男「電車にギリギリ乗れなかった人が、急にすまし顔をする現象」(28)

男「電車に乗ってると、たまに思うことがあるんだけどさ」

友人「なんだよ」

男「よく、電車にギリギリ乗れなかった人が、急にすまし顔することあるじゃん」

友人「……?」

友人「なんだそりゃ。いまいちピンとこないんだけど」

男「たとえば、電車がもう駅にやってきてる」

友人「うん」

男「そこに駆け込みってほどじゃないけど、なんとか急いで乗ろうとする」

友人「うん」

男「だけど、残念ながらあと一歩のところで電車のドアは閉まってしまう」

友人「あるある」

男「内心、めっちゃ悔しい、もっと急いでれば、って思ってるはずなんだけど」

男「そこで、全然悔しくないしー、次のに乗ればいいしー、みたいな顔をする現象だよ」

友人「ああー、分かった分かった! オレもよくやるわ!」

男「あれって、なんであんなすまし顔するんだろうな?」

友人「そりゃあれだろ。みっともないからだろ」

男「うーん……俺はそうは思わないんだけどな」

男「変に取り繕うより、悔しいことは悔しいって表に出した方が健全だと思う」

男「あんなすまし顔する方が、かえってみっともないよ」

友人「まあ……そういう考え方もあるかもな」

男「なんつーか、悪い意味で日本人的だよな」

男「感情を表にさらけ出すのは恥ずかしい……恥の文化、っつうの?」

男「外国人ならきっと、素直に“ガッデム!”とか“サノバビッチ!”とか口ずさむよ」

友人「そ、そうかな」

男「とにかく俺は、今度から電車に乗り損ねたら素直に悔しがることにする」

男「それも全力でな! そっちの方が絶対健全だし、かっこいいもん!」

― 駅 ―

『まもなく、ドアが閉まります。ご注意ください』プルルルル…



男「わぁぁっ! 待ってくれえっ!」タタタッ



プシュー……



男「あああ……閉まっちゃった……」

男(俺はすまし顔なんかしないぞ! 思いっきり悔しがる!)

男「くそぉぉぉぉぉっ!」ガクッ

男「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

男「あと一歩……っ! あと少しだったのに……っ!」

男「なんで乗れなかったんだぁっ!」

男「もっと全力疾走してれば……もしかしたら、乗れたかもしれないのに……!」

老人「どうしたのかね、お若いの」

男「ううっ……! 実は、今走り去っていった電車に……乗れなかったんです!」

老人「ほっほ、そんなに気にすることはなかろう」

老人「もう5、6分もすれば次の電車が来るじゃろうて」

男「いえっ……! そんなことはなんの慰めにもならないんですっ!」

男「俺は……どうしても……今の電車に乗りたかったんだ……!」

男「乗らなければならなかったんだ……!」

ザワザワ…… ドヨドヨ……

老人「ううむ、それほどまでに悔いておるとは……」

女子高生「え、え? どうしたの、あの人」

青年「元気出せよ……」

幼女「あのおにいちゃん、かわいそー」



男(お、なんか注目を浴びてるぞ……? 悲劇のヒーローにでもなった気分だ)

男(ようし、もっと悔しがってみるか)

男「俺がっ……! 俺がマヌケだったんだっ……!」ガンッ

男「もう少しだけ、家を早く出てれば……!」

男「もう少しだけ、歩くペースを早めていれば……!」

男「あの電車に乗り遅れることはなかったんだぁぁぁぁぁ……っ!」

男「ううっ……! うううっ……! うぅ……」

老人「……許せぬ」

ザワッ……

老人「ワシは未だかつて、これほどの怒りを感じたことはない」

老人「このように必死な若者を置き去りに、走り去ったあの電車が許せぬ!」

老人「ほんの数秒、出発を待ってやれば、この若者はあの電車に乗れたことじゃろう」

老人「なのに、その数秒を待たなかった無慈悲なあの電車が許せぬ!」

女子高生「……そうよ! 無慈悲すぎるわ!」

青年「いつだってそうだ! 電車は肝心なところで待ってくれない!」

会社員「そのくせ、ちょっとしたことですぐ運行を休止する!」

茶髪「まったくだぜ! 鉄道会社はあまりに身勝手すぎる!」

幼女「たたかおう、みんな!」

老人「そうじゃ……戦おう!」

老人「ワシらの手で、無慈悲で身勝手な鉄道会社に鉄槌を下してやるのじゃぁっ!」



ウオオオオオ……!



老人「手始めに、この駅を制圧する! そして、同志を集める!」

老人「兵が揃ったら、本丸たる鉄道会社の本社ビルに攻め込もうぞ!」

老人「これはワシら乗客と、鉄道会社との全面戦争じゃああああああッ!!!」



ウオオオオオ……!

男「ま、待って下さいっ!」

老人「む」

老人「なんじゃ、お若いの。まさか、邪魔をする気かね?」ギロッ

男「邪魔だなんて、そんな……」

男「だけど……少しだけ俺の話を聞いて欲しいんです」

男「たしかに俺は……さっき、電車に乗れませんでした」

男「だけど、それはあくまで俺のせいであって……他の誰のせいでもありません」

男「だって、乗り遅れは、俺がしっかりしていれば防げたんですから……」

老人「しかし、あの電車にはおぬしを待つこともできたはずじゃぞ?」

男「……そうかもしれません」

男「ですが、乗り遅れそうな人がいるからといって、いちいち電車を止めていたら」

男「電車のダイヤはメチャクチャになってしまいます」

青年「いいじゃないか、なったって!」

男「果たしてそうでしょうか?」

男「そうなったら、結局困るのは俺たち自身ですよ?」

男「だって、ようするに常に電車が遅延状態になるようなものなんですから」

青年「ぐっ……!」

男「日本の鉄道ダイヤは世界一正確ともいわれています」

男「これは鉄道会社の方々の努力はもちろんですが」

男「俺たち乗客のマナーによって支えられている部分もあるのでしょう」

男「だからこそ、俺たちは……たとえ電車に乗り遅れたとしても」

男「しょうがない、次のに乗ろう、の精神を持つことが必要なのではないでしょうか?」

老人「……」

老人「ううむ、そのとおりじゃ!」

老人「ワシらが間違っておった! おぬしのいうとおりじゃ!」

老人「鉄道を利用する時は、心と行動に余裕を持つことが大切なのじゃなぁ……」



ウオオオオオ……!



男「皆さん……分かってくれてありがとう!」

男(よかった……とんでもないことになるとこだった……)ホッ…



パチパチパチパチパチ……!

……

……

……

― 駅 ―

『まもなく、ドアが閉まります。ご注意ください』プルルルル…



友人「やべぇ、電車が出ちまう!」タタタッ

男「……」タタタッ



プシュー……



友人「ちぇっ! 間に合わなかったか!」

友人「くそーっ! もうちょっとで乗れたのになぁ!」

友人「……ってあれ、なんでお前は悔しがらないの?」

友人「たしか、これからはこういう時、素直に悔しがるとかいってたような……」

男「いや……これでいいんだ」

男「電車に乗り遅れたら、悔しくても平気なフリをする」

男「これが鉄道利用者のたしなみってもんさ」





~おわり~

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