智絵里「アイネクライネ」 (28)

デレステ個人コミュ準拠。

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誰もいない、家の中。わたしは一人、ベッドに腰掛けて文庫本のページをめくります。

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない。

本屋さんで、かわいい表紙とタイトルに惹かれて買った本……
その中に出てくる、わたしよりも年下の女の子たちは、わたしよりも、ずっと強くて。

最後のページを閉じた後、わたしはベッドに倒れこみました。
カーテンを閉めきった部屋の中で、ぼんやりと天井を眺めて……
寝返りをうつと、つ……とぬるい液体がひとしずく、枕カバーへと落ちました。

わたしは、ひとりぼっちでした。

こんな性格だから、そんなことになってしまったのか。
ずっとそんな調子だったから、今みたいな性格になってしまったのか……
それはわたし自身にも、今となっては正解は分かりません。

お母さんが、わたしを見捨てて姿を消して。
お父さんが、新しいお母さんを連れて来て。
その人は、わたしを認識してくれなくて。

まるでシンデレラのお話みたい……と思ったこともありましたけど、
わたしの部屋にはネズミさんも、小鳥さんもいません。
そもそも、わたしはシンデレラみたいな、物語の主役には向いていませんし……。

わたしは……わたしはただ、いい子になりたかったんです

褒めてもらいたかった、とかではなくて。
叱られたり、手を上げられたり、そういうことのないような。

手のかからない、いい子。都合のいい子。
いてもいなくても変わらない、空気のような存在。

たとえ、わたしのことを見てくれないとしても。
わたしはもう、わたしの存在を、否定されたくなかったんです。

もう二度と、誰かに見捨てられたくなかったんです。

だから……わたしは、誰も期待しないような子になろうとしていました。

砂糖菓子の弾丸も、実弾も撃たず。

現実と戦うことを拒否して……
わたしは砂糖菓子とクローバーでできたシェルターの中で、立てこもりを続けていました。

全てが終わるのを、じっと待っていました。

ずっとそんな風だったから……
あの時の私はきっと、どうかしていた……んだと、思います。
もしかしたら、わたしなりの反抗期、だったのかもしれません。

学校の他の女の子たちが、髪を染めたり、スカートを短くしたり。
髪を染めたり……大勢の男の子と付き合ったり。

そんなことをするように、わたしは自分で考えた、悪い考えを実行に移したんです。

幼い頃に見たテレビ番組。まだ優しかった両親。
ラジオで流れていたコマーシャル。
砂糖菓子の、弾丸。

携帯で、公式サイトを確認しました。
まるで泥棒でもするみたいに、履歴書をレジに持って行きました。
こっそりと証明写真のブースに入って、顔写真を撮影しました。

なれるわけない、けれど。
心の底から、なりたいと思ったわけでも、ないけれど。

どうせ見向きもされないなら、誰にも怒られることもないのなら……
ほんの少しだけ、夢を見てもいいのかもしれない。

そんなことを考えながら、何度も深呼吸をして。
わたしは、書類の欄を埋めていきました。

震える手で封筒に入れ。
剥がれ落ちて無関係の人が見てしまわないように、しっかりと糊づけをしました。

次の日の朝。
少しだけ早めに家を出て、通学路の途中……
人通りの少ない道に置かれている郵便ポストの前で、わたしは立ち止まりました。

右を見て、左を見て、もう一度右を見て。

誰もいないのを確認して。
一緒に持ってきたクローバーの栞を握りしめ、わたしは大きく息を吐きました。

慎重にカバンから封筒を取り出し、もう一度だけ宛名を確認して。
わたしはそれを、郵便ポストに入れます。

深呼吸をすると、心臓がバクバクと音を鳴らしているのが、はっきりと分かりました。

ああ……これで。

これでわたしに、もう思い残すことはありませんでした。

わたしの中の、ありったけの勇気を振り絞って。
わたしは、砂糖菓子の弾丸を撃ちました。

それはきっと、誰に当たるということも、何かを壊すということもないけれど……
そんな勇気がわたしの中にあったという事実だけで、わたしにとっては十分でした。

その事実があれば。
わたしはこれから死んでしまうまでの時間、心の支えを持って生きていける、そう思いました。

誰もわたしを見ていなくても、誰もわたしに何かを期待をしなくても。
わたしはこの立てこもりを続けていける。

誰の居場所も奪わずに。石ころみたいに。

世界は何事もなく時計を動かしていたけれど、わたしにとってその日は、記念すべき一日でした。

だから……

二次審査、オーディションの開催日時を知らせる手紙がわたし宛に届いた時、わたしはとてもうろたえました。

「わたし、きっとここに来るべきじゃなかったんです」

そう言って、わたしは顔を伏せます。
人混みはもともと、こわくて苦手だったけど……
それ以上に、わたしに分不相応な場所のように思えて。

「わたしがアイドルを目指すなんて……そんなの、無理ですよ」

 一人でオーディション会場にやってきたわたしは、人の多さに驚きました。
こんなにたくさんの、かわいい女の子たちが、アイドルを夢見ているんだ……って。

「こんなにたくさん、他にもアイドルを目指す人がいるのに……」

きっと、何かの勘違いだったんだ。

そう思って、引き返して家に帰ろうとしたわたしを、あなたは呼び止めました。

混乱するわたしを落ち着かせて。
あなたはオーディションの、受付の場所を教えてくれました。

わたしのお話を、聞いてくれました。
それまで、わたし自身のお話を誰かにすることなんてなかったから……
話し終わった後、わたしはなんだかすっきりしていました。
何かの支えが、取れて流れていったような。

この人が、わたしを見て……
わたしの話を聞いてくれる、人生最後の人になる。
そう思って、背の高いあなたの顔をわたしは目に焼き付けます。

優しそうな人。
輝く世界にいるあなたと……アイドルになんかなれっこないわたしの道は。
きっと、二度と交わることがない。

灰色の世界に戻って、わたしは幸せな夢を妄想して眠り続けるから。

そう思って俯いた、わたしの名前を。

名乗ったことのない智絵里、という名前を、あなたは呼んでくれました。

君が望むのなら、君をアイドルにしてあげる、とあなたは言いました。

プロデューサーをやっているのだ。
君の応募書類を見て、オーディションを楽しみにしていたのだ、と。

唐突に、世界は光に包まれて。

差し伸べてくれたあなたの手を掴むのを、でも、わたしは躊躇しました。

わたしは、幸せなんか望んじゃいけなくて。
幸せになった分だけ、きっとそれ以上の悲しい不幸が待っているから。

今日ここに来なければ。

あなたのことを知らなければ、わたしはきっと、こんな不安に襲われることもなかった。

差し伸べられた手を拒絶すれば、今まで通りの……
失うものなんて無い、砂糖菓子の檻の中で戦えるのに、生きていけるのに。

なのに……わたしは。

もう一度だけ、あなたの顔を見ます。あなたの顔色を、伺います。

あなたは優しく笑って、智絵里ちゃん、と言って頷きました。

きっとわたし、あなたをいっぱい失望させてしまいます。

きっとわたし、あなたが思っているよりずっと意気地なしで、ダメな子なんです。

だけど。

滲んでぼやけたあなたの手を、わたしはそっと握りました。

「緒方……緒方智絵里……です。その……がんばります、ので……えと……見捨てないでくれると……うれしい、です」

おしまい。

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