京太郎「この子が許嫁?…かわいくていいじゃんw」 (212)


 
 たとえ許されない事でも

 君を見つめてる ずっと

 




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――――――

――――

――



「いつまで寝てるんですか、姫様」



 誰

「うーん、起きないですね」

 起きてますっ
 でもどうしてか瞼が開きません
 声も出せません

 誰でしょうか
 でもとても大切な人
 あたたかい香りがします

「い……ら……」 

 聞こえません
 何を

「………な……」

 その声がどんどん遠ざかっている事に気づきました
 待って下さい
 
 暗い 冷たい 寒い
 どうして急に
 苦しいです 

 もがこうとしたら
 地面が崩れて
 私はそのまま 落っこちていきました 

 
――――――

――――

――


小蒔「いやああああぁぁぁぁぁぁああ!!」がばぁっ



霞・初美「……」ぽかーん


小蒔「え、えっと……」

小蒔(ここは……私の部屋? 霞ちゃんに初美ちゃんもいる)

小蒔(この状況って、もしかして)


小蒔「うぅ……」ぷしゅー


初美「ああっ! また布団に潜り込んじゃいましたですよー!」

霞「もう朝よ、小蒔ちゃん」


小蒔「……」ずるずる

小蒔「ごめんなさい、お見苦しいところを……」


霞「ふふっ、恥ずかしがる事じゃないわ」

初美「そうそう、叫びながら起き上がる事なんて、普通の事ですよー」

小蒔「いじわる……」

霞「……でも小蒔ちゃん、大丈夫?」

小蒔「ええ。大丈夫ですよ」

初美「……魘されてはいませんでしたが、何か悪い夢でも見てたんですか?」


霞「初美ちゃん、そういう質問は軽率でしょ?」

小蒔「そ、そんな心配しなくても大丈夫ですっ!」

霞「ほんとう?」

小蒔「本当です! 恥ずかしいけど、教えますっ」

小蒔「私が見てた夢が、どんな夢か……って、あれ?」

霞「?」

小蒔「えへへ……どんな夢、でしたっけ」


小蒔「喋ろうとしたら、忘れちゃいました」


初美「……なーんだ、残念なのですよー。ちょっと期待してたんですけど」

霞「まあ、夢なんてそんなものよね」

霞「さて、起きて早々で申し訳ないけど、ちょっと急ぎましょう」

初美「そうですね。さあさあ姫様、お召し物を替えて下さい。身なりを整えておかないと」

小蒔「え、っと……ごめんなさい。今日、何かありましたか?」

初美「えぇー……!? 何を言ってるんですか姫様は! 昨日まで今日の日の事、散々気にしてられたじゃないですかー!」

小蒔「???」

霞「いつもどんな場所でもすぐ眠れる小蒔ちゃんが、昨晩はどうしても緊張して寝付けないっていうから」

霞「私たちも少し緊張してたし、どうせならって事で、小蒔ちゃんの部屋で一緒に眠る事にした程だものね」


小蒔「……あっ」


小蒔「そ、そうでした。だから二人が私の部屋にいるんでした……」

小蒔「そうでした……とうとうこの日がきたんですね」

霞・初美「……」

小蒔「今日、来られるんですね」






小蒔「私の、許嫁が」



――



京太郎「君が、許嫁……?」







巴「……」

巴「え、えっと、ひとちが――」



京太郎「あ、すいません! 挨拶が遅れました!」

京太郎「俺は須賀京太郎です! 京都の京に太郎で京太郎です!」

京太郎「え、えっと……イ、イロイロ、よろしくお願いします!」

京太郎「神代小蒔さん!!」ぺこり



巴「……」

巴「こちらこそよろしくね、須賀京太郎くん」

巴「初めまして、私、"狩宿巴"っていいます」ぺこ



京太郎「……あれ?」

京太郎「名前が……」

巴「ご、ごめんね。私、君の許嫁じゃ、ないんだ」

巴「私は君の許嫁に仕える立場で、麓まで君を迎えにきたの。お屋敷までの案内人としてね」

京太郎「……」

巴「……須賀くん?」

京太郎「………………チクショー、恥ずかしすぎるだろ俺……」

巴(手で顔をおさえて、しゃがみ込んじゃった……)


京太郎「って、しゃがんでなんかいちゃダメか」すたっ

京太郎「狩宿さん……でしたっけ。それならそうと早く言ってくれれば良かったのに」

巴「ふふ、ごめんね? タイミング逃しちゃって」

巴「それに、勘違いしたまま話を自己紹介を始める須賀くんの様子がなんだか……面白くて」

京太郎「マジですか。あー、さっそく醜態晒しちゃったかぁ……」

巴「お気になさらず。それで……」


巴「これからこの山に登る体力、ある?」


京太郎(狩宿さんの背後にあるのは、遥か空まで続くような石造りの階段)

京太郎(聞いた話じゃ、この山の奥深くで、俺の許嫁って子が暮らしてるらしい)

京太郎「俺の心配なら要りませんよ。体力には自信あるんで」

巴「それなら安心かな? ごめんね、こんな遠くまで来させてすぐに、山登りを強いちゃって」

京太郎「それこそ気にしないで下さい。仕方ない事ですよ」

巴「頼もしいね。少し安心したかな」

京太郎「頼もしいなんて、そんな……褒めても何もでませんよ」

巴「まあ姫様の許嫁なんだから、それなりに頼もしくないと、困るんだけどね」ちら

京太郎(姫様ってのは……神代小蒔、俺の許嫁らしい子の事かな)

京太郎「は、はい! 気を引き締めて頑張ります!」びしっ


巴「あ……ふふ、意地悪してゴメンね」

巴「そう改まって畏まらなくていいよ。少なくとも私の前では、ね」

京太郎「は、はぁ」


巴「須賀くんがこれから会って、生涯を共にするのは、霧島神鏡の姫」

巴「果てしなく次元の違う相手」

京太郎「……」


巴「せめて私や、他の子には、気を抜いて相手しないと疲れちゃうよ」

巴「正直、姫様相手ならそんな心配もすぐなくなると思うけど」

巴「……身勝手な言い方かな。須賀くんにとっては、"もう疲れてる"よね」

京太郎「……」

京太郎「いや。そちらこそ、お気遣いどうも、って感じです」

京太郎「何かと疲れるのはお互いさま……なんて言ったら、怒られちゃいます?」

巴「言ったでしょ。少なくとも私の前で畏まったりする必要ないって」

巴「姫様以外とは、出来る限り普通の関係で過ごしたいでしょ、お互い」

巴「須賀くんの慣れない生活は、出来る限り私がフォローさせてもらうから」

巴「もしこの先困った事があったら言ってね?」

巴「きっと割り切った関係が構築できる筈だよ、お互いね」

京太郎「……そうっすね」

巴「改めて、よろしくね、須賀くん」

京太郎「……はい。よろしくお願いします!」



――


霞「この度は、遠路遥々ご足労頂きありがとうございます」

霞「本日はお日柄も良く、天も二人のあたたかい未来を祝福しておられます」

霞「どうぞ、こちらへ」すたすた


京太郎(やたらと奥深い山中に、その屋敷は構えられていた)

京太郎(木造建築の、神代家の御屋敷)

京太郎(外からは森の風景に溶け合って見えたが、こうして中に入ってみると)

京太郎(手入れが行き届いていて、その華麗さにここが山の中という事を忘れてしまいそうだ)

巴「それじゃあ私は用意があるから。またね、須賀くん」すたすた

京太郎「あ、はい」


京太郎(許嫁……)


京太郎(俺は、遥か昔に親同士で取り決められた、婚姻の約束を聞かされて)

京太郎(長野から追い出されるように、この場所までやってきていた)

京太郎(許嫁の名は神代小蒔)

京太郎(聞く限りじゃ遥か位の高い人間のようで、どうして俺なんかが? と思ったが言わない事にした)

京太郎(何故なら写真で見せられた神代小蒔は、俺の理想の女子そのものだったから)

京太郎(疑問なんて口にしたら、折角のチャンスをふいにする恐れがあった)

京太郎(まだ高1で、こんな大事な事を決心するのに、迷いが無かった訳じゃない)

京太郎(けれど、誰も知らない場所で可愛い子に囲まれながら暮らすなんてのは)

京太郎(ハンドボールを辞めて宛てもなく、清澄高校で灰色の日々を過ごしていた俺の目には、有り余る程魅力的に映った)

京太郎(それに、いざ、やっていけない、って思ったら)




京太郎(逃げ出してしまえばいい)



――


霞「……着きました」

京太郎「この部屋が、"そう"なんですか?」

霞「はい。私たちの姫様がおわす部屋です」

霞「……あの。遠方から婿としてやってこられた貴方に、直前で頼み事をする私の不敬を御許し下さい」

京太郎「?」

霞「呉々も、軽挙は謹んでもらうよう、私からお願い致します」ぺこり

京太郎「は、はい……モチロンです」びしっ

京太郎(ちょっと信用されてない……まあ当たり前か。お互い初対面なワケだしな)

京太郎(こんな格式高いトコで変な事する気も起きねーよ、とか軽口言える雰囲気ですらないし……はは)

霞「それでは一先ず、私はここで。何かありましたら、滝見春が部屋の中にいますので、その子に頼って頂ければ」

京太郎「わ、わかりました。えっと、石戸さん、でしたっけ?」

霞「石戸霞です」

京太郎「その……案内してくれて、ありがとうございました」

霞「いえ、当然の事をしたまでですよ。それでは」すたすた


京太郎(行ったか……)


京太郎「……」す…

京太郎(チクショウ。扉開けるのも緊張するな。手に汗がにじんでみっともねえ)

京太郎(落ち着いて、すまし顔になれ、俺。クールに入室するんだ……!)

 がしっ


京太郎(うおおお……!)



 がらららっ

 かしゃん!



京太郎「……」

京太郎(しまった、勢いよく開け過ぎた……!)

京太郎「す、すいません!」ぺこ


京太郎「……?」ちら




小蒔「……あ、えっと」




京太郎(……そうか。彼女が)


京太郎「……神代、小蒔」


京太郎(色白女神の雰囲気がする)

京太郎(ここに来て、良かったぁ~)ひくひく



小蒔「は、はい! そうです!」

小蒔「私が神代小蒔です……」かぁ

小蒔「じゃあ、あなたが……?」


京太郎「須賀、京太郎……です」


小蒔「須賀京太郎……様」

京太郎「さ、サマ?」

小蒔「な、なにか気に障ったでしょうか……」

京太郎「ああ、いや、様付けは、ちょっと……勘弁っていうか」


春「頭が高い」


京太郎「……!!」びくっ

京太郎(誰だ……いや、石戸さんがいってたな。この部屋には俺と神代さん以外には一人しかいない)

京太郎「滝見、春」

春「……」こく

京太郎「えっと、頭が高い……って?」

春「……何でもない」

京太郎「そ、そう……」

京太郎(……うーん、様付けはやめてって、神代さんに注文付けをしたのが、頭が高いって事かな?)


小蒔「春、その言い方は失礼にも程がありますよ」

小蒔「ごめんなさい、須賀様……いえ、須賀くん、でいいのでしょうか」

京太郎「様付け以外なら何でもいいですよ、神代さんのが学年上だし、敬語も結構なんで」

小蒔「そ、そんな……恐れ多くてとても……!」

京太郎(不思議な子だな)

京太郎(てか、声もめっちゃ可愛い……どストライクでしょコレ)

小蒔「えっと、あ、挨拶させて頂きますね!」

小蒔「神代小蒔と申します。本日は、遠くからこんなところまで足を運んで頂いて、ありがとうございます」

小蒔「何もないところですが……ゆっくりしていってくださいね」

京太郎(何言ってんスか、神代さんがいるじゃないスか! とか言えない雰囲気だな……)

京太郎「いえ、こ、こちらこそ! ぉ、僕みたいな者を迎え入れて頂き感謝の言葉もありません」

小蒔「……」

京太郎「……」


京太郎(固まっちゃった)


京太郎「え、ええと……」

京太郎「ココ、本当にいい場所ですよねぇ、緑も深くて、お屋敷の周りも威厳のあるカンジっていうか」

小蒔「は、はい。みんな一生懸命手入れしてるので……」

京太郎「へ、へぇ~。手入れね……大事な事ですよねー、手入れは」



 がらら…


巴「失礼します」す…


京太郎(狩宿さんだ!)

巴「お茶を用意しました。熱いのでお気を付けて」すっ

ことん ことん

小蒔「ありがとうございます、巴ちゃん」

巴「いえ……それでは、順次料理を運ばせて頂きますので」

京太郎「え、料理ですか?」

巴「お? 喰いついたね、須賀くん。流石男子って感じかな」

京太郎「ま、まあ……実は腹減ってて」

巴「そりゃそうだよね。たくさん歩いたわけだし。すぐ用意するからもう少し待っててね」

京太郎「は、はい! ありがとうございます」

巴「ふふ。それじゃ、ごゆっくり」すたすた


 がらら…


京太郎(料理か……どんなのが出てくるのか楽しみだぜ)そわそわ

小蒔「あ、あの……」そわそわ

京太郎「? どうかしました?」


小蒔「あ、いえ……巴ちゃんとはもうお知り合いに?」

京太郎「そうですね、山の麓からこのお屋敷まで、案内してくれたんです」

小蒔「ああ、そうなんですか。それは良かった……ほんとうは、私が迎えに行きたかったんですけど」

小蒔「霞ちゃん……石戸霞ちゃんに止められちゃって。ここにいなさいって」

京太郎「まあ、神代さんがわざわざ足を使う必要ありませんからね」

小蒔「それでも、迎えに行けば良かったです。これから須賀くんはこの家に住むんですから」

小蒔「こんな部屋で偉そうに待ってるのが、あまりいい気分じゃなくて……」

京太郎「お優しい人なんですね、神代さんは」

小蒔「そうでしょうか? そうなれたらとは、思っていますが……」

小蒔「あの、ここまで来てこんな事をお訊きするのは、失礼かもしれませんが……」



小蒔「ここに来て、ほんとうに良かったですか?」

京太郎「――…」



小蒔「もしも、本当に嫌なら、言ってください。私が掛け合えば、許嫁の決まりなんて簡単に、取りやめてもらえると思うので……」

京太郎「……」

小蒔「……やっぱり、嫌ですか?」

京太郎「いや」



京太郎「良かったです」


小蒔「……!」

京太郎「そんな言葉を掛けて頂いて、それだけで神代さんの優しさが染みわたってくるようで」

京太郎「今俺がこの場所にいる幸せを、感じていました」

京太郎「むしろ、こっちから訊きたい」

京太郎「神代さんは、コレで良いんですか?」

小蒔「私は……」

小蒔「どうなんでしょうね」

京太郎「……」

小蒔「ごめんなさい、よくわからないんです。こういう事」



小蒔「ただ、これが仕来りなので……」



京太郎「……そうですか」

小蒔「……あ、あの」

京太郎「ふう! なんだか安心しました。なんでか解りませんけど」

小蒔「須賀くん……」

京太郎「お互い変な立場ですけど、ほどほどに頑張っていきましょう!」

京太郎「なんて、偉そうでしたかね?」


春「エラそう」

小蒔「は、春っ!?」

春「……」ずずーっ

京太郎「ははっ、言ってくれるね、滝見サン。多分俺と馬が合うぜ」

春「別に嬉しくない」

京太郎「ま、これから共に過ごすってハナシだし……タメなんだって?」

京太郎「よろしくな、滝見サン」

春「ん……」

小蒔「……」


 がらら…


巴「料理持ってきましたよ」すたすた


京太郎「おっ! きたきた」

巴「あんまり豪勢なものを用意できなくて悪いけどね」

京太郎「エビフライあるじゃないですか! 俺めっちゃ好きなんスよ」

巴「口に合えばいいんだけど」

京太郎「へへっ……もう食べちゃっていいですか?」

巴「まずコレで、手を拭いてね」すっ

京太郎「あ、はい!」

春「……ごはんきた瞬間、凄く元気になった」

小蒔「ふふっ、そうですね。私もお腹空いてたので……」


京太郎「あれ、狩宿さん食べないんですか?」

巴「私や霞さんは準備もあるから、別で食べるよ。ここで食べるのは」

巴「姫様と須賀くん。あと春ちゃんだけかな」

京太郎「へえ、そうなんですか……」

小蒔「それじゃあ、頂いちゃってもいいですか?」

巴「どうぞ、姫様」にこっ

京太郎「よし、それじゃあ……」


「「いただきます!」」



 ここへ来るまでに感じていた不安は薄れていた

 多分みんなもきっと不安を持ってる

 でもここはいい人ばっかりだ

 きっと俺も馴染めると思う 

 俺はこの場所で上手くやっていける 

 そんな気がした




1. おわり
お疲れさまです。
書きためありませんが年明けまでには終わります。


――――――

――――

――



「結婚……ですか」



祖母「――おや」

祖母「あなたのそのような顔は、久しぶりに見ましたね」

祖母「でも姫様の前では控えるように。不安にさせてしまいますからね」

「――姫様が、何処の誰かもわからないような男の人と、結婚?」ふるふる

「差し出がましい事を申し上げる様ですが、祖母上。考え直すべきかと」

祖母「不服ですか?」

「姫様もきっとそう思われますよ」

祖母「……そうかもしれませんね」

「それなら――…」

祖母「その為の、『3年間の寄宿』です」

祖母「須賀の息子を家族として迎え入れ、共に暮らしている内に」

祖母「通じ合うものが生まれるでしょう」

祖母「二人の間に育まれたそれを、未来のあなたはきっと愛と呼んでいますよ」

「詭弁です」

祖母「何とでも」


祖母「――実際、仕来りを頭の隅に追いやれば、私も、神代の当主様も」

祖母「姫様を、あるべき年頃の少女のように自由にさせてあげたい気持ちを、当然持っています」

「……」

祖母「でもあなただって、本当は解っている筈ですよ」

祖母「姫様の血は、易々と流していいものではないという事を」


「……」


祖母「安心しなさい、というのは無理があるでしょう」

祖母「それでも、受け入れなさい」

祖母「私たちの婚姻は、生まれた時から天より定められているのです」

祖母「須賀の息子は悪い人間ではありません。天は、姫様にふさわしくない人間を決して選びません」

「……」

祖母「あら。より険しい顔になりましたね。感心しませんよ。あまり女の子がしていい顔ではありません」

祖母「……でもあなたの気持ちも理解しています。共同生活を送った上で、それでも尚、あなたが本当に彼を認められなければ」

祖母「その時初めて進言なさい。須賀の息子は姫様にはふさわしくない人間だった・と」

「……きっと、そうなりますよ」

祖母「私はそうならない事を祈りましょう」

「……祖母上」


「――どうして笑ってられるのですか? 祖母上」


祖母「……ふふ」

祖母「あなたはこれまでずっと、私や家の仕来りにはよく従ってくれました。反対した事など記憶にもない」

祖母「それなのに今こうしてあなたは、かつてない反対の意を示している」

祖母「どうしてかね、それが私はとても――…」


――――――

――――

――



霞(祖母上)



霞(今日、とうとう彼がやってきました)

霞(金色の髪をたなびかせ、霧島の土を踏みつけながら)


霞(……初めて見た時の彼の顔が、心底嫌そうなものであれば良かった)

霞(機械のように挨拶する私の声なんか、無視してくれれば良かった)

霞(この勝手な婚姻に、彼も怒り狂っていれば良かった)

霞(私は彼に、姫様に失礼な態度を取らないようにお願いしたけれど、むしろ取って欲しかった)

霞(姫様に対して、ふて腐れた様子で、容赦なく棘と毒を投げつけて欲しかった)

霞(そうすれば私は今にでも、婚姻の取り止めを進言する事ができたのに)

霞(こんなことじゃあ、許してしまう)

霞(彼が私たちの生活に割り入る事を許してしまう)

霞(それとも、これが本来のあるべき形なのかしら)

霞(私やみんなが、生まれた時から姫様と繋がっていたように)

霞(今日まで一時的に離れていただけで、彼もまた、生まれた時から姫様と繋がっていたのかしら)

霞(――そう考える事ができれば、どれだけ私の心は楽になったのかしらね)


霞「……物思いに耽ってばかりじゃダメね」

霞「今後の予定を、彼に伝えに行かないと……」



――夜


京太郎「ふうっ、いい湯だった。違う土地で入る風呂程別格なものはないよな」

京太郎「そして……」むくり


京太郎「これが俺の部屋ですか」


巴「うん。これからこの一室が須賀くんの部屋として与えられます」ぴっ

巴「押入れに布団があるから、寝るときはそれを畳の上に敷いてね」

巴「……不満だった?」ちら

京太郎「まさか! 実家より広くて恐れ多いです、本当に」

京太郎「こんな部屋を一人で使えるなんて……」

巴「でも広くたってなんにもないでしょ? 退屈しない?」

京太郎「ネット繋がりますからそれほどでも。俺の身分じゃ贅沢は言えませんし。それに」

京太郎「退屈したら、狩宿さんが話し相手になってくれるんですよね?」ちらり

巴「……そんな事言ったかな?」はて

京太郎「『俺の慣れない生活は、出来る限り狩宿さんがフォローしてくれる』」

巴「……言うね、須賀くん。もちろんそのつもりだけど」

巴「残念ながら私、男の子が喜ぶようなハナシ、できないよ?」

京太郎「どんなハナシが喜ぶと思われてるんですか?」

巴「えっと……車とか?」

京太郎「へぇ」にやり

巴「!?」

巴「ど、どうして笑うの? 何かおかしな事言ったかな……?」

京太郎「な、なにも? でも、車って。俺未成年だし全然わかんないですって」

巴「そうなの?」

京太郎「そうですよ。狩宿さんの男のイメージは知りませんけど、俺はキョーミないですね、今のところ」

巴「そうなんだ……」


京太郎「そんな事言ったら俺だって、女の子の喜ぶようなハナシなんにもできないですよ」

巴「……たとえば?」

京太郎「人形とか」ぼそり

巴「あははっ」

京太郎「……狩宿さんも笑ったじゃないですか」じと

巴「ご、ごめんね? でも人形って。ふふ、それはだって、逆に対象年齢低すぎじゃない?」

京太郎「そうかなあ……」

巴「そうだと思うよ? 少なくとも私はあんまり興味ないかな」

京太郎「じゃあお互い様ですね。でも狩宿さんって、ずっとこの山の中で暮らしてきたんですよね?」

巴「その言い方だと語弊があるかも。学校行くときは山を下るしね」

京太郎「あ、そっか、確かに。けど、狩宿さんは神事? とかそういうの勉強してきたんですよね」

京太郎「俺はそういうの全くの無知だし、狩宿さんの事をもっと知れたら、それだけで新鮮で面白いと思うんですけど」

巴「わ、私の事……?」

京太郎「はい。だって神代さん家は、許嫁をとって、しかも高校卒業まで寄宿させる・ってだけで特殊なカンジなのに」

京太郎「神代さんに聞いたんですけど、この広いお屋敷だって親の手を借りずに、狩宿さんやみんなと協力して管理してるっていうじゃないですか」

京太郎「お互いかなり違う生き方してるなって。神代さんだけじゃなく。だから俺にとってはココも、ココにいる人も、何もかもが新鮮で不思議なんで、もっと知っていきたいんですよね」

京太郎「それを狩宿さん自身の口から色々聞かせてくれたら、って思うんですけど」ちらり

巴「……な、なるほどね。姫様にカッコつけて近づきたくて、私に諸々の作法と歴史を教えてほしい訳か」

京太郎「べ、別にそういう意図はないですって! コワいコト言わないで下さいよ」

巴「じゃあどういう意図なの?」

京太郎「最初に言った通り――…」




京太郎「ただの退屈凌ぎですよ」



 こんこん


京太郎・巴「「!」」


「――入っても?」


巴「どうぞ、霞さん」


 がらら…


霞「失礼します」

京太郎「石戸さん、えっと、どうしたんですか?」

霞「……」ちら

京太郎「え、えっと……俺の顔に何か?」

霞「失礼しました。何もありませんよ。端正な顔立ちで何よりだと思っていただけです」

京太郎「た、端正な……!? お、俺がですか!?」ぎょっ

京太郎「い、いや~。そんな事言われたの生まれて初めてっスよ! お世辞にも程がありますって~、石戸さん!」ぽりぽり

霞「……」

京太郎「ははは……」

巴「そ、それで、霞さんはどうしてこちらに?」


霞「今後の予定を伝えにきたの。まあ、彼には今日、もう眠ってもらうだけなんだけど」

京太郎「今後の予定……? は、はい。聞かせて下さい」

霞「……貴方には明日、午前中から神宮に参詣をしてもらいます」

京太郎「参詣?」

霞「はい。姫様と貴方の、二人の親睦を深めて頂くために、勝手ながらこちらで予定を組ませてもらいました」

霞「……私たちの守ってきた伝統に触れる事で、お互いを身近に感じて頂けるかと」

京太郎「二人で……って、神代さんと二人きりってコトですか!?」

霞「はい」

京太郎「ほぇ~。何だか緊張するなあ。あんまり下手な事できないですね」


霞「……」


京太郎「あ、でも、神社にお参り行くだけだったら、すぐ済みますよね?」

京太郎「その後はなんかしたりするんですか? まだコッチの学校の編入手続きが済んでなくてそれまで暇なんですよね」

霞「明日の詳しい予定は、その時の姫様の口から聞いて下さい」

霞「他に何か質問はありますか?」

京太郎「あ、いえ、特に……」

霞「それではおさらいします。明日、朝食後に軽く休憩を取ってから、二人で神宮へ」

霞「その後の予定は、姫様の口から……もしくは私から、追って説明します」

霞「それでは私はこれで失礼します。良い眠りを」

京太郎「は、はい。おやすみなさい、石戸さん」

霞「……」

霞「それと巴ちゃん、ちょっと」ひょいひょい

巴「あ、はい」ざりっ

巴「それじゃあね、須賀くん。また明日。おやすみなさい」ふりふり

京太郎「はい! 狩宿さん、おやすみなさい」ふりふり


京太郎「うーむ……」

京太郎「最初見た時は疑ってたけど、見間違いじゃなかったか……」

京太郎「やっぱりあの人、で、でかいよな……胸部のあたりが」

京太郎「フフッ」

京太郎「……」

京太郎(……それになんだか、態度が少し、余所余所しいような……?)


京太郎「――…いや……そんなもんか」


――



霞「どういうつもり?」



巴「……え?」

霞「どういうつもりか、と訊いたのよ」

巴「何の事です?」きょとん

霞「あらあら。"彼"とは随分、親しげに話してたじゃない」

巴「ああ。私たち、男の子とお話をする事って全然ないですから、私が須賀くんと話す時に無理をしてないか・って、心配してるんですね?」

巴「確かに男の子って慣れてないし難しいかな、アガっちゃうかなあ、って思ってたんですけど、実際須賀くんと話してみると結構大丈夫でしたよ」

巴「まあ、息継ぎのタイミングを計り損ねた事と、いまいち目を合わせられなかった事以外は平気でした」えへへ

巴「……ハッちゃんには内緒ですよ? 私からかわれるの嫌ですからね」

霞「うーん……」



霞「そういう事を訊いたんじゃないんだけどねえ……」ぼそっ


巴「……?」

巴(……あれ? 霞さん、怒ってる?)

巴(いや、そんな訳がないか。なんで一瞬そう感じたんだろう。霞さんが怒る理由なんてないのに)

巴「ところで、本当に明日、姫様と須賀くんを二人きりにさせちゃうんですか? 霞さん」

霞「……」ぴく

巴「いきなりは、ちょっと心配じゃありませんか? あっ、ああいや、もちろん変な意味じゃなく!」

巴「だって姫様だけじゃなく須賀くんも何だか抜けてるようなトコあるかもだし、二人の会話想像すると、ぎこちなさもあるかも――」


霞「――させる訳がないでしょう」


巴「っ」びくっ

霞「……勿論、こっそり後を付けるわ。気付かれないように」

霞「ふふ、小蒔ちゃんがいきなり眠っちゃったりでもしたら、大変だものね」

巴「そ、そうですね。その場を想像するだけで――」

霞「眠った小蒔ちゃんに何をされるかと思ったら、たまったものじゃないもの」

巴「え?」

霞「……」

霞「さあ、明日の支度をして、私たちも眠りましょうか」

巴「は、はい」

巴(……もしかして、霞さん、あまり須賀くんの事快く思ってないのかな?)

巴(それも当然か。私たちだって許嫁――須賀くんの事を聞かされたの、つい最近の事だし)

巴(と言っても、霞さんもちゃんと役割をこなしてるし、仕方ない事だと割り切ってるか。すぐに馴染むよね)



――


 かぁー かぁー


京太郎「――…ん。朝か」ふぁぁ


京太郎「周りは森なのに、結構陽が差すんだな。まあ屋敷の周りは開けてるし当然か」

京太郎「肌寒いな。羽織るものが欲しいけど、贅沢は言えないよな」

京太郎「――さて」

京太郎「今日は、神代さんとお参りデート、なんだよな。ふふ、滾るぜ」にやにや

京太郎「……って、実際どう振る舞えばいいんだろうな。デートとか俺、初めてなんだけど」ばたばた

京太郎「ま、まあ、なるようになるか! 神代さんいい人だし、なんとかなるよな……」


 がららっ…


京太郎「えーと、食事をする部屋は、向こうだったよな……」すたすた

京太郎「――…あれ。何だこの部屋。中途半端に襖が開いてるぞ」

 ちらり

京太郎「あれは、何だ?」

京太郎「変な机だなあ」


「全自動麻雀卓です」


京太郎「!?」ぐるんっ




霞「 おはようございます 」


京太郎「……っ」

京太郎「……び、びっくりしました。石戸さんでしたか……」

京太郎「足音も何も聞こえなかったのに、いきなり背後から声がして、マジでびっくりしました。やっぱりココの人は歩き方も静かで品があるんですね」

霞「麻雀、嗜まれないんですか?」

京太郎「え? はは……恥ずかしいんですけど、全く。面白そうだとは思ってるんですけどね」

霞「そうですか」

霞「朝食はもう用意できてますよ。さあ、こちらへ」ざりっ

京太郎「あ、はい」たたっ


霞「……」すたすた

京太郎「……」すたすた


京太郎「あの」すたすた

霞「なにか?」すたすた

京太郎「ああ、いや、朝食が出来てるって事は、もしかして俺を起こしにきてくれたのかなって……」

京太郎「もっとはやく起きれば良かったですね、すいません」

霞「……いえ。謝る事ではありません」

霞「昨日の今日で疲れてるでしょう。好きなだけ寝ていても良かったんですよ」

京太郎「いえいえ、今日は神代さんとのお参りデー……ごほん、神社への参詣の予定があるんですから、寝坊なんて出来ませんよ、はは」

霞「……そうですか」すたすた

京太郎「きっと今日はいい日になるなあ……」すたすた


霞「……そうですね。楽しんで頂ければ、私も嬉しいです」

霞(そんな顔をさせてしまって、ごめんなさいね)


霞(燥いでいられるのは、今のうちだけなのに)

2. おわり




小蒔「ど、どうでしょうか……?」



春「ばっちり」

小蒔「えへへ、ありがとうございます。春のお墨付きなら、心強いです」

小蒔「それじゃあ、いってきますね」すっ

春「……うん」ぽりぽり


春「気を付けて……」


――


小蒔「遅くなってごめんなさい、須賀くん」ざりっ


小蒔「用意に手間取っちゃって……」

京太郎(透き通った声に振り向くと、神代さんがやってきていた。でもすぐにその姿から目を逸らしてしまった)

京太郎(昨日も緊張してはいても目は合わせられたのに。でも今は、何だか恥ずかしくて正視すらできない)

京太郎(これから彼女と二人きりになるっていう状況を想像すると、ヤバいくらい胸が高鳴る……!)

京太郎(正気でいられるかな、俺……)

京太郎「……いえいえ、全然待ってませんよ」

京太郎「んじゃ、出発しますか!」

小蒔「はい!」


 ざっ…




霞「――…ちょっと、いいでしょうか」ぬっ



小蒔「? 霞ちゃん? はい、なんでしょう」くるり

霞「あ、小蒔ちゃんじゃなくて、そっちの……」

京太郎「……俺?」きょとん

霞「はい」こくり

霞「……ちょっとこちらへ」ひょいひょい

京太郎「あ、わかりました」

京太郎(さっきまでいなかったのに唐突に現れて、一体何だろう?)

 たたたっ

京太郎「……それで、どうかしたんですか?」

霞「参詣の前に、貴方に渡す物があります」ごそごそ



 すっ…

霞「――これを」



京太郎「……これは、お守り?」ぽすん

京太郎(黒くてざらざらした布が、札状のものを包むように何重にも巻かれている)

霞「はい。厄除けを願って作りました」

京太郎「え? 作ったって、誰が?」



霞「……私です」


京太郎「石戸さんが!? なんか凄いですね……」

霞「だから……肩身離さずに持っていて下さいね」

京太郎「勿論っす! コレ、ありがとうございました。心強いですよ」

京太郎「へへ……それじゃ、行ってきます!」たたっ


霞「……」


京太郎「神代さんお待たせしました。行きましょうか」ざっ

小蒔「はいっ」とてて



霞「…………」



巴「……行っちゃいましたね。姫様と須賀くん」ざりっ

巴「正直ちょっと羨ましいですね。私たちもいつか運命の人と出会ってああして……な、なんちゃってー」

巴「……こほん。ごめんなさい、何でもないです」

霞「追うわよ、巴ちゃん」

巴「えっ、本当に?」

霞「もちろん、本当よ」にこ

巴「ま、まぁ……霞さんが言うなら、わかりました。こっそり追いましょう」

巴「悪い気もしますが、見守るだけですしね」

霞「そうね」


霞「私たちはただ、見守るだけでいいわ」



――


小蒔『神宮は、私たちのお屋敷からちょっと歩いたところにあるんですよ』


京太郎「――って、言ってませんでしたっけ……神代さん」

京太郎(俺と神代さんの目の前には、空まで続くかのような石造りの階段が構えていた)

京太郎「この階段も、そのうちに入るんですか?」

小蒔「えっと……はい」

京太郎「マジかぁ」

小蒔「のぼるのはちょっと疲れますけど、頑張りましょう!」

京太郎「あ、弱音吐いてるように見えました?」にや

小蒔「い、いえ! 決してそんな事は!」わたふた

京太郎「へへ、頑張ってのぼります。いきましょう、神代さん」ざっ

小蒔「はいっ」たたっ


 ざりっ ざりっ…


京太郎「――…でも、弱音とかじゃなくて、ちょっと感心してました」

小蒔「感心……ですか?」

京太郎「はい。だって、こんな長い階段でも『ちょっと歩いた』って言えるくらいには根気と体力があるんだなって」

小蒔「そ、そんな! 根気も体力も全然です。学校の体育じゃ、成績もあまり良くなくて……」

小蒔「でも、この参詣道をそういうふうに言えるのは、多分私が、幼い頃からずっとこの道を歩いてきたから……でしょうか?」

京太郎「……慣れっていうのもコワいもんですね」



 ざっ

 ざっ

 ざっ


 ざりっ!


京太郎「ふう、ようやくのぼりきったぁー……! 最近体動かしてなかったから、昨日も今日もいい運動になったなー」

京太郎「あ、これからここで暮らすから、運動不足とか心配しなくて良くなるのか。ガッコ行くようになったら尚の事だな」

小蒔「運動好きなんですか?」

京太郎「体を動かすのは好きですよ。気持ちいいし。中学ではハンドボールもやってました」

京太郎「神代さんは……あんまりそういうタイプには見えないですけど」

小蒔「わ、私だって体を動かすの、好きですよ。その、得意じゃあ、ないんですけど……」

京太郎「成績気にしてましたもんね」

小蒔「うう。恥ずかしい話です……」

京太郎「それにしても――…」ちら


京太郎「良い光景ですね」


京太郎(階段を上がりきると、タッパのある鳥居が姿を現して)

京太郎(その向こうには、朱色の綺麗な神社が建っていた)

京太郎「こういう場所ではあまりふさわしくない気持ちかもしれませんが、気分がノッちゃいます」

京太郎「綺麗すぎて……」


小蒔「……好きなんです」


京太郎「え?」

小蒔「この場所の、この雰囲気が」

小蒔「だから須賀くんが気に入ってくれると、私も嬉しいです」すたすた

小蒔「……」ぺこり

京太郎(小蒔さんは、鳥居の前で一礼して、そよ風を受けながら先導する)すたすた

京太郎(俺も続いて一礼し、鳥居を抜け――…)ざりっ






京太郎「――っ」ぞくり





小蒔「? 須賀くん?」


京太郎「……」くらっ


小蒔「わわっ……! す、須賀くん……!?」たたっ

京太郎「」はっ

小蒔「ふらつかれましたが大丈夫ですかっ?」

京太郎「はい、ちょっと立ち眩みが……」

京太郎「でも大丈夫ですよ。すいません時間取らせて。行きましょう」

小蒔「ほんとうですか? 無理はしないでくださいね?」ちらちら

京太郎(めっちゃ心配してくれてる……神代さんにそうされるとマジで、クるものがあるな)

京太郎「ホントホント、ヘーキですよ。ホントにただの立ち眩みなんで」


京太郎(要らない心配かけさせてしまったな)すたすた

京太郎(……)ちら

京太郎(あの鳥居を抜けた瞬間、身体中がぞわりとして、急激に寒くなったように感じた)

京太郎(……気にしすぎか)



 こおぉぉぉ…


京太郎「近くで見ると、ホント立派な神社だなぁ……さっそく参拝しますか」

京太郎「ええと、神代さん。正しい参拝のルールとかってあるんですか? あ、先に手を洗うんでしたっけ?」

小蒔「あ、待って下さい! それももちろんあるんですけど」

小蒔「参拝の前に……」


小蒔「境内のお掃除をしましょう!」


京太郎「掃除ィ?」きょとん


小蒔「はい!」ごそごそ

小蒔「掃除は基本ですから。私たち巫女にとって、ご神域を整える事はもっとも大切な事の一つなんです」

小蒔「だから朝は、参拝の前にいつも掃除をしているんですけど……」ちらり

小蒔「……でもやっぱり、須賀くんに無理に手伝わせたりはできませんね。もし嫌なら、見てるだけでもいいので……」

京太郎「いえいえ。そんな事ヒトコトも言ってませんよ。是非手伝わせて下さい」

京太郎(……このまま神代さんと結婚した場合、俺も神社に奉職する確率が高い筈だ)


~~

霞「……私たちの守ってきた伝統に触れる事で、お互いを身近に感じて頂けるかと」

~~


京太郎「……なるほど、こういう事か」ぼそり

京太郎(神代さんとの距離を縮める為には、まず彼女たちの伝統に触れるのが大切、って事だな)

京太郎(石戸さんも俺たちの為に色々考えてくれてるんだ。感謝の言葉もないな……)


小蒔「ありがとうございます!」ぺこり

小蒔「それじゃあ、布を渡しますから、積もってる埃を拭きとってくれますか?」

小蒔「私は箒で地面の枝や葉っぱを払いますから」

京太郎「わかりました!」ざっ


 

 ぷつんっ

京太郎「……あれ?」




小蒔「どうかしましたか? 須賀くん」

京太郎「いえ……何でもありません」

京太郎(……)ちらり



京太郎(靴紐が、切れてる――…)



京太郎(仕方ない。切れたままでも歩けない訳じゃないし、取り敢えずこのままにしておくか)

京太郎(神代さんを困らせる訳にもいかないしな)すたっ

京太郎「えっと、どこを拭こうか……なんか、どこも普通に綺麗だけどな」

京太郎「取り敢えず一通りやっていくか……」すたすた



――


小蒔「ふう……」くいっ


小蒔「一通り、お掃除完了ですっ」

小蒔「……」ちら


京太郎「……」ふきふき


小蒔(急にこんな事をやらせてしまって、須賀くんには申し訳ないと思ったのですが)

小蒔(霞ちゃんからの助言ですしね。許嫁として必要な事なのでしょう)

小蒔(それでも)

小蒔(いい人、ですね。須賀くんは)

小蒔(……これは本来須賀くんのお仕事じゃないのに、頼まれて嫌な顔も、退屈そうな顔もまるでせずに、黙々と作業をしてくれている)

小蒔(……)

小蒔(体、大きい……)

小蒔(私よりも歳は下なのに、全くそんな感覚がしないのは、須賀くんが男の人だからでしょうか……)

小蒔(……)じぃぃ…


京太郎「……っ」ふきふき


小蒔(……?)ぴく

小蒔(何か、様子が……)


京太郎「イてて……」ふう


小蒔(――!)

小蒔(イタい?)

小蒔(怪我を、している――…!?)どくん



 たたっ


小蒔「須賀くんっ!?」たたた

京太郎「……あれ? 神代さん、どうしたんですか? そんなに慌てて」

小蒔「どこか、怪我をされているんですか!?」ずいっ

京太郎「えっ」

京太郎「……どうして?」

小蒔「それは……ちらっと見えた時に、なにか痛がるような素振りをしていたので……」

京太郎「へぇ、めざといですね神代さん」

京太郎「でも残念ながらハズレです」

小蒔「えっ?」

京太郎「最近体を動かしてなかったって、さっき言ったじゃないですか。だから久しぶりに体を動かして、関節が驚いちゃったんですよ」

小蒔「そ、そうなんですか?」

京太郎「そうなんですよ。はは、心配かけちゃってスイマセン」


京太郎「……あれっ? ところで、神代さんはもう掃除終わったんですか?」


小蒔「あ……はい! 一通りは終わりました」

京太郎「流石、慣れてる人は違うなあ。俺なんて拭くだけなのに、まだ終わってませんよ」

京太郎「まあ、もうそろそろ終わりそうなんですけど」

小蒔「それだけ丁寧にやってくださってるんです。ありがとうございます!」

京太郎「はは、そう言われると照れますね。じゃ、最後にあっちの祠の方、拭いてきますね」ざりっ

小蒔「はい、お願いします。私は集めた枝葉を袋にまとめておきますね」



――


京太郎(ホント、めざとい……よもや"気付かれる"なんて)

京太郎(けれど誤魔化しきれて良かった。神代さんに余計な心配はかけられない)

京太郎(それにこんな事がバレたら、あまりにもダサすぎるだろ?)



京太郎(ここにきて異様な頻度で、足をくじきまくってる、なんて事)



京太郎(俺の不注意なのか、切れた靴紐の影響か……とにかく、動いているとたびたび無理な力がかかって、足をくじいてしまっていた)

京太郎(くじいた場所が、じんじんと痛む)

京太郎(けれどこの程度、耐えられない程じゃない)

京太郎(転んだりして目立つ擦り傷とかつけなくて良かった。嫌でも神代さんに気付かれてしまう)

京太郎(こんな軽いドジでも、神代さんは本気で心配してきそうだしな)

京太郎(あまりみっともないトコ見せるワケにはいかない)

京太郎「……ん」


京太郎「この祠、少し雰囲気が怖いな……」


京太郎「って、何を言ってるんだか。この祠もさっさと拭いて綺麗にして、神代さんトコに戻ろう」

京太郎「ええっと、まず積もった枝を落として……」ごそごそ



 きぃ



京太郎「?」





 きいぃぃぃぃ……!




京太郎「!!?」

京太郎(祠の扉が、開いた!!?)

京太郎「だ、誰だっ!?」


 しーん


京太郎「いや、誰もいない……」

京太郎「ひとりでに、開いたっていうのか……?」

京太郎「そんな馬鹿な……」


京太郎「……ごくり」

 そろ~


京太郎(神聖な香りがする祠の中には)

京太郎(銅か何かで出来た鏡のような物が一つ、立てかけられている)

京太郎(それ以外には、何もなかった)

京太郎「一体、何が――…」






――帰レ







京太郎「!!?」



京太郎「な、なんだ……?」

京太郎(今、頭の中に声が響いた気が――)


 ――不届キ

 ――誰ノ許シヲ得テ此処二居ル?

 ――帰レ


京太郎「なっ――…」

京太郎(今度は鮮明に聞こえる! 確かに頭の中に響いている!)

京太郎(一体何だ、この声は……!? いや、かすかに聞いた事のあるような……?)

京太郎「それよりも、何だって? 帰れ、だと?」

京太郎「屋敷に帰れ、と言いたいのか?」


 ――違ウ

 ――元居タ場所ニ 帰レ


京太郎「……長野か?」


 ――其ノ通リ



京太郎「意味が解らないな。どうして帰る必要がある」

京太郎「俺は親同士の約束で此処へ来たんだ。神代さんの許嫁としてな」


 ――ソレガ不届キダト 言ッテイル!!


 ごあっ

京太郎「うっ……!!」

京太郎「マ、マジで意味解んねーぞ。俺が神代さんにふさわしくないって事か?」

京太郎「だから神様の怒りを買って、こうして聞こえる筈のない声が聞こえてるのか?」


 ――其ノ通リ

 ――貴方ハ姫様ニ 相応シクナイ

 ――此処ニ居ルベキデハ ナイ


京太郎「嫌だ、と言ったら?」


 ――痴レ者ハ



 かっ!

京太郎「――…」ど く ん

京太郎「ぐあああぁぁぁああっ!!?」ごごごご

京太郎「っ」ぱちんっ

京太郎「はぁ、はぁ……」



 ――コウナル



京太郎(一瞬)

京太郎(祠の中の鏡が発光し、その眩しさに目を閉じると)

京太郎(瞼の裏で、頭がひび割れるような痛みと共に地面が崩れて)

京太郎(俺はそのまま、深い闇の底に沈んでいく……そんな映像が、視えた)

京太郎「……な、成程」




京太郎「わ、わかった。俺は、長野に帰る」




京太郎(こんなに神様の怒りを買って、具体的に映像まで見せられて)

京太郎(無理してこの場所に留まる必要なんてない)

京太郎(鳥居を抜けてからの俺の身にふりかかった出来事も、そういう事なんだろう)

京太郎(悔しいが、俺は神代さんにふさわしくなかったんだ)

京太郎(事前に神代さんの写真見てるのにも拘らず、緊張のあまり狩宿さんと間違えるしな)

京太郎(仕方ねえよ。俺には上手い話過ぎると思ってたんだ。実際来てみれば、こんなモンだ)

京太郎(……俺如きが、調子乗り過ぎてた結果だな)


 ――見カケニ依ラズ賢イ判断デ 何ヨリ


京太郎「うるせえよ。だけど……」


 ――案ズル必要ハ無イ

 ――急グ必要ハ有レド 慌テル必要ハ無イ

 ――今日中ニ 山ヲ降リ

 ――不自然ジャナイヨウニ 静カニ去レ

 ――無理ニ姫様ヲ拒絶シテ 只徒ラニ 姫様ヲ傷付ケル事ハ 

 ――許サナイ 決シテ


京太郎「ああ、わかった。肝に銘じとく」






京太郎「お互い無駄に傷付くのは、嫌だもんな」




――



霞「気が、憑いてる?」



霞(神様かと思ったでしょう? 違うの)

霞(これは、貴方に渡したお守りと、祠の力によって発生させた、私の祈りの力そのもの)

霞(こんな形で、脅すように恐怖を与えてしまって、貴方には本当に申し訳なく思います)

霞(でもこうして、見せしめになってもらう他にないの)

霞(そうじゃないと、当主様たちの考えなんて、到底曲げられないもの)

霞(小蒔ちゃんにとって、定められた婚姻なんかよりも、恋愛結婚の方がいいに決まってる)

霞(それを妨げるもの、小蒔ちゃんに近づく不穏因子は)


霞(一つも残らず、私が排除する)


巴「――霞さん?」



霞「え?」きょとん


巴「あの、大丈夫ですか?」

巴「汗が凄い事になってますが」

霞「あら……本当ね」たら

霞「大丈夫よ。ちょっと熱くなっちゃったみたい」ふう

巴「暑くって、まだ5月なのに……」

巴「あ! 須賀くん動きますよ! それに祠の扉、閉まってる!」

巴「須賀くんが閉めてくれたのかな? 見逃したかも……」

巴「それにしてもあの祠、どうしてひとりでに開いたんでしょうね?」

巴「何だか須賀くんもしばらく固まってたし……」

霞「さあ、どうしてかしらね。まあ気にしなくてもいいでしょう」

霞「それよりも、須賀くんが動いたって事は小蒔ちゃんと二人になるという事。追いましょう」すたすた

巴「は、はい」たたっ


 た、た… 


巴「……気のせい、だよね」


――


京太郎「……冷静に考えると、エラい目にあったな」すたすた


小蒔「須賀くんっ!」たたっ


京太郎「! 神代さん」


小蒔「お掃除、お疲れさまでした」

小蒔「そしてお礼を言わせて下さい。広いから大変だったでしょう?」

京太郎「はは。色んな意味でね……」

小蒔「え?」

京太郎「な、何でもありません」

小蒔「それじゃあ、参拝しましょうか!」

京太郎「……はい」

小蒔「まず向こうの手水でお手を清めて――…」


――


小蒔「こうして拝殿の前に立ったら」

小蒔「姿勢と服を正して、二回おじぎをして――…」

京太郎「……」


京太郎(何を、願うべきか)


京太郎(……)ちら


小蒔「最後に、もう一度深い礼をして――…」


~~

巴「須賀くんがこれから会って、生涯を共にするのは、霧島神鏡の姫」

巴「果てしなく次元の違う相手」

~~


京太郎(神代さん……)


京太郎(ふと、神代さんのことを考えた)

京太郎(神代さんは、生まれた時から神様に奉職していて)

京太郎(死ぬまでずっとこの場所で暮らす事を決められている)

京太郎(神代家は女系だから婿を取り、その婿は)

京太郎(ふさわしい者じゃなければ、俺のように神様の意思によって元の場所に返される)

京太郎(そこに神代さんの意思が介在する余地は無い)

京太郎(……)

京太郎(……もしかしたら、この場所で暮らしてる他のみんなさえも――…)


~~

小蒔「ごめんなさい、よくわからないんです。こういう事」


小蒔「ただ、これが仕来りなので……」


~~


京太郎(妙な気分だ)

京太郎(この言いようのない感情を、どのようにして抑えればいいのか)

京太郎(……ああ。それこそ、神頼みだな)


京太郎(神様)


京太郎(どうか神代さんや、みんなが――…)


小蒔「――…」



小蒔(っ……)

小蒔(何でしょう。今、凄く心が満たされたような……)

小蒔(……)ちらり


京太郎「……」


小蒔(須賀くん、何だか凄く真剣な顔……)

小蒔(うううう……緊張してきました)ごそ…


小蒔(このお弁当、どういうふうに渡しましょう……?)


小蒔(もっと須賀くんと仲良くなるために……)

小蒔(お昼はこの境内でお弁当にしましょう! と、思い立ったはいいものの……)

小蒔(作ったお弁当が失敗してないか、春に味見してもらうだけで)

小蒔(須賀くんをどういうふうに誘えばいいのか、まるで考えてませんでした……うう、頭がこんがらがってしまいます)

小蒔(こんなことならあらかじめ霞ちゃんに助言を貰っていれば良かったです……)

小蒔(――いえ、霞ちゃんにばかり頼ってられません。想像しなきゃ)

小蒔(こんな時、霞ちゃんならどう誘うか――…)


小蒔「す、須賀きゅっ!」


小蒔(噛んじゃいました――!)かぁぁ

京太郎「……は、はい」

京太郎「どうしたんですか? 神代さん」

小蒔「えっと、えっと――…」

小蒔(ああああ……どどど、どうしましょう)

小蒔(こんなところで……)



小蒔(これから一生を共にする人に、こんなところで呆れられるわけにはいかないのにっ!)


3. おわり

訂正 >>101
霞「それよりも、須賀くんが動いたって事は小蒔ちゃんと二人になるという事。追いましょう」すたすた

霞「それよりも、あの人が動いたって事は小蒔ちゃんと二人になるという事。追いましょう」すたすた





小蒔「お……」




京太郎「神代さん?」ぴく

小蒔「……お」

小蒔「お掃除も終わったと思ったら、いつの間にか」

小蒔「お昼に差し掛かろうという時間帯になってしまってましたね」

小蒔「おなか……す、すいてないですか?」ちら

京太郎「……うーん、確かに結構腹減りましたね」

小蒔「!」

京太郎「じゃあ、そろそろ屋敷に戻りますか?」

京太郎「居候の身で図々しいですが食べるものはありそうですし」

小蒔「……そ、それには及びません!」ごそごそ

京太郎「???」


小蒔「……………………こ、これを」すっ


京太郎「包み……?」ぐっ

 
 ひゅる ひゅる

京太郎「……これは、弁当?」


小蒔「……………………はい」かぁぁ


京太郎「え、っと……」

小蒔「……」

小蒔(須賀くん、戸惑ってる……?)

小蒔(知り合って間もない私がお弁当を用意する……それが変に思われてるんでしょうか……?)

小蒔(これってもしかして、行き過ぎた真似をしちゃったんじゃ……)ぎゅっ


京太郎「ほ、ほんとに頂いちゃっていいんですか? コレ……」


小蒔「……! いいんですかっ?」

京太郎「へ?」

京太郎「いいも何も……」

京太郎「神代さんの手作り弁当ともなれば、食べない選択肢なんてあるわけないですよ!」

京太郎「是非、食わせて下さい!」ずいっ

小蒔「は……はい!」ぱぁ

京太郎「でも、神社の中で食べても大丈夫なんですか?」 

小蒔「あ、それは大丈夫ですよ。境内で食べてはいけない決まり事は、ここではないので……」

京太郎「そうですか。じゃあ」

京太郎「ありがたく……頂きます」にへらっ

小蒔「……はい!」にこっ


京太郎(……やばいな)

京太郎(手作り弁当渡されて、ときめかない男っているのか?)

京太郎(ばち当たりかもしれないけど、神様には悪いけど、けど……これくらい別にいいよな……)


 ぱかっ


京太郎「うわ。かわいい」

小蒔「へっ!?」

京太郎「お弁当の中身、めちゃめちゃかわいいですね!」

小蒔「あっ、あっ……そ、そうですか? えへへ、そうだといいんですが……」

京太郎(ご飯の上に、様々な色のふりかけがかかってたり)

京太郎(タコさんウィンナー入ってたり……俺の好物のから揚げまで)

京太郎(ん? これは何だ? 黒糖か……???)

京太郎「マジで美味しそうです! 頂きます!!」ぱんっ


 がつっ…

 がつがつっ!


小蒔(わぁ……)じぃぃ

小蒔(凄く勢いよく食べてくれてます……なんか、照れちゃいますね)

小蒔(……って)

京太郎「~~っ!! コホッ、コホッ!」どどど

小蒔「だ、大丈夫ですか須賀くん!? お、お水お水……」すす…



京太郎「ごく、ごく……」

京太郎「ふうっ……」

京太郎「スイマセン、みっともないトコ見せちゃって」

小蒔「いえ、そんな」

京太郎「神代さんのお弁当が嬉しすぎてウマすぎて、ついついがっついちゃいました」へへ

小蒔「えっ!? ……あ、ありがとうございます」かぁぁ

京太郎「……神代さんは、食べないんですか?」

小蒔「あ、そ、そうですね。いただきます!」

小蒔「……」ぱく

小蒔「……」もぐもぐ

京太郎「おいしいですね、神代さん!」

小蒔「えへ……そうかもしれません」にこにこ


小蒔(良かったぁ。お口に合ったみたいです)

小蒔(春、味見してくれてありがとうございます!)


――


霞「え」

霞「小蒔ちゃん、いつの間にお弁当なんて……」じぃぃ

巴「あれ? 霞さん知らなかったんですか?」

霞「……知らなかったわ。巴ちゃんは知ってたって?」

巴「まあ。どうも姫様は隠したかったみたいですけど、春と二人で台所でこそこそやってたの、全然隠せてませんでしたからね」

巴「霞さんなら当然気付いていると思いましたが……」

巴「姫様も、料理の事なら私に相談してくれてよかったのになぁ……」

霞「……あらあら」

霞(彼の動きを監視するのに気を取られすぎたかしら……)

巴「ふふ。でも安心しましたね」

霞「え?」




巴「あの二人」

巴「結構、悪くなさそうじゃないですか?」



霞「……そう見える?」

巴「はい。だって姫様、笑ってられるじゃないですか」

霞「笑って……?」

霞「……」ちら




京太郎「タコさんウィンナーとかタマゴ焼きとか、かわいい具が並ぶ中……」

京太郎「何でポツンと黒糖が? 存在感ありすぎでしょ……」ぽりぽり

小蒔「その黒糖は、春がお弁当箱の隙間を埋めるためにくれたんです」

京太郎「春……ああ、滝見さんですか。へえ、隙間を……でも流石に黒糖入れるなんて聞いた事ないですが……風味があって、オイシイですけど」ごくん

京太郎「ふう、ごちそうさまでした。めっちゃウマかったです」

小蒔「えへへ、お粗末さまでした。そう言ってくれると嬉しいです」

小蒔「それと、もし黒糖が気に入ったなら、春に頼めば分けてくれるかもしれませんよ?」

小蒔「春は黒糖が好きすぎて、いつも持ち歩いている程ですから」

京太郎「えぇ? はは、流石にそれはないでしょう。好きが理由で持ち歩くなら、俺だってタコス持ち歩きますよ」

小蒔「タコスが好きなんですか? ふふ、それはまた珍しいですね」

京太郎「好きになったのは本当に最近なんですけどね。ちょっとした縁で食べてみたら気に入りまして……」




霞「……ふうん」

霞「笑ってる……そうね」

霞「……そう、ね。確かに、あの人と話してる小蒔ちゃん、ずっとにこにこしてる……」

巴「……」

巴「良かった」

霞「え?」


巴「実は私、心配してたんですよ。許嫁の話を聞かされてからずっと、姫様は元気も落ち着きも無かったですから」

霞「……ええ」

巴「でもあの様子なら、安心しました。きっとうまくやれますよ、私たち」

霞「……そう思うのね、巴ちゃんは」

霞「ちょっと、羨ましいわ」

巴「霞さんはそうじゃないと?」

霞「……」

巴「……ふう。どうやら本調子じゃないみたいですね、霞さんも」

巴「当ててみましょうか? 姫様が自分の手から離れてしまうようで寂しいんでしょう?」にや

霞「……外れよ」

巴「なんだ、残念です」

霞「けれど、そういう気持ちがないと言うと、嘘になるかもしれない」

霞「自分でもわからないの。ただこの気持ちを一言で表現するなら」


霞「私は――悔しいのかもね」



 ぽつっ…



霞「!」


 ぽつっ ぽつっ




 ざぁぁ……




霞「あら、雨が……」

巴「降ってきちゃいましたね。さっきまで晴れてたのに……」

巴「激しくはないですが大粒ですね。向こうの屋根がある場所に移動しましょうか」ざっ

霞「そ、そうね。急がないとかなり濡れちゃうものね」ざっ



――



 ざぁぁぁ……



小蒔「雨――…」



小蒔(……これは――…)

京太郎「神代さん! 何そのまま動かずにいるんですか! はやく屋根の下に!」ぐいっ

小蒔「はわっ!?」ぐぐっ

小蒔(う、腕が引っ張られて……!?)

 たたっ

京太郎「ふうっ。ココなら雨を凌げるな」

京太郎「屋根もあるし、これ以上は濡れない筈だ」

京太郎「――それにしても、びっくりしましたね、神代さん? 急に雨が降ってくるなんて」

京太郎「さっきまでは晴れてたのに、不思議なものですね」

京太郎「……あれ、神代さん? 黙っちゃってどうしたんですか? もしかして何か調子でも――…」くるり


小蒔「……」


京太郎(……あっ。腕掴んだままだった。神代さんめっちゃおとなしくなってる)

京太郎「ス、スイマセン! 今はなします!」ぱっ

京太郎「ごめんなさい、結構強く掴んじゃったかもしれません。腕、痛くなかったですか?」

小蒔「い、いえ、痛くなんて……」

京太郎「それに、よく見たらやっぱり少し濡れちゃってますね……」

京太郎「風邪とかひいちゃったらマズイですよね……何か拭くものは……お!」ぴこん


京太郎「そういえば持ってきた荷物の中にタオルも入れていたんだった……」

京太郎(神社はすぐそば・とは言え神代さんとのデート、だからな。ハンカチにティッシュ、勿論タオルも。基本的だけど気を抜かない装備で来た甲斐があったな)

京太郎「神代さん。良かったら使って下さい」すっ

小蒔「そ、そんな。気持ちだけで充分です。須賀くんも少しとはいえ濡れているんですから、そのタオルは須賀くんが使って下さい」ぐい

京太郎「そういう訳にもいきません。俺なんか全然平気ですから、神代さんが使ってください」すっ

小蒔「う、受け取れません! 須賀くんが使って下さい!」ぐいっ

京太郎「う……」

京太郎(こういうトコは結構強情なんだな)

京太郎(だがこれで俺が自分にタオルを使ってしまったら、ダサいってレベルじゃないぞ。男として自分を軽蔑せざるをえない……!)

京太郎(かくなる上は……)

京太郎「神代さん! スイマセン! 我慢して下さい!」


 がっ


小蒔「わぁっ!」ぽすん

京太郎(かくなる上は、俺自身が神代さんを拭くしかない! このタオルを使って!)

京太郎「ちょっと失礼します……! まず髪を拭いて……」わしゃわしゃ

小蒔「わ、わわ……」わしゃわしゃ

京太郎「お顔も拭かせて貰いますね。えっと、やさしくやさしく……」きゅっ きゅっ

小蒔「~っ!?」どくっ

京太郎「……よし」すっ

京太郎「あとは腕と……まあ体はそんなに濡れてないみたいですが、一応」

京太郎「でも流石にこれ以上は触れないです。神代さん、後は自分でお願いしていいですか?」




小蒔「……ひゃ、ひゃい」



京太郎「……はい、これ、タオルです」

京太郎「髪の毛、ちょっとくしゃくしゃにしちゃってスイマセンでした」

小蒔「き、気にしないでください」

小蒔「あ、タオル……ありがとうございます」

京太郎「いえいえ。こういう事もあろうかと用意してたものですから」


小蒔「……」きゅっ きゅっ

小蒔「ありがとうございます。おかげでだいぶ体についた雨粒を拭きとれました」

京太郎「それは良かったです」にこ

小蒔「……」

京太郎「……?」

京太郎(めっちゃ見られてる。何だ……?)

小蒔「……」じー

小蒔「このタオル、コッチの面は、濡れてないですね」

京太郎「???」


小蒔「ごめんなさい! 我慢して下さいっ!」がばっ


京太郎「!!?」

京太郎(神代さんがタオルを俺に押し付けてきた……!!)

小蒔「お体、拭かせて頂きますね……!」きゅっ きゅっ

京太郎「そそ、そんな! 俺はいいですよ!!!」あたふた

京太郎(神代さんの使用後のタオルなんてばち当たりなカンジしかしないしな……)どきどき

小蒔「ダメです! 私だけタオルを使って、そのせいで須賀くんに風邪をひかせてしまったら……」

小蒔「じ、神代家の沽券に関わりますから!」

京太郎「沽券って、大袈裟な……」

小蒔「じっとしてて下さい!」ぐっ

小蒔「あとちょっとしゃがんで下さい! あたまに届かないです」

京太郎「わ、わかりました」

京太郎(ホント、こういうトコは強情になるんだな、神代さんって……)

京太郎(けど……)

小蒔「髪の毛拭きますねっ。じっとしてて下さいねっ」ぐいっ

 わしゃわしゃ

京太郎(神代さんのそういうトコ、悪いトコじゃないな……)



――


霞「ううう、嘘でしょう?」

霞「小蒔ちゃん……そんな」

霞「出会って間もない男の人に、お体を触らせるなんて……!」

霞「あ、あの人……」

霞「小蒔ちゃんの手作り弁当を食べるだけに飽き足らず、あまつさえ濡れたのをいい事に小蒔ちゃんのお体に触れまでするなんて……」

霞「不届きも大概にするべきでしょう……!?」ふるふる

巴「あはは、ファインプレーかもですね、須賀くん。もし彼が素早くタオルを出さなかったら」

巴「霞さんが我慢できずに飛び出して、須賀くんがしたように姫様を布巾で包んでゴシゴシしかねませんでしたし」

霞「そ、そんな乱暴にはしないわよっ」ぎゅっ

巴「飛び出しそうになったのは否定しないんですね……」


――


京太郎「う~ん……」


京太郎「雨、止まないですね」


小蒔「……」

京太郎「俺、お屋敷まで行って傘貰ってきましょうか?」

小蒔「そんな事をしたら須賀くん濡れちゃうじゃないですか。せっかくお体を拭いたのに」

京太郎「まあ、そうかもしれませんが……」

小蒔「そんな事をしなくても、きっとこの雨はすぐに止みますよ」

京太郎「???」

小蒔「いえ、そうしないと――…」ぼそり

京太郎「? えっと……?」

小蒔「須賀くん」

小蒔「少し、ここで待っていてもらえますか?」

小蒔「ちょっと近くを歩いてきますね」

京太郎「え。雨降ってますよ!? ダメですよ!」

小蒔「ふふ、心配なさらなくても、歩くのはこの屋根の下ですよ」

京太郎「??? よく解りませんが、俺もついていっちゃダメですか?」

小蒔「ごめんなさい……すぐ戻るので」

京太郎「……わかりました。じゃあちょっとだけ待ってますね」

小蒔「……」にこ



――


巴「霞さん……」

巴「姫様が心配なのはわかりますけど、須賀くんもちょっと触れただけじゃないですか。落ち着いて下さい」

霞「落ち着いてと? 私に? 私はいつも落ち着いているでしょう?」ぷるぷる

巴(唇をへの字にして須賀くんを睨み付ける姿は到底いつもの霞さんとは思えないけど……)

霞「はぁぁ~……ちょっとって言うけど、あの人には出会って間もないのよ? 許嫁という立場が謙虚さを失わせてるのかしら」

霞「それにあの人が出しゃばらなくても、小蒔ちゃんには私がいるのに……」

巴「別に体を拭くためなんですから、仕方ない事ですよ」

巴「むしろ濡れてる姫様に対してすぐにああいうアプローチができた須賀くんを評価してあげましょうよ」

霞「それも、そうなのだけど……」

霞「――いえ、そうね。感謝、するべきなんでしょうね……」

霞「小蒔ちゃんの事を考えた行動がとれるくらいには、悪い男の人ではないことは幸運だわ。その幸運には感謝するべきね」

霞「だからこそ我慢できる。今日を乗り切れば、明日には以前の日常が戻ってくるのだから」

霞「今日を乗り切れば、明日から心を痛める事もない……」

巴「は、はあ。急に落ち着いたようですけど、それってどういう事ですか?」

霞「……ふふ、それは、明日のお楽しみよ? 巴ちゃ――」






小蒔「それは待ちきれませんね」






霞「――…」

巴「……」


小蒔「聞かせて下さい。霞ちゃん」

小蒔「今日を乗り切れば、ってどういう意味ですか?」


霞「こ、小蒔ちゃん……」

4. おわり

思った以上に難航してしまいました…申し訳ありません
今日も用事があり投下はできなくて申し訳ありませんが…
どうしても見たいシーンがありそれをかきたくて始めたので諦めません

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