男「俺はゲームの主人公の名前を決めるのが苦手だ」 (21)


ただ待っている時間というのは長いものだ。

そこで俺は携帯ゲーム機で、新しく買ったゲームをプレイすることにした。



内容は、典型的なファンタジーRPGというやつだ。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1496847995


ボタンを押し、ストーリーを進めていくと、画面に次の文章があらわれた。



『主人公の名前を入力して下さい』



このゲームの主人公に、どうやらデフォルトの名前はないらしい。

俺が命名してやらねばならないようだ。


俺はこの「主人公の名前を決める」という作業が大の苦手だ。


なにしろ、ここで決めた名前のキャラを、これから自分の手で動かすことになるのだ。
それを考えると、そうやすやすとは決められない。


ああでもない、こうでもない、と延々悩むことになる。


ゲーム主人公の命名方法でありがちなのが、「自分の名前にする」というものであるが、
俺にはこれがどうも性に合わない。


なんとなく照れ臭いし、俺はゲームの主人公は「自分の分身」というより、
「どこか遠い世界にいる自分の友人」のようなものだと思ってプレイする主義だからだ。


だから、ゲームの主人公にはちゃんとそいつ独自の名前をつけてやりたいのである。


なら全力でカッコイイ名前をつけてやりゃいいじゃん、と思うかもしれないが、
そこは俺ももういい大人だし、ブレーキがかかってしまう。

ヨーロッパにいそうなお洒落な名前をつけるのは、どうも気が引けてしまう。


長時間真剣に悩むわりに、しょせんゲームのキャラだしあまり本格的な名前にはしたくない、
という矛盾した感覚を抱くのだ。

この矛盾が、よりいっそう俺のネーミング決定を遅らせる要因となるのだが。


いっそ、開き直って「ああああ」とかにしてしまうのも手かもしれない。

だが、これにもやはり抵抗がある。



しょせんゲームのキャラとはいえ、しばらくは自分の相棒になるのだから、
適当にも程がある名前を付ける気にもなれないのだ。


これにしよう、やっぱやめよう。

この名前はどうか、ちょっとかっこよすぎる。

こんなのはどうか、いやいやダサすぎる。



名前入力画面から一歩も進まぬまま、時間がどんどん過ぎていく。


このままではまずい。いくらなんでも時間の無駄すぎる。
俺はせめて、ネーミングの方向性だけでも決めなければ、と思った。


ゲームキャラの命名方法として他にありがちなのが、
「自分の近くにあるものをもじった名前にする」というものだ。

たとえばペットボトルがあったら「ペトボ」とか「ボットル」にする、といった具合だ。


俺はこの方法を採用することにして、周囲を見回した。
ちなみにペットボトルはなかった。


点滴をつけて歩いてる人がいるから、「テンテッキ」はどうか?

うーん、しっくりこない。ポンキッキみたいだし。



受付が見えたから、「ケッツケー」ってのはいかがだろう?

ケツ毛みたいで、どうもよろしくない。



車椅子の人が通りがかった。「マイス」にしてみようか?

なーんかマイナスみたいで弱そうだ。



方向性は決まったものの、結局こんな具合に俺は悩み続けるのだった。


さて、名前入力画面で立ち往生してから、どれぐらい経っただろうか。


ゲーム機を手に、熟考している俺のもとに、一人の看護婦さんがやってきた。
ああ、今は看護士っていうべきなんだっけ。

看護士をもじって「ゴッシ」……うーん、微妙。「ゴッフ」も微妙。耳を切り落としそう。
ナースをもじって「スーナ」……砂漠に住んでそうだ。


あれこれ考えている俺に、看護婦さんはとびきりの笑顔を見せてくれた。



「元気なお子さんが産まれましたよ!」



この瞬間、俺の頭からゲームのことなど吹っ飛んでしまったことはいうまでもない。


案内された別室では、出産を終えたばかりの妻が安堵の表情を浮かべていた。

その横ではこの世に生を受けたばかりの俺の息子が眠っている。



「よくやったな! ごめんな、俺なんてなんの力にもなれなくて……」

「ううん、病院に来てくれただけでも嬉しいよ。仕事があったでしょうに」

「さすがにこんな時に仕事してられないって! ……ゲームはしてたけど」

「ふふっ、あなたらしい。それより……この子の名前を決めてあげないとね」

「それなら太郎でいいだろ、太郎で!」

「え、でももっとちゃんと考えた方が……」

「こういうのは即決が肝心なんだよ! 太郎で決まり! さっそく市役所行ってくるよ!」







                                   ―おわり―

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