【ミリマス】桃子「大好き、ずっと好き」 (41)

P「おばあさん、心配してなかったか?」

私を部屋に入れながら、プロデューサーが尋ねてくる。
一応女子高生と言われる年齢になって、出るとこだって出てきたし(環には敵わないけれども)、メイクだって薄くだってしてるのに(ちなみに育はいつもバッチリメイク)、私に対するプロデューサーの態度は、最初に出会った時から変わらない。
私が「お兄ちゃん」って呼んでたからなのだろうか。
兄妹としっかりラインを引かれていてそのラインを超えないように接するようなそんな感じ。

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桃子「平気だよ。お仕事って言ってきたし」

P「あんまり心配かけるなよ」

桃子「……分かってるよ」

P「で、なんで家に帰りたくないんだ」

桃子「……お母さん、……帰ってきてるの」

P「……あぁ、そういうことか」

桃子「今更なんだか、ね?」

P「……そっか。なら今日はうちにいろ」

桃子「そうさせてもらうね」

ほらね。
年頃の女の子に、こうやって言えちゃうんだ。
そのたんびに自分が恋愛対象の外にいるのだと知り、悔しくなる。
悔しさを悟られないように、私はこの家にいるべきもう1人について尋ねる。

桃子「プロデューサーこそ、このみさんは?」

P「海外で映画のロケだよ。ここ一ヶ月くらい会ってない」

桃子「寂しい?」

P「そりゃな。結婚したけれど新婚期間なんてものなくてずっと仕事仕事でなぁ。ロクに新婚っぽいこと出来てないし」

桃子「……ふぅーん。そう、なんだ」

そう言って笑ったプロデューサーの指にはめてある誓いの輪がきらりと部屋の照明を受けて光る。ここにはいないこのみさんが、私に警告するかのように。

P「まぁ、あと一週間したら帰ってくるし。マネージャーも同行してるから大丈夫だとは思うけれどな」


桃子「だね。……ねぇ」


P「うん?」



このみさん、忠告確かに受け取ったよ。
……これくらいは許してほしいなぁ。

桃子「私も、……桃子も寂しかったんだよ。『お兄ちゃん』がこのみさんと結婚してから」


P「……お兄ちゃんか。久しぶりにそう呼ばれた気がするな」


桃子「このみさんに遠慮してたんだ」


P「そんなこと気にするしないよ」


桃子「桃子が気にするの!……でも今日くらいは『お兄ちゃん』って呼んでも、いいよね」


P「……あぁ」

自分でもズルいと思う。
このみさんが今家を留守にしてるのは知ってた。お母さんが帰ってきてるのは本当だけれど、それを利用してこうやってる自分が、こう言ったら頷いてくれるお兄ちゃんの気持ちを利用している自分が、たまらなくズルかった。
けれども不思議と止めようとはここに来るまでも、今も思わなかった。

桃子「ふふっ、お兄ちゃん。ところでだけどお兄ちゃん、お腹空かない?」

P「おっ、もう8時か。なんかとるか?」

桃子「お兄ちゃん、このみさんが海外行ってからずっとそれでしょ」

P「ばれた?」

桃子「外にお皿とかどんぶりとかが何皿も並んでたらそりゃバレるよ。そうだ!」

P「んっ?」

桃子「今日は桃子が作ってあげるよ」

P「お前、料理なんかできたっけ?」

桃子「さすがに美奈子さんほどじゃないけれど、普通に料理くらいはできるよ。桃子だって、もう女子高生なんだから」

P「そっか。じゃあお願いしようかな」

桃子「ふふっ、期待して待っててね。……んっと。どう、お兄ちゃん?桃子、似合ってる?」

P「エプロンまで持ってきてたのか。準備万端だな」

桃子「女の子の嗜みだよ」

P「冷蔵庫に豚肉とか野菜とか入ってたから好きなように使ってくれ」

桃子「はーい」

P「……」

桃子「ねぇ、お兄ちゃん?」

P「どうした?」

桃子「……桃子がさ、こんな格好してキッチンに立ってたらさ」

P「……うん」

桃子「新婚さん、みたいだね」

P「……!制服の上に着てるから俺が危ない趣味の人みたいじゃないか」

桃子「…………。違うの?」

P「違うわい」

うん、だから止めようって思わなかったんだ。
分かってる、気づいてる。
こんなことしたって、離れてたってお兄ちゃんの心の中にはきちんとこのみさんがいて、桃子が入り込む隙間なんて無いってことくらい。
お兄ちゃんが桃子の気持ちに気づいていることも、そして桃子を傷つけないように知らないフリをしていることも。
さっきだって桃子が少し兄妹のラインを超えようとしたら、そっとそれを止めた。

それが分からないほど子供じゃない。けれどもそれで諦めきれるほど大人でもない。

だからこうやって届かないズルいアピールをしちゃう。

いつか。

いつかちゃんとお兄ちゃんへのこの気持ちをちゃんと終わらせるからさ。


今だけ、もうちょっとだけさ。

お兄ちゃんのこと、好きでいさせて。


ね?

次の日、プロデューサーの家を出て、私は自分の家にまっすぐは帰らなかった。

昨日特に何かあったわけでもない。

普通にご飯食べて、ちょうどやってた桃子のドラマを見て、そのまま別の部屋で寝た。

桃子が出ているドラマは学園モノの恋愛コメディ。

作り物といっても、お兄ちゃん以外に恋してる自分の姿を見せたくはなかったなぁ。

私とお兄ちゃんの間に引かれた兄と妹のラインは、超えられることはなかった。

琴葉「で、また私のとこに来たんだ?」


桃子「うん。……ダメ、だった?」


琴葉「ううん、別にそんなこと無いよ」


桃子「……琴葉さんは、桃子と同じだから」


琴葉「そんなに私分かりやすかったのかなぁ」


桃子「うん、すっごく」


琴葉「今ならもうちょっと上手くやれるかも」

こういう時、私はこの人のとこを訪れる。
田中琴葉さん。
今や毎クールのドラマで見ない日々は無いと言うくらい売れっ子の女優で、最近では年末にやってる歌合戦の司会のお仕事も決まってる。

琴葉「もういいんじゃないの、桃子ちゃん?」

桃子「何が?」

琴葉「プロデューサーのこと」

桃子「……」

琴葉「もう6年間も好きだったんでしょ。そんなさ、届かない恋なんて忘れちゃうのはどうかな」

桃子「……琴葉さんは」

琴葉「……」

桃子「琴葉さんはどうなの。プロデューサーのこと、お兄ちゃんのこと諦めきれたの」

桃子「琴葉さんはどうなの。プロデューサーのこと、お兄ちゃんのこと諦めきれたの」

琴葉「それが出来てたらね、この貰った指輪を今でも大事にしてたりしないかな」

桃子「琴葉さんだって同じじゃん」

琴葉「桃子ちゃんの意地悪」

桃子「なんでいなくなってくれないんだろうね、お兄ちゃん」

琴葉「私も桃子ちゃんも不器用なんだよ、好きな人を次々見つけられるくらいにさ」

桃子「お芝居ならいろんな人に恋とかできるのにね」

琴葉「何でだろうね。あっ、これ分かる?」

桃子「ん?」

琴葉「ラブシーンとかあるじゃない」

桃子「うん」

琴葉「それを演じてる自分を上から眺めてる自分がいてさ」

桃子「うん」

琴葉「その人、好きなんかじゃないでしょ!って怒ってるの」

桃子「あー分かるよ、それ。なら琴葉さん、これも分かるでしょ」

琴葉「うん?」

桃子「お兄ちゃん以外の人、好きになろうとしたことある?」

琴葉「……あるよー。恵美とかエレナにもよく言われたし」

桃子「で結果は」

琴葉「桃子ちゃんとおんなじ」

桃子「やっぱり」

琴葉「いなくなってくれないんだよね、プロデューサーが」

桃子「……お兄ちゃん以外の人が魅力的に見えないって相当ダメだよね」

琴葉「初恋拗らせすぎなんだよ、私もう24歳なのに」

桃子「初恋だからじゃない?」

琴葉「もっと恋をいっぱいしてたら終わらせ方もちゃんと分かってたのかな」

桃子「真さんの歌?」

琴葉「最近カバーさせてもらったから歌ったら、私のことみたいでビックリしちゃった」

桃子「でもさ」

琴葉「うん」

桃子「いっぱい恋をするだなんてさ、そんな器用だったらこんな風になってないでしょ」

琴葉「それもそっか。……そうだよねぇ」

それっきり会話は止まってしまった。
琴葉さんは1人で頷いたり、唸ったりしてる。そして。

琴葉「桃子ちゃん」

名前を呼ばれて振り返ったら押し倒された。
えっ、なんで。

桃子「……琴葉さん、重いってば」

琴葉「女の子に重いって言うなんて……」

桃子「女の子って歳でも無いでしょ?」

琴葉「それもそっか」

いやそうじゃなくて。

桃子「何でさ桃子を押し倒してるの?」

琴葉「忘れさせてあげようかな、と思って」

桃子「……へっ?」

琴葉「たぶんね、私も桃子ちゃんもさ。プロデューサーのこと忘れられないのはさ、比べちゃうからだよ」

桃子「……」

琴葉「男の人だから。そしたらさ、プロデューサーに勝てるわけないんだもん。だって私たちが比べてるのは思い出の中のあの人だもの。汚くなったりしない、……ううん年々綺麗な思い出しか思い出せなくなってくる。……比べられてる男の人も良い迷惑だよね」

桃子「それとこれとが、」

その先の言葉は音として出てこなかった。言葉が詰まったとかじゃなくて。
普通に唇を塞がれてしまったからだ。琴葉さんの唇で。

桃子「ッ!」

力いっぱい琴葉さんの身体を押してみるけれども、予想以上に琴葉さんの力は強かった。
経験の無い桃子にだって分かる。
琴葉さんは下手くそだ。しかもド下手だ。ただ唇と唇を重ねる清いキス。その先があることぐらい分からないほどねんねでも無い。
自分から舌を侵入させてみる。
ほら琴葉さんってば、目をまん丸にして。
ざまぁみろ、今時の女子高生なめるなよ。

キス初心者の2人だからそのうちに呼吸が苦しくなってどちらかともなく一度離れた。
ツゥーと桃子と琴葉さんの間にかかった糸を見ると、はしたないことをした自覚が出てきてついそっぽを向いてしまった。

桃子「……ファーストキスだったんだけど」
そっぽを向いたまま、琴葉さんにそう言ってみる。
寝ているお兄ちゃんにしたのを含めなきゃ、起きてる相手としたのはこれが初めてだ。

琴葉「私もだよ。私もファーストキス」

桃子「……なんでこんなことしたの」

琴葉「女の人ならさ」

桃子「……」

琴葉「女の人ならさ、比べないで済むかなって思って」

桃子「……確かに、お兄ちゃんは女の人じゃないもんね」

琴葉「でしょ?……なんてね、バカだよねこんなの。ただ傷を、」

次は桃子から琴葉さんの唇を塞ぐ番だ。
ドラマとかの記憶を引っ張り出して見よう見まねで顎を持ち上げ、自分の唇を寄せる。素なのか、それともこの非日常な行為で役者としてのスイッチが入ったのか、琴葉さんは目を閉じて、これを受け入れた。

桃子「傷の舐め合いでもいいじゃん」

琴葉「……えっ?」

桃子「舐め合って舐め合って、それでお兄ちゃんのことをさ、一緒に忘れちゃおうよ」

琴葉「それでいいの?」

桃子「それがいいの。琴葉さんは、桃子じゃ嫌?」

琴葉「そんなこと、無いよ」




だって桃子ちゃんは、私と同じだから。



例え身体を重ねたところで、心の同じところが欠けてるんだから、埋められるわけなんて無い。
そんなことは分かっている。分かってはいるけれども。

桃子「こーいうの淫行って言うんだっけ」

琴葉「そうだねー」

桃子「捕まっちゃうんじゃないの、琴葉さんってば」

琴葉「私女優だから、こういうことしたっていいんだよ」

桃子「……どういう理屈なのさ、それ」

琴葉「ねぇもう一回してみない?」

桃子「……琴葉さんってムッツリ?」

琴葉「そんなこと……ないつもりだけれどなー。それに桃子ちゃんだって、してみたいんじゃない?」

桃子「バッ!……そんなんじゃ、んっ!んんっ!……んーっ」

琴葉「ねっ?」

桃子「……ばぁか」

身体を重ねたところで、私は琴葉さんをそういう風に見ることなんて出来なかった。
むしろ逆だった。
この触れてる身体が、指が、唇が、お兄ちゃんのものであってほしいって。
それはたぶん琴葉さんも同じだろう。
だって私たちは同じだから。
こうやって2人忘れたようなフリをして、そのうち本当になって。
今はそれで……。

お読みいただき、ありがとうございました。

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