島村卯月引退説 (18)
・アニメ準拠
・アニメ版シンデレラガールズに対する個人的解釈を含みます。
・とある卯月ファン視点の一人称SSです
よろしくお願いします。
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卯月ちゃんがオータムフェスに参加していない。
僕にとっては少なからず衝撃的だった。
その後も卯月ちゃんの仕事は徐々に減り、終いにはぱたりと見かけなくなった。
シンデレラの魔法は、12時で解けてしまったというのか。
※ ※ ※ ※ ※ ※
まずは僕が島村卯月というアイドルに出会ったところから話そう。
自他共に認めるアイドルオタクである僕は、新人アイドルのデビューイベントにはできる限り足を運んでいる。
中途半端に時間も金もある大学生だから成せる事である。
友人は、今はアイドルが多すぎて毎回行ってられないと言うが、初舞台というのは記憶にも記録にも残るものであり、そこを軽視するわけにはいかない。
特に346プロはアイドル事業としてはまだ2年と短いが、流石は老舗ブランドというべきか、着実に固定ファンを獲得し、これから安定した人気を得るだろうと評判のプロダクションである。
しかも春からは新人発掘企画を進めており、今日はその御披露目会というのだから見にいかない理由がない。
そして本日デビューアイドル二組目、『ニュージェネレーションズ』の中に、見つけた。
島村卯月を見た瞬間、体に電撃が走った。
パフォーマンスこそ『新人のファーストライブとしては上出来』というレベルで、振り付けもミスがあったように見えた。
それでも、『何か』を感じた。
『シンデレラプロジェクト』を体現するであろうと思わせるような、灰かぶりから這い上がるようなポテンシャルを、感じた。
そこから僕の生活は卯月ちゃん一色になった。
サマーフェスでは悪天候の中、頑張る卯月ちゃんを全力で応援した。
ソロ曲が収録されたアルバムを聴き込み、シンデレラプロジェクトのメンバーについても知るようになった。
卯月ちゃんが普段から接し、刺激を与え合うメンバーだ。関係しないわけがない。
とときら学園にゲスト出演した回は録画してDVDに焼き、もう15回は見た。
一生懸命ぴにゃこら太の鳴き真似をする卯月ちゃんはそりゃもう可愛かった。
しかも園児服。
あれを企画した人はマジもんの変態だろう。いいぞもっとやれ。
季節は進み、卯月ちゃんも、ニュージェネレーションズも順調にシンデレラの階段を登っているように見えた。
そんな矢先のオータムフェス不参加である。
しかも渋谷凛に至っては別のユニットで参加してるし。
本田未央も最近は演劇に力を入れ始めていると聞く。
どうしたんだニュージェネレーションズ。
卯月ちゃんが他の仕事との調整のため不参加、とかなら解る。
ニュージェネレーションズの、仕事やプライベートでの仲の良さは有名であり解散ってことはない、と思いたい。
しかし、そのオータムフェスを境に、卯月ちゃんをテレビや雑誌で見かけなくなっていった。
それに反比例するように、シンデレラプロジェクトのメンバーはどんどん活躍の場を増やしていった。
『長期療養か?』
『島村卯月引退説』
『そろそろ受験とかも考えてんのかね』
『ニュージェネ実は仲が悪いとか』
『解散芸はアスタリスクと被るぞ』
『今度小日向美穂と組むって聞いたけど?』
『三村かな子じゃなかったっけ?』
ネット上では様々な憶測やデマが飛び交っている。
どれも現実味がなかった。
僕はアイドルという名の幻想の魔法にかけられていたのだろうか。
冬の寒さすらどうでもよくなるほどにふわふわと過ごしていた僕の耳に、朗報が入った。
ニュージェネレーションズのクリスマスライブだ。
急な企画ではあったが、僕のカレンダーではクリスマスの予定は毎年空いているのでなんの問題もなかった。
それはそれで問題な気もするけど卯月ちゃんの問題にくらべれば些細な問題である。
当日のライブ会場は徐々に人で埋まっていく。
最前列とまではいかないが、むしろ見やすいと言えるの良い席が取れた。
今か今かと、待ちわびるようなざわめきが聞こえ、三人はこんなにもファンを集める程になったんだなぁと感慨にふけていた。
アイドルが花開く瞬間は、いつだって胸の奥を熱くさせる。だからアイドル好きはやめられない。
ステージのスクリーンが輝き、シンデレラプロジェクトのシンボルマークがニュージェネレーションズのそれに変わる。
ファンの歓喜の中、卯月ちゃんがステージにあがってきた。
僕としては久しぶりに卯月ちゃんに会えたのに、動揺の方が大きかった。
それもそのはず。
卯月ちゃんはどこか堅い表情で、何故か制服姿だった。
演出?それとも制服風の衣装?
疑問が渦巻く中、卯月ちゃんはオープニングトークを開始する。
「こんにちは!今日は来てくださって、ありがとうございます」
ファン拍手を受けても、やはり卯月ちゃんの表情は晴れず、何か言い淀んでいるように見える。
声をかけたかった。
『頑張れ』って言いたかった。
だけど言えなかった。
言ってしまえば、すべてが終わってしまう。そんな予感がした。
勘、あるいは長年の経験が無意識に蓄積されたもの、が警鐘をガンガンと鳴らしている。
アイドル活動の減少。久々のライブ。制服姿。思い詰めた表情。
既視感があった。
これは、引退宣言だ。
私はアイドル衣装を捨てて、普通の女の子に戻るという宣言だ。
だから今、無責任に声をかけるなんてできるわけがなかった。
『頑張れ』なんて言ったら、それこそ呪いだ。
期待や希望を身勝手に背負わせる、現代社会の呪いだ。
張り詰めた空気に割り込むように、遥か後方から女の子数人の声がした。
「頑張れー!」
「卯月ちゃん!頑張れー!」
どこのどいつだ。
この状況で無神経な言葉を使うのは。
卯月ちゃんの状況を把握しているとでも言うのか。
後ろの愚か者達も気になるが、僕は卯月ちゃんから目を離さなかった。
離せなかった。
まばたきをしたら、幻のように消えてしまうんじゃないかとすら思った。
その卯月ちゃんは、何かに気づいたように顔を上げる。
そして、代名詞とも言えるあの言葉。
「島村卯月、頑張ります!」
イントロが流れる。
もう何回、何十回、何百回かもしれないほど聴いた歌。
夢に憧れて、努力して、たとえ挫けても歌い続けると誓う、勇気の讃歌。
Aメロが始まり、卯月ちゃんは少しぎこちないステップを踏む。
見守るしかなかった。
頼む、上手くいってくれ!
思いが伝わったかはわからない。
それでも、表情も、動きも少し硬さが抜けてきた。
曲はサビに差し掛かる。
そして、歌詞とシンクロするように見せた、笑顔。
泣いているようにも見える。
あるいは僕が泣いているせいでそう見えるのかもしれない。
ずっと、その笑顔が見たかった。
たとえ綺麗なドレスが無くても。
ガラスの靴がなくても。
アイドル島村卯月の笑顔は、輝いていた。
『愛を込めて ずっと 歌うよ!』
涙で霞む視界のまま、僕はペンライトを振り上げる。
会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
おわり
読んでいただきありがとうございました。
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