桃子「お兄ちゃんの大切な人の誕生日」 (18)
「桃子、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
他のみんなはお仕事やお休みとかで、珍しいことに小鳥さんも現場に行ってて、桃子とお兄ちゃんは事務所に二人っきりだった。
お兄ちゃんはいつもの通りパソコンの前に座って書類の整理をしていて、桃子は次のお仕事の台本を眺めながら、自分で淹れたお茶を啜ってた。雪歩さんに教わったからだいぶ美味しいと思うよ。
たまにはこんな静かな日もいいもんだね。最近忙しかったし、たまにはゆっくりとしないとね。
お兄ちゃんも頑張ってたしお茶を淹れてあげよっかなと思ってた、そんな穏やかな一日はお兄ちゃんの一言であっさり崩れ去ってしまった。
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「買い物?」
「そう。 一人じゃなかなか選べなくてな」
お兄ちゃんの頼み。
それは『買い物に付き合ってくれ』というものだった。
「何を買うの?」
「誕生日プレゼント」
……えっ。
「だから誕生日プレゼントだよ。どんなのがいいかよく分からなくてな」
桃子に聞くだなんて、ようやくお兄ちゃんも素直に桃子の力を頼る気になったんだ。
だけどね。
「誰の誕生日プレゼント?」
今月だと朋花さんと莉緒さん、あと美希さん。
その中の誰かなのかな。
いやでも先月渡そうと思ってたけれど、お仕事が忙しくて結局選べなかったパターンとか?
あっ、でも別に来月の人のプレゼントを今選んでもいいわけだし。
……まさか自分の誕生日を、桃子に選ばせようって気じゃ。
「聞きたいのか? 実はな……」
そう言ってお兄ちゃんは誰もいないのに、声を落として桃子の耳元でそっと教えてくれた。
この時ほど後悔した瞬間は今後来ないかも。
だいたい今日はいつもといろいろおかしかったんだよ。
みんなや音無さんがいないとか、朝事務所に来るときに一回も信号に引っかからないとか、そういうの。
正直聞かなきゃよかったって心の底から思う。
「俺の大事な人さ」
「あっ、言っておくけどお袋とか妹とかじゃないぞ」
わずかばかりの逃げ道をお兄ちゃんは潰してくる。
「生意気で、ワガママで、泣いてるとこを誰にも見せないくらい意地っ張りなんだけどさ、その子が笑うとたまらなく俺は幸せなんだ」
そうやっていつものように笑顔で、桃子にそう言った。
「桃子? おーい桃子?」
「へっ?」
「大丈夫か? ぼーっとしてたけれど」
「う、うん、大丈夫。 っていうかお兄ちゃんもそういう人いたんだね」
「いちゃいかんのかい」
「そういうわけじゃないけれど」
「で、だ」
「うん?」
「付き合ってくれるのか、買い物」
そう、だったね。そういう話だったね。
「なんで、桃子なの?」
「お前じゃないとダメだからだよ」
「だから、なんで……」
「……そうだなぁ。あー頼りにしてるから、かな」
「ッ!……もう、分かったよ。 お兄ちゃんのために桃子が一肌脱いであげる」
正直良い気はしなかった。
だけど、お兄ちゃんが桃子を「頼ってくれた」
……だから。
お兄ちゃんにそこまで想われてるその人が羨ましくて、……ちょっと妬ましかった。
そして、お兄ちゃんの仕事がひと段落つけて、桃子とお兄ちゃんは事務所の近くのお店へと繰り出した。
「で、お兄ちゃん。 なんか目星みたいなのはついてるの?」
「いーや、全然。 だって女の子ってなに贈ったら喜ぶか分からなくてなぁ。 そのためにお前を呼んだんだし」
「そりゃ頼ってくれるのは嬉しいけどさ、その人の好みとかが分からないと何とも言えないじゃない」
「じゃあ桃子の感覚で」
「あのね、お兄ちゃん? なんでも桃子任せじゃダメでしょ。こういうのは、お兄ちゃんの気持ちが大事なんだから」
「……まぁな。 それならさ、桃子だったらなにがいいか聞いてるだけだ」
桃子なら?
パッと思いついたのは、ある。
あるけれども、それをしてほしいのは桃子で、お兄ちゃんが大事な人にしてるのを想像するのは正直ムカつく。
でも。
「……ぎゅっと抱きしめるの。 離してって言われても、離さないで。 そして耳元で言うの。『生まれてきてくれてありがとう』って」
「お前はそれをされたら嬉しいのか?」
「……うん。 嬉しい」
「そうか」
そのあとお兄ちゃんは、お兄ちゃん特に何か買おうとするわけでもなく、うろうろと歩き回っただけだった。
ただ終始ご機嫌そうだった。
気づけばもう店の外は真っ暗だった。
家まで送ってもらいながら、当然の疑問をお兄ちゃんにぶつける。
「いつなの? その人の誕生日は」
「そうだな、明日には結果を教えてられるかな」
「そう、なんだ」
「おう。 ほれ、お前ん家だ」
「ありがと……」
「じゃあ、また明日な」
いいの?
お兄ちゃんが行っちゃうよ?
明日には結果が分かるってことは今から会いに行くってことだよ?
しっかりしなよ、周防桃子!
本当は気づいているんでしょ?
このままお兄ちゃんを行かせちゃっていいの?
「お兄ちゃん!」
「ん?」
「あ、が、……頑張ってね」
「……おう!」
今更気づいても、もう遅いよね。
桃子、お兄ちゃんのこと好きだったんだね。
明日は気持ちを切り替えていかないとね。
じゃないと泣いちゃいそうだから。
「お兄ちゃんを祝福する桃子」
そういう役を、演技をこなすだけ。
うん。
「桃子ちゃん、朝だよ」
望まなくても次の日ってのは来るもので。
いつも通り、おばあちゃんが桃子を起こしに来た。
おばあちゃん、もうちょっとだけ寝かせて。
今日の事務所でのお兄ちゃんの結果報告を聞くと考えるだけで憂鬱なのに。
「早く起きないと遅刻しちゃうよ」
「お腹痛いの」
「あらぁ、そうなの。お腹がねぇ。 せっかくの誕生日なのに気の毒にねぇ~」
「……誕生日?」
「そう、桃子ちゃんの。 忘れてたの?」
「……忘れてた」
「最近お仕事忙しかったものねー。 事務所でお誕生日パーティーなんだっけ? それじゃお御馳走は明日にしようかね」
おばあちゃんには悪いけれども、おばあちゃんの言葉は頭に入ってこなかった。
まさかね。
でも、……いや、まさかね。
「よう。 珍しいな、遅刻ギリギリだ」
「……ちょっと寝坊しちゃって」
「そうか、なんか気になることでもあったのか?」
「……案外意地悪なんだね、お兄ちゃんってば」
「あんなのすぐ気付くと思ったんだけどな。 まさか自分の誕生日忘れてるとはな」
「そんなことより、桃子になんか言うことあるんじゃないの?」
「……そうだったな。 桃子、誕生日おめでとう!」
そして、桃子はお兄ちゃんに抱きしめられた。
離しててって言ったってどうして離してくれない。
それくらいギュッとね!
ありがと……、お兄ちゃん!
お読みいただいてありがとうございます。
桃子、お誕生日おめでとう。
これからもよろしくね。
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