【ラブライブ】パーフェクト・アリサ・メモ■■ (258)

パーフェクト・アリサ・メモ■■とは、パーフェクトではないアリサのではないメモではない。

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私、ユキホ。高校二年生。

アリサじゃねーのかよって? 私もそう思う。

続けるよ。ユキホは部活はやってない。やってたけど……今はもうやってない。

学力はそこそこ。先生に生徒会に入れって言われるくらいには優等生。絶対やらないけど。

なんとなく繰り返すけど、ユキホ、高校二年生ね。なんでこんな高校入っちゃったんだっけかなあ、もう忘れちゃった。

えー、そんなことはどうでもよくて、今日は新学年初日。なんかユキホのクラスに転校生が来るらしい。というところから話は始まるのさ。

なんかキャラ違くないかって? 私もそう思う。

「ご機嫌麗しゅう。ロシアから来た。名を『アリサ』という」



なんだこいつは。

見た目と口調のインパクト……っつーかギャップすごすぎて自己紹介入ってこない。

「ロシアだってすごーい!」

「誰か日本語教えてあげなよ!」

クラスメイトが湧く。ああ、この感じ、わかる。この子はきっとすぐみんなと打ち解けて、仲良くなって、人気者になる。

こういう感じの人、よーく知ってる。

アリサ「苦しゅうない!」

クラス内大爆笑。妥当だね。私だって面白いと思うもん。嫉妬しちゃうね。嘘だけど。

それから一通り挨拶が終わって……私は普通に普通の自己紹介をして……業間。

転校生とはいえ新学期、クラス替えということもあり人が集まることはないだろう。という私の読みは外れた。

アリサは特別だった。ユキホ以外、大半のクラスメイトがアリサの机の元に詰め寄る。

ユキホだってちょっと外国人っぽい見た目は珍しかったけど、それだけ。まあ普通にいい子っぽいし問題ないでしょ。

問題なのは面白がってアリサの謎口調を指摘しないクラスメイトのほうだと思う。

――なんて言い方するとそれが悪いことみたいだけど、悪気はないんだと思う。和気あいあいとしてるし、笑うみんなをみてアリサも満足そうにしてる。

それは決して悪いことではない。

我ながらすごい客観的だなぁ。なんて考えていると、転校生アリサが話しかけてきた。

アリサ「ご機嫌麗しゅう」

ユキホ「……それ、間違ってるよ」

アリサ「え?」

ユキホ「今どきそんな古い挨拶ないんだってば」

アリサ「あれ、改まった場所ではこういった敬語を使うんではないのか?」

ユキホ「そりゃ敬語は使うけどさ、てかそんな口調ありえないって。……まあいいか」

アリサ「ど、どうすればよかったの?」

ユキホ「今の口調でいいんだよ。できるんじゃん。誰よそんな言葉仕込んだの」

アリサ「昨日勉強したんだよ、よりカジュアルな日本語をマスターしようと」

敬語かカジュアルかどっちだよ。

ユキホ「ああいう場ではとりあえず語尾にです。ます。をつけとけばいいのよ」

アリサ「なんだ! 日本語って簡単なのね」

ユキホ「そーそー。日本語なんて簡単だよー」

アリサ「ありがとう! えっと……」

ユキホ「ユキホ」

アリサ「ありがとうユキホ!」

その日初めて、私は私を知らないあなたに出会った。

これが、のちに互いのすべてを懸けて対立することになる、『アリサ』と『ユキホ』のファーストコンタクト。

まあここでお互いの名字を確認しなかったのは割と痛恨のミスだったかなーとは思うけど、知ったところで何かが変わったかと言えばそうでもないと思う。

だってそこそこ近いうちにお互いの正体は知ることになるからね。

とにかく、この段階ではユキホについては、『アイドル研究部』はもうやめてて、生徒会には絶対入りたくないってことだけわかってればいいんじゃない?

それから、中学生の頃よりもほんのちょっぴり刺々しくなってるってことくらいかな。

ま、ユキホのことはどうでもいいだよ。だってこの物語は……アリサのものなんだから。



・・・・・

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かつてなんでもメモを取る完璧少女(パーフェクト)がいた。

少女は神羅万象を追求し、全知全能(パーフェクト)であり続けた。

その果てに少女はついに真理(パーフェクト)に至ったが、最期までその口から答えが語られることはなかった。

伝承によると『赤髪クセッ毛』だという完全無欠(パーフェクト)な少女の”それ”は、どこに失われてしまったのだろうか。



・・・・・

・・・・・



私には姉がいる。偉大な姉がいる。

私は何よりもあなたに憧れて、あなたのようになりたかった。

強く、優しく、格好良く。賢く可愛く美しく。

たとえ姿が見えずとも、私はあなたの道を辿る。

私は妹であることを誇る。

ずっと変わらないよ、私のこの気持ちは……。



・・・・・

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三月ぴよぴよ日

アリサ、高校二年生、春。

今日から日本語で日記を書く。自信はある。

日本に越してきて日本で暮らすことになった。

アリサ、高校二年生、春。空港近くのホテル、なう。

ホテルのフカフカベッドに入って電気を消す。あまり眠くないけど……眠らないと。明日からはとっても忙しいんだから。

――お姉ちゃん、元気にしてるかなあ。会ったらいっぱいお話ししたいことがあるんだ。



“消息不明”の『お姉ちゃん』を探す。



お姉ちゃんが日本の高校を卒業して――連絡が途絶えて一年。私はお姉ちゃんを探すために日本に来た。

もちろん学校には通う。以前お姉ちゃんが通っていた『音ノ木坂学院』その二年生としてだ。

明日はその転入の手続きやら何やら、大忙しなのだ。

拠点も決めなければならない。できれば姉の手がかりだって探したい。

私は状況を整理しながら、暗闇に瞼を重ねる。

私の大好きな大好きなお姉ちゃん。あなたは今、どこで何をしていますか……?



・・・・・

・・・・・



アリサ、高校二年生、転校初日。

自己紹介も早々に、私が右斜め後ろの席の一人でつまらなそうに頬杖をつく女の子に話しかけたところから物語は始まるのさ。

私については、行方不明の姉を探すために日本にやってきた謎の転校生ってことだけ知ってればいいと思う。

だって、これはアリサじゃなくてみんなで叶える物語なんですもの!



アリサ「ところでユキホはどうして誰にも話しかけないの? きっと私が話しかけなかったら、あなたは誰とも話さなかったと思うの。違う?」

ユキホ「そうだよ。そしてあなた以外だったら、たとえ話しかけられてもユキホは相手にしなかった」

アリサ「どうして?」

ユキホ「あなたはユキホを知らないから」

アリサ「知ってる人とは話したくないの?」

ユキホ「うん」

ユキホは私の日本語を変だと言ったけど、ユキホのほうが変じゃないか。と私は思うのだ。

「ほら座れ座れー」

先生が戻ってきた。

私はユキホに手を振り、席につく。

今日は始業式だったので授業はない。このあとのホームルームが終わったら解散という予定になっている。

先生は職員室から持ってきたたくさんのプリントを配り、新年度の心構えだとか、中堅学年の役割がどうとか話をする。

私はそれが終わるのをプリントにウサギの絵を書きながら待った。

「――と、先生からの話は以上です。最後に……」

話は以上なのに最後がある……? やっぱり日本語って難しい。

「最近、音ノ木坂近辺で”不審火”が相次いでいます。怪しい人やものを見たときは絶対に近寄らないこと」



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四月ぱむぱむ日

アリサ、高校二年生、今日は俗に言う『一年生を迎える会』。

本来二年生は迎える側ではあるが、私は転入したばかりなので一年生と同じ立場にあった。

そんな私が一番楽しみにしているのは、バーーーローー年生に対する『部活動紹介』。

なんでも『部活動』というものに所属して放課後に活動するらしい。

きっと『スモウ部』とか、『カラテ部』とか、『スシ部』とか日本の文化的な活動をしているのね。



「こんにちは! アイドル研究部部長、三年生の小泉ハナヨです。

まずは新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます!

えっと……。ごめんなさい、こんなにたくさんいることに驚いちゃって。

ご存知のとおり、私の学年、三年生はひとクラスしかないもので。

それがこんなにたくさんの生徒が入学してくるようになったのは……」



そんな中で、異彩を放った……私の興味を勝ち取ったのは『アイドル研究部』という不思議な部活だった。

日本の文化には『スクールアイドル』なるものがあるらしい……?



・・・・・

・・・・・



アリサ、高校二年生、放課後。

『アイドル研究部』に向かう。ニッポンの文化、アイドル! スクールアイドル! アリサ、アイドル始めちゃうかも……?

アリサ「失礼します」

「あら? いらっしゃい」

「あーっ! もしかして見学? 見学だ新入生でしょそうでしょ。ようこそ『アイドル研究部』へ! ジャーン! ほらおいでおいで」

アリサ「えっ……あの」

異様なはしゃぎっぷりに困惑していると赤い先輩が髪の毛をクルクルしながら紙を渡してきた。

カミの毛をクルクルしながらカミを……ぷぷっ。知ってます! こういうの『ダジャレ』って言うんですよね。

「ごめんなさいね。この子こう見えて人見知りだから」

アリサ「人見知り……ですか?」

あれが?

「張り切って踊るにゃー!」

「リンちゃん、踊るのは屋上に行ってからね」

奥に座っているおとなしそうな栗毛の先輩がネコい先輩をなだめているのを横目に、赤い先輩に渡された紙を受け取る。

「ソレ、入部するなら書いて出してね。まあすぐに決めろとは言わないからゆっくり見学していきなさいよ。今はあんなだけど、練習になると驚くと思う。……あなた名前は?」

アリサ「あ、二年生の絢瀬アリサです」

「絢瀬……?」

赤い先輩が名字に妙な反応をしたのをかき消すようにネコい先輩が両手を上げて驚く。

ミョウ字にミョウな反応……ふふ。私だって負けませんよ。ダジャレ勝負。

「えっ二年生? あれ、一年生じゃなかったの? まあどっちでもいいけど」

アリサ「はい、私、今年こっちに引っ越してきて」

「りっ……じゃなくて私は星空リン。よろしくね」

「西木野マキよ。ここに来る前はどちらに?」

その質問を待っていました! ふふふ。きっと驚くよね?

アリサ「ロシアです!」

マキ「……ふぅん」

……驚かない? むしろ『やっぱりね』みたいな顔しませんでした?

「私は小泉ハナヨ。一応ここの部長だよ。よろしくね」

アリサ「あ、先輩が部長なんですか。私てっきり」

ハナヨ「ああ、マキちゃんが部長だと思うよね。私もそう思う」

アリサ「いえ、えっと」

マキ「何言ってるのよ部長」

ハナヨ「あはは、ごめん」

アリサ「他の部員は?」

ハナヨ「みんな屋上で練習しているよ。私たちは見学しに来た人への対応で残ってるの」

マキ「あなたより先に来た見学者もそっち行ってるわ。二年生はいないけどね」

アリサ「なるほど……部長さんと、じゃあ副部長……? とあとは」

リン先輩のほうをチラリ、とみる。彼女にも役職が……?

リン「リンはリーダーだよ」

ブイ、と二本指を突き立てて笑う先輩。んーなるほど。リーダー?

アリサ「はい、リーダー!」

リン「うわーかよちん、マキちゃん、この子いい子だ」

ハナヨ「もう見学者は来ないだろうし、一緒に屋上行こうか。アリサちゃん」



そうして先輩三人に連れられて屋上へ向かう廊下。なんだか緊張して少し距離を取って歩いていると、マキ先輩が腕を引っ張ってきた。

マキ「もっとこっち来なさいよ。そんな壁際歩いてるとまたポスター剥がしちゃうわよ」

アリサ「え……あ、覚えてくれてたんですか」

そう。実は私はこの三人組に会ったことがあるのだ。

リン「もちろんだよ。部活紹介の日に会ったよね」

アリサ「ですよね、ごめんなさい私、人がどのくらい記憶してるものなのかイマイチわからないんです」

ハナヨ「これも何かの縁だし、何かあったらなんでも言ってね。力になるから。……もしアイドル研究部に入らなくても」

マキ「そうよ。私たちはいつだってあなたの味方なんだから」



こうして私は『アイドル研究部』に入りました。

え、端折りすぎだって?

いいじゃないですか。わかりきった結果までの過程を長々と語る必要はないでしょう?

『察する』日本の文化、美徳です。



・・・・・

・・・・・



アイドル部に入部してから少しして、部員名簿を見せてもらう機会があった。

同じ二年生に誰がいるのか、同じクラスの子はいるのか。そんなことを尋ねたらハナヨ部長が用意してくれたのだ。

私はパラパラと親指をずらしながらページをめくる。

ハナヨ「うわ……はやっ。それでわかるの?」

アリサ「私、忘れませんから」

ハナヨ「へ、へえ?」

それからハナヨさんは「見終わったらテーブルの上にでも置いておいて」といってアルパカに餌をあたえに行った。

なぜ学校にアルパカがいるのかはわからないけど、部長は飼育係でもあるらしい。

一人になった私は腰を下ろして名簿に目を通す。

ええと――――――――いた。

同じクラスの子が、一人。

アリサ「高坂……ユキホ……」

入学初日以来ほとんど話していない女の子だ。

物静かな雰囲気……というより自分から周りと距離をおいているような……? そんな子だ。

うーん、まさかそんな子がスクールアイドルをやっていたなんて。これが『蛙の子は蛙』というやつか!

(※アリサ解釈 普通、蛙の子はおたまじゃくしなのにいきなり蛙だなんてなんて奇天烈怪奇な!)

意外な事実に目を丸くしていると、部室の扉が開いた。

リン「はやいねー」

アリサ「あ、リンさん。おはようございます」

リン「うんうん、やっぱりアリサちゃんはいい子だなあ」

全く意味が分からないけどリン先輩は私の返事に満足したらしい。

アリサ「あの、リン先輩」

リン「うん?」

アリサ「この子、まだ練習で見たことないんですけど」

私は名簿の『高坂ユキホ』という名を指さしてそう尋ねた。

アリサ「ユキホ、クラスではおとなしいのでアイドルやってるなんて意外でした」

リン「ああー……ユキホちゃんね。新学年になってから一回も来てないよ。正確には前年度の終盤から」

アリサ「どうして?」

リン「……やめたんじゃないかな。手続きはしてないから在籍扱いにはなってるけど」

アリサ「そうなんですか……せっかく同じクラスの子がいると思ったのに」

リン「そうだね。アリサちゃんはまだユニット組んでないんだったっけ」

アリサ「はい……一年生と組んで不甲斐ないところを見せたくないなあ……なんて。それがどうしたんですか?」

リン「いや、なんでもない」

アリサ「はあ」

明らかに何か言いたげなリン先輩。私はもにょもにょと動く口が言葉を紡ぐのを待った。

リン「なんでもないんだけど……ユキホちゃんのこと『おとなしい』って言ったっけ」

アリサ「はい……あの」

いったい何が言いたいんですか? しびれを切らしてそう言いかけたとき。

リン「昔はさ、もっと明るくて元気な子だったんだよね」

アリサ「え」

意表をつく言葉だった。

内容ではない。そのリン先輩の様子があまりにも――だったので面食らってしまった。

そこにはいつも調子のよさはなかった。”まるで自分のことのように”リン先輩はこういうのだ。

リン「何がきっかけでああなったのかは知らないけど、人って案外ちょっとしたことがトラウマになっちゃったりするんだよね」

スカートの裾をキュッと掴んで、何かを思い出すように。



・・・・・

・・・・・



四月もきゅもきゅ日

ここ数日ずっとリン先輩の言葉が気になっている。

ユキホはもっと元気ではっちゃけてて芸人のように面白おかしい子だったらしい。(そこまでは言ってないにゃ)

どうしてリン先輩は私にそんなことを教えたんだろう。

なんだかモヤモヤする。こんなときお姉ちゃんだったらどうするだろう。

きっと……正々堂々白黒つけるに違いないわ。

なら妹の私がそうしないわけにいかないと思うの! 

休憩時間。私はいつかのように右後ろの席に向かって、こう言う。

アリサ「ご機嫌麗しゅう」

ユキホ「……おはよ」

よく見れば見るほど、ユキホは何かを警戒しているように見えた。

いや、何かというのは他でもないアリサなんだけど……私がアリサだから警戒されているんじゃなくて、きっと会話相手だからだと思う。

ユキホは会話相手に何も期待していない。その会話が自分を楽しませてくれると、有意義なものになると先から期待していない。

すべてを諦めたような目はただただ自分に干渉してくる相手を警戒している。

アリサ「あのね、私ね、アイドル研究部に入ったの」

ユキホ「へえ。頑張ってね」

アリサ「ありがとう! でね……あのね、ユキホも……アイドル研究部なんだね」

ユキホ「…………!」

アリサ「名簿をみて『あ、ユキホだ』って」

ユキホ「ユキホは……もうあそこにはいかないよ」

アリサ「どうして?」

ユキホ「スクールアイドルが嫌いになったから」

アリサ「どうして?」

ユキホ「うるさい」



アリサ「ねえユキホ、私って頭よくないけど……昔からよく人を見てるねって、よく気がつく子だねっておばあさまに褒められたの。

あ、おばあさまっていうのは私のあばあさまで、ロシアに住んでいるんだけど、とっても優しくてかしこいの。昔はかわいくもあったらしいわ。

かしこさとかわいさはお姉ちゃんに受け継がれたけど……あ、お姉ちゃんっていうのは私のお姉ちゃんで、日本に暮らしてるんだけど会えないんだ。

ここだけの話日本にはお姉ちゃんを探しに来てるんだ。本当、どこいっちゃったんだろう。

早く会いたいんだけどもうどこに住んでるのかぜんっぜんわからなくて……もう一か月くらい探し回ってる」



ユキホ「長いよなんの話だよ!」

アリサ「え……!? なんだっけ」

ユキホ「私がアイドル研究部だって話だよ! いや私に言わせるなよ」

アリサ「あぁそうだった。とにかくユキホが本当は明るい芸人だって聞いて私考えたの。お姉ちゃんならどうするかなって。そしたらこうなった」

ユキホ「誰から何を聞いたらそうなるの」

アリサ「とにかくどうしてなのかユキホとお話ししなくちゃって思ったの」

ユキホ「あなたには関係ないでしょう! ていうかさっきから『お姉ちゃん、お姉ちゃん』ってなんなの、シスコン?」

アリサ「おばあさまも出てきたでしょう? ……シスコンに対してなんていうんだろう? グランマコン?」

ユキホ「どうでもいい! うるさい!」

アリサ「ごめん……でも今のユキホ、とっても明るい気がしたよ。もしかしてこっちが本当のユキホなんじゃないかなって」

ユキホ「……っ!」

アリサ「いいツッコミだった」

ユキホ「もしかして……あんたわざと……」

アリサ「でも話の腰を折らないでくれるかな?」

ユキホ「天然かよ」

アリサ「とにかくね、私はあなたに戻ってほしいの」

ユキホ「無理だよ……この暗くて歪んだユキホが本当の私なんだから……」

アリサ「アイドル研究部に」

ユキホ「そっちかよ」

アリサ「私絶対諦めないから。やるったらやる!」

ユキホ「どうしてそこまで……」

アリサ「他にユニットを組める人がいないから」

ユキホ「私利私欲かよ」



・・・・・

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五月ぷくぷく日

アリサ、二年生、初夏。

日本に来てから毎日が楽しい! スクールアイドルを始めて……まだまだ基礎練習ばっかりだけど充実してる。

ユキホはというと説得しようとすると逃げられて……そのたびに追いかけて転んで見失って大変。

でもおかげで校内のつくりが覚えられたの。特に保健室への行き方。



アリサ「はあ……」

ハナヨ「どうしたのアリサちゃん元気ないね」

アリサ「ハナヨさん、おはようございます」

ハナヨ「何かあった?」

アリサ「ユキホのせいで毎日膝に絆創膏を張っているんです」

ハナヨ「どゆこと……?」

アリサ「毎日のように保健室送りですよ」

ハナヨ「ユキホちゃんそんなに荒れてるの!?」

アリサ「はい。もうすごいですよ。すごいスピードで校内を走り回ってですね」

ハナヨ「どうしてそんな……暴走族?」

アリサ「私が追いかけるからなんですけどね」

ハナヨ「アリサちゃんのせいじゃ?」

アリサ「もうわかりません。私が追いかけるから逃げるのか、ユキホが逃げるから追いかけるのか」

ハナヨ「その傷は?」

アリサ「はい。もうすごいですよ。すごい角度で急に旋回してくるんです」

ハナヨ「そんな、急に反転してアリサちゃんに暴力するの? クロスカウンター?」

アリサ「私が勝手に転ぶからなんですけどね」

ハナヨ「アリサちゃんのせいじゃ?」

アリサ「はい、そこに反論の余地はありません。ユキホはすごいです。足も速くて動きも巧い。きっとダンスもさぞ上手だったことでしょう。まさに『天は二物を与えず』ですね」

ハナヨ「与えられちゃってるよね」

アリサ「どうして、ユキホはアイドル部に来ないんでしょうか」

ハナヨ「うーん……それは難しい問題だね」

アリサ「私はバカだからわかりません」

ハナヨ「そんな自分を卑下ちゃダメだよ」

アリサ「昔はもっとしっかり者のフリして結構おてんばだったんだったんですよね? どうしてああなっちゃったんだろう」

ハナヨ「校内走り回ってる時点でかなりおてんばな部分出ちゃってると思うけど」

アリサ「とにかく私は知りたいんです! ああ、どうして私はこんなにも無知なんだろう……もっと頭がよかったら、もっとなんでも知っていたら……」

ハナヨ「なんでも知っていたら?」

マキ「くだらない話してないでさっさと着替えなさい」

ハナヨ「あ、マキちゃん」

アリサ「くだらないとは何ですか! マキさんは冷たいです」

マキ「くだらないわよ。『なんでも知っていたらいいのに』なんて」

アリサ「どうしてですか!」

マキ「どうしても知りたいってんならねえ……いや、なんでもないわ」

アリサ「知りたいって、何をですか。ユキホがああなった理由をマキさんは知っているんですか?」

マキ「まあね。私はなんでもは知らないけど、大抵のことは知っているもの」

アリサ「マキさんでも知らないことがあるんですね」

マキ「ええ。私とて”完璧”ではないわ」

リン「ぷっ!」

マキ「ちょっとリン今なんで笑ったのよ」

リン「なんでもないにゃー」

マキ「とにかく、なんでも知りたいとか、完璧でありたいとか、そんな願いは無知ゆえの夢よ。何も知らないから、そんなバカげた夢を見るのよ」

リン「くくっ……! マキちゃんのありがたいお言葉いただきましたーこれはメモ必須にゃ!」

マキ「もうなによーっ!」

リン「ごめんごめん、やりすぎた」

マキ「馬鹿にしてるわね……!? いいわ見せてやろうじゃない私の天才っぷりを」

リン「うん?」

マキ「最近のこの辺りでの”不審火”は知ってるわね」

リン「うん。先生にも気をつけろって言われたよ」

マキ「私はあの事件の法則性を発見したわ。ズバリ次の犯行現場は……」

リン「え……本気で?」

マキ「なによ」

リン「いや、想像以上にすごいこと言いだしたから」

マキ「あのボヤ騒ぎに人為的なものがあるのは明らかじゃない。いい? まず注目すべきは……」

ハナヨ「ほらほら、練習行くよ、みんな」

リン「後で続き聞かせてよマキちゃん」

マキ「ふん……じゃあ先行ってるわよ。アリサは部室の掃除よろしく」

アリサ「えーなんでですかー!」

マキ「完璧になってみたいんでしょ? じゃあよーく掃除してみなさい」

アリサ「…………?」

マキさんが部室を出て行くのを確認して、リンさんとハナヨさんのほうを見る。

アリサ「本当にやるんですか……?」

リン「んー……リンはよくわかんないにゃ。頑張ってね。ほら、なんか掘り出し物? とかある……かも?」

アリサ「そんな」

ハナヨ「そこの棚とか、よーく掃除しておいてね」

アリサ「あの優しい部長まで!? どうして!?」

はなよ「うーん? カードが告げる……てきな?」

アリサ「意味わかんない!」



・・・・・

・・・・・



部室の大掃除。定期的にやっているらしいけどそうは思えないほどホコリまみれだ。

本当に定期でやってるのかな……。窓を全開にしてホコリというホコリを蹴散らしゴミをバッタバッタとなぎ倒す。

こんな空気の淀んだ密室にいたら鼻毛が伸びちゃうと思う。まさに一石二鳥!

――そこで、見つけてしまった。

アイドルグッズが陳列する棚の最下段。ガラクタ入れになっている大きな段ボールの中。

先代の集合写真、『地区大会 予選』とマジックで書かれたDVD、ぐちゃぐちゃの楽譜。

どれも私の興味をひくものじゃなかったけど……ひとつ目に留まった。

手のひらサイズのそれはホコリまみれの中で自分の色を放つ。おそらくこの段ボールに入れられてそう長くないものだった。

アリサ「なんだろう……」

私は部室の中央にあるテーブルにつく。長時間無休で掃除していたんだから、このくらいの休憩は許されるだろう。

かがんだ姿勢が続いたので背中は悲鳴を上げる。パキパキパキッとキュウリみたいに。

そしてそれを開こうとして、表紙に何か書いてあるのに気がついた。

これはいったい、誰の、何のためのメモ帳なんだろう。いや、だったんだろう。――なぜか、このメモに最後に何かが書き加えられたのはずっと昔だ、ということがわかった。

パンパン、と軽く払い、少しかすれた字を指でなぞる。



アリサ「『パーフェクトまきちゃんメモ』……?」



・・・・・

・・・・・



ハナヨ「パーフェクトまきちゃんメモ?」

アリサ「はい、段ボールの中にあって」

ハナヨ「心当たりある? リンちゃん」

リン「ううん。なんでそんなところにあるんだろうね」

アリサ「『まきちゃん』ってマキさんのことかと思ったんですけど」

マキ「そうね確かに名前は同じ……でももう『パーフェクトまきちゃん』はいないのよ。それは私じゃない」

アリサ「もういない……?」

マキ「そうよ。パーフェクトまきちゃんは遠いところに行ってしまった」

アリサ「それって……」

マキ「それは『彼女』がかつて残した神羅万象が記されたメモよ。持つものに全知全能を与えるメモ」

アリサ「え……でも書いてあること意味不明です」

リン「あははははは!」

アリサ「なにがおかしいんですかリンさん」

リン「なっなんでもないにゃー」

アリサ「んん……? でも、なんでパーフェクトな人がメモなんてするんでしょうね」

マキ「そのメモは未来に完成する”なんでも書いてあるもの”だったからよ」

アリサ「いや全然わからないですけど……でもその人が完璧ならそんなもの必要ないでしょう?」

マキ「メモをすることで頭に刻むのよ。……ええきっと。あなたもメモしたことあるでしょ。大事なこと、忘れたくないこと」

アリサ「私、メモなんてしたことないですよ?」

マキ「なんですって……じゃあ今日からやってみなさい」

アリサ「私には必要ないです」

マキ「なんでよ!」

アリサ「私、忘れませんから」

マキ「意外と強情ね! ふんっアリサなんていつか致命的な忘れ物をしちゃうんだから!」

リン「あはは。あーでも例えば……もしそれが本当に全知全能のメモなら……ユキホちゃんをどうにかする方法もわかる」

アリサ「ユキホを……?」

ハナヨ「うん。もしアリサちゃんにそのすべてが解読できたら……だけど」

アリサ「スゴイ! このメモ帳もらっていいですか!?」



――こういう経緯で私はこのメモを手に入れたのだ。

しんらばんしょうが記されていて、ぜんちぜんのうを得られる『パーフェクトまきちゃんメモ』。

そのすべてを理解するには私の器は足りないけれど……ほんの一握りでも、私のためになるのならそれはきっと価値がある。

お姉ちゃん探しと並行して、このメモの解読も進めようと思う。

ところどころかすれて――塗りつぶされて?――読めないところもあるけど、私は特に気になった項目を記憶した。

『パーフェクトまきちゃんメモ』略して『PMM』――。

■パリゾートことり

メトロノームほのか

ムーンソルト■■

パー■■■■ま■(たぶんパーフェクトまき)

ワイルド■■

バットの■■

ギャラ■■■■にこち■ん

スマートキューティ■■■

……について調べることになったのです。

そう。それはつまり”無知無能”が”全知全能”を手に入れたということ!



・・・・・

・・・・・



五月めらめら日

アリサ、高校二年生、晴れ。

駅にあんぱんと牛乳を持って張り付く土曜日の昼下がり。

今日は行方不明のお姉ちゃん捜索。外に出ればお姉ちゃんがどこかにいるかもしれない。いやきっといる。

あとはこれだけ広い場所でこれだけ大勢の人の中から特定の人に出会えるのだろうか、ということだ。

私は数学は苦手なのでよくわからないけど、きっとすごい低い確率だと思う。10%くらい。

ということは道行く人の10人に1人がお姉ちゃんということだ。……え? なにそれどういうこと?

きっともっと低い確率なんだ。じゃあ1%くらい。

つまり10人に0.1人がお姉ちゃんということ……え? お姉ちゃん0.1人ってなに? 足首だけとか……?

アリサ「何それ意味わかんない! やっぱり数学は難しいよぉ」

ユキホ「……あんた何やってんの」

アリサ「ええ!? あ……ユキホだ。ズドラーストビチェ」

ユキホ「なにそれ挨拶? 流行ってんの?」

アリサ「流行ってるかはわからない」

ユキホ「あんた相変わらずだね……で、何やってんの」

アリサ「人探し」

ユキホ「ふーん。待ち合わせ?」

アリサ「ううん。私が一方的に探してるの」

ユキホ「……は? その人いつもこの辺いるの?」

アリサ「知らない」

ユキホ「……は?」

アリサ「どのくらいの確立なんだろうねえ。”地球上でただ一人と出会う確率"。私『ウォーリーを探せ』は得意なんだけどなあ」

ユキホ「そうね……70億分の1くらいの確立じゃない?」

やっぱりユキホは頭いいなぁと思った。

アリサ「ユキホは何してるの?」

ユキホ「別に……買い物だよ」

アリサ「何を買うの?」

ユキホ「まだ決めてない……じゃあもう行くから」

アリサ「待ってよ、せっかく70億分の1の確率で会えたんだから」

ユキホ「え?」

アリサ「ユキホが言ったんじゃない。誰かに会える確立。これはもう運命だよ!」

ユキホ「なっ、ちょ……バ、なに言ってんの!? バカじゃないの!?」

アリサ「いい機会だから、月の裏側を見せてよ」

ユキホ「やけにらしくない言い回しするね。難しい本でも読んだ?」

アリサ「メモに書いてあった」

ユキホ「…………? あのねえ、月の裏ってのは誰にも見えないものなんだよ」

アリサ「地球からはね」

ユキホ「宇宙にでも行くつもり?」

アリサ「宇宙っていうのはね、あらゆるものに繋がっているんだよ」

ユキホ「アリサは脳内宇宙っぽいね。ところで誰を探していたの?」

アリサ「お姉ちゃんだよ」

ユキホ「……またそれか」

アリサ「ん?」

ユキホ「私はね、『姉』ってやつが大っ嫌いなの!」

アリサ「ええー! どうして!?」

ユキホ「嫌いったら嫌いなの! だからアリサを見てると気分が悪いの!」

アリサ「え、大丈夫? 今飲み物買ってくるね」

ユキホ「気分悪いってそういうことじゃなくてぇ! ……ああ、もう」



・・・・・



私、ユキホ。

暇だからブラついてたら変なのに捕まった。

んで、ベンチに腰掛けて待っているとアリサは自販機で買ってきたであろう缶を持って戻ってきた。

アリサ「どうぞ」

ユキホ「ん、ありがと……ってこれ、おしるこじゃん」

アリサ「おいしいね!」

ユキホ「いやこれおしるこ……」

アリサ「甘くてどろっとしてて! 日本には変わったジュースがあるのね」

ユキホ「だから………」

アリサ「日本のジュース、二本買ってきたよ!」

ユキホ「これジュースじゃ……」

アリサ「あははは! どう、今のダジャレは。だじゃれは日本語上手じゃないとできないんだよ」

ユキホ「…………」

アリサ「どう、ユキホもおいしい? 具合よくなった?」

ユキホ「……うん」

アリサ「それでユキホはどうしてお姉さんが嫌いなの? どういうお姉さんなの?」

ユキホ「嫌いなもんは嫌いだよ……」

アリサ「そっかあ。じゃあ私のお姉ちゃんの話をするね」

ユキホ「なんでだよ」

アリサ「私はお姉ちゃんが大好き。かしこくて、優しくて、強くて、かしこくて、かっこよくて、かしこくて……かしこくて」

ユキホ「なんでだろう……かしこい以外情報がない」

アリサ「はやく会いたいなあ……」

ユキホ「……どれくらい会ってないの」

アリサ「んー……5年くらい?」

ユキホ「ああ、5年も会わなきゃね……」

アリサ「あ、6年?」

ユキホ「6年も会わなきゃそりゃそれだけ拗らせるか……」

アリサ「7年だったかも……?」

ユキホ「7年ね、どっちでもいいけどさ、とにかくそれだけ離れてればまあ……」

アリサ「8年……?」

ユキホ「ドンドン増やすな!」

アリサ「えーとえーと、お姉ちゃんが高校入るときだから……えーと」

ユキホ「お姉ちゃん今いくつよ」

アリサ「大学生」

ユキホ「大学何年生よ!」

アリサ「二年生」

ユキホ「だいたい4年前ね」

アリサ「4年前がなに?」

ユキホ「アリサとお姉さんが最後に会ったときだよ!」

アリサ「なんで知ってるの?」

ユキホ「計算したんだよぉ! あんたわざとやってんだろそうだろ!?」

アリサ「なにが?」

ユキホ「…………」

アリサ「どうしたの?」

ユキホ「もういい帰る」

アリサ「そっか。じゃあね」

ユキホ「ふう……」

アリサ「ユキホ、お姉さんと仲直りできるといいね」

ユキホ「あのね、別にケンカしたってわけじゃ」

振り返って否定しようとしたとき、アリサの携帯がなった。



アリサ「はい、”絢瀬”です」



な…………絢瀬!?

ユキホ「ねえ今なんて言った!? ねえアリサ、あなた今なんて……」

アリサ「わっ、電話中だよユキホ。しーっ。ごめんなさいもしもし?」

『え、ユキホ? そこにユキホちゃんいるの?』

アリサ「はい部長。……はい、わかりました」

電話を私によこすアリサ。相手はアイドル部部長……らしい。

アリサ「ユキホに替わってって」

ユキホ「もしもしハナヨさん、どういうことですか!?」

ハナヨ『えーっ! 私だってなんでわかったの!?』

ユキホ「どういうことアリサが今『綾瀬アリサ』って……」

ハナヨ『名字知らなかったのぉ!?』

ユキホ「知らなかったの!」

ハナヨ『……でも、なんとなく気づいてたんじゃない?』

ユキホ「それは……」

ハナヨ「そこは流石『ホノカちゃんの妹』だね」

ユキホ「…………っ!」



・・・・・

・・・・・



アリサ、高校二年生、夕暮れ。

私はあれからユキホと一緒に帰っていた。

そういう約束ではなかったけど、変える方向が同じだから、自然とそうなった。

……そんなことより。私の名字を知ってからユキホは少し様子が変だった。

これならいくらバカな私でもわかる……いや、あのメモを手にしてからちょっと頭よくなったのかも?

アリサ「お姉ちゃんのこと……知ってるの?」

ユキホ「まあね」

アリサ「どこにいるか知ってる……?」

ユキホ「ごめん……今住んでる場所はわかんない」

アリサ「そっか」

ユキホ「昔、家に行ったことが何度かあるの」

アリサ「そっか」

ユキホ「手がかりになるかわからないけど。今度場所教えてあげるよ」

アリサ「……ありがとう」

ユキホは優しくていい子だ。理由はわからないけど、わざと不愛想にしているのはとてももったいないと思う。

ユキホ「そういえば、絢瀬……アリサはどこに住んでるの」

アリサ「アパートに一人暮らしだよ。学校から40分ぐらいかな」

ユキホ「ふーん……方向は?」

アリサ「南かな」

ユキホ「へーじゃあちょうどあのすっごい煙がたってる辺りか」

アリサ「そうそう。あのすごい焦げ臭いにおいが飛んでくる辺りが私の……えええええ!?」

燃えてる! あれ明らかに燃えてる! 何かが燃えてる! 何かっていうか建物が燃えてる!

アリサ「か、火事だーっ!」

ユキホ「ちょ、アリサっ!」

ユキホを置き去りにして私は走る。

――ドクン

嘘だ。何かの間違いだ。そうだとしても私とは関係ないに違いない。

――ドクン

きっと大したことじゃない。だってあそこには、私の教科書があってノートがあって服があってお金があって、ロシアから持ってきた私のすべてが――――

アリサ「うわあああああああああ!」

焼失した。

私が今朝まで住んでいた、学校まで徒歩40分の、家賃月4万9800円の、私の楽しいジャパンライフの拠点の、アパートとともに、私のすべてが燃えていた。

古い木造建築は程よく乾燥して、火の勢いはとどまるところを知らない。

燃える、燃える、燃える燃える燃える。

パチパチと火の粉をあげて、肌がヒリヒリするほどの熱を放出して燃える。

なんで? どうして? どうして私のアパートが燃えているの?

嘘でしょ、勘違いでしょ、ねえなんで燃えているの!?

ユキホ「アリサっ!」

アリサ「あ、ああ……あああああ……」

たくさんの野次馬をかき分けてユキホが追いついてきた。

普段は絶対追いつけないユキホを、私はぶっちぎりで取り残してきてしまったようだ。

まさにこれが『火事場の馬鹿力』というやつか。

ユキホ「アリサ、危ないから離れて……!」

ユキホの声をかき消すようにガラガラガラガラ! 

アパートは倒壊した。二階右奥……私の部屋は影も形もない。

あとは、全部が灰になるのを、待つのみだ。



・・・・・

・・・・・



涙は出なかった。

いつの間にかすすだらけの私の手を、ユキホが引っ張って歩いていた。

私はその間ずっと下を向いていたので道は覚えていないけど、そこはとにかく、ユキホの家だった。

中に入ると、電話で事情を話していたのだろうか。お母さんが慌てた様子もなく迎え入れてくれた。

それからは言われるまま、なされるまま風呂に入れられ、味のわからないごはんを口に詰められ、誰のかわからない部屋のベッドに横になっていた。

下の階ではバタバタと会話やらが聞こえてきたが、そんなものを気にする余裕もなく、私の意識はシャットダウンした。ぷつーん。



――――生まれて初めて、火事を見た。



次の日。

私はいくらか冷静さを取り戻していた。

ユキホ達によると幸いあの火事による死傷者はいなかったらしい。

偶然にも住人は全員外出していて、大家さんはいち早く異変を察知し避難したそうだ。

私は「私が出かけてる時でよかった」と笑ったが、ユキホ達には面白くなかったようだった。

原因は不明――ここ最近音ノ木坂周辺で続いている”不審火”に関連している可能性が高いと私は思う。

そんな物騒な話をしながらユキホの家族と朝食を食べている――誰かと朝食を摂るのは数か月ぶりだった――とインターホンが鳴った。

ユキホ「今朝話した人だよ。近くの道場の娘さんで、何人か門下生に離れの部屋を貸したりもしてるんだけど、ちょうど空いてる部屋があるんだって」

「こんにちは。あなたがアリサちゃんですか?」

綺麗な人だった。おおよそ道場だとか武道だとかいう単語とは縁遠そうな、清楚で……そうこれが『大和撫子』というやつだ。 

話半分に聞いていたけど、今日からこの人のお家の一角に住まわせてもらえるらしい。

なにもわからない。でも、きっとなにも心配はいらないんだとすぐわかった。

それはユキホの伝手だということもだし、なによりその人をひと目みれば私の味方だということはわかった。

「園田海未と申します。あなたさえよかったら、ぜひ私の家の離れを住まいに使っていただきたいのですが、いかがでしょう?」

疑いの余地はなかった。迷うべくもなかった。私はその差し伸べられた綺麗な手をただ握り返した。

ウミ「よかった……これからよろしくお願いしますね。アリサちゃん」



強くて、優しくて、格好良くて。綺麗で――少しお姉ちゃんに似ていたんだ。



・・・・・

つづく

・・・・・



理事長「火事……災難でしたね」

アリサ「はい。初めての経験でした」

週が明け、私は学校の理事長室に呼び出されていた。

理事長「……随分気丈にふるまっているけれど、無理してない?」

アリサ「いえ、昔から立ち直り早いんです。”そんなこと”まで覚えていちゃうと大変なので。私」

理事長「そう……? ええと、とりあえずなくなってしまった教科書類はすべてこちらで用意することになりましたから」

アリサ「え、本当ですか! これが『福利厚生』ってやつですね!」

理事長「え……ええ。まあ……。それからお家の人とは学校側で連絡を取って……というかロシア語はさっぱりなんですが……コホン。

とにかく学校については何の心配もありません。これからもいつも通り学校に来てくれるかしら?」

アリサ「いいともー!」

理事長「…………。いつもこんな感じなの?」

ハナヨ「はい……割と。……すみません」

理事長「いえ、いつも通りならいいんです。部長はもう戻っていいですよ」

ハナヨ「はい。失礼します。……じゃあ部室で待ってるからねアリサちゃん」

私を理事長室まで連れてきたハナヨ先輩が退室すると、理事長は前のめりになって肘を机に置いた。

理事長「さて。楽にしていいですよ。それにしても……ふふっ! まったくお姉さんには似てないんですね」

アリサ「え、お姉ちゃん知ってるんですか!?」

理事長「そりゃあ……理事長ですから?」

アリサ「どこにいるんですか!?」

理事長「え……知らないの? じゃあ私もわからないですね」

アリサ「あ……そうですか」

理事長「目に見えてテンション下がるのね……」

アリサ「あの、姉はどんな生徒でしたか」

理事長「そうねえ。立派な生徒会長でしたよ」

アリサ「そうでしたか……生徒会長でしたか……」

――え?

アリサ「ええええ!? お姉ちゃん生徒会長だったの!?」

理事長「はい。廃校を回避した年の生徒会長として音ノ木坂学院史に名を残しています」

アリサ「すごーい! すごいすごい! やっぱりお姉ちゃんはすごいんだ! 私のお姉ちゃんはすごいんだ!」

理事長「うちにアルバムがありますよ。よかったら今度いらっしゃい」

アリサ「いいんですか!? ……なんで理事長の家にお姉ちゃんのアルバムが」

理事長「そりゃあ……理事長ですから?」

アリサ「なるほど納得です」

理事長「そのときゆっくりお姉さんの話をしましょう。家なら私よりエリさんに詳しい人もいますから」

アリサ「はい、ぜひ!」

理事長「元気になったようでよかった。さあもう行っていいですよ。部室にも寄らなくてはいけないんでしょう?」

アリサ「はいっ! 失礼します」

理事長「ああ、そうそう。お姉さんの行方についてですが進路についてなら――あら? もういない……」



・・・・・

・・・・・



アリサ「おはようございます」

ハナヨ「あ、来た」

リン「アリサちゃん! 大丈夫!? 怪我はないの、びっくりしたよニュースでやってたアパートにアリサちゃんが住んでるって聞いてびっくりしたよびっくりしたよ」

アリサ「私もびっくりです。ウェルダンですよウェルダン。アパートの丸焼き。私の心はミディアムレアです」

リン「…………? もしかして全然堪えてない……?」

アリサ「そんな、しっかりポッキリ折れましたよ。寝たらくっつきましたけど」

マキ「どうなってんのよあなたの情緒は」

アリサ「ポジティブだけが取り柄ですから!」

リン「精神的ゾンビ」

ハナヨ「形状記憶メンタル」

マキ「フェニックスありさ」

アリサ「私のことなんだと思ってるんですか!」

マキ「今言った通りよ」

リン「死んでも死なない精神は恐ろしいにゃ。いつ腐ってもおかしくないけど」

マキ「このリンを侮らないことね。ときどき野生のかんで核心ついてくるから」

アリサ「自己評価としては形状記憶メンタルが一番近いと思います」

マキ「なんにしてもフェニックスありさが元気そうで安心したわ」

アリサ「それ定着させないでくださいね!?」



なんていいつつ私はマキさんの圧倒的に微妙なセンスが嫌いじゃない。



・・・・・

・・・・・



五月まるまる日

アリサ、高校二年生、朝。

アリサ「じゃあウミさん! 行ってきまーす」

ウミ「はい。気を付けて」

火事から十日。

私はウミさんの家から学校に通っている。

あの部屋に残していた大半のものは燃えてしまったけど、その日着ていた服と、いつも持ち歩いていたパスポート、財布、通帳等、あるものを除いて致命的な貴重品は無事だった。

服はウミさんのおさがりを何着かいただいたし、お風呂や、洗濯機などの家電も共用で使わせてもらっている。

ただ家電に関してはテレビだけはなかなか使う機会がなかった。というのも、テレビは離れにはなく、園田家が暮らす本棟のリビングにのみ置いてあるからだ。

ウミさんは遠慮せず見に来ていいといってくれているがそこまで図々しくはなれず、それでもまったく顔を出さないわけにもいかず週に何回かはリビングにお邪魔している……という状態で、テレビ代わりにいただいたラジオが大変重宝している。

正直、アパートに一人暮らししていた頃より快適で不自由がなくて、申し訳ないくらいだ。

もちろん失ったものもたくさんあるけど……自分でもびっくりするくらい前向きでいる。

これは昔からの私の特技だ。どんなにつらいこともでも意外とケロッとしていられる。

そうでもなければ人より思い出すことの多い私は耐えられないんだろう。これは幼いころから身についた防衛本能でもある。

そしてそれからあの火事はアパート以外にも火をつけたものがあった。

私の正義感だ。

連続する”不審火”放火魔に、私はなんとなく怒りを覚えていた。

なんとかして放火魔を捕まえたい! そう考えだしたのが一週間ほど前で、その方法について思い至ったのが今朝のことだ。

アリサ「マキさん!」

マキ「おはようアリサ」

アリサ「おはようございます! お願いがあります!」

マキ「何よ朝っぱらから」

アリサ「お願いがアリサ!」

マキ「へ……なんて?」

ある日のリンさんとマキさんの会話の一部。マキさんはあのとき確かに「あの事件の法則性を発見した」と言っていたのだ。

マキ「ああ……よく覚えてるわね」

アリサ「私、わすれませんから」

アリサ「その”法則性”ってやつ、教えてくれませんか!?」

マキ「どうして?」

アリサ「それは……」

マキ「それを知って、あなたどうするつもり?」

アリサ「…………。ただ、知りたいだけです。興味本位です」

マキ「ならダメね」

アリサ「ってなんでですかー!」

マキ「答えを見つけるために考えるのではないわ。アリサ。考えることに意味があるの」

アリサ「えっ……今なんて」

マキ「ただ知るだけではダメ。自分で考えるの。自分で答えを出すの。たとえ間違っていたとしてもね」



それは、かつてお姉ちゃんが言っていた言葉そのものだった。

気味の悪い……偶然の一致だった。

アリサ「教えてもらって知るだけじゃダメ……」

マキ「そうよ。わかっているじゃない」

アリサ「でも……私……」

マキ「なんでそんなことが知りたいのか、正直に言ってみなさい。そしたら考えてあげる」

アリサ「…………」

言っていいものだろうか? 「放火魔を捕まえたいから」なんて。

そんなこと正直に言ったら怒られて、二度とそんなバカなことは考えるな、と諭されてしまうに違いない。

マキ「ふぅんなるほど」

あ……今のぽろっと声に出てたみたい。

私はマキさんの超理性的・論理的口撃に備えて身構える。

マキ「そういうことなら、はあ……仕方ないわね。わかりマキちゃん」

アリサ「へ……なんて?」

マキ「何する気かわかったもんじゃないから全部は教えられないけど、ヒントくらいはあげる」

アリサ「ヒントですか」

マキ「これ以上は譲歩できないわよ」

アリサ「わかりました……?」

どういうわけかマキさんは怒るどころかヒントをくれるというのだ。

マキ「今までの現場を地図に書き出して、それから現場を直接みて回りなさい。もちろん事件の概要を頭に入れておくのは大前提よ」

アリサ「はい……! ありがとうございマキちゃん!」

私はなぜかチョップを喰らわされた。

3    4  5
1 22 13 4 25 16
・        18 28
1 15 29 13 27 11



“メモ”を手に入れてから私の頭の中には”スイッチ”ができた。

普段の自他ともに認めるダメダメなアリサを『イノセント・アリサ』とすると”スイッチ”が入ったときのアリサは『パーフェクト・アリサ』といったところだ。

私としては常に『パーフェクト・アリサ』でいたいのだが、”スイッチ”をONにしていると消耗が激しい。板チョコ一枚じゃきかない。

頭をつかうにはチョコレートをたくさん食べなくてはいけないのだ。

この年になってようやくお姉ちゃんがいつもチョコレートを食べていた理由がわかった。

私はチョコレートを一粒、口に含む。



――最初に”不審火”が報道されたのは三月のあたま。私が日本に来る少し前だ。

そして五月中旬の私のアパートの火災で5件目であったことと、つい三日ほど前に6件目が起きたことをいつも聞いてるラジオ番組で確認している。



ラジオ『ウチの占いによるともうちょっとこの”不審火”騒ぎは続くねー』



さすがにアパート火災はちょっとしたニュースになったが、それ以外のボヤはローカルなラジオで話題される程度なのだ。

ちなみに詳細は回覧板なんかで目撃情報と一緒に回ってきたりした。

そうして得た情報をまとめ、すべての現場を地図帳に書き込んでいく。

ユキホ「ちょっとアリサ、せっかく無償で新品の教科書資料用意してもらったのになに落書きしてんのよ」

アリサ「わっユキホか、びっくりした」

ユキホ「なにこの赤ぽっち」

アリサ「これは……うーんと」

ユキホ「変なの」

そう言ってユキホは席を離れていった。ふう、危ない。

「事件を調べてる」なんてばれたら止められるに決まってる。

――さて、続きだ。マキさんに言われた通りすべての現場を地図上に書き出す。

しかしながら特に法則性は見えてこなかった。

一見不規則に点在しているように見える。これはどうやら一筋縄ではいかないようだ。

私は学校の授業と部活に加えパーフェクトまきちゃんメモの解読、お姉ちゃんの捜索、ユキホと戯れる……多忙な合間を縫って独自に事件の捜査を続けた。



・・・・・

・・・・・



アリサ「お買い物?」

ユキホ「そ。アリサ、全部燃えちゃって大変でしょ。服とか、日用品とかさ」



ユキホが私をお買い物に誘ってくれた日があった。

ついに私の粘着が実を結んだんだ。あの堅物ユキホが私をお買い物に!

これってもう、友達だよね!



アリサ「うーん……でも」

ユキホ「お金はアレだよ。一着くらいなら特別に買ってあげる。ほんとーに特別なんだからね。普段から買ってくれると思わないでよ」

アリサ「そんな、悪いよ」

ユキホ「困ったときはお互いさまなんだから、遠慮なんかやめてよね」

アリサ「そっか、『溺れる者は藁をもつかむ』っていうものね」

ユキホ「ユキホは藁かよ」

アリサ「それじゃあ……ありがとう」

私たちは放課後町へ出ることになった。



・・・・・

・・・・・



アリサ、高校二年生、駅、なう。

ユキホとのショッピングの帰り。抱えていた大きな紙袋を置いて電車の切符を買う。

ユキホ「んもー、はやくしてよ」

アリサ「ごめんごめん、でもどうしてユキホは切符を買わなくても電車に乗れるの?」

ユキホ「カードがあるからね」

アリサ「カード!? あのピッってやってるやつ!? アレねアレがそうなのね!? いいなあアリサも欲しいー!」

ユキホ「それよりさ、この後どうする?」

アリサ「このあとって? 帰るんじゃないの?」

ユキホ「だから……その、ウチ、来ない? とか言ってみたり……」

アリサ「え、ユキホのお家? いいの? 行きたーい!」

ユキホ「それで……夕飯食べていきなよ。なんなら泊まっていきなよ」

アリサ「ええー!? それはうれしい……けど、どうして?」

ユキホ「そりゃいろいろあったでしょ……? 力になりたいな、なんて」

アリサ「ユキホってそんなにやさしいのにどうして学校では……」

ユキホ「あーもう、来るの来ないの? どっち」

アリサ「行く!」

ユキホ「ならはやく」

ユキホについて改札を通ろうとしたとき、切符売り場に紙袋を置いてきてしまったことに気がついた。

アリサ「あ――ちょっと待ってユキホ」

先に行くユキホを目で追いながら引き返し、急いで紙袋を取りに戻る。

よかった。無事だ。ここが日本じゃなかったらとっくに紛失していただろう。

ユキホの向かっていったほうを思い出しながら改札を通り、見えないあとを追うと、ちょうど電車は出発寸前だった。

アリサ「待ってユキホー!」

ついに私も業界の禁じ手『駆け込み乗車』に手を染めてしまった。が止む無し。『背に腹は代えられない』状況とはこのことなのだ。

むしろ背を腹に代えられる状況ってどんなときなんだろう。

ギリギリで閉まる電車の扉……の隙間から誰かが叫んでいるのが見えた気がした。

ユキホ「アリサーっ! ちがーう! バカーっ!」

アリサ「あ…………」

反対に乗るユキホを置いて電車は走り出す。



・・・・・

アリサ「どうしよう……」

一駅で降りてすぐにユキホとはぐれた駅に戻ったが、そこにユキホの姿はなかった。

こんなとき携帯電話があれば……そんなことを思いながら駅の外に出てみる。

夕暮れ。ユキホの家に行く約束。私はその場所を知らない。

アリサ「困ったなあ。いったん自分の家に戻ったほうがいいのかな」

考えがまとまらずにウロウロしていると、さっきまで一緒にいた洋服屋さんの近くまで戻ってきていた。

アリサ「はあ……ここに来たってしょうがないよね」

駅に引き返そう。そう決めて踵を返したとき。

――ふと、歌が聞こえた。

“You must remember this

A kiss is just a kiss a sigh just a sigh …”

日の暮れるメインストリートには人々がごった返す。

耳を澄まさなければその足音で歌声はかき消されてしまうだろう。

“The fundamental things apply…”

でも『そんなものは私には関係ない』。”誰もいない路地裏”で彼女は歌う。

私はいつの間にか路地裏に立ち尽くし、その歌に聞き入っていた。

“As time goes by”

映画『カサブランカ』でも歌われるジャズソング『As time goes by』だ。

それはまさに時が経っても色あせない名曲……と記憶している。

アリサ「すごい……! すごいすごい!」

聞き終えた余韻も早々に、私は惜しみない称賛を込めて拍手を送る。

対して彼女は照れくさそうに笑った。

「えへへ、どうかな」

アリサ「すごいです、私感動しました!」



・・・・・

・・・・・



電車に揺られながら私は再度確認する。

アリサ「あの、本当にわかるんですか?」

「うん。和菓子屋の老舗なんでしょ。この辺じゃ一つしかないよ」

路上で歌っていた彼女に迷子であることを話すと、親切にも案内してもらえることになったのだ。

アリサ「お姉さん、歌手なんですか?」

「うーん、どうだろう。わかんないや」

アリサ「自分のことなのに」

「確かに私はあそこで歌ってるけど、それがすべてってわけじゃないから」

アリサ「私もね、スクールアイドルやってるんです!」

「へえ……! アリサちゃんも」

彼女は懐かしそうに語りだす。

「私もね、昔は仲間がいたんだ。一緒に歌う仲間がね」

アリサ「今はいないんですか?」

「うん。時間が経てば、みんなそれぞれの道を行くんだよ」

アリサ「さびしくないんですか」

「さびしくないよ。別れはつらいけど、悲しいことじゃないから」

アリサ「でも一人ぼっちはさびしいです」

「さびしくないよ。離れてても私たちは、さびしくなんかない」

アリサ「心は一緒だから?」

「うん……心は一緒、か。いい言葉だね。そう。私たちの絆はずっとずっとつながっているから」

アリサ「じゃああなたは、失敗も後悔もないんですね」

「失敗はたくさんしたよ。でも最後の最後、私たちは間違えなかった。だから後悔はしてない。ただ一つ――あっ!」

アリサ「えっ」

「マイク忘れた!」

アリサ「え……」

私は彼女の横にあるマイクケースを見ながら首をかしげる。

「あ……あった。てへ。さ、次の駅で降りるよ」



・・・・・

ユキホ「アリサーっ!」

駅ではユキホが待っていた。

ユキホ「何やってたの!」

アリサ「ご、ごめん……」

ユキホ「でもよかった。降りる駅ちゃんとわかったんだね」

アリサ「うん。そこのお姉さんがついてきてくれて……あれ?」

ユキホ「お姉さん? 誰もいないけど」

アリサ「おかしいな……」

私は返しそびれたマイクケースを持って、そのままユキホの家へと向かった

ユキホの家、『穂むら』ではあの優しそうなお母さんが迎えてくれた。

まだ少し明るい午後6時、お店は閉まって、お母さんは夕飯の支度を始めるという。

それまでの間私はユキホの部屋に上がらせてもらうことになった。

アリサ「ここがユキホのお部屋かぁ」

ユキホ「ゆっくりしていきなよ」

アリサ「うん……隣の部屋は?」

ユキホ「あの火事の日、アリサが泊まった部屋だよ。もともとお姉ちゃんの部屋。今はもういないけど」

アリサ「いないのか……じゃあこれはユキホが預かっててくれる?」

ユキホ「は……? そういえばなにこれ」

アリサ「マイクケース」

ユキホ「いやなんでそんなの持ってるの」

アリサ「忘れ物なんだ。ユキホが預かっててくれないかな。私じゃ失くしちゃうかも」

ユキホ「えーやだよ」

アリサ「お願い」

ユキホ「……よくわかんないけど、置いとくだけだよ?」

それから私は夕飯をごちろうになって、家には泊まらないで帰った。

私はこの日をきっかけにユキホと携帯の番号を交換して、あとよくわからないアプリに招待してもらった。



・・・・・

・・・・・



五月ぎりぎり日

アリサ、高校二年生、チョコをひとかじり。



私はついに例の”不審火”ついてある共通点を発見した。

事件の起こる日が総じて『土曜日』だったのだ。さらにそれを時系列に並べるとその周期が4件目までは『三週間』きっかりあることでわかった。

気がついたときは授業中であることも忘れて歓喜したが、後になってこれは地図とは関係ない法則ではないことに気がついて落胆した。

つまりこれはマキさんが言うところの『大前提の概要』でしかないのだ。

それに……なぜか5件目――私のアパートの出火――は前回から二週間しか間隔がなかったし、その次は一週間後だった。

これ以上机上で地図とにらみ合っても捜査は進みそうになかったので、私はマキさんのもう一つのヒントに従って現場に直接向かうことにした。

アリサ「すみません。私今日は部活休みます」

ハナヨ「なにか用事?」

アリサ「まあ……はい」

ハナヨ「……言えない用事?」

アリサ「すみません」

ハナヨ「…………」

マキ「行かせてあげて。ハナヨ」

ハナヨ「わかった。明日は来てねアリサちゃん」

アリサ「ありがとうございます!」

リン「怪しいなぁ」

ハナヨ「懐かしいね。昔はよく怪しい理由で休むみんなを尾行したりしたっけ」

・・・・・



出火もとはいずれも公園か空き地だった。

地面にはたき火程度の規模の焦げ跡が数か所残っていたが、燃えカスは残っていなかった。

目撃証言によると、顔を隠した人物が”氷に火をつけていた”らしい。 言うまでもないが、ふつう氷は燃えない。

おそらくはこの焦げ跡の数がその氷……火種の数なのだろうが、現場によって数はマチマチだった。

1件目の焦げ跡は三つ。2件目が五つで、3件目が一つ。そして4件目が七つとなっており、5件目は全焼、6件目は二つ。犯行を重ねるごとに増える……というわけでもないらしい。

この焦げ跡の数にも何か意味があるのだろうか?

――しかし今問題なのはそこではない。

三週間周期……公園……空き地……焦げ跡……。

そのどれにも、私のアパートの火災は該当していないのだ。

つまりそこから導かれる答えは……。



・・・・・

・・・・・



ユキホ「なーんか最近、変だよね。アリサ」

アリサ「私はいつも変だってアリサに言われるね」

ユキホ「そうだけど……なんかときどき妙にかしこそうに見えるというか」

アリサ「そっか私は特に意識してなかったな」

ユキホ「この前からなんで地図に印入れたり眺めたりしてるの? なに、捜査でもしてんの? 探偵ごっこ?」

アリサ「ぅぶーっ! そそっそんなことししししししてないけど?」

ユキホ「なに図星みたいな反応してんのさ。まさか本当に探偵ごっこしてるわけじゃないんでしょ。……してないよね?」

アリサ「まっさかー、そんなことするわけないじゃないーの」

ユキホ「マジか……」

アリサ「あ、はは……」

ユキホ「吐け」

アリサ「あっダメっ……今私の頬袋には大量のチョコレートが……」

ユキホ「吐け」



まさかこの名探偵アリサが自白を迫られることになるとは。拷問係長ユキホ恐るべし。

アリサ「――というわけなんだけど、どうもアパートの火災は一連の”不審火”とは無関係だったみたいなの」

ユキホ「……やっぱアリサってバカだよね?」

アリサ「はい……すいません」

ユキホ「こんな単純な法則に気がつかないなんて……じゃなくて女子高生が事件を捜査とか何考えてんの。巻き込まれたらシャレになんないよ」

アリサ「反省します……ってあれ? 今前半さらっとすごいこと言わなかった?」

ユキホ「なに?」

アリサ「あの、ユキホが何か法則に気がついたっぽいので……」

ユキホ「まあね。アパート火災は無関係だったんでしょ? それを地図から消して残りの5件の位置関係を見ると……」

ユキホ「見ると……?」

ユキホ「等間隔になってる。それだけ」

アリサ「え?」

ユキホ「それだけ」

アリサ「あ、ホントだ。正五角形……」

ユキホ「そーゆーこと」

やっぱりユキホは頭がいいと思った。

ユキホ「綺麗な五角形が出来上がったんだからもう事件は終わりかもね」

アリサ「それはないんじゃないかな……」

アパート火災を抜けば地図には綺麗な五角形が浮かびあがり、事件の周期もすべて三週間になる。

これはもう間違いないな。本当に無関係だったんだ。

なるほど。アパート火災は”不審火”とは無関係……この結論を自分で出させるためにマキさんは私を放任したのか。

そうとわかれば私も手を引く……と思った。でも誤算でしたね。たとえ無関係だとしても……私は放火魔を捕まえたい……!

マキさんの口ぶりからもこれで事件が終わりとは思えない。きっとまだ私が気づいていない法則があるはずなんだ。

私の見つけた日時の法則通りにいけば、次の犯行は前回の事件から三週間になる今週の土曜日。

それまでに場所の法則をみつける!



・・・・・

・・・・・



六月ぐるぐる日

アリサ、高校二年生、土曜日。

ほぼ間違いなく、今日この場所に”放火魔”はやってくる。

5件の”不審火”は必ず三週間に一度土曜日に起きた……それも地図上で結ぶと正五角形を描くように場所を変えて。

それで終わりでもいい。だがもし、次があるとしたら。五角形の次はどこで出火するのか。

もう一度すべてを時系列に並べ、地図と照らし合わせる……決定的な不自然。

ここまできっちり几帳面な放火魔さんがなぜ”順番”にもこだわらないと言えよう。

五角形を描くなら普通、右回りまたは左回りだ。なのになぜ、そのどちらでもない?

頂点を時系列順に結ぶ……そうだこれは五角形ではない。

1件目から2件目、2件目から3件目……と線でつないで浮かび上がるのは”★”だ。

一筆書きで★。つまり最後はまた一件目の場所に戻る!


というわけで来てしまった。五角形――正確には一筆書きで★――になる最初にして最後の一点。

おそらく午後4時から7時の間にこの公園に誰かがやってくるはずだ。

私は身を隠し偵察を続ける。



・・・・・

辺りが薄暗くなり始めた頃。時刻にして午後6時半。

なにやら大きめのリュックを背負ってた人影が歩いてくる。

確信がある。あの人が公園に入っていくこと。

根拠がある。そこであのリュックから固形燃料を取り出すこと。

恐怖がある。私は今、その真っただ中にあるということ。

確信がある。飛び出せば逆上したアレが向かってくるということ。

根拠がある。私ごとき、襲われればひとたまりもないということ。

恐怖がある。――このまま見逃してしまうということ!



地面に置かれた固形燃料は三つ。

それが燃え広がらないように丁寧に囲いまでしている。

しかしあの量の燃料で記憶にある規模の焼け跡ができるだろうか……?

もしかしたらあの囲いのほうにこそ、何かがあるのかもしれない。……まったく手の込んだイタズラだ。

なんにせよ……あれを止める!

アリサ「そこまでです! 放火魔!」

放火魔は一瞬面食らったように後ずさった……が。



はあ。どうしてそんなことをしてしまったんだろう。

後悔しても遅かった。遠目で見るよりずっとずっと大きな、化け物みたいに大きな人影が……私に向かってくる。

実際はそこまで身長はなかったのかもしれないけど、とにかく怖くて怖くて大きく見えた。

死ぬ、殺される。燃やされる。燃やされて私は死ぬ。

声が出なかった。ただ迫りくる大きな恐怖を前にして逃げることさえできなかった。

なんて馬鹿な私。三週間前に戻って言ってやりたい。なんなら五秒前でもいい。くだらない正義感なんて持っちゃダメだと。

絢瀬アリサはそんな物騒なものとは関係のない人間なんだから……。

『巻き込まれたらシャレになんない』

ユキホの言葉が脳裏をよぎって、それから長い大きな手が振り下ろされるのが見えた――。



・・・・・

・・・・・



大きな人影は縦に一回転する。文字通り、グリンと。

あれ、肩が外れたんじゃないだろうか。

――と冷静に解説できるのは後になって思い返しているからである。その瞬間は何がなんだかわからなかった。ただ、誰かが私を守ってくれたらしい……ということだけ。

「無事ですか、アリサちゃん」

そんな声が聞こえたような聞こえないような……まったく情けないことに、私は腰を抜かして気を失ってしまって――――。



――――。



アリサ「ど、どうしてウミさんがここに……?」

目を覚ますと公園のベンチをベッドに、ウミさんの膝を枕にして寝そべっていた……という次第である。

ウミ「ある人に、『今日ここに動きやすい格好で縄を持って来い』と言われていたのです」

……私以外に犯行場所と日時がわかっていた人、か。

ウミ「ですが……すみません。あの不審者は逃がしてしまいました」

アリサ「うぅ……怖かった……うぅ……」

ウミ「よしよし、もう大丈夫ですよ。ほら」

私はウミさんの胸の中でむせび泣いた。こんなむちゃはもう二度としまいと誓った。

メモを手に入れてなんでもできる気分に浸っていたことを反省した。――と。

アリサ「あれ、ウミさん、白髪……じゃないな。金髪?」

ウミ「えっ……あ、ああ! きっとあの不審者と取っ組み合いになったときに付着したのでしょう」

アリサ「へえ、放火魔は金髪だったんですか?」

ウミ「え、あ、…………そうでしたね、あ、でもカツラだったかもしれませんきっとそうに違いありません」

アリサ「ふぅん……」

ウミ「それに”放火魔”だの”不審火”といっても無人の公園でちょっと火を起こした程度ですし? 事件といえるほど事件でしょうか?」

ウミさんの言うとおり、アパート火災が無関係と分かった時点で事件性は低く、放火魔と呼べるほどの……いやそもそも火は一度も”放たれてはいない”のだ。

アリサ「そうですね……ああそれでわざと逃がしたんですか優しいですねウミさんは」

指を離すと、金髪は風に乗って飛んで行った。

アリサ「それにしても運動しやすい恰好……ジャージってどうなんですか……しかもそれうちの高校の」

ウミ「ええ。実は私も音ノ木坂の生徒だったんですよ。このジャージは当時のもので、未だに使っています」

アリサ「そうだったんですか」

ウミ「私も高校時代はスクールアイドルをやっていたんです。こう見えて」

アリサ「えぇ!? そうだったんですか、私そのころ日本居たら絶対ウミさんのファンになってたと思います!」

ウミ「ウフフ。もしそうなっていたら面白いですね。なにせあなたのおねえ……」

何か言いかけてウミさんは思い出したようにポケットから一枚の紙をポケットから取り出す。

ウミ「忘れるところでした。これもある人から、『その場にいる人に渡せ』と言われていた文です」

アリサ「手紙? 内容は……」

ウミ「さあ。私は中身を知りません」

封筒をあけ、四つ折りの手紙を開く。

アリサ「これは……」

ああ、なるほど。やっぱりそうなのか。途中からそんな気はしていたんだ。

手紙には一行。

『ムーンソルトうみ』

と書かれていた。

つまり目の前にいるこのウミさんこそが、パーフェクトまきちゃんメモにある人物の一人、『ムーンソルト■■』であるということだ。



私は頭の中でメモの『ムーンソルト■■』の空白を埋める。

『パーフェクトまきちゃんメモ』略して『PMM』――

■パリゾートことり

メトロノームほのか

ムーンソルト“うみ” ◎

パーフェクトまき

ワイルド■■

バットの■■

ギャラ■■■■にこち■ん

スマートキューティ■■■



・・・・・

つづく

・・・・・



六月ちゅんちゅん日。

今日は理事長との約束の日だ。

お姉ちゃんの写真を見せてもらうために理事長のお家にお邪魔することになっている。

話では『理事長より絢瀬エリに詳しい人』もいるらしいけど、私以外にもお客さんを呼んでいるのかな?

アリサ「お邪魔します」

ところが玄関には外来らしい靴はなかった。それからお茶やお菓子も出されたけどそれも一人分だけ。

どう考えてもお客さんは私一人だった。

アリサ「あのう……」

理事長「緊張しなくていいのよ。ここでは私は理事長ではないんだから」

アリサ「ではなんとお呼びすれば……」

理事長「おばさんとでもお姉さんとでも」

アリサ「では……”理事長”、と」

理事長「ええ――そうね。じゃあ今アルバムを持ってくるから、遠慮せずお菓子も食べてね」

アリサ「あ、はい」

遠慮するな、とは言ってもやっぱり理事長は理事長なので一応礼儀は通そうと思う。

姿勢だってこんなにピーンとしているし、粗相はないはずだ。あとはお茶をいただいたあとに「結構な御手前でした」と言えればパーフェクトなはず!

お茶に手を伸ばし、落ち着いた作法で口に運ぶ。ずずっと口に含んで、一言。

アリサ「あちっ」



・・・・・

…………。

「うわー本当だ、そっくり! ちっちゃなエリちゃんみたい!」

アリサ「え……ええ? え、あ、え、えぇ!?」

しばらくして理事長は2、30歳ほど若返って戻ってきた。わけがわからない。

アリサ「り、理事長!? なんですかそれは!? タイムマシン!? いや、それがすっぴんなんですね!? わざと老けメークを……」

「ん……? ふふふ。ええそうです、実は私、まだピッチピチの……」

理事長「そんなわけないでしょう」

アリサ「うわー理事長! 理事長が二人!? 分身の術!? まさか忍者だったんですか!?」

「そうなのです。実は理事長は仮の姿。にんにん」

アリサ「Ohジャパニーズニンジャ! 私本物の忍者初めて見ました!」

理事長「そんなわけないでしょう」

アリサ「分身によるひとりコント……! 斬新……!」

理事長「もういい加減にしなさいコトリっ!」

コトリ「きゃ、ごめんなさーい、アリサちゃんがあまりに素直で面白くって」

アリサ「コトリ……?」

コトリ「はい。初めましてアリサちゃん。南コトリ、理事長の母です」

理事長「そんなわけないでしょう」



愉快な家族だなーと思った。



・・・・・

・・・・・



コトリ「改めまして、はじめまして絢瀬アリサちゃん。私はコトリ。お姉ちゃんとは後輩でした」

アリサ「今度はいったいどこにウソが……!?」

コトリ「全部本当だよ! うえーんいきなり信用なくしちゃったぁ……」

もう私には判断がつかないの理事長のほうを見る。

理事長「ええ、ウソはありませんよ」

アリサ「なるほど……まさか理事長の娘さんが私のお姉ちゃんの後輩だったとは……因果な世の中ですね」

理事長「じゃあアルバムはここに置いておくわね。ごゆっくり」

ああ……ウソ発見器がどこか行ってしまった……。

コトリ「エリちゃんのお話が聞きたいんだよね? そうだなあどこから話そうか……どんな話が聞きたい?」

そう言いながらコトリさんは『μ’s活動記録』と書かれたアルバムを開く。

アリサ「ユーズ……なんですか?」

コトリ「え、ああ、ミューズ? そっかそこからわからないんだ」

コトリさんは一枚の写真を見せてくれた。

いち、に、さん……九人の女の子が制服をきてポーズをとっている。ここは……私の高校の講堂?

コトリ「これが私たち。『μ’s』だよ。ほら、これがあなたのお姉さん」

アリサ「本当だ! お姉ちゃん、こんなに大きくなって……お胸の辺りなんか私の記憶の中とは……すごく……すごい」

コトリ「ばるんばるんでしょ?」

アリサ「ですね」

コトリ「私たちは九人でスクールアイドルμ’sをやっていたの」

アリサ「へっ? スクールアイドル?」

コトリ「え、それも知らない? えっとね」

アリサ「お、おお、お姉ちゃんがスクールアイドル!?」

コトリ「うん。懐かしいなあ」

アリサ「ああああああ!? よく見たらマキさんリンさんハナヨさんもいるぅ!? あれええええ!? ウミさん!?」

コトリ「え……あ、ああそっか、マキちゃんたちはまだ三年生だから知ってるんだ? あれ、でもなんでウミちゃんも……」

アリサ「ああああああ!? ああああああ!?」

コトリ「お、落ち着いてーっ!」

アリサ「意味わかんない! 誰か助けて!」

コトリ「先輩の口癖うつってる!?」



・・・・・

・・・・・



アリサ「ふう……びっくりしました」

コトリ「私も私でびっくりしました」

アリサ「いやあまさか、因果な世の中ですねえ」

コトリ「その言い回し気に入ってるの?」

アリサ「マイブームです」

コトリ「とにかく私たちはアイドルでね。ラブライブっていう大会で優勝したこともあったんだよ」

アリサ「あああああああ!?」

コトリ「ぶり返した!?」

アリサ「ら、ラブライブ優勝!? なんでですか!」

コトリ「落ち着きなさーい!」

アリサ「あ……ごめんなさいいろいろありすぎて……ちょっと」

コトリ「深呼吸しましょう」

アリサ「すーっ……はあ、実は私も目指しているんです。ラブライブ」

コトリ「それはつまりアリサちゃんもスクールアイドルやってるってこと?」

アリサ「そうなんです。だからお姉ちゃんもやっていたと聞いて驚きました」

コトリ「因果な世の中だねえ……」

アリサ「マキさんたち、同じメンバーだったんですね。教えてくれないなんて人が悪い」

コトリ「マキちゃんは聞かれなきゃ答えないだろうしハナヨちゃんも自分からは話さないだろうからね」

アリサ「じゃあリンさんはどうして……」

コトリ「あの子は面白がってだろうね」

アリサ「人が悪いです……」

コトリ「ウミちゃんはどうして知ってたの?」

アリサ「ああ、今私ウミさんの家に住んでるんです」

コトリ「……え?」

アリサ「私ウミさんの家に住んでるんです」

コトリ「……ホント、因果な世の中……だね……」

アリサ「その言い回し、気に入ってくれたんですか?」

コトリ「わりと……」

アリサ「アイドルやってたって聞いたけどそうかぁ、そういうことだったのか」



・・・・・

・・・・・



アリサ「この人は?」

コトリ「東條ノゾミちゃんだね。エリちゃんと一緒に生徒会副会長をやってたんだよ」

アリサ「この人は?」

コトリ「その人は矢澤にこちゃん。アイドル部部長だよ」

アリサ「それからもしかしてですけどこの人って」

コトリ「ホノカちゃん? 高坂ホノカちゃんがどうしたの?」

アリサ「高坂……やっぱり」



この人……ユキホのお姉さんだ。

アリサ「いえ……いいんです。顔と名前は全員覚えましたから」

コトリ「え? エリちゃんの話をしに来たんじゃなったっけ」

アリサ「あ、そうでした。今日はお姉ちゃんの写真をみれてよかったです。ありがとうございました」

コトリ「もう聞きたいことはない?」

アリサ「あります。……お姉ちゃんが今どうしているか、知りませんか」

コトリ「うん……ハッキリとは、知らないかな。私たちはあえて……“先の話”をしてこなかったから」

アリサ「μ’sはμ’sでしかなかった……ということですか?」

コトリ「それが私たちの在り方だったんだよ」

アリサ「…………?」

コトリ「でもね、μ’sでしかなかった私たちが、μ’sじゃなくなっても、私たちは私たちなんだよ。それは絶対」

アリサ「でも、仲間の未来くらい知ってたってよかったじゃないですか」

コトリ「そのことだけど、エリちゃんは進学したはずだよ。アイドルをやって最後は演出や機材に興味をもったみたい。

ほら、もともとアクセサリーづくりとか好きだったでしょ? そっちのほうを学びにいったらしいよ」

アリサ「え、その進学先わかりますか!?」

コトリ「もちろん。みんなは知らないことでも、理事長の娘はいろいろ秘密を抱えちゃうものなのです」

アリサ「コトリさんだって人が悪いじゃないですか」

コトリ「それが私たちの在り方だからね」

・・・・・



アリサ「今日は本当にありがとうございました」

理事長「いいえ。お役に立てたのならよかったわ」

コトリ「向こうの角まで送るよ」

理事長宅をあとにして、途中までコトリさんと歩く。

昼間はあんなに暖かかったのに、夜風が少し冷たかった。

コトリ「あのね、アリサちゃんにプレゼントが三つあるの」

アリサ「え、三つもですか?」

コトリ「うん。はい一つ目」

そう言ってコトリさんはメモの切れ端をよこした。

コトリ「私の連絡先。困ったことがあったらいつでも言ってね」

アリサ「あ、ありがとうございます」

コトリ「むぅ……あんまり喜んでないな。じゃあ本命! これもあげましょう」

今度は何かの鍵をぶら下げた指を突き出してくる。

アリサ「これは?」

コトリ「鍵。エリちゃんからずっと預かってたの」

アリサ「え……!?」

コトリ「もしもの妹が単身で日本に来たときに備えてたんだろうね。高校時代エリちゃんが住んでいたマンションの鍵だよ。まさかウミちゃんの家に居候することになるとは予想してなかったみたいだね」

アリサ「え、ええ!? どうしてコトリさんが」

この前アリサに案内されてそのマンションに行ったときは鍵が無くて引き返していた。

「これじゃエリさんに会えるまで中には入れないね」なんて話していたが、まさかその鍵!? どうしてそれをコトリさんが持っているのか。

コトリ「エリちゃんは頭がよかったからね。『一番アリサちゃんと接触する機会がありそうな』私に預けたんだよ」

アリサ「私が、コトリさんと接触しやすかった?」

コトリ「相対的にね。一番音ノ木坂学院に長く関わりがあるであろう『理事長の娘』」

なるほど。この用意周到なようで回りくどいやり口は間違いなくうちのお姉ちゃんだ。

アリサ「ありがとうございます! この鍵探してたんです」

鍵を受け取ると、私たちはちょうど突き当りまで歩ききっていた。

アリサ「ここまでで大丈夫です。送ってくれてどうもです」

コトリ「うん。じゃあね。それからこれが三つめのプレゼント。アリサちゃんが来たら渡してくれって頼まれたの」

封筒に入った手紙を受け取り、私はコトリさんと別れた。

アリサ「さて……この手紙があるということは」

手紙を開く。書いてあるのはやはり――。

『スパリゾートことり』

だけだった。



私は頭の中でメモの『■パリゾートことり』の空白を埋める。

『パーフェクトまきちゃんメモ』略して『PMM』――

スパリゾート“ことり” ◎

メトロノームほのか

ムーンソルトうみ 

パーフェクトまき

ワイルド■■

バットの■■

ギャラ■■■■にこち■ん

スマートキューティ■■■

・・・・・



六月ぞわぞわ日

アリサ、高校二年生、

アリサ「マキさん、メモの空白、埋まってきましたよ」

マキ「くうはく……?」

アリサ「またまたぁ。あなた以外誰が裏で手を回すっていうんですか。ウミさんのときも、コトリさんのときも」

マキ「さあ……なんのことかサッパリだわ」

アリサ「とぼけちゃって。ウフフ。いいですよ」

今なら確信をもって言える。『パーフェクトまきちゃんメモ』の先代の所有者にして筆者、それがマキ先輩だ。

私はどんどんかしこくなっていく自分に半ば恐怖を覚えながら、二年生の教室へと猛ダッシュしていった。

やばい! 遅刻っ!



――――



マキ「おかしいわ……私、“本当に何もしてない”わよ……?」



・・・・・

つづく

・・・・・



ウミ「本当に行ってしまうんですか?」

アリサ「はい。短い間でしたが、お世話になりました」



私はまた引っ越しすることになった。

今度の家は家賃を払う必要はなく、誰にも気を遣う必要もない。

私は結局、お姉ちゃんが数年前まで使っていたマンションの一室、そこにうつりすむことにした。

鍵もあるし、場所もわかる。ならいつまでもここに厄介になっているわけにもいかない。それに。

アリサ「あそこ、標識に『AYASE』って書いてあるんです。……やっぱり、私が帰る場所はあそこなんですよ」

ウミ「寂しくなります……いつでも遊びに、いえ、帰ってきていいんですからね。ここはアリサちゃんの第二の故郷です」

アリサ「大袈裟ですよ、でもありがとうございます」

ウミ「いつでも連絡してください。アリサちゃんのもとへならいつでも駆けつけますから!」

今生の別れかのように大袈裟に振る舞うウミさんに、手を差し出す。

アリサ「では、“行ってきます”!」

ウミ「ええ……! いってらっしゃい」



握り返してくるウミさんの手の感覚が、新しい我が家に着くまでずっと残っていた。



・・・・・

・・・・・



偉大な姉がいた。偉大すぎる姉がいた。

私は何をしても私ではなくあなたの妹でしかなかった。

お姉さんなら……お姉さんのように……。

そんなの絶対お断り。私は私の道を行く。

私の名前は妹じゃない。



・・・・・

・・・・・



私、ユキホ。

自分で言うのもなんだけど、私は結構おせっかいだ。

アリサ「お買い物?」

ユキホ「そ。アリサ、全部燃えちゃって大変でしょ。服とか、日用品とかさ」

アリサ「うーん……まあ、でも」

ユキホ「お金はアレだよ。一着くらいなら特別に買ってあげる。ほんとーに特別なんだからね。普段から買ってくれると思わないでよ」

アリサ「そんな、悪いよ」

ユキホ「困ったときはお互いさまなんだから、遠慮なんかやめてよね」

アリサ「そっか、『溺れる者は藁をもつかむ』っていうものね」

ユキホ「ユキホは藁かよ」

アリサ「それじゃあ……ありがとう!」

とにかくユキホたちは放課後町へ出ることになった。



・・・・・

「高坂? ああ、穂乃果さんの妹さんね」

「知ってる? ホノカちゃんの妹もスクールアイドルやってるんだって!」

「期待してるよ。お姉さんのように頑張ってね」

「どうしたの元気ないね、お姉さんだったらどんなときも……」

「ぶっちゃけ高坂の妹ってμ‘sよりもさ……」

うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさい。

どうしてどいつもこいつも『ホノカ』『ホノカ』ってそれしか言わないの?

今お姉ちゃんは関係ないじゃん。

私は私の意思でここにきた。私の意思でアイドルを始めた。私の意思で私の人生を生きている。

なのに、”私”じゃダメなの? どうして”高坂ホノカの妹”しか認めてくれないの?

私はユキホ! ユキホだよ!

私は……ユキホはホノカじゃない。ユキホはホノカとは違う。

私はお姉ちゃんのようにはならない――ユキホはホノカとは違う道を行く――。

ユキホはユキホ! 高坂ホノカじゃない!



――だから。

ユキホはアイドルなんかやらない。アイドル研究部になんか行かない。

あんこも飽きないし、パンもイチゴも嫌い。水泳は苦手だしシール集めなんて趣味じゃない。

運は悪いし、いっつも元気がなくて、すぐ諦める。

頭はよくて、友達がいない。

生徒会にも絶対入らない。



――だから。



誰か呼んでよ、私のこの名前を……。

私の名前は……



「ありがとうユキホ!」



その日、私は私を知らないあなたに出会った。

純度100%の『ユキホ』を聞くのは本当に久しぶりだった。

あなただけは、ユキホをユキホとして見てくれた。



ユキホ「ありがとう。アリサ」

アリサ「…………? なにが?」

ユキホ「……ううん。なんでもない。それよりさ、この服どうかな」

アリサ「うん! とってもかわいい。きっとユキホに似合うよ」

ユキホ「そうじゃなくて……アリサに、どうかなって、き、聞いたんだけど」

アリサ「私に?」

ユキホ「ん……」

不機嫌そうに俯いて、淡い藍色のフリルのついたワンピースをアリサに押し付ける。

アリサは無邪気な笑顔でそれを受け取り、試着室のカーテンを閉めた。

きっと次にカーテンが開いたとき、そこには外国のお嬢様みたいな女の子が立っていて、裾をピラリと上げながら一礼してこう言うんだ。

「ご機嫌麗しゅう」

そして私は、その服をそのまま買ってあげちゃうんだと思う。



・・・・・

・・・・・



家から最寄りの駅でアリサを待つこと……もうすぐ一時間かな?

電車を間違えたアリサをこうして待っているわけだけど、こりゃダメそうだ。

最悪アリサも諦めて自分の家に帰ろうとするだろうから、それを捕まえようと思ったんだけど、もしかしてあの子自分の家に帰る電車もわからないんじゃ?

だとしたらかなり厄介だ……しかし本当に迷子だとしたら放っておけないし、どうすればいいんだろう、と途方に暮れていると……。

アリサ「ユキホー!」

アリサの声がした。どうやら自力で戻ってこれたらしい。

なんか知らないお姉さんに案内してもらったらしいけど、私はそれらしい人を見なかった。

たぶんその人は、ユキホから逃げたんだと思う。


・・・・・

・・・・・



アリサ、高校二年生、ユキホけ、なう。



アリサ「ここがユキホのお部屋かぁ」

ユキホ「ゆっくりしていきなよ」

アリサ「うん……隣の部屋は?」

ユキホ「あの日、アリサが泊まった部屋だよ。もともとお姉ちゃんの部屋。今はもういないけど」

アリサ「いないのか……じゃあこれはユキホが預かっててくれる?」

ユキホ「は……? そういえばなにこれ」

アリサ「マイクケース」

ユキホ「いやなんでそんなの持ってるの」

アリサ「忘れ物なんだ。ユキホが預かっててくれないかな。私じゃ失くしちゃうかも」

ユキホ「えーやだよ」

アリサ「お願い」

ユキホ「……よくわかんないけど、置いとくだけだよ?」

それからは沈黙が続いた。

私が棚に綺麗に並ぶ少女漫画を指して「読んでもいい?」と尋ねたためだ。

ユキホいわく「私は読まないから持ってってもいいよ」とのことだったが、どうして読まない本がこんなにたくさん置いてあるのだろう。

やっぱりユキホは変だ。

足をパタパタとしながら雑誌を読むユキホのほうをみてそんなことを考える。

雑誌にはスタイルのいいお姉さんがいっぱいいて、流行りの格好をしながらかっこいいポーズを決めていたりする。

……やっぱりユキホはおしゃれ好きだ。かわいい服、あるいは衣装を見るのが、着るのが好きなんだ。

本当は好きなのに読まない少女漫画も、本当はおしゃべりなのにツンケンした態度をとるのも、行かないのにアイドル研究部を退部しないのも――。

アリサ「ユキホ、戻っておいでよ」

無意識に近かった。あくまで漫画から目線は外さないで私は続ける。

アリサ「戻っておいでよ。アイドル研究部」

ユキホ「……なんで?」

私と真逆の方向に頭を向けて寝そべるユキホは、私と同様に雑誌から目を背けないで返答する。

アリサ「本当は、アイドル好きなんでしょ」

ユキホ「そんなわけないじゃん」

アリサ「お姉ちゃんもアイドル研究部だったから、ユキホはアイドル研究部に居たくない。そうでしょ」

ユキホ「あなたには関係ない」

アリサ「すごいアイドルだったんだね。高坂ホノカ……μ’s」

ユキホ「…………」

アリサ「だからユキホは、最初からたくさんの期待(モノ)を背負っていたんだ」

ユキホ「あなたになにがわかるの」

アリサ「きっと、妹のあなたはなんでもお姉さんと比べられた。やることなすこと、全部お姉さんの追従だった。……そして、ただの一度も姉を超えることはできなかった」

ユキホ「うるさい……! あんたも……あんたまで私を”ホノカの妹”と呼ぶの……!?」

アリサ「逃げたかったんだよね。だから大好きなアイドルもやめて、自分を”妹”としか呼ばない人たちを遠ざけた。誰も自分を『ユキホ』と呼んでくれないから、自分で自分を『ユキホ』と呼ぶようになった。

『私はユキホだ』自分に言い聞かせるように。周りに示すように」

ユキホ「なんでそんな話するのっ……!」

バンッと雑誌を閉じる音がした。

私も漫画を閉じて、ユキホに向き直る。

アリサ「全部逆だったんでしょ?」

ユキホ「…………っ! なんで……なんでアリサは、バカのくせにそんな……」

アリサ「私バカだけど、なんにも知らないけど、覚えてるから。ユキホの言動。仕草、一言一句、全部覚えてるから。

私自身はなんにも知らないけど、たくさんの人がいろんなことを教えてくれるから、私はそれを覚えてる」

ユキホ「適当言うのやめてよ!」

アリサ「適当じゃないよ。私、忘れませんから」

ユキホ「もういい! 漫画も全部持ってっていいから出てって!」

アリサ「ユキホは勘違いしてるよ。今のユキホこそ、姉に存在を食べられてる」

ユキホ「そんなわけない! 私は高坂ホノカと似てるところなんて一つもない!」

アリサ「一つもないよ! “そうしてる”んでしょ!? 確かに姉を掛け合いには出されなくなったかもしれないけど、あなたは姉に似せないようにと自分を潰してる」

ユキホ「そ……れは……」

アリサ「姉を遠ざけたいと思いながら、思いすぎるから、その行動原理には常に姉がついて回っているんだよ」

ユキホ「…………!」

アリサ「あなたは”高坂ホノカの妹”ではなくなったのかもしれない。でも同じようにもう”高坂ユキホ”でもなくなっている」

ユキホ「なんとかしなきゃいけないんだからしょうがないじゃない! そんなのわかってる! でも……ほかにできることなんてなにが……」

アリサ「跳べるよ」

ユキホ「……え?」

アリサ「私たちは跳べる。妹だから跳べるんだよ」

ユキホ「なにを……?」

アリサ「私たちにはいつでも”跳び越えるべき壁”がある。それが姉にはなくて、妹にはあるもの。

どうやっても逃げられないんだよ。どうしたって、姉の存在からは逃げられない。だからその呪縛から解放されるには姉の頭上を跳び越えていかなきゃいけないんだ」

ユキホ「アリサ……」

アリサ「まあ私はその呪縛が好きなんだけどね。お姉ちゃんと比べられて嬉しい。お姉ちゃんみたいだと言われて嬉しい。……やっぱり私も変かな」

ユキホ「……変だよ。そんなの」

アリサ「うん……変だね。でもわざと全部を逆にいくなんて、ユキホも相当変だよ」

ユキホ「ハハ……そうだね。私たちって変だ」

それから私は夕飯をごちそうになって、家には泊まらないで帰った。



・・・・・

・・・・・



それから幾ばくかの時が流れた。

「アーズ タイム ゴーズ ばああああああい!」

相も変わらずあの路地裏で彼女は歌を歌っていた。

私もあの日と同じように拍手を送る。

「ぜえ……ぜえ……久しぶり。アリサちゃん」

アリサ「こんにちは」

「うん……そうだアリサちゃん私のマイク知らない? あの日からどっかいっちゃって。ゲホ……おかげで素の声で叫ぶハメになってるだけど」

アリサ「知ってますよ」

「ほんと!?」

アリサ「はい。あのあと返しそびれちゃって預かってます。この間のお礼も兼ねてうち来ませんか?」

「え、アリサちゃん家?」

アリサ「はい」

「マンションの?」

アリサ「知ってるんですか?」

「……いや、そんな気がしただけ」

アリサ「それで、どうなんですか」

「行くよ。マイクないと困るからね」



・・・・・

・・・・・



アリサ「ここが我が家です」

「おじゃまします」

ユキホ「ちょっとアリサー、客人おいて外出ってどういうこと? なにしてきたの」

「――――!」

アリサ「えへへ。ちゃんとマイク持ってきた? この人がそのマイクの持ち主なんだけど……」

ユキホ「ああ、道案内してくれたっていう? すみませんアリサがご迷惑おかけした……みたい、で……!?」

「こんにちは」

ユキホ「お、お姉ちゃん……?」

「久しぶりだね……ユキホ」



・・・・・

・・・・・



ユキホ「ちょっとどういうことアリサ!」

アリサの家で待たされること数十分。それだけでもダメージ大きいのに戻ってきたアリサはとんでもない人を連れてきた。

アリサ「こんな偶然あるんだね。まさかこの人がユキホのお姉ちゃん、ホノカさんだったなんて」

ホノカ「…………」

ユキホ「この前のお返しに家に招待したいってから来たのに何でこの人がいるの!?」

アリサ「だから、偶然だってば」

ホノカ「……そうだよユキホ、これは偶然。アリサちゃんは悪くないよ」

ユキホ「ぐ……」

アリサ「なにか飲み物出しますね」

ホノカ「あ、お構いなく」

アリサ「あれ、おっかしいなあ。飲み物切らしてたみたい。私買ってきますね」

ユキホ「いいよわざわざ! それより……」

アリサ「鍵は持っていくんで家は空けないでくださいね! じゃあいってきまーす」

ユキホ「ちょおまっ……」

借金取りから逃げる甲斐性なしのようにアリサはさっさと玄関を開けて出て行ってしまった。

本人の言う通り、主不在で家を空けるような真似はできない……自然、私は姉と同じ空間でアリサの帰宅を待つことになる。

ユキホ「はあ……まったく、やりかたが強引すぎだっての……エリさんならもっとスマートにやるだろうに」

ホノカ「そうだね。あの子はあんまりエリちゃんには似てないかも」

ユキホ「知ってたんだ」

ホノカ「一目でわかったよ」

ユキホ「似てないのに?」

ホノカ「中身はね」

ユキホ「…………」

ホノカ「……お母さんたち、元気?」

ユキホ「……まあ。でもたまには会ってやりなよ」

ホノカ「ハハ……帰るとユッキー嫌がるからさ……」

ユキホ「何やってんのさ、路上シンガーとか、笑えないんだけど」

ホノカ「別にそれで食べてるわけじゃないし、路上生活してるわけでもないんだからね」

ユキホ「ならいいけど」

ホノカ「私は後悔していないし、今だって満足してる。でも――ただ一つ。あなたのことが気がかりだった。

私のせいで、たくさん、苦労したよね。ごめんね……こんなお姉ちゃんで」

ユキホ「ホントだよ。なにしたってお姉ちゃんの名前が出てくるんだもん。うんざりしちゃう」

ホノカ「……ごめん」

ユキホ「でもそれでさ、お姉ちゃんに当たるのは筋違いだったっていうか……」

ホノカ「え?」

ユキホ「別に謝ったりはしないから。今だって顔見ただけでむしゃくしゃするし」

ホノカ「うぅ……」

ユキホ「それで、そのむしゃくしゃからずっと逃げてた。……でもね、あの子が……アリサが教えてくれたの。それじゃダメだって。

あの子は姉の背中を追いかけてて、私は逃げてて、真逆なアリサの在り方にもむしゃくしゃしてた。でも……。真逆だったけど、同じだったんだ。

逃げてる地点で、私の中にはいつも高坂ホノカがいた。逃げてる限り、追いかけてくるやつがいるんだ。それは自分で追いかけるのと何も変わらないんだって」

ホノカ「ユキホ……!」

ユキホ「だけどやっぱり私は姉を追いかけるなんてごめんだね」

ホノカ「がーん!」

ユキホ「だから私はもう逃げも追いもしない。私はお姉ちゃんに立ち向かう。今日ここで私は高坂ホノカに”宣戦布告”する!」

ホノカ「ええぇ!?」

ユキホ「お姉ちゃんは私の敵だ! 超えるべき相手だ! 私は姉を倒す!」

ホノカ「ギャーごめんなさーい!」

ユキホ「謝っても許さない! 絶対お姉ちゃんを超えてやる! お姉ちゃんを……μ'sを超えるスクールアイドルになって、みんなを見返してやるっ!」

ホノカ「えっ……」

ユキホ「そしてこのマイクは今まで私を苦しめた罰として返さない!」

ホノカ「えーっ!」

ダンっ! と立ち上がり、正座する姉を指さして私は宣言する。

――必ずあなたの頭を跳び越えていってやるんだから!



・・・・・

・・・・・



アリサ「ただいまー」

ユキホ「おかえり」

アリサ「『おでん』と『おしるこ』、どっちがいい?」

ユキホ「だからそれどっちも飲み物じゃねーっ!」

ホノカ「ぷっ! あはは。じゃあ私はおしるこもらおうかな」

ユキホ「え、お姉ちゃんあんこ嫌いなんじゃ」

ホノカ「まあね。でもユッキーだって、とっくに飽きてるんでしょ?」

ユキホ「……うん。飽きた。私もとっくの昔に、あんこは飽きてるよ」

ホノカ「ならやっぱり、私がおしるこだよ。姉ってのはそういう味が好きなのさ」



私が自販機に飲み物を買いに行っている間になにかあったみたい。それも、結構いいことが。うん……よかったよかった。

でもそれじゃおしるこ買ってきた私が悪者みたいじゃないですかーっ!



・・・・・

・・・・・



ホノカ「じゃ、私は帰るね。お母さんにはそのうち顔出すって言っておいて」

ユキホ「やだよ自分で言いに行きな」

ホノカ「むぅ……」

ユキホ「……じゃあね」

ホノカ「んっ!」

――なんの前触れもなく、ホノカさんはユキホに抱き着いた。

ユキホ「うわっ!? ちょ、お姉ちゃん!? 離れろー!」

ホノカ「私なりの”宣戦布告”と、"エール”だよ」

ユキホ「ん――――っ!」

ホノカ「うわっとと……こんなに力強くなっちゃって、びっくりした」

ユキホ「もう……それ褒めてるつもりならセンスなさすぎ」

ホノカ「あれれ……」

ホノカさんは「やっちゃった! てへ」なんて言いそうな顔でこちらを向くと、今度は私を抱きしめた。

スキンシップ過多な人であることはよくわかった。

アリサ「わっ……」

それは、長らく感じることのなかった『お姉ちゃんのぬくもり』だった。

優しくて、暖かくて……できることなら、そのままずっとその腕の中に包まれていたい……そんな懐かしいぬくもり。

ホノカ「アリサちゃんは、お姉ちゃんによく似てるよ」

耳元で囁くホノカさん。それは私にとって何よりうれしい褒め言葉だった。

アリサ「私がお姉ちゃんに? どこですか? 目元、それとも鼻? 耳の形?」

ホノカ「中身も、やっぱり似てるんだよ」

アリサ「え」

ホノカ「これ、私の連絡先。なにかあったらいつでも連絡して。……妹をよろしくね」

ホノカさんの顔が耳元から離れ、そして体も離れていく。

ホノカ「じゃあね! あ、エリちゃんには『私は元気にやってる』って伝えておいて!」

太陽のような笑顔で、大きく手を振って、むしろ体全体で手を振って、ホノカさんは去っていった。

アリサ「フフっ。見てユキホ、あの手の動き、まるでメトロノームみたい」

ユキホ「ほんとにね」

ホノカさんがみんなのペースの基準になるメトロノームなら、ユキホはずれたペースを指摘する冷静で客観的で、情熱的で主観的な指揮者(コンダクター)……なんてどうだろう。

私は頭の中でメモの『メトロノームほのか』の項目にチェックをつける。



・・・・・

・・・・・



長い停滞は終わった。

きっかけは自分自身にはなかったかもしれない。

けれど少女は、自分の意志で立ち上がる。



ユキホ「あの……私……」

ハナヨ「おかえり、ユキホちゃん」

ユキホ「…………」

ユキホがアイドル研究部に戻ってきた。いや、ユキホがいた頃を私は知らないんだけど。

マキ「ふん……あれだけサボったツケは大きいわよ。心臓張り裂けないようにね」

ユキホ「…………あの!」

マキ「なによ、言っとくけど手加減なんかしてあげないんだからね」

ユキホ「すいませんでしたーっ!」

アリサ「ユキホ……みなさん! どうかユキホを許してあげてください! 私からもお願いしますっ」

ハナヨ「いいよ」

アリサ「かるっ!?」

ユキホ「そんな簡単に許されちゃ私……自分を許せません!」

ハナヨ「そんなこと言われても、私はもともと許すも何もないし」

ユキホ「そんな、ここは一発くらいビシッとぶん殴ってくださいよ!」

ハナヨ「えっー……」

リン「ユキホちゃん、乗り越えられたみたいだね」

アリサ「はい」

リン「パーフェクトまきちゃんメモのおかげかにゃ?」

アリサ「きっとそうです」

リン「それとも友達のおかげかにゃ?」

アリサ「どうでしょう」

リン「リンはね、仲間が背中を押してくれれば、トラウマだって乗り越えられるって知ってるよ」

リンさんは、ときどき別人みたいな顔をする。

ハナヨ「じゃあ……デコピンで……」

ユキホ「それじゃあ私の気が済まないんですーっ!」

ユキホは、もう自分のことをユキホとは呼ばない。



・・・・・

・・・・・

七月ぐるぐる日

アリサ、高校二年生、夏休み。



ユキホ「はいこれ、ライブの映像全巻」

アリサ「うわ、こんなに!?」

ユキホ「こっちはPV.メイキング映像もね。あと練習風景……非売品も多いんだから大切にね」

アリサ「ユキホって実はμ’s大好きなんじゃ……」

ユキホ「ごちゃごちゃ言わない! 今週中にぜーんぶ目を通しておくこと!」

アリサ「これ全部!?」

夏休み。私とユキホは『μ’sを超えるスクールアイドル』を目指して日々精進している……が、これはあんまりだ。

確かに敵を知ることは大切だけど、こんなにたくさん見ていたら肝心の練習はいつすればいいのか。

1m四方の段ボールを渡されて頭が真っ白になった。

ああ、これから毎日徹夜が続くんだ。ディスクを入れ替えては画面を凝視し、入れ替えては凝視し……寝ても覚めてもμ’sの歌声が脳内に響く……。

一週間後私は死んだ目をしているに違いない。



・・・・・

・・・・・



一週間後。



アリサ「でそこでライトアップ! イルミネーション! オレンジ一色、リャンイーソー!

興奮……いやあれはもう世界だよあとあの飛行機はどうやって撮影したんだろうね! そんなのどうでもよくなるくらい楽しくなっちゃってまさにわおどうしよう!?

ラヴをバックに不敵に笑うウミさんで思わず心停止しかけたし!でも個人的にはAAがよかったなお姉ちゃんがセンターっていうのもあるけどあのどんどん移り変わる背景!

あれどうなってんの!? 後ろ緑の壁紙なの!? ってもうそんな話は必要ないよねもっと細部の話しようか! 振付とかフォーメーションとか!? ユキホはどの楽曲が好き?

大丈夫全部歌詞から振付まで頭に入ってるから!」

ユキホ「研究して来いって言ったのに熱狂的なファンになっちゃってない?」

アリサ「ミイラ取りがミイラになるって言うでしょ!」

ユキホ「自分でから言うやつじゃないよそれ!?」

アリサ「敵を騙すにはまず味方からって言うでしょ!」

ユキホ「意味不明だよ!?」

アリサ「とにかく全部記憶に刻み込んできたんだから。約束通り」

ユキホ「そうだね……じゃあ、どう思う? ファンとしてじゃなく」

アリサ「……すごいよ。歌もダンスもドンドン上達していって、パフォーマンスだって……いやあれ本当に高校生?」

ユキホ「μ'sがどんだけ化け物だったかわかったでしょ。……それでも私たちは、超えられると思う?」

アリサ「正直……難しいと思う。でもできるよ。私たちならきっと超えられる」

ユキホ「よし。私をその気にさせておいて『やっぱり無理』なんて言ったらひっ叩いてたよ」

アリサ「問題はどうやって超えるかだよね」

ユキホ「どうやってってそりゃ、まずラブライブに優勝して……」

アリサ「優勝しても、並ぶだけだよね? 超えたことにはならない」

ユキホ「あ……じゃ、じゃあμ’sより人気者になる……? いやダメだそんな曖昧な尺度で超えた超えないは語れない」

アリサ「そもそも音楽に良し悪しや優劣はないからね」

ユキホ「むぅ……どうやったら超えたことになるんだ?」



そうしてあーだこーだ『超えるとはどういうことか』を話し合った結果、恐ろしい結論が出た。

ユキホ「……無理だ、超えるってのがどういうことかわからない以上、超えるのは無理だ。『何をすれば超えたことになるか』って、そんなものないんだ」

『超える』とはなにか。私にはわからない。

私は何も知らない……ただ覚えている。私に必要な作業は『考える』ことではない。『思い出す』こと。

チョコレートを口に含む。脳の栄養となる唯一の力、糖分。

頭を働かせるには、『パーフェクト・アリサ』になるにはチョコレートが必要なのだ。

『パーフェクト・アリサ』は『イノセント・アリサ』を押しのけて記憶に記された答えを探す。



アリサ「…………」

ユキホ「どうしたのよ、黙り込まないでよ」

アリサ「例えば、豹と猫が互いの優劣を決めるためにしたことは……戦い。二人は戦った。勝者は豹。審判の狐は引き分けにしょうとしたけど、猫は自分から負けを認めた」

ユキホ「は……? アリ、さ?」

アリサ「豹と猫が戦って、猫が負けを認めた。だから豹は猫よりも優れている……そういうことだ。超えるとは、下すということ」

ユキホ「アリサっ! どうしちゃったのよブツブツと、変なものでも食べた!?」

アリサ「え……あ、アレ? 私変だった?」

ユキホ「えっ? なんだいつものアリサか…………? 今まるで別人みたいに」

アリサ「それよりユキホ! 私わかっちゃった!」

ユキホ「わかったって?」

アリサ「μ'sが負けを認めたら、私たちはμ'sを超えたと言えるのではないかしら!?」

ユキホ「……つまり?」

アリサ「私たちのライブにμ’sのみなさんを招待すればいいんだよ!」

ユキホ「μ'sを全員!?」

アリサ「そう! そしてそこで私たちは圧巻のパフォーマンスを披露するの! お客さんもμ’sも唖然! お口ぽかーん、目を白黒させて絶句!

圧倒的なステージを前にμ’sは口をそろえてこう言うわ。“参った”“かなわない”。証言はμ’s! 証人はお客さん! 勝者は私たち!」

ユキホ「おお……!」

アリサ「これが『超える』だよ! 相手に直接『超えられた』と思わせる。これ以上完璧な、パーフェクトな勝利がありましょうかっ!?」

ユキホ「んーっ……」

アリサ「どう、ダメ……かな」

ユキホ「あはは。まいったな。アリサの演説にすっかりほだされちゃった」

アリサ「よーし! じゃあその方向で」

ユキホ「で、その圧巻のステージってやつはどうすればいいのかな?」

アリサ「え、それは……えーと」

ユキホ「はあ……そこまで考えてなかったか。期待した私がバカだった」

アリサ「な……!? ユキホを私に期待してくれたっ!」

ユキホ「今の喜ぶところじゃないからね!?」

アリサ「期待は裏切らない! お任せアリサ! えっとね、そう。それはまるで……雪のように。今年の雪もついに大きくなって雪だるまだよー?」

ユキホ「μ’sの最後の歌をリスペクトしてるんならセンスが足りない」

アリサ「にっことか巻き戻すも大概だと思うけど……じゃなくて最後まで聞いて!」



雪のように舞い散る光の中で私たちは歌うの。

百や二百じゃない。空間を埋め着く光の粒。それは雪のようで、星のようで、花火のようで……でも花火なんかよりもっとすごいの。

花火はすぐに散ってしまうけど、“それ”は違う。いつまでも宙に留まり続ける。たとえるなら、花火を写真に収めたような光景が永遠に続くの。

その光は私たちの手から放たれて、どんどん数を増やしていく。ステージも、客席も、まるで宇宙みたいに星に包まれて……どう? 圧倒的でしょう?

私は目を閉じて光景を思い浮かべる。もしそんなステージがあったら――。



ユキホ「うん……すごく綺麗。もしそんな景色の中で私たちが歌っていたら……本当にμ’sに“まいった”って言わせられるかも……」

アリサ「これが私の思い描いた理想のステージ。私たちはμ’sとは違う。なずけて“私たちは無限の光”作戦。どうかな」

ユキホ「ま、無理だね、実現するなら超未来テクノロジー、夢の新物質が必要だよ」

アリサ「未来はすぐそこだよ!」

ユキホ「だといいけどね。さてほかのプランを考えようか」

アリサ「あー本気にしてない! アイドルという“スター”とお星さまをかけた渾身のアイデアだったのに」



・・・・・

・・・・・



最近アリサは笑うことが少なくなった。

いつも難しい顔をしていて、そしてときどき難しいことを口走る。

アリサが壊れていく。

アリサがアリサでなくなっていく。

私を救ってくれたあの、純粋無垢(イノセント)な少女が、いつかどこかに行ってしまうような気がする。

そんなわけないのに、そんな気がして怖くなる。



・・・・・

・・・・・



――頭脳に釣り合わない圧倒的な知識は、徐々に少女を侵食し始める。



『パーフェクト・アリサ・メモ■■』



開幕

つづく……

次は数日開きます。
もしこんなところまで見てくださっている人がいたら申しわけありません。

*****



五月



私の名前は西木野まき。

音ノ木坂学院三年生。知性あふれるごく普通の天才美少女よ。

この生は幸福を求めるためにある。

この死は精一杯生きるためにある。

この夢は叶えるためにあり、この愛は報われるためにある。

唯一、何のためでもないものがあるとすれはそう……。

くせっ毛なこと。

そんなごく普通な私なまきちゃんをみんなはこう呼ぶわ。



りん「まきちゃん」

まき「あら、どうしたの? りん」

りん「どうしたのじゃないよ、まきちゃんが手伝ってって言うから一緒に探してるのに」

まき「ありがと。どう、見つかったの?」

りん「ないよ、ないない! もう部室はぜーんぶひっくり返してみたけどなかったよ」

まき「ウソよ、なんにもひっくり返してないじゃない。私見てたわよ」

りん「もののたとえだよ。もし部室を丸ごとひっくり返しちゃいたかったら世界ごとひっくり返さないと」

まき「ふん。じゃあそこで逆立ちでもしてなさい」

私は一人で探し物を続ける。

りん「珍しいよねーまきちゃんがものを失くすなんて」

まき「そうなのよ。まさか、りんが隠してるんじゃないでしょうね」

りん「そんな意地悪してどうするの」

まき「ツバメさんは不幸な人々のために幸福な王子の像から金を剥いだというわ」

りん「それは本人の願いありきでしょ」

壁際で逆立ちをしながらりんはもっともなツッコミを入れてくる。確かに、りんがアレを手に入れる利点は皆無だ。

りん「それにそもそも、りんはたとえまきちゃんがそれを望んでも、まきちゃんを犠牲にして赤の他人を助けようなんて考えないね」

まき「そうね。でもそれを言うなら『そもそも私は自分を犠牲に他を助けたりしない』が正解よ」

りん「さすが唯我独尊は言うことが違うや」

まき「助けるなら自分もろとも。人を救わば穴0つ。溺れている人がいたら自分も飛び込むんじゃなくて浮き輪を投げ入れろって話」

りん「なるほど。肝に銘じるにゃ」

まき「……さてと」

りん「…………? もういいの?」

まき「ええ。ここにはないみたい。……いったいどこに落としたのかしら。私のメモ」



・・・・・

・・・・・



ハナヨ「パーフェクトまきちゃんメモ?」

アリサ「はい、段ボールの中にあって」



あれだけ探しても出てこなかった私のメモを、アリサちゃんは部室掃除のついでにあっさり発見してきた。

私が見落とした……? いや、あのときは確かになかったはずなのに。

……いい機会だと思ったのに。失くしてしまったのなら、失くすべくして失くしたのだろうと。

今までこの私があのメモを持ち続けていることのほうが不自然だったのだ。



アリサ「スゴイ! このメモ帳もらっていいですか!?」



だかそれもいいだろう。そのほうが意味もある。メモとは本来、未来へのメッセージなのだから。

まき「……りん。もしかしてだけどあなた本当はあのときメモを見つけていたんじゃないの」

りん「どうしてそう思うの?」

まき「そうして後でアリサが見つけられる場所にこっそり置いておいた……とか」

りん「だから、どうしてりんがそんなことしなきゃいけないの?」

まき「私にはあなたが、ユキホをアイドル研究部にひき戻すように仕向けたように見えたけど? つまり、溺れたユキホを助けるためにアリサを投げ入れたように見えたけど?」

りん「うぐ……まきちゃん鋭いね」

まき「じゃなきゃどうして、『あのメモならユキホを助ける方法がわかるかもしれない』なんて言うのよ。無理があるわ」

りん「まあすぐにばれちゃうとは思ったけどね。後の祭りだよ」

まき「やっぱり……」

りん「でも、メモは本当に知らないよ。あれはあの場の機転で言っただけ」

まき「じゃあメモは本当に私が見つけられなかっただけなの?」

りん「そうじゃない?」

まき「……まあいいわ。そうしたからにはユキホ、戻ってくるといいわね」

りん「え……うん」

まき「あなたのことだもの。“コンプレックス”を抱えて本当の自分になれない女の子が放っておけないんでしょ。かつての自分を重ねちゃってね」

りん「余計なお世話だよーだ!」

まき「それをとがめる気はないわ。私も今回は……ユキホが戻ってくるまではメモの件は黙認しましょう」

りん「済んだらメモは回収するってこと? どうして? そのままあげちゃえばいいのに」

まき「ダメよ。アレには大抵のことが書いてある。そんなもの持ってたら自分で考えることをやめてしまう。大切なのは自分で答えを出すこと、でしょう?

教えられることに依存してしまう前にメモは取り上げないと」

りん「ふーん。昔えりちゃんに諭されたまきちゃんが、言うようになったね」

まき「余計なお世話よ!」

りん「それをとがめる気はないよ。じゃあ幸福の王子は期間限定で金を剥がして配ることしたわけだ」

まき「そういうことよ。わかったらさあ行きなさい。ツバメさん」

りん「ツバメ返し! ビシビシッ」

まき「意味わかんない!」

その時の私は、『後でメモは返してもらえばいい』。そう思っていた。

別に返してほしいわけじゃない。ただ、アリサちゃんにかつての私のような過ちを繰り返してほしくなかった。

それが私なりの最大の譲歩。あくまで脇役に徹するつもりだった。なぜならこの物語は私のものではないのだから。

そして――



*****

*****



“11月”

私、ユキホ。

時はこれまでアリサの日記で語られた季節を超えて、冬を迎えようとしている。



マキ「――どう?」

ユキホ「どうって……」

マキ「アリサの日記、どこまで読んだ?」

ユキホ「私がアイドル部に復帰して、夏休みに入ったところまでです。でも知らなかったな。アリサってばこんな詳細な日記を毎日つけてたんだ」

マキ「感想は? あなたがもしこの日記に何か違和感を感じたならいい線いってる」

ユキホ「はあ、いったいなんなんですか?」

マキ「あなたには確認してほしかったのよ。その日記はすべて事実? 何一つ間違いはない?」

ユキホ「はい。全部事実ですよ。これ以上ないってくらい正確です。私がすっかり忘れてたようなどうでもいいことまでびっしり」

マキ「そう……だとしたら」

ユキホ「…………?」

マキ「だとしたら、とんでもないことになってきた」

とんでもない事……? いったい何があるというのか。

私はこの日記の何がおかしいのか、もう一度パラパラとページを戻り読み直す。



ユキホ「そういえば……この日記ではアリサの行く先々で“ある人”の手が回っていたとありますが……」

マキ「アリサが放火魔と居合わせたとき助けに入ったウミや、コトリに手紙を預けていた人ね」

ユキホ「はい……これによるとそれはマキさんではないか……と語られていますが」

マキ「アリサはそう思ったみたいね。まあ状況からしてそう思うのも無理はないけど……でもね、それは私じゃないのよ」

ユキホ「マキさん以外にこんなことが可能な人いるんですか?」

マキ「さあ……まだ確証はない。けど、裏で動いてる“誰か”がいたみたいね」

ユキホ「それがマキさんの言う“違和感”ですか?」

マキ「違う。それは違和感と言うにはハッキリしすぎてる。もっと漠然とした、不自然で不可解なところがあるはずよ。まだ気が付かない?」



確かにマキさんの言う通り、私だって違和感はある。何かがおかしい気がする。なにか見逃していることがある気がする。

でもそれが何なのか……“何かがおかしい”。違和感とは正体が掴めないからこその違和感であり、むず痒さであり、気持ち悪さだ。

これだけ膨大な文量の日記の中から僅かに感じる違和感を探しだすにはそれなりに時間が必要だ。どうしてアリサはたかが日記にこれほどの情報を詰め込んでしまったのか。

―――――いや。どうしてこれほどの情報を書き込むことができるのか……?

ユキホ「おかしい……おかしいですよこの日記」

マキ「気が付いた?」

ユキホ「そもそも詳細が過ぎる……自分の言動から相手の返答にいたるまでこと細かにも程がある」



鳥肌が立つ。この体はいま、何か得体のしれない恐怖を感じている。



ユキホ「そうか……私の知る限り、アリサはこんな日記なんて書いていない。それが最初に感じた違和感だったけど、それだけならまだよかった。

だって、日記なんて家で書くものだし、誰かに読ませるのでもない。私が知らなくても不思議はない」



だからこの気持ち悪さの正体は……。



ユキホ「日記はアリサが日本のホテルに泊まっているところから始まります。『今日から日本語で日記を書く』。

それから……日本語の勉強でもあったんでしょうね。とても丁寧に毎日こと細かに書かれている。……ええここまでに問題はありません。

ですが、今日まで毎日欠かさず日記を書いているとなると……これはおかしい。ぞっとするほどおかしいんです。

だってアリサ……あの“火事があった日も何事もなかったように日記を更新している”んですよ!? いつも通り、淡々と……」

そんなのはありえない。『今日火事で家が燃えました』。そんな日記はありえない。そんな精神はありえない。



……だが本当に恐ろしいのはそんなことではないのだ。



背筋が凍る。寒気がする。怖い……怖い怖い怖い! 私はそれを口にするのがどうしようもなく怖い。



ユキホ「あのあとアリサは私の家に来て……私ずっと見てたけど……お風呂に入って、ご飯食べて、寝た……それだけなんです。

――だっておかしいでしょう!? 火事で全部燃えたんですよ!? あのときアリサが日記を持っているはずがないんです!

“アリサがこの日記を書けるはずがない”んです! なのに……どうして私とアリサしか知らないようなことがこの日記には記されているんですか!?

新調したとして……どうして火事以前の記録が残っているんですか!?」



私は泣きそうな声で叫ぶ。



ユキホ「この日記……いったい誰が書いているんですか……!?」



*****

つづく

すべてを知るには、もう少しアリサの日記を読み解く必要がある。

それはアリサのダイアリーにしてメモリー。

季節は八月にして夏休み。



*****



八月

アリサ、高校二年生、まだ夏休み。



ラジオ『……ということで例のアパート火災、原因は大家さんの不注意やったんやって。ガスコンロは怖いねー。やっぱ時代はオール電化やね!』



ラジオを聴きながらこれまでの情報を整理する。

頭を使うと、口の中のチョコレートが脳に染み渡る。



『パーフェクトまきちゃんメモ』略して『PMM』――

スパリゾートことり ◎

メトロノームほのか ◎

ムーンソルトうみ ◎

パーフェクトまき

ワイルド■■

バットの■■

ギャラ■■■■にこち■ん

スマートキューティ■■■

ここまでくれば誰だってわかる。これは……この人たちはμ’sだ。

コトリさんに見せてもらった写真と教えてもらった名前を思い出す。私、忘れませんから。

ギャラ■■■■“にこ”ち■ん。

これは矢澤ニコさんのことで間違いないだろう。メモによるとマキさんはニコさんのことを『ニコちゃん』と呼んでいる。

つまりギャラ■■■■にこちゃん。あとは名前の前にある言葉は何なのか……ということになる。



ラジオ『これでひとまず“不審火”騒ぎは一件落着なのかな? いやあ、アパート火災は無関係やったんやね』



それからバットの■■。この『の』は助詞だと思っていたけれど、他から推測するに名前の一部と考えるのか自然ではないかしら?

『の』から始まるμ’sのメンバーは一人しかいない。つまりバット“のぞみ”。

ふふ。私にかかればこの程度、造作もないわ。



ユキホ「――サ、アリサってば!」

アリサ「へ……?」

ユキホ「アリサ!」

アリサ「あら、どうしたの? ワイルド――あれ?」

ユキホ「なぜ唐突にワイルド!?」

アリサ「……あ、ユキホ。どうしたの夫が寝言で知らない女の名前を呼んだときみたいな顔して」

ユキホ「どんな顔だよ」

アリサ「ところでユキホ、私明日の練習休んでもいいかな」

ユキホ「どうして? やっぱどこか具合悪いの?」

アリサ「…………? 元気だけど?」

ユキホ「じゃあ……お姉ちゃん探し?」

アリサ「うん」

ユキホ「なにかわかったの?」

アリサ「実は少し前にお姉ちゃんが通ってる大学がわかったんだ。ちょうど明日がオープンキャンパスでね」

ユキホ「え! やったじゃんそれもうほぼゴールでしょ」

アリサ「それが、その大学いくつかキャンパスがあってね」

ユキホ「なるほど……」

アリサ「夏休みになったら見て回ろうって決めてたの」

ユキホ「わかった。行っといで。部長には言ってある?」

アリサ「うん」

ユキホ「もっと早く言ってくれればいいのに」

アリサ「ユキホに借りたライブ映像全部見なきゃだったから……」

ユキホ「あ……ごめん」



ラジオ『……さて、次のお便り。ラジオネーム“絢瀬アリサ”さん』

ユキホ「え?」

アリサ「あっ」

ラジオ『“私は行方不明になったお姉ちゃんを探すためにロシアから日本にやってきました。お姉ちゃん、もし聞いていたら高校生の頃住んでいたマンションまで来てください。私は今そこに住んでいます”。

……はい、お悩み相談のコーナーとはちょっと違うんやけど気になったので読ませていただきました。お姉さんこれ聞いてたら絶対顔出してあげてね!」



*****

*****



エリです。

高校を卒業してもう一年が過ぎた。

私はとある大学に通っていて、とある研究をしている。

私はスクールアイドルを続けていくうちにあるものに関心を持ち始めていた。

それはスクールアイドルという『限られた時間の中でしか輝けないもの』ではなく、もっと持続性のあるもの。

たとえばステージのライトや演出。たとえばステージ裏のギミックや小道具。

もともとキルトやアクセづくりが趣味だったのが高じてそういったものに――どんな形であれその『限られた時間』の延長線に――携わりたいと思った。

基本ぐーたらだけどやると決めたらとことん突き詰めちゃう、つまるところ凝り性な私は寝るのも食うのも忘れて没頭した。

かつて誰かさんに「休日は飲まず食わずで考え事をしている」なんて話したら怒られたことがあったっけ。私は相も変わらずということね。

今は主にサイリウムの研究をしているの。ポキッと折ると光るやつね。

簡単に言えばより長く光り続けるサイリウムをつくっているわ。あわよくば、永遠に光続ける何かを。

……私は『永遠に輝き続けるもの』を、探し続けている。



エリ「痛っ……」



久しぶりに帰るアパート。鍵を鍵穴にさしたところで、右肩に痛みが走った。

……そうだった。私いま、肩を片方脱臼してるんだったわ。

ぷぷ! カタをカタほうですって!

それにしてもまったくウミめ、あそこまでやってくれることないのに!

左手でドアを開けながら、そんな行き場のない文句を飲み込んだ。

最近イライラしてる。研究の成果があまり出ないこともだし、研究しろというわりに実験をさせてくれない大学にも憤りを感じる。

危ないから実験はするな。でも研究の成果は出せ。が我が大学の方針だ。

これもモンスターペアレントの弊害だ。大学生にもなっているのかって? いるのよ。過保護め。

おかげで私は実験のためだけに三週間に一度遠出をしなくてはならなかった。近所でやるとバレるからね。

……けどいろいろあってもうやめたわ。さっきも言ったけど、基本的にぐーたらなのよ。私。

ま、ことのついでに懐かしい面々に会いに行ってもよかったんだけど、そう頻繁に会うとなんだか今の私を否定してるみたいで嫌じゃない?

みんなにも今のエリーチカは過去にすがってると思われるのも嫌じゃない?

ま、つまり会う必要はないし、会うまでもないということ。私たちに会えない時間は関係ないのよ。

……あーなんか考えたらつかれたシャワー浴びたい眠い着がえたいチョコ食べたい。

買い物袋の中からチョコレートを出してひとかじり。それからベッドに横たわる。

こんな生活のせいで、ロシアの家族に連絡をしなくなって久しい。けど、日本では『便りがないのが何よりの便り』って言うし。いやロシア人にそんなこと言われても困ると思うけど。

……ベッドに横になると、私のスイートルームには相応しくない物騒なアタッシュケースが目に入る。

物騒すぎてアレだったので部屋の雰囲気に合うようにたくさんの星マークでデコッたほどだ。

そう大事なものでもないけど、一応あの中には私の研究成果が入っている。まだ未完成だけど、超長時間光続けるスーパーサイリウムの素で、超未来テクノロジー、夢の新物質だ。

開けるには6ケタの暗証番号が必要で、これがまた結構頑丈なの。

ある方法でその暗証番号を残したので、いくら妹と違って忘れっぽい私でもそうそう忘れはしないはずよ。

えり「3、5、1、7、2、3……」

よし、覚えている。特に思い入れも意味もない数列だから誰かに推測されることもないだろう。

つまりこのアタッシュケースを開けられるのは私だけなのだ……。


ラジオ『お姉ちゃん、もし聞いていたら高校生の頃住んでいたマンションまで来てください。私は今そこに住んでいます――』



つけたばかりのラジオも耳に入らず、激しい睡魔は、いつの間にか、私を夢の中に、引き釣り、混んで、いった。



*****

*****



アリサ、高校二年生、オープンキャンパス。

その帰り。私はとぼとぼと家路につく。……結論から言うと、外れだった。

オープンキャンパスに乗じて『絢瀬エリ』が在学していないか聞いて回り調べまわったが、答えはノー。

別のキャンパスの学生。というのが答えだった。

プラスにとらえるとさらに居場所が絞り込めたことになる。そう……そうよ。私の特技はスーパーポジティブじゃない。

アリサ「なんで私落ち込んでたのかしら!」

明るい気持ちで、なんならランランスキップで角を曲がる。そこに私の住むマンションがある。

……ある、のだが。

入口に顔をサングラスとマスクで隠したものすごく怪しい人が立っていた。

私はなんとなく危険を察知し、とりあえずそのままスキップでマンションを通りすぎて十字路を左に曲がってから足を止める。

アリサ「…………なんだあれ」

落ち着け。あそこを通らないと帰れないんだ。角から顔だけを出して様子を探る。

怪しい人はマンションの前から動かない。……いなくなるのを待つか?

いや、大丈夫。私には関係ない。いつも通り、帰ればいい。決して視線を向けずにすぐ通り過ぎてしまえば大丈夫だ。

アリサ「そうだよ! あんな人知らないし」

私は堂々とマンションの中へと向かう。



「ちょっと、あなた」



うわあああああああああ! 話しかけられたあああああああ!?

アリサ「ふぉ、ホワァトォ? ワタシ、ニポンゴ、ワカリマセーン」

「え……困ったわね……エクスキューズミー? いや違うか……ズドラーストビチェ?」

アリサ「シベリア モスクワ ウラジヴォストック!」

「参ったわ……何言って……あ、そうだ。『ハラショー』」

アリサ「ハラショー!」

「あ……通じた……本当にこれってロシア語だったのね」

アリサ「はい。素晴らしいとか、可愛いとかって意味にまります。現代日本における『ヤバい』みたいなものですね」

「え、めっちゃ日本語!?」

アリサ「あっ……すみません……なんか怪しかったんで……あの、どちら様ですか」

「んー、そうね私は……じゃあ、探偵をやっているものよ」

じゃあ? 探偵? 何を言っているんだこの人は。

「あなた、姉を探しているんでしょう? 私が協力してあげてもいいわよ」

アリサ「どうしてそんなこと知ってるんですか!?」

「んー、探偵だから? ニコ!」



・・・・・

つづく

・・・・・



アリサ、高校二年生、部室。



マキ「それで? エリーは見つかったの?」

アリサ「もう隠しもしないんですね……」

マキ「まあね。だってもうとっくに知ってるんでしょ?」

アリサ「はい。お姉ちゃんはマキさんたちの先輩だったんですよね。……ん、エリー?」

マキ「で、どうなのよ。私も久しぶりに会いたいし」

アリサ「会いたいですか」

マキ「え……今のコトバのアヤっていうか? いや会いたくないわけじゃないけど、会ってあげててもいいけどっていうか?」

アリサ「実は今度、お姉ちゃんの居場所を知ってるっている探偵さんと会うことになっているんです」

マキ「は、たんてい?」

アリサ「はい。突然私を訪ねてきて」

マキ「どうしてあなたが姉を探していることを知ってるのよ」

アリサ「探偵だからと言っていました」

マキ「どうしてあなたの家がわかるのよ」

アリサ「探偵だからと言っていました」

マキ「……怪しいわね、依頼料とか取られる前にビシッと断っておきなさい」

アリサ「だから、もう会う約束しちゃいました。それに報酬はいらないそうで」

マキ「ますます妙な話ね……わかった日時を教えなさい。その会合、私も行くわ」

アリサ「え、マキさんが?」

マキ「何かあったときのために私がついていく」

アリサ「……そうですね。そのほうが面白……そのほうがいいかもしれません」



・・・・・

・・・・・



アリサ、高校二年生、喫茶店、なう。



アリサ「このお店の窓際の一番奥の席……を指定されています」

マキ「なるほどあそこね……失礼。あなたが探偵さん?」

「…………?」

マキ「ちょっと黙ってないでなんとか……」

アリサ「すみませんその人ただのお客さんです」

マキ「すいませんごめんなさい間違えました! アリサああああ!」

アリサ「ごめんなさーい! だって約束ではその席だったんですーっ!」

マキ「も。もぅ! ……ふん。やっぱり騙されたんじゃないのっ!」

アリサ「おかしいな……」

「おーい、こっちよこっち」

声が聞こえたほうを振り返ると、そこには席を立ちあがってこちらに手を振るグラサンマスクウーマンがいた。

アリサ「あー探偵さーん!」

「大きい声で探偵とか呼ぶなっ!」

アリサ「どうして約束と違う席なんですかー?」

「仕方ないでしょ私が来たときはもうあの席空いてなかったんだから」

アリサ「フリーダムですね!」

マキ「そこは無計画ですねって呆れるところよ」

「えっ……げっ!? マキ!?」

マキ「久しぶりね。どうしてあなたが探偵なのよ……ニコちゃん」



・・・・・

・・・・・



ニコ「……というわけで今の私は宇宙№1探偵をやっているというわけよ」

マキ「なるほど……ところでどうしてニコちゃんは探偵だなんて嘘をつくの?」

ニコ「微塵も信じてない!?」

マキ「アリサは知ってたの? この怪しいマスクが矢澤ニコだって」

ニコ「ふっ……そこに関しては完璧よ。私も心苦しかったけど完璧に隠し通せたわ。驚いたでしょ?」

アリサ「はい。知ってました」

ニコ「微塵も驚いてない!?」

アリサ「写真や映像で見ていますから」

ニコ「顔は隠してたのに」

マスクとサングラスをはぎ取る謎の探偵改めニコさん。

その顔はやはり、私の記憶にあるものと一致した。

アリサ「全体像や髪型でなんとなく……それにその変装では鼻や耳は隠せません」

ニコ「鼻や耳で判別するってどんな離れ業よ!?」

アリサ「私、忘れませんから」

ニコ「じゃあなに、ニコをニコだと分かったうえでマキちゃん連れてきたの? なかなかやってくれるわねあなた」

アリサ「でも探偵だっていうのは私信じてたんですよ、騙すなんてひどいです」

ニコ「あんたやっぱりアホなのどっちなの」

マキ「それで、私とニコちゃんを合わせてどうするつもりだったの?」

アリサ「え、どうするつもりもありませんよ? だってついてきたいって言ったのはマキさんじゃないですか」

マキ「そりゃ……そうだけど」

ニコ「だーもういいわ! 本題入るけどいい!?」

アリサ「どうぞ」

ニコ「とにかく、アリサちゃんあなたをエリに合わせるわ。そのために私はきた」

アリサ「お姉ちゃんの居場所がわかるんですか?」

ニコ「探偵だからね……で通すつもりだったんだけどね。そうよ、知ってる」

アリサ「見返りに私は何を求められるんでしょうか?」

ニコ「報酬はいらないって言ったじゃない。ただの親切心よ」

アリサ「そんなはずありません。“メモ”によればニコさんは狡猾でセコいとあります。ただ働きなんてするはずありません」

ニコ「なんで会って早々信頼ゼロなの私!?」

マキ「日頃の行いよ。悔い改めなさい」

ニコ「……ふん。なぜ私がアリサちゃんから報酬をもらわないかというとね、アリサちゃんは依頼主じゃないからよ」

私は依頼主ではない?

それはつまり、ニコさんもまた、“誰か”に頼まれてこの場にいる……ということだろうか。

ニコ「私は既に依頼を受けてここにいるってこと。『アリサちゃんに協力する』それが私の受けた依頼」

アリサ「私は依頼主ではなく依頼内容そのもの……?」

ニコ「そう。だから報酬は必要ないのよ。……ん、ていうかメモ? まさか“パーフェクトまきちゃんメモ”?」

アリサ「はい。それです」

ニコ「ぷぅーっ! あははひひひ! なんでアリサちゃんが知ってるのよ、くくくくっ!」

マキ「……私だって不本意よ。訳あって今はアリサちゃんが持っているの」

ニコ「いいじゃない! ねえ見せて、見せてよ」

アリサ「あ、ごめんなさい今持ってなくて」

マキ「なんですって!?」

アリサ「あ、ごめんなさいこれには理由があってですね……」

マキ「あなたね、メモを持ち歩かないでどうするのよ、そのためのメモでしょう? っていうか、あなたいつもメモ見てないわよね!?

学校でも全然開いてるところ見ないし、大事にしてくれるのはいいけどそれじゃなかなか回収できないじゃない……じゃなくて、えっと」

アリサ「え、『回収』? 私返さないといけないんですか……!?」

マキ「……ええ、そうよ。言っちゃったから言うけど、あれは私のメモなんだからいずれ返してもらうからね」

アリサ「そ……あ、え……やっぱり、もらっちゃ……ダメですか?」

マキ「ダメよ。あなたのためにもね……いいアリサ、よく覚えておきなさい。そのメモを使いすぎれば、あなたはいつか死ぬ。

人はメモを使いすぎると、自分を殺さなくちゃいけなくなるの」



マキさんの言っていることはわからない。わからないけど……マズイ。返すのはマズイ。なにがマズイってだってあのメモは……。

うぐ、どうしよう。隠し通すつもりだったのに……正直に言わななくては。



アリサ「わ、わかりまし、た……」



正直に、言えなかった。

ニコ「さっきから気になってたんだけど、その子って誰にでも敬語なの?」

マキ「まさか。ウミちゃんじゃないんだから」

ニコ「そうよね。……ねえアリサちゃん、マキのことどう思う?」

アリサ「え、マキさんですか……?」

ニコ「はいそれ。マキ、『先輩禁止』はどうしたのよ?」



『先輩禁止』。

それはアイドル研究部で時折耳にするワードだ。

ユニットごとに『先輩禁止』にしていたり、していなかったりする。

それはあくまでユニットごとの決まり事で、部全体では強制しないことになっている。



マキ「ああ……」

ニコ「伝統になっていくと思ったんだけどね」

マキ「伝統よ。μ’sのね。私たちはμ’sじゃない。アイドル研究部全体には先輩禁止は適応しないのがハナヨの方針よ」

ニコ「全体って……いまどれくらいいるの?」

マキ「“たくさん”よ。九人しかいなかった頃が懐かしいわ」

ニコ「……そう」



ニコさんは残念そうな、あるいは嬉しそうな顔でそう言ってストローの刺さったコップに体を寄せた。

それは時代の移り変わりを悲しむように、感傷に浸るように。あるいは新しい時代の到来を喜ぶように、誇るように。



・・・・・

・・・・



数十分が過ぎたが、あれから私は一言も発していない。



マキ「でね、ハナヨったらそのままフリーズしちゃって!」

ニコ「うふふ! ハナヨも相変わらずなのね。ちゃんと部長できてるの?」

マキ「そりゃ最初はいろいろあったわよ。でもまあなんとか。私たちもフォローしてるしね」

ニコ「ふっふっふ。この私の頼りがい、ってのがどれほどのもんだったか思い知ったでしょう?」

マキ「いや、ハナヨの仕事ぶり自体は見事よ。ニコちゃんなんか目じゃないわ」

ニコ「なんですってー! ……でもまあ、安心した」

マキ「ええ。安心しなさい」

ニコ「……うん」

マキ「見たかった? たくさんの人であふれるアイドル研究部」

ニコ「…………」

マキ「私はさっき『九人だった頃』って言ったけど……あなたはたった一人だったんだもの」

ニコ「そうね。たくさんの部員がいて、私が部長で……そんな景色も、夢に見た」

マキ「……今は?」

ニコ「今は昔。今のニコは後悔なんかしていないし、もちろん今が最高よ」

マキ「そう……で。アリサ、起きてる?」

アリサ「ぐー……はばぁ!? うぇ、お、起きてます!」

マキ「悪かったわね、あなたそっちのけで」

アリサ「あ、いいんです。アリサはいいんです」

マキ「ありがとね。……じゃあニコちゃん、アリサをお願いね」

ニコ「マキは?」

マキ「私は今回は何もしないことにしているの。だからよろしく」

ニコ「そう。あなたがそれでいいならいいけど。じゃあ、ハナヨとリンにもよろしく言っといて」

マキ「ええ。アリサ、お姉ちゃん見つかるといいわね」

アリサ「はい! その時はまた、『九人』で、昔話に花でも咲かせちゃってください」

マキ「ええ、そうね」

ニコ「さ、行くわよアリサ。お姉ちゃん探し! あ、マキ、お代はここ置いとくわね」

マキ「いらないわよ」

ニコ「うるさいもらっとけぃ!」

姉を探す少女と、それに助力する自称探偵は席を立つ。

テーブルには一人、優雅に珈琲をすする赤髪クセッ毛の少女だけが残った。

先輩たちから受け継いだものを、私たちは守れているのかしら。と、後ろ姿を目で追いながら、そんなことを考えたかもしれない。

そして私も受け継ぐ側から、いつの間にか受け渡す側になっていたのだ。と、もう一つの後ろ姿を愛おし気に見守りながら、そんなことを考えたかもしれない。

そんな“二つの後ろ姿”が並んでいるのはなんとも不思議な光景だ。と、少女は微笑する。



マキ「さて、でも結局、どうしてニコちゃんが『アリサがエリーを探していること』と『アリサの住んでるマンション』を知っていたのかはわからなかったわね。なぜかしら」



考えがまとまるまでもう少しかかりそうだ。

赤髪クセッ毛の少女は珈琲のおかわりにはなんのケーキが合うかしら。と、メニューを開く。



・・・・・

・・・・・



ニコ「まったく生意気な先輩よ。これぽっちもリスペクトしてくれてないんだから。あんなのが先輩でアリサも大変でしょ」

アリサ「いえ、そんなことないですよ」

ニコ「いいのよ、本人いないんだからぶっちゃけても」

アリサ「そっちじゃなくて、ちゃんとマキさんはニコさんを尊敬しています」

ニコ「どうしてそう思うのよ」

アリサ「メモに、ある計算式がありました。まったく意味はわからなかったけど、最終的にそれは『矢澤ニコの中には宇宙的な、膨大で未知のエネルギーが内包されている』ということを証明していました。

なんでもそのエネルギーは『ある一点を動かすだけで宇宙を動かすことが可能』なんだとか」

ニコ「…………」

アリサ「マキさんはそれをのちに『ギャラクティカ・ニコチャンパワー』と名付けています」

ニコ「そのセンス……」

アリサ「あら、私は嫌いじゃないですよ」

ニコ「気が合うわね。私もよ……マキちゃんには内緒ニコよ?」



ニコさんと喫茶店を出た私は、行先もわからないまま彼女について歩いた。

どこに向かっているのかは、ニコさんが知っている。私は黙ってそれに従うだけだ。

ニコ「……いいの?」

アリサ「なにがですか」

ニコ「どこに行くんですか、とか」

アリサ「いいんです」

ニコ「私は……あなたの信頼に足る人物かしら」

アリサ「ええ。さっきは狡猾でセコい……なんて失礼なこと言いましたけど矢澤ニコという人はメモによれば……」

ニコ「メモじゃなくて、あなた自身がしっかり見極めなさい。判断しなさい。目の前にいる人間が、本当に信用できるのかどうか、あなたの考えを聞かせて」

アリサ「私の……ですか」



さて、困ったものだ。私はニコさんが悪い人じゃないことを知っている。そのうえで全幅の信頼を寄せているのだから、純度100%の私の考えは聞かせようもない。

私が答えられるのは、それを踏まえたうえでの自分の結論に過ぎないのだ。果たして私はニコさんの満足のいく返答ができるものか、と口を閉ざすしかなかった。

その様子を見たニコさんはハア、とため息を一つついて振り返る。



ニコ「いいけどね。見たところあなたはあなたなりに考えがあって黙っているようだし」

アリサ「すみません……答えられそうになくて」

ニコ「だから、いいってば。ただ無根拠に信じられても私が辛いのよ」

アリサ「無根拠とは違います。あなたは元μ'sのメンバーで、お姉ちゃんやマキさんの深い知人です。それだけで私には信頼に足ります」

ニコ「それでいいのよ。メモがどうとかじゃなくて、それでいいの。私はそんなようなことを言ってほしかったの。何よちゃんと答えられるんじゃない」



・・・・・

・・・・・



太陽が頂点に達し下降し始めた頃、目的地が見えてきた。



ニコ「さてついた。ここがあなたのお姉ちゃんがいる大学よ」

アリサ「…………」

ニコ「アリサ?」



お姉ちゃんを探して日本に来てから数か月。いろいろなことがあった。

私は思い出に浸ることはないけど……その出来事を忘れることもない。

少しやさぐれた少女、ユキホに出会った。一緒にアイドルがやりたくて、毎日追い掛け回した。

よき先輩マキさん、リンさん、ハナヨさんに出会った。早く立派なアイドルになりたくて、必死に努力した。

ウミさんに出会い、一緒に暮らした。コトリさんに出会い、μ’sのことを知った。

ホノカさんに出会い、ユキホはアイドル研究部に戻ってきた。

そしてニコさんに出会い、私は今ここにいる。



アリサ「ここに、お姉ちゃんがいる……」

ニコ「待ちなさい」

門をくぐろうとする私をニコさんが制止する。

アリサ「どうしてですか、目の前にお姉ちゃんがいるんです!」

ニコ「気持ちはわかるけどダメよ。私たちは入れない」

アリサ「えっ……?」

ニコ「許可証がなきゃ敷地内には入っちゃダメなのよ」

アリサ「そんなの関係ありません! 『焼石に水』です!」

ニコ「言いたいことはわかるけどそれ意味違うから」

アリサ「今の私は『石橋を叩いて割る』勢いです!」

ニコ「石橋叩き割ってどうするのよ!? 渡りなさいよ、ていうかそれを言うなら『飛ぶ鳥を落とす勢い』でしょ」

アリサ「……わかりました。じゃあお姉ちゃんが出てくるまでここに張り付くわけですね。望むところです」

ニコ「今日中に出てくるならそれでいいんだけどね」

アリサ「出てこないことがあるんですか」

ニコ「ええ。何日も泊まり込むのが常らしいわよ」

アリサ「そんな……じゃあ私、寝袋買ってきます」

ニコ「いらないわよ!? なんでさも当たり前に野宿しようとしてるの!?」

アリサ「え、じゃあどうするんですか?」

ニコ「近くにエリの住んでるアパートがある」

アリサ「アパート……ですか」

ニコ「大学とアパートの場所がわかればあなた一人でもなんとかなるでしょ。私はそれを教えるだけよ。あとは自分で考えなさい」



私たちはひとまず大学を離れ、お姉ちゃんが住んでいるというアパートへ歩き出した。



・・・・・

・・・・・



「お、来た来た。やっほーニコっち、久しぶり」



ニコさんに先導され、たどり着いた建物の入り口には先客がいた。

紫っぽい長い黒髪。髪型こそ私の知るものとは違うが、それが誰であるかすぐにわかった。



アリサ「東條……ノゾミさん」

ノゾミ「んんー? ウチのことわかるん? アリサちゃん」

アリサ「はい。顔と名前は」

ニコ「なんだ、なら話は早いわね。でも一応紹介するわ。これは東條ノゾミ。私と同じくエリと同級生だった元μ’sのメンバーよ」

ノゾミ「はじめまして。よろしくね、アリサちゃん」

アリサ「はじめまして。絢瀬アリサです」

ノゾミ「ご苦労さまニコっち。ごめんねウチ今日は収録とかあって」

アリサ「ふむ……ということはノゾミさんが探偵ニコさんの真の依頼主というわけですか」

ノゾミ「あらあら、いろいろ話が違うんやない? ウチやニコっちの素性は秘密にしておいてって言ったのに」

ニコ「仕方ないでしょ……この子意外と侮れないわよ」

ノゾミ「ふーん……さすがエリちの妹さんってところやね」

ニコ「そもそもどうして秘密にしなきゃいけないのよ、おかげで探偵とかよくわかんないウソつくわすぐバレるわ」

ノゾミ「だってそのほうがおもしろそうやん? 謎の人物の正体は実は探してる姉の知り合いでした! とかさ」

ニコ「はあ……さっさと行くわよ。エリの部屋」

ノゾミ「でもまあ……思い通りにはいかないものだよね。やっぱりウチには『黒幕』は向いてないっぽいかな?」

階段を昇っていくニコさんと、それを追うノゾミさん。

ニコ「ほらアリサ、早く来なさい。部屋の場所を教えるから」

私も階段を昇る。階段はある程度しっかりしたつくりで、お相撲さんが歩いても壊れそうにない。

かつて私が過ごしたあのオンボロアパートとは比べるまでもなく、きっと少しの出火で全焼……なんてことにはならないだろう。

仮に燃えても大丈夫なように緊急用の階段が裏手にあるようで、緑の人が走っているピクトグラムがその場所を示していた。



ニコ「ここがエリの住んでいる部屋よ」

二階、奥から二番目の扉の前でニコさんとノゾミさんは止まる。どうやらここに、お姉ちゃんが住んでいるらしい。

アリサ「やっと……ここまできた」

ノゾミ「お姉ちゃんを探しにわざわざ日本に来たんだもんね。心中はお察しするよ」

ニコ「エリもエリよ。すっかり行方不明者扱いじゃない」

アリサ「ありがとうございます……お二人のおかげです」

ノゾミ「お礼なんていいんよ」

ニコ「そうよ、どうしても言いたいならそれはお姉ちゃんに会えてからにしなさい」

アリサ「お二人は……よくここに来るんですか? 姉には会っているんですか?」

ニコ「何度か顔を出しに行った程度よ。それも最初だけね。最近はさっぱりよ」

ノゾミ「メールでやり取りはしてたんだけどね。それも段々なくなった。たぶんその頃なんやないかな。ロシアのお家にも連絡しなくなったのは」

アリサ「どうして……でしょうか」

ニコ「さあ? でもそんなもんなんじゃない」

アリサ「すこし、さびしいです」

ニコ「私たちもね、会えないことは別にいいのよ。会えないだけなら、問題ないのよ。

ただきっと、エリは今疲れてる。疲れてることに気が付かないほど余裕がなくなってる。

昔っからそうなのよ。基本ぐーたらなクセに一つ始めちゃうとそれしか見えなくなる。そういう子なのよ。

…………だっけ? ノゾミ」

ノゾミ「そう。だからウチらはアリサちゃんに協力したなんてつもりはないよ。ウチらがアリサちゃんをエリちに合わせたかったんだから」

ニコ「ノゾミ曰くそういうことらしいわよ。かわいそうにねえアリサ。あなたはこの性悪に利用されたってわけ」

アリサ「私を……? それはつまり……」



放火魔を待ち伏せる私のもとにウミさんを向かわせ、『ムーンソルトうみ』と書かれたメモを持たせた“誰か”。

理事長宅へお邪魔した私を先回りしてコトリさんに『スパリゾートことり』と書かれたメモを持たせた“誰か”。

それが、ノゾミさんだったということ……?

メモにあった『PMMと32文字の戦い』から続く一連の『黒幕』は、今回の『黒幕』と同一人物であり……それがノゾミさん。

そういうことなのだろうか……?



アリサ「質問、いいでしょうか?」

ノゾミ「うん? いいよ」

アリサ「……どうして、私が絢瀬エリの妹であること、姉を探しに日本にきたこと……そして私の住んでいるマンションを知っていたんですか?」

ニコ「まあそうなるわよね。きちんと教えてあげなさいノゾミ」

ノゾミ「ふふ……それはね……ウチが……スピリチュアルパワーを持っているからや」

アリサ「え……!?」



スピリチュアルパワー……!?



アリサ「まさか……本当に……」

ニコ「そんなわけあるか」

ノゾミ「あーんもうニコっちぃ」

ニコ「あのねえアリサちゃん、自分で投稿してたでしょ? ほらアレよ。ラジオ」

アリサ「あ……!」

そうか、そうだった。あのラジオに投降した絢瀬アリサの姉探しコールを聞いていたのか!

確かにアレには私の名前、境遇、住んでいる場所が書いてあった。なるほどそういうことだったか。自分でやっておいて気が付かないなんて間抜けだった。



ノゾミ「あー言わないでよー! ネタバラしは私が自分でやりたかったのにー!」

ニコ「ノゾミがもったいぶる……というかわけわかんないこといってアリサを困らせるからよ」

ノゾミ「もう! あとは自分でちゃんと言うから! ……こほん。そういうことだったのだ。アリサちゃんよ」

アリサ「お二人はあの放送を聞いていたんですね」

ノゾミ「……と思うやん?」

アリサ「え?」

ノゾミ「気が付かないのも無理ないよ。録音して電波に乗せたら声とか結構変わるし」

アリサ「え……え……?」

ノゾミ「アレを読んでいたのは……ウチなのだ」



・・・・・

ノゾミ「実はあのラジオのMCはウチ、東條ノゾミだったのだ」

アリサ「え、ええーっ!?」

ノゾミ「アリサちゃんは人の顔と名前覚えるのは得意みたいだけど、声はわからなかったみたいやね」

アリサ「じゃ、じゃあ……その、私はμ’sのメンバーにあのメールを送り付けてた……と」

ノゾミ「そ。だからウチはそれを読み上げて、それからニコっちに知らせて……」

アリサ「なんだ……はは、そういうことだったんですか」



あら?

あのメールが読まれたのは夏休み、私がオープンキャンパスに行って、帰りにニコさんに出会った前日のことだ。

ということは、それ以前……ウミさんとコトリさんの件には関わっていないことになる。

ではやはり……ノゾミさんは真の『黒幕』ではないということか。



アリサ「なら誰……? やっぱりマキさんしか……」

ニコ「な……に……?」

アリサ「あ、いえ何でもないです」

ニコ「…………」

ノゾミ「…………」

二人は何も言わない。今のは私に向けられた言葉ではなかった?

二人が急に無言になった。無言……というより絶句、といった表情で一点を見つめる。

見つめる先に、何かあるというのか。



「ニコ……ノゾミ……あ、アリサ……?」



それは、左手に買い物袋をぶら下げて立ち尽くす……絢瀬エリだった。

古くも新しくもないアパートの、高くも低くもない二階の通路。

それが、感動もドラマもない私とお姉ちゃんとの再会だった。

・・・・・



アリサ「お、姉……ちゃん」

エリ「う、ウソよ……どうして……」

アリサ「お姉ちゃんっ!」

お姉ちゃんのもとへ走る。抱き着く。顔を埋める。擦り付ける。鼻から深呼吸する。匂いを嗅ぐ。ああ……グッドスメル!

アリサ「すぅ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁはぁはぁはぁはぁ」

エリ「ちょっ……お、おおぅ……」

アリサ「ハアハアハアハアハアハアハア」

エリ「久しぶり……アリサ……」



息を吐くのも勿体ない私の中の枯渇したお姉ちゃん成分が私を満たす潤す染み渡る。

ハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハハハハハハハハハハハハハ



エリ「こわい!」

アリサ「――――っ! ――――っ!」

ああもうなんかいい匂いだしやわらかいしお姉ちゃんだしおっぱい大きいしキュッとしまったウエストハリのあるヒップパーフェクトボディかしこいしかわいいしお姉ちゃんだし声が心地いいし暖かいし優しいしお姉ちゃんだしかっこいいし美しいし神々しいし久しぶりだしお姉ちゃんだしていうかお姉ちゃん! お姉ちゃん! お姉ちゃん! お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!

アリサ「アバァ、あ、わだし、うぅずっと……アウ、ずっと……エグッ……ヒック……おえ」

エリ「お、落ち着きなさい……! ほら、深呼吸」

アリサ「んんっ……すぅーっ……ハアハアハアハアハアハアハア」

エリ「ちゃんと吐いて!? 吸いすぎっていうかなんか嗅いでない!?」

アリサ「ア、アア……オネエチャンのニオイ……ア、アリサにナカのオネエチャンがニオイ……」

ニコ「シスコン拗らせすぎて何かに化けそうな勢いね」

ノゾミ「まあまあエリち、しばらく好きにさせてあげて?」

エリ「二人とも……! いや、それはいいけど大丈夫なのかしらこれ……」

アリサ「愛してるばんざあああああぁぁぁぁぁ…………」

エリ「アリサ……」

アリサ「んああ! んああ! ぴーっ、ががががが、ガガ……シュー……」

エリ「アリサ!?」

アリサ「……………………」

エリ「アリサああああああああ!」



私はひどく感動(こうふん)していた、ということは理解してほしい。

あと私は断じてシスコンではない。

ただお姉ちゃんが大好きなだけだ。



・・・・・

つづく

・・・・・



アリサ、高校二年生、お姉ちゃんの部屋。

エリ「ほら。あったかいココアよ。甘―いやつ。好きだったでしょう?」

アリサ「ありがとう! お姉ちゃん」

エリ「よしよし。もう大丈夫? 落ち着いた?」

アリサ「へ、なにが? ……ん、そういえばお姉ちゃんと会ったときの記憶がないような……? こんなのはじめてだよ」

ノゾミ「大変だったんよ?」

アリサ「大変だった?」



・・・・・



エリ「アリサああああああああ!」

アリサ「……………………」

エリ「お願いアリサ! 再起動して! お願い! 古いテレビのように叩いたら治るの!? ねえアリサっ!」

アリサ「痛っ!? お姉ちゃんにも殴られたことな……お姉ちゃん!? お姉ちゃんが私をなぐっ……ああこれは夢なのねそうなのね」

エリ「夢じゃないわ、アリサ、しっかりして! 私はここよ、雪山の遭難者のように叩いたら目を覚ますの!?」

アリサ「痛っ!? ……ということは夢じゃない……はっ! わ、私は……サイキドウシマス」

エリ「アリサ……!」

アリサ「オネエチャンオネエチャンオネエチャンオネエチャンオネエチャン……」

エリ「アリサああああああああ!」



・・・・・



アリサ「…………?」

ノゾミ「大変だったんよ……ホント」

アリサ「はあ。……あ、ココアおいしい」

ニコ「とりあえずあんたがぶっ壊れてる間にエリに話はしといたから」

エリ「わざわざ私を探しに来てくれたんですってね……ごめんね、アリサ」

アリサ「ううん。いいんだよ。それならありがとうって言ってほしいな」

エリ「うん……ありがとう」



お姉ちゃんは私を抱き寄せる。それは懐かしいお姉ちゃんの感触。それから香り。

いい匂い……はっ……!? 今何かを思い出しそうな……いや。きっと思い出さないほうがいい。

この私が思い出さないのだからよっぽどアレな記憶に違いないんだから、忘れていようそういうことにしよう。

ちなみにニオイと記憶は密接な関係にあってどの五感よりも嗅覚が一番記憶を呼び起こす……人はニオイで記憶する……と言われているわ。豆知識ね。



アリサ「お姉ちゃん、疲れてる?」

エリ「え?」

アリサ「バレエ(の練習で一日中動き回った帰り)のときと同じ顔してる」

エリ「心配しすぎよ。私は元気。きっとアリサのほうがよっぽど疲れているわ……ていうか私バレエのときそんな顔してた?」

アリサ「ううん。とっても疲れた顔してる。お姉ちゃんの髪の毛はどうしてボサボサなの?」

エリ「これは……流行りの無造作ヘアよ」

アリサ「どうして目にクマができてるの?」

エリ「これは涙袋よ」

アリサ「見たところ料理もしてないみたいだし」

エリ「それは今肩を怪我しちゃっててね」

アリサ「ちゃんと食べてるの?」

エリ「赤ズキンばりの疑心暗鬼ね。大丈夫。この口は食べちゃうためについているのよ」

アリサ「……肩の怪我はどこでしたの?」

エリ「それは……」

ニコ「まったくしょうがないわねー。もののついでよ。今日は私が夕飯つくってあげるから」

エリ「ニコ……」

ニコ「ほら、その買い物袋何買ってきたのよ」

エリ「これは……レトルトとチョコレートよ」

ニコ「あのねえ……まあいいわ。冷蔵庫には何か食材があるで……ないわね」

ノゾミ「じゃあウチが買い出し行ってくるよ。メモしてニコっち」

ニコ「はいよ」

アリサ「あ、私も行きます」

ニコ「ひき肉、玉ねぎ、卵、チーズ……と。よし! じゃあアリサ、ノゾミ、食糧確保よろしく!」



・・・・・

・・・・・



アリサ、高校二年生、スーパーマーケット、なう。

カートに買い物かごを乗せて、私はカラカラとそれを押して歩く。

ノゾミ「アリサちゃんは普段どうやって食べてるの? 一人暮らしって大変やん?」

アリサ「うーん、そこそこお料理はするんですよ。あとは友達や知り合いのうちでごちそうになることも珍しくありません」

ノゾミ「そっかー偉いなー。ウチなんかレンジでチンばっかり」

アリサ「栄養が偏りますよ」

ノゾミ「耳が痛いなー。知り合いって、アイドル部の先輩? ハナヨちゃんとか」

アリサ「いえ、ウミさんです」

ノゾミ「ウミちゃん? どして?」

アリサ「一瞬居候させてもらっていて、その縁で」

ノゾミ「へー! ウミちゃんち広いもんなぁ。みんなどう? 元気?」

アリサ「はい。先輩たちも元気です」

ノゾミ「そっかそっか……あれ」

アリサ「どうしたんですか?」



ポケットに手を突っ込ではかき混ぜ、背中にまで手を回してまさぐるノゾミさん。



ノゾミ「あっちゃー……メモ失くしちゃった」

アリサ「えー!」

ノゾミ「しまったなあ、何買うんだっけ……あれないと全然わかんないや」

アリサ「キャベツ二分の一玉、トマト二つ、ブロッコリー一房、鳥のささ身、味噌、豆腐二丁、なめこ一袋、乾燥ワカメ、ダシ、ひき肉500g、玉ねぎ二つ、卵1パック、スライスチーズ」

ノゾミ「え……え……?」

アリサ「大丈夫。買うものはわかってます」

ノゾミ「全部覚えてるの……?」

アリサ「私、忘れませんから」



・・・・・

・・・・・



ニコ「エリぃ、ココアおかわり」

エリ「はいはい」

ニコ「ふう…………あっ!」

エリ「どうかした?」

ニコ「あいつらメモおいていきやがった」

エリ「あらら……何を買ってくるつもりかしら」

ニコ「まったく……ちょっと待ってて」

エリ「いいわよ。自分たちで考えて買ってくるでしょ」

ニコ「でも……」

エリ「あの子にメモは必要ない」

ニコ「…………?」

エリ「メモなんてね、なくていいのよ。メモなんてするから、しなきゃいけなくなるのよ」

ニコ「でもメモは大事よ?」

エリ「例えば携帯がなかった頃は、待ち合わせはできなければできないで終わっていた。『三時に公園で』というメモがあって、それに従って三時に公園に行く。

でも相手の姿がない……携帯でメールする。『いまどこ?』それが現代ね。メールもメモみたいなもの。

ただでさえメモがあるせいで三時に公園に行かなくてはいけなくなって、メールがあるせいで確実に待ち合わせに成功しなくてはいけなくなった」

ニコ「いいじゃない。便利じゃない」

エリ「どうしていないんだろう。どこにいるんだろう。そういうことを私たちは考えなくなったわね。だって考えなくてもわかるんですもの」

ニコ「あ、そうだ。このメモ写メって送ってあげよう」

エリ「ほら、そうして限定されていく。『何を買ってくるかわからない』から『メモ通りに買ってくる』に結末は確定した」

ニコ「な、なによなんかやりづらいわね……」

エリ「私、そういうのはもううんざり。メモがあるから、忘れてはいけなくなる。メールがあるから、忘れてもよくなる」

ニコ「……だから、メールも電話もしなくなった?」

エリ「そうよ。私はもっと自分で考えたい。誰が今何をしていて、どこにいて、元気でやっていて……そんな何もかも知る必要なんてないじゃない……

何が流行りで、誰が人気で……“世界中の人のメモ”が共有されるようになった。

大きな一固まりの中にある『個』それが私。自分。私とは、小さな一つの情報。私が何かを知ったとき、私は私の中に私以外の『個』を取り込む。

私は……これ以上『私』が膨張していくのに耐えられない。どうして他人の一挙手一投足を把握しなきゃいけないのよ」

ニコ「そういうことばっかり考えてると、疲れない?」

エリ「ええ疲れる。疲れてしょうがないわ。でも嫌なのよ。『ウォーリーを探せ』でウォーリーが自分から『右下の木の下なう』とか『レストランで食事なう』とか言ってきたら嫌じゃない。知らない人たちが『今日駅前でウォーリーさん見たよー』とか嫌じゃない。それで駅前に人が殺到するの、うんざりじゃない。

無意識に情報が伝達され、思考することを剥奪され、ただ役割(ロール)を全うする……自分が細胞になった気分になる。

七十億分の一の個ではなく、個の中の七十億の細胞。考えないただの葦。ねえニコ、知ってる? 細胞って自殺するのよ」

ニコ「……迷惑だった?」

エリ「いいえ違う。それは違うのよ。あなたたちはちゃんと考えて私を見つけてここにいるんだもの」

ニコ「あーあ、めんどくさっ。ウォーリーの居場所を一日かけて探してメモって、次の人がそれをみて五分で見つける。そうして私たちは進化するんでしょうが」

エリ「メモはあくまで自分のもの。誰かに見せるものじゃなかったはずなのよ……」

ニコ「私はこうしてみんなと繋がっている今の世界が、うれしくて楽しいけどね」

エリ「ニコは間違ってない。でも、そうじゃない人もいるのよ」

ニコ「アリサはどうなの? あの子は今までたくさんの人に教えてもらいながらここまできたのよ」

エリ「アリサはウォーリーじゃない。ドントウォーリーよ」

ニコ「ようするにあんたはアリサに限らず、何にも心配したくないのよ。ドントウォーリーを探せ……ってやかましいわ。冷たい火傷とかいう矛盾を知りなさい」

エリ「メタンハイドレートは『燃える氷』とも言われているのよ」





ノゾミ「ただいまー」

ニコ「え!?」

ノゾミ「な、なに?」

ニコ「ちょっと……ずいぶん話し込んでたわね……。結局写メ送れなかったじゃない」

ノゾミ「あーっ! あったあったメモ、こんなところに」

ニコ「もらったものその場に忘れていくとかどういうことよー!」

ノゾミ「あっはっは。忘れないためにメモをしても、メモそのものを忘れちゃったらしょうがないね」



・・・・・

・・・・・



夕飯は温野菜に味噌汁、それからチーズハンバーグだった。

私がひき肉をこね、ニコさんが味噌汁を煮立て、ノゾミさんがレンジでチンをしてつくった合作。

お味噌汁は絶妙な塩加減で、温野菜と一緒に食べる蒸し鶏も絶品。ハンバーグはチーズがトロリと口の中で溶岩のように広がり死ぬかと思った。

食事中は話しが途切れることなく、誰かが何か思い立って話すとそれ連鎖してそういえば、そういえば、とあることないこと延々と語り続けた。

会話のタネは尽きることなく、食事が終わり、食器を片し、洗い物が終わる。

私はふと、部屋の隅にあるアタッシューケースが気になった。星の模様の、頑丈そうなアタッシュケースだ。

エリ「ああそれ、気になる?」

アリサ「うん。何が入っているの?」

エリ「んー……大学の研究で必要なものかな」

アリサ「ああ! さっき話していた『永遠に光続けるサイリウム』!? みせて!」

エリ「ダメよ」

アリサ「どうして?」

エリ「……忘れてしまったの。番号」



言われて開け口を確認するとケースにはロックがかかっていて、開錠には六桁の番号が必要であることがわかった。



アリサ「忘れてしまったの? もう開かないの?」

エリ「ええ……長らく永遠に輝き続けるものを、失う心配のないものを探し続けてきたけど……もう忘れてしまった。だからそれはもう、開かない」

アリサ「もったいないね……」

エリ「永遠に輝き続けるものなんて……ないのかもね」

お姉ちゃんはニコさんとノゾミさんのほうを見てそういうと、苦笑する。

アリサ「なら……それを思い出せれば、開くのかな」

黙って話を聞きながら食後のお茶を飲むニコさんの動きが、時計を見て止まる。



ニコ「……ああ、もうこんな時間」

ノゾミ「今日はもう帰ろうか。アリサちゃんはどうする? せっかくの再会やし泊まってくの?」

アリサ「いえ、今日は帰ります。場所はわかったし、行き方も覚えたし、また来るね! お姉ちゃん」

エリ「そう。なら……次の、次の土曜日にいらっしゃい。その日は休みでずっと家にいるから」

アリサ「うん!」



私はニコさんとノゾミさんと共にアパートを後にした。

何年も待ったのだ。いまさら焦る気持ちなんて、どこにもなかった。

・・・・・



帰り道。チョコレートを口の中で転がしながら情報を整理する。

メモにあるあの項目は間違いなく私のお姉ちゃんについてだということは薄々感づいていた。

……マキさんはお姉ちゃんのことを『エリー』と呼んでいた。

それですべてが合致した。■■■には入りえなかったお姉ちゃん名前。

頭の中でメモの空白を埋める。



『パーフェクトまきちゃんメモ』略して『PMM』――

スパリゾートことり 

メトロノームほのか 

ムーンソルトうみ 

パーフェクトまき

ワイルド■■

バットのぞみ 

ギャラクティカにこちゃん

スマートキューティ“エリー”



スマートキューティエリーこそが、私の探していた姉、絢瀬エリ。

『もしかしたら、それらは全て繋がっているのかもしれない。

全ての疑問がパズルのピースで、組み合わさってひとつの答えになるのかもしれない』

かつて誰かが言ったらしいその言葉が、私を核心へと導く。



*****

*****



ふにゃふにゃ月もやもや日

アリサ、高校二年生、にね――にね、ん――わたしは――絢瀬――リさ。私は――絢瀬エリさ。

スマートキューティエリー休日は考える葦飲まず食わず動かずでひたすら思考する考えている内容はアホみたいなことばかりパーフェクトまきちゃん私は考えない人……?

神様のいる場所結論つまりこの世のものは全て繋がっている? 私がいることに驚かないのね……もしかしてだけど――――は私とワイルド――の勝負のことを知っているの?



――――。



『……たとえば、解決しなければいけない謎がたくさんあって、それがあまりにもいっぱいで、何をどうすればいいのかわからなくて、手の付けようがないとき、あなたはどうするの?』

『それでも、一つずつクリアしていくしかないと思うわ』

『もっともだね。……でも、もしかしたら。もしかしたらそんなときは一度、それら全てを並べて見つめてみるといいかもしれない。もしかしたら、それらは全て繋がっているのかもしれない。全ての疑問がパズルのピースで、組み合わさってひとつの答えになるのかもしれない』

『ふむ』

『まきちゃんが抱えてる課題も、どこかで繋がっているかもしれないね』



――――。



『自分の常識を疑わず、違いがあった場合まず私たちは相手の常識を疑う。それが今回の矛盾の原因だよ』

『これでもう疑問はない?』

『前々から思っていたんだけど……“――――”あなた一体……』

そうだ――あの人はなぜいつも――知らないはずのことを知っていたのか――。



アリサ「う……ア……」

ユキホ「ねえアリサってば! まーたチョコレート食べるのに夢中で私のことシカトして」

アリサ「ん……あ、ごめん、考え事」

ユキホ「出た考え事。アリサってチョコ食べてるときいっつも考え事してるんだね! 私にも頂戴」

アリサ「どうぞ。……どちらかというと、考え事しているときにチョコを食べる。というのが正しいわ」

ユキホ「同じだよ」

アリサ「違うわ。チョコは私のスイッチなの。チョコで私は切り替わる」

ユキホ「でも……最近アリサいっつもチョコ食べてるよ。それじゃあ切り替わる前のアリサがいなくなっちゃう」

アリサ「ええ。私は常にこちらの私でいたいし、この私は私の理想だし、きっとチョコなんかなくても私の本質はこっちなのかもしれない」

ユキホ「最近アリサ、誰かに似てきたよ……」



*****

*****



九月



アリサ「ウミさん」

ウミ「なんですか?」

アリサ「私、どうしても聞かなくちゃいけないことがあるんです」

ウミ「……なんでしょうか」

アリサ「とっても大事なことを聞くので、ちゃんと、ゆっくり、誤解のないように聞いてくださいね」

ウミ「そうですか……? わかりました……はい。どうぞ」

アリサ「あの“放火魔”と私が対峙した夜。ウミさんが助けてくれた夜の話です」

ウミ「はい」

アリサ「どうしてウミさんはアレが“放火魔”だって知っていたんですか?」

ウミ「現場証拠ですよ。」

アリサ「なるほど。じゃあどうしてあの“不審火”が“アパート火災”とは無関係だって知っていたんですか? 当時は関連性が高いと噂されていたはずです」

ウミ「え……私そんなこと言っていましたか?」

アリサ「言っていました。私、忘れませんから」

ウミ「……どうしてでしょう? なぜかそんな気がして。事実そうでしたから、私のカンも捨てたものではないですね」

アリサ「それから、どうして“不審者”を逃がしたんですか?」

ウミ「逃げられたんですよ、そう言ったでしょう?」

アリサ「肩がぐるんと体ごと一回転していました。きっと“肩を脱臼”とかしたんじゃないでしょうか? そんな人を、あのウミさんが逃がしますか?」

ウミ「あのときはアリサちゃんの無事が第一だったので。覚えていませんか? あなた気を失ったんですよ」

アリサ「そうでしたね。それはそうと、私お姉ちゃんに会ってきたんです」

ウミ「え……? ああそうですか、ようやく会えたのですね! よかった」

アリサ「ようやく……でしょうか?」

ウミ「ええ。あなたにとってはそうだったのでしょう?」

アリサ「はい……。それから、たくさんお話しをしました。今までのお話、たくさん」

ウミ「ええ……エリもさぞ喜んだことでしょう。楽しかったですか?」

アリサ「はいとても。積もりに積もった話が山ほどありましたから。私もたくさん話したし、お姉ちゃんの話もたくさん聞きました」

ウミ「どんな話をしたんですか?」

アリサ「お姉ちゃんは大学で研究をしているんだけど、実験はさせてもらえないそうです。それから、あんまり家には帰ってこないようでした」

ウミ「そうなんですか……体が心配です」

アリサ「体……肩のことですか?」

ウミ「え?」

アリサ「それでお姉ちゃん、実験ができないからって数週間に一度こっちのほうにきて隠れてやっていたらしいんですよ。あ、具体的には“三週間”に一度“土曜日”に音ノ木坂周辺の“公園”なんかでやっていたそうなんです」

ウミ「へ、へえ……?」

アリサ「それにお姉ちゃん、“肩を痛めた”みたいで。どうしたのか聞いても教えてくれなかったんですけど」

ウミ「…………」

アリサ「ウミさん」

ウミ「…………」

アリサ「私覚えてるんですよ。あのあとウミさんに、“金髪”が付着していたの、私が払ったでしょう?」

ウミ「……アリサちゃん」

アリサ「どうして黙っていたんですか? アレが……“放火魔”だと勘違いされた“不審火”の正体が、私のお姉ちゃん――絢瀬エリだったって」



・・・・・

つづく

*****



園田ウミと申します。

私はあの日――アリサちゃんが放火魔を待ち伏せていた日――ある人にあの場に向かい、現れた人に手紙を渡してほしいと頼まれました。

なんとも不可解な話でしたが、彼女のことだから何か理由があるのだろうと承諾しました。

そしてあの土曜日。指定された場所に指定された時間通りに私は到着しました。

どうしたものか……いったいこの場になにがあるというのか。何が起こるというのか。

そんなことを考えていた、その時です。



アリサ「そこまでです! 放火魔!」



それは、私の家に住まわせている少女……アリサちゃんの声でした。

公園の茂みから突如現れたアリサちゃんが、ある一点を凝視して叫んでいるのです。

いったい何を叫んでいるのか。私は彼女が見つめる先に視点を移します。

そこには、公園でしゃがみ込みリュックをゴソゴソとかき回す、顔を隠した人物がいました。

明らかに不審者です。

アリサちゃんは不審者に向かって叫んでいたわけです。

鈍感な私でも状況は把握できます。



……ならば、私のすることは一つ。



アリサちゃんのほうへ歩き出す不審者。アリサちゃんは恐怖で身動きがとれずにいる……その間12尺。

対して私の間は30尺といったところか。冷静な状況判断が脳内をめぐり終わるうちに私はすでに三度地を蹴った。

脚は馬よりも早く回転しその歩幅は象にも匹敵する。

18尺の差を埋めるのは……ただのこの身一つ。

傍からは、それはアクロバット飛行のように見えたかもしれない。

私は一息で不審者とアリサちゃんの間に割って入る。

「ありっ……」

何か言いかけた不審者の腕をつかみ、一ひねり。その体は一瞬宙に浮き、一回転する。

そう。例えるならそれはまるで月面宙返り(ムーンソルト)のように……。



ウミ「無事ですか、アリサちゃん」

不審者を押さえつけたまま振り返ると、アリサちゃんは地面にへたれこんでいた。

ウミ「アリサちゃんっ!」

「あだっ、いたたたた! ちょ、ちょっ、タンマ! 痛いからそれすごい痛いから!」

ウミ「黙りなさい不審者!」

どうしたものか……今すぐ手を放してアリサちゃんのもとに駆け寄りたいが、それでこの輩を自由にしてしまうわけにも……。

「いっ……! わたし、私だってば!」

ウミ「私とは誰ですか、新手の詐欺ですか! マイナンバーは渡しません観念しなさいこの悪漢!」

「悪漢て……ねえ私の顔見てってば、誤解よ! “ウミ”」

ウミ「なにが誤解……え、ウミ……?」

「エリよ、絢瀬エリ!」

ウミ「え……エリ……?」



押さえつけていた手を放して地面に伏した顔を確認する。

そう。その不審者は……たしかに絢瀬エリでした。



ウミ「どういうことですか!?」

エリ「こっちが聞きたいわよ!」



・・・・・

・・・・・



私の膝を枕にして、アリサちゃんをベンチに寝かす。

するとベンチはもう空きがないのでエリは立ったままになってしまった。

ウミ「肩……すみません。痛むでしょう。全治まで二か月ほどはかかるかと……本当に申し訳ありません」

エリ「そんなに重症なのこれ……確かにすっごく痛いけど……」

ウミ「すぐに病院に行ってください。間違いなく重度の脱臼です。……ですがエリだって、こんなところで何をしていたんですか、なんなんですかそのリュックの中の燃料は」

エリ「……ちょっとね。定期的にこっちにきていろいろやってたのよ」

ウミ「はあ……まさか連続不審火の正体があなただったとは」

エリ「え……不審火? なによそれ」

ウミ「知らないんですか……こっちではあ放火魔がいるとして注意喚起されるまでになっていますよ」

エリ「うそ……」

ウミ「あなたともあろう人が……なにをやっているんですか」

エリ「実験よ、人気のない敷地を借りてやっていたのだけれど……まさか“不審火”に“放火魔”とは……もうこれきりにしておくわ。もともと今日が最後だったの」

ウミ「……ではアパート火災の件も知らないのですね。あなたのその火遊びが、古いアパートに引火して全焼してしまったんですよ……」

エリ「え、そんなはずないわ」

ウミ「気持ちはわかりますが……エリ……やはりこれは黙認するわけには……」

エリ「ちょっと待ってよ、それは絶対にないわ。私はそんなもののある場所では実験はしていないし、そもそもこれは引火なんてするものではないんだから」

ウミ「え?」

エリ「私が使っているこれはほとんど熱量を持っていないわ。発火ではなく、『発光』するものなの。そりゃ多少焦げ跡くらいは残るけどそれだって囲いをして広がらないように細心の注意を払って……」

ウミ「……? つまり一連の不審火とアパート火災は無関係だと?」

エリ「ええ。誓うわ。安心して」

ウミ「なんだ……そうだったんですか、よかった……」

エリ「そんなことよりその子よ! どうしてアリサが日本に、音ノ木坂にいるのよ」

ウミ「ああ、アリサちゃんは現在音ノ木坂学院に通っていて、私の家に住まわせています」

エリ「は!? 何が何だか……」

ウミ「あなたですよ、あなたを探しにわざわざやってきたんです」

エリ「え……?」

ウミ「長いこと、ご家族と連絡を取っていないそうですね」

エリ「…………」

ウミ「目を覚ましたら、しっかり話をしてください」

エリ「それはできないわ」

ウミ「なんですかその物言いは! アリサちゃんがどんな思いで……」

エリ「ウミ、“放火魔”の正体が私だったことはアリサには黙っていて」

ウミ「それは……それだって今私にした説明をすれば理解してくれるはずです」

エリ「そういうことじゃないのよ。私たちはまだ、会うべきじゃない」

ウミ「あなたはいったい何に頑固になっているんですか」

エリ「アリサは私を探しにきたのでしょう。なら見つけなくてはいけない。ちゃんと自分の手で見つけなくてはいけない」

ウミ「またわけのわからないことを……」

エリ「ねえウミ……『考える葦』って知ってる?」



*****

*****



アリサ、高校二年生、園田家。



ウミ「――というわけで、エリに口止めされていたのです」

アリサ「私が気を失っている間にそんなことが……」

ウミ「ですが、エリは決してあなたに会いたくなかったわけではないんですよ。むしろあなたに探し出されるいつかを楽しみしているようでした。どうでしたか、エリの様子は」

アリサ「はい。私の大好きな、憧れな、完璧なお姉ちゃんのままでした。……けど、アレはそう。少し、『我執』にとらわれているようでした」

ウミ「『我執』ですか……難しい言葉を知っていますね。何にも干渉されない不変の自我に執着すること……でしたか。なるほど。外界との連絡を絶っていたことにも納得がいきます」

アリサ「はい。『永遠に輝き続けるもの』を探しているとも言っていました。心当たりありますか?」

ウミ「永遠……ですか。ええ、きっと、それはかつての私たちとは対をなすものでしょうね。

かつての私たちは『限られた時間の中で輝き続けるもの』――そういうものでしたから」

アリサ「お姉ちゃんはそれを忘れてしまったそうです。そんなお姉ちゃんだから、自分から私と再会することを避けたのでしょう。

自分は自分だけで存在していると結論付けたのですから」

ウミ「さて、私はそれは間違いだと思いますが。諸行無常諸法無我。万物は絶えず変化し、互いに依存しあって、影響しあって存在している……そうは思いませんか」

アリサ「諸行無常諸法無我……この世にはそれ自体で存在する不変のものはない……ですか」

ウミ「日本に来たばかりなのによく知っていますね。関心です」

アリサ「縁起なくして成り立つものはない……か」

さて、ここで一つ矛盾が生じる。

私はお姉ちゃんのすべてを肯定する。お姉ちゃんは私の憧れで、私の目標。

だからお姉ちゃんの我執も肯定するし、それはきっと人として正しいんだと思う。

でも、お姉ちゃんを肯定する、お姉ちゃんに憧れるということはお姉ちゃんという存在に私自身が影響を受けているということになる。それは『独立した何にも干渉されない私』ではない。

つまり、お姉ちゃんを肯定するということは、お姉ちゃんを否定することになるのだ。



アリサ「う……むう……」

ウミ「アリサちゃん、『考える葦』って知っていますか?」

アリサ「『人間は考える葦である』パスカルの言葉ですね授業で習いました」

ウミ「はい。パスカルの著書の中の……いえ、あれはもともと、パスカルが残した膨大な“メモ”からなっているんだとか。かのパスカルが残したメモです」

アリサ「メモ……」

ウミ「そのメモをもとに作られたベストセラー『パンセ』は後人にさぞ影響を与えたことでしょうね。

メモというのは、おのれのために残すものではないのかも知れません」



メモ……パーフェクトまきちゃんメモの『スマートキューティエリー』の項目にはこう記されていたことを記憶している。



スマートキューティエリー

休日は考える葦。飲まず食わず動かずでひたすら思考する。

考えている内容はアホみたいなことばかり。



『考える葦』はメモからなっており、『考える葦』を自称するのはメモを否定するスマートキューティエリーであった。



ウミ「自身を葦とするのはすなわち無為自然に通ずる。それをよしとするのは我執にとらわれたハズの絢瀬エリ。さて、これもまた矛盾ですね」



この事実は、いったい何を意味しているのか。

スマートキューティエリーの真意はなんなのか。

パーフェクトまきちゃんメモの意義はなんなのか。

土曜日、再びお姉ちゃんと会う約束――そびえ立つ矛盾に山頂アタックを仕掛ける――その前に、私は矛盾のスペシャリストのもとへ向かった。



*****

*****



『矛盾撞着』

その昔、ある戦いを経てこの四字熟語をパーフェクトまきちゃんに与えられた人物がいた。

パーフェクトまきちゃんのライバルにしてフレンド。『ワイルド■■』だ。



アリサ「ワイルドりん……さん」

リン「にゃっ……」

アリサ「ワイルドりんさん……なんですよね?」

リン「…………」

アリサ「『逆立ちとテレビの法則』……『ダイソンパワー』……」

リン「あちゃ……ほんとによくあのメモを見てるんだ。よく覚えてるね」

アリサ「私、忘れませんから」

リン「ふむ……でも残念ながらリンはもうただのリンだよ」

アリサ「ごく普通のリンさんですか?」

リン「そう。たとえすごい野性的なカンを持っていたとしても、それは永遠じゃないんだ。

どんなSP(スペシャル)も、時間とともに失われてしまうんだよ。だからリンはもうただのリン」

アリサ「それは、パーフェクトまきちゃんもですか? スマートキューティエリーもですか?」

ハナヨ「そうだね。それはある種風邪のようなものだと、晩年のパーフェクトまきちゃんは悟ったようだったよ」

ハナヨ「人は誰しも特別だけど、それは不変のものではない。時、場所、相手によってそうであったりなかったりする。

誰しもが特別なら、特別であることは特別じゃないからね。それは普遍のものだよ」

アリサ「じゃあお姉ちゃんのいう『永遠に輝き続けるもの』ってなんなんでしょう? お姉ちゃんはずっとそれを探し続けているんです。高校を卒業してから、μ’sが解散してからずっと、お姉ちゃんはそれを探しているんです。

それは間違いなく存在するんです。お姉ちゃんが言っているのだからそれは絶対なんです。

それ自体で存在し得る、独立した不変のものがあるはずなんです」

ハナヨ「エリちゃんの不可侵を肯定すると、エリちゃんの不可侵に踏み入ることになる矛盾。

それを解消するにはエリちゃんの不可侵を否定しなくてはいけない。でもアリサちゃんはエリちゃんを絶対に否定できない。なるほど難しいね。マキちゃんはなんて言ってた?」

アリサ「マキさんは今回は『何もしない』と言っていました。だからなにも教えてくれません」

ハナヨ「『何もしない』……つまり『不可侵』か。さすがマキちゃんはわかってるね」

リン「アリサちゃんがわからないってことは、それはメモにも書いてないんだ」

アリサ「はい」

リン「なら、自分で考えるしかないね」

アリサ「せめて、リンさんに助言がいただければと」

リン「リンもダメだよ。リンの今回の役割は持つものが持たざる者に与えるための中継、ツバメさんだからね」

アリサ「なんのお話ですか?」

リン「『幸福な王子』のお話だよ。ツバメは幸福な王子からメモを引き剥がして、貧しい人々に分け与える」

アリサ「メモ? 金箔では?」

リン「だったかな。天才は『人を救わば穴0つ』なんていうけど、凡人はたいていツバメだよ。『善し』は本人を幸福にはしないんだ。つまり、“ツバメは一匹じゃない”んだ『」

アリサ「『善し』……人は『考えるヨシ』ですか」

リン「あーそれエリちゃんの。『考えるアシ』じゃなかったっけ」

アリサ「葦はヨシとも読むんですよ。アシは悪しに通じますから」

リン「ふむふむ……つまりエリちゃんは『考える善し・悪し』を大事にしてたんだね。ずっと不思議だったんだ。葦って草でしょ? 考える草ってなんだろうって」

アリサ「え……!? いま、なんと?」

リン「え、考える草ってなんだろうって」

アリサ「考える悪し……メモを剥がすツバメ……」



幸福な王子はパーフェクトだった。

ツバメはパーフェクトを剥がした。

その悪行は他でもない、幸福な王子のためのものだったのではないのか。

ツバメが救いたかったのは、貧しい赤の他人なんかではなく……。




限られた時間の中で輝くもの――スクールアイドル――偶像――幸福な王子の像――。



『ツバメ』はいったい、誰なのか。




・・・・・

私は頭の中でメモの空白『ワイルド■■』を埋める。



『パーフェクトまきちゃんメモ』略して『PMM』――

スパリゾートことり 

メトロノームほのか 

ムーンソルトうみ 

パーフェクトまき

ワイルド“りん”

バットのぞみ

ギャラクティカにこちゃん

スマートキューティエリー



・・・・・

・・・・・



王子の像があった。その目は宝石で、皮膚は金箔。そして心臓は鉛でできていた。

王子は貧しい国民を不憫に思い、ツバメに自分の目を、皮膚を、人々に分け与えるようにお願いした。

王子の願いをきいたツバメは宝石を、金箔をくわえて飛び回った。

そして王子は目を失い、輝きを失い、ただのみすぼらしい像と化した。

ツバメは南に渡る機会を逃し、冬に凍えて息絶えた。

救いのない自己犠牲の果てに王子の像は解体され、残った鉛の心臓とツバメの亡骸はどことも知れない場に捨てられる。



そして天使がそのゴミを『この世で最も尊いもの』として天国に持ち帰り、王子とツバメは永遠の幸福を得ましたとさ。



――『幸福な王子』

著 オスカー・“ワイルド”



・・・・・

アリサ、高校二年生、土曜日。

右手にチョコ。左手にDVD。

向かうは絢瀬エリの家。



つづく。

・・・・・



約束通り、お姉ちゃんはアパートにいた。

私は一人でお姉ちゃんのアパートまできて、インターホンを鳴らして、中に入って、適当なところに腰を下ろす。

エリ「この前はなあなあになっちゃって、ごめんね」

そう。以前はただ会って、問題を先送りにして再開を喜び、楽しんだだけだった。

今日は違う。改めてこうした場を設ける必要があった。

アリサ「……お姉ちゃん、どうして連絡をくれなくなったの? みんな心配したんだよ。異国に一人暮らす身内が消息を絶ったんだよ? どれだけ不安かわかるよね」

エリ「ごめんなさい。でも私にはそういう期間が必要だったの。一人きりで過ごすモラトリアムが」

アリサ「横文字でごまかすのはずるいよ。それで、クールダウンはできたの?」

エリ「ええ。もうバッチリよ。いままで心配かけてごめんね。家族にも連絡するわ」

アリサ「ウソよ」

エリ「え……」

アリサ「それはウソ。お姉ちゃんの中ではなにも解決していない。その証拠に、お姉ちゃんはアリサを避けた」

エリ「何言ってるのよ、私がいつアリサを避けたというの? 日本での再会は最高にサプライズで、喜ばしかったのよ。本当に、心の底から」

アリサ「ウソよ。お姉ちゃんはあのときこれっぽっちも驚いてなんかいなかったんだから」

エリ「そんなわけないじゃない、何年もあっていない妹が突然現れたのよ、ビックリ仰天よ」

アリサ「もっと前から、お姉ちゃんは私がここにいることを知っていた。もっと前に出会うチャンスがあったのに、あえてそれを先送りにした。

もうアリサ知ってるんだよ。放火魔がお姉ちゃんだったって」

エリ「……ウミから聞いたの?」

アリサ「違う。自分で考えた」

エリ「そう……」

お姉ちゃんは黙り込む。

否定は無意味だと悟ったのだろう。あっさりと私の言葉を受け入れる。

エリ「ええ……ごめんなさい。あのときあなたの意識が戻るまで待っていれば、私たちは出会えていた」

アリサ「まだ答えが出ていなかったから、アリサを避けたんだよね。だからクールダウンが終わったなんてウソ」

エリ「そうよ。アリサにも、μ'sのみんなにも私は会うべきではなかった」

アリサ「後悔してるの?」

エリ「私が、なにを後悔していると思うの?」

アリサ「かつての答えを?」



かつての答え――たとえば、『終わりにするか』、『続けるか』とか。

エリ「…………」

お姉ちゃんは大きく息を吸い、はあ、とため息をつく。

エリ「…………」

長い沈黙。でも、沈黙は無窮ではない。口を閉ざしている間、人は思考している。

何を言おうか、何を言うべきか考えている。

エリ「…………」

反射的な本音ではなく、自律的な本音を絞り出すための沈黙。それを遮るのは無粋極まりない。

エリ「……みんな、それでいいと言ったわ。みんな、後悔はないと言ったわ。……でも……わたし……は……」






エリ「言えなかった。言えるはずなかった。私一人、本当は続けたいなんて。このまま時間が止まればいいのになんて。停滞を望んでいるなんて。

私は自分を曲げたのよ。周囲に影響された純度の低い答えを出した。

綺麗に終わらせるなんて綺麗ごと言って、『限られた時間の中で輝いた』ことに酔いしれて、一体感に達成感を覚えてしまいには『僕たちはひとつの光』。お笑い種よね。本当は私一人屈折した光だったのに。

すべてが終わったことに後悔はないの。ただ、『変わりたくない』と言えなかったことが……。

私が私のまま、私たちが私たちでなくなってしまうのが嫌だった。そう口にすればよかった。

私はずっとパーフェクトとか、メトロノームとか、バットとかスパリゾートとか、やっていたかったのよ」

アリサ「だから今度は、自己の独立を保とうとしたんだ」

エリ「そうして私は自分は自分のみで在ると信じて、『永遠に輝き続けるもの』を求めた。

他者の影響のない100%の自分で在るためには、アリサにもμ’sのみんなにも会えなかったのよ。自分からそれを望んではいけないから」

アリサ「そうして、アリサに自分を探させることにした」

エリ「うん……さすがアリサね。私のことよくわかってる」

アリサ「わかるよ。そしてアリサは絶対にお姉ちゃんを否定しない。お姉ちゃんが間違えているはずないんだもん」

エリ「ありがとう……アリサ。でもね、アリサには信じがたいかもしれないけど、お姉ちゃんも間違えることがあるのよ」

アリサ「そんなことない。だから、答えを出そうよ。純度100%の答えを」

エリ「無理よ。もうわかってしまったの。そんなものはないって」

アリサ「μ’sのみなさんを、ここに呼んだの」

エリ「え!? ダメよ、そんなことしたら私の独立は保てなくなる」

アリサ「ノゾミさんとニコさんはあの日、また今日ここに来るように約束をしたんだ。もうじき来る頃だよ」

そのとき計ったようにチャイムが鳴る。二人が来たようだ。

エリ「ダメよ……ダメだったら!」

お姉ちゃんは扉を開ける。

ノゾミ「やあエリち。きたで――わっ!?」

開けて部屋から飛び出す。

ニコ「ちょっと! いきなりなんで逃げるのよ!」

エリ「ダメよ……! 私一人だけ、まだ『スマートキューティエリー』のままでいるなんて――」

飛び出して階段を降りる。

アリサ「マキさんとリンさんとハナヨさんは部活の先輩なので当然連絡先を知っています」

リン「あ、エリちゃん!」

ハナヨ「お出かけ? ちょうどよかったね……あれ?」

マキ「ちょっとなんで顔見るなり引き返すのよ」

出口を遮るタイミングで現れた三人を避けるため降りた階段をまた登って非常階段のほうへ向かう。

エリ「くっ……はあ、はあ、こっちの通路は把握してなかったでしょう」

ところがどっこい。私は初めてここに来たとき、『緑の人が走っているピクトグラム』を確認していたのだ。

アリサ「そして……あの三人からは個別に連絡先をいただいていました」



コトリ『私の連絡先。困ったことがあったらいつでも言ってね』

ウミ『いつでも連絡してください。アリサちゃんのもとへならいつでも駆けつけますから!』

ホノカ『これ、私の連絡先。なにかあったらいつでも連絡して。……妹をよろしくね』



エリ「どうして……非常階段の下にあなたたちがいるのよ……」

ウミ「さあ。アリサちゃんにここにいろと言われましたので」

ホノカ「アリサちゃんの頼みだからね。最近私は借りを返すことを覚えたよ」

コトリ「お久しぶりです。エリちゃん」



今までのすべては何一つ無駄ではなった。

そう。姉を捕縛するのに活かせる程度には。



・・・・・

・・・・・



コトリ「へええ。ここがエリちゃんのおうちかあ」

ホノカ「大学近いんだねー。いいなー」



六畳間に九人……私を入れて十人がぎゅうぎゅうに詰める。



マキ「久しぶりなのに、別に懐かしいって感じもしないわね」

ノゾミ「こんなに呼びつけて……アリサちゃんて意外と賑やか好き?」

アリサ「ふふふ。人がたくさんいるのは楽しいですよね!」

エリ「なんなのよ……なんなのよもう……もうーっ!」

アリサ「マキさんと約束したんですよ。いつか九人集めて昔話でもしてくださいって」

マキ「したけど。すいぶん早く叶ったわね」

アリサ「どうお姉ちゃん、思い出せた? 輝いていた時間」

エリ「いいえ……思い出せない」

リン「エリちゃんこのアタッシュケースなに入ってるのー?」

エリ「実験の資料よ。『永遠に輝き続けるかもしれないもの』」

ノゾミ「エリちはずっと光るサイリウムつくってるんだってー」

リン「えーすごい! 見せて見せて」

エリ「だから……忘れてしまったの。それは開かない」

リン「なんでー、もったいないにゃ……むむ、六桁の番号……適当にやればいけるかも!」

マキ「百万通りね」

リン「無理だ……」

アリサ「忘れたなんてウソだよ。諦めちゃったの? 『永遠に輝き続けるもの』なんてないって」

エリ「事実無理だったのよ。永久機関なんてつくれるわけないじゃない」

アリサ「いいよ、お姉ちゃんがそれを忘れてしまったというなら、アリサが思い出させちゃうんだから」

エリ「無駄よ。思い出しても教えてなんてあげないんだから」



私はアタッシュケースに向かう。

星のマークの入った、六桁の錠のケース。



リン「無理だよアリサちゃん、六桁だよ? 百万分の一だよ」

アリサ「大丈夫……七十億分の一までは私は大丈夫です」

エリ「もし一発で空いたら、大人しくここを明け渡すわ。私の家で同窓会なりお祭りなり好きにしていい。

でも開かなかったらみんなには出て行ってもらう。十人は狭すぎるのよ」

アリサ「…………」

マキ「無理よアリサちゃん、場所を変えましょう。適当にファミレスあたりに……」

アリサ「ファミレスにビデオデッキはないんです……」



ジリジリとダイアルを回す。

マキさんはあーあ、と肩を落とす。

この子は諦めないぞ、と。こうなったら百万通り試すくらいの勢いだぞ、と。



アリサ「3、5、1、7、2、3……」

エリ「え……!?」



アリサ「開いた」



・・・・・・

・・・・・・



マキ「開いた……どうなってるの……!? 天文学的確率よ」

エリ「どうして……その番号がわかるの……?」

アリサ「私、忘れませんから」



そう言ってチョコレートをかじる。

これは運ではない。

――不審火……焦げ跡……六桁の番号……星のマーク……。

アリサ「お姉ちゃんの実験場所には法則があった。それらを時系列順に線で結ぶと星……★……が浮かび上がる。

ずっと不可解だった意味ありげな焦げ跡の数。それは現場ごとに数が異なっていた。

星の五つの頂点。順番に3個、5個、1個、7個、2個。そして★の一筆書きを完成させるには最初の一点に戻る……つまりもう一度3個。

351723.ちょうど六桁の番号になる」



今までのすべては何一つ無駄ではなった。

そう。開かずのアタッシュケースを開けられるくらいには。

コトリ「なんのことかさっぱりだけどすごいねえアリサちゃん」

アリサ「さてお姉ちゃん。約束通りお部屋は使わせてね!」

エリ「あ……う……うそ……あ……」

アリサ「私、DVDいっぱい持ってきたんです。μ’sの活動記録。鑑賞会しましょう!」

ニコ「それでみんな呼びつけたの?」

ホノカ「なんでそんなの持ってるの」

アリサ「ユキホから借りたやつです」

ホノカ「ユキホか!」



感動の再開というには現実的過ぎ、同窓会というには懐古感はなく、冠婚葬祭というにはイベント感がなく、それはまるで友達の家に集まるだけのごくありふれた日常のよう。

でも彼女たちはおよそ一年と半年ぶりに九人で集まった。

今ならあるいは、一人一人が純度100%の自分の言葉で語り合えるかもしれない。

過ぎ去った時間に、他者の介入はありえないのだから。

――――まずは一枚目。ビデオが再生される。



『あ、あのー……』

『はい、笑って』

『えっ、あはは……』

『じゃあ決めポーズ!』

『え!? むぅじゃあ……へい!』

『これが、音ノ木坂学院に誕生したμ’sのリーダー“高坂穂乃果”その人だ』

『はいオッケー!』



・・・・・

ホノカ「ああ……これって……」

ノゾミ「生徒会でつくった部活動紹介ビデオやね」

リン「おおー、懐かしいにゃ!」



私はμ'sの日常や練習風景を残した映像を厳選して持ってきた。

まだμ’sが九人そろう前から始まり、歌やダンスとは全く関係ない記録。

きっとそのほうが思い出を語るにはいいと思った。



・・・・・



マキ『エリは、休日はなにをしているの?』

エリ『私は葦になっているわ』

リン『アシ?』

マキ『葦。イネ科の植物ね。ヨシともいうわ』

リン『エリちゃんは休日は草になっているんだね』

エリ『ええ。葦は葦でも、考える葦よ』

マキ『ふむ』

エリ『ひたすら思考するの。森羅万象についてね』

リン『マキちゃんみたいに?』

エリ『どうかしら』

リン『スマートキューティえりちゃんとパーフェクトまきちゃんが頭いい理由がわかったよ。

それで具体的にはどんなことをしているの?」

エリ『何もしないわ。だって葦だもの。何もせず、ただ考えるの。

朝起きて、ずっと布団の中から出ないこともあるわ。ロクにものも食べずにね』

マキ『それじゃダメよ』

リン『そうにゃ』

マキ『考えるだけじゃダメ。答えを見つけなきゃ』

リン『そっち?』

エリ『答えを見つけるために考えるのではないわ。パーフェクトまき。考えることに意味があるの――』

外でお弁当を食べるマキさんとリンさんとエリさん。

休日は何をして過ごしているのか――なんて、何気ない光景。



マキ『――そんな馬鹿な! 私はパーフェクトまきちゃんよ!? 誰かに劣るはずがないわ』

エリ『じゃあ、試してみる?』

マキ『なによ! やってやろうじゃない!』

エリ『じゃあ、マキとリンで勝負をしてもらうわ』

リン『勝負?』



・・・・・



リン「ああー! これも懐かしいにゃー」

エリ「リンとマキの『PMMと32文字の戦い』の開戦前ね」

マキ「懐かしいこと……ていうかなんでこんな映像が残ってるのよ」



自分が映ると照れを隠すようにコメントしながら、活動記録に目を通す。

時の流れはあっという間で、場面は冬に切り替わっていく。



・・・・・



リン『リンは気づいてしまったよ。パーフェクトまきちゃんの矛盾に』

エリ『……皮肉なものね。サンタさんのために全知で有り続けるまきが、サンタさんの正体を知らないなんて』

ウミ『そのせいで矛盾が生じてしまったのですね』

ノゾミ『これ、ウチのせいかなぁ……』

ニコ『いっそ、本当のことぶっちゃけちゃえば?』

ノゾミ『それはダメ! 絶対ダメやって!』



・・・・・



ノゾミ「これは『クリスマス』のときの話やね」

ニコ「あれえ? なーに照れてるのノゾミぃ?」

ノゾミ「別に照れてないよ!」



・・・・・



ホノカ『ノゾミちゃんが欲しいもの? じゃあみんなでノゾミちゃんちでパーティしようよ!』

マキ『なるほど』

コトリ『そうだねえ、ノゾミちゃん一人暮らしって言ってたし、実用的なものの方が喜ばれるかも』

マキ『なるほど』



・・・・・



コトリ「うふふ。マキちゃんが『みんなでノゾミちゃんのサンタさんになろう』って言ってきたときかあ」

マキ「ちょっと! ああ! ごめんなさいノゾミ……数年来とはいえあなたにツライネタバレを……」

ノゾミ「知ってたよ?」

マキ「うぇ!?」

ホノカ「こんなこともあったねえ……あれ?」



・・・・・

ウミ『誰にも話さないと約束します。また、詮索もしませんし、助言なんて真似もしません。ただ聞くだけです。本当に、ただ聞くだけです』

マキ『本当に? ただ聞くだけ?』

ウミ『本当に』

マキ『わかった。約束よ』

ウミ『約束です』

マキ『――私、近いうちに死ぬの』

ウミ『――え』



・・・・・



ホノカ「なんじゃコレ」

マキ「ああああああああああ」

ニコ「私も初耳よ。なに、あなた死んでたのマキ?」

マキ「ああああああああああ」



・・・・・



エリ『あ、あらマキ。もう屋上は戸締りよ』

マキ『ああ……見回りに来たのね。私はもう帰る。でも向こうにウミがまだいる』

エリ『そそそそそうなのね。さっようならっ!』

マキ『さよなら』



・・・・・



リン「エリちゃん出てきた」

ウミ「あのときエリもいたんですか」

ホノカ「エリちゃんもだけど……これってカメラをまわしてる人がいるよね?」



・・・・・

マキ『探したわよ! 余計なことをしてくれたわね』

エリ『なんの話?』

マキ『みんなにマキが死ぬって言って回っているんでしょ』

エリ『どうしてそう思ったの?』

マキ『あのとき屋上で聞いていたんでしょう?』

エリ『ええ。ごめんなさい。でも、誰にも言ってないわよ。ウミが誰にも言わなかったから』

マキ『え……?』

エリ『自分の口で言うんでしょう? 私は……何も言ってない』



・・・・・



さて……そろそろ問題のシーンだ。

メモによれば、パーフェクトまきちゃんの『私とはなにか』という問答にスマートキューティエリーはこう答える。



エリ『私とは、“個”よ。大きな一固まりの中にある“個”それが私。自分。私とは、小さな一つの情報。

そう。そして小さなひとつの情報が集まってできる大きな一固まり、それが“英知”よ。

私が何かを知ったとき、私は私の中に私以外の“個”を取り込む。そうしてできる大きな情報。それもまた“個”』



・・・・・

エリ「……どうしてこんなものが残っているのよ。どうしてこんなものを見せるのよ、アリサ」

アリサ「アリサはただ適当にDVDを持ってきただけだよ? でも『私が何かを知ったとき、私は私の中に私以外の“個”を取り込む』なんて、それを認めたうえで今のお姉ちゃんは真逆に生きてるよね。矛盾だ」



否定したくて真逆であろうとする。それは、かつてのユキホと同じだった。

姉を否定するために自分を姉と真逆の性質に捻じ曲げたユキホと、同じ。



アリサ「自分を否定するために自分と真逆の性質であろうとする……。

それが今回の矛盾の原因だよ」



映像には残っていない、メモにのみ残された『矛盾』に対する答え。対応法。



『自分の常識を疑わず、違いがあった場合まず私たちは相手の常識を疑う。

それが今回の矛盾の原因だよ。

みんなまきちゃんが間違っているって前提で考えている。まきちゃんはパーフェクトであるはずなのにって。

前提が違うんじゃないかな……。まきちゃんが正しいとしたら。いや、きっとまきちゃんは正しいんだよ』



アリサ「そもそもアリサに『お姉ちゃんが間違っている』なんて前提はあり得ない。

アリサは常に絶対的にお姉ちゃんは正しいと信じてる」



絢瀬エリは自分――かつての自分、かつての答え――を否定する。

絢瀬アリサはすべての絢瀬エリ――過去、現在、未来の姉――を肯定する。

これがシスターパラドクス(SP)。



アリサ「だからお姉ちゃん、すべてを否定していいよ。アリサはそれを肯定してあげる」

『限られた時間の中で輝き続けるもの』

失われた悩み、葛藤、パーフェクト、スクールアイドル。

『永遠に輝き続けるもの』

忘れた。わからない。



エリ「私は――終わりになんてしたくなかった。ずっとあのままでいたかった。

パーフェクトパーフェクトうるさいヘンテコなマキ、妙な直感で核をつくワイルドなリン。

宇宙ナンバーワンアイドルとかいう謎の概念を目指すギャラクティカなニコ。

そんなヘンテコなみんなをなんだかんだ言いながら見守るかしこいかわいい――スマートキューティな私。

そんなヘンテコな毎日が大好きだったのに、周りの誰もが『続けてもいい』と言ってくれたのに、どうしてみんなそんなにあっさり終わりにしてしまったの?」



*****

*****



少女の像があった。その目は全知で、皮膚はメモ。そして心臓は普通の心臓だった。

少女は完全無欠で、ゆえに自分の目に、皮膚に、身動きが取れず人知れず葛藤した。

少女の葛藤を知ったツバメたちは全知を、メモを引き剥がした。

そして少女はパーフェクトを失い、ただの普通の像と化した。

これはほんの一例で、また別の皮膚をもった像が合わせて九体。

それを剥がすツバメも九羽。

そうしてみんな少しずつ大人になって、大きくなった翼で旅立つにゃ。脱皮にゃ。



さて、そこで問題です。

この中に本当は旅立ちたくないツバメは何羽いたでしょう?



――『完璧な真姫』

著 オスカー・“ワイルドりん”



*****

*****



リン「なんだ、エリちゃんもそうだったんだ」

エリ「……え?」

リン「リンもね、実はね、今だから言うけどね、本当は続けたかった」

エリ「じゃあどうして……そう言ってくれなかったの?」

リン「リン一人が、嫌だなんて言えないよ」

ニコ「……でしょうね。リン……それからマキ、ハナヨ。あなたたちも本当は……」

ハナヨ「だって、誰より続けたいはずのニコちゃんが我慢してるのに私だけわがままは言えません」

ノゾミ「ウチにとってはみんなの答えがウチの答えだし……」

ウミ「なんかそういう流れでしたし……」

エリ「流れってなによ」

コトリ「いや……なんか、ねえ?」

ホノカ「自分だけ未練たらしく続けたいっていうのもカッコ悪いし……」

エリ「カッコ悪いってなによ」

ホノカ「あえてね?」

エリ「あえてってなによ……え、なんでじゃあμ’s終わったの? バカみたいじゃない」

リン「忘れた」

ホノカ「わかんない」



答え。九羽。



・・・・・

・・・・・



エリ「えーと、つまり、みんな本当は全然まったく終わりたくなくて、ずっと続けたかったの?」

ニコ「まあ……」

ノゾミ「そうなるよね」

エリ「そうなるよね。じゃないわよ、何口とがらせてんのよ」

ノゾミ「いやあ……ええ? え、ウチ?」

エリ「すっとぼけてんじゃないわよ」

コトリ「だってなんか終わった……終わる……? みたいな」

エリ「だってじゃないわよ」

ウミ「ほら、スクールアイドル、だから……みたぃ……。…………」

エリ「最後まで言いなさいよ」

ホノカ「いや私は終わるべきだと思ってたよ? 思ってたけど?」

エリ「目を見てもう一度言ってみなさいよ」

リン「なんだ、誰も終わらせたくなかったんだあ」

エリ「私の一年の葛藤はなんだったのよおおおお!」

リン「まあまあ、いいじゃない」

エリ「くぅ……! はっきり”思い出した”わ! あなたたちってそうだった!」



自分だけ屈折して別方向に向かうのが嫌で、自分を捻じ曲げる。

だから本当はひとつになんかなれていないのだと。

九人全員が揃いも揃ってそう思う。

だが屈折率が100%なら、それはそれで、『ひとつの光』だ。

DVDの再生が終わる。

次が最後の一枚。μ’sの最後のライブ。

そのステージはまるで、天使が鉛の心臓とツバメの亡骸を持ち帰った永遠の楽園のよう。

μ’sの、最後の歌。『僕たちはひとつの光』。



九人は食い入るようにみる――いや、悔いるようにみる。



『限られた時間の中で輝き続けるもの』

失われた悩み、葛藤、パーフェクト、スクールアイドル。

『永遠に輝き続けるもの』

忘れた。わからない。



『小鳥の翼がついに大きくなって――』



サビに入る。マキさんが、静かにお姉ちゃんに語り掛ける。



マキ「エリーは『永遠に輝き続けるもの』なんてないっていうけど、どうかしら。

私たちは『限られた時間の中で輝くもの』……でも、限られた時間って、それが過ぎても失われたわけじゃないじゃない。

時間が、世界が一本のフィルムなら、それが限られたワンシーンだとしても確かにそこに在り続ける。

思い出……記憶……そういうのって他者からの干渉はありえないじゃない。だって既に過ぎ去った事象なんだもの。

記憶は不変のものではないけど、忘れたりするけど、その原因は自分しかあり得ないじゃない。

思い出は不可侵の、それだけで存在しているものなのよ。エリーが探していたのってそういうものじゃない?」

エリ「ああ……そっか。思い出……記憶……それは確かに変化の原因が自己の中のみで帰結しえるものだわ

アリサ「『永遠に輝き続けるもの』……『記憶』ですか」

マキ「ええ。もしそれが覚え間違いのない、完璧に不変な記憶だったら……だけどね」

『限られた時間の中で輝き続けるもの』

失われた悩み、葛藤、パーフェクト、スクールアイドル。

『永遠に輝き続けるもの』

“完璧に不変な記憶”。



――そして、テレビの中の最後のライブは終わる。



エリ「終わっちゃったわね。でも私はもっとずっと、見ていたい」

マキ「さて、じゃあ――“巻き戻してみるかい?”」



かつてNOと答えた命題。それは間違いではなかった。正しかった。



エリ「ええ。戻りましょう。何度でも」



でも今度は、私利私欲で『巻き戻し』ボタンを押す。

いや、今どきは『初めから再生』ボタンかな。どっちでもいいけど。



・・・・・

・・・・・



十月



アリサ、高校二年生、秋葉ドーム。



・・・・・

・・・・・



アリサ「ついにここまで来たんだね……」

ユキホ「うん……! 精一杯歌おう!」



『μ'sを超える』。一心にその目標に向かって私たちは突き進んできた。

ラブライブ本戦の幕があがる――そのとき私は、目標を掲げたあの日のユキホとの会話を回想していた。



アリサ『μ'sが負けを認めたら、私たちはμ'sを超えたと言えるのではないかしら!?』

ユキホ『……つまり?』

アリサ『私たちのライブにμ’sのみなさんを招待すればいいんだよ!』

ユキホ『μ'sを全員!?』

アリサ『そう! そしてそこで私たちは圧巻のパフォーマンスを披露するの! お客さんもμ’sも唖然! お口ぽかーん、目を白黒させて絶句!

圧倒的なステージを前にμ’sは口をそろえてこう言うわ。“参った”“かなわない”。証言はμ’s! 証人はお客さん! 勝者は私たち!』

ユキホ『おお……!』

アリサ『これが“超える”だよ! 相手に直接“超えられた”と思わせる。これ以上完璧な、パーフェクトな勝利がありましょうかっ!?』



アリサ『雪のように舞い散る光の中で私たちは歌うの。

百や二百じゃない。空間を埋め着く光の粒。それは雪のようで、星のようで、花火のようで……でも花火なんかよりもっとすごいの。

花火はすぐに散ってしまうけど、“それ”は違う。いつまでも宙に留まり続ける。たとえるなら、花火を写真に収めたような光景が永遠に続くの。

その光は私たちの手から放たれて、どんどん数を増やしていく。ステージも、客席も、まるで宇宙みたいに星に包まれて……どう? 圧倒的でしょう?』

ユキホ『ま、無理だね、実現するなら超未来テクノロジー、夢の新物質が必要だよ』



*****

*****



ホノカ「次! アリサちゃんたちの番だよ!」

ニコ「みんな準備はいい!? いいわよね!? 落ち着きなさいよ!?」

ノゾミ「ニコっち焦りすぎ」

ハナヨ「わっ、場内真っ暗になっちゃった! 停電!?」

コトリ「わわわ、手元が見えないよ」

リン「サイリウムサイリウム! ああダメだもうずいぶん経っちゃったからほとんど光ってないよ」



幕が上がる。ステージは、場内は真っ暗。

アリサとユキホの姿が見えないまま、音楽はかかりだす。



ウミ「こんなアクシデントに見舞われるなんて……」

エリ「ふっふっふ……心配には及ばないわ。これは“演出”よ」

マキ「そういえばエリーが演出とか小道具とか請け負ったんだっけ」

エリ「サイリウムは必要ないわ」



ステージに四つの淡い光が灯る。

その光によって、それはアリサとユキホの手に握られた何かだとわかる。



エリ「あの私の部屋のアタッシュケース、中に何が入っていたと思う?」



『そう大事なものでもないけど、一応あの中には私の研究成果が入っている。まだ未完成だけど、超長時間光続けるスーパーサイリウムの素で、超未来テクノロジー、夢の新物質だ』

イントロが終わり、二人が歌いだす――瞬間。

それは二人の手から放たれる。

場内に沸く歓声。場内を照らす光。場内を震わす衝撃。



雪のように舞い散る光の中で彼女たちは歌う。

百や二百じゃない。空間を埋め着く光の粒。それは雪のようで、星のようで、花火のようで……でも花火なんかよりもっとすごい。

花火はすぐに散ってしまうけど、“それ”は違う。いつまでも宙に留まり続ける。たとえるなら、花火を写真に収めたような光景が永遠に続く。

その光は彼女たちの手から放たれて、どんどん数を増やしていく。ステージも、客席も、まるで宇宙みたいに星に包まれて……圧倒的な空間が展開される。

私たちの目の前には、そんな奇跡みたいな光景が広がっている。もしそんなステージがあったら――。



ニコ「“参った”わ……なによこれ……」

ホノカ「すごい……はは、こりゃ“かなわない”なぁ……」



もしそんなステージがあったら、彼女たちはその瞬間μ’sを超えるだろう。



彼女たちは無限の光の中で歌う。

それは私たちとは違った在り方。答え。

限られた輝きではなく永遠の輝きを。

今が最高ではなく、必要なら巻き戻す。縋りつく。

太陽のような一つの光になるのではなく、夜空に輝く無限の星の光になる。

マキ「ねえエリー。メモは自分のためにするのでもなく、誰かに見せるためにあるのでもない。

メモは後人に残すためにある……ってところで手打ちにしない?」

エリ「そうね……そのメモを“どう受け取るかを自分で考えればいい”んだわ。

結果、いろいろ混じって純粋無垢(イノセント)でいられなくなるかもしれない。

でも、人って変わるものよね」



音楽が止み、アリサとユキホのステージは終わる。

それでも場内を照らす無限の光は輝きを止めない。

アリサはたとえ無知だったとしても、無能だったとしても、決して“無明”ではなかったのだ。



・・・・・

もう少しだけつづく

・・・・・



10月 にゅろにゅろ日

アリサ、高校二年生、兵達が夢のあと。



日本に来てもう半年以上。私はすっかりこの土地に馴染んでいる。

この音ノ木坂学院での生活も慣れ、新鮮味のない充実した毎日。

すべてが終わった、平穏な毎日だ。



『パーフェクトまきちゃんメモ』略して『PMM』――

スパリゾートことり 

メトロノームほのか 

ムーンソルトうみ 

パーフェクトまき

ワイルドりん

バットのぞみ

ギャラクティカにこちゃん

スマートキューティエリー



私はすべての空白――『■』を明かした。

そろそろマキさんが、メモを回収しに来る頃だろう。

――いや、まだすべては終わっていない。実はまだ、残っているものがある。

それはまだパーフェクトまきちゃんメモに何かが書き込まれていた頃より続く、根深い話。



ユキホ「アリサ、またボーッとして。考え事?」

アリサ「あら、どうかしたの? ユキホ」

ユキホ「最近のアリサはおかしいよ、なんていうかこう……とにかく初めて会った時から随分変わった」

アリサ「変わった? 私が?」

ユキホ「うん」

アリサ「そう……でも、それはユキホだって同じではなくて?」

ユキホ「えっ?」

アリサ「ユキホも変わったよ。初めて会ったときよりずっとよくなった」

ユキホ「それは、そうかも……だけど」

アリサ「人は他人の変化には敏感な癖に、自分の変化は指摘されるまで気が付かない……指摘されても認めないこともある」

ユキホ「だね。私はそれを否定したいよ」

アリサ「でも人は変わるよ。ユキホ」

ユキホ「じゃあやっぱりアリサは、変わってしまったの?」

アリサ「同じ人でも、子供の頃と大人になってからではやっぱり違うでしょう?」

ユキホ「半年前のアリサは子供で、大人になったってこと?」

アリサ「どうだろう……ちょっと違うと思う。でも私、もう高校二年生なんだよ。

誰しも、いつまでも純粋無垢(イノセント)な自分のままではいられなくなるんだ。それがたとえどんなに特別で、尊いものだったとしても」

そう。たとえば、パーフェクトを捨てたマキさんはただの人になった。

ワイルドな直感も、時間とともに失われていきただの人。

周りを巻き込むメトロノームも、いずれ一人のただの人。

月のごとき百面相と裏の顔をもつムーンソルトも、心が成熟すれば形を潜めただの人。

スパリゾートもいずれ客足は遠のきただの人。

ギャラクティカパワーも燃料のみで、燃やす機関がなければただの人。

どっちつかずのコウモリバットは生まれてこの方ただの人。

不朽不滅があるとすれば、かしこさとかわいさ……スマートキューティさか、修練者くらいのものだ。



ユキホ「変わることと捻じ曲げられることは違うよ、自発的な変化は成長とも呼べるけど……」

アリサ「ユキホ、何物にも干渉を受けずにあり続けるものなんてないんだよ。限られた時間の中で精一杯輝くものとは、独立した自己のことなんだよ。時とともにそれは何かに染まるものなんだよ」

ユキホ「それでも人は、誰にも時間にも左右されず自分で考えなきゃいけないんだよ」

アリサ「“そこ”をみんな勘違いしているのよ。マキさんも、私がメモから知識を得るだけで思考停止してしまうと思ってる。

“考えれば”わかるのに。メモをみる――教わる――だけで、無知無能が全知全能にまで捻じ曲げられるものかしら?」

ユキホ「え……?」

アリサ「なぜ私が変わったか……人格っていうのは、経験……つまり記憶によるところが大きい。

記憶の中の自分が優しければ、人は優しくなるし、怒りっぽければちょっとしたことで怒る。もしくはそうならないようにと真逆の性質をもつ。ユキホのようにね」

パーフェクトまきちゃんは知った。

しかし知るだけではたどり着けない境地がある。

スマートキューティエリーは考えた。

しかし考えるだけでは見つからない答えもある。



なら私は“知って、それから考える”。

教わってなお、自分で考える。知ってなお、自分で考える。



アリサ「それが『パーフェクトまきちゃん』の弟子であり、『スマートキューティエリー』の妹である『絢瀬アリサ』の答えよ」



既知のみの思考停止でもない。思考のみの不正解でもない。

今の私は、『思考して、間違えない修練者』に匹敵する。

アリサ「私たちは、自分の常識を社会の常識だと思ってしまうものだよね。

逆もまた然り。社会の常識を自分の常識にしてしまう。

例えばだけど、社会の常識と誰かの常識に違いがあったとき、私たちの常識はどっちだろう」

ユキホ「どちらでもなく、私たちの常識は私たちの常識じゃない?」

アリサ「私たちは私たちの常識を疑うことをしない。自分の常識を疑わず、違いがあった場合まず私たちは相手の常識を疑う。

みんなはアリサが壊れていくって前提で考えている。アリサはチョコを食べて自分を変格することでパーフェクトに飲まれ、少しづつ本来の純粋な自分を殺しているって。

前提が違うんじゃないかな……私が変わったのは、メモのせいじゃないんだよ。それはただ、アリサがそういうものだっただけの話。

私を捻じ曲げたものがあるとすれば、それは私ではなくあなたたちの認識のほうだったのよ。

すべての始まりを忘れたの? 私は最初から一貫して『お姉ちゃんのようになりたい』それだけだったはずじゃない」




パーフェクト・アリサ・メモ■■とは、パーフェクトではないアリサのではないメモではない。



・・・・・

・・・・・



10月 ばいばい日

アリサ、高校二年生、生徒会選挙。



アリサ「このたび“生徒会会長”に立候補しましたー! 絢瀬アリサをよろしくお願いしまーす!」



右手にメガホン。左手に大旗。そして額に鉢巻き。

私は昇降口で叫ぶ。清き一票を!



マキ「会長にはまずクリーンなイメージが重要よ。生徒を思い、学校を愛し、先生を慕っている。そんな気持ちを伝えるのよ。この際真偽は問わないわ。イメージよイメージ」

傍らには悪参謀……じゃなくて知的な応援。西木野マキさん。

マキ「私が応援するからには必ずあなたを“生徒会長”にしてみせるわ」

アリサ「ありがとうございます! 『毒を食らわば皿まで』というやつですね!」

マキ「言いたいことはわかるけどそれ意味違うから」

アリサ「私はお姉ちゃんみたいになるために、お姉ちゃんみたいな生徒会長にならなくてはならないんです! 『蛙の子は蛙』なのです」

マキ「ぶれないわねこのシスコンめ」

アリサ「最上の褒め言葉です! 『天は二物を与えず』。私は二つ目をお姉ちゃんから借り受けるのです。そのためなら『焼石に水』だってかけます。『背に腹は代えられない』のです。まさに『石橋を叩いて割る』勢い! 寝たらくっつきますけど」

マキ「相変わらず不屈の精神ね。『焼石の上にも三年』精神ね」



懸命な選挙活動。すべては姉・絢瀬エリのようになるため。私は声を張る。

……張るが、それを遮る何かが聞こえてくる。

「私が生徒会長になった暁には、次の公約を果たすことを約束します!」



マキ「く……! 出たわね……最強のライバルのお出ましよ」

私の立つ場のちょうど反対、真正面に陣取る彼女たちが、私の最大のライバルだ。

彼女を下さないと私は生徒会長の座に君臨できない。



リン「それそれー! あ、それそれー!」

ユキホ「高坂ユキホ! 高坂ユキホをよろしくお願いしますーっ!」



アリサ「ちょっとユキホー! ここは私が先にいたんだからねー!」

ユキホ「あら、同じ場所で演説してはいけないなんてルールはなくてよ?」

アリサ「ぐぬぬぅ」

リン「あーら、マキさんではございませんか。イメージ戦略の裏で黒い思惑が動いているともっぱらの噂ですのよー?」

マキ「おほほ嫌ですわ、それが私の仕事ですもの。あなたみたいな考えなしのごり押しよりはよっぽどマシですわ」

リン「なんだとー」

マキ「だってリンさっきから『あ、そーれ』しか言ってないじゃない。演説に合いの手なんかいらないのよ!」

リン「ふーんだ。最後に生徒会長になるのはユキホちゃんだもんねー。ごめんねアリサちゃん」

アリサ「私だって負けませんよ、絶対負けません」

ユキホ「無理無理、アリサじゃ生徒会長なんて無理。私のほうが適任だよ」

アリサ「なによちょっと前まで『絶対生徒会なんか入らない』って言ってたくせに!」

ユキホ「気が変わったんだよ! 私はお姉ちゃんに宣戦布告したんだから。絶対生徒会長になって『高坂ユキホは高坂ホノカとは違う』ってみんなに知らしめてやるんだから」

アリサ「私はお姉ちゃんのようになるため!」

ユキホ「私はお姉ちゃんとは違うってことを証明するため!」

互いのすべてを懸けて対立することになることを宿命づけられ出会った二人『アリサ』と『ユキホ』。

そのときが来たのだ。



ユキホ「私が勝つ!」

アリサ「いや私が勝つ!」

ユキホ「うるさいうるさい私が勝つ!」

アリサ「私は生徒会長にならなくてはいけないの!」

ユキホ「私がならなくてはいけないの!」

アリサ「お互い頑張ろうね!」

ユキホ「そっちこそ!」

アリサ「ファイトだよ!」

ユキホ「じゃねーっつーの!」

アリサ「ハラショー」



これは姉のようになりたい少女と、姉のようになりたくない少女のすべてを懸けた戦い。

ユキホ「生徒会長候補、高坂ユキホでーす!」

アリサ「絢瀬アリサでーす!」

私たちの声は学校中に響き渡る。

それはこの学校に来たばかりのころに聞いた、Zまで歌われないABCの歌の続きのように。



アリサ、高校二年生、晴れ。

・・・・・



パーフェクト・アリサ・メモ■■



閉幕



・・・・・

・・・・・



・・・・



・・・



・・







パーフェクト・アリサ・メモ■■とは、パーフェクトではないアリサのではないメモではない。



アリサはパーフェクトではない。そして、そのメモはアリサのものではない。



ではない……なら、パーフェクト・アリサ・メモ■■とは?



・・・・・

*****



“11月”



マキ「……とまあこんな風にいい話っぽくまとめて、アリサの日記は終わるわけよ」

ユキホ「アリサが日本にきた“3月”から“10月”までの記録というわけですね」



私たちがこんなことをしている発端はこうだ。

マキさんはアリサからメモを回収しにいったが、今はダメだとしてその担保としてアリサの日記を預かった。

大事なメモに対して大事なダイアリー。それを等価と判断したマキさんはそれを受け入れる。

そして、アリサの日記に目を通し……それからそれを私のもとに持ってきた。『この日記は事実か』と」



ユキホ『おかしい……おかしいですよこの日記』

マキ『気が付いた?』

――“アリサがこの日記を書けるはずがない”んです!

ユキホ『この日記……いったい誰が書いているんですか……!?』



思い出していただけただろうか。

そして私はそれを突き止めるため、日記を読破した。という次第だ。

マキ「……以前ね、火事のあとケロッとしてるアリサを『精神的ゾンビ』『形状記憶メンタル』と呼んだ人がいたわ。

きっと、彼女はそうならざるを得なかったのよ。誰より早く、感情を忘れてしまわなければ、あの子には都合が悪いの」

ユキホ「え……えっと……?」

マキ「たとえば、一秒前も昨日も一昨日も、一年前も同価値な人がいたらどうかしら」

ユキホ「一秒前と一年前が同価値……? なぞなぞですか」

マキ「いいえそのままの意味よ。もし『一年前感じた悲しみ』が『一秒前感じた悲しみ』と同義だったら……」

ユキホ「そんなの壊れちゃう……だって生きている間ずっと感情が積もり続けちゃう……」

マキ「そう。だからきっとそういう人がいたら、真っ先に忘れるのは『感情』なんだと思う。『火事で家が燃えた』という記憶だけ残って、『火事で家が燃えたから悲しい』という感情を真っ先に忘れる……とかね」

ユキホ「まさか……」

マキ「一年前を一秒前のごとく、こと細かに記憶していたとしたら……一日で数か月分の日記が書けたとしても不思議はないと思わない?」

ユキホ「じゃあこの日記は……」

マキ「私がメモの回収に行って、日記を担保にする約束をして受け取るまで丸一日。

信じがたいけど……あの子……“その間にその日記を書き上げた”のよ。

アリサが記憶を頼りに書き上げたもの……つまりそれはダイアリーではなくメモリーだったのよ。それも“一言一句の記憶違いのない”ね」



*****

*****



ハナヨ「ユキホちゃんが戻ってきて、アリサちゃんも成長して……この分ならアイドル研究部も安泰だね。それにμ’sの九人でまた集まれたのは楽しかった」

アリサ「はい部長!」

ハナヨ「ありがとうね。全部アリサちゃんのおかげだよ」

アリサ「そんなことないですよぅ」

ハナヨ「ううん、そんなことある。アリサちゃんはすごいなあ」

アリサ「ふふ……いままでずっと、そうやってきたんですね。ハナヨさんは」

ハナヨ「え、うん、まあ」

アリサ「ところでハナヨさん、私一つだけどうしても気になることがあるんです」

ハナヨ「どうしたの? そういうことはマキちゃんに聞いたほうがいいと思うけどなあ」

アリサ「そうかもしれませんね。でも一応聞いてくれますか?」

ハナヨ「うん。私で答えられることかわからないけど」

アリサ「では――」

パーフェクト

ワイルド

マスター

スパリゾート

メトロノーム

ムーンソルト

バット

ギャラクティカ

スマートキューティ



――『PMMと32文字の戦い』のとき、一人だけその名の由来を語られていない人がいるんです。

なぜかパーフェクトまきちゃんが課題解決に詰まっているとき、すべての答えに繋がる助言をした人がいたんです。

クリスマスのとき、『SP(サンタパラドクス)』に陥ったパーフェクトまきちゃんと、サンタを否定する皆さんに『サンタとは何か』を説いたその人は、パーフェクトまきちゃんがパーフェクトでなくてはならない理由を知っていました。

誕生日のとき。『死とは』を考えて死ぬことにしたパーフェクトまきちゃんはそのことをメンバーの数人に漏らしてしまいます。

その中に……パーフェクトまきちゃんからも、誰からも聞いていないのにそのことを知っていた人がいるんです。

ハナヨ「アリサちゃん、それ以上は……」

アリサ「あのお姉ちゃんの家に集まった日みんなで見たμ’s活動記録の中に、一度も登場してない人がいるんです。

『カメラをまわしていた人』です。

……実はパーフェクトまきちゃんメモの中にある変な名前が、μ’sのみなさんのことだと気が付いたときからおかしいと思っていたことがあります」

ハナヨ「アリサちゃん、そのへんに……」

アリサ「一人だけ……メモに一切記述がない、項目がないメンバーがいたんです」



アリサ「その人の名は――」



・・・・・

・・・・・



【マスターはなよ】



アリサ「どこまでがあなたの思惑どおりだったんですか? 全部あなただったんですよね。ハナヨさん……いえ、マスターはなよさん」

ハナヨ「…………」

アリサ「パーフェクトまきちゃんメモの内容は網羅してあります。もちろんかつてのマキさんの活動記録もすべて。

……その中でハナヨさん、あなたはなぜかいつも物事の渦中にはいないんですよ。そして的確な助言でマキさんを導いているようにさえ思える。

誰よりも優しく、気が利くあなただからできる芸当です。あなたにとって全知とは、ただ察するだけでよかったんですね。

パーフェクトは“既知”そして“考えない”。ワイルドは“閃き”そして“知らない”。スマートキューティは“思考”そして“間違える”。

三者三様の答えがありました。

マスターは“思考”そして“間違えない”これが『修練者』にして『黒幕』。マスターはなよの『マスター』は、マスターマインド――黒幕――の意だったんですね」

ハナヨ「……マキちゃんは意図せずつけたみたいだけどね。つまり私はマスターだからすべてを知っていたのではなく、すべてを知っていたからマスターと呼ばれた」

アリサ「皮肉なものですね。全知ではないのに全知を自称し苦悩する少女の隣には、いつも真の全知がいたのですから」

ハナヨ「パーフェクトまきちゃんメモにはかつての『PMMと32文字の戦い』『Xmas・SP』『未完の最終楽章』の全容が記されている。

アリサちゃんの言う通り、メモを熟読すれば私、つまりマスターはなよの不可解な言動は見えてくる。ではどうしていままで誰も気が付かなかったのでしょうか?

メモを熟読する人なんて普通いないんだよ。メモとは、後でサラッと見返すだけのものですから」

アリサ「だから……当事者でない私だから、何も知らない無知で無能な私だったから、たどり着けた」

ハナヨ「参ったなあ……私については最後まで明かされないはずだったのに……でもまあいいか、アリサちゃんなら。でもみんなには内緒だよ?」

アリサ「真相は……それだけ?」

ハナヨ「うん。それが真相。まあ“マスターはなよ”の黒幕っぷり、暗躍はもう一度メモを読み返すなりして確認してよ……なんちゃって、照れちゃいます」

アリサ「真のツバメは、ハナヨさんだったんですね」



でも私は知っている。ツバメは――ハナヨさんはただ守りたかっただけなのだ。



ハナヨ「……私はマキちゃんの初めての友達だったんだ」



すべてを知るハナヨさん。そして、そのことを知っているのは私だけ。

真相は……それだけ。



かつて『私は誰にも劣らないし、たとえば誰かに見守られているとかそんなことはありえない。

そして私はなんでも知っている。本当になんでもよ。知らないことなんてないの。

だから誰かに騙されるなんてこともない。嘘なんてすぐ見抜いちゃうの』

と謳ったパーフェクトまきちゃんは、八羽のツバメに見守られるそれはそれは幸福な王子だった。

――――。



ハナヨ「――さて、じゃあアリサちゃん。そろそろパーフェクトまきちゃんメモを返して。それですべて終わり。アリサちゃんまでパーフェクトに縛られる必要はない」



――――。



アリサ「…………」

ハナヨ「アリサちゃん?」

アリサ「それは……できません」

ハナヨ「どうして……!? それで、それで何もかも元の鞘に収まるんだよ、だから……」

アリサ「あなたがいかにマスターといえど、何事も思い通りにいくとは限らないんですよ」

ハナヨ「そんな、そんなことでメモを返してくれないの?」

アリサ「違います。マキさんにも言いましたが……私はメモを返すことができないんです」

ハナヨ「何を言っているの?」

アリサ「メモは…………」






――メモはあの火事の日に、とっくの昔に、焼失してしまっていたんです。






・・・・・

ハナヨ「は……?」

アリサ「パーフェクトまきちゃんメモは……もうこの世には存在しないんです。アパートとともにすべて燃えてしまいました。」

ハナヨ「そんなわけないよ! だってずっとアリサちゃんはメモから知識を得ていた……私にたどり着いたのだって、メモをすべて、持ち主以上に把握していたからでしょう!?

なのにどうして、そのメモがとうの昔に失われていたなんて……ウソだよ」

アリサ「ウソじゃありません。メモはとうの昔に失われていて、私は最初からずっとメモを持ち歩いてなんかいなかったし、読み返したりもしてないんです。

パーフェクトまきちゃんメモは、初めからないんです」

ハナヨ「ありえない……アリサちゃんはメモをしない……覚えていられるはずが……」



私は人差し指を突き立て、トントン、と頭を指さす。



アリサ「私、忘れませんから」



ハナヨ「あ……」

アリサ「いつも言っていたじゃないですか。絶対に忘れないんですよ私は」

ハナヨ「ありえません! パーフェクトまきちゃんメモを一言一句漏らさず暗記した!? ありえないです!」

アリサ「あなたたちは私がメモに依存し、パーフェクトの呪いによって捻じ曲げられてしまうことを危惧した用ですが、そもそもが見当違いだったんです。

私は“ただ思い出すだけ”でよかった。それは既に教わる知識ではなく、私の知識だったんです」

ハナヨ「それが……真相?」

アリサ「『完全記憶能力』……私は無知。私は無能。私はただ、覚えている」

そう。私はお姉ちゃんの後ろ姿をいつまでも覚えている。

私がいずれパーフェクトに縛られて捻じ曲げられる? 自分を殺さなくてはいけなくなる?

そんなもの、生まれた時から縛られ続けてる。



『まあ私はその呪縛が好きなんだけどね。お姉ちゃんと比べられて嬉しい。お姉ちゃんみたいだと言われて嬉しい。……やっぱり私も変かな』



そんなもの、生まれた時からずっとそうだ。今更そんなもので絢瀬アリサを変えられやしない。

私はずっと『姉のようになりたい』その呪縛の中で純粋に生き続けてきたのだから。

そのために自分を殺すことなど、いくらでもやってきたのだから。

そしてそのたびに、私は何度でも蘇る。燃えてなくなるメモなど不要。

『完全記憶能力』。絢瀬アリサは最初からそういうものだった。

私は精神的ゾンビ――形状記憶メンタル――フェニックスありさ。



・・・・・

・・・・・



私は頭の中で空白を埋める。



パーフェクト・アリサ・メモ■■とは、パーフェクトなアリサのメモ“リー”である。



・・・・・

・・・・・



『永遠に輝き続けるもの』

“完璧に不変な記憶”。



パーフェクト・アリサ・メモリー



終劇

次作は書けるかわかりません……
パーフェクトまきちゃん時空については書きたかったこと全部書いたのでお終いです。さようなら

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