勇者「やあ、ちょっと邪魔するよ」ガチャッ 女魔王「ええ、どうぞ。くつろいでいって」 (47)

【魔王城 魔王の部屋】


勇者「すまないね。それなら少しの間だけお言葉に甘えさせてもらうから」

魔王「お礼ならいいわ。丁度、話し相手が欲しかったところだから。良かったら、あなたもお酒を飲む?」

勇者「いや、その好意はとても嬉しいけど、どうぞお構い無く」

魔王「そう? 北西の国のウイスキーっていうお酒を知ってるかしら? それのいいのが丁度あるのに」

勇者「知ってるよ。あれはドライフルーツとよく合うと思う。でも、今はいらない。本当にすまないね」

魔王「そう。残念ね。こんなに美味しいのに」

魔王「」スッ、トポトポ (ウイスキーをグラスに注ぐ)

魔王「あいにくドライフルーツはないけど、代わりにチーズならあるの。こちらはどうかしら?」

勇者「それは少しだけもらうよ。ありがとう」

魔王「どういたしまして」

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勇者「それにしても、この部屋はいい部屋だね。広いし天井も高いから落ち着く。それに、家具のセンスがいい。特にそこの椅子とか」

魔王「オーダーメイドなのよ。部下に言って作らせたの。手直しを二回ほど、やり直しを三回ほどさせて作らせた特注品。私のお気に入り」

勇者「道理で。その椅子だけ、際立ってるからね。本当にいいものだと思う」

魔王「そう言ってもらえると嬉しいわね。良ければあなたも座り心地を確かめてみたら?」

勇者「構わないのかい?」

魔王「ええ、どうぞ。誉めてくれたお礼よ。それに立ちながらチーズを食べるのは好ましくないし」

勇者「それは、マナーの問題かな?」

魔王「いいえ。私が見てて嫌いなだけ」

勇者「そうだと思ったよ。そんな顔をしてたし」

魔王「飲み物は、生憎お酒以外だと水ぐらいね。それでもいいなら出すけど、どうする?」

勇者「なら、氷水で。丁度、喉が乾いていたところだし」

魔王「それならすぐ出すわ。少し待っていて」

勇者「いや、いいよ。勝手にやらせてもらうから。グラスはそっちのを使えばいいのかな?」

魔王「ええ。水は向こうのを使って。地下深くの湧き水だから、味は保証付きよ。氷は私が魔法で出すわ」

勇者「それは重ね重ねありがとう。僕は氷系の魔法は苦手だし、水の味には少しうるさい方だからね」

魔王「私もそうよ。でも、不思議と氷の味に関しては興味もないけど」

勇者「僕もだよ。気が合うね」

勇者「ところで、ひょっとしたらもう気付いているかもしれないけど、僕は勇者なんだ」

魔王「そうね。最初からそんな感じがしてたわ」

勇者「ここに来たのも、実は魔王を倒す為に来たんだ。君はこの話について興味があるかい? あれば話すけど」

魔王「あまりないわね。カナッペ食べる? 苦手な人?」

勇者「好物だね。ありがとう。さっきからそこのテーブルに置いてあったのを見て、ずっと気になってたんだ」

魔王「そう。それなら良かったわ。どうぞ」

勇者「君はカナッペは好きかい?」

魔王「好きか嫌いかで言ったら好きね。でも、好物ってほどでもないし、あなたにあげるのに少しの躊躇いもないわ。その程度よ」

勇者「きっと僕はその逆なんだろうね。ありがたくもらっておくよ」

魔王「あなたは夜景とか好き? 私は好きだけど。ほぼ毎晩のように私はこの部屋から眺めているわ。とても綺麗なのよ。今、あなたに見せられないのが残念なぐらい」

勇者「人並みにはね。でも、多分、君ほど好きではないと思うよ。カナッペの次ぐらいかな」

魔王「夜景は食べられないし、手で触れる事も出来ないものね。手を伸ばしても永久に届かないし」

勇者「即物的な話だね。それはあまり好きじゃない」

魔王「じゃあ、手で届かないものの中では、何が好きなのかしら? 栄光? 名誉? 地位?」

勇者「それも即物的だね。即物というよりは俗物に近い。それを俗物と呼ぶのに多少の躊躇いはあるけど、でも、今の僕にはそう思えるから仕方ない」

魔王「あなたは何が欲しいの?」

勇者「平和かな」

魔王「模範的な答えね。いかにも勇者らしいわ」

勇者「好きで勇者になった訳でもないけどね」

勇者「君は平和には興味はない?」

魔王「ないわね。それが魔族というものよ。対立すれば、兄弟や親子で殺しあう事もそんなに珍しくないもの。人間はそんな事はないの?」

勇者「ないと言えば嘘になるかな。でも、僕は親や兄弟を大事に思ってる。もっとも、家族は全員殺されて今はいないけど」

魔王「よくある話ね。千日生きれば百回は聞く話よ」

勇者「僕もそう思う。でも、千日経っても悲しみってのは癒えないんだ。君はそうは思わないかい?」

魔王「ごめんなさい。私たちには、悲しみという感情が限りなく薄いの。だからあなたの話も、今テーブルの皿の上に置いてあるシェーブルチーズぐらいにしか思ってないわ」

勇者「残念だけど、酒のつまみにもならないような話だよ。そんなに面白い話じゃない。それに、ウイスキーとシェーブルチーズは僕は合わないと思ってる。薫製にした肉とかはないのかい?」

魔王「あったら、私もこれを食べてなんかないわ。だって、本当にこのウイスキーに合わないんですもの」

勇者「だろうね」

魔王「家族が殺されたのは、やっぱり私たち魔族によって?」

勇者「そうだね。僕が勇者だったかららしいよ」

魔王「運命の女神は意地悪ね。あなたが勇者でなければ、家族が殺される事はなかったかもしれないのに」

勇者「だけど、僕が勇者でなかったら魔王を倒して敵討ちする事も出来なかった。皮肉な話だよね」

魔王「どうかしらね」

魔王「あるいは、そう仕向けていたとしたら、あなたはどうする?」

勇者「仕向けるっていうのは?」

魔王「復讐は強い動機でしょ? あなたが魔王を憎むように、女神は家族が殺されるのを黙って見ていた……。有り得る話だとは思わない?」

勇者「そうだね。実際、そうかもしれないと最近は思うよ。おかげでここ何ヵ月かの間に酒を飲む量が二倍に増えたって言ったら君は信じるかな?」

魔王「今、氷水を飲んでるあなたに言われても説得力がないわね」

勇者「流石に今は酒はちょっとね。まがりなりにも、ここは魔王城なんだし。酔っぱらう訳にはいかないよ」

魔王「酔えば忘れてしまう事もあるわ。考えなくて済む事もあるし」

勇者「考えたくもない事もね」

魔王「そうね」

魔王「私が魔王だって事は、あなたはもう気が付いてるのかしら?」

勇者「部屋に入った時からね。雰囲気ですぐにわかったよ」

魔王「やっぱりあなたは私を殺すのかしらね?」

勇者「殺す必要があるなら殺すし、殺す必要がなければ殺さないよ。ただ、君には殺される必要があるし、僕には君を殺すだけの力がある」

魔王「ずいぶんと辛辣で優しい事を言うのね。勇者って全員そうなのかしら?」

勇者「僕は、僕の事しか知らない。そしてそれすらも僕は完全に知ってる訳でもないんだ」

魔王「そう。でも、私はあなたの事を知っているわよ。勇者で復讐心があって、そしてカナッペが好き。人を知るなんてそれだけで十分じゃない」

勇者「そうかもしれないね」

魔王「氷水、おかわりする?」

勇者「いや、いいよ。代わりにチーズをもらうから。最後の一つだけど」

魔王「やっぱりあなたは冷たいかもしれないわ。それは私が最後までとっておいたやつなのに」

勇者「じゃあ、半分にしとくよ。君と分ける事にする。ナイフはある?」

魔王「ないわ。その剣を使ったら? 伝説の剣なんでしょ?」

勇者「切れ味だけは保証つきのね。チーズを切るのには向いてないと思うけど」スッ (剣を抜いて、チーズにあてがう)

魔王「そう。でも、あなたは素直に切ってくれるのね。どうもありがとう」

勇者「どうぞ」

魔王「確かにいい切れ味してるわね。綺麗に二等分になってるし、お皿には傷一つついてない」

勇者「史上初かもしれないけどね。伝説の剣でチーズを分けた勇者っていうのは」

魔王「私はそういう勇者の方が好きよ。固定観念や常識でガチガチに固まった人は嫌いだもの」

勇者「例えば、君のお兄さんのような?」

魔王「ええ、例えば私の兄のような」

魔王「この部屋の外はもう潰滅してるのかしら?」

勇者「してるよ。王国連合軍の精鋭部隊が蜂の群れのように突入してるからね。今は残党狩りと財宝探しの真っ最中だと思う。そこら中、血の水溜まりで溢れてる」

魔王「窓を全部閉めておいて正解だったわね。チーズの匂いが血の匂いに変わってしまいそうだもの」

勇者「声も聞こえなくて正解だと思うよ。今、この部屋の外は地獄絵図だと思うから。どちらが魔族かわからないぐらいに人間が凄惨な光景を作ってる。だから、ここの一角がまるで楽園の様に僕には思えた」

魔王「住めばどこでも楽園に変わるわ。それでも、地獄に変わるのは、ほんの一瞬だけど」

勇者「生きていればそういう事もあるだろうね。時には死んだ方がマシだって思える事も。生きるのは不平等だけど、死は誰に対しても平等だよ」

魔王「立派な言葉ね。死んだ方がよっぽどマシみたいに聞こえるもの」

勇者「そう言ったつもりだったからね」

魔王「そう。それなら安心したわ。あなたはやっぱり優しい人ね」

魔王「あなたは正義ってものを信じる? 私は信じているのだけど」

勇者「残念ながら、僕は信じてなんかいないよ。昔は信じていたけど」

魔王「そう教え込まれたから?」

勇者「そうだね。そう教え込まれたから。教育ってのは、洗脳と限りなく似てる。正義を作るのも悪を作るのも、結局は人間のエゴによってなんだから」

魔王「面倒なものね。魔族の中では、正義ってのは強さなのよ。強ければ正義。わかりやすいでしょ?」

勇者「人間の世界でも、正義は必ず勝つらしいよ。だけど、勝ったからといってそれが正義とは限らない」

魔王「言葉遊びかしら? 陳腐な物言いに聞こえるのは、私の気のせい?」

勇者「陳腐に聞こえなければ、それはそれで問題だと僕は思ってる」

魔王「気が合うわね。少し嬉しいわ」

勇者「僕は哀しいよ。そんな君を殺さなきゃいけないから」

今日はここで終わり

勇者「例えば、ある日突然、僕が牛の言葉がわかったようになったとするよ」

魔王「楽しそうね。続けて」

勇者「その牛が僕に哲学を教えて、そして、生きるって事はかくも下らなく無意味でそして哀しい事だと語ったとする」

魔王「その牛自体が哀しい存在ね。悟るというのは、どちらの方向に向いたとしても哀しいものよ」

勇者「そうかもしれない。そして、その牛は僕にこう言うんだ。もう生きていたくないから、殺して肉にして私を食べてくれと」

魔王「ステーキかしらね。それとも焼き肉かしらね」

勇者「そこで、僕は多分迷うと思うんだ。本当にこの牛を殺していいのかと。これなら、命乞いをする牛を殺す方がよっぽど楽なんじゃないかって」

魔王「つまり、あなたは天の邪鬼なのかしら?」

勇者「違うよ。感覚が麻痺してるんだよ。殺し慣れすぎてるんだ、僕は。ここに来るまで何万の魔物の命を奪ったか覚えていないほどに」

魔王「生きるってそういう事じゃないの? 生きるのは他の生物を殺すのと同じ事だもの」

勇者「君のお兄さんは、その点、立派だったよ。多分、奪った命は僕より多いのに、感覚が麻痺なんかしてなかった」

魔王「嫌味にしか聞こえないわね。もし、そうでないとしたら、あなたの方が狂ってるわ」

勇者「君がそう感じるのなら、そうかもしれない。……実を言うと、僕の仲間がついさっき全員死んだんだ。ここにたどり着くまでに一人、この城の中で一人、君のお兄さんによって三人。そして、そのお兄さんは僕が殺した」

魔王「なるべくしてなった事よ。言ったでしょ? 魔族の中では強さこそが正義だって。勝者が正義なのよ」

勇者「君が僕に殺されるのも、その正義の為に?」

魔王「私には私の正義があって、あなたにはあなたの正義がある。それがお互いぶつかりあって、どっちが本当の正義かわかる。それだけの事じゃない?」

勇者「僕には君を殺す、僕の正義がないんだ。君が死ななきゃいけない理由は、魔王の妹で、その魔王が死ぬ時に君を新しい魔王として契約してしまったからっていう、それだけの事なんだから」

魔王「兄はいつも言ってたわ。自分が死んだら私に全権を託すとね。だから、仕方ないのよ。あなたは私よりも多分強い。そして、強ければ正義よ。難しい事なんて何もない。正義はあなたにある。それだけなの」

勇者「君はそう言ってくれるけど、でもやっぱり僕には正義なんかどこにもないんだ」

魔王「なら、私を見逃してくれるの? 無理なんでしょ?」

勇者「本音を言えば君を殺したくない。でも、君を殺さないと連合国の王たちは納得しない。君が死んで初めて魔王軍は潰滅した事になる。だから、殺さなきゃいけない。こんなのは間違っているとわかっていたとしても」

魔王「間違いがわかる人なんかいないわ。間違いがわかるのは時間が経って結果が出た時だけよ」

勇者「違う。行動としてはこれで正しいんだ。君を殺す事で僕は勇者としての責任を果たし、望んでいた平和な世界も生まれる。でも、人として僕は間違っているんだ。無抵抗で自分よりも弱い人間を殺すのが人として正しいと思うかい?」

魔王「私は人間でもないし、無抵抗でいるつもりもないわ。無駄な足掻きはするつもりよ。だから安心して殺していいわ」

勇者「それでも、僕は君を殺したくない。なのに殺さなきゃいけない。家族も仲間も、全員が死んだ。元魔王も殺して、実質的な僕の勇者としての使命と復讐は終わってる。そんな今だからわかる。僕はもう、勇者でも何でもないんだ。だから、君を殺したくない」

魔王「人としてはそれで正しいのかもしれないわね。でも、人々を救う勇者としては失格よ。それはあなたにもわかるでしょ?」

魔王「私は魔王で、あなたは勇者。元から相容れない存在なのよ。私を見逃せば、あなたは勇者でも人間でもないわ。人の形をした別の何かよ」

勇者「君をかばう事が僕には出来ない。そして、世界は君を赦さない。僕は世界を救う人間のくせして、目の前の一人の女の子を救う事も出来ない」

魔王「泣かないで。そういうものよ。私を救うなら、世界を諦めてとしか、私には言えないもの。古き契約によって、私の中に流れる魔王の血は異世界から永遠に新たな魔物を勝手に召喚し続ける。止めようがないのは、私も同じなの。あなたが世界を救おうと望むなら、私を殺すしかないわ」

勇者「君だって、さっきからずっと泣いている。死ぬのが怖いのは魔族だって同じだろう。強がらなくてもいいのに」

魔王「強がらなきゃ、余計怖いでしょ。でも、あなたが来てくれたおかげで大分落ち着いたのは確かよ。勇者があなたみたいな人で良かったと思ってる」

勇者「僕は君が魔王である事に悲しんでる。これはおかしな感情だろうか。やっぱり僕の気が狂ってるんだろうか」

魔王「そうだったらいいわね。でも、多分、そうでもないと思う。今のあなたを見る限りでは」

勇者「……ここの部屋は本当にセンスがいいと思うよ。死ぬなら僕はこんな部屋で死にたい」

魔王「私もそう思ったわ。だから、ここに来たの」

勇者「酒はもう飲み終わったかい?」

魔王「ええ。全部飲んだけどほろ酔いというところね。お酒は弱い方なのに。チーズもなくなってしまったし、酒のつまみになりそうな話もとうとう終わってしまったわ」

勇者「君が魔王の妹でなければ、僕は君を好きになっていたかもしれない。そう思うよ」

魔王「感傷というものよ、それは。別の時、別の立場、別の場所、別の世界で会っていたら、あなたはきっと私の存在にすら気が付かなかったと思うもの」

勇者「どうしてそう思う?」

魔王「私のお酒を断ったから。一緒に飲んでくれる相手が欲しかったのに」

勇者「……そうか。ごめん」

魔王「いいわよ、別に。気にしないで」



「生まれ変わったら、今度は一緒に飲みましょ」


「約束する」

 

(静かな剣音)

(小さな悲鳴)

(血が滴る音)



「駄目ね……今、気付いた。……やっぱりチーズを……あなたに勧めるべきじゃ……なかった……って……」


「どうして……?」


「その剣……チーズの匂いがするも……の……。こんな死に方……全然ロマンチックじゃ……ないから……恥ず……か…………」


「…………」



「…………」


「……さよなら。嘘つきな君。そして、空っぽの僕……」



(再び剣音)

(倒れる音)

(床に広がる赤い液体)

【後日 とある国の王宮】


神官「……天にまします我らが神よ。魔王を倒し、この世界を救ってくれた勇者にどうか安らかな眠りを与えたまえ……」



大臣A「……こう言っては何だが、魔王と刺し違えてくれて一安心だな」ボソッ

大臣B「ええ、本当に……。生きていると扱いに困りますから」ボソッ

大臣C「王より力や発言権を持たれては困るし、だからといって、無下にも扱えない。そういう意味では死んでくれてまことに助かった……」ボソッ

大臣A「勇者の今後とその処遇をどうするかで、各国の王たちの間でも一騒動ありそうな雰囲気だったからな……」ボソッ

大臣B「お互い、敵にはしたくないが、味方にすると厄介者にしかならない……。そう思っていただろうからな。そういう意味では最高の結末だった……」ボソッ

大臣C「間違いありませんな……」ボソッ

【城下】


カラーンコローン (教会の鐘の音)


神父「それでは、偉大なる勇者様に対して黙祷を」



町人A「…………」

町人B「…………」

子供「……?」

子供「ねぇ、お父さん。勇者様は世界を救ってくれたんだよね?」

父親「ああ、そうだ。素晴らしい勇者様だった」

子供「じゃあ、何で今日はみんな、こんな悲しそうにしてるの? 魔王をやっつけたって聞いた時は、あんなに嬉しそうにしてたのに」

父親「……その時、勇者様が遠い遠い世界に旅立ってしまったからだ。……今日はそれを悲しむ日なんだ」

子供「そうなんだ……。ふーん」

父親「さ。お前も黙って勇者様にお祈りを捧げなさい。世界を救ってくれてありがとうって……」

子供「うん!」

【勇者の生まれ故郷】


兵士A「瓦礫の山か……酷いもんだな」

兵士B「これならどこかの大教会に埋めた方が余程良かったんでは……」

兵士C「遺書にそう書かれてあったそうだからな……。遺体は氷づけにして自分の故郷に埋めて欲しいって」

兵士A「決戦前にそんなものを遺していたんですね、勇者様……」

兵士C「死を覚悟して挑んだんだろう。……立派なものさ」

兵士B「俺たちもそれに応える為に、立派な墓を作りましょう。それが勇者様への感謝のしるしとなるように」

兵士C「そうだな……。美しく立派な墓を……。勇者様もきっとそれを望んでいるだろうし……」



「もしも、一つだけ願いが叶うなら……」


「あの子との、最後の約束を果たしたい……」


「もしも、一つだけ願いが叶うのなら……」


「生まれ変わって、あの子との約束を果たしたい……」


「もしも、一つだけ願いが叶うのなら……」

【山中】


魔物(鳥型)「……どうやら、俺もここまでか……」

魔物(鳥型)「逃げたはいいが、どこに行っても、残党狩りの兵士で一杯だ……。負った手傷も意外と深い……。血が止まらん……」

魔物(鳥型)「申し訳ありません、魔王妹様……」

魔物(鳥型)「この様な何もない場所にあなたの遺骸を埋める事をお許し下さい……。ですが、人間どもの手にかかって、死してもなお磔にされるよりは余程……」

魔物(鳥型)「どうかお許し下さい……。どうかこの木を墓標にお眠り下さい……。どうか……」



「もしも、一つだけ願いが叶うなら……」


「あの人にまた会いたい……」


「もしも、一つだけ願いが叶うなら……」


「生まれ変わって、あの人とまた話したい……」


「もしも、一つだけ願いが叶うなら……」












     

【180年後 勇者の墓の前】


魔王「こんにちは」

勇者「やあ、久しぶり」

魔王「来ちゃった、って言った方が可愛いかしらね。それとも、いつまで私を待たせる気、って怒った方がいいのかしら」

勇者「どちらでも、僕は平謝りするしかないね。なにせ僕はここから一歩も動いてないし、動きようがなかった」

魔王「そうみたいね。だから、私も何も言わないわ。こうしてまたあなたに会えたんだし、それでいい」

勇者「約束は、残念ながら果たせそうにないけど。今、ここにお酒はないし、あっても今の僕らはそれを飲む事が出来ない」

魔王「言ったでしょ。また会えたんだからそれでいいのよ。会えただけで幸せなんだから」

勇者「それは僕もだよ。また君に会う事が出来て心から嬉しい」

魔王「初めて来たけど、ここはいい場所ね。花も土も綺麗で沢山あって」

勇者「センスはないけど、情緒はあるよ。おかげで辛さも少しは紛れた」

魔王「まるでここだけ楽園みたい。他の場所で起こっている事が嘘のよう」

勇者「魔族がいれば魔族と。人間がいれば人間と。人は争う事をやめられない生き物みたいだね」

魔王「争う事をやめたら人間ではないわ。それはもう神ね」

勇者「皮肉かい?」

魔王「いいえ、ただの言葉遊びよ。今まで話す人がいなくてずっと退屈だったもの」

勇者「それは僕にとって少し羨ましいかもね。僕には退屈なんて時間の贅沢さは与えられなかったから」

魔王「毎日、沢山の人があなたの死を悼みに来て?」

勇者「最初はそれで悲しかったね。みんな、僕ではなく勇者の死を悼んでいたから。僕の死を悼みに来た人は誰一人としていなかったよ」

魔王「それこそ贅沢ね。でも、あなたらしいわ」

勇者「その後は、名前をみんな借りに来た。僕の名前を全面に押し出してみんな正義の戦争を行うんだよ。身寄りを亡くした子供たちが、僕の墓に石を投げつける時だけが、僕の唯一の癒しの時間だった」

魔王「辛かったのね」

勇者「辛かったよ、本当に」

勇者「生きている内も、死んでいる内も、僕に安らぎはなかった。こうしてようやく生まれ変わってからもそうさ。ここは僕の墓に近過ぎた」

魔王「そして、あなたはそこで今も成長している。枯れるのはきっと当分先ね。でも、春にはそれでも芽をつけて種をばらまくんでしょ」

勇者「僕はもう移動出来ないけど、子供は移動出来るからね。命を残したいと思ったよ。子供だけでも、君に会わせたいとも思った」

魔王「私は子供ではなくあなたに会いたかった。ようやくその願いも叶ったけれどね」

勇者「君が羽ばたいてこちらに来るのを見た時は本当に嬉しかった」

魔王「私は出来ればもう少し可愛らしい鳥に生まれ変わりたかったのだけれど、それもやっぱり贅沢なのかしらね」

勇者「僕は君を綺麗だと思うよ。例え真っ黒でも僕には天使のように見えた」

魔王「ありがとう。その言葉だけでも、来た甲斐があったわ。天使に例えられたのは初めての事だから」

勇者「実際……君はあとどのくらい生きれるんだい?」

魔王「四・五年というところかしらね。ここを探すのにも手間取ってしまったし、ここに来るまでにはもっと手間取ってしまったから」

勇者「そうか……。それなら、僕の方が死ぬのはもう少し後だね」

魔王「控え目な表現ね。嫌いじゃないわ」

勇者「死ぬまで一緒にいてほしい、というのはやっぱり僕のわがままなのかな」

魔王「その言い方が気に入らないからやり直してもらえる? 全然、ロマンチックじゃないもの」

勇者「君は相変わらずだね」

魔王「私は相変わらずよ。だから、やり直してちょうだい」



「死ぬまで一緒にいて欲しい。僕の側にずっといてくれ」

「私は次に生きるのなら、あなたの側と決めていたわ。あの時から、ずっと、ずっとね」








FIN

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