セイバー「士郎、愛しています」 (65)

セイバールートの改変です
比較的短編ですがちょこちょこ投稿していくので良かったら読んでください

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とても踏ん切りをつけることができなかった。
幾度と決意したはずであるが次の瞬間にはその決意が虚しく崩壊することの繰り返しだ。
そして今、運命の時がそこまできているというにも関わらず青年は地に足の着かないままであった。

「エクスカリバー!」

金色を纏った王、ギルガメシュは士郎にとって敵であるはずが、その者が敗れた瞬間なんともいえない感情に包まれた。
終焉……この表現がもっとも妥当であることを士郎の本能は気づいているのかもしれない。
聖杯戦争の終焉、そしてセイバーと士郎の終焉でもあった。
この戦争に勝とうが負けようが、どうしても避けたい運命を逃れる事はできないのである。
それはどんな悲哀をも凌駕する恐ろしさを持って士郎を今日という日に招いた。

「終わりました……」

先ほどまであんなにも力強く敵を圧倒したセイバーの握る剣先は地にうなだれていた。
この愛くるしい声は朝を迎えてしまうと金輪際耳にすることはできないのだな。
そう思うと叫びだしたくなるがそれを抑制する男の勲章、いわばプライドは健在であったのだから客観的には余裕の片鱗を感じさせる。
客観的には平静を装う士郎、しかし口にしてしまった。この期に及んで……。
約束した運命を受け入れることができなかったのだ。

「セイバー……聖杯を壊さないでくれ……」

「えっ……?」


時が止まったと錯覚してしまうほどの静寂、風の音すら周囲の環境音すら聞こえてこない、ただあるのは暗闇の音。
士郎の心理状態は当然まともではなく、動揺及び安堵が高速に入り混じるある種の狂気に達していた。
あの日、目を見つめ合ってしっかりと決断したセイバーとの約束をその成立条件がそろった時点でひっくり返す暴挙。
言えたという安堵は消えうせ、今のセイバーの心理状態を考えた瞬間とてつもなく怖く、ただグッと俯くことしかできなかった。

「士郎、なぜです?」

あいつらしい反応が返ってきたと士郎は肩の力を抜かされた。
重要な時期に約束を破るなどを行うと常人であれば瞬間的に怒り狂うことは少なくないのであるが。
ふとしたときに見せる感情の起伏が嘘のように、肝心なところではしっかり冷静で沈着なセイバーの反応だ。
共に生活を営んでいるとセイバーの人間味を垣間見るので親近感を感じるであるが、やはり根本的な人間性において見ると王を務めるだけはある。
今回のようにセイバーはどんな時でも人の意見に耳を傾けることに努めた。
しかし士郎が重い口を開こうとした瞬間、

「約束と違います……士郎、私を裏切るのですか?」


「な、なっ……」


裏切る――――。
こんなワードを使われてしまった士郎の精神は積み木のごとく不安定となり、動揺を隠すことが困難となった。
一見冷静なセイバーであると認識した瞬間に奇襲をかけられたかの如く、厳しい言葉を投げかけられたのだ。
この刃のように鋭利な問いかけはセイバー自身の心に幾らかの揺らぎがあったことの証明でもあった。
ここで初めてセイバーの顔を見た士郎は、その怪訝な顔つきに怯えすぐさま目をそらすことで精一杯となった。
再び沈黙が訪れ、待ちかねたセイバーからの質疑を受ける。

「士郎、とにかく裏切ろうとする理由を聞かせてください」

セイバーの中では聖杯を破壊する決意が固まっており、その揺ぎない決意故に士郎の一言は”裏切り”である。
裏切る行為の愚劣さ、その卑怯さは士郎もよく理解しており、その言葉選びがセイバーの心理状態を明かしているも同然であった。
最悪なことを言った……それでも士郎は恥を忍んでセイバーへ気持ちをぶつけることを選ぶ。

「セイバー……俺は、お前が聖杯を壊すことで救われるとは思えない」


ぶつけ終えた時、士郎はとても自らを情けなく思い唇を噛み締めたがそれでも構わないと思いまっすぐな瞳を見つめ返した。
セイバーのまっすぐな瞳がみるみると曇ってゆく、その曇り方はまるで見たくないものを見るような、失望の意にあふれているようであった。

「貴方は私の事を理解していなかったのですね……」

悲嘆に俯き、セイバーは続ける。

「ではあの時の約束は嘘だったのですね……私の目をみて放った言葉は嘘だったのですね……」

「ち、違う!嘘じゃない!」

声だけを張った小型犬のようにセイバーには映ったであろう。
中身の含まない言霊の抜けた発言にはなんの説得力も存在しない。
それを判断することはこの”裏切り”で十分であり、それ以降の説得は無効同然であった。
事実、あの日の士郎の決断とこの矛盾した現在は嘘以外のなにでもない。

「貴方は偽善だ、私の身を案じていると装って士郎、本当はあなたが救われたい一心なのではないですか?」

「ッ……」


ぐうの音もでなかった。
その通り、士郎は自らが救われないが為にセイバーの保身を口実に約束を違えたのだった。
セイバーを失いたくない。セイバーともっと一緒にいたい。自らが傷つくことを避けているだけだ。
すべてをセイバーに見透かされてしまった士郎はなにも言い起こす事ができなくなってしまった。
その様子から察したセイバーは必要以上に責めることをしない。

「士郎……貴方の気持ちは嬉しい。私に伝わりました。けれど……」

「そのような自由は私には許されない……貴方が本当に私を愛してくれるのであれば……」

「私の夢を叶えてください」

夢を叶える?セイバーが死に次の王が選定され民が潤う、それが夢?
そんなふざけた話があってたまるか。そもそもセイバー、お前が死ぬことで罪が清算されるという考え方がイカれてる。
ふつふつと込みあげる怒気、申し訳ないという自責の懺悔が端に追いやられ怒りが爆発し士郎を発起させた。

「セイバー!お前は生きるんだ!死んで逃げるのか!?俺は許さない!」

「なっ…!逃げるって……あ、貴方はなにを言って……!」


「そうだ!悲劇は起こったがお前に悪意はなかったんだ!ならば生き続けてその者を想うことがお前の責務じゃないのか!?」

「確かに王の選定は必要かもしれないが、お前の死と引き換えにやることではない!セイバー、お前は死んではだめなんだ!」

「もう一度受けた生を無碍にするのは絶対に間違っている!」

士郎の発言のすべては士郎個人の救済に帰結すること、つまり我が身の可愛さに繋がることはいうまでもないが、士郎の言い分が一概に間違っているとはいえなかった。
このセイバーの価値観と士郎の価値観はどちらが正しいという明確な答えのない問題であり、和解以外に解決の方法がないのである。
セイバーは死んでまで王の選定を行うことを責務と考える一方、士郎は苦しみながらも生き抜くことが責務であると主張する。
しかしセイバーにはどうしても士郎の自己中心さを助長する材料としか捉えることしかできなかった。

「……」

無言のセイバーの瞳は凛として士郎の事を真っ直ぐ見つめる。
腹をくくった人間の顔はこんなにも逞しく、恐ろしく、美しい。

「貴方には感謝をしています……」

「なっ…!お、おい!」

セイバーはこの言い争いを中断する形をとり、ゆっくりとした動作でもって剣を構えた。
その剣の先には聖杯――――。セイバーの意思はなによりも固く、悲劇をもたらしたとはいえ王の資質と呼ぶべきであった。
彼女もまた、心の奥底では士郎と共にあり続けたいと欲しているのだから……。

「セイバー!だめだ!」

セイバーの視線は聖杯へ、この時には士郎のことなど眼中になく声が届いていたかも疑わしい。
士郎はセイバーを力ずくで阻止しようと試みて全速力で近づくがセイバーはその何倍の速さで聖杯へと向かった。
間に合わない――。セイバーは聖杯へ構えた剣を今にも振り下ろそうとしている。

「セイバー!!!」

死を予感した時に訪れるといわれている現象が存在する。
それはすべての時が何倍も遅く感じるというものであるが、まさにそれが士郎に訪れた。
この展開は士郎にとって生死の分け目ではないが、精神的な面で言えば生死を分けるものといっても過言ではない。
自らの命を捨ててでもセイバーを生き永らえる事ができるのであればそうしたいところであった故、天は選択の一時を与えたのかもしれない。
その選択とは……。

「……ッ!?」

「はあっ……はあっ……」

「な、なに……?体が動かない……」

「……」

「ま、まさか……」


無意識であった。
セイバーはパントマイムのようにぴたりと体を硬直させており、その瞳は大きく見開かれていた。
一方で士郎はマラソンを完走したかのように大きく息を切らし、またその瞳も大きく見開かれている。
二人を支配する感情の渦は”衝撃”。にわかに信じがたい現状にただただ思考の整理を繰り返すばかり。
その選択を下した士郎自身も選択したことすら理解に及ばず、ましてや自らが起こした撹乱がどれほどの影響力を持つかもわかってはいなかった。

「士郎……あ、貴方は……」

「……」

士郎はようやく認識したのであった。
彼を取り囲む禍々しい欲望、あまりにも卑怯な行為であった。
セイバーに対する令呪の発動。
自らが”聖杯を壊せない”という命令を下したと気づいた時、士郎は手は小刻みに震えていた。

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