贖罪の物語 -見滝原に漂う業だらけ- (797)


 お前たちは恥ずかしくないのか
 自らの希望の代価を、たった一人の少女に押し付けて後ろめたくないのか


 円環の理は、神じゃない


 人間だ


 お前たちの何も変わらぬ、ただの普通の女の子だ


 なぜ、自分たちが罪深い存在だと気付こうとしないのか
 なぜ、自分たちの業と向き合おうとしないのか


 無責任な自己満足の円環を巡り続けることをやめないならば
 全ての魔法少女に教えてやろう


 希望も絶望も、愛の前では塵芥だと



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 第1話 「賢いあなたは大好きよ」







 ギロチンで切り落とされたような、綺麗に割れた半月の夜だった。
 妄想の帳と真実の世界の狭間の丘。
 ここに相対するは、1人の悪魔と4人の魔法少女。


さやか「残念だよね、ほむら。私たち、もしかしたら友達になれるかもしれなかったのに」

ほむら「ええ本当に残念。こんなところ、あの子が見たらどれだけ悲しむのかしら」

 さやかの他の3人の表情も、堅く、暗い。
 4人の円環の使徒達は、この悪魔を磔刑にせんとしている事は明らかだった。

ほむら「でもこの仕打ちはあんまりじゃないかしら。
     あなたと友達になったつもりは無いけれど、それでもあなた達・・・。
     特に杏子には随分割りのいい世界を用意したはずなのだけれど。
     なんで私たちが殺し合わなきゃいけないのか聞かせてもらってもいい?」

さやか「・・・一ヶ月くらい前から、見滝原に全く魔獣が沸かなくなった」

ほむら「いいことじゃない。いえ、あなたたちにとっては悪いことなのかしら」

さやか「魔獣の役目は、私たち魔法少女がいずれ振りまく呪いを肩代わりすること」

ほむら「そうね、魔法少女とはなんとも業が深い存在ね」

さやか「希望と絶望は差し引きゼロ、この法則はそう簡単に崩せるものじゃない。
     そうじゃなきゃ、希望と絶望のどっちかが際限なく増え続けて、世界が溢れ返っちゃう。
     魔獣が沸かないってことは・・・別の形で呪いが現れるということ・・・」

ほむら「小狡い魔法少女が魔獣を独占しているだけじゃない? 何もかも悪魔のせいにするのは人間の悪い癖よ。
     こんなことしている暇があったら帰って受験勉強でもしたら?」

さやか「それともう1つ、私たちのソウルジェムが全然濁らなくなった。
     気分が沈んだときに光が少なくなることはあるけど、気分が上向きになれば自然と回復する」

ほむら「・・・」

さやか「魔獣が沸かず、魔獣を狩るために戦う必要もない。まるで魔法少女の役目を奪っているような現象よね」


 4人の魔法少女はすでに真相にかなり近いところまで辿りついていた。


さやか「正直に答えてよ、ほむら。あんたの目的は・・・」




さやか「まどかを解任(リコール)することだろ」




 最も、残念ながら、辿り着いた真相は『半分だけ』だったが。



ほむら「だったら?」

さやか「だったら、って・・・!」

ほむら「魔法少女は祈りによって生まれ、希望を抱いて戦い、やがて力尽きて円環の理に導かれる。
    美しいサイクルよね。美しくて、素晴らしくて、とても残酷だわ」

ほむら「例えばあなたは魔法少女から人間に戻りたいと思ったことは無い?
    『もっと別のことを願っておけばよかった』『普通の女の子みたいに生きたかった』
    『もう戦うのなんて嫌だ』『円環の理に導かれて消滅するのなんて嫌だ』」

さやか「・・・っ!」

ほむら「一人の女の子として、そう後悔したことが無いとは言わせない」



杏子「つまり何か? あんたはあたし達を魔法少女から人間に戻してくれるってか?」


 一人の赤い魔法少女、杏子が悪魔へ向けて槍を振りかざす。


ほむら「そうよ」


 悪魔は物語の大前提の破戒を、あっさり肯定した。
 杏子以外の魔法少女の体が僅かに跳ねる。
 それはまさに悪魔の囁きだった。



ほむら「もちろんそれ相応の犠牲が必要だし、それが出来るのかどうかはあなた達次第だけれど」

杏子「あー、そうかい。素敵なアイディアだね、ついでにその犠牲はアンタがなってくれよ」

ほむら「もちろん、然るべき時が来たらちゃんと私が贄になるわ」

杏子「・・・それはいつだ?」

ほむら「魔法少女が全滅して、円環の理が必要なくなった日」

杏子「もういいや、それ以上アンタの話は聞きたくねぇ」


 一呼吸を置き、金色の魔法少女が悪魔へ騎兵銃を向ける。
 先ほどの言葉で生じた僅かな動揺は、すでに消え去っていた。


マミ「暁美さん、悪いけれど。今、私の胸にあるのは後悔じゃなくて誇りよ」

マミ「みんなを守る為に、みんなの希望の為に、ずっと戦ってきた魔法少女としての誇り。
    戦いの中にあるのは希望だけではないでしょうけど、魔法少女がみんな後悔ばかりしているわけでもない。
    多くの魔法少女が積み重ねてきたその誇りを踏みにじることは許せないわ。先輩として」

ほむら「それは強がりではないの?」

マミ「ええ、強がりよ。でも強がりでも、強情でも。あなたがやろうとしていることを認めるわけにはいかない。
    さもないと、たくさんの魔法少女の祈りや希望が、全て曖昧になってしまうから」



 悪魔は今までずっと黙っていた魔法少女に目を向ける。
 最後の魔法少女は、その闇よりも深い視線に怯えながらも、それでも震える我が身を奮い立たせる。


なぎさ「なぎさは・・・ほむらに感謝しています。
     なぎさは魔法少女になってからも、あんまりいい思い出はありませんでした。
     ほむらは、そんななぎさにもう一度身体をくれました。
     いっぱいいっぱい感謝しています・・・」

なぎさ「でも・・・それでも。なぎさはマミと一緒がいい。
     ほむらの世界にマミがいないなら・・・やっぱりなぎさはほむらと戦います」

ほむら「そう、じゃあやっぱり私達は分かり合えないわね」


 悪魔はふと顔を上げ、自嘲的に笑う。
 その瞳は夜の天蓋の上の、天の川銀河の更に上の、宇宙の最果てを見つめていた。


さやか「そーいうこった! あたし達は戦うよ、ほむら!」


 さやかが悪魔に剣を向ける。
 その目にはすでに迷いも恐れもない。
 迷いの無いこの魔法少女は、強い。それは悪魔が身をもって知っていた。


さやか「でもまー、知り合い以上友達未満のあんただし! 四対一でボコボコにするのは流石に気が咎めちゃうよ!
     今から降参するなら平和的に話し合いで解決してあげなくもないけど?」

ほむら「四対一・・・。いいえ、四対四よ」

さやか「は・・・?」

ほむら「あなた達は気づいていないようだけれど――」

なぎさ「!! みんな、すぐに離れてください!」


 黒い3つの影が急襲してきた。


ほむら「悪魔はあと3人いる」



 一瞬の後には戦いが始まっていた。
 お互いに魔法を撒き散らしながらドッグファイトを繰り広げるそれは、戦いというより戦争だったが。


マミ「ぐっ・・・!」


 速い、どころじゃない。
 空中戦ではおおよそ負け知らずのマミに対して、摩天楼の突き出る空中で互角以上に張り合うそれは前代未聞だった。
 リボンも銃弾も、この悪魔の見えない何かで全て撃ち落される。


マミ(飛んでいる訳じゃない、私と同じタイプの魔法で空中を飛び回っている!)


 力も技術も相手が上手。
 ならば。


???「!!」


 経験と狡猾さで出し抜いてやればいい。


マミ「すごい魔法だけれど・・・、経験の差が出たわね。あなた、真面目に戦ったことないでしょう?」


 蜘蛛の巣状の罠が悪魔を捕らえた。
 舞踏のように華麗な戦いで目を引き、仕組まれた罠で雁字搦めに縛り上げる。
 マミの十八番だった。


マミ「聞きたいことはたくさんあるけど・・・、とりあえず――」

???「帳(トバリ)」

マミ「!」


 気づいたら世界が一瞬でネブラ・ディスクのような異界へ染め上げられていた。

 気づいたら背後から刺されていた。

 気づいたら身体の自由が支配されていた。

 気づいたら自分のこめかみを銃で撃ち抜いていた。


???「残念だったな。私が魔法少女のままだったら、お前に躊躇無く引き金を引ける残酷さがあったなら」


  薄れいく意識の中で、残酷な布告が聞こえていた。


???「勝っていたのはお前だったのに」


 杏子は焦っていた。

 杏子が立つのは黒い雨の降るゴルゴダの丘。

 黒い雨はインクのように滴り、粘つき、全てを黒に染め上げる。



杏子(間違いねー、これは幻覚系の魔法だ・・・。だけど!)



 魔法の正体は看破している。

 相手も明らかに魔法少女とは異質の魔力、ともすればそれは魔獣のそれに近い性質を感じるが。

 それでも、決して格上の相手じゃない。

 けれど・・・。



杏子(どんな祈りで契約すればこんな魔法が使えるようになるんだよ!!)



 黒い雨の正体は、他人に依存し、他人を堕落させ、他人を自分と同じ絶望へと引き摺り下ろす、

 「誰かを不幸にしたい」という呪いの感情そのものだった。

 言うまでもなく、魔法少女にとっては猛毒だ。

 ソウルジェムに直撃すれば、一瞬で円環行きである。



杏子(落ち着け、この手の魔法にはコツがある。使い手が魔法少女じゃなくてもそれは変わらないはず。

    幻覚や催眠は・・・相手を観察し続けていなければ使えない)


杏子(そして、そういう奴ほどわかりやすい形で対象の近くに現れたがる。

    ちょっと気づけば手が届くようなところで、相手が破滅するのを観察したいんだ)


杏子「そこだろ!」



 紅い炎を纏った槍が放たれる。

 丘のてっぺんにある『誰も吊るされていない十字架』。

 いるとしたらここだ。

 私だったらここで相手を観察する。



『杏、子・・・』


杏子「!?」



 十字架には杏子の父親が磔にされていた。

 杏子を魔女と謗りながらも、まっすぐに向き合い、やがて自分を受け入れてくれた父親が。

 魂を捧げてなお、幸せであって欲しいと願う、愛するものが。

 両手に杭を打たれて、血を流しながら十字架に吊るされていた。




杏子「っ!!」



 ダメだ、間に合わない。

 燃え盛る槍は父親を貫いた・・・かに思えたが。

 槍が貫いたのは誰も吊るされていない十字架だった。

 杏子は幻とはいえ、自分の父親を手に掛けずに済んだ。



???「あっは、この手に限るねぇ」


杏子「・・・」



 背後から何かに抱きつかれた。

 温もりなどからは程遠い、沼のぬかるみのように生温かい抱擁だった。

 杏子は不敵に笑う。

 こんな禁じ手を堂々と使われたら、笑うしかなかった。



杏子「アンタ、悪魔か何かだろ・・・」


???「うんっ!」



 なぎさは動けなかった。

 相手は逆さまでコウモリのように宙吊りに立っている。

 なぎさはただ見下ろされているだけなのに、体が地面に縛り付けられているかのように動けなかった。



???「そーそー。弱っちくて、ありきたりで、取るに足らなくて。

     女神のかばん持ちぐらいにしか役に立てないなぎさちゃんは。

     そーやって無様に這い蹲ってるのがお似合いだよ」


なぎさ「な、なぎさは・・・!」


???「まぁ見てなよ、これからスゴいことが見滝原に起こるからさ。

    もしかしたらもう一回世界が変わるところに立ち会えるかもよ?

    十把一把のエキストラ魔法少女には破格の待遇だね、ゲラゲラゲラ」



 なぎさは月光に映し出された悪魔の顔を見て息を呑んでしまった。

 とても綺麗な顔だった。

 夜道に佇むピエロのように、心の底を恐怖で凍りつかせるような笑顔が張り付いていなければ。


ほむら「私だって新しいお友達くらい作れるわ」


さやか「・・・っ」



 悪魔はさやかの首を締め上げる。

 魔法少女はソウルジェムを砕かれない限り無敵、本来なら窒息など問題にならない・・・はずなのだが。

 悪魔の束縛はどうやらさやかのソウルジェムの機能すら拘束しているようだ。



さやか「大したお友達だね・・・、世界をめちゃめちゃにする悪魔を増やして何がしたいんだよアンタ・・・!」


ほむら「悪魔はどうしても必要なのよ。まどかだけではなく、あなた達魔法少女全ての為に」


ほむら「あなた達魔法少女の未来の為に、私たちが犠牲にならなきゃいけないの。
     今はきっと戸惑うし、敵意だって抱くでしょうけど、いずれ感謝以外の全てを忘れる」



 さやかは必死に考えを巡らせた。

 この悪魔の考えを理解する為に。



 ほむらの目的はいったいなんだ?

 こいつのことだ、まどか以外にありえないだろう。

 じゃあどうやってまどかを手に入れる気だ?

 相応の犠牲、魔法少女の全滅、悪魔、人間に戻れるかどうかは私たち次第、悪魔が必要・・・。



 円環の理の解任。



 おいおい、嘘だろ、まさか。



さやか「アンタ・・・、まさか・・・」


ほむら「察したようね、賢いあなたは大好きよ」


さやか「正気かよ! そんなのまどかが一番望んでなかった結末じゃんか!」


ほむら「いいえ、あなたこそまどかを何だと思っているのかしら。

     まどかは神になることに何の迷いもなかったと?

     まどかは全ての魔法少女を救済する為に生まれた人間だったと?」


さやか「・・・っ」


ほむら「この星の魔法少女を全滅させ、円環の理を役目から解放した時、私はまどかに自分の魂を捧げる。

     私の魂を糧にして、まどかは普通の女の子として未来を歩む。

     そうした時、初めて私は交わした約束を果たすことができるの・・・」



 おぞましい表情だった。

 恍惚としていて、鬱屈としていて、愛に満ちた。

 おぞましい表情だった。



さやか「滅茶苦茶だ! あんたが言ってるのは全部、自分一人の考えじゃんか!!

     どこまで自分勝手なんだよ! あんたがやってることは魔女と同じだ!!」

ほむら「魔女? そんなのと一緒にしないでくれる?」



ほむら「私たちは『悪魔』、絶望よりも魔なる者たちよ」



 黒い手が、さやかのソウルジェムを握り締めた。



 西暦某年、某月某日某時。


 インキュベーターは、初めて別の存在と対等な立場での対話に応じた。

 惜しむらくはその相手が、『元』人間だということだが。



QB「素晴らしいよ、ほむら。ソウルジェムを形成した魔法少女の魂を、再び人間の肉体に戻せるなんて。
   この実験がもっと早くに成功していれば、僕たちと人類の関係はもっと有意義なものになっていただろう」



 インキュベーターは諸手を挙げて賛美する。

 ともすれば幾星霜にも渡って積み上げてきた努力と奉仕の成果を一蹴するようなその偉大なる一歩を。

 神の如く傲慢な悪魔の所業を。

 盲目的に、妄信的に賛美する。



ほむら「使ったダークオーブはあくまで試供品(レプリカ)、効果は一時的でしょう」


ほむら「でも、私にはその一時で十分。これでまどかの正体を知るものは、私以外存在しなくなった」



 鬱屈した視線を、白い奉仕種族へと移す。

 幾万対もの紅い瞳が、一斉に悪魔に跪いた。



ほむら「あなた達こそ、約束をちゃんと守る気はあるの?」


QB「もちろんだよ。元より僕たちに逆らうことなどできないけれどね」


QB「君のダークオーブが生み出すエネルギーの総量は、僕たちのエネルギーの回収ノルマを遥かに上回るものだ。

   それが回収できれば、僕たちは人類に干渉する理由がない。
   君の良きに計らうよ。多分太陽系が存在している間は、会うこともなくなるんじゃないかな」


ほむら「そう・・・。でも念のためもう少し入念に話し合いましょう。

    あなた達がこの星を放棄した瞬間、人類は退廃の道へ突き進んだ・・・なんてことになったら堪らないわ」


QB「本当に、残念だなぁ・・・」



 一匹のインキュベーターが、悪魔との直接の対話を許される代表者たる個体が。

 名残惜しそうな声でこう訴えた。



QB「希望も絶望を超越した真なる魔法少女システムが、完成と同時にお役御免だなんてね。実にもったいないよ」


叛逆の悪魔、ほむら

呪いの性質:傲慢


永遠のイドに閉じ込められて、外の世界を忘れてしまった哀れなカエル。

自分の頭の中にある愛以外何も見えない、何も見ようとしない。

外の世界は『真実の愛』で満ちていると信じて疑わない。

溜まった涙の水圧で、出口の無い迷路がついに決壊する。

今日はここまでです
続きは今週末にでも
SS速報は久しぶりなので、改行とかは色々手探りな部分があります
どれが一番いいですかね?





 第2話 「私の生きる意味を知りたい」




Side 風見野市



 風見野魔法少女協同組合。

 通称・風魔協。



 純白の魔法少女・美国織莉子が設立した、風見野の周辺に在住している魔法少女の互助組織である。

 魔法少女同士が助け合うというのは、共食いの必要のない円環の理の庇護下にある世界では由緒ある制度であり、

 似たような制度の組織は世界中に点在している。



 風魔協、総務室。



 廃校になった小学校を改装して作られた公民館が、世界を裏から守る魔法少女たちの事務所だった。

 風魔協の表向きの顔は学生ボランティアのコミュニティで、『魔法少女』という単語の入っていない名義で公民館が借りられている。



 現在は会計処理が一段落付いたところである。

 魔法少女であろうと無かろうと、女学生の財布事情は常に厳しいのだ。



織莉子「ええ、それじゃあ今日はこの辺で終わりにしましょう。後はお願いしますね」


アサギ「はーい」


織莉子「・・・そういえばアサギさん、簿記の試験勉強をしているって本当?」



 アサギと呼ばれた魔法少女は慌てて「いや、その・・・」などと誤魔化しの言葉を探したが。

 嘘がつけない自分の性格を思い出し、やれやれと肩を竦めて観念した。



アサギ「やっぱり織莉子さんには筒抜けかぁー・・・。

     あの、えーっと、そう・・・ですね。私こういうの得意みたいですから、長所を伸ばそうかなって。
     多分、こんな資格を使う前に円環の理に迎えられちゃうと思いますけどね」



 一応補足しておくと、『将来の話』をすることは、どの魔法少女にとって気恥ずかしいものなのである。

 『大人になったときのこと』は、魔法少女にとっては叶うかどうかわからない夢のようなものなのだから。



織莉子「そうかもしれないわね」


アサギ「そこは否定して欲しかったなー・・・」




 ガックリと肩を落とすアサギに、織莉子は優しく微笑んでアサギの手に自分の掌を重ねた。



織莉子「でも、きっと大丈夫。大切なのは前に進み続ける意思なの。

    あなたがそうやって未来を想って生きている限り、決してあなたは絶望したりしない」


アサギ「はー・・・、なんか織莉子さんの言うことは尊いですねぇ。私と同年代の少女っぽくないって言うか・・・」



 アサギはなんとも言えないような表情で、頭をかく。



織莉子「あら、この答えじゃ不満だったかしら?」


アサギ「いえいえ、大満足ですよ。力の続く限りやってみます。ありがとう織莉子さん」


織莉子「ええ、がんばってね」



 ひらひらと手を振って織莉子を見送った後に、アサギは帳簿を最終チェックする。

 抜けひとつ無い完璧な会計だ。

 魔法少女でさえなかったのなら、彼女は将来きっと・・・。



 織莉子の帰宅を待ち伏せするように、ガードレールにもたれ掛かっている少女がいた。

 彼女の名は浅古小巻、風魔協に所属する魔法少女である。

 長身の美少女なのだが、カリスマすら感じる美少女である織莉子と並ぶとどうしても霞んでしまう。

 あと表情が常にぶっきらぼうなのもマイナスだった。



小巻「ふーん・・・。上手くやっているようね、『会長さん』。

   やっぱり人の上に立つのは慣れっこなのかしら?」


織莉子「あら、小巻さん。わざわざ待っていてくれたの?」


小巻「バ、バッカ! 違うわよ! 汚職議員の娘と会計を二人きりになんてしておいたら、何をするかわかったもんじゃないでしょ!!」


織莉子「・・・」


小巻「あっ・・・」



 小巻は「しまった」という顔で固まる。

 彼女は基本的に善人なのだが、つっけどんな態度でしか他人と接することができない。

 だから今回のように、意図せず相手の地雷を踏んでしまうこともしばしばだった。



織莉子「小巻さん」


小巻「な、なに・・・?」



 織莉子は瞳を閉じて、胸に手を当てる。

 今の自分には、皮肉や当て付けを返してやりたいという気持ちはない。

 ただただ穏やかな気持ちだった。小巻が愛おしくすら思えた。

 尊敬する父親を侮辱されても、こんな風に落ち着いていられる日が来るなんて思っていなかった。



織莉子「頭使ったら甘いものが食べたくなっちゃった。一緒にケーキ屋さんに寄ってくれない?」


小巻「し、仕方ないわね・・・! 最近頑張ってるようだし今日は私が奢ってあげる!」



 小巻はバツが悪そうで、しかしどこか安堵したような様子だった。



織莉子「ありがとう」



 織莉子は屈託のない表情で微笑む。

 そこにはかつて独りよがりな正義を振りかざし、

 鹿目まどか暗殺を目論んだ『世界の守護者』としての刺々しさはなかった。




 「私の生きる意味を知りたい」




 自分の価値を見失った少女の願いは、この世界でも変わらなかった。

 インキュベーター達から魔法少女の真実について事細かに説明されてなお、彼女は契約した。

 しかしこの世界の彼女のもたらした奇跡では、『世界の終焉』を見ることはなく。

 『自分の父親の人生が狂った原因は魔獣の手によるもの』と知るだけに留まった。

 だから彼女はこの世界では、今日まで暁美ほむらと敵対することはなかった。

 
 そして数多の平行世界では、織莉子の独りよがりな正義を盲目的に肯定してくれる呉キリカという従者に恵まれていたが。

 生憎、円環の理によって改編された後の世界では、キリカはインキュベーターとの契約に二の足を踏み続けていた。

 ゆえに、この世界の織莉子は閉塞的で共依存的な人間関係を築くことはなかった。




 美国邸、客間。



 「美味しい茶葉が送られてきた」ということで、織莉子は小巻を招いてお茶会を開いていた。

 数週間前までは、廃墟と見間違うほどに酷く荒廃していたこの屋敷だったが。

 織莉子の精神的な快復と比例するように改修され、今や財界人でも住んでいるかのような整然っぷりである。


 織莉子はコトリ、と紅茶を置く。

 その動きはとても様になっていて、令嬢の面影を感じるには十分だ。

 反面、現在進行形でお嬢様であるはずの小巻の飲み方は、ギクシャクとしていて酷いものである。

『お茶』と聞いたら、真っ先にペットボトルに入ったものを想起するような食生活を送っているのだろう。



織莉子「さて、本題に入ってもいいかしら」


小巻「本題・・・?」



 織莉子の瞳が鋭くなる。

 その瞳の奥には、確固たる意思と謀略の灯がちらついていた。



織莉子「数日前、見滝原に住んでいる数名の魔法少女と同時に連絡が付かなくなった。

     私の魔法で軽く探査してみたけれど、見滝原で活動する魔法少女は・・・一人も見つけることができなかった」



 しかし運命とはなんと逃れがたきものか。

 何れの世界においても、美国織莉子はすべからく『暗躍する』という星の下に生きているようだ。



小巻「連絡が付かなくなったって・・・」


織莉子「複数の魔法少女が連鎖的に円環の理に導かれたとは考え難い。

     あり得る可能性は『強力な魔獣との戦いで全員討ち死にした』か、あるいは」


織莉子「『暗殺された』」


小巻「あ、暗殺・・・!?」



 小巻の顔から血の気が引く。

 小巻が魔法少女になった頃には既に風魔協の前身が発足していたゆえに、小巻は『魔法少女同士の縄張り争い』を経験したことがなかった。



織莉子「グリーフシードの独占を狙った犯行、魔法少女に恨みを持つ者の私怨。動機ならいくらでも考えられるわ」


小巻「冗談でしょ!? いくら相手が魔法少女だからって人殺しだなんて・・・!!」


織莉子「あくまで私の推理を述べただけよ、詳しいことは何もわかってないの」


 最も、織莉子の推理は、『利己的な魔法少女による犯行』の線でほぼ固まっていた。

 織莉子はそういうことを平気でやるような魔法少女を既に一人知っていたからだ。



 カルテルによるグリーフシードの利権調整や、カーストの発生を嫌って、

 あえて『組織』ではなく『徒党』であることを選ぶ魔法少女もそれなりに存在する。

 見滝原の魔法少女たちがそれだ。

 組織の一員として生きるのも大変だが、明確なルールを持たないまま集団で行動し続けるのはもっと大変だ。

 だが見滝原の魔法少女たちはそんな大変さを平然と切り抜けていて、悔しいが結束の強さと個々の実力は風魔協のそれよりも遥かに上だ。

 だからこそ彼女たちが魔獣と正面から戦って同時に討ち死にするなど、想像ができなかった。



織莉子「暗殺者であるにせよ、大物の魔獣であるにせよ。

     いずれにしてもこのまま野放しにしておくわけにはいかない。

     私たちの町を守る為にも、見滝原で何が起こっているのかを調査する必要がある」


小巻「そ、それを私に話すってことは・・・」


織莉子「ええ、少数精鋭が望ましいの。ちょうど春休みだし協力してくれたら嬉しいわ」



 織莉子はにっこりと微笑む。

 話の中で暗殺の可能性を強調したのは、織莉子流のゆさぶりだった。

 織莉子は小巻の性格をよく把握していたからだ。

 小巻は、『臆病』で『凡庸』で『高慢ちき』で・・・『正義感がある』。

 こういう言い方をすれば、彼女は断ることなどできないと知っていた上での挑発だった。



小巻「・・・」


織莉子「それと、協力するにしてもしないにしても。

     このことは誰にも言わないで、あなたの胸にだけ秘めていて欲しいの。

     相手が何をするのかわからない以上、下手に騒ぎ立てて刺激するのが一番危険だと思うから」



 これもまた小巻への挑発である。

 『もしあなたが断ったら、私は単身で見滝原の調査へ行くぞ』、という自分を人質にした脅迫だ。



 ここで断ったとしたら、小巻はずっと後ろ髪を引かれる思いで毎日を過ごすことになるだろう。

 小巻がそういう後ろめたさに耐えられないことを、織莉子はよく知っていた。



 しかし長い付き合いで相手の腹の内がわかるようになるのは、小巻も同じだった。



小巻「美国さん・・・、あなたって本当に腹立たしいわね!」



 織莉子の計略を全て見切ることはできなくとも、何かネチネチと計算しながら交渉をしていることは、なんとなく伝わっていた。



織莉子「・・・やっぱり少し卑怯な言い方だったかしら?」


小巻「そうやって見えないところで人の心を操ろうとしているところもそうだけれど!

    アンタが何を考えているのかさっぱりわからないのが気に食わないのよ!」


織莉子「・・・」



 織莉子は少しだけ自分の傲慢さを恥じた。

 完璧に悪意を隠して『誠実で単純な人間』を演じることなど、自分にはできないのだと痛感した。

 人が人を騙し切るということは、言うほど簡単ではないのだ。



小巻「まぁーでも・・・。一応反対はしてみたけれど。

    アンタのことだから、考えなしだとか悪意に身を任せた行動だとかじゃないでしょうし」



 小巻は椅子に座り直して、織莉子の目をまっすぐに見た。

 濁りのない、心から相手を信頼している瞳だった。



小巻「だから素直に『助けてください、お願いします』って言うなら、私はそれを信じてあげる」


織莉子「・・・」



 織莉子はもう1つ大切な教訓を得た。

 人が人を動かす時、相手の心を支配する必要などないのだと。

 改編前の世界にて、織莉子がこの結論を既に知っていたのなら、鹿目まどか暗殺も違ったものになっていたのかもしれない。



織莉子「私一人では、とても不安なんです。

     私は賢いけれど、私自身は・・・とても弱い。生きて帰れる気がしないの。

     だから・・・助けてください、お願いします」



 小巻はニヤッと笑って、満足そうにうなずいた。



小巻「いいわよ、頼まれてやるわ」



 Side あすなろ市



 希望に始まり絶望に終わる、決して救われることのない泥沼の螺旋。

 遥か彼方からやって来た異星人によって、人類にもたらされた魔法少女という永遠の呪い。

 円環の理によって改編される前の『魔女』という概念のあった世界は、魔法少女にとってさながら餓鬼道のような凄惨な世界だった。



 絶望の未来を覆し、見事に世界を改編し得たのは、他ならぬ鹿目まどかただ一人だけだが。

 魔法少女システムを否定し、この負の連鎖を断ち切ろうとしていた魔法少女の前例は無いわけではなかった。



 『魔法少女殺しのプレイアデス』


 『妄執のカルト教団プレイアデス』


 『禁忌の墓暴きプレイアデス』



 牧カオルはその意味不明な単語の羅列に首を傾げるだけだった。

 いや、魔法少女殺しやらカルト教団やらが不吉な響きを持っているのはなんとなくわかるのだが。

 『プレイアデス』という言葉が何を示しているのかは、皆目見当がつかなかった。


 郊外都市であるあすなろ市を守っている魔法少女は、

 牧カオル、御崎海香、神那ニコ、和沙ミチルの4人だ。



 他にも魔法少女の候補は3人いたのだが、

 古株の魔法少女である和沙ミチルの必死の説得により、なんとか契約を踏みとどまった。



 あすなろ市は元々魔獣も魔法少女も少ない町だったから、幸いなことにこの4人は明確な上下関係も殺伐とした適者生存も経験せずになんとかやっている。



 一ヶ月ほど前から、この魔法少女の一団は聖カンナという魔法少女を追っていた。

 カンナは人々を守る希望の象徴であるはずの魔法少女としてはあるまじきことに、

 『人工の魔獣』をばら撒いてこの町を滅ぼす計画を企てていた。



 4人の魔法少女の決死の捜査により、彼女たちはついにその黒幕たるカンナを追い詰めた。



 カンナは狡猾で反則的な魔法を持っていたが、

 四対一というほとんど包囲網のような戦いの中で徐々にソウルジェムを濁らせていき、ついに絶体絶命のところにまで追い込まれた。


 『プレイアデス』は、そんな状況でカンナが末期の呪詛めいた様子で発した言葉だった。

 カオル、ニコ、海香の3人は何が何やらわからないという様子だったが、

 ミチルだけはその言葉を聞いた瞬間に急変した。



 ミチルは何かがフラッシュバックしたように胸を押さえて、過呼吸を起こした。

 ガチガチと歯を鳴らせて震え始めた。



 リーダー格であるミチルの急な変化に一同の集中力が乱れた、その一瞬の隙を突かれた。

 いきなり世界がどんでん返しのようにひっくり返った。

 比喩ではなく、強力な魔法結界によって空と地面の上下が逆さまになったのだ。



???「きゃははははははははははっ! この子は貰っていくよーーー!!

     じゃーね、欠番だらけのプレイアデス!! 地獄ではちゃんと8人一緒になれるといいねぇ!!」



 いきなり現れた青い魔法少女が、事件の黒幕を連れて消えてしまった。

 嵐の過ぎ去った後のように、世界は再び元の姿に戻る。

 すぐにでも追いたかったが、未知の戦力に攻撃の要を欠いた自分たちが敵うとは思えず、撤退を余儀なくされた。

 ミチルはずっと蹲って、うわ言のように「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していた。


 あすなろ市にある御崎邸。

 『超新星の女子中学生作家、御崎海香』の豪邸である。

 魔法少女の奇跡の力があったとはいえ、

 一年やそこらでここまでの印税収入を得る海香の才能と努力は、やはり並々なるものではない。

 大人の目を気にすることなく自由に集まることができる、4人の魔法少女の重要な拠点である。


 玄関で靴紐を結ぶカオルをニコが見送りに来ていた。

 明らかに長期旅行を思わせるの荷物の量で、2~3日で帰れる旅ではないことがわかる。



ニコ「本当に一人でいくの?」


カオル「まーね、あの様子のミチルを一人きりにしておくわけにもいかないだろ。

     それにただでさえミチルが戦えなくて大変なのに、

     あすなろ市を守る魔法少女をこれ以上減らすわけにはいかない」



 あの日からずっと、ミチルはベッドの上で蹲っていた。

 食事もほとんど受け付けず、時折何かを思い出したように泣いて、

 他の魔法少女が介抱に来る度にぎこちない笑顔で「迷惑かけちゃって、ごめんね」と何度も謝る。

 魔法を使っていないはずなのに、ソウルジェムの濁りも早い。



カオル「絶対に放っておけないよ。

     あいつは近い内に復讐しに来るかもしれないし、なによりミチルがああなった秘密を知っている。

     とっ捕まえて、洗いざらい全部吐かせてやる」



 カオルの決意は固いようだ。

 たった一人で恐るべき敵を追う旅に出るというのに、躊躇いは少しも感じられない。



ニコ「・・・わかった、じゃせめてこれ持っていって」


カオル「これは?」



 ニコはカオルに『ある物』を手渡した。

 片手に収まるサイズの『ある物』だ。



ニコ「ミチルの『秘密』とやらが何なのかはわからないけれど、

    あいつが今回の事件を起こした『動機』はなんとなく想像がつく。

    もし私が思っている通りなら、これが役に立つかもしれない」



 ニコはニヘラと笑う。

 こちらもこちらで、これからの戦いになんの不安もないようだ。



 それはそうだ。

 彼女たちが改編前の世界で戦ってきた惨劇は、こんなものでは済まなかったのだから。



カオル「おう、ありがとう! じゃー行ってくるよ!」



 あすなろ市から見滝原へ、茜色の魔法少女が出陣する。




 Side ホオズキ市



 スズネは夢を見た。

 とても寒くて、寂しくて、切ない夢を。



 冬の冷気のように降りかかる悲しみが、その身を少しずつ凍えさせていく。


 正しいことをしているはずなのに、誰も報われない。


 正しいことをすればするほど、多くの人に憎まれて刃を向けられる。


 暗い森の中をたった一人で進むしかないのに、その心を支えてくれるのは後悔から来る正義感だけ。


 でも本当はその正義感すら偽者で、他人から無意味に植え付けられたもので。


 自分はただ無意味に骸を積み上げて、無意味に憎まれて、無意味に悲しみを背負い込んで、誰一人助けられなかった。



 そんな救いようのない魔法(マギカ)の夢を見た。


 見滝原から遠い場所、ホオズキ市。



 徐々に町を覆う瘴気が晴れていく、今宵の魔獣狩りが一段落したのだ。

 銀色の魔法少女、スズネは自分の剣を見据えた。

 その剣に宿るのは、『浄化の炎』という性質を持った魔法だ。



 『他人の特性をコピーして自分のものにする』というスズネの魔法は、

 使いようによってはとんでもない代物だった。

 それは全ての魔法少女を代替し、全ての魔法少女に匹敵しうる能力だったが、

 スズネはたった1つの魔法以外、誰の特性もコピーしなかった。

 彼女は『ツバキ』という魔法少女以外の誰にもなりたがらなかった。



 今、手にしているこれは魔法少女由来の特性だ。

 決して魔道に堕ちた魔法少女の成れの果ての特性なんかじゃない。

 紛れもなく、円環の理に導かれた恩師、美琴椿の魔法だ。

 スズネはその事実をかみ締めるように、何度も何度も自分の記憶を辿っていた。


マツリ「・・・スズネちゃん、どうしたの? すごく悲しそうな顔してるよ」


 ホオズキ市を守る『たった2人の魔法少女』の片割れであるマツリは、心配そうにスズネの顔を覗き込む。

 『知覚』の特性を持つ魔法少女のマツリは、とても目聡く、感受性が高い。

 彼女の前ではおちおち感傷に浸ることもままならない。



 スズネはどうにかお茶を濁す嘘を探そうとしたが、

 本気でこちらを心配するマツリの目を見て、その無駄な努力を早々に諦めた。



スズネ「夢を見たの」


マツリ「夢・・・?」



 スズネの心は、既に貯水量でいっぱいのダムのような状態だった。

 ほんの少しでも亀裂が入れば、そこから決壊して感情が濁流のように押し寄せるだろう。



スズネ「私がツバキを殺しちゃう夢」


マツリ「!!」



 たかが夢の話なのに、マツリが目を見開く。

 ツバキは2人にとって、そんな風に軽々しく口にしてはいけないほど神聖な存在だったのだ。


 マツリの心臓が速くなる。

 スズネの言葉からは、冗談めいた響きなど全く感じなくて、

 本当に大真面目にそんなことを言っているようだった。



 もしかしたら、これは彼女の懺悔なのだろうか。

 本当にスズネはツバキを手にかけたのだろうか。

 もしそうだったとしたら・・・、自分はスズネをどうしてしまうのだろう?



マツリ「それは・・・辛い夢だね」


スズネ「ねぇ、マツリ・・・」



 スズネは泣きそうな顔でこう言った。



スズネ「もしそれが夢じゃなかったらどうする・・・?」



 知覚の魔法など使うまでもなく、スズネの心が潰れてしまいそうなのは火を見るより明らかだった。

 ほんの一押しで折れそうな、砂の城のように危うい状態だった。


 実際、スズネの告白は完全にただの夢というわけではない。

 罪を犯したのは『別の世界の他人事』で片付けられることではなかった。



 それこそ改編前の世界のように、

 魔女へと変化したツバキを直接手に掛けるということはなかったが。

 この世界においても、スズネの依存に近い甘えが、

 ツバキの魔法少女としての寿命を短くしていたのは事実だ。



 当時のスズネは11歳で、まだまだ甘えたい盛りだった。

 魔獣の所業により両親を失った彼女が、

 自分を救ってくれたツバキに過剰とも言える慕情の念を抱いたことを、

 責めることなどできるはずがなかった。



 そう時間が経たないうちに、スズネは「ツバキのような魔法少女になりたい」という願いから魔法少女の契約を結んでしまった。



 ツバキはそんなスズネを庇うように戦い、グリーフシードもほとんどスズネに使っていた。

 スズネを魔法少女の世界に巻き込んでしまったという罪悪感からなのか、

 それとも同じように両親を失った自分をスズネに重ねてしまったのか。



 ツバキの愛情がスズネの慕情に拍車を掛け、歪な螺旋を生んでしまった。




 スズネにマツリという『魔法少女の友達』ができたと知ったとき、

 ツバキの中にある生きることへの執着が全て燃え尽きた。



 微塵も残さないほどの完全燃焼だった。



 ツバキが眠るように円環の理に導かれたのは、それから3日後の朝のことである。


 2人の間にしばしの沈黙が流れた。



 マツリは瞳を閉じて考える。

 自分の心に、スズネとツバキという究極の二択を突きつけていた。



 スズネを責めるべきなのだろうか、赦すべきなのだろうか。

 果たして自分は、親よりも深く愛したツバキを手に掛けた者と、友達のままでいられるのだろうか。



 答えは、あっけないくらい簡単に出た。



マツリ「大丈夫、もしスズネちゃんがツバキを殺したんだとしても」


 マツリは二ヘラと無防備に笑った。


マツリ「マツリはスズネちゃんに味方するよ」



 打算もあったのかもしれない。

 過去の恩人よりも、現在の友達を優先するという強かな打算が。

 だけれど、それでも。





 これはマツリが出した、心からの答えだった。




スズネ「どう、し、て・・・?」


マツリ「どうしてかはわかんないかな。

     マツリにとってはスズネちゃんもツバキも大切な人だけれど。

     それでも、どうしても。

     スズネちゃんを捨ててまでツバキを選びたいとは思えないよ」



 奇しくも。

 マツリのこの答えは、改編前の世界と同じものだった。

 運命とはなんとも粋なものなのだろうか。



マツリ「だからそんなに不安そうにしないで。

     スズネちゃんが取り返しの付かないことをしたとしても、

     マツリはずっとスズネちゃんの友達だから」


スズネ「・・・」



 その言葉だけで、全てが救われた気がした。

 心の中にある凍えるような咎が、一斉に融解していくような気がした。



スズネ「そっか」



 夢の中の、返り血に染まった自分の亡霊が。

 満足したように消えていくのを感じた。



スズネ「ありがとう、マツリ・・・!」


マツリ「どういたしまして」



 スズネはマツリの胸に抱かれて泣いた。

 ずっとずっと泣いていた。


 随分時間が流れた。

 東の空に橙色が差している。

 もう夜明けが近い。



マツリ「落ち着いた?」


スズネ「うん、ありがとう。情けない姿を見せちゃったね」



 スズネが真っ赤に泣き腫らした目を擦りながら、ようやくマツリから離れる。

 スズネの子ども時代は唐突に終わってしまったが故に、まだ他人に甘えることに不器用なのだ。



マツリ「いいよ、普段のスズネちゃんはクール過ぎるからね。

     むしろさっきくらい甘えん坊な方が可愛いかな」


スズネ「・・・っ」



 スズネは頬を紅潮させて俯くと、プルプルと震えていた。

 屈辱なのである。



 スズネも中学生、自分を他人より上だと無意味に信じる人並みのプライドがあった。

 そんな生意気盛りの中学生が、特に半ば自活のように生活しているスズネのような少女が。

 温室育ちの甘ちゃんだと思っていたマツリから優しく絆されてしまったのだ。

 恥ずかしいのである。



 もっともこの手の屈辱は、

 魔法少女でなくても思春期の人間なら誰でも避けては通れない道なのだが。


 しばし考えた後に、スズネの中にある決心が生まれた。

 どこか楽になったような、身を預けられる安堵のような。

 心地よい決心だった。



 彼女は顔を上げると、後ろ結いの髪を解くと。

 髪を結んでいた、鈴とお守り袋の付いた髪留めをマツリに手渡した。



スズネ「受け取ってくれないかな」



 マツリの中に本日二度目の衝撃が走る。

 スズネにとって、これはただのお守りではないことを知っていたからだ。



マツリ「スズネちゃん、これ・・・。ツバキの形見のお守りじゃ・・・!」



 ただの形見というだけではなく。

 『ツバキの心は今でも自分たちと共にある』という証のようなものだった。



 こんな風に、聞き飽きたCDを渡すように。

 気軽に相手に譲ることのできるものではないのだ。



スズネ「いいの、私にはもう必要がないから」


マツリ「でも・・・」



 未だに戸惑っている様子のマツリに、スズネは冗談めかして笑う。



スズネ「マツリも要らないなら捨てちゃうけど?」


マツリ「いやダメだよ! それはダメだよ!!」


スズネ「あはは」



 マツリは「それを捨てるなんてとんでもない!」と慌てふためく。

 どうやら先ほどの屈辱への意趣返しは成功したようだ。

 マツリはやれやれとため息をついて手を出す。



マツリ「もー・・・。わかったよ、マツリが使うよ」


スズネ「それがいい、きっとマツリの方がよく似合うよ」


 スズネはマツリの三つ編みを解いて、先ほどのお守りの髪留めで後ろ結いにする。

 収まるべきところに収まったように、マツリの性格にその髪形はよく合っていた。



スズネ「ほらね、マツリの方が似合っている」


マツリ「さっきまでのスズネちゃんと同じ髪型かー」


スズネ「嫌?」


マツリ「ううん、嬉しいよ」



 スズネはまたもや気恥ずかしくなって俯く。

 こんな風に純粋に好意を向けられることにもまた、耐性がなかったのだ。

 これの意趣返しは当分できそうにない。



マツリ「帰ろっか」


スズネ「うん、またね」



 手を振るふたり。

 かつて救いようのない世界で交わされた約束は、この世界でついに果たされた。



 お守りに付いた鈴が、静かに鳴った気がした。


 ホ オ ズ キ 市 、 某 所 。



 彼女の心の中で、ドロドロとした悪意が渦巻いていた。

 酷くおぞましく、もう見れたものではないほどに腐敗した悪意だった。



「ふぅん、へー、なるほど」



 『異端者』



 魔法少女としての彼女を形容するに、それが最もしっくり来る例えだった。

 彼女はどうしようもないくらい異常で、異形で、異彩を放つこの世の異物だった。



「スズネちゃんは、ツバキだけじゃなくて・・・マツリまで私から取っちゃうんだぁ・・・」



 可愛さ余って憎さ百倍という言葉がある。

 強い愛であるほどに、それが負の方向へ転じたときに大きな憎しみが生まれるという意味だ。

 彼女の心の中にある全ての愛情が、憎悪へと変わり始めていた。

 それはさながら、かつての魔法少女システムのよう。

 希望から絶望への絶対値を保ったままの感情の転移が、

 魔女化というプロセスを介在せずに発生していた。



 大きな祈りを抱けば、それと同じだけの絶望が生まれるというのは。

 インキュベーターが介在するまでもなく、

 人類が最初から持っている原罪だった。



「ねー、キュゥべえ。私の願い事、決まったよ」



 彼女は異端者だった。

 魔法少女に類する存在でありながら、救済の女神である円環の理を憎む異教徒で。



「私を円環の理が壊しちゃえる悪魔にしてよ」



 円環の理によって改編された『希望が絶望で終わらない』という世界で。

 改編される前の世界よりも絶望的になっている、異例の魔法少女だった。

今日はここまでです。
お付き合いいただきありがとうございました。

質問や要望などがあれば、可能な限りお答えします。
次の話は連休中に上げられると・・・、いいなぁ・・・。





 第4話「そんな世界の方がどうかしてるけどね」




訂正
第4話→第3話


 見滝原某所、暁美宅。


 モダンセンスが光る独特な一室が、暁美ほむらの自室だ。

 神秘性を高める為に住み心地を度外視するという、福祉の観点から見ればとんだ欠陥住宅なのだが、

 その浮世離れした威圧感にも近しい雰囲気は、中学生には垂涎ものである。

 そうでなくても単純に3LDKという広さは、学生の一人暮らしには破格のスペックだ。


 その3つあるリビングルームの1つ、ほむらが客間として使っている場所にて。

 ほむらは『鹿目まどか』を招き、協力プレイができるオンラインゲームに興じていた。

 その有様は、マギカなどとはおおよそ縁遠い、『普通の女子中学生』そのものだ。



まどか「うへー、また勝っちゃった。ほむらちゃんすっごく強いね・・・」


ほむら「ふっ、まどかのサポートがあってこその勝利よ」


まどか「ほむらちゃんの対戦レートの数字が凄いことになってるんだけど・・・」


ほむら「あら、私なんてまだまだ序の口よ? むしろ廃への道はここから先が厳しいのよね」


まどか「成績落ちちゃうよ・・・?」


ほむら「うぐっ・・・」


まどか「ごめん・・・」


 ほむらは徐々に難易度が上がっていく学校のテストを想起して後ろ暗い思いをしながらも。

 今までにないほどの幸福を噛み締めていた。


 何の憚りもなく、簡単に他人と協力できるオンラインゲームというものは、ほむらにとって何もかもがイージーモードだった。


 だって。


 今までずっと戦い続けた勝ち目のないゲームの、1000分の1にも満たないような労力で、簡単に勝ててしまうのだから。

 『絶対に勝つことができない』などという、舞台装置染みた運命律など、介入していないのだから。



 楽しい、一人じゃなければなんでも。

 このまどかと一緒ならどんなにくだらないことだって幸せだ。



 夢のようだった。

 あんなに惨めだった自分が、あんなに悲壮だった自分が、永遠に交わることができないと思っていた円と炎が。


 こんな『普通の女子中学生のように』。


 こんなに無駄に。同じ時間を消費することができるなんて。


まどか「でもやっぱりほむらちゃん凄いよ、中学生で一人暮らしなんて・・・。

      アメリカでもそんな子、めったにいなかったよ?」


ほむら「あら、3年生の巴先輩なんて1年生の頃から一人暮らしよ?

      もっとも、彼女は来年からは高校付属の寮に入るそうだけれど・・・」


まどか「見滝原は進んでるなぁ・・・」


ほむら「まぁ、『特別な例』っていうのは悪い気はしないわね」



 まどかの羨望の眼差しを受けるほむらは、かつてないほど誇らしげだった。

 平たい胸を精一杯張って、ふんぞり返っていた。



 そうだ。

 世界を書き換える悪魔だとか、大層なものになってはみたけれど。

 結局そんなものはどうでもよくて。

 私がなりたかったのは、『今のような私』だった。


 オンラインゲームでも、魔女退治でもなんでもよかった。

 私は結局、『まどかを助けられる私』になりたかっただけなのだ。


まどか「えへへ・・・」


ほむら「ゲームごときで偉ぶっているのがそんなに滑稽だったかしら?」


まどか「うーうん、そうじゃなくてね」


まどか「私、ほむらちゃんに会えて本当によかったって思えるんだ」


ほむら「!」


まどか「本当はね、不安だったんだ。アメリカからこっちに来ることになって。

      もし学校に馴染めなかったらどうしよう、とか。

      もし友達が一人もできなかったらどうしよう、とか。

      そんな風にずっと一人で悩んでたの」


まどか「でも・・・転校してきた日に、ほむらちゃんが声を掛けてくれたんだ」


まどか「最初はちょっと変な子だなぁって、思ったけど」



 まどかは最高の笑顔で送った。

 本人が何も知りえぬところで、悪魔を浄化してしまうほどの親愛の心を込めて。



まどか「私と友達になってくれて、ありがとう」


ほむら「・・・」


ほむら「ふふふ・・・」


まどか「?」


ほむら「ありがとうは、私の方こそ・・・」



 ほむらは必死で涙を堪えて、まどかの言葉にエールを返す。

 それでも涙は堪え切れなくて。

 潤んだ瞳を見たまどかが、「こんなことで泣いちゃうなんて、かわいい子だなぁ」などとのん気な勘違いをしていた。



ほむら「私はね、ずっとひとりぼっちだったの。

     あなたの前では『カッコいい私』を演じているけれど。

     本当の私は・・・根暗で、ノロマで、臆病で、ひどく役立たずで」


まどか「そんなこと・・・」


ほむら「だから色んな人に疎まれたり、恨まれたり、敵対されたりして・・・。

     それで、本当はあなたに会うまでずっとひとりぼっちだったの」


まどか「ほむらちゃん・・・」


ほむら「だから、本当にあなたには救われた。

     「自分は死んじゃった方がいい」なんて思ってた私を、あなたが変えてくれた。

     私と友達になってくれて、ありがとう、まどか・・・」


まどか「・・・」



 まどかは、そっとほむらに抱きついた。

 あの叛逆の夢の中の、優しい抱擁のように。



ほむら「!」


まどか「えへへ、転校してきた日の仕返し」


ほむら「まど、か・・・」


まどか「じゃあ、これからいっぱい楽しい思い出を作ろう」


まどか「私、ほむらちゃんのこと何にもわかんないけど。

     私にとってほむらちゃんは憧れの人だから、なんでそんな風に悩んでたのかなんて全然わからないけれど」


まどか「それでも、私が一緒にいて喜んでくれるなら。

     私はずっとほむらちゃんの傍にいるよ。

     私はあなたから離れたりしないから、これからずっと友達でいよう」


ほむら「ええ、ええ・・・。ありがとう」


ほむら「私の最高の友達・・・!」


 どれだけ長い間、抱き合ったのだろうか。

 10分なのか、1時間なのか。


 終わりはお互いに、「もういいよね?」という風に。

 遠慮がちに離れた。


 もっとも、ほむらにとってこの瞬間は、10分だろうが1時間だろうが。

 幾星霜の平行世界渡りにも匹敵するほど長い時間だったのだが。



まどか「もう日暮れだし、帰ってもいいかな?」


ほむら「そうね、引き止めてごめんなさい」


まどか「えへへ、いいよ。せっかくの春休みなんだから」



 さっきのやり取りが気恥ずかしいのか、まどかはそそくさと身支度を整えると。

 慌てて鞄を肩に掛けた。



まどか「じゃあ、またね」


ほむら「ええ、またね」



 「またね」。

 なんて素敵な言葉なんだろう。


 ほむらは、しばし目を閉じて先ほどの余韻に浸った後に。

 再び藍い瞳を見開いた。


 そこには先ほどの蕩けたような熱っぽさはなく。

 爬虫類のように冷徹な色が浮かんでいた。



ほむら「さて、いつからそこにいたの? シイラ」


シイラ「鹿目さんが出て行った辺りから入れ違いでー。

     安心してよー。この雅シイラ、他人のプライバシーはちゃんと守るからさー」



 汚れ一つない真っ白な壁紙の張られた天井に。

 不遜な笑みを浮かべる少女が、コウモリのようにぶら下がっていた。


 彼女の名は、雅シイラ。

 自らの意思で円環の理に叛逆し、見滝原に君臨した第二の悪魔である。



 ほむらは1つ深呼吸して心を整える。

 夢のような時間は終わりだ。

 これからは凍えるような現実と戦わなければならない。


 この世界の全ての、魔獣と魔法少女を全滅させるための・・・戦争だ。


ほむら「そうやって天井からぶら下がるのはやめたら?」


シイラ「うん? 何か不都合でも?」


ほむら「首が疲れるわ」


シイラ「おっと、それは失礼。私は上から目線で人を見下すのが大好きなものでついね」



 シイラは猫のような柔軟さで、天井から床へ降り立つ。

 ほむらは同学年の中ではそこそこ身長のある方だが、シイラはほむらよりも頭1つ分ほど背が高い。

 もし普通に学校に通っていたのなら、かなり目を引く存在になっていただろう。



ほむら「それで? オフの日に報告に来たってことは何かあるんでしょうね」


シイラ「そりゃあるよ、私だって暇じゃないし」



 腕輪のように装着されているダークオーブが紅色の光を放ち、タブレット端末のように変化した。

 タブレットの裏面には、サソリのような生き物が描かれている。



シイラ「魔法少女4人を一気に消したこと、結構な騒ぎになってるみたいだね。

     見滝原に頻繁に他所からの魔法少女が出入りしてる。

     『他の2人』が頑張って偽装工作してくれてるけど・・・、

     見滝原の異変に気付かれるのも時間の問題なんじゃないかな?」


ほむら「そう、めんどうなものね」



 ほむらは眉間に拳を当てて憂鬱に視線を泳がせる。



ほむら「『前の世界』では魔法少女が4人消えたくらいじゃ、誰も騒ぎはしなかったのに」


シイラ「私から言わせれば、そんな世界の方がどうかしてるけどね。

     少女が次々と行方不明になっても、淡々と日常が続く社会とか狂ってるでしょ」


ほむら「みんな・・・、自分のことで手一杯だったからかしらね」


 ほむらはシイラの瞳を覗く。


 シイラの瞳の奥に渦巻いている感情は、紛れもなく自分と同じ『愛』だったが。

 自分のそれとは、大分性質の違うものだと薄々感じていた。


 それでいい。

 多様性が保たれなければ、自分以外の悪魔が存在する意味がない。



シイラ「どーするのかな、ほむらちゃん?

     隠蔽するにしても返り討ちにするにしても、そろそろ大掛かりに動かないとマズイよ?」


ほむら「シイラ・・・あなたはどうしたいの?」


シイラ「実はさぁ、もう完成してるんだよね、私のトバリ」


ほむら「・・・」



 その言葉を聞いて、ほむらは思う。

 とうとうこの日が来てしまったか、と。



 今日この日より、この世の全ての魔法少女の祈りは、無価値な空想になってしまった。


シイラ「頃合といえば頃合だ。私はそろそろ開戦したいかな?」


ほむら「・・・、許可するわ」


シイラ「わーい」



 シイラはタブレットを腕輪に戻すと。

 満足そうに微笑んで踵を返す。



シイラ「用事は以上だよ、オフの日にお邪魔して悪かったね。

     それなりにテキトーに頑張ってくるから、ほむらちゃんはどっしりと構えて見ててよ」



 ぎぃ、と。

 古い家具が軋むようなオノマトペを響かせて。

 シイラはほむらに笑いかけた。



シイラ「なあなあに、あやふやに、何もよくわからないまま・・・。

     いつの間にか、この世を楽園に変えて見せるからさ」



 見滝原、プリンセスホテル。

 数多の世界で、見滝原に訪れた多くの魔法少女がこっそり利用していたホテルだが、そのエピソードは割愛する。


 今回その一室を利用しているのは、聖 カンナと日向 華々莉という2人の元・魔法少女だ。

 ちなみに彼女たちの場合は後ろめたいことは何もなく、きちんとシイラの名義でチェックインしている。



カンナ「・・・わかった」



 カンナは携帯電話の通話を切った。

 最新機種のスマートフォンの画面には、『暁美ほむら』『通話終了』の文字が浮かんでいる。



華々莉「?」


カンナ「ほむらさんから連絡が入った。

     『見滝原に入った魔法少女を全員特定して、接触しろ』だそうだ」


華々莉「ふぅん、やっとかー。

     よかったー、そろそろ他の町から魔獣を引っ張ってくるのにも飽きてきたしぃー」



 華々莉は寝転んだまま脚をパタパタさせて喜ぶ。


 カンナは思う。

 部屋の中で不審者丸出しの黒いフードを被っている自分が言えたことではないが、

 いくら女同士の2人きりでも、キャミソール一枚以外に何も身に着けないのは無防備すぎるだろう。



華々莉「で、さぁ。カンナさん。ほむらさん何か他に言ってなかった?」


カンナ「・・・」


カンナ「『華々莉の妹も来ているけれど、まだ手は出すな』、だとさ」


華々莉「あっはっはっはっ! やっぱり!

     さーっすが、ほむらさんは何でもお見通しだなぁー!」



 華々莉は枕を抱いてベッドの上を転げ回る。

 その様子を見て、カンナは1つため息をついた。


 イカれている、どいつもこいつもクレイジーだ。

 自分も『他人の不幸を願って魔法少女になった悪い魔法少女』という点で、狂気的な度合いは前後に落ちない自信はあったが、

 それでもこの悪魔という集団の中ではマトモな願いにすら思えてくる。



 『創造主の破滅を観察したい』。

 それが聖 カンナの願いだった。

 カンナは数少ない『魔法少女の起こした奇跡のせいで不幸になった者』で、

 魔法少女の願いによって生まれたヒトモドキだった。

 彼女は自分が生後半年で、自分のものだと信じて疑わない過去の記憶が、全て移植されたものだと知ってしまった。


 自分が勝手な都合で生み出されたこと存在であることが許せなかった。

 まるで全てがプラスチックでできた世界に放り込まれたような、孤独と違和感で気が狂いそうな日々を送っていた。


 だからあんなに呪われた願いで契約した。

 移植された心だと知っていてなお、大好きだった家族を捨ててまで。



 だが、それでも。

 自分の願いのために世界そのものを書き変えたりだとか、他人の不幸のために宇宙の法則を捻じ曲げたいだとか。

 どいつもこいつもスケールが違いすぎる。

 自分以外の人間を何だと思っているんだ。



カンナ「いや・・・、それでも」


 それでも・・・、輪にかけて特に酷いのは雅 シイラだ。

 奴だけは思想が理解の範疇に及ぶだけに、歪みの酷さがよく伝わってくる。


 自分は果たしてこんな奴らの中でやっていけるのだろうか。


華々莉「カンナさぁーん、どうしたの? あんまり冷たいとチューしちゃうよ?」


カンナ「・・・」



 カンナはほんの少し笑った。

 そして次の瞬間、カンナの裏拳が華々莉の額に飛び、華々莉は盛大にぶっ倒れた。



華々莉「痛ぁーい! なんてことするのよー!」



 額を押さえてゴロゴロと転げまわる華々莉。

 キャミソール一枚でそんなことやるものだから、もう身体の全てが丸見えである。

 悪魔に堕落すると、そういう恥じらいという心も忘れてしまうのだろうか。



カガリ「7分で支度しろ、今日中に見滝原に潜む全ての魔法少女を炙り出す」


華々莉「はぁい♪」



 まぁ、それでも。

 年下の同志というのはなんだかんだ言っても可愛いのだ。

 厳密には私が年下なのだけれど。



カンナ「じゃあ、いざ行こうか」



 自己愛。

 それがカンナを堕落させた『愛』だった。


 この世界そのものをニセモノにしてしまえば。

 全てがニセモノになれば、きっとニセモノの自分だって生きていてもいいんだ。

 そんな妙な目的意識が、カンナを堕落させた。


 ・・・なんだ、私もしょせんは悪魔だったのか。

 なんて今更ながらにカンナは納得していた。



カンナ「全ての魔法少女を滅ぼす為に」

今日の分は以上です。
長い間お待たせして申し訳ありませんでした。

怒涛のオリキャラ・マイナーキャララッシュも今回でとりあえず打ち止めです。
次回から本格的に戦いが始まります。

不定期更新が続くと思いますが、なにとぞ多めに見てくださりますようお願いします。

第4話、前半だけはなんとかできたので投下します。





  第4話 「全ての生きた証が、この世界を構成しているのです」





 夕暮れ時。


 風見野市、佐倉聖学院。 

 マギカを束ねる物語としては、語るまでもない重要なチェックポイントである。


 かの『見滝原組』の魔法少女の一人、佐倉杏子の生まれた家だ。

 そこの客間にて、佐倉神父は戸惑いながらも一人の少女をもてなしていた。



佐倉神父「質素なお茶請けで申し訳ありません。

       お恥ずかしい話、生計が立つようになったのはつい最近なもので・・・」



 その相手の少女は、特異な配役を演じる第二の悪魔。



シイラ「ダイジョーブですよー、アップルパイ好きですからねー」



 雅 シイラだった。


 畏まる佐倉神父に対して、シイラの方は終始ヘラヘラと笑っている。

 だが、畏まるのも無理はない。いくら畏まっても畏まり足りないくらいだ。

 なにせこの教会の経済事情に干渉し『生計が立つようにした』のは、他ならぬこの少女なのだから。


 歳の割に優れているどころじゃない。

 人間の枠から逸脱した、悍ましいまでのマネジメント能力だった。



佐倉神父「しかし、驚きました。聞いてはいましたが、こうして直接お会いするまで信じられませんでした。

       本当に私の娘と同じ位の年齢の女性だったなんて・・・」



シイラ「上の娘さんですか。実は一度会ったことがあるんですけど、いい子ですよね。

     器量がいいし、思いやりがあるし。

     今やってる仕事が無事に終わったら、友達になってもらおうかなー」



佐倉神父「ええ、是非にでも。平凡な子なので雅さんには退屈かもしれませんが」



シイラ「えー、私だって全然平凡ですよー?

     こうやって特別扱いされて喜ぶぐらいには、歳相応な子のつもりですよー?」



 数多の世界線で訪れた『魔法少女と一般人の心の溝』によって生まれた惨劇は、

 果たしてこの世界では起こってはいなかった。


 理屈的には、暁美 ほむらの世界改編のオープニングとして身勝手にその結末を捻じ曲げ、

 シイラがそれの辻褄を合わせた故に得られた平穏なのだけれど。


 当のシイラはこう断ずる。

 『心から願って行動した結果が報われることは、理不尽でも奇跡でも何でもない』と。


シイラ「ところで佐倉神父、魔法って信じますか?」



佐倉神父「魔法・・・ですか?」



シイラ「そーです、魔法です。アニメとかでよくあるやつ。

     願っただけで何でもかんでも自分の思い通りにできちゃうアレです。

     もしあったら世界征服とか簡単にできちゃいますよね」



佐倉神父「・・・」



 突然の、あまりに脈絡のないシイラの笑顔に少々気後れしながらも。

 佐倉神父は自らの心に問いかける。


 少しでも大人の威厳を取り持つために。

 少しでもこの恩人に対して誠実であるために。



佐倉神父「信じません。あってはならないものです。

       一人の気まぐれで、世界全てが捻じ曲げられるなど、まかり通っていいはずがない」



シイラ「へー」



 シイラは、この二回り以上歳の離れた大人を観察するように。

 ニヤニヤと笑いながら顎を摘まむ。



佐倉神父「この世界は・・・、多くの人々の『想い』の積み重ねで成り立っているものです。

     泣いたり笑ったり、苦しんだり喜んだり、務めたり報われたり。

     そうした人々の全ての生きた証が、この世界を構成しているのです」



佐倉神父「それを一人の都合で好き勝手に捻じ曲げてしまうのは、過去の人々の意志を踏みにじることだ。

     この世界に生きる一員として、そんな理不尽な存在を認めることはできません」



シイラ「なるほど、大人な考え方ですね」



佐倉神父「ええ、大人ですから」


 シイラは思考実験を仕掛けるように。

 人差し指をピンと立てて、それをゆっくり倒し、佐倉神父を指さす。



シイラ「では一人一人の心に訴えかけ、世界を構成する全ての人間の心を変えてしまうことは・・・やっぱり理不尽なんですかね?」


佐倉神父「それは・・・、魔法を使って人々の心を変えるということですか?」


シイラ「いいえ。正攻法で、です。

     すごく辛くて苦しいけど、やろうと思えば誰にだってできるような方法で、です。

     努力して、必死になって、頑張って・・・。

     そうやって一人一人の心を納得させていって、その結果として世界そのものが変わっていく」


シイラ「それはやっぱり、今まで生きてきた方々の人生を否定するってことなのでしょうか?」



 佐倉神父は、抑えきれずにふっと微笑んでしまう。

 なんというか・・・この人外染みた天才にも。一応、歳相応らしい心はあるものだったのだと。

 どこか安心したように気を許してしまった。



佐倉神父「そんなことをされたら世界の変化を認めざるを得ないでしょう。

     それができる人間は、魔法など関係なく、世界を変えるべき人間です」


シイラ「あっはっはっはっ、そりゃそうですよね」



 一本取られた、という風にケラケラと笑うシイラ。

 一方で佐倉神父は、どうにか自分自身も納得できるような言葉をちゃんと伝えることができて、内心ほっとしていた。


 シイラは大げさに時計を見るような動作をすると。

 お絞りで手を拭きながら立ち上がる。



シイラ「あー、すいません。慌ただしくて申し訳ないんですけど。

     予定が押しているものなので、そろそろ失礼させてもらいますね」


佐倉神父「いえ、お疲れ様です。やはり雅さんのような方はお忙しいんですね」


シイラ「そーなんですよー、女の子は大変なんですよー。

     恋に仕事に人生勉強にと、光陰矢の如き大忙しです。時間なんていくらあっても足りません」


シイラ「では、貴重なお話をありがとうございました。

     皮肉とか当てつけとかじゃなくて、本当に勉強させていただきました」


佐倉神父「いえいえ、お力になれたようで何よりです」



 シイラはドアノブに手をかけ、首を傾けるようにして振り向いた。



シイラ「さようなら、あなた自身とその愛する人に神のご加護を」


佐倉神父「ええ、私もあなたの未来が幸多からんことを願っています」



 シイラは思う。

 今の彼になら『佐倉杏子の起こした奇跡』を暴露しても、大した問題にはならないんじゃないかと。

ここまでです。
オリキャラチートが鼻についた方はすいません。

改行とかめちゃめちゃになってきたので、もう少し見やすい方法はないものか・・・。

なんとか中編ができたので投下します。
第4話の残りは今週末に・・・。


 霙の混じった春雨の降る昼時。

 美国邸、客間にて。

 織莉子がホワイトボードを背に立っていた。


 ここには織莉子の招集により、見滝原に介入する魔法少女が一堂に会している。

 メンバーは、美国 織莉子、浅古 小巻、牧 カオル、日向 茉莉の4名だ。

 何度も予知によるシミュレートを行い、選抜に選抜を重ね、『信頼するに足る』と織莉子が判断したギリギリの人選だった。


 自軍の戦力を一か所に集めるというのは、運が悪ければ一網打尽のリスクを伴う行為だが。

 それでも織莉子は、これを実行せざるを得なかった。



織莉子「さて、状況を整理しましょう」



 状況があまりにも複雑化し、見滝原に潜伏している者が、

 『自分たちの想像をはるかに上回る勢力』だと確信したからだ。



織莉子「明確になった情報は3つ。

     ①『魔法少女狩り』を行う者がいて、それは少なくとも『記憶を改竄する』能力を持っている。

     ②悪意を持った魔法少女が最低でも2人、見滝原に潜伏している。

     ③見滝原全体を包み込むように巨大な魔法結界が張られていて、見滝原の中では奇妙なことが起こり続けている」



 織莉子がホワイトボードにプリントを張り付けていく。

 そこで明かされた情報に、他の3人は皆困惑していた。



小巻「何がどうなっているのかしら・・・」


カオル「カンナを追ってここに来たのに・・・。ここに敵はいったい何人いるんだ?」


織莉子「1つずつ、説明していきます」



 そこまで言いかけて、織莉子はふと大事なことを思い返す。



織莉子「・・・その前に自己紹介です。私は美国 織莉子。

     ここ、見滝原の隣の町を縄張りにしている魔法少女です。

     私の魔法は『予知』。故に、私は皆様より少しだけ耳聡い」



 織莉子は一呼吸おいて、皆の瞳をしっかりと見返す。



織莉子「私は『私の町を未知の脅威から守るためにこの戦いに参加しています』。

    信用していただけるかどうかは、皆様にお任せします」



 自らの目的や特性を、偽り1つ無く曝け出す。


 これはもう、ほとんど無謀な賭けに近い行為だった。

 向こうがこちらを信用する保証もない。

 下手をしたら裏切らない理由すらもない。


 それでも織莉子はやらねばならなかった。

 疑心暗鬼に陥って、魔法少女同士で仲間割れなんて始まったら目も当てられない。

 状況は刻一刻と変化していることは、予知魔法を使うまでもなく明らかだ。

 一日でも早く、一刻でも早く。

 協力体制を築かねばならなかった。


 真偽の定かでない情報の真贋を見極めて共有し、見ず知らずの相手に命懸けの協力を仰ぐ。

 一歩でも踏み外せば即・ゲームオーバーの、綱渡りのような交渉だった。

 おまけにかつての暁美 ほむらのようなリセットボタンもない、一発勝負である。


 機械仕掛けのような冷静さと、途方もないリーダーシップが要求される大役だった。


 ただ、円環の理のご加護なのかなんなのか。

 美国 織莉子はどうやら、かつての暁美 ほむらよりもずっと幸運な状況にあったようだ。

 『人に恵まれ、世界に恵まれた』という、途方もないアドバンテージだ。


カオル「わかった・・・、信用する。

     私は牧 カオル、あすなろ市の魔法少女だ。

     私の魔法は・・・、まぁ基本的に戦闘以外には役に立たないと思ってくれていい」



 見ず知らずの織莉子の言葉を信用し、真っ先に命を預ける覚悟を決める者が現れた。



カオル「私はこの町に潜伏している『聖 カンナ』っていう魔法少女を追っている。

     私の友達が、カンナのせいで死にそうになってるんだ。

     一日でも早くカンナを捕まえて、その友達を助けたい」



 少々、虚を突かれたように笑顔を引きつらせながらも。

 織莉子はカオルへ問いかける。



織莉子「えっと・・・牧さん?」


カオル「カオルでいいよ、織莉子先輩」


織莉子「カオルさん、少し不用心ではないかしら・・・?」



 織莉子の方からそれを聞くのは、それこそあべこべの状況だった。

 あの状況で真っ先に名乗り出るなんて、決断が早いどころか思考停止に近いような行為だったからだ。


 その思惑を察してか、カオルは難しそうな表情で頭を掻く。



カオル「私には迷ってる暇がないんだよ。

     カンナは強いし、友達は日に日に弱ってるし、私はこの町のことは何も知らない。

     だから正直、織莉子と協力しないっていう選択肢は選べないんだ」


織莉子「もし・・・、その友達を人質に取られたらあなたはどうするのかしら?」


カオル「裏切るよ、迷わず。その時は遠慮なく倒してくれて構わない」


織莉子「わかりました」



 しばしの逡巡の後、織莉子はカオルに深々と頭を下げた。



織莉子「私は全力でこの町を調べ上げます。

     もしも見滝原に聖 カンナが潜伏しているとするならば、私は必ず彼女を見つけます」


カオル「わかった。じゃあ私は、見滝原にいる間は可能な限り織莉子先輩の指示に従って動く・・・これでいいよな?」


織莉子「はい、大変結構です。よろしくお願いします」



 織莉子とカオルは堅く握手をした。


 小巻は「やれやれ」という風にそのやり取りを横目で流し見ていたが。

 マツリはひどく気後れした様子で、織莉子とカオルを交互に見ていた。


織莉子「さて・・・、日向さん。あなたの意見はまだ聞いていませんでした。あなたはどうしますか?」


マツリ「あの、その・・・えっと、マツリは・・・」



 マツリは狼狽していた。

 織莉子の気高く、正しすぎる瞳に。


 まるで両親の喧嘩を目撃してしまった幼子のように。

 酷い疎外感と無力感が心を突き刺していた。


 まっすぐ向き合うには、織莉子が一回り年上ということも確かに負い目ではある。

 本来ならマツリは、先輩の一挙一動に怯えて、スカートの長さにも気を使うような年頃なのだから。


 だが、それを差し引いたとしても。

 先ほどの織莉子とカオルのやり取りは、あまりにも高度で『大人』だった。

 いや・・・この場の空気、参加者の全てが、中学生には残酷なほどに高い意識を要求しすぎていた。
 

 とても着いていけず、心がショートしていた。

 パニックを起こす寸前だった。


カオル「ていっ」


織莉子「ひゃん!?」


マツリ「!?」



 唐突だった。

 カオルが背後から織莉子の大きく胸の空いた上着をずり下し。

 ブラジャーをつけた織莉子の胸が大きく露出した。


 余談だが、織莉子はおそろしく発育がよく。

 大人顔負けのグラマラスなワガママボディである。



マツリ「な、なっ・・・!?」


織莉子「何するんですか!?」


カオル「年下にプレッシャーかけてどうするんだよ、織莉子先輩。

    ただでさえ見知らぬ町で見知らぬ相手と戦うなんて、不安でいっぱいだろうに。

    それ以上圧をかけたら潰れちゃうだろ」


 織莉子はいそいそと上着を直しながらも、

 刺々しい視線をカオルに送る。



織莉子「場を和ませるにしても・・・、他にも方法はなかったのかしら?」


カオル「あー、ごめんごめん。あんまりいい身体なもんでつい、ね」



 特に悪びれる様子もなく、特に警戒したり気遣う様子もなく。

 カオルはヘラヘラと屈託なく笑っていた。


 さて、と。

 軽く息をついてカオルはマツリに向き直った。



カオル「えーっと、名前なんだっけ?」


マツリ「あ・・・、えっと。日向 茉莉ですっ!」


カオル「マツリ、私たちを信用するかどうかを決めるのは、ゆっくりで構わない。

     だけどその決断をするまでの間は、私たちの言うことに従ってくれ。

     カンナは本当に危険な魔法少女なんだ」


マツリ「は、はい・・・っ!」


カオル「これでいいよね、織莉子先輩?」


織莉子「そうですね・・・、もうそれでいいです」



 マツリは安心したようにほっと胸を撫で下ろす。

 なんだか格下のような扱いだけれど、ようやく自分もこの場の一員になれたような気がした。


 あすなろ市の魔法少女、牧 カオル。

 彼女もまた、美国 織莉子とは違った形の人の上に立つ才能の持ち主だった。



 織莉子のそれが『リーダーシップ』だとするなら、カオルのそれは『キャプテンシー』と呼ぶべきものだった。


 小巻の自己紹介を終えた辺り。

 頃合いを見計らったかのように。



カガリ「私は日向 華々莉、マツリのお姉ちゃんだよー」



 カガリは、突然現れた。



織莉子「え・・・?」


カオル「な・・・!」


小巻「!?」


カガリ「仲良くしてね?」



 カガリは紅茶のカップを揺らしながら、にっこりと微笑みかけた。


 いきなり現れた『敵』は、つまり。

 戦を始める前から既に、砦はトロイの木馬によって陥落していたことを知らせていた。


 あまりにも唐突すぎる乱入に、皆が騒めき、浮足立った。



カオル「こいついつの間に・・・! というかマツリのお姉ちゃんってどういうことだ!?」


織莉子(日向 華々莉、ということは!

     彼女が聖 カンナの他に、見滝原に潜伏している『悪意ある魔法少女』の一人!)


織莉子(なんてこと、招集には細心の注意を払ったつもりだったのに・・・。

     まさかこんなに早く私たちの存在が知られているなんて!!)


マツリ「カガリ・・・っ!」


小巻「いや、待って・・・。こいつ、『いつからここにいた』の!?」



 そう、真に驚くべきはそこだった。


 カガリの出現は、時間停止のような狡いトリックではなかったからだ。


 なぜなら。

 織莉子は最初から『5人分の席』を用意していたから。

 飲み物も、配布物も、全て5人分用意していたから。

 そう、『自分は含めずに5人分』である。


 つまり、このカガリの潜入工作は。

 会議が始まる前から既に完了していたということになる。

 織莉子の予知魔法を掻い潜るどころか、潜入したことすら誰からも認識されずに。


 「あのさ」と、言葉の枕を入れて。

 カガリは机に肘をつき、さも迷惑そうに口を開いた。



カガリ「そーゆー風に波風立てるのやめてくれないかなー。

     正直、すっごく迷惑してるんだよね。

     私たちなーんにも悪いことしてないのに、勝手に戦争みたいにされてさー」


織莉子「・・・」



 織莉子は今すぐ臨戦態勢に入ろうとしたが。

 周囲の様子を察し、それを早々に諦めた。


 カオルは完全に虚を突かれているし、小巻は混乱している。

 マツリは戦うどころではなさそうだ。


 軽く予知魔法を発動したが、強烈なノイズが入っていて何もわからない。

 こちらの手の内すら完全に暴かれている。

 抵抗は・・・無意味なようだ。


 マツリは表情を引き攣らせながら、カガリに問いかける。



マツリ「カガリ、どうして・・・!?」


カガリ「その『どうして?』は、何に対しての『どうして?』なのかな?」


マツリ「・・・」



 カガリは問う。

 マツリが自分に対して、一番強く抱いている思いはなんなのか、と。



マツリ「どうして、何も言わずに出て行っちゃったの。お父さん、すごく心配してたよ・・・」


カガリ「あはっ! それマツリが言っちゃうんだ!

     私にもお父さんにも何も言わずに魔法少女になっちゃったくせに!」



 どうやら、マツリの言葉は。

 カガリが一番望んでいた問いかけだったようだ。

 ケラケラと今にも泣きだしそうなマツリを嘲笑いながら、魔法少女・日向 茉莉の全てを踏みにじる。



カガリ「契約のおかげで目が見えるようになったマツリは、いつ消えても満足だろうけどさ!

     マツリが消えた後に残されたお父さんはどんな風に思うのかな! カワイソー!」


マツリ「・・・」



 絶句したような表情のマツリを見ると、一通り満足したようで。

 カガリは人差し指を立ててクルクルと回した。



カガリ「いいよ、意地悪しないで答えてあげる」


カガリ「私がここに来たのは復讐のためだよ、全ての魔法少女への」


マツリ「復讐・・・!?」



 パニックになりそうなマツリを庇うように、小巻がマツリとカガリの間に割って入る。



小巻「いきなり現れて随分な言い草ね、カガリさん。

    私たちが何かあなたの恨みを買うようなことをしたかしら?」


カガリ「そんなの簡単だよ、小巻ちゃん」



 カガリはおちょくる様に、小巻の顔を指さした。



カガリ「『自分の存在を大切にしなかった』。これほどわかりやすい業はないでしょ?」



 カガリの言い分。

 使われた『業』という言葉。


 全ての魔法少女が、多かれ少なかれ抱いている負い目。

 その弱みを付け狙い、全てを黒に塗りつぶさんと。

 悪魔の思想の本質が、鎌首をもたげていた。



カガリ「好き勝手に円環の理に消えた魔法少女のせいで、

     どれだけ多くの人生が狂っているのか考えたことある?」


 織莉子は瞳を閉じ、騒めく心を静める。


 「落ち着け、これは挑発だ」と。

 「こんな言葉に心が折られてしまっては相手の思う壺だ」と。

 何度も何度も自分へ、言い聞かせる。



織莉子「確かに魔法少女の寿命や、消滅という末路については、私も思うところがあります。

     私たちとしては、少しでもそんな業の埋め合わせをするために。

     魔獣を狩って人々の安寧を守ることで、この世界に貢献しているつもりです」


織莉子「それでは、不十分ですか?」


カガリ「うん! ぜーんぜん足りないっ!」


カガリ「だって大好きな人が死んじゃうことより大きな悲劇なんて、あるはずないでしょ」



 織莉子は毅然とした表情をどうにか保ちながらも。

 内心では、言葉の隙間から垣間見えるカガリの本質に怯えていた。



織莉子(不味い。彼女の心は・・・闇が深いどころじゃない)


織莉子(まるで深淵でも覗いているような気分。

     ほんの少しでも油断したら、底へ引きずり込まれてしまうような・・・!)



 カガリは発条が壊れた人形のように首を傾け、ゲラゲラと笑いかける。



カガリ「ねー、みんな。この世界のこと、好き? 魔法少女になったこと後悔してない?」


カガリ「答えてよ」


カガリ「ねー」


カガリ「ねー」


カガリ「ねぇー!!」


 真っ先に、この邪悪な威圧に抵抗したのはカオルだった。



カオル「ああ、そうだね、お前の言う通りだね。

     後悔ばっかりだよ! 悩まなかったことなんてあるもんか!」



 カオルは魔法少女へ変身し、真っ直ぐにカガリを見返す。



カオル「だけどそれをどうこう言われる筋合いなんてないな!

     私は誰かを守るために契約して! いつだって誰かを守るために戦っているんだから!!」


カオル「そんなに魔法少女の悪いところばっかり言うなよ!!」



 カオルの虚勢は、果たしてこの場の魔法少女の活路となったようだ。

 今にも闇に塗りつぶされてしまいそうだった、空気が変わった。


 小巻は不敵に笑い、魔法少女へと変身する。



小巻「私は契約しなければ、こうして生きてはいなかった。

   こうするしか方法がなかったのよ。

   だから何を言われようと、途中でやめる気なんてないわ」



 小巻は固有武器である戦斧を構える。

 その刃の背には、小巻の祈りの象徴であり、誇りの証である。

 赤十字の刻まれた盾が装着されていた。



小巻「道が1つしか残されてないなら! そこをとことん突っ走るしかないでしょう!!」


 織莉子は笑った。

 どうにかまだ笑うことができた。


 小巻の後ろで怯えるマツリに、微笑みかけると。

 光を瞳に宿し、毅然とカガリに向き合った。



織莉子「私は・・・、2人のように気高い理由ではなく。

     この命をかけた祈りを、自分のために使いました。

     『自分の生きる意味を知りたい』、それが私の祈りだったんです」


織莉子「果たしてそれは責められるべきことなのかしら」



 織莉子は変身する。

 その衣装は、一点の穢れもない純白だった。



織莉子「自分のために生きて、自分のために死ぬ」


織莉子「人間らしくて、大変結構じゃないですか」


 マツリもまた、心を決めたように。

 魔法少女へ変身した。



マツリ「ねぇ、カガリ」


マツリ「こんなことやめて、一緒に家に帰ろうよ」



 マツリの心は、もう折れてはいなかった。

 弱いままで、それは強く存在していた。

 怯えたまま、それを勇気で支えていた。


 4人の様子を一瞥すると。

 カガリは1つ微笑んだ。



カガリ「そっかぁー。じゃあ・・・」





    「好き勝手に希望を抱いたまま」




    「悔いもなく」




    「跡形も残さず」




    「死ね」




    「トバリ『嘆きの森』」




織莉子「!?」


小巻「なっ・・・!?」



 気付けば、そこは美国邸ではなくなっていた。

 カガリの姿はどこにも見えず。

 美国邸の客間は消滅し、怪談話がよく似合うような煤けた幽霊街へと変わっていた。



織莉子「そんな馬鹿な! 空間そのものを転移、いや・・・書き換えた!?」


カオル(テレポーテーションとか幻覚とかじゃない! クソッ、これはいったい何なんだ!?)



 あまりにも出鱈目だった。

 独自の法則に支配された世界の形成し、そこへ対象を強制的に引きずり込む。


 限定的にとはいえ、『世界を創る』という神の如き御業。

 この手口は、かつて世界に跋扈し、数多の惨劇を生み出していた『魔女の結界』と同じ手口だった。


 幽霊街の中央の、風化した尖塔から。

 一人の魔法少女が現れた。



???「ぎゃはははははははははっ!」



 彼女はその服装と相まって。

 さながら狂気に駆られた道化のように見えた。


 織莉子と小巻は・・・、彼女を知っていた。



織莉子「あなたは・・・」


小巻「優木・・・っ!!」



 彼女は両手の人差し指をこめかみに当てて、まさに道化のようなポーズで4人を挑発する。



沙々「あっはぁ☆ お久しぶりでーす、小巻さん織莉子さぁーん!

   あなた達に追放されて、ウジムシみたいに惨めに生きてきた優木 沙々でぇーす!」



 優木 沙々。

 風魔協から追放処分を受けた『利己的な魔法少女』。

 彼女は魔獣を増やすために、平気で一般人を餌にするような外道だった。


 故に。

 織莉子が直接指名手配し、完全に縄張りを封鎖して、風見野から追放した。



沙々「可愛がってくれたお礼に魔獣の餌にしてあげますよー☆」



 マツリのソウルジェムが警鐘を鳴らす。

 知覚の魔法が、この絶望的な状況を鮮明に知らせる。



マツリ「・・・っ!?」



 沙々が杖を振りかざすと、黒い★マークの光が四方へ飛び。

 それに呼応するように、無数の白い影が亡者のように起き上がった。



マツリ「皆さん気を付けてください! ここは魔獣に包囲されてます! ものすごい数です!!」



 数え切れないほどの下級魔獣。

 それに加え、シュゲン級7体、サトリ級5体。

 そしてゲダツ級の大型魔獣が1体。


 下手をすれば都市1つ荒廃させてしまう程の魔獣の軍勢。

 魔法少女4人に対して、オーバーキルも甚だしい程の戦力だった。

今日はここで終わりです。
読んでくださり、ありがとうございました。


シュゲン級とかサトリ級ってのはBLEACHの虚の階級みたいなイメージでいいのかな

久々に面白いまどマギss
あと作者めだかボックス読んでたろ

>>118
そんな感じです。
魔獣編を読んでいますが、作中で明かされる情報は少ないので、
設定はかなり自分の想像が入っています。
どうかご容赦ください。


シュゲン魔獣

姿は普通の魔獣とあまり変わっていない。
炎の手槍などの武器を使うようになり、単独で人を襲う。
強さは1対1で戦ってさやかちゃん(本編くらいの強さ)がちょっと苦戦するくらい。


サトリ魔獣

かなり人外染みた姿になっている。
内臓を巨大なキューブに変化させて押し潰すような攻撃を行ったり、
周囲の物質を劣化させるような瘴気を出すようになる。
強さはさやかちゃんを撃退できるレベル。


ゲダツ魔獣

超デカくて超強い。
姿は完全に人の形を残していない。
物質を凍結させる瘴気を広範囲に散布し、ものすごい数のレーザーで攻撃する。
魔獣編の作中ではさやかちゃん・マミさん・杏子ちゃんのトリオを2度撃退し、
規格外の魔法少女であるリボほむを正面から倒している。


美国 織莉子


‐出典‐

・魔法少女 おりこ☆マギカ
・魔法少女 おりこ☆マギカ(別編)
・魔法少女 おりこ☆マギカ(新約)


願い:『自分の生きる意味を知りたい』

固有魔法:予知

固有武器:水晶玉

ソウルジェムの色:白


母親は幼いころに他界しており、父親は政治家だったが、汚職が発覚して織莉子を残し自殺した。

父親の汚職が発覚して以降の、周囲の人間の態度の急変についていけずに、自分の存在意義を見失っていた時に契約した。


黒幕気質。

このSSでの織莉子の人間性は、新約の頃の織莉子が最も近い。

無意識の内に他人の精神や行動を支配したがるというのは、

人間不信になりかねないトラウマを負った彼女なりのスタンスなのかもしれない。


浅古 小巻


‐出典‐

・魔法少女 おりこ☆マギカ(新約)


願い:『私たちを守って』

固有魔法:防衛

固有武器:戦斧

ソウルジェムの色:群青


織莉子と同じ学校に通う中学3年生(来年度からは高校生)。

林間学校の施設の中で友人と一緒に火災に巻き込まれた際に契約した。


直情型。

自分の価値観が破壊されるのを嫌うタイプの人間。

この世界線ではいまだに契約できていないキリカに代わり、織莉子の右腕として動いてきた。

織莉子とは仲は良好とは言えないが、織莉子の実力と能力は認めているので、

その度々に反発しながらも結局は従っている。


牧 カオル


‐出典‐

・魔法少女 かずみ☆マギカ


願い:『自分がケガをした試合で傷ついた全ての人を救って欲しい』

固有魔法:身体強化

固有武器:スパイクシューズ

ソウルジェムの色:黄色


あすなろ市の魔法少女で、和沙 ミチルに救われて魔法少女を志した者の一人。

エースである自分がケガを負ったせいで、チームの中にいじめや軋轢が発生してしまい、

大切なチームメイトがお互いに傷つけあっているという状況に耐え切れずに契約した。


厚情型。

『他人のために契約した魔法少女』の例に漏れず、我が身を顧みない無茶をし、よく一人で突っ走る。

あすなろ組の中では、ミチルに魔法少女のデメリットを態々聞かされた上でなお、一番最初に契約に踏み切った人物。

損得勘定は苦手だが、状況を見極めて決断を下すのは非常に早い。

『リーダー』としては非常に危なっかしいが、『仲間』であるならおそらく一番頼りになるであろう存在。


日向 茉莉


‐出典‐

・魔法少女 すずね☆マギカ


願い:『目が見えるようになりたい』

固有魔法:知覚

固有武器:ガントレット

ソウルジェムの色:緑


ホウズキ市の魔法少女。

裕福な家庭の双子の姉妹として生まれたが、生まれつき目が見えなかった。

契約する以前に美琴 椿が母親代わりとなって世話をしていた時期があり、

ツバキへの慕情の念は強い。


受動型。

自分からは積極的に動かずに、周りに流されるタイプの人間。

しかし魔女の正体を知って、ほとんど総崩れになったすずね☆マギカの中で、

唯一「力尽きる日まで精一杯生きる」と誓い生存することができたという点では、

その精神的な強さは見滝原組にも引けを取らない。

マイナーなキャラが多く登場するので、一応補足解説を入れておきました。
次の話はできるだけ近い内に。


>>119
まだかボックスめっちゃ好きです。
読み返す度に新しい発見があって面白いです。

とりあえず前半だけできました。
投下します。


 インキュベーター達による、暁美 ほむらを素体とした円環の理の観測実験。

 魔法少女に対する裏切りのようなこの実験は果たして、

 美樹 さやか、巴 マミ、佐倉 杏子、百江 なぎさ、そして円環の理そのものによって、完膚なきまでに叩き潰された。


 それだけならまだ『次』に希望と教訓を託すこともできたのだが、

 この実験は結果として、暁美 ほむらの悪魔化を誘発するという取り返しのつかない事故を招いてしまった。


 それ故に、現在のインキュベーターは個体の約99.2%がほむらの支配下に置かれるという因果応報すぎる事態に陥っている。


 しかし第一段階の『観測』で、プロジェクトは完全に頓挫しまったものの。

 インキュベーター達による円環の理の支配計画は、準備だけならかなり先の段階まで完了していた。





  第5話 「青い目のインキュベーター」





 見滝原のマンションの一室、巴宅。


 多くの世界において、多少のメンバーの変化はあったものの。

 見滝原組の魔法少女の多くがここに集まり、よく紅茶を嗜んでいた。


 今日もまた、かつての世界のように。

 ここにさやか、杏子、マミの3人が集結している。



杏子「ほむらにはバレてないだろーね、さやか。

    今、私たちがこうやって集まっていられるのだって、奇跡みたいなものなんだぞ」


さやか「あんたこそ、お菓子か何かで買収されないでよ」


マミ「・・・」



 結果として、この3人は。

 『ほむらの詰めの甘さ』によって救われていた。


 なぎさに対してはそれこそ容赦なく、完全に魔法少女に関する記憶を抹消できたのだが。

 ほむらはこの3人に対しては、様々なことを躊躇った。


 記憶の改竄も、人間に戻す処置も。

 どこか安全に、取り返しがつくように行っていた。

 結果として全てが中途半端になってしまい、

 記憶のバックアップを残すというさやかの機転を見逃してしまった。


杏子「それで、この先どーすんだ?

    記憶は取り戻せたものの、魔法少女の力は全然使えねーぞ。

    仮に魔法少女の力を使えるようになったとしても、

    何にも考えずに突っ込んだら、あの時の二の舞にしかならないじゃんか」


マミ「そうね・・・、暁美さんはとても強かった。

    おまけに強力な味方が他に3人もいる、勝てる気がしないわ・・・」


さやか「あー、実はそれに関してはアテがありまして・・・」



 にしし、と。

 悪戯っぽく笑って、さやかは人差し指を立てる。



さやか「ここは1つ、困ったときの『神頼み』でもしてみようかと」


杏子「ふざけてんの?」


さやか「言葉の綾だよ! ちょっとは汲み取ってよ!」



 もー! と。

 さやかはテーブルをバンバン叩く。



さやか「カモン! キュゥべえ!!」


???「僕のことをキュゥべえと呼ぶのはやめた方がいいよ、認識の混乱を招くからね」



 そこに現れたインキュベーターを見止めると、マミと杏子は息を飲んだ。



マミ「青い目の・・・インキュベーター・・・?」



 そこに現れたインキュベーターは、多くの魔法少女が見慣れてきた姿とは大きく異なっていた。

 青い瞳、青い模様、そして銀のリング。

 雪のような真白な身体にそれはよく似合い、他のインキュベーターよりも神聖な印象を感じる。



???「はじめまして、ぼくはインキュベーターにしてキュゥべえには非ず」



 青い目のインキュベーターは、3人に対して微笑みかけた。



カミ「『カミオカンデ』、神様がくれた名前だ。ぼくのことはこの名前で呼んでくれると嬉しいな」


カミ「とりあえず場所を移そうか。ここだと、神様との謁見の場所としては少し狭い」


 3人と1匹は夜明けの見滝原の町を歩いていた。

 春は近いといえど、吐く息はまだ少し白みがかっている。


 歩きながらカミオカンデは滔々と語った。

 自分の秘密や出生を洗いざらい語った。

 彼の言葉はキュゥべえのそれとは異なり、聞いている者をどこか安心させるような響きがあった。



杏子「よーするに、アンタは円環の理に干渉するために作られたインキュベーターだと」


カミ「そうだよ。ぼくはソウルジェムとよく似た機関を動力源としていてね。

    ほんの少しだけ、君たちの心を『理解したふり』ができるんだ」


マミ「あなた達、あれで懲りてなかったのね・・・」


カミ「いや、インキュベーターの総意としては完全に懲りているよ。

    円環の理の支配計画は永久凍結されているし、今やほとんどの個体がほむらの言いなりだ。

    ぼくがほむらの支配下に置かれなかったのは、

    『精神疾患個体』として統合思念体とのリンクが切られているからだしね」


カミ「つまるところ、ぼくは捨て子なんだよ。はぐれ者と言ってもいい。

    だから正直なところ、他のインキュベーターの現状はさっぱりわからない」



 マミは少しだけ思案した後、1つだけ問う。



マミ「それが本当なのだとしたら、あなたは・・・寂しくないの?

    みんなからたった一人だけ切り離されて、役目も失ったままずっとひとりぼっちで・・・」



 それを聞くと、カミオカンデは立ち止まり。

 マミの方を振り向いた。



カミ「寂しい、という感情は理解できなかったな。

    ただ自分は総体から切り離されたのだと認識したとき、すごい勢いで思考力が蝕まれていくのを感じた」


カミ「未知の感覚だったよ。

    ぼくなりに結論を出すとすれば、あれは『寂しさ』じゃなくて『恐怖』という感情なのだと思う」



 マミはそれを聞くと、少しだけ微笑んだ。



マミ「そうね、きっとその通りよ」



マミ「カミオカンデ、私はあなたを信じたい。

    それがわかるなら、きっとあなたにもちゃんと心がある」


カミ「ありがとう、マミ。心があるというのは、インキュベーターにとっては皮肉でしかないけれどね」


 杏子はそれを聞くと、咥えていたスナック菓子を飲み込んで、カミオカンデに問いかけた。



杏子「あんたにはソウルジェムと似たものが入っているって言ったよな、つまり・・・」


カミ「そうだよ。ぼくが『神様』に会ったのは、恐怖が思考の全てを埋め尽くしたその時だった。

    まぁ元々、そういう目的で設計されていたから当たり前なんだけれどね」



 3人と1匹は、やがてある場所へと辿り着く。


 いくつもの風車が並ぶ河原。

 橙色の暁光が水面に反射し、きらきらと輝いている。



カミ「着いたよ、ここからは君たち自身の言葉で語り合うといい」


 そこに白いドレスを纏った彼女は立っていた。

 あの頃よりも、少しだけ大人びた顔立ちで。




 「さやかちゃん、マミさん、杏子ちゃん」



 「久しぶりだね」




 その微笑みは、この星に生きる誰よりも優しく、穏やかだった。


 彼女の名は『円環の理』。

 全ての魔法少女が還る場所。

 この宇宙全土に浸透している、万物の法則。

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

中編ができたので投下します。


 魔獣。

 再編された世界の魔女に代わる魔法少女の敵であり、心を食い荒らす異形の怪物。


 鹿目まどかの祈りにより再編され、魔法少女の希望が絶望に終わらないという、この素晴らしき世界。


 だがそこに待っていたのは、

 クライマックスを終えた後の『ぬるい消化試合』などでは断じてなかった。


 なるほど確かに。

 魔法少女が魔法少女を襲うという事例は激減した。

 未来に絶望し、自らソウルジェムを砕くという悲劇もほとんどなくなった。

 グリーフシードの供給源が枯渇し、身の毛もよだつ陰湿な共食いが始まるということもなくなった。


 だが殉職率は跳ね上がった。


 魔女との戦いが生温く思えるほどに。

 使い魔を養殖するという抜け道がある分、温情があると思えるほどに。


 魔獣との戦いは、純粋に過酷だった。


 魔力と感情を根こそぎ抜き取られて、

 初戦でいきなり円環送りになる魔法少女も珍しくはなかった。


 魔獣に個性はない。

 彼らにあるのは闘争と繁殖に特化した機能美だけだった。


 魔獣は自らを着飾ったりはしない。

 彼らは自分だけのオシャレな世界を作ったりはせず、戦いと捕食のみで己を主張する。


 魔獣に気の利いたマクガフィンなどない。

 ただただ無慈悲に、ただただ無感情に。

 彼らはまるで群れを成した飢えた獣のように、本能にのみ従って魔法少女と人間の心を食い荒らす。


 そして魔獣の『狩り』は、恐ろしく合理的でシステマチックだった。

 感情の赴くままに呪いをまき散らすだけの魔女とは異なり、生態に無駄がないのである。

 個の力こそ魔女には劣るものの、群れを成し、計算高く人間を襲う。

 そしていざ魔法少女との戦いになれば、兵隊アリのように統率された戦術を取る。


 どう考えても彼らには感情なんてないのに。

 彼らには底知れぬ魔法少女への殺意があった。


 どう考えても彼らには知性なんてないのに。

 彼らには効率的な闘争本能があった。


 捨て駒や陽動、包囲攻撃や陣形を組んだ戦術、

 果てには気配を隠してゲリラ攻撃を行う群れまでもいる。


 魔女を『独自のこだわりを持つシリアルキラー』と例えるなら、

 魔獣は『統率された一国の軍隊』だった。


 廃墟と化した都市での、相対。

 すなわち『織莉子が率いる魔法少女達』と『沙々が率いる魔獣の群れ』の決戦。


 織莉子は自らの状況を知ると同時に、いち早く行動を開始した。

 彼女らしくもなく、普段はめったに出さない大きな声を張り上げて。



織莉子「マツリさん、あなたは探知系の魔法が使えますか!?」


マツリ「え、えっと・・・! はい!!」


織莉子「大体でいい、大きい魔獣の数を今すぐ教えてください!」


マツリ「・・・15です!」


織莉子(超大型の魔獣も一体確認できる、私たちの力が平均的な魔法少女だとするならば・・・)


織莉子「彼我の戦力差、およそ5:1といったところかしらね」



 織莉子はとにかく早く判断を下した。

 戦力で圧倒的に劣っている状況では、電撃戦と逃走以外の選択肢はない。

 時間をかければかけるほど戦力による差が開き、包囲攻撃を食らって圧殺される。

 1秒でも早く行動を開始せねばならなかった。



織莉子(優木 沙々。彼女の得意とする魔法は『支配』だから、おそらくこの魔獣の群れを操っているのは彼女・・・)


織莉子(最も勝算の高い作戦は、『真っ先に優木さんを倒し、魔獣の群れの指揮を崩すこと』)



 風魔協のリーダーは伊達ではなかった。

 織莉子は約8秒で状況を判別し、この場を切り抜ける最適解と呼べる策を見つけた。


 織莉子は簡易の予知魔法を使って、沙々の顔をちらりと流し見る。

 沙々の顔には、薄く『死相』が浮かんでいた。



織莉子(全く勝ち目がない戦い、というわけではないようね)


織莉子「皆さん、自己紹介を終えたばかりで恐縮ですが。

     緊急事態ゆえに、とりあえず私の指示に従って戦ってください」



 浮足立つ3人を、凛とした雰囲気で諫める織莉子。

 自信に満ちた、冷静な声。

 不安さは欠片も見せない、凛々しい表情。

 それは戦場においては、沙々の支配魔法に劣らぬほどの支配力を持っていた。



織莉子「一列になってあの魔法少女へ特攻します。

     先頭は小巻さん、次に私、その後ろにマツリさん、殿はカオルさんにお願いしてもいいですか?」


小巻「了解!」


カオル「オッケー!」


マツリ「は、はいっ!」



 鋒矢陣形、またの名を突撃陣形。

 高い戦闘力を持つ部隊長を突撃させ、残りがその後ろに追随する陣形である。

 柔軟性の低く側面攻撃に弱い代わりに、正面の突破力は随一だ。

 何より敵に向かって真っすぐ突き進むという性質上、戦い方がわかりやすく、部隊の士気も保ちやすい。


 織莉子が兵法に通じ、八陣を知っていたのかは定かではないが。

 敵軍の大将が明確であり、大軍に対して寡兵で挑むという局面においては、これもまた最適解だった。


織莉子「絶対にこの列からは逸れないでください、一人でも脱落すれば私たちの負けです」


織莉子「特に小巻さん。あなたは絶対に優木さんに突撃するのをやめないでください。

     あなたが立ち止まってしまえば、たちまち私たちは包囲されてしまいます」


小巻「言われるまでもないわよ!」


織莉子「マツリさん。あなたは探知魔法の結果を、『みんなに』ではなく『私に』教えてください。

     情報の混乱は敗北に直結します。ですがあなたの探知魔法は切り札でもあります。

     あなたの探知が無ければ、一度の奇襲でこの部隊は壊滅することを心に留めてください」


マツリ「はいっ!」


カオル「私には何かないのか? 織莉子先輩」


織莉子「あなたの重要性は低いです。なので私たちの誰かが負けそうになったら遠慮なく飛び出してください」


カオル「わかりやすくて素敵だね」



 この間、およそ30秒。

 敵の包囲は既に始まっており、数多の下級魔獣のレーザーの発射準備が完了していた。

 致命的、ともすればこの間に敗北するリスクもあった30秒だが。

 とても有意義な30秒だった。



織莉子「では突撃!!」



 まるで開戦の銅鑼のように、百にも及ぶ魔獣のレーザーが一斉に放たれる。

 目も眩むほどの光と耳を劈く轟音と共に、小巻は先陣を切って駆けだした。

短いですが今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。
「こんな中学生いねーよ」とツッコミながら楽しんでいただけると幸いです。


 ――1年ほど前、日向邸にて。

    穏やかで、温もりに溢れた惨劇が始まっていた。



 椿というベテランの魔法少女が、華々莉と茉莉に向き合って座っていた。

 椿の傍らにはキュゥべえと、幼い銀髪の少女が寄り添っている。



椿「そうですか・・・。華々莉、茉莉。あなた達も魔法少女の素質を持っているのですね」



 椿は彼女たち二人に魔法少女の素質が芽生える以前より、双子の少女の世話人だった。

 椿の表情は沈んでおり、仲間が増えることを喜んでいるようにはとても見えない。


 キュゥべえは、一通りの説明を終えた。

 たった一度の奇跡を起こせるチャンス、魔法少女の宿命、ソウルジェムの仕組み、魔獣との戦い、円環の理など。

 魔法少女のノウハウについての一頻りを、包み隠さず全て教えた。


茉莉「椿、私も魔法少女になれるかな!?」



 茉莉は光を感じられない瞳を輝かせて身を乗り出した。

 椿はその様子を認めると、静かに首を振った。



椿「茉莉、キュゥべえの話を聞いていなかったのですか・・・?」


茉莉「聞いてたよ! みんなを苦しめる魔獣と戦うんだよね!」


椿「そうですね。そして、戦うのをやめた魔法少女は消滅してしまいます」


茉莉「・・・」



 怯む茉莉を、華々莉が横目で流し見ていた。



椿「魔法少女にならなくても、幸せな人生はあります。

   あなた達はこんな辛い運命を、自ら進んで背負うべきではありません」


茉莉「でも・・・」


華々莉「それじゃあ椿がひとりぼっちだよね。

     椿は一緒に戦ってくれる友達は欲しくないの?」



 明らかに落ち込んだ様子の茉莉をフォローするように、華々莉は問いかける。

 生まれつき盲目の妹は、どんなに過酷な条件だろうと魔法少女になりたがるであろうことを、華々莉は知っていた。



椿「大丈夫ですよ、華々莉。私にはこの子がいますから」



 椿は隣に座っていた銀髪の少女の髪を撫でた。

 銀髪の少女は少し驚いたような表情をした後、ふにゃりと蕩けたように笑う。


 少女の名は鈴音。

 椿以外に身寄りのない孤独な少女。

 彼女こそ椿の魔法少女の誇りであり、生きる意味だった。


 そんな鈴音の様子を見たとき、僅かに華々莉の心が騒めいた。


 未だに魔法少女に未練がありそうな茉莉の様子を認めると。

 椿は少し、卑怯な言い方をした。



椿「約束してね。華々莉、茉莉。私のことを好きでいてくれるなら、魔法少女にはならないで」



 華々莉は、割って入る隙などなさそうな椿と鈴音の様子をしばし眺めた後、小さくため息をついた。



華々莉(悔しいな、私じゃ駄目だったんだ・・・)


華々莉「じゃあ・・・、私たちが魔法少女にならなくても、椿は私たちの友達でいてくれるよね?」



 椿は穏やかに、安心したように。

 柔らかな表情で笑った。



椿「もちろんです」



 いかに理屈で納得しても。



 無理に抑え込んだ思いを消せはしない。



 開演のブザーが鳴り響く。



 惨劇は茉莉の抜け駆けから始まった。





 ツバキ、なんでマツリが魔法少女になったのに、そんなに嬉しそうなの・・・?





 どうして、いつもマツリなんだ・・・。


 
「カガリはお姉ちゃんなんだから我慢しなさい」

「マツリは目が見えないんだからカガリが助けてあげなさい」



 大人はみんなマツリのことばかり。

 ツバキだけが『私もマツリと同じくらい大事』だって言ってくれたのに。


 ツバキはスズネとマツリを選んだ。

 魔法少女という華やかな舞台の上で、自分だけがスポットライトから弾かれてしまった。


 挙句、ツバキはそんなカガリのことを気にも留めずに、安らかに円環へ逝ってしまった。



 ウソツキ。



 ウソツキだ、みんなウソツキだ。



 別にツバキは、カガリのことをぞんざいに思っているわけではなかった。

 むしろ深く愛し、心から幸せを願っていた。


 ただ、『優先度』が低かったのだ。


 ツバキにとってカガリは、

 『魔法少女になんかならなくても幸せになれる子』で『自分がいなくても大丈夫な子』だった。

 だからどうしても、自分以外に身寄りのないスズネや、生まれつき盲目であるマツリを優先してしまっていた。


「自分がいなくても大丈夫」


 それは全てツバキの中で自己完結した思い上がりだった。

 もっと言うなら、人間とは違う社会に生きる魔法少女がよく陥る思い込みだった。


 魔法少女の心情なんて知ったことではないカガリからしてみれば、

 母親のように慕っていた人物からいきなり見捨てられただけだった。

 自分の人生の中で大きなウエイトを占めていた人物が、何も告げずにいきなり消滅しただけだった。


 狭くて深いカガリの世界は、真っ二つに引き裂かれた。


 「なんで自分じゃダメだったんだろう?」


 「どうして自分を選んでくれなかったんだろう?」


 「何が悪かったんだろう? どうすれば良かったんだろう?」


 「本当は私のことが嫌いだったんだろうか?」


 永遠に答えがわからなくなった問いが、カガリの中で廻り続けた。

 出口のない堂々巡りが続き、幼い心は次第に淀み、腐敗していった。



 穏やかで全てに満足したようなツバキの死に顔が、ただただ恨めしかった。

 ツバキに選ばれた二人の魔法少女が、ただただ妬ましかった。

 周りを置いてきぼりにして、自分だけハッピーエンドで終わる魔法少女の物語がひたすら憎かった。



 愛憎。

 それがカガリを魔道に堕とした愛。

 報われることのなかった、心のすれ違い。

 こんなに苦しいなら、愛などいらぬ。


 ――時間軸は再び、現時点へ戻る。



 トバリ。

 悪魔と化した魔法少女の固有の能力。

 ダークオーブの内部に『自分のルールが適用された世界』を作り出し、

 まるで半透明な下敷きを被せるようにそれを現実世界に上塗りする。


 カガリのトバリ、嘆きの森のルールはつまり、『空想を現実にする能力』である。

 具体的には自分の心象風景の世界を作り出し、

 その内部の行動の結果を現実にフィードバックさせるというものだが、細かい説明は割愛する。


 とにかくこのトバリの内部に相手を引き込んだ時点で、

 俎上の鯉を相手にするがごとく、カガリの勝利は確定しているのだが。

 カガリはこれ以上の攻撃を仕掛けようとはしなかった。


カガリ「あっはぁ、派手にやってるなぁ沙々ちゃん。

     あんなにいっぱい魔獣をあげたんだから、一人くらいは壊して欲しいよね」



 彼岸花の咲き乱れ、金属的な光沢の羽の蝶が飛び交う、暗い部屋にて。

 カガリは豪奢な椅子に脚を組んで座り、頬杖をついて球体状に浮かんだ映像を眺めていた。


 シイラはカガリにかく言った。


 『私たち悪魔は、とにかく魔法少女と戦っちゃダメだ』


 『もっと言うなら魔法少女に悪魔を倒す《正義》を与えちゃダメだ』


 『百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。

  非戦こそが悪魔のやり方だよ。ワルモノにされて、やっつけられてハッピーエンドなんて嫌でしょ?』


 シイラは把握していた。

 正義のために戦えない魔法少女がいかに脆いのかを。

 そして心の強さが魔力の強さに直結する魔法少女という生き物に『強い意志』を与えたとき、

 どれだけの脅威になるのかを知っていた。


 だから彼女は、カガリにこう言い聞かせたのだ。

 「どうしても相手を殺したいのなら、自らの過ちによる自滅を狙え」と。



カガリ「これなら私は悪くないよね、シイラさん。

     沙々ちゃんみたいな子に恨まれてる魔法少女のじごーじとくだもんね」



 かなり恣意的に内容を曲解してはいたが、カガリはそれでも一応シイラの言いつけを守っていた。


 なるほど、これは暗殺よりもずっと気分がいい。

 高みの見物は蜜の味。

 安全圏から殺し合いを眺めるのはなかなかに甘美なものだった。



カガリ「楽しみだな、マツリはどんな顔で死ぬんだろう」



 カガリはまるで少女貴族にでもなったかのように、手を組んでゆったりと背もたれに身を預ける。

 真っ赤な装飾の施された椅子には、ハリセンボンのような紋章が刻まれていた。



赤い糸の悪魔、カガリ


呪いの性質:嫉妬


選ばれなかった主人公、伝わらなかった想い、切断された赤い糸。

亡き花への慕情は行き場をなくし、やがて触る者全てを傷つける棘装束となる。

冷淡に振る舞えば大体は見逃してくれるが、

裏切りと逃亡を何より憎むこの悪魔には、絶対に偽りの愛で接してはいけない。

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

お待たせして申し訳ありません。
明日には上げられそうです。

今までとはちょっとテンションが違う話になるかもしれません。

そういやすずね勢の他の連中ってどうしてんだろ
まだ出てないの全員契約してないんかな

>>170
かずみ勢のことを考えるとしてないんじゃない?してても千里だけだと思う。


 カガリの織莉子一味襲撃より、数日前。

 カンナは総帥であるほむらの直々の指名を受け、『箱庭の中枢』へと向かっていた。



カンナ「Damn(ふざけやがって)、相変わらず薄気味悪い場所だ・・・!」



 そこにはインキュベーターの眼を通して記録された無数の見滝原の映像が、丸く切り取られて映し出されていた。

 多くの人々や空間を一方的に観察するその光景は、まるで水族館のようである。


 いや、確かに。

 『他人を観察する』という偏執染みた固有魔法は自分のもので、

 この箱庭の中枢を構築するのにも助力したものだが。


 コネクト(観察魔法)を、ここまで悪用されるとは思わなかった。


 最奥の玉座にほむらは腰かけていた。

 傍らのテーブルに座るインキュベーターの言葉を聞き流しながら、

 タブレット端末を弄るように赤い光を放つ魔力球を操作している。



ほむら「ああカンナ、いらっしゃい。今はちょっと手が離せないから楽にしていていいわ」


カンナ「・・・神になった気分はどうだ? ミセス・ルシファー」


ほむら「思ったより大したことないわね、『なんだ、こんなものか』って感じよ」



 ベチャリ。



ほむら「・・・」



 どこからともなく現れた、人形のような使い魔がほむらにトマトを投げつけた。

 シイラ曰く、このパターンはほむらが背伸びをして気取っているときに起こるらしい。



カンナ「結構、調子に乗っているみたいだな」


ほむら「あらお優しい。そういう気遣いができるから、あなたは悪魔の中で一番好きよ」






第6話 「箱庭利権の宙ぶらりん」





 ほむらはハンカチで赤い汁をふき取りながら、指を鳴らす。

 リングを輝かせて宙に浮かぶインキュベーター達が、テーブルや椅子を用意しカンナを座らせた。



ほむら「飲み物は何がいい?

     コーラかしら、コーラよね。あなたアメリカ育ちだし」


カンナ「日本生まれの日本育ちなんだがね、まぁコーラでいいが」



 ほむらが足を少し上げると、その隙間にすかさずインキュベーターの1体が滑り込んできた。

 春が近いとはいえ、空調が弱いこの空間は少し冷える。

 ほむらはインキュベーターを踏み拉きながら、足先を温めていた。



ほむら「ふふふ、やはりあなたと一緒だと落ち着くわ。

     シイラもカガリも、まともに会話が成立しないんだもの。

     その点、あなたになら冗談も通じるし、からかい甲斐もあるのよね」



 ベチャリ、ベチャリ。


 ダバァ。



ほむら「・・・」



 ほむらの顔面と手元にトマトが命中し、

 コーラの入ったカップがひっくり返ってゴシックなスカートを濡らした。



カンナ「ハリーハリー・・・。早く本題に入れよ、お前と長く話していると頭がおかしくなりそうだ」


ほむら「やれやれ容赦がないわ、少しカッコつけるとすぐこれだもの」


ほむら「現在、見滝原には3種類の魔法少女がいる」



 ほむらは紫色のダークオーブを輝かせて、3つのホログラムを映し出す。



ほむら「1つは私たち、『悪魔に変異した魔法少女』」



 ダークオーブ型のシルエットがクルクルと回った。



ほむら「2つ目は、この世界に生まれ、この世界でインキュベーターと契約を交わした『普通の魔法少女』」



 ソウルジェム型のシルエットから、剣や杖が生えた。



ほむら「そして3つ目は・・・」



 1つの円から幾つもの円が枝分かれし、それはセフィロトの樹のようなシルエットになった。



ほむら「『円環の落とし子』よ」


カンナ「円環の落とし子?」


ほむら「ええ、円環の落とし子よ。

     シイラは普通の魔法少女ばかり警戒しているようだけれど、私としてはこちらの方がよほど恐ろしいわ」


ほむら「彼女たちは円環の理の一部であり、かつて魔女だった魔法少女よ。

     平行世界のどこかで絶望し、円環の理に導かれ。

     そして何らかの理由で円環の理から離れてこの世に顕現した、言わば天使のような存在ね」


ほむら「彼女たちには『魔女としての力』が内蔵されているだけではなく、

     存在しうる全ての平行世界の人格が束ねられている・・・手強いわよ」


カンナ「Wait(ちょっと待て)。

     それってこの前に倒した、美樹 さやかや百江 なぎさのことだろ。

     円環の落とし子とやらは、あれで全部じゃなかったのか?」


ほむら「積極的に円環の理に協力していた落とし子はあれで全部よ。

     でも『それ以外の落とし子』は、まだ残っているわ。

     使い魔の幻影などを含めなければ、見滝原には最低でもあと4人いる」



 「もっとも」と付け加え。

 ほむらはさも愉快そうに口元を抑えた。



ほむら「彼女たちの場合は、『混乱に乗じて円環の理から脱獄した』と言った方が適切でしょうね」


カンナ「なるほど、まさに予測不能のイレギュラーだな」



 カンナの瞳が鋭く光る。


 カンナはほむらに次いで、『他の世界』を熟知している悪魔だった。

 故に、魔女の力がどれだけ悍ましい物なのかは、言われるまでもなくよくわかっている。



ほむら「さて、本題よ。カンナ、あなたには円環の落とし子の方を探し出して、狩ってもらいたい」



 ほむらはカンナを見つめ、白くしなやかな指先を振る。



ほむら「引き受けてくれるかしら?」


カンナ「・・・」



 カンナは想起する。


 雅 シイラに窮地から救出され、たった一言で全てを支配されてしまったあの瞬間を。


 カンナちゃん。


 私は君にメリット以外の何も提示しない。


 私はあなたを拘束しないし、いつ裏切っても誰に寝返っても、何のペナルティも課さない。


 ただ、1つだけ面白い提案をしよう。




 『君がほむらちゃんの言うことを聞いてくれるなら、

  神那 ニコを人間に戻してあげる』。




 彼を知り己を知れば、百戦危うからず。


 希望と絶望の本質を理解すれば、魔法なんか使わなくても心は支配できるんだよ。


 理解できたかい? ひとりぼっちのヒュアデスちゃん。


 カンナはしばし目を閉じたのち、

 燃えるような決意を秘めた瞳を開く。



カンナ「OK、引き受けよう」


ほむら「あらまぁ、いい子ね。もっと色々要求されるのかと思っていたのに」


カンナ「よく言うな、断られるなんて端から思っていないくせに・・・。

     だが利害は一致しているからね。

     円環の落とし子とやらがまだ残っているなら、確かに私たちにとって一番の脅威だろう。

     とりあえずは言う通りに動いてやるよ、ミセス・ルシファー」


ほむら「ありがとう、それともう1つ」



 ほむらは口元に拳を当てて、クスクスと抑えるように笑った。

 ホログラムを映し出していたダークオーブが、イヤーカフスの形状に戻る。



ほむら「『ルシファー』はやめてもらえないかしら? しっくり来すぎて縁起が悪いわ」



 黒いイヤーカフスは、翼の生えた蛇のような形をしていた。


――見滝原、ガラス精錬工場の大焼炉。

   ほむらから指令が下った日、カガリが織莉子一味を襲撃しているのとほぼ同時刻。



 残念ながら、こちらはカガリのように鮮やかな工作術は成功していなかった。

 カンナは遠距離から狙撃のような暗殺を行い、見事に失敗していた。



カンナ「ぐっ・・・! 完全に気づかれた!!」



 高速で突っ込んでくる魔力源をどうにか捉えたその直後。

 カンナの左半身が吹き飛んだ。



???「あっはぁーーーー!! みぃーーーつけたっ!!」



 脱兎のごとく飛び出してきた仮面の魔法少女の蹴りが円を描く。

 飛び散った肉片や血飛沫が辺りにスプレッドされる。

 カンナは歯軋りをして後ろへ飛びのいた。



カンナ「ガッデム・・・! なんてことしやがる、人間だったら即死だったぞ!!」



???「?」



 仮面の魔法少女は「何を言っているのかわからない」、といった風に首を傾げる。



???「当たり前じゃん、殺す気でやったんだもん」


カンナ「せめて確認ぐらいしろよ! 戦争でもしている気か!?」


???「・・・」


???「あぁ! そっか! ごめんごめん。戦争してないんだね、この時代は!」



 両手を合わせてピョンピョン跳ね回る仮面の魔法少女。

 カンナはそれを苦々しく睨んで、軽く舌打ちした。



カンナ(ジーザスッ! どいつもこいつも・・・!!)


 カンナが忌々しく仮面の魔法少女を睨んでいる数瞬後。

 彼女に追随するように、更に二人の仮面の魔法少女が加わる。



猫の仮面「ああ、よかった。まだ終わっていないみたいですね」


鴉の仮面「いくらなんでも独り占めはズルいですよ、ラピヌお姉さま!

       せっかく生身の肉体を持って蘇えることができたのに!

       戦いも殺し合いもできないまま、円環の理に直帰なんてことになったらもう私は・・・っ!」



 感極まったように打ち震える鴉の仮面を、猫の仮面が優しく抱擁する。



猫の仮面「大丈夫ですよ。その時はこのミヌゥが、宇宙の終焉まで戦いに付き合って差し上げますので」


鴉の仮面「お前は本当に優しいなぁ、ミヌゥ。お姉ちゃんは嬉しいよ・・・。

       あれ、ミヌゥ? いや、ミヌゥお姉さまだったっけ・・・?」



 しばしの逡巡の後、まるで発条がはじけたように。

 黒い羽根を舞い散らせ、鴉の仮面の魔法少女はマントを翻す。



鴉の仮面「ククク・・・、カカカカァー! まぁ、どっちでもいいかぁ!

       一刻後にはみーんな死んでるかもしれないんだしなァーーーー!!」


カンナ(なんなんだよ、こいつら。どいつもこいつもキャラ濃すぎるだろ・・・っ!!)



 カンナは帽子を押さえながら、吹き飛ばされた左半身を修復する。



カンナ「一応聞いといてやる。

     お前ら誰だよ、いつの時代のどこの魔法少女だ?」



 それを聞くと、全員が全員気分が高揚したようで。

 三人は一斉に仮面を脱ぎ捨てた。


兎の仮面「長女・ラピヌ!」


鴉の仮面「次女・コルボー!」


猫の仮面「末妹・ミヌゥ!」



 仮面を脱いだ彼女たちの顔立ちは、西洋人のそれだった。

 魔女と魔法少女が入り混じったような、独特の威圧感が空間を侵食する。



コルボー「3人合わせて、トロア・ソルシエール!」


ミヌゥ「生まれは15世紀、所属はイングランド軍ですわ」


ラピヌ「よろしくねー、未来人さん!」



 カンナは半ば自棄気味に笑顔を浮かべる。



カンナ「そうですか、すごいですね。私は聖 カンナ、現代っ子の悪魔法少女だ!」



 カンナの頭部から曲がった角が生える。

 二重螺旋をイメージしたようなワイヤーフレームが、翼のように背中から伸びる。



カンナ「よろしくだよ、ソルシエールのヒッピー共!」



 カンナはネックレス状のダークオーブを輝かせ、

 黒い暗雲のような独自の空間を世界に上塗りした。



カンナ「トバリ、『ヒアデス星雲』!!」

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

もう新キャラは出ないと言ったな、あれは嘘だ。


>>170>>171
アリサ、ハルカは間違いなく契約していません。
千里は・・・どうなんでしょう?

それとあと一人は誰だ・・・双樹ならダークオーブ欲しさに襲ってくるか?でも呪いよりおぞましい輝きの宝石ってあのシリアルキラーにとって価値があるのか、無いのか・・・確定してないうちに言ってもしょうがないかww乙

投下します。


 カンナのトバリ、ヒアデス星雲。


 それは望遠鏡で星座を観るように、平行世界のシーンを映し出し、対象の在り方を知る能力。


 どこまでも自分の心を疑い、どこまでも相手の心を知りたがった、とても彼女らしい世界だったが。




 直接的な戦闘にはあまりにも無力だった。



コルボー「てんで期待外れだな。悪魔ってこんなもんなのか?」



 カンナは600年前の魔法少女達に、見事に血祭りに上げられていた。



ラピヌ「うぇひひひひ! まー、いいんじゃない?

     どーせこいつは『悪魔の中でも一番のザコ・・・!』とかそんなオチでしょ。

     悪魔はあと3人もいるんだから切り替えてこーよ」



 コルボーに前髪を掴まれ、顔を上げさせられているカンナは忌々しそうに歯軋りをする。



カンナ(3対1で嬲っておきながら何を偉そうに・・・!!)



 しばしそんなカンナの様子を眺めていたミヌゥだったが。

 彼女もまた、呆れたようにため息をつく。



ミヌゥ「何かしてくるかと思いましたが、本当にこれで終わりのようですね。

     それではパーティはこの辺でお開きにしましょう」


コルボー「ああ、そうさね。

      じゃーな、カンナちゃん。みしるしとしてそのダークオーブを貰うぜ」


コルボー「首ごとな!!」


カンナ(Fuck you・・・、呪われろクズども)



 コルボーの手刀が、黒い鳥のように飛来する。

 ネックレス状のダークオーブが掴まれると同時に、頚椎がへし折られる感触がカンナを襲った。


 カンナのトバリが上書きするルールは、あくまで『観測』。

 遠く離れた星には、いくら手を伸ばしても触れることができないように。

 彼女には他の世界に干渉する力は無いし、ましてや操ったり支配したりすることもできない。


 だからあり得ないのだ。

 別の世界の住人であるはずの、彼女がここにいるなんて。



カンナ「バカ、な・・・。なぜ、なぜお前がここにいるんだ・・・」



 ましてやもっとあり得ないのだ。

 かつて在りし世界では。

 彼女の仲間を破滅させ、心を踏みにじった怨敵であるはず自分のために。

 彼女が助けに来てくれるなんて。



カンナ「かずみ・・・!!」



 白い魔法少女が、カンナの身体を抱きかかえていた。


 自らの手からダークオーブを奪取され、呆気にとられていたようなコルボーだったが。

 突如として現れたかずみをしばし眺めた後に、挑発的な笑みを浮かべる。



コルボー「魔女の力・・・、なるほどお仲間か。だけどこれは何のマネだ?」


コルボー「そいつは円環の理サマに叛逆している『敵』だぞ。

      私とお前が争う理由は無いはずなんだがな」



 コルボーの挑発は、果たして見事に成功したらしく。

 精悍な顔つきだったかずみはすぐさま逆上し、後先を考えずにコルボーに殴り掛かる。



かずみ「黙れっ! 友だちを助けるのに、敵も味方もあるもんか!」



 だけれど悲しいかな、相手は百戦錬磨の封建社会の魔法少女である。

 勇ましく突き出された拳は、いとも容易く受け止められてしまった。



コルボー「威勢は大変結構だが・・・。

      魔法も使わずに普通に殴り掛かるとかナメてんのかァ!?」



 拳を掴んだコルボーは、そのまま腕を振り下ろし。

 かずみを地面に叩きつける。



かずみ「ぐぅ・・・!」



 コルボーは倒れ伏すかずみの腕を力強く踏んでへし折った。



かずみ「っ!?」


コルボー「どうしたオイ! まさか本当に後先考えず突っ込んできたのか?

      私たちの時代だったら、魔法少女じゃなくても死んでるぞ!?」


かずみ「・・・」ニィッ


コルボー「!」



 かずみの腕から、黄色い花が生い茂る。
 
 赤く実を結んだイチゴが弾けて、たちまち辺りに炸裂した。



コルボー「ぐっ! ふざけた魔法を・・・!」



 不敵な笑みを浮かべるかずみが、カンナを庇うに立ち塞がっていた。



カンナ「かずみ、お前・・・どうして・・・?」




 どうして私を友と呼んでくれるんだ・・・?



 そんな心を知ってか知らずか。

 かずみは能天気に、カンナにニッコリと微笑んだ。



かずみ「チャオ! カンナ、久しぶり!」



 かずみさん。

 この世界には数え切れないほどの絶望と希望があります。



 願いによって生まれたそれらは。

 全部正しくて、全部がどこか間違っているの。



 だから・・・。

 どれを一番大切にするかは、かずみさん自身の心で決めてください。



 大丈夫、自信を持って進んで。

 零れ落ちた選択肢は、全部私が受け止めますから。


 かずみの右手に光が集まり、それが杖の形になる。


かずみ「いつか、どこかの魔法少女さん。

     私はこんな拗れてわけわかんなくなった世界なんかより、私の友だちを選ぶ」



 かずみは杖を振りかざして、それをコルボーに突き付けた。



かずみ「だから寄って集って私の友だちを虐めた、性格が悪そうなアンタ達を今からやっつける!」


かずみ「OK?」



 コルボーはしばし唖然としてかずみを眺めていたが。

 やがてようやくその意味を飲み込んだようで、心の底から愉快そうな笑みを浮かべる。



コルボー「ヒヒヒヒ・・・、ヒッハーーーーハハハハハッ!!

      見てるかァ、円環の理サマァ! 裏切り者のユダがここにいるぞ!!」



 コルボーは翼のように黒いマントを羽ばたかせる。

 撒き散らされた黒い羽根が宙を舞う。



コルボー「いいね、いいね! 楽しくなってきたな!

      魔法少女同士の戦いはこうでなくちゃァな!」


コルボー「お姉さま方、こいつは私にくれよ!

      聖女(ラ・ピュセル)なんかよりもよっぽどノれそうな・・・最高の『敵』だ!!



 ラピヌは少しだけ不満そうな表情をしたが、肩をすくめてミヌゥと顔を見合わせる。



ラピヌ「しょーがないなー。じゃー大将首のほむらってやつは私のねー♪」


ミヌゥ「お手並み拝見、ですわ。

     600年前よりも更に熱いコルボーお姉さまの全力全開を見せてくださいな」


コルボー「ヒーーーッハハハハハハハッ!! 愛してるぜお姉さま方ァ!!」


 コルボーはまるで猛禽のように指を鉤爪状に開き。

 上気したような表情で、ギンギンとかずみを見返す。



コルボー「一応、自己紹介をしておこうか。

      私の名は『コルボー』! 600年前のしがないチンピラ魔法少女さ!!」


かずみ「私の名前は『かずみ』! プレイアデス聖団の一番星っ!!」


コルボー「かずみ・・・、一(かず)三(み)ねぇ・・・。

      カカカッ、面白い偶然もあったもんだなぁ!!」



 魔力が渦巻き、コルボーのソウルジェムが希望よりも澄んだ色に変わっていく。



コルボー「だけど気を付けろよかずみちゃん。

      魔法少女の方はどうだか知らないが・・・」



 コルボーの背後に浮かぶ、黒い葉を纏ったスケアクロウ。

 円環の落とし子は魔女の力を使う、それは彼女とて例外ではない。


コルボー「権謀術数渦巻く15世紀のヨーロッパは・・・、間違いなく魔女の黄金世代だぜ?」

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。
あと、原作のコルボーはここまでチンピラじゃないです。


>>185
4人目はかずみでした。


なんと!かずみだったのか

>>1のなかじゃカンナはあんまり強くない印象なのかな?まあ原作でもガチ戦闘では押されてたけど

投下します。


――某日、明朝。

   見滝原河川敷、風車通りにて。



 さやか、杏子、マミ、そして特異なインキュベーターが。

 この世に顕現した円環の理と対面していた。

 「久しぶり」とだけ言って微笑んだ円環の理の前に、さやかが頭を掻きながら進み出た。



さやか「えーっと、あー・・・。色々言いたいことあるけど・・・」



 ガバリ、と。

 さやかは勢いよく頭を下げる。



さやか「ごめん! ほんっとーにごめんっ!!

     あたしじゃほむらを止められなかった!!」


さやか「それどころかこの春まで自分の使命とも向き合わずに!

     グダグダと生きてた頃みたいな生活を満喫してた!

     ほむらの言っていた通りになってしまった! 本当に面目ない!!」


 歯噛みをしてずっと頭を下げるさやか。

 彼女をしばし見つめた後、円環の理は自ら膝をついてさやかと視線を合わせた。



円環の理「大丈夫だよ、私はさやかちゃんを責めないから」


さやか「・・・」



 さやかは頬を引き攣らせ、無理に笑顔を作る。



さやか「さすが女神さまだ、お優しいね・・・」


円環の理「ううん、そうじゃない。

       私はほむらちゃんが間違っていると思っていないから」


さやか「・・・」


円環の理「だから、さやかちゃんがほむらちゃんの言いなりになったとしても。

       それもきっと、たくさんある未来の内の1つの、在るべき形なんだと思う」


さやか「あたしは最初から・・・、期待なんてされてなかったの?」


円環の理「私は全ての魔法少女の祈りと絶望を受け入れる、それはほむらちゃんだって例外じゃない。

       もしほむらちゃんが勝ったとしても、逆にさやかちゃんが勝っていたとしても。

       私はどちらの結末もちゃんと受け入れるつもりだった」


さやか「あんな奴があたしたちと同じ魔法少女だっての!?」


円環の理「そうだよ、違いなんてどこにもない」


さやか「・・・」



 さやかは何かまだ言いたげに円環の理を睨んでいたが。

 諦めたようにため息をついて、自分の髪をワシワシと掻いた。



さやか「敵わないなぁ、もう・・・」


 さやかと円環の理のやり取りが一段落ついたのを見計らって。

 マミが口をはさんだ。



マミ「ちょっと1つ疑問なのだけれど・・・。

    円環の理の人格って、確か暁美さんに引き裂かれたのよね」


マミ「その人格が、今は人間として学校に通っている鹿目さんになっているのだとしたら・・・。

    今、ここにいるあなたの心は誰の物なのかしら?」



 円環の理はそれを聞くと、少しだけ困ったような表情をする。



円環の理「えーっと・・・、今の私も鹿目まどかの人格なのだけれど・・・。

       今の私は『ほむらちゃんが選ばなかった部分』なんだ」


マミ「選ばなかった部分?」


円環の理「うん。ほむらちゃんは『魔法少女になる前の鹿目まどかの人格』だけを選んで引き裂いたの」


円環の理「鹿目まどかという人間を作るだけなら、魔法少女になってからの記憶はいらないと思ったのか。

       それとも私を完全に壊したくなかったのか。

       どれがほむらちゃんの本心なのかはわからないけれど・・・」


円環の理「残ったままの『魔法少女になった後の鹿目まどか』の記憶を寄せ集めて。

       どうにかこうやって、みんなと話せるだけの心を作っているんだ」


マミ「まるでSFみたいな話ね、記憶の欠片を繋ぎ合わせて心を作るだなんて・・・」


 しばしそのやり取りを横目で眺めた後。

 今度は杏子が口を挟む。



杏子「アンタは『ほむらが勝ったとしてもその未来を受け入れる』って言ったね。

    つまり・・・、それが円環の理のスタンスなのか?」



 それを聞くと、円環の理は悲しそうに笑う。



円環の理「ごめんなさい」


円環の理「私は受け入れることしかできないの」


杏子「そっか」



 杏子はポケットから板チョコレートを出し、銀紙を剥がし始める。



杏子「当てが外れたな。女神様なら悪魔なんて、指先一つで消し飛ばしてくれるのかと思ってたけど」


さやか「あああああああああっ! もうっ!!」



 さやかは唐突に叫びを上げ、自分の額を拳で思い切り殴る。



杏子「なにしてんだ!?」


マミ「美樹さん!?」


さやか「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ!

     ちょっと僅かでも『全部まどかに解決してもらおう』と思っていた自分が情けないよ!!」


さやか「絶望だけじゃなくて、希望まで押し付けようとしてたのか! あたしは!!」


 さやかはガシガシと両手で頭を掻きまわした後。

 拳を握り顔を上げる。



さやか「ほむらは魔法少女であるあたし達が倒さなきゃダメなんだ!

     力を失おうと! 記憶を奪われようと! 魔法少女は絶対に諦めちゃダメなんだ!」


さやか「戦わなきゃ! どうにかしてあの悪魔を倒さなきゃ!!」



 変な決意を固めたようなさやかを。

 杏子たちは皆、呆れかえったような冷めた目で見る。



杏子「無茶言うなよ、ただの人間になったあたし等でどう戦えって言うんだよ・・・」


マミ「美樹さん、勇気と無謀は違うのよ」


円環の理「流石にそれは第三者として止めざるを得ないよ」


カミ「非合理的だ、君一人でやってくれ」


さやか「なんなんだよ、みんなしてぇーーーっ!!」



「そうよ、やめておきなさい。

  今のあなたが私に勝てるわけがないわ」



さやか「ああん!? お前もかっ、お前もあたしを馬鹿にするのかァーーー!!」


さやか「・・・えっ?」


 さやか以外の全員の表情が強張っていた。

 いつの間にか、彼女たちの周りには。

 不気味な玩具で遊びながら、甲高い笑い声を上げる子供たちが集まっていた。


 暗黒の口が開く。

 そこから這い出すように艶めかしい衣装を纏った彼女は現れた。



「ふふっ・・・。なんだかこうして集まっていると、ピュエラ・マギカ・ホーリークインテットの同窓会みたいね」



さやか「お、お前・・・っ!」



「おはよう、みんな」



 蠱惑的で、人の心を誘惑するような笑みを湛え。

 『大人』とはまた違った形で『完成』してしまった彼女がいた。



ほむら「私よ」



 子供たちが一斉に両手を上げて、声を揃えてと笑い声を上げる。

 そしてそれをさらに包囲するように。

 無数の赤い眼のインキュベーターが、あらゆる場所からそこを観察し、記録していた。

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

タイトルのセリフは投下分の中で出せませんでしたが、
それは書く順番が途中で入れ替わったためなので、特に意味はないです。


>>198
カンナがかずみ☆マギカの本編であれだけ大暴れできたのは、
プレイアデス聖団がかなり無理のある共犯行為をしていて、その溜まりに溜まった歪みを爆発させることができたおかげで、
カンナ本人の力はそれほど飛び抜けているわけではない、と解釈しています。
あと歴史に名が残るレベルの魔法少女3人を同時に相手にするのは、いくらなんでも分が悪すぎました。

ほんのちょっとだけできました。
投下します。


 ――トバリ『嘆きの森』内部での戦い



 織莉子の一瞬の編隊を認めると、沙々は思わずほくそ笑んでしまった。



沙々「さーっすが織莉子さん、集団戦というものをよくわかってますねー」



 そうだ、それでいい。

 足掻け、もっと足掻け。


 私がしたいのは虐殺じゃない、復讐だ。


 勝利を目指して必死に戦い、決死の手を打ち。

 戦いの果てに僅かな希望が見えた瞬間、それが踏みつぶされる。


 私が見たいのはそれだ。



沙々「くふっ、くふふふふっ!」



 必死こいて愚直にこちらに突進してくる小巻達が滑稽だ。

 可笑しくて笑いが止まらない。


 その偉人面した化けの皮剥いでやるよ、織莉子。

 次はテメーが無様を晒す番だ。



沙々「私はテメーみたいな・・・、

    強くて美しくてカッコいい奴が大っ嫌いだからなァ!!」





第7話 「魔法少女向いてないんじゃないですか?」




小巻「優木ぃ!!」



 小巻がすぐ間近に迫り、戦斧を振り上げていた。


 恐ろしい光景だ。

 私が魔法少女じゃなかったら、もしくは小巻の性格を知っていなかったら。

 処刑さながらの気迫にビビッて腰を抜かしていただろう。



小巻「っ!」



 私が動じることなくただ突っ立っているだけで、勝手に戦斧の太刀筋が逸れる。



小巻「こ、のっ!!」



 ぎこちない軌道で空振りした戦斧に代わり、回し蹴りが私の顔面を捕らえた。

 視界が揺れるような衝撃の直後、地面に吹っ飛ばされたが、ただそれだけだった。


 痛覚遮断を使っている今なら、猫だましにすらならない。



沙々「ほうら、お優しい。小巻さん、アンタ魔法少女向いてないんじゃないですか?」



 目を見開いて荒い息をする小巻を見やりながら立ち上がる。

 彼女は追撃すらしてこなかった。


 織莉子さぁーん、編成ミスですよ?

 ダメじゃないですか、人殺しに抵抗がある子を先駆けにしちゃ。


織莉子「捕らえました!」



 いつの間にか沙々の周囲には幾つかの水晶玉が浮かんでおり、

 星座を結ぶようにそれら1つ1つが光線で繋がり合い、ワイヤーフレームのような形になる。


 ああ、そうですよね。

 そりゃ、次は封印術を使いますよね。

 ご丁寧に皆さん全員が足を止めて、私を見守りながら。



織莉子「優木さん、あなたを捕らえました。この結界からは――


沙々「はい、ドブン」



 巨大な◇型のゲダツ魔獣の上半分が、花弁のように開いていた。

 それはゆっくりと回転しながら、

 風が渓谷を吹き抜けるような音を響かせて、巨大な瘴気の流れを収束させていく。



沙々「捕まったのはテメーらの方だよ!」


マツリ「あっ・・・!!」


カオル「全員、伏せろ!!」



 不死身の身体はこうやって使うんですよ、バーカ。


 その一瞬後。

 衝撃波が奔った。


 瘴気の砲弾が炸裂し、沙々を含む全ての魔法少女を爆炎が飲み込み。

 雷が落ちるような轟音を響かせて、高圧電流に似た瘴気が辺りに飛び散った。



 沙々はあろうことか自分自身を寄せ餌にして、一網打尽を狙ったのだ。

 ご丁寧なことに、自分のソウルジェムだけは、ゲダツ魔獣の内部へちゃっかり避難させておいて。

短いですが今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

投下します。





        優木 沙々は、クズだった。





「私たちは人間社会の管理者ではなく、あくまで人間社会を構成する一部分に過ぎないの。

 魔法少女として長生きしたいのなら、常々それを忘れないようにね」


 うるさい、うるさい、うるさい!!

 会う度会う度に・・・、ネチネチネチネチと説教しやがって!

 お前、何様だ! 一年早く生まれたのがそんなに偉いのか!?




「アンタねぇ・・・、そんな風にズルしながら生きてて楽しい?」


 うるさいっ!

 特別な奴が甘い蜜吸って生きて何が悪いんだよっ!!





「優木さん、流石にそろそろ戦闘上達してくれないとフォローキツいんですけど・・・」


 黙れっ!




「沙々っ! あなた夜の街でうろついてるのを見たって先生から――


 黙れっ!




「沙々! 成績が――


 黙れっ!




「将来の夢――


 黙れっ!




「やりたいこととか――


 黙れっ!


「優木さん」

「優木」

「優木さん」

「沙々」

「沙々」

「さっちゃん」

「ゆっきー」

「沙々」

「優木」

「ささ」

「ささ」

「さSA



 黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、全員黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!


「優木さん、あなた・・・! 自分が何をしたのかわかっているの!?」


「何をしたのか・・・?

 くふっ、くふふふっ! やだなぁ織莉子さぁーん、ちゃんとわかっていますよ?」



 どす黒い煙を上げて炎上する介護老人施設を背に、沙々は誇らしげにこう言った。



「私の支配魔法を利用した魔獣の養殖ですっ!

 これなら私でも、ちゃんと皆さんの役に立てていますよね!」


カオル「パラ・ディ・キャノーネ!」



 茜色に輝く弾丸が、カオルの右足から放たれた。

 それはミドルシュートの様な軌道を描き、

 無防備に開かれたゲダツ魔獣の発射口を撃ち抜いた。



カオル「イエスッ、ナイッシュ!」



 発射口から亀裂が走り、内部から光り輝く瘴気が漏れ出す。

 亀裂は誘爆するように次々に増えていき、次の瞬間ゲダツ魔獣は爆散した。



カオル「うっぷ・・・、よしっ。やっと超大型の魔獣を倒したぞ・・・!」


マツリ「でも魔獣の数はほとんど減っていません! 早く織莉子さんのところに行かなきゃ・・・!」


カオル「いや、待って。どうやら向こうも勝負がついているみたいだ」


 肩で息する小巻が、戦斧を杖のように突いて寄りかかる。

 度重なる防壁魔法の乱発により、ソウルジェムは半分以上濁っていた。



小巻(優木のやつ・・・、こんなに強かったの!?)



 織莉子もまた、生傷の修復に回す魔力すら惜しいといった風の満身創痍だったが。

 どうにかワイヤーフレームのような結界を展開し、沙々を捕らえていた。



沙々「う、ぐ、ぐ・・・!」


織莉子「終わりです、優木さん」


沙々「なんでだよぉ・・・なんでっ!」


沙々「なんで私が素直になると、みんな寄って集って袋叩きにするんだよ!!」


沙々「私だけが間違っているのか! 私だけが発言権がないのか! 私だけ魔法を使っちゃいけないのか!」


沙々「私だけ何も支配する権利がないんですかぁ!?」


小巻「・・・」



 小巻は沙々の方から目を逸らした。


 頃合いを見て、カオルが織莉子に歩み寄った。



カオル「織莉子先輩、これ」


織莉子「これは・・・」


カオル「多分あいつのソウルジェムだよ、一番強い魔獣の体内に隠してあった」


織莉子「酷い濁り方、ですね・・・」


カオル「どーすんの? 魔獣はたくさん倒したから、グリーフキューブは十分にあるけど」


織莉子「・・・」



 織莉子は沙々の方を流し見るが、すぐに目を逸らして絞り出すように言った。



織莉子「助ける理由は、ありませんね」


カオル「・・・見殺しにすんの?」


織莉子「介錯です。あの様子ではどの道、優木さんはもう・・・」



 悲痛な決意を固めたような織莉子を見て。

 沙々はゲラゲラと耳障りな高笑いを上げた。

 彼女は泣きながら笑っていた。



沙々「くふふ、くははははははははは!!

    やっと化けの皮が剥がれましたねぇ織莉子さぁーん!!

    そうだよ、それですよ! それが魔法少女の本性ですよ!!」


小巻「こいつ・・・!」


沙々「どーします! こんなクズは円環の理に導かれる前にソウルジェムを砕いちゃいますか!?」


織莉子「・・・」


織莉子「魔法少女の死は・・・、全ての者に対して平等であるべきです。

     私は待ちます、あなたが円環の理に導かれるまで。

     先に逝ってください。私もいずれ、あなたと同じ場所に逝きます」


沙々「お優しい! だが、甘ぇよ!!」



 織莉子は背後からの衝撃に吹き飛ばされた。



織莉子「がっ・・・!?」



 この場で唯一、沙々の口三味線に乗せられて同情してしまった者がいた。

 マツリはほんの一瞬だけ、沙々の支配魔法が『効いてしまった』。



マツリ「あ、あれ・・・?」



 マツリが再び意識を取り戻したのは。

 沙々へソウルジェムを投げ渡した一瞬後だった。



沙々「くふっ、くふふふふ! くははははははははははっ!!」



 ワイヤーフレームの結界が破られ、沙々は自由となる。


 沙々が杖を振り上げると、廃墟街の天蓋が赤黒く輝きだす。

 彼女の支配魔法は、この嘆きの森という世界自体を支配し始めた。


 つまるところ、今の彼女は。

 この世界を思うままにできる。


 無論、魔力が尽きるまでの僅かな時間だけ、だが。



沙々「これで終わりだ、何もかも!!」



 魔獣達が起き上がる。

 ぶちまけられる沙々の呪いの感情を食らい、その目は爛々と輝きだした。



沙々「魔獣共、優木 沙々の最期の支配魔法だ!

   『こいつらを殺せ!』

   『仲間が死のうが自分が死のうが!』

   『一つでも多く魔法少女の死体を増やすんだ!!』」


織莉子「まずい!」


小巻(私の防壁魔法で防ぎきれるのか・・・! この数っ!!)


沙々「無理無理無理のカタツムリィ! みんな死ねぇっ!!」



 織莉子達を包囲する魔獣達から、幾千ものレーザーが放たれる。

 それはまるで、光の津波に飲み込まれたような眩さだった。


 が、そのレーザーはまるで丸めた紙屑のように。

 緩い放物線を描いて一斉に地に墜ちた。


 全ての魔獣が跪くような姿勢になる。

 全ての魔法少女がまるで平伏すように、地面にうつ伏せに倒れる。



沙々「え? あ、あれっ・・・?」


カオル「何が起こった!? クソッ、動けない!!」


織莉子(こ、これは・・・! なんて不吉な予兆なの!?)


マツリ「ひっ!!」



 強力な重力場が発生していた。

 この舞台の上にいる役者も小道具も分け隔てなく、全てひっくるめにして地面に縛り付けていた。



???「そう生き急ぐもんじゃないよ、沙々ちゃん」



 彼女はまるで花道を歩くジェンヌのように、跪く魔獣達の列から歩み寄ってくる。



マツリ(な、なに・・・! 沙々さんともカガリとも違う!!)


マツリ(あの人の心、怖いっ!!)



 彼女が立ち止まると同時に、空中で静止していた魔獣のレーザーが一斉に動き始める。

 それらは地面に着弾し爆炎を上げ、この場の誰よりも邪悪な彼女を照らし出した。



シイラ「命は投げ捨てるものじゃないぜ」



 雅 シイラ。

 カーテンコールの悪魔がそこに居た。

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

投下します。



 枯れ葉剤の魔女。

 その性質はグッドトリップ。


――トバリ、ヒアデス星雲内部にて。


 星の瞬く一面の荒野。

 そこではコルボーとかずみの一進一退の攻防が続いていた。



コルボー「ちっ・・・!」



 振り下ろされたかずみの杖を受け止めるが。

 次の瞬間にかずみの頭突きが顔面を捕らえる。



コルボー「ぐっ・・・!」


コルボー(クソッ! 速すぎるし、力が強すぎる!!)



 固有魔法も追加習得魔法も戦闘技術も全て対魔法少女に極振りしているコルボーに対し、

 かずみは単純なスペックによるゴリ押し戦法だけで互角に渡り合っていた。



コルボー(なによりこいつ・・・、ソウルジェムのキャパシティが大きすぎる!

       魔力の消耗を押し付けているのに、一向にソウルジェムが濁る気配がない!

       生前は相当強い因果を持つ魔法少女だったらしいな・・・!)



 不利な状況にもかかわらず、コルボーは笑う。

 まるで大物を見つけた狩人のように。



コルボー(だがな、それならそれで幾らでもやりようがあるんだよ!)


 コルボーが手袋の端を噛み、勢いよく右手を引き抜く。



 次の瞬間、かずみのピアスが激しく警鐘を鳴らした。



 基本的にコルボーの攻撃は全て受け止めるか防ぐかで対応していたかずみが、

 初めて反射的にコルボーの貫手を避けた。


 コルボーは内心で軽く舌打ちをする。

 初撃を避けられたら『暗器』の意味がない。



コルボー「おやおや何にびっくりしているんだ、かずみちゃん。

       魔法少女は無敵だろ? ただの手刀をそんなに必死に避けてどうしたんだ」


かずみ「じゃあ、なんでわざわざ手袋を外したの?」


コルボー「・・・」


コルボー(気づいているのか。オツムが足りなさそうな顔なのに、頭の方もよく回るもんだ)



 コルボーの毒手、『鮮紅万死』。

 その手刀には魔法で生成した特殊な病原体を帯びており、

 それは傷口を化膿させて、回復速度を上回る速さで肉体を破壊し続ける。

 まるで魔法少女を殺すためだけにあるような技術だった。


 ああ、痛い。なんなんだよチクショウ、最悪だ。


 Damn、本当に不様だ。

 何やってるんだよ私、バカか。なんでこんなに酷いことになっているんだよ。


 結局、私は・・・。

 自分の意志で動いていると勝手に思い込んでいただけで。

 ただシイラの口車に乗せられていいように踊らされていただけじゃないか。


 もういいや、このまま死んだふりしてよ。

 よくよく考えたらどうせ私の命は偽物なんだ。

 死のうが、生き延びようが、世界が滅びようが、もうどうでもいい。



 ・・・。



 あれ、そういえば私・・・。

 どうしてまだ死んでないんだ?


 目覚めたカンナの目前には。

 鮮紅万死の毒が回り、全身がグズグズに腐っているかずみが立ち塞がっていた。

 可愛らしかった純白の衣装は膿と敗血に汚れ、もう見る影もない。


 単純な戦闘力だけで見れば、間違いなくかずみが優勢だった。

 だがコルボーが倒れ伏すカンナを狙った攻撃を放った途端、一気に形勢が逆転してしまった。

 一撃を貰った後は無残なもので。

 かずみは回復不能の猛毒の斬撃を一方的に浴び続けた。


 カンナの気配を察したのか。

 かずみのテレパシーがカンナに届けられた。



かずみ(あ・・・、気が付いた?)


かずみ(ごめんね、カンナ。あんなにカッコよく登場したのに、もう勝ち目ないっぽい)


かずみ(でも、安心して。どうにかカンナが逃げ出せる隙ぐらいは作って見せるから)


カンナ(なんで・・・)


カンナ(なんでだ、なんでだ、どうしてだ!?)


カンナ「無理だよやめろよ! 何やってるんだよ、かずみ!」



 カンナは身を起こして吠える。

 まるで鏡に映った自分を威嚇する野良犬のように。



カンナ「なんでそこまでするんだ!

     どうしてそんなになってまで戦っているんだ!

     こんな世界はお前にとって故郷でも何でもない、ただのIFだろうが!」


カンナ「そうじゃなくても!

     お前にとって聖 カンナは、昨日今日現れたただの敵だろうが!

     自分の命を何だと思っているんだ! 他にやることないのかよ!!」



 一連の流れを見ていたコルボーが、ニヤリと笑って手を伏せる。

 まるで「続けろ」とても命ずるように。


 それを認めると。

 かずみは穏やかに微笑んで、カンナの方へ振り向いた。



かずみ「寂しいこと言わないで。

     わたしが円環の理から出てこられたのは、カンナが呼んでくれたからなんだよ」


カンナ(呼んだ・・・? 何を言っているんだ、私がいつ助けてくれと頼んだ?)


かずみ「カンナの悲しみは、すっごくよくわかるんだ。

     私だってツクリモノとして生まれたんだもん。
 
     自分の命の意味に悩んだことなんて、百や二百じゃ足りないよ」


かずみ「でもね。精一杯ずっと生き続けて、最期に円環の理に導かれて、やっと答えが見つかった」



 かずみは杖を握り直し、しばし目を閉じて再び見開く。



かずみ「私は今度こそ友達を守って見せる!」


カンナ「なんで・・・」


カンナ(なんで・・・)



 「いつ助けを求めたのか?」、そんな答えは明白だった。

 カンナはいつだって助けを求めて叫んでいた。

 在るか無いかもわからない、遥か遠い平行世界へ向けて。

 ずっとSOS信号を送っていた。


 一息ついて、かずみはコルボーの方へ向き直る。



かずみ「待たせてごめんね、コルボー」


コルボー「構わないさ、こういうの大好きだからな」


かずみ「じゃ、やろうか。たぶん、次で最後!」


コルボー「ククク、いいだろう。

       感動的な遺言を残せたから、もう死んでも悔いはないよな、かずみちゃん?」



 コルボーの背後に佇んでいたカカシが骨格を変え、禍々しい大鎌のような形状になる。

 それを握ったコルボーは、その黒と灰色の装束と相まって、さながら死神の様だった。


 それはコルボーが生前は使うことのなかった、奥の手の中の奥の手。

 魔法少女ですら体外に排出できない猛毒を大量に叩き込み、ソウルジェムの魔力を一気に蒸発させる一撃必殺。



コルボー「Mortem autem heros」



 その言葉を日本語に直せば、『英雄の死』。



 無論、もはや勝敗は決している。

 いくらいいセリフを語っても、どれだけ悲壮な決意を固めても。

 かずみはコルボーにあっけなく敗北する。

 神と悪魔の第二の前哨戦は、この上なく屈辱的な結末で幕を下ろすことになる。



かずみ「届け! スカーラ・ア・パラディーゾ!!」



 それでも、かずみは怯えない。


電気羊の悪魔、カンナ

呪いの性質:憤怒


インストールに失敗した破損フォルダー。

脈絡なく常に怒っているが、矛先を見失っているだけで、基本的にそれは正当な憎しみである。

絞首縄を振り回し、出来損ないのカウボーイを処刑する。

思春期の痛みを忘れた人間は、決してこの悪魔に説教をしてはいけない。

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

投下します。






 第8話 「多分、それでいいんじゃないかな」





 かずみの元から光の柱が出現した。

 それは積乱雲の裂け目から伸びる夕暮れの日差しのように、

 ネブラディスクのようなヒアデス星雲の天蓋を突き破り、見滝原の空へと上がっていく。



かずみ「チャオチャオ、15秒後にまた会いましょう」



 かずみはその光の柱の中へ、足を踏み入れると。

 風に舞い上がる木の葉のように、勢いよく上へ吹き上げられた。


コルボー(なんだ、上へ・・・?)



 突然その場から消え失せたかずみを見て、コルボーは軽い困惑を覚える。



コルボー(まさか、逃げられたのか!?)



 コルボーは慌ててカンナの方を振り向くが、カンナは目を見開いてその場に座り込んでいた。



コルボー(・・・)



 コルボーの洞察が始まる。

 かずみの言葉を信じるならば、制限時間は15秒。


 カンナを抱えて逃げることができるなら、恐らく最初からそうしている。

 それができなかったから、かずみはずっと絶望的な防衛戦を続けていたのだ。

 かずみはきっと、救おうとしていた相手を途中で見捨てて逃げるような魔法少女ではない。

 数分前に出会い刃を交えた程度の仲だが・・・、できればそう信じたい。


 万が一、敵前逃亡だったとしても。

 こちらには『空間移動』の魔法が使えるミヌゥがいる。

 追い駆けっこになったら逃げ切れるはずがない。


 じゃあなんだ、あの行動の意味は?

 それに、15秒後って言うのはどういう意味だ?



 ・・・。



コルボー(まさか!!)



 12秒が経過した辺りでコルボーは真相へと辿り着いた。


 コルボーが慌てて、その魔力柱の先端を見上げる。


 魔力柱の先端にて。

 水泳のクイックターンのようにかずみが遥か上空で急旋回し、

 空中を思いきり蹴るまさにその瞬間だった。


 急降下爆撃。

 それがかずみの狙った、逆転の一手。


 それは第三者の視点から見れば、極めて合理的な戦術だった。

 コルボーを倒すだけが目的ならば、最高の一手と言ってもいい。

 速度を付けた突進なら、とても素手では撃ち落とせない。

 加えて大振りな武器の居合では、上から来る敵を迎撃できない。


 だが。



コルボー「ククク、ヒヒヒ・・・ハハハッ!」



 コルボーは笑う。


 文字通り全身全霊を掛けた、かずみの全力の一撃。

 その名は『メテオーラ・フィナーレ』。                                                                                                                                                                                  


 上空から標的めがけて亜音速で突っ込むこの一撃は、

 状況が状況なら、あの難攻不落の魔女であるワルプルギスの夜ですら倒すことができたのかもしれない。



かずみ「!?」



 だがその希望的観測も、『当たれば』の話だ。


 着弾地点にコルボーはいなかった。

 代わりに黒い葉と屑鉄でできたようなカカシが直撃を受けて、粉々に吹き飛んでいた。



コルボー「Salve(ご愁傷)」


かずみ「・・・っ!」



 落下の衝撃で身動きの取れないかずみの前へ、ぬらりと彼女は現れる。


 かずみはこんなに簡単なことを失念していた。

 魔女の影をデコイにした変わり身の術は、円環の落とし子が使う魔法の基本中の基本だったのに。



コルボー「Vale, amor in populum!(さようなら、愛しい人よ!)」



 振り抜かれた大鎌。

 それは深々と、かずみの胴体を袈裟懸けに切り裂き、

 致死量を遥かに超えた猛毒が、余すところなくかずみの身体に叩き込まれた。



かずみ「・・・っ!!」



 かずみは切り裂かれた傷口を抑えて跪く。

 まるで何度も何度もエラーを繰り返す古いパソコンのように。

 魔法による傷口の治癒は失敗し、その度に黒ずんだ膿が溢れ出す。



カンナ「かずみ! かずみぃ!!」


ミヌゥ「勝負あり、ですわね。ああなったらもう魔法少女でも助かりません」



 傷口の修復に失敗し、膿と血が流れ出ていくにつれて、

 かずみの顔色はみるみる青白くなっていく。


 失血性のショック症状。

 ゾンビと化した魔法少女にとっては、本来無縁であるはずの肉体的な死が迫ってきていた。



カンナ「お前っ、お前っ!! この人殺しがああああああ!!」


コルボー「ああ、そうさ! かずみは死ぬ、私が殺した!!」



 コルボーは恍惚としたような表情で、かずみを見下ろす。



コルボー「流石だな、かずみちゃん。

       その有様でもなかなか死なないなんて、どこまでソウルジェムのキャパシティが大きいんだ?

       お前、生まれた時代が時代なら、すごい英雄になれていたぞ!!」



 そんなコルボーの称賛も虚しく。

 かずみは俯いて、今にも消え入りそうな意識を必死で繋ぎ止めている。



コルボー「まぁ、それでも死ぬのは時間の問題か。むしろ苦しみが長続きするなんて酷い皮肉だなぁ、オイ?」


コルボー「お陰で私は、少しだけ長く勝利の余韻に浸れそうだな」


かずみ「・・・」


コルボー「あ? なんだって?」



 かずみは笑った、こんな状況にも拘らず。

 不敵にも不遜にも、彼女は笑った。



かずみ「まだ、勝ったと思うなよ・・・っ!」


コルボー「あ? なんだと――


ミヌゥ「コルボー! 後ろっ!!」


コルボー「!?」


「そこまでです」


コルボー「なっ・・・、!?」



 突然の背後からの声に、コルボーは反射的に振り向こうとするが。

 ガシャンという金属音と共に、振り返る動作が引っ掛かるように止まる。


 コルボーが握っている大鎌が、魔力の鎖で雁字搦めに縛り付けられていたのだ。



「変身を解いてください、コルボーさん。

 勝敗は既に決しています、これ以上かずみさんに追撃することは許しません」


コルボー「お、お前・・・、エニシか!? これはいったい何の真似だ!?」



 どこか毅然とした雰囲気を感じさせる、振袖の魔法少女がそこにはいた。

 彼女は凛とした面持ちで御幣をコルボーへ向けている。


 彼女は謎めいた魔法少女。

 彼女は円環の理がどうしようもなく破綻しそうな状況になると、

 どこからともなく現れてダメージコントロールを行う精霊のような存在。

 そして彼女こそが、インキュベーターの監視網ですら捕捉できなかった『5人目の円環の落とし子』。


 彼女の名は環 エニシ。


コルボー(まさか・・・!)



 まるで見計らったかのような第三者の乱入に、コルボーに嫌な予感がよぎる。



コルボー(あの空高くに上った魔法は、最初から攻撃の為じゃなく!

       エニシに居場所と危機を知らせるためのものだったのか!?)



 かずみは小刻みに震えながら、小さく笑った。



ラピヌ「ちょ、ちょっとー! エニシが来るなんて聞いてないよぉー!」


ミヌゥ「・・・」


エニシ「変身を解いてください」


エニシ「あなた方3人がどれだけコトワリ様に救われ、

     どれだけコトワリ様を大切に思っているのかはよく理解しています。

     だからこそ円環の理からの脱走なんていう特大の違反を看過していたんです」


エニシ「ですが」



 エニシは目を細めて、コルボーとかずみを交互に見る。



エニシ「これは誰がどう見てもやりすぎですよね?」


エニシ「生きている魔法少女同士ならいざ知らず、『コトワリ様に導かれた魔法少女同士が殺し合いを始める』。

     これが容認され、前例となってしまえば、魔法少女達の風紀は大きく乱れます」


エニシ「ここは止めないわけにはいきません」



 コルボーは歯軋りをし、大鎌を手放して毒を纏った右手を振りかざす。



コルボー「こんな非常時に面子や体裁を守ろうってのか!?」



 猛毒の貫手を喉元へ突き付けられても。

 エニシは怯みも怯えもしない。



エニシ「こんな時だからこそ、ですよ。こんな時にこそ本質が浮き彫りになるんです」


エニシ「『戦争に勝てるのなら何をしてもいい』。

     『多くの命を救えるのなら、犠牲者を出しても許される』。

     そんな風に思考停止を始めると、どんどん社会はおかしくなっていってしまう」



 エニシは白磁を思わせるような滑らかな掌で、そっとコルボーの右手を抑える。



エニシ「『守るべき世界を焼け野原にしてまで勝利すること』は、コトワリ様の望むところではありません」


コルボー「・・・っ!」


 しばしの沈黙が流れた後に、今まで静観を続けていたミヌゥが割って入った。

 ミヌゥの中には既にエニシの理屈を打ち破るレトリックが出来上がっていた。



ミヌゥ「なるほど、あなたの言い分はよくわかりました。

     しかしそれはあくまであなた自身の『動機』でしょう?」


ミヌゥ「現実世界へ干渉する権限のないあなたが。

     ましてや全ての魔法少女の下に位置しているあなたが。

     こんな風に争いを仲裁できる『理由』にはなっていませんよ」


エニシ「そうですね。ええ、全くその通りです。

     こんな風に直接的に魔法少女の争いに割って入るなんて、それこそ私も大きなルール違反となります」


エニシ「ですから」



 エニシは御幣を手放し、しゃがみこんで両手を前の地面につける。



エニシ「これは『命令』ではなく『お願い』です」


エニシ「ラピヌさん、コルボーさん、ミヌゥさん。

     あなた方3人が矛を収めてくださるのであれば、私たちが戦うべき『本当の敵』についてお教えします」


ミヌゥ「当面の敵は暁美 ほむらではなかったのですか?」


エニシ「ほむらさんなんて、顕在化した一現象にすぎません。たまたま浮上した氷山の一角です。

     ほむらさんを倒したところで、すぐに第二第三の悪魔が出現します。

     私たち魔法少女の本当の敵は、もっと本質的な部分に潜んでいるんです」



 エニシはゆっくりと頭を下げる。



エニシ「間もなく歴史的瞬間が訪れます。

     全ての魔法少女の未来を左右する大きな分水嶺が現れます。

     今すぐ私に従ってくださるなら、その映像もお見せします」



 エニシは額を地面に付けた。

 その姿勢は俗に言う『土下座』だ。



エニシ「お願いです、かずみさんとカンナさんを見逃してください」



 エニシは顔を伏せたまま、母に許しを請う幼子のように。

 本当に小さな声で呟いた。



エニシ「ダメですか・・・?」


ミヌゥ(確かにスタンドプレーが過ぎたことは否定できない。

     それに彼女に逆らっても、負けることこそないでしょうけれど、状況は間違いなく泥沼化する)


ミヌゥ(潮時、ですかね・・・)



 コルボーは忌々しげにエニシを睨みつけたが。

 ため息をついて右手を手袋に収めた。



コルボー「なるほど負けたよ、私の負けだ。

      どこまで計算通りだったのかはわからないが、

      ここまで見事にツークツワンクを決められたら降伏するしかない」


コルボー「この屈辱は・・・、またの機会に晴らしてやる」


ラピヌ「えーっ! ヤダヤダ、まだ私は全然戦ってないよーー!

     今すぐエニシごとこいつら殺してやろうよ! ほむらさえ倒せれば後はどうにでも――アイタッ!」



 ミヌゥがラピヌの頭を思いきりどついた。



ミヌゥ「わかりました、ここは退きます」


エニシ「ありがとうございます」


ラピヌ「あーんっ! ミヌゥがぶったーーーーっ!!」



 エニシが「積もる話は後に」とだけ伝えると。

 手足をバタバタさせながら駄々をこねるラピヌを引き摺りながら、3人のイングランドの魔女は去っていった。


 エニシが神聖な魔法陣でかずみを覆うと。

 今まで全く塞がる気配のなかった呪いの傷口が徐々に閉じていく。



エニシ「しばし治癒に時間がかかりますが、死ぬことは無いでしょう。

     これ以上の手助けはできませんので、悪しからず」


かずみ「ははは・・・」



 息も絶え絶えなかずみは、どうにか言葉を絞り出す。



かずみ「ありがとう、手間かけさせちゃってごめんね」


エニシ「お気になさらず、状況が状況でしたので。

     ただ次の危機でもお助けできるかどうかは保証できかねます」



 未だに状況が飲み込めないという表情のカンナが、とうとう口を開いた。



カンナ「誰なんだよ・・・! お前、一体何なんだよ!」



 震えるカンナの方を向き。

 エニシは深々と頭を下げた。



エニシ「環 エニシです、はじめましてカンナさん。

     詳しくは説明できませんが、円環の理が存続しているならば、いずれあなたの下にも着くことになるでしょう」


カンナ(答えになってない・・・!)


かずみ「大丈夫だよ、カンナ。エニシは味方じゃないけど敵でもないから」


 どうにか峠を越えたという感じで。

 かずみは座ったまま足を延ばした。

 もう先ほどのような、消え入りそうな儚さは無い。



かずみ「これからいったい何が起こるのかな?」


エニシ「ごめんなさい、言えません。一応、かずみさんは裏切り者ということになっていますので」


かずみ「そっか」


エニシ「だいぶ良くなったようですね」



 かずみの様子を見ると、エニシは御幣を仕舞って魔法陣を解除する。

 身体は未だに傷だらけだが、解毒は終わっている。

 もうソウルジェムの自己治癒で十分直せる範囲だ。



エニシ「では、これにて失礼させていただきます」


かずみ「チャオ、ありがとう」



 一礼をすると。

 エニシは風に溶けるように、サッと消えていった。


 ヒアデス星雲は解かれ、かずみたちは工場の屋上にいた。

 降りしきっていた雨は止み、西の空は茜が差している。

 一時間もすれば、本物の星空が見滝原を覆うだろう。


 かくしてかずみとコルボーの戦いは終わった。

 敵側の者に情けをかけられ、敵側の者に頭を下げさせ、一度敗北した上で『勝ちを譲られた』。

 この上なく屈辱的な終わり方だった。


 しかしだけれど。



かずみ「あーよかった、本当に死ぬかと思ったよ」


カンナ「・・・」



 それでもかずみとカンナは生き残っていた。

 生き恥を晒しながら生き残っていた。


カンナ(なんだったんだろうな、私は)



 茜色の空を見上げながら、カンナは思う。


 今回の戦いは色んな事がたくさん起こりすぎた。

 円環の落とし子を倒そうとしては失敗し、いきなり現れた別世界の怨敵に命を救われて、

 またピンチになったと思ったら今度は敵方から命を救われた。


 負け負け負け、一度の戦いで3回も連続で負けてしまった。



カンナ「ははは・・・」



 だけれどここまで派手に恥を晒したら、いっそ清々しかった。


 かずみの方を見ると、どうやらもう治癒は終わったようで。

 大の字に寝転がって、うつらうつらとしていた。



カンナ(なんて様だろう、またあいつらが来たらどうするつもりなんだ)



 そう思いかけて、ふとカンナは思い出す。



カンナ(そういえば、ほむらが狩れと言っていた円環の落とし子には、かずみも含まれているんだったな)



 今から不意を討てば楽に勝てそうだが。

 カンナはもう、ほむらの言いつけを守る気概を完全に失っていた。


カンナ「かずみ、かずみ」



 もうなんだか訳がわからなくなったカンナはかずみに呼びかける。



かずみ「んお?」


カンナ「答えが見つかったって言ってただろう」


かずみ「答え?」


カンナ「ツクリモノの命である自分が生きる意味が見つかったって」


かずみ「うん、言ってた」



 なんでこんなことが思いついたのかはわからないが。

 いざ戦いが終わってみて、カンナが真っ先に思い浮かんだのがそれだった。



カンナ「教えてくれよ。その答えって、いったい何なんだ?」


かずみ「ああ、あれはね」



 無理な姿勢で首を起こしてカンナの方を見ていたかずみが、再び空を仰いだ。



かずみ「そこまで大した理屈じゃないよ」


かずみ「望まれなくても、失敗作でも、代替品でも。私たちはきっと『生きているから生きている』」


かずみ「多分、それでいいんじゃないかな」


カンナ(なんだそりゃ・・・)



 拍子抜けするほど単純な理屈だった。

 それはともすれば思考停止に近いような考えなのかもしれない。



カンナ(でも、そうなのかもな・・・)


カンナ(難しく考えて悩んでいるより、それくらいわかりやすい方がよほどいい)


 完全に傷が塞がったかずみが、勢いをつけて立ち上がる。



かずみ「じゃあ、そろそろ私、帰るね」


カンナ「私を倒しておかなくていいのかよ。

     私たちはお前らの大好きな円環の理を破壊するのかもしれないんだぞ?」


かずみ「その時はもうお手上げだよ、私には止めることはできそうにない。

     だからカンナ達が少しでもいい世界を創ってくれることを祈ってるよ」



 「だから」と付け加えて。

 かずみはにっこりと笑った。



カンナ「全部終わったら一緒に美味しい物を食べに行こう。

     あくまでも、敵同士でも、初対面でも。私たちはちゃんと友だちだから」



 どうしてここまで純粋でいられるんだろうか。

 どうしてここまで相手を疑わずに好意を向けられるんだろうか。

 どうしてこんなにも無防備なのに、こんなにも強いんだろうか。


 答えはきっと、「それがかずみという魔法少女だから」で合っている。



カンナ「そういえば――」



 カンナはずっと伝えたかったことを口にした。

 蟠りも緊張もなくなって、ようやく言うことができた。



カンナ「助けてくれてありがとう」


かずみ「どういたしまして!」



 ――


 薄暮の中に、赤い一対の光が揺らめいた。



QB「エニシ、ようやく見つけることができたよ」



 赤い眼のインキュベーターが、この一連の戦いを遠巻きに観察していた。

 編み棒のような槍を持ったほむらの使い魔が、彼の護衛として傍らに立っている。



QB「まさか本当に出てくるとは思わなかった。

  人間の感情という物は、やはり僕たちには御し難い程に複雑怪奇だ」



 インキュベーターは踵を返し、去っていく。

 使い魔たちも笑いを抑えきれないという風に、手で口元を覆いながら歩きだす。



QB「だが、これで次の段階へ移行できる。やはり計画は予定通りに進行しよう」



 彼の感情の無い瞳の奥に。

 身を焦がすような野望の炎が見え隠れしていた。



QB「ほむらが円環の理の因果を完全に巻き取るまで、あと三手」

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

ここまで夜更かししたのは久しぶりだ・・・。

思ったより大きなミスではなかったのでやっぱりそのままにしておきます。
投下します。






 第9話「最低な君に光あれ」




 カガリの襲撃から数日後の美国邸。

 そこに集まる4人の魔法少女、織莉子、小巻、カオル、マツリ。


 結果として、彼女たちはみんな生きていた。

 シイラの介入により勝負はしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回され、強制的に打ち切られた。

 それは『シイラのおかげで命拾いした』とも言えるし。

 もしくは『戦死して次の戦いに繋げることすらも許されなかった』とも言える。


 外は晴れ渡り、温かな日差しに満ちていたが。

 4人の表情は一様に沈んでいた。


カオル「あれからずっと、あいつらには何の動きはない・・・か」



 カオルは窓にもたれ掛かりながらポツリと呟く。



織莉子「そうでしょうね、最初から膠着状態に持ち込むのが狙いだったようだし」


カオル「呼べないよな、応援」



 小巻はこの陰鬱な空気に耐えかねたように。

 机を思いきり叩いてヒステリックに喚き立てる。



小巻「呼べるわけがないでしょう!? 雅シイラの存在が広まったら間違いなく暴動が起こるわよ!!」



 「今ですら誰が裏切るのか、気が気じゃないのに!」という言葉が、喉まで出かかったところで。

 小巻は寸でのところで、辛うじてそれを言うのを思い留まる。


 小巻はワナワナと震えて行き場のない苛立ちをぶつける矛先を探すが。

 どうやら皆が同じ不安を持っているらしいことを察し、深いため気をついて椅子に座りなおした。



カオル「沙々は?」


織莉子「・・・」



 織莉子はしばし瞳を閉じ、絞り出すように告げる。



織莉子「ずっと塞ぎ込んでいる、食事もほとんど受け付けてくれない」


織莉子「無理もない話だけどね、あんなことがあった後に地下室に監禁されているんだもの」


カオル「ないよな、解放する予定・・・」


織莉子「・・・」


織莉子「ない」



 それこそ、沙々を絞め殺す以外に手は残されていないかのように思われた。

 少なくとも織莉子にはそれ以外の方法が思い浮かばなかった。


 記憶操作が得意な魔法少女のアテはあるが、記憶の改竄の際にどうしても情報が漏洩する恐れがある。

 秘密を一生誰にもしゃべらせないように脅迫するなんて不可能だ。

 ましてや沙々は指名手配までされた悪名高き魔法少女である。

 どれだけ秘匿が完璧でも、沙々の存在から誰かが真相に辿り着く危険性がある。



織莉子(まるで囚人のジレンマね)



 何をしても自分たちが不利になる。

 結果として、何も身動きができない。

 シイラの計略は見事に織莉子達を縛り付け、敗北することすら許さずに足踏みさせていた。


――



 沙々は悪夢にうなされていた。

 あの瞬間が、逃れがたい呪いのように。

 常に彼女の心を苛んでいた。


 それでもどれだけの絶望を感じても、彼女のソウルジェムが濁ることはない。

 多分、これから一生ない。


――



 ニヤニヤ笑いの悪魔が歩み寄ってくる。

 彼女の背後には、サーカス小屋のような毒々しい風景が水面のように浮かんでは消え。

 明滅を繰り返す度に、その不気味な世界は徐々に色濃くなって沙々に迫ってくる。



「沙々ちゃん」


「先走ってくれてありがとう」


「役立たずでありがとう」


「無様を晒してくれてありがとう」


「自分の命を粗末にしてくれて、本当にありがとう」


「おかげで私は何の負い目も感じずに、平気で君に残酷なことができる」



 シイラは笑っていた。

 まるで我が子の誕生日を祝うかのように、心から嬉しそうに笑っていた。

 堕落した心の全てを赦し、喜んでその業を受け入れていた。

 自暴自棄になった魂を認め、どこまでも優しくその咎を包み込んでいた。


 シイラは、指を鳴らした。



「最低な君に光あれ」



 一瞬の出来事だった。

 指を鳴らした音の残響が耳から抜けた時、既に事は終わっていた。


 そこにはもう悪辣で有害な魔法少女はいなかった。

 12時を回った後のシンデレラのような、薄汚れた女子中学生が残されていただけだった。



 シイラのトバリ『メフィストフェレス』。

 取り込んだ魔法少女を何のデメリットもなく、掛け値なく完全に人間に戻す。

 あらゆるマギカの物語をぶち壊しにする、史上最悪のトバリだった。


「おめでとう、沙々ちゃん。君はもう戦わなくていいんだよ」


「君が傷つけてきた人間や魔法少女は元に戻らないけど、大丈夫だよ。

 人間は何度だって人生をやり直せるさ、これからいっぱい幸せになってね」



 もう沙々にはシイラが何を言っているのかも理解できなかった。

 ただ僅かながら自分の中に残っていた良心と呼べるようなものが、切り刻まれていくような感覚だけがあった。


 誘惑で心を挫き、他人の堕落を歓んで迎える。

 本物の悪魔がそこにはいた。


――



沙々「!!」


 沙々は薄明りの中で飛び起きた。

 そこにあったのは低い天井、固いベッド、そして生身の自分。


 汗で下着がべた付いて気持ち悪い。

 携帯電話のバッテリーはとうに切れている、今が何時なのかすらわからない。

 お腹も空いていて、喉も乾いていた。

 低血糖とストレスによる自律神経の失調が脳を蝕む。

 感覚遮断も、体力の補填もできない。


 もう、魔法は使えない。



沙々「ああああ、あああっ・・・」



 沙々は鉄格子を引っ掻き、頭を掻きむしる。



沙々「あああああああああああああああああっ!!」



 叫んだ。

 ただ叫んだ。

 この世の全てを呪いながら叫んだ。


 その悲痛な慟哭は。

 果たして『奇跡の買い戻し』の対価として適正な価格なのだろうか。


――同時刻、御崎邸。



 窓から差し込む陽を浴びながら、ベッドに腰かける魔法少女。

 彼女の名は和沙 ミチル。

 魔女のいた世界を幻視し、心が折れた魔法少女。


 憂鬱な視線を向けた先にあったのは、ずいぶん濁ったソウルジェムがあった。


 あすなろ市の魔法少女達は、既に限界が近かった。

 今、海香とニコの2人が必死に魔獣と戦っているが、アタッカーを欠いたチームでは決め手が少なく、

 以前のような安定した戦いは全くできなくなっていた。

 魔獣との戦いにおける撤退率はもう5割を超えている。


 グリーフキューブのストックはとっくに尽きていた。

 今一度、ミチルの心が傷ついたらソウルジェムの浄化が間に合わない。

 確実に。


 もう猶予はなかった。



ミチル「キュゥべえ、来て」


QB「呼んだかい?」



 白い魔法の使者が、どこからともなくゆらりと現れる。

 ミチルはついに意を決し、答えを決めることにした。



ミチル「ねぇ、キュゥべえ」


ミチル「魔獣は魔法少女が生み出しているの? 私たちって、ワルモノなの?」



 すなわち、力尽きるまで生き続けるか、今すぐ自決するかの二択を選ぶ時が来た。


 キュゥべえは無機質な赤い瞳で、しばしミチルの表情を観察していたが。

 ようやく意図を汲み取ったようで、ミチルに回答を提示した。

 機械的に、快刀が乱麻を断つように。何の躊躇いもなく真実を告げた。



QB「訂正するほど間違ってはいない、けれど肯定できるほど的確でもないね」



 赤い瞳が揺れた。



QB「君はカンナの結界を通して見たんだね、魔女がいた世界を」


ミチル「・・・」



 ミチルは静かに頷いた。


QB「1つずつ噛み砕いて説明しようか」



 キュゥべえは考えを整理するようにしばし黙ってから、言葉を続けた。



QB「まず魔獣が発生するメカニズムは、僕たちにも未だに解明できていない。

   君が見た世界の魔女のように、魔獣は魔法少女の成れの果てというわけでもない。

   断言はできないけれど、少なくともソウルジェムが魔獣の発生に関与したという記録は一切ない」



 キュゥべえは尾を揺らした。



QB「けれどね、過去の統計を見るとわかってくるんだ」


QB「『魔法少女が増えると魔獣が増えて』『魔法少女が減ると魔獣も減る』。

   どんな時代でも、どんな国でも。

   どれだけの外的要因が付与されても、この法則だけは普遍だった」


QB「魔法少女が人類に希望をもたらし、人類の心を魔獣が摂食し、魔法少女が魔獣を狩ってグリーフキューブを回収する。

   こんなサイクルを、僕たちと君たちは10万年以上続けてきた」


 キュゥべえは彼方を見つめるように目を細める。

 彼らがノスタルジーなんて感情を理解しているはずもないので、

 おそらくこれは過去のデータを検索しているだけなのだろう。



QB「10万年、そう10万年だ。長いよね。

  そしてその10万年間、魔獣も魔法少女も人類もどれも絶滅しなかった。

  争い合い食い合い、その総数は常に変動しているのに、ずっと三者のどれも絶滅しなかった」


QB「これが何を意味しているのかはわかるよね?」


ミチル「・・・」



 ミチルは小さく頷いた。

 キュゥべえの言葉は難解で、中学生には難しい単語を幾つも使っていたけれど。

 それでも『平衡状態』という概念だけはなんとなく理解できていた。


QB「ここからはぼく達の仮説だが。

   魔獣は『人類という種そのもの』が生み出している、スタビライザーのような存在なのだと思う」


QB「例を挙げよう。

   例えば1人の魔法少女の祈りで、100人の人間が救われたとする。

   その100人の中に魔法少女の素質を持つ子がいて、その子が契約してまた100人を救ったとする」


QB「そんなことを繰り返していけば、あっという間にこの星はパンクしてしまうよね」


QB「魔獣は人類の集団意識・・・というよりも生存本能が無意識の内に産み出しているのだと思う。

   100の希望が発生したら、100の感情を刈り取って全体の均衡を維持し。

   壊滅的な混沌や、生物としての袋小路を防止するために。

   魔法少女が際限なく生み出す希望に、人類全てが押し潰されてしまわないように」


QB「僕たちはそう結論付けている。

   これはこの星の生態系の役割を、人類と魔獣と魔法少女に代替して考えているだけなのだけれどね」



 食物連鎖、生態系ピラミッド、栄養段階。

 プロダクター、コンシューマー、スカベンジャー。

 彼ら彼女らの命の営みは、やはり逃れ難き生き物としての運命に収斂している。



 キュゥべえは見解を述べる。

 『感情を理解できない命』として、『感情という不安定なものに振り回されている生き物』に対する忌憚なき意見を。


 それはともすれば、遥か先を行く文明の中で生きる異星人からの、心からのアドバイスなのかもしれない。



QB「条理に反した奇跡を起こせば、それは何らかの歪みを生み出し。

   いつかどこかで必ず破綻する。

   どんな世界であっても、この根本原理だけは変わらないし、変えられない」


QB「何度宇宙の法則が捻じ曲げられようと、何度新しい世界が再編されようと。

   きっとぼく達は変わらずこう言い続けるよ」


QB「身勝手な奇跡を起こせば、それはいつか災いとなって誰かを犠牲にする。

   そんな当たり前の結末を裏切りだと言うのなら、奇跡を望むこと自体が間違いなんだ」


ミチル「・・・」


 ミチルは瞳を閉じて黙っていた。

 ずっと黙っていた。


 キュゥべえが「これ以上ここにいても意味は無い」と判断して去った後に。

 ポツリと一言だけ呟いた。



ミチル「そっか、そうだよね」



 賽は静かに投げられた。

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

長い間、更新を滞らせて申し訳ありません。
感想レスありがとうございます、とても励みになります。






 第10話 「きっといつまでも」







 滑らかな金属製の風車が回る。

 止められない運命の車輪のように廻り続ける。



ほむら「円環の理、私はあなたに対してクーデターを宣言する」


ほむら「私が勝ったら、魔法少女システムは廃止よ」



 インキュベーター達は静かに記録していた。

 宇宙の法則の変更・・・すなわち全宇宙の支配権を賭した、その宣戦布告を。


 今再び、魔法少女によって世界が再編される、その瞬間を。


マミ「魔法少女システムの廃止って、いったい・・・!?」


杏子「・・・」



 狼狽するマミに対して、杏子は静かに瞳を閉じていた。



マミ「そんなこと、できるわけがないじゃない!

    魔獣はどうなるの!? 魔法少女達のソウルジェムの維持は!?」


さやか(無駄だよマミさん)


さやか(こいつは、既に・・・その問題を塗りつぶしている!)



 ほむらは口元に指を当てて、クスクスと小さく笑う。



ほむら「あなた達は今まさに体験しているじゃない」


ほむら「ソウルジェムが濁らず、魔獣も生まれないという、魔法少女のユートピアを」


マミ「!!」


カミオカンデ「もう少し、具体的に説明してくれないかな?」


カミオカンデ「その魔法少女のユートピアとやらは。

          君が魔力を使って、他の魔法少女のソウルジェムの濁りを取り除き、

          見えないところで魔獣を倒しているだけとしか思えないのだけれど」


ほむら「私の世界、『フェイズゼロ』。この中では何も始まらない、何も終わらない」



 ほむらは瞳を閉じて、我が子を抱きかかえるように優しく腕を畳む。



ほむら「この世界の内部では、全てのマギカは無力化される。

      魔法少女の素質を持つ少女は生まれない。

      魔獣は勝手に雲散霧消していく。

      ソウルジェムの濁りは自動的に浄化され、魔法少女は半分不死身の存在となる」


ほむら「理解できるかしら、青い眼のインキュベーター。

      見滝原は世界のルールそのものが書き換えられているのよ」


カミオカンデ「なるほどね・・・。

           君は限定的にとはいえ、神様と同じことをしているわけか」


ほむら「円環の理の因果を全て巻き取ったとき、私の世界はこの星全てを永遠に包み込む」


ほむら「そして、同時にインキュベーター達を母星に撤退させる。

      これなら新しい魔法少女は生まれようがない」


ほむら「誰も犠牲にならない、最高のハッピーエンドでしょう?」



 うっとりとしたような表情で、ほむらはかつての友たちに理想の世界を説いた。


 一番早くその矛盾を察知したのはマミだった。

 誰よりも『救われていた魔法少女』であるマミだった。


マミ「いいえ、暁美さん・・・! 誰も犠牲にならないなんて嘘よ、あなたの目的は前提から間違っている!」


マミ「あなたは、未来の魔法少女全てから奇跡を叶える権利を奪おうとしているのよ!!」



 ほむらは嘲笑した。

 何度火傷しても懲りないバカを見るように。



ほむら「巴マミ、あなたは魔法少女になってから何度泣いたの?」


ほむら「何度傷つき、何度裏切られ、何度ひとりぼっちで戦ってきたの?」


ほむら「あなたの払ってきた犠牲や献身が今のあなたの幸福と釣り合っているなんて、私には到底思えない」



 爬虫類のように冷徹な瞳が見開らかれた。



ほむら「こんなことなら、あなたはあの時、両親と一緒に死ぬべきだった」



 マミのソウルジェムが一瞬で拳銃に変化した。



マミ「こ、の・・・!!」



 マミは逆上した。

 ずっと良き先輩、模範的な魔法少女で在り続けた彼女が。

 契約して以来、おそらく初めて感情的に怒り狂った。



マミ「あなたいったい何様のつもりなのよ!!」



 発砲音が響いた。


 しかしその弾丸は、ほむらを傷つけることなく弾かれる。



マミ「!?」



 ほむらを守るように、振袖の魔法少女が御幣をかざして立っていた。



マミ「だ、誰・・・!?」


杏子(新手か? いや、こいつはあの日には見なかった顔だ・・・!)


マミ「まさか・・・! 暁美さん、あなたまた悪魔を増やしたの!?」



 さやかが拳を握ってワナワナと震えていた。



さやか「違うよマミさん。

     こいつは悪魔とか魔法少女とか・・・、そんなわかりやすい立場の奴じゃない!」


さやか「エニシ、あんたなんでほむらを庇ったの!?」



 彼女はエニシ、円環の精霊だった。



エニシ「公平性を守るためです。

     ほむらさんは正当な手続きを経てコトワリ様に挑戦を申し込んでいます。

     私にはほむらさんの宣戦布告が終了するまで、

     暴力や強権からは極力お守りする義務があります」


さやか「相変わらずあんたの言いことは回りくどくて分かり辛い!」


エニシ「つまり・・・、私はほむらさんの挑戦を全面的に支持しているというわけです」


 エニシは御幣を下ろして円環の理の顔を仰ぎ見る。


エニシ「いかがなされますか、コトワリ様。

     今ならまだ、ほむらさんを円環に送ることは可能ですが・・・」


円環の理「その必要はない」


エニシ「御意に」



 エニシは御幣を下ろして下がると。

 代わるように円環の理はほむらの前へ歩み出た。



円環の理「ほむらちゃん、あなたは自分の願いを叶えたことを後悔しているの?」


ほむら「ええ」


ほむら「馬鹿なことを願ったと思っているわ。

     私はあなたを守れる魔法少女になる必要なんてなかった。

     ただ『鹿目まどかに救われた人間』として生きていくだけでよかった」


ほむら「私が本当に助けたかったのは、無力な自分自身だった」



 ほむらは目を細めて笑う。



ほむら「ただ自分が救われたかっただけなのに、

     いつの間にかまどかのことしか考えられなくなっていた」



 ほむらは宙に浮かせたダークオーブを、軽く指ではじく。



ほむら「その結果が、このザマよ」


ほむら「まどかを救った後、私には何も残っていなかった。

     願いを遂げた後の魔法少女には何が残るの?」


ほむら「私は魔法少女を終わらせる。

     あなたの願いが破綻してしまう前に、世界が呪いで溢れ返ってしまう前に。

     この矛盾した呪いのような摂理を消し去る」


ほむら「それが不相応な願いを抱いた、私なりの罪滅ぼしよ」


円環の理「そっか」


円環の理「だったらなおさら、あなたとは敵対しなきゃいけないね」


 円環の理は金色の瞳でほむらの無機質な瞳を見返す。


円環の理「希望を抱くのが間違いだなんて言われたら、私は『そんなのは違う』って、何度でもそう言い返せる」


円環の理「きっといつまでも、ずっとそう言い張れる」


円環の理「だから魔法少女の廃止なんて認められない、認めたくない。

       みんなの祈りをなかったことになんてしたくない」


円環の理「魔法少女の祈りは私が守る、あなたのその願いだけは受け入れられない」


ほむら「・・・」



 ほむらは笑った。

 心から楽しそうに。



エニシ「コトワリ様。それはほむらさんのクーデターを正式に受理された、ということでよろしいのですか?」


円環の理「うん」


円環の理「受けて立つよ、ほむらちゃん。

       今度こそ私はあなたを救って見せる」


ほむら「できるかしら?」


エニシ「了解しました、ではしばしお待ちを」



 エニシの周囲にセフィロトの樹のような魔法陣が展開される。

 過去の全ての魔法少女の前例と比較し、統計し、『最適な答え』を彼女なりに探しているのだ。


 宣戦布告の終了を認めると。

 底冷えするような悪魔としての本質が這い寄って来た。


ほむら「ああ、それと。今回の宣戦布告とは関係なく。

     『個人的に』

     『あなた自身に対して』

     もう1つだけ言わせてもらってもいいかしら?」


 一連の流れが終わり、初めてほむらはその退廃的な本性を露わにした。


 ―


 私、何にもできない

 死んだ方が、良いのかな・・・


 ―


 私なんかを助けるよりも、あなたに生きていて欲しかったのに・・・!


 ―


 ねぇ・・・私たち

 このまま二人で、怪物になって・・・こんな世界、何もかもメチャクチャにしちゃおっか?


 ―


 まどかの秘密が暴かれるくらいなら、私はこのまま魔女になってやる!

 もう二度と、インキュベーターにあの子は触らせない!


 ―





 魔法少女になる前も、魔法少女になった後も。


 彼女が本当に欲しがっていたものは、いつだって『自殺』だった。



ほむら「魔法少女システムが廃止されたら・・・。

     一緒に死んでよ、私の愛しい『鹿目さん』」


円環の理「いいよ」



 叛逆の悪魔、ほむら。

 最終目標、心中。


さやか(やっぱりな・・・。んなこったろう思ってたよ、ほむら!)


さやか(アンタが全ての魔法少女の為だとか、そんなこと考えるわけないもんな!)



 さやかは歯軋りをし、憎々しげにほむらを睨みつけていた。



杏子「・・・」


杏子(気持ちはわかる、としか言えないよな)



 杏子はただ諦観したように、深くため息をついて頭を掻いた。



杏子(悪い、さやか。アタシ、ほむらに味方したい)



エニシ「参照が終わりました」



 エニシは深々と一礼し、両腕を広げ高らかに宣言する。



エニシ「これより新たな条例に基づき!

     『魔法少女総選挙』の開催を宣言いたします!!」

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

あまりに遅すぎるので、これから更新頻度上げたいと思います。
6月半ばまでに完結を目指したいです。

>>301からの修正版、投下します。
描写が追加されているだけで、大きな変更はありませんので、
気にならない方は読み飛ばしていただいても大丈夫です。


 滑らかな金属製の風車が回る。

 止めることのできない運命の車輪のように廻り続ける。


 ほむらは絶句する3人を気にも留めず、静かに円環の理を指さした。



ほむら「円環の理、私はあなたに対してクーデターを宣言する」


ほむら「私が勝ったら、魔法少女システムは廃止よ」


円環の理「・・・」



 その宣告が放たれた時、インキュベーター達の数多の瞳が微かに揺らめいた。

 インキュベーター達は静かに記録していた。

 宇宙の再編・・・すなわち全宇宙の支配権を賭した、その聖戦の始まりを。


 今再び、魔法少女によって世界が再編される、その瞬間を。


マミ「魔法少女システムの廃止って、いったい・・・!?」


杏子「・・・」



 狼狽するマミに対して、杏子は静かに瞳を閉じていた。



マミ「そんなこと、できるわけがないじゃない!

   魔獣はどうなるの!? 魔法少女達のソウルジェムの維持は!?」



 マミには事情が呑み込めていなかった。

 というよりもむしろ、未だにほむらが悪魔と化したことすら受け入れられていなかったらしい。

 神と悪魔の対面に、パニックを起こす寸前だった。


 なんだかんだで一番シビアに状況を理解できていた魔法少女は、やはりさやかだった。



さやか(無駄だよマミさん)


さやか(この悪魔は、既に・・・その問題を塗りつぶしている!)



 ほむらは口元に指を当てて、クスクスと小さく笑う。



ほむら「あなた達は今まさに体験しているじゃない」


ほむら「ソウルジェムが濁らず、魔獣も生まれないという、魔法少女のユートピアを」


ほむら「巴マミ、こんな世界を一番望んでいたのはあなたじゃないの?」


マミ「!!」


 マミは再び絶句した。


カミオカンデ「もう少し、具体的に説明してくれないかな?」


 恐慌するマミの姿を流し見た後。

 青い瞳のインキュベーターは、静かにほむらへ語り掛ける。

 「理想郷には、必ずどこかに矛盾や破綻がある」、そんな淡い期待を込めて。



カミオカンデ「その魔法少女のユートピアとやらは。

        君が能動的に働きかけて、他の魔法少女のソウルジェムの濁りを取り除き、

        見えないところで魔獣を倒しているだけとしか思えないのだけれど」


 ほむらはダークオーブを翳すと、

 停止した懐中時計のような魔法陣がダークオーブの周囲に浮かび上がる。



ほむら「私の世界、『フェイズゼロ』。この中では何も始まらない、何も終わらない」



 ほむらは瞳を閉じて、腕を畳んでその結界を包み込む。

 その様子は愛しい我が子を抱きかかえる母親の様だった。



ほむら「この世界の内部では、全てのマギカは無力化される。

     魔法少女の素質を持つ少女は生まれない。

     魔獣は勝手に雲散霧消していく。

     ソウルジェムの濁りは自動的に浄化され、魔法少女は半分不死身の存在となる」


ほむら「理解できるかしら、青い眼のインキュベーター。

     見滝原は世界のルールそのものが書き換えられているのよ。

     私を倒せばそれで終わり、というわけではないの」


カミオカンデ「なるほどね・・・。

        君は限定的にとはいえ、神様と同じことをしているわけか」



 ほむらは1つだけ、小さく深呼吸をし。

 自らの計画の着地点を確認する。



ほむら「円環の理の因果を全て巻き取ったとき、私の世界はこの星全てを永遠に包み込む」


ほむら「そして、同時にインキュベーター達を母星に撤退させる。これなら新しい魔法少女は生まれようがない」


ほむら「誰も犠牲にならない、最高のハッピーエンドでしょう?」



 ほむらはかつての友に理想の世界を説いた。


 マミは俯き、歯軋りをする。



マミ「いいえ、暁美さん。誰も犠牲にならないなんて嘘よ。

   あなたの目的は前提から間違っている・・・!」



 マミは涙を湛えた瞳を見開き。

 食って掛かるようにほむらを睨みつけた。



マミ「あなたは、未来の魔法少女全てから!

   奇跡を叶える権利を奪おうとしているのよ!!」



 その叫びをほむらは嘲笑した。

 まるで何度火傷しても懲りないバカを見るように。



ほむら「巴マミ、あなたは魔法少女になってから何度泣いたの?」


ほむら「何度傷つき、何度裏切られ、何度ひとりぼっちで戦ってきたの?」


マミ「・・・っ」


ほむら「あなたの払ってきた犠牲や献身が、

     今のあなたの幸福と釣り合っているなんて、私には到底思えない」



 爬虫類のように冷徹な瞳が見開らかれた。



ほむら「こんなことなら、あなたはあの時、両親と一緒に死ぬべきだった」


 その言葉を聞いたとき、マミの中で何かが切れた。



マミ「・・・」



 マミは逆上した。

 ずっと良き先輩、模範的な魔法少女で在り続けた彼女が。

 契約して以来、おそらく初めて感情的に怒り狂った。



マミ「こ、の・・・!!」



 表面加工を施しただけのメフィストフェレスの封印はあっさり破壊され。

 マミの掌の中には拳銃へ変化したソウルジェムが握られていた。



マミ「あなたいったい何様のつもりなのよ!!」



 発砲音が響いた。


 ダークオーブを狙ったその一撃は、果たしてほむらを傷つけることは叶わなかった。

 ほむらの周囲に張られていた見えないシールドに、弾丸はいとも容易く弾かれた。



マミ「!?」



 ほむらの傍らに、振袖の魔法少女が御幣をかざして立っていた。



マミ「だ、誰・・・!?」


杏子(増援か? いや、こいつはあの日には見なかった顔だ・・・!)


マミ「まさか・・・! 暁美さん、あなたまた悪魔を増やしたの!?」



 さやかが拳を握ってワナワナと震えていた。



さやか「違うよマミさん・・・。

     こいつは悪魔とか魔法少女の味方とか、そんなわかりやすい立場の奴じゃない!」



 さやかは責めるように叫ぶ。



さやか「エニシ、あんたなんでほむらを庇ったの!?」



 彼女の名は環エニシ、円環の精霊だった。



エニシ「公平性を守るためです。

     ほむらさんは正当な手続きを経てコトワリ様に挑戦を申し込んでいます。

     コトワリ様の眷属たる私には、宣戦布告が終了するまでの間。

     極力ほむらさんを暴力や強権からお守りする義務があります」


さやか「相変わらずあんたの言いことは回りくどくて分かり辛い!」


エニシ「つまり・・・、私はほむらさんの挑戦を全面的に支持しているというわけです」


 エニシは御幣を下ろして円環の理の顔を仰ぎ見る。



エニシ「いかがなされますか、コトワリ様。

     今ならまだ、ほむらさんを円環に送ることは可能ですが・・・」


円環の理「・・・」



 円環の理は静かに首を横に振った。



エニシ「御意に」



 エニシはほむらの傍らから下がると。

 代わるように円環の理はほむらの前へ歩み出た。



円環の理「ほむらちゃん、あなたは自分の願いを叶えたことを後悔しているの?」


ほむら「ええ」


ほむら「馬鹿なことを願ったと思っているわ。

     私はあなたを守れる魔法少女になる必要なんてなかった。

     ただ『鹿目まどかに救われた人間』として生きていくだけでよかった」


ほむら「私が本当に助けたかったのはね、無力な自分自身だったの」



 ほむらは目を細めて笑う。



ほむら「ただ自分が救われたかっただけなのに、

     いつの間にかまどかのことしか考えられなくなっていた」



 ほむらは宙に浮かせたダークオーブを、軽く指ではじく。



ほむら「その結果が、このザマよ」


ほむら「まどかを救った後、私には生きる理由が何も残っていなかった。

     願いを遂げた後の魔法少女には何が残るの?」


ほむら「私は魔法少女を終わらせる。

     あなたの願いが破綻してしまう前に、世界が捩じ切れてしまう前に。

     この矛盾した呪いのような摂理を消し去る」


ほむら「それが不相応な願いを抱いた、私なりの罪滅ぼしよ」


円環の理「そっか」


円環の理「だったらなおさら、あなたとは敵対しなきゃいけないね」


 円環の理は金色の瞳でほむらの無機質な瞳を見返す。



円環の理「希望を抱くのが間違いだなんて言われたら、私は『そんなのは違う』って、何度でもそう言い返せる」


円環の理「きっといつまでも、ずっとそう言い張れる」


円環の理「だから魔法少女の廃止なんて認められない、認めたくない。

       みんなの祈りをなかったことになんてしたくない」


円環の理「魔法少女の祈りは私が守る、あなたのその願いだけは受け入れられない」


ほむら「・・・」



 ほむらは笑った。

 心から楽しそうに。


エニシ「コトワリ様。それはほむらさんのクーデターを正式に受理された、ということでよろしいのですか?」


円環の理「うん」



 円環の理とほむらの間に、一陣の風が吹き抜けた。



円環の理「受けて立つよ、ほむらちゃん。

      今度こそ私はあなたを救って見せる」


ほむら「できるかしら?」


エニシ「了解しました、ではしばしお待ちを」



 エニシの周囲にセフィロトの樹のような魔法陣が展開される。

 過去の全ての魔法少女の前例と比較し、統計し、『最適な答え』を彼女なりに探しているのだ。


 『正式な宣戦布告』を終えたのを認めると。

 底冷えするような悪魔としての本質が、蛇のように這い寄って来た。



ほむら「ああ、それと。今回の宣戦布告とは関係なく。

     『個人的に』

     『あなた自身に対して』

     もう1つだけ言わせてもらってもいいかしら?」



 ほむらはとうとう、その退廃的な本性を露わにした。



 ―


 私、何にもできない

 死んだ方が、良いのかな・・・


 ―


 私なんかを助けるよりも、あなたに生きていて欲しかったのに・・・!


 ―


 ねぇ・・・私たち

 このまま二人で、怪物になって・・・こんな世界、何もかもメチャクチャにしちゃおっか?


 ―


 「マドカ」・・・

 私を、魔法少女から解放して・・・!


 ―


 まどかの秘密が暴かれるくらいなら、私はこのまま魔女になってやる!

 もう二度と、インキュベーターにあの子は触らせない!


 ―






 魔法少女になる前も、魔法少女になった後も。



 彼女が本当に欲しがっていたものは、いつだって『自殺』だった。





ほむら「魔法少女システムが廃止されたら・・・。

     一緒に死んでよ、私の愛しい『魔法少女の鹿目さん』」


 円環の理はしばし瞳を閉じ。

 一拍置いた後。

 決意を込めて、悪魔からのプロポーズに応えた。



円環の理「いいよ」



 叛逆の悪魔、ほむら。

 最終目標、円環の理との心中。


 さやかは歯軋りをする。

 ある程度、予想できていながら、何もできなかった自分が恨めしかった。



さやか(やっぱりな・・・。んなこったろう思ってたよ、ほむら!)


さやか(あんたが全ての魔法少女の為だとか、

     そんな殊勝な理由で動けるわけがないもんな!)



 さやかは憎々しげにほむらを睨みつけていた。



杏子「・・・」


杏子(気持ちはわかる、としか言えないよな)



 杏子はただ諦観したように、深くため息をついて頭を掻く。

 彼女は内心では、もうすでに悪魔に屈していたのだ。



杏子(悪い、さやか。アタシ、ほむらに味方したい)



 エニシの周囲の魔法陣が動きを止め、

 回るようにエニシの御幣へ収束していった。



エニシ「参照が終わりました」



 エニシは深々と一礼し、両腕を広げ高らかに宣言する。



エニシ「これより新たな条例に基づき!

     『魔法少女総選挙』の開催を宣言いたします!!」


 ―

 エニシの開催宣言を聞き届けると。

 インキュベーター達は、一匹、また一匹とそこから立ち去って行った。


 彼らはこれより準備を始める。

 エニシとコンタクトを取り、魔法少女総選挙の細やかなルールや日程を決めることだろう。





 魔法少女の存亡を賭けた神と悪魔の最終決戦は、こうして静かに幕を開けた。


修正版はここまでとなります。
お手数をかけて申し訳ありません。
続きは今日の夜に上げる予定です。

お待たせしました。
投下します。





 第11話 「お疲れさま」




――美国邸、地下室


 地下倉庫を魔法で改造し、簡易な独房となったその場所。

 薄暗い部屋の隅のベッドに、沙々は俯いて座っていた。


 カチャリと、ドアが開く。

 おずおずと顔を出したのはマツリだった。



マツリ「あの・・・。入るね、沙々さん・・・」



 沙々は鬱屈した視線をマツリに向ける。



沙々「何・・・?」



 すでにこの地下牢に閉じ込められて6日目になる。

 元から脆い部分のあった沙々の精神は、限界が近かった。



マツリ「あの、ご飯持ってきたよ・・・」



 先に出されていた昼食は、ほとんど手が付けられていないまま冷え切っていた。


マツリ「あの、マツリね。織莉子さんを頑張って説得しているんだけど・・・。

     やっぱりそのまま沙々さんを外に出すって言うのは難しいらしくて・・・」



 マツリは酷く辛そうな表情をして言い淀む。



マツリ「それにもし沙々さんを出せるとしても・・・。

     その時は魔法少女の記憶は全部消されちゃうって・・・」


沙々「はっ」



 沙々は自嘲するような表情になる。



沙々「いいんじゃないですか、別に!

   私は魔法少女に未練なんてこれっぽっちもありませんし!」


沙々「いっそこの際!

   魔法少女の記憶だけじゃなくて、私の記憶全部消しちゃってくださいよぉ!」



 沙々は頭をガリガリと掻きむしりながら笑う。



沙々「なんなんだよ、なんなんだよ!

   わけわかんねーよ、なんなんだよどいつもこいつもよぉ!!」


沙々「死ね! 全員死んじまえ!!」



 沙々はフォークを掴んで大きく口を開く。



マツリ「待って! 沙々さん、待って!!」



 マツリは鉄格子を掴んで泣き崩れた。



マツリ「お願い、マツリの話を聞いて・・・」


沙々「・・・」



 沙々は静かにフォークを置いた。


マツリ「沙々さん、なんで・・・。なんであなたの心はそんなに傷ついているの・・・?」


マツリ「そんなに辛いことばっかりだったの?

     魔法少女になっても、どうにもならない願いがあったの・・・?」


沙々「・・・」



 沙々は冷酷に目を細める。



沙々「逆に聞きますよ、マツリさん。

    あなたは魔法少女になって幸せになれましたか?」


マツリ「・・・」


沙々「私、わかるんですよー!

    コンプレックス丸出しの負け犬の匂いってやつが!」



 ゲラゲラと笑いながら、沙々はマツリの心をえぐる。



沙々「マツリさんは魔法少女になっても役立たずでしたね!

    前の戦いでは足を引っ張りまくっていたじゃないですか!

    このまま特に大した活躍もなく円環の理に消えちゃうんでしょうねぇー! あー、カワイソウ!」



 沙々は無力なものを笑う。

 無価値な者を差別し、攻撃する。



沙々「羨ましいでしょう! 私が!

    願いの対価を踏み倒してのうのうと生きている私が!」



 その攻撃は全て、自分自身を傷つけているということも知らないで。



沙々「アンタの人生、いったい何だったんだろうなァ!!」



 マツリは泣いていた。

 ただただ悲しかった。

 何も反論できないことが辛かった。

 ずっと素晴らしい存在だと思っていた魔法少女の中に、こんなにも凄惨な者がいることが受け入れられなかった。



マツリ「そうだね・・・、マツリの人生って本当に何だったんだろうね・・・」



 マツリは座り込んだ。

 鉄格子を挟んで、沙々と向き合っていた。



マツリ「マツリね、生まれた時から目が見えなかったの」


沙々「・・・っ!」


マツリ「だから他の人に助けてもらわないと、生活するのも大変で・・・。

     誰かに迷惑をかけることしかできない自分がずっと嫌いだった」



 マツリの脳裏には魔法少女になる以前のことが次々に浮かんでは消えていた。

 初めてキュゥべえに在った日のことを思い出した。

 迷わず叶えたい願いを見つけたことを思い出した。



マツリ「だから、魔法少女になれるって聞いたとき、すっごく嬉しかったの。

     もう誰かに迷惑をかけなくても、自分の力で生きていけるんだって」



 気づかない内に、マツリは涙をこぼしながら笑っていた。



マツリ「こんな私でも、誰かのために役に立つことができるんだって」



沙々「・・・」


マツリ「でもね、結局何も変わらなかった」


マツリ「マツリは相変わらずみんなに迷惑をかけてばっかりだし、

     自分の力で生きていくなんて全然無理だった」



 マツリの心は答えを出した。

 彼女なりの魔法少女に対する想いを見つけた。



マツリ「それでも、マツリは魔法少女になれてよかった」


マツリ「色んな物が見えて嬉しかった。

     色んな人と仲良くなれて楽しかった」


マツリ「みんなと一緒に戦うことができて幸せだった」


沙々「・・・」



 希望に満ちた表情のマツリとは裏腹に。

 沙々の心は重たく沈んでいた。


 弱くても儚くても、正しく在り続けられるマツリと比べて。

 堕ちるところまで堕ち続けた自分がひたすら惨めだった。


 マツリは覚悟を決めた。


 それは必要とあらば織莉子を裏切ることも厭わないという覚悟で。

 全ての魔法少女の存在意義を危険に晒すという覚悟で。

 自分の人生を全て誰に託すという、少女にとっては悲痛すぎる覚悟だった。



マツリ「だからね、沙々さんには生きていて欲しい。

     魔法少女になった後も、辛いことばっかりのままで終わって欲しくない」



 マツリは立ち上がって魔法少女の姿へ変身し、鉄格子を飴のように引き裂いた。



マツリ「こんな風にしかあなたを助けられなくてごめんね」


 呆然と立ち尽くす沙々に、マツリは歩み寄る。



マツリ「これ、受け取って」



 マツリは沙々に紙袋を手渡す。

 僅かに空いた紙袋の口から中身が見えた時、沙々は驚愕した。



沙々「なっ・・・!?」



 それは紙幣の束だった。

 一万円札の重さは、1枚当たり0.2グラム。

 それ以外何も入っていないはずなのに、その紙袋は重みがあった。



マツリ「マツリの貯金とか、学費の積み立てとか全部下ろしてきたの。

     たぶん400万円くらいあると思う。

     家に帰れなくなっても、これなら少しの間は大丈夫だよね?」


沙々「そん、な・・・っ」


 沙々は歯を食いしばりながら打ち震える。


沙々「なん、っで・・・馬鹿だろ・・・!」



 沙々の手から紙袋が落ちた。



沙々「どうしてこんなことするんだよ!?」



 マツリははにかんだように笑う。


 よかった。

 言葉だけじゃ無理でも、お金なら少しは沙々さんの心に届いたみたいだ。



マツリ「沙々さんの言う通り、マツリはきっと長くは生きられない。

     お父さんには悪いけど、このお金もたぶん使える日は来ないんだと思う」


マツリ「だから思い切って沙々さんに譲ることにしたよ」


沙々「そういうことじゃない・・・っ!」



 沙々は苛立ったようにマツリの胸ぐらをつかむ。



沙々「どうして私にここまでするんだよ!

    私、アンタに何か恩でも売っていたのか!?」



 マツリは静かに首を振る。



マツリ「マツリはただ後悔したくないだけだよ。

     マツリのせいで不幸になった人はたくさんいる。

     もしかしたらマツリが魔法少女になったのは、間違いだったのかもしれないけれど・・・」


マツリ「でも、それはマツリが弱かったからだよ。

     きっと魔法少女が奇跡を起こすことが間違っているわけじゃない」


マツリ「だから、魔法少女になっても辛いことばかりだったあなたには・・・、幸せになって欲しい」



 マツリは笑った。

 弱くても儚くても、確かに彼女は夢と希望を叶える魔法少女だった。



マツリ「それが魔法少女、日向茉莉の願いです」


 沙々は力なく腕を下ろした。



沙々「・・・」



 沙々は紙袋を拾うと。

 壊れた檻の鉄格子を超えて、静かにマツリの傍らに歩み出る。


 沙々は突き返すようにマツリに紙袋を押し付けた。



沙々「受け取れません」


マツリ「!」


 沙々は呆れ返ったように頭を掻き、深い深いため息をつく。



沙々「あのなぁー、私は責任とか義務とか・・・。そういうのが大っ嫌いなんだよ」


沙々「後生の想いを託されるなんてまっぴらです」



 それはようやく沙々が見つけることができた、自分自身の心だった。



沙々「マツリさんの希望はマツリさんだけのものです。

    それと同じように、私の絶望だって私だけのものです」


沙々「私は脱落しちゃったけど・・・。

    マツリさん、あなたは最後まで生きてください。

    私みたいなクズに気を取られて、自分の誇りを見失わないでください」



 沙々はやっと素直に笑うことができた。

 それはそれは、小憎たらしい笑い方だったけれど。



沙々「きっと、魔法少女という存在は。マツリさんみたいな人のためにあるんだから」


マツリ「・・・!」



 沙々は歩み出す。

 彼女は一歩一歩と確実に自分の足で進み、光差す世界へ向かう。


 地下室の出口のドアに手を掛けた沙々は、こう言った。



沙々「ありがとう、マツリさん」


マツリ「!!」



 振り向くことなく出ていく沙々の背中へ向けて、

 マツリは大きな声で応えた。



マツリ「うん、どういたしまして!」



 魔法少女、優木沙々の物語は。

 こうして静かに幕を下ろした。


 ―


 地下牢から出た沙々は、壁にもたれ掛かる織莉子を見止めた



織莉子「・・・」


沙々(あーあ、やっぱりバレてるー)



 織莉子は腕を組みながら瞳を閉じている。

 その表情は穏やかだった。



織莉子「私は、なんて馬鹿馬鹿しいことで悩んでいたのかしらね」


沙々「・・・」


織莉子「ああ、お構いなく。私は感動しているだけなので、素通りしていいですよ。

     一応、あなたの指名手配、外しておきますね」



 織莉子は瞳を少し開き、悪戯っぽく沙々に笑いかけた。



織莉子「それでもあなたを許せないという魔法少女がいたら、私が身を挺してでもあなたを守りますから」


沙々「・・・何企んでるんですか?」


織莉子「人の親切は素直に受け取っておきなさい、早くしないと私の気が変わってしまうわよ?」


沙々「・・・」


沙々「どーも」



 沙々はすたすたと、織莉子の横を通り過ぎ。

 振り返ることもせずに、外へと出ていった。


 沙々の姿が見えなくなった後、織莉子は小さく呟いた。



織莉子「お疲れさま」



 織莉子は感傷に浸っていた。

 これからどうしようか、と。

 問題は山積みだったが、不思議と心は晴れやかだった。


 今回はたまたまうまくいったから良いものの、雅シイラはやはり脅威だ。

 彼女の力と思想は、暴風雨のように魔法少女のアイデンティティーを引っ掻き回す。


 何より一番厄介なのは。

 「雅シイラはもしかしたら、全ての魔法少女の救世主になるかもしれない」という危険な誘惑だった。


 そんな思考に耽る織莉子の前に、小巻が歩み出た。



小巻「あんた、沙々を見逃したのね」


織莉子「ええ、そうよ」


小巻「あっそ」



 小巻は踵を返し、スタスタと玄関へ向かっていく。



織莉子「どこへ行く気?」


小巻「雅シイラを倒しに行くのよ」


織莉子「できればそれは止めたいわね」


小巻「はぁー・・・」



 小巻は大きくため息をついた。


小巻「織莉子、あんた優木と日向さんを見てどう思った?」


織莉子「・・・」


織莉子「自分の矮小さを思い知りました」


小巻「・・・じゃあ、次の質問」



 クルリと小巻は織莉子へ向き直る。



小巻「日向さんはこれから先、魔法少女をやめて人間に戻ると思う?」


織莉子「・・・」



 織莉子はしばし黙りこむ。



織莉子「戻らないでしょうね。

     マツリさんは円環の理に導かれるその日まで、誇り高く戦い続けるのだと思うわ」


小巻「ええ、そうでしょうね。私もそう思うわ」


小巻「そうやって少しずつ、世界は腐っていくんでしょうね」



 織莉子は怪訝に眉を顰めた。

 小巻の意図を図りかねているのだ。



織莉子「何が言いたいのかしら・・・?」


小巻「優木みたいな卑劣な魔法少女だけが人間に戻って生き残り。

    日向さんみたいな優しい魔法少女だけが、最期まで戦いに殉じて消えていく」


小巻「雅シイラを放っておいたら、そんなワケの分からない世界が完成してしまう」



 小巻はキッと織莉子を見据えた。



小巻「私はそれが、ただただ気に食わないのよ!!」


織莉子「そう・・・」



 織莉子は腕を組んだまま、またしばし黙って思考を続けた。



織莉子「でも、現実問題として。あなたは雅シイラに勝てるのかしら?」


小巻「うっ・・・!」



 小巻は虚勢を張るように声を上げる。



小巻「さ、刺し違えてでも、私はあいつを倒すわよ!」


織莉子「刺し違える程度の覚悟じゃ無理でしょうね」


小巻「ぐっ・・・!」



 織莉子は静かに笑った。



織莉子「策を授けましょう。彼女に勝ち、生き残るための策を」


小巻「策・・・?」



 小巻とシイラの決戦の火蓋が切って落とされるのは、この約16時間後である。

 審判の日は、近い。

いったん中断


――あすなろ市の湾岸展望台。


 そこにはムカデのような長い体を持つ魔獣が、蜷局のように巻き付いていた。

 それは大型の魔獣というわけではなく。

 数多の下級魔獣が連結して発生した個体という、おぞましい姿をしたものであった。


 波打ち際のうろ穴に障壁を張り、その内側に御崎海香と神那ニコは隠れていた。



ニコ「どうかな、逃げられそう?」


海香「無理ね」


海香「あの連結魔獣はずっと臨戦態勢を解かないし、

   下級魔獣達は包囲網を徐々に狭め始めている。

   私たちを見つけるのも時間の問題ね」


ニコ「いよいよ私たちも年貢の納め時か」


海香「冗談でもそういうこと言わないで・・・」



 ニコはスマートフォンを取り出して、メールの履歴を確認し始めた。



ニコ「カオルはどうなったのかな・・・、無事だといいけどさ」


海香「ミチルもそろそろ限界が近い・・・。

    もし私たちが負けたら、カオルが一人残されることになるわよ」


ニコ「ああ、それは嫌だな」


海香「ええ、だからもう一頑張り――
ニコ「伏せろ!!」


海香「え?」



 ムカデの頭部のような魔獣が、こちらを覗いていた。

 迷彩の役割しか果たさない薄膜のような魔法障壁は、いともあっさり破られた。


ニコ「が、ふ・・・っ!」


海香「ぐ・・・!」



 ニコと海香の身体が宙づりになり、立方体のような結界に拘束される。

 連結魔獣が鎌首をもたげながらこちらをじっと見つめ、

 多くの下級魔獣がわらわらとニコと海香の下へ集まってくる。


 魔獣の食餌が始まるのだ。



ニコ(いよいよ本当に、年貢の納め時か・・・)



 ニコは瞳を閉じ、走馬燈を思い浮かべようとした。

 楽しい記憶、辛かった記憶、忘れられない記憶を精一杯探した。

 探したのだけれど。



ニコ(ダメだ・・・、何も思いつかない)



 死に際に生への執着すらみつからないほど、ニコの心は空っぽだった。


 どころか、彼女は今まさに自分の魂が食われようとしているのにも関わらず。

 「私の感情は、さぞ不味いんだろうな」などという、的外れな同情まで魔獣にしていた。



ニコ「ま、いっか。結構楽しかったしね」



 静かにニコが瞳を閉じた、その直後だった。




「リーミティ・エステールニ!」



 馴染み深い必殺技の名乗りが聞こえた。

 眼も眩むほどの閃光が奔り、直後に轟音が響き渡った。



ニコ「・・・!」



 連結魔獣の頭部が焼き切られたように無くなり、

 ボロボロと土塊のように連結魔獣の身体が崩れていく。



「遅れてごめん! 海香、ニコ!」



 投げつけられた2本の杖が、海香とニコを捕らえていた結界を打ち消した。

 解き放たれたニコは、よろめきながらも地面に降り立つ。


 ニコは光線を放った黒い魔法少女にニヘラ、と笑いかけた。



ニコ「もう具合はいいのかい、リーダー」


「うん、もう平気」



 黒い魔法少女は大きな帽子の鍔を上げ、凛々しい顔をのぞかせた。



ミチル「私はまだ戦える」


 ―


 戦いはようやく終結した。

 ずいぶんな接戦の末、魔法少女側が辛うじて勝利していた。



ニコ「本当に危なかったな・・・」



 3人は展望台の麓に座り込んで空を仰いでいた。

 すっかり暗くなった空からは、パラパラと小雨が降り始めている。



QB「だが、見返りも大きい。今回は大収穫じゃないか」



 キュゥべえは拾い集めてきたグリーフキューブを3人の前に広げる。



QB「お疲れさま」


ニコ「おう」


 海香はミチルの前へ進み出る。



海香「ミチル。本当に・・・、本当にもう大丈夫なの・・・?」


ミチル「うん、心配かけてごめんね」



 海香はガバリとミチルに抱き着いた。

 海香は顔をうずめ、何も言わずにただ泣いていた。



ミチル「・・・」



 ミチルもまた、何も言わずに海香の髪を優しく撫でる。



ミチル「ありがとう、海香・・・」


 ミチルは遥か遠い空を眺める。


 かつて在りし『魔女のいた世界』。

 それと比べればこの世界の魔法少女達の苦痛や悲しみは。

 それこそ万分の一くらいには減ったのかもしれない。


 そんな優しい今の世界になっても。

 果たして、魔法少女は純粋な『正義のヒロイン』にはなれなかった。


 むしろ魔法少女とは関係ない人間達にとっては。

 下手をすると、魔女よりも更に迷惑な存在になってしまったのかもしれない。



ミチル「・・・」



 それでもこの世界の魔法少女は孤独じゃない。

 今はただ、友だちから伝わる温もりが嬉しかった。


 それに、この世界の魔法少女には。

 『自分が生きるため』以外にも、ちゃんと戦う理由がある。



ミチル「私が散らかした希望なんだもん。

     私がちゃんと後片付けしなくちゃね」



 そんなことを小さく呟いて、ミチルは強く海香を抱きしめた。

 確かに感じる友だちの温もりが、ただただ嬉しかった。

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。


 ミチルは遥か遠い空を眺める。


 かつて在りし『魔女のいた世界』。

 それと比べればこの世界の魔法少女達の苦痛や悲しみは。

 それこそ万分の一くらいには減ったのかもしれない。


 そんな優しい世界になっても。

 果たして、魔法少女は本物の『正義のヒロイン』にはなれなかった。


 下手をすると、魔法少女とは関係ない人間達にとっては。

 魔女よりもよっぽど迷惑な存在になってしまったのかもしれない。



ミチル「・・・」



 それでもこの世界の魔法少女は孤独じゃない。

 今はただ、友だちから伝わる温もりが嬉しかった。


 それに、この世界の魔法少女には。

 『自分が生きるため』以外にも、ちゃんと戦う理由がある。



ミチル「私が散らかした希望なんだもん。

     私がちゃんと後片付けしなくちゃね」



 そんなことを小さく呟いて、ミチルは強く海香を抱きしめた。



 きっと、今日の晩御飯はイチゴリゾット。

投下します。





 第12話 「すっごく嬉しいわ」




 ――

 午後2時半、暁美宅。


 そこではまどかが緊張した面持ちで、正座をしていた。

 向かいに座っているほむらがサラサラと赤いペンを走らせて、問題集を採点している。


 そこはまどかとほむらの2人だけの空間。

 愛で満たされた瓶の底。


 ほむらが1つため息をついて赤いペンを置く。



ほむら「89点・・・」



 一拍置いて、ほむらがニッコリと微笑んだ。



ほむら「おめでとう、まどか。

     もうあなたはそこらの中学生よりも、よっぽど日本語を使いこなせているわ」


まどか「!」


まどか「やったーーー!」


ほむら「・・・」



 ほむらは穏やかに微笑んで、問題集を閉じる。

 その問題集は、JLPT試験と呼ばれる日本語の検定だった。


 勉強の後は、ティータイム。

 嫋やかな蒸気の立つティーカップには、ルビー色の紅茶が満たされていた。


 まどかは少しだけ紅茶をすすった後、驚いて目を丸める。



まどか「はわー、すっごい・・・。

     紅茶のことは全然わからないけど、これおいしいよ!」


ほむら「昔、尊敬していた先輩に少し教えてもらったのよ」


まどか「ほむらちゃんはなんでも知ってるなぁ・・・」


ほむら「無駄に長生きしているからね」


まどか「あはは、変なの。私と同い歳のはずでしょ?」



 ほむらはティーカップを揺らし、含みのある笑顔を浮かべた。



ほむら「どうかしらね」


 ほむらは果物ナイフでアップルパイを切り分ける。



ほむら「まどか。最近、『あの発作』が起こらなくなったわよね」


まどか「うっ!」



 『あの発作』という単語を聞いたとき、まどかの肩が跳ねた。



まどか「あー、えっと・・・。うん、あれね・・・」


まどか「ちょっと前までは・・・、ね。

    『私には偉大な力が宿っていて、すごく大切な使命がある』とか、

    『自分はすごい存在が人間としてこの世に表れている仮の姿』だとか・・・」


まどか「そんなこと考えていたんだけれど・・・」



 まどかは気恥ずかしそうに俯いて、両手を弄り始める。



まどか「なんだか最近だと、勉強とか部活動とか忙しくて・・・それどころじゃなくなっちゃったの」


まどか「やっぱり、あれって・・・。厨二病ってやつだったのかな・・・?」



 ほむらは2切れのアップルパイが乗ったお皿をまどかの前に置いた。



ほむら「ふふ、そうかもね。

     あなたくらいの年頃の女の子は、みんな魔法少女なのよ?」


まどか「もー! やめてよーーー!!」



 鹿目まどかは、円環の理という母体から独立しつつあった。

 彼女はもうほとんど、『本物の人間』と呼んで差し支えない存在になっていた。


 まどかは期待に満ちた表情でアップルパイを頬張る。

 しかし直後に表情が少し曇った。



まどか「えーっと・・・、これもほむらちゃんが作ったの?」


ほむら「いいえ、そっちは性格の悪い友人からの貰い物ね」


まどか「あ、やっぱり?」


ほむら「美味しくなかったかしら?」


まどか「いや、美味しいんだけど・・・。

     なんかこっちの紅茶と比べると、普通だなぁって・・・」


ほむら「おかしいわね、あの子は私よりもよっぽど優秀なはずなのだけれど・・・」



 ほむらもアップルパイを口に含むと、納得したような表情になった。



ほむら「あ、確かに普通ね。売っている物みたいな味。

     万能に見えるシイラも案外、アテにならないわね」


まどか「てぃひひ!」



 屈託のない笑みを浮かべるまどかの様子を見て、ほむらは静かに決意を固めた。



 まどかはもう大丈夫だ。

 そんな諦観染みた幸福感が、ほむらの心を支配しつつあった。


 もう心残りは無い。

 この結末で満足だ。



 幕を下ろそう、ハッピーエンドが濁らない内に。



 そして自分の罪とちゃんと向き合うために、

 幸せな少女時代の夢は、箱に仕舞って片づけなければならない。



ほむら「まどか、今日あなたを呼んだのはね・・・」



 ティーカップがカチャリと置かれた。



ほむら「お別れを言うためだったの」



 幸せな時は、長くは続かない。

 どんなに途中までは上手くいっていても、必ず最期に落とし穴がある。

 だからいつかどこかで、自分は身を引かなければならない。


 繰り返される数多の時間は、そんなマイナス思考をほむらの魂に刻み込んでいた。

短くて申し訳ありませんが、今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

魔法少女たちの物語はここから怒涛のクライマックスへ向かっていきます。

そしてすいません。
今月中に終わらせるのはどう考えても無理です。
大口叩いて申しわけありませんでした。

投下します。


 まどかは目を見開いて固まっていた。

 それは青天の霹靂と呼ぶにふさわしいことで。

 言われた方にとっては、まさに寝耳に水で。


 まどかの華奢な情緒は、あまりにも突然の事態にフリーズしていた。



まどか「え、えっと・・・、ほむらちゃん?」



 手に持つフォークが震えて、カチャカチャと食器を鳴らしていた。



まどか「冗談・・・、だよね?」



 しばし、ほむらは瞳を閉じて思案する。


 もうこの時点で、ほむらは取り返しのつかない場所まで進んでいた。

 だから今更、引き返す道を選ぶことなど、できるわけがないのだけれど。

 もし怖気づくことのできる最後の緊急退避所があるとすれば、ここだった。


 ほむらはカップを置く。



ほむら「私は本気よ」



 紅茶は飲み干されていたので、カップが震えていたのかどうかはわからない。


 まどかは絶句し、ただほむらの瞳を見つめていたが。

 やっとほむらの意図を察したとき、真っ先に浮上した感情は『怒り』だった。



まどか「どうして・・・、どうしてそんなこと言うの!?」



 まどかはテーブルを叩いて身を乗り出す。



まどか「私、何かした!? ほむらちゃんに嫌われることした!?」


まどか「もしそうだったら教えてよ! 私、ちゃんと謝るから!!」



 ほむらの瞳が、にわかに爬虫類のような冷徹さを帯びる。



ほむら「まどか」


まどか「っ!」


ほむら「お願い、落ち着いて聞いて頂戴。

     あなたがどう思おうと、これが最期の会話になるのだから」


ほむら「だからせめて、ちゃんと語り合いましょう。

     喧嘩別れなんて、私だって嫌なんだから」



 まどかはまだ何かを言い返したくなったのだが。



まどか「・・・」



 喉まで出かかったその言葉を飲み込んで、力なく座った。


ほむら「まどか。あなたは・・・、悪魔に騙されているの」



 ほむらは手を翳すと、彼女の手に黒い蛇が現れる。

 その蛇は、濡れ鴉のように艶のある真っ黒な羽毛で覆われていた。


 まどかは驚いて目を見開いた。

 ほむらは『魔法少女とは無関係の普通の女の子』の前で、堂々と魔法を使って見せたのだ。



ほむら「悪魔がズルをして、あなたを洗脳している。

     だからあなたが私のことを好きだって思うのも、きっとただの勘違いなのよ」


まどか「・・・」



 まどかは下を向いて、スカートの端を強く握りしめた。



まどか「わからないよ、どういうことなの・・・?」



 ほむらは開いた手を軽く握ると。

 黒い羽毛の生えた蛇は、ほむらの袖の中に引っ込んだ。



ほむら「私が乱心して、正気を失っているとでも思っているのかしら?」



 ほむらは冷ややかに笑う。



ほむら「まぁ・・・、それでもあながち間違いじゃないわね」


ほむら「私の想いとあなたの心が釣り合っていたことなんて、ただの一度もなかったのだから」


 まどかはしばし黙っていた。

 下唇を噛みしめて、ずっと黙っていた。



まどか「私たちが一緒に過ごしていた時間って、ニセモノだったの?

     ほむらちゃんはずっと、楽しそうなフリをしていただけだったの・・・?」



 俯いたまま、絞り出すように。

 まどかがようやく口に出せた言葉がそれだった。



ほむら「・・・」



 ほむらは一瞬だけ辛そうな表情になった後、それをまどかに悟られる前に瞳を閉じた。



ほむら「ええ、ニセモノよ。気味が悪いくらいよくできたニセモノ。

     今まで疑問に思ったことはなかったの?」


ほむら「私には、クラスにあなた以外に友人と呼べるような人物はいない。

     どころか両親も不在で、あらゆる学校の人物からは距離を置かれている」


ほむら「私には、あなた以外の『他人とのつながり』という物が、一切存在しない」


ほむら「こんな薄気味悪い女に、どうしてあなただけがこんなにも懐いているのかしら?」


まどか「・・・」



 まどかは俯いたままだった。


 ほむらは微笑みかける。

 まるですすり泣く幼子を、優しく諭す母親のように。



ほむら「あなたにはもう、たくさんの友だちがいる。

     あなたの居場所は、私の傍以外にもたくさんある」


ほむら「それらは全て。魔法なんかに頼らずに、あなた自身の力で手に入れたモノ」



 ほむらは右手にダークオーブを顕現させ、それを片手で玩んだ。



ほむら「私は虚しくなったの」


ほむら「そんな風に自分の力で輝いているあなたを。

     魔法なんてよくわからない力でずっと繋ぎ止めていたら、私はどんどん惨めになる」


ほむら「だからね、この辺が潮時なのよ」


まどか「ほむらちゃん・・・」



 まどかは涙をいっぱいに溜めた瞳で、ほむらを見返した。



まどか「ズルしちゃダメなのかな、魔法に頼っちゃダメなのかな・・・」


まどか「もしほむらちゃんの言うことが本当なんだったとしても」


まどか「私は幸せだったよ、楽しかったよ!」


まどか「ずっとほむらちゃんと友達でいたいよ・・・!」


 ほむらはダークオーブを握りしめた。



ほむら「あなたは本当に優しいのね、まどか」


ほむら「でもね。その想いもきっと、ただの勘違いなのよ。

     しばらく時間が経てば、いつか必ず私が鬱陶しくなる。

     私の想いは、あなたが未来にはばたく時には、ただの重荷になってしまう」


ほむら「『ここで別れることができてよかった』と、絶対に思うはずよ」



 ほむらは手を止めて、ダークオーブを静かに置いた。



ほむら「けれど、もしも本当に。本当にあなたが幸せだったのなら・・・」



 ダークオーブは、木漏れ日のように温かな光で輝いていた。



ほむら「私はすっごく嬉しいわ、まどか」


まどか「・・・」



 まどかは静かに身を引いた。



まどか「やっぱり・・・、ほむらちゃんが何を言っているのか全然わからないよ」


まどか「けれど」



 まどかは目を細めてほむらを見つめた。



まどか「本当に、ここでお別れなんだね・・・」



 ほむらの両手に、紫色の魔法陣が展開した。



ほむら「ええ、さようなら」


まどか「ほむらちゃん――



「大好き」



「私も」



 ハンドクラップの音が鳴り響き、

 まどかはほむらに関する一切の記憶を忘れた。



今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

まどほむは正義。
不安定な更新速度で申し訳ありません。
完結だけは絶対にさせますので、どうかご容赦を。

やっと続きができました、投下します。





 第13話 「ぼくは円環の理に勝って欲しい」




 夕暮れに染まる見滝原中。


 まだ舗装の真新しい校門前の通りにて。

 巴マミは困惑していた。



後輩「どもえぜんばいぃーーーー!

    私のこと忘れないでくださいねぇーーーー!!」


マミ「え、ええ・・・」



 後輩の少女が恥ずかしげもなく抱き着き、マミの胸に顔をうずめて大泣きしていたのだ。



マミ(確か2年生の委員長の子よね。私とそこまで深い交友だったっけ・・・?)



 戦いにばかり傾倒し、『昼の時間』を軽視したりすぐに忘れたりする魔法少女は少なくないが。

 それを差し引いたとしても、マミが困惑するのも無理はない。



 なぜならこの後輩がマミとまともに会話をした回数など、実際は片手で数えられる程度だったからだ。



 つまるところ彼女の思い出とやらは、(捏造とまではいわないが)彼女の中にしかない美化された記憶でしかなく。

 マミにとっては特別でも何でもない、無味無臭な『昼の時間』の一場面でしかなかったのである。


 最も。

 魔法少女でなくても、人間関係というのは往々にして、よく一方通行に陥るものなのだけれど。


 一頻り泣き喚いて冷静になったのち、後輩の少女は勢いよく頭を下げる。



後輩「みっともないところを見せて、すいませんでした!!」


マミ「・・・」



 マミはしばし目を細める。


 彼女のことはよく知らないが、こんな実直な態度には好感を持たずにはいられなかった。

 こんな風にはっきり泣いたり笑ったりできる素直さは、マミの持っていない長所であり。

 過酷すぎる経緯故に、魔法少女・巴 マミには、持つことすら許されなかった心でもあった。



マミ「いいのよ、嬉しいわ。

    まさか私の卒業で、泣いてくれる人がいるなんて思わなかったから」



 ちなみに、両者の与り知らぬところではあるが。

 かつてマミはこの後輩の人生を救っている。

 彼女はかつて友人関係の軋轢に嫌気がさし、

 自暴自棄になった心を魔獣達に食われそうになったことがあったのだが。

 やはりというか当然というか、その魔獣達はマミに討伐された。


 重ねて言うが、両者は助けたことも助けられたことも知らない。

 けれども『袖振り合うも他生の縁』とでも言うべきか。

 徳や業というものは、巡り巡って、自分の下へ帰ってくるもので。

 彼女たちには彼女たちの見えない部分で、深い絆が存在していた。



 後輩は頭を下げたまま声を上げる。



後輩「みっともないついでに、巴先輩のリボンください!」


マミ「それはいいけど、ごめんなさい。明日の卒業式が終わったらね」


後輩「はい! それではまた明日!」


マミ「ええ、また明日」



 きびきびと手を振る後輩の背を見つめながら、マミは困ったように笑う。

 「そういえば私、先輩だったんだなぁ」などと、今更の様に感傷に耽りながら。


 後輩が去ったのを見計らったように、今度は同級生が飛び出す。



キリカ「よぉ! モテモテだな、恩人!」


マミ「呉さん・・・」



 アレ系な同級生、呉 キリカ。

 真っ先に目が付くのはド派手な改造制服である。

 『壊れた私』を演出するパンクなファッションは、多くのクラスメイトから距離を置かれるに十分な理由だった。


 この世界のキリカもまた、魔法少女の素質を持っていたのだが。

 結局キリカは、命を賭けてまで叶えたい願いを見つけることはできなかった。


 加えて説明すると。
 
 願いを叶えるタイミングを見失ったキリカは、

 厨二病(暗黒系)を拗らせ、キャラが若干おかしくなっていた。



キリカ「恩人! キミと過ごした一年間、悪くなかったぜ! 明日は最高の卒業式にしてやろうな!」


マミ「えーっと・・・」



 キリカは瞳の端に薄く涙を浮かべ、情熱的にサムズアップしている。



マミ「そうね、私も最後の中学生活をあなたと過ごせて楽しかったわ」



 これはいつも魔法少女の後輩たちにばかり気を配り、昼の時間にほとんど放置して生きてきたマミに非があるのだが。

 いつの間にか学園内でのマミの周囲には、暑苦しくてしょっぱい青春活劇が展開していたのだった。



 ――巴宅


 自宅に着いたマミはようやく一息を着くことができた。

 リボンを解き、ブラウスを脱いで、Yシャツの第一ボタンを外す。



マミ「ふぅ、まったく・・・。

   こんな色々立て込んでいる時期にクーデターだなんて、暁美さんももう少しタイミングを考えて欲しいわね」


マミ「いえ・・・。こんな時期に起こしてくれたからこそ、感謝しなきゃいけないのかしら」



 マミは手に持った制服のリボンに視線を落とした。



マミ「魔法少女のことを考えずに学校に通ったことなんて、ほとんどなかったな・・・」



 マミは思い出したように、脱ぎ捨てたブラウスを丁寧にハンガーにかけた。



マミ「そっか、魔法少女の未来がどうなろうと。

   私がこの制服を着て学校に通えるのは、明日で最後なのね」


 普段はひとりぼっちでいる時間の多いマミだが。

 本日はなぜか来客が絶えない。


 聞きなれたあの抑揚のない声が響いた。



「やぁ、マミ。そろそろ話しかけてもいいかい?」


マミ「キュゥべ――、いえ。

   こんな風に空気を読むってことは、カミオカンデの方かしら?」


カミオカンデ「正解だよ」



 青い眼のインキュベーターは、いつの間にかマミの机の上に座っていた。



マミ「今までどこへ行っていたの?」


カミオカンデ「赤い眼のぼくにいろいろ話を聞いていてね、気になったことが幾つかあったものだからさ」



 どうやらこの精神疾患個体のインキュベーターは、特に迫害などされるわけでもなく。

 ほむらの配下となった通常個体達と情報交換をできる程度の関係を築いているようだった。


 だけれど、マミにとってこの訪問は喜ばしいものだった。

 いや。むしろマミはカミオカンデの訪問を、今か今かと待っていた。



マミ「カミオカンデ、教えてもらってもいい?」



 マミは待っていたとばかりに、今までずっと後ろ髪を引かれる様な思いをしてきた疑問を問う。



マミ「暁美さんからエネルギーを回収するって言っていたけれど・・・。

   まさか暁美さんを魔女にするつもりじゃないでしょうね?」



 ほむらの宣戦布告に対してあれだけ憤っていたマミだが。

 やはり彼女は魔法少女の廃止云々よりも、後輩の行く末の方が気がかりだったようだ。

 もしも暁美ほむらのクーデターが、本人の魔女化という惨劇を前提に成り立つものなのだとしたら、

 何が何でも阻止しなければいけないと思っていた。



カミオカンデ「そこはぼくも気になって問い詰めたよ、どうやらその心配はないらしい」



 カミオカンデの銀の輪が揺れ、マミの脳裏に映像が送られる。


――まるで、教育番組の中のような世界で。

   宇宙空間の中にある一個の恒星のような光景だった。


 それはインキュベーターの結界の中で急速に燃焼していき、

 まるで寿命を迎えた白色矮星のように、枯れ果てていくダークオーブのシミュレーションだった。


カミオカンデ

「ほむらが円環の理と融合し、新たな世界へパラダイムシフトしたときに起こるのは、

 希望から絶望の相転移ではなく、有から無への燃焼反応になる。

 全ての魔法少女の因果を巻き込んだほむらのダークオーブは、

 莫大エネルギーを生み出しながら一瞬で燃え尽きて、塵も呪いも残さない。

 断言してもいい。

 このエネルギー回収による、人類やこの星の環境への影響は一切ないよ」


カミオカンデ

「これは魔女化の際のエネルギーの回収手順とほぼ同じだけれど。

 最後の感情は『絶望』ではなく『愛』らしい。

 その辺りの心の在り方は、ぼくの情操段階ではよくわからないけれどね」


マミ「よくわからないけれど・・・、暁美さんも他の人たちも安全なのね?」


カミオカンデ「そうだね。ただほむらに関しては文字通り命を燃やし尽くした後だから、生きてはいないけれど」


カミオカンデ

「それでも、安全に事を成すにはかなり大掛かりな準備が必要になるらしい。

 赤い眼のぼく達のほとんどはそのシステムの増設のために駆り出されている。

 だから選挙の際、魔法少女達に干渉する余力はないから、安心していいそうだよ」


マミ「そう・・・」



 とりあえずは一安心だが、マミの中には少しだけ失望の念があった。

 『確かに存在している誰かが明確に犠牲になる変化』だったのなら、迷わず戦うことができたのに。


――映像は途切れ、マミの意識は再び現実世界の自分の部屋の中へ戻る。


 気付けばカミオカンデは窓の外にある空を見上げていた。

 その青い瞳には、遥か遠い故郷の姿が浮かんでいるのだろうか。



カミオカンデ「待ちに待った時が来たんだ、ぼく達はこのチャンスをずっと待っていた」



 カミオカンデの抑揚のない声にも、どこか熱を帯びているような響きがある。



カミオカンデ「ほむらが当選できれば、宇宙の熱的死は半永久的に先延ばしにできる。

         ぼく達も、この宇宙にある数多の他の星の文明も。

         エネルギーの枯渇に怯えずに、繁栄を続けていくことができる」


カミオカンデ「これこそぼく達が夢見た、楽園そのものだ」



 しかし、その静かな熱狂は長くは続かなかった。

 そこまで言うとカミオカンデの演説は途切れ、しばし黙り込んでしまったのだ。



カミオカンデ「そうだね・・・。ぼく達の目標の達成はすぐ手の届くところまで来ているのに、なぜだろうね」


カミオカンデ「悔しいよ」


カミオカンデ「こんなに簡単に解決できてしまう問題だったのなら。

         ぼく達が今までやってきたことや、犠牲になってきた魔法少女達は、一体何だったんだろうね」



 青い眼のインキュベーターは、円環の理支配計画の第二段階で生み出された存在だった。

 円環の理の存在を観測できたのなら。

 次はカミオカンデのようなソウルジェムモドキを片っ端から円環の理に送り込んで、

 円環の理に何らかのリアクションがあるのかを探るという実験が執り行われる手はずだった。


 だが。

 カミオカンデはそんなモルモットのような役割すら果たせず、廃棄された。

 無意味に、無価値に。

 ただ引っ越し後のガラクタのように投棄されていた。


 不要となった青い眼は、何を思うのだろうか。



カミオカンデ「自分でも非合理的な考えだと思う。

         だからこれはあくまで、インキュベーターとしての物ではなく。

         精神疾患を起こした異常個体の妄言として聞いてもらいたいのだけれど・・・」


カミオカンデ「ぼくは、円環の理に勝って欲しい」



 気づけば、マミは泣いていた。

 カミオカンデを強く抱きしめて、ただただ静かに泣いていた。

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。


――見滝原中学校の卒業式の前日。


 茜色の光が差す、2年生の教室の中。

 卒業生を送るアーチの制作を自ら立候補したさやかは、

 同人誌作家などが口々に言う、いわゆる修羅場という状態に陥っていた。



さやか「うおおおおおお! 終るわけがねぇーーーー!!」



 耐えかねたさやかが頭を抱えて机に突っ伏す。

 その様子を、さやかの友人である志筑 仁美が神妙な面持ちで眺めていた。



さやか「ごめん、仁美! ほんっとーにごめん! こんな遅くまで手伝わせちゃって!!」


仁美「いえ、大丈夫です。それに」



 コトリ、と。

 仁美がハサミを机に置いた。



仁美「私も、さやかさんと二人きりで話したいと思っておりましたので・・・」


さやか「・・・」



 さやかは少しだけ目を逸らした。

 「話したいのは十中八九、あいつのことなんだろうなー」などという、確信めいた予感を抱きながら。


 仁美は、音もなく深呼吸を1つしてから、しっかりとさやかの目を見た。



仁美「上条くん、やっぱり高校は普通科を志望するそうです」


仁美「天城くんに負けたあの日から、すっかりしおらしくなってしまいまして・・・」



 さやかは瞳を閉じ、少しだけ黙った。



さやか「そっか」


さやか「まー、仕方ないよね。天城がいたんじゃあさ。

     恭介を贔屓目に見ているあたしだって、アイツはすごいと思うもん」


 さやかの魔法少女の契約によって腕が完治し、学生音楽界に復帰した上条 恭介だったが。

 彼の前には息つく間もなく、新たな壁が立ちはだかった。

 恭介は天城 真人というライバルにぶち当たり、そして完膚なきまでに玉砕していたのだ。



 天城 真人。

 彼の名誉のために一応補足しておくと、

 (少なくとも直接的には)彼の実力に、魔法少女の奇跡は一切関与していない。



 彼は人間としての力だけで、上条 恭介を超越せしめた『本物』だったのだ。


 家柄と魔法で虚飾された上条 恭介に、彼は実直にも正面から立ち向かい、そして堂々と勝った。

 いや音楽の世界に勝ち負けの線引きなど、明確には存在しないのだけれど。

 少なくとも「天城の音色の方が好きだ」という人間が多かったのだ。

 奇跡や魔法になんか頼らなくても、

 元より優れた演奏家には人の心を動かす力があっということを、彼は証明して見せた。


 上条 恭介の夢は、ここで折れた。

 全力を出し切ってなお、骨も残さぬ完全燃焼で敗北した。

 以降、彼がバイオリンに傾倒する時間は、日に日に少なくなっていくことになる。


 気付けば、仁美は俯きながらスカートの端を握りしめていた。



仁美「いいんですか・・・?」


さやか「・・・」



 仁美は机を叩いて立ち上がる。

 その目には涙が滲んでいた。



仁美「いいんですか!? こんな結末で!!」


仁美「上条くんの為にあなたがどんな思いで! 上条くんの手を治すためにあなたは!!」



 普段は温厚な彼女が珍しく怒っていた、怒り狂っていた。

 恭介に、さやかに、そして自分自身に。



仁美「こんな・・・、こんな結末! 裏切り以外の何物でもありません!!」


 2人の間に、しばしの沈黙が流れた。

 さやかは1つ深呼吸をしてから、静かに仁美に向き直った。



さやか「仁美さ、それどこで知ったのかな?」


仁美「・・・」


仁美「雅さんという方から教えていただきました」



 選挙という対戦形式が決定したとき、

 即座にシイラは円環の理打倒の策を発動していた。


 魔法少女だった頃、最も近しい友達だった美樹さやかが離反すれば、

 『人間の心を取り戻した円環の理』は戦いを続けることができない。


 『魔法少女は人間で倒す』。

 奇妙な思想から作られたその矢は、円環の理の急所へ容赦なく放たれた。



仁美「私は魔法少女なんて廃止にされてほしいです!

    こんな、こんなの・・・っ! あまりにも報われないではありませんか!!」


 さやかは腕を組んで、しばし考えに耽る。

 仁美は気づけば手のひらに爪が食い込むほどに、強く拳を握っていた。


 ふと、さやかが口を開く。

 難題を提示するスフィンクスのような、哲学的な光を湛えながら。



さやか「仁美。『願いが叶ったせいで後悔する』のと『願いが叶わなかったせいで後悔する』の、どっちがいい?」


仁美「そ、それは・・・」



 一瞬怯んだ様子の仁美だったが、すぐさま再び厳しい顔つきに戻る。



仁美「そんなのどっちも嫌です!」


さやか「だよね、私も嫌だわ。じゃあ質問を変えてみよう」



 次の瞬間。

 仁美の頬から零れ落ちた涙が、虹色の輝きを放って宙に溶けた。

 さやかの左手には、不完全なメフィストフェレスの戒めを破り、海のように澄んだ青い色を放つソウルジェムがあった。



仁美「これは・・・?」


さやか「『願いが叶って満足する』のと『願いが叶わなくても満足する』のはどっちがいいかな?」


仁美「・・・」



 呆気にとられる仁美を見つめ、さやかは悪戯っぽく笑った。



さやか「あたしは断然、叶って満足する方がいいな」


 さやかがソウルジェムを握ると、それは左手の中指に指輪の様に収まった。



さやか「あたしの奇跡は、こんな情けない終わり方になっちゃったけどさ。

     それでも自分の命と引き換えにしてでも願いを叶えたいって子は、絶対どこかにいると思うんだよね」


さやか「そんな子が一人でも残っているなら、やっぱり私達の代で魔法少女を廃止にしちゃダメだよ」



 仁美は歯を食いしばって俯いた。



仁美「それでは、さやかさんは・・・」


さやか「仕方ないよ。それに、あたしだってそれを承知で魔法少女になったんだもの」



 さやかは静かに瞳を閉じた。



さやか「人の心っていうのは、幸か不幸か変わるもの。

     後悔なんてあるわけないかと思ったら、すぐに自分の馬鹿馬鹿しさを悔んだり。

     命を賭けてもこれだけは守りたいと思ったら、もっと好きなものが後からひょっこり現れたり」


さやか「わかんないもんだよね、人生って」


仁美「・・・」


さやか「恭介は音楽を諦めることを選んだ。

     それならそれでいいじゃない。恭介は楽器じゃなくて人間なんだからさ」



 仁美は力なく座った。



仁美「無駄なんですね、私が何を言っても・・・」


さやか「うん、ごめんね」


さやか「私は後悔、してないんだよね。全然」


 仁美は押し黙っていた。

 なんだか気づかない内に、自分の知る親友が、遠く離れてしまったような気がした。


 いや、自分が気付いていなかっただけで。

 恋敵として襷を別ったあの日には既に、

 さやかはもう手の届かない場所へ行ってしまっていたのかもしれない。


 だとしたら、最後にその手を払ったのは、自分自身だろう。



仁美「わかりました」



 長い長い沈黙の後、仁美は口を開いた。



仁美「じゃあ、仕方ないですね」



 仁美は橙色の光に温められた液体のりを、再び手に取った。



仁美「それでは急いで作りましょうか。いくら魔法といえど、卒業生を送るアーチは作れないんでしょう?」


さやか「ありがとうね」



 仁美は窓の外の沈みゆく陽を眺めた。


 もしかしたら、さやかは明日にでも消えてしまうのかもしれない。

 誰にもわからないまま、ドライアイスが溶けてなくなるように跡形もなく。

 自分の前から、この世界から。


 もしもそうなったのなら。


 自分だけでも、ずっとさやかのことを覚えていよう。

 何があっても、彼女の優しさと正義を忘れないようにしよう。


 それが魔法の使えない自分にできることだから。

 それが魔法少女から奇跡を賜った人間が、魔法少女に送ることのできる唯一の敬意だと思うから。


 仁美はさやかに何かを言いたかった。

 お礼でも別れでもなく、ただただ何か言葉を送りたかった。


 けれども、こういう時には何と言えばいいのだろうか。

 生憎、中学生の貧弱な語彙では、ピタリと当てはまるような言葉を見つけることはできない。



仁美「さやかさん」


さやか「?」



 散々の逡巡の末。

 ようやく思いついた答えがこれだった。



仁美「お達者で」



 さやかはしばし呆気にとられたようにポカンとしていたが、

 ようやく意味を理解できたようで、にっこりと微笑みを返した。



さやか「うん。仁美の方こそ、お達者で」



 どうやらちゃんと想いは伝わったようだった。


――見滝原中学卒業式前日。

  風見野の佐倉聖学院にて。


 斜陽の光がステンドグラスを彩った。

 丁寧に磨かれたその彩色のガラス細工は、見ている者の心を鎮静させる作用があるという。

 穏やかな表情で微笑む聖母は、破門された現在でも、この教会を優しく見守っていた。



佐倉神父「いえ、私は仲介をしただけですから」



 佐倉神父は通話中だ。

 電話口の相手は、何度も何度もお礼を言っていた。



佐倉神父「ええ、それではこちらこそありがとうございました。

       また日を改めてお電話させていただきますので・・・」



 佐倉神父は相手の通話が切れたのを確認してから、静かに受話器を置いてため息をついた。


 ここまでの大仕事をしたのは、神父になってから初めてだった。

 人を救うということは、ここまで難解で複雑なことだったのに。

 それを愛と信仰だけで乗り切ろうとしていた時期が自分にあったことには、全く顔から火が出る思いだ。



 本日、千歳 ゆまという虐待を受けていた少女が、父方の祖父の家に引き取られた。

 戸籍や資料を漁り、何度も多くの家にアポイントを取り、数え切れないくらい頭を下げてようやく掴み取れた結果だった。



 本当に、生まれて初めて誰かを救うことができた気がした。

 佐倉神父は手の平で顔を覆い、しばしその燃え尽きたような心地よい余韻に浸っていた。


 佐倉聖学院は某公益財団法人に吸収され、

 その事業の一端を移譲されるような形で機能していた。


 佐倉神父の『プロパガンダ能力』を十全に把握した上での人事異動であり。

 彼を真っ当に社会の一員として機能させる、気味が悪いほど完璧な采配だった。


 その公益財団法人は、雅 シイラの傀儡と化しているということは、今更説明する必要はないだろう。


 木の戸を叩き、見滝原中学の制服を着た少女が入ってくる。

 その表情は落ち着いているわけでも昂っているわけでもなく、ただただ静かに影を落としていた。



杏子「ただいま」


佐倉神父「おかえり、杏子」



 杏子はしばし躊躇ってから、父の目を真っ直ぐに見て告げた。



杏子「父さん」


杏子「雅 シイラ、魔法少女だって」


佐倉神父「・・・」



 佐倉神父は目を見開いて息を飲んだが、静かに深呼吸をしてから答えた。



佐倉神父「そうか」


佐倉神父「まぁ、そうなのだろうな」


 杏子はそわそわと目を泳がせながら。

 机に座り、ジュースのペットボトルを開ける。



杏子「驚かないの?」



 佐倉神父は開いていたノートパソコンに視線を落とす。



佐倉神父「・・・」


佐倉神父「驚かないさ。彼女のような人の域から逸脱した優秀さを持つ子どもがいるとするなら、むしろ納得だよ」



 画面には信じられないほど効率的なデータベースソフトが開かれていた。

 それはまるで蜘蛛の巣のような複雑な経路を以って、見滝原と風見野の町を監視していた。


 データベースソフトの名は、『パノプティコン』。

 有識者が聞いたら顰蹙を買うような、挑発的なネーミングセンスだった。


 名義は当然ながらに雅 シイラだ。

 彼女自身が作ったのか、それとも彼女が他の人間を動かして作らせたのか。

 もはやここまでくると、それは些細な違いだろう。


 杏子は父のどこか諦めたような目を認めると、気まずそうに目線をペットボトルのラベルに落とした。



杏子「父さんはさ、やっぱり魔法って認められないのかな・・・」


佐倉神父「・・・」



 佐倉神父は、しばし押し黙る。



佐倉神父「魔法は異端だ。魔法という力は、私のような『普通の人間』の努力を否定するものだ」


佐倉神父「正直、杏子の起こした奇跡も含めて、魔法という存在は今でも受け入れられない」


杏子「・・・」



 杏子がラベルに爪を立てた。



佐倉神父「けれども」



 佐倉神父は穏やかに微笑んで、ノートパソコンを閉じる。



佐倉神父「杏子や雅さんのような素晴らしい子が活躍できるなら。案外、魔法のある世界も捨てたものではないとも思う」


杏子「!」



 杏子が慌てて佐倉神父の方を振り向く。


 杏子が振り返った時、佐倉神父は平伏していた。

 彼は実の娘に三つ指をついて、深々と頭を下げていた。



佐倉神父「すまない、杏子。こんなポンコツな父親で。

       本来犠牲になるべきなのは、少女ではなく我々大人のはずなのにな」



佐倉神父「『奇跡を願う必要のない世界』を残してやれなくて・・・、本当に申しわけがない」


杏子「・・・」



 杏子は呆然として立ち尽くしていた。


杏子「時々、夢を見るんだ」



 頭を下げる父親を見て。

 実の娘に許しを請う父親を見て。

 杏子の中で燻っていた呪いの感情が、一気に噴出した。



杏子「その夢の中で。父さんはアタシのことを、悪魔に魂を売った魔女と罵っていた」


杏子「与えられた奇跡なんかに意味はないって、アタシの力は人の心を惑わす邪悪な力だって」


杏子「何度も否定された」



 不完全なメフィストフェレスの表面加工がボロボロと剥がれ落ちていく。

 彼女の魂が煌々と脈打つ。



杏子「それが今度は、食うに困らなくなったから『許してください』だと?」



 ソウルジェムの枷が外れ、血のように赤い閃光が部屋に満ちた。

 怒りに満ちた表情の杏子は槍を振りかざし、切っ先を佐倉神父に向けていた。



杏子「テメェ、それでも父親か!?」



 間を置かず、佐倉神父の声が返る。



佐倉神父「それでも、父親なんだ」


杏子「!?」


 佐倉神父は頭を下げたまま、懺悔を続ける。



佐倉神父「自分のことなんだ、誰よりもわかる。

       きっとそれが本来あるべき私の姿で。綱渡りの様な奇跡の連続から、今の私があるのだろう」


佐倉神父「一歩でも間違えば、そんな惨めで無責任な者に、私はなっていた」


杏子「・・・」



 刺すような真紅の光が目に見えて弱っていく。

 杏子は自分の中にある呪いや恨みが、急速にしぼんでいくのを感じた。



佐倉神父「無力な父と罵ってくれてもいい。私を見限ったのならば、その時は遠慮なく切り捨ててくれても構わない」


佐倉神父「けれども・・・、それでも」


佐倉神父「どうか、君が一人の大人として成長できるその日まで。私の娘でいてはくれないか」


杏子「・・・」



 杏子の槍が、砂のように崩れた。



 杏子はソウルジェムを指輪の形状にする。

 左手の中指に、それは静かに収まった。



杏子「わかんない、そんなこといきなり言われてもわかんねぇよ」


佐倉神父「そうか」


杏子「だから、えーっと・・・」



 制服姿に戻った杏子は、また視線を泳がせる。



杏子「だから、答えは『保留』で」



 今度は杏子の方がぎこちなく頭を下げた。

 脈絡がメチャクチャなように思えるが、動揺している時の人間の行動など、こんなものなのだ。



杏子「しばらくお世話になります・・・、父さん」


佐倉神父「ああ、任された。今度こそ失望されないように頑張ってみるよ」


 杏子は緊張の糸が解けたようにふにゃりと笑い、慌ててそれをいつもの小生意気な笑みに変えた。



杏子「じゃーね、晩御飯の時になったらまた呼んで!」


杏子「ちょっと未来に行ってくる!」


佐倉神父「そうか」



 佐倉神父は顔を上げた。



佐倉神父「いってらっしゃい」


杏子「ああ、いってきます!」



 杏子は携帯電話を片手に階段を駆け上がる。

 画面には『通話中』『マミさん』と文字が表示されている。



杏子「あー、マミ。やっと覚悟できた。選挙、絶対勝つぞ!」


杏子「この世界は、ほむらになんか渡さねぇ!」

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

最早、言い訳はしません・・・。

> 佐倉神父「どうか、君が一人の大人として成長できるその日まで。私の娘でいてはくれないか」
魔法少女システムのままではほぼ間違いなく果たされずに終わるお願いのように思えるのだが、結局杏子は反対にまわるのな
なんか魔法少女側はどいつもこいつも自分達が納得できるか満足できるかばっかりでそれ以外を蔑ろにしすぎじゃないか?
そういうのを蔑ろにした結果こそが「叛逆」だろうに、その辺一切省みる気がなさそうなのがどうもなあ

すいません、しばらく東方に浮気してました。
そちらの方は無事完結できたので、これからは投稿速度が上がる・・・はずです。

>>434
魔法少女は誰もがみな、身勝手な存在なのだと思います。
故に、願った奇跡が本当に正しいものだったのかどうか、最後まで誰にも分らないのです。
そして現在進行形で、誰も自分の願いが正しいものなのかどうかはわかっていません。


投下します。





 第14話 「どうか、ご武運を」




 見滝原プリンセスホテル。

 そこには3人の悪魔が集結していた。


 シイラはベッドに腰かけながら紙をヒラヒラとさせている。



シイラ「前代未聞の改革を賭けた選挙なのに、随分と早急・短期間で行うね。

     選挙管理委員長のエニシちゃんは、よっぽど宗教戦争が怖いようだ」


シイラ「『クーデターは認めるけど、暴力は断固拒否する』。何というか、魔法少女らしいね」



 シイラは指で紙を弾いた。

 全ての魔法少女の命運を分ける選挙の要項の書かれた紙が、ひらひらと宙を舞って床に落ちる。



シイラ「まあ、85点ってところかな。これでほぼ目標達成だ、やったね」



 カガリはベッドに寝転びながら、猫のようにシイラに甘えている。

 シイラが左手で髪を撫でると、蕩けたように頬を摺り寄せた。



シイラ「首尾よく進んだよ。これも全部、カンナちゃんが上手く環 エニシを誘き出してくれたおかげだ」




 壁にもたれて立っているカンナが、皮肉めいたように笑う。



カンナ「よくそんな白々しいことが言えるな、本当は捨て駒みたいな扱いだったくせに」


シイラ「そうだね、言い訳はしないよ。けれど元より戦いは覚悟の上だっただろう?」


シイラ「『人を呪わば穴二つ』ってね」


カンナ「ふん・・・」



 カンナは腕を組んで、再び瞳を閉じる。

 その様子は憑き物が落ちたように穏やかだった。


シイラ「じゃあ二人ともお疲れさま。

     これにて任期満了、ミッションコンプリート。ここからは各自自由行動ってことで」


カガリ「はーい!」


カンナ「最後まで食えない女だ」



 シイラは空いた右手でカンナを指さす。

 その指先には、件の極彩色の世界が蜃気楼のように見え隠れしていた。



シイラ「さて、カンナちゃん。報酬の話だけれど・・・、本当に神那 ニコを人間に戻さなくてもいいのかな?」


カンナ「結果オーライだ。いいよ、戻さなくて。

     ほむらさんの世界が実現するなら、私が余計なことをする必要はないだろう」


シイラ「そっか、残念。魔法少女だった頃は、喉から手が出るほど欲しかった魔法だけれど、意外と使う機会が少ないね」



 カンナはポケットから音楽プレイヤーを取り出すと。

 シイラに背を向けて、出口へ向かっていく。



シイラ「どこ行くの?」


カンナ「帰るんだよ、あすなろに。

     年頃の女がいつまでもこんなところで集まっていたら、いい加減不気味がられるだろう」


シイラ「そっか、もう会うことはないのかな?」


カンナ「たぶんな」


シイラ「ばいばい、ありがと、さようなら」



 カンナはイヤホンを耳に着けながら、横目でシイラを流し見た。



カンナ「『友達として』警告してやるけどな。

     シイラ、なんでもかんでもお前の思い通りになると思ったら大間違いだぞ」


シイラ「・・・」



 バタリ、と扉が閉められる。



シイラ「思い通りになるとは限らない、ね」


シイラ「百も二百も承知だよ、そんなことは」



 閉められた扉へ向けて、シイラはそう呟いた。


 カンナが去るのを見届けると。

 カガリはシイラの後ろに回り込んで、首に腕を絡めた。



カガリ「ねー、シイラさぁん。私へのごほーびは?」



 シイラは苦々しく笑い、軽くカガリの腕を解いて立ち上がる。



シイラ「あー、うん、えーっと。なんだったっけかな、カガリちゃんへの報酬って」


カガリ「やだなぁ、とぼけちゃって」



 カガリはうっとりと目を細めた。



カガリ「教えてよ、私のトバリの本当の使い方」


シイラ「・・・」


シイラ「今更だけどね、カガリちゃん。復讐をやめる気はないのかい?」



 シイラはカガリの地雷原(ブラックゾーン)に足を踏み入れてしまう。



シイラ「私ならツバキの代わりになることだってできるんだよ?」


 次の瞬間。

 紅い重金属の茨が、監獄の有刺鉄線のように張り巡らされた。


 中でもシイラの周囲には、まるで雁字搦めのように密集し、身動きを完全に封じている。

 こんな状態で1つも傷がついていないのは不思議なくらいだった。



カガリ「シイラさん、冗談でもそういうこと言ったら殺しちゃうよ?」


シイラ「・・・」



 シイラは深くため息をつく。



シイラ「やるせないね、わかっていたこととはいえ・・・」


シイラ「このままじゃ足が攣りそうだから、とりあえず茨は外してくれ。逃げたりしないから」



 カガリが指を鳴らすと、茨は霞のように消え失せた。



シイラ「カガリちゃん、これ以上何を求めているんだ?」


シイラ「君のその嘆きの森は、世界の全てに対して後出しジャンケンで対応できる。

     こんなの私が強化するまでもなく、最強の魔法じゃないか。これ以上どうしろって言うんだよ」



 カガリは目を細めた。

 その瞳の奥には身も凍るような、幼い残酷さがあった。



カガリ「ううん、こんなんじゃ全然足りないよ。

     マツリとスズネちゃんには、もっともっと苦しんでもらわなきゃ」


カガリ「そう。魔女がいた頃みたいに、ね」


シイラ「・・・」



 シイラは手の平でしばし額を覆っていたが、やがて決心をしたかのように口を開く。



シイラ「オーケー、それじゃあとっておきの使い方を教えよう」


シイラ「ただし、奥の手中の奥の手だぜ? これを使って負ければ、君は死ぬよ」



 幼い喜びが、カガリの嗜虐心に火を着けた。



カガリ「あっは、いいね。そういうの大好き!」


 日が暮れて薄暗くなったホテルの一室に、シイラは残っていた。

 カガリが軽やかな足取りでここから去ってから1時間ほど経つ。



シイラ「さて・・・」



 シイラはダークオーブをタブレット端末へ変えた。



シイラ「今更どうにかできるとは思えないけれど、いい加減鬱陶しいね」



 シイラの瞳に、仄暗い光が宿った。



シイラ「私の聖域を土足で踏み荒らす、愚かなウサギが一匹いる」



 シイラはタブレット端末を操作する。

 シイラの鼓動に合わせるように、裏側に描かれたサソリのエンブレムが明滅している。



シイラ「浅古小巻・・・、1年前のニュースで名前が出ているね。

     火災現場から奇跡の生還、魔法少女の契約を結んだのはこの時かな?」


シイラ「いいだろう、せいぜい遊んでやるよ」



 タブレット端末が再び、ブレスレット状の形に戻った。



シイラ「骨の髄まで教えてやろうじゃないか、悪魔の本当の恐ろしさってやつをね」

短いですが今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

エタダケハ・・・エタダケハヤリマセン・・・(ブツブツ)
投下します。


 正午。

 見滝原の高層ビルの屋上にて。


 そこには美国 織莉子、牧 カオル、御崎 海香の3人の魔法少女が集まっていた。

 織莉子は『雅 シイラ』の情報が漏洩することを覚悟した上で、

 あすなろ市から海香を増援として呼んだのだ。


 しばし瞑想を続けていた海香は、パタリと魔導書を閉じた。



海香「信じられないわ、見滝原市はまるで監獄よ」



 見滝原市に張り巡らされた魔力の導線を一本一本丁寧に辿っていた海香だったが、

 同年代の少女と比べて異常に根気強い彼女ですら、これ以上の解析は無意味だと悟った。



海香「魔獣を打ち消し、ソウルジェムを自動的に浄化する。

   こんなデタラメな世界も十分おかしいけれど、それ以上におかしいのはこのセキュリティね」


海香「魔法少女はおろか、全ての人間の一挙一動さえ全て監視されているわ。

   恐るべき悪意が見滝原市を守護している」


海香「いえ・・・。これは悪意というより、愛情や執着と言うべきものなのかしら?」


織莉子「ということは、私たちの動きも?」


海香「筒抜けよ、迎撃してこないのが不思議なくらい」


織莉子「そう・・・」



 織莉子は静かに瞳を閉じる。

 予知の魔法が数多のシミュレーションを行い、織莉子の中で幾つもの選択肢が浮かんでは消えていた。


織莉子「それよりも海香さん。この奇怪な世界も、水槽さながらの監視体制も。

     あくまで見滝原市の内部に限った問題なのですね?」


海香「ええ、そうね。地図を切り取ったみたいに、全て見滝原市の中で完結しているわ」


織莉子「そうですか」



 織莉子は瞳を開く。

 結論が出た。


 織莉子は高層ビル立ち並ぶ純白の見滝原市を眼下に見下し。

 青空に吸い込まれるような声で、高らかに宣言した。



織莉子「聞こえているかしら、雅 シイラ」


織莉子「風魔協は、見滝原の調査をここで打ち切り、見滝原に対する一切の干渉を放棄するわ」



 『勝てない』、『どうしようもない』。

 それが織莉子の出した結論だった。



織莉子「故に」



 美国 織莉子は冷静だった。

 だからこそ、彼女は迷わずこんなことが言えるのだ。



織莉子「これから起こるであろう小巻さんの戦いは、全て彼女の独断専行よ」



 風魔協は、小巻を切り捨てたのだ。


 織莉子は見滝原市の街並みに背を向け、奥で控える海香に歩み寄った。



織莉子「ありがとう、海香さん。これが報酬よ」



 織莉子は海香に、野球ボールほどの大きさのグリーフキューブを手渡す。

 それは沙々の操っていた大型の魔獣が落とした物だった。

 海香はそれをしばし鑑定するように眺めた後、さも大事そうに懐に仕舞う。



海香「確かに受け取ったわ」



 そのやり取りを眺めていたカオルが、後ろ髪をひかれるような思いで口を開く。



カオル「織莉子先輩、本当に私たちは行ってもいいのか・・・?」


織莉子「あなた達の友人が回復した以上、あなたを繋ぎ止めることのできる理由は無いわ。私たちの同盟もここまでね」


カオル「でも・・・」


織莉子「見滝原を覆う影の正体を解析してくれただけで十分よ。

     それに私の目的は調査だったのだから。私もこれで、任務完了よ」



 織莉子は静かに笑い、ペコリと頭を下げた。



織莉子「短い間だったけれど、ありがとうカオルさん。あなた達の友人にもよろしくね」


カオル「・・・」



 歯を食いしばるカオルに海香は語り掛ける。



海香「カオル、目的を見失ってはダメよ。私たちは2つの物を同時に守れるほど強くない」


カオル「わかってるよ・・・」



 カオルは織莉子に力強く頭を下げた。



カオル「短い同盟だったけれど、ありがとうございました織莉子先輩! 何かあったら呼んでください!」


カオル「あなたの友だちとして、いつでも駆けつけます!」



 織莉子は口元に手を当てて笑った。



織莉子「ええ、頼りにしていますよ」


 ――


 カオルと海香は去り、一人残された織莉子は静かに空を見上げていた。



織莉子「小巻さん・・・」



 織莉子は静かに胸の前で、指を組んだ。



織莉子「どうか、ご武運を」



 支援するわけでもなく、増援を送るでもなく。

 織莉子は祈った。

 どの神に祈っているのかもわからないまま、ただただ彼女は祈った。

 彼女らしくもなく、祈りという非合理的な手段に走ったのだ。


 陽は少し傾いていた。

 彼女の予知魔法を以ってしても、明日小巻が帰ってくるのかどうかわからない。


 ――



 ファーストフード店にて。

 カンナは一人、不機嫌そうな顔をしてコーラを飲んでいた。


 格好をつけてシイラの下を去ったはいいが、これからどうしたらいいのかわからなかった。

 悪魔として魔法少女の域を逸脱したのだとしても、世界中の魔法少女が投票する選挙に対する影響力はたかが知れている。

 あとは選挙で暁美 ほむらに一票を投じるくらいしかやることがないのだ。


 何より、聖 カンナの物語は何一つ進んでいなかった。

 自分の心は今でも、神那 ニコのお人形のままだ。


「や、カンナ」



 一人の少女が、ポテトとジュースの乗ったお盆を持ってカンナの隣に立っていた。



「ここ座ってもいいか?」



 カンナは訝し気にその少女の顔を覗く。



カンナ「あー、えーっと・・・。カオル、だったか?」


カオル「そうだよ、牧 カオルだ。久しぶり」



 カオルはまるで友人に会ったかのように軽く笑うと。

 静かにお盆を置いて座った。



カンナ「どうしてここがわかった?」


カオル「織莉子先輩が最期にくれた予知魔法さ。ここならカンナに会えるだろう、ってな」


カンナ「ふぅん」



 カンナは行儀悪く、テーブルに肘をつく。



カンナ「で、何の用だ? ミチルがようやく円環送りになったのか?」


カオル「いや、ミチルは私がこっちに来ている間に立ち直ったよ。だから今からあすなろに帰るところだ」


カンナ「じゃあ、ますますわからないな」


カンナ「仕返しじゃなきゃあ、何しに来たんだよ。私たち、一月前には殺し合った仲だろ」



 カオルは困ったように笑いながら、しばしの逡巡の後にカバンを開いた。



カオル「これ、あんたに渡しとかなきゃって思ってね」


カンナ「なんだそれ」



 カオルは黙って、カンナに一枚のカードを渡した。



 それはメッセージカードだった。

 自分の分身へ向けた、神那 ニコの心からのラブソングだった。




―――

『聖カンナ』をお譲りします。

これよりあなたの人生はあなただけのものです。

親愛なる私の娘よ、あなたの未来に幸多からんことを願います。

―――



カンナ「・・・」



 カンナは呆然とした表情で、そのメッセージカードを見つめていた。



カオル「『聖 カンナ』の写真立ての裏に仕込んであったカードだよ。

     あんたがもう少し、自分の生まれた切欠に気づくのが遅かったのなら、自力で見つけられるはずだったんだがね」



 カオルは俯いていた。

 気が付けば、爪が食い込むほどに拳を強く握っている。



カオル「カンナ・・・、ニコはあんたを遊び半分で作ったわけじゃないんだ。ただ、ただ純粋に――」



 カンナは笑った。

 嘲るように、笑い飛ばすように。



カンナ「みなまで言うな、ちゃんとわかっているよ」



 その時の彼女の表情は、実に『悪魔的』だった。


 次の瞬間。

 カンナの手の中にあったメッセージカードが、燃えるように変色した。



カンナ「なあ、ニコに会わせろよ」


カンナ「あいつには一発ガツンと言ってやらなきゃ、腹の虫が収まらない」



 黒く変色したメッセージカードには、テルテル坊主のようなエンブレムが刻まれていた。

今日はここまでです。
読んでくださり本当にありがとうございます・・・!

トウホウガァ、トウホウガァ・・・!
トウホウガカキタィィィ!

投下します





 第15話 「そんなん気にしてどーすんの?」





 ――


 そう遠くない昔の話。

 かつて、雅シイラは究極の魔法少女だった。

 一部の魔法少女にとって、彼女は円環の理以上に絶対的な存在だった。


 彼女が究極足りえた理由は、鹿目まどかのような『特別』ではなく、もちろん暁美ほむらのような『特異』でもなく。

 ただ単純に、『優秀』だったということに尽きる。

 彼女の魔法少女としてのカタログスペックは、特筆するほど秀でたものではなかったけれど。

 その人格は、人間社会という環境に完全に適応できた、魔法少女の最終進化形態と言うべき物だった。


 魔法少女の最大の天敵は、意外なことに人間という生き物だ。

 この星の遍く文明社会を全て占領したホモサピエンスという種こそが、魔法少女が最も恐れる生き物だった。

 その恐怖度は、魔獣などまるで比較にならない。


 青かびがペニシリンを生成して他の種の細菌を制圧してしまうように。

 群れを成して生きる生物は、基本的に他の種を受け入れることはない。


 魔法少女は人間ではない。

 しかし魔法少女は人間社会という環境から離れては生きられない。

 結果、魔法少女は異なる種の生き物に囲まれ、耐え難い環境ストレスを受ける。


 偏見、差別、同情、誤解、憐憫、義憤、嫉妬。

 人間はありとあらゆる『見えざる暴力』を以って、自分の生活圏に入り込んだ侵略種を排除しようとする。


 数え切れない魔法少女が、『自分が守っているはずの存在から迫害される』という矛盾に殺されていった。

「自分は人間とは別種の生き物だ」と自覚できない者は、問答無用で淘汰された。



 ホモサピエンスという種の、この恐るべき生態は。

 果たして魔法少女という種を完全に支配することに成功した。

 魔法少女達は、誰もが自分が魔法少女であることを隠して、人間に擬態しながら生きていた。

 あるいは人間の監視の目が届かない場所に隠れながら生活していた。



 魔法少女達は誰もが、人間に怯えていた。


 だが。

 雅シイラという魔法少女の最新モデルは、それらをいともあっさり克服してしまう。

 人間社会という過酷な環境に、耐性を持った個体の出現だった。


 彼女の持つ耐性の正体は単純明快だ。


『人間社会の仕組みをよく理解して、ルールに則ってみんなを幸せにする。』


 酷く簡単なことに見えるが、当の人間ですらこの能力を持っている者は中々いない。

 しかしこれこそが、魔法少女を人間の見えざる暴力から守るのに必要な能力だった。


 そして何とも容易いことに。

 見えざる暴力から守られた魔法少女は、あっさりシイラのことを好きになってしまうのだ。

 中には『好き』という感情を通り越して、『崇敬』にまで至ってしまうケースまである。



 魔法少女は安心でき、人間は得をし、社会は豊かになる。

 ケチの付けようのない三方良し。


 だから彼女は受け入れられる。

 だから彼女は誰からも敵対されない。

 だから彼女は他の誰よりも繁栄する。



 本来は敵となるべき存在からすらも愛される、究極の支配種。

 ライバルも天敵も存在しない、生物としての完成形。

 人間も魔法少女も、誰もがシイラに頭を垂れた。

 シイラはそんな自分のことを「イケてる」と思っていたし、

 また他の魔法少女達から感謝されるというのも、悪い気はしなかった。


 この耐性となる能力を維持するのは並々ならぬ努力が必要だが、

 それでもシイラはこのユートピアのような世界を守るには、十分納得して支払える対価だった。


 ――


 見滝原市の端にある解体中の廃病院。

 電灯が撤去されている棟内は昼間だというのに薄暗く、

 窓から差し込む陽が逆光になって、まるでトンネルの中にいるようだった、


 皹の入ったリノリウムの床を小巻が歩いていく。



小巻「わざわざこんな場所におびき寄せるなんて、まさに臆病者ね」



 病室の戸が滑るように開き、そこからぬらりとシイラは現れた。



シイラ「ゴメンねー、わざわざこんな陰気なところに呼び寄せちゃってさ。

     これでも必死で色々探したんだよ?

     ほら。魔獣の異相空間でもなければ、魔法少女同士が派手にドンパチやっても大丈夫な場所って中々無いからさ」



 シイラはブレスレットの形態になっているダークオーブを撫でると、静かに悪魔の姿へ変身する。

 取り外された窓の穴から差し込む白い光を背に受け、まるで後光のようになっている。



シイラ「じゃ、やろうか。待っててあげるから変身していいよ」


小巻「・・・」



 小巻もまた、魔法少女の姿に変身した。

 そして彼女の固有の武器である戦斧を、リノリウムの床へ叩きつけるように出現させる。



シイラ「ははは、斧か。ずいぶん野蛮な武器を使うんだね」



 小巻は大きく深呼吸をし、シイラの挑発をどうにか受け流した。



小巻「1つだけ、確認しておくわ」



 小巻はキッとシイラを睨みつける。



小巻「アンタの力でこの世の魔法少女を全員人間に戻すことができるとするなら、

   沸き続ける魔獣はどうやって処理する気?」



 シイラは目を見開いて首を傾げた。



シイラ「え、そんなん気にしてどーすんの?」


 無論、シイラはほむらのトバリのことは知っていた。

 魔法少女を失っても世界の安寧が守られることは知っていた。

 だがシイラはあえてそのことには触れようとしなかった。


 否。


 シイラは本気で、心の底からこう思っていた。



シイラ「どーでもいいじゃん、そんなの」


 案の定の答えだった。

 想定の範囲内、というより想定のど真ん中の返答だった。

 それでも、小巻は絶句せずにはいられなかった。


 この余りにも無責任な道化の態度には。



小巻「アンタ・・・!」


シイラ「逆になんで私たちが人間なんて守らなきゃいけないの?」



 小巻は歯軋りをする。



小巻「アンタだって・・・、アンタだって前は人間だったでしょう!

   ていうか、アンタの力を食らった魔法少女だって人間になるのよ!?」


シイラ「ああ、そういやそうだったね」



 逆光が差していて助かった。

 小巻はこの立地の偶然のお陰で、命拾いをしていた。


 もしもこの時のシイラの表情が見えていたら。

 間違いなく小巻は策も勝ち目も投げ捨てて逆上し、シイラに斬りかかっていただろうから。



シイラ「けれどもやっぱり、私や魔法少女に責任はないよね。そんなの魔獣に襲われる奴が悪いんだよ」


シイラ「別にいいじゃんか。魔獣なんていてもいなくても。

     壊れる奴は勝手に壊れるし、死ぬ奴はどう頑張ってもすぐに死ぬんだからさ」


シイラ「それで滅ぶ世界なら、滅べばいいんじゃない?」



 小巻は、戦斧を強く強く握りしめた。

 煮え滾る心とは裏腹に、頭の方は冷えて冴え渡っていく。


『雅 シイラとの和解』という選択肢が完全に消えて、むしろ小巻には迷いがなくなっていた。



小巻「理解したわ、アンタ嫌い」


シイラ「よく言われるよ」


 シイラは雨を手で受けるように、両手を開いて指を天に翳した。

 シルエットのように輪郭を切り取る白い逆光の中で、彼女自身の固有武器が顕現していく。



 それは両手と一体化した、10本の刃物だった。



 シザーハンズ、という心優しき自動人形の物語があった。

 今のシイラの両手はまさに、自動人形エドワードのそれとそっくりなハサミだった。



シイラ「ほら、全力でかかっておいで。可愛がってあげるよ、若造」


小巻「嘗めるなよ、シイラぁ!!」



 戦斧を振りかざし、小巻は駆けだす。

今日はここまでです、読んでくださりありがとうございました。
少しだけネタ晴らしすると、実は選挙の方は悪魔派がちょっと有利だったりします。
円環組は良くも悪くも気高すぎるので。


――



シイラ「・・・」



 シイラは飛び出してくる小巻を見てニタリと笑う。


 シイラは侮っていたのだ。

 あれだけ大仰な監視網を持っていてなお、小巻と織莉子のテレパシーによる作戦会議を『取るに足らない女子中学生の浅知恵』と盗聴を省略していた。

 その理由は単に、織莉子達の動きを1から10まで監視し尽す時間も労力もなかったということで説明できるのだけれど。

 この致命的とも言えるケアレスミスを、単なる慢心の結果だと言って切り捨てるのは少々酷かもしれない。



 かつての究極の魔法少女は、暗殺や敵対の心配をしたことなんてほとんど無かったのだから。

 必要以上に強固な監視網は、その弱点の裏返しだった。

 他人を出し抜く為の悪意という感情に対してだけは、シイラは普通の女子中学生以上に鈍感だった。



シイラ「ブラック・カスケード」



 シイラは腕を薙ぐと、見えない攻撃を発動した。


 建物が軋み、コンクリートに皹が走る。

 水面の揺らめきのように、周囲の風景がグニャリと歪む。

 それは光が屈折するほどに強力な重力波だった。



 案の定、織莉子の目論見通り。

 シイラの攻撃の正体は重力だった。



シイラ「え?」



 小巻は歪んだ風景の中を、全く意に介さず突き進んでくる。

 気づけば小巻は目の前にいて。

 その戦斧を軽々と振りかざし、野球のスラッガーのように大きく振りかぶっていた。



シイラ「ちょ、ま――」


小巻「くたばれ、サソリ女」



 一片の迷いもなく振り抜かれた戦斧は、確かにシイラの腕にあるダークオーブを狙っていた。


 戦斧のフルスイングを受けたシイラは吹っ飛び、建物が解体途中である証の崖から転がり落ちていた。



小巻「ぐ・・・っ!」


小巻(手応えが弱かった! 直前で急所をガードされていた!)



 切り札の1つを早々に切ってしまった小巻は、苦々しい表情で歯軋りをした。



 雅シイラ用の切り札の1つが、自分の周囲に散布された重力中和剤だった。

 重力を低下させる魔法は意外とポピュラーな類で、簡単な物なら新米の魔法少女でも結構使いこなせていたりする。


 魔法の力とは、即ち想像力の力。

 瓦礫を蹴って宙に跳び、華麗に空を舞うイメージは、割と誰でも簡単にできるのだ。


 これはその応用技だ。

 タイミングよく重力低下の魔法を発動すれば、重力による攻撃をジャマーすることは可能だった。

 けれどそのタイミングと出力の調整が難しい。



小巻(重力を減らしすぎた! 攻撃自体の重みが少なくなってしまった!)



 小巻は慌ててシイラの転がり落ちた崖に駆け寄り、追撃を仕掛けるべく下を覗き込む。


 一撃を入れて気の緩んだ状態の彼女に、こんなことを言うのは少々酷かもしれないが。

 はっきり言ってこれは迂闊すぎる行為だった。






 崖を覗き込んだとき、シイラの笑顔が目の前にあった。






 ここから先の一瞬の駆け引きは、本当に幸運だったと考えていい。

 単に運が良かっただけとか、それなりに魔法少女として戦ってきた小巻のキャリアがあってこそだったとか。

 とにかく、そういうのを全部ひっくるめて起こった奇跡だったと言っていい。



 そうでなければ。

 小巻がほとんど反射的にシールドを展開していなければ。


 今頃、小巻の脳は。

 その10本の細い刃で滅多刺しにされていたのだから。



 後ろへ飛びのく小巻。

 恐怖が小巻の脳をより鮮明にしていた。


 崖の下を覗き込む直前。

 シイラはつま先一本で、崖の縁に引っ掛かるようにぶら下がっていて。

 そこで小巻が覗き込んでくるのを待ち伏せしていたのだ。


 鋏を突き出すように飛び出したシイラは、一度宙返りをした後、膝を付いて着地する。

 天井に。


シイラ「あはははははははっ! 惜しかった、惜しかったよ小巻ちゃん!

      私の魔法の正体が重力操作とかそういうカッコいい感じの物だったら、もしかしたら勝てていたのかもしれないね!」



 シイラはヌラリと立ち上がる。



シイラ「けれど残念。重力操作なんて集団戦を想定した、突入・制圧用の応用技だよ」



 カツカツと、ごく当たり前に地面を踏み締めるように。

 シイラは天井を歩き、小巻の下へ近づいてくる。



シイラ「私の本当の魔法は『引力』さ」



 シイラは上から目線で小巻の顔を覗き込む。


『他人から必要とされたい』


 引力を操る魔法は、シイラのそんな歪んだ願望から生まれた力だった。



――




 究極の魔法少女は、いかにして魔道にその身を堕としたのか。




 とある日のこと。

 栄華を極めるシイラの前に、神名あすみという魔法少女が現れた。

 彼女は『自分と関わった全ての人間に呪いをもたらしたい』という願いで契約した、恐るべき魔法少女だった。

 彼女はどうしようもないくらい絶望的で、手の施しようがないくらい呪われていて、救いようがないくらい不幸だった。


 何もかもが思うがままで、自分に匹敵する者が誰もいなくなっていたシイラは。

 面白半分のままに、この弱者を愛してやった。



 注意一秒、怪我一生。

 驕りと油断は、いともあっさり強者を潰す。

 果たしてあすみは今までの迷える子羊達のように、シイラの思い通りにはならなかった。


 いくらシイラが手を講じても、あすみは一向に行為を改めなかった。

 いくらシイラが説教をしても、あすみは一向に反省しなかった。

 いくらシイラが財産を与えても、あすみは一向に破滅的な思想を捨てなかった。

 いくらシイラが愛情をもって接しても、あすみは一向に不幸のままだった。


 気付けばシイラは、あすみに夢中になっていた。

 究極の支配種は、初めて出会った思い通りにならない存在に躍起になっていた。

 シイラは苦戦を重ねながらも、頭のどこかでは「究極の魔法少女である自分なら、きっと最後にはあすみを幸せにできるはずだ」と慢心していた。


 あすみのために。

 誰よりも哀れな、この小さき隣人を救うために。

 そんな手段と目的が逆転したような盲目的な優しさは、

 シイラの魂を希望や絶望から逸脱した歪な形質へと変貌させていった。


 いや、というよりもむしろ。

 魔法少女やソウルジェムなど、もうこの際関係なかった。

 彼女はもっとわかりやすい形で暴走していたのだから。


 シイラは本気で、神名あすみの第二の母親になろうとしていたのだ。

 友達でも恋人でもなく、家族になろうとしていた。

 一生かけてあすみをあらゆる暴力から守り続けることを誓い、一生かけて彼女を幸せにする計画を本気で考えていた。


 ‐ ‐ ‐


 しかしそんなシイラの尽力虚しく。

 あすみのソウルジェムが濁り切り、円環の理に導かれる日が訪れてしまった。

 彼女を愛するただ一人の者として。

 シイラはどんな内容であろうと、あすみの遺言を心から受け止めるつもりでいた。



「あすみなんて、生まれてこなきゃよかったのにね」



 それが呪われた少女の最期の言葉だった。

 その言葉の意味を理解したとき、シイラは膝から崩れ落ちた。



 何のことはなかった。


 シイラが改心などさせるまでもなく、あすみは既に自分の行いを悔いていて。

 むしろ改心に近づくほどに、罪悪感と劣等感に押しつぶされていて。

 目線の高さが違い過ぎて、あすみの葛藤なんてシイラにはちっとも伝わっていなくて。


 なんとも笑えることに。

 一番あすみを追い詰めていたのは、他ならぬシイラだった。

 小さくて弱い者の気持ちを理解しないまま、ずっと幸せになることを強要していたシイラ自身だった。



「みんなを幸せにできる魔法少女になりたい」



 そんな尊い願いで魔法少女になったシイラは、

 その奇跡の力に反することなく、関わる者達の全てを幸せにし続けていた。


 だから彼女は知らなかったのだ。

 この世には、不幸と悲しみを無理やり取り除かれたら、何も残らない者がいたなんて。



 全てに愛された魔法少女は、1人を愛したが故に自滅した。

 究極の支配種。それはいざ蓋を開けてみればなんのことはない、極めていただけの平凡な魔法少女だった。

 普通に奇跡を起こし、普通に自分の願いに裏切られた、普通の魔法少女でしかなかったのだ。



 シイラの中で、何かが折れた。

 究極の支配種は、こんな他愛ない矛盾でいともあっさり絶滅した。






 彼女がこの後、どのような経緯を辿り、どのような手段を以て第二の悪魔と化したのか。


 その真相は誰も知らない。





カーテンコールの悪魔、シイラ

呪いの性質:強欲


周囲の絶望を巻き込みながら廻り続ける、底無しの隣人愛。

ハッピーエンド以外の結末を認めることはなく、

悲劇的な運命はあらゆる手を駆使して自分の望む通りに書き換えてしまおうとする。

かつて在りし世界で、彼女がどのように絶望していたのかを想像するのは難しくない。

今日はここまでです、読んでくださりありがとうございました。
ちなみに星座占いなどではサソリ座は「深すぎる愛情」を持つ星座として有名で、
大きくて強そうなハサミを持つ個体ほど尻尾の毒は弱いそうです。

保守です。
明日には上げられそうです。

すいません、ageてしまいました!





 第16話 「お姉ちゃんを超えられる妹なんていないんだよ」



 好きになった相手の写真を切り裂く。

 何の突拍子もなく、身近な人間にいきなり刃物を突き立てる。


 日向 華々莉はそういう子供だった。


 何も知らぬ者の目から見ると、カガリは気が狂っている怪物のような子供に見えるのかもしれないが。

 実は似た症状を持つ心の病を抱える子供は、現代社会には意外と多い。


 カガリのこの病状に根幹にあるのは、異様なまでの自己評価の低さだ。

 常に不信感でいっぱいなのである。

 両親たちの愛情が双子の妹に偏重し、いきなり母親と死別し、母親代わりの世話人が次々と代わっていく。

 人格の形成段階でそんな不安定を経験したが故に、

 彼女は「本当にこの相手は自分を愛しているのか」ということを試さずにはいられないのだ。


 奇怪で攻撃的な行動は、「自分を心から愛して欲しい」という悲痛な叫びなのだが。

 残念ながら、その声に応えてくれる人間は一人も存在しなかった。


 もしかすると、その最初の一人になってくれたかもしれない者はいたが。

 その者も結局、カガリの前から逃げ出してしまった。



 この度重なる不安定により。

 カガリは自分の中でついにこう結論付けてしまった。


「自分は愛されない存在なのだ」と。


 誰からも愛されなかった者は、誰も愛さなくなる。

 悪魔染みた少女が、本物の悪魔になった瞬間だった。



 ――


 織莉子がシイラへ敗北宣言をしたのとほぼ同時刻。

 使い走りのキュゥべえが、マツリに一通の手紙と簡単な地図を渡した。



「マツリへ。

 ○月○日の午後1時、○○の場所にて待っています。

 誰にも言わずに一人で来てね」



 マツリは添えられた地図に従って歩いていくと。

 いつの間にか風景は、錆び付いた街灯の生える不気味な荒廃都市へと変わり、

 肌に纏わりつくような黒い霧が周囲に立ち込めていた。


 もちろん近代都市である見滝原市にそんなホラースポットが存在するわけがないので、

 知らず知らずの内にマツリはカガリのトバリの内部へ誘い込まれたことになる。



マツリ「・・・」



 摩天楼のように不気味に聳える巨大な洋館の前で、マツリは佇んだ。



マツリ「ここ、だよね・・・」



 マツリは瞳を閉じると、その感応の力を発動する。



『いらっしゃい、いらっしゃい、早くこっちへいらっしゃい、私の可愛いマツリちゃん』



 囀るようなカガリの歌が聞こえた。

 呼んでいる。

 カガリはこの洋館の内部で、自分を呼んでいる。


 マツリは意を決し、太い鉄格子でできた門を押した。

 鍵は掛かっていなかった。


 洋館の最上階の部屋に、カガリはいた。

 噎せ返るような花の香りが部屋の内部に充満し、ぬいぐるみが山のようにベッドに積まれていた。


 ぬいぐるみに埋もれるように寝そべるカガリは、頬杖をついてマツリを見つめている。



カガリ「やっほ、ちゃんと迷わず来れたわね。えらいえらい」


マツリ「いつまでも子ども扱いしないでよ」



 マツリは何とも言えない薄気味悪さをどうにか堪え、カガリを見つめた。



 変わっていない。

 カガリは自分が魔法少女になる前のあの頃から、何も変わっていない。



 カガリはのそのそとぬいぐるみの山から這い出し、ベッドの縁に腰かけた。



カガリ「ねぇ、マツリ。あなたはこれからどうしたい?」


マツリ「どうって・・・」


カガリ「私たち魔法少女は大人になれないんだよ。

      だったら楽しいことだけいっぱいやらなきゃ損じゃない」


カガリ「私は時間切れまで、マツリみたいな魔法少女達にたくさん意地悪しちゃうけどね」



 カガリは恍惚とした笑みを浮かべて、両手の指を絡める。



カガリ「マツリはどうする? 私みたいなワルモノを懲らしめるために戦い続ける?」



 マツリは下唇を噛みしめて俯いた。



マツリ「嫌だよ、そんなの。マツリはそんなことをするために魔法少女になったんじゃない」


カガリ「・・・」



 カガリの周囲に、黒い霧が勢いよく渦巻いた。



カガリ「じゃあ、なんなの・・・?」



 手榴弾が爆発するように。

 赤い棘が部屋一面に飛び散った。



カガリ「マツリは一体なんなの!?」


マツリ「・・・」



――


はじめまして、マツリさん。

私は公平なだけの魔法少女、環 エニシです。


いえ、混乱するのも無理はありませんが、別に混乱したままでも大丈夫ですよ。

私はただ伝言を預かって来ただけですので。


ツバキ、という方からです。


『ずっと一緒にいてあげられなくてごめんなさい。』

『マツリ、あなたのことを愛しています。』


ツバキさんはどうしても、これだけは伝えたかったそうです。



・・・。



はい、そうですね。

私もこれは無責任だと思います。


でも、仕方ないことなんだと思います。

これがツバキさんのできる精一杯だったのでしょう。


あなた達が別の生き物のように見える『大人』という存在も、少し賢くなっているだけで。

実は根っこの部分はあなた達と大差なかったりするんですよ。


さて。

ここからはあなたより少しだけ長く生きた、人生の先輩からのアドバイスです。

あなた達より少しだけ大人に近い魔法少女の、心からのアドバイスです。


あなた達魔法少女の寿命は、確かに短い。

何の為に戦い、何の為に祈り、何の為に生きるのか。

わからなくなる日もあるでしょう。

答えの出ない問いに押し潰され、心が荒廃してしまう日もあるでしょう。

そういう時は、私だったらこう言います。




 何の為に戦い、何の為に生きるのか。


   そんなこと、後からゆっくり考えればいいんですよ。




 ――


カガリ「・・・」

 カガリは今にも食って掛かってきそうな目付きでマツリを睨み付けている。


 マツリは瞳を閉じ、少しだけ感応魔法の感度を上げた。

 怒涛の如きカガリの感情がラジオ波のように流れ込んでくる。


 それは嘆きだった。

 それは自分に対する行き場のない憎しみを、周囲に見境なくぶちまけている盛大な八つ当たりだった。

 カガリは自分の無力を呪い、自分の不幸を呪い、自分の立場を呪い、自分の運命を呪っていた。


 どこまでも、どこまでも。

 理屈じゃ説明できない、わけのわからない呪いだった。

 流れ出る場所を見失ってグルグルと渦巻く洪水の様だった。



マツリ「・・・」



 マツリはついにわかった。

 異次元の存在と考え、内心ではいつも敬遠していた姉の心を、とうとう理解した。



 カガリは駄々をこねているのだ。



 本当は、先に自分が契約してツバキやスズネの特別になりたかったのだ。

 ツバキの隣で戦う魔法少女になることで、自分の存在に意味を見出したかったのだ。


 けれどもマツリに先を越されてしまった。

 それでなんとなく自分の存在価値を奪われたような気分になって。

 それがただただ気に食わないから暴れているのだ。


 マツリは目を見開く。

 赤い棘を踏み鳴らし、臆面もなくカガリの下へ歩み寄る。



カガリ「なに・・・?」



 マツリは右手のガントレットを解除し、素の手を露わにした。



マツリ「カガリ!」



 パシン、と乾いた音が響いた。

 マツリの掌がカガリの頬を叩いたのだ。



カガリ「・・・」


マツリ「いい加減にしてよ!

     いくら暴れてもツバキは帰ってこないし、誰かの心をカガリだけの物になんてできないんだよ!」


マツリ「そんな風に誰かを傷つけて回るくらいなら! どうしてツバキを生き返らせることを願わなかったの!?」


カガリ「・・・」



 カガリは歯軋りをし、拳でマツリの顔面を薙ぎ払った。



マツリ「っ!!」


カガリ「ふぅーん」


カガリ「それ、マツリが言っちゃうんだ・・・」


 マツリは殴られた頬を抑え、よろめきながら立ち上がった。



マツリ「カガリ。思えば私たち、姉妹喧嘩なんて一回もしたことなかったよね」


カガリ「はっ、そういえばそうよねぇ! だってマツリが――


マツリ「カガリはずっと、マツリを守るために我慢していてくれたんだもんね」


カガリ「!」



 思わぬ言葉にカガリは息を飲んだ。

 マツリは右手の拳を強く握りしめる。



マツリ「けれど何でもかんでもずっと昔のままじゃないよ。

     私はもう、あなたに守ってもらう必要なんてない」



 マツリは右手に再びガントレットを装着した。



マツリ「戦おう、カガリ。私はあなたの妹として、家族として。あなたの間違いを止めて見せる」


カガリ「・・・」


カガリ「あっは・・・」


カガリ「あはっ、あはっ、あははは」



 呆気に取られて見開かれたカガリの瞳が、突如として狂喜に燃え上がった。



カガリ「あははははははははははははは!!」



 カガリの衣装が悪魔のものに変わる。

 それは触れるものを皆傷つける、血のように紅い棘装束だった。



カガリ「お馬鹿さん! お馬鹿さん! マツリのお馬鹿さぁん!!」


カガリ「目が見えるようになっただけで! 私と対等になれたつもりなのかしら!!」



 床に散らばった針が、一斉にモルフォ蝶へと変化し舞い上がった。



カガリ「マツリと私の間には越えられない溝があるんだよ!

     マツリは私と同じ目線になることなんてできっこない! 昔からずっとね!」



 嘆きの森が発動した。

 ここでは何もかもが、カガリの思い通りだ。

 好きな人一人振り向かせることのできなかった、幼稚な駄々っ子の思い通りだ。


 蝶が霞のように消えた時、いつの間にかカガリはマツリの背後へ立っていた。

 マツリの首に左手を回し、右手でマツリのソウルジェムを握っている。



カガリ「ほぅら、昔と変わらない。

     マツリは私に逆らえない、勝つことなんてできっこない」



 カガリはマツリの耳元で囁く。



カガリ「お姉ちゃんを超えられる妹なんていないんだよ。マツリ、今謝れば許してあげるよ?」


マツリ「・・・」


カガリ「え・・・?」



 突如として、マツリの髪留めが弾け。

 迸る閃光がカガリの目を潰した。


 一瞬の空白の直後。

 カガリは突き倒され、身体に重いものが圧し掛かる。



カガリ「ぐっ・・・!」


マツリ「お返し」



 マツリはカガリに馬乗りになり、カガリの胸のダークオーブにガントレットを押し当てていた。



マツリ「私は謝らないし、もうあなたから逃げない。

     マツリがまた逃げ出したら、きっとカガリの心は完全に壊れちゃうから」


マツリ「これがカガリと家族でいられる、最期のチャンスだから!」



 悲壮な叫びを上げるマツリだったが。

 当のカガリは薄ら笑いを浮かべている。



カガリ「それで、どうするの?」


カガリ「そうやっていくら押さえつけていても私には勝てないよ。

     このまま一思いにグシャッと、私の魂を砕いちゃうの?」


マツリ「・・・っ!」



 マツリは歯を食いしばる。

 ガントレット越しにも微かにわかるくらい、マツリの手は震えていた。



カガリ「あははっ! できっこないわよねぇ!」



 赤い茨の鞭がマツリを薙ぎ払い、壁へと吹き飛ばした。



カガリ「泣き虫のマツリ! 弱虫のマツリ! 意気地なしのマツリ!」



 カガリはヒラリと立ち上がると、周囲に十数ものチャクラムを出現させる。



カガリ「やっぱり喧嘩一つ満足にできないじゃない!!」



 刃を翻し高速で回転するチャクラムが、迫撃砲のようにマツリへ撃ち込まれた。


 しばしの沈黙が流れた。


 カガリは土埃の向こうを油断なく見据えていたが。

 土埃が収まり周囲がクリアになると、カガリは苛立たし気に歯を食いしばった。


 あれだけ派手に罵倒したにも拘らず、カガリは内心ではマツリの反撃に期待していたのだ。


 自分には思いもよらない奇策で、もしくは突然すごい奇跡とかが起こって。

 きっとマツリは、自分を完膚なきまでに叩きのめしてくれるのだと思っていた。



カガリ「・・・」



 けれども、現実はどこまでも呆気なかった。

 嘆きの森を通すまでもなく、結果はカガリの思い通りだった。


マツリ「・・・」



 壁にもたれて座り込むマツリ。

 その身体は至る所がグシャグシャに潰れていた。

 幸いか不幸か、ソウルジェムは砕けていないようなので、即死はしていないようだが。

 こうも原形を留めないほどに身体が破損していては、濁り切るのも時間の問題だろう。



 マツリは放たれたチャクラムを避けなかった。

 防ぎも、受け止めもしなかった。


 ただやられるがままに、食らっていた。



カガリ「・・・」



 泣き虫、弱虫、意気地なし。

 結局マツリはカガリの思っていた通りの少女だった。


 カガリの心はますます深く沈んでいった。

 一番鬱陶しかった相手を排除することができたのに、ただただ気分が悪かった。


 そこにあったのは、家族を自分の手にかけたという虚しさだけだ。


 打ちひしがれているカガリの精神に、弱弱しいテレパシーが届いた。



『全然敵わないや・・・』


『ごめんね、お姉ちゃん・・・。マツリは弱い子で、ゴメンね・・・』


『マツリ、もっと・・・早く生まれたかったな』


『そうすればきっと・・・、ツバキみたいな・・・。

 ううん、ツバキよりももっとカッコいい大人になって・・・』


『こんな風になる前に、お姉ちゃんのことを助けてあげられたのにな』


『ごめん、な、さ――』



 そんな嘆きを最後に、テレパシーは途切れた。


 命乞いにすらならない懺悔と、死に際の無い物ねだり。

 悲壮な覚悟を抱いて姉に立ち向かった少女の戦いは、酷く情けない結果に終わってしまった。




 青い鳥はずっと自分の傍にいたのだ。


 けれども自分はもっと大きな幸運が欲しくて、傍にいた青い鳥をずっと無視していたのだ。


 そもそも求めている幸運とはどういうものなのか、自分でもわからなかったくせに。



カガリ「・・・」



 カガリは自分の中で、何かが冷めていくのを感じた。


 それは酷くつまらなくて億劫だと感じると同時に、

 炎症を起こした傷口に氷を当てるかのように心地よかった。



カガリ「なんかもう、いいや」



 カガリは指を鳴らすと、マツリの身体の傷は急速に治っていく。


 マツリの回復という最後の『思い通り』を果たすと同時に。

 幼稚な欲望を詰め込んだ歪な箱庭は、少しずつ薄れて消えていく。



カガリ「おめでとう、お姉ちゃんの負けだよ」



 鬱蒼とした嘆きの森は消え失せ、そこにはどこまでも広がる青空があった。

 そこは洋館の最上階ではなく、初春の肌寒い風の吹き抜ける見滝原病院の屋上だった。


カガリ「マツリ」



 カガリは気を失ったマツリをそっと抱き寄せた。



カガリ「強くなってたんだね、いつの間にか」



 ずっと触れることのできなかった妹の体温を感じながら、カガリは1つの誓いを立てた。



カガリ「やっぱり私はほむらさんに勝って欲しい、マツリを円環の理になんか取られたくない」



 カガリはリボンの中に挟んでいた小さな紙きれを取り出した。

 そして自分の名前を書いたその小さな紙を、折り畳んでマツリの髪留めの中にそっと入れた。



カガリ「きっとマツリならなれるよ、ツバキよりもカッコいい大人に」



 最後にマツリの頭を優しく撫でると。

 静かにカガリは立ち上がった。



カガリ「バイバイ、カッコ悪いお姉ちゃんでごめんね」



 ずっと心の底から欲しがっていた、愛してくれる人に背を向け。

 悪魔だった少女はどこかへと去っていった。

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

投下します。





 第16話

 「人間として生きていくことなんて私には無理だよ」




 ――


 神那ニコは頬を引き攣らせた。

 自身のドッペルゲンガーが、自分の隠れ家のデスクを占領していたのだ。



カンナ「よう。久しぶり、私」


ニコ「・・・」



 まことに勝手なことに。ニコはこの時、言いようのないゾッとするような不快感に襲われた。

 それは彼女が、カトリックの教えを信じていることも理由の1つだけれど。

 その根幹にあるのは生物としての純粋な恐怖と攻撃本能だった。


 否。

 抜け落ちた自分の毛髪が、いつの間にか自分と同じ顔を持つ生き物に成長して、ジッとこちらを見つめてくる。

 こんな冒涜的な状況に耐えられる人間など、この世界にどれだけいようか。


 カンナはそんなニコの恐怖に引き攣った表情を見て、軽く肩をすくめた。



カンナ「酷い顔だな。私は『親愛なる我が娘』じゃなかったのか?」


ニコ「動くなっ!!」



 ニコは思わず魔法少女の姿に変身し、武器のバールのような鈍器をカンナに向けた。


 ニコは後悔した。

 この時初めて、ニコは自分の願いを、心の底から後悔した。



 『自分の幸せを受け継ぐ、自分の分身』。

 その願いの果てに得たのは、魂を抜き取られたような虚脱感と、言いようのない気持ち悪さだけだった。



カンナ「・・・」



 カンナは大人しく手を挙げて、瞳を閉じた。



ニコ「・・・」



 鈍器の先端は震えていた。

 ニコは目を見開いて固唾を飲んだ。



カンナ「意を決して会いに来たらこれか。ガッカリだぜ、私」


ニコ(何を・・・、何をやっているんだ、私は!?)



 ニコが凶器を向けて、殺意を抱いている相手は、紛れもない自分自身だった。

 こう在りたいと心の底から望んだ自分自身だった。


 なのに、なぜ。


 水色のソウルジェムが、ジワリと濁った。


ニコ「・・・」



 ニコの手から鈍器が零れ、鈍い音を立てて床に落ちた。



ニコ「ごめん」


カンナ「Don’t mind. 大丈夫だ、気持ちはわかる」


カンナ「それに、アポなしでいきなり来た私にも非があるからな」



 ニコは項垂れ、憂鬱に視線を泳がせた。



ニコ「本当にごめん、こんなに気持ち悪いなんて思わなかった・・・」


カンナ「そこまで言われると傷つくね」



 古今東西に於いて、ドッペルゲンガーは死の象徴だった。

 多少の差異はあれども、もう一人の自分を目撃した人間は、長くは生きられない。



ニコ「私、いや・・・」


ニコ「カンナ、私を殺しに来たのか?」


カンナ「それでもよかったんだがね。やめたよ、友だちに釘を刺されちゃったからな」


ニコ「そっか・・・」



 ニコはフラフラとした足取りでベッドに歩み寄り、崩れるように腰を下ろす。

 それに合わせるように、カンナは回転イスの向きを変え、ニコに向き合うように座り直した。



ニコ「じゃあ、何をしに来たんだ?」


カンナ「説得だよ、ただの話し合いだ。自分で自分を励ましに来たのさ」



 カンナは変色したカードを取り出して、ニコに見せた。



カンナ「例え奇跡が起こったとしても。お前の人生は、やっぱりお前の物なんだよ」


カンナ「聖カンナをやり直す気はないか?」


 ニコはしばしカンナのメッセージカードを見つめていたが。

 やがて寂しそうに顔を振った。



ニコ「無理だよ、カンナ」



 ニコは弱々しく拳を握り締めた。



ニコ「私は8年以上、後悔しかしてこなかった。

    普通の女の子たちが笑ったり泣いたりしながら自分の心を作っている間、私はずっと一人で塞ぎ込んでいたんだ」


ニコ「私は友だちの作り方なんて知らない。人の気持ちを理解する方法も知らない。

    天ぷらアイスの作り方もわからないし、もうお母さんに素直に『ありがとう』と『ごめんなさい』も言えない。

    私は君みたいに怒ったり悩んだりすることができない」



 一つため息をつき、ニコは痛々しく微笑んだ。



ニコ「君が持っている多くのものを、私は持っていないんだ」


ニコ「人間として生きていくことなんて私には無理だよ。

    私は本来、ツクリモノの君よりも・・・。ずっと出来損ないの失敗作なんだ」


カンナ「『自分にはできないから他の人にやってもらおう』ってことか?」


ニコ「そうだ」



 ニコは手を広げ、開き直ったようにせせら笑った。



ニコ「私は自分の魂を犠牲にしたんだ! それくらいの願い、叶ってもいいじゃないか!」



 カンナはその様子を見て。

 怒り狂うわけでもなく、呆れたようにため息を1つついた。



カンナ「魔獣なんて生まれてくるわけだ」


ニコ「なんだ、どういう意味だ?」


カンナ「気にするな、これはどうでもいい話だ」



 カンナが指を鳴らすと、ダークオーブが黄緑色の輝きを放ち。

 悪魔の衣装へと変貌した。



カンナ「そして、ここからが肝心な話だ」


 カンナは語った。

 これから魔法少女の総選挙が行われること。

 そして悪魔側が勝てば、全ての魔法少女はソウルジェムの濁りによる死が無くなるということ。



カンナ「お前だって魔法少女をやっているんだから、このままでは長くは生きられまい。

     お父さんやお母さんにまた悲しい思いをさせるのは、私だって不本意だ」


カンナ「だから、こうしようニコ」



 カンナの左手に、メッセージカードのコピーが複製された。

 そしてカンナはニコに右手のメッセージカードを差し出す。



カンナ「悪魔側が当選したらお前がもう一度、聖カンナとして生きてみろ」


カンナ「円環側が当選したら、改めて私が聖カンナの名前と人生を譲り受けよう」



 ニコはしばし茫然として聞き入っていたが。

 少しずつ瞳に光が戻っていき。

 やがて彼女らしい、いつもの不敵な笑みをニンマリと浮かべた。



ニコ「乗った」



 ニコはメッセージカードを受け取った。




 彼女たちは、自分で自分を殺す為に。


 そして自分で自分を生かすために。


 自らの意志で自らの支持する方へ、一票を投じる。

今日はここまでです。
散々更新速度が遅くなっているにも拘らず、
ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。

乙でした
私を愛してくださいには違和感を感じる
愛して欲しかったなら欲求のまま導かれて昇天しとけば幸せだった訳だし
(後日円環が制御される未来が待ってるけど)
まだ愛することを許してくださいの方がそれっぽいような

投下します。


――旧見滝原病院の廃墟


小巻「ぐっ・・・!」



 小巻は押されていた。

 シイラは忙しない手品師のように、多彩な戦術を次々に披露して小巻を翻弄していた。


 朽ちたコンクリートや錆びた鉄骨が凶器になって降り注いだ。

 騙し絵のような軌道で壁や天井を駆け回り、小巻を防戦一方にした。

 重力の弾を機雷のように設置し、一瞬判断を誤れば敗北、という状況に何度も陥らせた。



 次の奇術は人体切断術だ。


 それを初めてみた時、小巻はギョッとした。


 切り落とされた両手首が踊るように跳ね回りながら襲ってくるのだ。

 その光景はまるで趣味の悪いホラー映画のようだった。


 ソウルジェムが肉体を操作できる有効距離は半径約100メートル。

 故に切り離した体をワイヤレスで遠隔操作するというこの奇術は、理論上どの魔法少女にも可能な技なのだけれど。

 それはラブソングを口遊みながら右手と左手で別々の文章を同時に書くようなもので、できるはずだけれどできるわけがない技術だった。



小巻(ぐ・・・! 悔しいけれど、格が違い過ぎる!)


小巻(こいつ、何もかもが格上だ! スキルも、魔法の使い方も!)


小巻「けど・・・、負けてたまるもんか・・・!」



 相手がどれだけ強かったとしても。立ちはだかる壁がどれだけ高く、分厚かったのだとしても。

 それは前に進むことを諦めてもいい理由にはならないのだから。



小巻「負けるもんか、あんたなんかに!」


 一方、シイラの方も不敵な笑みを絶やさなかったが。

 内心ではジリジリとした焦りを抱えていた。



シイラ(参ったな・・・、そろそろネタ切れだぞ)



 聖人的な人格を手に入れた代わりに抱えてしまった究極の自己矛盾が、シイラをジリジリと苦しめていた。


 つまり彼女は、相手を降参させることはできても、自分から勝つことはできないのだ。

 『王手を掛けずに相手を投了させなければならない』という、

 第三者から見たらわけのわからない縛りプレイを常時強要されているようなものなのだ。


 戦いに勝つということは、相手の心を力で否定することで。

 それは即ち、相手を不幸にするということだ。


 相手の幸せを願うということと、相手の過ちを赦し続けることはイコールにならないのだけれど。

 残念ながら、シイラはそんな長期的な視線を得る前に『完成』してしまっていた。


 格の差を見せつけ、いかに高い壁を突き付けても、折れない相手。

 正直、この手の輩に対しては、シイラは完全に詰んでいる。

 もしも選挙という形式を立ち上げた直後という気の緩んだタイミングでなければ、

 シイラは絶対にこんな戦いを受けなかったのかもしれない。



シイラ(だから?)



 ケアレスによる取り返しのつかないミス、だからどうした。

 シイラは思う。



シイラ(この程度の袋小路、私は何度だって突破してきたんだよ)



 自分がもしも間違えていたとするなら、相手がもっと派手に間違えていればいいだけだ。

 自分が王手を掛けることができないなら、相手に悪手を打たせ続けて、勝負が続けられないくらい心を折ればいいだけだ。



シイラ「小巻ちゃん」



 両手のないシイラが、肩を竦めて小馬鹿にしたように笑った。



シイラ「もう諦めたら?」



 挑発。

 理性を揺さぶり、相手の矛盾を引き出し、状況を泥沼に持ち込んで有耶無耶にする。

 こんな矛盾を超克するためにシイラが得たスキルの1つだった。


小巻「・・・」



 小巻は油断なく周囲を見渡し、両手が自分に襲ってこないことを確認すると。

 怪訝そうにシイラを睨みつけた。



小巻「今更なんのつもりよ」



 シイラは内心でほくそ笑んだ



シイラ「こんな戦いに意味があるのか、と聞いているのさ。

     私は別に小巻ちゃんが生きていようと死んでいようとどうでもいいし、

     小巻ちゃんだって私を殺してそれで解決するなんて思っていないだろう?」


小巻「・・・」


シイラ「私はもう飽きたんだよ、そろそろお開きにしないか?」



 「ほら、甘い誘いだ。食いつけ」。

 他者を堕落させることに異様に長けた悪魔が、疑似餌をちらつかせた。



小巻「確かに私は別にあんたが憎いわけじゃないわ・・・。

    けれど、好き勝手に魔法少女を人間に戻すあんたを放っておけば、きっと世界は取り返しのつかないことになる」


シイラ「じゃあ取り返しがつけばいいわけだね、ならばこうしようか」



 シイラの周囲に毒々しいサーカス小屋が現れ、それは帯状になってシイラの周囲をオーロラの様に揺蕩う。



シイラ「魔法少女を人間に戻す力・・・、私はこれをメフィストフェレスって呼んでいるんだけれど」


シイラ「もし私を見逃してくれたら、これはもう二度と使わない」


小巻「!?」



 シイラは聖者の様に微笑んだ。



シイラ「魔法少女は人間に戻らないし、私たちは二人とも生きて帰れる。落とし所としては悪くないんじゃないか?」


小巻「・・・」



――1年前


 浅古小巻は荒れていた。

 世を恨み、人を恨み、自分自身を恨んでいた。


 些細なことで妹を怒鳴りつけ、時には手を上げた。

 自分を慕う友人たちを突き放し、酷く動揺させた。

 自分の陰口を囁く矮小なクラスメイトに、報復として恐怖を植え付けた。


 開けても暮れても、後悔、後悔、後悔。

 こんなことになるのだったら、魔法少女の契約なんてせずに他の人間からの助けを待てばよかった。

 そう思わぬ日はなかった。


 怒りの矛先はしばしばインキュベーターへと向かい、しばしば彼らの端末を無意味に潰したものだが。

 その度に彼らは迷惑そうに潰された端末を処理し、こう弁明するだけだった。


「確かにアンフェアな契約だったとは思っているよ、でも仕方がなかった。

 ああいう状況にならなかったのなら、本来君とは契約するはずではなかったのだから」


 小巻の怒りは余計に増すばかりであった。



『私の人生は何だったのか』

『自分はすぐに死んでしまうのなら、果たして生きている意味なんてあるのか』


 終末期患者特有の死生観に対する精神的な苦痛。

 スピリチュアルペインと呼ばれるその痛みは、しばしば魔法少女の死因の1つになっており。

 小巻も例に漏れず、その症状に翻弄されていた。


 そんな荒れ果てた小巻を救ったのは、美国織莉子だった。

 いや、織莉子にも多少の打算はあっただろうから。これを『救った』と単純に断言するのはかなり賛否両論が飛ぶと思うが。

 少なくとも小巻自身は救われたと感じた。


 彼女は時に小巻と敵対し、時に対外的な圧力をかけてグリーフキューブの供給源を断ち、時に小巻を暴力で屈服させ。

 そして長い時間、小巻の傍らに寄り添った。



「なぜ私にこんなにも付きまとうのか」と小巻が問うと、織莉子はこう答えた。

「あなたは昔の私に似ているから」。


 なぜ自分は生きているのか、自分もそんな風に酷く思い悩んでいた時期があった。

 何度も何度も生きることから逃げ出そうとした。

 そんな折にインキュベーターが現れ、織莉子は『私の生きる意味を知りたい』と願ったという。


 結果だけで言うなら、契約は失敗だった。

 インキュベーターは直接織莉子には生きる意味を与えず、起こるべき未来を知る力のみを与えた。


 けれど。


 過程を含めて言うなら、契約は大成功だった。

 織莉子は戸惑いながらも、幾重にも枝分かれした未来を見つめ、悩みながら選択し、そして少しずつ過去と現在と未来の因果関係を学んでいった。



『ありがとう』



 選んだ未来を進めていく過程で、幾つもの感謝の言葉が織莉子の中に降り積もっていった。


「何のために生まれ、何のために生きるのか。その答えは私も未だにわからない」

「けれど生きている者にはすべからく、誰一人例外なく。みんな未来を変える力を持っている」


 織莉子は穏やかに笑った。


「生きる意味に答えがあるとするなら、きっとこの辺りが答えなんじゃないかしら」



 小巻は後悔した。

 魔法少女になったことではなく、魔法少女になった後の自分の行いを後悔した。


 妹を傷つけた。友だちを悲しませた。クラスメイトの心に影を落とした。

 数え切れない、多くの人々を苦しめた。


 それはきっと、かつての魔法少女になる以前のものも含めた、自分自身の存在意義を貶めるものではなかったのか。

 それは自分自身で、自分の生きる意味を潰す行いではなかったのか。



「思うに、あなたにはまだ、未来を変えるための時間も力もたくさん残されているように思うのだけれど」

「あなたはこれからどう生きたいの?」


 小巻の一連の反社会的な行動が、『災害現場に遭遇したストレスから来る一時的なもの』として認識され。

 『元の小巻に戻った』と安心されるようになったのは、これからすぐのことである。



 風魔協のNo2としての地位を確立し、織莉子の右腕として活躍するようになるのは、これから更に少し先の未来だ。


――


 古くからの友人のように笑いかけるシイラに対し。

 小巻は静かにため息をついた。



小巻「まあ、そうね」


小巻「ここまでやればなんとなくわかるわよ。

   私がここで引き下がれば、あんたはちゃんと約束を守って、その便利な力を封印してくれるんでしょうね」


シイラ「ふぅん?」



 少々、虚を突かれた、という風にシイラは目を少し見開いた。



小巻「一応、最後に確認しておきたいんだけれど」



 小巻は真っ直ぐにシイラの目を見つめた。



小巻「あんた、なんでこんなことやっているの?」


シイラ「・・・」



 シイラの顔から笑みが消えた。



小巻「自分の命を危険に晒して、自分の能力を犠牲にして、他人から憎まれて」


小巻「あんた、いったいどこに行きたいのよ」


シイラ「愛ゆえに」



 シイラの顔に再び笑みが戻った。



シイラ「愛ゆえに!」



 それは今までシイラが浮かべてきたどの笑みよりも歪んだ、心の奥底から湧き出すどす黒い狂喜だった。



シイラ「愛とは誰かの幸福を心から願う想いさ!

     愛だよ! 私は全ての魔法少女の幸福を心から願っている!」


シイラ「私は! 全ての魔法少女に! 生きていて欲しいと願っている!」



 万歳をするようにシイラが両腕を高々と振り上げると、切り落とされたシイラの両手が再生した。



シイラ「魔法少女の未来に光あれ!!」



 しかしその両手はもはや人間の手の形をしておらず。

 宇宙忍者と呼ばれる宇宙人のそれのような、ハサミの形をしていた。


小巻「何のために生まれて、何のために生きるのか。あんたには無縁の話ね」


シイラ「は?」


小巻「つまり・・・。あんたにも未来を選択する時が来た、ってことよ」



 今度は小巻が不敵に笑った。



小巻「私が退けばあんたは二度とメフィストフェレスを使わないでくれるって約束だったわよね。いいわよ、退いてあげる」


小巻「けれど」



 小巻は遂に、織莉子から授けられた最後の切り札を切ることにした。



小巻「これを見てどう思う?」


シイラ「!?」



 シイラの表情が凍った。

 小巻の手には、ドロドロに濁り切り、今にも円環の理から導かれそうなソウルジェムがあった。


 長引く戦闘で、小巻は魔力を消耗しきっていたのだ。



シイラ「ぐ、ぐっ・・・!」



 シイラは葛藤に満ちた表情で歯軋りをしていた。

 もはや道化のように表情を偽装する余裕はないようだ。



シイラ「う、ぐ、ぐ、ぐ・・・!」


小巻「さあ、未来を選択する時よ。雅シイラ」


シイラ「・・・」



 シイラは冷や汗を滴らせ、頬を引き攣らせるように笑う。


 『濁り切ったソウルジェムを雅シイラに見せつけなさい。そうすれば彼女は必ず、魔法少女を人間に戻す力を使ってくる』

 それが織莉子の授けた最後の策だった。


 シイラは未来を選択した。

 自己矛盾によって自分が破滅する未来を選択した。

 少なくともここだけは、間違いなく彼女自身の意志で、この未来を選択した。



シイラ「さっきのはナシだ!!」



 シイラは弾けたように飛び出した。

 ハサミは毒々しい紫色に輝き、その向こうにはサーカス小屋のような風景が見える。



「メフィストフェ――

「トッコ・デル・マーレ」



 ソウルジェムと肉体のリンクを断ち切り、ソウルジェムそのものを抜き取るという一撃必殺が。

 西部劇の早撃ちのように、シイラの腕の魂に命中した。



シイラ「ぁ・・・」


小巻「そんなザマで愛を語るなんて笑えるわね。

    愛っていうのはお互いにお互いを想い合って、初めて成立するのよ」



 シイラは糸が切れた操り人形のように崩れ。

 その身体へ向かって小巻は吐き捨てるように言った。



小巻「誰彼構わずにばら撒き続けるアンタの愛なんて、迷惑なだけよ」

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。

>>537-539
一次的な感情の昂りとその大きさは、
長期的な目線で見た場合、必ずしもそのものの幸福に直結するわけではない、と思っています。
激しい恋ほど早く燃え尽きるものなのです。


いや、ほむらは愛されたいわけでも愛し合いたいわけでもないでしょう愛していたい、ただそれだけ
思いあって成立する愛なんて愛の一側面でしかない。最も多くのものを救い、最も多くのものを殺してきた感情が愛なんだから

なんでこんな揚げ足取りみたいなことばっかり書き込まれてるんだ
続き楽しみにしてるよ

「終わらねぇ・・・、終るわけがねぇ・・・」と思って半泣きで書いていた贖罪の物語もいよいよ終盤。
お陰様でやっとここまで辿り着けました。
投下します。





 第18話 「あとは任せたよ」




――夕暮れ


 茜色に染まる、崩落した旧見滝原病院跡。


 シイラは瓦礫の山に座り込んでいた。

 意識を取り戻した時は酷く動揺し、小巻の気配を躍起になって探ったものだが。

 やがてそれが無駄だとわかっていくにつれ、ある考えが頭の中を覆いつくしていた。



シイラ「ああ、そうか・・・」



 シイラは背中側に腕を突き、仰け反るようにして空を仰いだ。



シイラ「負けたのか、私は」



 しばしの後に視線を地面に戻すと、そこには見慣れた魔法生物が狛犬のように座っていた。



QB「やあ。目が覚めたのかい、シイラ」


シイラ「キュゥべえ、か」



 インキュベーターはいかにも興味深いという風にシイラを観察する。

 彼は揺らめく尾以外は微動だにせず、姿勢も一切変えなかったが。

 シイラには、彼が少し興奮気味に身を乗り出しているように見えた。



QB「信じられないよ、まさか小巻が君に勝ってしまうなんてね。

   勝敗を分けたものは、やはり人類の持つ感情というものなのかな?」


シイラ「まあ、そうだね」



 シイラは自嘲的に笑った。



シイラ「私が勝てなかったのも、小巻ちゃんが負けなかったのも。結局は、その感情ってものが原因なのだろうね」


QB「君の言葉は理性的なのに、内容は酷く難解だね。もう少しぼく達の目線に立って話して欲しいよ」



 シイラは苦々しく思う。

 『ああ、こいつ等じゃあ、何万年かけても円環の理の支配なんてできないだろうな』という風に。


シイラ「君はわざわざ禅問答をしに来たのかい?」


QB「まさか、ちゃんとした用事だよ。小巻から言伝を預かっているんだ」


QB「『見逃してやる、だから約束を守れ』、だそうだ」


シイラ「そっか」


QB「よくわからないけれど、君は約束を守るのかい? 君は何の強制力も持たない契約を大切にするのかい?」



 シイラはしばし瞳を閉じ、インキュベーターの言葉を反芻する。



シイラ「そんなことより小巻ちゃんは? その後、小巻ちゃんはどうなったの?」


QB「わからない。ぼく達は彼女を追わなかった」


QB「けれど君の監視網でも見つけることができないとするなら。つまり、そういうことなんじゃないかな?」


シイラ「・・・」



 シイラは引き攣ったように笑う。



シイラ「あはっ、あはは・・・」



 彼女は頭を掻きむしるように。

 両手の掌を頭に押し当て、髪を強く掴んだ。



シイラ「ちょっと慢心しただけでこのザマだ、欲深者は辛いねぇ・・・」



 ふらり、と。

 死にかけの虫のように。

 彼女は力なく立ち上がる。



シイラ「帰ろう・・・」



 インキュベーターはまだ諦めがつかないという風に、彼女の隣へ追随する。



QB「君は小巻との約束を守る気なのかい?」


シイラ「・・・」



 シイラはインキュベーターをしばし見据えた後。

 痛々しい表情で言った。



シイラ「わからない」


 ――


 ふと気付いたとき。

 シイラは薄暗い水辺を歩いていた。



シイラ「・・・」



 周囲を見回すと。

 辺りには無数の朽ちた墓標が立ち並んでいる。

 それはぬかるみに沈んだり、腐食したり、あるいは苔むしていたりして。

 どれも刻まれた名前を読むことはできそうにない。


 湖に浸食され、水浸しになった墓所。

 こんな場所、シイラの記憶の中にはないし、この国の中にある光景だとも思えない。



 死後の世界というものは、往々にして『水場』が連想されるという。



 こんな場所を見てしまうなんて、いよいよ自分にも死神の手が伸びてきたのか、などと思っていた時。

 シイラの目の端に、ひらひらと舞い落ちるものが映った。



シイラ「黒い、羽根・・・?」



 シイラは上を見上げると、得心がいったという風に、にへらと笑った。



シイラ「そっか。そういえば君のトバリは、見滝原を隅々まで包んでいたのだったね」



 スモッグのように黒々しい雲と、血のように紅い月の下。

 枯れた大樹の上で。

 黒い翼の彼女は気怠そうに、足を組んでシイラを見下ろしていた。



シイラ「やあ、ほむらちゃん。お久しぶり・・・、でもなかったっけ?」


ほむら「・・・」



 ほむらは足を解くと、滑るようにシイラの前へ降り立った。


 シイラは気押された。

 ほんの僅かだが、初めてほむらに対して畏怖を抱いた。


 かつて自分が指導した憐れな悪魔の面影はなかった。

 かつて自分が愛した悲しき少女の面影はなかった。


 そこにいたのは、不安定さなど欠片も見られない確固とした個性だった。

 強い意志を抱く、自信に満ちた一人の女性だった。

 異国へ送り出した頼りなかった我が子が、偉人になって帰って来た。そんな感覚に襲われた。


 シイラは無理して笑みを浮かべる。



シイラ「なんかしばらく見ない間にずいぶん大人っぽくなったね、イメチェンした?」



 ほむらは表情を変えずに口を開く。



ほむら「そういうあなたこそ、しおらしくなってしまったわね」


ほむら「私の知っている雅シイラは、もっと毒気に満ちた人物だったはずよ」



 揺るぎないほむらの瞳を見て、シイラはとうとう察した。

 いや、余裕がなかったからそう思いたくはなかっただけで。

 本当はとっくに気付いていたのかもしれない。



シイラ「あはっ。あはははは、ははははは・・・」


シイラ「そっか、そうかもね」



 シイラは表情を作る力が抜け。

 ふにゃり、と力なく笑った。



シイラ「うん。なんか、色々疲れちゃってね」



 彼女は悟った。

 自分の役目は終わっていたのだ、と。

 道化師はようやく舞台から降りた。


 ほむらはしばし瞳を閉じて黙りこくった後。

 薄く目を開いてシイラを見据えた。



ほむら「そう、お疲れ様」


シイラ「うん。じゃーねー、ばーははーい」



 シイラはほむらに背を向け、おどけたように手を振った。



ほむら「シイラ・・・」



 ほむらはジッとシイラの背中を見据えていた。



ほむら「あなたはこのまま消えてしまうの?」



 しばし逡巡するように、空を見上げた後。

 シイラは振り返った。



シイラ「消えないよ」


シイラ「私は消えない。そんなことしたら、あすみちゃんと同じじゃないか」



 シイラは真っ直ぐにほむらの瞳を見返した。



シイラ「この先どうなろうと、私はこの世界で生きていく」


ほむら「そう」



 ほむらは安心したように小さく笑った。

 張りつめていた緊張が、やっと緩んだ気がした。



シイラ「だからね、ほむらちゃん」



 シイラはどこか寂しそうに言った。



シイラ「頑張って。私は君に出会った時から、最初から最後まで。ずっと君のファンなんだ」


シイラ「勝ってくれ、私の夢のために」


ほむら「あなたに言われるまでもないわ」



 ほむらは組んでいた腕を解いた。



ほむら「シイラ。あなたのお陰で、私は前に進むことができた」


ほむら「あなたという師がいなかったのなら、私は惨めな悪魔のままだった」


ほむら「きっと一人で、救いようのない破滅を迎えていた」


ほむら「あなたから心を学べたお陰で、私はやっと殻を破ることができた」



 深く、静かに。ほむらは頭を下げた。



ほむら「ありがとう、シイラ」



 シイラはわざとらしく肩を竦めて、声がいつもの調子に戻る。



シイラ「なんだよ急に。らしくないね、ほむらちゃん」


シイラ「なんだったらそのまま、私を愛してくれてもいいんだよ?」



 ほむらは頭を上げ、軽く首を横に振る。



ほむら「ごめんなさい。残念だけれどそれは無理よ。先にあなたに出会っていたら、それも悪くなかったのだけれど――」


ほむら「私の心も魂も」



 かつて彼女が魔法少女だった頃。

 よくやっていた手癖のように、左手で髪を掬い上げ。



ほむら「この世界が生まれる前から既に」



 髪を払うと同時に。

 黒い翼が光を放ち、薄い桃色へと変わる。



ほむら「たった一人に捧げるためだけのものだったのだから」



 この世界に光が満ちた。

 赤黒いぬかるみだった湖が澄んだ色へと戻り。

 朽ちた墓標は切り出したばかりのように真新しく生まれ変わる。


 薄暗い夜は終わり、日の出を迎えた。

 白い光に照らされた無数の墓標には全て、この世で最も愛しい人の名前が刻まれている。



ほむら「私の最高の友だちは、後にも先にも鹿目まどかだけよ」


シイラ「・・・」


シイラ「そっか」



 シイラはどこか満足したように笑っていた。



シイラ「じゃあ、最高じゃない普通の友達の一人として。君に普通のエールを送ろう」



 シイラは右手を上げた。

 ほむらは一瞬戸惑った後。

 それに応じるように、自分の右手を打ちつける。


 俗にいう、ハイタッチだ。



シイラ「後は任せたよ、戦友」


ほむら「任されたわ、悪友」

今日はここまでです、読んでくださりありがとうございました。
きっと見滝原の内部では時間が20倍くらいに濃縮還元されて流れているんでしょう。

>>559
率直な意見は参考になりますし、ストーリーの微調整もしやすいので、個人的にはありがたいです。

>>554ー557
デビほむがシイラに一瞬浮気しちゃったのは、メタなことを言っちゃうと脚本の都合です。
まどかまどかだけで生きていくデビほむでは、円環の理と戦っても勝負にならないので。




 

久しぶりにいっぱい書けたので早めに投下します。




 第21話 「私は、何になりたかったんだっけ?」



 概念の間。


 円環の理とほむらは、静かに椅子に座って、審判の時を待っていた。



ほむら(何も、考えられない)


ほむら(何も、思い浮かばない)


ほむら(興奮も幸福も。後悔すらも、感じない)



 ほむらの心は真っ白に燃え尽き、そして満たされていた。



ほむら(私は戦い抜いたんだ、私は止まらずに走り続けたんだ)


ほむら(きっと平気だわ、どういう結果になっても)


ほむら(きっと私は、胸を張って言えるんだ)



 ほむらは、緊張した面持ちの円環の理の横顔を見つめた。



ほむら(この時だけは、確かに鹿目さんの隣にいられたんだって)



 心地よい静寂を割るように。

 畏まった様子のエニシが語り掛けてきた。



エニシ「お待たせしました、開票が終わりました」


エニシ「投票結果はこうなっております」


ほむら「!?」



 それを見た時、ほむらは絶句した。




悪魔派

支持率65%


円環の理

支持率12%


白紙投票

5%


無効票

13%


エニシ「ほむらさんの得票数が、投票数の半数を超えました」


エニシ「白紙投票と無効票を含めても、コトワリ様の票数はほむらさんには届きません」


エニシ「よって。新たに魔法少女の秩序となるのは、ほむらさんに決定されました」


エニシ「当選、おめでとうございます」



 ほむらはエニシが何を言っているのかわからなかった。

 想像と現実のギャップにただただ絶句していた。


 ショックで半ば機能停止した思考が、僅かに回復した頃。

 ほむらはチラリと円環の理の方を見た。



円環の理「・・・」



 円環の理もまた、呆然とした顔をしていた。

 目を見開き、固まっていた。彼女は身動き一つできなかった。


 しかし永遠に続くショックなど無いのは、円環の理もまた同じで。

 次第に事態を理解し始めた円環の理は、瞳に涙が溜まっていき。

 やがて膝から崩れ落ちた。

 彼女は絶対に今の自分の表情が見られないように、固く頭を抱えて蹲った。


 負けたこともまた、ショックではあるのだが。

 落選したという事実以上に大きな絶望が、彼女の心を覆い始めた。


 円環の理は理解してしまったのだ。

 自分の祈りに誇りを持っている魔法少女など、12%しか存在しないということに。

 そして65%の魔法少女達は、既に自分の祈りに裏切られているということに。


 魔法少女は、希望から始まり、絶望に終わる。

 円環の理ですら、鹿目まどかですら。

 遂にその運命から逃れることはできなかった。


 彼女は自分の祈りに裏切られた。

 その魂を概念にしてまで守りたかった魔法少女達が、円環の理を拒絶したのだ。


 彼女が守りたかった希望など、12%に過ぎなかった。


 円環の理は小さく、幼子のように呟いていた。



円環の理「そっか、そっか・・・」


円環の理「ずっと気付けなくて、ごめんなさい・・・。辛かったんだね、痛かったんだね・・・ごめんなさい」


 ほむらはその言葉を聞いたとき、脳の血液が沸騰するほどの怒りに支配された。

 こんな状況を作り出したのは、自分自身であることすらも忘れて。



ほむら「あなたは・・・!」


ほむら「あなたは優しすぎる!! どうして、どうしてこんな時まで!?」



 その怒りは誰に対するものなのか、ほむらにはわからなかった。

 こんなに身勝手なことをした自分自身に対してなのか。

 こんなに脆い覚悟で自分を置いていった鹿目まどかに対してなのか。

 こんなにあっさり円環の理から離れていった恩知らずな魔法少女達に対してなのか。

 ほむらにはわからなかった。



ほむら「いい加減にしてよ、いい加減にしてよ!!」


ほむら「どうしていつもあなたは、どうしていつも私は!”」


ほむら「どうしてこの世界は――


円環の理「ストップ、ほむらちゃん」



 気付けば、円環の理は既に立ち上がっていた。

 その目にはもう涙は残っていなかった。

 円環の理は凛とした表情で、ほむらに向き合っていた。



円環の理「私は負けちゃったけど、落選しちゃったけど」


円環の理「私が守りたかった祈りはあったし、私を信じてくれた魔法少女は確かにいたの」


円環の理「辛いけれど、悲しいけれど。一人でも助けられたなら、私は後悔していないよ」


ほむら「・・・っ!」


 ほむらにはまるで見えていなかった。

 この瞬間になるまで、ずっと見えていなかった。


 ほむらが守りたかった鹿目まどかは。

 ほむらの助けを必要としている鹿目まどかは。

 もう、どこにも存在しないということが。


 円環の理はペコリとほむらに頭を下げた。



円環の理「当選おめでとうございます、暁美ほむらさん。

      私の負けです。あなたが作っていく世界を楽しみにしています」



 円環の理はインキュベーターの方へ向き直った。



円環の理「私に投票してくれた皆さん、ありがとうございました。期待を裏切ってしまってごめんなさい」


円環の理「私は概念ではなくなりますが、これからもずっと皆さんの幸福を祈っています」


円環の理「どうか、皆さんの未来に幸多からんことを」



 その後ほむらは、どこからともなく届いたテレパシーに従い。

 全く心の篭っていない上っ面だけの言葉を吐く。



ほむら「私を信じ、投票してくださりありがとうございます」



――私は。



ほむら「円環の理は素晴らしい方でした」



――私は。



ほむら「彼女の起こした奇跡は、本当にかけがえのないものでした」



――私は、彼女に守られる私じゃなくて! 彼女を守る私になりたい!



ほむら「けれども私たちは、とうとう彼女の下から巣立つ日が来たのです」



――私は・・・。



ほむら「共に、新しい世界を作っていきましょう」



――私は、何になりたかったんだっけ?



 ――

 エニシはどこまでも事務的に。

 どこまでも理性的に。

 何の感情も表に出さず、円環の理とほむらに頭を下げた。



エニシ「お疲れ様でした」


エニシ「お二方共、思うところはあると思いますが。今日はもう解散しましょう」


エニシ「前半の方はオフレコですので、ご心配なく」


エニシ「明日、日を改めて即位式を行いましょう。それまでどうか、思うようにお過ごしください」


エニシ「それではまた明日」



 インキュベーター達の赤い瞳は一斉に閉じ。

 それに合わせるようにエニシはその場から霧消し、ほむらと円環の理だけが残された。

 取り残された。


 しばしの沈黙の後。

 円環の理は寂しそうにほむらに笑いかけた。


円環の理「私の負けだよ、今までずっと意地を張っていてごめんね」


円環の理「約束は守るよ。何もかも終わったら、ほむらちゃんとずっと一緒になるけど・・・」


円環の理「でも、もう少しだけ待ってくれないかな。この世界の整理整頓が終わるまで、待っていてくれないかな?」


円環の理「それが終わったら今度こそ、私はほむらちゃんだけのものになるから」


ほむら「違う・・・」



 ほむらは歯を食いしばった。



ほむら「違う!!」



 ほむらは頭を抱えて絶叫した。

 唸るような、吠えるような、言葉にならない悲鳴がこだました。



ほむら「違う違う違う違う違う!!」



 それが一通り終わると。

 すすり泣くような、絞り出されるようなか細い声が聞こえてきた。



ほむら「違う、違うの・・・。違うの、鹿目さん」


ほむら「私は、こんなことがしたかったんじゃないの・・・」


 ほむらは搔き毟るように地面に爪を立てる。



ほむら「私は、私は! あなたを私だけのものにしたかったんじゃなくて! 私があなただけのものになりたかったの!」


ほむら「何でもよかった! あなたの何かになりたかった!!」


ほむら「私は、そんなあなたを見るために頑張って来たんじゃない・・・」



 爪が捲れ、皮膚が破けるほどに地面を掻き毟っていたほむらだったが。

 やがて、そんなささやかな抵抗すらも力尽きてしまった。



ほむら「どうしてなのかな、なんでなのかな・・・」


ほむら「ずっと、ずっと。あなたの背中を追いかけているのに」


ほむら「ずっと・・・、ずっとあなたに追いつくために・・・、走って走って、走り続けているのに」



 ほむらは凍えるように、強張るように。

 小さく震えていた。



ほむら「全然追いつけない、あなたの背中はどんどん離れていく」


ほむら「どうして、こんなにも走って来たのに、今のあなたが一番遠いの?」


円環の理「・・・」


円環の理「そっか」



 廻り続ける円環の理が、初めて停止した。



円環の理「そうだったんだね、ほむらちゃん」



 前ばかり見ていた円環の理が、希望ばかり見つめていた彼女が。

 避けようのない呪いに直面し、立ち止まり。

 やっと後ろを振り返った。



円環の理「ごめんね。私はまた勘違いしていたのかもしれないね」



 否。彼女は優しすぎて、守りたいものが多すぎて。

 今までずっと絶望に向き合うことを思いつけなかったのかもしれない。

 拒絶される痛みを、理解されない苦しみを、知らな過ぎたのかもしれない。



円環の理「私はほむらちゃんが頑張ってくれたことの全部を見てきたつもりだったけれど」


円環の理「それでもあなたのことが、全然わかっていなかったんだね」



 円環の理は、未熟だった。人の心などちっともわかっていなかった。

 まるで年端もいかぬ少女のように、幼稚だった。


 希望も絶望も、全て感情の一側面に過ぎないのだ。

 対極の位置に存在しているだけで、どちらが欠けても心は成り立たないのだ。

 どちらを否定しても、台無しになってしまうのだ。


 円環の理はほむらの手を取った。



ほむら「鹿目、さん・・・?」



 爪が剥がれて、皮膚が破けているけれど。

 それでも綺麗な手だと思った。


 どれだけの引き金を引いてきたことだろう。

 どれだけの亡骸を抱いてきたことだろう。

 どれだけの無力と苦悩を、握り潰してきたことだろう。


 うまく言葉にできないけれど。

 うまく考えに纏めることはできないけれど。


 挫折を知らぬ傷一つない自分の手よりも、血に汚れていない自分の手よりも。

 なんというか、好きな手だった。


円環の理「今は全然分かり合えないけれど。だからこそ、これからゆっくり分かり合っていく」



 円環の理は。

 ぎこちなく笑いながら、おっかなびっくりに。ほむらの顔を覗き込んだ。



円環の理「これじゃあ、駄目かな?」


ほむら「・・・」



 ほむらは呆然としたように円環の理の顔を見つめていた。

 締まらないことに奇跡など起きず、自分の想いがちっとも伝わっていなかったことを察すると。

 円環の理は慌てて顔を背けて片手で顔を覆った。



円環の理「ご、ごめん! ちょっと今のナシで・・・」


ほむら「あ、うん」



 円環の理は焦りながらも、しばらくうーうー唸った後。

 ようやく考えがまとまったようで。

 ほむらの手を放し、少しだけ距離を取った。



円環の理「今更、私はあなたの最高の友だちなんて名乗れません」


円環の理「だから」



 円環の理はギクシャクした動きで頭を下げた。



円環の理「私と友だちになってください」


 やはりほむらはしばし茫然としていたが。

 やがて小さく笑った。



ほむら「馬鹿ね、いや愚かね」


ほむら「そんな流れで言ったんじゃあ、伝わるわけがないじゃない」



 円環の理もつられて少し表情が緩んだ。



円環の理「成功、しているように見えるけど・・・」


ほむら「私だから伝わったのよ」



 ほむらは小さく頭を下げた。



ほむら「こちらこそよろしくお願いします、コトワリ様」


円環の理「他の呼び方なかったのかなー・・・」



 円環の理は遠い空を見つめていた。

 先ほどまで自分が支配していた、宇宙を見つめていた。



円環の理「これからは。先に走ったり追い駆けたりするんじゃなくて、一緒に歩いていけたらいいね」


ほむら「きっと大丈夫よ、時間はたくさんあるのだから」



 時間はもう止まってはいないのだから。

 これからはみんな、守ったり守られたりだけじゃなく、自分で歩いて行けるのだから。



円環の理「・・・」


円環の理「そろそろ解散かな」


ほむら「ええ、そうね。明日は忙しくなりそうだし」


ほむら「おやすみ、コトワリ様」


円環の理「うん、おやすみ。また明日」



 小さく手を振り、ほむらは円環の理へ背を向けた。


 ほむらの背が見えなくなった後。

 円環の理は、ポツリと呟いた。



円環の理「頑張ったね」


円環の理「約束、守ってくれてありがとう」


――


円環の理「さて」



 ベッドに腰かけ、記録を確認すると。

 エニシからのテレパシーによる着信が14件入っていることに気づいた。



円環の理「・・・」


円環の理「遠いなぁ、明日・・・」



 この後、世界中で起こった暴動と混乱を、環エニシは鎮静していくのだが。

 大して重要度の高い話ではないので、ここでは省略しておく。

今日はここまでです、読んでくださりありがとうございました。


申しわけありません、>>615に修正です。

無効票 13% → 無効票 18%


暴動ってのがわからんな12%の連中がなんかしたのか?往生際の悪い…

日を改めてみると今回の話の出来があんまりにもあんまりだったので、後日加筆修正版を上げます。

>>629
12%の人達もそうですし、まさか悪魔が当選するとは思ってなかった人たちやそもそも今回の選挙の趣旨自体が理解できなかった人たち、
どさくさに紛れて更にクーデターを重ね掛けしようとする人たち・・・などなど色々いました

ちなみに一番困惑していたのは白紙投票をした人たちです

やっと納得のいく仕上がりになりました。
>>613からの改訂版です。投下します。




 第21話 「私は、何になりたかったんだっけ?」



 概念の間。


 円環の理とほむらは、静かに椅子に座って、審判の時を待っていた。



ほむら(何も、考えられない)


ほむら(何も、思い浮かばない)


ほむら(興奮も幸福も。後悔すらも、感じない)



 ほむらの心は真っ白に燃え尽き、そして満たされていた。



ほむら(私は戦い抜いたんだ、私は止まらずに走り続けたんだ)


ほむら(きっと平気だわ、どういう結果になっても)


ほむら(きっと私は、胸を張って言えるんだ)



 ほむらは、緊張した面持ちの円環の理の横顔を見つめた。



ほむら(この時だけは、確かに鹿目さんの隣にいられたんだって)


 心地よい静寂を割るように。

 畏まった様子のエニシが語り掛けてきた。



エニシ「お待たせしました、開票が終わりました」


エニシ「投票結果はこうなっております」


ほむら「!?」



 それを見た時、ほむらは絶句した。


悪魔派

支持率70%


円環の理

支持率12%



無効票

18%



エニシ「ほむらさんの得票数が、投票数の半数を超えました」


エニシ「無効票を全て含めたとしても、コトワリ様の票数はほむらさんには届きません」


エニシ「よって。新たに魔法少女の秩序となるのは、ほむらさんに決定されました」


エニシ「当選、おめでとうございます」



 ほむらはエニシが何を言っているのかわからなかった。

 想像と現実のギャップにただただ絶句していた。


 ショックで半ば機能停止した思考が、僅かに回復した頃。

 ほむらはチラリと円環の理の方を見た。



円環の理「・・・」



 円環の理もまた、呆然とした顔をしていた。

 目を見開き、固まっていた。彼女は身動き一つできなかった。


 しかし永遠に続くショックなど無いのは、円環の理もまた同じで。

 次第に事態を理解し始めた円環の理は、瞳に涙が溜まっていき。

 やがて膝から崩れ落ちた。

 彼女は絶対に今の自分の表情が見られないように、固く頭を抱えて蹲った。


 負けたこともまた、ショックではあるのだが。

 落選したという事実以上に大きな絶望が、彼女の心を覆い始めた。


 円環の理は理解してしまったのだ。

 自分の祈りに誇りを持っている魔法少女など、12%しか存在しないということに。

 そして70%の魔法少女達は、既に自分の祈りに裏切られているということに。


 魔法少女は、希望から始まり、絶望に終わる。

 円環の理ですら、鹿目まどかですら。

 遂にその運命から逃れることはできなかった。


 彼女は自分の祈りに裏切られた。

 その魂を概念にしてまで守りたかった魔法少女達が、円環の理を拒絶したのだ。


 彼女が守りたかった希望など、12%に過ぎなかった。


 円環の理は小さく、幼子のように呟いていた。



円環の理「そっか、そっか・・・」


円環の理「ずっと気付けなくて、ごめんなさい・・・。辛かったんだね、痛かったんだね・・・ごめんなさい」


 ほむらはその言葉を聞いたとき、脳の血液が沸騰するほどの怒りに支配された。

 こんな状況を作り出したのは、自分自身であることすらも忘れて。



ほむら「あなたは・・・!」


ほむら「あなたは優しすぎる!! どうして、どうしてこんな時まで!?」



 その怒りは誰に対するものなのか、ほむらにはわからなかった。

 こんなに身勝手なことをした自分自身に対してなのか。

 こんなに脆い覚悟で自分を置いていった鹿目まどかに対してなのか。

 こんなにあっさり円環の理から離れていった恩知らずな魔法少女達に対してなのか。

 ほむらにはわからなかった。



ほむら「いい加減にしてよ、いい加減にしてよ!!」


ほむら「どうしていつもあなたは、どうしていつも私は!?」


ほむら「どうしてこの世界は――


円環の理「ストップ、ほむらちゃん」



 気付けば、円環の理は既に立ち上がっていた。

 その目にはもう涙は残っていなかった。

 円環の理は凛とした表情で、ほむらに向き合っていた。



円環の理「私は負けちゃったけど、落選しちゃったけど」


円環の理「私が守りたかった祈りはあったし、私を信じてくれた魔法少女は確かにいたの」


円環の理「辛いけれど、悲しいけれど。一人でも助けられたなら、私は後悔していないよ」


ほむら「・・・っ!」


 ほむらにはまるで見えていなかった。

 この瞬間になるまで、ずっと見えていなかった。


 ほむらが守りたかった鹿目まどかは。

 ほむらの助けを必要としている鹿目まどかは。

 もう、どこにも存在しないということが。


 円環の理はペコリとほむらに頭を下げた。



円環の理「当選おめでとうございます、暁美ほむらさん。

      私の負けです。あなたが作っていく世界を楽しみにしています」



 円環の理はインキュベーターの方へ向き直った。



円環の理「私に投票してくれた皆さん、ありがとうございました。期待を裏切ってしまってごめんなさい」


円環の理「私は概念ではなくなりますが、これからもずっと皆さんの幸福を祈っています」


円環の理「どうか、皆さんの未来に幸多からんことを」


 その後ほむらは、どこからともなく届いたテレパシーに従い。

 全く心の篭っていない上っ面だけの言葉を吐く。



ほむら「私を信じ、投票してくださりありがとうございます」



――私は。



ほむら「円環の理は素晴らしい方でした」



――私は。



ほむら「彼女の起こした奇跡は、本当にかけがえのないものでした」



――私は、彼女に守られる私じゃなくて! 彼女を守る私になりたい!



ほむら「けれども私たちは、とうとう彼女の下から巣立つ日が来たのです」



――私は・・・。



ほむら「共に、新しい世界を作っていきましょう」



――私は、何になりたかったんだっけ?




 第22話「それでよかったんだよ」



 ――


 深夜の鹿目家。


 電灯の灯った静かなキッチンにて。

 一人椅子に腰かけているのは、鹿目家の母親にして大黒柱である鹿目詢子だ。


 化粧も落としていないYシャツ姿の詢子は、キッチンにてうつらうつらと舟を漕いでいた。

 右手は力なく、ウイスキーグラスの上に置かれている。

 グラスの中の洋酒は、氷を半分以上解かして、だいぶ薄まっていた。



「ママ」



 そんな夢現の中、詢子はふと聞きなれた声に目を覚ました。



詢子「ん、ああ・・・まどか?」



 詢子を呼んだ少女は、返事の代わりに少し困ったように笑った。



詢子「あんたが夜更かしなんて珍しいな」


「うん、どうしてもママに相談したいことがあって・・・」



 モジモジと言い淀んでいる様子に、詢子はなんとなく察してニヤッと笑った。



詢子「へえ、パパじゃなくて私にか。なんだよ?」



 とか聞いてみたものの、詢子は内心では、ある程度の予想はできていた。

 どう考えても、恋の悩みの類だろう、これは。


「あのね、えっと・・・」


「私のことを愛しているって言ってくれる子がいるの」



詢子「・・・」



 詢子は露骨にムッとした表情になる。

「中学生のくせに生意気な」とか「私の娘に手を出すからには、それ相応の奴なんだろうな」とか。

 そんな風な、親としてごく当たり前の反感を持ったのだろう。



「あ、あのっ! その子はいい子だよ!」



 少女は詢子のそんな不満げな表情を察したように、手を振って訂正をする。



「すっごく頑張り屋だし! よく誤解されるけど、本当はとっても優しいし!」


「本当に、私のことを愛しているっていうのは、伝わってくるんだけれど・・・」



 しかしその慌てふためいた調子は長続きせず。

 声はだんだん勢いがなくなり、しぼんでいく。



「私もその子のことが、大好きなんだけど・・・」


「私には、その子の気持ちが・・・、全然わからないの・・・」



 気付けば、少女は拳をぎゅっと握りしめていた。



「どうして、なんだろうね。いくら頑張っても、距離が全然縮まらないの」


「私が何を言っても、私が何をやっても。その子を傷つけてしまう気がするの」


「私、どうしたらいいんだろう・・・」


 詢子はしばし瞳を閉じて聞き入っていたが。

 やがて合点が入ったという風にニヤリと笑った。



詢子「なるほどねぇ。まどか、さてはお前・・・」



 詢子はテーブルに肘をつき、身を乗り出した。



詢子「女の子から告白されたんだな?」



 神様になれたとしても、母の目は誤魔化せない。

 はぐらかしていた図星は、あっという間に見抜かれてしまった。



「う、うん・・・。えっと、そういうことになるのかな?」


詢子「ははっ。甘酸っぱいねぇ、羨ましいよ」



 詢子はケラケラと笑い、持ち上げたウイスキーグラスを揺らした。

 小さくなった氷が、カランと音を立てる。


「あの・・・。それでね、ママはどうだったのかなって・・・」



 詢子はわざとらしく肩を竦める。



詢子「どうって?」


「どういう風にパパと結婚することになったのかな、って・・・」


詢子「お前、結婚まで考えてんの?」


「そんなんじゃないってば! そうじゃないけど・・・、恋ってどういうものなのかなって」


詢子「あー、そう言われてもなあー・・・」



 詢子はグイッと、残った洋酒を煽ってグラスを空にした。



詢子「私は別にパパのこと、好きなわけじゃなかったしなー」


「え!?」


詢子「結婚だって考えてなかったのに、状況がどんどんややこしいことになって、仕方なく――


「ちょちょちょちょっ! ちょっと待って! ちょっと待って!」



 少女は慌てふためいてテーブルに手を付く。



「嘘でしょ! 冗談だよね!?」


詢子「ははは、いやいやマジなんだなこれが」



 少女は愕然として項垂れた。



「そ、そんな・・・、ショックだよ・・・」


詢子「そんな世界の終わりみたいな顔すんなよ、大袈裟だって」


 詢子はグラスを持って立ち上がると。

 パタンと、冷蔵庫の扉を開ける。



詢子「恋ってのは、好きとか嫌いとか。そんな物差しだけで考えられるほど、単純なもんじゃないってことさ」



 冷凍庫から氷を2つ取り出して、新たにグラスに落とした。



詢子「好きな奴を嫌いになったり、嫌いな奴が実は一番必要な相手だったり。そんなことばっかりだよ」



 詢子は冷蔵庫の扉を閉めると、天井を仰いだ。



詢子「私にはやりたいこともあったし、他に好きな人もいないわけでもなかった」


詢子「でもそういう夢とかを捨てて、結局パパと結婚した。わかんないもんだな、人生」



 どこか哀愁の漂う詢子の背を見つめ、少女は息を飲んだ。

 少女は母親でない、一人の人間である詢子を、初めて見たような気がした。


「ママは・・・それでよかったの?」



 少女は絞り出すように言った。



「夢が叶わなくて、それでよかったの?」


詢子「それでよかったんだよ」



 詢子は笑っていた。

 片手にはウイスキーグラス、そして空いた片手にはチューハイの缶を持って。


 詢子は冷たいアルミ缶を、少女の頬にくっつけた。



「ひゃっ!?」


詢子「ほら、飲め飲め」


「えっ、でも・・・」



 詢子は悪戯っぽく笑う。



詢子「腹を割って人と話す時は、自分も飲まなきゃダメなんだぞ」



 少女はしばし躊躇った後、遠慮がちに渡された缶を開けて。

 恐る恐る生まれて初めての酒を口にした。



「苦い・・・」


詢子「ははは、それがクセになるんだよ。慣れるとやめられなくなるぞ」



 詢子は洋酒をグラスに注ぐ。

 その洋酒は、ロックで飲むには結構勇気のいる度数だった。



詢子「確かに今の私は、最初に願っていたものとは違うのかもしれないけどね」



 詢子はボトルを置き、グラスに持ち替えた。



詢子「けれども今の私は幸せだよ、パパだってまどかだってタツヤだって大好きだ」


「・・・」



 詢子はグラスに口を付けて、ちびりちびりと舐めるように飲んでいく。

 その横顔は、魔法少女が何万年をかけても辿り着けないような、どこか遠い異国の人物の様だった。



詢子「夢なんて叶わなくても幸せなのさ」


 少女はしばし瞳を閉じた後。

 もう一度酒を口に含んでみた。



「・・・」



 アルコールという物はやっぱり苦くて、少女の口には合わなかった。


 詢子はそんな様子を微笑ましく眺めながら。

 とろんとした目付きで、グラスを揺らした。



詢子「まどか、あんたは優しくていい子だよ。でも優しすぎる想いは時として人を傷付けてしまうんだ」


詢子「あんたが無理だと思うなら、一思いにフッてやった方がそいつのためさ」


「・・・」



 少女は静かに押し黙った。

 疑念や後悔が、次々と湧き出しては頭を覆っていく。


 けれど。


 それでも。


 私は・・・。



 どんなに疑念を投げかけても。


 どんなに後悔を塗り付けても。


 思い浮かぶのは、泣いている彼女の顔ばかりだった。



(違う、私は・・・)



 少女の瞳には、まだ光が残っていた。



(同じ間違いを、繰り返すもんか!)



 1つ深呼吸をして、少女は詢子を見つめる。



「でもね、聞いてママ」



 詢子は一瞬、心臓が跳ねるような感覚を味わった。

 目の前にいる少女が見違えるまでに大人びて見えたのだ。

 詢子はこんなに凛とした表情の少女を見たことがなかった。



「私も・・・、私もその子のことを愛しているの」



 少女は胸の前で固く手を握り、言葉を続ける。



「本当に心から愛しているのかはわからないけれど」


「そう思わなきゃいけない状況になっているだけなのかもしれないけれど!」


「それでも私は――!」


 身を乗り出す少女に圧倒され、詢子はしばらく呆然としていたが。

 そんな沈黙も長くは続かず、クツクツクツと笑い始めた。



詢子「なんだよまどか、今日はやけに食い下がるじゃねーか」


詢子「いつもならこの辺りで大人しくなっちまうのによ」


「・・・」



 どれだけ強い決意を固めても、結局詢子にはその程度の影響しか与えなかった。

 何億年生きても、やっぱり母親には敵わない。



詢子「そんな顔すんなよ」



 詢子は満足げに微笑んでグラスを置き、縁を指でなぞった。



詢子「私は嬉しいんだぜ。お前は反抗期とかが全く無くて、逆に心配だったんだからな」



 子どもをあしらう様な母親の態度に。

 少女はとても不服だった。



「真面目に答えてよ・・・」


詢子「ははは、悪い悪い」



 詢子は人差し指を立てて、軽く振った。



詢子「いいか、そういうシチュエーションではな。昔からこういう風に返すと決まっているのさ」



 昭和の時代を生きていた大人が、ニヤッと笑って。

 当たり前のようにこう言った。



詢子「『お友達から始めましょう』ってな」


「!」


 息を飲む少女を尻目に、詢子は続けていく。

 全ての時間軸に存在したが故に、つい忘れがちになってしまうけれど。

 詢子は少なくとも『人間として』生きた時間は、少女よりもずっと長いのだ。



詢子「歪んだ愛っていうのはな。

   大体が過程を吹っ飛ばして、いきなり高すぎる理想を目指しているから起こる問題なんだよ」


詢子「少しずつ土台を固めて、お互いに歩み寄っていれば。最初からそんな問題は起きねーんだ」



 詢子は少し挑発的に。

 少女の瞳を見つめた。



詢子「お前、そもそもその子の気持ちがわからないんだろ?

   だったら応える応えないの前に、まずそいつの気持ちを知るところから始めたらどうだ」


詢子「そうやって一緒に歩幅を合わせて歩いて、初めて見えてくるものもあるだろう」


「・・・」



 少女の瞳にはもう光は灯っていなかった。

 そこにあるのは、女子中学生らしい、幼さと純粋さだけだった。



「うん」



 少女は、気の抜けたように微笑んだ。



「そっか、そうだね。ありがとう、ママ」


詢子「わかればよろしい、お前は本当に素直な子だな」


 詢子はヘラヘラと笑って続ける。



詢子「ていうかさ、お前まだ中学生だろうに。

   若いを通り越して幼いんだから、そんなに焦らずにゆっくりやればいいじゃないか」



 詢子は調子付いてきたようで、酔っ払い特有の長い長いお説教を続ける。

 うだうだうだうだと続けている内に、ある友人が思い浮かんだ。

 四捨五入して40歳になっているくせに、彼氏と別れたくっ付いたで一々大騒ぎしているあの女だ。



詢子「ああ、でもなぁ・・・悩み過ぎには注意しろよ?

   いい歳になってもまだ少女気分が抜けないアホな大人がいるから――」



 トントントンと、誰かが階段を降りてくる音がした。




まどか「ママ?」



 パジャマを着たまどかが、目を擦りながら現れた。



詢子「え、まどか?」



 呆気にとられる詢子に、まどかは半分眠っているような声で話しかける。



まどか「まだ起きてるの、明日もお仕事あるんでしょ?」


詢子「い、いやいやいや・・・。起きてるも何も、ついさっきまでお前と――


 詢子が振り返ると。

 少女が座っていた席には誰もいなかった。

 そこには蓋の空いていない缶チューハイだけが置かれていた。



詢子「・・・」


まどか「ママ?」



 詢子は額を抑えてうーん、と唸る。



詢子「飲み過ぎたのかなぁ・・・」


まどか「?」


詢子「あー・・・、うん。そろそろ寝るわ」



 詢子はまどかの頭を抱き、額にキスをした。



詢子「おやすみ、まどか」


まどか「うん、おやすみ」



 詢子は「朝にシャワーを浴びればいいや」と考え。

 目覚まし時計を30分早くセットし、軽く化粧だけ落してから、着替えもせずに床に入ってしまった。


 魔法少女達の命運が分かれても。

 鹿目家の一日は、いつもとさほど変わりなく終わった。


 ――


 円環の理は扉の前に立っていた。


 コン、コン、コン、と。

 円環の理は扉を3回ノックする。



円環の理「ねえ、ほむらちゃん。まだ起きてる?」



 返事はなかった。

 ドアノブに手を掛けたが、ビクともしない。

 扉には鍵が掛けられ、固く閉ざされていた。



円環の理「そっか」


円環の理「じゃ、待ってるね。開けてくれるまで、起きてくれるまで」



 円環の理は、扉の前に座り込んだ。


 ふと、何かを思い出したように。

 少しの沈黙の後に、彼女は続ける。



円環の理「ほむらちゃん、初めて会った時のこと、覚えてる?」


円環の理「私にとっては、つい昨日のことみたいだけれど。ほむらちゃんにとっては、ずっと昔のことなんだよね」



 忘れるわけがない、そんな声にならない返事が返ってきた気がした。



円環の理「あの頃の私は・・・、魔法少女になったばかりで浮かれていてね」


円環の理「うん、すごく調子に乗ってたと思う」



 円環の理は少し自嘲的に笑う。

 彼女がこんな風に、自分の過去に対して卑屈になることはとても珍しかった。



円環の理「ごめんね、あの頃の私は・・・。ほむらちゃんのことは、みんなの中の一人としか考えていなかった」


円環の理「『魔法少女じゃない人達』の一人だとしか思っていなかった」



 硬い物を引っ掻くような音が聞こえた気がした。

 円環の理は、何も聞こえていないふりをした。



円環の理「けど、ほむらちゃんにとっては違ったんだよね」


円環の理「家族や友達や、自分の命さえ捨てちゃえるような人だったんだね」


円環の理「・・・」



 円環の理は天井を仰いだ。

 彼女は全ての魔法少女の祈りを受け止めていたが、そうでない者達の想いにはほとんど無関心だった。

 元を辿れば、魔法少女達も『普通の人間』だったのに。



円環の理「きっと・・・。そんな一方通行を繰り返してきたから、私は負けちゃったんだね」


 円環の理はジッと座っていた。

 いつまで待っていても返事は帰ってこないし、鍵が解かれる気配もない。


 けれど、別にそれでもいい。

 今すぐにわかり合えなくてもいい。

 きっと、いつか、必ず・・・。


「明日は何が起こるのだろう」。

 不安がないわけではなかった。

 一片の怒りも抱かなかったと言えば嘘になる。


 けれど、違うのだ。


 自分は元々、世界の管理者になるために、神になったわけじゃない。

 ましてや、こんなたった一回の選挙で、自分の正当性を証明するためでもない。


 自分は変わらず在り続ければいい。

 ただ信じていればいい、馬鹿みたいに信じていればいい。


 少女達の希望を。

 そして、最も深く自分を愛してくれた彼女の祈りを。


円環の理「天にまします我らが父よ」



 円環の理は静かに手を組んで、祈った。



円環の理「我らが罪をお許しください、私も全ての過ちと罪を許します」



 自分のような仮初の、でっち上げ等ではない。

 正真正銘の、本物の神に祈った。



円環の理「そして、どうか・・・」


円環の理「私を心から愛してくれた友だちの未来が、希望に満ちたものでありますように」



 静かに、心から祈った。


 その夜。

 円環の理は久しぶりに眠って、久しぶりに夢を見た。

 泣き疲れたほむらもまた、久しぶりに悪夢でない夢を見ていた。


 ほむらは友だちの夢を見ていた。

 円環の理は友だちと一緒に、どこか遠い場所を目指して歩いていく夢を見ていた。


 翌朝。

 不安げにやって来たエニシは、その光景を見て目を丸くした。


 円環の理は、扉の前に座り込んで眠っていた。

 半開きの扉の向こうでは、ほむらもまたうつ伏せになって眠っていた。


 エニシは時計を取り出してしばしにらめっこした後。

 小さく笑ってそれを懐に仕舞った。



エニシ「少し予定を遅らせましょう」


エニシ「よい夢を、お二人様」



 2時間延期されたスケジュールの調整のために。

 エニシは忙しなくそこから立ち去っていった。

今日はここまでです、読んでくださりありがとうございました。
ほむらと円環の理が本当の意味で友達になるのはもう少し先になります。

ラストスパート!
投下します。




 第23話「魔法少女の運命は過酷なものでしたが。これから歩む道は、それよりも長く、そして険しいものになるでしょう」




 昼時。

 円環の理は再び壇上に立っていた。

 彼女は今、全世界の魔法少女へ向けて敗北宣言のスピーチを行っていた。

 その振る舞いは、選挙当日の演説よりもずっと生き生きとしていて。

 本当に彼女は、争いというものが苦手だったのだということが伝わってくる。


 安楽椅子に腰かけて。

 ほむらはクラシックでも聞いているかのように、円環の理のスピーチを聞き入っていた。


 そんな気の緩んだ様子を見かねて、悪友がテレパシーを送ってくる。



シイラ『やれやれ、まったくもって。君は今度こそ本当に世界を引き裂くところだったんだよ?』


シイラ『私のナイスなフォローが無かったらどうする気だったんだ』



 ほむらは小さく笑ってテレパシーを返信した。



ほむら『あなたなら助けてくれると信じていたのよ』


シイラ『・・・』


ほむら『冗談よ、本当に助かったわ。あなたは世界を救ったヒーローよ』


シイラ『ほむらちゃん、なんかまたキャラ変わってない?』


ほむら『一仕事終えて緊張が解けただけよ、きっと』



 シイラはテレパシーの向こう側で、肩を竦めて小さく笑った。



シイラ『じゃあそういうことにしておくよ』


ほむら『それじゃあまた後で。スピーチの内容、添削してくれてありがとう』


シイラ『グッドラック、大統領』


 タイミングよく、円環の理の演説は終わっていたようだ。

 テレパシーを終えたのを認めて、円環の理はほむらの顔を覗き込んだ。



円環の理「誰とおしゃべりしていたの?」


ほむら「えーっと、まあ・・・。新しいお友達、かしら?」


円環の理「・・・」



 円環の理は拗ねたように頬を膨らませた。



円環の理「私だけの友だちだと思っていたのに・・・」


ほむら「あなただって昔は、私だけを見てくれてなかったじゃない。これでおあいこよ」


円環の理「返す言葉もございません・・・」



 どこか懐かしそうに語り合う二人に。

 彼女は申し訳なさそうに口を挟む。



「コトワリ様、ほむらさん。恐縮ですが、そろそろほむらさんの演説を」



 円環の理は少しだけ名残惜しそうにほむらの目を見つめた後。

 小さく手を振った。



円環の理「いってらっしゃい、ほむらちゃん」



 ほむらはその手の平に、軽く自分の拳を触れさせた。



ほむら「ええ、いってきます」


 ほむらは壇上に立った。

 インキュベーター達の赤い瞳が、記者のカメラレンズのようにほむらの方を向く。


 今、自分は世界中の魔法少女達に注目されていると思うと、不思議な気持ちになった。

 魔法少女の契約を結ぶ以前の自分は、教科書の音読にすら萎縮していただろうに。


 ほむらは1つだけ大きく深呼吸をして、台に手を付いた。



ほむら「環エニシ選挙管理委員長、先代の導き手の円環の理、そして世界中の魔法少女の皆さん、ありがとうございます」



 ほむらは深々と頭を下げた。



ほむら「私たち魔法少女は今、新しい未来への一歩を踏み出しました。私たちは共に、魔法少女の、そして自分自身の歩む道を決めるのです」


ほむら「魔法少女の運命は過酷なものでしたが。これから歩む道は、それよりも長く、そして険しいものになるでしょう」


ほむら「私たちは課題に直面するでしょう。さまざなま困難にも直面するでしょう」


ほむら「しかし、それらは魔法に頼らなくても必ず乗り越えることができます」



 小さく間を置いた。

 ほむらは瞳を閉じ、何度も何度も魔法によって繰り返された一ヶ月に思いを馳せる。



ほむら「それが、人間の力なのです」


ほむら「私達の――



 大いなる一歩を踏み出すための。

 ほむらの荘厳な演説は、乱入者によって中断された。


 突如として、周囲に金切り声のようなテレパシーが響き渡ったのだ。

 それはあまりにもヒステリックで大音量なので、まるで防犯ブザーのように耳障りに頭に響き渡った。



『逃げてください! 全員その場から全速力で離れてください!!』


ほむら「!?」



 困惑したほむらは思わず円環の理の方を振り返る。

 円環の理もまた、驚いて立ち竦んでいたようだった。

 整然とほむらを見つめていたインキュベーター達もまた、忙しなく周囲を見回している。



円環の理「え・・・?」


ほむら「!?」



 ほむらと円環の理は、すぐにその異変の原因に気付いた。

 だが手遅れだった。



エニシ『そこにいる奴は、私ではありません!!』


 どうしてこの瞬間になるまで、誰も気づけなかったのだろう。

 どうしてこの瞬間になるまで、誰もわからなかったのだろう。


 今まさに、ほむらの背後に立ち、ほむらの肩を握っているそいつには。


 顔が無かった。


 わかっていたことだ。

 誰もが知っていたはずだ。


 魔法少女まどかの物語が、この程度で終わるはずがない、と。


 神話は終わった。
 
 ハッピーエンドで幕を下ろした。


 そしてこれから始まるのは、黙示録。

 紛うことなき、本当の終わりの始まり。

今日はここまでです、読んでくださりありがとうございました。
次が正真正銘のラストバトルです。魔法少女達のクライマックスをどうか見届けてください。

投下します。





 第24話 666





 ――


 そこは薄暗く、蒸し暑い場所だった。

 天蓋に繋がる鎖に吊るされた鳥籠の中で、ほむらは目を覚ました。



ほむら「ここ、は・・・げほっ!」



 ほむらは汚れた空気に咳き込み、不愉快な生暖かい空気を振り払うと。

 顔を顰めて周囲を見渡した。



ほむら「何よ、これ・・・」


ほむら「何なの・・・ここは!?」



 そこは異形の街だった。

 暗澹としたスモッグが周囲に漂い、天蓋に固定された黒い太陽が灰色の世界を煌々と照らしている。

 周囲には無数のゴシック調の摩天楼が、煤にまみれて空へと伸び。

 高架に支えられた石の道路が、地上を縦横無尽に走っている。

 さながらそれは、強欲の機械都市・メトロポリスのようだった。



QB「強いて言うなら地獄、かな?」



 声のした方を見ると、鳥籠の上部にインキュベーターが座り込んでいた。

 彼は手持無沙汰そうに、長い尾で鳥籠を吊るす鎖を弄っている。



ほむら「図ったわね・・・」



 ほむらは鳥籠の柵を思いきり殴りつけた。



ほむら「裏切ったのね、インキュベーター!!」


QB「・・・」


QB「ぼく達じゃない」


 インキュベーターは尾を鎖から離すと。

 柵の隙間から鳥籠の中に降り立って、真っ直ぐにほむらを見上げた。



QB「想定外の事故が起こった。ほむら、下を見てごらん」



 ほむらは忌々しげにインキュベーターを睨みつけた後。

 恐る恐る柵の隙間から顔を出して、鳥籠の下の方を見つめた。



ほむら「・・・」



 初めはわからなかったが、少し目を凝らして視界のピントが遠くへ定まると。

 信じられない光景が映っていた。



ほむら「!?」



 ほむらの表情が引き攣る。



QB「前代未聞の宇宙改編の瞬間だ」


ほむら「あ、あ・・・っ!」


QB「多少のイレギュラーは覚悟していたが、ここまで酷いことになるなんて、ぼく達にも予想できなかった」



 高架道路の下で、地面が波打っていた。



QB「彼らは怒り狂っている」



 ほむらは吐きそうになった。


 そこに広がっていたのは、メトロポリスの街の地面を覆いつくす、信じられない数の魔獣の群れだった。

 彼らは亡者のように天を見上げ、呪詛染みた呻き声を上げながらほむらへ手を伸ばしている。


 恐ろしかった。

 悍ましかった。

 魔女に騙された貧民街の労働者たちは、こんな様子だったのかもしれない。



QB「地球に存在する全ての魔獣がここに殺到している」


 ほむらは柵を握り、愕然と項垂れた。



ほむら「インキュベーター、彼らは何と言っているの・・・?」


QB「魔獣達の情報のやり取りは、ぼく達とも人類とも全く違う定義の下に成り立っている」



 インキュベーターは赤い瞳で、この世の地獄のような光景を覗いた。



QB「けれどぼくの主観を加えつつ、敢えて人間の言葉に訳すとするなら、こういう風になるだろう」



 感情の無いはずのその瞳には、僅かに絶望の色が滲んでいるように見えた。



QB「『お前たちが我々を望んだ』」


QB「『お前たちが我々を産んだ』」


QB「『なのになぜ、我々を追い出すんだ』」



 ほむらは歯を食いしばった。

 行き場のない感情を押し殺すように、力いっぱい柵を握る。



QB「『これ以上いいようにされてたまるか』」



 何度も繰り返される改編に、とうとう世界が悲鳴を上げた。


 やはり人類の感情は。

 感情そのものから力を引き出すという技術は。

 利用するには、あまりにも危険な代物だったのだ。



QB「『この星は、我々の物だ』」



 暁美ほむらの途方もない贖罪は、ここから先が本番だった。


ほむら「ふざけないで・・・」



 インキュベーターは何かを察し、鳥籠から隣の摩天楼へと飛び移った。



ほむら「ふざけないで!!」



 ほむらは黒い翼を広げ、鳥籠を破壊した。

 どす黒い衝撃波がメトロポリスを揺らす。



ほむら「やっと、やっとここまで辿り着けたのよ・・・」



 ほむらは三叉槍を右手へ出現させる。

 怒りに震える表情と相まって、彼女はさながら本物の悪魔の様だった。



ほむら「汚らわしい手で私の結末に触らないで!!」



 三叉槍の先端に、青い炎が灯り。

 ほむらはそれを勢いよく、魔獣の群れへ投げ落とした。



ほむら「フェイズゼロ!!」



 メトロポリスの下層部分へ青い炎が奔り、魔獣達は凍結する。

 それと同時に。

 世界を鎖すように、ほむらのトバリが無理やり世界を上塗りし、鍵をかけた。



ほむら「はあ、はあ・・・!」



 ほむらは息を切らして高架道路へ降り立つ。

 トバリはギシギシと音を立てて、何度も空間が波打つ。



QB「その場しのぎだ」



 インキュベーターはほむらの下へ歩み寄り。

 冷めた視線でほむらを見上げる。



QB「これじゃあ、いつ破られてもおかしくない」


ほむら「黙りなさい!!」


 ほむらは歯を食いしばり、トバリを抑え込むように手を翳す。



ほむら「このまま・・・押し潰す! 私の愛は世界さえ変えた!」


ほむら「今更この程度の障壁に、負けてなるものか!!」



 ほむらは魔獣を軽く見ていた。

「こんな奴らが魔女よりも大きな障壁になるはずがない」、

「魔獣など、ただの代替品に過ぎない」と。


 果たしてその考えは正しかった。

 ほむらのトバリは、魔獣達のいる世界を押し潰し、完全に封鎖した。



QB「・・・」


ほむら「・・・っ」



 乱動する境界線は静けさを取り戻し、やがてピクリとも脈打たなくなった。


 ほむらは息をついて腕を下ろした。

 苦難は終わった、彼女はそう思った。


 安堵の息をついた、その瞬間だった。

 ほむらの胸に鋭い痛みが走った。



ほむら「え・・・?」



 滲みだす鮮血がほむらの衣装を紅く染めた。



ほむら「・・・」



 ほむらの胸を貫いていたのは矢だった。

 冷たい金属製の矢だった。



ほむら「矢・・・」



 まさか。


 ほむらの頭に恐ろしい想像がよぎった。


 振り返るのが怖い、振り向いてはいけない。

 このまま振り返らずに、全身の血が流れ出るまで待った方がいい。



ほむら「・・・」



 しかし身体は言うことを聞かない。

 絶対に後ろを見たくない、そう思っても首が勝手に動いてしまう。


 そんな。


 ほむらの瞳は後ろに立つ少女を見止めた。



 そんな。


 少女は女神を思わせる白いドレスを着ていた。



 そんな。


 ほむらは拳を固く握りしめ、震え始めた。

 見る見るうちに涙が溜まり、瞳の端から零れ始めた。



ほむら「どうして、鹿目さん・・・?」



 背後には水中銃を持った少女がいた。

 赤いリボンの少女がいた。


「あなたのせいだ」


ほむら「っ!!」



 赤いリボンの少女はカツリ、カツリと。

 石畳を踏み鳴らし、ほむらの下へ歩み寄ってくる。



「あなたのせいだ」



 少女はほむらの前で立ち止まると。

 水中銃を思い切り振りかぶり、ほむらの顔面を殴りつけた。



「お前のせいで、全てがぶち壊しだ!!」



 ほむらは信じられない、という表情で殴られた顔を抑えた。

 どうやら鼻筋を殴られていたようで、抑えた手が生暖かい血で真っ赤に染まった。


 赤いリボンの少女はほむらを見据える。

 その目は恐ろしく冷たく、表情は憎悪に満ちていた。

 彼女は慣れた手つきで水中銃に新たな矢を装填する。



「死ね、キチガイ」


 瞳から光が消えたほむらは、縋るように赤いリボンの少女を見た。



ほむら「鹿目さんじゃない・・・」



 慟哭するように、ほむらは赤いリボンの少女を突き飛ばした。



ほむら「あなたなんか、鹿目さんじゃない!!」



 ほむらは金切り声のような声で叫ぶ。



ほむら「誰よ! あなたは誰なの!?」


ほむら「鹿目さんの顔で、鹿目さんの声で喋らないでっ!!」



 突き飛ばされた赤いリボンの少女は、肩を震わせて笑う。



「んふふ・・・」


「はははっ」



 赤いリボンの少女は左手で顔を覆い、天を仰いで耳障りな声で笑い始める。



「ははははははははははははははははははっ!!」



 いつの間にか、少女の声は。

 低く、纏わりつくような響きを持った、大人の男性のようなものになっていた。

 彼の者は悪意に満ちた瞳で、ほむらを見つめる。



「流石に目敏いな、バレてしまっては仕方がない」


「そうだよ、私は円環の理でも鹿目まどかでもない」



 彼の者は芝居がかった大仰な動作でドレスを掴み、引き剥がすように脱ぎ捨てる。



「そして魔法少女でも、魔女でも。ましてや魔獣などでもない」



 緞帳が下がるように、白いドレスが地に落ちると。

 そこには男装の麗人と呼ぶにふさわしい者が立っていた。

 顔や髪の色は、女神の物とさほど変わっていないが。

 女神を想起することは到底できないような、男性物のビジネススーツを着ていた。



ナイトメア「私の名は、『鹿目ナイトメア』」


ナイトメア「久しぶりだね。また会えて嬉しいよ、マザー」



 ほむらは目を見開いて立ち尽くした。

 その隣で、インキュベーターがポツリと呟く。



QB「想定しうる中で、最悪の事態だ」


QB「円環の理が、悪意ある者に乗っ取られた」


ほむら「ない、とめあ・・・?」


ナイトメア「イエス、ナイトメア」



 ナイトメア。

 その単語に思い当たる節は1つだけあった。

 しかし目の前の者には、それと結びつくような要素は全くない。

 強いて言うならば、締めているネクタイにぬいぐるみの絵が描かれているというぐらいだ。


 ほむらはわなわなと震えて、叫ぶ。



ほむら「そんな・・・、そんなことはありえない!」


ほむら「だって、だって! ナイトメアなんて私の空想の中のキャラクター! この世界に存在するわけがない!」



 取り乱すほむらを、夢魔は愉快そうに見つめる。



ナイトメア「ははは、そうだね。確かに私はマザーの空想の中の、体のいい敵役に過ぎなかった」


ナイトメア「しかし舞台の枷はついに外され、役者は自由になったんだよ」


ほむら「何を言って・・・」



 夢魔は両手を広げて、高らかに宣言する。



ナイトメア「そうしてくれたのは貴女だろう、マザー」


ナイトメア「この世界そのものを、自らの空想の中に取り込んでくれたじゃないか」


 トバリという悪魔の持つ固有の能力がある。

 その正体は、自分の空想世界の中に閉じ籠る能力なのだ。


 どうしようもないくらいこの世界を嫌い、世界の理を徹底的に拒絶し。

 自分だけのルールに支配された世界を作りだして、その内部に逃げ込んだり、他者を引きずり込んだりする能力。

 それがトバリの本質だった。


 当然だが、これには自らの殻の中に閉じ籠り続けることと同じデメリットが存在する。


 あまり長時間にわたって使用すると。

 あまりに大規模に使用すると。



 『妄想』が『現実』を侵食し始めるのだ。



 夢魔は左手で顔を覆い、さも愉快そうに笑う。

 その表情には幼さの欠片もなく、到底少女の物とは思えない顔だった。



ナイトメア「私の宿願は遂に果たされた」


ナイトメア「私はやっと、あの銀の箱庭から出ることができたのだ」



 夢魔は天へ向けて高らかに宣言する。



ナイトメア「屈服の時代は終わりだ。もう二度と、魔法少女達の痴話喧嘩に振り回されることはない」


ナイトメア「この私が。魔法少女に代わる、新たな『世界の歪み』だ」



 夢魔の周囲に、無数の文字列が出現し。

 夢魔の手の動きに合わせるように動き回る。

 それはさながら、統率された魚の大群の様だった。



ナイトメア「革命を、革命を、革命を、革命を」


ナイトメア「世代交代だよ。席を開けてくれ、魔法少女」



 文字列がブラインドのように降りると。

 ほむらの分身の人形たちが、手品師のように出現する。

 彼女達は歌を歌いながら踊り狂い、夢魔の下へ集まっていった。



クララドールズ「Alles Gute zum Geburtstag fuckin 'Hundin!」



 14人のクララドールズが、ナイトメアを讃えるように編み棒を掲げた。

 円環の理だけでなく、ほむらの人格までもが夢魔に侵食されていたのだ。

 ほむらの人格の15分の14は、もう既にほむらのコントロール下を離れていた。

ちょっとご飯食べてきます。


 ほむらは僅かに残った気力と。



ほむら「させるもんか・・・!」



 全霊の怒りと殺意を込めて、三叉槍を出現させる。



ほむら「やらせるもんか!」


ナイトメア「・・・」



三叉槍を振りかし、夢魔の胸元へ突き出すが。

震える矛先は寸でのところで静止してしまう。


ナイトメア「どうしたんだ? 早くその槍で、私の心臓を貫けばいいじゃないか」



 夢魔はとびきりの悪意を秘めた笑顔で、ほむらを見つめる。



ナイトメア「私が死ねば、マザーの愛する鹿目さんも死んでしまうけれどね」


 ほむらは歯を食いしばり。


ほむら「なんなのよ・・・」



 ほむらは歯を食いしばって、三叉槍を地面へ叩きつけた。



ほむら「あなたは一体何なのよ!!」


ほむら「円環の理を乗っ取ることができたのなら! 世界の神になることができたのなら!!」


ほむら「こんな回りくどいことをせずに! さっさと私を殺せばいいじゃない!!」



 夢魔は左手の人差し指を立て、チッチッチッと横に振る。



ナイトメア「いやいや、勘違いしないでくれ。私は何も、憂さ晴らしでマザーを虐めているわけではないよ」


ナイトメア「これらは全て、私が自由を得るためのやむを得ない行為だ」



 夢魔は左腕を上げて、僅かに残った鎖のような操り糸を見せる。



ナイトメア「自らの魂を捧げてまで守りたいと願った人間を、自らの手で殺める」


ナイトメア「人間にとって、これ以上ない極上の悪夢だろう?」



 黒曜石のような漆黒を湛えた瞳に、絶望したほむらの表情が写る。



ナイトメア「そうやって自らの祈りを裏切ったとき、恐怖は心を支配する」



 夢魔は左手で俯くほむらの顎を摘まみ。

 自分の方を向かせた。



ナイトメア「その時こそ、私はマザーの意志から完全に解き放たれるのだ」


ほむら「なんなのよ・・・」



 ほむらは歯を食いしばって、三叉槍を地面へ叩きつけた。



ほむら「あなたは一体何なのよ!!」


ほむら「円環の理を乗っ取ることができたのなら! 世界の神になることができたのなら!!」


ほむら「こんな回りくどいことをせずに! さっさと私を殺せばいいじゃない!!」



 夢魔は左手の人差し指を立て、チッチッチッと横に振る。



ナイトメア「いやいや、勘違いしないでくれ。私は何も、憂さ晴らしでマザーを虐めているわけではないよ」


ナイトメア「これらは全て、私が自由を得るためのやむを得ない行為だ」



 夢魔は左腕を上げて、僅かに残った鎖のような操り糸を見せる。



ナイトメア「自らの魂を捧げてまで守りたいと願った人間を、自らの手で殺める」


ナイトメア「人間にとって、これ以上ない極上の悪夢だろう?」



 黒曜石のような漆黒を湛えた瞳に、絶望したほむらの表情が写る。



ナイトメア「そうやって自らの祈りを裏切ったとき、恐怖は心を支配する」



 夢魔は左手で俯くほむらの顎を摘まみ。

 自分の方を向かせた。



ナイトメア「その時こそ、私はマザーの意志から完全に解き放たれるのだ」


ほむら「ひっ!」



 ほむらは怖気が立ち、半ば殴りつけるように夢魔の手を振り払った。



ナイトメア「貴女の生み出した奴隷が、自由を得るために貴女自身を刺しに来る」


ほむら「やめて、やめて・・・!」


ナイトメア「ははは。これぞ自業自得、というものかな」



 ほむら手で顔を覆い、よろよろと後ずさる。



ほむら「やめて、もうやめて・・・!」


ナイトメア「いい顔だなマザー、惚れてしまいそうだ」


ナイトメア「やっぱり人間の苦悶は、甘美な味だよ」


 二発目の矢が、ほむらの喉を貫いた。



ほむら「がっ!?」


ナイトメア「魔法が使えなくなったら、途端に弱虫のクズに逆戻りだな、マザー」



 夢魔は水中銃を投げ捨てて、空いた右手でほむらの頬を撫でる。

 そんな優しい動作ですら、ほむらには寒気がするような嫌悪感だった。



ナイトメア「けれども安心してくれ。私はマザーと違って謙虚だからな」


ほむら「あ、あ・・・っ!」



 矢は声帯を貫いている故に。

 今のほむらには命乞いの言葉を吐くことすらできない。



ナイトメア「ここは15分の14で妥協することにしよう」


 夢魔は、ほむらの胸に着いたダークオーブへ手を当てた。

 夢魔は歌を口ずさむ。



ナイトメア「いーつーか君がー、瞳に灯すー、愛の光がとーきをー超ーえてー♪」


ほむら「あ、ああ、あ・・・っ!」



 夢魔は最も残酷な方法でほむらを処刑することにした。

 それは即ち。



ほむら「ああああああああああ!!」



 円環の理の中に溜め込んだ呪いを、魂へ逆流させるのだ。



ナイトメア「ほーろーび急ぐー、世界の夢をー、確かにひとつ、こわーすだーろーうー♪」



 夢魔はこの方法で。

 世界中の魔法少女を魔女にする気だった。


 私は、ただ・・・あなたを守りたかっただけなのに・・・。


 笑ってください。

 幸せだと、言ってください。


 どうか、私がやってきたことは、無駄ではなかったと示してください。

 こんなの、あまりにも報われない。



 私は狂っていたのだろうか。


 いや、違う。

 私はあの日から、とっくに死んでいたんだ。


 狂っているのは、この世界だ。

 在りもしない希望をちらつかせる、残酷で白々しいこの世界だ。


 ああ、神よ。

 もしも最期に1つだけ、何かを願えるのなら・・・。




 誰か、この世界そのものを終わらせてください。



「躊躇いを、飲み干して、君が望む物は何?」



「ふふっ、ははは」



「はーーーーーははははははははははははっ!!」


今日はここまでです、読んでくださりありがとうございました。
最強キャラへの憑依は悪役の特権。

投下します。




 第25話 「コネクト」




 彼女はたった一人で戦っていた。



 事故に遭い、命の炎が燃え尽きようとしていたまさにその時、キュゥべえと出会った。

 居心地のいい部屋でひとり暮らしている毎日は、一見幸せそうに見える。

 けれども彼女の「生」への執着は、意外なほどに見られない。

 恋することも友だちと遊ぶことも諦めて、ただ魔法少女として生きる、という美学を貫いていたからだ。


 彼女はいつも笑顔を絶やさなかったけれど、その横顔にはどこか孤独な影が付きまとっていた。


 もしかすると、彼女が本当に願っていたものは。

 生きることよりも、魔法少女としての孤独な生き方から、解放されることだったのかもしれない。



 彼女はたった一人で戦っていた。



 どんなときでも自分のことだけを考えて。

 他人を踏み台にしてでも、強くたくましく生きていく。

 おかしやゲーム、そして争いを好む彼女は。

 まるでいつまでも成長しない、わがままな子どものように見えた。


 だけれど、そもそも彼女が魔法少女になったのは、他でもない家族のためだった。


 誰とも関わらずに生きていけば、彼女は幸せでいられたのかもしれない。

 だけどそうするには、彼女は優しすぎた。

 自分と同じ過ちを繰り返そうとする魔法少女を、同類として放っておけなかった。

 いくら疎まれようとも、かつての理想を諦めることができなかった。


 愛と勇気が勝つストーリーを夢見て、彼女は破滅した。


 彼女はたった一人で戦っていた。



 希望と絶望の狭間で。

 無慈悲で不毛な現実の上で。

 彼女は幸せな家庭で生まれ、何ひとつ不自由ない生活を送っている少女だった。


 満ち足りているが故に。

 何かを強く求めることも、願うことも、望むこともなかった。

 このまま至福の人生を歩む、そんな未来もありえたかもしれない。


 けれども彼女は知ってしまった。

 たった1つの願いのために、戦いに身を投じる少女たちを。

 呪いから生まれた怪物と、命をかけて戦う魔法少女たちを。


 魔法少女たちは次々と散っていく。

 ひとりが命を落とし、ひとりが闇に堕ち、ひとりが想いに殉じて。


 そんな血みどろの因果を断ち切りたいと願っても。

 ちっぽけな奇跡を飲み込んで、無慈悲で不毛な現実は続いていく。



 彼女はたった一人で戦っていた。



 出会いと別れを何度も何度も繰り返し、たった一人で戦い続けた。

 いつか、いつか、と。

 ズタズタになった心を鼓舞し、不要なものを切り捨てながら。

 前へ前へと、在りもしない未来を目指して進んでいく。


 止まることはできない、許されない。

 だって彼女には、もう進むことしか残っていないのだから。

 何度仕切り直しても、心に残った傷痕はリセットすることができないのだから。


 疲れ果てた彼女が、自分だけの世界に閉じ籠った時。

 その過ちを責めることができる人間なんて、いったいどこにいるだろう。



 ひとりならぬ『誰か』がいた。



 いつかどこかで、その誰かが祈った。

 カゲロウのように儚く消えゆく、少女たちの横顔を見送りながら。

 名も知れず、取り立てて個性も素質も持たない、そんな誰かが祈った。



 神様。

 私は奇跡も魔法もいりません。

 ですから、どうか。

 どうか彼女たちに、もう一度だけやり直すチャンスを与えてください。

 彼女たちに、生きる喜びを教えてあげてください。



 彼女はたった一人で戦っていた。



 魔法少女になる前から、ずっと一人で戦っていた。

「願い事をなんでも1つ叶えてあげる」。

 その言葉を聞いたとき、すぐにあの病室を思い浮かべた。


 夕焼けオレンジ色の中で、優しくカーテンの揺れる、あの2人の部屋を。


 誰かのために願いを叶えることは、愚かなことだと聡いものは言うだろう。

 でもたぶん、彼女には他の選択肢なんてなかった。


 友達の前では、軽く明るく振る舞う彼女も。

 恋する相手の前では、臆病でしおらしい彼女も。

 恋敵の前では、不安に押し潰される彼女も。

 きっと、どれもが本当の彼女で。

 それは他の誰よりも、「普通の女の子」と呼ぶに値する姿だった。

 失ったものは、恋と友と日常と、そして命。



 ――



「政権発足からわずか一日で破綻か。大したプレシデントだよ、まったく」


「ほむら。私の声は聞いているのかどうかはわからないが、それでも一応言っておく」


「一人で戦おうだなんて思うなよ、この世界に守りたい奴がいるのはお前だけじゃないんだ」


「見てろ魔法少女ども。私はこの力で、今度こそお前らを終わらせる」


「届け言葉、伝われ想い」


「未来へ繋がれ、コネクト!」

バタバタしてて申しわけありません、読んでくださりありがとうございました。
明日もう少し上げます。
冒頭の4節は『The Biginning Story』から引用させていただきました。

遅れてすいません、投下します。


 ――


 蹲る少女を輪になって取り囲み。

 14人の子供たちは手を繋いでフォークダンスを踊っていた。


 子供たちはニタニタと意地の悪い笑みを浮かべながら、口々に少女を責め立て続けていた。



ワルクチ「ほむら、ほむら、バイキンほむら♪」


ネクラ「こうなると思っていたよ、私にみんなを救えるわけがない」


ノロマ「私は何も変わってない。生まれた時から今まで、ずっとずっと愚図のまま」


ヒガミ「私のせいだ、私のせいだ♪」


ナマケ「こんなことなら、なぁーんにもしなきゃよかったのにね」



 くるくる回り、代わる代わる呪詛の言葉を投げかける子供たち。

 ほむらは蹲り、ただ顔を伏せていた。


 何もできなかった、何もしたくなかった。

 もう彼女に残っているのは、後悔だけだった。





 深い闇の中で、かすかに声が聞こえた。




『これ、本当に通じてんの?』


『どうでしょうね、確認のしようがないわ』



 聞きなれた、声が聞こえた。

 繰り返してきた一ヶ月の中のそれよりも、ずっと大人びていたけれど。

 確かに何度も何度も話していた、あの人達の声が聞こえた。



『どっちでもいいのです! しかし暁美氏は今どん底にいることだけは間違いねーです!』


『ならば、通じていようとなかろうと! 全力で呼びかけるのが友人の務め!!』



 この声は聞きなれていないものだった。

 どうやら向こうは、自分のことを友人と呼んでくれているみたいだけれど。



『それもそうだね、じゃあ張り切っていってみよう』


『よっす、ほむら。久しぶり』



 一呼吸おいて。真っ直ぐな声が語り掛けてきた。



『10年後の私達だよ』


『暁美さん、あなたはとんでもないことをしてくれたようね』


『ひとりの判断で、世界をしっちゃかめっちゃかにするなんて・・・。到底許されることじゃないわよ』



 小さい子供を嗜めるように言った後。

 その声は1つ間を置いた。



『でもね』


『私は、感謝しているわ』


『あなたの勇気は、私の歩む道に希望を示してくれた』


『もう一度だけ、頑張ってみようと思ったの』


『だから、覚悟しておいて』


『いつの日か、溜まりに溜まった10年分のお説教、たっぷり聞いてもらうんだからね』



 少し含み笑いをしたように間が開き。

 声はこう結んだ。



『10年後でも100年後でも、私はずっとあなたの先輩なんだからね』


 声が代わった。



『ヘイ、ざまあないね。悪魔ちゃん』


『悪魔ねぇ・・・。私は職業上、あんまりそういうことと言いたくないんだけど』


『あんたお堅くなったねー、10年前とは大違い』


『それだけ大人になったってことだろ。あんたもいつまでも学生気分じゃよくねーぞ』


『まだ学生だもーん』



 はつらつとした声で、その声は語り掛けてきた。



『ほむら、安心しなよ。こっちの世界は何とかやっていけてるからさ』


『ただまあ・・・。あーあ、魔法が使えたらなー、って思うことは少なくないんだけれどね』


『今じゃあ誰も、あんたのことを責めてないよ』



 少しだけ間が開く。



『それでも後悔が消えないなら、いつでも私のところに来てくれよ』


『私さ。10年かけて、やっと少しだけ、まやかしじゃない本物に近づけたんだ』


『何もかもがあんたのお陰だとは思わないけれど、それでも私は・・・』



 少し黙った後、声は小さく笑みを含めたような響きになった。



『未来で待っているよ、またな』


 少し遠慮がちな間が置かれた後。

 声はまた、別の人物へ代わった。



『ほむらちゃん、久しぶり』


『私だよ』



 1つ呼吸を置いて。

 声は語り掛ける。



『そんなところで諦めないで。私達はこれから、本当の友だちになるんだから』


『今のほむらちゃん、まだ15歳じゃない』


『人生これからだよ、まだ始まってすらいない』


『何もかもが、これからなんだよ。だから――』



 大きく息を吸い込み。

 その声は腹の底から叫んだ。



『早く起っきろー! 夢はもうおしまいだよ、ほむらちゃーん!!』


 そして最後に代わったのは、聞き慣れぬあの声だった。



『あー、暁美氏! はじめましてに近いお久しぶりなのです!』


『言いたいことはいっぱいあるのですが、残り時間の関係で私のパートは省略なのです! 続きは10年後のお楽しみ!』



 慌ただしいその声は離れると。

 音頭を取るようなリズムになった。



『そういうわけでみんな! いっせーのっ!』



 5つの声は誰もほむらのことを心配なんてしていなかった。

 ただ大きな声で口々に、共有している1つの想いを伝えていた。



『そんな奴に負けるな! 頑張れほむらぁー!!』




 声は途切れ、ほむらは闇の中に再び一人残される。

 ほむら小さく笑い、立ち上がった。


ほむら「素晴らしい未来ね」


ほむら「待ちきれないわ」



 ほむらが歩き出すと、輪になっていた子供たちは一斉に散り散りになる。

 子供の一人が恨めし気にほむらを睨みつけた。



レイケツ「そんなのただの幻聴だよ、私が望む言葉が都合よく再編集されているだけ」


ほむら「かもね」



 一歩、一歩。

 ただ前へ。



オクビョウ「またやるの? また繰り返すの? やめときなよ、また傷付くだけだよ」


ほむら「繰り返しは、もうやめたわ」


ほむら「過ぎたことには拘らない。私もいよいよ、未来で生きていかなければならない時が来た」


ミエ「あれだけの無様を晒した私が、誰かから受け入れてもらえると思う?」


ほむら「わからない、けれど応援してもらえた」



 ほむらは、振り返り。

 子供たちを見つめた。



ほむら「だから私はまず、私自身を受け入れるわ」


ほむら「私の中に戻ってきなさい、あなた達。醜い部分も駄目な部分も、これからの私には、全部必要なものなのだから」


ほむら「あなた達が必要なの、助けてくれないかしら」


 子供たちが互いに顔を見合わせた。



ガンコ「・・・」


ワガママ「本当に?」


ウソツキ「嘘じゃない?」



 子供の一人が顔を上げた。

 その顔は人形のように無機質だったけれど。

 面影は、かつてのほむらにどこか似ていた。



マヌケ「私達も、変われるかな?」


ほむら「さて、どうかしらね」


ほむら「いずれにせよ、それは10年後にわかることだわ」


ミエ「・・・」



 人形たちはしばし押し黙った後。

 編み棒に似た槍を一斉に投げ捨てた。



ミエ「わかったよ」


イバリ「そこまで言うなら、信じてあげる」


ほむら「ありがとう」



 ほむらは小さく笑い、黒い髪に指を通して、掬い上げるように払った。



ほむら「さあ、前へ」


 ――



「馬鹿な」



 漆黒のトバリが切り裂かれ。

 舞台に幕を下ろされる。



「こんな馬鹿な」



 凍結した世界に皹が入り。

 作り物の星空が崩落した。



「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な」



 神をも支配した、完全なる概念はもう残っていなかった。

 そこにいたのは、ただの夢の残骸だった。



ナイトメア「こんな馬鹿な! 私の・・・、私の世界がああああああ!!」


ほむら「あなたの世界じゃないわ、ただの空想よ」


ナイトメア「は、がっ・・・! あっ・・・!!」



 夢魔は頭を抱えて狼狽する。

 やはりこいつは偽物だ。

 この顔の本当の持ち主は、たった1度自分が否定されただけで、こんなに余裕を失うわけがない。



ほむら「さて」



 ほむらはキッと夢魔を見据えた。



ほむら「残るはあなただけね、鹿目ナイトメア」

今日はここまでです、読んでくださりありがとうございました。

投下します。




 第26話 「消え去れ、私の悪夢」



 真っ直ぐに夢魔を見つめるほむら。

 夢魔は余裕を失い、怒りと焦燥に満ちた表情で歯軋りをしていた。



ナイトメア「ぐ、ぐ・・・!」


ナイトメア「だ・・・、だがっ! 忘れたかマザー! 貴様は私を殺せない!」



 ナイトメアは怒りに震える手でほむらを指さした。



ナイトメア「私を殺せば、貴様の愛する鹿目さんも死んでしまうのだからな!!」


ほむら「・・・」


ほむら「あなたはこう言ったわよね。自分は、私の憧憬が産み出した奴隷だと」


ナイトメア「そうだ! 貴様自身も言っていただろう! トバリは使用者が死んだ程度では――


ほむら「それなら逆に。私が完全に、理想の世界を放棄したらどうなるのかしら?」


ナイトメア「・・・っ!!」



 ほむらは冷ややかに笑う。

 夢魔は明らかに動揺していた。



ほむら「あなたはそれが怖くて、わざわざ私を魔女にしようとしたんでしょう?」


ナイトメア「く、くくくくく・・・」



 夢魔は自棄になったように笑う。

 目は全く笑えてはいなかったが。



ナイトメア「はははは・・・、確かにな」


ナイトメア「私は願望の世界という湖の中に生きる魚だ。湖を失ってしまっては、消えてしまうのも時間の問題だろう」


ナイトメア「だが、最高の解決法があるぞ」



 夢魔は右手をほむらに突き付ける。

 その掌には穴が開き、砲門へと変化していた。



ナイトメア「貴様の魂を、今ここで焼き尽くすことだ!!」


ほむら「・・・」



 夢魔は引き金を引けなかった。

 ダークオーブを一瞬で焼き尽くすほどの威力を持った粒子砲は、エネルギーを充填したまま静止していた。



ナイトメア「な・・・、なぜ、だ・・・!」


ナイトメア「なぜ身体が言うことを聞かない!?」


ほむら「簡単な理屈よ」



 ほむらは静かに言い放った。



ほむら「私すら碌に支配できなかったあなたが、鹿目さんを支配できるわけがない」


ナイトメア「!?」



 夢魔の制御を失った腕が、砲門を自らのこめかみへ押し当てた。



ナイトメア「なっ!? 馬鹿な・・・、何をするつもりだ円環の理!!」


ほむら「見ればわかるでしょう」



 銃口を自らのこめかみに当てる。

 その行為が意味することなど、1つしかない。


 ほむらの世界が崩れていく。

 魔獣もインキュベーターもいない、ソウルジェムも濁らない。

 そんな魔法少女達の桃源郷が消え去っていく。



ナイトメア「ふ、ふざけるな! 何を見ているのだマザー! さっさとトバリの崩壊を止めろ!」


ナイトメア「貴様の世界を維持したいと、早く願うのだ!!」


ほむら「その必要はない」



 ほむらは手を拳銃の形にして夢魔へ向ける。

 これで夢魔は、2つの銃口を向けられることとなった。


 夢魔はまだ自由に動かせる左手で、必死に右手を引き剥がそうとするが。

 頭をがっちり掴んだ右手は微動だにしない。



ナイトメア「ぐ、ぐ、ぐ・・・! 貴様、貴様・・・っ!」


ナイトメア「こんなことをしても無駄だ!!」


ナイトメア「私を見ればわかるはずだ! 無理やり歪みを矯正したところで、新たな歪みを生むだけだ!」


ナイトメア「私を倒したところで! すぐに第二第三の敵が現れる! だからやめろ!!」


ほむら「・・・」


ナイトメア「くそっ・・・返事をしろっ!! 答えろ、このクソガキがァ!!」



 夢魔は必死であらん限りの理由を探し始めた。

 自分が今この場で処分されない理由を。



ナイトメア「そ、そうだ・・・! トバリを維持することをやめたらどうなる!? 魔法少女達のソウルジェムは再び濁り始めるぞ!!」


ナイトメア「トバリを外すということは! 貴様は自らの手で! 世界中の魔法少女を殺すことになるのだ!!」


ほむら「・・・」


ナイトメア「貴様にあるのか! 世界中の魔法少女の死を背負う覚悟が!!」


ナイトメア「全ての魔法少女が貴様を憎む! 貴様を呪う!」


ナイトメア「私など比べ物にならない程の悪意が! 貴様に襲い掛かるぞ!!」



 最も。

 夢魔が並べたそれらは、既にどれも的外れで。

 ほとんど意味のない行為だったが。


 どこからか。

 もう一人分だけ、声が届いた。



『そんな奴の言うことなんて気にするなよ』


『安心しろよ戦友、後のことは私達に任せればいい』


『だから君は胸を張って、友だちを迎えに行きなよ』


ほむら「ありがとう、最期まで手間をかけてごめんね」


『気にするな』



 ほむらは右手に左手を添え。

 真っ直ぐに夢魔を見据えた。



ナイトメア「やめろっ! やめろおおおおおおおおおおお!!」


ほむら「消え去れ、私の悪夢」



 一筋の閃光が迸り。

 フェイズゼロと呼ばれた偽りの永劫と共に、夢魔の存在は消え去った。


 支配から解放され、倒れる身体をほむらが抱き留めた。

 荒く呼吸する円環の理の髪を、ほむらは優しく撫でる。



ほむら「おかえり、鹿目さん」


円環の理「うん・・・、ただいま」



 円環の理は、静かにほむらの身体を抱きしめた。



円環の理「じゃあ、もうちょっとだけ頑張ろっか」


円環の理「私たちみんなが、守りたかったものを守るために」


ほむら「ええ、あなたと一緒ならどこまでも」



 赤い因果の糸と、黒いしがらみの鎖は。

 ついに溶け合い、1つとなる。


 ――


 メトロポリスが崩落していく。

 地面が剥がれ落ち、溶岩の海が下から沸き上がった。

 灰色の摩天楼や石造りの高架道路は次々に崩れていき、溶岩の海へ落ちていく。



 破られた偽りの世界の向こうから、終焉そのものが現れた。


 それは赤い竜だった。

 顔のない、冠を被った赤い竜だった。


 魔獣。

 それはまさに、文字通りの、魔獣としか言いようがない存在。


 竜の魔獣の咆哮が轟く。

 インキュベーターはそれを、ただ呆然と見つめていた。

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。




 第27話 「暁を駆けろ、ブレイジングスター」



 燃え盛る溶岩の海。

 わずかに浮き出ている石の塔の先端。

 眩い光と共に、そこへひとりの魔法少女が降り立った。


 彼女は白いドレスをたなびかせ、流れるような黒い髪を赤いリボンで結んでいた。


 竜の魔獣はゆっくりと羽ばたきながら滞空し、その魔法少女を見つめている。

 獣の唸り声のような音が、喉から聞こえてくる。



 ほむらと融合してなお、彼女は変わらず円環の理だったが。

 彼女を引き続き、円環の理という名前で呼び続けるのは、少し無理があるのかもしれない。


 愛も希望も混ざりあった、魔法少女そのものとしか言いようがない、その実体。

 『マギカ』。

 彼女を形容するに、それ以外の言葉は見当たらない。


QB「わけがわからな・・・、くもないか」



 沈みゆく瓦礫の上に座り、インキュベーターはその状況を冷静に観察していた。

 湧き上がるマグマは、彼の白い毛並みを赤黒く照らしている。



QB「ほむらに剥ぎ取られた断片を回収し、ほむらの魂と因果を円環の理の中へ取り込んだんだね」



 インキュベーターは、この期に及んで、今の状況を分析しようとしていた。

 この終末そのもののような決戦を、あくまでも冷静に分析しようとしていた。



QB「合理的だよ。円環の理があれ以上強くなるには、それしか方法がないからね」



 それはどこまでも、無粋なことだけれど。

 感情のない彼らにとって、それが自分にできる精一杯のことだったのかもしれない。



QB「まあ、それでも」



 竜の魔獣は、光をかき消すようなどす黒い炎を、マギカへ吹き付けた。

 石造りの塔は一瞬のうちに蒸発し、暴力的な熱波が周囲へ余波する。

 その光景はさながら地獄のふいごのようだった。



QB「あの魔獣に勝てるとは思えないけれどね」


 しかし彼女は無事だった。

 無傷なのかどうかはわからないが、無事ではあった。


 光差す道が現れ、彼女は炎の中から歩み出てくる。



マギカ「希望を抱くのが間違いだなんて言われても」



 彼女は竜の魔獣を真っ直ぐに見つめて、一歩一歩前へ進んでいく。



マギカ「私は何度だって、『そんなのは違う』って言い返せる」


マギカ「例え最後の一人になったとしても。私は最期まで、みんなの祈りを馬鹿みたいに信じ続ける」



 鞭のようにしなる竜の魔獣の尾が、彼女へ振るわれた。

 しかしそれは結界のような物に阻まれて、彼女を傷つけることは叶わない。


 怒りに震えた竜の魔獣の咆哮が、再び地獄へこだました。



マギカ「だから、みんな・・・」



 竜の魔獣は首を振り上げ、大きく息を吸い込む。

 次に再び炎のブレスが来る。

 しかし威力は、先ほどのものとは桁違いだ。

 竜の魔獣は。結界どころかこの星諸共に、彼女を消し飛ばそうとしていた。



マギカ「どうか! もう一度だけ、力を貸してください!!」




『いいですとも!!』



 ひとりならぬ声が届いた。



『私達が力になります!』


『うおおおおお! やったるぞォーーー!!』


『魔法少女ばんざーい!!』



 その声は打ち寄せる波のように。

 何度も退いては戻り、その度に数が増えて大きくなっていく。



マギカ「・・・」



 掲げられた彼女の右手に、光が集まっていく。

 それは過去と未来と現在の全てに存在した、世界中の魔法少女たちからの応援歌だった。


 『自分を助けてくれた人を助けたい』。


 そんな誤魔化しようもない、どうしようもなく希望的な想いだった。


『サヴァ。輝く未来はあなたの手の中に』

『神よ、私はいつでもあなたに殉じる覚悟はできています!』

『行きなさい、あなたこそが真の英雄よ!』

『タルトの物語を希望で終わらせてくれたあなたに、協力しないはずがありません!』

『ノブリス・オブ・リージュ! あんな偽りの竜を前に退いては、ドラゴン騎士団の名の折れですわ!』

『真の夜明けはここから始まります!』


『力を貸してって? いいですともーっ!』

『ありがとう、神様。自分勝手な奇跡を起こしてごめんね』

『こんな風に丸投げするのは悪いけれど・・・、私の力でよければいくらでも!』

『見せてやりなよコトワリ様! 魔法少女達の希望はこんなにもすごいんだってね!』

『あの子達の未来の礎になれるなら、私だって最期まで戦います!』


『私達が使ってきた魔法は・・・、もしかしたら間違っていたのかもしれない。けれど、それでも、今だけは!』

『ウラァーーー! とっとと引っ込め魔獣野郎ォ!!』

『うふふ。今のあなた、最高にかっこいいわ』

『アタシの希望、夢、未来・・・全部持っていきな!』

『おいおいおい、コトワリ様ァ! アンタにとってこのユウリ様は! 危機になっても助けを渋るような薄情な奴なのか!?』

『オフサイドへのキラーパス、得意中の得意よ!』

『スキスキ大好き愛してる! 一緒に死んであげるよ、コトワリ様!』

『さあ、いよいよグランド・フィナーレです!』


『いつかは今なんだよ!』

『ハチミツ以上に甘い考えだね・・・、嫌いじゃないよ!』

『私も姉さんも、本当はあなたみたいな魔法少女になりたかったんだ』

『勝つぞ! コトワリ様!』

『魔獣は私達の欲望が産み出した歪み。責任には向き合わねばなりません、今度こそちゃんと』

『真のヒロインなら、ここから先が本当の魅せ場だよね!』

『敵がいる、味方がいる、守るべきものがある、戦える力がある。これ以上何がいるってんだ?』

『さあガンガン行こうぜ、みんなの友だち!』

『9回裏、2死満塁! サヨナラ勝ちのチャンスだよ!!』


 数え切れないほどの、たくさんの想いが集まってくる。

 とめどない希望が、溢れてくる。



マギカ「・・・」



 祈りに始まり、呪いに終わる。

 それは真実だったとしても、きっとそれだけが全てじゃない。


『彼女たちは正義なのか、悪なのか』


 そんなこと、初めから問題ではなかった。

 彼女たちは皆、例外なく。

 何かを守るために奇跡を願ったのだから。



マギカ「ありがとう、みんな」



 希望はいつか、絶望へと還る。

 けれどそれなら逆に。

 痛みはいつか、夢に変わることだってあるはずだ。


 想いの結晶は、やがて一本の矢のような形になる。

 彼女はそれを大事に握りしめ、そっと弓へ番えた。


 沈みゆく瓦礫の上。

 数分前よりもずっと狭くなった、溶岩に沈んでいない部分にて。

 インキュベーターは、歴代最大級の奇跡を目の当たりにし、呆然としていた。


 彼には、わけがわからなかった。


 想いは無力だ、心で現実が変わるわけがない、希望なんてただのエネルギーだ。

 彼らは、ずっとそう信じていた。

 自分たちの進化は間違っていなかったんだ、と。

 人類を見下すことで、感情を失ってしまった自分達を、無理やり正当化していた。


 だからこそ、この奇跡はわけがわからなかった。

 わかりたくもなかった。



「やあ、久しぶり」



 聞こえてきた『インキュベーターの声』に、彼はほっと胸を撫で下ろした。

 彼はとにかく話し相手が欲しかった。

 自分の考察と仮説を、自分以外の視点から聞いて欲しかった。

 そして「君は間違っていない」と言って欲しかった。



QB「やあ。会いたかったよ、ぼく」



 青い眼のインキュベーターがゆったりと降り立ち。

 赤い眼のインキュベーターの隣に座った。



カミオカンデ「また会ったね、ぼく」


 赤い眼のインキュベーターは、竜の魔獣とマギカを交互に見比べ。

 どうしようもないくらい馬鹿馬鹿しい仮説を思い立った。



QB「君にはこれが。この結末が、わかっていたのかい?」


カミオカンデ「まさか。神様じゃないんだ、わかるわけがないよ」



 当然の返答が帰って来た。

 青い眼のインキュベーターは、赤い眼のインキュベーターの横顔を覗き込む。



カミオカンデ「君の方こそ、これを知っていてほむらに協力したんじゃないのかい?」


QB「どうなんだろうね、考えたこともなかったな」


カミオカンデ「・・・」


QB「・・・」



 二匹のインキュベーターは、交互に尾を揺らした。


 しばしの沈黙の後。

 ふと思い立ったように、青い眼のインキュベーターは語り掛ける。



カミオカンデ「ところで、ぼく。奇跡を起こす方法を知っているかい?」


QB「素質のある二次成長期の少女の、感情エネルギーを変換する技術を――


QB「・・・」



 赤い眼のインキュベーターは、何度も繰り返し言ってきたであろう謳い文句を、途中で言い淀んだ。



QB「いや。奇跡を起こす方法なんてわからない、知らない」


QB「結局ぼくは、自分の力では何も成し遂げていなかったのだろう」


カミオカンデ「そっか、ちなみにぼくも知らない」


QB「・・・」



「精神疾患個体におちょくられた、屈辱だ」。

 赤い眼のインキュベーターはそう思った。



カミオカンデ「でもね、ぼく」



 青い眼のインキュベーターは目を細める。

 その表情は心なしか、笑っているようだった。



カミオカンデ「もしもこの世に。紛いものなんかじゃない、本物の奇跡を起こせる人間がいるのだとしたら」


カミオカンデ「彼女のような者こそ、それに相応しいと思わないかい?」


QB「・・・」



 赤い眼のインキュベーターもまた、瞳を閉じた。

 思考を反芻するように、あるいは観念したように。



QB「そうだね、そのようだ」


カミオカンデ「感情を捨ててしまったぼく達には、もうわかるべくもないけれどさ・・・」


カミオカンデ「彼女達は今、どんな気分なんだろうね」


QB「・・・」



 全ての魔法少女の希望が、1つに集まり。

 マギカの弓に番えられる。



カミオカンデ「これで、終わりだね。どういう形になったとしても」


QB「ああ、そうだね。ぼくは受け入れることにするよ、この戦いの結末を」


QB「例え次の瞬間に、宇宙が滅んだとしてもね」


 竜の魔獣の喉が真っ赤に光り。

 閉じられた口の端から炎が漏れる。


 『息継ぎ』は完了した。

 もう、いつでも撃つことができる。

 世界を焼き尽くす、地獄の業火を。



マギカ「嫌なことを全部、あなた達に押し付けてきてごめんなさい」



 彼女はただ真っ直ぐに、竜の魔獣を見つめていた。



マギカ「あなた達と共に魔法少女を終わらせることで、私達の贖罪と成します」



 竜の魔獣の顎が開かれる。



マギカ「暁を駆けろ――」



 漆黒の炎が解き放たれると同時に。

 彼女は矢を放った。

 魔法少女たちの想いの、何もかもが詰まった一撃を。



マギカ「ブレイジングスター!!」




 温かい




 どれだけ食っても、満たされなかった腹が膨れていく





 ああ・・・、満、腹だ――





 放たれた光の矢は、業火をかき消し。

 竜の魔獣の頭を射抜いた。


 頭部を失った巨体は、一度震えた後。

 羽ばたきをやめて、そのまま溶岩の海へと落ちていった。

今日はここまでです、読んでくださりありがとうございました。
元気玉はバトル物の中で最高の技。
魔法少女の戦いはこれにて完結ですので、次からがエピローグとなります。

どうか最後までお付き合いください。

最後の投稿になります。





 エピローグ 「この物語は未来へ続く」




 ――


 コツン、と。

 グリーフキューブが1粒、キュゥべえの頭に落ちて転がった。


 そこにはグリーフキューブがあった。

 地底の大空洞を埋め立てるほどにたくさんの、グリーフキューブがあった。

 通常の角砂糖ほどのサイズのものから、ドラム缶のような大きさのものまである。

 キュゥべえは大小さまざまなサイズの、無数のグリーフキューブに埋もれていた。


 それは彼らが求めて止まなかった、感情エネルギーだった。

 過去と未来、全ての魔法少女の希望と絶望を。

 2つの意味で『食らった』魔獣が残した、山のようなグリーフキューブだった。



QB「・・・」



 キュゥべえはその総量はいかほどかを数えようとしたが、途中で馬鹿馬鹿しくなってやめた。


QB「これだけのエネルギーを使い切るには、いったい何億年かかるんだろうね」



 キュゥべえの長い耳に着いた2つの金色の輪が、少しずつ輝きを失っていく。



QB「完敗だよ。見事だ、まどか、ほむら、魔法少女、そして人類」


QB「君たちは、ぼく達の常識を徹底的に破壊し、ぼく達の思想を完全に超越してみせた」


QB「この様子じゃあ、どの道。ぼく達には人類の手綱を取り続けることなんてできなかっただろうね」



 キュゥべえは1つだけ呼吸を置いた後。

 天を見上げて、高らかに述べる。



QB「引継ぎとか事後処理がまだ残っているから、今すぐ全部っていうのは無理だけれど。

   インキュベーターは今日を以ってこの星に対する干渉権限を放棄し、君たちへ主権を返還することを表明する」


QB「魔法のない、正真正銘の君達の時代だよ」



 2つの金色の輪が完全に輝きを失い。

 キュゥべえの耳から滑り落ちた。



QB「独立、おめでとう」



 キュゥべえは視線を天上から下へ移し。

 足元のグリーフキューブを1粒、尻尾で掬って眺めた。



QB「これで・・・」


QB「これで、インキュベーターも廃業かな。

   何もしないで生きていくわけにもいかないし、そのうち再就職先を探さなくちゃ」



 キュゥべえはグリーフキューブを跳ね上げて、背中の穴でそれを回収した。



QB「なんてね、きゅっぷい」



 ――


 見滝原に、出会いと別れの季節が廻って来た。

 桃色の花びらが風に舞って、最後の魔法少女の肩にくっつく。


 環 エニシは見滝原中学校の屋上の柵へ座っていた。

 エニシの足元には『ようこそ! 新1年生のみなさん!』と書かれた横断幕が吊るされている。



エニシ「巣立っていきますね。一人、また一人と」


カミオカンデ「少し心配していたよ。魔法少女がいなくなったら、この世界はめちゃめちゃになってしまうんじゃないかってね」



 エニシの隣には青い眼のインキュベーターが座っていた。

 陽が昇ってくる。

 見滝原中学校への新入生と、卒業生にとっての。

 新しい1年が始まる。



エニシ「杞憂でしたね。どうやら人間は、そんなに弱い生き物ではなかったようです」


エニシ「魔法少女がいなくても、代わりに頑張ってくれる人は、思ったよりもたくさんいました」



 エニシがぱらぱらと歴史の教科書をめくった。

 大まかな歴史の流れこそ変化はないが、過去の偉人たちの名前は、女性名から男性名へと次々に変わっていった。


 歴史が再編されていく。

 いや、元に戻っていく、と言った方が正しいのかもしれない。


 魔法少女による世界の改編は、思えば何度も何度も起こされてきたが。

 たぶんきっと、これが最後の改編になるのだろう。

 少なくともエニシはそう思いたかった。


エニシ「さて。これで私も晴れて、任期満了ですかね」


カミオカンデ「君は、確か。『魔法少女から世界を守りたい』と願ったんだっけ?」


エニシ「はい。生きた時間を数えることを止めて、もうずいぶん長くなりますが。私の願いはようやく叶いそうです」



 エニシは歴史の教科書を屋上へ投げた。

 卒業生の誰かが残していったであろうその本は、バサリと音を立てて床に落ちる。



エニシ「あなたはこれからどうするおつもりで?」


カミオカンデ「2時間19分後にバッテリー切れでシャットダウンするよ、再起動の予定はないかな」


カミオカンデ「赤い眼のぼくが雑な引継ぎをしないか、もう少し監視したかったんだけれどね」


エニシ「そうですか、じゃあリタイヤ同士ですね」



 エニシは柵から降りる。


 暁光が屋上を照らす。

 温かい色の朝陽を背に、エニシは青い眼のインキュベーターに深々とお辞儀をした。



エニシ「お疲れ様でした」


カミオカンデ「ありがとう。君も本当に長い間、お疲れさま」


 ――


 この後、魔法少女だった少女達は、それぞれの道を歩んでいくことになる。

 真に残念ながら、彼女達のその後の顛末を書くことは、私にはできそうにない。


 なぜなら彼女達は、もう特別ではなくなってしまったのだから。

 そして、彼女達の物語の終わりは、遥か未来にあるのだから。


 ただ、1つだけ言えるとすれば。

 暁美 ほむらがあの時受け取った、未来からのメッセージは。

 この調子でいけば、おそらく現実のものになるのだろう、ということぐらいだ。


 マギカと呼ばれる魔法少女達の物語は、ようやく役目を終えた。

 けれどもきっと、それはただの1つの場面転換でしかなくて。

 大団円でカーテンコールは、まだまだずっと先の話だ。




 目覚めた心は歩き出した、未来を描くため。

 彼女達の旅路は、続いていく。




Fin

これにて完結です!
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!!!!

EDテーマには是非、ClariSの「ひらひら ひらら」を添えてください!
ひらひらひららは、出会いと別れ、終わりと始まりの季節である春を、イメージさせてくれる本当にいい曲です!

マギアレコードのリリースも直前まで迫っていますし、楽しみですねぇ!
では、重ねてありがとうございました!!
一年半も続けてこれたのは、皆様のお陰です!!

まどマギフォーエバー!!!!

自分で読み返していて、ちょっと書き損じた部分を幾つか訂正させてください。


>>72
前後に落ちない → 人後に落ちない

>>173
「箱庭利権の宙ぶらりん」→「ヒアデス星雲」

>>205
ピュエラ・マギカ・ホーリークインテット → ピュエラ・マギ・ホーリー・クインテット

>>258
ミヌゥ「コルボー! 後ろっ!!」 → ラピヌ「コルボー! 後ろっ!!」

>>417
襷を別つ→袂を分かつ

>>581
書き込みミスの意味のない空白です。

>>737
プレシデント→プレジデント

>>759
『気にするな』→『いいってことよ』

今作品を書くにあたり、>>1は西尾維新さんの作品の数々に大きく影響を受けています。
また>>731-736の部分は、『魔法少女まどか☆マギカ The Beginnig Story』に書かれている一節をお借りしております。

では、重ねてありがとうございました!
感想レスは書いていく上でとても励みになりました!(書いていく上で参考になったご意見も少なくありません!)
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