京子「吹雪の明日」 (15)




厚い雲が冬空にかかる日、何の気まぐれか、私はまた結衣の元へと遊びに来ていた。

「ただいま」

買い物についていき、一緒に部屋に戻った私の口から出たのはその一言。



「ここはお前の家じゃねえ」

「わりいわりい」

「ホントにお前ってやつは」

「もう何度もここに来てるからかな、安心感が違うんだよね」

「普段1人で過ごすのに慣れるの、お前のおかげで結構時間かかったんだよなあ」

「なんだよ、照れるなあ」

「褒めてない」




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これから夕ご飯を作るという結衣をのんびり待ちながら、私は部屋の暖房をつける。



「えっ、お前またそれやるの」

「パッと思い浮かんだのがこれだったから。別にいいでしょ?」

「いいけど····。やるならボス戦前のレベル上げしてくれない?」

「えー?つまんないよそんなの」

「そのゲーム、まだ全クリしてないんだよ私」

「なんだ、ネタバレとかが嫌ってことか」

「そうそう」

「それなら大丈夫だよ、私のデータを進めるからさ」

「いつの間に作ったんだ、そんなの」



なかなか部屋が温まらないなあと思いつつ、私はそのままゲームを始めた。



しばらくプレーを続け、いざ新しいダンジョンに行こうとした時だった。







ばたっ







「····!?」

突然の物音に驚いてリビングを出てみると、結衣が台所の前に横たわっていた。



「結衣!おい大丈夫か、結衣!?」

火がついていたのをいったん止め、私は結衣を抱き起こす。

手を当てた結衣の額の熱は、予想を大きく超えるものだった。



(大変だ、布団を敷いて早く寝かせなきゃ····!)



結衣を寝かせたあと、私は何か風邪に効く物がないか探し始めた。






「····んん」

結衣がそのあと目を覚ましたのは、1時間ほど経った頃だった。



「結衣、大丈夫?」

側に寄り、声をかける。

「あ、ああ。まだ少し、くらくらするけど····」

「どっか調子悪いとことかは?」

「咳も出ないし、鼻も特に····」

「そっか。····はい、シチュー。火通し直しといたから」

「ありがとう····」

「あーんしてやろうか?」

「い、いいよ····」



熱以外に目立った症状がないらしいとはいえ、私にそう応える結衣はとてもツラそうだった。





「あったかい····」



シチューを口に運び、そう零す結衣。

しかし私はあまり落ち着かなかった。



「結衣、こっから一番近いドラッグストアってどこだっけ」

「····え?」

「風邪薬、買いに行ってくるよ」

「········」

「食器も私があとで片付けるから、食べ終わったら結衣は寝てて」

「····わかった」



結衣が何事もなくご飯を食べているのを確認し、息を整えた私。

念のために暖房の設定温度を上げてから、外に出る支度を始めた。





「うわああっ····!!?」



いつの間にここまで天気が悪くなっていたのだろうか。
マンションを出た私に、凄まじい強風が吹きつける。

その風はたくさんの雪をも運んできていた。
街路灯はおろか、周囲の木々さえも全く見えない。

夜の暗闇とも相まって、外に出てはいけないと言わんばかりの猛吹雪だった。







でも、ここでへこたれてなんかいられない。
結衣の風邪を治す手伝いを、してあげなきゃ。
今それができるのは、私だけだ。



そう意を決し、私は吹雪の中を一歩一歩歩き出した。







「京、子····」






後ろから私を呼ぶ声に気づき、驚いて振り返る。



「結衣!?なんで出てきたの!!?」



「京子、やっぱりだめ····」



私よりも更に重々しい足取りで、結衣がこっちに向かってくる。

倒れそうになる結衣を私はぎりぎりのところで支える。



「めちゃくちゃふらふらじゃん····!」

「京子、頼む····」

「ちゃんと寝てなくちゃ――」

「私、眠れない····。――行っちゃだめ····」



結衣はそう言うと、私の腕の中で寝息を立て始めた。





「ん····」



ふと気がついた時、私は結衣と一緒に布団の中にいた。
まだ夜のようだが、どのくらい時間が経っただろうか。
雪風の吹きつける音は聞こえない。



結衣の熱がどうなっているか確かめるために手を出そうとして、私はそこで初めて気づいた。



(結衣、私をこんなに····)



私は結衣に抱きしめられて眠っていた。
その腕は、思ったよりずっと細い。
しかし私を抱き締める力は、案外しっかりと感じられた。



結衣の額と私の額に、それぞれ手を当ててみる。
両方とも、いつもより少しだけ温かいくらいだ。
私は、抱き締められているよりも少しだけ強い力で、結衣の身体を抱き締め返す。



「京子····」






うわごとを呟いた結衣の顔が、そのまま私の顔に近づく。

その瞼には、決して開く素振りがなかった。
その頬は、心なしか赤く染まっているように見えた。
その唇が、やがて迷いなく私の唇を捉えた。



「ふ········ぁっ····」



「ん····」



(結衣····)



結衣と小さい頃からずっと一緒にいたことを、私は久しぶりに感じる。
何も隔たりのない結衣を、直に感じる。
私の感覚が全て結衣へと向けられる。
私の体温と心音が結衣のものへ混ざり合い、蕩け出す。
私の意識は溢れ出る感情に飲み込まれ、再び薄れていく。







結衣とたった2人だけの夜。心地よく晴れる明日を、私はその間ずっと祈り続けていた。






ありがとうございました。
短めですが、以上です。

ではでは。

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