千早「12色のクレパス」 (177)

【序】

 やぁ、よく来たね。

 今日は少し冷えるようだな。
 どうぞ、かけてくれたまえ。

 音無君、すまないがコーヒーを頼むよ。



 ハハハ、いやぁなに、今回の件は元々私がキミにお願いしたことだ。
 765プロが新たな一歩を踏み出すための、区切りを付けられるようにね。

 何を言いたいのかって?
 それは私よりも、我が765プロのアイドル諸君から聞いてくれたまえ。
 それがキミの仕事だろう?


 ――いや、仕事という言葉で片付けるのは、少々気が引けるな。

 あぁ違う、そうじゃない。
 一銭の足しにもならないことをさせるつもりは毛頭無いよ。


 ただ、まぁ――私も、年甲斐も無くセンチメンタルになるということさ。


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 ――歳を取ったからセンチメンタルになったのではないかって?
 ハハハ、冗談を言うなよ。
 若い頃はもっと熱かったさ、お互いにな。


 ん、おぉ、ありがとう。

 おや? ――音無君、あのコーヒーはどうしたんだい?
 来客用に取っておいた上等のものがあっただろう。


 ――あ、そ、そうか。
 そういえばそうだったね、ハハハ。


 ん? あぁいや、何でもない。
 私が気づかぬうちに使い切ってしまっていたようだ。

 ま、まぁキミは、ほら、私とキミの仲じゃないか。
 今さらお客様扱いされたって、キミも困るだろう?

 ハハハ、そんな顔をするな。
 さぁ、召し上がれ。


 さて、何の話だったかな――あぁそう。
 彼の――。


 ん、私の後ろ?


 ――あぁ、あの壁に掛かっている絵が気になるのかい?

 落書きのような、とは失礼だな、キミも。
 正真正銘、立派な落書きだよアレは。

 そして、我々765プロの宝でもある。


 大事なものであるのなら、なぜ額縁に入れないのかって?

 いつ完成するのかも分からない、未完の作品だからさ。

 今回、キミに依頼する仕事は、あの絵のルーツを知ってもらうことにもなるだろう。


 思わせぶりで悪かったね、ハハハ。
 だが、楽しみは後に取っておくものだ、そうだろう?


 ん、もう行くのかい?
 そうか。



 最後に一つだけ、良いかな。


 人というものは、いなくなって初めてその人を理解するようにできているらしい。

 身近にいたときは見えなかった、その人の芯の部分、と言えば良いのかな――。
 しかし、いつもどこかで、確かにそれを感じていたことに、後になって気づかされる。


 ――ふふ、やはり感傷的になってしまうな。すまない。

 では、よろしく頼むよ。

【1】

 わ、私が最初なんですか!?

 いえ、あの――社長から、話は聞いてましたけど、ちょっと緊張しちゃいますぅ。


 は、はいっ! 頑張ります。
 すぅー、はぁー、すぅー、はぁー――。


 えぇと、それで――何を話せばいいんでしょう?



 プロデューサーとの思い出、ですか?

 思い出――うーん、一言では言い表せないというか、迷うというか――。


 あっ! そ、それじゃあ、私が一線を越えることができた話を――。


 ――え? あ、い、いいえぇぇっ!?

 ち、違いますぅ!! 私が成長できたって意味で、そういう意味じゃないんです!!
 ってそういう意味って、私何を言って――!!

 ひぃーん!! こんなダメダメな私はぁ――!!

 す、すみませんでした――。


 はい――それじゃあ――すぅー、はぁー――。



 765プロに入ったばかりの頃の私って、今よりもっと、ダメダメだったんです。

 他の子達より、体力も無いから、すぐにバテて、ダンスも全然上手くならなくて。
 それに、歌も、肺活量とか、声量が無くて、擦れ気味にしか歌えなくて――。


 何よりダメだなって思ったのは――それを改善することができない、心の弱さでした。

 私はダメダメだから、って、どこか自分を諦めてしまって――。
 辛いことから、逃げてばかりで――それに気づいていながら、何もしてなくて。

 いつも、真ちゃんとか、千早ちゃんとか、美希ちゃんとか、皆すごいなぁって――。
 皆を、後ろから見ていて、それを楽しんでいました。

 私がすごいアイドルになれなくたって、きっと誰かがなってくれる――。


 えへへ――おかしいですよね。
 ダメダメな自分を変えたくて、アイドルを目指したのに。

 結局、レッスンの厳しさに、すぐ弱音を吐いて、逃げていたんです、私。


 私がプロデューサーと出会ったのは、そんな頃でした。

 律子さんとは別の、男の人がプロデューサーとして来る、って――。
 小鳥さんから、そう聞いて、最初はとても不安でした。

 だって、私、男の人がすごく、苦手で――!
 その男の人が、ずっと私達と、仕事で一緒になるなんて、大丈夫かなぁって。


 プロデューサーは、想像よりもずっと優しそうで、安心したのを覚えています。

 と言っても、初めのうちは、やっぱりちょっと、怖くて――。
 十分に距離を取るか、真ちゃんの陰に隠れていないと、まともに話せませんでした。

 失礼、でしたよね、きっと。


 でも、プロデューサーは、そんな私にも、すごく親身に接してくれました。

 私に無理をさせないように、最初の頃は、事務所の、えぇと――壁?
 隔て壁、っていうのかな――それ越しに、一生懸命話しかけてくれたり――。

 それが慣れてきたら、徐々に距離を縮めるように、提案してくれたりもしました。

 焦らなくていい、ってプロデューサーの言葉に、すごく安心したのを覚えています。


 レッスンは、基礎体力をつけるトレーニングを、やよいちゃんと地道に続けて――。

 やよいちゃんが、いつも励ましてくれるんです。
 だから、辛くても頑張れて、おかげでバテにくくなったし、声量も大きくなりました。

 今にして思えば、プロデューサー、お互いの相性とか――。
 そういうのも、考えてくれてたのかなぁ。

 あと、とある地方の営業では、犬が苦手な私のために、体を張って守ってくれたり――。
 プロデューサーも、犬が苦手だったのに。

 だから、一生懸命やろうって、必死に歌って――。
 そうしたら、その営業はすごくお客さん達に喜んでもらえて――嬉しかったなぁ。


 何より、一番の転機は、初めて皆でやった感謝祭ライブでした。
 それの出番も、プロデューサーが用意してくれたものだったんです。

 でも、その練習で、やっぱり私、皆よりもダメダメで――。
 ライブに出ることを――アイドルそのものを、辞めようと思ったりもしました。

 練習の辛さより、皆の足を引っ張っていることが、耐えられなかったんです。

 でも、貴音さんや真ちゃん、皆にも助けられて――。
 何より、プロデューサーがやっと取ってきてくれたチャンスだから、って。

 だから、あれだけ本気になって頑張れたし――。
 今、こうしてアイドルを続けていられるのも、あのライブのおかげなんです。

 支えてくれた皆――その機会を与えてくれた、プロデューサーのおかげかなぁって。
 一線を越えた、というか、一皮むけたって言うのかな、こういう時。


 ――はっ! す、すみません!
 すごく、偉そうなことを言っちゃって――うぅ、は、恥ずかしい――!


 でも――やっぱり、今回だけは、許してくれませんか?

 あまり無いんです――プロデューサーとの思い出を、こんなに他の人に話すのって。

 ごめんなさい。

 はい――ありがとうございます。


 それじゃあ、プロデューサーと話した中で、印象に残っていることをお話します。


 いくらか、前よりマシになったと言っても――。
 私には、何もかも一人で立ち向かえる度胸とか、勇気とか、そういうのは無くって。

 お仕事では、割り切って、気合で何とかすることも、少しできるようになったけど――。
 そうじゃない時は、全然、ダメダメのままでした。

 だから、真ちゃんみたいに、ババーンって何でも出来ちゃう人が、憧れなんです。
 私みたいに、ナヨナヨしてなくて、いつも真っ直ぐで、自信に溢れてて――。


 事務所の皆にも、良く言われます。
 真ちゃんと私、いつも一緒にいるよね、って。

 それは、私が真ちゃんにいつもくっついて、離れないからなんです。
 真ちゃんといると、私も、何だか強くなれるような気がして――。

 実際は、そんなこと無いんです。えへへ。
 いつも、真ちゃんに助けてもらってばかりです。

 荷物を一緒に持ってくれたり、犬や、怖そうな男の人から庇ってくれたり――。
 ダンスが下手な私のために、一緒に残って、練習に付き合ってくれたりもして。


 でも、ある時思ったんです――ひょっとしたら、迷惑かも、って。

 私は、真ちゃんに助けてもらってばかりなのに、何も真ちゃんにしてあげられていない。
 それじゃダメだって。

 そう思って――意図的に、真ちゃんから離れた時期も、ありました。
 もちろん、お茶とかは淹れますし、休憩スペースで談笑もします。
 でも――頼るのは、もう止めようとしました。

 何でも、皆みたいに、一人でできるようにならなきゃ、って――。
 プロデューサーの付き添いも、その時は断って――お仕事に行きました。

 それで――すごく、大失敗を、しちゃって――。



 事前にそんな話、聞いてなかったんですけど――。
 黒くて、大きい犬が、現場にいたんです。

 響ちゃんの協力もあって、小型犬とかには、少しは慣れてきたつもりだったんです。
 でも、その犬は――いぬ美ちゃんよりも、大きくて、すごく、おっかない犬でした。

 それで――その犬と、一緒に散歩しながら、撮影する、って――。


 とにかくその時は、いっぱい、泣きました。

 怖いし、すごく吠えるし、いきなり、お――おしっこするし、暴れるし――。

 何より、私、やっぱりダメなんだ、って――。
 一人じゃ何にもできない、ダメダメな人間なんだ、って、思い知らされて――!


 そうしていたら――プロデューサーが、駆けつけてくれたんです。
 いつもと様子が違うから、心配になって来たんだ、って。

 犬に吠えられて、ようやくその犬に気がついたみたいです。
 とてもビックリした様子で――でも、ものともしないでディレクターさんに詰め寄って。

 プロデューサーは、ディレクターさんに怒ってくれました。
 企画書の内容と、全然違う、って。
 自分達を騙して、アイドルを酷い目に遭わせるなら、断らせてください、って。

 プロデューサーがいてくれるだけで、こんなに安心できるんだぁって――。
 犬には、ちょっと怖がっていたみたいですけど、安堵感で、また泣いちゃって。


 ディレクターさんは、困ったような顔をして、謝ってくれました。
 後から聞いたら、961プロの、嫌がらせだったそうです。

 それで――その日のお仕事は、当初の企画通りに進んで、終わったんですが――。



 後で、私――泣いて、プロデューサーに謝りました。
 人に頼らなきゃ、何もできないクセに、出過ぎた真似をして、ごめんなさい、って。

 あんな嫌がらせだって――。
 真ちゃんなら、プロデューサーがいなくても、きっと自分で跳ね返して――!


 そう言うと、プロデューサーは、優しく笑いながら、首を振りました。

 それから、真には言うなよ、って言って、何だか意地悪そうな顔になりました。


 プロデューサーが言うには、真ちゃんもその前日、仕事先で失敗したんだそうです。

 どこかの、CDショップだったかな――そのお店の、一日店長をするお仕事で――。
 そこで、一生懸命、真ちゃんなりに、可愛い子ぶろうとして――。

 結果は、想像に難くないと思いますが――あまり、ウケなかったみたいです。
 真ちゃんは、良かれと思って、フリフリでキャピキャピになったそうですが――。

 終わった後、真ちゃんは今まで見たことが無いほどガッカリした様子だった、って。


 雪歩だけには言わないでください、って言われてたんだけどな、って――。
 プロデューサーは、人差し指を口元に当てて、おかしそうに笑いました。

 それを見たら、私も――真ちゃんには悪いんですけど、笑っちゃって――。


 前もって雪歩にフォローを頼んでさえいれば、と、真は悔やんでいたんだ――。
 そう、プロデューサーが言いました。
 自分のことを一番知っている、いつも見守ってくれる雪歩がいてくれたら、と。

 私は、えっ、と思いました。
 プロデューサーは、もう真面目な顔になっていて、続けました。


 お前は、自分が他の人に何もしてあげられていないと思っているが、それは違う。
 確かに、真は体を張って、目に見えて分かりやすい働きをしているとは思う。

 だが、お前だって十分皆の力になっている。
 美味しいお茶を淹れてくれたり、些細な喧嘩の仲裁をしてくれたりするだけじゃない。
 ただそばにいてくれるだけで、他の皆にとって大きな力になるものなんだ。

 雪歩がそばに寄り添ってくれるから、真だっていつもの調子が出せる。
 皆も、雪歩が上手く仲を取り持ってくれるから、安心して本音をぶつけ合えるんだ。

 って――。

 プロデューサーには、悪いんですけど――。
 その、プロデューサーが言ってたこと――実は私、あまり信用していないんですぅ。
 えへへ。

 だって、そんなこと、あるわけ無い、って思って――。
 真ちゃんや、皆みたいに、ワァって盛り上げてくれる人達の方が、よほど立派です。
 いるだけでいいんだ、なんて――私がそうだなんて、あまりにご都合主義で――。


 でも――プロデューサーがそう言ってくれた時――。
 やっぱり私、泣いちゃいました。
 ウソでも、こんなダメダメな私を励ましてくれる優しさが、とても嬉しくて――。


 次の日、そのことを真ちゃんに話したら、何だかすごく共感してくれて――。
 でも、すぐに真ちゃん、プロデューサーに怒っていました。
 言わないでって言ったじゃないですか、って――それがやっぱりおかしくて。

 それからは、真ちゃんや皆とも、もっと仲良くなれました。
 あと、何でもかんでも、一人でやろうとするのも、やめました。
 相変わらず、ダメダメだけど――無理をして、皆を困らせるのも、良くないですよね。


 だから――皆がいてくれるから、私がアイドルでいられるんです。
 もちろん、プロデューサーが、いてくれたからこそ――。

 それを、ついこの間、皆で再確認したばかりなんですけど、ね。
 えへへ――。


 えっ? ――あっ、再確認、というのは、その――。

 皆で、絵を描いて――。

 ――事務所の壁の?

 あ、そうです、あの壁に掛かっている絵のことですぅ。
 えへへ、ご存知だったんですね。


 実は、あれは事務所のアイドルと律子さんの、皆で描いた絵なんです。

 発起人、誰だと思いますか?


 私じゃありません――正解は、千早ちゃんです。
 意外、ですよね?


 どうして、あの絵を書くことになったのかは――その――。

 色々と、あったんです――。


 プロデューサーが亡くなった時のこと――覚えていますか?

 それから――春香ちゃんが、事務所に来ない日が続いて――。


 ――――――。

 あ、す、すみません。つい――。



 春香ちゃんが、事務所に来なく――。
 ううん、来れなくなった理由――私には、すぐに分かりました。

 私なんかが、偉そうに言える立場じゃ、ないんですけど――。


 春香ちゃんは、いつだって765プロが――皆のことが、大好きでした。

 大好きだから――来れなくなってしまったんです。


 おかしいですよね?
 本当に――でも、私には、そうとしか考えられませんでした。

 だって、私が、春香ちゃんの立場なら――きっと、同じだから――。

 でも――。


 でも――やっぱり、そんなのおかしいんですぅ!
 おかしいと分かって、それをしょうがないって認めちゃうなんて、おかしいんです!
 プロデューサーだって、皆の中心にいない春香ちゃんを望んでいるはずがありません!

 それを、分かってもらいたかったのに――でも、結局私、ただいるだけでした。
 ただ不安を口にするだけで、千早ちゃん達が動き出すまで、何も――!


 えっ? ――プロデューサーの望み?

 あぁいえ、あの――たぶん――。
 いや、きっとプロデューサーなら――そう思うかなぁって。


 そう――気づけば、皆の中心で、いつもニコニコ笑ってて――。

 そんな春香ちゃんが、私達もプロデューサーも、大好きでした。
 きっと、これからもそうあり続けることを、プロデューサーも望んでいると思います。

 繰り返しになるんですけど――。
 私は、プロデューサーが言うように、いるだけで皆を安心させることは、できません。


 でも、もしプロデューサーが私に、そういう人になってほしいと望んでいたのなら――。

 今では、時々そういう風に、思い直すことがあります。
 そして、そうでありたい――いつかは、そうなりたいとも、思うんです。


 また、偉そうですよね。
 えへへ、だから――これは、できれば秘密にしてください。

 恥ずかしいですし――自分で勝手に思うだけなら、良いですよね?



 あっ――すみません、もうこんな時間。
 これから、舞台のお稽古があるんです。

 ――そうですぅ! 茨の歌姫っていう、貴音さんと一緒の舞台があって。
 だから、もう行かないと――。


 いえ、こちらこそありがとうございましたぁ!
 あの、他の皆にもずぅっと聞いて回るんですよね?

 善澤さんも、どうかお体を大事にしてください。


 えへへ。
 それじゃあ、失礼しますぅ。

【2】

 おっはようございまぁーすっ!!

 へへっ、目が覚めましたか?
 少しボーッとしてるみたいだったから、ボクの乙女パワーをガツーンと注入しました。


 朝早くに呼んじゃってすみません。
 撮影が始まっちゃうと、どうしても身動きが取れなくなりますから。

 そうっ、今度の映画には、アクションシーンがたっくさんあるんです。
 ただ、中国拳法は初めてだし、スタント無しのシーンも多いから結構キツくて。

 でも、現場はすっごく楽しいですよ!
 新鮮な経験ばかりだし、スタッフさん達も皆良くしてくれて、辛くてもヘッチャラです。

 たとえば、敵役の人が投げるお皿をボクがキャッチするシーンがあって、その時は――!


 あっ――そっか、今日はそういうインタビューじゃなかったんですよね。
 すみません。


 社長や雪歩から、大体のことは聞いています。
 プロデューサーとの思い出、ですよね?

 何を話したら良いんだろうなぁ、ってずーっと考えてたんですけど――。

 やっぱり、デートした時のことですね!

 あっ、ちなみにコレって、普通に雑誌とかに載ったりします?
 いくら善澤さんとはいえ、あまり大っぴらに話すとさすがにアレかなーって思って。

 分かりました。
 あまり、ヨコシマな? 記事にならないように、上手く編集するってことで!


 デートと言っても、うーん――でもやっぱあれはデートだよなぁ。
 プロデューサーは、あれはデートじゃないって言い張ってたんです。

 でも、収録の後ゲーセンに行って、買い物して、遊園地で遊んだりもしたんですよ?
 ボクだって、あまりデートって良く分かんないですけど、デートですよね?


 で、その時にボク、父さんへの愚痴っぽいのもつい、言っちゃったんです。

 女の子らしいことは何一つさせてもらえなくて、空手とか、男趣味のものばかりで――。
 そのせいで、小さい頃はオトコ女なんて言われて、からかわれたりもしました。

 だから、お姫様っていうのにずっと憧れたんです。
 フリフリでキャピキャピの可愛い衣装を着て、白馬の王子様に迎えられたらって。

 ――そうです! ボクがアイドルを目指したきっかけですね。
 ただ、まだお姫様の役は、バラエティも含めてやったことないですけど――ちぇっ。


 ――最初にプロデューサーと会った時の印象、ですか?

 あー、ひょっとして善澤さん、王子様に見えたってボクに言わせたいんでしょう?

 あはは、いや、正直に言うと――あまり、王子様って感じはしなかったですね。
 あの時は新人だし、しょうがないと思いますけど、ちょっと頼りない所もあったりして。

 でも、いつもボク達のために一生懸命で――。
 最初の頃は、空回りっていうか、変に頑張ってた時もあったんですけどね。
 皆の仕事を一生懸命取ってきてくれたり、レッスンにも良く顔を出してくれましたし。


 何より、さっきのデートの話ですけど――。
 プロデューサーがボクを助けてくれたことがあったんです。

 ボクが軽率な行動をしたせいで、女の子達に絡んでた不良達とひと悶着――。
 あっ、本当にコレ、載せないでほしいんですけど、ケンカしそうになっちゃって。

 その時、プロデューサーが身を挺して場を収めてくれたんです。
 どうって、プロデューサーが、ボクに殴りかかってきた不良の前に飛び出して――。


 申し訳なくて頭を上げられないボクに、プロデューサーは優しく諭してくれました。

 真は、お前のファンの子達に、王子様に助けてもらうという夢を見せてあげられたんだ。
 自分だけでなく、誰かに夢を見せることも、アイドルの大切な役割だと俺は思う。
 って――。


 何だかボク、自分のことばかり考えていたのが恥ずかしくなって――。

 少女漫画みたいにカッコ良く助けて、とはいかなかったけれど――。
 それに気づかせてくれたプロデューサーは、やっぱりボクの王子様だと思います。


 って何だかボク、ノロけ過ぎですか?
 へへっ、話しながら思い出すうちに、何か嬉しくなっちゃってつい。

 あっ、そうだもう一つ。
 ボクとしては、カッコ悪い話になるんですけど――。

 一度、響と大ゲンカしたことがあったんです。

 あまり想像つかないですよね。
 響は、ボクみたいに活発だけど、いつも皆に優しくて、場を楽しませる子だから。


 そう、優しいから、皆にいじられるんです。
 亜美や真美だけじゃなく、美希や貴音にも。たまに他の子達にも。

 いじられても、あまり響、怒るんですけど、本気で怒らないんですよ。
 結局許しちゃうところがあって――それに皆、つけ込んじゃうというか、甘えるんです。
 ひどい話でしょう?


 ボクは、皆ほど積極的に響をいじろうとはしませんでした。
 いつも良いライバル関係でいてくれる響を、困らせるようなことはしたくなくて。

 でも――亜美や真美が、いつものように響をいじってるのを見て――。
 その時は、魔が差してしまったんです。

 そんなに、楽しいことなのかな、って。
 響も、本当に嫌だったらもっと本気で抵抗するはずなのに、そうは見えなくて。


 何をしたのか、って?

 ダーンッ! って、後ろから思い切り、ぶつかってみたんです。
 そしたら、響、うぎゃーって言いながら倒れて――。

 起き上がった響は、泣きながらボクのことを睨みつけて――。
 響の手には――マフラーになるはずの、ボロボロになった編み物がありました。

 そのマフラー、プロデューサーへのプレゼント用にこっそり編んでたものだったんです。
 ちょっと休憩して、ふとそれを持ちながら給湯室に行こうとしてたみたいで――。

 そこを、ボクが後ろから突き飛ばして、事務所の備品に引っかかって――。
 響にケガは無かったんですけど、マフラーは台無しになってしまいました。


 響は涙声で、ボクのことを、ものすごい剣幕で怒りました。
 響は、自分のために怒ることは無いけど、人のためになら本気で怒るんです。
 とても優しいから。

 もちろんボクは、響を困らせるつもりも、ましてマフラーを破るつもりも無かった!
 でも、でもっ――本当にボク、申し訳無くて――。
 なんてボク、いつもこうガサツで、本当にひどいことをしたって、必死に謝りました。

 響は、許してくれませんでした――泣きながら、事務所を飛び出しちゃったんです。



 ボクは、しばらく途方に暮れて――響の代わりに、それを編むことにしました。

 そうするより他に、許してもらえる方法が無い気がして――。


 でも、女の子らしいことに縁が無かったボクには、編み物なんて全く分かりません。
 学校の家庭科の授業で、お裁縫なら少しは習うけど、とても太刀打ちできなくて――。

 一生懸命、携帯のインターネットで、編み物のやり方を検索しました。
 事務所のパソコンが空いてる時は、それで調べて、参考になるページを印刷したり。

 家に持って帰ってやったら、危うく父さんに怒られそうになりました。
 女の子らしいことが御法度でしたから、編み物をするなんて何事かって。

 だから――いつも事務所に残って、一人でコッソリと作りました。

 響とは、目を合わせられない日が続いて――。
 結局、上手くいかなくて、何度も作り直しては、また失敗の連続で――。


 そうしているうちに――すごく、自分が情けなくなったんです。

 編み物とか、女の子らしいことができない悔しさだけじゃありません。
 自分の――何というか、空気の読めないガサツさが、恨めしくなって――。

 ウジウジするのなんて、全然ボクらしくないのに、どんどん気持ちが沈んで――。
 そのモヤモヤを抱えたまま、編み物をして、失敗して、一から作り直しになって――。

 また、グチャグチャになっちゃった――作り直さなきゃ――。


 何度も繰り返すうちに――とうとう堪え切れなくなって、泣きました。
 夜中の事務所で、一人で。

 こんなんじゃ、いつまで経っても響に合わせる顔が無い――。
 繊細な響や皆と違って、ボクはなんて乱暴で不器用なんだろうって。


 その時、夜中なのに、誰かが事務所に入って来たんです。
 見ると、プロデューサーでした。


 プロデューサーは、どうしたこんな時間に、って不思議そうに聞いてきました。
 ボクは、心配されないように急いで涙を拭いて、何でもありませんよって答えます。

 何だそれ、編み物か? って、今度は聞かれました。

 慌てて隠しても、もう遅くて――誰のために編んでるんだ、って。

 あの時の、意地悪くニヤニヤしたプロデューサーの顔、忘れられないなぁ。

 響のために編んでるんです、ってぶっきらぼうに答えました。
 だって、本当だもん――プロデューサーのために編んでたのは響ですし。

 何で、とは聞かれませんでした。
 急いで編まなきゃいけないんです、って言うと、そうかと言いました。


 そしたら、プロデューサー、俺も手伝うよって言ってきたんです。

 いや、確かに響のために編んでるんですけど、さすがにそれはマズイかなーって。
 最終的にプロデューサーにプレゼントするものを、手伝ってもらうわけには――!

 いいです大丈夫です、って必死に言っても聞いてくれませんでした。
 それどころか、マフラーだと手分けして作れないから、手袋に変えようって言い出して!

 響には最近新しいマフラーを買ってやったし、手袋の方が喜ぶぞ、って強引に――。
 何だよそれ、って思いませんか?


 結局、マフラーから手袋に変更になったおかげで、一から勉強し直しです。
 しかも、マフラーよりも手袋の方が難易度高くて、なおさら上手くいかなくて――。


 プロデューサーは、編み物が下手でした。
 何度も編み目を間違えるし、糸を通すのも遅いし。
 ちゃんと良く見てくださいよ、って怒っちゃったりもしました。

 まぁ、全くの素人だったみたいですし――。
 それに、プロデューサーは男の人ですから、別におかしいとは思いません。

 それに引き換え、ボクは女の子で、一応ここ何日間かやってるのに上達しなくて――。


 いっそボクも男の子だったら――。

 そう言葉が漏れて、ハッと我に返りました。
 何を言ってるんだボクは!

 でも、プロデューサーにはバッチリ聞かれちゃってたみたいで――。


 一体何があったんだ、って、いつに無く真剣な顔で聞かれました。

 そりゃあそうですよね。
 女の子らしくありたいと公言しているボクの口から、男の子だったら、だなんて――。


 それで、プロデューサーに、事のいきさつと、今抱えてるモヤモヤを打ち明けました。

 女の子らしくできない悔しさ――。
 乱暴でガサツで、周りに迷惑かけてばかりな自分の情けなさ――。

 泣くのだけは、何とか堪えました。



 プロデューサーは、黙って聞いて――いるのかと思ったら、自分の編み物に夢中でした。

 ちょ、ちょっとプロデューサー! ボクの話聞いてました!?
 なんてボク焦ってね、へへっ。


 良し、と言ってプロデューサーは、自分の編み物をボクに手渡しました。
 それは、手袋というにはほど遠い、ただのグチャグチャな毛糸の塊でしかありません。

 何ですかこれ、って聞くと、プロデューサーは笑いながら答えました。

 確かに、真は皆の中で一番ハッキリとした性格の持ち主だ。
 それでいて、感情のバランスを取るのが少し苦手なのかも知れない。

 だから、後先考えず直情的になって、他の誰かとぶつかりやすい。
 この間の遊園地で、不良と揉めた時もそうだったな。

 でも、それが悔しいと思えるのは、お前がちゃんと周囲を気遣っている証拠だ。
 ガサツでも何でもない。十分お前は繊細な子だよ。

 真が、今のその悔しさを大事にしてさえいれば、それで十分だと俺は思う。


 編み物が得意な響が編もうとしたものを、俺達が一朝一夕で編めるはずがないもんな。
 俺が編んだものと、お前が今日までもっと一生懸命編んだもの――。
 両方持って、明日響に謝りに行こう。

 お前のはガサツな俺のと違って、一生懸命悩み、苦しんだ心の表れだ。
 たとえ不格好でも、一生懸命手を加えたものには、十分気持ちが宿るはずだよ。



 そう言われて、ボクは、自分の手元にある編みかけの手袋に視線を落としました。
 プロデューサーのとほとんど変わらない、ただのグチャグチャな毛糸の塊――。

 これが、今のボクの心――?

 なんてカッコ悪くて、醜いんだろう――響が編んでいたマフラーとは雲泥の差だ。
 こんなのを、響に見せるの、怖いなぁ――。


 でも――腹を割って話にいかないなんて、全然ボクらしくないから。
 やっぱりもう一度、ちゃんと響と向き合って、謝らなくちゃ。

 プロデューサーの言葉のおかげで、ようやく、その決心がついたんです。

 最初は、プロデューサーも付き添うと言ってくれましたが、断りました。
 事務所の休憩スペースで、本を読んでいる響に声をかけて、屋上へ誘って――。

 そこで、ボクと、プロデューサーが編んだ手袋を、響に差し出したんです。


 こうすることしか思いつかなくて――。
 一生懸命編んだんだけど、ボクじゃあどう頑張ってもこんなのしかできないんだ。

 響が大切にしていたものを、壊してしまった――今なら、それが心から分かるよ。
 本当にごめん、響。


 響は、驚いた様子で、不格好な手袋をマジマジと見つめていました。
 これ、どっちも真が一人で編んだものなのか、って聞かれて、そうだよ、って――。
 ウソは言いたくなかったけど、プロデューサーを巻き込みたくなかったし――。

 ヘタクソだなぁ、って言われて――返す言葉も無くて、ますます視線が下がります。


 でもすぐに、顔を上げてよ、って響が言いました。
 見ると、響は青空を背に、ニカッ、っていつもの笑顔を見せてくれています。

 カッコ悪いけど、特にこっち、すごく丁寧だね、ってボクが編んでた方を掲げました。


 自分はもうマフラー編み直しちゃったから、二人でこの手袋の手直しをしようよ。
 恥ずかしいくらいコテコテに可愛くして、一緒にプロデューサーにプレゼントしよう。
 それで、普段自分に意地悪ばかりする変態プロデューサーを困らせてやるんさー。

 響はそう言って、ボクの手を取ってくれました。

 自分の方こそ、ビックリしてひどいこといっぱい言って、ごめんね。
 完璧な自分が、真に女の子的な可愛さの何たるかを教えてあげるぞ、って――。

 響に女子力を教わるなんて、思わなかったよ、って精一杯強がってみましたけど――。
 嬉しさと安堵感で、涙と鼻水がグチャグチャになっちゃって――へへっ。

 それで、響に習いながら、二人で手袋を編むことにしたんです。
 プロデューサーにあげるための、飛びっきりにキャピキャピの可愛いヤツを!


 でも――それは結局、プロデューサーにあげることはできませんでした。
 完成する直前に、亡くなってしまったから――。


 そうです、あの事故――。

 春香と美希の舞台稽古の日、プロデューサーはステージの奈落に落ちて――。
 病院で、そのまま――。


 春香は、プロデューサーが亡くなったのを、自分のせいだと責めました。
 それはある意味、しょうがないことだと、思います。
 ボクも、同じ立場だとしたら、きっとそう思うだろうし――。

 春香のように――アイドルを辞める寸前まで、自分を追い詰めてしまうかも知れません。


 もちろん、そんなのは正しくないなんてことは分かってます!
 分かってますけど、他に――じゃあどうすりゃいいのって、何も思いつかなくて――!

 すみません。善澤さんを責めるつもりは、無いんですけど――。


 今でも、考えることがあります。

 あの時、千早が春香を――皆を助けてくれていなければ、どうなっていたんだろう――。
 自分が代わりに、何か答えを見い出せていたのかな、って。

 ――そう、あの事務所の壁に掛かっている絵。
 あれ、ひょっとして――あぁ、やっぱり、雪歩から聞いたんですね?

 千早が、弟の優君のスケッチブックを持ってきて――クレパスも買って来ました。


 あの絵、グチャグチャですけど、ボクだけのせいじゃありませんからね?
 いくらボクに美的センスが無いって言っても、あそこまでひどくはなりません。

 戦犯は、亜美と真美と、うーん――春香と、伊織と、あぁでもやっぱりボクもそうか。

 まぁ、最後の方は皆もヤケになって描いてましたし、皆の責任ってことで!

 それだけに、あの絵には皆、思い入れがあるんです。へへっ。


 えっ? ――あっ、本当だ、そろそろ時間ですね。
 1カット目からいきなり格闘シーンの撮影だから、準備運動しとかなきゃ。


 もっと話したいことあったんだけどなぁ――慌ただしくてすみません。

 とにかく、ボクはプロデューサーが大好きだし、皆も大好き!
 で、皆で書いたあの絵も大好きだし、春香も無事に戻ってきてくれて良かった!
 それだけは言っておきます。

 へへっ、後は善澤さんの編集にお任せしますよ。
 でも、菊地真、今は亡きプロデューサーとの熱愛発覚か!? なんてやめてくださいね?


 えぇ、また事務所にも遊びに来てください!
 ありがとうございました! それじゃあっ!

 いよーし、今日もジャンジャンバリバリ頑張るぞぉー!!

【3】

 あぁ、いたっ!
 善澤さん、はいさーい!

 はぁ、はぁ――遅れて、ご、ごめんなさい!


 駅の経路とか、出口が、全然分からなくて――ずっと、はぁ、迷ってたんだ。
 それで、ハム蔵に、何とか案内してもらって――!

 もう! 東京の電車はつくづく路線も駅も複雑すぎるさー!

 うぎゃー! あずささんみたいだなんて言わないでよー!
 あっ、う、べ、別にあずささんを悪く言うつもりは無いけど!
 無いけど自分だって頑張ったんだぞ!


 そ、それはそうだなハム蔵――改めて、遅れてすみませんでした。



 自分? 今日は夕方までオフだから、全然平気だぞ。
 何話すんだっけ?

 あぁ、プロデューサーの話かぁ――。
 うーん、改めて言われると悩むなー。他の皆は、どんなこと話してたの?


 うっ、だ、ダメか――。
 善澤さん、意外と口が堅いな。ジャーナリストなのに。

 うーん、よし、決めた!
 生っすかサンデーでの、とあるエピソードについて話すことにするぞ!

 えっ?

 ――よ、よく分かったね、話す前なのに。
 そうなんだ、自分いつもあの番組でロクな目にあわないから、今回もそんな話さー。


 じゃあ善澤さんに問題!
 自分が生っすかで持ってる人気コーナーの名前、なーんだ?

 そう! 響チャレンジ!
 完璧な自分が、体を張って無茶ぶ――こ、困難なお題にチャレンジする名物企画だぞ!

 これまでやったのだと、ほら、えーと何だ――。
 すっごい遠い所からマラソンして時間内にゴールするぞ、ってヤツとか!
 あとアレ! ステゴロザウラーと水中で息を止める対決とか。
 インドに行って虎に餌をあげていい子いい子もしたし、チーターとかけっこもしたなー。

 いやー、皆自分が完璧なのを良いことに色々チャレンジさせすぎさー。
 チーターと競争したって勝てないの、やる前から分かりきってることじゃないか!
 水中で息止めたのだって、セットが壊れて扉が開かなくて、本当に死ぬかと思ったし。
 とら丸は可愛かったから良いけどさ。


 それでね――その中でも、印象に残ってるヤツが一つあるんだ。

 一流パティシエとのお菓子作り対決、っていうチャレンジがあったの、知ってるかな。


 あぁ、いいよ観てなくて。
 アレは本当に自分、色々と失敗しちゃったなーって――。

 まぁ良くある、パティシエとお菓子を作って、どっちが売れるかって対決さー。

 ルールだけど、使う材料の費用とか、セットとか、時間とかは全部一緒。値段も一緒。
 売りに出す制限時間は45分だったかな。

 で、この売る時っていうのがポイントでね?
 パティシエも自分も、正体を明かしちゃいけないんさー。
 ネームバリュー抜きに、お菓子の出来だけで勝負したいっていう自分からの提案だぞ。

 でも、もしものために用意されたハンデがあって――。
 自分は好きなタイミングで、いつでも正体を明かして良いっていうのがあったんだ。


 まぁ、自分完璧だし!
 そんなハンデ無くったって、自分の作るサーターアンダギーはすっごく美味しいし!
 事務所の皆にも大好評だから、一流パティシエとの対決だってなんくるないさー!

 そう意気込んで、いつも通りチャレンジに臨んだんだ。


 サーターアンダギーの作り方は、すっごく簡単さー!
 卵と砂糖とサラダ油をボウルで混ぜて、薄力粉とベーキングパウダーを入れて混ぜる!
 で、出来た生地をちょっと寝かせて、適当な大きさにちぎって揚げれば完成だぞ!

 我那覇家に伝わる秘伝のレシピってのもあるけど、それは秘伝だから教えないけどね。

 さらに、自分は対決の時、色んなバリエーションを作ったんだ!
 カボチャを練り込んだり、黒糖使ったり、他にもマーマレードとかチョコとか!
 もちろん、秘伝のレシピの延長線でのアレンジさー。


 現状に満足せず、常にさらなる高みを目指す自分――我ながら完璧すぎるぞ。
 って思った。

 生っすかは生放送だからね、作る工程からやってたら放送時間終わっちゃうし。
 だから、予めお菓子は作っておいてVTRで紹介して、売る時だけ対決だったんだ。

 相手の人が作ったお菓子は、見た目も本当に色とりどりでキレイで、さすがだった。
 中継開始前に、コッソリ食べさせてもらったけど、すっごく美味しかったぞ。
 でも、自分のサーターアンダギーも負けてないし、パティシエさんも喜んでくれたさー。

 で、番組が開始して間もなく、いよいよ対決の火蓋が切って落とされた――!


 対決が始まって、5分、10分、20分――。
 いくら時間が経っても、売れるのはパティシエさんのお菓子ばかりだった。

 自分のは、ちっとも売れなかった。


 何でだ、何でだって、すっごく不思議だった。
 油や粉の分量は間違ってないし、会場に持ってくる間も大事に持ってきた。
 湿気ないように、ベチャベチャにならないように、すっごく気をつけたんだ自分は。
 このサーターアンダギーは、自分の自信作なんだ!


 お客さんは、自分のを一目見るだけで、すぐパティシエさんの方に行っちゃう。

 何でだよ! こっちだってすっごく美味しいんだぞ!
 見た目だけで判断するな――!


 突然、ハッと気づいた――30分くらい過ぎた頃かな。

 見た目だけで判断するな、っていうのは間違いだ――。
 見た目で楽しませることも、お菓子の重要な要素なんじゃないのか、って。

 さっき言ったけど、パティシエさんのは、どれも色とりどりで、すごくキレイだ。
 それだけの工夫にも、パティシエさんは全力を出している。

 それに引き換え、自分のは簡単な――もちろん、自分では不細工とは思わないよ。
 でも――お客さんからは、どう思われているんだろう。
 沖縄のお菓子を良く知らない人達からは、変なものだって思われてるのかな、って。


 35分が過ぎた。
 その頃は、あまりに差が広がりすぎて、自分が可哀想みたいな雰囲気になってて――。
 スタジオの空気も、春香達も、どう声を掛けたら良いか迷ってるふうに感じた。

 春香が、一生懸命励ましてくれる。
 響ちゃん、残り10分を切ったよ!
 はいさーいってそろそろ正体を明かして、ラストスパート行っちゃおうよ! って――。


 正体を明かしてからは――そりゃあ、すごかったよ。
 今までの雰囲気は何だったんだってくらい、お客さんがドドドーッて来てさ。
 やらせかって思えるくらい、飛ぶように売れた。

 結果は、僅差でパティシエさんの勝ちだった。
 ただ、皆も自分のことを励ましてくれたし、パティシエさんも健闘を褒めてくれた。

 でも――何か、ちっとも嬉しくなかったんさー。
 負けたからってだけじゃなくてさ。


 お客さん達は、本当にサーターアンダギーを買いに来たのか。
 ただ、我那覇響が作ったお菓子を買いに来ただけなんじゃないのか。

 魅力って、何だろう――ネームバリューで取り繕った魅力は、本当の魅力なのかな。

 分かんなくて、放送が終わってからもずぅーっと考え込んじゃってさ。

 ――し、失礼だぞ、善澤さん!
 自分だって、その、皆からはちょっかい出されて、おバカキャラみたいになってるけど!
 たまには一人でマジメに哲学する時だってあるんだからね!

 まぁいいや――。
 それで、うーん、うーんって悩んでいるうちに、プロデューサーと貴音が来たんだ。


 途中までお菓子が売れなくて負けたことが、ショックだったのか?
 そう、プロデューサーに聞かれた。

 それだけじゃない――自分が作ったお菓子の魅力って何だったんだろう、って。
 自分が正体を明かさないと売れないのは、自分の魅力であってお菓子の魅力じゃない。

 頭をワシャワシャ掻いてると、貴音が自分のその頭にそっと手を添えてきた。

 いい子いい子なんて、子供扱いするなー! って怒ったんだけど――。
 貴音はいつものように、すごく穏やかーに笑いながら首を振ったんだ。

 ふぁんの方々は、響のことが好きだから、響が作ったお菓子を求めただけのこと。
 何も不思議に思うことなどありません。
 そう貴音は言った。


 違う、そうじゃないんだ!
 自分は、自分のことなんて抜きに、お菓子の出来だけで勝負したかった!

 でも、お菓子って、自分が考えている以上にずっと奥が深くて――。
 本職の人が、本気で作ってくるお菓子に、自分が簡単に作ったのが敵うだなんて!

 そうタカを括っていた自分が恥ずかしくて――そう、悔しいのはそこさー!

 我那覇響という名前が無きゃ戦えなかったことだけじゃない。
 根拠の無い自信で臨んだ馬鹿な自分が悔しかったんだ。

 外見や体裁を取り繕うのは、決して悪いことじゃない。
 人に良く思われたい、人に良い思いをさせたいと思うなら、なおさらだ。

 プロデューサーは、余ったサーターアンダギーを貴音と頬張りながらそう言った。

 じゃあ、全然取り繕ってない自分のサーターアンダギーは結局ダメだったのか?
 って聞くと、プロデューサーは苦笑しながら、うーんどうかな、って言った。

 何だよ! って怒ると、プロデューサーはまた笑って、こう聞いてきたんだ。

 もし、もう一度この企画をやるとしたら、お前は違うものを作ろうって思うのか?


 ――それは無い、って答えた。

 リベンジするからには、同じものでリベンジしたいっていうのもあるよ。
 でも――自分が好きなものを、もっと他の人にも食べてもらいたいんだ。


 サーターアンダギーは、沖縄のおかあに作ってもらってた故郷の味さー。
 兄貴も、とっくに死んじゃったけど、おとうも大好きで、皆で良く食べてた。

 だから――あのレシピ、あの見た目じゃなきゃダメなんだ。
 たとえ綺麗であっても、生クリームとかフルーツで飾っちゃったら台無しだ!


 でも、もし黙ってたままじゃ、やっぱり売れないんだとしたら――。

 その時は、遠慮無しに自分の名前で宣伝してやりたいと思う。
 店頭で自分の曲をバンバンかけて、何だったら店先で踊ってみせるのもいいや。
 それで、お客さん達が喜んでくれるのなら。

 ん――ちょっと待って、コレって自分、結局取り繕ってないか?
 さっきと言ってること違うし――でも、ズルいことをしている気はあんまりしない。

 ふと、プロデューサーの顔を見ると、ニコニコ笑っている。

 大事なのは、お客さんを喜ばせたいと思う気持ち――そう言いたかったのか?
 って聞くと、そうだな、って言ってプロデューサーは続けた。


 響は元来感受性が強くて、人や物事の本質を内面から捉える嗅覚に優れた子だ。
 柔らかい心だからこそ、相手の気持ちを理解する鋭さ、それを受け止める優しさもある。

 一方で、普段の響はそんな素振りは見せなくて、元気に虚勢を張っては割を食う――。
 ひょっとして、それこそお前は普段、取り繕ってはいないだろうかと思う時もあるぞ。

 でも、それも含めて全部響の魅力なんだ。
 運動神経抜群な響、動物に好かれる響、強がって自滅する響、すぐに泣く響――。
 全部ひっくるめてお前だし、俺達が好きなのも全部のお前だ。


 外見とか体裁の話をさっきしたが、大事なのは、取り繕うことの是非じゃない。
 自分の持つ魅力を、どう相手に伝えたいかだと思う。

 サーターアンダギーだってそうさ。
 我那覇響が作った、という付加価値は、十分にそのお菓子の魅力の一つだ。
 見た目を綺麗に着飾る代わりに、響が店先で宣伝して販売する。
 結構なことじゃないか。全てがサーターアンダギーの魅力だ。

 もちろん、味と見た目だけで勝負したいのなら、それも良いだろう。
 数あるカードを、どう切るかの話じゃないかな。

 ステージに上がれば、かわいい曲やクールな曲もそつなく歌い分ける。
 テレビやラジオでは、老若男女問わず幅広い層から支持を受ける人気者。
 調和を愛し、柔軟な対応ができる点こそが、響が完璧たる所以なのかもな。


 ――話を盛ってるワケじゃないぞ。本当にそう言われたんだ。

 いきなり何か、褒めちぎられたから、自分、どうしたらいいか分からなくて――。
 うぎゃーやめてよー! って叫ぶしかなかった。

 そりゃ、確かに自分は完璧だけど、何でいきなり改まってそんなことを言うんさー!
 大体自分、強がってないし自滅しないし、泣き虫じゃないぞ! って文句言った。

 それで、ハッと気づいたらプロデューサー、貴音と一緒にニヤニヤ笑ってて――。


 恥ずかしがる響は、真、何物にも代え難く、良きものです、とか言いだす貴音。
 プロデューサーは、首が取れるんじゃないかってくらいウンウン頷いてる。

 やられた――二人して、よくも自分をからかってくれたなぁーっ!!

 怒りに震えた自分は、琉球空手でボコボコにしてやったぞ。
 床に突っ伏しながら、誤解だ、本心だ、とか呻いてるけど、許すわけないさー。
 ふんだっ! 自分のことを小馬鹿にする変態プロデューサーなんかもう知るもんか!


 えっ? ――いや、貴音はボコボコにしてないぞ?

 だ、だってそりゃ、女の子だし――すっごく大切な、親友だしね。


 プロデューサー――――。



 ――あっ、そうそう!
 貴音といえば、プロデューサーとの出会いは、貴音との出会いでもあったんだ!

 どういう意味かって?
 ふふーん、そんなに気になっちゃうのかー?
 しょうがないなー、話してあげるか!

 実はね――自分、本当は961プロに入るつもりだったんだ。

 沖縄の兄貴に啖呵を切って上京してきたから、絶対成功してやるんだって――。
 だから、実績のある事務所に入ろうって、そう思ってたんさー。


 書類選考も通って、一次テストも二次も合格して――最終テストの日だった。

 その日に限って、自分、寝坊しちゃったんさー。
 前日に気合を入れてダンス練習して、疲れを残しちゃったのが良くなかったのかも。

 とにかく大急ぎで準備して、家族達のご飯も用意――するつもりだったんだ。
 でも――ハム蔵と、ブタ太の分が足りなくて、用意できなかった。
 自分が昨日、自分の夕食で使っちゃって、ピーナッツもおやつで食べちゃったから。

 それを言ったら、ハム蔵とブタ太が、怒って家を飛び出しちゃって――。


 それはもう、本当に大慌てで探しまくったさー。
 いぬ美とか、他の家族達は、自分の自業自得だと言わんばかりに知らんぷりでさ。

 街中をひたすら走り回っているうちに、テストの時間が迫ってくる――!
 うぎゃーもうダメだー!! って思ったその時。


 美味しそうなちゃあしゅう、じゅるるん。

 とかいう不吉な声が、公園の方から聞こえて――。


 行ってみたら――銀髪の女の子が、両手を上げてブタ太を公園の隅で追い詰めてた。
 ブタ太は、ブヒブヒ言いながら怖そうに泣いている。

 や、やめろーっ!! ブタ太はお肉じゃないぞー!!
 って、とにかく夢中で自分より体格の大きいその子を後ろからガシィーッて捕まえて!

 やいのやいのしてるウチに、今度はハム蔵が草むらから飛び出してきた。
 それで、その後を追うように、プロデューサーがやってきて――。

 ハム蔵も、ブタ太に危険が迫ってるって感じて、急いで駆けつけたみたい。
 たまたま通りがかったプロデューサーに捕まってた時だったから、一緒に来たんだって。


 で、お腹が極限まで空いてたらしいその子に、プロデューサーがおにぎりをあげて――。
 ようやく、正気を取り戻した。

 でも、テストの時間は、とっくに過ぎてた。

 うわーん、って自分泣い――いや、泣いてないぞ!
 途方に暮れていたら、プロデューサーが、765プロに来ないか、って――。


 事務所の応接室で、沖縄の家族の話とか、絶対に成功したい気持ちを熱く語った。
 高木社長からは、その場でオーケーをもらったよ。
 元々、候補生自体少なかったみたいだし、志望者はいつでも大歓迎だったんだって。

 それで、隣について来た銀髪の子も、私も765プロに入れてほしいって言ったんだ。
 四条家の名に懸けて、一宿一飯の恩を返させてほしいのです、って。


 それが、自分と貴音――そして、プロデューサーとの出会いさー。
 えへへ、懐かしいなぁ。

 しっかし、プロデューサーもその時ドジでさー。
 貴音におにぎりをあげる時、最初間違ってウェットティッシュあげようとしたんだぞ?
 見りゃ分かるのに、バカだよなー。
 まぁ、あの時の貴音なら食べちゃうかも知れないけど――。

 とまぁそんなワケで、プロデューサーは自分や貴音にとっても恩人なんさー。
 なるべく、自分ならではの独特な視点から語ってみたつもりだぞ。
 お仕事に対する一生懸命さは、たぶん他の皆も話してるだろうし。



 えぇと――――その――。


 ――えっ? そろそろ時間?
 自分、まだ全然大丈夫だけど――。

 あぁ。そうなんだ、貴音との待ち合わせがあるんだね。
 そういや貴音、そんな話してたっけ。

 いやーもっと色々な話したかったのに、残念さー。
 ていうか、最後はプロデューサーの話よりも、貴音の話ばっかになってごめんね。


 でも、えーと、結局自分、どんなこと話したっけ?
 あまりカッコ良い話できた気がしないぞ。

 と、とにかく!
 善澤さんまで、自分がおバカな子みたいな記事書いたらダメなんだからね!


 どこで約束してるの?

 あぁ、その喫茶店なら自分、案内できるぞ。
 お店まで一緒に行こう、ねっ?

 そしたら、自分、ちょっと早いけど次の仕事先へそのまま行くから!

 ううん、いいのいいの! それじゃ、出発進行さー!

【4】

 善澤殿、ご無沙汰しております。

 おや、響もご一緒なのですか?


 ――そうですか。お気遣いに感謝致します、響。

 えぇ、響もお仕事、頑張ってくださいね。御機嫌よう。



 ふふっ――。
 さて、私もプロデューサーについて語らせていただく、その前に――。

 一つ、当ててみせましょうか。


 やはり響は、プロデューサーの死について、何も語ることは無かったようですね。


 ――えぇ、分かります。
 いんたびゅうを終えた彼女が、あんなにも楽しそうに振舞っていることがその証拠です。

 きっと、振り返った際に己を襲う悲しみに、耐えられないと分かっていたのでしょう。
 調和を愛し、陰鬱な空気になることを嫌う響だからこそ、敢えて避けたのです。


 代わりと申しては些か猪口才ではございますが、私が語ることと致しましょう。
 プロデューサーの、死について。

 いいえ――善澤殿、どうかお気になさらず。
 私は他の皆と比べ、大仰な思い出を築けるほど、あの方との繋がりは深くないのです。

 プロデューサーが亡くなったのは、およそ一年半前。
 ステージの奈落へ転落したことによる、事故死でした。

 煌めく舞台裏、鬱々たる暗い底へ転落しそうになった春香を、助けようとしたためです。

 病院での手当の甲斐も虚しく、およそ数時間後の深夜、帰らぬ人となりました。
 脳挫傷、というのが直接の死因なのだそうです。


 霊安室にて、物言わぬプロデューサーと対面しては、皆一様に涙を流しました。

 喪に服すため、高木殿がしばらく、皆の仕事を取り止めることを決断します。
 家族同然の絆で結ばれた我々の中に、反対する者などいるはずがありません。

 一方で、小鳥嬢や律子嬢は、葬儀の事務処理に追われ、いつも忙しそうにしていました。
 真や伊織、亜美や真美などは、彼女達に食ってかかっていましたね。
 プロデューサーが死んで、なぜ平気な顔をして仕事ができるのか――悲しくないのかと。

 喪中は、何となしに事務所に来ていた者達の間で、度々そのような諍いもありました。
 その度に、三浦あずさや、萩原雪歩などが、場を収めていたように記憶しております。


 火葬、納骨が終わり――服喪期間が終わり――。
 私達が、いよいよ彼の死を本当の意味で受け止め始めたのは、仕事に復帰した頃でした。

 逆を言えば、それまで私達は、彼の死を受け止めきれていなかったのです。
 卑怯な言い方かも知れませんが――それは、仕方の無いことでした。
 プロデューサーと私達が最も密接に関わっていたのは、仕事の時だったのですから。

 彼や律子嬢に代わり、慣れない中での営業、仕事の獲得、調整、合間のレッスン――。
 精神的負担に加え、あの方の存在と、それを失った悲しみを思い知る日々が続きました。


 春香と、美希が限界を迎えるのに、そう長い時は必要としなかったのです。

 先に事務所に来なくなったのは、美希でした。

 当時の美希にとって、プロデューサーはある意味で、心の拠り所そのものでした。
 仕事に勤しむ意義を見い出せなくなった彼女の喪失感は、察するに余りあるものです。


 最初こそ、誰もが皆、美希を引き留めようとしました。
 最も尽力していたのは、春香だったのでしょう。

 ですが――やがて春香は、自分のその行動に、疑問を持ち始めてしまうのです。

 美希や皆からプロデューサーを奪った自分が、何の面目があって励まそうとするのかと。


 私達の中で、最も皆との絆を大切にしていたのは、いつも春香でした。

 そう――だからこそ、春香は、自分を追い詰めてしまったのでしょう。

 無論、765プロの中で、春香のことを責める者などいようはずがありません。
 何気ない会話で、私達は落ち込みがちな春香を、幾度となく元気づけようとしました。


 ですが――。

 私達の、仲間としての当然の行いも――――彼女にとっては、恐怖であったと――。
 そう、彼女自身が、語ってくれるまで――。

 私達は――何一つとして、彼女の、力に――――。


 ――――善澤殿、失礼――。


 ・・・ここで一時中断・・・

 ・・・再開・・・


 ――大変、失礼を致しました。


 優しい皆に代わり、彼の死を語るのは私の役目と――そう思い、臨んだのですが――。

 どうしても、平静を保ちながら、あの時のことをお話することはできないようです。


 はい――ありがとうございます。


 ふふっ、思い出しますね――。
 あの時も、今の善澤殿のように、私のことを慰めてくれた人がいました。



 美希も、春香も事務所に来なくなって、しばらく経った頃のことです。

 業界関係者との調整が覚束ないために、徐々に仕事が減っていた765プロにおいて――。
 私は、皆と比べ、ある程度軌道に乗せて活動することができておりました。


 765プロのアイドル達の多くは、学生です。
 より仕事に注力しながら、学業との両立を図ることは、大いに困難と言えるでしょう。

 一方で、私は学校に通っておらず、皆と比べ、時間的な余裕が無いわけではありません。
 最初こそ戸惑いはございましたが、慣れてしまえばそう問題にはならぬものです。


 自分の身を、守るだけなら――。

 765プロにおいて、仕事が一人順調に進むようになって以降――。
 私に、面妖な異名が業界の中で付いて回るようになりました。

 善澤殿も、お聞きしたことがあるのかも知れませんね。


 氷の王女――。

 他の765プロの者達と共演せず、以前にも増して孤高を持するようになった私が――。
 まるで、他の皆を見捨て、冷徹に活動をしているかのように見えたのでしょう。


 私とて、好き好んで孤独に活動をしていたわけではございません。

 ただ、自分の身の周りの世話をするだけで、私には精一杯だった――。
 他の皆の手助けをしてやれるほど、余力が無かったのです。


 我が身だけを考え、なりふり構わず業界にしがみつく私を、数多の媒体が嘲笑します。


 笑うなら――なじるなら、存分にされるのがよろしいでしょう。

 冷酷ないめぇじが付くのであれば、それに応じた仕事が私に舞い込むようになります。
 更なる高みへと昇れるのなら、私はいくらでも道化となってみせましょう。


 精力的に活動する姿を見せれば、プロデューサーにもきっとご安心いただける――。
 私は、あなた様がいなくとも、一人で生きていけますと、お伝えしたかった。

 それが――正しいことなのだと、信じていたのです。

 とある日のことです。

 夕刻時、仕事を終えて事務所に戻り、次の仕事の段取りを行っている時でした。
 事務所のぱそこんにてめぇるを確認し、調整先と電話で交渉するのも、慣れたものです。


 機械的に先方と仕事の話を終え、電話を切り、一息ついた時――。
 事務所に、響とやよい、真美が入ってきました。

 不振にあえぐ765プロ肝煎りの対策の一つとして、この三人でユニットを組む――。
 そんな話を耳にした記憶はございました。
 三人とも、その幼さゆえに、業界関係者との駆け引きを含む交渉が苦手な者達です。


 響は、私の顔を見るなり、大層喜んだ様子で、私に励ましの言葉をかけてくれました。
 ドラマの主演決まったんだな、おめでとう! 貴音ならなんくるないさー! と――。

 やよいと真美も、765プロ一の稼ぎ頭だ、大根柱だ、などと彼女達なりに褒めてくれます。

 ――そうですね。おそらく、大黒柱と言いたかったのではないかと。


 大変、失礼ではあるのですが――。
 彼女達から浴びせられる数々の激励、称賛の言葉は――私にとって、苦痛でした。

 無論、彼女達の言葉が本心から来るものであることは、疑いようがありません。
 しかし――皆のことを顧みぬ私に、そのような言葉を預かる筋合いがあるのでしょうか。


 お前は冷血な人間だ、皆と団結する気が無いのか、などと――。
 いっそ、私を責めてくれさえすれば、どんなにか気が楽になれたことでしょう。

 あるいは、春香も――同じような思いだったのかも知れないと、この時思ったものです。

 目の前の三人は、なおも私にすり寄ってくれます。
 私の気など、御構い無しに――疎遠となった私との間を、埋めたがるかのように――。

 私は、やよいを突き飛ばしました。


 私は、孤高であるべきなのです。
 皆と馴れ合っていては、いめぇじが崩れるのです、と――。

 迷惑なのだと――そう言い捨て、私は逃げるように屋上へ向かいました。


 外へ出ると、日はとうに暮れ、月の明かりが煌々と夜の街を照らしています。

 私は、月を見るのが好きでした。

 どんなに辛く苦しいことがあろうと、月はいつも変わらぬ美しさで私を照らしてくれる。
 時折、自分を見失いそうになる私に、進むべき道を明るく示してくれるものでした。

 私は、間違ってなどいない――トップアイドルになるために――。

 そうでなくては、あの方にプロデュースしていただいた甲斐が無い――!


 一人、月を見上げ、しばらく経った時――ふと、後ろから声を掛けられました。


 声を掛けた主は、私と同じく、もう学校には通っておりません。

 ですが、当時の彼女は、ユニット以外での仕事は、お世辞にも多くはありませんでした。
 競争を苦手とする彼女の性格は、仕事を積極的に獲得することに向いていないのです。

 ちょっと、悩みを聞いてもらっても、良いかしら。
 そう、彼女は穏やかに私に問いかけました。

 私の隣で、あぁ、綺麗なお月様ねぇ、という暢気な声――。
 あまり経験はありませんが、誰かと一緒に月を見るのも、存外悪いものでもありません。


 悩みというのは、案の定、なかなかオーディションに合格できないというものでした。

 これまでは、プロデューサーや律子嬢がせっかく取ってきた機会だからと――。
 そう思い、自分を奮い立たせ、オーディションに臨んでいたのだそうです。

 しかし、プロデューサーが亡くなり、律子嬢の手も回らなくなり――。
 自分でオーディションを選択し、申し込むようになってからは、それができないのだと。

 自分だけの我儘で、誰かを蹴落とすくらいなら、合格できなくとも良いのかも、と――。
 そのような考えに至り、諦めることに慣れてしまっていると、彼女は言いました。


 私は、そうのたまう彼女のことが、不愉快に思いました。

 骨身を削り、神経をすり減らして仕事を獲得している私への、嫌味とすら思いました。


 頂点とは、孤高の存在です。
 他者を気に掛けることなく、常に上を見据えていなければ、辿り着くことは叶いません。

 それができぬ者に、トップアイドルを目指す資格などありません。
 何の覚悟も持たない貴女は、恥を知るべきです。

 そう――彼女に辛辣な言葉を、私はぶつけてしまいました。


 彼女は、少し寂しげな顔をして――なおも穏やかに、ふふっと笑いました。

 何がおかしいと言うのでしょう。

 アイドルとは、皆を輝かせる存在――。

 そう、プロデューサーが自分の想いを語っていたのだと、彼女は言いました。

 人々を元気づけ、勇気を与え、心に光を灯す存在なのだと。


 私は、私のふぁんを楽しませ、喜ばせ、明るく照らすための一切の努力をしております。
 まさしく、今私達の目の前にある、この月のように――何も間違ってなど――。

 そう言いかけると、彼女は、首を振りました。


 お月様の光は、お月様自身の光ではないの。
 それに、今の貴音ちゃんには、ただ一人、元気づけてあげられていない人がいるわ。

 私は、彼女の言葉の意味が分からず、ただ彼女の顔を見据え、次の言葉を待ちます。


 それは、自分自身よ。

 あの人は、私達に弱みを見せない貴音ちゃんを、いつも気にかけていたわ。
 貴音ちゃんが、孤独を感じるようなことがあってはならない、って――。


 私は好きで孤高を持しているのです、気遣いなど不要――そう反論すると――。

 孤高と孤独は違うのよ、貴音ちゃん。

 高みを目指すという大きな目標を一人で背負い込んで、自分を追い詰めて――。
 人を明るくするために、自分の心を暗く冷たい場所へ閉じ込めてはいけないの。


 だって、貴音ちゃん――私がここに来る前、一人で泣いていたんでしょう?

 ――彼女は、私の心が読めるのでしょうか?
 返す言葉を無くした私に、彼女はなおも優しく語りかけます。


 響ちゃんだけじゃなく、私も、皆も――プロデューサーさんも、良く知っていたのよ。

 孤高でミステリアスな貴音ちゃんは、皆を思いやる優しい心の持ち主で――。
 ちょっと頑固で、強がりで、でも実は、とっても寂しがり屋さんなんだってことをね。

 皆に弱みを気取られまいとして、自分自身の心をいじめているのだとしたら――。
 それは、私達にとって、勝手だけれど、見過ごすことができないことなの。

 きっと、プロデューサーさんも、そう思うんじゃないかしら。


 あの人が言っていたように、私は、ファンの人達だけじゃなく――。
 自分自身も元気づけられるアイドルになりたいって、そう思うの。

 オーディションも満足に受からない身で、偉そうに言えたものではないけれど――。

 いつか、美希ちゃんも、春香ちゃんも戻って――。
 皆でもう一度、誰もが悲しむことなく、笑ってお仕事ができるようになれればいいわね。

 だから――まずは、私達自身が笑い合うことから、始めてみるのはどうかしら。
 あの子達を、もう一度、笑いながら迎え入れるためにも――。

 貴音ちゃん――私達の光を、恐れないで。
 弱いことは、恥ずかしいことではないのよ。


 小鳥嬢が暖かい飲み物を作って待っているから、落ち着いたら下に降りて来るように。

 そう言い残し、彼女は事務室へと降りて行きました。

 私は、改めて、真っ暗な空に浮かぶ月を見上げました。


 月は、自ら光輝いているのではない――。
 私は、それに気づいていながら、気づかぬ振りをしていました。

 私は、自身の進むべき道を確認するために、月を見ていたのではありません。
 ただ、光を求めていたのです。
 光を与えてくれる、誰かを――。


 しかし私は、恐れていました。
 誰かが与えてくれる光を、直視することを――。

 暗い場所へ隠した、誰にも見せない弱い自分を暴かれることが怖くて――。
 なればこそ、光源の見えぬ反射光を――月を見て、光を得た気になっていたのです。

 ふぁんを喜ばせるためなどと、自分を偽り、ひた隠しておきながら――。
 都合良く自身に届く慈しみのみを求める、卑怯な臆病者こそが、本当の私です。

 人の愛を受け止めることができぬ者に、人を愛することなど、どうしてできましょう。

 この期に及んで、アイドルと向き合う覚悟ができていないのは、私の方――。
 そのことに気づかされた私は、その場に崩れ落ちました。


 事務室に戻ると、響とやよい、真美が、私の下へ飛び込んで来ました。

 彼女達は、冷たい態度を取ったはずの私を心配し、ずっと待ってくれていたのです。
 小鳥嬢が温め直してくれた、ここあを持って。

 ここあ以上に、皆の温もりがあまりに申し訳無く、有り難く――。
 私は、こみ上げる思いを、堪えることができませんでした。

 ――以上が、私から語ることのできるお話です。

 私を慰めてくれた彼女のことは、敢えて素性を隠してお話を致しました。
 普段と違う、毅然とした態度であったために、いめぇじが崩れてしまうかと思いまして。

 ですが、ふふ――結局のところ、善澤殿には合点がいってしまったようですね。


 ――春香と美希が復帰した経緯と、事務所の絵について、ですか?

 美希は、比較的早期に立ち直りました。
 しかし、春香は――如月千早の助けが無ければ、復帰は困難であったかも知れません。

 件の絵についても、私は千早の提案に同意し、僅かばかり助力をさせていただいたまで。
 詳しいお話を求めるのなら、千早をはじめ、他の者にお聞きした方がよろしいでしょう。

 ――失敬な。私の絵心が無いからなどという、不埒な理由ではございません。

 まぁ、良いでしょう――さて、そろそろ時間ですね。


 最後に、もう一つだけ。

 最初に私は、プロデューサーとの大仰な思い出など無いと申し上げましたが――。
 実は、あれは冗談なのです。


 どのような思い出があったのかと?
 ふふっ――。

 残念ながら、それはトップシークレットですよ。


 では、善澤殿、御機嫌よう。

【5】

 あら~、善澤さん、おはようございます~。
 随分とお早いご到着ですね~。

 あら? 私が時間前に来ていたのが、意外、ですか?

 うふふ、朝は苦手なんですけれど、この日のために、すっごく早起きしたんです~。
 道に迷っても大丈夫なように、って思って。

 でも、駅からこの公園までは、タクシーで来ましたから、あまり迷わずに済んで――。
 ずぅっと、ここでちょっと、日向ぼっこしていたんですよ~。


 えぇ。今日は、この公園で撮影なんです。
 天気が良くて、良かったわ~。



 雪歩ちゃん達から、お話は聞いています。

 どんなお話が良いかしら~、って、昨日もお布団の中で考えていたんですけれど――。
 せっかくですし、ちょっと大人な、深いぃ~お話を、しようかしらって。


 音無さんと私と、プロデューサーさんの三人で、お食事に行ったことがあるんです。
 まずはそんな、とある日のお話を、しようと思います。

 きっと、こういうお話は、他の子達は、していないですよね?

 この三人で、お食事に行くことは、割と良くあったんですよ~?

 お仕事で良いことがあった時、プロデューサーさんは私達に、ご褒美をくれたんです。
 他の子達の場合、一緒に遊んであげたり、買い物したり、何かをプレゼントしたり――。

 私の場合は、どこかへお食事に行く、っていうパターンが、良くありました。
 あずさ会、なんて音無さんやプロデューサーさんは、呼んでいましたね~。
 飲めないけれど、律子さんや、時々、社長もご一緒してくださったんですよ~。

 ただ、ほとんどの場合、最終的には――。
 音無さんが、結婚できないって愚痴るお話に、なってしまうんですけれど、ね。

 あっ――今のお話、オフレコでお願いできますか?

 うふふ、ごめんなさい。


 その時は、私の写真集が、当時の765プロで、最高の発行部数を記録したお祝いでした。

 音無さんが、パァーッと行きましょう、ってお声掛けしてくださって――。
 プロデューサーさんも、お忙しそうでしたけれど、切り上げて合流してくださいました。


 あずさ会の話題は、大抵の場合、お決まりの流れがあるんです。

 まずは、私のお祝いから始まって、今後の私の活動方針、765プロ全体の青写真――。
 そこから、将来の話になって、プライベートの話題――皆の、結婚の話になって――。

 私も、音無さんも、プロデューサーさんも、独身ですから――。
 結局は、そういう話に、落ち着いてしまうみたいなんです。

 プロデューサーさんはこの話題になると、どこか居心地が悪そうにされていましたね~。
 うふふ。

 音無さんは、酔っ払うと、口調というか――人が少し、変わっちゃうんです。

 あずさちゃん、焼き鳥なんてそんなわざわざ分けなくたって良いわよ、とか――。
 私のことを、あずさちゃん、って呼んだり――ちょっとだけ、粗っぽくなるのかしら。

 それで、少し、絡み酒な所もありまして――。


 あっ、このままお話しても、大丈夫ですか?

 うふふ――ありがとうございます。

 何で私に相手が見つからないのよー、って、プロデューサーさんに聞いたりして――。
 プロデューサーさんは、何とかなだめようとするんですけれど、ヤケになってるんです。

 結局あずさちゃんのような、若くて気立ての良い子の方が皆良いんだわーだなんて――。
 それで、最後の方になると、酔い潰れて寝てしまうんですね。


 ――うふふ、でも、内心は嬉しいんです。
 私のことを、ちゃん付けで呼んでくれる人って、あまりいないですから。

 あら? いけない、これじゃあ音無さんのお話ばかりになってしまうわ~。


 えぇと――音無さんが酔い潰れてしまった後は、二人きりで、お話をするんです。

 私のこと、他の子達のこと、765プロのこと――。
 意地悪して、ちょっと踏み込んだお話で、プロデューサーさんを困らせたりして――。


 でも――その日のプロデューサーさんは、珍しく酔っていましたね~。

 いつもより、とてもプロデューサーさんの本心に近いお考えを、聞けたと思います。

 私も、酔っ払っているものですから――それに、会話の流れもありますし――。

 765プロの子達の中で、誰が一番好きなんですか~、って――。
 どうしても、そういうお話、してしまうんです。

 プロデューサーさんも、すごく困らせてしまいますし――。
 翌日になると、何であんな話をって、すごく申し訳無く思ってしまうんですけれど――。


 プロデューサーさんは、皆が一番好きです、とお答えになりました。

 私は、うそー、またまたぁー、って、茶化してしまいます。
 お決まりのはぐらかし方にしか、聞こえませんし、誰か好きな子は、いるはずだって。

 たとえ、それが私じゃなかったとしても、本心を知りたくて――ダメな人ですね、私。

 でも、目は座っていても、ハッキリとプロデューサーさんは、本当ですと仰いました。

 俺は皆のプロデューサーであり、他の誰よりも皆のことが好きでなければなりません。
 そこらのファンや男連中といった半端モンなんかに、負けてられませんよ、って――。


 ただ、異性として、全く意識しないと言えば、嘘になります、とのことでした。

 例えば、私なんかは、その――。
 プロデューサーさんが、仰ることには、なんですけれど――。
 スタイルが良くて、年長者としての気遣いもできて、とても魅力的だ、って――。

 言わせておきながら、何だか、恥ずかしいですね。

 でも、他の皆も、個性的な魅力をそれぞれ発揮しています。

 春香ちゃんの明るさや、美希ちゃんの物怖じしない真っ直ぐさ――。
 挙げればキリが無いのですが、総じて言えるのは、皆良い子だと、そう仰いました。

 団結という、765プロの旗印を体現するように――。
 仲間やファン、他の人達のことを大事に思わない子は、誰一人としていません。
 本当に、良い子達ばかりです。

 年少者はともかく、結婚しろと言われれば――。
 いや、たとえ言われなくとも、できることなら誰とだって結婚したいとさえ思います!
 そりゃあ俺だって男ですから!

 でも、そのために、皆のアイドルとしての将来を奪うようなことはしたくないんです。
 皆をトップアイドルにさせるまでは、俺は、皆のプロデューサーです。

 皆が夢を叶えるところを、見届けることが、俺の夢です。
 浮かれてる余裕なんて、ありませんよ。


 そう、酔っ払いながら、熱弁されるのを聞いて――。
 実際の言葉遣いは、その――もう少しだけ、お下品でしたけれど――。

 何だか、私の方は、すっかり酔いを――いいえ、目を覚まさせられてしまいました。
 私は、なんて恥ずかしいことを、この人に聞いてしまったのでしょう、って。

 運命の人に、見つけてもらえるように、トップアイドルを目指しているのに――。
 その道の途中で、浮ついたことを言ってしまっては、いけませんよね。



 それで、その帰りなんですが――。

 音無さんだけじゃなくて、プロデューサーさんもすっかりデキあがってしまって――。
 結局、タクシーでお送りすることにしたんです。

 幸い、お二人のお家は、そんなに遠くなかったのですけれど――。
 家までお見送りしないと心配なほど、具合が悪く、タクシーに乗せるのもやっとでした。

 音無さんのお家の方が、近かったので、まずは音無さんのお家へ向かいました。
 肩を抱えて、マンションの階段を上がり、バッグから鍵を探して、玄関に座らせて――。

 本当は、もっと介抱してあげたいけれど、プロデューサーさんも放ってはおけません。
 何とか音無さんを起こして、ちゃんと家の鍵を掛けるようにお願いし、お暇しました。


 次は、プロデューサーさんのお家です。
 音無さんと違い、今度は男性であるプロデューサーさんを抱えなくてはいけません。

 だから、私の力ではどうにもならなくて――運転手さんに、手伝っていただきました。
 アパートの階段を上がって、スーツから鍵を出して――。

 中に入ると、その――男性のお部屋なので、仕方が無いのかも知れませんが――。

 ベッドはあったので、そこに何とか寝かせたものの、一向に起きる気配がありません。
 私が出て行ってしまうと、防犯上、とてもよろしくないことになりそうでした。


 プロデューサーさんのお家を、離れるタイミングが、見つからなくて――。
 私も、疲れていましたから、気づいたら床で寝ちゃってて――。

 結局、その日は、プロデューサーさんのお家に、泊まっちゃいました。


 だ、大丈夫ですっ!
 何も、何も起きていないですから~!

 そ、それで、ハッと目が覚めた時は、お日様はすっかり昇っていまして――。
 でも、プロデューサーさんは、まだ寝たままでした。

 私は、鍵をお借りして、そぉーっとお家を出て、近くのコンビニへ――。
 酷い顔だったでしょうから、一生懸命顔を隠して、下着を買って――。

 そぉーっとお家に戻ると、まだ寝ていたようでしたので――。
 こっそり、シャワーをお借りしました。

 バッグに入っていたもので、最低限のお化粧をして――。
 それが終わった頃、プロデューサーさんは目を覚ましました。何とか間に合いました。


 とても動揺されているプロデューサーさんを落ち着かせるのは、それは大変でした~。
 昨夜の記憶が、全く無いそうでして――何か良からぬことをしたのでは、って。

 ようやく、プロデューサーさんの方から、事務所へご連絡いただいて――。
 その日は、どうやら無事にお休みをいただけたみたいです。

 ちなみに、電話に出たのは、音無さんとのことでした。
 あれだけベロンベロンだったのに、さすが、しっかり者だわ~と感心したものです。


 頭を抱えて、ベッドから起き上がれそうに無いご様子でしたから――。
 お台所をお借りして朝ご飯を作り、お部屋のお掃除もしました。

 何から何まですみませんと、プロデューサーさんは私に、頭を下げますけれど――。
 一晩泊めていただいて、シャワーもお借りしたのですから、これくらいは、ね?


 あ、あの~――。

 こんな調子で、ダラダラとお話をしてしまって、良いのでしょうか~?


 そ、そうですね、お時間もあることですし――。
 それじゃあ、深いぃ~お話の、本題に入らせていただきますね~。


 ――そ、そんな! 論点まで迷子だなんて、言わないでください。

 実は、プロデューサーさんのお家にお邪魔したのは、その一度だけじゃありません。
 もう一度だけ、あったんです。

 いいえ、飲んだ日の帰りとか、遊びに行くとかっていうのとは、ちょっと違います。

 遺品の、整理のためです――プロデューサーさんが、亡くなられた後の。


 遺品の整理は、私と、律子さんと、音無さんで行いました。

 ただのお掃除であれば、やよいちゃんにも、手伝ってもらいたかったんですけれど――。
 今回は、ちょっと、違いますものね――。


 一度、お家にお邪魔したことがあったのは、この時まで、皆さんには内緒だったんです。
 でも――それを告白しても、律子さんも、音無さんも、表情は変わりませんでした。
 ずっと、暗い表情のままでした。

 アパートの大家さんに、鍵を開けてもらって、中に入って――。


 この間お掃除したはずの、ごみごみしたお部屋は、765プロに関するものばかりでした。

 雑誌や、CD、DVD――私達を題材にした漫画本も、ありました。
 それに、皆が大きく載った、ライブやグラビアのポスター――。
 私だけでなく、春香ちゃんや他の子達との、楽しそうなプライベートの写真――。

 おシゴト帳や、ずっと温めていたであろう、秘密の企画書のようなものもあって――。
 それを手にした律子さんは、声を殺して、泣いていました。

 音無さんは、手が止まっている律子さんの分まで、黙々と作業をしていました。


 そんな中、私の手を止めたのは――とある一つのゲームでした。

 私は、この手のものには疎いのですが、そのゲームは知っていたんです。

 亜美ちゃんが、お仕事の合間に良くやっている、可愛いモンスターを連れるゲーム――。
 ポシェットモンスター、っていったかしら。

 以前にお掃除をした際にも見つけて、自慢げにお話をされていたけれど――。
 プロデューサーさんも、子供っぽいところがあるのね~と、微笑ましく思ったものです。
 唯一、お仕事に関係しなさそうなものでしたし。

 亜美ちゃんや真美ちゃんに見せたら、喜ぶかしら――。
 そう思い、段ボールにそのゲームを詰めて、事務所に持ち帰ったんです。


 喜ばれは、しませんでした。
 亜美ちゃんと真美ちゃんは、そのゲームを見せた途端、大泣きしてしまったんです。

 どうしたの、と、私は驚きながら聞くと、真美ちゃんが、泣きながらこう答えました。


 そのゲーム、兄ちゃんが――真美に、間違えて買ってきたゲームなんだ。


 真美ちゃんが出演する、清涼飲料水のCMが、大変評判になった頃のことでした。
 プロデューサーさんは真美ちゃんに、ゲームをプレゼントすることを約束したそうです。

 あれだけゲームが大好きな真美ちゃん。
 きっと、大はしゃぎして、喜んだでしょうね。


 でも、プロデューサーさんがご褒美で買ってきたゲームは――。
 似ているけれど、全く別のものでした。

 真美ちゃんがお願いしたものは、妖怪ウォンチュウ――。
 私と同じで、ゲームに疎いプロデューサーさんには、違いが分からなかったみたいです。

 あんなに説明したのに、何で間違えんのさ!!
 兄ちゃんのバカ! おたんこなす! こんこんちき! 兄ちゃんなんか大っ嫌い!!


 アイドルとはいえ、幼い真美ちゃん達は、お小遣い制でした。
 ご家庭も裕福だったと思いますが、好きなものを、自由に買えた訳では無いみたいです。

 そんな中、亜美ちゃんが抜け駆けして、先に買っていたゲームがあったそうで――。
 真美ちゃんも、それを欲しがりました。
 バージョンの違うものがあるから、それを買って、亜美ちゃんと一緒にやりたかったと。
 亜美ちゃんも、真美ちゃんと一緒にゲームをやれることが、何より楽しみでした。


 不本意とはいえ、そんな二人の期待は、プロデューサーさんに裏切られてしまいました。
 口も聞いてあげない! って、二人はあの人に、ひどく怒ってしまったようです。


 謝らなかったの――兄ちゃん、すぐに仲直りしてくれたけど――。
 突き返したこと、ずっと、兄ちゃんに謝んなきゃって、ずぅっと思ってたんだ!

 ご褒美でくれたんだから、本当はありがとうって、言わなきゃいけなかったのに!
 兄ちゃんからの、最後のプレゼントだったのに、真美は、何で、突き返して――!!


 真美ちゃんは、そのゲームを抱きしめながら、その場で泣き崩れました。
 亜美ちゃんも、事務所の天井を仰ぎながら手を顔に当てて、わんわん泣いています。


 でも、私は、謝らなくても大丈夫だと思いました。
 そのことを言うと、二人は、えっ、と不思議そうに、涙で濡れた顔をこちらに向けます。


 なぜかと言うと、私はプロデューサーさんから、こんなお話を聞いていたからなんです。
 最初に、プロデューサーさんのお家をお掃除した際の、自慢話を――。

 やったことありませんか、あずささん?

 ポシェモンは、俺が子供の頃は、相当に流行っていました。
 まだあるんだなぁと思って、この間新しいのを買ったんですけど、やはり面白いんです。

 ただ、流行り廃りっていうのはどうしてもあるみたいで――。
 今の子供達はポシェモンよりも、妖怪ウォンチュウらしいですね。妖チュウブーム。

 知らないですか? 俺も良く分からないんです。
 ポシェモンなんて、真美達に時代遅れだって馬鹿にされて、なかなか堪えましたよ。


 でも、亜美や真美だけでなく、皆は今やカリスマ的な人気者であり、俺の誇りです。

 子供の頃に憧れた流行を、自分が起こす側に立っている今、考えることは――。
 皆のことを、一時の流行で終わるような存在にはしたくないということです。


 とあるお笑い芸人の言葉ですが――その時一番光っているものを追いかけるな、と。
 皆が北へ走っているのなら、あえて違う方向へ――南へ走るんだ。
 それは怖いことだけど、自分の方へ目を向けさせることができればダントツだ、って。

 もちろん、常識的な考え方は失っちゃいけませんが、そういう意気込みも大事かなぁと。

 皆も、自分の道を信じて、自分だけのダントツの道を突き進んで行ってほしい。
 俺は皆に、その道を突き進んで良いんだという自信を与えてやりたいと思っています。


 いくらポシェモンを馬鹿にされようと、真美達が自信を失わなければ、俺は構いません。
 真美は謝りたがっているみたいだけど、もし来たら逆にからかってやりますよ。ハハハ。

 あ、でもあずささんは自分の道を突き進んじゃうと、迷子になっちゃうかも。
 えぇと――ちょっと落ち着いて、俺と一緒に、時代遅れのポシェモンでもどうですか?
 なんちゃって、アハハ――冗談です、すみません。

 亜美ちゃんや真美ちゃんのこと、プロデューサーさんはちゃんと分かっていたわ。
 あの人は、いつでも皆のことを誇りに思っていたのよ。

 そう言うと、二人は泣き止んで――でも、ちょっぴり泣いて、嬉しそうに笑いました。


 でも、いくらプロデューサーさんでも、失礼しちゃいますよね~。
 迷子になっちゃうから、私はあまり自分の道を突き進んじゃダメだなんて、うふふ。

 だから――私は、あまり動き回らないで、皆のことを見守る役回りをしようと思います。

 せっかくの年長者ですし、疲れて悩んでいる皆に、私が大丈夫よって言うんです。
 皆を見守って、自信を与える役――あの人の役を、少しでも私が代わりにできたらって。

 皆が突き進む中、あえて私は突き進まずに、その場で待つ。
 見方を変えれば、これもまた、私だけのダントツ、ですよね? うふふっ。


 ――あら? いけない、もうこんな時間だわ~。

 本当は、春香ちゃんのことも、少しお話できればと思っていたんですけれど――。
 ちょっと、あずさ会のことを長く話し過ぎちゃったみたいです~。ごめんなさい。


 えっ? ――あぁ、コレですか?

 うふふ、最近になって、私も亜美ちゃん達と始めてみたんですよ~、ポシェモン。
 面白いので、よろしかったら善澤さんもぜひ、やってみてくださいね?


 どうもありがとうございました~、長々とお話を聞いてくださって。

 それじゃあ、ここで失礼しますね?
 ごめんください~。

【6】

 うわぁ、これボイスレコーダー?
 見て見て、真美! ボイレコだよボイレコ!
 うえぇホントだ! 善澤さんもこーいうハイテク機器使うんだね。

 えっ、真美達にだけ? 何で?
 いやいや、そりゃーそうだよ真美少尉殿。だって亜美達二人じゃん?
 一緒にワーッて喋っちゃったら、たとえ小野の妹でも聞き取れないっしょー。
 あっ、それもそっか→! アハハハハハハハ!!

 へっ、小野妹子? ――じゃなくて、しょーとくたいし?
 あーそうそれ。それが言いたかったんだよねー亜美。


 んで、兄ちゃんの話だっけ?

 うーん、まともに兄ちゃんとの思い出語っちゃったらチョー長いっぽいよね亜美?
 うんうん、夜が明けちまうぜベイビー。
 なんたって出会いが出会いだもん。


 ん、聞きたい? 聞きたいっ?
 おやおやぁ、禁断の話題に触れちゃったねぇ→善澤さん? んっふっふ~。

 そんなに知りたいなら教えてしんぜよう。
 兄ちゃんとの運命の出会い――そう、あれは、雷鳴とどろく、大雨の夜――。
 ピカッ! ゴロゴロゴロ――。

 真美、もうちっと臨場感をさ。
 えっ、ダメ? じゃあもっかい。ピカッ!ゴロゴロゴロ――。


 あ、そういうのいらない?

 んっとね、出会いってもそんなドラマチックなもんじゃないよ?
 そーそー、朝早く事務所に行ったら、知らない人が事務所のドアの前にいてさ。
 おのれクセ者! って、後ろから思いっ切りカンチョーしたら兄ちゃんだったの。

 いやーあれはしょうがないっしょー。
 事務所の鍵が見つからなかったんだーって兄ちゃん言ってたけどさー。
 うんうん、チョーキョドってたよね。危うく事務所の危険が危ないって思うじゃん?
 でも、律っちゃんには怒られちったんだけどね。

 そーなんだよ! 律っちゃんってばホントにすぐ怒るんだYO!
 だってお箸の持ち方が変とか、そんなどーでもいいことでフツー怒らないっしょ!
 あとさ、あとさっ! 肩揉んであげるフリして氷を首筋にヒョイッてやったり。
 洗い物してるやよいっちに、真美のコップ取ってーって亜美が言って、混乱させたりね。
 髪留めの色に気がつくまで、どっちがどっちか分かんないやよいっち可愛かったよね。
 それとさ、三個のうち一個が激辛のガムのお菓子あるじゃん?
 それを全部激辛のヤツにしてひびきんに一個ずつ全部食べさせたり。
 あーあったね亜美! あの時のひびきんの悶えよう、チョ→面白かったなー。

 ――そ、そう? そんなにドイヒー?


 でもね? 兄ちゃんはそういうの、全然怒らなかったんだー。
 困った顔はするんだけど、勘弁してくれよーって、そのままスルーしちゃうの。

 まぁ、律っちゃんがその前に代わりに怒っちゃうってのもあんだけどね。
 あーそれか。それだよ真美。

 んまぁー、今流行りの草食系男子っちゅーヤツですな。
 現代社会の闇ですな。


 ただ――一回だけ、もんのすごく怒られたことがあったの、覚えてる亜美?

 忘れるワケ無いっしょ、真美。

 前はさ――真美も、亜美のフリして、双海亜美っていうアイドルで活動してたんだ。
 善澤さんも知ってたっけ?

 方針が変わって、真美もドクリツ? して活動することになっても、たまーにね?
 うん、真美は亜美になってくれたり、逆に亜美も真美になったりしてたよね。

 そのたんびに、律っちゃんにやっぱし怒られるんだよねーコレが。
 お客さんをからかうようなことをするんじゃありません、メーッ! って。
 亜美達、別にからかってないし、お客さんも亜美達も楽しけりゃそれでい→じゃん!

 真美も、もちろんそう思ってたよ――でも、兄ちゃんはそのこと知らなかったんだ。
 亜美が、真美のフリしてイベントに出て、ちょっぴり失敗しちゃったあの日まで――。


 失敗だなんて、失礼だよぅ真美!
 うっかり亜美の口が滑って、竜宮の小ネタや真美の笑い話を話しちゃっただけじゃん。

 それで、司会の人にムムーッ? って疑われたのをきっかけにネタ晴らししてさ。
 予想外のハプニングに会場は大盛り上がり! ねっ、失敗じゃないっしょ?

 真美も、宿題済ませてお仕事の現場行ったけどさ、すっごく盛り上がっててビックリ!
 あーさすが亜美だなーって。失敗を成功に変えるなんて。
 だからぁ! 失敗じゃないってゆってんじゃん真美!

 でも、終わってから、律っちゃんに二人とも呼び出されて、その場で説教。

 それだけならまだいいんだけど、兄ちゃんが――。
 スタッフさん達に挨拶してたのかな、後からやってきて――。

 自分達の価値を下げるようなことをするな、って――。


 律っちゃんみたいに、大きい声で怒るワケじゃないけど――すんごい怖かった。

 お客さんを騙したとか、からかったことについて怒っている訳じゃない。
 スタッフさん達を混乱させて、迷惑かけたことも――それもあるが、別の話だ。

 お前達は、自分には代わりがいると、安易に考えている――。
 それが、俺にはとても許すことができない。


 亜美も、真美も――確かに瓜二つだし、同じくらいの実力を持っていると思う。

 でも、亜美も、真美も、お互いに違う一人のアイドルなんだ。
 亜美にしか、真美にしかできないことが、これまでもこれからも、きっとあるはずだ。

 お前達がしたことは、お客さんやスタッフさん達をからかうばかりのことじゃない。
 何かあっても、亜美でいい、真美でいい――片方が無理なら、もう片方でいい。
 そう思わせてしまう行為なんだ。

 俺は、他の人に、お前達がそう思われてしまうことが我慢ならない。
 お前達に代わりはいないんだ。春香も、千早も、美希もやよいも伊織も、皆そうだ。

 亜美でいい、じゃない。
 亜美がいい、真美がいい――真美じゃなきゃダメなんだと、思わせるアイドルにしたい。

 だから――今回のようなことは、二度とするな。


 ――結局、ホンキで怒られたのは、それが最初で最後だったなぁ。
 あんなに怖い兄ちゃんを見たのもね。

 でも、すっごく、心がエグられたっていうか――何か、うあうあーってなった。
 うん――そだね。


 とまぁ、今でもイタズラはすんだけどさ。
 亜美が真美のフリをするとか、そういうのはもうしなくなったの。

 逆に今ではアレだよね亜美?
 うんうん、亜美と真美、学校でどっちがモテるかって対決してるんだー。

 今んとこ亜美がゆーせーだよねー、真美? んっふっふ~。
 なんのなんの、成長期真っ逆さまの真美がコレからギャフンと追い抜くっしょ→!
 成長期なのは亜美も一緒だもんね→!


 あっ――。


 ――どったの真美? いきなりちんみょーな顔して。


 ごめん、亜美――実はあの後一回だけ、亜美のフリしてお仕事に行ったことあったんだ。

 うえぇぇっ!? ま、マジで、何でっ!?

 うん――あの、やよいっちのお料理さしすせそ。

 あっ、真美がゲストで呼ばれた回? お蔵入りになったんじゃなかったっけ?

 お蔵入りはお蔵入り、っていうか、アレなんだけどさ――。
 実は――あの回、竜宮がゲストで呼ばれた回だったの。

 う、うえぇぇぇぇぇぇっ!? そ、それはおかしいよ真美!
 だって亜美が風邪で出られなくなったから竜宮じゃなくて真美になったんじゃん!
 てゆうかそんなこといおりんもあずさお姉ちゃんも、律っちゃんも誰も一言も――!


 真美が、秘密にしようって提案したんだ。
 その方が――亜美が傷つかないって、思ったから。

 でも――やっぱり、言うね?

 真美ね? ――正直ゆって、亜美にシットしてた時があったの。

 だって亜美は、竜宮やっててグングン人気になって、なのに、真美は――。
 いつも一緒だった亜美が、抜け駆けしたみたいに思えてさ。
 最初は、ただ一緒に遊べる時間が減ってつまんなかっただけだったのに、だんだん――。

 しまいにゃ亜美、自分だけの新しいトレーニングウェアとかが欲しいなんて言っててさ。
 もちろん、亜美に悪気が無いのは真美も知ってたんだけど――すごく――。

 そ、それはでも真美、ちが――!

 ううん、いいの亜美、分かってるよ。もう、全部分かってる。


 やよいっちのお料理さしすせそが、ちょうど放送100回目の記念の回でさ――。
 ほら、月曜から金曜の朝と夕方やってるじゃん?

 ゲストは竜宮小町にしましょう、ってディレクターさんが律っちゃんと相談したみたい。

 それは知ってるよ。だって亜美も律っちゃんから聞いたもん。
 でも、直前で亜美が風邪引いちゃったから真美が代わりに出たって――。


 代わりに出たんだよ――竜宮小町の、双海亜美としてさ。
 髪をムリヤリ短く結って――もちろん、皆には内緒でね。


 最初は、亜美のフリして、おゲヒンなこと言って、失礼なこともして――。
 ホントに、それこそお蔵入りにしてやるって、思ってた。
 やよいっちの番組なのにさ――バカだよね、真美。

 でも――現場に着いたら、なんか楽屋に、双海亜美様って書かれた小包があって――。

 何だろうって律っちゃんに聞くと、あなたが注文してたものでしょう、って――。

 良くわかんないから、開けてみたら、トレーニングウェアやシューズが入ってた。

 コレ、いつか亜美が欲しいって話してた、あの新しいヤツだ――!
 しかも、よく聞いたら、ママには内緒で事務所の経費で買ったものだって!

 ありえない――ありえないよ亜美!
 自分だけのために、何でこんなワガママができんのさ! って、すっごく怒って――。

 律っちゃんに、こんなのいらないって言っちゃった。
 困った顔をされたけど、亜美こんなの注文してないもん! って。
 今ならたぶんクリーニングオフってのもできるんでしょ? やってよ! って――。



 ごめんね、亜美――真美、ホントバカだった。


 その後、番組が始まる直前に――やよいっちに聞かれたんだ。
 亜美が注文してたプレゼント、ちゃんと楽屋に届いてた? って――。

 プレゼント? ――届いてたけどあんなのいらないって言ったよ、って言った。

 そしたらやよいっちが、えぇ、そうなの?
 せっかくの真美へのプレゼントだったのに、って。


 えっ――真美の、プレゼント?
 真美がそう聞くと、やよいっちはもっと不思議そうな顔してる。

 そうでしょ?
 亜美、いつも自分より頑張ってる真美へのご褒美だって、話してたよね?


 えっ――――。

 ねーねー真美?
 このウェアとシューズ、チョ→カッコ良くない?
 こーいうの亜美にも似合うと思う? どう、どう?
 アハハ、い→じゃん、ごほーびだよごほーび。いつも頑張ってる自分への、ね?
 亜美はコレ好きだなー、真美もいいって思うよね? ねっ?


 亜美が、前に家でそう言ってたのを思い出したんだ。

 しつこく亜美に似合うかを真美に聞いてたのは――真美の好みを、確かめたかったから。
 いつも二人で、同じものを買ってたし、いつも一緒だった――服の好みだって。

 一緒に、いられなくなりがちだったから――まだ一緒なのを、確かめたかったんだよね?


 もう収録が始まりそうだったけど、真美、いてもたってもいられなかった。
 スタジオ飛び出しちゃったんだ――さっき突き返した、プレゼントを探すために。

 いつか、兄ちゃんは二人が別々だって言ってたけど、やっぱりそれは違ったんだ。
 真美達は同じじゃないけど、一緒なんだ。
 亜美は、まだ真美と一緒にいてくれる――!

 一緒だよ、真美は亜美なんだ! 今気づいたんだ!
 あのプレゼントは、亜美が真美に――真美が亜美にプレゼントしたいものだったんだ!


 もうトラックに積んで局を出たって聞いて、一目散に、階段をダッシュで降りて!
 メチャ息切れしてたけど、専用通路を走って、そしたら、トラックが出口に向かってて!

 や、やめて、待ってぇー!!

 って、やよいっちがそう叫びながら、トラックの前に躍り出る寸前だった。
 何でやよいっちが!? って考えてるヒマなんて無いよ!
 夢中でやよいっちの横からガバーッて庇って――気づいたら、トラックが止まってた。

 やよいっちは、髪留めの色で、真美だってことが後で分かったみたい。
 前にやよいっちを二人でからかった時に、それで見破られたことがあったんだ。
 律っちゃんやはるるんにも、誰にも言ってないことなんだけどね。

 真美がプレゼントを探してるって知ったやよいっちが、トラックの前に走って――。
 それを真美が止めた時に転んで――やよいっち、ケガしちゃったんだ。
 顔を、少しすりむいちゃった。

 それで――その収録は、中止になっちゃって――。


 やよいっちには、そりゃもうメッチャクチャ謝ったよ。
 ホントに、真美、どうかしてた――取り返しのつかないことしちゃった、って。

 でも、やよいっちは全然イヤな顔しないで、笑って首を振ったんだ。

 家族を大事にしたいって思う気持ち、私には良く分かるんだー。
 だから、亜美のために一生懸命になる真美を、助けなきゃって思っただけだよ、って。


 いつの間にか兄ちゃんも来てて、律っちゃんと一緒にディレクターさんに謝ってた。

 この後メチャクチャ怒られた――って思うじゃん?
 実際、楽屋で待ってる間はメチャ泣きそうだったよ。

 でも、兄ちゃんも、律っちゃんも怒らないでいてくれた。


 やよいには、ちゃんと謝ったか? って――。
 うんって言うと、そうか、なら胸を張れ。責任は俺達が取る、って。


 そうやって、引っ掻き回したり回されたりして、成長していくもんだ。
 お前も、俺達もな。

 真美――そんなことがあったなんて、亜美、全然知らなかったよ。


 関係者の人達や、その場にいた皆には、亜美には秘密にしてってお願いしたんだ。
 元々、亜美には真美のゲスト回だって言ってたし――恥ずかしいし――。
 それに、亜美の評判、下げたくないもん。


 だからやよいっち、最近は亜美がイタズラしてもニコニコ嬉しそうだったのかぁ――。

 バカだなぁ、真美――そんなこといちいち秘密にするようなことじゃないっしょ。
 お姫ちん風に言うといけずだよ、いけず。
 兄ちゃんも良く言ってたじゃん、子供は子供らしくって。
 亜美達は余計な気ぃ遣わないで、皆を引っ掻き回してユカイにしてりゃーいいのさ。

 う、うん――そうだよね! 真美達は真美達らしく、だよね!
 うんうん!


 ――って、そうだ!
 へっ、どったの亜美?
 忘れるトコだったよ真美! ほら、事務所の絵の話しなくちゃ!
 あーそうだった!


 あのねあのね、善澤さんね?
 事務所に掛かってる変な絵あるっしょ?
 アレ、千早お姉ちゃんが言いだしっぺなんだけど、亜美達もこーけんしとるのだよ。

 モチのロンだYO!
 どうしたかってゆーと、まぁあの絵は皆で書いた絵なんだけど、そのルール!
 お題はミキミキが提案したんだけど、ルールを決めたのは真美達だったのだ→!

 そのルールとは――んっふっふ~、聞きたい?

 20秒経ったら次の人に回す、ってゆー、爆弾ゲーム形式で描くことにしたんだ。

 お題はズバリ、兄ちゃん。
 皆がそれぞれ一色ずつの、クーピー?
 クレパス。
 そうそう、クレパスを持って、20秒毎に兄ちゃんを分担して描いて次の人に渡すの。

 ゆきぴょんなんか白のクレパス持って、私何を描けば良いんですかぁ~!? って。
 アハハ、あったねぇーそんなことも。


 ――えっ、あの絵が兄ちゃんに見えない?

 んっふっふ~、善澤さん、ゲージツを見る目が無いですな→。
 どっからどー見ても兄ちゃんそのものっしょ→。
 まぁ、事務所に寄ったらもう一度良く見てみてよ。兄ちゃんだからアレ。


 でさ――あの絵のお題決めたの、ミキミキって言ったっしょ?
 そういうミキミキも、事務所に来てなかった時、あってさ――。


 うん――はるるんは、千早お姉ちゃんの頑張りで、持ち直したんだ。

 ミキミキは――いおりんが、最後は励ましてたんじゃないかな。
 いおりん、亜美達にも何も話さないから、良く分かんないけど――きっとそうだと思う。

 何でって?
 前までよりももっと、仲良しになってるように見えたんだー。いおりんとミキミキ。
 何となくだけどね。そうだよね真美?
 うんうん、ありゃー何かあったんだよきっと。

 でも、そーゆーのをネホリハホリ聞かないのが大人のミリキってヤツよ。
 うむ。亜美達はただ、いおりんのデコ、ミキミキのワガママボデーをナデナデするのみ。

 本人達がいつか亜美達に真実を話してくれる、その日まで――!
 あぁ――真美達の戦いはこれからだ!

 真美、それ逆に終わるパターンだYO。
 おっといっけねテヘペロ。

 ってワケで、その辺の詳しい話はいおりんやミキミキから聞いてね?
 そんで、後で真美達にも教えてね?
 ナイスなレポをよろよろ~♪


 えーと、あと何か話すことあったっけ?
 兄ちゃんが作ってたヒミツのおシゴト帳の話は?
 おぉ、その響き、何だかアダルチーですなぁ。うっふ→ん♪
 いや→ん♪
 えっとね、善澤さんね、あのね――。

 ――げぇーっ、律っちゃんだー!
 えっ、もうこんな時間!?


 じゃあ、亜美は竜宮のお仕事あるから。
 うん、それじゃあ真美もゆきぴょんのラジオのお仕事に行こうかなー。

 んもぅ、律っちゃんてば、何も失礼なこと話してないよぅ亜美。
 おやおやぁ、亜美中尉は律っちゃん軍曹殿の信頼を勝ち得ていないようですな→。


 ――えっ、軍曹より中尉の方が偉いの?

 あっ――ね、ねぇちょっと律っちゃーん!
 ちゃんと教えてよぅ! 今まで真美間違って覚えてたの!?

 待ってよ律っちゃぁーん!!

【7】

 よっしざっわさぁーんっ!!
 こーんにーちはー!!

 えへへ、今日の収録の余りもので作った、大根の茎の煮びたしと皮のきんぴらですー!
 何だかすっごく材料があったから、いーっぱい作っちゃいました!

 善澤さんにもお一つ、ジャジャーン! はいっ、良かったら食べてくださいね?


 はわっ!? うっ、す、すみませんつい――。
 善澤さんの単独インタビュー、久しぶりだったから、メラメラ―ってなっちゃったかも。

 はいっ!
 今回のインタビューって、私、すっごく楽しみにしてたんです。
 だって、プロデューサーとの思い出、たっくさん話せる日なんだーって。

 そういう日って、あんまり無いんです。
 今は、もうそんな雰囲気じゃないけど――気軽に話せる話題じゃなかったかなーって。

 あっ、す、すみません!
 暗いお話をするつもりじゃなかったのに。気を取り直して――!
 私からお話するのは、すっごく楽しいお話なんですー!



 善澤さん、ヤキニクマンってヒーロー、知ってますか?

 そうです、ウチの弟達も大好きな、とってもかっこいい家庭の味方なんですー!
 今日は、プロデューサーと、そんなヒーローになったお話をしようかなーって。

 ヤキニクマンは、土曜の夕方前にやっているヒーローアニメなんです。

 ただ悪い敵をやっつけるだけじゃないんですよ?
 お箸の持ち方とか、食事のお作法とか、嫌いなものも残さず食べましょうとか。
 そういう、食べ物っぽいお話も勉強できる、すっごく教育的な番組なんですー!

 真美がヤキニクマン役の声優さんと、おはよう朝ごはんを歌ったことでも有名ですよね。
 この間、真美がお料理さしすせそのゲストに二度――。

 はわっ! じゃ、じゃなくて、一度来てくれた時も、歌ってくれましたー!


 それでですね、そのヤキニクマンの、なんと! ヒーローショーがあって!
 私がゲストのヒロイン役として、登場したことがあったんですー!

 プロデューサーが、ダメ元で声優のクシダさんに相談してくれたんです。
 お料理さしすせその収録の後、真美と一緒に。
 そうしたら、ぜひお願いしますって!
 クシダさんが業界の偉い人だったのもあって、他の偉い人とも話してくれたんです!

 家族の皆にババーンって発表したら、もう皆大喜びで大変でしたー!
 かすみは、宿題の手を止めて、お姉ちゃん、ヤキニクマンと握手できるのー!? って。
 握手どころか、悪い人達からヤキニクマンに助けてもらえるんだよーって。
 長介も浩太郎も、いいなーすごいなーって、ずぅっとはしゃいでいましたねー。


 だから、よーし、私も一生懸命ヒロイン役頑張ろう! って思ったんです。
 ちゃんと台詞も練習しなきゃ。

 助けてぇー、ヤキニクマーン!!

 火の元には気をつけてー! フライパンから手を離しちゃダメぇー!!

 会場は、おっきなデパートの屋上だったんですけど、当日はもう満員でした。
 迷子にならないように、私と伊織ちゃんでしっかり弟達を連れて行きます。

 ――あっ、そうです! 伊織ちゃんも来てくれましたー!
 なるべく見やすい位置まで移動して、ここかなーって所で皆には待ってもらいました。


 ステージは、大体15分くらいでしたねー。

 まず、ヤキニクマンのマスコットキャラクター――ブンタとアシゲと、モニョですね。
 その子達と私が、オープニングトークをするんです。
 私、アドリブってあんまり得意じゃないけど、中の人達が楽しく話してくれましたー!

 その後で、悪役の人達が登場!
 悪玉コレステロールたーっぷりの、体に悪い料理を作るのだ―って、私に命令します。
 ステージにセットされた調理台で、ギトギトの焼肉を作らされちゃうんですー!

 悪い人達は、本番中なのに缶ビールを開けて、今にも飲んじゃいそう!
 これは色々と危ない! と、進行役のお姉さんが、会場の子供達に合図します!

 助けてぇー、ヤキニクマーン!!


 待ちに待ったヤキニクマンが、ジャジャーンってステージ脇から登場ですー!!

 登場してすぐに、ギトギトの料理を作らされる私を助けるヤキニクマン!
 フライパンを持ち直し、正しい焼肉の作り方を会場の皆さんに教えてくれます。


 が、そこでとつじょ! 悪い人達が、私や会場の人達も襲ってしまいます!
 ヤキニクマンはお料理をしている最中なので、火の元から動けません!
 や、ヤキニクマン、いきなりピーンチっ!!

 でもでも、そこで頼れる仲間、キムチちゃんとシオタンたんが助けにきてくれます。
 悪い人達の動きを、不思議なビームで止めるだけじゃありません。
 焼肉と食べ合わせの良い、野菜と果物も持ってきてくれるんです!

 最後は必殺技のヤキニクパンチで、悪い人達をやっつけるヤキニクマン!
 偏食はダメ! ヤキニクマンとの約束だ!


 ――というステージなんです。
 あっ、ステージで作ったお料理は、あとで会場の子供達にごちそうしたんですよー。

 はいっ! 会場も、すーっごく盛り上がってくれて、良かったですー!


 でも――。

 あっ、いぇ、あの――弟達は、ちょっと、文句を言ってた、って聞いて――。


 空も飛ばないし、パンチで敵をぶっ飛ばさないなんて、偽物のウソツキだ、って――。

 浩太郎と、浩司が――そう言ってたって、伊織ちゃんから聞いちゃいました。
 かすみと長介は、叱ってくれたみたいですけど――。


 元気無いな、って、プロデューサーが声を掛けてくれます。
 あっ――次の日に、事務所に行った時のことでした。


 せっかく、プロデューサーや真美が、用意してくれた舞台だったのに――。
 浩太郎達の、ウソツキっていう言葉が、ずっと頭から離れませんでした。

 もちろん、悪気が無いのは、分かってます。
 でも、私――喜んでもらいたかったのに、ガッカリさせちゃったのかなーって――。

 ――あっ、ち、違うんです! ごめんなさい!
 暗い話にするつもりは無くって、でもちょっと変な風に聞こえちゃったかもですけど!

 あ、でっ、そ、それで! そしたらプロデューサーが、こう言ってくれたんです。


 親の心子知らず、というけど――。
 浩太郎君達が、お姉ちゃんの気持ちを理解できるようになるのは、まだ先だろうな。

 でも、めげるのはらしくないぞ、やよい。
 伝えたい思いが伝わらなければ、もっと大きな思いをぶつけるしかない。

 俺に考えがある。
 伊織や、手の空いている他の皆にも、協力を求めてみよう。


 やよいはウソツキなんかじゃないわよ。
 今度は、文句の付け所が無いほどすごいものを披露してやろうじゃない。にひひっ♪

 伊織ちゃんがリーダーになって、皆が計画したのは、ヒーローショーのリベンジです。


 ――そうなんです。
 伊織ちゃん、お金持ちなんですけど、お家の力に頼ることは普段しようとしません。

 でも、今回は特別でした。
 弟達のために、すっごいお金を掛けた、豪華なショーを企画してくれたんですー!

 CGもバンバン使って、本当にすごいんです!
 どっちから見ても、立体的に見えるようなCGだったりして、それが動いてて!
 あと、ジェットふんしゃ? で、ヤキニクマンが空を飛んじゃうみたいなんですー!

 これなら、浩太郎や浩司だけじゃなくて、かすみや長介もビックリしちゃうかもー!
 うっうー! 高槻家始まって以来の一大プロジェクトですー!!

 今回の舞台は、私達皆で考えた、オリジナルのお話です。

 敵役は、アルファベート星人のPマンとして、プロデューサーがやることになりました。
 苦いピーマンを子供達に無理矢理食べさせて、ピーマン嫌いにさせちゃうんですー!

 あ、ここの子供達っていうのは、CGで小っちゃくなった765プロの皆のことですよ?
 えへへ、二頭身くらいで目が大きくって、何だかお人形みたいかもー。


 それで、小鳥さんの熱いナレーションに乗って、ヤキニクマンが登場してからが本番!
 かすみ達をステージに呼んで、美味しいピーマンの肉詰めを皆で作るんです!

 これだけでも弟達にはすごいサプライズなんですけど、さらにすごいのがこの次です!
 美味しいピーマン料理を作ってくれた、そのヤキニクマンの正体は――!?

 なんとなんと! マスクを外すと、私なんですー!!


 あ、それだけだと逆にガッカリするかもなので、本物のヤキニクマンも後で登場します。

 本当のヒーローは、苦手な食べ物も美味しく料理してくれる皆のお姉さんだ――。
 Pマンをやっつけた後、ヤキニクマンが弟達にそう言って空を飛んで、終わりです。


 ――わぁ、ありがとうございますー!
 考えた私達から見ても、すっごく派手で、ドッキリもあって、楽しい舞台かなーって!
 弟達にも、本物の、アニメそのままのヤキニクマンを見せれるかもって!


 でも――当日は、そのストーリーの通りに行かなかったんです。
 本物役のスーツアクターさんが、ケガで急きょ来られなくなったって、聞かされて――。

 どうしよう――!
 浩太郎や浩司には、今度は元気なヤキニクマンに会えるよって、言ってあるのに!

 こうなった以上、とにかく出たとこ勝負でやるしかない、とプロデューサーは言います。
 そ、そんなんで良いんですかー!? と思ってたら、もう舞台が始まっちゃいました。


 台本通り、二頭身の皆をいじめる、Pの字の被り物を被ったプロデューサー。
 春香さんや千早さん、響さんや伊織ちゃんが、即興で色々な鳴き声で泣いています。

 そ、そろそろ出ても良いのかな――でも、本当に台本、どうなるんだろう?
 あっ、音楽が変わった! こ、小鳥さんのナレーションだ、で、出なきゃっ!!

 う、うっうー!! ヤキニクマン、さんじょ――。


 はわっ!! しまった、うっうーって言っちゃダメなんでしたー!

 ていうか、さっきの声と背の高さ的に、弟達にはもう私だってバレバレっぽいかもー!
 や、ヤキニクマン、いきなりピーンチっ!!

 私のピンチなんてお構いなしに、プロデューサーはノリノリで演技を続けてます。
 そんなに言うならぁ、美味しいピーマン料理を、ぁ作ってみぃろぉ~!!

 ってちょっとー!? これ以上続けても、私、限界ですー!!


 そう思った時――かすみと長介が、浩太郎と浩司と一緒にステージに上がりました。

 何も言わないうちに上がってきたから、あれってなって――。
 気がつくと、かすみ達が自分達で、ピーマンともやしの料理を勝手に作り始めたんです。


 ちょ、ちょっと――何で皆、そんなに手馴れているの? ピーマンの肉詰めは?


 ちんぷんかんぷんなステージで――ナレーションの、小鳥さんの優しい声が響きました。

   わたしのお姉ちゃん
               高槻 かすみ

 お姉ちゃんは、朝早く起きて、わたしたちのごはんを作ってくれます。
 朝だけじゃなくて、自分のおべんとうや、夜ごはんも作ります。
 お姉ちゃんは、いつも元気で明るくやさしく、いるだけで部屋がポカポカします。
 わたしは、お姉ちゃんが作ってくれるごはんの中で、もやしが一番好きです。

 でも、最近、お姉ちゃんは毎日帰りがおそいです。
 学校に行った後、お仕事もあるからです。
 たぶん、お仕事がいそがしくて、大変なんだろうと思います。
 そういう時、お母さんが夜ごはんを作って、お姉ちゃんは一人でそれを食べます。
 わたしは、それを見て、お姉ちゃんはかわいそうだと思います。

 洗たくやそうじも、お料理も、勉強もお仕事も、みんなするのは、とても大変です。
 わたしは、お手伝いをすると、お姉ちゃんがほめてくれます。
 でも、お姉ちゃんをほめてくれる人はいません。

 だから、弟の長介が、たまにはお姉ちゃんをほめてやろうと言いました。
 ほめるのはえらそうだから、私は、いつもありがとうって言う方が良いと言いました。
 それで、その感しゃを伝えるために、料理を作ることになりました。
 お母さんに教えてもらい、わたしたちで練習したのです。

 わたしのお姉ちゃんは、みんなのアイドルです。
 でも、いつもみんなのことを考えて、みんなするのは、とても大変です。
 だから、ムリをしないで、たまには少しお休みしてね。
 わたしは、お姉ちゃんをポカポカとあたためる人になりたいと思います。


 小鳥さんが読み上げたのは、かすみの学校の宿題でした。
 いつの間にか、小さい春香さん達が私を囲んで、楽しそうに踊っています。

 実はこの舞台、プロデューサーと伊織ちゃんと、弟達が企画したドッキリだったんです。
 家や事務所で働いている私を、ほめたり、ありがとうって言いたかったんだって――。

 ――ど、どうなったも何もっ、何が何やらでサッパリですー!
 ビックリしたのと、安心したのと、嬉しかったのでもうワァーッてなっちゃって!

 ただ、あの時弟達が作ってくれた、もやしとピーマンと豚肉炒めの味――。
 何だか、すっごくしょっぱかったのは、覚えてるかなーって。えへへ。
 家に帰ったら、もう一度一緒に作ろうね、って言いました。


 あ、そうだっ!
 その後、すっごく大変で、プロデューサーが大ケガしそうだったんですー!

 ヤキニクマンの必殺技で、ヤキニクビームっていうのがあるんですけど――。
 それと本物そっくりに再現する、ビーム発射機? が、舞台袖に置いてあったんです。

 はいっ、そうなんですー!
 当日は、本物のヤキニクマンは登場しないから、実際に使うことは無いんです!
 でもでも、伊織ちゃんが、私を信じ込ませるために、リアリティを追及したのよって。

 でも、当日それが、ごさどう? で、ぼうはつして、プロデューサーに直撃して――。
 ちょうど、私が炒め物を食べてすぐで、ビックリしましたー。

 ――はい、あの、一応大丈夫でしたっ!
 プロデューサーが言ってましたけど、被り物が無ければソクシだったそうです。


 それで、その日の出来事を基にできた漫画もあるんですよー!
 小さい私達みたいな不思議な生き物と、765プロが繰り広げるドタバタ劇ですー!

 小っちゃい伊織ちゃんは、おでこからビームも出すんですっ。
 当日、ちょうど伊織ちゃんのチビCGのおでこから発射されたように見えたのもあって。
 ティンと来た! って、社長が知り合いの漫画家さんに頼んで。

 えへへ、こういうのを、一石二鳥って言うのかなーって。

 そんなところかなー、ヤキニクマン絡みのプロデューサーの思い出――。


 はいっ、プロデューサー、すっごく気ぃ遣いなんですよー!
 気配り行政ですー!

 だって、私がまだ踊りとかヘタッピだった時は、特別なレッスンを組んでくれたんです。
 雪歩さんと一緒に、地味だけど結構きついトレーニングを一生懸命続けて――。

 あ、そう、それです!
 雪歩さんがすっごく励ましてくれるから、とても楽しくできましたー!
 ジャジャーンって雪歩さん、いつもキレイに出来るから、私も負けないようにって!

 そうやって、何ていうんだろう――そういう、あっ、相性!
 そうです、相性っていうのも、たぶんプロデューサー、すっごく考えてたのかなーって。

 他にも、律子さんが風邪で辛そうな時、お仕事を代わりにしてあげたり。
 響さんのここ一番ってライブでは、楽屋に無理矢理いぬ美ちゃんを連れて励ましたり!
 あずささんが迷子になったら、すかさず事務所を飛び出していたんですよー!


 そう――本当にいつも、皆に気を配っていたんだって、思います。

 えっ? ――い、いや私は、だって! 長女ですからっ!
 生まれた時から、それが当たり前だったんです。

 でも、だから――私にとっては、実は、ちょっと不思議だったんです。
 何でプロデューサー、当たり前のように、あんなに頑張れていたんだろう?
 お仕事ってだけで、あそこまで私達のために一生懸命になれるのかなーって。


 それを知ったのは、プロデューサーが亡くなってからですねー。

 ――えーっ、何で絵を描いた時のことだって分かったんですかー!?

 わー、恥ずかしいなぁ――メチャクチャな絵だったですよね?
 あれ、亜美と真美のせいなんですよ、もうっ!

 でも――そのおかげで、私達らしいものが描けたのかなーっていうふうにも思うんです。


 大家族にいるから、分かるっていうのもあるんですけど――。
 皆で一緒に、何か一つのことをするって、ほとんど上手くいかないことが多いんです。

 ウチの場合――例えば、毎日のお料理をする時だって、そうです。
 下ごしらえの仕方、火加減のコツ、味付けの量とタイミング――。
 一度も弟達にうまく教えられたことって無いし、ついケンカしちゃうこともあります。
 それに、浩三がグズったら途中でもあやさなきゃだし、うまくいかないなーって。


 私達765プロの皆も、そうでした。
 最初は、お仕事も少なくって、なかなか慣れなくて、迷惑かけてばかりで――。
 初めての感謝祭ライブの練習も、何度も何度も、いーっぱい失敗しました。


 でも、私と違って、プロデューサーは、失敗しても一度も怒ることはありませんでした。

 失敗して苦しむのは、皆が本気で前に進もうとしている証拠だ、って。
 皆の夢を後押しする身として、こんなに喜ばしいことは無いよって。


 苦しむ姿を見て喜ぶなんて、兄ちゃんのドSー! って真美達はよく怒ってました。
 私も、変な人だなーって、正直思ってましたけど――。


 皆で、あの絵を――失敗じゃないけど、メチャクチャにした時に、分かったんです。

 プロデューサーは、前を見ている私達が、好きだったんだって。
 失敗しても、立ち上がる私達を見たくて――だから、あんなに一生懸命だったんです。

 初めから上手く行ったことなんて無くって、でも、つまずいた分だけ立ち上がって――。
 それが私達なんだってことを、皆で絵を描くことで、見つめ直したかったのかなーって。

 そうして、千早さん、春香さんのことを励ましたかったのかもって思います。

 えへへ、だから私達――ううん、私にとってあの絵は、宝物なんです。


 ――あ、わっ! ごっ、ごめんなさい!
 何か頭がボワボワーッてなって、思ってることバァーッて喋っちゃって!

 へっ? あ、そ、そうですか――うぅ、変なことしゃべってないといいなぁ。

 ――あっ、伊織ちゃんだ! 伊織ちゃぁーんっ!!


 うんっ! もうインタビュー終わったよ?
 溜まってたものがぜーんぶ出て、何だかすっごくスッキリして良かったかもー!

 伊織ちゃんは、明日あるんだよね?

 全然気にすること無いよ! 伊織ちゃん、私より喋るの上手だもん!


 ――プロデューサーが亡くなった時のこと?
 私は、あまり話さなかったなぁ。病気のこととかも、私そんな詳しくないし。

 え、うん、病気――あれ、伊織ちゃんどうしたの?


 わっ、ちょっ、急に引っ張らないで――!

 あ、そ、それじゃあ善澤さん、また会いましょー!!
 急でごめんなさい! さようならー!

21時~21時半頃まで席を外します。
投下し終わるのは、3時過ぎ頃になる見込みです。

完結した後で良いから過去作教えてくれ

【8】

 あら善澤様、御機嫌よう。
 お待ちしておりましたわ。
 どうぞ、そちらにお掛けになって。

 新堂、善澤様に暖かいお飲み物を。


 おほほ、本日は御日柄も良く、まるで私達の会談を祝福――。

 えっ――キャラが違うですって?

 な、何を仰いますの。
 確かに、事務所での振る舞いとはちょっと違いますけれど、普段の私はこういう――。

 ――あっ、ちょっと新堂!
 それじゃないわよ! 来客用に取っておいた上等のものがあったでしょ!


 あっ――お、オホンッ!

 それで、早速本題に入りますけれど、私達のプロデューサー――。

 ――まだ何か仰るおつもりですの?


 な――じ、事務所の皆といる時と同じように話せ、ですって?

 そ、それは出来ませんわ!
 善澤様は私の父とも親交のある方ですもの、そんな失礼な振る舞いは――!


 ――えっ、シャルル?

 善澤様ではなく、シャルルからインタビューを受けている――。
 そういう体裁で進めさせてくれ、ですって?

 む、無理ってわけじゃ――で、でも、ちょっと、抵抗ありますわね。


 あ、うう″ん! ――よしっ。


 それで、シャルル。私に聞きたいことって何かしら?

 あぁ、やっぱりいいわ、当ててあげる。
 あの馬鹿プロデューサーのことでしょ?


 まぁ出会った時の印象と言ったら、最悪以外の何物でも無かったわね。

 だってあの馬鹿ときたら、レディーの更衣室にノックもしないで入って来たのよ?
 いくら部屋の配置を覚えてなかったからって、許されることじゃないわ!
 ていうかあんな狭い事務所のプランくらい10分で覚えなさいよ!

 他にもダブルブッキングする、あずさに下心丸出し、ジュースは果汁100%じゃない――。
 ハァー、思い出すにつれてイライラが蘇ってくるわね。


 でも、初めての感謝祭ライブで、私達竜宮小町が台風で遅れた時――。
 アイツなりに皆を励まして、何とか持ちこたえてみせていたのにはそこそこ感心したわ。
 まぁ、曲がりなりにも春香達みたいな問題児を10人以上抱え――。


 な、何よ、話してる途中でしょ?


 えっ――何も隠そうとしなくていい、って?

 な、何言ってるの? 何も隠してないわよ。
 この伊織ちゃんが、包み隠さず、表も裏もこれから話そうとしているんじゃない!


 げ、原稿を用意している喋り方――? 馬鹿なことを言わないで!

 大体、私が何を隠そうとしているっていうのよ!!


 ! ――やっぱり、聞こえていたのね。

 やよいが言っていた、病気のこと――。


 くだらない話にしかならないから、私からは話したくなかったんだけど――。


 ――――シャルルには、嘘はつけないわ。

 ふふっ、善澤様も、なかなかどうしてセコいマネをしてくれるじゃない。



 いいわ――他ならぬシャルルのお願いだもの、話してあげる。
 アイツが抱えていた、病気とかのこと。


 ――ありがとう、新堂。

 どうぞお召し上がりあそばせ、善澤様――じゃなくて、シャルル。


 にひひっ♪ 奇しくもそのコーヒー――。
 これから話すエピソードにも、少し関係してくる代物なのよ。

 私から話す前に、まずはシャルル――。
 あなたが知っているアイツの死について、聞かせてもらえるかしら?


 ふーん、なるほど――春香がステージの奈落に落ちるのを助けようとした転落死、ね。

 貴音も随分と紛らわしい言い方をするわね、まったく。

 シャルル――あなたの言った内容に、一つ訂正しなければならないことがあるわ。


 プロデューサーは、春香を庇って落ちたのではないの。

 アイツが奈落に落ちた時は、閉館間際で、ステージの上には他に誰もいなかったのよ。
 警察が状況を整理して、後から分かったことだけどね。

 アイツは、下がっていたステージのせりに、一人で落ちていったってこと。


 ――あなたの言う通りよ、シャルル。
 誰もいない中、ステージのせりを下げたままにしておくなんて、普通はあり得ないわ。

 ただ、担当のスタッフは、ステージを離れる前にせりは確かに戻したと証言していたの。
 他の人達もそれは確認していた。


 つまり、プロデューサーが自分で操作して、せりを下げ、奈落に落ちた――。
 関係者が口裏を合わせていない以上、そうとしか考えられないのよ。


 ――今、良からぬことを考えたでしょう。
 まぁ、私達も一度は頭をよぎったわ。

 自殺の可能性も、動機も、無いわけではないから――。

 様子がおかしいと思ったのは、アイツが車を運転しなくなった時からよ。

 事務所を離れられないとか何とか言って、仕事場へ送り迎えをする機会が減って――。
 気づいたら、移動はタクシーばかり。
 たまに送り迎えする時があっても、律子がほとんど皆の分をするようになったわ。

 あと、私達に渡す資料に、やたらと文字の打ち間違いが多くなったの。
 指摘したら、あぁついウッカリ、とか言って笑ってごまかして――。

 見た目が似ているゲームを、間違えて真美達へ買って来た、なんて話もあったかしら。


 晩年は、ほとんど目が見えていなかったんじゃないか、って――。


 アイツの家から、そういう病院の診断書とかが、出てきたみたい。
 律子にすら、知らされていなくて――小鳥と社長に、泣きながら詰め寄っていたわ。


 ――そんなの、知らないわよ。目が見えなくなったことなんて無いもの。

 ただ、もし、私がアイツの立場なら――少なからず、絶望はすると思うわ。

 自分で育てたアイドル達の輝く姿が見えなくなっていくことが、どれだけ辛いか――。
 私はプロデューサーではないけど、普段のアイツや律子の姿を見ていれば、少しはね。


 ただ、自殺をするにしても、わざわざ春香達の舞台を選ぶはずが無いわ。
 春香達にトラウマを植え付けるようなことを、アイツがするなんて考えられない。

 大体、目が見えないのなら、せりの操作盤だってロクに動かせないはずでしょ?

 だけど――。
 当時の私達には、それ以外に合理的な説明ができなかったのも事実ね。

 今ではどう考えているのか、ですって?

 自殺じゃなかったわ、当たり前じゃない。
 もちろん、そう結論付けるには、それに足る事実があったわけだけど――。

 悪いけど、これ以上は私から話すことじゃないわ。
 春香や美希から聞いてちょうだい。

 私から話せるのは、せいぜいそのコーヒーに関するエピソードくらいね。


 きっかけは、アイツの誕生日に買ってあげた時だったわ。

 残業の頼れるお供だって言って、安いインスタントをいつも飲んでいて――。
 私達をプロデュースする身でありながら、あまりに情けないじゃない、そんなの。

 せめてコーヒーくらい、良いものを飲みなさいよって、見るに見かねてね。

 なのにアイツったら――石油みたいな味だとか、どれだけ舌が馬鹿なのよ、まったく!


 でも、アイツはとても嬉しそうに飲んでくれた。
 アイツのために買ったのに、気づいたらアイツ、律子や社長にもすすめていたの。

 律子は、アイツの前では気取ってブラックで飲んでいたわね。
 見るからに苦手そうだったけど。にひひっ♪

 その二人の姿がおかしくて、楽しくて――いつも、同じコーヒーを調達してきたわ。


 律子が一時、コーヒーを嫌いになったのは、アイツが亡くなってから。
 そして――アイツの目の病気を、知ってから。

 原因を疑われたのよ――律子のことだから、病気のことについて調べたんでしょうね。

 何てことは無いわ。
 カフェインの摂り過ぎは緑内障のリスクを高めるだの、ワイドショーレベルの論調よ。
 医学的根拠も何も無いし、そもそもアイツの病気は緑内障じゃなかったの。

 でも、律子は――今まで見たことが無いほど、気が動転していたわ。

 プロデューサーが病気のことを、自分に教えてくれなかった――。
 亡くなったことに加えて、そのことが律子にとって、相当ショックだったようね。


 伊織のせいで、プロデューサーはカフェインを摂り過ぎて失明したのよ、ですって――。
 まるで小学生よ、笑っちゃうでしょう?

 本当、あの頃の律子は、全然らしくなくて、見ていられなかったわ。
 俗な情報に振り回されて、感情的に、短絡的に私を責めて――哀れとさえ思ったものよ。

 きっと、やり場の無い怒りとか悲しみを、他の誰かにぶつけたかったんだと思う。
 いつも気丈に私達を引っ張ってくれる律子の、そんな情けない姿、見たくなかった――。


 にひひっ、何でいわくつきのコーヒーを今日お客様に出したのか、不思議そうね?

 心配しなくてもいいわ。
 ちゃんとオチがあるんだから、この話には。


 そういえば、事務所でこのコーヒー、出されなかったの?
 まだまだストックは残っていたはずだけど――。


 そう――それはたぶん、小鳥と社長が余計な気を遣ったんでしょうね。


 続きを話すわ。

 あれは、美希と春香が事務所に来なくなって、しばらく経った頃ね。

 相変わらず、律子は情緒不安定。
 竜宮の仕事を何とか回すことに精一杯で、やよい達新ユニットの世話もままならない。

 私と律子との不和が、亜美やあずさ、他の皆にまで拡がっていたようにも思えて――。
 いっそ私も、来ない方が良いとさえ思ったりね――少しだけ。


 竜宮の仕事が終わって、四人で事務所に戻って――。

 着いて早々、事務所の休憩スペースでくつろいでいる響達を、律子は叱りつけた。
 そんな暇があったら、レッスンするなり営業へ行くなりしろ、って。

 あずさも、やんわりと場を取り持とうとするんだけど、聞く耳持たなくて。
 雪歩が差し出したお茶まで、余計なお世話よって手を払って――湯呑みを落としたわ。

 その様子を見て、私も、カチンと来ちゃったの。
 あんたいい加減にしなさいよ、って。


 辛いのは自分だけだと思ってるんじゃないの?
 皆辛いのよ、ここにいる皆。
 それでも何とか乗り越えようと、私達なりに日常を取り戻そうと、しているんじゃない。

 仕事が増えてかわいそう?
 何でもかんでも責任を押しつけられている?
 プロデューサーに全てを打ち明けてもらえなかった自分は頼りない?

 全部あんたの被害妄想じゃないのよ!

 あんた、望んでアイドルからプロデューサーに転向したんじゃない!
 いつまでも被害者ぶってないで、ちょっとは態度を前向きに改めたらどうなのよ!

 ちょっと言い過ぎたかしら――でも別にいいわ。

 たまには相手してやろうじゃない。
 律子とまともに口喧嘩できるのなんて、私くらいのもんでしょ。
 なんて思ってた。

 でも、律子はデスクに着いたまま、私の方へ一度、力無く視線を向けて――。
 その後、ガックリと視線を床に落としたの。



 私だって――日常を取り戻そうと、必死よ。

 皆のために――いいえ、私のためね――私が皆に与えられる日常を、取り戻そうって。

 なのに、なぜかしらね――。
 私が頑張ろうとすればするほど、あの人がいた日常が、遠ざかっていく気がするの。


 あの人のように、なりたくて――なれなくて――。

 消えそうな背中を、追いかけて、追いかけて、あの人が思い描いた夢もいつか――。

 なのに私、結局、皆の足を引っ張ることしか出来ていない。
 あの人のように、苦しみを抱えながら体よく振舞うなんて、私にはできないのよっ!


 どうしたら良いの――?
 どうすれば私、あの人のように、なれるのかなぁ――!!

 ダメなの? こんなに企画書も作って――売り込みをして、レッスンを見て、働いて!!
 私だって、大切な日常の一部だったあの人のように、なりたいよ!!

 どうすれば、あの人になれるの――どうすれば、あの人を皆に、感じさせられるの――?

 ――それこそまるで、小学生のように泣きじゃくる律子を見て、やっと気づいたの。

 律子が本当に責めていたのは、最期までアイツの異変に気づけなかった自分自身――。
 アイツの分まで立派になろうとして、それができない現実から、目を背けたかったのね。


 こうしている間にも、律子宛ての電話が何度も鳴り響いて――。
 後で折り返しますって、何度も頭を下げながら応対する小鳥の表情も、悲しそう。
 パソコンの画面上には、新着メールのポップアップが絶え間なく表示されている。

 口喧嘩を売ってガス抜きして、救えるような状況ではないことに、気づけなかった。
 私は、律子の何を見ていたと言うの?


 目の前の仲間に、かける言葉が見つからなくて、歯噛みしていた時――。
 事務所に、宅配便が届いたの。


 小鳥は電話を取っていたから、あずさと響が受け取りに行って――。
 お歳暮かしら~なんて、響が大きい段ボールを抱える横で、あずさは首を傾げていたわ。

 箱の中身、何だったと思う?


 事務用品と――コーヒーだったのよ。それも安いインスタントのね。

 まだ私の上等なヤツが十分あるのに、何でこんなのが届くのよ。

 ようやく電話を置いた小鳥の答えは、こうだったわ。


 プロデューサーさんが注文していて、キャンセルできなかった分が届いたみたいね。

 私だけじゃなく、律子や皆の不思議そうな顔を後目に、小鳥はバツが悪そうに続けたの。

 すみません、音無さん。
 俺のコーヒーなんですが、追加で注文、お願いしても良いですか?

 伊織のコーヒーもまだありますが、やっぱり高級すぎて俺には合わなくて。

 ――えぇ、あの石油みたいなコーヒー飲んでるの、社長と律子だけですよ。
 律子が一生懸命ブラックで飲むのを、横目で見ながら飲むインスタントがうまいんです。
 ハハハ。

 伊織と律子に知られたらどうなるか、考えるだけでも恐ろしいですからね。
 ちゃんと事務用品として計上するのを忘れずに、お願いします。


 あと――以前いただいた、例の診察費も、それとなく別の名目で計上してもらえますか?

 心配をかけさせたくない、というより、それを言い訳にしたくないんです。
 気を遣わせた瞬間に、対等の関係ではなくなり、事務所が変な空気になってしまいます。
 一種のプライドというか、皆とは、ずっと対等のレベルに立っていたいなぁって。


 社長には、使い物にならなくなったらいつでもクビにするよう、お願いしてあります。
 だから、律子や皆にも、内緒にしてください。

 その代わり、俺も皆には、なるべく余計な気を遣わないつもりでいます。
 石油のコーヒーを飲まなかったくらいで壊れる絆でもないし、そこは譲りません。

 あっ、でもコーヒーのこと、伊織と律子には絶対に言わないでください。怖いから。



 ――そこまで頑なに、私のコーヒーを拒絶していたなんてっ!!

 すぐに私は新堂に電話して、アイツの墓を荒らすよう命じたわ。
 私のプレゼントをなおも石油呼ばわりしていたなんて、許せるわけ無いじゃない。

 律子も、不透明な会計処理と、何よりアイツがインスタントを飲んでいたという裏切り。
 その怒りと、アイツの根底にある気持ちも知って、感情が整理できなくなって――。

 ふざけるなー!! って叫びながら、錯乱して上等なコーヒーを床にぶちまける律子。
 それを怒りながら制止する私。
 皆はその意味不明な争いを見て、馬鹿みたいに笑っていたように記憶しているわ。


 だから言ったでしょ、くだらない話にしかならないって。

 まぁ、そのふざけた一件のおかげか、今では私達、一応それなりに上手くやってるわよ。
 あんな人間になろうとしていた自分が恥ずかしい、って律子は何度もボヤいているわ。

 ただね? ――律子は今も、このコーヒーを飲んでいるのよ。
 アイツが苦手だったコーヒーを好きになって、裏切ったアイツを見返してやるんだって。
 だから、今では事務所のストックはほとんど律子専用ってこと。

 お笑い種よね。
 アイツは大して絶望なんてしていなかった上、死んでもなお私達を振り回したんだから。


 何、新堂? ――あら、もうこんな時間なのね。

 シャルル、こっちにいらっしゃい。
 新堂、車の用意を。


 もし事務所に行く御用がおありなら、律子に言伝をお願いできますこと?
 コーヒーを飲む時の眉をしかめる癖、まだ直ってないわよ、とね。

 いつでも水瀬家にお越しあそばせ。
 楽しい時間を共にお過ごしできた善澤様の、御機嫌麗しゅうことをお祈りしますわ。

 またのお越しを。

【9】

 ――よし、っと。

 調整は大体こんなところね。
 あとは、この企画書を今日中に片づけて――。


 ! ――よ、善澤さんっ!?

 どうしたんですか、こんな真夜中に。社長はもうとっくに帰っていますよ?


 そ、そうだったんですか――小鳥さん、言ってくれれば良かったのに。

 すみません、ご面倒をお掛けしてしまったみたいで。
 小鳥さんの言った通り、残業中でないとロクに体が空かないものですから。


 お詫びと言ってはなんですが、コーヒーでもいかがですか?
 伊織からの差し入れですけど、自慢したいモノがあるんです。


 はい、どうぞ。

 ん、むぐ――――。


 ――うーん、この鼻腔をくすぐるフルーツのような甘い香り、ほのかな酸味。

 複雑な香りを際立たせるために、普通の豆よりも浅く煎っているんですよ。
 豆はパナマ産の野生品種で、生産量が少なく収穫も難しい急傾斜地でしか育たな――。

 えっ――な、なんですかその顔は。

 ぐっ――は、恥ずかしい――。

 伊織から聞いていたのなら、初めからそう言ってくださいよ!
 もう、要らない赤っ恥をかいてしまったわ。


 まぁいいです。
 さて――本題に入る前に、今日は何時頃までお話しましょうか?

 いえ、私の業務はどのみち朝までかかりそうですし、気にしなくて大丈夫ですよ。
 ご自宅は、どちらの方でしたっけ?

 あぁ、それなら――0時27分発の終電がありますね。
 蒲田で京浜東北線に乗り換えれば、なんとか帰れるかと思います。

 なので、まぁおおよそ0時頃まで、でしょうかね。

 私から話す内容は、プロデューサーの同僚、仕事仲間としてのお話になります。
 アイドルからの視点については、他の子達から散々お話を聞いているでしょうし。


 思えば、あの人がここに来る前も、私はこの事務所でただ一人のプロデューサーでした。

 当時と今を比較した時、異なることと言えば、まず仕事の量と密度。
 それに、アイドル皆のモチベーションですね。

 私? 私は、どうかな――新人だった頃と比べれば、マシにはなったのかも知れません。


 ですが、やはり変わったのはあの子達の方です。
 以前は事務所でゲームばかりしていた亜美と真美でさえ――見てください、コレ。

 おシゴト帳、だそうです。
 その日行ったこと、反省点、今後の予定――全部、あの子達が自主的に始めたものです。

 突然ですが、善澤さんは、こんな話を聞いたことがありますか?

 プロデューサーというのは、三つの種類に分けられるそうです。

 お金のために働く人。
 地位や名誉のために働く人。
 ただその仕事が好きでやっている人。

 たぶん、プロデューサーに限らず、ほとんどの労働者に言えるのかも知れませんが。


 私は、そうですね――やっぱり、三つめに分類されるのかなぁ。
 というより、この業界にいる人は、大体そうだと思いますよ?

 だって、こうして昼も夜も無く働いて、休みもロクに取れない仕事なんです。
 割に合わない面が多すぎて、好きでもなきゃ馬鹿馬鹿しくてやってられませんよ。
 まぁ、社長が待遇を改善して、保身に気を回す余裕をくれるのなら話は別ですけど。


 もちろんあの人も、言わずもがな、三つめの類の人でした。
 それこそ、馬鹿をいくつ付けても足りないくらいに。

 さっき見せた、おシゴト帳ですが――。
 元は、プロデューサーが作っていたものを、皆が真似して作り始めたものなんです。

 ――えぇ。亜美達だけじゃなく、他の子達も皆付けています。

 亜美と真美の隣にある、このオレンジのノートがやよい。
 その隣へ順に、伊織、あずささん、真、雪歩、貴音、響、千早、春香――。
 美希は、家へ持って帰っているのかしら。


 それで、実際にプロデューサーが生前付けていたモノですが――。
 そこのキャビネットを埋めているノートやフラット、キングファイル――それ全部です。

 えぇ、何度でも言います。そこにあるの、全っ部プロデューサーの遺品です。
 馬鹿みたいでしょう?
 自宅にも置いてあったのを、全部事務所に運んだら、そんなになりました。


 仕事というのは、やった方が良いものと、やらなければならないものとに分けられます。

 全部できればそれに越したことはありませんが、時間とマンパワーは限られます。
 業務量のパンクを防ぐために、仕事とは優先順位を付けて、効率的に行うものなんです。

 あの人は、事務所に来たばかりの頃、それがあまり出来ていませんでしたね。
 活動の記録を残すことに手間を費やして、先方との調整とかが疎かになりがちでした。


 まぁ、時期が立てば、そのような失敗は無くなってくるのですが――。

 あの人はどちらかと言うと、アイドル達の記録を残す方に神経を傾けているようでした。

 なぜ? もっと優先的にやるべきことが他にあるでしょう?
 おシゴト帳を付けるのは、ベターではあるけど、マストではない。


 やるべきこともちゃんとやっているから、文句は言いません。
 でも、あの人はほぼ毎日、午前様でしたね。終電前に帰ったことあるのかしら。

 効率性を求める私とは、相容れない価値観を持っている人なんだと、思いました。


 ふふっ、まぁ案の定――その記録が活躍する時が来ちゃうんですよね、これが。

 私が竜宮小町を本格的に立ち上げる時――。
 それと、美希を事務所へ引き戻す時に、ね。

 竜宮小町のメンバー自体は、既にあの三人で構想はしていたんです。

 ただ、当初私は、あずささんをリーダーに据えようと考えていました。
 やはり、年長者の方が周りを良く見て行動できると思いますし。
 実際、あずささんはおっとりしていても、節々ではすごく皆に気を配ってるなーって。


 でも――あぁー、これ結局プロデューサーには言えずじまいだったなぁ。

 雑然と、あの人のデスクに置かれたファイルが、ふと目に留まりまして――。
 その時、プロデューサーはトイレに行っていて、事務室には私一人しかいなくて――。

 ぬ、盗み見するつもりは無かったんですよ!?
 でも、その――た、たまたま目に入ってですね! 気づいたら、手に取ってまして。


 アイドル毎にインデックスが付いていて、先頭のページが、サマリーと言いますか――。
 プロデューサーの視点から見た、各アイドルの特徴をワンペーパーでまとめたもの。
 で、その後ろに、それを裏付ける活動記録が綴られているんです。

 活動記録の更新に合わせて、そのサマリーも時点修正を随時行っていたようですね。

 それで、たまたま開いてあったのが伊織のページで――。


 我が強く、人当たりも強いが、誰よりも冷静な気配りができ、視野も広い。
 高いプライドは責任感の強さの表れであり、活躍の場を任せた時の実行力は人一倍。
 みたいなことが書いてあって――。

 付箋が貼ってあるページを見ると、あの子の行動の一端が記されているんです。
 地方の営業先で皆を鼓舞したとか、雪歩の自主練に何度も付き合ったとか――。
 真が体調を崩した時、いち早く気づいたのが伊織だったとか、事細かに。

 当時の私にとっては、かなり衝撃的な内容だったように記憶しています。

 プロデューサーがトイレから帰ってきたので、慌ててデスクに戻りましたけど――。

 とまぁ、そういういきさつもあって――私は、伊織を竜宮小町のリーダーにしました。
 その結果が、今のあの子達の躍進です。

 あずささんがリーダーだったら、また違う未来もあったとは思いますけどね。


 それからは、私が事務室で一人だけになる頃合いを見計らって――。
 あーもう、この際だから白状しますけど、盗み見ていたんです。
 見られたくないのか、引き出しの奥の方に保管されていましたけど、興味深いですし。

 ただ、その活動記録の内容は――こう言ってはアレですけど、気持ち悪いレベルですよ。
 ストーカーか何かで訴えられたら負けるんじゃないかってくらい、細かくって。
 どれだけ皆のことが好きだったのかしら、プロデューサー。


 でも――少し不可解に聞こえるかも知れませんが――。
 あの人は、その一方で、すごくビジネスライクな人でもあったように思います。

 うーんとですね、何と言えば良いかな――。
 何事も、仕事だからやっているに過ぎない、という考えも持っていたように思えて――。
 好きで仕事はしているのだけれど、趣味の延長として捉えてはいないというか。

 クール? いいえ、そういうのとは違います。
 クールというより、ものすごく淡白だったんだと思います。
 おシゴト帳は、きっと彼にとってはマストであり、やらなければならない仕事だった。


 実際、皆のことは好きだとしても、皆に好かれようと媚を売ることはしませんでした。
 あの人にとって、彼女達はいつだって仕事を共にやり抜く仲間。
 対等の関係を築くために、ご褒美以上のものをあげることは無かったと思います。

 たぶん美希にとって、そういうプロデューサーの態度が面白くなかったんでしょうね。

 プロデューサーは私と違って、アイドル達に怒ることは滅多にありませんでした。
 あの子達がミスをしたり、先方に迷惑を掛けても、自ら頭を下げて、何も咎めず――。

 そんな彼のことを、優しい人だと思う子は多かったかも知れません。
 しかし――不信感を抱く子も、中にはいました。


 私が言うのもなんですが――怒るって、本気でやっているから怒るわけでしょう?

 全部、あぁいいよいいよで済ますあの人は、どこまで私達に対して本気なんだろう――。
 本当は私達のこと、どうでもいいと思ってはいないだろうか。

 それを一番鋭く感じていたのが、おそらく美希だったんだろうと思います。
 美希は、最期の日まで、あの人に心を開くことは無かったですね。


 美希の方こそ、当初はアイドルというものに対して、本気ではありませんでした。

 だからかな――他の皆とは一歩引いた視点で、あの子なりに彼を観察していたのかも。

 一見、熱心に仕事をしているように見えるけど、自身の本音の部分は見せていない――。
 そのことに、あの子は気づいたんですね。


 最初の感謝祭ライブの前だったでしょうか――美希は一度、事務所を飛び出しました。

 後から聞くと、プロデューサーを振り向かせるためだったそうです。

 ――あ、不純な意味じゃないですよ。
 カモ先生の前で、証言台に立たせて本音を徹底追及したかったの、と言っていました。


 詳しいことは、美希本人から聞いてほしいのですが――。
 その一件があった後、美希は、目の色を変えて仕事に打ち込むようになったんです。

 ――いいえ、プロデューサーに諭されたという訳ではないようです。
 むしろ、その逆ですね。

 あの人のことを、アッと言わせてやる、見返してやる――。
 そう、半ば喧嘩腰な形で、あの子はある意味、本気で仕事をするようになりました。


 元々実力はある子ですから、結果が付いてこないはずはありません。
 竜宮小町をも凌ぐほど、グイグイ頭角を現して――。
 仕舞いには、シャイニングアイドル賞新人部門を受賞するまでに至りました。

 プロデューサーからのご褒美は、綺麗な黄緑色のペリドットをあしらったネックレス。
 私の見立てでは、そう安い物ではなさそうでしたし、他の皆も羨ましがっていました。

 ですが――あの子は受賞したことも、彼のご褒美にも、喜ぶことは無かったんです。

 あの子が求めていたものは、プロデューサーの心からの感嘆と称賛の言葉――。
 事務的なご褒美は、既に想定された彼の仕事の一つ、という風にも見えたのでしょう。


 ――すみません。何か、美希の話ばかりになってしまいましたね。

 正直言って、美希に共感できる部分は大いにあるんです。

 あの人は、あまりにも表裏が無さ過ぎました。
 常に不満を探す私と違い、良く言えば何事にも誠実に、悪く言えば、機械的でした。

 品行方正過ぎて、この人に感情はあるのかと――何を目指しているんだろうと。

 だから、あの人が亡くなって――私自身、苦しんだ時期もありました。
 何だかんだで、あの人はこの765プロの中心人物であり、精神的支柱でしたから――。
 私が、あの人の代わりとなって、皆を支えていかなきゃ、と。

 でも、近くにいながら、どうしても私には、あの人の考えが見出せなくて――。

 ――もう。伊織ったら、余計なことを。

 伊織の言う通り、私が泣いたのは、悲しかったからではありません。
 あの人を理解できなかった――代わりになれない自分が情けなくて、悔しかったんです。

 今にしてみれば、自分よがりだなぁって、思います。


 ようやく吹っ切れたのは、割と最近のことですね。

 彼は彼、私は私。
 誰も彼の代わりになる人などいないし、私の代わりだっていない。
 彼の穴を埋めるのではなく、私がむしろ、もっとでかい穴を掘ってやろうってね。


 そこに、絵が飾ってあるでしょう?

 えぇ、一応それ、絵のつもりなんですよ。

 ――そうです。
 タイトルはありませんが、プロデューサーをテーマに描いた作品です。

 テーマを提案した張本人が誰かも、ご存知なんですか?


 きっと美希も、納得していなかったんでしょうね。

 あの人の心を、最期まで掴むことができなかった――。
 だから、私と同じで、あの人が何者だったのかを、皆と探りたかったんだと思います。


 降ろしましょうか、その絵。
 よいしょ、っと――。
 あぁ、大丈夫です。お掛けになっててください。

 まじまじと見ると、なおさら酷い絵ですね。ふふっ。

 ここ、グチャーッてなっているのは、お茶をこぼしちゃったんですよ。
 雪歩が休憩用に淹れたお茶を、春香が運ぶときに、ね。

 それをきっかけに、亜美真美のテンションが上がっちゃって、グチャグチャにして――。
 で、あーだこーだ、皆で修正しようとするうちに、気づいたらこの有様です。

 今でも手が空いた時に、私も修正を加えるんですけどね。
 毎日毎日、誰かしら手を加えているので、次の日にはもう違う絵になっていて。


 この絵を描いたきっかけは、そう――。
 当初は、事務所に来なくなった春香を引き戻すために、千早が提案したものでした。

 曰く、自分が春香に助けられたのと同じ方法で、春香を助けたかったから、だそうです。
 弟のスケッチブックを春香に与えられたことで、千早は声を取り戻しましたから。

 ふふっ――千早って、ああ見えて結構単純な所もあるんですよね。


 それで、美希がテーマを提案することで、春香だけでなく私達も救われたのですが――。

 プロデューサーというテーマを提案した美希自身は、やはりあの人に救われたんですね。

 おシゴト帳の存在を、最初に私が明かしたアイドルが伊織、その次が美希でした。


 カモ先生がいる公園で、私と伊織は、美希と会ったんです。

 美希は、プロデューサーは自分が殺したようなものだと言って憚りませんでした。
 せりの操作をしたのが自分だったから、というのが理由だそうです。

 彼のおシゴト帳を目にした私と伊織は、くだらない理由ね、と笑い飛ばしました。

 まぁ! そうなんですか――呆れた――!
 伊織ったら、人のことは散々暴露しておいて、自分のことは話さないのね。まったく!

 うなだれる美希の横っ面に、強烈な平手をお見舞いして伊織曰く、ですが――。


 せりを操作したのだって、大方アイツに頼まれてやったことでしょう。
 アイツはあんたに、自分が死ぬのを手伝って、潰れることを願っていたとでも言うの?

 これ見なさいよ!

 才能も華もあるが、精神的に幼く、慢心気味で自己中心的。
 さらなる成長と飛躍のため、高いモチベーションを維持するよう指導方法に注意が必要。

 こんなこと書いてあるの、あんただけよ!
 指導方法に気をつけようだなんて、アイツが自分のことを戒めるように書いてある所。
 それだけアイツはあんたのこと、一目も二目も置いていたって、分かりなさいよ!


 美希も律子も、悩みが贅沢過ぎなのよ!
 ビジネスライクだの、アイツを理解できなくて悔しいだのなんだのって――!
 たとえ仕事でも、こんなキモい記録を付けるほど気を配ってくれていたんじゃない!

 こんな、こんなノートを――どこで時間を作って、あの変態――!!

 こんなものを見せつけられた以上、私はやるわよ!
 一般人の物差しじゃ測れないトップアイドルになって、アイツの理解を超えてやるの!
 もしそれが仕事だと言うのなら、なおのこと涼しい顔してやってのけてみせるわ!!

 あんただって、アイツを見返してやりたいんでしょう、美希っ!!



 伊織にはリーダーの素質があるというあの人の評価は、やはり正しかったようです。

 繰り返しになりますが――。
 あの人の考えることは、私にはよく分からないことが多かったんです。
 今でもよく分かっていません。

 でも――だからこそ、これから皆と、時間をかけて、理解していきたいと思います。
 あの人が、何だったのか――あの人は、何を夢見ていたのか、とかね。

 ふふっ、ちょっとオカルトですけど――。
 私達が会ったのは、プロデューサーの権化だったのかも、なんて思ってたりもします。


 ふぅ、さて――まだ、終電には時間がありますね。

 ですが――もう、終わりにしても、いいですか?


 いえ、あの――ちょっと、センチメンタルな気分になっちゃいました。ふふっ。


 やっぱり私――あの人のようには、なれそうにありません。
 毎日夜遅くまで、自分を殺して、仕事以外の仕事もするだなんて。

 でも、負けませんから。

 あの人が目指した未来は、私にだって叶えることができる。
 たとえ何年かかっても、それを証明してやるって、決めたんです。


 美希はきっと、あの人のお墓にいると思います。
 インタビューのついでに、あの人に会う用があれば、そう伝えておいてください。


 今日はこんな時間まで、ありがとうございました。善澤さん。
 暗いので、お気をつけて。おやすみなさい。

【10】

 善澤さんってば!

 こっちこっち! もう、早く来てなの!


 ミキが何度も呼んでるのに、通り過ぎようとするなんて、ひどいの。

 あれ? この髪型になってから会うの、初めてだったっけ?

 うーん、そうかなぁ――ミキ、この髪にしてからも結構おシゴトしてるよ?
 まぁいいや。


 豪華なお墓だよね。
 デコちゃんが、怒りに身を任せてデコっちゃったんだって。アハッ、ヘンなの。


 ふふん。お墓参りのお作法は、ミキにお任せなの。
 こうして雑草を取って、石を雑巾で磨いて、お皿の部分に水を入れて――。

 で、お花の所の水も入れ代えて、お花を入れれば、完成なの!


 ? 何かヘン?

 バラ? あぁ、バラ――バラって、お墓にあげちゃダメなの?

 えー、いいじゃん。
 ミキ的には、バラをプロデューサーにあげたい気分なの。

 バラがヘンなら、寒いのにこうしてお墓に水をかけるのもヘンって思うな。
 えいっ。

 何で髪を切ったか、って?

 ミキなりの、ケジメなの。
 ミキのこと、いつも考えてくれてた人の頑張りに、応えられてなかったから。


 な――何言ってるの!? 失恋なんかじゃないよっ!!
 ミキ、そういうフジュンなドーキなんて何もないの!

 そ、そういうの、すっごく失礼って思うな! もう――!


 最初に会った時の印象はねぇ――うーん、あんまり覚えてないの。

 だって、ミキ的には、ラクしてアイドルやれていれば、どうでもいいし。
 プロデューサーが律子、さんから誰かに変わったって、ミキのやることは一緒だもん。

 プロデューサーは、律子さんみたいに、そんなにあーだこーだ言わない人だったの。
 これまでより、もっとラク~におシゴトできるなぁって、嬉しかったなぁ。


 でもね? ――なーんか、ヘンだったの。あまりにも、怒らなすぎだったの。


 千早さんが、歌の先生とケンカしちゃった時とか、春香が忘れ物しちゃった時とか――。
 響が電車から降りれなくて、収録に遅刻しちゃった時だって、怒らなかったんだよ?
 全部、プロデューサーがレッスンの先生とか、テレビの人に謝って、それで終わりなの。

 何で怒らないんだろう?
 それとも、いっつも怒ってる律子、さんがヘンなのかなぁ、って不思議だった。


 だから一度、レッスンの時に、ミキ、実験してみたの。
 ミスとかじゃなくて――ホントに悪いことをしちゃったら、どうなるのかなって。

 あ、実際はそんなに悪いことじゃないよ?
 春香にお願いをして、ミキとケンカする演技をしてもらったの。

 春香は、えぇ、そんなぁって、困ってたけど、ミキのギワクを晴らすためなの。
 友達が困ってたら、ひと肌脱いでほしいって思うな。

 ダンスレッスンで、春香の手がミキの顔に当った、っていうフリをして――。


 廊下で電話してるプロデューサーにも聞こえるように、思いっ切り怒ったの。

 何するの春香っ!!
 ミキの顔、ほっぺたの所ケガしちゃったじゃん!!

 ミキがあんまりすごい演技に見えたから、春香はちょっとビビッちゃったのかな。
 でも、一生懸命言い返して、ミキもいっぱい悪口言ったの。

 それで、プロデューサーが驚いて部屋に入ってきたのを見計らって――。
 ミキ、春香を突き飛ばしたの。
 ドーンって、結構強めに。

 そしたら、春香、泣いちゃって――。
 たぶん演技じゃないし、痛いっていうより、怖かったんだと思う。ごめんね。


 プロデューサーは、怒らなかったの。

 事情を、ミキと春香が説明したら、二人が一生懸命練習しようとした結果だ、って。
 次に同じことが起きても、ケガだけはしないように気をつけるんだぞって、それだけ。


 その言い方を聞いて、ミキ、思ったの。

 あぁ、この人、ミキと同じだ――ホンキじゃないから、怒るの面倒なんだ、って。

 その後、ミキ、春香に謝って――律子さんにも謝ったの。
 律子さんは、ミキ達のことを思って、怒ってくれてるんだって、分かったから。
 ちゃんと、律子さんって、さん付けできるようにもなったんだよ?


 で、それはそれとして――プロデューサーがホンキじゃないのは、ゆゆしき事態なの。

 ミキ的にはどうでもいいんだけど、皆がかわいそうだよ。
 だって、皆はホントにトップアイドル目指して、一生懸命頑張ってるのに。
 テキトーなプロデューサーのせいで、一生叶わなかったりしたら、そんなのひどいの!

 というわけで、ミキ、プロデューサーにメールして、公園に呼び出したの。

 カモ先生の前で、ウソイツワリなく、皆をどうするつもりなのか白状しなさいって。


 プロデューサーは、何となく笑ったような、だらしない顔して公園に来たの。

 どれがカモ先生なんだー、だなんて、バカにするような言い方して――!

 ムッ! って睨んだら、プロデューサー、少しはマジメになってくれたのかな。
 俺は皆をどうするつもりも無いよ、って、ちょっと真顔で言ったの。

 そりゃあそうだよね、ミキ知ってるの!
 プロデューサーは、優しい言葉で皆を甘やかして、自分がラクしたいだけなの!
 皆がどうなろうと知ったこっちゃ無いし、逆にどうにもならない方が良いんだもんね!

 そう言ったらね?
 プロデューサー、もっと真顔になって、こう言ったの。


 プロデューサーとして、アイドルをより良い舞台へ導くことはする。
 だが、まずアイドル自身が、自分はこうしたいという強い気持ちを持つことが必要だ。
 何も無しに、ただ自分を人気者にしてほしいと思っているんだとしたら、お門違いだな。

 それって、やる気の無いコは相手にしない、ってこと?
 そう聞くと、プロデューサーは、そう思ってくれて構わないって言ったの。

 皆はやる気あるもん! って言ったら、あの人何て言ったと思う?


 俺の態度がテキトーに見えるのなら、それはたぶん正しいし、仕方が無い。
 テキトーでいいや、と俺に思わせるだけのことを、お前らがしていることの表れだろう。

 俺を動かしたいなら、自分がその分だけ動いてみせろ。
 俺を含め、お前を取り巻くあらゆるものは、その場からどこにも動かない。
 アイドルというものに興味を持って近づくのも、遠ざかるのも、お前次第だ。

 言ってみれば、お前の目に映る世界は、お前を映す鏡に過ぎない。
 お前が変わらなければ、世界は変わらない。


 イミ分かんないことばっかり!!
 俺が仕事しないのはお前達のせいだぞ、って遠回しに言ってるだけじゃん!

 そんなこと言うなら、ミキと約束して。
 ミキは、これからホンキになって、すっごいキラキラのアイドルになるの。
 そうなったら、プロデューサーは反省して、ホンキで皆の面倒見てあげること!

 指切りゲンマンなの! ほらっ!!



 ――仲間想い? ううん、そういうのじゃないの。

 こんな人と同じになりたくないって、思っただけ。
 自分のことしか考えない人って、こんなにヤなカンジに見えるんだって、気づいたから。

 ホントは、プロデューサー、全然そんなんじゃなかったのにね。

 その日から、ミキ、レッスンもおシゴトも、すっごく頑張ったの。

 プロデューサーをギャフンと言わせてやるんだ、っていうのもあったし――。
 テキトーでいいや、って思ってたミキのことも、許せなかったの。

 皆が、プロデューサーと楽しそうに話してるのを見ると、余計にやる気が沸いたっけ。
 皆の目を、早く覚ましてあげなきゃって。

 頑張ったご褒美? ふーん!
 そうやって、皆があの人に騙されてるのを、これ以上見てられないの、って。


 ミキがプロデューサーから何をご褒美にもらったのか、誰かから聞いた?
 何とか、って賞をもらった時。

 ――そう、そのペリドットっていう宝石のネックレス。

 ミキ――結局それ、一度も付けなかったの。
 もらったその日に、家で壊しちゃった。


 ううん、違うの。
 好みのデザインで、ミキ的にすごくかわいいって思ったし、嬉しかったんだよ?

 そう――ミキの好みにバッチリ合ってたのが、悔しかったの。
 お前のことなんて、俺には何でもお見通しだって、あの人に言われたみたいだった。

 負けた、って思った。
 ミキの方が、プロデューサーをビックリさせたかったのに。

 頑張んなきゃ――あの人の想像以上にキラキラになって、ミキにワクワクさせたい!


 いつからかな――ミキ、あの人を振り向かせたいっていう気持ちに、変わってて――。

 あっ、そうだ。壊しちゃったペリドットのネックレスなんだけど――。

 さすがに、宝石はそのまま捨てちゃうの、もったいないよね?

 だから、春香へのプレゼントを作ったの。
 お姉ちゃんと一緒に、ゴム紐で留めるタイプのリボンを作って、ペリドットを付けて。

 何で、っていうのは、あまり理由なんてないよ。
 お姉ちゃん的にも作るの簡単だし、春香が一番喜んでくれそうって思っただけなの。

 あと――あのケンカのフリから、未だに春香、ミキを怖がってるみたいだったしね。


 はい、って事務所であげたら、春香、すっごく驚いて、すっごく喜んでくれたの。
 春香の顔、コロコロ変わって、見てて楽しいよね。

 プロデューサーは、そのやり取りを見て、ムムッて何か思ったみたい。

 ふふん、そりゃあそうだよね。
 ミキ、プロデューサーからもらったネックレスを分解して、リボンにしちゃったの。
 せっかくのミキへのプレゼントをこんなカンジに使われて、さぞフクザツであろうなの。

 あまり良くないことかもだけど――ミキへ気を引かせること、できたかなって。


 でも、プロデューサーは最初、そのリボンを見た時、ペリドットに気がつかなかったの。

 ほう、美希はそういうのも作れるのかって、それしか言わなくて。
 春香が申し訳なさそうに話をして、初めてペリドットに気がついたけど――。

 ――怒られなかったよ、ネックレスのこと。もうお前にあげたものだからって。


 でも、不思議だったの――あんな目立つ位置に付けたのに、何で気がつかないのって。

 そのギワクは、すぐに晴らせたの。

 プロデューサー、目があまり見えてなかったんだね。


 いつか、事務所に忘れ物して、夜遅く取りに行ったら、プロデューサーがいて――。
 まだおシゴトなの? って聞いたら、お前達が頑張るからな、って。

 まだミキ、キラキラになれていないのに?

 これ以上キラキラになられたら、俺は過労死すると思う。

 アハッ、何それ――まぁいいの、プロデューサー、ミキのバッグ取って。

 ん、どこにある?

 すぐそこにあるじゃん。プロデューサーの隣の椅子の上。もう。

 えっ、どこだ――あぁ、この――――黄緑の。

 黄緑? 違うよ、ピンクのバッグ。そうそれ、ありがとうなの。

 夜更かししないで、早めに寝ろよ。って、ミキには無用の心配だな。おやすみ。

 ――――。


 カバンの色を、当てずっぽうで黄緑って言った時の、プロデューサーの顔――。
 忘れられないなぁ。


 その次に、プロデューサーに会った日が、最期になったの。

 春香と共演する、舞台のお稽古に、プロデューサーが来てくれてね。

 お稽古の時は、春香とミキの、どっちが主役をやるか、決まってなかったんだけど――。
 今回のミュージカルは、ミキ、春香が主役をやるといいな、って思ってたの。

 だって、春香の方が頑張り屋さんなのに、ミキよりおシゴト少なかったんだもん。
 ミキはもう別の賞をもらってたし、春香のチャンスを、奪っちゃうとアレかなーって。


 それで、ちょっとテキトーにやってたら――初めて怒られたの。プロデューサーに。


 自分が本気になったら容易に勝てるほど、春香は弱いアイドルだとでも思っているのか。

 そんなの、思ってるワケないの!
 でも、ミキだって皆でキラキラしている方がいいって思うから、だから春香に――!!


 哀れみなんて、本当に仲間を想う者のすることじゃない。
 春香は、美希を超えることを――いや、美希に自分を認めてもらえることを願っている。
 あの、ケンカのフリをした日から、ずっとだ。

 春香のせいにして、本気になることから逃げるな。


 プロデューサーは、全部お見通しだったの。
 あのケンカのことも、ミキがテキトーに、それからホンキでおシゴトしてた理由も。


 休憩が終わって、今度はもう一度、ミキが主役、春香がライバル役の番。

 目の前には、夢のためにホンキで戦う女のコ。


 ミキも――ホンキで、突き飛ばしたよ。
 今度は、ホンキの演技で。

 その日のお稽古が終わって、帰ろうとした時――春香のリボンが無いことに気づいたの。

 お稽古の最中に外れて、どこかに落としちゃったみたい。

 閉館間際だったから、スタッフさんはもう帰っちゃってて――。
 しゅえいさん? に鍵を借りて、会場に入ったけど、全然見つからないの。

 春香は、せっかく美希がくれたのに、って謝ってくれるけど、全然気にしなくていいよ。
 また、お姉ちゃんに作ってもらお? ねっ?

 そう言って、二人で帰ろうとしたけど――今度はプロデューサーがいないの。


 春香をプロデューサーの車で待たせて、もう一度会場に探しに行ったら――。
 プロデューサーは、せりの操作盤の前で、ウーンって唸ってたの。

 ステージの上にも下にも無いなら、せりか床下のどこかに引っかかったのかも知れない。
 そうプロデューサーは思ってるみたいだけど、動かし方が分からないって。

 動かせるか? ってプロデューサーは聞いてきたけど――ミキ、知らないもん。

 休憩中に遊びで動かして、スタッフさんに怒られてたろ。

 明日、スタッフさんにお願いして探してもらえばいいじゃん。

 美希が自分にくれたものだって、春香は何度も、事務所で俺に見せびらかすんだ。
 違うリボンを付ける時でさえ、いつもバッグに入れている――それくらい大事なものだ。


 どうしてそこまでして、春香やミキに、尽くそうとするの?
 死んじゃうかもしれないんだよ?

 春香もミキも、ただの担当アイドルだし――。
 特に、ミキは、言うこともそんなに聞かないし。なのに――。

 何で俺が死ぬんだ?

 だって、せりから落ちるかもしれないじゃん! 目が見えないならなおさらなの!

 それはそうだが、ちゃんと気をつけるし、それが仕事なんだから仕方が無い。
 じゃあちょっと行ってくるから、頼んだぞ。

 ヤ!! 動かさないの!
 動かし方教えるから、プロデューサーが動かしてよ! ミキが探すから!


 お前はこれまで十分頑張ってみせてくれた。太陽のように、眩しいくらい。
 指きりゲンマン――次は、俺の番だ。

 俺を約束破りにさせないでくれ。
 というより、俺が死ぬ前提で話を進めないでくれ。縁起でもない。



 ステージの下――床を支えるパイプが張り巡らされた所に、手を伸ばした可能性もある。
 そう、ケーサツの人は言ってたの。


 プロデューサーは――春香とミキのリボンを、ギュって握り締めていたの。


 ミキがプロデューサーを殺したようなもん、っていう考えは、今も変わってないよ。

 だって、ミキがせりを動かさなかったら、プロデューサーは死ななかったもん。


 じゃあ何で動かしたのか、って?

 それが、あの人の望んだことだから――としか、言えないの。

 プロデューサーのせいにして、自分を正当化してるって思うなら、それでいいよ。
 フツーなら、明日探せばいいじゃん、って思うもんね。

 でも、ミキには、あれ以外の方法が、思いつかなかったの。

 プロデューサーの、フツーじゃないホンキに、応える方法――。
 目が見えないのに、ミキ達を一生懸命見て、探そうとしてくれたプロデューサーに。

 春香や皆には、すごくごめんって思うし――。
 もしかしたら、もっと良い方法があったかもだけど――。

 あの時、あの選択をした星井美希を、ミキだけは、大切にしてあげなきゃって思う。


 それに――今は、お客さんや、プロデューサーに、ミキ達をもっと見てほしいなって。
 プロデューサーが育ててくれた、ミキ達が、どれだけやれるのか。

 キラキラに輝くミキ達を通して、こんなすごいプロデューサーがいたんだよって――。
 いっぱい、たくさんの人に、知ってもらいたいって、そう思うな。



 ――ミキの話は、これでおしまい。


 事務所で、春香と千早さんが待ってるの。
 行ってあげて?

 ミキは――もう少し、プロデューサーとお話してるの。


 うん――ありがとう、善澤さん。

 バイバイ。

【11】

 春香は、もうじき来ると思います。

 それまでの間、私から、この絵について少し、お話しても良いでしょうか?


 少し、プロデューサーの話からは逸れるのですけれど――。

 以前、私が週刊誌の影響で、声が出せなくなった時――。
 とても親身になって、助けてくれたのが、春香でした。

 弟の、優のスケッチブックを持って来てくれて――だから、自分を取り戻せたんです。


 プロデューサーが亡くなってから、美希が律子や水瀬さんの尽力で復帰して――。
 次は春香を、助けるのは私の番だと、そう思っていた時――。

 目に留まったのが――この、スケッチブックだったんです。


 私自身、絵心があるわけではないんです。
 でも、このスケッチブックは、私と優の思い出というだけのものでは、既にありません。

 もう一度、春香だけでなく、私や皆を、救ってくれないかしら――そう思ったんです。


 今にしてみれば、短絡的な考えだと思います。
 春香や皆にとって、このスケッチブックがそこまで大切なものなのか、分からないのに。

 それでも、皆は私の提案を、受け入れてくれました。
 美希も、プロデューサーの絵を描きたいと。だから――翌日、クレパスを買ったんです。

 少し、変わった色の――四条さんの言葉を借りるなら、面妖なクレパス、でしょうか。

 いえ、そんなに、変というわけではないんです。
 ただ、臙脂色とか、浅葱色とか――私が子供の頃と違って、配色が新鮮に感じたので。

 ――話が逸れました。すみません。


 春香は、自分がリボンを落としたことが、プロデューサーが亡くなった原因だと――。

 私には、そうやって春香が自身を責めることが、正しいことだとは思えませんでした。

 本気で舞台の稽古に臨んだ春香が責められる謂れは、どこにも無いからです。
 もちろん、大切な舞台の上で、大事なリボンを付けていたことも。

 しかし、春香自身がそのように理解できないことには、どうしようもありません。


 じゃあどうすべきかを、皆で話し合った結果――。
 プロデューサーの遺志を、皆で共有することが必要なのではと、考えました。

 あの人が何をしたかったのか、私達に何を求めていたか――。
 皆で見つめ直し、新たな一歩を踏み出すための区切りを、私達は必要としたんです。



 何だったら、あなたが出てくるまで、このドアの前で歌い続けてもいい――。
 そう、説得を重ね、ようやく春香は自宅を出て、私の前に姿を見せてくれました。

 言うまでも無く、事務所に久しぶりに来てくれた春香を、皆は温かく出迎えます。
 しかし、当の春香は、暗い表情のまま――。

 まだ自分を許すことができずにいる彼女の手を、優しく取ったのは、美希でした。


 諦めきれてないんでしょ? ――大丈夫、春香の不安をミキ達にもちょうだい。

 全員揃ったところで、会議が始まりました。
 クレパスを手に取る前に、律子がホワイトボードに、皆の意見を書き出していきます。

 プロデューサーってどんな人?
 その文字の下には、様々なプロデューサーの側面が並んでいきました。


 不器用でガサツだけど、いざって時はちゃんとやる人。
 気配り屋さん。
 自分をからかって、意地悪ばかりする変態。
 辛いとき、優しく励ましてくれた人。
 皆に自信を与えてくれた人。
 カンチョーされて喜ぶドMな草食系男子。
 コーヒーと石油の区別も付かない無礼者。
 超仕事人間。
 トップシークレット。
 ずっと追いかけていたい人。


 生真面目な人、という印象しか持っていなかった私には、人を見る目が無いようです。

 こう言っては、元も子もないですけれど――仕事の面でしか、接点が無いですから。
 私も、特に多くの接点を求めていたわけでは、ないですけれど。

 ただ、常に最高のコンディションで歌いたい私にとって、頼れる人だったのは確かです。
 スケジューリングも、レッスンの先生との意見のすり合わせも、良くしてくれました。


 春香は、いつも笑顔で迎えてくれた人、と言っていました。

 確かに、あの人の怒った顔は、あまり印象にありません。
 草食系男子、という亜美達の意見は、ある意味で遠からずなのかしら、とも思いました。

 それ以外の、カン――ゴホン、何某はともかくとして。

 一通り、意見を出し合った後は、皆で他の人の意見を掘り下げていきます。

 亜美達の意見は論外として、私は、我那覇さんの意見がどうにも腑に落ちません。
 人をからかって意地悪だなんて、そんな馬鹿馬鹿しいことをする人だったかしら。

 我那覇さんは、他の子達には体良く取り繕っていただけだと主張します。
 でも、そうなると、あまりに下劣な亜美達の意見はどうなるのでしょうか。


 追及すると、ぶっちゃけウソであると、亜美達はあっさりと白状しました。
 こんな大事な会議で、平然とそのようなことができるのは、大した度胸です。
 律子が怒るよりも先に、高槻さんからきついお灸が二人に据えられました。

 そうなると、我那覇さん以外は、概ね肯定的な意見が並ぶように見受けられます。
 ただ、水瀬さんの、コーヒーと石油の区別が付かないというのは、あんまりではないか。
 そう、真が水瀬さんに追及しました。

 私は本当のことを言ったまでと、水瀬さんは意見を取り下げる気が無いようです。
 まるでプロデューサーが石油を飲んだことがあるように言うのは良くない、と真。
 怒るポイントは、そこではないと思うのですけれど。
 オロオロと間に立とうとする萩原さんを後目に、真と水瀬さんの言い争いは続きます。


 ひとまずほっといて、他の意見を見ましょうと、進行役の律子が言いました。
 そ、それでいいんですか!? と春香までオロオロしています。
 でも、とりあえず私達は、前に進まなくてはなりません。

 律子の、仕事人間という意見――これは、たぶんウソだろうと、美希が言いました。
 仕事を頑張る理由を、自分達のためだと素直に言えない、彼の照れ隠しである、と。
 これには、ほとんど皆が同意をしていたように思います。

 律子は人を見る目が無いね、と美希。
 さんを付けなさい、と律子にたしなめられ、口を尖らせて椅子に座り直します。

 そもそも、あんたのトップシークレットって何なのよ! と水瀬さんが激昂しました。
 四条さんの意見に対する、もっともな指摘です。

 人には誰しも、秘密の一つや百個――。
 そう言ってる場合かー!! と、律子まで加勢して水瀬さんとツッコミを入れます。
 心なしか、柄にもなく怒られる四条さんの表情は、少し楽しそうだったのが印象的です。


 話は戻り、我那覇さんの意見は、プロデューサーに構ってもらえていたという自慢では?
 そう、真美がからかいました。
 我那覇さんは顔を赤らめて否定しますが、美希も興味深げに追及します。

 そんなこと言うなら、雪歩ややよいのだって、構ってもらってるじゃんか!
 そう我那覇さんが反論すると、萩原さんは顔を真っ赤にしてうろたえました。
 高槻さんは、二人の顔が赤いのを見て、風邪を引いているのではと心配しています。

 美希の意味深な意見について、恐る恐る聞いたのは、春香でしたね。
 でも美希は、春香はライバルだから教えてあげない、と意地の悪い笑顔を見せました。
 春香は、美希の言っている意味が分からず、なおも困惑しています。


 と――このように、会議はかなり難航しました。
 あずささんだけが、ニコニコと楽しそうに、皆の論争を見守っていたように思います。

 皆の意見がバラバラだったり、話が脱線しすぎて、収拾がつきそうにありません。
 プロデューサーは、人によって態度を変えていたのかと、水瀬さんは訝しげでした。


 いっそのこと、描きながら考えた方が良いのではないか――。
 そう提案したのは、高槻さんでした。

 確かに、頭だけで考えるより、実際に手を動かした方が整理できる場合もあります。
 真は、もろ手を挙げて賛成していました。

 そこで、またも問題が――誰が代表して描くのか、ということです。

 一応の発案者である私か、仕切り役の律子か、描くのを提案した高槻さんか――。
 誰か他にやりたい人は――と律子が問いかけても、誰も手を挙げません。


 そんな時、亜美が、何を思ったのか、突然クレパスの箱を私の手から奪いました。
 驚いて彼女の方へ振り返ると、何やら不敵な笑みを浮かべています。

 皆の兄ちゃんなんだから、皆で兄ちゃんを描こうよ。
 亜美は黄色ね。


 何と、亜美は皆で1本ずつクレパスを持って、皆で描くことを提案したのです。
 逆転の発想というのでしょうか。さしものあずささんも、驚いていました。

 亜美に言われるがまま、皆が1本ずつクレパスを取っていき――。
 遠慮がちで引っ込み思案な萩原さんの手元に渡った時は、白しか残っていませんでした。

 私、これで何を描けば良いんでしょうかと、なおも困惑した様子の萩原さん。
 誰かが失敗した時、白で修正してくれれば良いさ、と真がフォローしました。


 そういえば、真美は亜美の後ろで囃し立てていましたが、何も持っていません。
 12色しか無かったので、13人いると誰か一人は持たないことになるのです。

 どうするべきか、悩んでいると、真美は亜美のクレパスを取り、二つに割りました。

 これなら真美、亜美と一緒の色を持てるっしょ、と真美は得意気に胸を張ります。
 何という大胆かつ欧米的発想! と、亜美は面白おかしく真美を称賛しました。

 大事な会議にも関わらず、相変わらずの二人に、律子は呆れ顔です。
 目頭を指で押さえ、深いため息をついていました。

 しかし、いざ、皆で描こうと言っても、スケッチブックは一つしかありません。
 皆で肩をひしめき合わせて描こうというのは、少し無理があります。

 そこで、真美が提案したのは、爆弾ゲーム形式というものでした。
 交代でペンを進め、時間が経ったら、リレーのように隣の人に渡すのだそうです。

 一人の持ち時間は20秒――若干、忙しい作業になりそうです。


 シチュエーション、どうしようかしら――律子がふと、思いついたように話しました。

 近景の肖像画か、遠景の風景画か――。
 プロデューサー単体を描くのか、私達も描くのか、何かしている様子を描くのか。


 これから描こうとするのは、プロデューサーの外見ではなく、内面なんでしょう?
 だったら、写実画にするよりも、抽象的に描いた方が良いんじゃないかしら。

 キュビズムとは言わないまでもね――と言って、水瀬さんは肩をすくめました。

 おー、キュビズムか。うんうん。
 あー、そうだね。キュビズム、ってほどではないね。キュビズム。

 我那覇さんと真は、たぶんキュビズムと言いたかっただけなのでしょう。


 それでは、開会に当りまして、発案者より一言。と、律子から急に求められ――。

 ――確か、こんなことを言った、と思います。


 美的センスが、どれだけ私達にあるのか、分かりませんけれど――。
 一人一人が持つ色で、皆が思うプロデューサーを、一つのキャンバスに描き出す。
 たぶん、その行為に失敗は無いと思うから――皆で、頑張りましょう。

 最初は、私からでした。

 でも、イメージが固まらないままに、キャンバスを持たされても、ペンは進みません。
 ほとんど何もしないまま、20秒が経ち、隣のあずささんの手に渡りました。

 小心者とか言う人も、中にはいましたが、逆の立場になって考えてみてほしいわ。


 あずささんは、少し悩む仕草をした後――。
 最後の5秒ほど、キャンバスの外側の縁を、少しなぞりました。

 私の色は、少し強いから、縁取りをするくらいがちょうど良いかしら~、とのことです。
 あずささんらしい配慮だと思います。

 次の四条さんも、あずささんと似たような色でしたので、それに倣いました。
 紫の縁の内側をなぞるように、臙脂色が続きます。


 次の真は、元気良くペンを進めるかと思われましたが、意外と慎重でした。
 確かに、真が持っているのは黒ですから、一度失敗すると修正が困難です。

 悩みながら、何となくチョンチョンと、キャンバスを叩くうちに、時間が終わりました。

 次は、萩原さんですけれど――先ほどの通り、白でしたので、することがありません。
 まだ、私の出番は良いかなぁと、遠慮がちに手を振り、水瀬さんに手渡しました。

 萩原さんには、申し訳ないことになってしまったと思います。


 だらしないわね――この伊織ちゃんに任せなさい、と水瀬さんがキャンバスを取ります。
 水瀬さんは何と、豪快に一面をピンクに塗ってしまいました。

 何てことを――! と言いかける真に、水瀬さんは不敵な笑みを浮かべます。
 こういうのは、やったもん勝ちなのよ、と。

 良いことを言った、いおりん! と、次は亜美と真美の番です。
 なぜ二人同時に、と言いましたが、一つの色だからオッケー、と言っていました。

 ただ、彼女達のペンの軌跡は、案の定、遠慮というものを知りません。
 水瀬さんが塗ったピンクの上をも、構わず黄色く塗り潰していきます。
 悔しがる水瀬さんにニカッと笑いながら、高槻さんにキャンバスを手渡す亜美。
 何だか、趣旨が変わっているような気がします。


 高槻さんは、オレンジと言ったらみかんかなーと、黄色の上に丸を描いていきます。
 色で食べ物を連想するのは、高槻さんらしいですね。

 じゃあ、自分は空かなー! と、我那覇さんは元気にキャンバスの上側を塗りました。
 浅葱色の空というのも、思ったより綺麗で、映えるものです。

 じゃあミキは、フカフカの草原なのー!
 と言って、美希はキャンバスの下側に、黄緑色の草原を描いていきます。
 皆、プロデューサーを描いているということを、忘れていないかしら。

 律子も、なぜか木を描きますが――意外と、律子には絵のセンスが無いかも知れません。
 だって緑だと他に描く物が無いでしょう、と言い訳をしますが、幹は普通茶色です。


 春香は――悩んだ末に、中央に赤い丸を描きました。
 何これ? と真美が不思議そうに覗きこむと、照れくさそうに、空いてたから、と――。

 綺麗なまん丸ね~、というあずささんの言葉に、春香はとても嬉しそうに笑いました。

 私は――やはり、何も思い浮かばないので、我那覇さんの空の色に青を重ねました。
 ちょっと、ワンパターンだったかしら。


 一人20秒と、持ち時間としては短いとはいえ、一周するのには4分ほどかかります。
 でも、皆のペンの軌跡を観察していると、不思議と自分の番はあっという間でした。

 真は、春香が中央に描いた赤丸を、プロデューサーの口にすると言いました。
 その発想は良いとしても、肝心の黒で描いた顔の輪郭が、丁寧だけど不格好です。
 皆からブーイングを受け、きっと悪いとは内心思いつつも、真は少し怒りました。

 ようやく訪れた、萩原さんの最初の一描きは、真が描いたその輪郭の修正です。
 ですが、黒の上から白で描いても、滲むばかりで真っ白になることはありません。
 余計に見栄えが悪くなったと、萩原さんは大変恐縮し、シャベルを持ち出しました。

 ようやく皆で萩原さんを抑えると――彼女は申し訳無さそうに、給湯室へ向かいました。


 律子が描いた緑の葉っぱの間を、私は青く塗りつぶしていきます。
 そんなに几帳面に青にしなくても良いのでは、と我那覇さんは言いました。
 でも、葉っぱが無い所には空が見えるのだから、青くないとおかしいと思います。

 あずささんは相変わらずマイペースに、淡々とキャンバスの外側を縁取っていきます。
 四条さんはというと――なぜか縁取りは止めて、妙な場所に臙脂を塗っているんです。
 理由を聞いても、不可思議なことを言うばかりで、あまり解決になりません。


 そのうちに、惰性的な雰囲気が流れ――ふと、我に返り、キャンバスを見直しました。

 これは一体、何なのだろうか。
 ただの色の羅列――先ほど話したプロデューサーの印象が、反映されていないのでは?

 そう疑い始めた時――萩原さんが淹れてくれたお茶を、春香が持ってきて――。


 気づいた時には遅く――春香が転んで、お盆の上のお茶が、キャンバスにかかりました。

 優君のスケッチブックが――! と、春香は私に何度も謝ります。
 気にするべきなのはそこではなく、この絵だと思うのですけれど、まぁともかく――。

 それを機に――亜美と真美の、そして皆のスイッチが、入ってしまったんです。

 突如、順番を無視してキャンバスを奪い、亜美と真美が乱暴に描き殴ります。
 こんなお茶はー、亜美達が修正してやる→! うりゃうりゃ→!

 何するの、止めなさい! と、律子が慌てて奪い取り、緑の葉っぱを描き直しました。
 フツーのモノ描いても、つまんなくない? と、美希は律子の横から手を伸ばします。
 憤慨する律子を後目に、美希は楽しそうに黄緑の光線を重ね、四条さんに渡しました。

 四条さんは、さらにその上に臙脂を重ね、あらゆる箇所に臙脂の線を入れました。
 芸術は爆発なのです、と、四条さんは鼻息を荒くして、感性のままにペンを走らせます。

 色合いとかコレ、すっごく変になっちゃったじゃないかー! 雪歩ー、助けてくれー!
 我那覇さんは、萩原さんと一緒に、コントラストが強い箇所を必死で修正していきます。
 うっうー、ホワホワな色も追加ですー! と、高槻さんがオレンジで加勢しました。
 あら~、何だか賑やかな絵になってきたわね~、とあずささんはどこまでも暢気です。

 やよい、貸しなさい! このままじゃテーマ性の無いグダグダな絵になるわ!
 と、水瀬さんは高槻さんから受け取ると、自身を表すピンクの人間を描きだしました。

 それじゃあ、ボクが輪郭を! そう言って、真は黒でピンクの人型を切り裂きました。
 あぁっ、手が滑った! と言ったものの、当然水瀬さんは大激怒です。
 どうしたらそんな手の滑り方するのよ! と、水瀬さんはピンク人間を描き足します。
 本当に滑ったんだよ、ていうか自己主張しすぎだろ伊織!
 私のクレパスで私がどうしようと、私の勝手じゃない!
 何だよっ!!
 何よっ!!



 兄ちゃん――――。


 あれだけ大笑いしていた亜美達が、ふと手を止め、急に泣きだしました。

 私達は、亜美達の意図が分からないまま――目の前のキャンバスを、見つめ直しました。

 皆を引っ掻き回す、賑やかな黄色。

 我が強いけれど、全体を良く見て立ち回るピンク。

 ガサツで不器用だけれど、周囲を気遣う繊細な黒。

 色と色の間を取り持つ、いてくれるだけで安心する白。

 調和を愛し、柔軟に色の間を走り回る浅葱色。

 きっと寂しがり屋で仲間想いであるがゆえに、神出鬼没な臙脂色。

 穏やかに皆を見守って自信を与える、包容力のある紫。

 淡白で品行方正な、規則正しい緑。

 その場をポカポカと温めてくれる、面倒見の良いオレンジ。

 生真面目なだけの、つまらない青。

 太陽のようにキラキラと輝く、迷いの無い黄緑。

 そして、皆の中心で、ニコニコと笑う赤。


 でたらめな色の羅列は、呆れるほど――息を呑むほど、私達そのものであり――。

 キャンバスのどこを見ても、私達のプロデューサーが、あらゆる所に息づいていました。

 一瞬の静寂の後――春香の嗚咽が、夕暮れ時の事務所に響きました。



 ――――待っていたわ、春香。

【12】

 お待たせして、すみません。


 あっ、待って、千早ちゃん。
 千早ちゃんも、一緒にいてほしいんだ。

 善澤さん、良いですよね?


 ――ありがとうございます。



 この絵のことについて、話していたんですね。

 私にとっては――きっと、一生忘れられない絵になっちゃいました。


 今日、遅れちゃったのは、お稽古が長引いちゃったんです。

 美希と共演する、春の嵐っていう舞台――。

 プロデューサーさんが亡くなった後、私、ずっと塞ぎ込んでいたのに――。
 演出家さんが、天海がいなきゃ話にならん! って、待ってくれていたんです。

 公演を延期してまで、私のために、主役のポストを空けて――。


 その遅れを取り戻すために、ちょっと今、忙しくって。
 美希は、だいぶ演技も仕上がってるから、早めに切り上げてもらえてるけど。

 やっぱり、すごいですよね、美希――。

 ってあぁ、す、すみません!
 そういう話じゃなくて、ですよね!?


 実は――ずっと、不思議に思っていたことが、あったんです。

 プロデューサーさんは、何であの日、私と美希のお稽古に、来てくれたんだろうって。


 誰かから、もう聞いているかも知れませんけど――。

 プロデューサーさんは、目がほとんど、見えていなかったみたいです。


 詳しく知らないけど、色覚障害っていうのと、視神経炎? っていったのかな。

 色が良く判別できなくなって、全部白黒に見えるっていう病気。
 それと、視界がぼやけたり、一部とか、大部分が真っ暗になる病気、ということでした。

 色が良く見えないのは、たぶん元から――視界が塞がっちゃうのは、晩年になってから?
 っていうお話を、小鳥さんは聞いていたみたいです。

 だから――そういえば、大事な打合せとか以外だと、ほとんどありませんでした。

 プロデューサーさんが外に出て、皆のレッスンや、お仕事を見てくれることは。


 今では、こう考えています。
 プロデューサーさんが来てくれた理由。

 私と、美希と、プロデューサーさんの、三人だけの思い出――。
 あの、美希からの提案で、プロデューサーさんの前でケンカのフリをした、あの日。

 きっと――あの日からの、私達の成長を、見たかったのかも知れないって。

 ――成長した姿を、見せることができたと思うか、って?

 あ、アハハ――自分では、正直、分かりません。


 ケンカのフリをした、あの日の美希――私、とても怖くて、泣いちゃいました。

 怖い演技だったから、っていうわけじゃありません。
 テキトーに振舞ってた美希が、いざ本気を出した時の実力を、肌で感じて――。

 美希は、あまりホンキじゃなかったよ? って言っていたから、なおさら――。
 何てすごいんだろう――私みたいなのが、敵う相手じゃないって。

 同じ765プロの仲間同士なのに、とても大きくて、怖かったんです。


 トップアイドルを、軽々しく夢見ていた自分が――すごく、情けなく思えちゃって。

 何も才能も、個性も、魅力の無い普通なだけの私が――。


 そうやって、事務所の近くの、公園のブランコで、一人で落ち込んでいる時でした。

 プロデューサーさんが、私の隣のブランコに、チョコンと座ったんです。


 どこか痛いのか? さっきのケンカ――と、プロデューサーさんは聞きました。
 私は、何ともありません、と笑ってごまかします。

 そうか、と言って――プロデューサーさんは、なぜかブランコの上に立ちました。

 意味が分からないまま、眺めていると、そのまま立ち漕ぎを始めたんです。

 ここには砂場が無いんだなぁ、と、プロデューサーさんは呟きました。

 俺が子供の頃は、日本で冬季オリンピックをやっていてな。
 スキーの、日の丸飛行隊ってのに憧れて、俺達はブランコでジャンプしまくったんだ。

 プロデューサーさんのブランコは、どんどん加速していきます。


 当時、近所の公園には、ブランコの前に砂場があって、俺達はそれをK点と呼んだ。
 K点越えを目指して、頑張りすぎて足を骨折した奴もいたけどな――ふんっ!

 と言って、飛ぼうとしたプロデューサーさんは、ブランコから足を滑らせて転びました。

 さらに、四つん這いのプロデューサーさんの後頭部に、ブランコが当たっちゃって――。


 何で笑ったんだ、って、大笑いした私をプロデューサーさんは怒りました。
 慌てて私は、ごめんなさい! って必死に頭を下げます。

 何で謝るんだ、と、プロデューサーさんは聞き直してきました。

 頑張って飛ぼうとして、失敗したプロデューサーさんを笑うのは、失礼だから――。


 頑張る人を笑う奴は、ウチの事務所にはいないよ。美希もそうだ。


 プロデューサーさんは、呆気に取られた私の肩に優しく手を置いて、こう続けました。

 ここはコンディションが良くないから、次はちゃんと砂場がある公園に行こう。


 何で笑うんだよ、ってプロデューサーさんは、笑っちゃった私を怒って、笑ったんです。


 あぁ、私――頑張っていいんだって、すっごく嬉しかった。

 プロデューサーさんは、私と美希のケンカが演技だって、気づいていました。

 だから、似たような演技がある、舞台のお稽古を見て――。
 あの時からの、私達の成長を見たかったのかなって。


 私は、どっちの演技の時も、必死でした。
 だから――演技の出来が、どれだけ成長したかなんて、自分では分からないんです。
 今の全部を出さなきゃ、美希には勝てないって。

 ううん――美希に勝ちたいなんて、思っていませんでした。

 でも、共演する以上、美希にふさわしい相手でいたい――。
 出来ることなら、上しか見ない美希の中に、私の存在も、いさせてほしいって。


 よ、よく分かんないですよね?
 アハ、アハハ――い、今のは、カットってことで。すみません――。


 そう、ですね――。
 主役に抜擢されるなんて、思っていませんでしたから、夢みたいで――。

 プロデューサーさんにも――見てほしかったなぁ、本番――。



 プロデューサーさんはずっと、私達を、一生懸命見てくれました。

 こんなに分厚い、おシゴト帳も、私達皆の分を作って――。
 最期の最期までずっと、見ようとしてくれていたんです。

 暗がりの中、自分の視界まで塞がっているのに――。
 この、ペリドットのリボンを――一生懸命探して、見つけ出してくれたんです。

 美希が、こう言っていました。
 自分を取り巻く世界は、自分を映す鏡――そうプロデューサーさんが、言ってたって。


 きっとプロデューサーさんは、鏡になろうとしていたんだと思います。

 私達がどんなアイドルなのか――自分を見失わないよう、私達を映す鏡に。


 だから、皆それぞれに対して、的確な助言とか、励ましも出来たんだろうし――ほら。

 見てください、この絵――プロデューサーさんを描こうとしたんですよ?

 でも――どう見てもこれ、私達にしか見えなくて――でも、変ですよね。

 どう見ても、私達なのに――プロデューサーさんが、たくさんっ――――!


 ――――ありがとう、千早ちゃん。大丈夫。



 プロデューサーさんが亡くなって、美希も事務所に来なくなった頃――。
 落ち込んでいる私を、皆が良く、励ましてくれました。

 私は、そういう皆に、ありがとうって、笑顔で返していました。


 家に帰ってから、鏡の前で、私はいつも、こう叫ばなくてはなりませんでした。

 違うっ!! 皆は私を追い詰めようとしているんじゃない!
 私は皆のことが大好きなの!!
 私のためを想ってくれてる皆のことを嫌いになっちゃだめ!!
 これ以上、皆に嫌な思いをさせちゃったら、私は一生許してもらえない!!

 そうやって、必死に私は、皆に笑顔で接していました。

 ううん――笑顔という仮面を盾にして、必死に、皆から逃げていました。

 分厚くなった仮面の真ん中にある、本当の私を、誰にも見られたくありませんでした。

 本当は皆のこと、嫌いなのかも――私の想像以上に醜い私がいたら、どうしよう――。
 それを、私自身も見たくなくて、塞ぎ込んでいたんです。


 でも、絵の中にいた本当の私は――本当に、笑っていました。



 あの時、リボンを落としてさえいなければ――。

 ううん、あの時、美希との大事なリボンを、付けていなかったら――。
 そう思わない日はありません。

 きっと私は、一生後悔し続けるんだと思います。

 どんなに皆が励ましてくれたとしても、私が原因であることに、変わりはありません。


 でもですね、善澤さん?

 見てください、これ。じゃーん!


 今ではもう、ペリドットだけじゃありません。
 皆が私のために作ってくれたリボンが、こーんなにあるんです!

 エメラルド、オパール、アクアマリン、ガーネット、真珠――。
 あれ、あと何だっけ――ごめんなさい、ちゃんと覚えたはずなのに。

 このサファイアが付いたリボンは、千早ちゃんのプレゼントで――。
 私が今付けているリボンは、ルビー!
 えへへ、どうですか?


 私が考えている以上に、美希がくれたリボンは、大切なものだった――。
 私以上に、プロデューサーさんは、そのことを分かっていたんです。


 日を改めて探していたら――翌日、スタッフさんが見つけてくれて――。
 プロデューサーさんは、今も変わらず、私達とお仕事をしていたのかも知れません。

 でも、その日のうちに、プロデューサーさんが見つけてくれなかったら――。

 いつ、私の手に戻るのか――もう一生見つからないかも知れない。
 美希にもらったリボンを無くした嫌悪感で、どんどん気が沈んで――。

 煌めく舞台どころか、ずーっと暗い暗い泥沼へ転落して、上がれなくなっちゃうかも。

 なんて。えへへ、プロデューサーさんは考えていたのかなって。
 もしそうだとしたら、相当心配性ですよね、プロデューサーさん。

 いや――もしじゃなくて、ほぼ確実に、そう考えていたんだろうなって。


 自分の身を、危険に晒してまで――実際、死んじゃうことになろうと――。

 それでも、私や美希、皆のために尽くそうとしてくれて、嬉しくないわけありません。

 でも、何でそうまでしてくれたんだろう――?

 鏡になろうとすることが、プロデューサーさんの仕事だから?
 たったそれだけの理由で、そこまで頑張れるとは、私には思えません。
 美希も、そんなはずは無い、って言っていました。

 ――私達のことが、好きだから?

 ふふっ――私も本当は、そうであったらいいなって、思うんですよ?

 でも、たぶんそれは無いかなって、私には思えてしまうんです。
 きっと、好きだからとか、ましてや仕事だからとか、そういう次元じゃなくて――。


 もう一度、この絵を見てください。
 私達でもあり、プロデューサーさんでもある、この絵を。


 プロデューサーさんにとって、きっと私達は、もう一人の自分だったのかなって。

 出会って、一緒に歩き始めた以上――他人でなんかいられない、自分。

 うーん、何かもっと良い言い方、ある気がするんですけど――。


 ――ふふ、本当だ、そうですね。
 どっちが鏡なのか、もう一人の自分なのか、分からないですね、その表現の仕方だと。

 でも、逆に言えばそれくらいプロデューサーさんは、鏡に徹してくれたんです、きっと。
 自分を、もう一人の私達なんだと思えるくらい、ストイックに。


 ――ぷっ、アハハハ! やだもう善澤さん、変なこと言わないでください。
 プロデューサーさんに女装趣味なんて、ありっこないですよぉ。
 いくらなんでも、そこまでストイックに私達になりきろうとしてたなんてこと――。

 あるかも。

 う、ウソウソ!! ウソです冗談です!!
 あぁ~、絶対に今の、書かないでくださいね!? プロデューサーさんに怒られる~!

 アハハハハハ――!

 ――えっ、何? 千早ちゃん。


 笑ってる――?


 ふふっ――そうだね、私――。
 プロデューサーさんが亡くなって、悲しいはずなのに――あれ?

 変だね――さっきから、プロデューサーさんの話をしてる間、笑ってばっかり。
 し、失礼かな? アハハ――。


 ――それを言うなら、きっとこうも言えるはずだよ。

 千早ちゃんの中にいるプロデューサーさんは、とても真面目で謙虚で、歌が大好き。
 でしょ?

 二人で良く、ディープな話をしてたもんねー、千早ちゃんとプロデューサーさん。
 クラシックにしろ、洋楽のヘビメタにしろ、R&Bだの民謡だの。

 ううん、生真面目でつまらないだけだなんて、とんでもない!
 それだけ情熱を傾けられるのって、本当にすごいことなんだよ!

 親友の私が言うんだから、間違いないもん。ねっ?


 そうなんだよね。

 自分って、あまりにも身近すぎて、意外と自分では分からないっていうか――。

 でも、いつもどこかで、確かに感じているんだよね――気づかないだけで。

 だから、プロデューサーさんは私達を見てくれた。

 私達を映す、鏡になって、本当の私達に気づかせてくれたんです。


 きっと、並大抵の労力じゃなかったと思います。
 この、おシゴト帳――いつ書いてたのか、本当に不思議です。

 こんなにたくさん、皆一人一人の特徴を描き出すなんて――。

 それだけに、あの人の視界に映る私達は、きっとキラキラ輝いていたんじゃないかって。
 たとえ白黒にしか見えない目でも、色とりどりの煌びやかな舞台が――。

 ちょっと、自惚れかも知れませんけど、これだけ個性の強い、私達ですから。


 でも――それだけ頑張っていて、犠牲になったものは無いのでしょうか?

 プロデューサーさんが亡くなったことだけを、言っているんじゃないんです。


 私達には、あの人が何を考えていたのか、何を夢見ていたのか――。
 結局、生前のうちに理解することはできませんでした。

 私が思うに――。
 たぶん、プロデューサーさん自身にも、分かっていなかったからだと思います。

 子供の頃、高く飛ぶことを夢見て、ブランコを一生懸命漕いでいたプロデューサーさん。

 でも、鏡になることに徹するあまり、自分を抑え込んで――。
 皆の夢が、自分の夢になって、本当の自分が――本当の自分の夢が、見えなくなった。


 だから、次は私達の番です。

 何がって?

 プロデューサーさんの本音ですよ、本音!

 無いはずがありませんもん。
 噂だと、あずささんと二人っきりでお食事した時、少しエッチな話をしたって。

 エッチな所だけがプロデューサーさんの本質だなんて、思いたくありませんけど!


 でも、本当の私達のことを、気づかせてくれたのがプロデューサーさんなら――。

 プロデューサーさんを映す鏡に、私達もなれるはずなんです。

 もうプロデューサーさんはいないけど――。
 きっと惜しい所までいってる、この絵を描くことができたんだから、もう一息!


 私達が、もっと私達らしく未来を描いていけたら、いつか会えるのかな。

 鏡になるあまり、本人にも見えなくなっちゃった、本当のプロデューサーさんに。

 それをいつか、描き出せるのは私達にしかできないから、だから――。


 私達は、クレパスなんです。

 プロデューサーさんを――プロデューサーさんの未来を描く、12色の――。

 いつかあの人へ、本当のあの人をプレゼントすることを夢見るクレパスです。


 12色もあるんだから、私達に描けないものはありません!
 これからの私達を、善澤さんも、ちゃんと見ていてくださいね! ふふっ!


  あ あ き み も だ き む え あ く し

  か お み ど も い い ら ん さ ろ ろ

      ど り い だ ろ さ じ ぎ

      り   ろ い   き い い

            い     ろ ろ

            ろ


  あ あ き み も だ き む え あ く し

  か お み ど も い い ら ん さ ろ ろ

       ど り  い だ ろ さ じ ぎ

       り    ろ  い   き い い

               い     ろ ろ

               ろ

>>159 ズレの修正前を貼ってしまいました。すみません。

【終】

 善澤さん、ボーッとしてちゃダメですよ。

 ほらっ、次の曲は、皆が登場するんです。
 サイリウム、このバッグの中にありますから、適当に取っていってください。


 きゃああああああっ!!! 雪歩ちゃぁん、ステキぃぃぃぃぃっ!!!

 おう、おう、うっ――ううぅぅぅ――!



 うっ、う――す、すみません、年甲斐も無く――。
 あまりにもFirst Stepが良かったもので、我慢しきれず、つい―。

 って、善澤さん、まだサイリウム持ってないじゃないですか!


 えっ? 両手だと4本ずつで、8本しか持てない?
 ふっふっふ、まだまだ初心者ですね、善澤さん。

 指の間だけじゃなくて、ここをこうして――この、手のひらの余った肉で挟めば――。

 ほらっ! 12本持てるでしょう?


 ――もうっ。そんな顔しないで、次からはちゃんとできるように、練習してくださいね?

 せっかくの千早ちゃんの新曲なんですから。

 えぇ、そうです。
 次の曲は、千早ちゃんが歌う曲なんですけれど、皆がステージに上がります。
 なんと、律子さんもですよ。


 千早ちゃんしか歌わない曲なのに、何で全員出てくるのかって?

 うふふ、そう言いながら善澤さん――。
 皆にインタビューしたのなら、もうおおよその察しはついているんでしょう?

 それだけ、この曲は皆にとって、特別なんです。



 ねぇ、善澤さん。
 こんな時に、変なことを聞いちゃいますけど――。

 夢は、叶えるためにあるのか、目指すためにあるのか、どっちだと思いますか?


 今、ステージに上がった皆の夢は、12の色でプロデューサーさんの夢を描き出すこと。

 傍から見たら、それは雲を掴むように困難なことだろうと思うけど――。
 きっと、あの子達自身は、叶えられないことなんて、少しも考えていないのでしょうね。

 夢を目指して頑張る、そんな皆のお手伝いが出来れば、私は、幸せなんです。


 ――ふふっ、そうですね。

 主観で捉えるのか、客観的に見るのかでも、答えは変わってくるのかも。


 わぁ、見てください、善澤さん!

 サイリウムが、こんなにたくさん――!


 プロデューサーさん、見てくれているのかな。

 いいえ、ひょっとしたら、この会場のどこかに、いるのかも知れませんね。

 ううん、幽霊とかじゃなくって――この輝きのどこかに。


 ファンの心を、12の光で灯していくその先に、どんな世界が待っているのか――。

 仮に、それを見ることがプロデューサーさんの夢だったとして――。
 その答えが出る日は、来るのかしら。

 むしろ、答えが出ないからこそ、目指し続ける価値がある、なんて――。
 ひょっとしたら、そう思っていたのかも。
 罪深いというか何というか――でも、見てください。

 ステージの上のあの子達も、会場のファンの人達も――皆、とても楽しそう。

 善澤さんも、楽しいでしょう? ふふふっ!
 だから、きっとそれでいいんです。

 千早ちゃああああんっ!!! ちっ、はっ、やっ、ちゃあああああんっ!!!



 あの子達はたぶん、ずっと追いかけ続けるんだと思います。

 真っ暗なキャンバスを彩る、この輝きの向こう側にいる、プロデューサーさんの姿を。


 サイリウム、綺麗ですね――。

http://www.youtube.com/watch?v=25mcd7f62Ks

http://i.imgur.com/f4o127C.jpg


~おしまい~

タイトルの元ネタは、長渕剛の楽曲『12色のクレパス』です。

もっとバッドエンド寄りにするつもりでしたが、上手くまとめきれず、断念しました。
色々やりたいことを詰め込みすぎて、窮屈で粗いSSになった気がします。すみません。

ただ、千早には尾崎豊や長渕剛といった男臭い曲が似合うと信じています。

駄文長文を最後までお読みいただいた上、温かいご支援、ありがとうございました。

>>93
これの一つ前は、千早「青汁~~wwwwwwww♪」というSSを書きました。
今回のような、地の文主体のものだと、下記のSSを書いています。
 ・響「ハム蔵に花束を」
 ・美希・雪歩「レディー!」
 ・高木「人生に乾杯を!」

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