はい
そう――彼女には紬という名前があった。
だが卑賎で愚鈍な愚民どもは、その名の示す崇高さを理解せず、曖昧模糊とした略称で彼女を呼称する。
断じて、それは許されてはならない。
その名に誓った矜持に掛けて、これ以上の侮辱は許されないと、紬は口火を切ったのだった
梓「――クハハハハ! ずいぶんと大きな口を利くようになったな、人間がッ!」
瞬間、弾けだすは葬火の奔流。
紬「……ぐぉ!」
紬は瞬時に魔術結界を展開し、溢れだす地獄の炎を防ぎ切る。
梓「なるほど。確かに五年前とは違う……」
――が、所詮は人間
梓「この程度で苦戦しているようでは、その名前、呼ぶ前からお前自身が先に消え去るぞ!」
地獄の奔流が、その勢いを増す。倍や三倍などというレベルではない。十も二十も増えている。
紬「くそ……!」
このままではやられる――! たとえ野蛮な愚民であろうと、その力は本物だ。
この戦力差は覆らない。紬は瞬時に事実を悟った。
地の文いらない……
>>4 黙れカスが。うせろハゲ。沈黙は金
まるで増水した河川の如し、黒い炎の奔流は、結界ごと紬を飲み込んだ
紬(――こっちの結界が切れた瞬間、火達磨になって消し飛ぶ!)
まさしく、絶望的状況だった。
前後左右、さらに上下まで梓の術に囲まれている。
まさに監獄(jail)。
ただしその骨組みは、触れた瞬間に罪人を処刑する極悪非道の断頭台――!
僕はただいちゃいちゃssが読みたいだけなのに……
紬「確かに、そっちも五年前とは違うようだな……」
紬が人の何倍の鍛錬を仕様とも、梓は魔神の才気を年齢を重ねるごとに増している。
魔術の質の成長速度という点だけ見れば、むしろ梓の方が何倍も速いのだ。
紬「それでもオレは――勝たなきゃいけないんだ!」
紬は足元に、第二の結界を展開する――!
梓「なんだと……ッ!」
魔神の驚愕は、仕方の無いものだった。
展開された結界は、奔流に逆らうのではなく、展開の勢いで紬を上空へと飛ばしたのだ。
紬「食らえッ!」
印を切る。敵の得意な属性は火。常套手段は水属性による攻撃だが、生半可な攻撃では、魔人を前にすれば触れる前に蒸発する。
梓は瞬時に、切られた印の属性を読み取り、怪訝に眉を潜める。
梓(――木属性だと……?)
舐めているとしか思えない。
梓が有する、危険自動察知式攻性防壁――『濁火流の卵』(スクランブル・エッグ)――に対して、そんなものは通用しない。
量子力学を持ってして予測できないアトランダムな熱対流は、純物理的な攻撃では、現代技術ではどうやっても貫通できない。
確かに魔術は科学の上を行くが……初歩の魔術では、次元も程度も遥かに違う。
空中に切られた緑の印から、細いツタが勢いよく梓に向かって魔手を伸ばす。
当然の帰結として――『濁火流の卵』によって、ツタは一瞬にして、この世から焼失する。
梓「何を馬鹿な――!」
燃える炎に視界を阻まれ――気づかなかった。その一瞬の隙に、紬はさらに印を切っていた事に。
紬「主は一人、大地は一つ。主の意思にて命を受け、大地の元に命は芽吹く――!」
僅かに三秒――その間に、紬は空中に、実に6万からなる初歩帰属性術式を展開していた。
塵も積もれば山となる。脆弱な攻撃だが、その数の物量は洒落にならない。
それはもちろん――相手が尋常なる人間だった場合に限るが。
梓「――――――――burn」
それは、ただの単語でしかない。
だがその威力は圧倒的だった。
渦を巻いて迫ってくる6万ものツタを、空間が歪むほどの熱を帯びた呪言が触れて――
天空に、黒い閃光が瞬いた。
爆発的な熱の奔流、空気の対流。網膜は黒く灼け、産毛は火の粉を上げんばかりに悲鳴を上げる。
紬「ぐあぁあああ!!!!!!」
空中で勢いよく投げ出される紬の肢体。もはや空中でミサイルのロケット噴射を受けたも同然の速度だった。
反射的に防御術式を使って射なければ、文字通り黒焦げになっていただろう。
戦力差を痛感しながらも、だが紬は諦めない。
紬「――願うは退行、退けるは老い、いま命を散らした若葉を救いたまへ――!」
粉微塵と化したツタ――酸化し、もはや有機物かどうかも疑わしいそれが、一瞬にして以前の状態を取り戻す。
紬(――いける!)
印を切る。全く同じ、初歩の木属性の魔術。
梓「しつこい!」
眼力は、まさに死神の魔眼だった。紅蓮の視線は印へと走り、放たれる前に焼却せんべく射止めてくる。
紬(かかった!)
この五年――屈辱に耐えて探した梓の弱点。
どれだけ力の差があっても均衡状態を嫌い、力でねじ伏せる性急さ。
魔神の才気を持ってすれば、あらゆる人智は屈服する。
誰も考えた事も無い。紬以外は。
そこに付け入る隙があるということを――!
紬は右手で初歩魔術を切りながら、背中に隠した左手で、別の印を切っていた。
風属性。対流と圧縮の三重系統に、無属性の特定分子濾過、設定変数の配列化の高難度複合魔術。
風属性の目に見えぬ結界は、防壁ではない。
結界とは、そもそも防御の物ではない。
聖なる領域と俗なる領域を分け、秩序を維持するために区域である。
(※引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%90%E7%95%8C)
現代魔術では、この『聖なる』と『俗なる』という変数に、自分と敵の攻撃を入れる事で、防壁として使用している。
紬はこの『聖なる』に数種類の概念を指定するべく、変数の配列化を行った。
これでテンプレート化されている『結界』では一つしか指定できなかった変数に、複数を当てはめる事に成功した。
結界は、まず梓の周囲50メートルを覆うと、一気に圧縮、1メートル範囲にまで圧縮する。
本来なら、それだけで断熱圧縮によって加熱するところだが、濾過によって、不要な窒素が抜ける事で、圧縮による加熱を防いでいる。
そして濾過によって内側に残ったのは――ツタと空気中の酸素と水素。
すかさず右手の木属性の印を解除――ツタは炭素と水素、酸素などに分解される。
梓が察する。もう襲い。視線は既にこちらを射止めている。
紅蓮の魔眼『クリムゾン・アイ』による超高温の導火線が、自分自身の周囲を射抜く。
瞬間、轟音と共に魔神の周囲が眩い炎に包まれた――!
もう襲い
>>17 もう襲い<誤字っす。スマンセン
自分の周囲一帯の可燃性物質を、自分自身の高火力魔術によって焼却させる――。
敵の強大な力を利用した、紬の策は功を奏した。
『濁火流の卵』による防壁も意味を為さない。むしろ自分の周囲を燃やしてしまい、火に油を注ぐ結果になる。
閃光が収まり、巨大な中華鍋から立ち昇る水蒸気を連想させる白い煙から、ナニカ――ヒトノカタチをしたモノが、ズルズルと、ユックリと。
紬「まだ動くのか――!」
強靭な生命力に、紬は歯噛みするが――。
紬(――いや……あれは、もう……)
ひゅぅひゅぅと、障子の隙間風を思わせる不気味な呼吸。
美しかった頭髪が、一瞬の惨劇で刈り取られた頭部。
白かった柔肌も、今は失敗したトーストみたいに炭化している。
見るに耐えなかった。それがかつての友人の姿であり、自らの力に酔いしれた者の末路だった。
ならば静粛に、一思いに逝かせてやるのが友人たる自分の最後の務めだろう。
紬「主の死を確かめたる槍よ、あの心臓に立て」
とどめの一撃たる聖槍が、魔神だったモノの心の臓を抉り穿つ。
どさりと倒れる黒い物体。ぱきぱき音を立てて、木枯らしに吹かれて塵となって消えていく……。
こうして、魔神殺しは達成された。
名を取り戻した勇者は、なんの喚起もないまま、ただ膝を屈して慟哭した。
完
気管支
>>19
あーもー気管支も誤字!
なんなんだよもう!
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