男「倍速で進む君と、立ち止まったままの僕」(61)

きれいな瞳をしたその彼女は、名前をリューといった。

出会う前からその名前を知っていた。

周りのみんながそう呼んでいたから。

だから、僕も彼女を「リュー」と、そう呼んだ。

気持ちを込めて。

僕が呼ぶと、こちらを向いてにっこり笑った。

僕は、意味もなく彼女の名前を呼ぶのが好きだった。

・ほぼ地の文
・一部明言されていない設定がありますが、お好きなイメージでお読みください

彼女は出会ったときから、僕よりもずっと早くその命を燃やしていた。

僕がおかしいのか。

彼女がおかしいのか。

それが僕にはよくわからなかった。

周りのみんなは僕と同じスピードで生きていたから、たぶん彼女が特別なのだろう。

僕らと彼女の食事は違う。

彼女用の食事は、決められた時間にトレーに乗ってコンベヤから運ばれてくる。

彼女は朝と夜、一日に二度食事を摂らなければならない。

それは不便だと、僕は思う。

僕らの食事は、夜に摂るだけだ。

それで次の日まる一日、十分に活動できる。

そういう風にできている。

彼女の分の食事は、まだあまり発達していないのだろう。

可哀想に。

ある日、彼女の体が汚れたので、僕が風呂に入れてやることになった。

外では雨が降っていたのに、なにも身に着けずに出て行ったそうだから。

それは、もう、仕方がない。

汚れるのは仕方がない。

僕は彼女に対して、怒る気持ちは湧いてこなかった。

普通なら怒るところだそうだが、まあ、僕は普通じゃないんだろう。

怒らない僕を、彼女は不思議そうに見上げていた。

湯を適温にして、彼女の体を温めてやる。

雨に濡れた体を洗ってやる。

強く握りしめると壊れてしまいそうな小さな体。

弱い体。

そっと愛おしむように洗ってやる。

「愛おしむ」なんて感情が、僕にはよくわからないけれど。

でも、「愛情を持って接すること」と命じられているので、それに従う。

僕はそれに従うしかない。そういうものだ。

「―――――」

彼女がなにか言葉を発し、嫌がるようなそぶりを見せた。

でもこればかりは仕方がない。

彼女が嫌がろうと仕方がない。

彼女用の洗剤を塗り、泡立てる。

彼女は「自分でできるから」とでもいうように身をよじるが、僕は離さなかった。

僕が命じられた仕事だ。

最後までやり遂げなければ。

ワシャワシャと泡立てる。

彼女の体はみるみるきれいになっていった。

僕たちは夜に摂る食事のおかげで、体が汚れない。

だから毎日洗う必要もない。

ごくまれに汚れることもあるけれど、そうなってから洗うだけだ。

別に不都合もない。

だから定期的に体を洗わないといけない彼女が、少し不憫に思えた。

でも彼女は可愛い。

彼女のためになることは、なんでもしてあげたい。

体を洗ってあげることが面倒だとか、別に思わない。

という感じでまた明日です ノシ

謎解きに近いな、期待

不思議な世界観だ

期待

ちょっと言葉足らずでした
最後まで明言されませんので答えは一つじゃない、という感じです
マジでどんな読み方してもらってもOKです

またある日のこと。

彼女は見せたいものがあるらしく、しきりに僕を外に誘った。

僕は特にすることもなかったので、彼女について外に出た。

しばらく降り続いていた雨は上がっており、空は青色だった。

一体外に出てどうしようというのだろう。

特に面白いものなどないはずなのに。

丘を登って、彼女が示した先には、小さな花が咲いていた。

「!?」

まさか、そんな。

でも確かに、それは花だった。

この世界に、まだ花が咲いているところがあったなんて。

それもこんな近くに。

小さくて黄色い花。

瑞々しい緑色の葉と茎。

僕はその名を知らなかったが、帰って誰かに聞けばきっと答えを教えてもらえるだろう。

摘んで帰ろうと思ったが、すぐに思い直した。

これは……抜いてはいけない。

彼女はこちらを見てニコニコしている。

「よくやったでしょ、いいもの見つけたでしょ、私」

そう言っているようだった。

残念ながら僕には彼女の言葉を理解する力がないけれど。

でも確かに、そう言っているように思えた。

言葉なんてなくとも、意思の疎通は可能なのだ。

僕も彼女を見てにっこり笑ってみた。

……

伝わっただろうか。

記憶装置にその花の姿を収め、丘を後にする。

早く帰って報告しないと。

そしてあの花を、大切に育てなければ。

場合によっては周りの土ごと持ち帰って、この施設で育てることになるかもしれない。

もしかしたら食べられる実がなるかもしれない。

これは期待感と言うのだろうか。

彼女が今持っているだろうワクワクした感情を、今僕も持っている気がした。

「記憶装置の映像だけでは100%確かなことは言えないが、おそらく実のなる植物だ」

そういう返事だった。

僕はまた丘へ引き返し、持ち帰ることにした。

彼女も喜んでついてきた。

大きな透明のケースに周りの土ごとうまく入れることができた。

植物は地中に根を伸ばす。

それを切ってしまってはいけない。

慎重に作業をしている間、彼女は不安そうにこちらを見ていた。

じっとこちらを見ていた。

初めて触れる「植物」のはずだ。

興味津々だろう。

無事にケースに植物を入れられたときは、肩の力が抜けた。

もしかしたら僕も、緊張していたのかもしれない。

ケースを持ち、彼女の方を見ると、目をキラキラさせてそれを見ていた。

そうだ。

彼女の目はきれいなのだった。

といっても、こんなに輝くのは初めて見たけれど。

持ち帰った植物はみんなで調べながら大切に育てた。

リューが土を掘り返したりしてしまわないように見張る必要があった。

毎日水をやる必要があった。

無菌室で育てるのは逆に植物の為にならないらしい。

栄養のある土をもっと運んでくる必要があった。

室内でずっと育てるのも植物の為にならないらしい。

……考えることがたくさんあった。

……知らないことがたくさんあった。

植物を育て始めて何日かが経った。

日光に似せた明かりを当て、水をやり、土に栄養をやった。

リューは毎日興味津々に見つめていた。

日々増え大きくなる葉、伸びる茎、濃くなる緑色。

期待を込めた目でそれを見つめる彼女と僕ら。

この世界で初めて出会った植物を育てることは、この上なく楽しかった。

では、また明日です ノシ

おつー
不思議な世界観

うーん、そうか、答え合わせ出来ないのか…
読み手の解釈に任せるお話は好き嫌いが分かれるね

とりあえずこの人のSSにハズレはない
期待してます

荒廃してる世界でほのぼのしてる感じだ

ある日、緑色の小さな実がなっているのをリューが見つけた。

期待を込めた目で、実と僕とを交互に見ている。

「もう食べられるかな?」

そう言っているようだった。

僕は、まだだろうね、と言いながらも、少し感動していた。

毎日水をやり、世話をし、成果が出たのだ。

正しく育てられているのだ。

「でも、これが美味しいかどうかも、まだ分からない」

僕の言葉は彼女に伝わらないが、目線で伝える。

しかし、彼女はとても嬉しそうだ。

実がなって数日、徐々に赤く色が変化してきた。

文献によると、そろそろ食べごろのようだ。

しっかりと洗浄したのち、実を食べてみる試みがなされた。

僕たちは決められた食事以外を摂ることに少し抵抗があったが、

一方で「なんとしても食べたい」という感情があった。

リューだけがこれを食べて体調を崩しでもしたらまずい。

非常にまずい。

もちろん味の話ではない。

赤く色づいた実を採取し、一度研究室に持ち込んだ。

僕やリューにとって悪性の菌がいないか、種はどこか、そもそも食べられるものかどうか。

文献である程度知っていたとはいえ、誰もが植物に初めて出会ったのだから、慎重になるのは当然だ。

誰もが結果を待ち望んでいた。

赤くなりだしてからずっと、皆浮足立っていたから。

「まあ、食べられるだろう」

大まかにいえばそういう結果だった。

「そのまま食べるのが一番美味いだろう」

調理法など誰も知らないのだから、どんな結果であれそのまま食べる以外に選択肢などなかった。

最初にこの施設で最も年長の二人が一つずつ食べることになった。

僕もリューも少し残念だったが、仕方ない。

この植物がいずれもっとたくさんの実をつけてくれるだろう。

そうすれば僕もリューも、あれを食べられるに違いない。

「この味を表現する言葉がない」

それが第一声だった。

不思議な表情をしていた。

美味いのか、まずいのか、それがわからない。

「美味い……」

それからその二人は、口々に説明をしようとするのだが要領を得なかった。

普段摂っている食事とは明らかに違うものだそうだ。

僕たちはその感触のイメージが湧かず、もやもやとした思いを抱えて次の実がなるのを待った。

僕の分の実ができて、初めてそれを口にするとき、とても時間が長く感じられた。

普段摂る食事とは明らかに違う。

リューは期待を込めた目で僕の方を見ていた。

「美味しいよね? きっと美味しいよね?」

そう言っているように思えた。

他のみんなの体に異常はなかったので安心だが、僕にだけ合わないこともあるだろうから油断はできない。

拒否反応が出たらどうしよう。

まずかったらどうしよう。

しかしやはり好奇心が勝ち、僕はその実を飲み込んだ。

「……!」

それは、美味しいというか、まずいというものではなくて、ただ新鮮だった。

昔の人類はこれを食べて生活していたのか、という感動。

中には液体状のなにかが詰まっていて、それがあふれてくる。

初めて噛みしめる感触。

これは、食べた者にしかわからないだろうな。

僕は彼女に向かって「美味しいよ」と伝える代わりにウインクをしてみせた。

彼女の表情がぱっと明るくなった。

気がした。

最後に、リューの番が来た。

あれから植物は次々に実をつけ、もうすぐ赤くなるものがたくさん生っている。

リューにそっと実を渡す。

リューは鼻を近づけて匂いをかいでいたが、そのうち恐る恐る実を口に入れた。

僕たちが食べている様子を見て、楽しみにしていたはずだ。

だけどやっぱり、いざその時になると怖くなる。

僕たちと、そういうところは似ている。

ゆっくりと噛みしめる。

驚きの表情。

口の中で液体があふれだしたかな。

そう思っている間にリューの口から赤い液体がぽたぽたと零れ落ちた。

やっぱりびっくりしたよね。

そんなもの、食べたことないもんね。

僕たちは笑いながら彼女の口元を拭いてやり、頭を撫でてやった。

これで彼女も拒否反応がなければ、このまま育てて食料にしていくつもりだ。

いずれこれが主食になるかもしれない。

といったところで、また明日です ノシ

ドキドキするなあ

リューが見つけたこの植物は、「L-1」と名付けられた。

いずれたくさんの植物が他の地からも見つかるかもしれない。

希望を見つけた僕たちは、時々遠くへ出かけて行っては、植物がないか探して回った。

もちろんリューを連れて。

だって彼女は幸運の女神かもしれないのだから。

だから植物が見つからなくても、僕たちは笑っていられた。

彼女と一緒に出かけることが楽しかった。

そのうち「L-1」も数を増やし、毎日施設の全員が食べられるくらいになっていた。

コンベヤから出てくる彼女の食事は回数を減らすようにしていった。

彼女がそれを望み、赤い実を毎日食べた。

僕たちも毎日赤い実を食べた。

僕たちにその必要はなかったかもしれない。

僕たちの体に合わせて作られた栄養源が、必要な量だけ、毎日夜に摂れるのだから。

だけど、赤い実を食べることは必要だと思えた。

僕たちとリューと、同じことを毎日繰り返す。

それがなんだか嬉しかったのかもしれない。

そして、彼女はずいぶん、大きくなった。

僕たちとは違うスピードで命を燃やし続けていた。

ある日、施設からそう遠くないところに星が一つ落下した。

僕はリューと一緒にそれを見に行った。

「きれいだね!」

リューはそう言っているようだった。

おかしな物質は出ていないようだったが、危ないから近づきすぎないようにしようね、と、彼女を連れて施設に帰った。

ある日、落下した星の付近で新しい植物を見つけた。

もちろん彼女が。

だから名前は、「L-2」になった。

それに誰も反対しなかった。

「L-2」もまた施設で育てられ、黄色い実をつけた。

順に食べたが誰も体に不調を感じなかったし、新しい味と感触に、みな喜んだ。

そうして、また彼女は大きくなった。

ある日、空を見上げると色がおかしかった。

雲の動きも早い。

なにかが起こりそうな気がするが、なにかはわからない。

気にしすぎかもしれないが、リューを外に出さないように気をつけた。

「あらあら、お散歩したいと思ったのに残念ねえ」

そう言っているような気がした。

この頃、リューの思っていることが随分具体的に想像できるようになってきた。

合っているかを確かめる術は、ないけれど。

リューは少し、小さくなった気がする。

ある日、島に嵐が来た。

この施設は少々の災害ではびくともしない作りになっているようだが、彼女は少し怖がっていた。

何日もすることがなく退屈だったので、古い文献のデータを掘り起こし、彼女にお話を聞かせてあげた。

相変わらず言葉は通じないが、絵を見せゆっくり解読してやると、なんとなく彼女にも意味は伝わったようだ。

時折こちらをにっこり見ては、先をせがむ。

文献は山ほどある。

嵐の中でも、僕たちは退屈せずに済んだ。

彼女はまた、小さくなったような気がした。

明日はおやすみ
明後日完結です ノシ

幸せそうだからこそ切ないなあ

明日終わっちゃうのか…
イメージがあってるか早く答え合わせしたい気分

ある日、彼女がベッドから起きて来なかった。

起こしに行くと、首を振るだけで動かない。

体調を崩したのだろうか。

空調を緩め、いつもより食事の量を減らし、様子を見る。

次の日、彼女は少し元気そうに見えたが、やはりベッドからは動けないようだった。

僕は彼女のそばに一日中座っていた。



それからしばらく、彼女はベッドで過ごすことが多くなった。

それから僕は、植物の世話と、施設の管理と、自分の食事以外の時間を彼女と一緒に過ごした。

時折お話を聞かせてあげた。

時折外の様子を教えてあげた。

だけど、彼女はもう目がよく見えないようだった。

お話を聞かせてあげても、反応が薄くなった。

窓の外を見ることも少なくなった。

食事の量もどんどん減っていった。

決められた量を食べることの方が少ないくらいだった。

「L-1」も「L-2」も、余るようになってしまった。

僕たちは相変わらず、夜の食事とは別に「Lシリーズ」を食べている。

彼女が見つけてきた大切なものだ。

感謝して食べなければならない。

薬はあるし、医療設備はこんな状況だけどしっかりと残っている。

だけど、どれも役に立たないらしい。

仕方のないことらしい。

だって、彼女はそれが寿命だから。

僕とは違う生き物だから。

だから、早く早く命を燃やして、僕よりずっと早く死ぬんだ。

あるとき急に、彼女が寝言を呟いた。

聞き取れなかったが、楽しそうな表情をしていた。

そして、もぞもぞと足を動かしていた。

歩かなくなって久しいのに。

夢の中では、彼女は楽しそうに歩いているんだろう。

そう思うと、悲しくなった。

もう一緒に散歩に行けないことが、悲しくなった。

彼女も夢の中では、僕と一緒に歩いているだろうか。

それとも、夢の中に僕はいないのだろうか。

彼女の夢の中に入っていけたら。

そう思った。

最後の日が来た。

まるで誰かに決められているかのように、その日は晴天だった。

雲は一つも見当たらなかった。

「―――――」

リューがなにかを呟く。

僕は朝から、彼女のそばを離れなかった。

なぜだか、目を離したすきに彼女がいなくなってしまう気がしていたから。

「どうしたの?」

僕は彼女の手を握り、聞いた。

その手は細くてか弱くて、握りしめたら崩れてしまいそうだった。

「―――――」

「うん、うん、わかるよ、僕もだよ」

僕には、わかった。

彼女の言いたいことが。

僕たちにとって、それは大した時間ではなかったかもしれない。

だけど、彼女にとって、それは「一生」なのだ。

それだけの時間を楽しく一緒に過ごしてきたことに、僕は胸がいっぱいになった気がした。

「―――――」

「うん、うん、そうだね、おやすみ」

そうして、彼女は静かな寝息とともに、安らかな眠りについた。

僕の時間は、多分まだたくさん残っているのだろう。

それが憂鬱だ。


★おしまい★

一応3パターン程の設定で矛盾があまりないように書いたつもりです
どんなイメージで読んでくれましたか?


    ∧__∧
    ( ・ω・)   ありがとうございました
    ハ∨/^ヽ   またどこかで
   ノ::[三ノ :.、   http://hamham278.blog76.fc2.com/

   i)、_;|*く;  ノ
     |!: ::.".T~
     ハ、___|
"""~""""""~"""~"""~"


おつ!
淡々としつつも優しい雰囲気で良かった
答合わせというカタチには興味ないけど、想像に委ねるというスタイルは自由で好きだ

次回も楽しみにしているよ

おつはむ
犬と少年かなーと思いながら読んでた

少女が動物で、僕は人間
少女が人造生命体で、僕は人間
少女が人間で、僕が人造生命体

ほかにもパターンはあるだろうけど、3番めなイメージで読んだかな?
空気が優しくてよかったです

乙です
人間の少年と犬の少女かなと思って読んでました

夢魔道士のやつずっと待ってます

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