【オリジナル】ニート脱出奮闘記 (163)

一人称、時によってはR指定くらいの部分もありますが了承願います。

あらすじ:ニートになって約六年。鈴木由美は母親から家を追い出されそうになり漠然とした気持ちのまま就業を考え行動を起こすところから物語が始まる。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1452469153

いきなりではあるが私、鈴木由美は只今絶賛ピンチを迎えている。日本語の使い方がおかしい?そんなことはわかっている。ただ、それほど重大な局面の真っ只中なのだ。

「働くかこの家から出ていくのか、いい加減選びなさい」

 所謂花嫁修行中と言えば聞こえも良いが、要するに私はニートなのだ。商業高校を卒業後、事務職をしていたのだが人間関係が重たく感じるようになり挫折。療養と言う名目でお暇を戴いたわけだ。

「急にそんなこと言わなくても..。私だって頑張ってるんだから...」

 ボサボサになった髪の毛をくるくると弄りながら母に反論する。すると母はため息を付いてから言葉を切り出してきた。

「あんたねぇ... 。療養目的と良いながら何年引き籠ってたら気が済むのよ。頑張ってる?家事もしない部屋から出ない出るのは食事と週三回の風呂だけ。一体何を頑張ってるって言うのよ?」

「なんでそんなこと言うの?お母さんひどい!!」

「ひどいで結構。出てかないならさしあたってインターネットの契約は今月一杯で切るからね。あとついでにあんたの部屋の荷物も全部捨てるよ」

「追い出すつもりなのにネット回線止める必要あるの?」

「あんたが意地でも出ていかないでニートする可能性もあるからだよ
。ホント我が子ながら情けない...」

 ヤバイ、母は本気である。このままでは来月にはネットが止められてしまう。家から出ることのない私の唯一の外界との意思疏通手段であり、ライフワークであるインターネットが出来ないのならいっそ死ぬしかないのかな。母がまだ聞いてるのとかその態度はなにとか言っているようだが、最早私の耳にはそれらは届いておらず、月末までしか自分が生きていけないことに狼狽した。

 結局私の心が此処に非ずと認識したようで、母は部屋から引き上げた。
 そしてその日、私は頭の整理が出来ず、直ぐに就寝した。

 翌朝、親から見捨てられるという出来の悪い夢から覚めた私は親の有り難みが分かった。母の機嫌を取るためリビングに向かう。
 しかし、現実は残酷だった。

「由美、昨日言ったことは覚えてる?」

 その言葉で、意気揚々としていた気持ちは一気に吹き飛んでしまった。
 あの夢は何と現実のことだったのだ!!

「えっ、あっ、う」

 言葉が出ない。私はこんなにも矮小な存在だっただろうか。ろくな返事もできず、食事をとることもないまま私は踵を返し、リビングを後にした。

 部屋に戻るとすぐ私はパソコンにかじりついた。大手匿名掲示板では私以下の人間を見つけては優越感に浸り、芸能・政治関係のニュースを見ては批判を繰り返すのが私のライフワークだ。
 しかし、今日は違う。これまで自分の身の上を語る事は無かったのだが、その日がやって来たのだ。

「親から見放されたニートだけど質問ある?っと」

 一瞬でざまぁとかバカなの?とかヤジが飛んでくる。これまで自分も同じことを言っていたがなるほど、これは腹が立つ。

「ウルセーカス野郎。短小の癖に指図すんな」

 この掲示板に来てからスラングを使うことに抵抗は全くなくなった。
 未だ彼氏いない歴=年齢の私がこんな言葉を覚えたのは確実に此処の影響である。そして殆どが罵倒、揶揄の中、少しだけ違う意見もあった。

 働く気があるなら就労支援機関を利用してみたら?

 なんじゃそりゃ?
 そう思った私は検索をしてみる。

「あー、つまり訓練やったり相談乗ってくれたりするところって事ね。あと紹介もしてくれるのか。もうちょい調べてみるか」

 調べてみると評価は賛否両論であった。自分のメンタルでも就業できるところを紹介してもらえたとか全然関心のないところばかり紹介されてムカついたとか良いも悪いも様々だ。

「働くより死ぬ方がマシだけど死にたくないし、明日行こうかな」

 今日は調べるだけで疲れちゃった。
 働こうと言う意思はあるのだ。私は頑張った。そんな旨を掲示板に書き込んだらボロクソに叩かれたので、苛ついたから電源を落とした。

「はぁ、寝るかな」

 いつまでも寝ることができるのはニートの特権である。
 そう思いながらベッドで横になり、意識を手放した。

取り敢えず此処まで

少し再開

私、鈴木由美は食事は一日二食で済ませている。引き籠っているのに昼食まで摂取したら確実に太る。これだけは愚直に守ってきた。
 お蔭で今現在、目を覚ますと日は暮れていた。

「まぁ今日は朝食食べてないんだけどね」

 自覚したらお腹が減ってきた。夕げまではまだ時間がある。億劫だが体を起こしパソコンデスクに向かい電源を入れる。
 朝の就労支援についてもう少し調べておこうとふと思ったからだ。
 よれよれのジャージの裾からでた指先は爪が伸び、垢が溜まっていた。

「まず爪切りとお風呂か」

 心なしか布団からも自分からも汗の臭いがする。そう感じた私は今日はお風呂に入ろうと決心した。

「機関までの地図をスマホに写しておこう」

 誰からも掛かることのない存在意義を失いつつある、否既に失っているスマートフォンが使命を取り戻し喜んでいることだろうと無駄な妄想に耽る。
 一通り調査を終えた頃に食事ができたようなのでリビングに足を運んだ。

「明日出掛けてくる」

 簡潔に告げた私の言葉に母は大層驚いた様子だった。

「由美っ!?やっとその気になったのね!!」

 いや、別に私は無理してまで働きたいとは思わないよ。心中で呟いたので当然母の耳には届いていない。
 パスタをフォークに巻き付けて口に運ぶ。うん、トマトソースとの絡みがとても良い。
 あっさり思考を食事へと移行する。母よ、取り敢えず感動してないで食べなよ。覚めちゃうぞ。
 口に出すことはせず、母の顔を見る。いや、更にプレッシャー掛かるんですがね。

 付け合わせのコンソメスープを飲み干し、「御馳走様、頑張るから」と言い、食器を洗い場に持っていき、その足で風呂場に向かっていった。

 風呂から出て部屋に戻る。久しぶりにドライヤーで髪を乾かした。

「はぁ、憂鬱だ」

 知らないところに行くとか何年振りだよ。えっと、確か仕事辞めてからだから約五年か。いや、そう思うと私の人生ってなんなんだろ?
 答えのでない疑問に自問自答を繰り返す。あまりにも思考がパンクしてきたので自らの秘所を手慰み、気分を変えてから就寝することにした。
 絶頂を迎えた後に感じたことは、私寝てばっかじゃんであった。

短いですが此処まで

 このような経緯で、この度私鈴木由美は就労支援機関『あさやけ』の利用者となったのだった。

>>23
上げてもらうと助かるがお好きなように

つづきはよ

>>37
ではageさせていただきます

>>38
遅筆で申し訳無いです。

投下します。

 登録後、帰宅した私は母に『あさやけ』に関する情報と利用者登録を行った事を伝えた。と言うのも幾つかの理由があり、一つは良子さんと言うか『あさやけ』からの連絡が親に入るかもしれない事や不振な団体でないことを家族に理解してもらう必要があったこと、コミュニケーションを取る訓練のため、そして何より重要だったのは肉親からのプレッシャーを受け入れることだった。

 殆どが良子さんとの打ち合わせで決めたことだったが、最後の部分は違う。『評価』と言うものが何より怖かったことが、今日まで引き籠ることになった原因である。仕事を辞める直前の頃を思い出すと今でも辛いものがある。
 だが、確かに『変わる』きっかけを『あさやけ』、いや樋ノ上良子さんと言う担当者に見出だしたのだ。だから、一つの区切りとして親の期待に応えるのは難しいかもしれないが、受け入れることだけはしたかった。

「そう、頑張りなさい」

 以前は私の肩に重くのし掛かっていたこの言葉も、ストンと胸に留めることができたのはきっとこのお蔭なのだろう。
「うん。ありがとう」
 まだ頑張るとは返せなかった。先日の何もしていないのに頑張ってるだなんて適当な返事をしてしまった手前、それを口にするのは早いと思ったからだ。

 兎に角、私は変わると決めたのだ。おっといけない。変わりたいだった。
 良子さんから「変わりたいあなたの気持ちは立派で尊重します。ただ、それが義務感になってしまっては過去の体験のようにつぶれてしまう可能性が高いです。変わりたい気持ちから段階を踏んで自信をつけながら気持ちを成長させましょう。まずは変わりたいと言うポジティブな気持ちが一番に来るように心に言い聞かせてください」と言われた。

 その言葉になるほど、と思ったのはしっかりと覚えいる。確かに私はプレッシャーに押し潰された。『評価』と『期待』と言う目に見えるようで見えないモノが、働いてた頃は特に疎ましくて仕方無かった。机越しに聴こえてくる私への嘲り、新人との比較、数えたらキリがない。だから閉塞された自分だけの城、全てが手に届く自室から出る気がなかったのだ。

「でも、わかってた。ただ劣等感を他人のせいにして、『本当の私』を評価してもらいたかっただけなんだって」

 そもそも『本当の私』なんて何処にもいない空想の人物なのだ。全ての期待に応え、てきぱきと仕事をこなし、婚約者もいて順風満帆な人生を送っている私。現実は仕事でももたつき、彼氏は生まれてこの方一度もおらず、友人もいないし親の脛かじり。うん、情けないことこの上ない。

「でも変わるなら何から変わるべきか...」

 幾つかを目標に合わせてリストアップするように良子さんから課題を渡されていたのでブラッシュアップシートを見ながら記入していく。

目標【就業する】

やるべき事(毎日)
・お風呂に入る
・ウォーキングをする
・日記をつける

やるべき事(目標までにやりたい事)
・美容院に行く
・スーツを買う
・ジャージ以外の服を出きれば一部新調する
・コミュ力を上げる

 最後が非常に曖昧だが、この六年他人と全く話していないのだ。許していただきたいものだ。ウォーキングは六年でかなり筋力も体力も落ちていたことを外に出て思い知らされたからだ。まさか筋肉痛になるとは思わなかった... 。服とかも家から出ない生活で若干体型が変わっている。就業するつもりならとりわけスーツは何とかしたいところである。日記は良子さんに言われたことだ。

「義務ではないけれど、自分の変化を感じていけるように日記をつけてみると良いわ。逆に日記をつけても変わってないと感じるなら私達もそれを元にアドバイスさせていただけるしね」

 と言うことで記入したブラッシュアップシートを畳んでクリアファイルにしまい、新しく買ったスケジュール帳のメモ翌欄に日記を書き込み一日を終了した。

投下終了
○欄てsaga必要なんですね。
以後気を付けます。

おもしろい

>>51
ありがとうございます。

テンパって幕間を一つ挟み忘れたので記載(次も幕間になります)

幕間1

「いやー、大変でしたね樋ノ上さん。鈴木さんでしたっけ?新規の娘」

「いえ、あの位なら十分やりがいありますよ。自分の置かれている立ち位置が理解できてるなら幾らでも相談に乗れますしね」

「成る程、でも大丈夫ですかね?」

「軽度の精神障害はあるかもしれませんので親御さんと一度連絡を取ろうかとは思っています。あとは体験就業とかグループワークに参加させようかと思っています。三年間の就業経験はあるから仕事の覚え自体はそこまで問題ないかと思いますので、もっぱらコミュニケーションに重点を置いてになりますが」

「了解。じゃあカルテ作っといてね~」

作成者:樋ノ上良子

作成日時:yy年11月3日
利用者番号:awvs-0312-01
名前:鈴木由美
年齢:25歳
生年月日:xx年9月10日

初回利用日:yy年11月3日

最終学歴:○○商業高校卒業
就業経験:有(3年) 株式会社××(事務職)

本人希望:再就職(職種等は未記載)

備考:軽度の発達障害など精神的な病気があると考えられるが充分就労可能な範囲だと思われる。なお、両親からの支援が得られるかどうかは後日確認し追記。

終了
短い更新で申し訳無いです
この>>54>>55>>35>>40の間に入ります。

投下開始

「もしもし?」

「こちらは就労支援機関『あさやけ』の樋ノ上良子と申します。鈴木由美さんのお宅でよろしかったでしょうか?」

「はい、えっと娘に用事ですか?」

「いえ、由美さんからお話を伺ってるかとは思いますが一度お母様ともご連絡を取りたくお電話をさせていただきました」

「あ、あぁ。貴女が良子さんですか。すみません、何かの勧誘かと思ったもので...」

「いえ、お気になさらず。この度お電話させていただいたのは、由美さんの事についてです」

「...娘には直接聞けないような事ですか?」

「そうですね。幾分かデリケートな問題になりますのでまずはお母様にお聞きしたくご連絡をさせていただきました」

「わかりました。ではどうぞ」

「はい。大変失礼を承知でお伺いさせていただきます。六年前、由美さんが退職した理由についてですがお母様が知る範囲で詳細をお伺いしたいのです。後、これまでの間にカウンセリングなどを受けた経験はおありですか?」

「カウンセリングは受けてないですね。退職理由ですが、もう仕事が辛いと言い始めて半年くらい経った頃に拒食になって...。それで本人がそのまま退職届を出してすぐに辞めたと言うくらいしか言えないです」

「わかりました。ありがとうございます」

「あのっ!娘は大丈夫なんですか?仕事に就く事もそうですが、この先やっていけるんですか!?」

「私共は継続就労支援を行っておりますので、その二つについては由美さんがやる気を維持できればきっと問題はありません。しかし、二つ気がかりな事があります。三年間の就業経験で培ったコミュニケーション能力と作業処理能力です。これらを確認した後、由美さんの希望と能力に合った職業を見極める必要があるからです」

「っ!!...そうですか、由美次第ですか。私や夫に出来ることはありますか?」

「由美さんの話を聞いて支えてあげてください。今の彼女には私は勿論の事、お母様ときちんとした形で対話をするのにもかなりの精神力を使っていると思われますので」

「...知らず知らずの内にあの娘を追い詰めていたのですね」

「そんな事はありませんよ。変わろうと思う気持ちを持てるのは、きっとお父様やお母様の力もあると思います。私共も出来うる限りの力を提供していきますので」

「何卒娘をっ!!娘をよろしくお願い致しますっ」

「はい、承りました。では、今後ともよろしくお願い致します」

担当者:樋ノ上良子

更新日時:yy年11月4日
利用者番号:awvs-0312-01
名前:鈴木由美
年齢:25歳
生年月日:xx年9月10日

初回利用日:yy年11月3日

最終学歴:○○商業高校卒業
就業経験:有(3年) 株式会社××(事務職)

本人希望:再就職(職種等は未記載)

備考:軽度の発達障害など精神的な病気があると若干考えられるが充分就労可能な範囲だと思われる。なお、カウンセリング経験などはないとの事なので未受診であることを確認。両親からの支援は受けることができる。現在の方針としてはコミュニケーション能力を向上させることに重点を置く予定。事務処理能力については、グループワークなどで確認していく。

ここまでが幕間2となります。銘打たずに投下して失礼。
続いて本編投下

「こんにちは♪今日は頑張りましょうね」

 就労支援機関『あさやけ』の会員である私、鈴木由美は本日グループワークのためにその『あさやけ』に来ている。
 明るい声で私に声を掛けてくれたのが担当の樋ノ上良子さんだ。スーツ姿がよく似合う大人の女性って感じで少し憧れてしまっていたりするのは秘密の話。
 そして今日は先日の事務所ではなく、一つ上の階にある多目的室に来ている。良子さんがドアを開けると、既に何人かの人が来ている。それに良子さん以外の担当らしき人や、道具出しの手伝いをしている人なんかもいる。

「はい。あと、あのその、私もなにか手伝った方が良いんですか?」

「いいえ、彼等はうちの職員なの。由美さんのように元々は利用者さんだった方で、『あさやけ』でも何人か雇用する話があったので希望者を募ったところ彼等を採用することになったのよ」

 少し饒舌な良子さんを見れたのは新鮮だったが、この六年マトモに他人と会話してない私がいきなりグループワークなどしてなんとかなるのだろうか...。不安である。

「取り敢えず席に着いちゃって。時間になったら案内するわ」

 そう言って私が座席についたのを確認すると、良子さんは別の利用者さんに話し掛けたり、職員の人と打合せをしたりと忙しそうだった。
 持参したペンを出して手持ち無沙汰にくるくると回していると、隣の席の女の子がチラチラと此方の様子を伺っていた。

「あっ、あの、さっ参加そゃっ」

 女の子が話し掛けてきたのだが、どうやら私と変わらない位他人と話すのがアレなようだ。私は単純に六年話してないからコミュ力が怪しいレベルだが、彼女は元々人と話すのを苦手としているような感じだ。

「うっ、うん?わがしも参加者でぁ」

 私も噛み噛みだった。当然だ。緊張しまくりだもん。もうね、恥ずかしいけど周りを伺うとそもそも和気藹々としたような雰囲気はなく、ただただ静かだった。どうやら話をしてるのは私達だけらしい。

「こょうはよろっしく?」

「あ、私もよろしく...」

 噛みまくりの女の子と徐々に声が小さくなっていく私。よく意思疏通出来ているなと我ながら感心した。
 女の子はお下げ髪でメガネを掛けている。何と言うか小型犬みたいな可愛さがある。ただ、服装が完全に大阪のおばちゃん風と言うか洒落っ毛と言うものが全くないので、見た目とのギャップも凄いなと思ってしまった。

 そうこうしている内に設営も終わり、恐らく今回のグループワークを指揮してるだろう私より年齢が少し上くらいの男性がマイクを手にして話し始めた。

「本日は『あさやけ』のグループワークに参加いただき、ありがとうございます。自分は秋雨と申します。自分が担当してない子も複数いらっしゃいますが、気兼ねなく気になったことや嫌なことがあったら言ってください。力になりますので。では早速ですが今回のグループワークは皆でボードゲームをしてもらいます。今回集まっていただいた皆さんは就職を希望されていると伺っていますので、やっていただくのは『会社経営ゲーム』です」

 『会社経営ゲーム』?難しそうだな。周りを伺ってみると、誰もやったことがないからなのか、ざわめきや不安の声が聞こえてくる。それも想定内なのか男性は安心してくださいと言って説明を続ける。

「そうですね、言葉を聞くと難しいですが最初は僕ら職員が一緒に説明しながらプレイするから安心してくださいね。それとこのゲームは勝敗は大して重要ではありません。テーブルの上にシートがあるかと思いますが、それが最も重要です」

 男性、秋雨さんの説明を元にシートに自分の記入事項を書いていく。

ゲームでの目標:ビリにならない事

ゲームでのプラン:契約をメインに展開する

就労の目標時期:未定

今関心のあること:仕事そのもの

その他:特になし

 このゲームは

景気→営業→契約→発注→納品を繰返していくゲームで、確かに聞いている限り難しくはなさそうだが、様々な要素が絡んでくる。プレイヤーは全員同じ系統の会社経営者であり、市場で商品を求めている事業主と契約して商品を納入してお金を得ていくゲームのようだ。事業主は捲ったカードで決まってくる。営業マンは駒でコマ数が多い方が事業主への営業用カードを捲る機会が多い。契約については、営業のときに広告予算を計上すると契約が成立する確率がアップする。

 他の部分も纏めると、

景気フェイズ:『景気カード』は月毎に捲られる。効果は契約率のアップダウンから、商品の価格変動まで様々。『営業マン』の駒を増やすことができるのは景気フェイズ中のみ。

営業フェイズ:『営業マン』の駒数まで市場にある営業カードを捲ることができる。営業カードで『アポイント』が取れた件数が契約フェイズで契約できる最大数となる。この時、『広告費』を計上しておくと契約フェイズでの契約率がアップする。なお、『営業カード』には受注単価が記載されており、契約する際の単価となる。

契約フェイズ:『契約カード』を『アポイント』が取れた枚数まで捲り、『成約』が出た枚数まで契約ができる。なお、『広告費』を計上しておくと『不成立』が出た際に引き直しができる。『成約』には契約数量が書いてあるので、『営業カード』の受注単価とを計算して、金額を弾き出す。

発注フェイズ:『発注』カードを捲り、発注単価を確定する。その単価分はプレイヤー負担となるため、資金が足りなくなった場合は、銀行に借りることになる。

納品フェイズ:商品を納入してお金をてにする。銀行からの借金返済と『営業マン』の給料はは納品フェイズ中に処理をする。

と言う細かいものになる。

 ざっくばらんな説明で立てた目標は、広告費をきちんと支払っておけば、『営業マン』を複数雇ってランニングコストを掛けるよりも成約に辿り着ける可能性があると踏んだからだ。
 でも、勝ち負けが重要じゃないってじゃあ何をどう評価するのか。私には皆目見当も付かない。取り敢えずの飲み込みはできたから、後はやってみるだけだね。

「ではAグループは自分、鈴木由美さん、牧原加奈枝さん、木瀬純一さんの4人でやります。まず自己紹介しましょうか」

 秋雨さんからの指示で私、先程話してた女の子の牧原さん、木瀬さんと言う大人しそうな眼鏡を掛けた男性の順に挨拶をした。三人とも、たどたどしい部分はあったがそこは割愛。シートを一度秋雨さんに確認してもらう。各々、短く頑張りましょうね位しか言われなかったのでシートの意味は?なんて疑問を残しつつゲームに入った。

「あ、不況で『営業マン』が一人解雇... 」

 景気フェイズで初期設定の一人だけいた『営業マン』がいきなりクビになってしまったのは牧原さんだ。不安でプルプル震えている。

「大丈夫です。景気フェイズでは有料ですけど『営業マン』は雇えますよ。落ち着いてやっていきましょう」

「あ、はっ、はい。えっとじゃあ三人採用します。じゃあ営業フェイズに移行します......」

「はい。今度は上手く行くと良いね!!」

 何故か私が返事をしてしまったが、その様子を秋雨さんは満足そうに見ている。どうやらグループワークの目的はコミュニケーションのようだ。シートとか別にどうでも良いじゃんと頭の片隅で思いながら、ゲームを楽しむ。意外だったのが自己紹介では非常に静かだった木瀬さんがゲームでは感情を豊かにし、お喋りに花を咲かせてることだ。私の方も共通の話題であるゲームがあるからか、何となく話しやすい。ただ、就労に関する質問は何となく暗黙の了解で誰も話そうとはしない。当然だよね、いつから働いていないかなんて怖くておいそれと話せないよ。
 一回目のチュートリアルでは私が勝利したのだが、二回目は秋雨さんが外れ、一つグループを潰して人数を増やしてやることになったせいか、景気フェイズで凄い煽りを受けてしまい最下位。堅実とはほど遠い結果だった。

「ではお疲れ様でした。皆さん顔が生き生きとしてたのでこちらも見てて楽しかったですよ♪では、やっとの話になりますが、シートを出してください。項目に合わせて記入してください」

 指示通りに項目事項に筆を走らせていく。ゲームを始める前とは全く心境が違うことに戸惑いを覚えた。最初は目標の通りにやっていこうと思ったが、思ったよりも人と話すことが楽しかったり、全く最初の戦略があてにならず、負けてしまった。でも悔しいとかより、何となく心境の変化を楽しめた気がする。
 周りの参加者も、シート記入に四苦八苦しているだけで割りと楽しそうな表情を浮かべていた。

「では記入が終わりましたら、一人ずつグループのではなく自分の担当者の所にシートを持って面談に行ってください」

 どうやら最初に記入が終わったのは私のようなので、早速良子さんの元へ向かう。席につき、左脇に抱えていたシートを提出した。

「ありがとう。そしてお疲れ様でした♪今日はどうだった?」

「あ、思ってたのと違ってすごく面白かったです。えっと、人と話すのが久しぶりに楽しく感じました。あ、そうじゃないか。シートの目標とかですよね」

「いえ。気付いたことをそのまま話してみて。それが一番大事なことよ」

 ん?秋雨さんと良子さんでは重要ポイントが違うんだろうか?聞いてみよう。

「秋雨さんはシートが重要と言っていました。でも良子さんはシートよりも気付いたことが重要だと思ってらっしゃるんですか?」

「いいえ、鈴木さん。まず、何故シートを利用したかを考えてみましょう」

「書くだけ書いてゲーム中は殆ど使わなかったから何が必要かわかりませんでした。ただ、最初に立てた計画とかは全然通用しないことがわかりました」

「何故通用しなかったと思いますか?」

「それは... 。えっと... 、多分景気フェイズの変動に対応できなかったからだと思います」

「そうね。でも景気の変化に対応しようとはしていましたね」

 確かにそうだ。営業ができない場面があったから広告に費用を割いたり、デフレの時は生産数を抑えたり、何かしらの工夫はした。だが、それらが実を結ぶことはなかった。

「はい。結局どうにもできなかったですか」

「あら、そんなことはないわよ。大事なのは『何を得た』のか、なの。どう?」

 良子さんにしてはかなり抽象的な物言いで、少し私は困惑してしまった。どう?と一言で聞かれても返答し辛い。周りの声も私の耳には届かないほど、今日の体験を追想して思考を巡らせる。

シートに書き込んだ通り、ゲームを通じて感じたことと言えば、

・景気変動に対応できず、最初の方針通りには上手くいかなかった。

・人と話すのが楽しかった。

・働いてた頃は事務で会社の動きを気にしていなかったが、何となく会社の動きが見えた。

・ビリにならないように、色々考えたが徒労に終わってしまい悔しかった。

本当にこのままだった。
 でももっと克明に説明することが出来るはず。それを伝える具体的な言語がわからないが、確かにそこにはあったのだ。

「概ね書いてあること通りの内容ですが、上手く言えないですけど...。えっと、興奮や緊張、変化は確かにありました。ってそう言うことじゃないですよね」

 全く何を伝えれば良いのかわからず、最後は殆ど発生できずに答えてしまう。自信のなくなった薄めた目で良子さんを見る。その表情は、特に責めたりとかなにかを追求するような雰囲気ではなく、極めて自然体だった。

「それで充分よ。今日、貴女が感じたことはそのまま貴女自身の財産となるのよ。鈴木さんの物事と向き合うときの考え方をこのゲームを通じて少しなりともわかっていただけたと思うの。だから『気付いた気持ち』を忘れないで就職活動をしていきましょうね」

 ここで面談が終了となった。他の人の面談が終わるまでの間、待ち時間に考えたことがある。それは私、鈴木由美の物事に対する捉え方だ。基本的に自分には甘い、と思う。特に技能があるわけでもない。性格も明るいとは言えない。だから常に何かに合わせて動いていこうとする。失敗は基本的に何かのせいにしている。うん、ゲームで見事にその考え方が顕在化したな。では、この考え方は直すべきなのだろうか?わからないが、そんな簡単に直るならそもそも引きこもりになぞなっていない。

 結局、閉会となり帰宅して一日中考えてみたが、どれだけ思考を巡らせてみても結論が出ることはなかった。

 そして、どうもイライラやモヤモヤした気持ちが一定以上に達すると、私の性欲は増加するようだ。なので自らの秘所に手を宛がい、快楽に溺れたままその日は床に沈んだ。

投下終了

『会社経営ゲーム』は存在はしてますが、かなり実在のものから外して書いています。
また、就労支援でつかわれたという事例は今のところ耳にはしておりませんので、その旨ご了承ください。

では投下します

幕間3-1

「今日はグループワークお疲れ様でした」

「お疲れ様。でも面談も入れられないから忙しさは言うほどでもないわね。イベントも秋雨君、貴方が今回は企画進行してくれたしね」

「あー、ありがとうございます。まだ諸先輩方のように上手くは振る舞えていないと思いますが」

「そんなことないわ。鈴木さん、チュートリアルで担当したから覚えてるわね?彼女は貴方をベテランと思ってたみたいよ?」

「それ、本人から言われたわけじゃないですよね」

「態度で、よ。ただ彼女、時間がかかるかもしれないわね」

「樋ノ上先輩の成績って数字にするまでに時間がかかるのがアレですよね。継続就業率と面談者進路内定率はトップだけど面談人数と就業内定人数は下から数えた方が早いと言うのが」

「もう少しオブラートに包むことを覚えなさい。まぁ今のスタイルを館長や理事が嫌うなら他所に行くだけだけど」

「先輩のがキッツいすね。聞かれたら怒られますよ」

「そうね。半分は冗談だから安心なさい。それといつも思うけど話し方はどうにかならないのかしら?」

「そうですね。クライアントさんと対話する際には気を使わさせて戴いておりますが、社内での信頼関係の構築にはこの話し方よりかはあちらの方が素を表現できますので」

「面倒な事で。はー、どうしようかしら」

「鈴木さんの事ですか?」

「えぇ。恐らく何かしらの障害はあるけど診断しに行って手帳もらえるほどじゃないから、病院は勧めても症状自覚するだけになっちゃうわね。『気付き』を出来るだけ多く経験させてパニックにならないよう『処理』できるケースにさせていかないとダメなのよ」

「『会社経営ゲーム』をそう利用したんですね先輩は。元々はカウンセリングで『気付き』と『変化』を自覚させて、ブラッシュアップを明確にするのが目的なのに」

「あら?本来の用途からカスタマイズして就労用にしちゃったのは秋雨君でしょ?実際の通りにやったらうちの利用者さんじゃシートの枚数が多くて対処できないわよ」

「わかってますよっと。あと館長達も先輩の方針には反対してないと思いますよ。ケースバイケースで協力してやっていけば良いと思います」

「そうね。じゃあ『後輩』の秋雨君にはこの書類を作っといてもらおうかしら」

「うげっ。畏まりましたよ... 」

担当者:樋ノ上良子

更新日時:yy年11月21日
利用者番号:awvs-0312-01
名前:鈴木由美
年齢:27歳
生年月日:xx年9月10日

初回利用日:yy年11月3日

最終学歴:○○商業高校卒業
就業経験:有(3年) 株式会社××(事務職)

本人希望:再就職(職種等は未記載)

備考:軽度の発達障害など精神的な病気があると若干考えられるが充分就労可能な範囲だと思われる。なお、カウンセリング経験などはないとの事なので未受診であることを確認。両親からの支援は受けることができる。当初方針より変更し、コミュニケーションと同時に多岐に渡る経験を積ませ、動揺をせず物事に対応できるように成長させていく。事務処理能力については、グループワークなどで確認していく。

投下終了
次も幕間ですがほぼ完成しているので三日以内には更新させていただくつもりです

おつ

副業始めようかとしている今日この頃

>>92
どうもです

では投下

幕間3-2

「鈴木さん、今回は御足労いただきありがとうございます。私が由美さんを担当させていただいております樋ノ上良子と言います」

「いえいえ、こちらこそ娘を見ていただきありがとうございます。あの娘は楽しそうに此処の事を語ってくれてはいますが、私が呼ばれたと言うことは何か良くないことがあったんでしょうか?」

「では早速用件に入らせていただきます。恐らく由美さんは極めて軽度ではありますが、所謂発達障害のような精神障害を患っている可能性がございます。勿論、私は医師ではございませんので確実とは言えませんが」

「では、娘が就職するのは無理なんですか?それ以前に人として欠陥があるってことですか?」

「お母様、落ち着いてください。まず、この手の精神障害を抱えた人は多いです。その内大勢の人は、症状を無自覚で人生を終えることもあります。だから欠陥とかそう言うことはありませんよ。ただ、軽度の症状は障がい者として認識されないため、一般就労での就職が絶対条件となります」

「...。つまりかなり難しいと言うことですか?」

「難しいと言うよりは時間がかかる、が的確な表現でしょうか。現在由美さんが此方に登録して一ヶ月ほどが経過しましたが、後二、三ヶ月は経験を下積みしていく方針であることをご理解いただきたく存じ上げます」

「それは、とてもお金がかかりますよね」

「いえ、当機関は非営利法人として国や県から予算を戴いて運営をしておりますので、直接的に費用が発生することはありません。もしあったとしても、その分を利用者さん自ら運営側に参加していただいて補填していくようにしているので、原則として当機関での支払いはありません。但し、本人が特定技能を必要とする仕事やイベントを希望して材料が必要な場合には、お金がかかることもあります」

「では、通常此方に娘が伺う場合は特にお金は掛からないと言うことですね。でも、それで娘はやっていけるんですか?」

「それは我々を信頼していただくしか。出来うる限りの対応はさせていただくつもりです」

「わかりました。ではよろしくお願いいたします」

担当者:樋ノ上良子

更新日時:yy年12月7日
利用者番号:awvs-0312-01

名前:鈴木由美
年齢:27歳
生年月日:xx年9月10日

初回利用日:yy年11月3日

最終学歴:○○商業高校卒業
就業経験:有(3年) 株式会社××(事務職)

本人希望:再就職(職種等は未記載)

備考:軽度の発達障害など精神的な病気があると考えられる。これにより、コミュニケーションと同時に多岐に渡る経験を積ませ、動揺をせず物事に対応できるように成長させていく予定。両親からの支援は受けることができる。過去の職務経験を当てにはせず、本人の能力と希望に合わせた就労決定をする必要がある。

投下終了

投下開始

 カーテンを開け、陽光を部屋の中に取り込む。LED照明だけでは薄暗く感じた自室だが、朝らしく太陽の日差しを浴びてその明るさを増した。そして机の引き出しから日記帳を取り出した。
 私、鈴木由美が就労支援機関『あさやけ』に登録してから既に3ヶ月の時が過ぎていた。職業体験とかグループワーク、面談を週代わりないしは隔週で行っていた。うん、日記の内容は見事に『あさやけ』関係の出来事しかないな。あっ、これは缶バッジを作ったときのやつだ。アレはなんかバチンバチン機械で嵌め込んでくのが面白かったな。

「でもさ、もう3ヶ月も経っちゃったんだよね...」

 就労意思はあるものの、面接とか応募書類などの具体的な活動、対策を全くと言って良いほど行っていないことに今更ながら気が付いた。確かに私自身、色んな変化をこの3ヶ月で出来たとは思う。しかし、結果だけ見れば何の就職活動もしていないではないか。これではお話にならない。私の担当である樋ノ上良子さんを疑いたくはないが、まるで『あさやけ』と言う機関から私を抜けられなくしているように感じる。

それに、両親からもその辺の言及がないことが異様だ。私が親の立場ならこれだけの時間が経過しているのに、娘の就職に直接繋がるものがないことに不安を抱くはずだ。

「取り敢えず今日の面談で聞いてみよう」

 出掛けるために外出用の服をタンスから漁る。下着からおばさん臭さが拭えない自分に若干の虚しさとリア充への嫉妬が入り交じり、どうでも良いことにモヤモヤしながら着替える。そしていつものコートに身を包み家を後にした。

道中、ふと最初に『あさやけ』まで歩いていたときの記憶が蘇った。10万ルクス程の太陽光が、寒い時期とは言え全く外出をしてなかった私の体力を容赦なく奪っていったこと、外界の『におい』や空気に『触れ』、そのときは五感いっぱいに『世界』を感じたのだ。

「何か詩人になったみたいだ」

 ボソリと呟き苦笑する。三ヶ月前にはそんなことを考える余裕なんて全くなかったと言うのに。思った以上に『外』に溶け込むことができている自分が少しだけ誇らしかった。

 そんな思いに耽り、気が付いたら施設を通りすぎていた。いけないな。昔から別の思考が入り交じると目的を忘れがちになる。

「気を付けないとまた...」

 忘れたいトラウマを思い出してしまう。最後の上司や同僚からの侮蔑の目、罵声、後輩との比較で出来損ないの烙印を押されたこと。

「あああぁぁああああぁぁぁぁ!!!!」

 もうダメだ!!私は出来損ないなのだ!!頭がおかしくなる。心が黒一色に染まっていく!!溢れ出た涙が頬を伝っているのはわかるが、それ以外は何もわからない。私の存在は何処にある?今は何をしていた?暗い。何もかもが黒色で見えない。わからないわからない分からない判らない解らないワカラナイwakaranai...。

「ん、...さん、...きさんっ、鈴木さんっ!!」

 誰かが呼ぶ声がする。スズキって何?あぁ、私の名前か。誰が呼んでるの?

「大丈夫?怪我はない?」

 この声には聞き覚えがある。そう、確か...。

「良子さん?」

「えぇ、外じゃマズいから取り敢えず『あさやけ』まで、歩ける?」

 言われてすぐに歩こうとするが、心と身体がまるで別物になったかのように言うことを聞かない。それに言葉も思うように口に出せない。これ程私の身体は調子が悪かっただろうか?いや、この黒く塗り潰された世界で音だけを頼りにしているからだろう。

 気が付いたら、私はベッドの上にいた。なんというか恐らくここは病院ではないようだ。

「目が覚めたみたいね」

 聞き慣れた声が聞こえてくる。ぼんやりとした意識を集中し、覚醒させる。声の主はこの三ヶ月、親以外で最も接点を持った樋ノ上良子さんだった。

「あっ!!えっと......」

 何も言えない。いや、そもそも何故私は何処かもわからないベッドで寝ていたのだろうか?

「無理はしなくて良いわ。ここは施設の二階にある仮眠室だからゆっくり休んでてちょうだい。あと飲み物は温かいのか冷たいのかどちらが良い?」

 ここが『あさやけ』の二階にある部屋だと言うことは理解できた。良子さんから言われて確かに喉が渇き、身体が水分を欲している事を認識する。

「あ、冷たいのを...」

「わかったわ。少し待ってて」

 飲み物を取りに良子さんは部屋から出ていった。少しずつ仮眠室に来る前の記憶を反芻する。そうだ、私が仕事に就けないのは『出来損ない』だからだ。良子さんも就労支援とか言いながら、私が『出来損ない』で諦めが付かないから訓練と称して嫌がらせをしているんだ。間違いない。だって昔と同じことなんだから。
 コンコン、とノックをしてから良子さんがお盆に飲み物を載せて戻ってきた。配膳まで品のある感じで、私にはできないだろうと私の『出来損ない』っぷりを煽ってくるとは...。

「何でですか?」

「どうしたの鈴木さん。やっぱり温かい方が良かったかしら?」

「何でいつまでも私に意地悪をするんですか?どうせ私なんか働くことができないと思ってるんでしょっ!!だって良子さんも私が『出来損ない』だってわかってるのに!!なんでっ!!!!」

 体を起こし、精一杯に叫ぶ。気が付いたらまた私は泣いていた。また?そうだ。意識を失う前、私は涙を溢していた。そんな涙腺が溜まった瞳で良子さんを見ると、初めて会ったときと同じように、真っ直ぐに私を見ている。そして少しの間をおいて良子さんが話し始めた。

「鈴木さん。私たちは就労意思決定をしてもらうために仕事をしています。もし貴女が意地悪をしているように感じたのなら、それは私の手腕不足です。申し訳ございません。ただ、それが自分ができない事を言い訳にするための隠れ蓑として思っているのであれば、悪いことは言わないわ。暫く就職活動をするのは控えた方が良いわ。最初に『あさやけ』に来たときの変わりたい気持ちを忘れてしまっているのだから」

「......。わた、しはっ...、忘れて.........」

 良子さんの視線に耐えられず、思わず目を逸らす。しかし、私の総てを見透かすかのような彼女の瞳から逃れられるはずもない。頭では理解しているのだ。私が『ー■』しているだけなのだと。だが、それを認めてしまえば私は私でいられなくなる。そんな予感がする。だから『逃■』するための正当化された理由を探しているのだ。

「少し席を外すわ。よく考えなさい」

 突き放すわけでも慰めるでもない。ただ、私の決断を待っている。そんな雰囲気を匂わせ、良子さんは席を立った。

 改めて思い出す。燻っていた六年間、仕事を退職するまでの三年、学生時代。私は人より覚えが遅く、不器用ではあった。人間付き合いもそこまで上手く渡れるような手合いでもなかった。それが大元の原因なのだろうか?少し違う気がする。もっと具体的な、そう。私の想定を超える出来事が発生するとパニックになってしまう。これで友達を失ったこともあったな。では、私の想定範囲ってどのくらいなんだろう。私は頑張っているといつも言っている。実際は頑張ってないことも多いけど、頑張ってると評価してもらいたい欲求がある。つまり、これが否定されることは想定外なのだ。

 余りにも心当たりが多すぎた。幼少の頃から、誉められる以外の事柄についてアクションを起こす事が緩慢、と言うより何もできなくなってた気がする。そして、それを直面化させることから『逃避』していたのだ。

「あ...」

 わかってしまった。私はずっと、ずっと逃げてきたのだ。自分の性格と言うか特性みたいなのから。

 人と違うと言う『評価』をされることが嫌で、自分から『出来損ない』と言って正当な『評価』を拒んできた。良子さんの言葉を思い出す。『あさやけ』でやってくことを決めたあの時、確かに私は変わろうと思っていた。六年間の空白を埋め戻し、彩りを取り戻すための誓いだった。しかし、根っこの部分である自分のソレには触れなかった。

「そうか...。そうなんだ」

 変わるためには、上澄みだけの気持ちではダメだったのだ。私が私であることを理解する必要がある。
 再びノック音が扉の向こう側から発せられる。ガチャリと言う音と共に良子さんがこちらを見据えてきた。先程までは私のナカを見抜く猛禽類のような双眼も、今は自然に視線を合わせることができる。それ故か、少し良子さんが驚いたような表情を見せたが、ふっと表情を崩して微笑んだ。

「どうやらもう大丈夫みたいね」

「はい。先程は申し訳なかったです」

「いいえ。こんなことは慣れっこだし、私も気付かされたこともあったわ。ありがとう」

 まさか、良子さんの方から御礼を言われるとは。良い意味で驚いてしまったが、決して御礼を言わせても良い内容ではない。少しだけアクションが遅れるのはもう私の特性だと認め、間がズレてもきちんと答えよう。

「いいえ。御礼を言ってもらうのはもっとこう、就職が決まってからとかにしましょう」

 それで御礼を言うのは私の方なのだが、多分それで間違ってないと思う。

「ふふっ、そうね。よし、次回からは実際に動いて決めていきましょう」

「はい!!よろしくお願いします!!」

 こうして三ヶ月の訓練から漸く就職に向けた具体的な方針を決めていく事になったのだ。

 黒く塗り潰された世界に、今は光が差し込んでいる。そんな夢を見た。

投下終了

おつ

>>127
どうも

かなり日が空きましたが投下開始

「樋ノ上さん。ご苦労だったね」

「館長...」

「鈴木さん、大丈夫だったのかい?」

「恐らく何かしらの形で蓋をしていたトラウマが開いてしまったのでしょう。タイミング的には良かったと思います。それがなければまだ当分は訓練一辺倒の予定でしたので」

「さらりと僕が理事に説教される話をするの止めて。此方としては早く就労決定させることが出来るのが一番だからねぇ」

「継続できることが大前提ですがね。と言うわけでここからが大変です」

「プランは決めたの?」

「同時進行でやってきたいですが、彼女のキャパ次第ですね」

「職場体験と面接対策同時は鈴木さんのようなタイプにはNGだよ。どっちかに絞って」

「きっぱりと言いますね」

「つい最近別の法人で自殺者が出てね。わかるでしょ?」

「そうですね。かしこまりました。次回面談の一週前までには確定させます」

「一人の半生が決まることなのだから十分に考えるように。樋ノ上さんには特段心配してないけど、一応上司だから言わせてもらうよ」

「いえ、改めて気が引き締まりました。頑張ります」

担当者:樋ノ上良子

更新日時:yz年2月5日
利用者番号:awvs-0312-01

名前:鈴木由美
年齢:27歳
生年月日:xx年9月10日

初回利用日:yy年11月3日

最終学歴:○○商業高校卒業
就業経験:有(3年) 株式会社××(事務職)

本人希望:再就職(職種等は未記載)

備考:軽度の発達障害など精神的な病気があると考えられる。訓練から実践に切り換える。体験メインで行くか面接対策を主で行くかは次回までに決定する。過去の職務経験を当てにはせず、本人の能力と希望に合わせた就労決定をする必要がある。

失礼
ここまでが幕間4
続いて本編

「早速だけど、どれに興味があるかをピックアップしてもらって良い?」

 今回の面談から私、鈴木由美は就職に向けた活動を行っていくことになった。担当の樋ノ上さんに見せられた資料には、職場体験を行うことのできる企業がリストアップされていた。その殆どが中小企業ではあるが、色々な場面を想定することが難しく感じる私にとっては、此方の方が都合が良い。
 勿論メリットとデメリットの両方がある。メリットとしては職場体験をしてから就職ができるから、職場の雰囲気や人間関係を掴みやすい事だ。対してデメリットは企業選択の数が少ないことと、大手企業などの求人が少ないことである。どちらかを天秤にかけ、私は職場体験を通じた就職を希望したわけだ。

「どれが良いんでしょうかね」

「それは鈴木さんにしか決められないことよ」

 そう、幾ら中小企業の求人が大半とはいえ、求人数も職種もそれなりに多い。私は○○がやりたいみたいな希望があれば良いのだろうが、生憎そんな体育会系のような熱い想いは持ち合わせていない。と言うか持っていたらとっくに就職している。ふと気になる内容の求人票が目に入った。

「ここ、どうなんですか?」

 それは求人票と言うのが適切なものではなく、所謂パンフレットだった。気になった理由は他の企業等はリスト用紙に記載されているだけなのに対し、ここだけは写真で会社の風景が写し出されていたからだ。

「そこはまだ、こちらに登録していただいてから日が浅い会社だから『あさやけ』からはまだ、誰も職場体験には行っていないので、業務内容以上の情報はないわ。でも、関心があるなら先方に伺ってみましょうか」

「あ、その前にパンフレットのトップ写真しか見てないのでどんな仕事をするかが... 」

「そうだったわね。では解説していくわ...」

 良子さんが会社の詳細を説明し始める。

会社名:有限会社山倉製菓
代表取締役:山倉孝三
創業:1979年4月~
従業員数:6名(パート含む)
業務内容:機械から流れてきた煎餅の仕分け作業と工場内の一部清掃

 ふむ、写真を見ると業務部分も写っていた。どうやら形の良いものと悪いものを選別する作業のようだ。清掃については写真ではわからなかった。

「前職とは大分勝手が違うでしょうけど、鈴木さんなら問題ないとは思うわ」

 その言葉に私は安心して行くことを決めた。やる気だけで仕事ができるほど世の中甘くはない。その位は理解している。だからこそ『評価』から『逃避』を繰り返してきた。しかし、他人から見てやれると言うのなら興味を持ったこの会社に行ってみるべきだと思う。勿論、不安がないわけではないが、職場体験ならその点も解消できる。

「是非行かせてください!!」

「わかったわ。では連絡しておくから、また返事が届き次第電話しますね」

 それに決して良子さんに選んでもらったわけではない。自分で選び、自分で行く。今回は昔のように漠然とした気持ちで就職を決めるつもりはない。いい年齢のニートが何を言っているんだとなるが、結局自分の人生は自分でしか決められないのだとこの年になって『あさやけ』で気付かされた。だからやらない、決められない後悔だけはしたくない。

 そして何より新しく行く会社が楽しみである。御菓子の会社とか考えた選択肢ではなかったから、良い意味でビックリであった。仕事は楽しみであるが、良子さんのイントネーションがいつものような明るさがなく、こちらの心情を見抜くような顔つきではなかった。何だろう、終始悩んだような、微妙な表情をしていた。多分、私に対し問題ないとは言ったが、色々思うところがあるのだろう。その不安を払拭させるくらい頑張ってやる!!

 そんな気持ちを持ちつつ、私は『あさやけ』から帰宅した。

続いて幕間5

「はぁ...」

「どうかしたんですか?」

「えぇ、担当してた鈴木さんの志望先でね...」

「決まりそうなら良いじゃないですか。こちらは関係ない電話問い合わせの対応が多くてうんざりですよ。面談すらできやしない」

「それもそれで大変ね。彼女、もう少し仕事選べると思うのよ」

「割りの良いとか待遇とか職務内容とか諸々の部分を含めてってことですよね?」

「えぇ。だから悩んでたのよ。本人にも気取られた気がするからどうしようかと」

「我々の仕事は基本的に就労決定してもらうところですよ。中には再度学校行ったりとかする人もいるけど、皆が皆就職ができる訳じゃないし鈴木さんが体験からそこを選ぶかもまた別の話ですよね」

「本人の意思に委ねるしなかないか。ありがとう、少し楽になったわ」

「そう言えばやけに鈴木さんを気にかけますよね。何かあるんです?」

「いいえ。彼女はただ何故か助けたくなるような雰囲気を持ってるからつい、ね」

「そう言うものですか。頑張ってくださいな」

「ありがと♪」

担当者:樋ノ上良子

更新日時:yz年2月25日
利用者番号:awvs-0312-01

名前:鈴木由美
年齢:27歳
生年月日:xx年9月10日

初回利用日:yy年11月3日

最終学歴:○○商業高校卒業
就業経験:有(3年) 株式会社××(事務職)

職場体験先:有限会社山倉製菓
職務内容:軽作業(製品仕分等)
過去の体験経歴:今回が初

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