セイバー「七夕ですか」 (36)


大河「士郎ー! 素麺食べたい!」

士郎「なんだよいきなり」

大河「いや、ほら、沢山送られてきちゃってさー、まだ時期には早いけど七

夕には素麺を食べるらしいじゃない?」

士郎「聞いたことがあるけど、この量ね……」

大河「そうねぇ、私も家に届いたのが多すぎるからってこっちに持ってきた

訳だし」

士郎「だな、藤村組は中々の大所帯だもんな」


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大河「と言う訳で、段ボールひと箱あるんだからこの夏で消費しないと」

士郎「はいはい、まあ夕食でいいか? 桜ももうそろそろ帰ってくると思うし」

大河「おー、桜ちゃんにも手伝って貰えれば更においしくなるね、ウッシッシッ」

士郎「藤ねえ……食べるばかりで手伝いもしないのか」

セイバー「それは……私も……申し訳ない」



士郎「いや、いつのまに! 別にセイバーはいいんだ!」

大河「なによぅ、セイバーちゃんだけーずるいー」ゴロンジタバタ

士郎「セイバーは手伝ってくれるだろ、それに藤ねえは大人げないぞ」

セイバー「うぬぬぬ……シロウ! このように言われてしまっては私も立つ

瀬がない。私にもどうかもっと仕事を」


士郎「うう……やっかいなことになったな……そうだ、素麺茹でるか?」

セイバー「そーめん」

士郎「素麺。これ、えっと茹でればいいという感じの麺だな」

セイバー「なるほど、白いのですね」

士郎「そうそう、細いから直ぐに茹で上がる。それにあまり手の掛からない料理だしな、一緒にやってみるか」

セイバー「はい、よろしくおねがいします」


士郎「とは言っても、まだ夕食の時間には早いからな、やることもあるし」

大河「なによーやることって」

士郎「ほら、毎年出してるだろ、笹」

大河「あ! そうか、今日は七夕かー」

士郎「そうそう、悪くないだろ?」

大河「いいねーもう出したの?」

士郎「蔵に仕舞ってるから出そうと思った時に藤ねえが来たんだよ」

大河「あははーごめんねー。じゃあ出して来てー」

士郎「はいはい、待っててくれ」

セイバー「笹……ですか?」

大河「あーセイバーちゃんは七夕しらないのかー、えっとね、えーっと……短冊に願いを書くとかなう日だよ!」

セイバー「願いが叶う……?」ピクッ

士郎「……という言い伝えだな。えっとセイバーも来るか?」

セイバー「気になりますので参ります」


蔵の中

士郎「えっと……この辺に立てかけて置いたはずなんだけど……」

セイバー「あ、あの緑色の?」

士郎「ああ、そうそう、この青い奴」

セイバー「長いですね……これをどうするのですか?」

士郎「ひとまず縁側の方に持って行って、紐で柱に縛るかな。そのまえに綺

麗に拭かないと駄目そうだけどー」

セイバー「この竹に願いを込めると叶うというのはどのような仕組なのでしょうか」


士郎「そっか、気になるよな」

セイバー「はい、万能の願望器が存在する世界ですから」

士郎「ええっと、いや、聖杯とは違って単なる言い伝えなんだけどな、よいしょ」

セイバー「あ、手伝います」

士郎「ありがとう、ここに置くか」


縁側にて

士郎「良く覚えてないけど、織姫と彦星っていう神様がいて、二人は恋人同士だったんだけど

別の神様に天の川の両端に別れさせられて年に一度七夕の日に、カササギが天の川に橋を渡すんだ。

それで二人は会える。その二人に何か願いを込める……という風習だった気がする」

セイバー「成程……どうして二人を別れさせたんでしょうか」

士郎「ええっと……確かラブラブ過ぎて仕事をしなくなったから神様が怒ったとかそういう感じ」

セイバー「なんと……仕事をしないと……神に引き裂かれるというのですか……」

士郎「おーいセイバー、大丈夫か? 目が死んでるぞ?」

セイバー「あ、私としたことが……大丈夫です」

士郎「そっか? 無理しなくていいからな」

セイバー「はい……ありがとうございます」


凛「あら七夕の笹? 珍しい事してるじゃない」

士郎「ああ、遠坂、来てたんだな」

凛「ちょっと近くまで来たからね、そしたら二人で笹持ってイチャイチャしてるから面白くて」

士郎・セイバー「イチャイチャして(ない)(です!)」

凛「あはは、からかっただけよ。短冊とかないの?」

士郎「今から作ろうかなって思ってたところ。どうだ遠坂、やっていくか?」

凛「いいわね、私も何かかこうかしら」

士郎「じゃあちょっと部屋に紙取ってくるから」

凛「はーい」

凛「セイバー」

セイバー「なんでしょう、凛」

凛「なんてお願いするつもり?」

セイバー「ぬ、なんて邪悪な笑み……」

凛「えーそうかなー?」

セイバー「そうですよ」

凛「当ててあげよっか」

セイバー「いや……いいです」

凛「そうね、人の願いを無理に聞くのは良くないわ」

セイバー「ええ」

凛「私はね、ずっと士郎と一緒にいられますようにって書くわ」

セイバー「な! そ、それは! 困る……というか……シロウは私のマスターであって、一緒にいるならそれは私というか」

凛「うふふふふ。大丈夫よ、とったりはしないわ」

セイバー「ふう……そうですか……一安心です」

凛「でも向こうから誘ってくるなら話は別だけどね?」

セイバー「! あなたと言う人は!」

凛「冗談よ冗談。あいつがそんなことすると思う?」

セイバー「しない……と思いますが、シロウはとても……優しいので……その……」

凛「そうね、あいつはとっても優しいもの。そういう所、心配よね」

セイバー「はい……」

凛「大丈夫よ。あいつはセイバーを裏切ったりしないわ」

セイバー「凛に言われると……どうも冗談なのか本当なのか迷う所ですね。
勿論私はシロウが私を裏切る等全く思ってないですが」

凛「あはは……自業自得か……。そうね、セイバー。あんまり適当な事ばっかり言ってると
肝心な時に心に響かなくなっちゃうから」

セイバー「?……はい」

いまかいてる


士郎「おーい、紙持って来たぞ……ってあれ、なんかあったか?」

凛「んふふ、乙女同士の秘密」

士郎「そ、そうか」

凛「追及してこなくなったのね。感心感心」

士郎「まったく……セイバーに悪い事吹き込んでないと良いけど」

セイバー「大丈夫ですよ、これ綺麗ですね、色が付いている紙なのですね」

士郎「ああ、折り紙って言うんだけど、こういうときは切って紐で吊るしても使うんだ」


凛「士郎はなんて書くのよ」

士郎「え、うーん……家内安全無病息災一家団欒?」

凛「まああんたらしいと言えばあんたらしいけど高校生が書く願いじゃないわね」

士郎「なんたって平和が一番だからな、そういう遠坂はなんなんだよ」

凛「そうねー、ふふふふ」チラッ

セイバー「……む……」

凛「そうね、皆が幸せでありますように? とかかしら」

士郎「それは遠坂らしくないな、こう、でっかい宝石が欲しいとかそういうのだと思ってた」

凛「心外ねー、確かに宝石は欲しいけど天に願わなきゃいけない事でもないでしょ」


士郎「それはそうだけどな。あ、セイバーは?」

セイバー「うーん……迷っています。今まで願いと言えば……」

士郎「そう……だな」

凛「いいんじゃない? マスターの健康を願いますとかでも」

セイバー「凛――!……そうですね……それがいいです。シロウは今でも鍛錬に手を抜きません。
怪我無く毎日を過ごせるように願います」

士郎「……あ、それは有り難いけど、もっと自分の事に何か願ったらどうなんだ?」

凛「ふふふ、おかしいわね、二人とも自分の事は願わないなんてね。やっぱりお似合いだわ」

士郎・セイバー「――!」

凛「そうだ、今日ここで晩御飯食べて行きたいわ、何か買って来るわよ」

士郎「今日は素麺の予定だけど……」

凛「ふーん、そうね、七夕だしぴったりね。じゃあそれに合う付け合わせとかの材料買って来るわ」

士郎「ありがとう、まだ時間あるからそんなに急がないで大丈夫だぞ」

凛「ありがとう。ではお二人さん、ごゆっくりー」

士郎「遠坂の奴……やっぱりあかいあくまだな」

セイバー「毎回凛には負かされている気がします……」

士郎「ああ……あいつには逆立ちしたって勝てそうにない」

セイバー「私もああいう聡明さがあればもっと……」

士郎「いいんだよ、セイバーはそのままで」

セイバー「しかし、マスターを守る者として弁が立つこともまた剣の一つで

はないかと思うのです」

士郎「そうだけど、セイバーがあんな風になっちゃったら……正直……」

セイバー「あ、その先を言うときっと凛が飛んできますよ」

士郎「危ない危ない」

士郎「さて、飾りつけも終わったところだけど、遠坂が帰ってくる前に下ごしらえしちゃうか」

セイバー「はい……あれ、タイガが寝ています」

士郎「藤ねえはしょうがないなあ……ああお腹出してる」

セイバー「学校ではしっかりやっているのでしょうか」

士郎「それが意外とな。面倒見が良くて生徒からは好かれてる」

セイバー「面倒見がいいのはよく実感していますが、いかんせん師たるに相応しい威厳がありません。
こんな風にお腹を晒して眠るなど弱みを見せすぎではありませんか」

士郎「あ……うーん……そうだなあ……そうかもなあ。剣道が強いからそれじゃだめかな」

セイバー「単に武術の能があればいいという訳では無いと思います」

士郎「たはは、藤ねえ言われてるぞー、まあ聞こえてないだろうけど」

セイバー「では、始めましょう。何からすればいいのでしょうか」

士郎「ええっと、まずは野菜を刻もう、ネギとかショウガとか」

セイバー「麺から茹でるのではないのですか?」

士郎「素麺は直ぐに茹で上がっちゃうから最後の方でもいいんだ」

セイバー「なるほど、スパゲティとは異なるのですね」

士郎「そんな感じ」

士郎「じゃあミョウガ刻んでみようか」

セイバー「はい、えっとどんなふうにですか?」

士郎「まずは半分に割るように切って、それから端から細切りにするといい。
で、薄く切れたら少し纏めてまた端から切っていくと……」

セイバー「おお! きちんと細く切られている……妙技だ」

士郎「慣れればもっと細くできるけど、今回はこれぐらいで」

セイバー「ぬー、中々難しいですね。剣と包丁では取り扱いが異なる」

士郎「まあ出来る様になるよ、手を気を付けて」

セイバー「ザクー」

士郎「ええ……」

セイバー「申し訳ない……私が不甲斐ないばっかりに……」

士郎「大丈夫大丈夫、ってかセイバー大丈夫なのか?」

セイバー「傷は浅いですから絆創膏で十分でした」

士郎「そうか……じゃあまあ座っててくれ」

セイバー「……ううう……申し訳ないです……」

士郎「大丈夫さ、また今度な」

セイバー(これでは散々非難していたタイガと同じではありませんか)


凛「たっだいま、今どんな感じ?」

士郎「今は薬味刻んでる。まだ茹でてない」

凛「おっけ、台所借りるわね、ってセイバーどうしたのよそんなこの世全てを恨んでいる様な目をして」

セイバー「……自分の不甲斐なさを恥じているのです」

凛「ちょっと士郎何があったのよ」

士郎「セイバーが指を切っちゃってさ、それを悔しがってるみたい」

凛「そう? まあ真面目なセイバーらしいわ。じゃあこっちのコンロ借りるわね」

士郎「何を作るんだ?」

凛「そうねー茄子の素揚げを作る予定よ。お酢で締めたら美味しいわよ」

士郎「それはいいな!」


セイバー「……」

大河「zzzz」

セイバー(凛とシロウ……私はマスターの役に立てているのでしょうか……)

大河「ピクン、あれ、セイバーちゃん……?」

セイバー「あ、はい、どうしました?」

大河「ん……いや……いいにおいだから起きた……」

セイバー「そうですか、今二人が料理をしています、じきに出来上がるでしょう」

大河「そっかー、あ、笹出した? 笹、竹だっけ?」

セイバー「ええ、縁側に出てますよ」

大河「願い事書いた?」

セイバー「ええ、三人で書きましたよ、短冊というものに」

大河「三人……あ、遠坂さんね、ちょっと目を離したら士郎とくっついてー」

セイバー「ええ、本当にそうです」

大河「まあいっか……私もなんか書いてくるわ」

セイバー「あ、こちらです」

大河「ありがとう」

縁側

大河「さーて」カキカキ

セイバー「……」

大河「今日は晴れててよかったわね、星がちゃんと見える」

セイバー「……? ええ、適度に晴れてますね」

大河「ん? ああ、そっか、七夕の日にね、雨降ると織姫と彦星は逢えないんだよ」

セイバー「な、なんと、一年に一度しか会えないのに雨であれば会えないと

言うのは……なんとも酷な事を課す神がいるものですね」

大河「そうねー、一年間この日をずっと待ってたのにね」

セイバー「七月は雨が多いのに敢えてその日に設定するとは更に意地が悪いです」

大河「そうね、梅雨が明けても台風とかあるしね、でもねセイバーちゃん。

それは昔の話だからよ」

セイバー「……?」

大河「いえね、昔と今では暦……カレンダーが違うのよ。えっと一か月ぐらい違うの」

セイバー「ああ、どこかで聞いたことがあります」

大河「だからね、本当のその日は雨が少ない八月ごろなのよ。だから神様は
あんまり雨多いときを指定したわけじゃないのよ」

セイバー「なるほど、ならば……これは人間の都合で捻じ曲げてしまったと
いうことでもありますね……」

大河「んふふ、二回やるのはどう? 七月七日に一回。本来の八月にも一回。
だって私たちは別に離れ離れになってないじゃない?」


セイバー「……?」

大河「んーもう、セイバーちゃんは真面目だなあ、そんなんじゃダメよ。
あーでも士郎もそうだからなあ……うーん、お姉さん難しいなあ」

セイバー「言っている意味がよく……」

大河「いい? はっきり言わないと士郎は気づいてくれないわよ」

セイバー「――!」

大河「大丈夫、士郎はセイバーちゃんにぞっこんラブだから。でも言えないだけ」

セイバー「私はそういうことを!」

大河「そっか……セイバーちゃんは士郎の事嫌い?」

セイバー「嫌い……ではないですね、好き……というのはどういうことかは……」

大河「そう……。あのね、私ね、士郎の事好きよ」

セイバー「え……っ」

大河「五秒で結婚してもいい位に好き。なんなら明日結婚してもいいわ」

セイバー「それは……」

大河「それは……?」

セイバー「それはシロウが決めることですから」

大河「そうよね、士郎が決める事ですもの」

セイバー「あなたは私をからかっているのですか? 凛の様に」

大河「ううん、そうじゃないの。あのね、気持ちを誤魔化すのって癖になる
のよ。ほんとよ。0と1の間の曖昧さの心地よさに慣れちゃダメ。慣れる前に
どっちかにつかなきゃ」

セイバー「……タイガ」

大河「士郎ってば、いつかどっかに居なくなってしまいそうな気がしてしょ
うがないの。でもね、その隣にいるべきは私じゃないような気がするんだ。
私では不足なんだと思う、何故かはわからないけれど」

セイバー「私だって、凛の様な聡明さを持ち合わせていません、単に剣は…
…タイガよりは強いかもしれませんが、それだけです。私は強情で、不器用
で、人の感情の機微に疎い。シロウが何に苦しんでいるのか分からない。凛
やサクラ、タイガと並ぶ余地などないのです」

大河「大丈夫よ、それは。確かに遠坂さんには……口で勝てる気がしないし
桜ちゃんのほんわかした感じは出せないとは思うわ。でもね
士郎を変えてくれたのはあなたよ、セイバーちゃん」

セイバー「……士郎を変えた?」

大河「そう。人の事ばっか考えてて自分の事放り投げてた奴が初めて自分の
為に動いたのよ。まあ、外から見ればセイバーちゃんの為に動いてる様に見
えたかもだけど、その動機は紛れも無く士郎自身の欲求だったのよ」

セイバー「……いや、それは……そうなのかもしれないが」

大河「きっと、いやそうね、十中八九両思いよ。こんなのほっておいたら織姫と彦星に怒られちゃうよ?
『毎日会えるのに他所他所しいとは何事だー』って」

セイバー「タイガ……」

大河「勿論、セイバーちゃんが嫌ならいいのよ。私が貰って行くから」

セイバー「な――!」

大河「ふっふっふっふ……その反応は黒ですな」

セイバー「これ、さっき凛にもやられました……」

大河「あー遠坂さんなら秒速で見抜いたでしょうねー。さて、ご飯の準備できたみたいだし行こうか」

セイバー「……はい」

大河「そうだ、期限でも設けない? あの段ボールの素麺が尽きるまでに言えた方が勝ち」

セイバー「……士郎を景品みたいな言い方を」

大河「あー士郎! できたのー?」

セイバー「!」

士郎「な、なんだよ藤ねえ、急に抱き着いてきて」

大河「なんでもないよー、さ、いこ、いこ」

士郎「まったく、よくわからないな……ほらセイバーも」

セイバー「はい」

ああ、タイガと言う人は酷い人だ。
タイガの書いた短冊を盗み見る。
「素麺がいっぱいたべたい」
吊るされた四つの短冊の中で一番無邪気な願いにしか見えない。
けれど、それは分かる人――私にしか分からない挑戦状。
私にとって一番恐ろしい願い。
虎の縞模様は丁度、竹林に隠れるのに適していると言う。
この笹に隠れるこの意図は……私しか知らない。

ああ、私の見識が違っていた。
彼女はただ武にのみ優れている訳では無かった。

始終太平楽な表情を浮かべて敵の油断を誘う。


――それでも、それを私に教えてくれた。
訂正しよう。彼女は最高の教師だと。



そして、私とタイガの戦いは人知れず始まった。

これがその開戦の合図。


「いただきます」


おわり

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