― 戦場 ―
パカラッ! パカラッ!
騎士「魔族め、俺たちの国は渡さんぞ! ――はああっ!」シュバッ
ザシィッ!
魔族「ぐっ! おのれ、人間がぁっ!」ヒュオッ
ザシュッ!
馬「ヒヒィィィン!」
騎士「――大丈夫か!? このぉっ!」ズバンッ
魔族「ぐはぁっ……!」ドサッ
― 馬小屋 ―
騎士「ふぅ、今日もかろうじて魔族を撃退できたけど、攻撃は激しくなる一方だ……」
騎士「このままじゃ、お前の身が持たないな……」
馬「ブルルルルッ……」
騎士「そんなことないってか? ありがとよ」ナデナデ
馬「ブヒヒィン……」
騎士(このまま戦い続けたんじゃ、俺の愛馬はいつか確実に死んでしまう)
騎士(かといって、馬の機動力なしで魔族と戦うのは不可能だ)
騎士(愛馬を死なせたくない。かといって戦場に出さないわけにもいかない……)
騎士(この両方の願いを叶えるには、こいつに強くなってもらうのが一番だ!)
騎士「よぉし、肉体改造させてみるか!」
騎士「まずは体を鍛えよう!」
騎士「体を鍛えるというのは、すなわち体に負荷を与えるということ!」
騎士「この起伏に富んだコースを駆け回って、脚を鍛えるんだ!」
馬「ヒヒィィィン!」
パカラッ! パカラッ! パカラッ!
騎士「ようし、いいぞ! その調子だ!」
騎士「ベンチプレスに挑戦だ!」
騎士「300kg……イケるか!?」
馬「ブルルルルル……!」ググッ…
騎士「頑張れ!」
馬「ブヒヒィィィィィン!」グンッ
騎士「よし、成功だ!」
騎士「たっぷり運動した後は、このプロテイン草をいっぱい食べろ!」
馬「ヒヒィィィィン!」モッシャモッシャ
騎士「いいぞ……どんどん食べろ! どんどん食って強くなるんだ!」
馬「ヒヒィン! ヒヒィィィン!」モッシャモッシャ
馬「…………」ムキムキッ
騎士「おおお、すごいぞ!」
騎士「脚は太くなり、体も全体的に大きくなり、見違えるようだ!」
騎士「弱い魔族なら、多分お前が踏みつけるだけで倒せるぞ!」
馬「ブヒヒィィィン」
騎士「だけど、肉体を鍛えただけじゃ、魔族に勝ち続けることはできない」
騎士「魔族ってのは人間以上に見た目ってのを重視すると聞く」
騎士「つまり、強そうな外見をすれば、それだけ委縮させることができるってことだ」
馬「ヒヒィィン」
騎士「そこで――」
騎士「お前にツノをつける!」ペトッ
馬「ブヒンッ?」
騎士「象牙を削って、お前の頭に合うようカスタマイズした手作りのツノだ」
騎士「どうだ?」
馬「ヒヒィィィィイン!」ビーン
騎士「おおっ、気に入ってくれるか!」
馬「ヒヒィン! ヒヒヒィィィン!」ビーン
騎士「ハハハ、ユニコーンみたいでかっこいいぞ!」
騎士「けれどツノだけじゃ、まだ迫力が足りない」
騎士「今度は翼をつける!」
馬「ヒヒィィィン!」
騎士「ペガサスのような翼といいたいところだけど……あれじゃちょっと弱そうだから」
騎士「このデカスギコウモリの翼をくっつける!」ペトッ
馬「ヒヒィィィィン!」
馬「ヒヒィン!」ビーン
馬「ブヒヒィィィィィン!」バッサバッサ
騎士「おおおっ、立派なツノに、不気味なコウモリの翼! これはかなり強そうだ!」
騎士「さらに、全身を虎のような色に塗ってやれば――」ヌリヌリ…
馬「ヒヒィィィィィィン!」
騎士「うおおおおお、メチャクチャ強そうだ!」
騎士「お前を一目見た魔族は、きっと“トラウマ”になること間違いなしだな!」
馬「…………」シーン
騎士「ごめんなさい」
騎士「――さて、これだけやれば、見た目に関しては十分だろう!」
騎士「次は、俺とお前がより正確に意思疎通できるよう、人間の言葉を覚えてもらう!」
騎士「その方が戦いがより有利になるに決まってるからな!」
馬「ブヒヒィィィィン!」
馬「ヒヒィィン!」
騎士「ヒヒィンじゃない。これは“ニンジン”だ」
馬「ヒ、ヒィンジン」
騎士「惜しい、ヒンジンじゃない。“ニンジン”だ」
馬「ニ、ン、ジン……」
騎士「よくいえた! 偉いぞ!」ナデナデ
騎士「これはペンです!」
馬「コ、レハ、ペン、デス……」
騎士「私は馬です!」
馬「ワタシハ、ウマ……デス」
騎士「ご機嫌いかがですか?」
馬「ゴキ、ゲン……イカガ……デスカ……?」
騎士「文章を読めるようになるために、このテストを解くんだ!」
馬「ハ、イ……」カリカリ
馬「…………」
騎士「どうした? 分からない問題があるのか?」
馬「コノ“作者ノ気持チヲ答エヨ”トイウ設問ハ、ナンデスカ?」
馬「“文章ヲ書クノハ大変ダ”ト答エレバヨイノデスカ?」
騎士「なかなかいい着眼点だが、残念ながらそれじゃテストでは0点だ!」
馬「これはペンです!」
馬「私は馬です!」
馬「ご機嫌いかがですか?」
馬「――どうですか、ご主人様!」
騎士「うん、バッチリだ! 人間並みに流暢にしゃべれるようになったな!」
騎士「さて、次はどうしようかな……」
馬「ご主人様、実は私に考えがあるのですが……」
騎士「考え?」
騎士「――辺境に住むドラゴンの生き血を飲む!?」
馬「はい、そうすれば私はさらなる力を手に入れられるはずです」
騎士「ううむ、しかしなぁ……さすがに危険すぎるよ。竜は魔族より強いとも聞くし……」
馬「ですが、危険を恐れては力は手に入りません!」
馬「竜の巣に入らなければ竜の卵は手に入らん、というでしょう?」
騎士「お前、いつの間にそんなことわざまで覚えたんだ……やるじゃん」
騎士「分かった、やろう!」
― 竜の山 ―
ドラゴン「ほう、我の生き血を飲みたいがために、我に挑戦したいと?」
ドラゴン「面白い、かかってくるがよい」
騎士「いくぞ!」
馬「はい!」
ドカラッ! ドカラッ!
ドラゴン「我が爪で引き裂いてくれる!」
ブオンッ!
ドラゴン「当たった! ――いや、当たってない!?」
馬「残像です」バババッ
騎士「ナイスフットワーク! 上に乗ってる俺は吐きそうだ!」ウップ
ドラゴン「ならば、この炎のブレスは避けられるか!?」
ゴォワァァァァァッ!
馬「なんの! 地面を踏みつけ隆起させ、岩の壁とすることで防ぐ!」
ズンッ!
ドラゴン「ええええええええええ!?」
騎士「すげえええええええええ!」
馬「鍛え抜かれた脚にて、ペガサスのように跳躍!」バッ
馬「今だ、ご主人様!」
騎士「うおおおおおおおおっ!」ブンッ
ガキンッ!
騎士「ダメだっ! 竜のウロコには刃が通らない!」
ドラゴン「フハハハッ、我の鉄より硬いウロコに傷をつけることは不可能よ!」
騎士「くっそぉ~……これじゃ生き血が手に入らないぞ」
馬「こうなったら作戦を変えましょう」
騎士「どういう風に?」
馬「…………」ゴニョゴニョ
騎士「――押してダメなら、ってことか! やってみよう!」
ドラゴン「どうした、かかってこい!」
騎士「すみません、生き血は諦めます」
ドラゴン「え? なんで急に……」
騎士「だって冷静に考えたら、竜の生き血ってどう考えてもマズそうですもん」クスクス
馬「肉ばかり食べてそうだから、きっとものすごく生臭いでしょうしね」ヒヒヒン
ドラゴン「な、なんだと!?」
ドラゴン「飲みもしないうちから、なんでそんなこというんだ! 失礼だろ!」
騎士「じゃあ、飲ませてくれるんですか?」
ドラゴン「おお、飲ませてやるともさ!」
馬「だけど、そのウロコにどうやって傷をつけるんです?」
ドラゴン「こんなこともあろうかと、前もって試飲用の生き血を用意してある!」サッ
騎士(ペットボトルに入れてんじゃねーよ)
馬「いただきます」グイッ
馬「…………」ゴクッ
馬「オエッ! マズッ!!!」
ドラゴン「!」ガーン
騎士「まぁ、常識的に考えて血液がおいしいわけないし……ドンマイ」
馬「だけど……マズかった分、力が湧き上がってくる!」ゴゴゴ…
馬「うおおお……」メキメキィッ
馬「むおおおおおおおおおお……」ムキムキィッ
騎士「おおお、すごい迫力だ! 俺の愛馬に竜のパワーが加わった!」
騎士「竜の血を飲んだことで、ツノと翼も体と一体化したようだ!」
ドラゴン「うむむ、もしかしたら我の強さをも超えたかもしれん」
騎士「竜よ、ありがとう! さらば!」グイッ
馬「ヒヒィィィィィン!」
ドカラッ! ドカラッ! ドカラッ!
ドラゴン(そんなにマズイのかな……飲んでみるか)ゴクッ
ドラゴン「オエッ! マズッ!!!」
― 魔界 ―
騎士「いよいよ最終試練だ……」
騎士「本当に行くのか? やめてもいいんだぞ? というか、やめた方が……」
馬「いえ、やります! ここで一ヶ月生き延びられたなら、私は完成するはずなのです!」
騎士「分かった……死ぬなよ! 必ず戻ってこい!」
馬「もちろんです、ご主人様!」
……
……
……
一ヶ月後――
馬「やりましたよ、ご主人様!」ドカラッ
騎士「おお、戻ってきたか!」
騎士「体はさらに大きくなり、闇の瘴気をまとって、また一段と強そうになったな!」
馬「ええ、有力な魔族を全員屈服させて、ついに私が魔界の王となったのですよ!」
騎士「へぇ、そりゃすごい――」ハッ
馬「さぁ、またいつものように私の背中にお乗り下さい!」
騎士「…………」
騎士「……ダメだ」
馬「な、なぜです!? 私はこの日を夢見て、魔界で戦い抜いたのですよ!?」
騎士「お前は魔王になったんだろう? なら、人間と仲良くするわけにはいかないだろう」
馬「!」ハッ
騎士「人間の中で特に偉いわけでもない俺を乗せたりしたら、反乱が起きるぞ」
騎士「“人間をやすやすと上に乗せるような王にはついていけない”ってな」
馬「それがどうしたってんいうんです!? 反乱が起きたってかまわな――」
騎士「バカヤロウ!!!」バキッ
騎士「反乱が起きたら、魔界はどうなる? お前を心から慕ってる部下はどうなる!?」
騎士「秩序は失われ、お前の部下は次々戦死することだろう。それでもいいのか!?」
馬「うぐっ!」ギクッ
騎士「お前は優しい馬だ。そうなることは望んでないはずだ」
騎士「……それでいいんだ」
騎士「これからはお前が魔王として、魔界を守っていくんだ」
馬「分かりました……ご主人様」
騎士「…………」
馬「…………」
馬「だけど、最後に……もう一度だけ……」
馬「ちょっとだけでいいから、もう一度ご主人様を乗せたい……ダメですか?」
騎士「もちろんいいとも!」
パカラッ! パカラッ! パカラッ!
騎士「ひゃあ~、速い! 以前とは比べ物にならないスピードだ! 体がちぎれそうだ!」
馬「ペースを落としますか?」
騎士「いや、このままでいい! ヒャッホウ!」
パカラッ! パカラッ! パカラッ!
騎士「お前のことは、仔馬の頃からよく知ってるけど……」
騎士「いやー……お前……ホントにでっかくなったなー……」ポンポン
馬「ご主人様の……おかげです……」
騎士「いやいや、俺は何もしてないよ。お前が自分で強くなったんだ」
馬「そんなことありません。ご主人様がいたからこそ、私は頑張れたのです」
騎士「あ~、楽しかった!」
馬「私も最後にご主人様を乗せることができて、嬉しかったです」
騎士「……じゃあな、相棒。魔界で達者に暮らせよ!」
馬「ご主人様こそ、騎士団でもっと出世して下さいよ! 私のように!」
騎士「お、こいつ、いうようになったな!」
馬「ハッハッハッハッハ……」
騎士「ハッハッハッハッハ……」
……
…………
………………
騎士仲間「いやー、今日も平和だ」
騎士仲間「新しく魔界のリーダーになった奴が、人間との共存に方針転換したらしくて」
騎士仲間「すっかり平和になっちまったなー」
騎士「……そうだな」
騎士(この平和があるのは、お前のおかげだ……)
騎士(新しい魔王としてしっかりやれよ、俺の愛馬……!)
騎士(もし人と魔族が本当に仲良くなったら……また一緒に走ろうぜ!)
~おわり~
完結となります
ありがとうございました
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