【ゆるゆり】結衣「あいまいセルフ」 (95)
こんばんは。
そして遅れ馳せながらあけましておめでとうございます。
昨年出たゆるゆり3期のキャラソン、結衣のキャラソンが素晴らしかったので、インスピレーションを頂いて書きました。
楽しんでいただければ幸いです。
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「ん……もう朝か……っ……くあぁ~……」
朝、いつもより少し早く目が覚めた。
時計を見るとまだ六時。二度寝すると起きられなくなりそうだな、と思い、横で呑気にヨダレを垂らしながら寝ている京子を……あれ?
「へっ……私? 私はここに……えっ!?」
自分の顔の横をさらりと流れる金髪。声まで京子の声になってる。入れ替わっちゃった、って事か……?
と、とりあえず鏡、鏡。そう思って立ち上がろうとするも、身体に力が入らない。
京子って本当に筋肉ないんだな、なんて呑気に考えながら何とか立ち上がる。京子のやつ、この身体で普段あんだけ動いてんのか?
「ってこうしてる場合じゃない、京子! おい京子! 起きろって!」
「ん……もう朝……? ……まだ六時じゃん……」
「それどころじゃないんだって! ほら、鏡見てみろ!」
「ん~なんだよもう……鏡なんてないじゃん……」
「鏡ならお前の目の前にあるんだよ、ほら!」
「…………え……え!? 何これ……え? そういえば、声も結衣になってる……」
「いいからとりあえず起きろ、とりあえず学校をどうやり過ごすか相談しよう」
腹が減っては戦は出来ぬ。とりあえず何か食べないと、頭も働かないってもんだ。
昨日のうちに準備しておいたダシを使って、卵焼きと味噌汁を作り始めるも、普段使っている筋肉がないからか、ぎくしゃくとぎこちない動きになってしまう。
「しかしお前、ほんとに力ないんだな。鍋がいつもより重く感じる」
「京子ちゃんのか弱さに気付いて頂けましたか」
自分で言う事か、といつも通りツッコむ。
やり取りはいつも通りなのに、声が逆だから私が京子にツッコまれているようで微妙な気分。
「しかしなんだな」
「ん?」
「胸があると結構動きづらいんだな」
「まぁな……って、おい何揉んでんだ!」
ただでさえ違和感だらけの身体。ぎこちない動きしか出来ずため息をつく私を他所に「おぉ、やぁらかいな、これ」と呑気に私の身体を楽しむ京子の頭に、手に持っていたお玉を振り下ろす。
カンッ、と小気味よい音が部屋に響き、少し気が晴れた。
「おうふ! っていうかせめておたま洗ってからに!」
「黙れ! 罰としてお前のも……」
そう言いながら胸に手を伸ばすも……あると思っていた位置を、手が通りすぎた。
「……その流れでスカられると悲しいな」
「……すまん」
とりあえず、居た堪れない空気をどうにかしようと、話を前に進める事にする。
「とにかく、学校で変な騒ぎにならないように凌ぎつつ、元に戻る方法を探さないとな」
「ハッ……! 結衣の身体なら、皆に腕相撲勝てるかも!」
「スケール小さいな……っていうか話聞けよ!」
「聞いてるって~。私は結衣っぽく振る舞えばいいんだろ?
前にごらく部の遊びでやった事あるし、言葉遣いはそんなに変わらないから案外バレないんじゃない?
あとはツッコミ頑張らないと」
「お前がボケなきゃ私もツッコまなくていいんだが……。
私の身体でいつもみたいにちなつちゃんに絡むなよ?」
「なにそれ、フリ?」
「こんな非常時にそんなノリは求めねえよ」
まったく、なんでこいつはこんな時でも脳天気で居られるんだか。
まぁ、京子がいつも通りに振る舞ってくれるから、私もそこまでパニックにならずに済んでるのかもな。
そう考えてしまう私も、大概脳天気だな。
頑張ってください
「京子ちゃん、結衣ちゃん、お待たせっ」
「遅いぞあかり~! あかりのせいで遅刻しちゃうじゃん!」
「あかりのせい!? っていうか別に遅くないよね!?」
「冗談、冗談♪ お約束ってやつ?」
「もぉ~京子ちゃん~!」
いつも京子がどう行動していたか。それを掘り返せるだけ記憶から掘り起こし、普段通りもうひとりの幼馴染であるあかりを迎えにやって来た。
>>10
ありがとうございます!
「さぁて、今日の部活は何して遊ぼっかな~♪」
「お前は学校に何しに行ってんだよ……」
「それでもテストで学年一位取っちゃうんだもん、京子ちゃんはやっぱり凄いよぉ」
我ながら上手くコピー出来たな、と思った所もあれば、ちょっとオーバーだったかな、と思った所もあれば。
ともかく、今は恥ずかしがってなんて居られない。今の私は、どっからどう見ても京子なんだから。
後で京子に「私の真似上手いじゃん」とかイジられるんだろうな。分かっていながらも、後で茶化したりすんなよと目で釘を刺しておく。
一旦頷きながらもニヤリと笑う京子を見て、私の顔でそんな顔をしてくれるなとため息をついた。
* * *
「あ、私トイレ寄ってから行くね」
「ほーい」
いやはや、今私として喋ってるのが結衣だって考えただけで面白いけど、笑ってる場合じゃない。
ごらく部の遊びとしてではなく、ちゃんと結衣を演じなきゃいけないとなると、やっぱ緊張する。
結衣もトイレなんて言ってたけど、多分自分は京子だ、と自己暗示でもかけにいったんだろう。
「あ、船見さんおはよー」
「おっは……おはよー」
おっと。さっきちゃんと結衣を演じなきゃいけないって考えたばかりだってのに。条件反射ってやつかな。
私は結衣、私は結衣……。
「今日は歳納さん一緒じゃないの?」
「ああ、京子ならトイレ行ってから来るってさ。京子になんか用事?」
「あー、用事とかそういうんじゃないんだ。一緒じゃないなんて珍しいなって思って。
そういえば船見さん、歳納さんと幼馴染なんだっけ」
「うん。親が仲良くて自然にね。
一年生にも一人幼馴染がいるんだけど、もう十年近くにもなるのかな」
「そうなんだー。歳納さんの相手、大変じゃない?
こないだの家庭科の授業とか、凄かったもん。
私だったら胃が痛くなっちゃいそうだよー」
「あはは……もう慣れちゃったよ」
「昔からあんな感じだったの?」
「そうでもないよ。小さい頃は泣き虫だったし……」
「え、そうなの!? 意外~」
自分で自分の過去を語るのは、ちょっと恥ずかしい。
ちなつちゃんにも「キャラ作ってたんじゃないですか」なんて言われたっけ。
良く言えば、そう言われる程に私も変われたって事。
人は成長するものなのです。
「おっはよう皆の衆!」
「おはよー!」
「昨日のドザエさん見たー?」
「見た見た! 海の真ん中に放り出された時は、流石に今回は助からないかなーって思ったよね」
「ほんとだよねー」
私(の殻を被った結衣)が教室に入ると、いつもテレビの話をする友達数人が群がっていった。
朝、あかりの家に向かう時に結衣に植え付けておいた話題が早速役に立ったようでなによりだ。
結衣が無事にイベントをこなしたのを見て、私も結衣としてのイベントをこなす事にする。
「……まぁ、今はあの通り、騒がしい奴だけどね」
「あはは。そう言ってる割にはちょっと楽しそうだね」
「え、そ、そうかな……」
「自分で気付いてないんだね。船見さん、歳納さんの話する時、いつも楽しそうだよ」
ほほう。
結衣にゃんってば、なかなか可愛い所あるじゃん?
「ゆーいっ。何話してんの?」
お、結衣のやつ、もうあの子達をまいてきたのか。
ドザエさんはツッコミどころ満載だから、そんな短時間で話し終われるもんじゃないというのに。
「お前が手がかかって大変だっていう話だよ」
「なにをぅ! こんなにいい子なのに~」
「いい子はそんな事言わんだろ」
いつものやり取りをまったく逆の立場で演じるというのも、なかなか大変なもんだなぁ。
時々自分を出してしまいそうでヒヤッとしてしまう。
まぁでも、結衣のやつなかなか楽しんでるみたいだな。よかったよかった。
「おらーお前ら席につけー」
あれ、もう授業の時間か。まぁいいや、どうせ寝るだけだし。
そこまで考えてはっとする。
(なんてこった。今日授業中寝られないじゃん……)
結衣と入れ替われるのはちょっと楽しいけど、こんなんじゃとても保たない。
こうなったら逃避行に全力投球するか。
* * *
京子のやつ、寝ないように頑張るのはいいけど、私の顔凄い事になってんぞ……
ところで、京子としては授業中寝てた方が不自然じゃないのかな。
でも後でテストで困るのは私だし……
ん? テスト……?
そうだった、来週中間テストじゃないか。戻らなかったらどうしよう。
成績は悪い方じゃないとは言え、学年トップなんて取れる頭脳までは持ちあわせちゃいない。
授業が終わるなり、京子を廊下の端に引っ張った。
「来週中間テストあるだろ」
「え、そうだっけ」
「それすらも忘れてたのかよ……いくらなんでも私は学年トップなんて取れないぞ」
「なんだそんな事か。それなら問題ないって」
「え、なんで?」
「私は私の名前で答案書けばいいだろ? 結衣にしては珍しくテンパッてんなー」
言われてみれば、なんでこんな簡単な事に気付かなかったのか。
というか、そんな大声で、しかも私の声で私の名前を呼ぶんじゃない。
ああもう、説明が難しい。
「普段から見てるからどうすればいいのかは分かるんだけど、実際にやるとなるとね。
京子は私の役、大変じゃないのか?」
「私は演技派だからね」
「……はいはい」
「まーでも、授業中寝られないのはちょっと辛いかな」
「私じゃなくても寝ちゃダメだろ」
「えー」
「とにかく、元に戻る方法を探さないとな。
王道なのは、入れ替わった時と同じ事をする、だけど……」
「朝起きたら入れ替わってたし、どうやって入れ替わったか分かんないしなぁ。
とりあえず手軽なとこで、全力でぶつかってみる?」
「手軽だけど痛そうだな……。
授業早く切り上げて、放課後にでも部室で試すか……」
「合点でぃ」
* * *
はー……なんとか寝ずに乗り切った。
こりゃ今日の部活は爆睡かな。
あ、でも結衣と全力でぶつからないとか。
まぁ、戻らないんだろうけど。
職員室に寄ってから行くという結衣を見送り、少しふらふらしながら部室に向かう途中の事だった。
「前聞いたんだけど、歳納さんが家に遊びに来た時のご飯とか、全部船見さんが作るんだって」
「マジ!? っていうか歳納さん、船見さんにお世話になり過ぎじゃね?」
「その上学校であんな態度取ってたらさー、船見さんに愛想尽かされてもおかしくないよね」
「うわ、ありそー。失くしてから気付くってやつ?」
…………
「夫婦みたいだね」とはよく言われる。
実際、結衣の事を私以上に分かってる人なんてそう居ないだろうし、その逆も然りだと思う。
中学で一年と少しを共に過ごしただけのクラスメイトが、十年も一緒に過ごしてきた私と結衣の事を理解出来ないのも無理はない。
ただ、理解出来ない事と貶す事は別物だ。
少しでも人に好かれようと人のいい所を見ようとしてきた私にとって、人を貶すという行為を見てしまった事、そしてその矛先が私に向いている事が、ただただ悲しかった。
……部室、行くか。
* * *
「良かった、京子だけか。お待たせ」
「おー。一休みしてからにする?」
想像以上に華奢で、日常生活をなんとか過ごせるだけの筋肉しか持ち合わせない京子の身体では、校舎から部室の間を急ぐだけで息が切れてしまった。
……なんだ? 心なしか元気がないような。
授業中頑張って起きてたし眠いのか?
「いや、あかりとちなつちゃんがいつ来るか分かんないし、さっさと試そう」
互いの肩を手で押さえ、数回額同士をくっつけて予行演習。
傍から見たら、今にもキ……い、いやいやいや、何考えてんだ私は。
「じゃ、せーのっ、ゴン、でいくぞ」
「よし」
「「せぇ、のっ……」」
ゴン、なんて漫画みたいな音でも、ポカリなんて小気味よい音でもなく。
ガツッという痛々しい音が部室に響いた。
互いに赤くなった額を押さえ、しばらく転げ回った。
肝心の結果は……まぁ、予想はしてたけども。
「……戻ってないな」
「漫画みたいに、そう都合よくはいかないか……いてて」
「他の手考えなきゃなぁ……西垣ちゃんに頼んでみるか?」
「……出来れば爆発しないで戻りたいんだが……」
「まぁ、今日帰ってから考えようぜ。そんなわけで京子ちゃんは寝ます」
「え」
「授業中寝なかったから眠くt……」zzz
「ちょ……あ、おい……」
言い終わる前に、京子は私の膝に倒れ込むようにして寝息をかき始めた。
あーもう、スカート捲れてるじゃないか。私のなんだから気ぐらい遣えよな。
まぁ、今日一日寝ずに頑張ってたし、膝を占拠されて身動きが取れないけど……
たまにはいいか。お疲れ、京子。
軽く頭を撫でてやると、何語ともつかない、嬉しそうな寝言。呑気な奴だな。
しかし、自分で自分の頭を撫でるってのも、変な感覚だ。
「んー……見捨てな、でね……」zzz
気持ち良さそうに眠る京子……いや、私か。
……を見ながら、なんとなく自分も眠くなってきた時だった。
見捨てないで……? 変な夢でも見てんのかな。
普段こいつが発する寝言は大概食い物関係だから、大概ナントカがうめぇとかそういうのなのに。
「……何があったかは知らないけど、悩みがあるんなら辛くなる前に話せよ」
寝てる奴に届くとは思えないけど。
そんな感じでゆっくりとした時の流れを楽しんでいると、部室の外が少し賑やかになった。
「こんにちはー……
ッ!? ちょ、京子先輩、結衣先輩、何してんですかーっ!?」
「あ、ちなつちゃん。ちょっと眠かったらしくてさ」
「だ、だからって膝枕だなんて……ううう、結衣先輩……」
「やっほぉー! ん? ちなつちゃん、どうかしたの?」
「あかりちゃん! 結衣先輩が、結衣先輩がぁ……」
「結衣ちゃん……? え、もしかして倒れたの!?」
あぁ、そうか。皆から見たら、京子が起きてて私が寝てるなんて、珍しいよな。
とりあえず、ちなつちゃんを宥めておくか。せっかく寝てるんだし。
「あーいや、寝てるだけだよ」
「そ、そうなんだぁ……よかったぁ」
「よくないよー! 結衣先輩が自分から、京子先輩の膝を枕にしただなんて……
これじゃ、まるで……まるで……!」
「『眠い、寝る』って言い終わる前に落ちちゃったから、そんな気なかったかもしんないよ?」
「……そ、そうなんですか……? それならまだ……」
「せっかく気持ちよさそうに寝てるし、変に動いて起こしちゃうのも悪いしね」
「……でも結衣先輩が眠いなんて、珍しいですねぇ。京子先輩ならともかく」
「いやぁそれほどでも」
「褒めてないです」
よし、ちなつちゃんは収まったか。
私が宥めると更にヒートアップしてしまいかねないちなつちゃんだけど、京子が宥めると意外と冷静になってくれるみたいだ。
「ゲームで夜更かししたのかなぁ?」
「早起きしてゲームしてるって、前に言ってたけどなぁ」
「まー結衣にも色々あるんじゃないかな……あはは……」
「じゃああかり、宿題やろうかなぁ」
「あ、ちょうど私、あかりちゃんに聞きたいとこあったんだ。
今日の社会が難しくってさー」
「あ……ごめんね、あかり社会はそんなに得意じゃなくて……
そうだ、向日葵ちゃんに聞いてみるのはどうかな?」
図らずも穏やかな過ごし方を選択してくれたか。
それにしても、ちなつちゃんとあかりの会話は、等身大って感じでなんだか安心するな。
……いつもこうなら、私も平和に過ごせそうだな……
なんて、思ってないないナイアガラ……っ……くふふっ……
「そういえば、社会も苦手じゃないって言ってたね。早速行ってみよっか!」
「うん! 京子ちゃん、あかり達宿題しに行ってくるねぇ」
「ん、いてらー」
「結衣先輩にイタズラしたりしちゃダメですからね!」
「それはフリ?」
「ち・が・い・ま・す!」
「ははは、冗談、冗談♪ 勉強頑張ってねん」
……ふぅ、なんとか誤魔化せたかな。
いつまで続くんだろ、これ。
──さて、と。
「……京子、行ったぞ」
「……へへ、お見通しか」
「途中から寝息立ててなかったからな。あかり達には話してもいいんじゃないか?」
「よっ……と。おおっ、結衣の身体だと起き上がるの楽だな」
京子はそんな事を言いながら起き上がる。
そういや今朝起きる時、一回うつ伏せにならないと起き上がれなかったなぁ、とぼんやり思い出す。
つい今朝の事なのに、もう昨日か一昨日の事のように感じてしまう。
「まぁ、すぐに戻らないようだったらそうするんだけどさ。
わざわざ心配させるのもなぁと思ってね。それにさ」
「それに?」
「滅多に出来ない体験だしね」
「まぁ、そりゃそうだけど」
「結衣は私の身体、どう?」
「非力なのは朝言ったけど、京子みたいに笑うのって結構パワー使うんだなって思った……かな」
「そう?」
「私がそういう笑い方を普段しないからかもしれないけど」
「昔は逆だったのになー」
逆……ね。
確かにそうかもしれないけど、そうとも言い切れないとも思う。
現に今、京子は少し、影のある笑みを浮かべている。
さっきの寝言の事といい、私にくらいは我慢しないで話せばいいのに。
京子は一人で悩ませると堂々巡りに陥り易い。
「もっと早く言えよ」って、何度思った事か……。
また面倒な事になる前にと、私は誘導尋問をしかけることにした。
「そう……かな」
「ん、結衣はそうは思わないの?」
「逆かどうかじゃないんだけどさ。
確かに、京子は昔より強くなったと思う。けど……」
「けど?」
「こんな事言われるの、嫌かもしれないけど。
京子が根元から強くなったとは、私は思ってないんだ」
「……」
「今でも、昔のままの京子が……どっかには、居ると思ってる」
「……そだね。でも、それはそれでいいと思ってるよ」
「……え……?」
「上手い事言えないけど、弱い人の心は弱い人にしか分からない、ってやつでさ。
私がその頃の私を失ったら、ただの煩い奴になっちゃうだろ?」
「……」
「弱い私も、強い私も、私の一部。
いつからかは忘れちゃったけど、そう思えるようになってさ。
そうやって、ちょっとずつ強くなっていく。そういうもんだろ?」
てっきり、京子はまた、調子よく笑い飛ばしてくると思ってた。
なのに、まるで私の心を見透かしているように、私の弱い所を鈍く鋭く刺すかのように、悟ったような目。
京子は……自分の弱いところも、ちゃんと受け止めてる。
私が思ってる以上に……強く、なってたんだな。
「……結衣? どうしたの?」
「え……あ……すまん、なんでもないよ」
「なんか結衣らしくないなぁ。すっごい暗い顔してたよ?」
「え……そうかな……」
「なんか、目が虚ろっていうかさ。なんか悩み事でもあるんじゃないの?」
「う……ん」
「無理にとは言わないけどさ。言うだけでも楽になる事もあるって」
本当なら私が京子を心配して投げかける筈だった質問を、まるで私が諭されているように引き出されてしまった。
まぁ、最終的には聞こうと思ってたんだ。結果オーライ、とでも思う事にしよう。
「ん……まぁ、私の事じゃないんだけどさ」
「ふむ」
「さっき京子が『授業中寝なかったから眠くて』って言いながら寝たすぐ後に言った事、覚えてるか?」
「んー……あの時は本当に眠かったからな……私なんか言ってたの?」
京子の一挙一動を見逃さないように、だけど威圧感を出さないように。
京子の目を見ながら、その一言を口にする。
「……『見捨てないでね』って」
京子は少しバツが悪い顔をした後、頭をかきながら「そっか、そんな事言ってたかぁ」なんて呟く。
そこから口を開きながらもなかなか次の言葉を発しない京子に、助け舟を出してやる。
「……私も、人の事言えたもんじゃないけどさ。
悩みを吐き出す事も、強さなんだと、思う」
言おうか、言おまいか。
少しの間、腕を組んで考えていた京子が、少し神妙な顔で、口を開いた。
「……さっき、廊下で隣のクラスの子がさ。『ご飯とか、いろいろやって貰ってる上にあんだけ困らせてちゃ、そのうち結衣に愛想尽かされてもおかしくないよね』って話してるの、聞いちゃってさ」
「な……一体誰がそんな勝手な事……」
「その事自体は、私がそう見られてもおかしくない振る舞いをしてるんだし、仕方ないかなって思う。
だから、別にその子達に言い訳とか、するつもりもないよ」
「……」
「でも、そうする事が結衣にとってストレスになるのは嫌だなって思ってさ……」
「……」
「結衣、冗談抜きで、答えて欲しい。
そういう私は……結衣にとって、迷惑、かな……?」
……
なんだ、こいつは今更そんな事を気にしてたのか。
私と、京子の仲だろ。
迷惑だなんて思ってたら、それこそ遠慮なく言うって。
「それに……」
「…………京子に食べて貰うの……好きだし……」
「……結衣……」
「こ、こう見えて、感謝してるー……とこもあるし……
ん……だからそのなんて言うか……ぅ……気にするな」
……あーもう、恥ずかしい。痒い。頭掻き毟りたい。
きっと今私の顔、真っ赤になってんだろうな。
「……ほんとに……ほんとに、そう……思って、くれてる……?」
「ほんとに、そう思ってるよ……。
何回も言わすな……恥ずかしいんだから……」
「……へへ。ありがと、結衣」
「……まったく、世話が焼けるよ……京子は」
だけど、嫌な気分じゃない。
たまには、いいか。こういうのも。
「……ところでさ」
「うん?」
「京子がそういう風に聞いてくるって事は、さ。
私がどう思ってるのか、京子にすら伝わってなかったって事、なのかな」
「私は天才だけど、超能力者じゃないからねぇ」
「いや、そういう事じゃなくて……なんて言うか。
今目の前に居る私の顔を見てるとさ。私ってこんな顔出来るんだな、って思って」
「……?」
──真剣な話を茶化さずに聞いてくれる京子の顔は。
私の心の咎を、外してしまう。
今私は、自分が何を言っているのかを、言った後から理解している。
前の言葉を理解する前に、次の言葉を発している。
だから、普段なら恥ずかしくて言い淀んでしまうような言葉でも。
自分でも、止められなくなってしまっていた。
「その……私も、もっとこう、いっぱい笑ったりした方がいいのかな。
そうした方が、気持ちは……伝わるのかな」
「いいじゃん、今のままで。カッコよくてさ」
「か、かっこ……っ!?」
「無理にとは言わないよ? 結衣がそうしたいって思って変わったなら、それも結衣だよ。
でも暴走する私に、結衣の優しいツッコミじゃあ、バランス悪いだろ?」
「……なんだそれ」
あわよくば、昔と同じように「カッコいい」って言ってくれたら。
そんな淡い期待に、少しも臆さず、当然の事のように応えてくれた京子への、精一杯の、照れ隠しだった。
「それに、結衣が本当に嫌がってたら、少なくとも私は気付くよ」
「その割にはさっき不安がってたじゃないか」
「アレはアレ、コレはコレ」
「また自分勝手な……まぁ、京子がそう言うなら……このままでもいいか」
「おう!」
「……ん、あかりからメールだ。
『今日はこのまま図書館で勉強してから帰るから、先帰ってて』だってさ」
「おー、じゃ、今日はもう帰るか」
* * *
京子は家に着くなりだらける。私は晩ご飯の準備をする。
いつも通りの事だけど、私がリビングでくつろいでいて、京子が家事をしているという構図は、やっぱりなんだかおかしかった。
将来、京子が働き出して……いや、京子が仕事をしてるところって想像出来ないな。家で漫画でも描いてそうだ。
私は順当にOLってところかなぁ。
私が夜遅く帰ってきて、京子が「おつかれー」なんて言って出迎えてくれて。
そんで「たまには私が作るから、結衣はゆっくりしててよ」なんて言いながら、晩ご飯を作ってくれて……
そうでもしないと、こんな構図生まれないよな。
……そういうのも、ちょっといいかも。
あ、ああ、別に私が将来も京子と一緒に住みたいとか、そういう気持ちがあるわけじゃ。
……ありました。ごめんなさい。
って誰に謝ってんだ、私は。
「……さて、全力でぶつかってもダメだったわけだけど、どうしようか」
「私も結衣も入れ替わった時の事は覚えてないし、思い付いたものを試していくしかないかもね」
「とは言え、朝起きたら入れ替わってたんじゃ、見当がなぁ」
「そうでもないよ。昨日寝るまではそのままだったんだし、寝てる間に起きそうな事ってそんなになさそうじゃない?」
「それもそうか」
「じゃ、思い付いたらこのBOXに入れていこう」
え。何それ。お前今ロフトから持ってきただろそれ。
京子がロフトに色々置いてるのは知ってたけど、まさかそんなものまでとは。
「っていうか私ら二人しか居ないのにBOX使う必要ないだろ」
「雰囲気は大事だよ」
なんの雰囲気だよ。
そう悪態を付きながらも、思い付く度に紙に書き、箱に入れるだけの行為を、心のどこかで楽しんでいる私がいる事も否定出来ない。
「さて、そろそろ開封していくか」
「ひとつめは……『まおうをたおすたびにでる』……なんだこれ」
「王道かなーって思って」
「寝てる間に何があったんだよ」
「それっぽくなるかなーって思って、全部平仮名にしてみました」
「聞いてねぇよ」
「……んじゃ次……あ、これは私のだ。『同じ夢を見る』」
「……結衣って意外とロマンチストなんだね」
「意外とって失礼だな……あとニヤニヤすんな」
「まぁ今日寝る時にでも試してみるか」
「さて、お次は……私のだ。『キス』」
「なっ……キッ……!」
え、それ私も思いつきはしたけど、流石に恥ずかしいから脳内で握り潰したってのに。
っていうか、大前提を思い出してみろよ。「入れ替わった時と同じ事をする」だぞ?
それを出すって事がどういう事か分かってんのか?
「ね、寝惚けてキ、キキキスしたっていうのか? な、ないないない」
「そんなに慌てなくても……。王道かと思ってさ」
・・・
・・・・・・
「……他のはどれもパッとしなかったねぇ」
「殆どお前のだったけどな」
「結衣の『同時に同じ寝言を言う』は面白かった。難易度高すぎて」
「う、うるさい! とにかく二人が同時に同じ事をするくらいのミラクルでも起こらないと入れ替わらないだろって思ったんだよ!」
「……さて、挙げたはいいものの、今この場で試せるものって……」
「うっ……な、なんだよ……」
「キ」
「い、いやいやいや!」
いやいやいや。
……
いやいやいやいや。
「だって他に思いつかなかったじゃん」
「で、でもいくらなんでもキスって……京子は平気なのか……?」
「いや、まぁ平気ではないけど……ゆ、結衣とならいいかなー……って……」
「なっ……おま、自分で何言ってるか分かって……」
「分かってるよ」
「う……」
「悩みを吐き出すのも強さ……だよね?」
京子のやつ……
何を……言おうとしてる……?
「結衣、私はね。まだまだ弱いとこもあるけど、結衣に追いつこうと思って、頑張ってたんだよ」
「私に……?」
「昔だけじゃない、今も。
結衣には守って、背負って貰ってばっかりでさ。
だけど、少しでも強くなれば、結衣の荷物も少しは軽くなるかな、ってね」
「そんな……背負ってなんて……」
「……私は、結衣に私という荷物を、下ろして欲しい」
──は?
京子……お前、なに、言ってんの?
「……なんだよ、それ」
「え……」
え、なに? もう、京子の世話すんなって事か?
じゃあ、さっきの晩ご飯が、最後の、世話か?
「つまりそれは……私はもう、京子に……必要ないって……言いたいのか?
私に……京子に……もう構うなって……事か……?」」
「いや、ちが……」
またまたご冗談を。
え、冗談だよな? 冗談だって言えよ。
「今更、何言ってんだよ……。こんな、こんな、京子の事、大切なのに……」
「ちょ、結衣ってば」
そんな、真面目な顔すんなよ。
笑えないぞ。その冗談。
「あはは。なんだこれ。
近付けば近付くほど離れるってやつか?
素直にならなかった報いってやつか……?」
「結衣! 落ち着けって!」
私は……大馬鹿だ。
唯一欲しかったものが、京子が、京子、だけが……
あ、あは……あは、は……
* * *
「……まったく、勝手に解釈すんなよなー」
「……!? あ、え……!? う……?」
気がつくと、私は京子に押し倒されていて。
京子の顔が、目の前に、あって。
唇に微かに残る感触は、少なくとも直前に何があったのか、察するには十分だった。
「もー、急におかしくなるとか勘弁してくれよ……話は最後まで聞けって」
「……あれ……京子……?」
「ん……? あぁ」
「もどっ……た、のか……?」
「……みたいだね」
「みたいだねって……そんな……まるで、キスで戻るって知ってたみたいな……」
「……知ってたんだよ」
「……え?」
「昨日の夜、結衣が寝てから。私が結衣にキスしたんだ」
「え……」
「いやー、そしたら入れ替わっちゃってね。試しにもっかいキスしたら元に戻った」
「いや、ちょっと待って」
「ん?」
「え、京子、私にキス……したの?」
「だからそう言ってんじゃん」
「え、いや……なんで?」
「……結衣が、好きだからだよ」
え。
……え?
「私は、結衣に守られてばっかりじゃなくて、一緒に、頑張りたかった」
「あ……」
「今は親とか、身分とか。そういうものに守られてるけど、きっとこの先、それが一つずつなくなって、先に進むのがどんどん難しくなっていくんだよ。
そうなった時、私が結衣のお荷物のままじゃ、いくら結衣が強くても壊れちゃうよ」
「京、子……」
「恋人同士なのに、結衣ばっかり大変な思いをするなんて嫌だもん。
一緒に背負えば、楽になった分、私を……その。
……愛して、貰えるだろ?」
「……そっか……そういう、事だった、のか……」
「まったく、初めてのキスくらいは、もっとロマンのあるのがよかったなぁ……」
「ご、ごめん……」
「結衣」
「なに?」
「今度は、結衣からしてよ」
「え……」
「今のとこ、私からしかしてないもん」
「ぅ……わかった。その前に……」
「ん?」
「ちゃんと、返事、しておきたい」
「……うん」
えーっと。
……あれ、何言えばいいんだろ。
分からない。分からない。
京子が、私の事を、好きだって言ってくれた。
私は、それに、なんて返せばいい?
私も好きだってか。
……いや、そうじゃ、ない。
京子が、素直な気持ちを言ってくれたんだから。
私も、素直に言えばいいんだ。
言葉になってなくても、まとまらない気持ちでも。
それがきっと、正解なんだ。
「私は……京子が思ってるような人じゃ……ないと思う」
「京子が落ち込んでるだけで心の中は不安でいっぱいになるし、京子に嫌われたかも、って思うだけでさっきみたいになるし……」
「私が弱い所を見せたら、京子も落ち込んでしまう。
だから、弱く見くないように、自分を抑え込んで……。
今みたいに……なった」
>>82 誤字訂正
「私は……京子が思ってるような人じゃ……ないと思う」
「京子が落ち込んでるだけで心の中は不安でいっぱいになるし、京子に嫌われたかも、って思うだけでさっきみたいになるし……」
「私が弱い所を見せたら、京子も落ち込んでしまう。
だから、弱く見えないように、自分を抑え込んで……。
今みたいに……なった」
「……だけど、京子は。
私が思ってるよりずっと、強くなってたって、今日、気付いた。
もう、私なんて必要ないんじゃないかって……んんっ!?」
ちょ、最後まで言わせろよ。
せっかく素直になってやったのに。
……あ、でもこれヤバい。
甘い。
…………溶けそう。
「……へへ。嬉しくて、我慢出来なかった」
「……まだちゃんと言い終わってないのに……」
「だってー。『強くなったね』って、結衣が認めてくれるなんてさ。
これほど嬉しい事はないよ」
「……そういうもんか?」
「結衣のために頑張ったんだもん。嬉しいのも無理はないだろ?」
「……しょうがないな、京子は」
「……だけど……そんな京子も、大好きなんだ……」
「……ん……ゅい……」
あーもう、嬉しい。
京子が、可愛すぎる。
好き。大好き。愛してる。
「…………ごめん、京子」
「ん……なんで謝るの?」
「……今は……自分を止められそうに、ないから……」
「……へへ。いいよ、結衣なら」
「京子ぉ……!」
京子の事だから、きっとたまにしか、素直になってくれないんだろうけど。
たまにでも、こうして素直になってくれたら。
私も、きっとたまにしか、素直になれないだろうから。
こうして素直になれそうな気がする。
「……でも、キスする度に入れ替わるとさ。
どっちとキスしてるか、分かんないね」
「……結局ムード台無しだな」
おしまいです。
それにしても結衣の「あいまいセルフ」、素晴らしいですね。
あいまいセルフ以外だと向日葵の「恋はあまのじゃくですわ」が好きです。
ありがとうございました!
乙
クールナンバーなんかも結衣ちゃんの本音が混じってるみたいで好きだな
>>91
1期のごゆるりワールドはキャラが定まる前に「中身を見せてよ」ってノリで言わせちゃった感がありましたけど、クールナンバーくらいの混じり方は割と等身大に近いですよね。
パジャマ旅行も最高に好きです(これは以前「おひるねゆにばーす」というSSでモデルにしました)!
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