学校についた俺は教室で寝ていた。
今から行われる一連の出来事をできるだけ多くの人に目撃させるのが目的である。
クラスの半分以上が登校してきた時、扉が勢いよく開けられ
葉山「比企谷ぁあ」
と怒鳴り声をあげ葉山が入ってきた。
全員が驚きと困惑、若干の笑いが混じった表情をする中、どかどかと人ごみをかき分け俺の前に立つ。
葉山「このっ、よくも、よくも制服を……」
怒りで言葉が出ないとはこう言うことだろう。
葉山の制服は、色鮮やかな黄色になっていた。
八幡「よく似合っているじゃないか。ちょっとゲッツってやってみ」
葉山「違う、どうして、お前が、こんなことをやったかって聞いているんだ」
わなわなと震えている葉山に対して、俺たちだけが分かる合言葉をいった。
八幡「俺なりの愛だよ」
葉山は自分の椅子の上に置いてあるカマクラのぬいぐるみを見てた後、合点がいったような表情で
葉山「んな、汚いもんいるか」
と笑った。
愛、すなわち結婚、キマシタワーと叫び、教室を赤く染めた人物がいたが、気にせず葉山は続ける。
葉山「お前がその気ならば、こっちにだって考えがある。せいぜい身の回りに気を付けるんだな」
ニヤリとして、席に戻った葉山は三浦さんや戸部から質問攻めにあっていたが、全部普段の爽やかスマイルで受け流していた。
その後は、教師に何を聞かれても何事もなかったかのように黄色い制服で授業を受ける葉山と、好奇と敵意の視線に晒された俺以外は特に何事もなかったかのように午後の授業まで進んだ。
普段、体育の授業はやれ二人組を作れだの、やれチーム戦だのでめんどくさいと思っているけれど、六限目となれば話は別だ。
適当に流しているだけで終わるので、授業が五限で終わるような気分になる。
高かった日差しも傾きかけ、六限目の体育をいつも通り独りで練習し教室に戻ると、俺の机に真っピンクな制服を着て前衛的なポーズをとった等身大パンさんが座っていた。
ああ、やってくれたな葉山。小町になんて説明したらいいんだ。
恭しくパンさんから制服を脱がせ、着替えているとにやにやした葉山が近づいて来た。
葉山「どうしたんだい、その前衛的な制服は? 」
八幡「お前が言うな」
葉山「ちょっとカメラもって、あっはっーって奇声挙げてみろよ」
八幡「なんでパーの方なんだ。大体体育の時間お前ずっと居ただろう」
葉山「出来た弟子が居たもんでね」
八幡「お前、一色を使って……」
2人そろったら売れない芸人にしか見えない光景に、終礼をしに来た教師が本日二度目の反応をして、放課後になる。
俺と葉山はむすっとした演技をしながら奉仕部の部室へと向かう。
桃色の制服を着る俺の手には、等身大パンさん。
黄色の制服を着る葉山の手には、リアルなカマクラ。
もちろん、その道中でも好機の目にさらされていだが、そんなことはどうでもよかった。
この恰好をみた雪ノ下はどう反応をするだろうか。
『また阿呆なことを……』
と笑ってくれるだろうか、呆れるだろうか、それとも俺達と師匠からのプレゼントに興味を示すのか。
まあなんでもいい。少しでも気が紛れてくれれば。
隣を歩く葉山もきっと同じことを考えているのか口角をあげている。
きっと鏡を見たら俺も表情を浮かべているのだろう。
俺もこいつも師匠に影響を受けすぎた。
○
きっとその後の事は語るに値しないだろう。
雪ノ下に由比ヶ浜や川崎、一色の生徒会に入る約束や文化祭で助けた相模さん。
方々に作った約束や借りや貸しをどうしたか。
ディスティニーランドの二泊ペアチケットがどうなったか。
成就しなかった恋。成就した恋を語るのも、それで一喜一憂するのも阿呆のすることだ。
諸兄達だって、そんなMAXコーヒーよりも甘ったるい読み物を見せられても困惑すること間違いなしだろう。
俺だって一応書いても見たが、材木座の有害指定図書よりも不気味なものになったので、くしゃくしゃにしてポイするしかなかった。
そんな薔薇色のスクールライフとまでは言わないが、人並みの高校生活を送ることになった。
それでもやっぱり思ってしまう。
もし、師匠と出会わなかったら。もし、師匠を引き留められたなら。もし、もし、もし……
今にして思えば、師匠や葉山と一色、雪ノ下や俺の何気ない会話も懐かしい。
○
葉山「ったく、どうしてこんな解決法でしか出来ないのか君は。乗った俺も俺だけど」
八幡「しょうがないだろ。師匠が言うに俺らは、不真面目で最低な人間だけど最高の弟子らしいからな」
いろは「あっ、先輩に師匠。遅いですよ」
視線の先には、闇鍋の時のパンさんのキーホルダーをくるくると回す一色が待機していて、小声で俺達を呼んだ。
八幡「お前、後で覚えてろよ」
いろは「えー、似合ってますよ先輩。カメラ撮りながら、あっはーって言ってみてください」
八幡「だから、何でパーの方なんだよ」
いろは「でもこれ、どうですかね。このシュールな光景」
珍妙な格好をした二人に生徒会長という組合せ。
道行く人が端に寄るのも仕方がないだろう。
俺だってそんな奴等を見かけたら関わり合いになりたくはない。
葉山「仕方ないさ。これが師匠と俺達なりの愛ってやつなんだから」
八幡「まあ、俺だったらこんなめんどくさそうなのいらねーけどな」
いろは「またまた、そんなこと言って捻デレなんですから」
八幡「なにその、そこはかとない不快さを感じる造語」
葉山「2人ともそのぐらいにして……よし、それじゃあ開けるぞ」
話している内にいつの間にか奉仕部の目の前に来ていたらしい。
深呼吸をした後、3人でニヤリと顔を見合わせ扉に手を掛ける。
こうして、偉大にして下らない自虐的代理姉妹戦争が幕を開けた。
いや、よくやった。今日はここまで
文の書き方なんてかけらも学んでこなかった私がここまで出来たのだ
たとえ妖怪然とした何者かがなんと言おうとこれで精いっぱい。
プロットもできてないので読み直してから続きを書きます。
予定は未定です。
何かありましたら教えてください。
いや、本当に申し訳ない。
遅れてしまったのも、少ししか書きためがないのも全てウィンドウズからの刺客が悪いのだ。
なにが10だ、ただのウイルスではないか。
少しだけだけど始めます。
思い起こせば中学の三年間に実益のあることを行った記憶は全くと言っていいほど無かったと断言をする。
社会的に有意義足る人材になるための布石を尽くはずし、ダメ人間になるための打たなくてもいい布石を狙い済まして打ってきてしまった。
どうしてこうなってしまった。
責任者に問いただす必要がある。責任者はどこだ。
人間、経験の積み重ねだというが、今の総決算がこの様なのか。
そもそも人は変われると言うが、三つ子の魂百までといって、この世に生を受け16年。この魂は凝り固まってしまい、変えることはできないのではないのだろうか。
ここで、俺が劣等感と自尊心の海に溺れている時分に呟いた言葉を使うとしよう。
やはり俺の青春ラブコメは間違っている
第四話 三度彼は選択を間違える
◯
ピカピカの一年生から早いこと一年と半分以上が過ぎ、高校二年生の冬という人生の中でも一、二を争うほどの青春真っ只中にいる俺だったが、これはその頃に起きた俺と三人の女性を巡るリア王ばりの劇的な事件だった。
しかしながら、これは悲劇でもなければ喜劇でもない。
もし、これを読み悲劇だと感じる人間が居れば、子犬の散歩で泣き出してしまうほどの徳光的感性を持った人物か、歩きスマホをしながら読んだせいで足の小指をぶつけたかのどちらかに決まっている。
また、これを読み喜劇だと笑い転げる人物が居れば、妹の小町に纏わりつく悪い虫を追い払うがごとく地の果てまで追い回し、マッ缶の湯船に沈めた後、虫の多い夏の千葉村に放置するだろう。
かの発明王は、人生そのものが学習の場だと言ったらしいが、確かにその通りだ。
この事件で様々なことを学ぶことができた。あまりにも学びすぎた為全部を挙げることは出来ないが、あえて二つを挙げるならば、鍵はキチンと締める事、人とのコミュニケーションは顔を見て取るべきだということだった。
◯
高校二年生に上がり少しした日、高校生活を振り返ってという題名のレポートを提出した俺を呼び出したのは平塚静という教師であった。
静「何なんだ、このふざけた文は?」
もう少しで三十路に手が届くという彼女は黒髪をなびかせどこか理知的な風貌を匂わせながらも、清楚可憐というよりかは質実剛健といった雰囲気で、その見た目に反してアニメや漫画に造詣が深く、科学教師でないにも関わらず白衣を着こなし、見た目からは想像できないがスポーツカーに乗り煙草をふかす、千葉県の教師陣をかき集めてみても彼女のような存在はいないだろうと思われるほど稀有な人物だ。
何より美人である。
八幡「別にふざけている訳では無いですよ。ただ、俺の高校生活を振り返ったらこんな感じになるのは仕方ないことだろうと思います」
静「はあ、もうダメだな、末期症状だ。本当ならば君はある部活に入って貰おうと思っていたが、私直々にその腐れ曲がった根性を叩き直してやろう」
それは俺が高校生活の不平不満を余すとこなく一から十までぶちまけたいと思っていたが、それをぐぐっと我慢し学校及び生徒諸君の改善点を情緒豊かに、尚且つ多角的に書き記したもので、そこに文学的価値や学術的価値を見出だすことがあっても、腐れ曲がった根性と言われる覚えは全くない作品だったことをここに記しておく。
八幡「いや、そんな先生のお手を煩わせるようなーー」
ふわりと頬を叩く風が通り抜け、誰かが窓でも開けたかと思案しようとする目の前には拳があった。
美人ほど怒らせると怖いというが、彼女の場合も言葉の通りだった。少しばかり意味とは異なるかもしれないが。
静「これは決定事項だ。これから毎週金曜の放課後に個人的に授業があるから必ず参加するように」
美人教師との放課後個人授業。美人と教師の間に暴力の二文字が無ければなんとも甘美な響きだ。
◯
てっきり彼女との授業は道徳的な何かを学ばされるのかと思っていたがそんなことはなく、文系に限らず、化学や物理、数学等の授業をごく普通に行っていて、俺の成績は指数関数のように伸びていった。
その頃には授業が終わったあとに彼女と近場のラーメン屋巡りをすることが日課になり、もはや人格矯正の為の授業なのかラーメン屋巡りの為の授業なのか本質がわからない時間と化していた。
しかし、本質がわからなくてもラーメンは美味しいし、女性と事務的会話意外を話す珍しい機会でもある。
授業が終わり、隣でうきうきと、今日はどこに行こうかな。なんて呟いている彼女を見ると、もし、彼女が教育実習生であったり、それに近い年齢であったら心底惚れていたと思う。
その日も個人授業が終わり、帰り際にラーメンを食べに行こうと町へ繰り出した。
静「今日はとっておきの所があるからそこに案内しよう」
八幡「へえ、どんな所なんです?」
静「そうだな。巷じゃ猫ラーメンなんて呼ばれている」
何でもその屋台では猫で出汁を取っているという。
真偽のほどは定かではないが、その味は無類らしい。
猫ラーメンと呼ばれる屋台に着くと、注文もそこそこに彼女はこの一週間でどんなことがあったのかを聞いてきた。
ラーメンを食べているときの彼女は自分の話は余りしないで俺の事について聞いてくる。
最初の一月程は幼少時代の話でお茶を濁していたが、その話題も直ぐに尽きどんな事を話せば良いのか毎週頭を捻っていた。
八幡「これ以上話せることなんて有りませんよ。それに俺の話なんか聞いてもなんの面白味もない」
静「そんなことはないさ。君がどんなものを見て、どんな事を聞いて、どんな事を体験して、どんな風に感じたか。君はいささか人とのコミュニケーションが苦手なようだからこれを機に少しでも克服した方がいい」
八幡「そう言われてもですね」
静「それに、君の話は詰まらなくはない。酒のツマミにはちょうどいい」
八幡「酒のツマミって、先生お酒飲んでないじゃないですか」
静「教師ってのは可愛い教え子の前じゃカッコつけたいものなんだよ。余り無様な姿は曝したくない」
八幡「そんなもんなんですか?」
静「そんなものだ。とは言っても君の話ばかり聞いているだけなのもなんだからな……今日は少しばかり私の愚痴にも付き合ってもらうとするか」
そういうと、つるつるとラーメンを啜りながら学校内にいるセクハラ教師の話や、恋の邪魔者と呼ばれている阿呆学生に対しての愚痴を溢した。
◯
送って行こうとする彼女を夜風に当たりたいからと断り一人ぶらぶらと歩いていると、熊の化物のような人間に遭遇した。
材木座「やあやあ八幡。おこんばんわ」
材木座義輝。
道行く10人のうち8人が熊の妖怪と間違えるような容姿を持つ男だ。
残りの2人はきっと妖怪に違いない。
中二病で暑苦しく、他人の不幸で飯が三杯食べれるというおよそ誉められる所の無い、特定外来種、犯罪係数300オーバーの執行対象の存在で、通称恋の邪魔者。
八幡「さぞ名のある化物とお見受けいたす。何故このような場に、森へ帰れ」
材木座「我はシシ神でも森の賢者でもないぞ」
むう。と唸りながら言うその姿は可憐な乙女が夜に出会したら、悲鳴をあげて逃げ出す風体だった。
俺自身もぎゃあと叫んで逃げ出してやろうかとも思ったが、さながら弁慶のごとき精神でその場に留まる。
八幡「それはどうでもいいけど。なんでこんなとこに」
材木座「ああ、猫ラーメンでも食そうと思ってな。お主も付き合え」
八幡「いやだ」
材木座「な、なにゆえに。我とお主の仲ではないか」
ついさっき猫ラーメンを食べたばかりでお腹には何も入るような状況じゃないと説明したが、ぎゃあぎゃあと喚きたてるので仕方なしについていくことにした。
◯
材木座と出会ったのは高校一年の春だ。
桜の花は散りきって、葉が青々としていたことを思い出す。
一年生への部活勧誘は数多の部が行っていて、俺は色々な部活のビラを押し付けられた。
その内容は様々で、テニス部やサッカー部等からも貰ったが、その中でも秘密機関〈印刷所〉という存在は異彩を放っており、取り敢えず覗いてみるかと考えてしまったのが全ての間違いだった。
まさか、秘密機関と書かれたビラを大々的に配るような部活が秘密機関な訳がないと思っていたが、〈印刷所〉は歴とした秘密機関で、顧問の先生は居なく、上には所長という肩書きを持つ先輩がいるだけだ。
印刷所の活動は偽造ノートや課題代行、自然な問題の間違え方やさらには的中率七十%を誇る擬似試験問題まで幅広く取り扱いを行う。
その歴史は狭いが深淵で、ここ三、四年に創られたとの事だが誰がなんのために立ち上げたのかさえ不明の組織である。
顧客リストは当初、氏名や学校名だけであったが、その膨大な組織力が遺憾あるように発揮された結果、住所、家族構成から趣味、懐事情、果ては最近借りた桃色映像の詳細まで網羅し掲載されていて、所長を初め上役なら見ることができるようになっていった。
その活動及び情報網は総武校のみならず、千葉県の高校、大学を巻き込んで今や政治にまで関与できるとの噂が飛び交う。
その話を所長から聞いたとき頭のなかで警鐘が鳴り響いたが、俺が産まれたときはどんな臭いのする赤子だったのか、小学生時代の甘い初恋、中学生時代の黒歴史を滔々と語られた時に逃げ場は無いのだと悟った。
自分の思い出したくもない歴史を他人から聞かされうんうんと蹲っていると、その傍らに酷く縁起の悪そうな顔をした不気味な男がたっていた。
繊細な俺にだけ見える地獄からの使者か又は雪山から遭難したイエティでも来たのではないかと最初は思った。
材木座「まあまあ、こうなった以上は頑張ろうではないか」
これが、材木座とのファーストコンタクトでありワーストコンタクトだった。
◯
材木座がずるずるとラーメンを啜っている時に、あることを思い出していた。
結構前に、妹の小町経由で川崎大志なる輩から相談を受けた。
小町の知り合いの男と言うだけで万死に値するが、紹介したい人がいると言われたときは、そいつを埋め立て地の人柱か成田山に巣食う妖怪の餌にしてやろうかと思ったぐらいだ。
兄は断じて認めん。と気焔を吐きながらそいつに会ったがそんな考えは杞憂で、会ってみると彼の姉が夜遅くまでエンジェルなんちゃらという所で 怪しげなバイトをしているからどうにかしたいという内容だった。
姉の名前は川崎沙希と言って同じ学校の同学年らしい。
後で調べたところ同じクラスだったのだけれど、その時は妹のお願いだったということもあり、露知らず取り敢えず袖振り合うも多生の縁と〈印刷所〉を使って調べてみるかと思っていた。
調べた結果、近場でそんな名前で営業をしているのは、バーもしくはメイド喫茶の二つだった。
流石にメイド喫茶に一人ではいる勇気は持ち合わせていなく、バーという大人の社交場に一人ではいるのも心許なかったので、気が付けば調べてから結構な日数が経っていたのが今の現状である。
材木座「どうしたのだ。そんな腐りきった目をしていて、何か考え事か」
八幡「デフォルトでこれだから心配するな」
はふはふとチャーシューを貪るその姿は、四方八方どこから見ても共食いか自分の体を切り取って食べているかのようなおぞましい体を成している。
さっきまで先生とラーメンを食べていたのにこの落差は一体なんだと愕然とし、次に何故にこの様な熊の妖怪がラーメンを貪る風景を見なければならないのかと沸々と憤りが湧いてきて、気が付けばじろりと睨み付けていた。
材木座「そんな睨み付けないでくれ」
八幡「近付くな。気持ち悪い」
材木座「寂しいではないか。それに夜風が冷たいの」
八幡「この寂しがり屋さんが」
材木座「きゃあ」
野郎二人の気色悪い寸劇を見ていた店主の顔が苦笑いを張り付けた様になり、その虚しさが口を開く気を削り取った。
どうやら、隣の男も同じだったようで、無言でラーメンを啜っている。
八幡「……同じクラスの川崎沙希って奴がさ、エンジェルなんちゃらってメイド喫茶かバーで働いてるらしいんだよ」
無言空間に耐えかね、どうせなら材木座も巻き込んでしまえと考えていた事を話してしまおうと口を開いた。
材木座「それを知ってどうするのだ。はっ、よもや弱味を握ってあれこれと破廉恥な事でもしようと思っているのか、この桃色脳内野郎っ!」
言われもない罵声を浴びせられて甚だ遺憾である。
と言うよりも、こいつの頭のなかが常にこんなことばっかりだからそれを思い付くんじゃないのか。
八幡「バッカ、お前。それを止めさせたいってそいつの弟から相談されたんだよ」
材木座「そうやって助けた恩を着せてあれこれとするのであろう。やはり桃色脳内野郎ではないかっ!」
八幡「だから違うっての。メイド喫茶にしろバーにしろ一人で突っ込むには敷居が高すぎるから手伝えって話だ」
材木座「……ふむ、いずれ行くやもしれん人生の妙味をこの年で味わうのもよかろう」
少し前まで唾を飛ばしながら騒いでいた材木座だったが、少し考えたあと何やらしたり顔で頷いていた。
こんな表情をするときは十中八九、良からぬことでも考えているに違いない。
八幡「酒なんか飲まねえからな」
材木座「分かっておる。しかし、いつかは可憐な乙女と行く予行練習だと思えば……ぐふふ」
八幡「どうせこれから暇だろ。明日は祝日だからこれから行くぞ」
こいつの妄想世界の中では、今頃可憐な乙女と夜の町へしっぽり繰り出しているのだろう。
全く返事を返さない桃色脳内野郎に場所に時間、ドレスコードがあるためスーツ等の襟付きを着なければならないが、今着ているむさ苦しいコートは着てくるなと言い聞かせ、屋台から逃げるように家へと帰った。
◯
家へと戻るとリビングでは小町がタンクトップのような格好をしてアイスを食べながらテレビを見ていた。
小町は腐っている目と形容される俺とは違い、非の打ち所のない人柄、巧みな話術、可愛らしい容貌、コンコンと溢れ尽きることのない隣人への愛を持つ。何より、本当に同じ遺伝子を持っているのか不安になるほど小町の目は清みきっていて、その双眼に姿を写せば、晴れの日の江川海岸のように驚異の反射率を誇るだろう。
色々と恥の多い人生を歩んできたことを否定はしたい。だが、否定したからと言って第三者が待ったをかける事請け合いであり、ならばと潔く己の非を認めてあげるのもやぶさかではないが、それでも人生の中でも一番の誇りと言えるのは小町の存在だった。
自慢の妹と言っても過言ではない。
むしろ不足まである。
小町「あ、お兄ちゃんお帰りなさい」
リビングでくつろいでいた小町は横目でちらりとこちらを見ると、ニヤリとした笑みを浮かべながら近寄ってきた。
小町「ねえねえ、なんかお兄ちゃん宛の手紙が着てたんだけどもしかしてラブレターだったりするの?」
小町がひらひらと見せてきた見に覚えのない手紙に戦慄を覚えた。
その便箋は可愛らしい色をしてちょっとした小物がはってあり、いかにも女子力が高い乙女が出しましたというような逸品で、そんなものとは無縁な生活を送ってきた人間からしたら戦慄を覚えるのも当たり前だろう。
小町は手紙などという時代錯誤で情緒のある品物を書くはずがない。他に俺に向けて手紙を送ろうとする人間を知っている訳もなく、比企谷家においてそれは一際異彩を放ちながら小町の手に弄ばれていた。
八幡「多分あれだろ。不幸な手紙とかその類いじゃねえの。最近チェーンメールとか流行ってるみたいだし」
と答えながら、内容を見るために小町から手紙を受け取り部屋へと戻った。
小町「後で内容教えてね」
後ろから催促の言葉が投げ掛けられたが、もはや頭のなかに響いてこなかった。
部屋に戻り文を読んで俺は愕然とした。
諸君、驚くことなかれ。
なんと文には文通をしたいという申し出が書かれていた。
名前を雪浜輝子さんと言う。
その文にはいきなり手紙を書くことの非礼から始まり、どのような経緯でこの手紙を書くにあたったか、本の感想などが可愛らしさが溢れ出る文字ながらも流麗な文章で書かれていた。
彼女は小さい頃に風船に手紙を乗せて飛ばしたら返信が来て少しの間、文通をしたことがあるらしい。
そんな文通上級者の彼女がふと手に取った古本には俺の名前と住所が書かれていたようで、知らない人に手紙を送りつけるという、ともすれば変態的所業に通ずる文通魂が再加熱して思わず送っていたとのこと。
ちなみにその本は俺が昔、材木座に貸した本だった。
内容としては、目の腐った高校生の男が麗しい乙女二人と依頼を解決しながら友情や恋心を一進一退させながら成長していく青春小説で、そこはかとないむず痒さと既視感にさいなまれたのを覚えている。
材木座のことだから借りたのを忘れて古本屋に売っ払ったのだろう。
だが、まて、しかし。これが誰かの罰ゲームと言うことはないと言い切れるのか。
ここまで誠意ある文を送られて返信しない男、いや人間は居ないと思うが、罰ゲームやその類いだったとして俺が文を送り、その翌日に黒板にでも貼り出されて見ろ。
いくら精神的成熟が他の同世代よりも進んでいると自負していても、オムツを変えてもらえない赤子のようにわんわんと泣き叫んでしまうかもしれない。
嘲笑、人間不振、孤独、転校、孤独、自宅警備と一連の流れが走馬灯のように駆け回ったが、そもそもが孤独のようなもので、もともと人間不振の気もあり、だいたい俺の顔と名前が一致する人物なんて殆どいなかったと思い出した。
名前の知らない人間を調べてわざわざ罰ゲームの標的にするなんてことはないはず。
よし、彼女に文を送ろう。そして文の技術を身に付け、ゆくゆくはフミマイスターとして文章ひとつで相手に感動、興奮をもたらし、尊敬の念を相手に与え、強いては恋心さえ操作しうる位の文章力を持って今の状況から脱し、薔薇色のスクールライフへと邁進しよう。
そう決心して時計をみたら材木座との待ち合わせの時間に迫っていた。
今日はここまでで
書きためも尽きたが、多大な犠牲を払い手に入れたウインドウズ10がこちらにはある。
もう何も怖くない。
予定は未定です。
このSSまとめへのコメント
タイトル詐欺
中々楽しい流れで俺は好きやな
詐欺ではなくね?
太陽の塔と夜は短しが混じってるけど
セリフとか諸々合わせたら森見登美彦作品のオンパレードになってて笑った個人的に代理戦争めっちゃ好きだから読んでて楽しい材木座は小津ポジなのね