卯月「凛ちゃん、踏んでください!」 (22)

・『できたてEvo! Revo! Generation!』CDドラマパートの後日談
・三人称地の文あり
・うづりん
よろしくお願いします。


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「凛ちゃん、私を踏んでください!」

「は?」

卯月からの突然の申し出に、凛は面食らった。
今日のプロジェクトルームにはまだ二人しかいない。
だだっ広い部屋の中で、卯月は凛にやたら距離を詰めてくる。

「この前、ニュージェネレーションズでマジックアワーのパーソナリティーをしたじゃないですか」

「そうだね」

「そのときに『凛ちゃんに踏んで欲しい』ってお便りがありましたよね」

「ああ、あったね」

「そのとき思ったんです。凛ちゃんに踏んでもらうのは、どんな気持ちなんだろうって」

「なんでそうなるの」

「ファンの気持ちになるって、大切なことだと思うんです」

「あのお便りでも、『踏んで欲しいというのは冗談』って訂正してたよ」

「きっと照れ隠しです」

「照れ隠し」

「私、凛ちゃんの、そのスラッとした綺麗な足で踏まれることを想像したら、ドキドキしたんです」

「卯月、大丈夫?」

「大丈夫かどうか、この気持ちを確かめたいんです!」

両拳を体の前で握りしめた卯月の目は、真剣そのものだった。

珍しい、と凛は思った。
普段から卯月は我儘や自分の希望を言わない方だ。
その卯月がここまで言うというのは、余程のことなのだろう。

「もしかしたら、新しい景色が見えるかもしれないから!」

そう強く訴える卯月に、凛はかつての自分の姿が重なった。
何をすればいいか分からず、それでいて心の底では何かを求めて、アイドルという可能性の扉を叩いた自分。

スカウトを受けたあと、両親にアイドルになることを告げるときはとても緊張した。
はたしてアイドルとして成功するのか、学業と両立できるのか、店の手伝いはどうするのか。
疑問も不安も尽きなかったが、それでも進むことに決めた。

何かを変えるのは、怖い。

だからこそ今、卯月の決断を、意思を、勇気を、尊いと思った。
無下にしてはいけないと思った。

「わかったよ、卯月。で、私は何をすればいいの?」

「まず私が、ここでうつ伏せになります」

「制服が汚れちゃうよ」

「制服は汚してなんぼ、と携帯で調べたら出てきました」

「卯月。今すぐ携帯貸して。叩き割るから」

「とにかく、私はうつ伏せになりますので、凛ちゃんは背中を踏んでください!」

凛が止める間もなく、卯月は床に体を付けてしまった。
顔の下で腕を組み、ビーチフラッグでもするかのような格好だ。

「さあ凛ちゃん!どうぞ!あ、靴下でお願いします」

ここまで来たら早く終わらせよう。
凛はキュッと口を結んだ。

凛にとって卯月は、アイドルの道を決めた理由の1つである。
さらに、無愛想を自覚する凛からすれば、キラキラした笑顔の卯月はまさに憧れの『アイドル』であった。

そんな卯月を、踏む。

それは聖域に足を踏み入れるに等しい。

生唾を飲み込む。
勢いに流されてしまったが、これから行うことを考えると、手の平に変な汗が滲んだ。

(いや、待って。さすがにこれは……)

迷う凛。
脳内では悪魔と天使が飛び交う。
悪魔は「ほらほらやっちゃえよ」と囁き、天使は「きっと卯月ちゃんなら受け入れてくれますよ」と微笑む。
多数決により踏むことに決定した。
やはり議論は民主主義でなくては。

凛は通学用の靴を脱ぎ、恐る恐る卯月の背中に足を乗せる。
卯月が、びくっと一瞬体を震わせた。

制服姿という日常。
それを床で汚し、踏みつけるという非日常。
その破壊的な行為に、凛は脳がグラグラと揺さぶられるような感覚に陥った。

卯月の背中をこんな風に踏んだ人は、今までいないんだろうな。

ふつふつと、感情が腹の底から競り上がってくる。
ドロドロして、淀んでいて、熱を持った、得体の知れない何か。

以前、卯月の家に上がらせてもらったことがある。
立派な家と、優しく明るい母親。
きっと卯月は一人娘として両親に溺愛さてれ育ってきたのだろう。
あまり人の悪意とか、攻撃的な面とかに触れずに生きてきたのだろう。
巷じゃ、天然とか、天使とか言われるのも納得である。

そんな穢れを知らない天使を、踏む。

どんな反応をするだろうか。
誰も知らない卯月を知ることができるんだ。
もっと、もっと卯月のことを知りたい。近づきたい。
急速に胸に押し寄せる濁った何かを飲み込んで、凛は、ぐっと足に力を入れて踏み込んだ。

制服越しでも、卯月の背中の張りの感触がわかる。
卯月を踏んだと自覚した瞬間、血が一気に身体中を駆け巡り、心臓の鼓動が脳まで響く。

凛がほぼ無意識に、親指の付け根で卯月の背中をぐりぐりと押す。
卯月の桃色の唇から吐息が漏れた。

「んぁっ……」

普段の卯月からは考えられないような声が聞こえた瞬間、凛の中で何かがプツン、と切れた音がした。

それと同時に、扉の開く音。

凛は急に現実に引き戻され、視野が広がっていった。
部屋に入ってきたのは、未央とプロデューサーだ。

「しぶりん何してるの!? しまむー!? そこ床だよ!?」

「待って未央。いや、これは、あの。違うから」

「そっか……やっぱりしぶりんにはそういう趣味があったんだ」

「違うから!ていうか『やっぱり』って何!?」

未央は目を見開いたり、考え事をするように目を閉じたりと忙しい。

その隣のプロデューサーは対称的に、いつもの変わらぬ表情で首筋に手を当て、言葉を探しているようである。

「渋谷さん……その……どうしましたか」

「ファンの需要にも色々応えられた方がいいと思って」

「では、今後はそのような企画も検討していきましょう」

「そこまでしなくていいから!」

その後、プロデューサーは『ドSメイド』の企画を提案するも凛はこれを拒否。
仕事は美波に回されることになった。

撮影の際、美波は何故か鞭の扱いにとても慣れていた。
そしてアーニャだけが、その理由を身を以て知っている。




おわり

読んでいただきありがとうございました。


過去の作品
愛梨「好きだらけ?」
愛梨「好きだらけ?」  - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1446816254/)
 
凛「合鍵?」
凛「合鍵?」 - SSまとめ速報
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