魔王「軍備は整った!」(42)
魔王「今こそ歴代魔王が成し遂げられなかった、魔族による世界征服を実現するぞ!」
側近「いぇーい。がんばれー」 パチパチパチ
魔王「オーク、リザードマン、有翼人、半魚人、魔獣……あらゆる魔族と魔物の軍勢!」
側近「わぁー、壮観な眺めですねー」 パフパフ
魔王「圧倒的な物量と強靭な魔物の前に、人間共など軽く粉砕してくれるわ!」
側近「強気ですねぇ。すごいですねぇ。ひゅーひゅー」
魔王「……ごほん! さあいけ、我が軍勢よ! 世界が我ら魔族の物であると実力で知らしめよ!」
数ヵ月後
魔王「……これらの報告は、真実であるか?」
側近「きっちりしっかり本物です。魔王様の命に賭けて」
魔王「せめて自分の命を賭けよ。しかし、信じられん……」
魔王「本当に、本当に我が軍勢は世界各地で敗退しているのか」
側近「報告書通りだと、帰還兵も少ないですねぇー」
魔王「まさか、伝説の勇者とやらが――」
側近「いえ普通の人間に、普通の戦いで、普通に負けてます」
魔王「……何ゆえだ。一体人間共はどんな奇跡を起こしたのだ?」
側近「それじゃあ一つずつ報告書を元に考察しましょうか」
草原の国 侵攻報告書
魔王軍 1万 VS 草原の国 2万5千
魔王「ふむ、確か草原の国にはオークを中心に侵攻させたはずだったな」
側近「そーでーす。正確にはオーク3千、ゴブリン5千、ヘルハウンド2千ですねー」 ぱかっ
側近「数の不利は、確定で確信で確認しましたよー」 ごそごそ
魔王「たかが人間風情、数など問題にならん。オーク1体で人間の兵士4、5人分の実力はある」
側近「もぐもぐ……はは、わろりんです。そんな英雄伝じゃああるまいし」 ごそごそ
側近「ふぇいぜい2、3人程度ですほぉ。もぐもぐ……ごくん」
側近「大体そんなに強いなら軍を率いるまでもないですよぉー」
側近「夢は寝てからにして下さーい」 ごそごそ
魔王「……色々言いたいが、まずサンドイッチを食うのをやめろ。だが人間より強靭なのは変わらん」
側近「まぁそーですけど、でもアレです、アレ。戦いは数だよ! ってやつです」
魔王「だがヘルハウンドまでいるぞ。こいつは誇張なしに、兵士5、6人分の実力はある」
側近「ですからぁ、数なんですよー。数が揃えば、色々と作戦に応じて分けることが出来ますし?」 かぱ
側近「実際数の暴力で人間が勝利したみたい、かも、おそらく」 きゅきゅ、きゅー
魔王「何をしておる?」
側近「駄目運営ワンマン魔王様にも判り易いように、図を用意しましたー」 ぱちぱちぱち
魔王「……だまし絵? いや、何か幾何学的模様にしか見えないが」
側近「心の綺麗な人には、魔物と兵士の図にみえまぁす」 かきかき
側近「1対1で勝てないのは、人間は百も承知の介。囲んで棒で殴る単純明快な作戦で対応」 かきかき
側近「さらに馬で撹乱して、グサッ!と串刺し。焼き豚焼きゴブリンの完成でーす」 かきかき
魔王「成る程。とりあえず意味不明な記号を増やすのをやめろ。包囲して魔物を屠ったと」
魔王「しかし、人間側の被害が少なすぎる。人間の策はそれほど的確だったのか」
魔王「単純だが、豪胆な司令官または策士が存在せねば、ここまで成功はすまい」
魔王「勇者ほどではないが、面白い人間もいたものよ」
側近「ででん! ここで問題です。ヘルハウンド、もとい可愛くない犬は何が主食でしょーか?」
魔王「何故に言い直した。主食は肉だな。特に人肉を貪り食うのが好きだ」
魔王「戦闘の前に飢えさせ、食欲と戦闘意欲を高めるよう指示を出した」
側近「いぇーい、正解でーす。正解した魔王様には10点。たくさん貯めて賞品ゲットしましょ」
魔王「それで、何がしたいのだ。相変わらず判らん奴だ」
側近「えっとですね、およそ1ヶ月だそうです」
魔王「何がだ?」
側近「飢えさせた期間です。腹ペコな犬が2千! よく生きていたものですねー」 枝毛ちょき
魔王「……はぁ!? いや、魔獣だから簡単には飢え死しないが、1ヶ月だと?」
側近「鎖を解かれた人食いワンコロ。ゴブリンはどこに消えた?」 枝毛ちょき
魔王「……ちなみに、戦闘開始時我が軍勢はどうなっていた?」
側近「えーっと、報告書によるとオーク5百、ゴブリン1千を超える死傷者がいたそーですよ?」
魔王「始まる前から減っているだとぉ!」
側近「腹が減っては戦が出来ぬ。まあ戦どころじゃあ無くなったみたいですけどねー」 くるくる
魔王「知能が低すぎて、飢え死にさせぬよう考えられなかったのか……」
側近「身体は大人以上、頭脳は子供以下ですからねぇ、仕方ないねー」 ぎゅるぎゅる
魔王「とりあえず回転するのを止めろ。まあ草原の国については判ったが……」
魔王「はぁ、先が思いやられるな」
側近「まだまだ人間のターンは、おわっちゃいないですよー」
火山の国 侵攻報告書
魔王軍 2万 VS 火山の国 2万
魔王「ふむ、今回は数では互角なのだな。少なくともこれで負ける要素はないな」
側近「内訳はワーウルフ5千、ハーピー5千、アルラウネなど植物型魔獣7千、術士3千」 カチャカチャ
側近「多種多様もとい統一感のない軍勢でーす」 カチャカチャ かちゃん
魔王「今度は知恵の輪か……お前は何がしてないと死ぬのか?」
魔王「ともかくワーウルフもハーピーも人間など餌に過ぎない。植物型魔物も生命力が高い」
魔王「到底同じ数の人間が勝てる道理などない」
側近「ところがどっこい、負けました。これが現実……、現実です……!」 こねこね
魔王「今回もまさか、始まる前から減っていたというオチか?」
側近「いいえ。植物型魔物はちゃんと術士で制御していましたし、他も作戦に参加しました」 こねこね
側近「報告書によると、人間側は攻められる前は植物型魔物の存在に気付くも、他の魔物に気付かず」
側近「どうやら攻め込む直前まで順調そのものですねー」 ぺたぺた
魔王「ふむ、負ける要素がないのだが……粘土で何を作っているのだ?」
側近「魔王様ですよ。まあ、作戦開始前の報告書通りなら負けようがないですねー」
魔王「えっ、この溶けたゴーレム、我なの? だが我が軍勢は敗れた……謎だな」
側近「ちなみに、報告書によると人間側は2万もの魔物と戦った記録はないようです」
魔王「……? どういうことだ。人間共は我が軍勢と戦ったのだろう?」
魔王「あまりの大軍勢に正確な数を把握できなかったのか?」
側近「いえ、どうやら植物型魔獣が原因ですね」
魔王「ふむ、幻覚を見せる魔獣によって状況判断が出来なくなったのか」
側近「ええそうです。魔物側が」
魔王「……えっ?」
側近「戦闘開始と同時に、植物型魔物に術士達が一斉に花粉やら何やらを飛ばさせたそうで」
側近「それが風向きが悪かったようで、他の魔物達が被害を被った形ですねー」
魔王「その辺りを計算しなかったのか。で、大人しいと思ったら何をしている?」
側近「少し横になって寝てるだけです。まあ火山の国はまさに山の中にある国ですから」 ごろごろ
側近「季節や時間帯によって風向きなどが大きく変わります」
側近「植物型魔獣の花粉などを警戒して、うまく風上になるよう人間達は行動していたようです」
魔王「頼むから起きて話してくれ。しかし、それだけで甚大な被害があるものなのか」
側近「ああ、そういえば報告書によると花粉を受けたワーウルフとハーピーが争ったそうです」
魔王「どの程度の規模だ?」
側近「全部です」 もぐもぐ
魔王「全部!? そこまで状態異常が広がったというのか!」
側近「いえ元々双方馬が合わないというか、険悪だったそうで」 もぐもぐ
側近「ワーウルフはハーピー達の奇声や汚物に悩まされて」
側近「ハーピーはワーウルフ達の遠吠えや血の気の多さによる横暴さが目に余り」 もぐもぐ
側近「で、花粉によって一部が争うと、もう我慢ならないと仲間割れって話です」
魔王「さっきから色々食べているが、そんなに腹が減っているのか? それにしても酷いものだな」
側近「相性って大切だなって思いました、まる」
魔王「それで人間共は2万もの大軍と戦ったと認識できなかったわけか」
側近「そーですねー。ちなみに術士達は事の大きさに気付き逃げ出しました」 じゅーじゅー
魔王「責任感ゼロか! というより少しは戦わんのか術士共は!?」
側近「ぶっちゃけ戦闘能力は低い学者タイプしかいなかったですから」 かちゃん
側近「魔獣を操るだけで精一杯だったんでしょう。魔獣を操ること自体難しいことですし」
側近「まあ居たところで、魔物同士の争いを止められたか怪しいですけど」 むしゃむしゃ
魔王「ステーキ……ともかく、判った。情けない話だが、忠誠心がなかった事が敗因か」
側近「というより寄せ集めですし、もう少し部隊配置に気を配るべきでしたねー」 もぐもぐごっくん
魔王「もう食い終わった、だと……? ま、まあ良い。火山の国などそこまで重要ではないわ」
側近「強がり乙です」
海の国 侵略報告書
魔王軍 5万 VS 海の国 2万
魔王「圧倒的じゃないか我が軍は。負ける要素などないだろう」
側近「現実逃避、ダメ、ゼッタイ」 ごしごし
魔王「いや、2倍以上の軍勢に強靭な魔物。負ける方が難しいだろうこれは」
側近「でも負けてます。33対4ぐらいに負けてます」 ごしごし
魔王「その数字が何であるか判らぬが、まあ確かに負けたと報告書に記載されているな……」
側近「ちなみに内約は、サハギン1万、魚型魔獣1万、海洋生物型魔獣3万です」 きゅっきゅっ
魔王「海の国はやや北側に位置する国で、陸から攻めるには火山の国が邪魔だ」
魔王「船などを出されては面倒ゆえ、海から侵略させた」
魔王「陸上ですら弱い人間、海上では船にへばりつくしか能がないからな」
魔王「それより床に座り込んで何をしている?」
側近「汚れが気になって。ふぅっ、まあ魔王様にしては素晴らしい考えかと」
魔王「うむ……んっ? 今さりげなく貶されたような」
側近「ところで魔王様、魔物って普段集団行動とかとるんですか?」
魔王「ぬっ? いや、基本的には魔物は個々で動くものだ。せいぜい同種族同士集まる程度だな」
魔王「異種族同士集まるのも、我の力あってのものよ、フフッ」
側近「なるほど。それで、それぞれの種族の特性とか習性とか知ってます?」
魔王「一々細かい事は気にせぬ。我の命令が最上位なのだからな」
側近「あぁ、集めるだけで特に細かい事まで指示してないのですねー」
魔王「まあ通り掛る船を襲えと命じたが、それがどうした。国を落とせれば問題ない」
側近「その通りですけど、落とせてないですよ」
側近「ちなみに報告書によると、海の国を攻めたのは海洋生物型魔獣3千とサハギン5千ですね」
魔王「……待て、5万の軍勢ではなかったのか?」
側近「魔物を集めるのに、どれほどの期間を設けました?」 すたすた
魔王「さすがに5万は簡単に集まらんからな。大体5年といったところか」
側近「海の国近海からそんなに?」 すたすた
魔王「いや、世界各地からだ。海の魔物は広く散開しているゆえ……何故我の周りを歩く?」
側近「なるほどー。だいぶ前から計画していたんですねー」
魔王「先にも言ったが、海の魔物は集めるのが大変だからな。魔王になってからずっと呼び続けていた」
魔王「しかし、そんな事を聞いて何だというのだ?」
側近「魔王様。魔物とはいえ自然の摂理っていうのが働くみたいですよー」
魔王「自然の摂理? 弱肉強食ということか? まあ当然だろうな」
側近「巨大な魔獣はそれだけ餌が必要なわけでしてー、小さい魔物も餌が必要でーす」
側近「ちなみに魔物って、魔王様が生み出しているんでしたっけ?」
魔王「一部だけだそんなのは。大体は動植物を魔力で変化させて、勝手に行動させている」
魔王「さっきから戦いとは関係ないことばかり、何を考えている?」
側近「あー……まあ魔王様ですし。結構関係あるんですよー」
魔王「絶対今我のこと馬鹿にしたよな? おい、こっち見ろ」
側近「それでですね、サハギンの中から比較的知能の高い個体を集めて調査させましたー」
魔王「調査? 何を?」
側近「食物連鎖、ですね。で、5万集めましたけど実際魔王様の影響下にあったのは3割程度でした」
魔王「……いやいや、待て。5万はいたのだろう?」
側近「つまりですね。集めた先で新たな生態系が出来てしまった感じですねー」
側近「2年経った辺りから、新世代が生まれて、やがて生態系に組み込まれていったと」
側近「結果的に魔王様の影響が残ったのは、生態系の頂点とサハギンら一部の魔物だけになりましたー」
魔王「つまり、我が命令を下しても?」
側近「変な奴がいる、って認識されるだけで無視されました」
魔王「……5年。5年掛けて集めた。海由来の生物ゆえ影響下に置くのも苦労したのに……」
側近「無駄な努力乙です」
側近「まああれですよー、魔物だって生態系に従って生きているのを認識すべきでしたねー」 ごくごく
魔王「ぐ、ぐぬぬっ……それでも魔王たる我に従わぬ魔物がいるのは気に食わぬ!」
魔王「大体なんだ、サハギン共は多少知能があるのだから、他の魔獣を従わせられんのか!」
側近「ごくごく……ぷはっ。無理ですよ、サハギンは海の中では下位に位置する魔物なんです」
側近「集団で何とか繁栄しているものですから、大型魔獣を従わせるなんてとてもとても」
魔王「ええい、海の畜生共らに頼ったのが間違いだったわ! くっ、我にも飲ませろ!」
側近「あっ、それは――」
魔王「ごくごく……ぷえっ!? がはがは……! な、これは……!?」
側近「聖水の蜂蜜割です。魔王様には効果ばつぐんですから止めた方がいいですよ?」
魔王「先に言え! 死ぬかと思ったわ! くそっ、次の報告書を!」
側近「やる気になって何よりですねー。次いってみようー」
光の国 侵攻報告書
魔王軍 3万 VS 光の国4万
魔王「光の国は周辺の国々の中心。それゆえ精鋭を送った」
側近「竜族1万、魔族3千、各種族の精鋭歩兵1万7千。確かに精鋭中の精鋭ですねー」 ヴゥーン
側近「正直にいえば、数が多少劣ったところで、人間側に勝ち目はなさそうですね」
側近「まあ負けてますけど」
魔王「ぐぬぬっ……掛け値なしに竜族も魔族も、人間の兵士10人分の能力を持ち合わせておる」
魔王「精鋭歩兵も単純に突撃しかできない能無し共ではない。何故負けた……報告書が間違っておるのか」
側近「人間をよく監視し、さらに作戦立案までしていますねー。慢心はなさそうでーす」
魔王「さらに我自らが立案した作戦を実行した。負ける要素などない!」
側近「作戦? どんな作戦ですか? 私は聞いた覚えないですけど」
魔王「当然よ。秘策中の秘策。実行部隊の隊長にしか教えておらん」
魔王「光の国には姫が一人しか後継者がおらん」
側近「調査によると、年老いた国王以外血族はいないみたいですねー」 ヴゥーン
側近「入り婿がいないと王家滅亡待ったなしです」
魔王「そうだ。そこに我は目をつけた。王女を浚って人質とすれば、かの国を牽制できると」
魔王「作戦は成功し、王女を我が手中に収めることが出来たぞ!」
側近「はぁ。ところで、その王女様とやらに会った事がないのですが、どこにいるのです?」
魔王「光の国から少し離れた洞窟で監禁している。竜族に見張らせているから救出は無理だろうな」
魔王「くくくっ、人質を取られて成す術なく崩壊すること間違いなしよ」
側近「まあこちらの軍が崩壊しましたけどね」
側近「というよりも、人質作戦は下手をすれば相手を刺激するだけですよ?」 ヴゥーン
魔王「唯一の王家の跡取りだぞ。意気消沈するだろう」
側近「ちなみに報告書によると、光の国側は最後の一兵になろうとも魔物を粉砕する気概だったそうです」
魔王「えっ?」
側近「国民も魔物許すまじと、武器を手にして老若男女問わず義勇兵に名乗り出ていたそうですね」
魔王「えっ、えっ?」
側近「国王も血筋が絶えようとも魔物討つべしと、自ら前線に立とうとする気概だそうです」
側近「ちなみに、光の国の国王は非武装主義、平和主義として知られてました」
側近「騎士団も縮小する予定でしたが、急激に増強しましたよー」
魔王「……今から人質解放したら――」
側近「あっ、報告書の最後のページによると門番の竜が倒されて、人質が解放されたそうでーす」
側近「いやぁー、伝説の勇者の救出と違って血生臭い戦いだったみたいですねー」
魔王「……せ、戦力を削ることが出来たから、作戦通りだ!」
側近「ちなみにこちらの軍が負けていることもお忘れなく」 ヴゥーン
魔王「何故負ける!? 相手は戦力が削られ、こちらは圧倒的な軍勢だぞ!」
側近「光の国側が異常な戦闘意欲を持っていたそうですが、まあ人質事件の影響でしょうねー」
側近「光の国側はあえて城壁の中へ招き、歩兵と竜族を分断。身軽な歩兵が街中を突撃」
側近「竜族は魔法使い達に、魔族は僧兵達に足止めされ、歩兵は各地に潜んでいた人間達に撃破される」
魔王「じ、自国の街中で戦っていたのか!?」
側近「報告書だと4万と記載されてますが、どうも民兵の数は把握しきれていないだけですねー」
側近「民兵を含めれば軽く10万超えますね。結局こちらの軍勢は8割壊滅。残りは壊走でーす」
魔王「ば、馬鹿な……勇者がいるならまだしも、そんな……」
側近「まあ光の国側もかなりの痛手を負いましたけど」
側近「最新の報告によると、光の国側は周辺国に魔物討伐のための連合軍を組織しようと提案中でーす」
魔王「……何故こんな事に。何故勇者ではない人間などに」
側近「ちなみに他の地域でも敗退してます。主な理由は魔物の士気低下が原因ですけど」 ヴゥーン
側近「ぶっちゃけると、もう魔王様にはついていけないとの事です」
魔王「ふ、ふざけるな! 魔物は魔王たる我に大人しく従うべき存在だ!」
側近「そうは言われても……あぁ、来たようですよー」 ヴゥーン
ドタドタ バン!
魔王「ぬっ、魔物共が大勢……これはなんだ?」
側近「簡単にいえば、クーデターですかねー。ちなみに代表は私でーす」 ヴゥーン
魔王「クーデター、だと? 面白い……魔王である我に挑むとはな!」
側近「凄んでも無駄ですよー。魔王様歴代の中でも最弱と予言されてますから」 ヴゥーン
魔王「我が最弱だと? いや、そもそも予言は人間共の神官が執り行っている」
魔王「今思えば報告書でも魔物が知りえぬようなことが記載されていた。側近、貴様は……」
側近「魔王様のくせに鋭いですねー」 ヴゥーン
魔王「おい」
側近「魔王がいる限り、勇者は必ず現れる。世界の理といっても過言ではない法則です」
魔王「……ほぅ。つまり貴様は」
勇者「勇者でーす。あっ、ダブルピースした方がいいですか?」 ぴーす
魔王「いや、無表情でされても。そもそもいらんぞ」
魔王「なるほど……姿が見えぬと思ったら我が軍勢の中に、しかも側近として潜んでいたとは」
魔王「各地の敗退も勇者、貴様が側近としての立場を利用して――」
勇者「あっ、私何もしてないですよ。食料の備蓄が酷すぎてアドバイスしたことはありますけど」
魔王「……人間共にこちらの情報を流して――」
勇者「あまりにも情報がなかったので、情報収集専門の魔物部隊を編成しました」 ヴゥーン
魔王「……いや、それはそれで勇者としてどうなのだ?」
魔王「そもそも何故魔王軍に入った? 人間の国に行けば勇者として祭り上げられるだろう」
勇者「まあ勇者の血筋ですけどね? ところであなたは見知らぬ小娘が突然訪れて魔王様に会わせろ」
勇者「そんな事言われて会います?」
魔王「馬鹿か。得体の知れん小娘と会うわけがない。そもそも多忙なのだから暇人と付きあえんわ」
勇者「まあそういうわけです。それに予言で歴代勇者で最弱と言われましたからね」
魔王「ふはははっ! 最弱と言われるとは哀れだな!」
勇者「あなたも最弱と予言されてますけどね」 ヴゥーン
魔王「所詮預言者の戯言。仮に我が歴代最弱だとしてもだ、人間風情に負ける道理などないわ!」
勇者「ちなみに私の戦闘力が100だとすると、貴方は5、つまりゴミですよ」 ヴゥーン
魔王「ゴミぃ!? い、いくらハッタリでももう少し現実味のある言葉を言わんか!」
勇者「まあ言い過ぎですけど、実際強くはないですよ? 訓練とかしたことないですよね」
魔王「ふん、王たる我がどうして訓練をする必要がある? するまでもない実力を持って――」
勇者「薄めた聖水飲んで苦しむ魔族なんて、それこそ弱っていてもまず存在しないですよ」
魔王「ぐぬぬっ! あ、あれは……ええい! 魔王ならば命令するだけで充分よ!」
勇者「クーデターされてますけどね」 ヴゥーン
魔王「そうだ、お前らどういうつもりだ! 我が居なければまともに行動できまい!?」
狼男「ぶっちゃけ弱い奴に従いたくない」リザードマン「作戦いい加減」ハーピー「待遇悪すぎ」
オーク「不細工過ぎwww」ゴブリン「威厳なさすぎ」サハギン「ハラ、ヘッタ。メシヨコセ」
勇者「現場からの声は世知辛いですねー」 ヴゥーン
魔王「ふざけるな! 魔物なら我に従え!」
勇者「ちなみに魔族と竜族は全員軍から去りましたよ」
勇者「弱い上に、まともに魔物を操れないなら従う必要がないそうでーす」
魔王「ぐ、ぐぅぅ……ここまでコケにされるとは! 見事な離反工作だな勇者よ!」
勇者「いえ、だから私はほとんど何もしてないですよ」 ヴゥーン
魔王「だがっ! ここで、貴様を葬れば――」
勇者「じゃじゃーん」 ドサドサ
勇者「聖水20個。薄めてない、ちょー濃厚な高級品ですよー」
魔王「……わ、我は圧倒的防御力を誇る魔王のマントを装備しているから――」
勇者「でれれれーん。伸びる鉤付きロープ~。えいや」 シャー
魔王「な、我のマントが奪われた!?」
勇者「道具の力って偉大だなって思いました。で、まだ戦いたいですか?」
魔王「くっ、殺せ! 腐っても我は魔王! 何をされても屈したりはせぬ!」
勇者「おー、嬉しくないくっころ。あっ、丁度良い時に完成しましたねー」 ヴゥーン、ピカー
魔王「さっきから気になっていたが、その音は何だ?」
勇者「これは、じゃーん。呪いのステッキ~。近所のお婆ちゃんに貰った旅のお守り代わりです」
魔王「お守りって、魔族の間でもそんな物騒なお守りないぞ……」
勇者「先程から儀式をして魔力を貯めていました。ようやく完成です」
魔王「あの無意味な行動は、呪いの儀式だったのか……!」
勇者「いえ、儀式は食事するだけです。後は暇つぶしですよー。あっ、その辺の魔物は魔王を押さえて」
魔王「くっ何をする!?」
勇者「もちろん呪いを掛けます。ほら、先端が光っているのが判ります?」
魔王「まさかそれを押し付けて――」
勇者「呪われーろ」 ブン!
魔王「がっ!?」 バキィ!
勇者「さて、スマートに呪うことが出来ましたね」
魔王「いつつ……杖で殴る呪いとか前代未聞だぞ!」
勇者「何にせよ目的は達成しました。これで、私が魔物を操る立場です」
勇者「魔者達も、呪われた魔王より私を選ぶみたいですよー?」
狼男「人間に呪われる奴とかないわ」リザードマン「勇者いい奴」ハーピー「魔王よりマシな待遇だし」
オーク「つるぺたとかないわwww」ゴブリン「魔王より威厳あるし」サハギン「メシクレル。シタガウ」
勇者「一斉に言葉を発しても何言っているか判りませんよー。とりあえずオーク達は粛清しておきまーす」
魔王「おのれ……一体、何が目的だ勇者!? まさか、世界征服の野心を――」
勇者「目的? これでーす」 ピラ
魔王「何かの書類、いや何かの魔道書の1頁か?」
勇者「チラシです。お店の広告ですよ」
魔王「……特売の広告だと? 待て、待て……理解が追いつかん」
勇者「天界石や魔法石、他貴重な品々の特売品です。最大5割引き! ポイントも3倍です!」 ふんす
勇者「教会の偉い人向けの広告ですが、頑張ってゲットしました。チラシないと割引ないですから」
魔王「待ってくれ! ま、まさかお前、それだけのために魔王軍を奪い取ったのか!?」
勇者「天界に行くには色々条件があるんですよ。正直どれも数十年、短くても十年ほど掛かります」
勇者「でも、この特売は3ヵ月後から半年後までの期間。とても間に合いません」
勇者「そこで、書物を漁り続けた結果私は発見しました。例外的に天界への扉が開く条件を」
魔王「……天界の扉がある光の国、その中にある聖域に魔物が足を踏み入れる時」
魔王「過去に1度だけあったと聞いたことがある。魔物を駆逐するため天界の扉が開いたと」
勇者「そのとーりです。でも最弱で頭ぐるぐるぽんな魔王では期待できませーん」
勇者「だから聖域まで魔物を連れていくために、クーデターを起こしましたー」 ぱちぱち
魔王「ふざけるな! そんな事のために、我を魔王の座から退けるなど!」
勇者「多分あなたでは遠からず似た境遇に陥ったと思いますよー」
勇者「あっ、ところで何か苦手な食べ物とかあります?」
魔王「何だいきなり? それどころではない!」
勇者「いえ、結構重要なことですよ。運が悪いと大変なことになりますから」
魔王「くそっ、訳の判らん奴だ。魚だ。生はもちろん、焼いても煮てもまずい汚物だ、あんなもの!」
勇者「……あー、その、ご愁傷様です」 なむなむ
魔王「何を拝んでいる?」
勇者「これ、呪いのステッキです。先端が青く光ってますよね?」
魔王「確かにそうだが、だからなんだ?」
勇者「これは相手に特定の食事を強要する呪いなんです。1日食べないと全身の筋肉痛が」
勇者「2日食べないと呼吸困難、3日食べないと全身から血を噴いて死ぬ呪いなんですよ」
魔王「怖っ!? 何だそのおぞましい呪いは! 我でも思いつかんぞそんなもの!」
勇者「で、先端の色は青……あなたは魚を食べないといけなくなりましたー」
魔王「……えっ?」
魔王「ち、ちなみにどれくらい食べないといかんのだ?」
勇者「お婆ちゃんによると、魚だったら大きめのを2、3匹分と言ってましたよ」
勇者「あっ、確か生でも焼いても煮ても、干物でも大丈夫と言ってました。良かったですね」
魔王「良くない! 解け、今すぐ!」
勇者「残念ですがそれは出来ません。解呪の方法を聞いてませんから」
魔王「おいぃ!! な、ならばその老婆を――」
勇者「ちなみにお婆ちゃんは、私が旅立つ前日に死にました。百歳超えの大往生です」
魔王「……くっ、殺せ!!」
勇者「一応腐っても魔王なので、死なれると魔物が統率できません。嫌でも生きて下さい。半年後まで」
勇者「それじゃあ、元魔王様にはご退場願いますね」
魔王「くそっ……もうどうにでもしろ。早くここから消えたい」
勇者「潔いですねー。さっき言った通り命は奪いません。転移魔法で立ち去って下さいね」
魔王「えっ?」
勇者「えっ?」
魔王「転移魔法なんてあるわけないだろう。勇者、貴様は使えるのか?」
勇者「そんな便利魔法あったら苦労しませんよ。あぁ、この城に転移させる装置があるんですね?」
魔王「えっ?」
勇者「えっ?」
勇者「さっき、早く消えたいって言ったじゃないですか」
魔王「そんなもの比喩に決まっているだろう」
勇者「そうですか。なら、歩いて立ち去るしかないですね」
魔王「……こんな無様な姿を、多くの魔物共に見られて?」
勇者「はい。さぁ、魔物の皆さーん。元魔王が歩いて去るので、道を空けてくださーい」
魔王「……ちくしょーーーうっ!!」 タッタッタッタ……
歴史を紐解けば、人と魔物、勇者と魔王の戦いは連綿と続いている
気の遠くなるような過去から続く戦いは、現在でも終息する気配を見せない
それでも歴史家を始め多くの者達は、歴史を学び続ける
この不毛な戦いを終わらせるため、あるいは過去から失われた技術を学びために
もしも人々が歴史上最悪の魔王を挙げるならば、多くの者達は以下の名を挙げるだろう
『腐敗の魔王』、『世界を喰らう魔王』、『死を喪わせる魔王』……この3体のいずれかが最悪の魔王と
しかし、一部の歴史家と戦術家達は異なる魔王の名を口にする
最悪の魔王とは『影の魔王』である、と
歴史の中でもほんの僅かしか記載されておらず、しかも当時の預言書に最弱と記されている
そんな魔王が、何故彼らに過去最悪の魔王と恐れられるのか
それは他の魔王にはない特異な点が挙げられる
他の魔王達は圧倒的な力を、人には理解できぬ異端の力を持って人々を襲った
しかし、この『影の魔王』は違った
当時では異常なほど兵量の分配に気を配り、軍編成についても現代の戦術家達が驚嘆するほど発達していた
明らかに時代が異なる戦略性に当時の国々は成す術なく陥落していったのだ
恐らく現代に現れても、この魔王は如何なく力を発揮し人々を苦しめたと戦術家達は分析する
そう、この魔王は力はなかったが異常なまでの先見性と戦略性を持っていた
また非常に用心深いためか、人間達の前に最後まで姿を現さなかった
それでも世界に平和が訪れたのは、当時の勇者の力があってのこと
歴史家と戦術家の地道な活動もあってか、この時代の勇者は少しではあるが知名が上がった
ところで『影の魔王』を倒したこの勇者、彼または彼女もまた謎に満ちている
預言書によると最弱の勇者として記されている以外、ほとんど正体が掴めないのだ
ある伝説では幼い少女と、別の伝説では青年、はては魔族の血が流れている男だという伝説まである
また功績についても他の勇者と異なり、魔王を倒した以外の事が判らない始末だ
名前も、性別も、功績も何もかも謎に包まれた勇者
一部の学者の中には、勇者はおろか『影の魔王』も存在しないと主張している
それほどこの時代については不明瞭なことが多い
それでも、戦い続けた勇者が居ることは脈々と受け継がれる伝説が示している
謎に満ちた勇者の真偽定まらぬ伝説の中で、判明していることはたった2つだけだ
1つは、最弱と呼ばれながらも常に最前線で戦い続けたということ
当時の兵士の手記には最弱の勇者に初めは落胆したが、次第に戦う姿に勇気付けられたと記されていた
たとえ歴代最弱でも、前線で兵士達を鼓舞し続け戦う姿は、まさに勇者と呼ぶに相応しい存在だ
そしてもう1つは、この勇者はとにかく魚が好物であるということ
ある港町の宿屋では魚を食べなければ死んでしまうと、勇者が豪語したと伝えられる
各地の港町では大漁祭と同時に、この勇者を讃える祭りが静かに、しかし確かに伝えられていた
これは勇者が魔王を倒す、ごくありふれた英雄譚。その一幕である
以下後書き、スルー推奨
多くのファンタジー系の創作物を手にとって時折思うのは、魔物の統一感のなさだ
生息域も食べる物も種族も違うのに、よく一つの軍で戦えるなぁと
単純にカリスマや利益、知能が高いからという理由で纏められないだろうと思う
そういった意味でも『勇なま』の食物連鎖的な発想は面白い着眼点だと感心した
まあ、はいはい設定設定でいくらでも後付けできるんですけどね
たまにはそういう着眼点を持つのも良いのではと書いてみた
そういうお話だったのさ
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