【アイマス】月の光と蛍火と (36)


僕の住んでいる村は、ものすごく田舎です。
どのくらい田舎かって言うと、村のことは山と川と畑と田んぼで大体説明が終わるくらいに田舎です。
でも、最近駅前にコンビニができたんです、すごいでしょ。
……都会のコンビニは夜も開いてて、お米を売ったりしてないっていうのは本当ですか?

何にもない村ですけど、僕は毎日楽しく暮らしています。
家の畑仕事を手伝って、友達と山でかくれんぼしたり、川で魚を獲ったり。

学校が夏休みに入ったある日の夜、僕はとある場所に向かっていました。
何年か前にお父さんに教えてもらった、とっておきの場所。
山道から少し外れたところには川が流れていて、大きな木が一本だけ生えています。
ちょっとした広場みたいになっているそこが、なぜとっておきなのかというと。

この時期は、たくさんの蛍が見られるんです。


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その日の夜空には雲がかかっていて、たまに月が見えるくらい。
蛍を見るには悪くない天気です。
僕が到着した時、さっきまで雲に隠れていた月が顔を出しました。
地面近くを飛ぶ蛍と月の光。
とてもキレイで、こっそり家を抜け出した甲斐があるというものです。
僕がいつもの場所に座ろうと歩き出した時、気付きました。


「天女さま?」


月の光に照らされて、長い髪をキラキラと輝かせている女の人。
物語に出てくる天女さまみたいでした。
僕の声が聞こえたみたいで、天女さまがゆっくりと振り返る。
とってもキレイで、なんだか優しそうで、目が離せませんでした。
神秘的な表情って、こういうものなのかな。


「……あ」

何か言おうとする僕に、天女さまは口元に人差し指を添える。
天女さまの周りを泳ぐ蛍たちをびっくりさせないように。
僕がそのことに気付くと、天女さまはにっこりと笑ってくれました。
その笑顔と、月の光と、蛍たちの舞う不思議で素敵な光景に、金縛りにあったように目が離せなくなってしまいました。

「こんな夜更けにどうしたのです?」

どれくらい時間がたったのでしょうか。
気が付くと蛍たちは消え、それを待っていたかのように空の雲が晴れていました。


「え、えと、あの、ここはその、僕のお気に入りの場所で、蛍……そう! この時期は蛍が見られるから」

天女さまに話しかけられたのが僕だと気付いて、何とか説明しようとするんですが。
自分でも何を言っているのかよくわかりません。

「ふふ、慌てずともよいのです。ゆっくり深呼吸をしましょうか」

何かを言おうとすればするほど、頭の中が真っ白になってしまいます。
天女さまの言葉の通り、ゆっくりと深呼吸をしてみました。
吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って……
少しだけ落ち着けました。

「あの、天女さまは……」

「貴音です」

「へ?」

口をポカンと開けて、僕は間の抜けた顔をしていたと思います。
だって、何を言われたのかさっぱりわかりませんでしたから。

「四条貴音。それが私の名前です」

しじょう、たかねさん。
えーっと、つまり、僕が今まで天女さまだって思ってた人は、僕とおんなじ人だったってことだよね?
あれ?
ひょっとして僕はとても失礼でとても恥ずかしい勘違いをしてたの?


「うわわわ、ご、ごめんなさい」

途端に顔のあたりが熱くなってきて、思わず謝ってしまいました。
恐る恐る顔を上げると、天女さ……貴音さんは柔らかく微笑んでいます。
怒って……ないのかな?

「謝る必要などありません。そのように言ってもらえて、嬉しく思います」

怒ってはいないみたいだけど、やっぱり恥ずかしい。
でも、あんなにキレイだったんだもの、間違ってもしょうがないよね。
そう思うことにすると、少しだけ恥ずかしさが遠のいたようでした。


「あの。貴音、さんは何でここに?」

地元の友達なら知ってる人もいる場所だけど、貴音さんはこの村の人じゃないよね?
余所から来た人かここを見つけるのはすごく大変だと思うんだけど。

「月の光に導かれて、と言ったところでしょうか。この地の月は、私の故郷を思い出させてくれます」

月を見上げながら、貴音さんはもっと別のところを見ているようでした。
何となく寂しそうに見えたのは気のせいではないと思います。

「何にもないところだけど、僕もこの村が好きです」

何となく、貴音さんにそんな顔をしてほしくありませんでした。
でも僕にはこういう時何を言っていいのかわからなくて。
貴音さんは『故郷』って言ってたから、多分その『故郷』がすごく好きなんじゃないかなって思ったから。
思わずそんなことを言ってしまいました。


「ありがとうございます。優しいのですね」

そう言って微笑んだ貴音さんの顔を見て、さっきのとは違う恥ずかしさがこみ上げてきました。
貴音さんのほうを見ていられなくて、視線を泳がせていると、だいぶ月が傾いていることに気が付きました。

「もうこんな時間。帰らなきゃ」

「そうですか。慣れた道とは思いますが、気を付けるのですよ」

「ありがとう。さようなら」


早く家に帰らないとお母さんに怒られちゃう。
そう思って駆け出そうとして、一つだけ気になったことを聞いてみる。

「……また、会えますか?」

「そうですね。……おそらく、そう遠くないうちに」

貴音さんの笑顔は何かを隠しているような、悪戯っぽいものだったけど、また会える、って言ってくれた。
それがなんだか嬉しくて、ちょっとこそばゆい感じでした。

「楽しみにしてるね」

そう言って、僕は今度こそ家に向かって走り出す。
なんだか夢の中の出来事のようで、ちょっと不安になったけど。

「……痛い」

試しに頬をつねってみたら、ちゃんと痛かった。



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その次の日は、夏祭り。
村の夏に欠かせない一大イベントで、お父さんが特別にお小遣いをくれる日でもあります。
今日だけは無駄遣いをしても怒られません。

焼きそばに綿菓子にかき氷。
射的もやって、ヨーヨー釣りもやって……
仲のいい友達と目一杯祭りの夜を楽しみます。

「今日、なんとかって事務所のアイドルが来るらしいぜ」

「ふーん、そうなんだ」

こういうことに詳しい友達と違って、僕はあんまり興味がありませんでした。
ただ何となく、今年の祭りはいつもより気合が入ってるのかな、と思った程度です。


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祭りも中盤を過ぎ、もらったお小遣いもほとんど使ってしまった頃。
同じように財布が軽くなった友達が、しきりとステージを見ようと誘ってきます。
アイドルのことはよくわかりませんが、お金が要らないならいいかな、くらいの気持ちで向かうことにしました。

やぐらを組んで太鼓を乗せて、そこでみんなと踊る。
そういうものしか知らなかった僕には、辿り着いたステージはとてもキラキラしていて、まるで別世界のようでした。
そこで歌って踊る色んなアイドルの人たち。
初めて見る僕には、それが上手いのかどうかはよくわかりません。
でも、とても楽しかった。
友達がアイドルを好きになる理由も、少しわかった気がします。

そしてそこには、貴音さんがいたのです。


  ……また、会えますか?
  そうですね。……おそらく、そう遠くないうちに


あの時の悪戯っぽい笑顔の意味がわかりました。
貴音さん、アイドルだったんですね。
ステージの上の貴音さんはとても楽しそうでした。
昨日偶然出会った女の人が、今日はお祭りの舞台でキラキラと輝いている。
とても不思議な気分です。
何となく、昨日のことも含めて僕だけの秘密にしておきたい気分。

僕も友だちも、集まった村のみんなも、汗だくで応援して、貴音さんたちもそれに応えてくれました。
とても、とても楽しいステージでした。


貴音さんたちは、765プロっていう事務所でアイドルをしているそうです。
今はまだあんまり有名じゃないけど、きっとこれから注目を集めるようになる。
友だちはちょっと興奮しながらそう言っていました。

僕も、貴音さんだけじゃなくて、今日来てくれたアイドルの人みんなを好きになってしまいました。
やっぱりアイドルのことはよくわからないけど、765プロっていう名前はしっかり覚えておこうと思います。

ちょっと中断
出かけてきます

おりさと村か?



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お祭りも終わって、みんなが家に帰る頃。
僕の足は、昨日貴音さんと出会ったあの場所に向かっていました。
何か約束をしたわけじゃありません。
僕みたいな子供のこと、貴音さんは忘れているかもしれません。


でも、もしかしたら、ひょっとして


そんな思いが捨てきれなくて、もう一度貴音さんに会いたくて、気付いたら僕は走り出していました。
雲一つない夜空には、大きな月と、いっぱいの星が輝いています。

息を切らせながらその場所にたどり着くと、大きな木が月明かりの下に佇んでいて。
他には何もありません。
いつも一人でやってくるとっておきの場所。
その場所を独り占めしていることが、すごく心地よかったのに。

なんでこんなに、胸が締め付けられるような気持になるのでしょうか?


「……そう、だよね」

片付けとか、帰る準備なんかもあるのかもしれない。
それなのに、たまたま立ち寄っただけの場所なんかに来るわけないよね。

「……しょうがないよね」

そうやって諦めようとするんだけど、なぜか足に力が入りません。
思わず木の根元に座り込んで足を抱え込んで。
鼻の奥の方がツーンとしてきて、目の前がぼんやりしてきました。


「……おや」

どれくらいの時間がたったのか、はっきりしません。
突然僕の後ろから声が聞こえてきました。
驚いて振り返ると、そこには貴音さんがいました。

初めて会った天女さまのような貴音さんじゃなくて。
ステージの上のアイドルの貴音さんでもなくて。
また会えるって笑ってくれた四条貴音さんが、そこにいました。

「こ、こんばんはっ」

慌てて目をゴシゴシとこすって立ち上がる。
落ち込んでたなんて知られたくなくて、出来るだけ元気に聞こえるように。

「今晩は。また会いましたね」

そう言って微笑む貴音さんは、やっぱりとてもキレイでした。


――――――
――――
――

貴音さんは、昨日と同じように月を見つめています。
僕は、どうしていいのかわからなかったので、同じように月を見ることにしました。
遠くに虫が歌って、時々風が草木を撫でていって、他には何も聞こえません。
僕なんかがここにいていいのかな、ってちょっと不安になってきた頃。

「一期一会、という言葉をご存知ですか?」

貴音さんが話しかけてきてくれました。
聞いたことはあるけどよく知らない言葉に、僕は首を振る。

「今というこの瞬間は一生に一度しか訪れないもの。だからこそ出会いも別れも大切にして、後悔が無いようにしよう。そういう言葉です」

貴音さんの教えてくれたことは何となくしかわからなかったけど、とても大切なことなんだってことだけは分かりました。
多分、泣きそうになっていた僕のために言ってくれたんだってことも。


「あ、あの!!」

そんな貴音さんの思いやりがとても嬉しくて、思い切って声を出す。

「ま、また、村に来てくれますか?」

こんなことを言ったら困らせてしまうかもしれないけど、後悔しないようにって貴音さんが言っていたから。
思っていたことを伝えようと思います。

「貴音さんの故郷とか、事務所の皆さんとか、その次かそのまた次でもいいんです。この村のこと、好きになってくれたらなって」

言いたいこと、伝えたいことはちゃんと貴音さんに届いたかな。
貴音さんの目はすごく優しかったから、きっとわかってくれたよね?


「……私もまだだま修行中の身。残念ながら、思うままに仕事ができるわけではないのです」

少しの沈黙が僕を弱気にさせ始めた頃、貴音さんはそう答えてくれました。
申し訳なさそうな貴音さんを見て、思わず落ち込んでしまう。
でも、真剣に考えて、誤魔化さずに答えてくれたことがちょっとだけ嬉しくもありました。


「ですが、私がアイドルとして花開いた暁には、必ずまた来ると約束しましょう。それまでお待ちいただけますか?」


ほとんど諦めかけていた僕の耳に、声の続きが聞こえてきました。
次に目に入ってきたのは、悪戯っぽい顔をした貴音さん。
ようやく意味を理解して、僕は嬉しさのあまり飛び上がりそうになってしまいました。

「じゃあ僕も約束する!! いっぱい家の手伝いして、お小遣い貯めて、貴音さんを応援しに行く!!」

そんな僕を貴音さんが目をまん丸にして見ています。
僕、何か変なこと言っちゃったかな?

「……とても嬉しく思います。では、約束しましょう」

微笑みながら、貴音さんが小指を立てる。
僕も同じように小指を立てて、指切りをしました。


胸の中がくすぐったいような、なんだか変な感じになっちゃったので、少しだけ貴音さんから距離を取ることにしました。
月の光に照らされる貴音さんをあらためて見て、やっぱりキレイだなって思いました。

「どうかしましたか?」

少し離れて自分のことを見る僕を変に思ったのか、貴音さんが聞いてきました。

「僕、アイドルのこととかよくわからないけど、貴音さんすっごくキレイだもの。きっと大丈夫だよ」

思っていたことがそのまま口から飛び出しちゃいました。
ちょっと……ううん、だいぶ恥ずかしいことを言っちゃった気がします。

「真、嬉しき言葉です。私は、貴方のようにまっすぐで、純粋で、心優しい少年に出会えたこと、決して忘れません」

貴音さんは、嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような笑顔でした。
さっき感じた恥ずかしさが、どんどん大きくなっていきます。


「い、今言ったこと、誰にも言わないでね?」

「ふふ、わかりました。二人だけの秘密、ですね」

口元に人差し指を当てて、片目を閉じて笑う貴音さん。
キレイっていうのとはちょっと違って、なんだか可愛い感じがしました。
年上の女の人に可愛いだなんて、失礼でしょうか?


「名残惜しいですが、そろそろお別れですね」

貴音さんはまた月を見ています。
本当はもっとお話をしたいけど、仕方ないよね。

「また、会えますか?」

「ええ。約束しましたからね」

少し不安になって聞いてみたら、はっきりと答えてくれました。

「じゃあ、どっちが先に約束を果たすか、競争だね」

「ふふ、負けませんよ?」

「僕だって」

貴音さんが嬉しそうに笑って、僕もおんなじように笑っていたと思います。


「貴音さん、アイドル頑張ってね」

「ええ。貴方も健やかに」

しっかりと目を合わせて頷くと、貴音さんも頷いてくれました。

「じゃあ、またね」

「それでは、また」

手を振りながら別れて、僕は家に向かって歩き出します。

キレイで、優しくて、可愛らしくて、でもとてカッコイイ女の人。
貴音さんはなんだか不思議な人でした。

僕も負けないように頑張らなきゃ。



<了>

アニマス見返してたら19話EDの貴音があまりにも神々しかったので衝動的に書いてみました
お付き合いいただきましてありがとうございました

http://mup.vip2ch.com/dl.php?f=46117

>>18
ご指摘通り降郷村を題材に妄想しました
貴音の一つや100個の秘密の内にはこんなのがあったら……みたいな

上手く貼れてない
これでいいんでしょうか?

http://mup.vip2ch.com/up/vipper46117.jpg

ありがとうございます
依頼してきま

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