女騎士「あっ、殺せ!」(65)

女騎士「あっ、殺せ!」





男「オークさん、これはいかがでしょう」

オーク「これは、いわゆる“思い出し殺せ”というやつです」

オーク「なにか吐いてはいけない情報を思い出してしまったのでしょう」

男「つまり、『あっ(重要な情報を思い出しちゃったから)殺せ』というわけですか」

オーク「そのとおりです」

女騎士「いっ、殺せ!」





オーク「これは“射殺せ”といいたかったのでしょうが」

オーク「少し舌を噛んでしまったようですね」

男「なるほど」

女騎士「うっ、殺せ!」





オーク「おそらく、病気の発作などが出てしまったのでしょうね」

男「なので、苦しむ前に殺してくれ、と……」

オーク「はい、まさに悲劇です」

女騎士「えっ、殺せ!」





男「こちらはいかがでしょう」

オーク「なにか意外なことが起こったようですね」

オーク「なので、“えっ”と驚いてしまい、“殺せ”につながるわけです」

女騎士「おっ、殺せ!」





男「どことなくフレンドリーな響きがありますね」

オーク「拷問担当者が知り合いだったのかもしれませんね」

オーク「『おっ、(お前が拷問役なのか)殺してくれ』というノリなわけです」

女騎士「かっ、殺せ!」





オーク「これは『首を掻っ切って殺せ』を略したようですね」

男「なぜ略したのでしょう?」

オーク「女性というものはすぐ言葉を略しますから。チョベリバとか」

女騎士「きっ、殺せ!」





男「こちらは?」

オーク「木を殺せ、つまり木を切り倒せという意味ですね」

男「女騎士は自然には厳しい態度で臨むようです」

女騎士「くっ、殺せ!」





オーク「説明は不要でしょう」

男「はい」

女騎士「けっ、殺せ!」





男「かなりワイルドな感じですねえ」

オーク「ええ、江戸っ子って感じですねえ」

男「てやんでえ、べらぼうめえ、とかいいそうですねえ」

女騎士「こっ、殺せ!」





オーク「どもってしまってます。かなり恐怖しているようです」

男「こういうシチュエーションには、少し興奮を覚えてしまいます」

オーク「私はあなたに、少し親近感を覚えました」

女騎士「さっ、殺せ!」





オーク「『さぁ、どうぞ』というニュアンスですねえ、これは」

オーク「なかなか接待精神にあふれたセリフです」

男「ピンチにもかかわらず接待。これが騎士道精神というものなのでしょうか」

女騎士「しっ、殺せ!」





男「こちらはどういう意味でしょう?」

オーク「静かに殺せ、ということですね」

オーク「食事の作法などを厳しくしつけられたであろう、女騎士らしいセリフです」

女騎士「すっ、殺せ!」





男「これは?」

オーク「スッと殺せ、つまり、音を立てずに殺せということでしょう」

男「ああ、さっきのと似てますね」

女騎士「せっ、殺せ!」





オーク「一度、“殺せ”を“せっ”と言い間違えてしまったようです」

オーク「よほど緊張していたに違いありません」

男「しかし、すぐに言い直すあたり、さすが女騎士といったところですね」

女騎士「そっ、殺せ!」





男「さて、こちらのセリフはいかがでしょう?」

オーク「そっと殺せ……つまり『音を立てずに静かに殺せ』といっているのです」

男「えっ、またですか?」

オーク「なにか問題でも?」

男「…………」

オーク「…………」

女騎士「たっ、殺せ!」





オーク「これは“叩き殺せ”ということですね」

男「ちなみにオークさんなら、どこを叩きますか?」

オーク「もちろん、ボディです。六割ほどの力で、えぐるように打つとよいでしょう」

女騎士「ちっ、殺せ!」





男「舌打ちをしてますね」

オーク「捕まってしまったことが、よほど悔しかったのでしょう」

オーク「捕えた側としては、実にやりがいがある相手といえるでしょう」

女騎士「つっ、殺せ!」





男「ちょっと痛い目にあったようですね」

オーク「この痛がり方からすると……おそらくはムチを受けたのでしょうね」

男「声だけでそこまで分かるとは、さすがです」

女騎士「てっ、殺せ!」





オーク「よく、『撃て』を『てぇ!』と表記することがありますよね」

男「ありますね」

オーク「つまり、銃殺しろということです」

男「自分から銃殺を希望するとは、すさまじい覚悟の持ち主ですね」

女騎士「とっ、殺せ!」





オーク「“と”とは“と金”のことですね」

オーク「看守と将棋でも指しているのではないでしょうか」

男「先ほどとはうってかわって、なかなか和やかな光景ですね」

女騎士「なっ、殺せ!」





男「おやおや、ずいぶん驚いてますね」

オーク「なにか意外な事態に遭遇したようです」

男「どのような事態でしょう?」

オーク「たとえば、新開発された拷問器具が運ばれてきた、とか」

男「うむむ、“新開発”……実に興味をそそる言葉です」

女騎士「にっ、殺せ!」





男「“にっ”というのは?」

オーク「笑っているのでしょう」

オーク「笑いながら殺せといえる精神力、この女騎士は一流の騎士にちがいありません」

女騎士「ぬっ、殺せ!」





オーク「“ぬっ”という女性はあまりいませんよね」

男「そうですね……あまり女性が使う言葉ではありません」

オーク「つまりこれは、女騎士が男社会で生きてきたことを象徴するシーンなのです」

女騎士「ねっ、殺せ!」





男「これはどういった意味でしょう?」

オーク「寝技で殺せ、といってるんでしょうね」

男「なるほど……では相手は柔道かなにかの使い手でしょうか?」

オーク「おっしゃるとおりです。個人的には“横四方固め”がオススメです」

女騎士「のっ、殺せ!」





オーク「『ノー、殺せ』といいたかったのでしょう」

オーク「つまり『いいえ、情報は渡さない、殺せ』ということになります」

男「少々舌がもつれてしまったのが実に惜しかったですね」

女騎士「はっ、殺せ!」





オーク「気合が入っていますね」

男「“はっ”というのは気合いなのですか」

オーク「ええ、騎士は体力面だけでなく、精神面の強さも求められますからね」

オーク「いざという時、こうして気合を入れる騎士も多いのです」

女騎士「ひっ、殺せ!」





オーク「非常に怯えてますね」

男「いったいなにがあったのでしょう?」

オーク「分かりません。しかし、怯えた女騎士というのは、たまりません」

女騎士「ふっ、殺せ!」





男「不敵な笑みを浮かべて、ずいぶん余裕が感じられますね」

オーク「これが強がりなのかそうでないのか、今後の動向が気になるところです」

オーク「十中八九、単なる強がりなのですがね」

女騎士「へっ、殺せ!」





男「先ほどと同じく、余裕が感じられます。口調は汚くなっていますが」

オーク「おそらく、この女騎士は元ヤンキーだったのでしょう」

男「ヤンキーでも騎士団に入れるのですか?」

オーク「腕の立つ人間が、スカウトされて騎士になることも、今は珍しくありませんので」

女騎士「ほっ、殺せ!」





男「なんといえばいいのでしょうか。軽快というか、リズミカルですね」

オーク「きっと音楽経験者なのでしょうね」

男「ちなみにオークさんは、なにか楽器をやられていた経験はありますか?」

オーク「尺八を少々」

男「渋いですね」

女騎士「まっ、殺せ!」





オーク「“まっ”というのは、比較的上品な驚き方ですね」

男「つまり、この女騎士は……」

オーク「非常に上品な性格なのでしょうね」

オーク「本来なら、戦場に出るような性格ではなかったのでしょう」

女騎士「みっ、殺せ!」





オーク「見殺しにしろ、ということでしょうね」

オーク「捕虜になった女騎士を仲間が助けにきたのでしょうが」

オーク「自分はもう助からないということを悟っているのでしょう」

男「悲劇ですね」

女騎士「むっ、殺せ!」





オーク「むっとしてますね」

オーク「この女騎士は、まだ精神的に未熟である証拠です」

男「精神は未熟でも、体の方は成熟しているとよいですね」

女騎士「めっ、殺せ!」





男「これは、誰かを叱っているような感じですね」

オーク「もしかすると、この女騎士は母親で、相手は実の息子なのかもしれません」

男「ずいぶんと重い話です」

女騎士「もっ、殺せ!」





オーク「これは、『牛の鳴き真似をすれば命は助けてやる』とでもいわれたのでしょう」

オーク「そして、やろうとしますが……やはりプライドが許さなかったのです」

男「一瞬の葛藤がうかがえますね」

女騎士「やっ、殺せ!」





オーク「よほどイヤなことがあったのでしょう」

男「あったのでしょうねえ」

オーク「ちなみに私は、女性がイヤなことをされるシーンを見るのはイヤではありません」

男「同感です」

女騎士「ゆっ、殺せ!」





オーク「お湯で殺せ、すなわち“茹でて殺せ”ということでしょう」

男「ものすごい根性ですねえ」

オーク「このような根性のある騎士が、現代は減りつつあるというのが悲しいです」

女騎士「よっ、殺せ!」





オーク「軽快な挨拶から、“殺せ”という重い言葉」

オーク「このギャップに、我々はもうメロメロです」

男「これが“ギャップ萌え”というやつですね」

女騎士「らっ、殺せ!」





オーク「『オラァッ!』ってことですね」

男「かなりガラが悪いですね」

オーク「貧民街出身で、そこからのし上がった女騎士なのでしょう」

女騎士「りっ、殺せ!」





男「これは、どういう意味でしょうか? オークさん」

オーク「理科……ですね。理科の力で殺してくれ、ということでしょう」

男「とおっしゃいますと?」

オーク「毒薬などでの安楽死を望んでいるということです」

男「残念ながら、毒薬ではなく媚薬を盛られる結果となりそうです」

女騎士「るっ、殺せ!」





男「“るっ”というのは、なんでしょうか?」

オーク「これは、しりとりで“る責め”を喰らって、ギブアップしたのでしょう」

オーク「“る”で始まる言葉は、けっこう少ないですから」

オーク「しりとりで負けたという屈辱に耐えられなくなり、死を望んでいるわけです」

男「なるほど」

女騎士「れっ、殺せ!」





オーク「これは、しりとりで“れ責め”をされて、言葉が出なくなったのでしょう」

オーク「そして、殺せ……というわけですね」

男「はあ」

女騎士「ろっ、殺せ!」





オーク「この女騎士は、しりとりで“ろ”で責められて、敗北したものと思われます」

男「いい加減にして下さい」

オーク「すみません」

女騎士「わっ、殺せ!」





男「これまでにも、女騎士が驚く場面はいくつかありましたが」

男「これは特に驚いてますねえ」

オーク「きっと、拷問用に改造されたモンスターが目の前に現れたのでしょう」

男「女騎士の相手に特化した、改造モンスターですか……。恐ろしいですね」

オーク「私も天然モノとして負けていられませんね」

女騎士「をっ、殺せ!」





男「“をっ”ですか……これはどうでしょう?」

男「ずいぶんと野太い響きですが……」

オーク「もしかすると、この女騎士は元男性なのかもしれません」

女騎士「んっ、殺せ!」





男「感じちゃってますね」

オーク「感じちゃってますねえ」

男「さて、これにて五十音全て終了です」

男「お疲れ様でした」

オーク「お疲れ様でした」

男「皆さま、『女騎士で学ぶ五十音、五十女騎士』いかがだったでしょうか?」

男「本日は言語学者であり女騎士評論家であるオークさんにお越しいただきました」

男「あらためて、本日はありがとうございました」

オーク「ありがとうございました」





                               ― 終 ―

                            制作・著作 NHK

来週のこの時間は

『ミノタウロスのお料理教室 ~ビーフシチュー~』

をお送りいたします

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