今際の国のアリスSS「だいやのなな」(55)

2ちゃんのげぇむ考案スレ
から来ました。
予想外に長くなってしまったので、向こうに投下することを控え、この場をお借りします。

ちなみに、るぅるは向こうの254-255レス目に投稿したものですが
指摘をいただいた部分を一部改変してあります。

~あらすじ~ (単行本8巻より一部改)

今際の国――
そこは、現実世界に生きづらさを感じる人々が、巨大な花火に導かれてたどり着く世界。
外見上は、荒廃した元の街。
ここは未来か? 異世界か?

「今際の国」で生き延びる唯一の手段は、
夜な夜な開催されるいのちがけの「げぇむ」を「くりあ」し、「びざ」を手に入れること。

「げぇむおぉばぁ」はすなわち「死」。
「びざ」が切れた者は強制排除。
げぇむの難易度はトランプで示される。
(すぺえど…肉体型 だいや…知能型 くらぶ…バランス型 はあと…心理型)

この理不尽なげぇむの日々に終わりはあるのか?
元の世界に戻る方法はあるのか?
それを知る者は、いない。

そして今夜も、見ず知らずの3名の滞在者がとあるげぇむに参加する――

都市銀行の応接室。テーブルを挟んで談話する2人の男性の姿があった。

一人は黒髪を八・二に分け、営業スマイルが顔に張り付いたような細目の男。
もう一人は、この今際の国においても珍しい西洋人だった。金髪碧眼の痩せ型で頬のこけた顔だちをしている。

二人ともスーツに身を包み、ビジネスマンとしての風格を損なわずにいた。
しかし高級なソファに座りながらも、心はリラックスとは程遠いようだ。

「まったく……いつになったら醒めてくれるんだこの悪夢は!」

「まあまあ、悲観しても始まりませんよ。
 まずは、これから始まるげぇむをくりあすることに集中しましょう。
 その意味では、こうした雑談も心を落ち着かせる有効な手段ですよ」

苛立つ様子の西洋人を、細目の男が穏やかになだめる。
だがそれは、人格を分析するため情報を更に引き出そうとしているようでもあった。

「ハァ……ボクはね、出張の帰りに観光がてらトーキョーに寄っただけなんだ。
 半年ほど前に辞めてった日本人の元同僚と、運がよければ食事でもできるかと思ってね。
 それがいつの間にか、クレイジーなデス・テーマパークに迷い込んでたってわけさ。
 本来ならもうとっくにアメリカに帰って、ホットなエスプレッソでも味わってるとこなのにさ」

「それはそれは……とんだ海外出張になってしまいましたね」

「まったくだよ。日本に滞在するビザも、このイマワの国じゃ通用しないときたもんだ」

手のひらで顔を覆い自嘲する西洋人。まさにOh my god!といった様子である。
流暢(?)な日本語でぼやく彼の言葉を、細目の男は柔和な笑顔で頷きながら聞いていた。

「いやあ、それにしても日本語がお上手でいらっしゃる」

「まあ、何か国語も喋るのが仕事だからね」

「そういえば、まだお互い名乗ってもいませんでしたね。
 私、元の世界ではセールスマンをしておりました、アイゼンと申します。貴方は?」

「ボクの名前? 日本人にはちょっと発音しにくいかな。ローヤーとでも呼んでくれよ」

「ローヤー(lawyer)、さん? もしかしてご職業は国際弁護士でいらっしゃる?」

「まあね」

「いやあ、これは心強いですな。この銀行という会場から推測するに……
 おそらくジャンルはだいやかはあとの可能性が高い。少なくともすぺえどは無いでしょう。
 貴方の卓越した頭脳がくりあへ導いてくれることを期待してますよ」

「協力し合えるるぅるならね。あいにくボクは博愛主義者(フィアンソロピスト)じゃないんだ。
 対戦形式だったら、その時は」

「あの~」

言い終わろうとしたその時、声をはさむ者がいた。3人目のぷれいやぁが会場を訪れたのだ。
見ればそこには、まだ高校生と思しき少年の姿が。

「ここエントリーまだ受け付けてますよね?
 あ、オレ、アリスっていいます。よろしく」

「……容赦しないよ」

ローヤーが構わず台詞をしめくくったところで、アナウンスが流れ出す。

<エントリー数が規定に達しました。これよりげぇむを開始します。
 難易度だいやの7『てんしのわけまえ』>

(『天使の分け前』? 聞いたことありますね。たしか……)

(Angel’s share。ワインなどの醸造酒が樽の中で熟成されている間、揮発して失われる分のことだ。
 時間と共に天使の分け前を多く支払うほど、酒の味わいも増すという)

(映画のタイトルにそんなのあったな)

三者三様に思いをめぐらす中、るぅる説明が始まった。

だいやの7「てんしのわけまえ」
会場:銀行の応接室
人数:3人じゃすと
景品:ワイン
るぅる:【大臣】【王】【天使】の役を交代で2回ずつ務め、最も多くのコインを稼いだぷれいやぁがくりあ。
役の組み合わせは全パターン行う。つまり6ターンをもって1ゲームとする。
はじめに、各ぷれいやぁに便箋が7枚ずつ配られる。

~ターン開始~
まず大臣と王が退室し、天使1人になると壁の穴からペンが支給される。
両端が黒・赤の2色ペンだが、色は関係ない。

会場に設置されたカーテン付きのホワイトボードに、天使は2~100までの好きな偶数を書く。
書いたらそれをカーテンで隠し、ペンを壁の穴に返却する。

返却と同時に廊下で「準備完了」がアナウンスされ、それを聞いた大臣と王が戻ってくる。

部屋に3人がそろうと、壁の穴からコイン100枚が供給される。
大臣はこのコインを王と2人で分けるため、3分以内に立案する。(天使には分配しない)

分配案は不公平でも構わない。たとえば大臣:王=50:50でもいいし、99:1でも可。
ただし100:0にはできない。最低でもどちらかに1枚のコインを分配する。

王は大臣の分配案に対し、「承認」か「却下」を1分以内に宣言する。時間切れの場合は承認となる。

承認の場合、大臣の案の通りにコインを分配する。天使は1枚ももらえない。
却下の場合、天使はカーテンを開け、そこに書かれた偶数分のコインを「天使のわけまえ」として獲得。
残りを大臣と王で2等分する。

~ターン終了。役を交代して次のターンへ~

天使がカーテンを開けるのは、王の宣言より前でも構わない。
部屋に3人そろった後なら、好きなタイミングで偶数を公開できる。

なお、王が承認か却下を宣言するまで、天使は一切しゃべることができない。(ジェスチャーも禁止)
そのため、最初に配布された便箋を使って手紙を書けるのだが、
ペンはその都度返却するので、準備時間にあらかじめ書いておくしかない。
3人そろった状況では手紙を作成できない。

もしも天使から渡された手紙が嘘の内容だった場合、1枚につきコイン100枚分の価値をもつ。

手紙の書き方についての注意点。『予言は無効』
たとえば、『このターン王は却下する』や、『げぇむの最終勝者は自分だ』など、
未来の出来事を予言する内容は、無効となる。

ただし、『○○してくれたら、△△してあげます』のように、
相手と契約を結ぶ形になっていれば、未来のことに言及しても有効。

6ターン終えて同着1位がいた場合、全員に電流のペナルティを加えた後、もう6ターン延長戦を行う。(便箋は追加せず)

げぇむ中コインの譲渡は自由に行える。
ただし、最下位が2位に1位との差額を譲渡することは、延長戦にもつれ込ませる遅延行為とみなされ、無効である。

制限時間は2時間。それを過ぎた場合、全員げぇむおおばぁ。

禁止事項…暴力、筆記用具の持ち込み、天使以外がカーテンに触れること

アナウンス<るぅるは >>7-8 です。
 では、これより天使役の順番をくじ引きで決めていただきます。
 このげぇむでは天使が重要ポジションのため、2ターンおきになるよう設定します。
 すなわち1・4ターン、2・5ターン、3・6ターンの天使を、同じぷれいやぁが務めていただきます>

そして抽選の結果、ローヤー→アリス→アイゼンの順で天使を務めることになった。



~1ターン目~ [大臣アイゼン:0枚 王アリス:0枚 天使ローヤー:0枚]

アナウンス<準備完了しました。大臣と王は応接室にお入りください>

廊下からアイゼンとアリスが戻り、応接室に3人そろうと壁の穴から100枚のコインが供給される。

アイゼン「ではアリス君、初回ですし……まずはこの位で分配しましょうか」

アイゼンが示した案は、大臣:王=65:35。 (注.以後、分配案は常に大臣:王の順で表記します)

アリス(このげぇむ……王ってのは名ばかりで、実際は大臣の方が権限強くね?
 大臣が自分の得になるよう分配するのは当然として、30枚差か……これって多いのか?)

アリスはしばし熟考した後、カーテンの閉ざされたホワイトボードを見やる。
すると、こちらを観察するように注視していたローヤーと視線がぶつかった。

アリス(あのボードに書かれた偶数……却下した場合、それがローヤーの取り分になって、残りをアイゼンと2等分か。
 最悪「100」とでも書かれてたら、ローヤーの総取りになっちまうわけだ。
 ならここは35で妥協すべきか……)

シャッ!

アイゼン・アリス「「!」」

カーテンが開かれた。るぅる上、天使はコイン供給後いつでもカーテンを開けることができる。
そこに書かれた数は小さめの文字で……

アリス「28!?」

急いで計算だ。天使のわけまえが28ということは、却下した場合アリスの獲得枚数は (100-28)÷2=36。

アリス「き、却下!」

アリスは却下を宣言。結果、アイゼンの案より1枚多い36枚を獲得できた。

アイゼン「いやはや……65はちょっと欲張りすぎでしたね。見事な読みでしたよローヤーさん」

ローヤー「天使が初回トップを狙おうとすれば、その獲得数は最少34だ。
 大臣は最悪それだけは防ごうと考える。だから、王に33より多い数を与えようとする。
 しかし34じゃ切りが悪いから、35だろ?
 ボクはそれを1上回って……36くれてやろうと考えたのさ」

そしてカーテンを開けたからこそ、アリスは却下を宣言した。全てローヤーの読み通りだ。

28枚で現在最下位とはいえ、天使役でこの僅差に迫れたのは彼の知能ゆえだろう。

アイゼン(徹底した合理的思考……やはり彼は、だいやのげぇむにおいて相当手強い相手ですね)

アナウンス<2ターン目を始めます。大臣・ローヤー様と、王・アイゼン様は退室してください>

~2ターン目~ [王アイゼン:36枚 天使アリス:36枚 大臣ローヤー:28枚]

準備時間。応接室に1人残されたアリスは、ペンを持ちながら考える。

アリス(攻略の鍵は……たぶんコレだ)

開始時に渡された7枚の便箋。天使だけが作成できるという「手紙」である。

アリス(嘘の内容ならコイン100枚分の価値。
 だが、それはあくまで天使から「渡された」手紙だ。
 たとえばこの場で『オレは女です』って書いたとしても、価値は生じない。
 ま、そりゃそうか。自分のためにコイン増やせたらげぇむが成立しねーしな)

ならば当然、真実しか書けない。予言は無効。
自分の書いた偶数を、大臣か王どちらかにだけ伝えたいとき使えばいいのか……?

たとえば、大臣にだけ数を教えたとする。
すると大臣は、王の取り分を、却下された場合よりわずかに多くなるよう分配するだろう。
カーテンを開けたところで、結局王は承認してしまう。

一方、王にだけ数を教えたとする。
だがそれは、分配案が示された後でカーテンを開けるのと何ら変わらない行為。わざわざ手紙にする意味がない。

アリス(なんだよ! 手紙って使いどころねーじゃん)

結局、アリスがホワイトボードに書いた数は16だった。
自分がさっき却下したせいで、大臣ローヤーは王の取り分を増やし、より50:50に近い案を立てるだろう。
だから28より減らさなければ、と考えたのだ。

アナウンス<準備完了しました。大臣と王は応接室にお入りください>

ローヤー「54:46、でいこうか」

アリス「!」

王との差わずか8枚! 大臣ローヤーの分配案は、アリスの想像以上に無欲なものだった。

アリス「……」

アイゼン「おや? どうしましたアリス君。カーテンを開けてくれないんですか?」

当然、王アイゼンは天使アリスの様子を窺う。

アイゼン「君の書いた数が6以下なら、私は却下した方が得になります。
 しかし、見せてくれないということは……8以上、と解釈してよろしいですね?」

アリス(ご親切に説明してくれるアンタにゃ悪いが、開けられねーんだよ!)

なぜなら図星だから。

アイゼン「……ここは『承認』で」

結局このターンはカーテンを開くまでもなく、大臣と王だけで分配が完了した。

アリス(くそっ! 1枚ももらえないってのはキツいな)

これでアイゼンとローヤーは82枚。対して自分は36枚のまま。

アナウンス<3ターン目を始めます。大臣・アリス様と、王・ローヤー様は退室してください>

~3ターン目~ [天使アイゼン:82枚 大臣アリス:36枚 王ローヤー:82枚]

準備完了のアナウンスを聞き、応接室に入ったアリスは、驚くべき光景を目にする。

アリス「……え!?」

なんと、天使アイゼンがおもむろにカーテンを開けたのだ。
早すぎる! まだコインが供給された直後だというのに。
しかも更に驚くべきは、

アリス「ひゃ、100?」

ホワイトボードに書かれた数はなんと100。つまり却下すればアイゼンの総取りとなる。

アリス(何考えてんだ? いや、とにかくこれって)

大チャンスだ。

アリス「ローヤーさん! オレとアンタ、99:1で分配だ!」

この状況でローヤーが却下するはずがない。
承認した方が1枚分得だし、みすみす儲けさせるなら同着のアイゼンより最下位の自分の方がマシ。
よって、99:1を渋々承認せざるを得ない。そう考えたのだ。
しかし、

ローヤー「却下」

アリス「……は?」

唖然とするアリス。重大な可能性を見落としていたことに、まだ気付いていない。

アイゼン「実はね、アリス君。2ターン目の準備時間、廊下で私たちは一時協定を結んだんですよ」

ローヤー「そういうことさボーイ。3ターン目でキミをとことん沈めてやろう、ってね」
 言いつつ、ローヤーが得意気にアリスに見せつけたもの、それは……


『このターン却下してくれたらコイン100枚を差し上げます。 ―アイゼン―』


アリス「手紙ッ!?」

そう。天使の手紙が嘘だった場合コイン100枚の価値をもつ。

アイゼン「もちろん私はローヤーさんに100枚など払いません。これでこの手紙は嘘となりました」

ローヤー「つまりこのターン、ボクとアイゼンは100枚ゲット。
 キミだけが絶望的に引き離されたってワケさ。アンダスタン?」

アリス(なんてこった……手紙にそんな使い方が!)

思い返せば2ターン目、アイゼンとローヤーは互いが等しくなるように分配していた。
あの時点で結託に気付く手がかりはあったのだ。
(もっとも、気付いたところで今回の攻撃は避けられなかったのだが)

ローヤー「このげぇむ、手紙をうまく使えば、天使は市場に新たなマネーを供給できるんだ。
 言ってみれば通貨発行権さ。通貨発行権を語らせたら、ボクの国の闇は深いぜ」

アイゼン「ナイスアメリカンジョーク」

まず1人殺した、とばかりにクックックと笑い合うローヤーとアイゼン。(現在182枚)
圧倒的差をつけられたアリス(現在36枚)。果たしてここから150近い差を逆転する術はあるのか?

ローヤー「まあ、諦めることだね。賞品のワインは未成年にはもったいないよ」

アリス「……」

アリスの眼は決して絶望してはいなかった。
そしてローヤーの言葉も、真意とは裏腹だった。
「絶望」をささやいた彼はこの後、「希望」をちらつかせアリスを操ろうとするのだから。

アナウンス<4ターン目を始めます。大臣・アリス様と、王・アイゼン様は退室してください>

~4ターン目~ [王アイゼン:182枚 大臣アリス:36枚 天使ローヤー:182枚]

ここから後半戦。前回に続きアリスは2連続大臣である。

アリス「ん?」

着席しようとしたところで、ローヤーからの手紙に気付く。
それも2通だ。内容は……


『If your proposal is rejected in this turn, I'll give you 100 coins. ―Lawyer―』
『If your proposal is rejected in this turn,
 in next turn (when you are angel), I'll reject Aizen’s proposal in exchange for 1 coin. ―Lawyer―』


アリス「英語かよ!」

アイゼン「訳してあげましょうか?」

アリス「いや、いいっス。こんぐらい読めますから」

元の世界では伊達に何本も洋画を観ていない。
“in”の多さにとまどいながらも、アリスは英文を読解する。

『このターン、もしあなたの案が却下されたら、コイン100枚あげます』
『このターン、もしあなたの案が却下されたら、
 次のターン(あなたが天使の時)、コイン1枚とひきかえにアイゼンの案を却下します』


アリス(ん?……これって)

メチャクチャ話が美味くないか?

アリス(このターンはあえて99:1とか不公平な分配をして、却下されて、プラス100枚。
 次のターンはボードに100と書き、ローヤーに1枚払えば、却下されて、差引プラス99枚。
 すげえ! 199枚も儲かるじゃねーか!)

ならば、迷うまでもない。

アリス「99:1!」

今日はここまで。

今、全体の4割くらいです。
SSの書式に倣って改行増やしたら、20レスどころじゃ済まなくなってしまったよ

分配案を決定したアリスは、同時にあるものをアイゼンに見せつける。

アイゼン「それは!」

このターン、天使ローヤーが大臣アリスに宛てた手紙。

『If your proposal is rejected in this turn, I'll give you 100 coins. ―Lawyer―』

アリス「わかりますね? ローヤーは結託する相手を変えてきたんスよ」

アイゼン「……なるほど。
 さっきは私と、今度は君と、ってわけですか」

アリス「連続で100枚獲得して、単独、高みへ逃げようってハラさ。
 断言するぜ!
 あのカーテンの下は間違いなく、『100』だ!」

いつの間にか敬語をやめたアリスがビシッと指差す先では、当人が苦々しい表情で睨み返していた。

ローヤー(見くびりすぎたか。
 あのボーイ、そこまでステューピッドじゃなかったようだね)

99:1などと極端に不公平な分配をされたら、普通、誰だって却下する。
だがアリスが手紙を公開したことにより、アイゼンは承認せざるを得なくなった。

すべては、ローヤーを逃がさないためだ。

アイゼン(ここで私が却下すると……)

アイゼン182、アリス136、ローヤー282。ローヤーの圧倒的優位になる。
そして5ターン目、
手紙の通り、アリスがローヤーに1枚のコインを払えば、ローヤーの勝利が確定する。

なぜなら、最後に大臣であるローヤーが勝利するには、
最終ターンの時点でコイン所持数が
「王より1枚以上、かつ天使より101枚以上」
多ければ良いからだ。

これに気付いたからこそ、アリスは199枚の誘惑を振り切った。
うまい話に無思慮に飛びつかず、終局を見据えて判断したのだ。

アイゼン「やむをえませんね。承認です」

アリス「サンキュー。そしておめでとうアイゼン。今、1枚差でアンタがトップだ」

実質、このターンはアリスの一人勝ち。ようやく99枚という大量のコインを獲得した!



ローヤー「なかなかクレバーじゃないかボーイ。まさか手紙を公開するなんてね」

わざとらしく賞賛するローヤー、
だが、彼もこの展開を予想しなかったわけではない。

アイゼン「あなたもさすがですよローヤーさん。
 大きな目的は逃しても、その裏で小さな目的はしっかり実現している」

アリス「小さな目的?」

アイゼン「私を儲けさせないこと、でしょう?」

アリス「!?」

ローヤー「そうさ。このターン、天使のボクが王より儲ける事はほぼimpossible、不可能だ。
 なぜならアイゼン、同着1位のキミも同様、ボクを儲けさせるわけにいかないからだ。

 だから基本ここは『承認』でいく。
 カーテンの下を確認せずに『却下』なんて、ありえない。

 そこでこの手紙さ。
 案の定、ボーイが99:1なんて欲張ってくれたおかげで、キミのリードを最小限に抑えることができたよ」

アイゼン「この展開のために、アリス君を徹底的に沈めようと、結託を持ちかけてきたんですね?
 99枚増えても脅威にならないように、前もって叩いておく必要があった」

ローヤー「That’s right.」

そこまで解説され、アリスもようやく理解した。そして当惑する。

アリス「オ、オレは……まだアンタの掌の上だと?」

とっさの機転で掴み取ったはずの99枚も、ただのエサだったというのか?

アイゼン「いいえ。あわよくばの勝利を阻止しただけでも、よくやってくれましたよ。君は」


アナウンス<5ターン目を始めます。大臣・アイゼン様と、王・ローヤー様は退室してください>

~5ターン目~ [大臣アイゼン:183枚 天使アリス:135枚 王ローヤー:182枚]

アリス(考えろッ! 何か……逆転の手はないのか!?)

99枚プラスで、やっと手の届く範囲まで追いすがったのだ。
この天使ターン、何としても2人を欺き100枚獲得したい。
その時、ふと浮かんだ素朴な疑問。

アリス(ん?……嘘ならコイン100枚分……なら、こう書いたらどうなる?)


『この手紙にはコイン100枚分の価値があります。 ―アリス―』


         ピリリリリリリリリ!!!

アリス(!!!)

手紙を書き終えると同時、突然鳴り響いた警告音にアリスの心臓は跳ね上がる。

アナウンス<警告! 警告!
 あなたの作成した手紙は、げぇむに重大な論理破綻(ロジックエラー)を起こす可能性があります。
 その手紙が実際に使われた場合、全員げぇむおぉばぁで強制終了となります>

アリス(なっ!?)

すぐに手紙をクシャクシャに丸めポケットにつっこむ。やはりそう簡単にるぅるの穴は突けないか。
ならばどうする? めまいを覚えつつもアリスは思考を再開する。

アリス(チッ……苦しいが、これなら少なくとも最下位は脱出できる……はず)

アナウンス<準備完了しました。大臣と王は応接室にお入りください>

入室したアイゼンとローヤーは、テーブルを見る。
置かれた手紙は1枚ずつ。文面を見れば、どちらもほぼ同じ。


『王より多くのコインを支払えば、『オレは女です』と書いた手紙を売ります。 ―アリス―』
『大臣より多くのコインを支払えば、『オレは女です』と書いた手紙を売ります。 ―アリス―』


なんと、アリスが見出した打開策とは嘘の手紙のオークション。
すでに、出品者は商品を見せつけるようにヒラヒラさせている。

アリス(さあ、こいつが欲しけりゃ値を吊り上げろッ!)

アイゼン・ローヤー「「99枚ッ!!!」」

同時だった。

3人「「「……」」」

しばし場は凍りつく。やがて、3人とも今の入札が最初で最後だったことを知る。

アイゼンもローヤーも、これ以上高値で入札することは無い。
100枚の価値に100枚支払っても、利益はゼロ。ただアリスを儲けさせるだけだ。

アリスもアリスで、このまま「どちらかに」商品を売ったら、最初2人に宛てた手紙が嘘になってしまう。
すると自分が+99、売った方に+101、売らなかった方に+100。最悪の展開だ。

もはや3人とも合理的にベターな方法が無い。ナッシュ均衡である。

アリス(失敗したァーーーー!!!)

アリスは後悔する。即決価格を決め、先着1名に必ず売れるようにしておくべきだった。

アイゼン「どうやらオークションは不成立のようですね」

ローヤー「やれやれ、ボーイの苦し紛れにヒヤっとさせられたよ」

アイゼン「では気を取り直して分配を……62:38、とさせていただきます」

ようやく本戦を切り出した5ターン目、ローヤーは慎重に考える。

ローヤー(アイゼンには1枚リードを許している。承認すれば25枚差か。
 できれば差を広げたくない。却下したいところだが……)

アリス「……」スッ

と、そこでアリスからもう1枚手紙が差し出される。

ローヤー「Oh、また手紙かい? このターンだけで何枚書いたんだキミは」


『このターン、オレはボードに20以下の偶数を書きました。
 書いたのはそのひとつだけです。 ―アリス―』


ローヤー「What!?」

困惑するローヤー。
何だこれは? 数を伝えたいならカーテンを開ければいいじゃないか。

いや、それより奇妙なのが2行目。
わざわざ『ひとつだけです』と強調している点。
まるで、「複数書く」可能性を視野に入れたような言い回し……

ローヤー(気づいたのか? あの裏技に!)

だがとにかく、問題なのは今だ。
ボードに偶数を複数書く、という裏技を、アリスは手紙で「やってない」と表明した。

ロ-ヤー(嘘でも本当でも、ボクにとって美味しい話。悩んでいる時間は無い!)

却下すれば最低でもプラス41枚。アイゼンとは1枚差のまま。

ローヤー「却下」

悩んだ挙句、ローヤーは却下を宣言した。

アリス「フゥ……もう、しゃべって大丈夫だよな?」

ローヤー「いいから早くカーテンを開けてくれよボーイ」

アリス「ま、そう慌てんなって」

不適な笑みを浮かべつつ、アリスは慎重な手つきでカーテンに触れる。

アイゼン「!?」

その挙動は奇妙だった。
ボードのある部分に手のひらを押し当て、カーテン越しにグイグイ圧迫している。
決して激しくは動かさず、あくまで慎重に、丁寧に、小刻みに。

ローヤー「Heyッ! 何を、」

シャッ!

そしてカーテンは開かれた。書かれていた数は……

アイゼン・ローヤー「「100!?」」

驚く2人。だがすぐにローヤーは気付く。

ローヤー「Ouchッ! そういうことか!」

アイゼン「どういうことですか!?」

ローヤー「この『100』は……さっきボクが書いたものだよ!」

そう。4ターン目は、アイゼンの承認によってカーテンが開かれることなく終了した。
そこでローヤーは消し忘れというマナー違反を犯す。
これが致命的なミスとなった。
アリスはその『100』を消さず、そっくりそのまま再利用してきたのだ。

ローヤー「し、しかしボーイ、当然この手紙は嘘になるんだろうね?
 キミの書いた『20以下の偶数』とやらはどこにも、」

アリス「書いたぜ。アンタに手紙を渡した時点では、確かに書かれていた」

ローヤー「ハッ! 過去形で言われても困るな! そんな証拠が」

アリス「ここにある!」

そう言ってアリスが見せつけたのは、カーテンの裏地。
先ほど手のひらを押し当てていた部分の、ちょうど裏側。
そこには赤字の『2』が左右逆に転写されていた。

アリス「このげぇむ、赤ペンが使われたのは初だよな?
 つまり!
 この消し跡はオレが書き、そしてたった今オレが消した『2』だという証拠だ!
 オレは確かに、『20以下の偶数』を『ひとつだけ』書いた!
 手紙の内容に嘘はないぜ!」

法廷ものの洋画を見て想像したことがある。
ああ、弁護士相手に証拠を突きつけるのは、こんな気分だったのか。

アイゼン「け、消した!?
 じゃあ、さっきまでボードには『100』と『2』、二つの偶数が書かれてたってことですか!?」

アリス「ああ。でも、るぅる違反じゃないぜ?
 ちょうどいい。アンタならオレを弁護してくれるだろ? Mr.ローヤー」

視線を向けられたローヤーは、不本意といった表情ながらも、それに頷く。

ローヤー「……確かに、『天使は2~100までの好きな偶数を書く』という定めだ。
 しかし、『いくつ』書くかは指定されていない。
 すなわち、偶数であれば何個書いてもいいんだ。

 るぅるを思い出してみたまえ。
 『却下の場合、天使はカーテンを開け、そこに書かれた偶数分のコインを「天使のわけまえ」として獲得』だ。
 『そこに書かれた偶数』が複数あって、はじめてげぇむの進行に支障が生じる。

 だから、カーテンを開けるとき、偶数をぬぐい消して1つに絞れば問題は無い。
 ……そこまでの途中経過は、一切問われていない」

アリス「さらに言うなら、
 『そこに書かれた偶数』は、必ずしも『このターンの天使が書いた偶数』とは限らない。
 前ターンの天使が消し忘れた『100』も、『そこに書かれた偶数』として有効なのさ!」

アイゼン「ローヤーさん! あ、貴方まで何言ってるんですか! そんな詭弁が」

アリス「通るんだよ。1ターン目で実証済みだからな。
 ローヤーが!」

アイゼン「はあ!?」

ローヤー「やっぱり、気付いてたのか」

アリス「気付いたのはこのターンの準備時間だけどな。
 この裏技、先に始めたのはアンタだろ?

 1ターン目、天使のアンタは『28』と『100』、2つの偶数をカーテンの下に隠していた。
 あわよくば、カーテンを開ける前にオレが却下した場合、
 『28』をぬぐい消すつもりだったんだ。
 でも実際は、オレが承認しそうだったから、諦めて『100』の方を消した。

 だってそうだろ?
 本当に『28』だけしか書いてないなら、オレの表情を観察する必要なんて無いもんな。
 却下した方が得だという情報を、すぐさま伝えるべきだ」

ローヤー「……Perfect。キミの読みどおりだよ」

アリス「道理であの時の『28』は小さいと思ったぜ。
 もっとでかでかと書いても良いのに、ってな」

アイゼン「ばっ、バカな!
 そんなペテンが……つ、通用するワケ……あ、あああ、ある、のか?」

裏技の種明かしに、アイゼンはみっともなくオロオロとうろたえるばかり。
ローヤーはその様子を鼻で笑う。

ローヤー(やれやれ、見込み違いをしていたよ。このセールスマンは所詮小物。
 警戒すべきは……この生意気なボーイの方だったね!)

アリス「ちなみにさ、オレがこんな手紙を書いたら、運営から警告のアナウンスがあったぜ。
 『使ったらロジックエラーで全員げぇむおぉばぁになります』ってな」

アリスは一度丸めた書き損じをポケットから取り出し、広げてみせる。

アリス「ってわけで、納得してくれたかい、アイゼン?
 偶数を2つ書くのがるぅる違反だってんなら、とっくの昔に行われてるんだ。
 だけど、運営から警告は無い。
 ロジックエラーをご親切に警告してくれる運営がだぜ?
 げぇむは滞りなく進行している。
 つまり……合法なんだよ!」

今際の国で行われる数々のげぇむ。
どれも残忍で無慈悲でありながら、るぅるだけは絶対だった。
そして、イカサマを指摘する理由に「常識的に考えて」は通用しない。

ましてやこれはだいやの頭脳戦。
るぅるの穴に気付いた者がそれを戦略に活かすのは、当然のことなのだ。

アイゼン「わかりました……
 ところで、天使役でしゃべれなくなる前に、これだけは伝えさせてください。
 アリス君、235枚で大逆転トップおめでとう」

アリス「え? ああ」

アイゼン「しかしもう気付いているでしょう?
 最終ターン、君は『どちらを道連れにするか』の選択しか残されてないことに」

アナウンス<6ターン目を始めます。大臣・ローヤー様と、王・アリス様は退室してください>

ひとまずここまで。

ちなみに、アイゼンは単行本12巻はあとのじゃっく編でぷれいやぁとして登場します。
ローヤー(仮)は、16巻だいやのきんぐ編でハッピーに生きるアドバイスをくれます。

~6ターン目~ [天使アイゼン:183枚 王アリス:235枚 大臣ローヤー:182枚]

最終ターン。
事ここに至り、3人はこのげぇむの難易度がなぜ7なのかを理解していた。
同着1位による延長戦が起こりやすいのだ。

コインの譲渡が禁じられているのは、
「最下位が2位へ、1位-2位の差額を譲渡する」こと。
それ以外にいくらでも同着1位を作る方法はある。
たとえば手紙の売却とか、2位から最下位への譲渡とか。

すなわち、6ターンごとに電流を食らいながら、山ほどのコインを抱え、延々と勝負が続くのだ。
2時間のタイムリミットを迎え、全員死亡という展開も十分あり得る。
それまでに何度電流を浴びるのだろう。

アイゼンが言い残した言葉を、アリスは再認識していた。

アリス(わかってるさ。王のオレは、アンタ達のどちらかと心中するしかない。
 承認ならアイゼン、却下ならローヤーと道連れだ)

最終ターンの王が勝利するには、現時点で
「大臣より100枚以上、かつ天使と同数以上」
または
「大臣より1枚以上、かつ天使より101枚以上」
のコインが必要だ。
それを満たせなかった時点で、勝ちは無い。

だが敵とて、2分の1の確率で殺されるのは怖いだろう。

アリス(向こうも延長戦を狙うはず……電流は覚悟するっきゃねーな)

そんなアリスの思惑とは裏腹に、

ローヤー(ボクかアイゼン、どちらかがボーイと心中?
 まさかコイントスでもして決めろってのかい?
 冗談じゃない!
 元同僚の口癖だった『命の価値は平等』なんて状況に、甘んじるわけないだろ。
 ボクが勝ち組だって証拠を、見せつけてやるさ!)

ローヤーは勝利へのプランをもう1つ用意していた。
4ターン目の作戦に比べればスマートではないが、土壇場での心理を突いたやり方を。

内容はこうだ。
まず、アリスと同着1位になる意思を示す。

しかし現在、アリスとローヤーの所持枚数は235と182。
奇数と偶数のため、100をどう分配しても等しくはならない。
ローヤーはそれを説明した上で、

「だからさっきアイゼンに1枚譲渡したんだ」

と言う。
すなわち、自分の枚数を181と偽り、77:23で分配すれば同着1位になれると主張する。

だが当然、アリスも簡単には信じないだろう。

「コイン渡したとこなんて見てねーぞ!
 そういう重要な事は、オレの目の前でやるべきだろ!」

とか言うだろう。
しかしそこは譲らない。あくまで1枚渡したと言い張る。
どうせアイゼンは天使でしゃべれないのだ。

ひとしきりゴネた後、77:23で分配案を確定する。

アリスは制限時間ギリギリまで迷うはずだ。
なにしろ5ターン目、アイゼンも偶数を複数書く裏技を知ったのだ。
100と書かないはずがない。

同時に、ローヤーも死を目前に狼狽してみせる。ここは演技力の勝負だ。

そしてまさに1分が過ぎようとする時!

「OK! わかったよ!」

と叫び、アイゼンにコイン1枚を渡す
……フリをする。実際に渡すのはスーツからもぎ取った金ボタンだ。

ここまでの流れを見ていたアイゼンなら、とっさに受け取ってしまうだろう。
それを見たアリスは十中八九、承認する。
もし時間切れでも、承認扱いだ。

ローヤー(Thus……最終勝者はボク、というワケさ)

すでにチェックメイトまでの手筋は整えた。
だから、これ以上ややこしい状況になるのは御免だった。なのに、

アイゼン「……」スッ

部屋に戻ったローヤーにいきなり、アイゼンは手紙を差し出してきた。
やれやれと思いながらも、無言でそれを受け取る。


『コイン47枚を払えば、『私は女性です』と書いた手紙を売ります。 ―アイゼン―』


ローヤー「……!」

47枚。この数が何を意味するかローヤーはすぐにわかった。
100の価値を47で買えば、53の儲け。
これによって自分とアリスの枚数は等しくなる。
つまり、アイゼンはこう言いたいのだ。

「50:50で分配すれば、承認でも却下でも延長戦になりますよ」

ローヤー(って、騙されるワケないだろ!)

そう思わせといて、ボードには100と書いてあるはず。
いかにも愚者の考えそうな浅知恵だ。天使の総取りにさせてたまるか。

だが……これは利用できる。

ローヤー「買うよ」

結局ローヤーは契約通り、コイン47枚でアイゼンの嘘手紙を購入。

アリス「ちょっ!?」

突然目の前で行われた売買に戸惑うアリス。
しかしそんな彼に、ローヤーは諭すように語り始める。

ローヤー「なあボーイ……2分の1で心中なんて、ボクはごめんだ。
 キミだって死にたくないだろ?
 ここは延長戦にしようじゃないか。
 アイゼンもそれを望んでいるようだ」

アリス「アイゼンも?」

ローヤー「そうさ。キミとボクの所持枚数は、235と182……奇数と偶数だったろ?
 だから、ボクがどう分配案を立てても、同着1位にはできなかったんだ。
 けれど今、アイゼンがコイン『49』枚でこの手紙を売ってくれたおかげで、状況は変わった」

購入した手紙をアリスに見せるローヤー。
だが、ここでさりげなく数字に嘘を混ぜてくる。

ローヤー「つまりボクは51枚増えて、233枚になったんだ。
 わかるかい? 今やキミとボクの差はたった2枚。
 51:49を承認してくれれば、延長戦になるのさ」

語れ。
騙れ。
どうせ天使はしゃべれない。

アリス「ま、待った!
 なんでアイゼンは49枚なんて半端な値で売ったんだ!?」

ローヤー「さあねぇ……
 たぶん、ギリギリ僅差で最下位になるためじゃないかな?
 ボクに買いたいと思わせるための、インセンティブ(誘因)さ。
 1枚差のアドバンテージを捨ててまで、手紙を売りたかったんだよ。
 
 実際、アイゼンも手紙の売上で49枚増え、今3人はほとんど横並びだ。
 延長戦に向けて手持ちを増やしておきたいのは、みんな一緒だからね」

よし、いいぞ。
「1枚譲渡した」と言い張る当初の作戦よりも、自然な話の流れ。

ローヤー「いいかい? 承認すれば死ぬことはないんだ……
 お互い、電流は覚悟しようじゃないか。
 分配案は51:49、とさせてもらうよ」

ついに最終ターンの分配案が確定した。

バン!

と、そこへ。テーブルに叩きつけるように、アイゼンが手紙を置く。

アリス「!……オレ宛か」


『騙されてはいけません。
 私はローヤー氏にコイン47枚で嘘の手紙を売りました。
 つまり現在の所持枚数は以下の通りです。

 アイゼン:230 アリス:235 ローヤー:235
                       ―アイゼン―』


アリス(なっ!?)

バン!

アリスが読み終わったと見るや、続けざまに次の手紙。


『君が却下できないのは、私が100と書いたと疑っているからでしょう。
 しかし安心してください。
 私がボードに書いたのは『10』ひとつだけです。 ―アイゼン―』

アリス「う、嘘だッ!」

目にした10という数字から、アリスは瞬時に閃く。

アリス「そうだ、血だ! アンタ赤ペンで10と書いたんだろ!?
 オレが却下したら、指を食いちぎり、カーテンの下から手を突っ込んで、ゼロを書き加えるつもりだ!」

バン!

たたみかけるように3枚目の手紙。


『私は黒ペンだけを使って『10』と書きました。
 赤ペン・血文字を問わず、赤い数字・文字を書いていません。
 これからも書きません。 ―アイゼン―』


アリス(この疑いも読まれてた!?)

こちらの思考を先回りして、アイゼンは執拗に却下を誘ってくる。

その表情を見れば、ただただ「死にたくない」という必死の形相。
しかし、怯え混じりに命乞いをするこの態度こそ、
彼が行ってきたどんなセールスより「誠心誠意」なのかもしれない。

ローヤー「……」

その迫力に、向かいのローヤーも息を呑んでいた。

ここまで念を押されたら、もはやアイゼンを信じるしかないか?

アリス(天使が100枚得る方法は、前のターンでさんざん考えたじゃねーか)

3枚の手紙に抵触せず、ボードに100と書く方法は?
……ない。
こんなガチガチに条件を固められちゃ、あるはずがない!
もちろん、前ターンの消し忘れもない。

アリス(1枚目の手紙が真実なら、ローヤーはオレをはめて単独トップを狙ってる!
 つまり、承認→死、却下→延長戦 だ。

 じゃあ、1枚目の手紙が嘘なら……?
 仮に何らかの方法でアイゼンがコイン総取りしたとしても、オレも+100だから、結局1位はオレ。
 勝利の可能性が残されてるのは、こっちだ!)

何より、もう時間がない!
時間切れは承認扱いになってしまう!

アリス「き、ッ……却下!」

やっと搾り出したような声で、アリスは却下を宣言。

アリス(どんな些細でもいい、アイゼンのミスでもいいから……嘘が交じっていてくれ!)

そう祈りながら、汗ばむ手で手紙を強く握りしめる。

却下の宣言を聞いたアイゼンは、大きく安堵した後、つかつかとボードに歩み寄った。

アイゼン「では、公開しますよ」

言いつつ、カーテンの上からひとさし指を当て、スーッと楕円形を描く。

アリス・ローヤー「「なっ!!?」」

シャッ!

アイゼン「見ての通りです……このげぇむ、私の勝利ですね」

現れた数字は『100』。
だが右端のゼロは、明らかに今アイゼンが書き加えたもの。
いや、書き加えたと言うより……「消し加えた」が適当か。

アリス「し、白ヌキ文字、だと!?」

ローヤー「You're fuckin’ kidding! ふざけるな! 何だコレは!」

アイゼン「おやおや、るぅるを思い出してくださいよ。
 『両端が黒・赤の2色ペンだが、色は関係ない』
 ……明言されてるでしょう? 色は関係ないんです!
 ペンが2色だから字も2色? そう思い込む時点で想像力が貧困なんですよ!

 この100は紛れもなく、『カーテンを開け、そこに書かれた偶数』です!」

そう。アイゼンはボードに黒ペンで塗りつぶし領域を作り、そこに「白字の」10を書いた。
そして、ゼロを追加すべき位置の目印として、カーテンに小さな点を打っておく。
あとはアリスが却下するよう、「嘘偽りない手紙」で説得するだけだ。

アイゼン「アリス君、きみはこう思ったんじゃないですか?
 もしこの手紙が嘘なら、コインの山に化ける。
 ああ、嘘であってくれ! と。
 セールスマンの私に言わせてもらえば、願望と展望を混同する顧客ほど、やりやすいものはありません。
 『このカーオプション使ってみたい』が、
 『いつか必要になるかも』に直結してしまう、
 おめでたい思考回路の持ち主ですよ!

 さらに君は、
 『10だと信じてほしければ、カーテンを開けろ』
 という、基本的な要求さえ忘れていた。

 5ターン目の成功体験が、よっぽど焼きついていたんでしょうねえ。
 『カーテン閉めたままでも、手紙で騙せば王は却下する』という前例に、
 今度は自分自身がとらわれてしまった!
 いやあ、皮肉なものです!」

アリス「……クッ」

アイゼン「そしてローヤーさん、貴方は本当に強かった。
 母国語でもないルールに穴を見つけ、大胆にも1ターン目からそれを突いてきた。
 けれども、弱点は始めから分かっていました。
 エリートゆえの驕りですよ!
 5ターン目、裏技の種明かしで、私が無様にうろたえるだけの小物に思えたんじゃないですか?」

ローヤー「なっ!……あれが演技だったと?」

アイゼン「貴方はアリス君に2度出し抜かれ、プライドを傷つけられていた。
 だから私は滑稽にふるまい、プライドを回復させてあげました。
 そして最終ターン、
 貴方は、私の手紙を公開した上で50:50に分配すれば、確実に延長戦にすることができた。
 けれど案の定、しなかった。
 『こいつらと同レベルでたまるか』という勝ち組のプライドが、そうさせたんですよ!」

紳士然とした振る舞いはどこへやら、アイゼンは敵の敗因を饒舌にまくし立てる。
しかし、その内容はことごとく的を射ており、2人は返す言葉もなかった。

自分の頭を指差し、アイゼンは続ける。

アイゼン「貴方達は本当に、頭脳戦において強者でした。
 きっとアリス君は、学業の方も優秀だったんでしょうね。
 しかし私が得意とするのは……」

その手を、頭から胸に持ってくる。

アイゼン「こっちですよ」

(ここでテロップ[相全 雅喜 得意ジャンル…はあと])

まるでその仕草が合図だったかのように

アナウンス<最終スコアを発表します。
 1位、アイゼン様330枚。同着2位、アリス様、ローヤー様235枚。

 よって勝者、アイゼン様。
 こんぐらちゅれいしょん、げぇむくりあ>

勝者が告げられると同時、2条の光線がローヤーとアリスの頭上に降り注ぐ。
そして、敗者2人はげぇむおぉばぁとなった。

実際には即死だったのだろう。
しかし脳とは不思議なもの。絶命の一瞬、2人は短い走馬灯を見ていた……



今際の国に来る前、アリスは「表向き」礼儀正しい模範的な少年だった。
目上の者の評価を得ることに長け、それを処世術として割り切っていた。

だが、今際の国ではそんなもの通用しない。
自分の力と決断のみによって、命がけのサバイバルを強いられる。

そんな世界で過ごすうち、敬語を使うことをやめていた。
兄がそうしていたように、初めて年上を「アンタ」呼ばわりしてみたとき、妙な開放感を覚えた。
誰の後ろ盾も無く生きていくことに、不安感よりむしろ、すがすがしさを感じていた。

本当は最初から、こんな風に自由になりたかったのかも知れない。
だがそれも、もう終わる。

アリス(負けたんだ……オレ……は……死ぬ)

今際の際のさらに今際で、思い出したのは兄の顔だった。
学業不振ゆえに父から見限られ、代わりに自分がその寵愛を奪ってしまった、兄・良平。

アリス(自堕落でダメな兄貴だったけど……
 映画の感想を言い合ってる時は、楽しかった…な……)

そんな事を思いながら、有栖家の次男はその短い生涯を終えた。

グローバル企業お抱えのエリート弁護団。
かつてローヤーがその一員だった頃、この世の不平等に思い悩む博愛主義者の同僚を、こう諭したことがある。

ローヤー「世界が不平等だ不条理だと真剣に悩むのは、ボクやキミの役割じゃないよ。
 世界の枠組みを変える力を持たないボク達が、そんな事でいくら悩んでも時間の浪費ってものだよ」

ローヤーは思い出す。
あのとき少しだけ、彼に共感しようとしたことを。
けれど、やめた。
そんな事したって、青臭い者同士、傷の舐め合いになるだけだ。
解決しようのない悩みってのは、澱のように溜まり続けるもの。
かき混ぜるスプーンが2本になったところで、何も変わりゃしない。

権利も責任も分相応。
貧者も富者もいて当然。
強者が為すべきことを為すために、弱者の嫉妬などいちいち気にしなくて良いのだ。
ローヤーは己の中でそう結論づけていた。

だが今際の国に来てからというもの、その考えは根底から覆される。
げぇむにおいて、ぷれいやぁは皆平等。そこに命の格差は無い。
強者か弱者かは、生まれながらではなく、常にその場で量られていくのだ。

そしてついに今夜、彼は「弱者」として命を失う。

ローヤー(なあ……フィランソロピスト……
 キミの描いた、理想……平等な、世界って……こんなものなのかい……?)

命の不平等に悩んだ元同僚の顔を思い出しながら、エリート国際弁護士の人生は幕を閉じた。

皮肉にも、誇りとしていた頭脳を貫かれての絶命だった。

7日分のびざを獲得したアイゼンは、景品のワインを手に銀行を後にする。

アイゼン「さて、一人さみしく祝杯を上げますか。
 天使のわけまえに2人分の生命を捧げたワインは……どんな味わいでしょうね」

そこに少しの「苦味」を期待してしまった自分を、すかさず叱咤する。

アイゼン(何を甘いことを考えているんだオレは!)

非情になれ!
きっとこの先、何人も騙し、何人も裏切るのだ。

アイゼン(もともと、人を騙すのが『生業』だったじゃないか……)

得意ジャンルはあとを自負する自分が、これからも今際の国で生き延びていくために。
願わくば、より強き心を。

ひとつの人影が荒廃した街の闇に呑まれ、消えていった。



―完―

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