凛「夜中に目が覚めたらハナコがゴリラになってた」 (16)

ええと、状況を整理しようか。昨日はライブがあって夜遅くに家に帰ってきてハナコに餌をあげてそのまま寝ちゃった。
ここまでは覚えてる。昨日までは犬だった。

ゴリラ「.....」

凛「.....」

ゴリラは気持ちよさそうに寝息を立てて寝ている。
物音を立てて起こしてしまったら殺されちゃうかもしれない。
お父さんとお母さんは花屋のコンテストのため今は海外にいるためこの家には私一人...どうしよう絶体絶命のピンチだ。
そうだ、プロデューサー。プロデューサーなら...でもこんな夜中じゃ電話に出てくれないかも。
それでもプロデューサーしかもう頼れる人がいない。
プルルル...と4度鳴った後プロデューサーが電話に出た。

P「どうしたんだ?今夜中の2時半だぞ?」

凛「プロデューサー...助けて...」

ゴリラを起こさないように小さな声で携帯電話にそう呟く。

P「...今どこにいる」

凛「家に...」

言いかけたところで電話が切られてしまった。プロデューサー来てくれるかな...。
来てくれる前に私死んじゃったらどうしよう。

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***



プロデューサーとの電話から20分が経過した。
物音を極力たてないように時計をただじっと見つめていたから私は精神的にもかなり疲弊していた。
キキィィィィと大きなブレーキ音が聞こえたかと思うとプロデューサーからメールが来た。

『シャッターを開けてくれ』

『ごめん。身動きが取れない。鍵は左から7番目のプランターの下皿の中に隠してある』

がらがらがらとプロデューサーがシャッターを開ける音が家に響く。

ゴリラ「...」ピクッ

凛「...ッッッ!!」

ゴリラが少し動いただけで私の胸は早鐘を打つ。
トン...トン...トンとプロデューサーが階段を上がる音がする。お願い、早く来て...!

足音が私の部屋の前で止まりドアノブがゆっくりと捻られドアが開く。

P「...!?」

室内の異様な光景を目の当たりにしたプロデューサーは叫びそうになった口を手で押さえた。

P「凛...立てるか?」

凛「...腰が抜けちゃって力が入らない」

P「待ってろ」

プロデューサーが座り込んでいる私の肩に手を回しもう一方の手で私の足を抱きかかえる。
所謂、おひめさまだっこというやつだ。しかし状況が状況だ、ムードも何もあったもんじゃない。
そうして私はプロデューサーに抱えられたまま家を出てプロデューサーの車に乗せてもらった。

P「...何があったか話せるか?」

凛「言っても多分わからないと思う。私だってわからないし」

P「とりあえず話してくれ」

凛「私ね、昨日の夜に帰ってきてハナコに餌をあげてそのまま寝ちゃったんだ」

P「ああ。昨日は朝から夜まで大変だったもんな」

凛「うん。それでね電気付けたまま寝ちゃってたからか夜中に目が覚めたんだ。それが30分前くらい」

P「それで...アレがいたのか?」

凛「そう。ハナコのベットでゴリラが寝てた」

P「...???つまりアレがハナコだってことか?」

凛「分かんない、でも多分そう」

P「アイツにハナコが食われちゃったとかじゃなくて?」

凛「それはないと思う。それにもしそうだったら私も生きてないと思う」

P「...出てくるときに確認したが家のドアも窓も何一つ開いてなかったもんな」

凛「うん。だから外から来たんじゃないと思うんだ」

P「つまりハナコがゴリラになっちゃった。と」

凛「...ばかばかしい話だって私も思うよ?でも見たでしょ?」

P「あ、ああ...とりあえずは今日はウチに泊まってったらいいよ」

凛「うん、ありがとう」

***


翌朝、私とプロデューサーは今日の仕事をすべてキャンセルし対策を練っていた。

P「ダメだ、どう考えても俺ら二人じゃどうしようもない」

凛「誰かに相談とか...いっそ警察とか」

P「それだと暴れたら射殺されちゃうかもしれないし、何より二度とハナコと会えなくなるかもしれないぞ」

凛「それは嫌だけど...」

P「...ちひろさん」

凛「ちひろさんがどうしたの?」

P「ちひろさんに事情を話そう」

凛「でも、もしこの話が広まったりしたら...」

P「もうこれしかないだろ?俺達の周りで力を貸してくれて、秘密を守れる大人ってさ」

凛「...そうだね。ちひろさんに賭けてみようか」

P「じゃあ、車に乗ってくれ。事務所に行こう」

***




事務所に到着した私達は会議室を借りて、そこにちひろさんを呼んだ。

ちひろ「どうしたんですか?二人とも神妙な面構えで」

P「それは...」

プロデューサーがちひろさんにこれまでに起こったことを事細かに説明する。

ちひろ「...うーん。そもそもそのゴリラ?と思われる生き物がハナコちゃんなら凛ちゃんの言うことを聞くんじゃないですか?」

ああ、それは盲点だった。あのゴリラが本当にハナコなら私のことが分かると思う。
でもそれは...

P「それはそうかもしれませんが危険過ぎます。仮にハナコであったとしても理性を失っていたらどうするんですか」

ちひろ「そうですね...それと、凛ちゃんはそのゴリラをどうしたいんですか?」

凛「あのゴリラがハナコなら元に戻ってほしい。それが叶わなくてもハナコが私のことが分かるなら...また一緒に暮らしたい」

ちひろ「それはちょっと難しいかもしれませんね」

凛「どうして...?」

ちひろ「ゴリラという生き物は指定動物リストに登録されているので、各都道府県の許可証である猛獣飼育許可が必要なんです」

P「つまりそのライセンスを取得すれば...?」

ちひろ「そう簡単なことじゃありませんよ?まず許可を得るための条件が色々とあって、第一に専門的な知識を持っていることが条件とされますから」

凛「...そうなんだ」

ちひろ「ええ。それに加えて飼育するにあたって十分な設備があることを証明しないといけません」

凛「うちじゃ...ダメなんだね」

ちひろ「はい。なのでそれを踏まえたうえで凛ちゃんがどうしたいかを教えてください」

凛「...とりあえずハナコかどうか、確かめたい」

ちひろ「分かりました。それでは今から3時間後、午前10時に凛ちゃんの家の前に集合です」

そう言うとちひろさんは会議室から出て行った。

P「ちひろさんに話してよかったな」

凛「うん。やっぱり感情だけじゃどうにもならないものもあるよ」

P「俺達が協力して隠し通すのにも限界があるもんな」

凛「とりあえず、私達も準備しようか」

P「ああ」

***





時は流れて午後十時。
防弾チョッキなど用意できる限りの武装をして私とプロデューサーは家の前に着くと既に常用車が数台と大型トラックが1台停まっていた。

ちひろ「プロデューサーさん、準備はいいですか?こちらはいつでもいけますよ」

P「準備ってその車の数は?」

ちひろ「急ごしらえですが狩猟免許を所持している人間や麻酔医と獣医をある程度揃えました」

P「凄いですね...それにしても車通りが極端に少なくありませんか?」

ちひろ「そちらは社長に手を回していただきました。ゲリラライブのため10時から12時の間はこの通りはホコテンです」

P「...それって事務所の責任になりませんか?」

ちひろ「もちろんライブはしていただきますよ?アイドルもちゃんといるじゃないですか」

ちひろさんがちらりと私を見る。
ああ、そういうことか。この人には誰もかなわないんじゃないかな...。

凛「でもそれって聞きつけたファンが来ちゃうんじゃない?」

ちひろ「はい。なので時間は10分ほどしかありません」

P「その猟師さん達と凛の家に突入するんですか?」

ちひろ「銃を持った人間が目撃されると不味いのであくまで彼らは緊急用です」

P「俺と凛で行くしかないわけですね」

ちひろ「ご武運を」

ちひろさんがプロデューサーの背中をぽんと叩いて何かを差し出す。

P「これって...」

ちひろ「はい。最終手段としてお使いください。さっきも言った通り急ごしらえですので」

P「致死量を越えるかもしれない、ってことですね」

ちひろ「ええ。ですので...使わなくていいように祈っています」

それが何かは分からないけれど私たちはもう行くしかないみたい。
プロデューサーが私の前に進み出てシャッターに手をかけた。




大きな音を立ててシャッターが上がり、私達の目に“それ”は飛び込んできた。
私達が入ってきたことなど些細なことであるかのようにゴリラは店の植物を貪り腹を満たしていく。

P「ホントに言葉が通じるのか...?」

凛「わかんない...けど、やってみる」

意を決して店の花を貪るゴリラに声を投げかける。

凛「ハナコ!!」

しかし、声は届かない。
ゴリラは依然として食事を続けるばかりだ。

凛「もっと、近付くしかないよ」

P「危ないぞ」

凛「でも、もう時間もないよ」

覚悟はできている。アレがハナコであるならば危険はない。
頭ではそう理解できていても震える声と手足は抑えられない。

P「なら俺が前にいる。もしお前が死ぬとしてもそれは俺の後だ。前に約束したろ?ずっと隣にいるってさ」

プロデューサーがそう言って私の手を握る。バカだな...かっこつけちゃってプロデューサーも震えてるじゃん。

凛「...じゃあよろしく。これが最後だとしても」

一歩、また一歩と私たちはゴリラに向かって歩んでいく。
ゴリラはもう目と鼻の先だ、食事の邪魔をされると思ったのかゴリラは私達の方を向く。

凛「ハナコ...分かる?」

必死に声を喉から押し出す。

凛「ハナコ...お手」

私がハナコにおやつを上げるときにいつもお手をさせるんだ。“これ”がハナコならお手をしてくれるはずだ。

ゴリラ「...」

私の差し出した手を見つめてゴリラは動かない。

P「...凛が分かるのか?」

凛「ハナコ、お手だよ。お手」

ゴリラに向かっていつも通りの命令を繰り返すとゴリラが腕を振り上げた。

P「凛!!危ない!」

プロデューサーが懐から先刻ちひろさんにもらっていた注射器を取り出しゴリラに突き刺し中の液体を注射した。
しかし、一瞬で薬が回るはずもなく私をかばったプロデューサーは拳に押し潰される...と思った。
私の悪い予感は外れてゴリラの拳は開かれプロデューサーの頭をポンと叩くだけだった。
その後、少ししてゴリラは薬が回ったのかその場に倒れこむ。
ゴリラが倒れたことを確認して家の中にたくさんの人が入ってきた。

ちひろ「このままこの子を搬送します。場所はプロデューサーさんに後ほど連絡しますから」

ちひろさんは矢継ぎ早にそう言うと多くの車やトラックと共にどこかへ走り去ってしまった。

凛「あの子...やっぱりハナコだよ」

P「...麻酔打っちゃってごめんな」

凛「私を守るためなんだから...いいよ。それであの子また目を覚ますの?」

P「分からない。ちひろさんに任せるしか...」

凛「うん。今は信じるしかないよね」

P「すまない」

凛「今はお仕事に集中しよう。あっちの交差点のところでやるんでしょ?」

P「え...?」

凛「ゲリラライブ、忘れたの?」

私はプロデューサーの手を引いて交差点へ駆けだす。
今は信じよう。そして託されたこのライブを成功させるんだ。

***



その後、ゲリラライブは大成功。終了後間もなくして警察の誘導でファンは散り散りとなり私達もその場を離れ
私の家に戻って荒れた店の掃除をしているとプロデューサーの携帯電話が鳴った。


P「ん、...ちひろさんから電話だ」

ちひろ『もしもし。お疲れ様です、ライブ大成功だったようですね』

P「はい。そちらはどういった状況ですか?」

ちひろ『ゴリラの方は地方の動物園で受け入れてもらうことになりました』

P「ということは?」

ちひろ『はい。命に別状はありません』

凛「良かったぁ...」

ちひろ『なので受け入れ先の動物園が落ち着き次第、凛ちゃんに直接連絡がいくようにしてあるので。今日はゆっくりと休んでください』

P「はい。何から何までありがとうございました。このご恩は必ず...」

ちひろ『今度、ご飯奢ってくださいね?』

P「もちろんです。それでは」

ちひろ『はーい。失礼しまーす』

電話が切れる。
何はともあれよかった。

P「じゃあ、俺はそろそろ帰るぞ?また何かあったらすぐ電話しろよ?」

凛「こんなこともう滅多にないと思うけど」

P「それもそうか。じゃあ、またな」

凛「うん。またね」

プロデューサーが帰った後は散らかった家を掃除して一日の大半が過ぎた。
ハナコに餌をあげず散歩にもいかない日なんて久しぶりで生活の一部が欠けちゃったみたいで
何も手に付かず夕飯も摂らずお風呂はシャワーで済ませるとそのまま眠りについた。

***




翌朝、私は家の電話の音で目を覚ます。時刻は午前8時...学校遅刻だ。
なんて考えながら受話器を取る。

『もしもしー、渋谷さんのお宅でしょうか』

凛「はい。そうですが」

『先日、ゴリラを受け入れた動物園の者ですが』

凛「...!!!どうしました?」

『言っても信じていただけないかと思うのですが...』

凛「...はい?」

『今朝、飼育小屋に入ったところゴリラが...』

凛「ゴリラが?」

『ヨークシャテリアになっていました』

凛「嘘ぉ!?」





おわり

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