【ラブライブ】穂乃果「野球で廃校を救うよ!」 (904)

♯1


理事長「音ノ木坂を廃校にします」


廃校 廃校 廃校 廃校


\廃校/


穂乃果「そんなぁ~!」


~~~~~


穂乃果「ってことで!穂乃果たちで音ノ木坂の廃校を阻止しよう!海未ちゃん、ことりちゃん、なんかいいアイデアないかなぁ?」

海未「アイデア、ですか。そうですね…生徒の手で学校の知名度を上げるには、やはり部活動で好成績を残すのが一番、だと思いますが…」

ことり「えーっと、音ノ木坂で最近活躍した部活は珠算部に合唱部に…」

穂乃果「う、うーん……微妙?」

海未「どちらも全国優勝、というわけでもありませんし…正直、強く注目を集められるタイプの部活動ではないですね」

穂乃果「あっ、じゃあこんなのどうかな!私たち3人でアイドルやるの。現役女子高生スクールアイドルですー!とか言ってさ!♪だって~可能性」

海未「ダメです」

穂乃果「えーっ」

海未「学生の本分は勉学。アイドルだなんて、そんな浮ついたものが部活動として認めてもらえるはずがありません」

ことり「うーん…ことりも無理だと思うなぁ。楽しそうだけどね?穂乃果ちゃんと海未ちゃんがかわい~い衣装を着てるのも見てみたいし!」

海未「き、着ません!そんなものは天地がひっくり返っても着るつもりはありません!」

穂乃果「やっぱ無理かぁ…だと思ったけどさー。あーあ、スクールアイドル!なんてのが存在する世界だったらなぁ… 」


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~~~~~


穂乃果「っダメだぁ~!一日ずっと色々考えてみたけど全然いい案が浮かばないよー!」

ことり「うーん、やっぱり…いきなり始めた部活動でアピールするのは無理かなぁ?」

海未「運動部が華々しい成績を残せれば一番なのですが…。私も弓道で努力してみます。けれど、世間へのアピール力で言えば、本当は団体競技の方が好ましいですね…」

ことり「でも、団体スポーツでってなると私たちじゃどうしようもない話になっちゃうね。そういうスポーツの経験なんてほとんどないし」

穂乃果「ううーん…今から始めても勝てる可能性があって、世間から知られてる有名なスポーツかあ。うーんうーん……うん?」

海未「……はぁ、いいですか穂乃果、そ のような都合のいい競技、あるはずがないでしょう」

穂乃果「……」

穂乃果「いや、あるよ」

海未、ことり「「えっ?」」


穂乃果「野球……野球だよ!」


海未「野球…ですか?」

ことり「確かに野球はとっても人気のあるスポーツだけど、でも私たち、女子だよ?」

海未「いえ、案外…悪い考えではないかもしれません。実は、女子の高校野球にも全国大会があるんです」

穂乃果「そう!最近ね、雑誌で見たの!前までは女子野球って全国で20校もやってないぐらいのマイナー競技だったんだけど、ここ数年で一気に加盟校が増えて人気が高まってきてるんだって!」

ことり「へぇ~!そうなんだね!……で、でもことり、野球なんてルールもちゃんと知らないし、やれる自信 ないなぁ…」

海未「もちろん、いきなり始めて勝つのは簡単な事ではないでしょう。ですが競技の知名度、加盟校の少なさ…わずかな可能性ですが、賭けてみる価値はあるかもしれません…!」

穂乃果「よーし、決めたよ!私たちで野球部を立ち上げよう!そして全国大会で優勝する!やるったらやる!」

穂乃果「ええと……で、野球部を始めるには何からすればいいのかな?」

海未「そうですね、練習をしないことには話になりませんから、まずは練習場所の確保でしょう。バットやグラブ、ボールも用意しなくてはいけません」

穂乃果「そ、そういえば、バットとかって結構高かったよね?うわぁ、どうしよう…穂乃果、今月のお小遣いほとんど残ってないよ …!」

海未「もうお小遣いがないのですか!?今月はまだ半ばですよ?」

穂乃果「あ、あはは…今日もパンが美味いっ!」

海未「そのパンが原因です!買い食いをしすぎなのです!」クワッ!

穂乃果「ひいっ!」

ことり「うーん、道具だけど、体育倉庫に古いやつが一式あったはずだよ。お母さんに使っていいか聞いてみるね」

穂乃果「本当!?ことりちゃん大好きっ!」

ことり「えへへ~、私も穂乃果ちゃん大好き!」チュンチュン

海未「ふむ、とりあえず道具は大丈夫ですかね。あとは練習場所…それと何よりも、野球ですから最低でも9人の部員を確保しなくてはいけませんね」

穂乃果「よーしっ、私ヒデコたちとかに声かけてくるね!善は急げ!行ってきますっ!」ダダダダ…

海未「あっ、穂乃果!もう行ってしまいました…夢中になると人の話を聞かなくなるんですから…」

ことり「そうだね~。でも海未ちゃん、なんだかワクワクするよね?」

海未「ふふ、そうですね。ああなった穂乃果は、いつも私たちを強引に引っ張って、新しい景色を見せてくれますから…」

ことり「ねっ!」

ことり「それで穂乃果ちゃん、勧誘はどうだった?」

穂乃果「ダメでした…全滅だったよ~。ヒデコとフミコとミカも、試合の時に人数埋めでベンチに入るぐらいはしてもいいけど、正式な部員になるのはなしかなー…だって。みんなもっと野球に興味持ってくれてもいいのに!」

海未「まあ、女子校ですからね。私はよく父のテレビ観戦を横で見ていたので、かなり野球好きな方ですが」

ことり「日焼けもしちゃうしね…、部員集めは、知り合いに声を掛けるよりはポスターとかを貼って野球好きの生徒に見てもらった方が早いかもしれないね~」

穂乃果「ことりちゃんナイスアイデア!よーしポスター作ろう!」

海未「穂乃果、ポスターは勝手には貼れませんよ。生徒会に許可を貰わなくてはいけないんです」

穂乃果「げっ、生徒会に!?」

ことり「あー…生徒会長、ちょっと怖い印象あるよね…?」

海未「気持ちはわからないではないですが…どの道グラウンドの使用申請もしなければいけませんからね。丁寧に話せばきっとわかってくれるはずですよ…多分」

【生徒会室】


絵里「それで?部活動の勧誘ポスターを貼りたいのと、グラウンドを使わせて欲しいですって?」

穂乃果「はい!えっと、グラウンドを…」


絵里「…………」ジトッ


穂乃果(ち、沈黙が痛い…!)

ことり「は、端っこの方とか、すみっこの方で、全然大丈夫です…」

海未「ことり…!そ、そうもいかないでしょう。その、野球ですので、可能な限り広めにスペースを頂ければと…」

穂乃果「お、お願いしますっ!」


絵里「…………」ギロリ


穂乃果(ヒイッ睨まれたぁっ!)

絵里「……野球部ってね、学校にとっては意外と色々面倒なの。バットの打球音が響いたり、ボールが校外に出たりするでしょう?近隣住民から苦情が出やすい競技なのよ」

海未「うっ……。そ、それでは…駄目、ということですか…?」

絵里「はいそうですか、と許可を出せるものではないわね」

穂乃果「でも…でも!私たちは野球をしなきゃいけないんです!」


絵里「………それは何のために?」


穂乃果「全国大会で優勝するため!優勝して、廃校を阻止するためです!」


海未(穂乃果…!)
ことり(ホノカチャン…!)

絵里「即答、ね」

絵里「……女子高校野球の現在の加盟校はおよそ150校ほど。ここ数年で大幅に増加したとはいえ、確かにまだ少ない」

ことり(生徒会長、詳しい…?)

絵里「優勝できる可能性、決してゼロではないわね」

穂乃果「はい!優勝、してみせます!」

海未・ことり「「お願いしますっ!」」

絵里「……ハラショー」

穂乃果「え、はら…?」

絵里「素晴らしい、と言ったの。私もね、生徒会長として、廃校を食い止めるための手段を色々考えていたわ。だけど、あなたたちのこの案が一番現実的かもしれない」

海未「そ、それじゃあ…!」

絵里「部員は三人だけ?」

ことり「あ、はいっ、今はまだ三人です」

絵里「いいわ、私が四人目になります」

穂乃果「よに…え、ええっ!?」

絵里「入れてもらえるかしら?」

穂乃果「入ってくれるんですか?!わあ っ、ありがとうございます!絢瀬先輩!!」

絵里「絢瀬絵里よ。絢瀬先輩、じゃなんだか堅いし、下の名前でいいわ」

穂乃果「はい!よろしくお願いしますっ!絵里先輩!」

絵里「うん、よろしくね。ポスターは明日から貼って構わないわ。練習はサブグラウンドに空きスペースがあるからそこを使いましょう……。それと、今から五人目の勧誘に行きましょうか」

海未「五人目…心当たりがあるのですか?」

絵里「ええ、とびっきりのがいるわよ。素直に参加してくれるかはわからないけど、ね」

【神田明神】


希「お、来た来た。放課後にここで会うのはなんだか新鮮やね、絵里ち」

絵里「希、生徒会をサボってこんな所にいたの?それもご丁寧に、ジャージ姿にバットを持って」

希「うん、放課後に絵里ちが会いに来るんはカードが教えてくれとったんよ。後ろの三人と一緒に来ることもね」

ことり「えっ、どうして…?」

希「不思議?ふふ、ウチはスピリチュアルやからね」

海未(雰囲気は穏やかですが…どことなく凄みのようなものを感じさせる方ですね)

穂乃果「あの、東條先輩!野球部に入ってもらえませんか?お願いしますっ」

希「おっ、いきなり本題?ふふ、穂乃果ちゃんはせっかちさんやね。うん、ウチは野球は大好きよ」

穂乃果「わぁ!それじゃあ!」

希「でもなぁ、トントン拍子に五人目加入…ってのも、なんだか面白みがないやん?だから、ちょっとしたイベント」

希「一打席勝負。ウチが打者、そっちが投手。誰が投げてもいいよ。ウチを打ち取れたら野球部に入ってあげる」

絵里「そう来ると思ったわ。穂乃果、海未、ことり、あなたたちは投手ってできる?」

穂乃果「えーっと、ま、まだ練習とかしてないから全然…」

ことり「ことりには無理だと思います…」

海未「私も、キャッチボールくらいしかした事がないですね」

絵里「ふう…そうだとは思ったけど、初心者三人でよく全国優勝を目指すつもりになったわね…。いいわ、私が投げる」

ことり「絵里先輩、ピッチャーできるんですか?」

絵里「ええ、一時期だけど、野球を齧ってたの。そこの希もね」

希「ふふ、やっぱり絵里ちが投げるん?ゆっくり決めていいよ」

絵里「捕手は…海未、やってもらってもいいかしら。なんとなく一番投げやすそうだわ」

海未「わ、私ですか…?わかりました」

穂乃果「海未ちゃん!ファイトだよっ!」

ことり「頑張ってねっ!」

海未「が、頑張ります」

希「ほな、ちょっと近くの広場まで行こっか」

【公園に隣接した広場】


絵里「ちょっとだけ肩慣らしさせてもらうわよ?」

希「うん、急がんでええよー」

絵里「じゃあ海未、何球か投げるわよ。適当に構えててくれればいいわ」

海未「わかりました!」

絵里「久々に投げるわね…。こう、握って…振りかぶって…放る!」ビュッ!

スパァーン!!

ことり「えっ、すごい!」

穂乃果「速っ!絵里先輩のボールすごい速いよ!?」

海未(う、手がヒリヒリします!)

希「絵里ち、すごいやん。久々なのに球が速くなってるんやない?」

絵里「そう、かしら。うん、肩は軽いわね」

希「120キロ近く出てたんやないかな。やっぱり女子では相当イケてると思うよ」

海未「絵里先輩、返球します」

絵里「海未、ナイスキャッチよ。よく目を瞑らずに取ったわね。あなたはやっぱり捕手向きかも」

穂乃果「海未ちゃんすごいよー!」
ことり「海未ちゃん素敵ー!」

海未「穂乃果、ことり…あまり褒めないでください、照れてしまいます…」

希「さて、そろそろ勝負やね。絵里ち、海未ちゃん、よろしく」

海未「よろしくお願いします、東條先輩」

希「さぁて、この打席のカードの暗示は…」

海未(タロットカード、ですか?)

希「『力』か。じゃあここは…『ベブちゃん』で行こか?」

海未(ベブちゃん、ベブちゃん…?とはなんでしょうか。なんだか見慣れない構えですね…クローズドに構えて …まるで外人選手のよ うな…)

絵里「よしっ行くわよ!」
海未「あっ、はい!」

絵里(ワインドアップからの…受けてみなさい希!渾身のストレートよ!)シュッ!

希「……うん、これくらいなら」ブンッ!!


カッキィーン!!!!


絵里「っ!?」

穂乃果「ホームラン!?」

ことり「わぁ…野球ボールってあんなに飛ぶんだね…」

海未(東條先輩のフォーム…現代の選手たちの打撃フォームとは明らかに違います…ベブちゃんとはおそらく、ベーブルース…!かの伝説のメジャーリーガーを模倣してみせたのですか…!)

絵里「く、くうっ…希…!」

希「ふふ、今日はウチの完勝やね、絵里ち」

絵里「そうね…完敗だわ」

穂乃果「あのっ、東條先輩…!すごいバッティングでした!お願いします!野球に入ってもらえませんか?」

希「希でええよ、穂乃果ちゃん。けどね、今日はもう帰り。まだウチが入る時やないってカードも言ってるんよ 」

穂乃果「希先輩…」

希「でも、そうやね…野球部の名簿に名前は使ってもらっていいよ。そしたらとりあえず部活申請通すための5人にはなるやろ?ふふ、楽しかったよ。また誘ってな」

♯2


【音ノ木坂校内 廊下】


花陽「…………」

凛「かーよちんっ!」ぎゅっ

花陽「わっ、凛ちゃん!」

凛「何見てるの?ポスター?」

花陽「う、うん…部活動のやつ」

凛「凛たちも早く何部に入るか決めないとだよねー」

花陽「あれ、凛ちゃんは陸上部に入るんじゃなかったの?」

凛「うん…走るのは楽しいよ?楽しいんだけどね…最近、ただ走るだけじゃなくてプラス、他の要素を求めたい自分に気付いてしまったにゃー」

花陽「走りにプラス…バスケとか?」

凛「うーん、やったら楽しいのかもだけど、バスケ部はほとんどの子が中学からやってるから…」

花陽「そうだよねぇ…うーん、私はどうしよう…」

凛「かよちんもなんかスポーツやろうよー。そしたら凛もそれに入ろっかなー」

花陽「え、ええっ!私こそ高校からいきなりスポーツは無理だよぉ」

凛「あ、かよちんの好きな野球部もあるみたいだよ?」

花陽「え、野球ッッ!?!?嘘っ、音ノ木坂に野球部はないはず!調べてすごく残念だったんだよぉ!!?」

凛「かよちんはお米と野球をこよなく愛してるもんね。きっと最近できたんじゃないかな?」

花陽「凛ちゃん!野球やろう!私もマネージャーやる!凛ちゃんをすぐそばで応援するから!!」

凛「かよちん、いつになく圧が強いよ!でもかよちんマネージャーと一緒なら野球も楽しそう。見学行ってみよっか!」

花陽「うんっ!」

【グラウンド】


海未「ほら穂乃果、ボールから視線を切らない!」カキンッ

穂乃果「う、海未ちゃんの鬼!練習初日から地獄の千本ノックなんて厳しすぎるよ!」バシィ

海未「仕方ないでしょう、私たちは短期間で仕上げないといけないんです!ほら行きますよ!」カキンッ

穂乃果「休憩しようよぉ!!」バシィ

ことり「わぁ、二人とも上手だなぁ…」

絵里「焦らなくていいわよ、ことりは私とキャッチボールからゆっくり慣れていきましょ?」

ことり「はぁい、絵里先輩!」

絵里「ふふ、少しずつ指にかかったボールを投げられるようになってきてるわよ」

海未「穂乃果ァ!」カァン!

穂乃果「う、海未ちゃん!これ、穂乃果そろそろ死んじゃうよ!?」バシッ!

絵里(穂乃果はなんだかんだ言いながら打球を後ろに逸らさないわね…肩もまずまず強いみたいだし、三塁手にいいかもね)

海未「穂乃果ァッ!!」カキィ!

穂乃果「ねえ聞いてる?!もし死んだら枕元にバット持って化けて出るからね!?あっほら天国見えた!天国見えたよ!?」

絵里「えっ、化けて……?ね、ねえ海未、そろそろ少し休憩を入れてもいいんじゃないかしら?」

海未「ふむ。絵里先輩がそう言うなら、ここで一息入れましょうか」

穂乃果「た、助かったぁ…ありがとう絵里先輩!」

絵里「え、ええ。適度な休憩は大切だものね…。だから、化けて出ちゃダメよ?」

穂乃果「え?」

ことり「穂乃果ちゃん海未ちゃんお疲れ様!はいっ、飲み物とタオルだよ!」

海未「ことり、ありがとうございます」

穂乃果「うぉぉ…こんなにアクエリを美味しく感じた事はないよ…」グビグビ…

ことり「ふふっ、糖分とかを摂りすぎないように、粉末のをかなり薄めに作ったやつなんだけどね」

海未「絵里先輩、後で捕球の練習をしたいのですが」

絵里「ええ、私も投げ込みたいからちょうどいいわ。休憩の後にやりましょう。なんとかして希を打ち取れるようにならないと…」

凛「あのーすいませーん!部活の見学がしたいんですけど」


絵里「あら、一年生が来てくれたみたいね」

穂乃果「えっ、やった!海未ちゃんことりちゃん!獲物を逃がすな!フォーメーションデルタ!」

ことり「ラジャー!」シュバッ!
海未「了解です!」バババッ!

絵里「ちょ、ちょっと三人とも…あんまりガツガツ行って引かれないようにね?」

穂乃果「へいらっしゃい!ようこそ野球部へ!お客様は二名様ですか!」

凛「あっ、はい!一年の星空凛です。あの、凛は今まではずっと陸上部で、野球はやったことないんだけど…大丈夫ですか?」

穂乃果「もっちろん!私もまともに野球するのは今日が初めてだよ!」

凛「ええっ?今日初めて!?」

穂乃果「そう!私、高坂穂乃果!よろしくね!」

凛「よ、よろしくお願いします」

海未「園田海未です。よろしくお願いしますね。そちらの方も野球は初めてで すか?」

花陽「……野球力測定」メガネ装着 ピピピ…

海未「あの…どうしました?」

花陽(トサカは5、サイドテールは71、黒髪は107…)

ことり「んー、私の顔に何かついてるかな?」

花陽(野球力たったの5…ゴミめ)

凛「あ、気にしないでください!かよちんは野球の事になるとスカウター眼鏡ちんモードに入っちゃうんです」

穂乃果「すかうたー…?」

凛「ほらかよちんかよちん、挨拶しなきゃ」

花陽「えっ?あっ!ご、ごめんなさい!凛ちゃんと同じ一年の小泉花陽です…えっと、私は野球は大好きだけどやったことはなくて…あ、じゃなくて!私はマネージャー志望なんですけど…」

ことり「わぁ!花陽ちゃんはマネージャー志望なの?花陽ちゃんは可愛いね!もう今すぐ即戦力だよぉ!南ことりです、よろしくね!」チュンチュン

花陽「わ、私!そんな可愛いだなんて!あの、私野球が大好きで、メガネだし、運動神経は悪いんですけど、傍で見ていたいなぁって思って…だから、マネージャーさせてもらえたら嬉しいですっ…!」(このトサカの人優しそうだなぁ…野球力は雑魚だけど…)

穂乃果「もちろん大歓迎だよ!マネージャーかぁ、なんだか野球部らしくなってきたんじゃないかな!」

凛「かよちんかよちん、なんだか優しそうな先輩たちだね」

花陽「うん!人数はまだ足りてないみたいだけど、すごく楽しそうだね」(野球力は軒並み低いけどね…まぁ、今日が初日ならこんなもんか…)

絵里「星空さんと小泉さんね。絢瀬絵里よ、よろしくね?」

花陽「よ、よろしくお願いします」スチャ ピピピ(野球力は…548!この人、出来る)

凛「凛はもう部活ここに決めちゃうにゃー。陸上より楽しいかも!」

花陽「良かった!えへへ、一緒に…って言っても私は応援とお手伝いだけど、頑張ろうねっ」

凛「うんっ!」

凛(でも、かよちん、ほんとはマネージャーじゃなくて参加したいんじゃないかなぁ…?)

♯3


【グラウンド】


花陽「う、うああっ!もう!最悪だよぉ!!!」

絵里「ひっ!す、スマホを見ていたと思ったらいきなり叫んで…。花陽、どうしたの?ちょっとビックリしたじゃない…」

花陽「聞いてください絵里先輩!私、ネットで女子高校野球について語る掲示板を閲覧してたんです!穏やかな流れで良スレとして機能していました!
それが!いきなり湧いて出た対立煽りのせいで荒れに荒れて機能しなくなっちゃったんですッッ!!そしてその流れを即刻まとめたアフィブログがあるんです!
このザ・ベースボールBBSは2chとかよりは規模の小さい野球専門の中堅掲示板でアフィブログに目を付けられてない通好みのオアシスだったのに !
きっとここの管理人が煽ったんです!この2525速報とかいうブログの管理人の向こう脛をバットでフルスイングしてやりたいです!!」

絵里「ハ、ハラショー…。よ、よくわからないけど、落ち着いて花陽……ね?」

ことり「そのサイト、にこにこ速報って読むのかな?なんだか可愛い名前だね~」

花陽「うう、クソアフィめ…なんjでもまとめてればいいのに私のオアシスを侵犯するなんて…ああっ、憤懣遣る方無いです…!」

絵里(どうしよう、花陽が怖いわ)

穂乃果「ネットで女子高校野球について語ってるとこなんてあるんだねー。やっぱり結構人気出てきてるのかな?」

花陽「はい!もうネットでは大人気なんですっ!特に今はUTX高校が熱いんです。
昨年度の夏を制覇し た主力トリオ、投の綺羅、守の統堂、打の優木が今年は最上級生に!実力は男子にも匹敵していて、しかもルックスがアイドル並みなんです!人気が出ない理由がないんですよぉ!!」

穂乃果「お、おおー…、花陽ちゃんの熱がすごいよ」

花陽「穂乃果先輩もルックス可愛いし、たった一週間の練習で野球力もメキメキ伸びて140!どうやらセンスがあるみたいです!もし勝ち上がれれば絶対人気が出るはずですっ!」

穂乃果「ほ、褒められてるのは嬉しいけど圧がすごいよ花陽ちゃん…あと野球力って何!?」

海未「行きますよ凛!!」カァン!

凛「ヘイヘーイ海未先輩!このくらい余裕だよ!」パシッ!

海未「いい根性です!次!」カキッ!

凛「バッチコーイにゃ!」バシ ッ

希「凛ちゃんは身体のバネが凄いなぁ。遊撃手やってもらったらいいんやないかな?」

花陽(希先輩の野球力は、っと…1403!!??えっ、えっ!全国トップクラスなのぉ!?)

絵里「脚も速いのよね、センターもいいんじゃないかしら?」

希「うーん…女子の、それもアマチュア野球やからねぇ、外野に大飛球ってパターンは男子よりかは少なめやし、内野を固めた方が堅実なんやない?」

花陽「の、希先輩が言うなら…私もそう思いますっ」(凛ちゃんの野球力は88…うん、頑張ればきっとすごく伸びるよ凛ちゃん)

絵里「そっか、二人が言うならそれがいいのかもね。それじゃあとりあえずショートは凛で決まりかしら」

穂乃果「おー、じゃあ穂乃果と凛ちゃんで三遊間だね!」

ことり「穂乃果ちゃんと凛ちゃんが内野で並んでたらチームが明るくなりそうでいいね~」

希「元気印コンビでいい感じやんなぁ」

絵里「ところで希、あなたしれっと混ざってるけど、もしかして参加してくれる気になったのかしら?」

希「いやぁ、打ち取られたらってのは変わってないよ。でも一応、ウチも書類上の部員ではあるからね。様子見に来たんよ」

絵里「もう…変にこだわってないで一緒にやらない?楽しいわよ?」

穂乃果「そうだよ希先輩。穂乃果にあのホームランの打ち方教えてよー」

希「うーん、混ざりたい気持ちも山々なんやけどね?今ウチが加わらないのはチームのために必要な事だ…ってカードが告げとるんよ」

ことり「スピリチュアルですか?」

希「そ、スピリチュアルやんな」

絵里「仕方ないわね…また後で勝負しなさい、希。ところで、向こうの方で遠巻きに見てる子…うちに興味あるのかしら?」

希「うん?どの子?」

絵里「ほら、あの物陰になってるとこ。半身隠してこっちを見てるわ」


希「……えっ?」
絵里「えっ?」


希「…絵里ち、そんな子、、どこにもおらんよ?」

絵里「ち、ちょっと希…からかわないでよ。ほら見てことり、私が指差してる方。あの子よあの子」

ことり「……んー。……あのね、絵里先輩?誰も、いないよ?」

絵里「えっ、ちょっ」

希「絵里ちにだけ見えとる…って事?」

穂乃果「なになに!怖い話してるの!?」

絵里「ひ っ!や、やだ…嘘でしょ…!?やめてよ!こ、こっちに向かって歩いてきてるあの子よ!?赤っぽい毛で巻き髪の女の子!!ほら!指で毛先をクルクルって!」

希「……聞いた事ない?…音ノ木坂七不思議、夕暮れのグラウンドに現れる少女の亡霊。…スピリチュアルやねぇ!!!」

絵里「音ノ木坂七不思議ぃ!?」

真姫「ねえちょっと」髪の毛クルクル

絵里「ひいいいっ!!亡霊っ!?」

真姫「う゛ぇえっ!?だ、誰が亡霊よ!!」

ことり「あはは、ごめんね?なんでもないのよなんでも」

絵里「えっ…?ちょっと、ことり、あなた普通に会話して…」

希「ごめん絵里ち、からかっただけなんよ。いやー思いの外ことりちゃんのノリが良くって」

絵里「か、か、勘弁 してよねぇ……?」

ことり「それで、何か用かな?もしかして見学?」

真姫「ん…違うけど。ねえ、そこのノックしてる人」

海未「え、私ですか?」

真姫「そう。ちょっと右腕出してくれない?」

海未「右腕を?」

真姫「ハヤクシナサイヨ」

海未「は、はい」

真姫「……」ギュッ

海未「!?い、痛いですっ!?いきなり肘を捻って…何をするんですか!」

真姫「…あのね、ノックのフォームが少しおかしいのよ。右肘の腱に負担がかかってる。故障しないうちに少し休んだ方がいいわ。あなた、小泉さんよね。救急箱ってあるかしら」

花陽「あ、う、うん!」

真姫「……固定して……これでよし。簡単にだけど、湿布とテーピングをしておいたから。明日ぐらいまではあまり激しく動かさずに安静にしておく事ね」

海未「ありがとうございます。あなたは?」

真姫「お礼はいいのよ、勝手にした事だし。私は一年の西木野真姫。スイングする時はもう少し引き手を意識して振るのをお勧めするわ。それじゃあね」


ことり「行っちゃった…」

穂乃果「か、かっこいい」

花陽「西木野さん、すごいなぁ…。ごめんなさい海未先輩、怪我しそうになってたのはマネージャーの私が気付かなきゃいけなかったのに…」

海未「いえ、気にしないでください花陽。私も少しフォームを見直してみます。それにしても凄いですね…あの西木野さんという方は」

凛「西木野さんは凛たちのクラスメイトだよ。家がお医者さんでね、西木野さんはスポーツドクターを目指してるんだって」

穂乃果「へえー!欲しい!西木野真姫ちゃん、うちのチームに欲しい!」

希「ふふ、必要なピースがまた一枚…やね」

~~~~~


花陽「お疲れ様でしたー!」

凛「穂乃果先輩たちまた明日にゃー!」

穂乃果「ばいばーい!」

希「じゃあ帰ろっか、絵里ち」

絵里「悔しいわ…また希にホームランを打たれるなんて…」

ことり「はぁ~、今日も疲れたねえ」

穂乃果「ホントだよ。素振りのせいでまた手にマメができちゃった」

ことり「日に日に女の子の手じゃなくなっていくよぉ…」

海未「ふふ、いいじゃないですか。努力の証ですよ」

穂乃果「熱血だなぁ海未ちゃんは。あ、でも打つのは楽しいよねっ!」

海未「そうですね…こう、カッと芯で捉えた時の力感はちょっと癖になりますよね」

ことり「穂乃果と海未ちゃんはバッティング得意だよね~!もう絵里先輩の速球についていけるようになったなんですごいよ。ことりはまだまだ…」

海未「ふふ、ことりもそのうち慣れますよ。私も変化球への対応に早く慣れなくては…」

穂乃果「あ、そういえばあっちの通りにバッティングセンターがあるよ!ちょっとだけ寄ってかない?」

海未「いいですね、私は今日は腕を動かせませんが付き合いますよ」

ことり「ことりもあとちょっと練習していきたいかも!」

ガシャン!カァーン!
…ガシャンっ!カキーン!


穂乃果「わぁ、中はこんな感じな んだねー。なんだかレトロな雰囲気でいい感じだね」

海未「屋内で響く打球音はなんだか新鮮に感じますね」

ことり「カウンターで専用メダル買ってきたよ。ことりが先に打ってもいいかな?二人にフォームとか見てほしいんだ」

海未「はい、いいですよ。あ、右打者用の110キロのケージが空きましたね」

ことり「よーし、ヘルメットを被って手袋をして…メダルを入れて…スタート!」チュンチュン

穂乃果「ことりちゃん!ファイトだよ!」


ガチャン…ビュッ!


ことり「きゃあっ!速い!?」

海未「ことり、落ち着いてしっかりボールを見ましょう!大丈夫、打てますよ」

ことり「う、うん!」


にこ「……」


ガチャン…ビュッ!ガキン!

ことり「やった、当たった!な、なんだか手が痺れるけど…」

穂乃果「バットの根っこだったねー、でもタイミングは良かったよ!ファイトファイト!」


にこ「……」

ことり「もう一球…よく見て、えいっ!」
カーン!

穂乃果「おー!前に飛んだ!」

海未「今の打球なら外野の前に落ちたかもしれません!いいですよことり!」

ことり「うふふ、ちょっと楽しいね!」


にこ「全ッッ然、駄目ね!!」

穂乃果「うぇっ?誰?」

にこ「重心が高い!軸がぶれてスイングが泳いでる!腰を落としなさい腰を!脇もキュッと締める!」

ことり「えっ、は、はい」

にこ「顎を引いてボールをよく見る!インパクトの瞬間まで一瞬たりと目を離さない!」

ことり「こ、こうかな?」
カァーン!

穂乃果「おお、いい当たり!」
海未「一二塁間をライナーで抜ける打球です!」

にこ「駄目よ!今のは振り遅れて右に飛んだだけ!自分のタイミングで打ててない!非力でヘッドスピードが遅いのを自覚して、今よりも気持ち早めにバットを出しなさい!」

ことり「チュンチュン!」
パキン!

海未「鋭い打球!」
穂乃果「クリーンヒットだね!」

にこ「それが打撃の基本にして王道!センター返しよ!今の感覚を身体に染み込ませなさい!!」

ことり「すごい、なんとなく打てるようになっちゃったかも!ありがとうございます」

にこ「ふん、ちょっと熱くなっちゃったわ。アンタらが最近音ノ木坂に野球部を作ったっていう二年生?」

穂乃果「うん、そうだよ!あなたも音ノ木坂生?」

にこ「にっこにっこにー!あなたのハートににこにっこにー!笑顔届ける矢澤にこにこー!にこにーって覚えてラブにこっ!」

穂乃果「えっ」
海未「えっ」
ことり(にこにこ…?最近どこかで聞いたような…)

にこ「……私は矢澤にこ。ここのバッティングセンターでバイトしてんの」

穂乃果「そ、そうなんだ!よろしくねにこちゃん!」(最初のは何だったんだろ?)

にこ「ふんっ」

穂乃果「にこちゃんは野球に詳しいんだね。教え方もすごく上手だったし、ねえ、良かったら穂乃果たちと一緒に野球やらない?」

海未「ええ、あなたが入ってくれたらとても心強いのですが…」

にこ「楽しそうだけど、パスよ。ここのバイトがあるし、副業の時間もあるから」

穂乃果「ええ~っ、そんな事言わずに一緒にやろうよにこちゃん!楽しいよ!やろう!」

ことり(副業ってなんだろ…?)

にこ「しつこいわね~。家庭の事情ってもんがあるのよ。あとにこは三年!アンタたちより上級生だから!」

穂乃果「えぇ!嘘でしょ!?」

にこ「なによ!ムカつく反応ね!底抜けに失礼な奴……ま、でも、にこは野球は好きだから許すわ。応援はしててあげるわよ」

ことり「応援、かぁ…」

穂乃果「うーん…にこ先輩、どうしても駄目ですか?」

にこ「無理よ。はい、メダル1枚サービスしてあげるから、この話はおしまい。仕事に戻らなきゃだから、じゃあね」



穂乃果「駄目かぁ…」

海未「どうにか参加してもらえないでしょうか…」

ことり「アルバイト、副業…お金で困ってるのかな?」

穂乃果「うーん……なんとかならないかなー」

♯5 


【グラウンド】


凛「にゃにゃにゃ…にゃあっ!」ぶぅんっ

絵里「凛、大振りしすぎよ。しっかりボールを見て、まずは当てないと」

凛「うう、全然当たんないよ!守備の方が楽しいよー」

希「意外やねぇ、運動神経の塊みたいな凛ちゃんがこんなに打撃が苦手だなんて」

ことり「なんだかスイングがぎこちないかな?」

穂乃果「へへ、ボールが飛んでこないから守備も楽でいいね…ふぁあ…」

海未「穂乃果ァ!守備中に打者から視線を切って欠伸だなんてたるんでます!打球が飛んできたら大怪我をしますよ!目覚ましにグラウンドを10周してきなさい!」ビシィ!

穂乃果「ひいっ!海未ちゃんの鬼ィ!ま、真面目にやるから!」

海未「次に目を切ったら走らせますからね!」

絵里「もう一球行くわよー」

凛「よーし、今度こそ花火を打ち上げてやるにゃ!」


絵里「えいっ!」シュッ

凛「やあっ!」ぶんっ!


海未「うーん…空振りですか」

凛「うう、海未先輩…凛、センスないのかな…?」

海未「いえ、なにかきっかけがあれば…感覚を掴めば凛なら必ず打てるはずです。でもどうすれば…」

凛「かよちーん全然打てないよー!」

花陽「がんばって!凛ちゃんなら打てるようになるよ!」

凛「あっ、ちなみに凛の野球力ってどれくらい?」

花陽「えっとね…(ピピピ)」

花陽「野球力95。うん、全然伸びてないね。一言で言えばフリースインガーの雑魚だよ凛ちゃん。運良く当たったところでポップフライが関の山だね」

海未「し、辛辣ですね…」

絵里「そこまで言わなくても…」

凛「り、凛は慣れてるから…かよちんは昔から野球に関してだけはあんな感じなの。凛はこっちのかよちんも好きだよ?」

穂乃果「ねえ花陽ちゃん、野球力ってどれくらいあればすごいの?」

花陽「うーん、すっごくおおまかにですけど、女子では100ぐらいまでが初心者、350ぐらいから試合に出られる程度、1000ぐらいから全国クラス…って感じかな?
ちなみにプロ野球の選手は2軍でも最低で10000ぐらいはある感じです。プロの上の方は青天井かなぁ」

穂乃果「へぇ~!プロってやっぱり凄いんだね!」

海未「その手の強さの数値化みたいなのって結構好きです。ワクワクしますね」

ことり(それを測れる花陽ちゃんの眼鏡って一体どこで売ってるんだろう…)

凛「ええ…凛の95ってクソザコだよね…テンション下がるにゃ~」

花陽「うーん……あのね凛ちゃん、反対側の打席に立ってみたらどうかな?」

凛「えっ、左打席?でも凛は右利きだよ?」

花陽「ううん凛ちゃん、野球の打席に利き手は関係ないんだよ。試しにちょっと立ってみて?」

凛「うん…ええと、グリップは逆だよね…こう?」

花陽「そう、そんな感じだよ凛ちゃん!それでね、何か、さっきまでとの違いに気付かない?」

凛「違い、違い?かよちんが背中側になって見えなくなっちゃって寂しいよ」

花陽「えへへ、凛ちゃんってば……あ、そうじゃなくってね…一塁を見てみて?」

凛「一塁を?……あっ、なんだか、一塁が近い?」

花陽「そう!そうなの凛ちゃん!左打者は一塁が数歩ぶん近くなって有利なんだよ!だから上手な人でもわざわざ左打者になる人がいたりするんだよ!」

凛「そっか、近くなった…これなら…凛の脚なら…」

海未「…!それじゃあ絵里、もう一球お願いします!」

絵里「オーケーよ。行くわよ凛!」

凛「えっ、あ、まだ準備が」


絵里「食らえ!ハラショーストレート!」シュッ

凛「に、にゃにゃっ!」カキッ


海未「当たった!」

凛「でも三塁線、ボテボテのゴロ…」

穂乃果「私が取るよ!」

花陽「一塁に走って凛ちゃん!全力で!」

凛「う、うんっ」ダッ!

穂乃果「焦らず取って…一塁の希先輩に送球!」 シュッ

凛「全力で駆け抜けるにゃー!」ダダダッ!

パシッ

希「穂乃果ちゃん、良い肩してる。鋭い送球やったよ。…けど、これは悠々セーフやね」

花陽「やったやった!凛ちゃんすごいよ!内野安打だよ!ヒットだよっ!」

凛「うう、でも全然当たり良くなかったよ…?」

花陽「違うの凛ちゃん!綺麗なヒットも、ボテボテの内野安打も同じ価値なのが野球の一番いいところなんだよ!だから今の凛ちゃんのバッティングは、最高だったんだよ!」

絵里「その通り。ハラショーなバッティングよ、凛」

希「女子野球でそのレベルの脚で走り回られたら、対応できるチームは少ないんやないかな。ウチも最高のバッティングやったと思うよ、凛ちゃん」

ピピピ
花陽「あっ、野球力も一気に210まで上昇してる…!凛ちゃんっすごいよぉ!」

凛「え、えへへ…あんまり褒められると凛、照れちゃうよ… 」

穂乃果「よかったよかった。凛ちゃんの表情から硬さがなくなったね」

ことり「うん、打席ですごい力んでたもんね。綺麗なヒットとかホームランを打たなきゃと思いすぎてたんだね」

海未「ふふ、花陽は凛の事をよく見ているんですね…私たちが何を言うよりよっぽど効果的でした」

凛「よーし!絵里先輩もう一打席お願いしますにゃ!!」

絵里「その闘志ハラショーよ!次は打たせないわ!」

花陽「よかったね凛ちゃん…!」


花陽(……私も…)


穂乃果(ふふふ、そろそろ花陽ちゃんも、混ざりたいんじゃないかな?)

【バッティングセンター】


キィーン  ガシャッ
  カキーン


にこ「はい、メダル10枚で2700円でーす!お釣りのお渡しが300円ですっ!ヘルメットはちゃんと着けてくださいね~、にこっ!」

店長「矢澤さん矢澤さん、そろそろ時間だから上がっていいよ」

にこ「あ、はーい!……ふう、疲れた。さーて、更衣室でブログの更新でも…って、140キロのケージに女の子?しかも音ノ木坂の制服?野球部の子かしら…ちょっと見てみようかな…」


ガシャン シュッ
真姫「……ブツブツ」


ガシャン シュッ
真姫「………ブツブツ」


ガシャン シュッ
真姫「ブツブツ……」


にこ(ええ…なによあれ…?バットを持って打席に棒立ち…ずっとボールを見てるだけ…?しかもなんかブツブツ言ってるし…危ない子?)

真姫「……」 かちゃん。


にこ(あ、またメダル入れた…で、また見てるだけ…?ウッソ、あれバラ買いだと300円よ?10枚買いだと1枚分は値引きされるけど…とりあえず、もったいない…)


真姫「……!ちょっと、あなた誰?ジロジロ見ないで!」

にこ「あっごめ……だ、だって気になるじゃない!どう見たってもったいないわよそれ!」

真姫「関係ないでしょー? あのね、私は西木野真姫。天才よ。こうやって日々球筋を見極める事で理想の打撃を追い求めてるの。ま、説明したところでどうせ理解できないでしょうけど」フフン

にこ「いやいや理解できるわけないでしょ! …ええと、真姫ちゃん?今のアンタはハタから見るとちょっと危ない子よ?」

真姫「う゛ぇえ!?なによ危ない子ってイミワカンナイ!えっと…」

にこ「私はにこ、矢澤にこよ。にこも野球好きだから言わせて貰うけどね、振らずに理想の打撃に到達できるわけないでしょ!頭の中でどんなに考えたって再現できなきゃ無意味よ」

真姫「にこ、にこちゃんね。そんなの私の勝手でしょ?」

にこ「ねえ、三年なんだけど」

真姫「え…一年じゃ?そういえばうちのクラスでは見ない顔……べ、別にいいでしょにこちゃんで。見た目的に幼いし。と、とにかく私は大丈夫なの!」

にこ「あーもう、いいからちょっと振りなさいよ!ブンッて!完成してなくていいから現段階の理想の打撃見せてほしいなー!天才の打撃見てみたいなー!」

真姫「ちょ、ちょっとにこちゃん!?ケージにハイッテコナイデ!マナー違反!」

にこ「にこは店員だからいいの。ほらボール来るわよ!あっ、真姫ちゃんってばもしかして、バットも振れないぐらい非力なわけ?」

真姫「なっ、そんなわけないでしょ!振れるわよバットぐらい…見てなさい…!」


ガシャン シュッ ぶんっ


にこ(…ん?)


真姫「い、今のはなしよ。自分のタイミングじゃなかったから」

にこ「う、うん」

真姫(よし…落ち着いてマッキー。あなたは天才、天才よ。知的でクールで可愛くってオマケに野球の才能があるの。真姫ちゃん天才たちつてと!
思い出して、脳内に描いた、理想の、最も効率的な打撃フォームを。バット入射角は…体重移動のタイミングは…腰の回転で…)


ガシャン シュッ


真姫「えいっ!」 ぶんっ

真姫「ちっ、惜しかったわね…やあっ!」
ぶん!

にこ「こ、これは…」

ぶーんっ!

にこ(運動音痴だ…!ネタにするのが申し訳ないくらいの…!)
ぶん!


真姫「……」


真姫「…………運動音痴じゃないから」

にこ「あ、うん…」

真姫「…こう見えてもね、ダンスとかはできるの!球技、球技が苦手なだけなの!だからその気まずそうな顔とノーコメントはやめなさいよ!」

にこ「う、うん…理想の打撃探し、頑張って欲しいにこー。じゃっ、私はこれで」

真姫「うぁぁバカにしないで!あーもう!だからスイングしたくなかったのよ!ヘタクソが野球好きじゃダメなの?私だって野球したい!だけど出来ない!自分でビックリするくらいセンスがないんだもの!私は天才なはずなのに!もうやだ!うう…っ!」

にこ「え?!ちょ、真 姫ちゃん…泣かないでよ…!他のお客さん見てるから、立ってほら、にっこにっこにー!ね?笑って笑って!にこっ!」

真姫「なによそれ…グスッ、キモチワルイ…」

にこ「くっ…慰めてやってるのに、この一年は……ほら、とりあえずケージ出るわよ!外で人待ってるから!すっ、すみませーん、お待たせしちゃってぇ…」


???「おや、まだボールが出ているようだが。次の私がケージに入ってしまってもいいのか?」


にこ「あ、はい!どうぞどうぞ!ちょっとボール散らばってますけど、それでも良ければ残りの球も打っちゃっていいですから」

真姫「……ぐすっ」


???「ふむ、それでは遠慮なく打たせてもらうとしようか」


ガシャン シュッ カキィィーン!!!
テッテレッテレッテー♪

真姫「な、なに?この音…」

にこ「ホームランパネルに当たった音よ。今の人かしら」

カキィィーン!!!
テッテレッテレッテー♪

カキィィーン!!!
テッテレッテレッテー♪

真姫「な、なによあの人…連続でホームランパネルに当ててる……まるで、ロボットみたいに…」

にこ「……ああっ!…焦ってて気付かなかったけど、あれは!UTX高校の五番キャッチャー 『精密機械』 統堂英玲奈じゃない!!すごい!にこファンなのよ!!」


英玲奈「……よし、順に打とう」


カキィィーン!!!
真姫「三遊間!」

カキィィーン!!!
にこ「一二塁間!」

カキィィーン!!!
真姫「センター返し!」

カキィィーン!!!
にこ「左中間!」

カキィィーン!!!
真姫「右中間!」

カキィィーン!!!
にこ「センターオーバー!」


真姫「す、凄い…間違いなくヒットコースごとに狙って打ち分けてる。140キロを…」

にこ「これが女子高校野球の最高峰、UTX高校の主軸…!あの機械みたいな眼光…噂通り…かっこいい!!」

カキィィーン!!!
テッテレッテレッテー♪

英玲奈「よし、今日はこんなところだろうか」

真姫「あ、出てくるわよ」


英玲奈「おかげで少し余分に打つことが出来た。感謝する」


真姫(なんか機械っぽいのよね。試合中ピンチになったら『バカな!データにないぞ!』とか言っちゃうんでしょ、どうせ)


にこ「あ、いえ!あのー …矢澤にこって言います!ファンです!握手してください!あと良かったらサインも…」

英玲奈「おや、嬉しいな。応援してくれてありがとう」キュキュキュ

にこ「う、うわぁ直筆サイン…! 家宝にしますぅ!」

英玲奈「フフ、そんなに喜んでもらえると嬉しいな。それじゃあ私はこれで…」


真姫「ま、待ちなさい!」


にこ「え?」
英玲奈「うん?」


真姫「私は西木野真姫!音ノ木坂学院の天才1年生、西木野真姫よ!覚えておいて、今年あなたたちUTXを倒すのは、この天才マッキー率いる音ノ木坂学院だから!」

にこ「は、はああっ!!??ちょ、真姫ちゃんいきなり何を言ってんのよ!?」

英玲奈「ほう、フフフ…音ノ木坂学院、西木野真姫か。いいだろう、覚えておくよ。そちらの矢澤にこさんと一緒にね」

にこ「えっ、ちょ、にこは違っ」

英玲奈「うちのチームメイトにも教えておこう。宣戦布告…か。あんじゅが喜びそうだ」

真姫「首を洗って待ってなさい!」

にこ「真姫!黙って!シャラップ!!」

英玲奈「それじゃあ失礼するよ、にこさん、真姫さん」

にこ「お、お疲れ様でしたぁっ!!!」

真姫「ちょっとにこちゃん、あなた同じ三年でしょ?そんな畏まらなくたっていいじゃない」
 
にこ「ばっか!相手は超高校級のスターよ!? しかも、ああ~なんかにこまでセットで宣戦布告したみたいになっちゃったじゃない!? そもそも!アンタもにこも野球部じゃないのに!」

真姫「統堂英玲奈を見て思ったの。あれを超える最適化されたフォームを体現してみたいって。
それにはやっぱり実戦を経ないとダメだって事もわかったわ。だから私は明日野球部に入るの。にこちゃんも一緒に入りなさい」

にこ「はあ!?なぁんでにこを巻き込むのよ!一人で入りなさいよ!」

真姫「……それは無理。にこちゃんも入って、お願い」

にこ「意味わかんない!」

真姫「トラナイデ!」

にこ「は!?って、いや、ホントにね…うちはにこがバイト頑張って家計を支えなきゃいけないの!家庭の事情なんだから無茶言われても困るのよ!」

真姫「なによ、お金の問題なの?じゃあこうしましょう。にこちゃんが野球部に来てくれたら一日ごとに私がバイト代をあげるわ。相場がわからないけど…、一日に一万円ぐらいでいいのかしら」

にこ「は、はぁっ!? いやいや額的にもちょっと多すぎだし、そもそも学生同士で一緒に部活に行くだけで給料って何!? 真姫ちゃん、あんた本気で変よ!?」

真姫「にこちゃんだって野球好きなんでしょ!一緒に来てよ!知らない人だらけの野球部に一人で入るなんて嫌なの!へ、ヘタクソだし!!笑われるかもだし…」

にこ「……なによ、言っとくけど、にこだって人と仲良くするのは苦手よ。大体あんたとも今日会ったばかりじゃない」

真姫「……私の運動能力が、その…ほんの少し劣っているところを見られたんだから、もう他人面はさせないわ。それに…なんか、にこちゃんって喋りやすいから……と、と、トモダチ…に、なりなさい」

にこ「と、友達……?にこと?友達か…友 達……そ、それはいいけど、ここのバイトだってそんな急に辞められるものじゃ」

真姫「大丈夫よ。ここのバッティングセンター、西木野グループの持ち物だから。シフトなんてどうとでもなるわ」

にこ「え…西木野グループ?病院とか、色んな施設を多角経営してるっていう大企業の?アンタそんな金持ちなの!?」

真姫「ほら、問題ないでしょ!二人で野球しましょうよ!」


ウィーン


穂乃果「いやー練習疲れたー!でも今日も打ってから帰るぞっ!」

真姫「あ、野球部の人!ねえちょっと!私とにこちゃんの二人、野球部に入るから!よろしく!」

にこ「ああもう勝手な事を!いいわよ!やってやるわよ!バイト代はしっかりもらうからね!?一日一万は多すぎだけど! 」

穂乃果「う、えぁ!?あ、この前の西木野真姫ちゃんと、にこちゃん?なんかよくわかんないけど、もちろん大歓迎だよ!よろしくね!!」

【グラウンド】


穂乃果「と、いうわけで今日から加入した矢澤にこ先輩と西木野真姫ちゃんです!はい拍手~」

ことり「ぱちぱちぱち~」

真姫「…よろしく」

にこ「先に言っとくけど、三!年!だから」

海未「二人とも知らない顔ではありませんし、とても心強いですね!ところで…さっきからグラウンドに豪華な練習機材が続々と運び込まれているのですが、あれは…?」

真姫「ああ、それはうちのパパが。どうせやるなら最高の環境でやりなさいって」クルクル

海未「そ、そんな、真姫のお父様に申し訳ないです!」

真姫「別にいいのよ。大して高い物でもないんだし」

ことり(えー…、ああいうのって全部で何百万かするんじゃ…?)


スチャ ピピピ
花陽「矢澤先輩は野球力410で即戦力!西木野さんは…野球力3?ふーん、そっかぁ…ふーん…」

凛「あれ、西木野さんにはいつもみたいに辛辣なこと言わないんだね」

花陽「うん、西木野さんはスポーツドクターのスキル持ちだし、現状だと数合わせとしても存在価値はあるから」

凛「財布とか言わなかった事に安堵しちゃうにゃー」


絵里「西木野さんに矢澤さん、よろしくね」

にこ「………」

絵里「…?」

にこ「ふん、にこはアンタの事、あまり好きじゃないけど…ま、よろしくお願いするわ」

絵里「あら…好かれてないのね」

真姫「ちょっとにこちゃん、そんなトゲトゲしたら私まで気まずいじゃない」

花陽「あれ…西木野さんは矢澤先輩の事 、にこちゃんって呼んでるの?」

凛「いいなぁ、じゃあ凛もにこちゃんって呼ぶにゃ!いいよねっ真姫ちゃん!」

にこ「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」

花陽「じ、じゃあ私も…真姫ちゃんと、にこちゃんって呼ぶね?」

穂乃果「いいね!真姫ちゃんとにこちゃん!穂乃果もそれでいくね!」

にこ「か、勝手に…」

海未「わ、私はどうにも、ちゃんを付けて呼ぶのが苦手で…真姫と、にこ、と呼んでも構わないでしょうか…?」

にこ「呼び捨てまで来ちゃった!?ああもう、先輩の威厳が…しょーがないわねー!全員好きに呼びなさいよ!」

凛「にこちゃん真姫ちゃんにこちゃん真姫ちゃ~ん!」ギューッ!

真姫「ヴェエッ…!」
にこ「ちょっ、アンタ汗かいてんじゃない!そんなんでベタベタすんじゃないわよ!」

花陽「ふふ、凛ちゃん嬉しそう」

ことり「うふふ、賑やかになって楽しいね~」

穂乃果「さっ、それじゃ練習始めよっか!」

海未「まずはランニングですね!それでは、絵里先輩!号令をお願いします!」



絵里「……るい」


花陽「えっ?」


絵里「……ずるいわ」


ことり「絵里、先輩…?」

絵里「ずるい!どうして!?なんで入って初日の矢澤さんだけが親しげににこちゃんって呼ばれて!私だけちょっと距離を感じる絵里先輩なの!?嫌よ!私だって絵里ちゃんって呼ばれたい!!」

穂乃果「ぅ絵里ちゃん!」

絵里「そう!それよ穂乃果ぁ!」

ことり「絵里ちゃん!」

絵里「はぁあんっ!」

海未「え…、絵里?」

絵里「チカァッ!」


真姫「…イミワカンナイ」クルクル

凛「ちょっとイメージ崩れるにゃー」

花陽「絵里せんぱ…じゃなくて絵里ちゃん、距離を感じてたんだね…気付いてあげればよかった」

にこ「なによあれ、バカバカしい…… あいつにツッパる気も失せたわ…」

真姫「ちゃんと仲良くするのよにこちゃん」

穂乃果「もうこの際だから穂乃果たちのことも先輩って付けなくていいからねー」

凛「了解にゃ!穂乃果ちゃん!」

花陽「えへへ、わかったよ穂乃果ちゃん♪」

♯6


【部室】


にこ「さて、それじゃちょっと部の現状を整理させてもらうわよ。ポジションが決まってる部分から書き出していくから」


投手 絵里 744
捕手 海未 382
一塁
二塁
三塁 穂乃果 339
遊撃 凛 270
左翼
中堅
右翼

未定
ことり 262
真姫 12
にこ 410


にこ「名前の脇の数字は花陽計測の野球力よ。そこそこ信頼できる指標っぽいから書いておいたわ」


真姫「ねえ花陽。私の野球力の桁が間違ってるわよ」

花陽「えっと、真姫ちゃん。とりあえず、キャッチボールをまともにできるようになってから苦情を受け付けるね?」

真姫「う゛ぇえ…」

凛「辛辣モードを解除したい時はお米を食べさせてあげるといいんだよ。はいかよちん、おにぎりあげるね」

花陽「ごはん美味しいよお」mgmg

にこ「絵里、ポジションはこれで合ってるわよね?」

絵里「ええ、大丈夫よ.、にこ。それと、一塁は希がいる日は希、いない日は主にことりにやってもらってるわ」

ことり「だけど、正直ことり一塁はあんまり自信ないなぁ…こぼす事が結構多くて」

にこ「ふぅん、それはまずいわね。プロはともかく、アマチュア野球では一塁守備の重要度が高いのよね。どうしたって内野の送球ミスが出るから、それをカバーできるように安定した捕球能力が欲しいわ」

花陽「横から見てて、希先輩はやっぱり上手だなぁって思います…。送球が逸れても慌てないし、ショートバウンドも柔らかく捌くし…」

絵里「その希だけど、私やにこと同じ感じで呼んでもらって構わないそうよ」

花陽「あ、そうなんだ。じゃあ希ちゃんだね」

にこ「東條希……オカルト打法の東條、か」

穂乃果「え、なにそれ?」


花陽「オカルト打法の東條…?ああっ!聞いた事がありますっ!!
女子中学野球で猛威を奮い、中学2年の頃はあの優木あんじゅと双璧とも称され、にも関わらず野球界から忽然と姿を消してしまったというあのオカルト打法の東條ですか!?」


絵里「そう、それは希の事よ。彼女は元々は全日本級の打者だったの。ご両親の転勤が理由でやめてしまったらしいのだけど…きっと今でも野球に未練はあるはずよ」

海未「そうだったのですね…あの打棒にようやく得心がいきました」

ことり「でもそれなら余計に、どうして参加してくれないんだろう…」

絵里「……人数も増えた事だし、ちょうどいい機会かしら。あのねみんな、私はピッチャーをやめます」

凛「えっ?絵里ちゃんどうしたの?まさか肩とか肘を痛めたとか!」

真姫「慌てないで凛。私の見立てでは絵里の身体に故障はないわ」

海未「それでしたら、何故…?」

絵里「えっと、ごめんなさい、ややこしい言い方しちゃったわね。完全に辞めるわけじゃないわ。ただね…私がエースでは優勝は絶対に出来ない」

凛「それってどういう事…? 絵里ちゃんのボールは女子野球ではかなり凄い方だって…」

絵里「うーん…花陽なら理由、わかるかしら?」

花陽「UTX高校…、ですよね」

絵里「その通りよ、花陽。私の持ち球は120キロ前後のストレートとスライダーだけ。私が何度挑んでも希を打ち取れなかったのは、みんな見ていたわよね?」

穂乃果「うん。希ちゃんには、絵里ちゃんのボールは全然通用してなかった…」

にこ「……UTXにはね、あの希と同格の打者が3人もいる」

海未「綺羅、統堂、優木の3人ですね…」

絵里「そう。だから私じゃダメなの。そして希は言っていたわ。近いうちに必ず、私以上の才能の持ち主が見つかると。
だからね…今日ここで全員!投手としてのテストを受けてもらうわぁ!!」ババッ!


全員『投手テストぉ!!?』


穂乃果「なにそれ楽しそう!穂乃果からやる!マウンド一番乗り!」

海未「こら穂乃果!いきなり投げては怪我をします!まずは念入りにストレッチを」

穂乃果「行くよ海未ちゃん!でやあっ!必殺ナックルボール!」ピョーイ

海未「う、うぁあ!単なる大暴投じゃないですか!」

穂乃果「おっとっと、ごめんごめん~。じゃあ真面目にストレート!160キロでズドーン!」シュッ

海未「あっ、ちょっと!また暴投を!力みすぎです!」

にこ「うん、とりあえず穂乃果はダメそうね」

花陽「投手適性0…時間の無駄ですね」スチャ

真姫(また辛辣ちんになってる…)

~~~~~


真姫「受けなさい海未!この大天才マッキーの魔球を!」ヘロッ


海未「………はい」ポスン

穂乃果「肩弱ぁっ!」

ことり「アイドルの始球式みたいでカワイイっ!」

花陽「おにぎり美味しいね、凛ちゃんっ」

凛(真姫ちゃんがメンタルダメージを負わないようにかよちんはおにぎりタイムだよ)


にこ「はい、真姫ちゃんは失格ねー。次は凛よ」

凛「ほらほら真姫ちゃん、さっさとボールを寄越すにゃ」

真姫「トラナイデ!」


絵里「うーん……今のところ全員ダメねえ」

花陽「穂乃果ちゃん、ことりちゃん、真姫ちゃん、にこちゃんがダメだったね」

絵里「にこは器用に制球できてるんだけど、体格もないしやっぱり球速が足りてないのよね…」

にこ「……まあ、にこよりはアンタが投げた方がまだ打たれないと思うわよ」

凛「超高速ストレートぉ!!」

海未「だああっ!何球投げても大暴投じゃないですか!凛も失格です!」


花陽「ピッチャーでも力んじゃう凛ちゃん可愛いなぁ」mgmg

真姫「花陽、お茶飲む?」

花陽「うんっ、ありがとう真姫ちゃん」

にこ「海未!次はアンタが投げなさい!にこが捕手をやったげるから」

海未「わかりました!」

穂乃果「お、海未ちゃんが投げるの?ファイトだよっ!」

ことり「頑張って~!」

海未「ふふ、お手本を見せてあげますよ、穂乃果!ことり!」

にこ(さ、ここよ)スス

海未「む…いきますよ、にこ」


絵里(地肩の強そうな海未は本命よね…さあ、どうかしら?)


海未「ええいっ!(キャッチャーミットを撃ち抜くぞぉ~!ラブアローシュート!バァン☆)」シュッ!

スパーン!

にこ「おっ、なかなか…いいんじゃ?」

穂乃果「海未ちゃーん!いい感じだよ!」

真姫「さすが強肩。120キロ以上出てたわ」

ことり「キレもあったよ!」

海未「もう一球行きます!」

スパーン!

穂乃果「さっきより速いよ!」

真姫「すごいわね、練習すればプロ並みのスピードボールを投げられるんじゃない?」

にこ「うん、うん……、もう一球!」

海未「やっ!」シュッ!
スパーン!

にこ「んー、ううーん…?」

絵里「これは…」

花陽「はい、駄目ですね」スチャ

穂乃果「えー!海未ちゃん駄目なの?よさそうじゃない?」

凛「かよちん、なんで?凛にはすごくいい球に見えるんだけど」

にこ「肩が強いし、ゾーンにもある程度は正確に投げ込めてるんだけど…問題はシュート回転。そうよね、花陽?」

花陽「うん、にこちゃんの言う通りだよ」

海未「シュート回転…ですか」

花陽「シュート回転が絶対に駄目という訳ではないんだけど、傾向としては、甘く入って痛打を浴びやすい球質なんです…」

絵里「せっかく慣れた捕手から動かしてまで短期間で投手になってもらって、回転の癖を矯正して…ってのは、負担も大きくなるし…あまり賢くないわね」

海未「うーん、力になれず残念です…」(シュート回転…ラブアローシュートとか考えてたせいでしょうか…)

凛「海未ちゃんは捕手が似合ってるし気にすることないよ。信頼できる壁って感じにゃ」

海未「ん、壁?凛…今、私の胸元を見ながら壁と言いましたか?」

凛「え?いや、そういう意図はなかったよ!本当にゃ本当にゃ! 
あ、でも今マスク被ってるにこちゃんも海未ちゃんと一緒で壁っぽいね、ふふっ……ああ!ごめんなさい!二人で追ってこないで!バットは人を殴る道具じゃないよ!怖い!助けて真姫ちゃん」

真姫「う゛ぇえ!こ、こっちに来ないで!大体凛!あんたも壁組じゃない!」

凛「くうっ!言われて初めて痛みがわかる!不本意にゃ…!」

海未「私は並です!盛ってもいません!成敗!」


~~~~~


凛「に゛ゃ゛っ゛!に゛に゛ゃ゛あ゛!」ガッシボカッ

希「やぁやぁ諸君、なんや楽しそうな雰囲気やね」

にこ「あ、出たわねオカルト東條!こちとらアンタを打倒する大エース探しの真っ最中よ!」

希「えー、にこっちと絵里ち、ウチの中学時代の話しちゃったん?」

絵里「そりゃ、ねえ。説明が必要だったし」

希「んー、ウチ、過去の話されるのってあんま好きじゃないんよ。これは腹いせにどらちかにわしわしMAXもやむなしやね…」

絵里「ちょ、希!に、にこよ!私よりにこが会話をリードしてたから!」

にこ「途中からは大体あんたが話してたでしょうが!」

希「うーん…位置が近かったし、にこっちの貧相なので我慢しとくわ」
にこ「ちょ!やめ…アンタみたいな強打者の握力でそれは…! 洒落にならないって!! ひぎい゛っ゛!!」ワシィ!

~~~~~


希「やっぱにこっちの反応はいいわぁ…癒される」

にこ「ひ、ひしゃげる…胸揉みとか、そんなチャチなもんじゃあ決して……!く、くうっ、勘弁してよね!……あ、ねえ花陽。あんたも投げてみなさいよ」

花陽「え゛え゛っ!?私っ!?」

絵里「そうね、他は全滅。花陽の実力は未知数。これは明らかに花陽の覚醒ルートに入ってるわ。私はかしこいからわかるのよ」

希「なぁ絵里ち、なんだか発言のネジが緩んどるよ。語尾にチカとか付かんように気をつけんといかんよ?」

絵里「?よくわからないけど…うん、気をつけるわ」


花陽「でも、わ、私は…マネージャーだから…」

凛「ねえかよちん、凛知ってるよ。かよちんが部室でボール磨きをしてる時、楽しそうに変化球の握りを試したりしてるのを。
野球力を測って毒を吐いてる時だって、いっつも楽しそうに笑顔だよね。かよちんは本当に、心の底から野球が好きなんだよね」

真姫(毒吐きながら楽しそうってのは人格的にどうなのかしら)

花陽「り、凛ちゃん…でも…」

真姫「…なにを躊躇う事があるのよ。私なんて正直ド下手だけど楽しめてるし、UTX高校にも宣戦布告済みよ。いい?人間その気になればなんだってできるんだから」

凛「そうにゃそうにゃ!真姫ちゃんなんて最初は強キャラっぽかったのに結局ただの運動音痴だよ?それでも元気に頑張ってるんだから!」

真姫「あら凛…脳を捌かれたいのかしら?」

花陽「ふふっ…。二人とも…」


穂乃果「ねえ花陽ちゃん、穂乃果も花陽ちゃんが野球してるところ、見てみたいなっ!」

ことり「大丈夫、花陽ちゃんならやれるよ♪」

海未「さあ花陽!このミットにあなたの全力をぶつけてきてください!」


花陽「みんな…!うん!いくよ!構えて…やあっ!」シュッ


スパン!


ことり「……ストライクだね!」

穂乃果「うん!いいコントロールだったよ!」

凛「かよちーん!!!輝いてるにゃー!!!」

海未「さあ、もう一球です!花陽!」

花陽「え、えへへ…楽しいね…!」シュッ
パシン!

絵里「ふふ、ハラショーね」


にこ「…………けどさ……ぶっちゃけ、普通よねえ…。絵里の代わりって感じにはならないわよ」


希「ええ、にこっち~、このタイミングでそういう事を言っちゃうん?引くわぁ」

凛「ドン引きにゃ~」

にこ「な、なによ!事実でしょ!花陽には野手として活躍してもらえばいいわ!投手としては私とそんなに変わんないわよ、制球まともだけどスピード不足!打ちごろストレートのバッピよ!バッピ!」

花陽「うん、私もそうだと思うよ。変化球もちょっとだけスローカーブが投げられるだけで、ピッチャーとしての力は全然ないよ。いつも偉そうな事を言ってるけど、野球力も多分200ないぐらい」


花陽「でも……穂乃果ちゃん、みんな。こんな私だけど、一緒に野球させてもらってもいいかな…?」


穂乃果「もっちろんだよ!!改めてよろしくね、花陽ちゃん!」

凛「やったぁ!かよちんがそう言うのが待ち遠しかったよー!かよちんかよちん!凛と二遊間組もうね!」

花陽「れ、練習してみないとわかんないよぉ…。でも、組めたらいいねっ!
私は身体能力が全然だけど野球脳はあるつもりだから、野球脳がなくて身体能力だけで野球やってる凛ちゃんとはいいコンビになれるかも…!」

凛「うんうんっ!今はその毒っ気も心地よいにゃー!」

希「これでついに八人やね」

穂乃果「控え要員ではヒデコたちがベンチ入りしてくれるから…あとは希ちゃんと監督だけ!」

ことり「監督はね、お母さんにお願いしてみてるの。スケジュールを調整してくれるって言ってたよ。忙しいから普段の練習に顔を出したりはできないけど、って」

海未「それはありがたいですね!」

真姫「ふーん…短期間でチームの体になったわね」

凛「よーしっ!誰か早いとこラスボスの希ちゃんを打ち取るにゃ!」


絵里「……」

絵里「……よし。希、明日もう一度私と勝負よ。こうなったら、私が一段進化して見せるわ」

海未「絵里…しかし、一日で何かを変えられるとは…」

絵里「安心して海未。実は、みんなに秘密で新しい球種を練習しててね、あと少しの調整で実戦投入できそうなの。…希、目に物見せてあげるわ」

希「へえ、いいやん。楽しみにしとるよ…絵里ち」

♯7


【帰宅中】


穂乃果「いやー練習後のパンとからあげ君がウマいっ!最近海未ちゃんが食事に関して優しくなったから余計に美味いよー!」

海未「カロリーは練習で嫌でも消費してますからね。体作りも大事ですし、ある程度の食事量は必要です。
ただパンばかりではいけませんよ?家ではしっかり野菜なども摂取してくださいね?」

穂乃果「大丈夫大丈夫!もうお腹が減って減って何食べても最高に美味しいんだー!ピーマンとあんこはともかく、大抵のものはバクバク食べてるよ。
好き嫌いを言うなら海未ちゃんだって炭酸飲めるようになろうよ」

海未「た、炭酸は別に飲まなくてもいい嗜好品ですから!…でも、食事が美味しいのには同感です。花陽なんて夕食時は 自分用の炊飯器を脇に置いて平らげているそうですよ」

穂乃果「おぉー…花陽ちゃんは流石だなぁ」


ことり「……、穂乃果ちゃんも海未ちゃんも、なんとなく体がガッシリしてきたよね…」


海未「私と絵里で色々と調べながら組んだ、高負荷高効率のメニューをしっかりこなしていますからね、努力の成果です。 そういうことりだってほら、上腕二頭筋の張りが美しいですよ」

ことり「うぅ、筋繊維が乳酸でパンパン…」

穂乃果「あっ、二人ともちょっとだけ待ってて!そこのお店でプロテイン買い足してくるから!」

ことり「ハノケチェン…うぅ…な、なんだかことりのイメージしてた学生生活と違うよぉ。理想はカラフルなマカロンとかクレープとかをみんなでチュンチュンっ!でも現実は揚げ物とコーラ…プロテイン…」

海未「ふふ、いいじゃないですか。夕暮れと汗と白球。これ以上の青春はありませんよ」

ことり「うん、楽しいんだけどねっ!」

【南家】


ことり「わぁ…穂乃果ちゃんたちとお喋りしてたらちょっと遅くなっちゃったな…お母さんただいまぁ」

ことり「……あ、お母さん、こんなところで寝てる。やっぱり、廃校とかで疲れてるのかな…。ブランケット、かけてあげよう」

ことり「…んー、何か読んでたのかな?ええと、ドカベン…?あ、確か野球の漫画だよね。…わぁ、古本屋で全巻セットで買ってきたんだ」

ことり「もしかして、野球を覚えようとして…?…期待してくれてるのかな、お母さん。…頑張らなくっちゃ」

こと り「ことりはこういうのって普段は読まないけど、勉強と思って読んでみようかな?」

ことり「ええと、1巻が…これだね」

ことり「………」ペラ…ペラ…

ことり「……2巻…」ペラ…ペラペラ

ことり「…………」ペラペラ…

ことり「……4巻まで読んだけど、柔道しかしてないなぁ…?意外と面白いけど…」

ことり「お風呂入って、ご飯食べてから続きを読もうっと」


【学校】


海未「で、結局一晩かけて読破してしまったのですか…」

穂乃果「ふぇー、ことりちゃんが男の子向けの漫画に熱中するのって珍しいねー」

ことり「うん…普段読まないからかな、すごい面白くって……でね、殿馬の秘打では円舞曲『別れ』のシーンが最高なの。 うぅー…でも眠いよ穂乃果ちゃ~ん」

穂乃果「よーしよしことりちゃん。今日は穂乃果と一緒に爆睡しようね。授業中、みんなで眠れば怖くない。だよ」

海未「なんですか、その自堕落な標語は…。穂乃果は昨日しっかり寝たでしょう、真面目に起きてなさい!
ことり、あまり辛いようなら保健室に行ってもいいと思いますよ?普段は真面目に受けているのですし」

穂乃果「海未ちゃんの鬼!差別主義者!」

ことり「あはは…うん、一時間だけ寝てくるかも~」

【放課後 グラウンド】


ことり「うう、結局保健室から戻ってからもほとんど寝ちゃってたよぉ…」

穂乃果「仕方ないよー、今日は古典とか眠くなる授業ばっかりだったし。いやぁ、最高の仮眠日和だったね!」

花陽「ドカベン面白いよね。ことりちゃんが夢中で読んじゃうのもわかるなぁ……私は三太郎が好きだよ。あと、土井垣と絵里ちゃんってなんだかちょっと通ずるものを感じるよね」

凛「そんなに面白いなら凛も読んでみたいなー」

花陽「うちで読む?それか貸してもいいよぉ」

真姫「あ、絵里と希が来たわよ」



希「絵里ち、準備はバッチリ?」

絵里「ええ、がっかりはさせないつもりよ。今、海未にも捕球の練習がてら新球を見てもらったわ」

海未 「……絵里の新球の完成度は高いです。希、たとえあなたであっても、初見で捉えられるほどは甘くないはずですよ」

希「ふっふっふ、それは楽しみやん。 さーて、カードの暗示はなんやろね? …『恋人』かぁ、それじゃ、軽やかにディマジオで行こか」

ことり「あっ、希ちゃんの動作がなんだか優雅に」


スチャ ピピピ

花陽「野球力1520…!コンディションも抜群…足元を均してるだけなのに…気品が溢れてますっ…!
そう、まるで往年の名選手、あのマリリン・モンローの恋人、ジョー・ディマジオのように!」


にこ「あれが希の『オカルト打法』よ。タロットを引いて、絵柄に併せた往年の名選手を降霊させて打つ…」

希「そう、今のウチにはディマジオの魂が宿っとるんよ。故人しか呼べないのが欠点やけどね」

真姫「なにそれ!非科学的よ!」

希「けど事実やからね。スピリチュアルやろ?」

真姫「魂って…じゃあ英語もネイティブみたいに喋れるの?」

希「それはダメなんよ。貸してもらえるのは野球の力だけ。もっと英語のテストで楽したいんやけどね?TOEICとか」

真姫「 ほらほら!絶対降霊はウソよ!」

希「ふふ、信じるも自由、疑うも自由。どっちにしてもスピリチュアルやろ?」

真姫「もう、また煙に巻いちゃって…エリー!オカルトだか霊魂だかなんだか知らないけどきっちり抑えなさいよ!」

絵里「うう…、降霊だとかなんとか、改めて説明されると怖いわね…」

希「ま、細い事は気にせんと勝負勝負!さ、いつでもええよ!」

にこ「それじゃ、審判はにこがやるわ。別に贔屓はしないから安心して」

海未(絵里、初球は打ち気を逸らしましょう。外角のボールになるスライダーで。色気は出さず、腕を伸ばしても届かない位置に外してもらって構わないですよ)

絵里(む、オーケーよ、海未)シュッ!

ククッ、パシッ!

にこ 「ボールよ」


海未(キレは良し…)

希「ふぅん。慎重な入り方やね、海未ちゃん」

海未「何度も何度も初球を叩かれましたからね、慎重にもなります」

穂乃果「花陽ちゃん花陽ちゃん、絵里ちゃんの野球力は今どれぐらいなの?」

ピピピ
花陽「えーっと、絵里ちゃんは…野球力1061!全国レベルの水準まで引き上げてきてます!」

にこ(なるほど確かに全国水準の球よ。だけど対する希は全国トップレベル。さて、どこまで通用するのかしらね…)

ピピピ
花陽「え、あれ…っ、こ、ことりちゃん…?」

ことり「? 花陽ちゃん、どうかしたの?」

花陽「うっ、ううん、なんでもない…よ?あれぇ、おかしいなぁ…何度測っても……スカウターが壊れちゃったの…?」

真姫「花陽、静かに。そろそろ二球目よ」

海未(さて、外角一辺倒という訳にもいきません。二球目は希のスイングが窮屈になりがちな内角低め、直球でどうでしょうか?)

絵里(ええ、それで問題ないわ)シュッ!

希「……ここでウチの苦手コース、読み通りやん!」


パカァン!!!


海未「しまっ…!!」

絵里「っと……危ない、危ない。左に切れて大ファールね」

希「あー惜しい…でも、また今みたいな半端な球やったら…次で仕留めるよ」

穂乃果「はぁー、すっごい飛んでったね」


真姫(希のフォームも、かなり古臭いけど綺麗で、力学的な無駄が少ない……。 悔しい、私もあんな風に打てたら…)


海未(どうしましょうか、絵里)

絵里(よし、低めに新球、行くわよ。振りかぶって…行けっ!)シュッ!

希(低め、打ち頃のストレート…!? いや違う!)
「ここは見送りや」

ズバン!

にこ「ストライク!」


海未「……追い込みましたよ」

希「なるほど…今の変化球、カットボールが絵里ちの新球なんやね…」

絵里「そうよ!キレキレカットのエリーチカ!略してKKE!見てなさい、このボールで!このカットボールであなたを抑えてみせる!」チカァ!


穂乃果「絵里ちゃんかっくいー!」

真姫(カットの綴りってKじゃなくてCよね…?ま、どうでも いいけど…)クルクル


希「うん、いいボールやね。直球と大差ないスピードで小さく変化。振ってれば多分引っ掛けて凡打やった。でも、ウチに二度通用すると思わん方がいいよ」

海未(そう、その通り。できれば今の球をそのままスイングして打ち取られて欲しかった…!ですが、結果として追い込んでいます。カウント1-2。こちらの圧倒的優位!)

絵里(次、行くわよ海未!遊び球はいらない。これが私の…!本気!!)


絵里「カットボール!希!カットボール行くわよー!くらえっ!」シュッ!

希(さっきと同速度の半速球…、続けてカットボール…? そんなん甘いよ絵里ち!)


海未(手を出した…!これで、決まりです!)
絵里(ダスヴィダーニャ!希!)


希「と、思うやん…?」ググ…

海未(重心を低くした…!?)


希「カットボールと見せかけて…これは落ちる球や!スピリチュアルっ!!」
海未「ああっ…!!」


パッキィーン!!!


穂乃果「あーっこれ行った!」

凛「うわ、綺麗なホームランだにゃー」

海未「そっ、、そんなぁ…」

希「これが絵里ちの秘策、新たな変化球は二つあった。…スプリットやね」

絵里「二つ変化球を用意して、これでも…ダメなの…?」

海未「通用…しなかった…」

希「ほぼ同速度の二種の変化球。うん…絵里ちの狙いは良かったと思う。でも所詮は付け焼き刃。ウチや、UTXには通用せんやろね…」

にこ(っていうか、こいつ本当に化け物なんじゃないの…?プロでもここまで毎打席ホームラン打たないわよ…?)

希(って、絵里ちが直前にわざとらしくカットボールカットボール連呼してなかったら多分普通に引っかかってたけどね…大根役者にもほどがあるよ…。
とはいえ、それでも単なる初見殺し。UTXに通用しないのは事実)

希「残念やけど…ウチを抑えられる投手を見つけるのは無理やったみたいやね…」

真姫「これじゃUTXに勝てない…? ちょっと、それ困るわよ!宣戦布告しちゃったのに!」

ことり「あ、あのー…ことり、もう一回投げてみたいんだけど、ダメかなぁ?」

花陽「ことりちゃん…」

海未「ことり…、どうにかしたいという気持ちはわかりますが、あなたはマウンドに立つと壊滅的なノーコンで…」

ことり「違うの、前とは違うの 。ちょっとだけ、ちょっとだけ試してみたいの!」

海未「しかし…制球が改善されたとしても、とても通用するとは…」


花陽「……海未ちゃん、ことりちゃんを投げさせてあげて」


海未「花陽…?」

ことり「海未ちゃんっ、おねがぁい!」

海未「ううっ…!わ、わかりましたよ…」

穂乃果「なんだかよくわかんないけど!ことりちゃんファイトだよっ!」

ことり「うんっ!見ててね穂乃果ちゃんっ!」


絵里「はいことり、ボールよ。何か考えがあるんでしょう?頑張ってね」

ことり「ありがとう絵里ちゃん!……それじゃ、海未ちゃん投げるよ~」

海未「ええ、いつでもどうぞ!」


花陽(スカウターが間違いじゃなければ…)


ことり「えーっと、ボールをこうやって握って…体を屈めて、腕を引く…!」ガバァッ!


絵里「ええっ、あれは!!」
穂乃果「フォームが変だよ!?」
花陽「まさかっ!アンダースロー!?」


ことり「全身の力を乗せて…指で弾くように押し出すっ!」ピシュッ!


スパーンッ!


海未「!?」
希「…!」

にこ「すっ、ストライクね…しかも、いい球」

ピピピ

花陽「やっぱり…計測は間違いじゃなかった…ことりちゃんの今の野球力は、2069…!!」

絵里「にっ、2069ですって!?」

真姫「すごい…、体の柔軟性をフルに活かしたフォームだわ。男性のアンダースローとはまた違う、独自の投法…! ことり、あなたも天才だったのね…(私と同じように…)」

凛「あなたも?それってまさか真姫ちゃん、自分も勘定に入れてたりする?それはちょっと寒くないかにゃー?」

真姫「う゛ぇぇ…!違うわよ!の、希のことだから!」

希「ついに見つけた…!絵里ちを上回る素材や…!」

穂乃果「すごい!すごいかっこいいよ!ことりちゃん!漫画みたい!」

ことり「えへへっ、褒められちゃった♪ドカベンの里中くんを見ててね、こういう投げ方ならことりにもできるかもって思ったの!」

絵里「ま、漫画で?それはまた、随分とハラショーね…」

希「あれなら、あれなら鍛えればイケる…! ……ねえ穂乃果ちゃん、ウチも野球部に参加させてもらってもいいかな?」

穂乃果「希ちゃん!もう勝負はいいの?」

希「うん、もういいんよ。ピッチャーを見つけるためだけの勝負で、それ以上の意味はなかったの。……それよりもね、早くウチもみんなに混ざりたくって…ちょっと、寂しかったんよ」

穂乃果「希ちゃん…!うんっ!よろしくお願いします!」

希「えへへっ、これでウチを入れて九人や!やっとメンバーが揃ったね!」

凛「テンション上がってきたにゃー!」

穂乃果「よーしっみんなっ!ここからだよ!ここから、この九人で全国優勝を目指すんだ!!」

♯8


【昼休みの部室】


海未「9人揃って一週間が経ちました。ということで、練習の様子と花陽の野球力測定、にこの意見を擦り合わせて暫定のオーダーを組んでみました。昼食を食べながらで構いませんので聞いてください」


1 遊 星空 498
2 中 矢澤 562
3 右 綾瀬 1105
4 一 東條 1590
5 三 高坂 624
6 捕 園田 711
7 投 南 2083
8 二 小泉 388
9 左 西木野 193


海未「例によって名前の横には野球力を書き添えてあります。ではにこ、一緒に説明をお願いしますね」

凛「かよちんと二遊間!これなら凛はなんにも文句ないよー!」

花陽「やったね凛ちゃん!でも私が二塁で大丈夫かなぁ…?」

にこ「アンタたち二人は連携がバツグンだからね、女子野球のレベルで安定してダブルプレーを狙えるのは大きいわ。
それと二塁はベースカバーにランナーのケアに、色々と頭を使うポジションだから、野球知識の深い花陽は適任だと思う。ま、自信持ちなさい」

花陽「えへへ、ありがとうにこちゃん」

真姫「どうでもいいけど花陽…そのバケツみたいな弁当、ご飯何合入ってるの…?」

花陽「10合だよ。持ち運びがちょっと重たいけど、筋トレだと思って持ってきてるんだぁ」

真姫「そ、そう…」

凛「今日のかよちんはごはんを食べながらだから大人しいにゃ」

絵里「凛はカップ麺だけじゃなくて野菜も食べなさい?ほら私のサラダを分けてあげるから」

海未「打順に関してですが、一番に凛。これに異論のある人はいないと思います」

希「文句のつけようなしやね。凛ちゃんなら脚だけで相手にプレッシャーかけられるよ」

海未「ただ選球眼に難があり、早打ちする傾向も見られます。そこで選球眼が良く、バントなどの小技に長けたにこを二番に置いています」

にこ「バントとか四球狙いとか、そういう渋いプレーで輝いてみせるわよ、私は。あと守備位置!センターは絶対に譲らないから!センターはにこよ!」

真姫「別に誰もやりたがってないわよ。勝手にやればいいじゃない」クルクル

にこ「センターはぁ、にこにーで決まりっ!世界のセンター矢澤にこ!イェイ!」

絵里(ただの外野守備にどうしてあんなにこだわってるのかしら…?)


海未「そして三番に絵里、四番が希。この並びが音ノ木坂打線の中核ですね」

絵里「あら、核なんて言われるとちょっぴりプレッシャーね。私は基本的には大振りせず、希への繋ぎ役に徹するつもりよ」

希「気負わんでいいよ、絵里ち。ランナーの掃除はウチに任しとき!」

花陽「希ちゃんは頼もしいねぇ…」mgmg

絵里(食べてる時は可愛らしいわね、花陽は。まぁ、辛辣な花陽もあれはあれでユニークだけど…)

穂乃果「あ、絵里ちゃんの守備はライトにしたんだね」

海未「ああ、それはですね…絵里の外野守備はとてもハイレベルなのでレフトに置こうかと迷ったのですが」

花陽「アマチュア野球ではレフトの方が打球が飛びやすいもんね」mgmg

海未「そうなんです。ただ…絵里の守備と肩なら、女子野球の少し浅めの守備位置ならそこそこの率でライトゴロが取れるんですよ」

希「なるほどなぁ、確かにライト前ヒットをアウトに出来れば相当楽やね」

海未「だから、絵里はライトでお願いしたいと思っています」

絵里「ふふ、ライトってプロではスターが守ってたりするし、結構気に入ってるわ」

にこ「で、希は今まで通り一塁ね。一塁は的の大きさも必要……にことかがやるよりも希の方が安定するから、そのままでよろしく頼むわ」

希「包容力ってやつやね。みんな安心して守っていいからね」

凛「凛は送球が結構ぶれるから…頼りにしてるね、希ちゃん」

希「うんうん、気楽に投げていいんよ」

穂乃果「ねえねえ希ちゃん、そのお弁当なに?」

希「ん?焼肉丼やね。今日は甘辛の韓国風に味付けしてみたんよ。ちょっと食べてみる?」

穂乃果「うん!じゃあ穂乃果のも少しあげるね。唐揚げでいい?」

希「わぁ、美味しそうやね!ありがと、穂乃果ちゃん」

絵里(正式加入は遅れちゃったけど、すっかり馴染めたみたいね、希。良かった…)

にこ「次、五番は穂乃果よ。希が歩かされるパターンも出てくるだろうからチャンスで回る事も多いと思う。だから心臓に毛が生えてそうなアンタを置くわ」

穂乃果「よーしっ全打席フルスイングでホームラン狙うよ!」

海未「ダメです。きちんと考えて打ちなさい」

穂乃果「えー、海未ちゃんのケチー」

にこ「ま、ハナから細かいプレーは期待してないから…」

真姫「ことりのお弁当はサンドイッチ?それだけで足りるの?」

ことり「大丈夫だよ、プロテインバーも食べるから!」

穂乃果「ことりちゃんも最近筋トレに対してふっ切れたよね!肩回りとかいい感じに筋肉してるよ!」

ことり「うんっ、もうかなり日焼けもしちゃったし…筋肉とかも気にしたら負けかなって…あ、真姫ちゃんにトマトとチキンのサンドイッチをおすそ分けするね」

真姫「わぁ、トマト…!あ 、ありがとう…」

ことり「どういたしましてっ」

にこ「穂乃果の後は海未、ことりと続けてるわ。あんたたち三人はなんとなく並べた方が機能しそうなイメージあるのよね」

ことり「それ正解っ。ことりと穂乃果ちゃん海未ちゃんは三人揃って完全体なの」
穂乃果「うんうん!だよねっ!」
海未「ふふ、そうですね」

にこ「あっそ、仲良いわね……六番の海未はクリーンナップがランナーを一掃した後のチャンスメイク、ランナーが溜まってる状態での強打、臨機応変に打ってもらう感じになると思う。まあアンタならやれるわよね」

海未「そうですね、善処してみます」

にこ「ことりは投手だし、楽に打ってくれればいいわ。野球力は高いけど打撃はまぁまぁってとこだしね」

ことり「はぁい、了解です♪」

にこ「さて、八番は花陽ね。打撃に自信ないみたいだけど…アンタは自分で思ってるよりもセンスがある」

花陽「そ、そうかなあ?」

にこ「うん、ハマれば長打を打てる実力があるわ。あれだけご飯を食べてるし、しっかりミートできれば球威に負けたりしないはずよ。ま、下位だし変に気負わなくて大丈夫だから」

花陽「が、頑張りますっ」


真姫「……ねえ、にこちゃん。なんだか私が打順でも守備でも余り物っぽいのはなんでなの?」

にこ「九番は真姫。野球力を参照よ。以上」

真姫「ちょっと!雑!にこちゃん見る目がないのよ。私は天才よ?」

にこ「はいはい。ま、外野守備は意外と悪くないわよね。フライの目測を誤ったりもしないし、クッション処理も落ち着いてる。
ただ、肩が弱いのをちゃんと自覚しとくのよ?返球は変な色気を出さないでちゃんと内野を中継すること。わかった?」

真姫「ヴェエ…言われなくたってわかってるわよ…」

にこ「あと……真姫ちゃんはそれなりに振れるようになってきてるから、その調子で頑張りなさい。……その、練習ぐらいはいつでも付き合うから」

真姫「ん………ありがと」クルクル

希「ふふふ、仲良しやね?」

にこ「………いっ、以上よ!なんかオーダーに文句はある!?」

穂乃果「ないです!なんかすごいよ!にこちゃん!」

凛「矢澤カントク!矢澤カントク!」

絵里「さすがにこね」

にこ「ふふん!矢澤ID野球に死角なし!はいっ、ご一緒に!にっこにっこに~!」

凛「海未ちゃんその卵焼き一口味見させてー」

穂乃果「あ、穂乃果も!」

海未「いいですよ、はいどうぞ」

にこ「軽く持ち上げてからのガン無視とかやめなさいよ!!」

絵里「ほんとにね」

にこ「その雑な相槌もいらないから!」

真姫「にこちゃんうるさい。カルシウム足りてないんじゃないの?」

にこ「ぐぬぬ…!どいつもこいつも…イラつくわね!」


絵里「さて、オーダーが固まったところでみんなにお知らせよ!再来週…練習試合をやるわぁ!」

花陽「し、試合っ!?」

ことり「わぁ、緊張するなぁ…」

穂乃果「やっと試合ができるんだねっ!よーし、楽しもう!で、相手はどこどこ?」

絵里「ふふっ……UTXよぉ!」ドヤチカァ

にこ「ゆっ…」
凛「ゆっ?」
穂乃果「UTXぅ!?」

【試合当日、朝】


穂乃果「うー、遅刻遅刻…ことりちゃん海未ちゃんごめーん!」

海未「もう、遅いですよ穂乃果」

穂乃果「いやー試合のこと考えてたら中々眠れなくってさぁ」

ことり「うふふ、朝ごはんはちゃんと食べた?」

穂乃果「花陽ちゃんを見習ってご飯を10合!…とはいかないけど、ばっちり食べてきたよっ!二人は?」

海未「ええ、干物や卵焼きなどをいただきました。お母様が少しばかり豪勢な朝食を用意してくれましたので」

ことり「ことりはパンとサラダと、ポタージュとかを食べてきたよ♪」

穂乃果「ふっふ、準備万端だね!」

海未「それでは、まず学校に向かいましょうか。真姫が用意してくれた西木野グループのバスが待っています。それに乗ってUTX高校のグラウンドへ向かいます」

ことり「真姫ちゃんのお家って割となんでもありだよね?」

穂乃果「球場も持ってたりして…!西木野スタジアムとか言っちゃってさ」

海未「馬鹿を言ってないで、ほら行きますよ」


~~~~~


凛「それにしても、絵里ちゃんがいきなり…UTXと練習試合よぉ!って言い出した時はビックリしたにゃ~」

真姫「正しくはUTXの二軍と、だったわね。エリーったら唐突よね。でも二軍なんかと試合したって参考になるのかしら?」

花陽「あのね真姫ちゃん、UTX の二軍ってかなりすごいんだよ?あそこは四軍までチームを持ってるの」

真姫「へえ、四軍まで?ムダに多いのね」

花陽「普通、うちみたいな新興チームは試合を組んでもらえたとしても相手は四軍、良くて三軍。いきなり二軍と試合をさせてもらえるのは理事長とUTXの校長が知り合いだったからで、すっごくラッキーな事なんだよ」

凛「二軍でもかなり強いんだよね?楽しみだにゃー」

真姫「ふーん。まあ二人とも見てなさい。このマッキーが華麗な放物線を描いてみせるわ」

スチャ
花陽「失点に繋がるようなエラーだけはしないでくださいね、野球力200未満の九番レフト西木野真姫さん」

真姫「急な辛辣モードはやめなさいよ!花陽だって八番で大差ないでしょ!?」

~~~~~


絵里「さて…着いたわね。UTX高校!」

にこ「噂には聞いてたけど、本当に学校の隣に専用の球場が併設されてるのね…」

希「はぁー、豪華やねえ……まるでプロのスタジアムやん」

絵里「ベンチ裏に無料のドリンクサーバーまで置いてあるんだって」

希「ベンチ内の飲食オッケーなん?」

絵里「大丈夫みたい。清掃の業者さんを雇ってるらしいわ。なんかちょっと圧倒されちゃうわね…」

にこ「た、確かに…あ、グッズまで売ってるのね。帰りに買っていかなきゃ」

希「にこっち、観光やないんよ?」

にこ「わ、わかってるわよ!」



海未「あっ、見てください。あそこにいる方々が」

穂乃果「お、UTXの二軍チームだね?」

凛「かよちん、スカウターの出番にゃ!」

スチャ ピピピ
花陽「平均野球力はおよそ1040…さすがUTX、二軍とはいえ全国と互角に戦えるレベルのチームですっ!名前は投手からポジション順に佐藤、鈴木、高橋、伊藤、山本…」

真姫「花陽、名前はもういいわ。覚えなくていいって事はわかったから」

凛「清々しいほどにモブネームだにゃ」

あんじゅ「ねえ、あなたたちが音ノ木坂学院野球部の皆さんかしら?」


絵里「えっ?はい、そうです。あなたは…」

にこ「ああっ!ゆ、優木あんじゅさん!絵里!頭が高いわよ!UTX高校の一軍の四番なんだから!ファンです!大ファンです!」

スチャ
花陽「や、野球力2580…!さすがは 『怪童』 こと打の優木、圧倒的オーラ!これぞ最高峰っ…!サインください!」

にこ「あっ花陽っズルいわよ!」


あんじゅ「うふふ、サインね?いいわよ(野球力って何かしら?)」サラサラ

あんじゅ「はい、どうぞ」


花陽「はぅあぁぁあ…!感動ですっ…!」

あんじゅ「そのツインテール…矢澤にこさんよね。英玲奈から聞いてる。うちに宣戦布告したんだってね」

にこ「そ、それは違うんです!誤解で!」

真姫「違わないわ。UTXなんてケチョンケチョンにやっつけてみせるんだから、見てなさい」

凛(凛知ってるよ。弱い犬ほどよく吠えるんだよね)

あんじゅ「そして…巻き髪さんが西木野真姫さん。あら、聞いてた通り。かわいい」

真姫「かっ、かわい……?ふ、ふん。当然よね」クルクル

にこ「なに動揺してんのよ」

真姫「してない!」

穂乃果「それであのー、なんで一軍のあんじゅさんがここにいるんですか?」

あんじゅ「うふふ、敵情視察?私も二軍に混ざって試合に出ようと思って」

穂乃果「ぅええっ!で、出るんですか!?」

にこ「嘘ぉ!?あんじゅと試合できるの!?うちみたいな新興チームが!?」


あんじゅ「うふふ…だって気になるんだもの。『オカルト打法の東條希』がいるチームは、ね」


希「そ、そんなん買い被りすぎです…私はブランクだって長いし…」

あんじゅ「謙遜しちゃって。お話しするのは初めてだけど、中学の頃はライバルって呼ばれてたじゃない。私たち」


花陽(そう言いつつも希ちゃんの野球力は1970… !今日に合わせてコンディションを今までのピークにまで高めて来てる。気合い入ってるね、希ちゃん…!)


あんじゅ「それじゃあ、試合で会いましょうね。うふふ」ヒラヒラ


穂乃果「行っちゃった…なんかふんわりした人だったね」

海未「そうですね、まさかいきなり対戦する事になるとは予想外でしたが…」

絵里「そうね…、優木さんが出場するとなると、多少のマスコミも入るはずよ。みんな、そういうのは気にせず、固くならずにやりましょうね」

ことり「あ、お母さんが来たよ」

理事長「みんなお待たせ。向こうの責任者の方に挨拶をしてきました。今日は私が監督としてベンチに入りますね」

絵里「理事長、ありがとうございます」

理事長「気にしなくていいのよ、絢瀬さん。作戦とかはあなたたちに任せて口出しはしないから、怪我にだけ気を付けてプレーしてくださいね」

にこ「じゃ、ベンチに入りましょ。もうすぐこっちの練習時間よ」

♯9


ヒデコ「次!セカンド行くよー!」カキン!

花陽「は、はいっ!」パシっ!シュ

希「お、ナイスプレーやね」スパン

ヒデコ「よしラスト!海未ちゃんにキャッチャーフライ!」カンッ!

海未「オーライオーライ…よし、取れました!」パシッ

ヒデコ「オッケー、練習時間終わりだね。みんなお疲れ様ー」

穂乃果「ヒデコ、ノッカーやってくれてありがとねー」

ヒデコ「はは、これくらい余裕余裕。じゃ、頑張ってね。ベースコーチとか雑用は任せといて」

フミコ「試合の録画は私がしておくからね」

ミカ「怪我だけには気をつけるんだよ!」

希(内外野に完璧に打ち分ける熟練のノック技術…あの子どこで練習したんやろ?)

にこ(あの子を試合に出せば普通に主力として行けるんじゃ…ってのは、きっと気にしたら負けよね…)


絵里「さて!初試合よ!気合い入れていきましょう!それじゃあキャプテンの穂乃果!号令を!」

穂乃果「うん!絵里ちゃん!それじゃあみんな…」


穂乃果「音ノ木坂ー!!!」


全員『ベースボール…スタート!!!』


真姫(なんかしっくり来ないわね…)

【一回表】


海未「さて、こちらの先攻です。トップバッターは凛!お願いしますね!」

希「リラックスしてね。あんまり力んだらあかんよ?」

花陽「が、頑張ってね凛ちゃぁん…!応援してるから…!(スチャ)相手ピッチャーの佐藤は野球力955で絵里ちゃん以下。
所詮UTXでは二軍に甘んじてるモブだから凛ちゃんでも打てないことはないよ。あ、初球ポップフライだけはやめてね、萎えるから」

絵里(花陽…怖いわ…)

ことり(ジキルとハイドかな?)

凛「かよちんの辛辣評は落ち着くなぁ。よーし!行ってくるにゃー!」


審判『プレイボール!』


佐藤「…」シュッ!

凛(初打席かぁ…緊張してたけど、かよちんのおかげでほぐれたよ)スパーン! ボールッ!

にこ「お、珍しく初球見たわね。落ち着いてるじゃない」

希「肩に力も入ってなさそうやね。いい感じに見えるよ」


凛(絵里ちゃんより少し速いかな?でも全然見えるレベルだよ)


佐藤「……」シュッ!

凛(甘め!叩くにゃッ!)パキン!

佐藤「あっ!?」


絵里「打った!いい当たり!」

海未「一塁線を破りました、長打コースです!」

絵里「見て!ライトの優木さんが打球処理にもたついてるわよ!?」

凛(あっチャンス!凛の脚なら…全力で走るよっ!)

穂乃果「二塁を蹴った!凛ちゃーん!回れ回れ!!」

凛(ヘッドスライディングにゃ!)ザザッ!

セーフ!!

花陽「やったぁ!!凛ちゃんすごいっ!いきなりスリーベース打っちゃったよぉ!」

ことり「凛ちゃんかっこいい~!」

ミカ(三塁コーチ)「ナイスバッティング凛ちゃん!」

凛「えへへ、ありがとにゃー。このまま一点取っちゃいたいね」

海未「いきなりランナー三塁、理想的な展開ですね!それにしてもライトの優木さんはどうしてあんなに守備でもたついていたのでしょうか?」

花陽「ああ、あれはね、あんじゅさんは守備が…その、かなり微妙なの。絵里ちゃんのライトとは違う、下手くそのライトなの」

穂乃果「はえ~、一軍なのに苦手もあるんだね」

絵里「意外ね…UTXの一軍なんて万能プレイヤーばかりかと思ってたわ。 ふふっ、 実はUTXって大した事ないのかしら?」

花陽「絵里ちゃん馬鹿ナ゛ノ゛ォ゛!!!?!?」

絵里「ひいっ!!?ごめんなさい!!」ビビリチカ

ことり「花陽ちゃん、どういう事なの?」

花陽「うん…絵里ちゃんの言う通り、UTXの1軍は隙のない選手ばっかりだよ。そんな中であんじゅさんは守備があんなに下手なのに一軍の主力になってる。
それはつまり、守備に目を瞑ってまで起用されるほどの圧倒的な打撃力…って事なんですっ」

絵里「そ、そうだったのね、よくわかったわ。ごめんなさい花陽…ごめんね?」ビクビク

海未「なるほど…想像するだに恐ろしいですね」

穂乃果(朝ごはんもうちょっと食べてくればよかったなぁ…)グゥゥ

希「穂乃果ちゃんこれ食べる? 」

穂乃果「それなに?」

希「ヒマワリの種だよ。メジャーの外人さんはこれをようベンチで食べとるんよ」

穂乃果「うんっ!いるいる!」

海未「穂乃果!試合に集中してください!希も食べ物を与えないで!」

にこ「さーて!ここはにこにーの華麗なる一打で先制点を挙げさせてもらわなきゃね!にっこにっこにー!」


ボール!
ボール!
ボール!
ボール!フォアボール!


にこ「ちょっと!振れる球が来なかったんだけど!?あのピッチャー動揺しすぎでしょ!」スタスタ

ことり「にこちゃん選球眼いいなぁ…」

海未「それなりに際どい球もあったのに、確信を持って見逃してましたね…流石です」

希「とりあえずチャンス拡大やね。ノーアウトで一、三塁。絵里ち、がんばってな」

絵里「ザ・ベースボール…今見せてあげるわ」ウフフフ

穂乃果「ぅ絵里ちゃん何言ってるの?とりあえずファイトだよ!」

海未「ご武運を祈っています、絵里」


佐藤「……!」シュッ!

絵里(この人、立ち上がりが悪いタイプなのかしらね。せっかくのチャンスなんだし、しっかり叩かせてもらわな くっちゃ…ねっ!)


カキーン!!


花陽「あっ鋭い打球!センター前に抜けましたっ」

穂乃果「おおーすごい!」

希「絵里ち!やるやん!」

凛「やったー!凛が先制のホームインだにゃ!」

希「次はウチの打席やね。さーて、絵里ちに続かんとね」

―――コツ、コツ、コツ…



英玲奈(おや…もう試合は始まってしまっていたか)


英玲奈(たまにはスタンドから眺める試合というのも悪くないものだ。責任も重圧もない。気楽でいい)


ノゾミチャーン カットバスニャー! ミセツケテヤリナサイ


英玲奈(打者は東條希。先取点を取られ1-0…)


カッキイィィーン!!!!

……

コーン、コーン…コロコロ


英玲奈(外野スタンドにボールが弾んで…スリーランホームラン。4-0になったか。なかなかどうして…やるじゃないか、音ノ木坂)


ヤッタニャー スゴイヨノゾミチャーン サスガデス! ヤハリヤキュウリョクハウソヲツキマセン!
フフ、スピリチュアルヤロ?


英玲奈(全く、楽しそうに野球をする……羨ましいものだな)


英玲奈(……なあツバサ、私は少し……疲れてしまったよ)

♯10


スパーン!

ストライクスリー!バッターアウト!


スリーアウトチェンジ!


ことり「あーん見逃し三振~…駄目だったよハノケチェ~ン」チュンチュン

穂乃果「おーよしよしことりちゃん。穂乃果と海未ちゃんも三振だったから気にしなくて大丈夫だよー」

海未「ううーん、初打席が三振とは…流れに乗れず申し訳ないです」

にこ「三振は別に仕方ないけど……アンタたち三人は打順を並べない方がいいかもしれないわね」

穂乃果「ええっ!なんでさにこちゃんっ!」

にこ「まず穂乃果の雑ぅ~な三振は論外として!後の海未とことりは穂乃果の結果に釣られすぎ!穂乃果が三振した時点で二人ともあからさまに集中が途切れてたわよ!」

海未「そ、それは穂乃果が …」

ことり「穂乃果ちゃんがチームの初アウトになっちゃってシュンとしてたから慰めてあげないとって思って…」

海未「そうなんです(迫真)」

穂乃果「えへへ~」

ことり「あと三振して悔しがってる海未ちゃんの写真も撮りたいなって」

穂乃果「あ、わかる!ああいう海未ちゃんは珍しくて可愛かったよね!」

海未「な、何を言いだすんですか二人とも!破廉恥です!」

穂乃果「別に破廉恥じゃないよー」

ことり「普通の事だよね~」

にこ「そのグダグダ感が駄目だっつってんの!次からアンタたちの打順はバラすわ!」

希(逆に穂乃果ちゃんが打った場合はつるべ打ちしてくれそうやけどね)

真姫「ねえ、そろそろ守備についた方が良さそうよ」

絵里「さ、行きましょう?」

花陽「ことりちゃん、投球がんばってね!」

ことり「ことりの球が通用するかなぁ~…不安だよぉ」チュンチュン

凛「凛たちが守ってあげるから大丈夫!落ち着いて投げてね!」

ことり「うっ、うん…頑張るからお願いねっ?」



ことり「(・8・) 」



海未(ことり…マウンドに立つと普段のキャラが嘘のように真顔になりますね)

海未(あの表情、なんと表現すればいいのでしょうか。例えば…にこ、花陽、ことりの三人でミシンで裁縫をしている時に垣間見せる鉄面皮の表情というか…。
いやいや、どんなシチュエーションですかそれ。いけないいけない、雑念よさらば。集中ですよ園田海未)

海未「みなさん!!!締まっていきましょう!!!」

守備陣『おおーっ!!』



(・8・) ストライク!バッターアウト!

(・8・) ストライク!バッターアウト!



穂乃果「連続三振であっという間にツーアウト!すごいよことりちゃん!」

ことり「ハノケチェ~ン!もっと褒めて褒めてっ!」チュンッ


(・8・) 「……」


海未(あ、あの表情はどうも威圧感が…)

海未(しかしこれは嬉しい誤算です。ことりの球が実戦でここまで通用するとは)

海未(ことりの持ち球は現状で三種。まずストレート。110キロは出ない程度ですが、下手投げ特有の軌道で武器になっています)

海未(次にカーブ。これはまだ制球が怪しいのであまり多投したくはありません。使用は目付けを変えるための見せ球に留めておきたいですね)

海未(そして、もう一つ…)

三番 佐藤「来いっ!」


海未(さてこの打者、先ほどまで投げていた投手の方ですね。出足をくじかれての4失点、からの三連続奪三振。さぞ気持ちが昂ぶっているところでしょうね。ことり、ここは…)サイン


(・8・) 「…」コクッ

(・8・) シュッ!


佐藤(…!な、なんだ…この変化球は!)ガキンッ


海未(よし!完璧です!第三の球種『ことりボール』! 打者のバランスを崩して詰まらせました!しかし、これは…!)

海未「ショーt…いやセンターッ!?」


にこ「ちょっ、この打球はにこには浅い…!」
凛「凛も追いつけないよー!」   ポトリ


穂乃果「あぁー惜しいっ!完全に打ち取ってたのにポテンヒットだよ~」

希「飛んだ場所が良くなかったね。ま、内容は勝ってたんやし気にしない気にしない!」

ことり「うん♪ どんどん打たせてくからみんな、お願いっ」

花陽「ことりちゃん気をつけて…次、来ますっ!」


あんじゅ「うふふ、私の出番みたい。南さん、園田さん、よろしくね?」


海未(『怪童』優木あんじゅ!)

(・8・) 「……」

海未(うう、打者よりもことりの顔が気になります…)

あんじゅ「私にはどんな攻めでくるのかしら?園田さん」

海未「長打に警戒!外野は下がってください!」(この方は捕手と雑談を交えるタイプなのでしょうか。ペースを乱されないようにしなくては)

あんじゅ「私にはだんまりなの?寂しいわ」

海未「……ボールが来ますよ」スパーン!
ストライク!


あんじゅ「ふふ、いいストレートね。癖のある軌道が素敵」

海未「それはどうも。試合後にでも本人に言ってやってください、喜びます」

あんじゅ「そうね。でも…私が打ちたいのはそれじゃないの」

海未(低めにカーブを。浮かないように、ワンバウンドで構いませんよ)


(・8・) 「…」シュッ

パシィ ボールッ!


あんじゅ「それでもないわ。ほら、さっき投げたアレ」

海未(一度、目付けを上にずらしましょう。高め、ボールゾーンに直球です)

スパーン! ボール!

あんじゅ「園田さんは真面目なのね?配球でわかるわ」

海未「……歩かせても構わない、と思っていますから」

海未(と、言うのは嘘ですが。これはあくまで勝敗度外視の練習試合。ことりの球が全国区の打者にどれだけ通用するのか見極める絶好の機会、逃げの手はありません。仕留めさせてもらいますよ…優木あんじゅ)


花陽(……雑誌で見た。あんじゅさんは最近、打ち方を変えたらしい。フォームの細部が変わったのか、ルーチンを変えたのか、それとも心構えを変えたのか…素人目にはよくわからない。
ただ一つわかるのは、自分の打法を『フルハウス打法』と名付けているということ…!)

あんじゅ「あら、私追い込まれちゃったの?」

海未「振らないからですよ」

あんじゅ「ん~…そうよねえ」

海未(ふむ…捉えどころのない方です。さてことり、勝負を掛けますよ。『ことりボール』です)サイン


(・8・) 「……!」コクリ

(・8・) シュッ!


あんじゅ(来たわ…打つ!)

海未(手を出しましたね…ですが『ことりボール』は…あなたが思っている以上に『球が来ない』!)


(・8・) 「ニヤリ」


あんじゅ(このボール、遅い…!そして、軌道がブレる…!)

海未(『ことりボール』とは遅くて揺れるシンカー!投げ方はことり曰く、深く握り込んでリリースの瞬間に指先をチュンチュンさせる…とのこと。理屈を聞かされてもよくわからない、ことり独自の変化球です!勝った!)

あんじゅ(…と、思うでしょう?まだよ…まだ溜めて…!)

あんじゅ「ここよ!」
カシィーン!!!!!


(・8・) 「!?!」

海未「あっ!そんな!?」


ヒュー… ポーン、コロコロ…

ファール!


穂乃果「うわっ、ビックリしたぁ…ホームランかと思ったよ」

凛「左の方にポールギリギリで切れていったにゃー」

真姫「ちょっと…大丈夫なの?スタンド最上段まで飛んで行ったわよ?」

あんじゅ「あら~…今のタイミングでも早いの?まるで魔球ね」


海未(き、肝が冷えました…スイング始動のタイミングでは完全に打ち取ったと思ったのに、なんという粘り腰…!)


あんじゅ「やっぱり駄目ね、フルハウスじゃないと」

海未「……フルハウス。ああ、あなたの打法でしたか…?」

あんじゅ「あら、あなたから話しかけてくれたのは初めてね。嬉しい」


海未(……やはり下手に話すと煙に巻かれそうですね)
スパーン ボール!

海未(カウント3-2まで来てしまいましたか…よし、もう一度ことりボールです!)


あんじゅ「ふふっ…これでやっと、完っ全にフルハウスね」


海未(完全にフルハウス!?ど、どういうことです!)

あんじゅ「あ、そうだわ。さっき私、ちょっと恥ずかしいエラーしちゃったでしょ?だからぁ…同じライトさんに、恥ずかしいエラーをしてもらおうかしら?」


(・8・) 「…!」シュッ!


カッキィーッ!!

海未「あ、打ち上げた!やった、打ち取りましたよ!」

希「ウチと花陽ちゃん後方のフライや!」

花陽「た、高い!すごく高いフライです!意外と…外野まで流れてます!」

絵里「私が取るわ!!」

海未(む…滞空時間の異様に長いフライですね…優木あんじゅは全力疾走、もう二塁を回って…)

海未(あっ…上空の風に打球が煽られて…?打球が脇に流れて…!)


絵里「   ああ~」ポロッ


凛「あーっ!絵里ちゃん打球が逸れるのを追いきれずに落としちゃったにゃ!」

花陽「だっ、打球が外野を転々としてますっ」

にこ「アホぉ~!」パシッ

海未(ま、まずい!既に一塁走者の佐藤がホームインしています!そして優木あんじゅが三塁を蹴りました!)

海未「にこ!バックホーム!!!」

にこ「どぉりゃあああああっ!!!!」ビシュッ!

ズザザッ! パシッ!


セーフ!



海未「やられた…!き、記録はヒット…ランニングホームラン…!」

あんじゅ「あら、エラーにならなかったの?残念っ」

海未「あなたは…!今の打球を狙って打ったというのですか…!?」

あんじゅ「うふふ…完全にフルハウスなら、これくらいは簡単なこと」

海未(なんて方です…これが『怪童』!あと、完全にフルハウスってなんなんですか…!)


花陽(うわぁ…つ、通天閣打法だ…生で見られるなんて…)

絵里「ご、ごめんなさい!みんなごめんなさい!私のせいで!」

希「落ち着き絵里ち…今のは難しい。ウチでも多分落としとったよ」

にこ「はは、今のはダっサいわね~」

絵里「もうやだ!エリチカベンチ帰る!」

希「か、帰ったらあかんてぇ!!」


真姫(はぁ、三塁側は暇ね…)

穂乃果(うーん、なんか空気だなぁ…)

♯11


英玲奈(二回以降、試合はどこか落ち着かない展開のままで進んでいった。UTXの佐藤は三回表、調子を上げられないままに東條希との勝負から逃げてストレートの四球。
その動揺に付け込まれ、高坂、園田、南の三連打で1点を失ってしまう)

英玲奈(対して音ノ木坂の南ことり。牽制やクイックなどに粗は目立つものの、持ち前のコントロールと緩急を駆使してUTX二軍打線をかわしていく)

英玲奈(南ことりと優木あんじゅ、二度目の対戦は四回の裏、先頭打者で。あんじゅが高めの釣り球を叩いてしまう。
センターへの大飛球だったが、矢澤にこが背走キャッチの攻守を見せて南に軍配。あんじゅめ、明らかに集中を欠いていた。ムラっ気の激しいやつだ)

英玲奈(そして五回の表。試合は一つの転換点を迎えていた)


【五回表】


絵里「ことり、ナイスピッチよ。四回まで二失点は上々じゃないかしら」

ことり「えへへ、ありがと絵里ちゃんっ」

にこ「くぅ~っ!やっぱにこにーって最強ね!見たでしょさっきの背面キャッチ!ほらほらことり!遠慮なくにこにーを讃え崇めなさい!」

ことり「う、うん!ありがとね、にこちゃん!」

真姫「はぁ…そう自画自賛されたんじゃスーパープレーの価値もダダ下がりよね」クルクル

にこ「真姫ちゃん!うっさいわよ!」

ことり「あ、あはは…ホントにありがとね?」

穂乃果「いやーそれにしてもことりちゃんはすごいなー……大会前にメジャーからスカウトされても渡米しちゃダメだからね?」

ことり「ええっ、メジャーって海外?…そんなわけないよぉ。いきなりどうしたの穂乃果ちゃん」

穂乃果「えっ、いやぁー、なんとなく…」


ガッキィイイイン!!!!!


海未「希が打ちました!」

花陽「ああっ!!打席に向かう前に死神のタロットカードを引いてからなんだか悪い顔になって、スパイクを研いでヒマワリの種の殻を吐き散らしながら打席に向かい、
fuck youと暴言を吐き、球聖(球畜)ことタイ・カッブを憑依させていた希ちゃんの打球が弾丸ライナーでレフトスタンドに飛び込んだよぉ!!」

凛「凛は説明台詞役と化したかよちんも好きだよ」

英玲奈(東條希、流石によく飛ばす。これで得点は6-2。ふふ、このままだと負けそうじゃないか。こちらは二軍…とはいえ、新興チームに負けてやるわけにはいかないな)
スッ


希「はい、ホームインっ!これでちょっとはことりちゃんを援護できたかな」

にこ「希!ハイタッチよ!」
穂乃果「ヘーイ!」
凛「ヘイヘーイ!」

希「穂乃果ちゃんヘーイ!凛ちゃんヘーイ!にこっちヘイヘーイ!」パシパシパシーン!

海未「希、私ともハイタッチを!……おっと、向こうのマウンド に選手が集まっていますね。投手交代でしょうか」

絵里「外野手まで集まって、なんだか慌ただしい雰囲気ね」

穂乃果「話し合ってるみたいだけど、どうしたんだろ」


~数分経過~


凛「タイム長いねー。待つのに飽きてきちゃったよ」

花陽「ほんとの試合なら審判が急かしたりするんだけど、今は練習試合だからね。凛ちゃんもおにぎり食べる?」

凛「んー、一個もらおっかなぁ」

希「お、ベンチから誰か出てきたで。一人やなくて二人?みたいやね。片方は投手っぽいね。もう一人はキャッチャー姿…。ん、あれは…」

真姫「……統堂英玲奈ね」


英玲奈「審判、選手の交代を願います。ピッチャー佐藤に代えて加藤。キャッチャー鈴木に代わり統堂」

あんじゅ「あら英玲奈。来てたのね」

英玲奈「ああ、ここからは私が出よう。それと佐藤さん、新井総監督からの通達だ。試合終了後、三軍へ移るようにと」

佐藤「……っ」ギリッ

英玲奈「ただの伝言役だ、そう睨まないでほしい。さて、捕手が私に代わるからにはもう一点も与えるつもりはない。守備陣、気を引き締めて守ってもらいたい」

スチャ ピピ…
花陽「英玲奈さん流石だなぁ…野球力2418もあるよぉ…!かっこいいですっ!」

ことり「リリーフで出てきた加藤って人、背が高いねぇ。投球練習のフォームは普通な感じかな?」

絵里「それほど球速が出てるようにも見えないわね。花陽、加藤さんの野球力も見られるかしら?」

ピピピ…
花陽「えっと、970 だよ。さっきまでの佐藤と大差ないね。でも背が高いからそこは注意した方がいいかも…」

真姫「大したことないわね。それにしてもややこしいのよ…佐藤だの加藤だの」

ことり「でも、なんだかUTXチームの雰囲気が変わったね。 統堂さんが入ってからピリッと引き締まった感じがするなぁ」

海未「攻守ともに警戒する必要がありそうですね。リリーフ投手の出鼻を挫けるように…穂乃果、頑張ってくださいね」

穂乃果「まっかせてよ海未ちゃん!よぅし、今度は五番らしいところを見せるぞー!」ブン!ブン!


審判『プレイ!』


英玲奈「途中出場だが、よろしく頼む」

穂乃果「あ、こちらこそよろしくお願いします!」(礼儀正しい人だなー。同じキャッチャーだし、なんだかちょっとだけ海未ちゃんみたい)

穂乃果「さ、こーい!!」

英玲奈(打ち気満々、だな)サイン

加藤「……」シュッ


穂乃果(あっ、いきなり穂乃果の大好きなインロー! 逃さずに打つ!)キィン!


ことり「いい当たりっ!」


バシィッ!


穂乃果「ああっ!取られちゃったぁ!?」

絵里「惜しい!サードライナーね…」

真姫「あんな三塁線寄りの打球を取られるなんてついてないわね。抜けてれば楽々ツーベースだったのに」

穂乃果「ごめんみんなー、塁に出られなかったよ」

希「いやー気にせんでいいよ。今のはサードのファインプレーやね」

穂乃果「だよねっ?むー、ヒット損しちゃったなぁ」

海未「穂乃果、あの投手の特徴などは何かありませんか?」

穂乃果「あ、ごめん!初球を打っちゃったからよくわかんないや」

海未「ふむ…、まあ仕方ありませんね。それでは私が見極めてきましょう」

凛「海未ちゃんガツンとかましてくるにゃー!」


花陽(……ねえにこちゃん、今の穂乃果ちゃんのって…)

にこ(花陽、気付いた? まあもう一人、海未が打つまでは様子を見ましょ)


海未「よろしくお願いします」

英玲奈「ああ、よろしく」


海未(状況は一死走者なし。敵の守備シフトは通常通り…。加藤投手に球数を投げさせることは念頭に置きつつも…、ある程度は好きに打って問題のない場面ですね)

英玲奈(園田海未、捕手か。おそらくは思考を伴って打撃をするタイプ。だが…)サイン


加藤「……」シュッ!


海未(外寄りのやや高め…打ち頃のストレート!私の最も得意とするコース、見逃す手はありません!)

英玲奈(さあ、キミ好みの球だろう?)

海未(引きつけて…逆らわずに右へ!)キーン!


絵里「打ったわ!」

希「鋭い打球や!」


パシッ!


海未「なっ…セカンドゴロですか…!?」


シュッ アウト!

凛「ええー?今の絶対に一二塁間を抜けてライト前のコースだったよ!なんで取られちゃうの?」

海未「くっ、初球打ちで偵察も出来ずにおめおめと…申し訳ありません…」

ことり「なんだか、向こうの守備がいきなり上手になったみたいな気が…?」


にこ「……上手くなった、とは少し違うわ。あれはね、英玲奈の力なのよ」

絵里「統堂さんの?にこ、どういうことなの?打球を取ったのはサードとセカンドだけど…」

にこ「穂乃果、海未。自分の得意なコースに打ち頃の球が来たでしょ?」

穂乃果「うん。内角低めにあんまり速くないストレートが来たよ」

海未「私は中寄りのアウトハイ、穂乃果と同じく得意コースへのストレートでしたね」

穂乃果「なんでわかるの?にこちゃん」

にこ「まず、あんたたち二人が打ったのはストレートじゃないわ。手元ギリギリで小さく変化するツーシーム。芯を少しだけ外された事で打球の勢いが微妙に殺されてたのよ」

穂乃果「つぅしぃむ?」

花陽「元はメジャーリーグでよく使われてる球なんです。最近は日本でもよく投げられてるんだよ。シュートとも似てるんだけど、握りをずらして投げるファストボール系をツーシームって呼ぶ事が多いんです」

穂乃果「はぇー、そんなややこしい球があるんだね」

絵里「シュートに比べて肘への負担が少ないって聞くわよね」

花陽「うん、捻らないから肘に優しいみたい。それでね、先進野球を掲げてるUTXではツーシームの習得が推奨されてて、持ち球にしてる人がたくさんいるんです」

希「打たせて取るのがUTXの基本戦術、って事なんやね」

にこ「そこよ。それが英玲奈が得意とする仕掛けなの。英玲奈はね、あらかじめ打球の飛ぶ場所を予測して守備陣に伝えてあるの」

絵里「えっ、あらかじめ予測!?」

にこ「そうよ。投手が投げ、バッターが打つ前に英玲奈が合図を出す。打者が打つよりも前に守備陣は定位置から英玲奈から伝えられていた守備位置に動き始める。
得意コースに打ち頃のスピードの球を投げられた打者は、気持ちよくスイングして少し芯をずらされた打球を打って、守備の真正面に打球が飛んでアウトになるの」

真姫「なによそれ…言ってる事めちゃくちゃじゃない。打つ方も投げる方も毎打席同じ動きをするわけじゃないんだから、打つ前に打球の予測なんてできるわけないでしょ?」

にこ「それが出来るから『精密機械』統堂英玲奈、なんて呼ばれてんのよ。どうやってるかなんて細かい理屈は英玲奈以外の誰にもわからないわ」

花陽「英玲奈さんはね、全国の女子チームの、ほとんど全選手のデータを記憶してるんだって。得意コ ースや苦手コース、コースや球種別の打球方向まで。それに洞察力をプラスして、独自の分析で打球予測をしてるんじゃないかな…?」

真姫「……化物ね。そんなデータどうやって集めたのよ」

海未「つまり私と穂乃果は、まんまと術中に嵌ってしまったわけですか…」

穂乃果「えっと、あんまり理解できなかったけど…とりあえずなんだか悔しいなぁ。っていうか!にこちゃんも花陽ちゃんも知ってたなら先に教えてくれればよかったのにー!」

花陽「ご、ごめんね?穂乃果ちゃん」

にこ「まあ海未はともかく、穂乃果はどうせ先に説明したってピンとこなかったでしょ!」

穂乃果「うっ…そ、それはそうだけど…」

ことり「ふっふっふ…みんな!ことりは攻略法を思いついちゃいました!」

穂乃果「えっ!すごいやことりちゃん!」

海未「本当ですか?ことり!」

ことり「論より証拠だよね?バッチリ打ってくるから見ててね~!」

キィン! パシッ アウト!

スリーアウトチェンジ!


ことり「ふぇぇん…全然ダメだったよ穂乃果ちゃぁん…!」

穂乃果「おーよしよし」

真姫「平凡なショートゴロだったわね…」

ことり「ことりの打球はセンターから右に飛ぶ事が多いから、ちょっと強引にでも引っ張れば守備の逆を付けるかと思ったんだけどなぁ」

にこ「ま、そう考えるわよね。でも今のことりみたいに不自然な打撃をしようとしても、英玲奈は打席での仕草で見抜いてくる。その場合は英玲奈が先読み守備の合図を出さないから、守備陣は定位置通りに守るだけ」

絵里「うーん、厄介ね…頭が痛くなりそう」

希「堅牢な先読み守備との正面対決か、自分の打撃を崩してでも先読み守備を避けるか。統堂さんの対戦相手は常に理不尽な二択を迫られるってわけやね」

花陽「下手に逆を狙ったりすると、自分のフォームが崩れちゃう心配もあるんです…」


穂乃果「うへぇ、なんか難しいねえ。考えるのはみんなに任せるよ~」

凛「凛もそういう頭を使うのはパスにゃー」

希「じゃ、ウチもパス~」


海未「待ちなさい!穂乃果と凛はともかく、希はちゃんと考えてください!」クワッ!

希「ちょ、冗談やって!海未ちゃん目が怖い怖い」

凛「あれ?凛たち今ディスられたにゃ?」


絵里「とりあえず、考えるのは後回しね。守備に行かなきゃ」

海未「そうですね…気持ちを切り替えなくては」

穂乃果「んー。なんかみんなちょっと暗くないかな? 四点リードしてるんだから大丈夫! このままみんなで力を合わせて逃げ切ろう!」

絵里「うん、そうよね…穂乃果の言う通りだわ。このまま勝つのは私たちよ!」

♯11


花陽『みんなで意気込んではみたけど、英玲奈さんの守備を破るのは簡単じゃありませんでした。
私はあえなくセカンドゴロ。真姫ちゃんは三振。色々策を出してみるものの、突破口をみつけられないままに淡白な攻撃が続きます…』


~~~~~


凛「いくら守備が堅くたって高くバウンドした打球は処理できないよね!叩きつけ打法にゃ!」

英玲奈「脚をフルに活かせる打法だが、そのフォームは極端に目付けが悪くなる。速球を高低のボールゾーンに散らせば当てるのは難しいだろう」

凛「にゃにゃっ!?」ぶぅん!

空振り三振


~~~~~


にこ「打つわよ~!スタンドにブチ込むわよ~!」

英玲奈「…」

にこ「打ち気…と見せてのセーフティバント!」

英玲奈「…」

にこ「と見せかけてのバスターよ!バットを引いて打つ!」

英玲奈「策を弄するのは結構だが、やりすぎだな。その半端なスイングでは球威に圧されてまともな打球は飛ばせないさ」

セカンドフライ


~~~~~


絵里「……私の特長は広角への打ち分け。先読み守備は通用しないわ」

英玲奈「バランスの良い一流の打者だ。確かに先読みは使えない。が、絢瀬絵里には明確な弱点がある…」

加藤「…」シュッ!

絵里「えっ!ランナーもいないのに、クイックモーションで投げてきた!?」

英玲奈「予期していない出来事への対応力が低い。少し揺さぶってやれば」

絵里「う、打たなきゃ!」ガキッ!

英玲奈「打撃を崩すのは容易だ」パシッ

絵里「し、しまった…」チカァ

キャッチャーフライ


~~~~~

海未『こちらの攻撃時間が短くなるにつれ、UTXの打者陣の集中力が増していきます。各打者に粘られ、出塁され、ことりの体力と球威が削られていくのが目に見えてわかります。
五回、下位打線にタイムリーを浴びて一失点。さらに六回、優木あんじゅにレフトフェンス直撃の二塁打を打たれ、ツーアウトながら得点圏にランナーを置いて統堂英玲奈と対することに…』


~~~~~


英玲奈「さて、点差を縮めておかなくてはな。仕留めさせてもらう」

海未(統堂英玲奈…聞きしに勝る鉄面皮。流石の威圧感です)


(・8・)「…」


海未(が、ことりだって平静ぶりでは劣りませんよ。 幸い、走者の優木あんじゅはそれほど足の速いタイプではありません)

(・8・)(ランナーは気にせず打者に集中。だよね、海未ちゃん)


穂乃果「頑張れことりちゃん!」

海未(さあ、全力のボールを!)サイン


(・8・)(いくよ海未ちゃん…!あっ、しまった!」シュッ


英玲奈(この軌道、南ことり独自の変化球か?いや、落ちない…ならば打つまで!)カキン!

海未「ことりボールが落ちなかった!?くっ、鈍い当たりの打球が三遊間を抜けます…」

穂乃果「届かない…真姫ちゃんお願い!」

真姫「ヴぇえ…!ランナーが三塁蹴ってる!?」パシン

にこ「やばっ!真姫ちゃんの弱肩じゃ間に合わないわ!」

凛「凛が中継するよ!」パシッ
凛「海未ちゃんっ!!」

海 未「いえ凛!投げずにそのまま!これは間に合いません!」

あんじゅ「あら、冷静ね。それじゃ、遠慮なくホームインさせてもらうわ?」

英玲奈「ふふ。バックホームしてくれれば二塁を狙いたかったところだが…」


海未「統堂英玲奈、ワンヒットで帰れるように弱肩の真姫を狙ってきましたか。流石にシュアなバッティングをしますね…」

ことり「ごめんね、指に引っかかって失投しちゃった…」

穂乃果「ことりちゃんのせいじゃないよ。頑張れば穂乃果が捕れる打球だったような気がするなぁ…ごめん」

海未「いえ、二人が謝るような事ではありませんよ。野球ですから打たれもします。ここからもう一度、引き締めて行きましょう!」


~~~~~

真姫『この真姫ちゃんを狙い打つなんて舐めたマネしてくれるわよね。ことりは統堂英玲奈に打たれて以降はランナーを出して苦しみつつも、どうにか無失点で回を進めていったわ』

にこ『スコアは6-4の二点差。……勝ってこそいるけど、正直、地力の差は感じる展開ね』

希『だったらウチが援護や。どんなに堅牢な守備を敷こうと、スタンドに放り込んでしまえば関係ないやん? そう思っとったんやけどね』

絵里『希の打席、統堂さんは迷いなく立ち上がり、二死走者なしからの敬遠を選択したわ。残念そうな希を見ているとUTXに少し腹が立ったけど、これも野球の奥深さなのかしらね…』

穂乃果『だけど久々のランナーだよ!希ちゃん、私が絶対にホームまで返すからね!』


~~~~~


穂乃果「よーし来ーい!」

英玲奈(表情、視線の揺れ、声のトーン、ルーティーンからの構えに細かな仕草。全てが平常。高坂穂乃果は細工を弄するタイプではない、か)

穂乃果(守備がなんかすごいらしいけど関係ない!思いっきり振って、捕れないぐらいの打球を打ってやるんだから!)

英玲奈(ならば、こちらも平常通りやらせてもらうまでだな)サイン

加藤「…」シュッ

穂乃果(ツーシームぅ…! )
穂乃果(じゃなくてスローカーブだったぁ!スイング停止!)

ストライク!

穂乃果「えー今のストライクかぁ…」

英玲奈(打ち気を逸らす遅い変化球。際どい位置だったが、ストライク判定は幸運だった。オーソドックスな配球だが、大きな変化の残像が目に残ったはず。さて次は)



ことり「ハノケチェ~ン頑張って~!」

真姫「ちょっとことり、ケアしてるんだから指先動かさないで!」

ことり「あっ、真姫ちゃんごめんね」

真姫「もう、気をつけてよね。爪にヒビが入ってたわよ?」

ことり「ほんとだ、気付かなかったなぁ。まだ投げても大丈夫かな?」

真姫「ヤスリを掛けて、液体絆創膏とマニキュアで補強しておいたから大丈夫よ。けど、何かおかしい感じがしたらすぐに言うのよ?」

ことり「うん、ありがと♪ 真姫ちゃんお医者さんみたいだね~」

真姫「べっ、別に!誰だってできるわよこんなの!ほら、水分でも摂ってなさい!」

ズバンッ!

ボール!


穂乃果(外角に速いまっすぐ、ボール球。ふふーん、さすがに穂乃果でもそんな見え見えのには釣られないよ?)

英玲奈(引っ掛けてくれればと思ったが、ピクリとも動かず。存外冷静、か。平行カウントからの仕掛け…さて)サイン

加藤「…」コクリ

穂乃果(打つ…打つ…)


穂乃果(勝負だよっ!!!)


英玲奈「…!」ゾクッ


英玲奈(この雰囲気、まるでツバサ……いや、馬鹿げている。ツバサと同じ空気を纏う選手などいるはずがないだろう…)

加藤(統堂さん…?投げても大丈夫ですか?)

英玲奈(ああ、サインはそのまま。しっかり腕を振って、低めを意識だ)

加藤(了解です)


希(んー?なんだかこの打席の穂乃果ちゃん、雰囲気あるなぁ…おかげでバッテリーのウチへの警戒が薄れてる…ならここは)

希「なぁヒデコちゃん。ウチ、ちょっと仕掛けてみよかな?」ヒソヒソ

ヒデコ(一塁コーチ)「え、盗塁?うん、行けたら行っちゃっていいと思うよ」ヒソヒソ


加藤「……」シュッ!

希(行くよ!)タタッ!


海未「あ!希が走りましたよ!」

にこ「え、盗塁!?でもタイミングはバッチリだわ!」


穂乃果(来た!インローにツーシーム!)


英玲奈(ランナーが走ったか。だがここは打者との勝負に専念すべき場面。守備陣形!)サイン


穂乃果(守備が左にずれて…三塁線も三遊間もヒットコースがすごく狭まってる!でもそんなの気にしない!)


穂乃果「強く振るだけ!!!」 ッカキィーン!!! !

凛「打ったよ!」

花陽「三塁線へ低いライナー!これだと前の打席の再現にっ…!」


英玲奈(よし、強い打球だが打ち取った……。いや、これは!?)


凛「あっ!打球がサードベースに当たって跳ね上がったにゃ!!」

花陽「そのまま逸れて…ファールゾーンを転々としてますっ!」

絵里「ハラショー!!」


英玲奈「馬鹿な!!」


真姫「こ、これってフェア扱いになるのよね?!」

にこ「れっきとしたフェアよ!しかもランエンドヒットになってる!希ー!ホーム行けるわよ!!」


ミカ(三塁コーチ)「希ちゃん回れ回れ!ホーム突入ゴー!」


英玲奈「レフト!バックホームだ!」


希(これはクロスプレーになりそうやね、こういうんは下手に躊躇するとお互いに危ない。全力で突っ込む!)

英玲奈(よし、いい返球だ。ギリギリのクロスプレーになるな…受けて立とう!)


パシィ!ズザザッ!

………アウトォッ!!!



穂乃果「うああっ!惜っしい~!」


希「あちゃあ…間に合わんかったか」


英玲奈「レフトからの返球が完璧だったな。少しでも逸れていればセーフだっただろう。立てるか?手を貸そう」


希「あ、どうもありがとう。……あっ…」

英玲奈「?、どうかしたか」

希「い、いえ、なんでも。それじゃ、ウチは守備に行きますね」


希「……」

絵里「ドンマイ希、惜しいプレーだったわ!はい、ミットよ」

にこ「なァに浮かない顔してんの。いい走塁だったし、今のは向こうが上手かっただけよ」バシバシ

希「絵里ち、にこっち、そうやないんよ。英玲奈さんの手、マメでカチカチやった。ウチらとは積み重ねてきた練習量が違うんやろなぁ…なんて思っちゃって」

絵里「希…」

にこ「ふん、いくら練習してたって負ける時はコロリと負けるのが野球よ。にこはUTXの選手たちはリスペクトしてるけど、だからって委縮してやるつもりはないわ。
英玲奈とあんじゅはともかく、他はUTXって言ったって二軍!バシっとやっつけて帰るわよ!」

絵里「さすがにこね」

希「ふふ、にこっちが言うとなんとなく含蓄ある風に聞こえるね」

にこ「おだてたってアンタたちには何も出さないっての。さ、残りイニングも下級生どもを引っ張ってくわよ!」

絵里・希「「おーっ!」」


~~~~~


凛『希ちゃん、穂乃果ちゃん、とっても惜しいプレーだったにゃ…ここからまた、どっちも点が入らなくなったよ』

ことり『疲れはあったけど、真姫ちゃんがケアしてくれたおかげで何とか7回8回と無失点で乗り切れました!そして6-4のまま、試合は最終回を迎えます』

♯13


【九回表】


真姫「フゥ…ロングリリーフのあなた、加藤さんだっけ?いい加減そのツーシームも見飽きたわ。この真姫ちゃんの天才的打撃で引導を渡してア・ゲ・ル」  スパン!   ぶんっ

空振り三振


凛「凛知ってたよ」

花陽「定期だね」

真姫「もう!なんで当たらないのよ!イミワカンナイ!」


~~~~~


凛(で、凛の打席だけど…どうすればいいのかイマイチわかんないにゃ~!)

英玲奈(叩きつけを狙うつもりはないか。ならば、守備を動かすまで)


ガキン! パシッ  アウト!


希「うーん、ポップフライかぁ。凛ちゃんはすっかり打撃を狂わされちゃったみたいやね」

にこ「アホなくせに考えすぎなのよ、あの子は。同じアホでも穂乃果の方が突き抜けてる分優秀ねー」

穂乃果「にこちゃんってばー、そんな褒めたら穂乃果照れちゃうよ」

真姫「……バカね」クルクル


海未「なかなかランナーを出せませんね…」

ことり「そうだね~。でも、みんな心配しないでね。ことりが次の回も抑えるから。海未ちゃん、キャッチボールの相手おねがいっ」

にこ「……」

海未「ことり…疲労は大丈夫ですか?」

ことり「うんっ!あと一回だし、大丈夫だよ」

にこ「………ことり!」

ことり「なぁに?にこちゃん」

にこ「にこは絶対に出塁するわ。だから、アンタはもうちょっと座って休んでなさい」

ことり「……うんっ、ありがとね、にこちゃん♪」


~~~~~

英玲奈(さて、二番の矢澤にこか。情報からイメージしていたよりも優秀な打者だ。非力ではあるが、選球眼は一流)

にこ(真姫、凛が凡退ですんなりツーアウト。捕手が英玲奈に代わってから出塁できたのは敬遠の希とラッキーヒットの穂乃果だけ…。ことりの体力もそろそろ限界、テンポよく三者凡退ってのだけは避けたいところね)

英玲奈(先の打席では策を弄して自滅してくれたが、それよりも厄介なのは…)

にこ(ちょっと不格好だけど、なりふり構ってられないわ)スッ…



穂乃果「あれ、にこちゃんのフォーム変じゃない?」

真姫「本当ね。なによあれ、元々ちっちゃいくせに、さらに小さく構えちゃって」

希「なるほどなぁ…考えたやん 、にこっち」

スチャ ピピピ
花陽「……1085。すごい…にこちゃんの野球力が倍近くまで跳ね上がってます!」

穂乃果「ええ?あの構えで野球力が上がるの?」

海未「おそらく、見ていればすぐに違いがわかると思いますよ」



英玲奈(……ふむ)サイン

加藤「……」シュッ

スパン ボール!


加藤「……!」シュッ

パシィ ボール!


加藤「……くっ!」シュッ

スパーン! ボール!

凛「あれっ、スリーボール?なんだか、あのピッチャー急にコントロールが悪くなったにゃ」

穂乃果「これって…あの構え方のせい?」

海未「その通り。ストライクゾーンはおおよそ打者の胸元から膝まで。体格によって流動的に変化するものです」

真姫「なるほど。身体の小さいにこちゃんのストライクゾーンは元々狭い。それが更に縮こまって構えたら、いくらUTXでも二軍投手のコントロールじゃ対応できないって訳ね」

希「ふふ、にこっちは見つけたんやね、自分に合ったスタイルを」

真姫(自分に合ったスタイル、か…)



英玲奈(さて、困ったな。スリーボールから二球、甘めのストライクで誘ってみたが、まるで手を出す気配はない)


加藤「………」イライラ


英玲奈(加藤さんは二軍とはいえ、決して制球力の低い投手ではない。だが、ここまで小さいゾーンに生きた球を投げ込めるかと言うと…、だ。そして…)サイン


加藤「ッ!」シュッ


にこ「…甘いわ」


カキッ コロコロ… ファール!


英玲奈(置きにいったストライクをカットされてファール。完全に出塁だけを狙っている。プラス、南ことりを休ませるための時間稼ぎか。カット狙いだが、振り切っているからバント判定にもならない…)

にこ(ふん、我ながらスーパースターとは程遠いプレースタイルね…。でも、後輩が頑張ってる。そんな時に格好つけてなんかいられないってのよ)


スパン ボール! フォアボール!


にこ「…よしっ!」

ことり「やったぁ!にこちゃんすごーいっ!」

穂乃果「有言実行だね!にこちゃんイケメーン!」

花陽「単なる四球じゃありません!英玲奈さんが出てきて以降で初の、完全な実力でもぎ取った出塁!しかもフルカウントに持ち込んでくれたおかげでことりちゃんに少しの休息時間も生まれています!これはとっても大きいです!」

絵里「ハラショーね!さあ続かせてもらうわよ、にこ!」


英玲奈(ふむ。矢澤にこ、なかなかの好選手だ。もっとも、投手がツバサならば力でねじ伏せるのも容易だろうがな…)


絵里「さぁ、来なさい!」

英玲奈(さて、絢瀬絵里との対戦に集中しなければ)

海未「ふむ…重要な場面ですね。ここで絵里が出塁すれば希に回ります。そして、六番の穂乃果も先程の打席で結果を出しています。仮にランナーが一二塁の場面で希に回ったとすれば、そう易々と希を敬遠もできないでしょう」

凛「……」モジモジ

花陽「もし希ちゃんを敬遠したとしても、塁が埋まると先読み守備を使いにくくなるもんね。絵里ちゃん次第では大チャンスです!」


絵里「Все под богом ходим…」

英玲奈(………?)


真姫「あっ、絵里がいきなりロシアぶってるわ」

海未「おや、なにやら統堂さんが困惑しているようです!いけますよ絵里!」

凛「……が、我慢できないにゃー!穂乃果ちゃん、凛トイレ行ってくるね!」タタッ

穂乃果「ん、ちゃんと手も洗うんだよー」

絵里「Береженого Бог бережет…」


希「絵里ち、なんて言ってるんやろ?真姫ちゃんわかる?」

真姫「ロシア語はわからないわ。でもさっき、熱心に何かをスマホで調べてたから、きっとロシア語の慣用句とかじゃない?」

ことり「あ、今覚えたんだね…」

希「なるほど、これは絵里ちがいくつ慣用句を暗記してるかが勝負やね。呟いてるロシア語が尽きたらきっとあの集中が途切れて、いつもの揺さぶりに弱い絵里ちに戻ってしまうと見たよ」

海未「ふむ、絵里に関して希が言うのなら、それで間違いないのでしょうね。であれば、長期戦は不利…という事ですか」


絵里「Хорошо…」


真姫「……ねえ、今のって」

穂乃果「今のは穂乃果でもわかるよ。ハラショー!」

希 「ウソやろ絵里ち!もうロシア語ストックなくなってもうたん!?」


カキィン!


ことり「あっ打った!」

海未「一二塁間、セカンドに打球を抑えられましたが深い位置です!これは間に合うか!」


ズザザッ!


穂乃果「ヘッドスライディングだ!………やった!セーフ!セーフ!!内野安打だ!」

真姫「ロシア語がちょうど尽きる直前に決められて良かったわね…」

花陽「ここで希ちゃん!チャンス!大チャンス到来ですっ!」

ことり「希ちゃんおねがいっ」

希「よっしゃ!ウチに任しとき!」

穂乃果「穂乃果にランナー残しておいてくれてもいいからね!」

希「ふっふー穂乃果ちゃん、それはできん相談やなぁ。綺麗に掃除してくるよ!」

穂乃果「頼れるぅー!」

希「さてさて、カードの暗示は…『吊るされた男』…? ふぅん…、ま、とりあえずバッチリ点入れて、試合決めてくるからね!」

花陽「楽しくなってきたね凛ちゃん!って、あれ…凛ちゃん?」

穂乃果「あ、凛ちゃんトイレに行くって言ってたよー」

海未「え、トイレですか?全く、ツーアウトだと言うのに…」

真姫「この球場、ベンチからトイレまで地味に距離があったわよね。凛ったら、迷ったりしてないかしら?」

花陽「ち、ちょっと心配かも…私、迎えに行ってくるね」

真姫「私も行くわ、花陽」


~~~~~


ジャー

凛「ふんふんふ~♪にゃんにゃんにゃ~♪…ってあれ、かよちんと真姫ちゃん。二人もトイレ?」

真姫「手を洗いながら鼻歌なんて歌っちゃって呑気なもんね…凛が道に迷ってないか心配して二人で探しに来てあげたんだから」

凛「えー?凛、そんな迷ったりしないよ!トイレを出て左に戻るだけだし」

花陽「り、凛ちゃん。左に行ったらベンチと反対方向だよ?」

凛「あ、あれ?そうだったっけー?」

真姫「ハァ、まったくー…早く戻りましょ。絵里が出塁してね、今は希の打席なのよ」

凛「おー大チャンスにゃ!」


花陽「……えっ?…えええっ!?」


真姫「花陽?」

凛「かよちんどうしたの?」

花陽「希ちゃんの野球力が…消えた…!」

凛「え、ええっ?」

真姫「野球力が消える?そんなことがあるの?」

花陽「そんなはずは…スカウターの故障?でも他のみんなの野球力はちゃんと表示されて……あ…まさか、デッドボールで大怪我とか…!」

凛「かよちん真姫ちゃんっ!急いで戻ろう!」

※ミス訂正

>>89

>海未「ふむ…重要な場面ですね。ここで絵里が出塁すれば希に回ります。そして、六番の穂乃果も先程の打席で結果を出しています。


六番の穂乃果→五番の穂乃果

♯14


穂乃果「の、希ちゃん…」

ことり「嘘…こんなのって…」


タタタッ

凛「希ちゃーん!」

真姫「希!」

花陽「希ちゃん!大丈夫!?って…あれ?」

真姫「なによ、希は普通に打席に立ってるじゃない。心配して損したわ」

花陽「待って?なんだか希ちゃんの様子が…」


英玲奈「…」サイン

ピッチャー田中「…」コクリ

シュッ スパン! ストライク!


真姫「え、見逃し?」

穂乃果「ああっ!追い込まれちゃったよー!」

ことり「希ちゃ~ん…!」

凛「の、希ちゃんどうしちゃったの?今のなんて希ちゃんなら簡単にホームラン打てそうなボールだったよ?」

真姫「ピッチャーが代わってるわね。リリーフ?」

穂乃果「う、うん。あのピッチャーの田中って人に代わった途端、希ちゃんの様子がおかしくなっちゃって…」

スチャ ピピピ…
花陽「田中さんの野球力は910…そしてあの投げ方、たぶん本職の投手じゃないはずです。希ちゃんが打てないような投手には見えないのに、どうして…」

英玲奈「カウントは0-2。振らなくていいのか?東條さん」

希「駄目…駄目や…ウチじゃ打てない…」ガタガタ

英玲奈(どうやら、投手交代の効果は覿面だったようだな)サイン


絵里「おかしい…あんな風に怯えた希なんて見た事がないわ。一体どうしちゃったの…?」

にこ「希ぃ!!振るのよ!なんでもいいから振りなさい!!」


希「そ、そうや、振らんと… 」

ブンッ  ストライクスリー! バッターアウト!!


希「うう…」ガクッ

絵里「嘘…、希がど真ん中のストレートを掠りもせずに空振りなんて…」


海未「統堂英玲奈!貴女は…希に一体何をしたのです!!!」


英玲奈「園田さん、そう怒鳴らないでくれ。少しばかりの分析と、対策をさせてもらっただけだ」

海未「分析と対策、ですか…?」

英玲奈「オカルト打法の東條希。打席前にタロットを引き、アルカナに沿った大打者をその身に憑依させて打つ。なるほど、恐ろしい打者だ。だが、一度冷静になるべきだ。現実に、そんなオカルトが有り得るのだろうか?」


英玲奈「野球というのは運の要素も大きく絡む競技だ。故に、験を担いだり、ジンクスに従って行動する選手は少なくない。一流のプロであってもだ」


英玲奈「その一環として、打席前のルーティン動作がある。かのイチローが腕を掲げる動作を知らない者はいないだろう。
ルーティンというものは、一定の動作を行う事で自身の雑念を払い、集中力を高める目的で行われる事が多い。いわば、一種の自己暗示といったところ」


英玲奈「そこで私は考える。東條希のタロットによる憑依、オカルト打法。その実態はオカルトではなく、自身の運動能力を飛躍的に高める程に強力な自己暗示行為なのではないかと」


英玲奈「その仮説から導き出される東條希の人物像……情緒豊かでイメージ力が高く、自身への抑圧傾向。総じて、被暗示性が高い性格と見て取る事ができる」


英玲奈「で、あれば。彼女の被暗示性を逆手に取ってやればいい。東條希がオカルト、スピリチュアルを信奉し、強烈な自己暗示を施すための精神的基盤とは何か?
それはおそらく、神田明神で巫女として働くことで、神の加護を受けているという意識だろうと予想できる」


英玲奈「さて、それを崩すためにはどうすべきか。幸運なことに、UTXの二軍には田中とい う選手がいる。彼女の実家は都内有数の大きな寺だ。
かたや神社の従業員、かたや住職の実子。仏教と神道の違いはあれど、神格は後者の方が高いのではないだろうか?」


英玲奈「田中さんをマウンドへ登らせ、ユニフォーム下に数珠を覗かせる。怪訝な様子の東條希に、田中さんは寺の子供であると囁いてみせる。結果はご覧の通り。オカルト崩し、完成だ」


海未「なんと…そんな方法で希を抑えてくるとは!」

穂乃果「な、長い…何を言ってるのかわかんないよぉ…」


田中「摩訶般若波羅蜜多心経」


絵里「えっ、何?」


田中「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳…」

英玲奈「フッフ、田中さんの徳の高さをその身に受けるがいい」


希「うあぁぁぁあウチのスピリチュアルパワーが浄化されてうぐあああぁぁぁ!!!」

絵里「ひぃいいッ…怖い!!」

凛「な、なんか怖いにゃ~!!」

にこ「浄化って何よ!あと絵里と凛までビビってんじゃないわよ!」

真姫(般若心径を唱え始めるピッチャーって普通に怖いけどね…)クルクル


~~~~~

希「みんな、ほんとごめんな…せっかくにこっちと絵里ちが作ってくれたチャンスやったのに…ウチのせいで」

海未「気にしては駄目ですよ、希。全ての打席で打てる選手なんてプロにもいないのですから」

凛「そうにゃそうにゃ~」

希「それはそうなんやけどね…」


ことり「のーぞーみーちゃんっ♪」ワシッ


希「きゃああっ!?こ、ことりちゃんっ!?」

ことり「心配しなくたっていいんだよ?希ちゃんが四点も取ってくれたおかげで、ことりはここまで投げてこられたんだから♪」ワシッ

希「ちょっ、うぁっ!あ、あんま揉んだらダメ…って…あれ?」

ことり「ん~?どうかした?」ワシワシ


希(……ことりちゃん、右手の握力が弱くなってる。当たり前やけど、やっぱりすごく疲れてるんよね…。なのに、凡退したウチに気を遣って明るく振る舞って…)


希「ことりちゃん…ありがとな?」

ことり「…? うん、こちらこそっ♪」

穂乃果「さあっ!あとアウト三つだよ!みんな気を引きしめて守っていこうねっ!」


全員『おおーっ!』


にこ(けど正直、大会前に希のオカルト打法が崩されたってのは痛いわね…どこにでも真似できる方法じゃないけど…)

♯15


田中「礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提故知般若波羅蜜多是大神咒是大明咒是無上…」


スパーン! ボール フォアボール!


海未(なっ!い、今のは入っているでしょう!?)


(・8・)「ッ……」


花陽「内野安打、サードフライ、センター前ヒット、三振、そして田中さんへの四球…」

凛「ツーアウトだけど…満塁はちょっとヤバくないかにゃ?」

希(ことりちゃん、やっぱり疲れは隠せんね…ウチが打ててれば、ってのは今は言いっこなしや。守備に集中せんと!)

絵里「代わってあげたい…だけど練習試合なんだし、ことりが投げ切りたいと言った意思を優先すべきよね」

穂乃果「ことりちゃん、 あと一息!三塁に打たせていいからねっ!」

真姫(き、緊張する…出来ればこっちには打球を飛ばさないでほしいわ…)

にこ「二点リードの九回裏、ツーアウト満塁。ここで回っちゃうのね…」


海未「優木あんじゅ…。審判、タイム願います」


『タイム!』


あんじゅ「あら、私の出番なのね」

英玲奈「そうだ。おあつらえ向きの舞台だろう?」

あんじゅ「うふふ…楽しんでくるわね」

『プレイ!』


海未(この場面…二点差…打者は優木あんじゅ)

(・8・)(これは練習試合だけど…)

海未(勝ちに行かせてもらいます!)スッ


あんじゅ「あらあら、立ちあがっちゃって」

英玲奈「ほう、敬遠か」


海未(満塁ですが、ここは敢えて敬遠の押し出しを選択しましょう。それでもまだ一点リード。今の状態で優木あんじゅと対戦するよりは賢明なはず!)


スパン ボール! スパン ボール! スパン ボール!


あんじゅ「ん~、本当に敬遠なのね。このまま歩かされるっていうのも、なんだかつまらないわ?」


海未(貴女の雑談には付き合いませんよ、優木あんじゅ。これでスリーボール。敬遠球を失投、というのもままある事。気を抜いてはいけませんよ、ことり)

(・8・)(大丈夫、わかってるよ海未ちゃん)シュッ


あんじゅ「えい」 ブンッ スパン ストライク!


海未(えっ、振った?)


あんじゅ「う~ん、当たらないわね?」


海未(なんですか、この方は…一体何を考えて)

(・8・)(ダメだよ海未ちゃん、惑わされずに。もう一球行くよ)シュッ


あんじゅ「やあっ」 ブン! スパン ストライーク!


あんじゅ「当たらないわね?うふふ…」

海未(ふむ…勝負しろ、と言いたいのでしょうか。誘いには乗りませんよ)

穂乃果「ことりちゃん海未ちゃん!ツーストライクだよ!ラッキーラッキー!」

(・8・)(ふふ、穂乃果ちゃんかわいいなぁ)

海未(難しく考えてしまいそうな場面、穂乃果の明るさには本当に救われます…。シンプルに、シンプルに)


海未(さあことり、もう一球ボール球です!)

(・8・)(わかったよ、海未ちゃん!)


あんじゅ「ツーアウト満塁 、そしてフルカウント」


海未(優木あんじゅの動きは気にせず敬遠するまでの事。振るなら振りなさい、バットが届かず三振でゲームセット。それまでの事です!)

(・8・)「えいっ!」シュッ


あんじゅ「これ以上ないほど完っ全にフルハウス…!」


海未「な、完全にフルハウス…!?」


英玲奈「…勝ったな」




カキィィィィン!!!!!!

海未「そんなっ!」

希「片足をラインギリギリまで踏み出して、片腕を伸ばして敬遠球を叩いた!?あ、ありえんやろ!」

花陽「ライトに打球がぐんぐん伸びて!絵里ちゃん!」

絵里「お、追い付けないっ…っていうか、これ…!」



ガツンッ 



絵里「……打球がファールポールに当たったわ。これは…」

にこ「……ホームラン。逆転満塁サヨナラホームランよ」

ことり「あ、ああ…」ガクッ

海未「や…やられ、ました…っ」ガクリ


あんじゅ「劇的ね~。嬉しいわぁ」

英玲奈「よくやったぞ、あんじゅ」


海未「ごめんなさい、ことり…私が敬遠などと言い出さなければ、こんな事には…」

ことり「……ううん、海未ちゃんのせいじゃないよ…。私も敬遠に賛成したんだから…」

タタタッ
穂乃果「海未ちゃんっ!ことりちゃんっ!」

海未「穂乃果…っ」

ことり「…ごめん、打たれちゃったよぉ」

穂乃果「二人とも……お疲れ様っ!!」ギューッ

海未「ほっ、穂乃果っ!?」

ことり「穂乃果ちゃぁん?」

穂乃果「初めての試合でこんなに頑張れるなんて二人ともすごい!すごいよ!まあ、最後は打たれちゃったけどさ?でもでも、とっても格好良かったよ!」

海未「……ありがとうございます。穂乃果にそう言ってもらえると、幾分慰められます…」グスッ

ことり「っ……悔しい…穂乃果ちゃん、悔しいよぉ…」ポロポロ

穂乃果「よしよし…青春青春!……あんまり泣くと、穂乃果まで泣きたくなっちゃうよ?」グス


絵里(良かった、穂乃果が上手にフォローしてくれたわね…。さすがキャプテンね)


にこ「ほらアンタたち、試合終わりの挨拶よ。整列行くわよ!」

♯16


全員『ありがとうございましたっ!!!』


~~~~~


絵里「さて、挨拶も終わったし、使わせてもらった場所の片付けをしてから帰りましょうか」

海未「学校へ戻ったら反省会ですね。敗戦を糧にしなければ!」

穂乃果「うええ、海未ちゃん真面目~。今日は疲れたし明日で良くない?」

海未「駄目です。鉄は熱いうちに叩け!今胸の中にある悔しさが冷めないうちに自らを省みる事で一層の成長が得られるのです!」

穂乃果「ええ~…」

凛「かよちん真姫ちゃん、ベンチ裏のジュース美味しかったからもう一杯飲んでおこうよ」

真姫「ちょっと、今から片付けって時にゴミを増やしてどうするのよ」

花陽「あはは、すぐに片付ければ大丈夫じゃないかな」


英玲奈「ああ、どうせ掃除は業者がやってくれる。片付けなどは気にしてもらわなくて構わないぞ」


花陽「ほら、英玲奈さんもこう言って……って英玲奈さんっっ!!?」

真姫「む…なによ、敗者に慰めの言葉でも掛けに来たわけ?そんなのいらないわよ」クルクル


英玲奈「そんなつもりではないさ、西木野さん。少しばかり、君たちに話があってね」

絵里「話、ですか?」

あんじゅ「そ。あと、宣戦布告のお返事もね?」

ことり「宣戦布告って…」

希「にこっちと真姫ちゃんがしたんやったね」

にこ「生意気な口利いて申し訳ございませんっしたぁっ!!」ゲザァ

凛「出たァ!にこちゃんのフライング土下座にゃ!」

花陽「すごい速い!残像が見えたよぉ!?」

にこ「真ァ姫ちゃん!アンタも頭下げなさい!」

真姫「いッ、嫌よ!悪い事なんてしてない!っていうかにこちゃん卑屈すぎ!」

英玲奈「頭を上げてほしい、矢澤さん。我々に対して真っ向勝負を挑んでくるその姿勢、とても嬉しかったんだ」

あんじゅ「そして、口だけのチームでもなかった。今日の試合、とっても楽しかったわ」

英玲奈「君たちチーム全員に見るべき点があった」

花陽「えっ、全員…?わ、私にもですか…?」


英玲奈「小泉花陽。見るべきは正確無比な守備時のポジショニング。自身では気付いていないかもしれないが、通常ならばヒット性の当たりを二本アウトにしていた。
難度の高いプレーをシンプルにこなしてみせている。おそらくは、その深い野球観から成せる技術なのだろう」


花陽「ほ、ほ、褒められちゃったぁ…英玲奈さんに…」

ことり「花陽ちゃん、良かったね~♪」


英玲奈「南ことり。改めて挙げつらうまでもないかもしれないが、絶対数の少ないサブマリン。それ自体が既に価値を成している。
加えて独自の変化球、あれの精度が上がれば初見で捉えられるチームは多くはないはずだ。マウンド上でのポーカーフェイスも投手としての高い資質、評価されるべき点だ」


ことり「わぁ、ありがとうございます!」

英玲奈「全員逐一挙げていたのではキリがないが、本当に、それぞれに特徴のある良いチームだと感じたよ。お世辞などではなくな」

あんじゅ「うふふ、まだまだ粗削りだったけどね?」

穂乃果「えへへ、チームを褒められて悪い気はしないね~!」

海未「それで…お話がある、というのは?」

英玲奈「ああ。私とあんじゅから、君たち音ノ木坂学院に頼みたい事がある」

真姫「私たちに頼み?」




―――カツン カツン カツン




希「ん、足音?」

あんじゅ「あら…?ベンチ裏の通路から誰か出てき……えっ?」


ツバサ「英玲奈、あんじゅ、ヤッホー♪」


希「……綺羅、ツバサ?」

にこ「え?……きっ、きゃあああああ!?ツバサ!ツバサよ!!!」

花陽「ほ、ほ、ほ、ほ、本物の生ツバサさんッ!!!??生ツバサさんの生声を拝聴させていただいてもよろしいんですかッ!??」

真姫「二人ともうるさい」

絵里(これが綺羅ツバサ…以外と小さいのね。身長…にこと同じぐらい?)

海未(『魔術師』 綺羅ツバサ、ですか…)

ツバサ「来ちゃった!」エヘッ


あんじゅ「え…な、なんで!?」

英玲奈「つ、ツバサ…!君は完全休養日のはず…何故ここに?」

ツバサ「なによその反応はー。腐れ縁のチームメイト二人が二軍戦に出てるって言うから寮からすっ飛んできたんだから?」

英玲奈「……そうか…あ、ありがとう」


希(え、なんや…これ。英玲奈とあんじゅの二人が怯えてる…?)


ツバサ「で、で?なんとか学園とは何回コールドだったの?」

英玲奈「音ノ木坂学院、だ」

あんじゅ「あ、あのねツバサ…試合はコールドじゃなくて…」

ツバサ「えーっと、スコアボードは~……8対6…?なにこれ、大接戦じゃない。二人とも出てたのよね?」

英玲奈「……私は五回から」

あんじゅ「わ…私は最初から…でもホームランは二本打ったのよ」

ツバサ「ふーん……ま、打つ方は8点取ってるなら最低限かしら。物足りないけど。で、英玲奈が出場した五回以降は無失点、か」

あんじゅ「そ、そうなの!私と英玲奈はベストを尽くしたわ!」

ツバサ「あー初回に4点も取られちゃったのね。で、もう2失点…」

英玲奈「……佐藤さんが立ち上がりを打ち込まれてしまった。彼女には既に三軍への降格が通達されている」

佐藤「………」

ツバサ「え、佐藤さん?誰だっけ、それ」

佐藤「……ッ!?」

英玲奈「……おいツバサ、同級生の佐藤さんだ。一年の頃から切磋琢磨してきただろう?」

ツバサ「へぇ~」

あんじゅ「つ、ツバサ…そんな、へぇ…って」

ツバサ「佐藤さんね…忘れちゃった。ま、いいわよね。三軍なんて覚えてなくっても」


佐藤(ブチッ!)


佐藤「綺羅ツバサぁぁア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!!」


英玲奈「やめろ!佐藤!」


佐藤「死゛ね゛ェェッ!!!」シュッ!!


にこ「あっ顔面にボールを!」

あんじゅ「ツバサ!危ない!!」

ツバサ「え、何が?」パキッ!!



…………コーン、コーン…コン…



あんじゅ「……嘘ぉ」


佐藤「そ、そんな…っ…!」


英玲奈「至近距離から顔面への速球を…おもむろにボールペンで打ち返してスタンドへ、か……。相変わらず、凄まじい」


ことり(えっなにちょっとあれありえなくない?ボールペンだよ?硬球だよ??)

海未(し、信じられません…)

絵里(…なんで内ゲバの現場に居合わせちゃってるのかしら…気まずいわ)

希(この発言権のない雰囲気、苦手やなぁ…)

穂乃果(お腹減ったなぁ…)

凛(穂乃果ちゃん穂乃果ちゃん、帰りラーメン行こうよ)

穂乃果(凛ちゃん!直接脳内に!?)

ツバサ「あっぶなー…このボールペンが金属製じゃなかったら怪我しちゃってたかも。そこの投げてきた人、あなた誰?危ないじゃない!硬球って石みたいに硬いんだから!」


佐藤「あ…ああ…あ…」ガクッ


あんじゅ(佐藤さん…心が壊れちゃったのね。可哀想だけれど…もう駄目ね)

英玲奈(…ツバサは決して嫌がらせで発言しているわけではない。本気で佐藤さんの事を記憶していないんだ)

英玲奈(自分が興味を持てないものへの記憶に脳の容量を一切割いていない。そうして、常人よりも大幅に余った脳の力の全てを野球の能力に注ぎ込んでいる)

あんじゅ(そしてそれはもちろん、私と英玲奈も対象。ツバサから取るに足らない存在だと思われてしまったその時…私たちはツバサの認識から消える)

あんじゅ(私も英玲奈もツバサの事は好き。子供みたいに楽しそうに野球に向き合うツバサをそばで見ているのが大好き。この小柄な天才がどこまで行けるのかをずっと見守っていきたい)

英玲奈(だからこそ、私たちはツバサが恐ろしい。忘れられないため、切り捨てられないために……私たちは確実に結果を残し続けなければならない)

ツバサ「もう、二人ともなんか表情硬いわよ?試合で疲れちゃった?」

あんじゅ「大丈夫、大丈夫よ…うふふ」

ツバサ「そう?ならいいけど。……ん?」


ツバサ「そこのアナタ」


英玲奈(な!?ツバサが見ず知らずの他人に興味を示した!?)

穂乃果(ねえ、穂乃果は今日はピリ辛の担々麺な気分だよ、凛ちゃん)

凛(凛は二郎でガツンと大豚W気分なんだけどなー)

穂乃果(あ、それもいいかも?)

ツバサ「ねえアナタ、サイドテールのアナタよ」

穂乃果「ふぇあ!?ごめんなさい!ラーメンの事を考えるのはやめます!!」

真姫(何言ってるのよ、穂乃果…)クルクル

ツバサ「ねえあなたの名前は?」

穂乃果「わた、私ですか!こ、高坂穂乃果です!」

ツバサ「学年は?ポジションと打順は?打席と利き腕は?パン派?ごはん派?」

穂乃果「え、ええ!?二年で五番サードで右投右打で断然パン派です!」

ツバサ「そうなんだ!そうなのね!ね、ラーメン食べたいの?」

穂乃果「えっ食べさせてくれるの!?」

英玲奈「おいツバサ…その辺りにしておけ」

海未「こら!穂乃果!失礼はやめなさい!」

凛「い、いいなー!凛もラーメン食べたいです!」

ツバサ「私は高坂さんと話をしているの。その他は黙っててね」

凛「え…あっ…ごめんなさい…」

ムカッ
花陽「い、いくらツバサさんでも凛ちゃんに失礼な口を利いたら許しませんよ!測定してやる!(スチャ)」

ピピピ…ピピピピピ!!
花陽「野球力2000…いや2500…3000…!5000…!?13000…?!!ええっ!まだ上がっちゃうのぉ!?」パリンッ!

凛「ああっ!かよちんのスカウター眼鏡が粉々に!」

真姫「は、花陽…!?野球力13000以上って…な、なによそれ、桁が違うじゃない!」

ツバサ「穂乃果さん、お友達になりましょ?UTXのカフェテリアに美味しいラーメンがあるの。ご馳走するわ」グイッ

穂乃果「え、ええ、えっ?でもみんなが…」

ツバサ「穂乃果さん、あなたUTXに入ってよ。私が働きかければすぐに転入手続きも済むわ」グイグイ

穂乃果「つ、ツバサさん!?なにを、ほ、穂乃果…頭がついていかないんだけど…ひ、引っ張らないで…」

ダンッ!

海未「あなた、いい加減にしてください。私の友人が困っています」ギロッ

ことり「ほ、穂乃果ちゃんから手を離してください!」

ツバサ「………」

穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん…なんかよくわかんないけど助けてー…」

にこ「あの、ツバサさん。このアホ、これでも音ノ木のキャプテンなんで。引き抜きとかそういうのは困るんです。うちとそちらは、敵!なんですから。おら穂乃果!こっち来なさい!」

希「お、にこっち言うやん!ほら穂乃果ちゃん、ウチの後ろに隠れとき」

穂乃果「うう、希ちゃーん…」

ツバサ「……ちょっとちょっと穂乃果さん。私は仲良くしたいだけよ?みなさん退いてもらえる?そんなバリケードみたいに立ち塞がっちゃって」

絵里「ねえ、やめてもらえますか?穂乃果は困っているわ。それ以上音ノ木坂の生徒を困らせるようなら、私は生徒会長として穂乃果を守ります」

真姫「いきなり転入とか…頭沸いてる?」クルクル

あんじゅ「ね、ねえツバサ…いきなりどうしちゃったのよ…迷惑かけちゃってるわ?」

ツバサ「…はー、めんど」



ツバサ『   全員、黙ってて   』



シィ…   ン…



絵里(な、なんなの…!この人の迫力は!?)

希(なんや…これ!気圧されて…体が痺れたような!)

真姫(ヴェエ…!なんかあいつだけ世界観違うんだけど?!)

花陽(こ、声が出ないよぉ…!)

ツバサ「……穂乃果さん」

穂乃果「っ、つ、ツバサさん…?なんで、穂乃果の顔に手を…?」

ツバサ「クスッ…やっぱり。あなたは動けるのね、私のプレッシャーの中で」スッ


にこ(えっ?ちょ、穂乃果の顔にツバサさんの顔が近付いて…!?)

ことり(えっ!えっ?えっ!?やめてやめてやめて!!!)

海未(嘘でしょう!?嘘でしょう!!?やめてください後生ですから!!!)

あんじゅ(つ、ツバサぁ!?)

英玲奈(やめるんだ!ツバサ!)



……チュッ



穂乃果「!!??!?!??!?!」

ことり(ぴいいっ!!?!このアマっ!!やりやがった!!ビッチ!!アバズレ!!ことりのおやつにしてやろうか!!?)

海未(あああああ…このチビ女…このデコ女…!私の穂乃果になんてことを…!穂乃果がに、に、妊娠してしまいます…!!!)

凛(凛たち、野球しにきたんだけどなぁ)


穂乃果「え、あ…あ…ぅ…/////」

ツバサ「穂乃果さん。私、ようやく見つけたの。私と同じ高みに立てる人を」

穂乃果「たか…み…?」

ツバサ「試合の中で、英玲奈やあんじゅのプレーを見て、あなたも思わなかった?大したことないなって」

英玲奈・あんじゅ(ッ…!)

穂乃果「た、大した事ないとは思わないけど……同じぐらいのことなら、穂乃果もそのうち出来るよ…って」

希(そ、そうなん…!?)

ツバサ「でしょうね。あなたの潜在能力は私に匹敵するんだもの。当然よ」

絵里(穂乃果が!?そうなの!?)

ツバサ「英玲奈、あんじゅ。勘違いしないでね?決して二人を貶めているんじゃないの。二人の事は大好き。プレイヤーとしても尊敬している。……けどね、二人と私は、決して同格じゃない」

英玲奈(………その通りだ、残念だが)

ツバサ「私はね、恒星なの。英玲奈とあんじゅ、他のチームメイトたちは私に連なる惑星。種類が違う。だけど見つけたわ、穂乃果さん。あなたも私と同じ恒星。自ら光を放てる太陽よ」


希(『太陽』…穂乃果ちゃんのタロット…)


穂乃果「……太陽とか惑星とか…よくわかんないけど…」

ツバサ「わからなくていいわ。私が言いたい事はただ一つ。一緒に来なさい、穂乃果さん」


穂乃果「………」

穂乃果「……ツバサさんの気持ちはわかりました。多分だけど…私なら、ツバサさんと高めあう存在になれる」

ツバサ「穂乃果さん!わかってくれるのね!じゃあ!」


海未「ぅ、うう!うぁあ゛!」

英玲奈(園田海未!プレッシャーを破った!?)

海未「穂乃果!!行かないでください!」

ことり 「チ゛ュ゛ン゛ッ゛!そうだよ穂乃果ちゃんっ!ダメっ!行っちゃだめ!!」

あんじゅ(南ことりも!?)


穂乃果「……私は、ツバサさんの孤独、なんとなくだけど、わかってあげられると思います」

ツバサ「そうよね穂乃果さん。あなたも本質は私と同じよ」


穂乃果「……だから!私はツバサさんを倒してみせます!音ノ木坂のみんなと一緒に!」


ツバサ「え…?は!?話の前後が繋がってないわ!ダメよ、UTXに来なさい!」

穂乃果「だって、一緒の学校じゃ、大会でツバサさんと勝負できませんから!」

ツバサ「……勝負?」

穂乃果「多分だけどツバサさん…、野球は大好きでも、野球での勝負を楽しんだ事ってないよね?」

ツバサ「勝負を楽しむ?ええ、ないわ。負けるはずのない相手を圧倒し、ねじ伏せて、叩き潰し、勝つべくして勝つ。それが勝負よ」

穂乃果「やっぱり!それってすっごくもったいないよ!私がツバサさんに勝負の楽しさを教えてあげる!それでね、もし負けたらツバサさんの言う通り、UTXに転入します!」

絵里(穂乃果…何を…)

ツバサ「…勝負。……ねえ穂乃果さん、それじゃ大会が終わっちゃうの。一緒に野球ができないわ」

あんじゅ(そう、私たちは三年。次の夏の大会で引退…)

穂乃果「私ね、野球じゃなくたってツバサさんとは友達になれると思うんです」

ツバサ「……友達に」

穂乃果「だから、約束します!もし負けて穂乃果が転入したら、ツバサさんが卒業するまでの残りの半年を最高に楽しい時間にしてみせるって!」

ツバサ「………」

穂乃果「けど、負けません!絶対に!」

ツバサ「ふぅん…?要するに、負ける気はないってワケだ。その素人の寄せ集めチームで」

穂乃果「うん、負けません。穂乃果がいなくなったら寂しくて死んじゃうかもなあって感じの、愛が重い幼馴染みが二人もいるから」


海未「穂乃果ァァ!!」

ことり「ハノケチェェン!!」


ツバサ「ふふ…あっはははは!穂乃果さん、言ってる事はよくわからないけど、やっぱりアナタって面白い!いいわ、その条件飲んであげる」

希(なんか偉そうやけど…この子、終始めちゃくちゃな事しか言ってないなぁ…)

ツバサ「そして、約束するわ。必ず音ノ木坂を叩き潰して、貴女を迎えに行くと。それじゃあ、また大会で会いましょ」

穂乃果「勝負だよ、ツバサさん。私、負けませんから!」

ツバサ「ふふっ……あ、そうだ。参考までに教えてあげる。私の野球力は53000よ」

凛(ご、53万!?)

花陽(53,000だよ凛ちゃん。フリーザじゃないよ)



ツバサ「バイバイ」



――― スタ スタ スタ …




英玲奈「……ツバサは野球に、自身の才能に取り憑かれている。私たちから恥を忍んで頼む」

あんじゅ「ツバサを…敗北させてあげて。お願い…」

♯17


【部室】


凛「暇だよ~…」

穂乃果「暇だね~…」バリ…ボリボリ…

ことり「雨、止まないねえ」ギッチョギッチョギッチョギッチョ


真姫「……」イライライライラ


絵里「今週はずっと雨ね…せっかくUTX戦で色々な経験が積めたのに…」カリカリ…カリ…

凛「テンション下がるにゃ~」カション

希「筋トレも今日の分は終えちゃったしなぁ。オーバーワークは逆効果やし……(パキン)あ、ホームラン」

凛「ま、またやられたにゃー!?」

穂乃果「おお~」バリボリ

ことり「希ちゃん野球盤上手だねぇ」ギッチョギッチョギッチョギッチョ


真姫「………」イライライライラ


ことり「真姫ちゃん?体調悪いの?」ギッチョ…ギッチョギッチョギッチョ

真姫「あんたたち全員うるさいのよっ!!穂乃果はせんべい!凛と希の野球盤!ことりのハンドグリッパー!絵里の宿題!」

絵里「私は宿題やってるだけなのに!?」

真姫「あ…ま、まあ、絵里の宿題はいいわ。他よ!特にことり!それうるさい!」

ことり「ご、ごめんね?でも、試合終盤に変化球のキレが落ちてたから握力を鍛えなさいって言ってこれをくれたのは真姫ちゃん…」

真姫「今はうるさいの!」

希「あれやんな?真姫ちゃんはここ数日にこっちと全然会えてないからイラついてるんよね?」

真姫「べっ、別に !違うわよ!なんでにこちゃんなんか!」

凛「なぁんだ、いつものかにゃ。それなら凛だって、かよちんと放課後バラバラで寂しいよ~」

穂乃果「だったら穂乃果だって!海未ちゃんが視聴覚室に籠っちゃってて寂しい!」

ことり「だよね~…」

絵里「この雨で練習できないしで、野球に詳しいにこと花陽、捕手の海未の三人でずっと色んな映像とかデータをまとめてくれてるのよね」

希「ウチはさっき差し入れ持っていったけど、あの部屋には長居できないなぁ…スクリーンで試合の映像が延々と流れてて、大量のスコアシートとかが机の上に散乱してたよ」

凛「凛はあんな数字とかデータまみれの部屋にいたら一時間もしないで頭がおかしくなっちゃうよ!」

真姫「UTXのここ数年の試合データとかを全部集めたみたいね。どこから持ってきたんだか…」

絵里「作業を手伝おうとしたんだけど、OPS、IsoDとかWHIPだとか、データが細かすぎてね…にわか知識じゃかえって邪魔になりそうで退散したわ」

穂乃果「数字の海って感じだったね。ぞっとしないや…。あーもう、海未ちゃんと会いたいよ~!」


ガチャッ


海未「私がどうかしましたか?」

穂乃果「あっ、海未ちゃんっ!」

ことり「うふふ、穂乃果ちゃんは海未ちゃんが大好きって話だよ」

海未「なっ、わ、私のいないところで何の話をしているのですか!」

穂乃果「海未ちゃんっ!君を愛してるぅっ!」ギュッ

ことり「ことりも~」ギュッ

海未「は、恥ずかしいです!やめてください!」

希「と、言いつつ頬がゆるゆるやね」

にこ「ほら、どいたどいた!ったく、アホの二年生トリオは入口でイチャついてんじゃないわよ」

花陽「みんなお待たせ~。試合データとかのまとめがやっと終わったよ!」

凛「かーよちーん!!寂しかったよぉお!」ギュウゥゥ!

花陽「り、凛ちゃぁん!ごめんねぇ!」ギューッ!

真姫「別に、毎日教室で会ってるじゃないの…」

絵里「ほら、真姫もにこに抱きつかなくっていいのかしら?」

真姫「う゛ぇぇ!?わ、私は別にっ!」

にこ「なに?真姫ちゃんったら、にこにーと会えなくて寂しがってたわけ?」

真姫「チガウワヨ!」

にこ「ふふん、可愛いとこあんじゃないの。まっ、にこにー分を摂取できなくて禁断症状を起こしちゃうのは当然っちゃ当然だし?別に驚かないっていうか?とりあえず頭撫でといてあげる。ほら真姫ちゃーん、よしよーし♪」

真姫「ヴェエ…!イ、イミワカンナイ!」

希「嬉しそうやねぇ」

にこ「さて、全員で視聴覚室に行くわよ。映像見せながら説明する事が色々あるから」


【視聴覚室】


海未「えー、ゴホン!それでは、先ほど花陽が言ったようにデータの解析が終わりました。その多くは捕手である私と、投手のことり、絵里が知っておけばいい内容なので、それについては後で二人に資料を渡そうと思います」

ことり「はーい」

絵里「了解よ」

海未「と、それは一旦置いておきまして。優木あんじゅの『フルハウス打法』 の概要が掴めましたので、全員で共有しておこうかと思います。花陽、映像をお願いします」

花陽「ええっと…じゃあみんな、スクリーンを見てね」

穂乃果「お、あんじゅさんの打席の映像だ」

希「これはこの前の試合?」

にこ「そうよ。まあ映像はイメージしやすいように流してるだけだから、しっかり見なくても大丈夫よ」

ことり「あ、これは最初の打席だね」

にこ「絵里の落球は面白かったわよね~」

絵里「もう、にこ…からかわないでよ。あれ恥ずかしかったんだから…」

穂乃果「あはは、あの打球はしょうがないよ~」


真姫「………エラーチカ」ボソッ


希・ことり「ブフッ!」

絵里「ちょ、ちょっと真姫!希とことりも!」

真姫「ご、 ごめんエリー。思いついちゃって、つい」

希「いやぁ…ごめんごめん」

ことり「ごめんね絵里ちゃん、ついつい…」

絵里「はぁ…」


海未「さて、説明を始めますね。長々と講釈を垂れてもみんなが疲れるだけでしょうし、結論から述べます。『フルハウス打法』とは、フルカウント時、または満塁時の打率が十割となる、というものです」

真姫「ええっ!?なにそれ!嘘でしょ!」

にこ「本当よ。にこも知らなかったけど…っていうか、メディアでもまだ取り上げられてないはずよ」

花陽「あんじゅさんが新しい打法を完成させたって雑誌のインタビューで書かれて以降の試合結果を集めて、三人で調べてみたんだ。そしたら満塁の時と、フルカウントの時の打率が十割だったの」

穂乃果「十割? …って、100%でいいんだよね?すごっ!なんで有名じゃなかったんだろ」

にこ「女子高校野球の細かい指標まで見てるメディアってあんまりないから。今まで知られてなかったのはそのせいよ」

真姫「十割って、バカげてる!そんなの超能力じゃない!」

海未「ええ、私たちも最初はそのような感想を抱きました。
……ですが、統堂英玲奈は希のオカルト打法を破った時に「そんなオカルトなどありえない」と言いました。つまりは優木あんじゅの能力もオカルトではないということ」

ことり「なるほど~。チームメイトのあんじゅさんの事はよく知ってるはずなのに、英玲奈さんがオカルトはないって言うって事はそういう事だよね」

海未「ええ、その通りです。さらに綺羅ツバサの言動、統堂英玲奈と優木あんじゅの態度。あれらを見るに、優木あんじゅは綺羅ツバサの球をあまり打てないと見て問題はないはず」

凛「なんか怖がってたもんねー」

海未「ですね。となれば、優木あんじゅの『フルハウス打法』は超能力ではなく、相手が優れていれば打てなくなる、常識の範囲内の能力だと考えられます。“女子野球レベルの球であれば”ほぼ十割打てるという事でしょう」

希「なるほどなぁ…確かにホームランを打った二打席はどっちもフルカウントとか満塁やったね。でも、フルカウントと満塁でだけめちゃくちゃ打てるようになるってのはどういう事なん?」

海未「これは野球に限っての話ではありませんが、ある特定の状況を想定したイメージトレーニングをひたすらに繰り返す、という練習方法があります。そうすることでその条件下に置かれた時の超集中を可能とするのです。
いわば、恣意的に作り出す絶好調。俗に言う『ゾーンに入った』状態でしょうか。」

凛「そういう細かいイメージトレーニングって陸上でもするよ。頭の中でゴールまでの歩数を何度も何度も考えてみたり、順風の時と逆風の時をイメージして走ってみたり」

穂乃果「はえー、そんなことするんだね」

海未「ええ、弓道でも似た事はしますよ。長々と話してしまいましたが、要約すると『フルカウント、満塁時に超集中してゾーンに入る』。おそらくは、それが『フルハウス打法』の正体です」

絵里「なるほど…超集中、ね…」

花陽「あ、でも絵里ちゃんの『ロシア打法』もすごく集中して見えたし、ゾーンに入ってるような感じだったと思うよ」

絵里「えっなにそれ」

真姫「エリー、この前の試合でいきなりロシアぶってたじゃない。で、ヒット打ってたでしょ?あれ、私たちで勝手に『ロシア打法』って呼んでるの」

絵里「やっ、やめてよ!なんか格好悪いじゃない!」

穂乃果「嫌なの?じゃあ…ハラショー打法!」

絵里「それもなんか嫌よ!やっぱり格好悪いわ!」

ことり「そうかなぁ?絵里ちゃんらしくてかわいいと思うけどなぁ」

絵里「ね、ねえみんな、一旦冷静になりましょう?全部になんとか打法って名付けなくっていいのよ?」

海未「私はその手のキャッチフレーズって大好きなのですが…」

にこ「まあ海未はね…」

凛「とりあえず絵里ちゃんは知ってるロシア語をもっと増やすべきだと思うにゃー」

希「すぐハラショーやったもんなぁ」

絵里「もう!この話はおしまい!話を進めてちょうだい!」

♯18


真姫「優木あんじゅの事はわかったわ。で、他にも話があるんでしょ?」

海未「ええ、ここからはにこ、お願いします」


にこ「それじゃあ~?今からぁ~にこにーがあなたたちにぃ~女子高校野球のヒ・ミ・ツをぉ~」


凛「それ寒いからさっさと進めるにゃー」

にこ「ちょっと凛!ひっぱたくわよ!ったく…えーっと、話ね。今からあんたたちに女子高校野球ってものを一から説明してやるわ」

穂乃果「え、にこちゃん何言ってるの?もうみんな野球やってるのに」

にこ「甘い!今の音ノ木坂野球部はただ野球をやってるだけ!女子高校野球のスタートラインにも立てていないわ!花陽、映像プリーズ!」

花陽「了解にこちゃん!」ポチッ


\ワーワーワー ピーッピッ ドンドンドン/


希「これもUTXの試合?でもなんか随分賑やかやね」

花陽「うん、これは春の全国大会の決勝だよ」

絵里「へえ、男子の甲子園とは違ってドーム球場で開催されてるのね」

花陽「うん、女子の大会は決勝だけがアキバドームで開催されるんだ。まだ歴史の浅い大会だから、他の試合は普通の球場でやるんだけどね」

絵里「華やかね…歓声に鳴り物の応援に、なんだか見てるとわくわくするわ」

凛「あ、綺羅ツバサが投げてるよ」


スパァン! ットライック! ワーワーワー!


真姫「131キロ…!流石に速いわね、男子レベルじゃない」

にこ「女子野球での130キロは一つの壁って言われてたの。なのにツバサは平均球速で130オーバー。完全に怪物よ」

花陽「しかも、ツバサさんの球は打席に立つともっと速く感じるんだって。左投手は5キロ増して見えるなんて話もあるし、手元が見えにくいフォームでスピン量も多いから、ストレート自体が魔球なんて言われてるんだよ」

にこ「故に、『魔術師』 綺羅ツバサってね」

ことり「ふぇ~すごいね……あ、三振。チェンジだね」

にこ「ここからよ。UTXの攻撃、よーく見ておきなさい」

『三回の裏 UTX高校の攻撃は 三番 ピッチャー 綺羅さん』


♪ダンシンダンシンノンストップダンシン ダンシンダンシン レッミードゥ!


ことり「えっ、音楽?」

絵里「これって場内放送よね?これは…プロ野球みたいな登場曲ってこと?」

にこ「そうよ、女子高校野球では出囃子の使用が認められているの。それだけじゃないわ」


【UTX応援団】
\モット シリターイシリターイ カジョウナマインッ/


希「わぁ、応援の迫力すごいなぁ…応援も今の曲を使っとるんやね」

花陽「私はこの映像、何度も見てるんだけど…明らかに相手のピッチャーが応援に委縮しちゃってるんです」

海未「確かに、この場にいたら圧倒されてしまうでしょうね…」


キィン!


海未「あっ、ホームラン…」


にこ「……と、まあ映像を見てもらったわけだけど。男子高校野球との違い、わかってもらえたわよね」

ことり「音楽が流せるってところ?」

にこ「それは表面的な部分に過ぎないわ。大事なのは、女子高校野球は男子と比べて、興行性が強いって点」

海未「興行性、ですか?」

にこ「そ、興行性。運営の商売っ気が強くてアイドル的とでも言い換えた方がわかりやすいかしら?
プレーのレベルはどうしても男子に劣る以上、求められてるのはプレーだけじゃない、容姿もなの。その点うちはにこを筆頭に全員ルックスが悪くないから、それは大きな利点よ」

真姫「…誰を筆頭にって?」

にこ「何よ!文句ある!?」

穂乃果「んー、でもにこちゃん、アイドルっぽく人気があってファンが多かったら試合で有利になるってわけじゃないでしょ?」

にこ「はい甘い。いい?穂乃果。私たちアマチュアのプレーってのは研鑽を重ねたプロとは違う、とても不安定なものよ。雰囲気、メンタルに大きく左右されるのなの。アンタ、男子の甲子園大会はよく見る?」

穂乃果「あんまりちゃんと見たことないなぁ。お父さんが夜に熱闘甲子園見てるのをたまに隣で見るぐらいで」

にこ「甲子園でね、沖縄代表って結構勝ち進むことが多いの。指導者がいい、温暖で冬場も練習しやすいとかの理由も大きいんだけど、試合でモノを言うのはあの応援よ」

ことり「あ、それ見たことあるよ。指笛を吹いたり民謡を演奏したり、応援が独特ですごいよね♪」

にこ「そう、それなのよ。ハイサイおじさんが演奏され始めるとガラリと流れが変わっちゃうの。魔曲なんて呼ぶ人もいるぐらいよ」

花陽「他にも智弁和歌山のジョックロック、常総の神風、龍谷大平安の怪しいボレロとか…挙げていったらキリがないぐらいあるんだよ」

にこ「にこ的には横浜高校の第5応援歌がイチオシね~!あの軽快なスネアに乗って延々攻撃が続くんじゃないかって錯覚しちゃうわ!」

花陽「ぅああぁ!横浜の第5いいよねぇっ!あのリズムを脳内再生しちゃうよぉ!うーん私は挙げるならレッツゴー習志野かなぁ!」

にこ「習志野!あれはもう純粋に演奏レベルがズバ抜けてるわよね~!統率された音の暴力って感じ?レッツゴー以外でもエスパニアカーニからのエルクンバンチェロなんかも鳥肌よ鳥肌!」

花陽「ふぁぁああ!たまらないよねえぇぇえ!あ、前橋育英の高速アルプス一万尺とかもいいよね!」

にこ「あれは攻撃力高いわよね~!!個人的にはジョックロック並にエグいんじゃないかと思ってるわ。智弁和歌山だとシロクマもかっこいいわよね~!」

花陽「わっかるなぁあぁ!!!あとあと定番シリーズだとサウスポーも外せないよね!」

にこ「もっちろんよ!ザ・王道よね!!」


真姫「二人で盛り上がってるけど、全然ピンと来ないわね…」

凛「凛は楽しそうなかよちんが好きだよ」

希「応援歌ねー。甲子園の魔物ってやつ?」

にこ「そうね、間違いなく魔物の一種よ!…で、女子に話を戻すわ。さっきの映像、花陽が言ってくれたけど、UTXの応援に相手のピッチャーが萎縮してたでしょ?
アマチュア野球ではね、観客をより多く味方に付けて大声援で相手を威嚇するのも大切な戦術の一つなのよ」

穂乃果「なるほどー、なんとなくだけどわかったよ。あのUTXの曲とかかっこいいなぁ…って思ったもん。っていうかあれって歌ってるのツバサさんたち?」

凛「凛も思った!あれ、あの三人の声だったよね!」

にこ「正解よ。あのshocking partyって曲はツバサ、英玲奈、あんじゅの三人が歌ってるわ」

凛「どういうこと?野球の練習をして歌の練習までしてるの?」

にこ「さすがにそれは無理よ。歌は最低限の練習をして録音、あとはUTXの関係者が音声をミックスして完成版にしてるらしいわ」

穂乃果「ミックスって?」

にこ「ほら、プロの歌手でもライブだとヘタクソとかよくいるでしょ?エフェクトとか音量調整とか色々やって加工して上手な感じにする仕事のプロがいるのよ。
そんな過程を経て、shocking partyはネットで無料公開されててファンの大量獲得に繋がっているわけよ」

穂乃果「な、なるほど~」


海未「なにやら話を聞く限りはすごく大変そうですが…そこまでするメリットはあるのでしょうか?」

にこ「さっきの映像、スタンドを見た?高校生同士の試合なのに、7割以上はUTXファンよ。
出囃子にクオリティの高いオリジナル楽曲を用意、応援も洗練、完成されてて、本人たちはズバ抜けた実力と整ったルックス。これだけ揃えてるからこそUTXは最強なの」


海未「つまり、こういう事ですか?UTXと同じ土俵で対等に戦うためには、あれと同じレベルの楽曲を用意して目立ち、私たちのファンを増やす必要がある、と」


にこ「……必ずしも曲、とは言わないわ。とにかく、なんとかしてファンを増やす必要があるのよ。アキバドームのスタンドの半分を埋められるほどにね」

希「目立ってファンを増やす方法かぁ…練習風景を撮影してネットに上げてみる?」

にこ「やってみてもいいけど、UTXのインパクトには遠く及ばないわね…」

絵里「けど私たちの中に作曲をできる人なんて…」

にこ「…地力で劣ってる以上、せめて応援は同レベルにまで高めないと万に一つの勝ちも拾えないわ。応援の圧は相手への有効な攻撃手段の一つ。高校野球ってのは、スタンドまで含めた学校同士の総力戦なんだから」

海未(くっ、もし負けてしまったら…)


~~~~~

ツバサ『あはははは!私の勝ちね!約束通り穂乃果さんはいただいていくわ!』

穂乃果『海未ち ゃん!ことりちゃん!助けてぇ!』

海未『穂乃果ぁ!』
ことり『ハノケチェン!』

ツバサ『無駄よ穂乃果さん!さあ孕むのよ!綺羅の子を!』

穂乃果『嫌ぁぁあああああ!!!!』ビクンビクン

~~~~~

海未「駄目です!!!!」バァン!

絵里「ひっ!う、海未…いきなり机を叩かないでよ…」

にこ「UTXに負けてから定期的に発作が出るわね…怖いっての…」

希「穂乃果ちゃんを連れ去られるかもしれないってショックは相当深いみたいやね…」

穂乃果「よしよし海未ちゃん、絶対に勝とうね。穂乃果はずっと一緒だからね」ナデナデ

海未「穂乃果ぁ…」

ことり(海未ちゃん…穂乃果ちゃんの事はことりも同じ気持ちだけど、海未ちゃんの頭の中はたぶん、ちょっと変な妄想になってるんだろうなぁ。覗いてみたいなぁ…)



真姫「曲、作れるけど」

にこ「は?」

真姫「作れるって言ったのよ、あれぐらいの曲」クルクル

にこ「いやいや…素人の趣味レベルじゃお話にならないわよ?」

花陽「私と凛ちゃん、真姫ちゃんの作った曲を聴かせてもらったことがあるんだけど、とっても素敵な曲だったよ」

凛「うんうん!歌もピアノも上手だったし、すごく綺麗なメロディーだったにゃー!」

真姫「でっしょー?」フフン

にこ「うーん…地味な曲じゃダメよ?試合中なんだから盛り上がる曲じゃないと」

真姫「楽勝だって言ってるの。JPOPでもレトロでもメタルでも電波でも、どんな曲調だって作ってみせるんだから。この天才マッキーに全て任せなさい?」

穂乃果(真姫ちゃんクラシックとかジャズしか聴かないって言ってたのになぁ)

【数日後】


♪シャカシャカシャカ


凛「うぅ~ん!いい曲だにゃ~!!」

真姫「デッショー?」

絵里「驚いたわね…まさか土日だけで一曲仕上げてくるなんて」

希「クオリティもめっちゃ高いしなぁ、真姫ちゃんってば一体どんな手品を使ったん?」

真姫「そんな難しい事はしてないわよ。趣味で作りためてたメロディーが何個かあったから、その中からノリがいいのを選んでプロに依頼して編曲をしてもらっただけ」

花陽「ええっ!プロにタノンジャッタノォ!?」

真姫「何よ、別に悪い事じゃないでしょ?プロの歌手たちだって編曲は専門の人に任せてるのがほとんどなのよ」

花陽「そ、そうじゃなくて…お金かかっちゃったんじゃ…?」

真姫「お金?ああ、何万かかかったみたいだけど気にしなくていいわよ。パパが出してくれたから」

海未「そんな!それでは真姫のお父様に申し訳ありません!」

真姫「いいのよ、うちのパパ無趣味で、お金を持て余してるから。可愛い娘の助けになれて嬉しかったんじゃないかしら」

海未「そ、そうなのですか…?」

穂乃果「いやー真姫ちゃんお姫様だねえ」

にこ「親バカね」

真姫「あとは歌詞を付けて声を入れてミックスを依頼して完成だけど、誰か歌詞は書ける?私は無理よ」

花陽「歌詞かぁ、私もあんまり得意じゃないなぁ…。 んん、絵里ちゃんとかはどう?」

絵里「えっ私?ううん、正直、全然自信がないわ…」

希「いやー絵里ちには無理やろな」

凛「そうにゃそうにゃ。絵里ちゃんなんかに書かせたらきっと校歌みたいな歌詞になっちゃうよ」

希「もしくは生徒会のスピーチみたいなんになるのが目に見えてるよね。歌なのに、本日はお日柄も良く~で始まったりとか」

絵里「凛~!希~!そんなに言うならあなたたちが書いてみなさい!」

凛「り、凛は遠慮しておきます…」


希「pipipi!スピリチュアル宇宙との交信!上位次元にアセンションプリーズ!キミの心臓キャトルミューティレーション!こんな歌詞で良ければウチが書くけど?」

花陽「心臓抉ラレチャウノォ!?」


希「識れ!畏れよ!人類のカルマ浄化の日は近いのだ!光を!もっと光をぉ~!!」

凛「きょ、教祖さまぁ!」

穂乃果「希様を崇めよ!希様を崇めよ!」


真姫「う、胡散臭い!やめてよね!怪しい団体だと思われちゃうでしょ?!」

海未「希、教団を立ち上げるなら宗教法人の認可をきちんと取らなければいけませんよ」

希「おおう…ガチなアドバイス…」

絵里「まったく…ええと、穂乃果とことりはあんまり向いてなさそうよね。残りは…」


にこ「しょうがないわね~!ここはぁ~ラブリーにこちゃんを褒め称えつつもスーパープリティーな歌詞をぉ~」


海未「ふむ、私で良ければ書いてきてみましょうか?」

にこ「ガン無視ぃ!?」


ことり「ことりも海未ちゃん が書くのに賛成!きっといい歌詞書いてくれるよ~」

希「へぇ、海未ちゃんってそういうの得意なん?」

海未「いえ、得意というわけではないのですが…」

ことり「うふふ、海未ちゃんはね?なんとポエマーさんなの!」

海未「そ、それは昔の話です…恥ずかしいので蒸し返さないでください」
穂乃果「と、言いつつも!海未ちゃんの鍵のかかった机の中には詩を書いたノートが何冊も何冊も!今もなお増え続けているんだよねっ!」


花陽「あっ、現在進行形なんだ…」

絵里「ふふっ、海未がポエム?可愛いところあるのね」


海未「穂乃果、何故あなたがそれを知っているのです…?」ワナワナ…

穂乃果「あっ…か、勝手に見たりしてないよ?海未ちゃんの部屋に行った時に 隙あらば針金でピッキングしたりしてないからね!」

海未「穂乃果ァ!折檻の時間です覚悟なさい!」

穂乃果「ちょ、海未ちゃんごめん!ごめんってば!竹刀はなしだよ!」

ことり「ふふっ、竹刀を振り回してる海未ちゃんも叩かれてる穂乃果ちゃんもか~わいいっ♪」

花陽(ことりちゃん性癖歪んでるなぁ)


真姫「二年組がコント始めちゃったけど、とりあえずポエマー海未に任せるって事でいいのかしら」

絵里「そうね、とりあえず一旦ポエマー海未に任せてみましょうか」

海未「そっ、そのポエマー海未というのはやめてください!」

にこ「ふん、にこにー音頭にすればミリオンセラーも夢じゃなかったのに!」

凛「まあネタとしては聞いてみたかったにゃ ~」

にこ「ケツバットかますわよ」

凛「ひいっ!」

♯19


希「さてさて、曲についてなんとなくまとまったところで。天気もいいし、そろそろ今日からまともに練習再開してかないとやね。と、その前に…絵里ちから大事な話があるんやろ?」

穂乃果「大事な話?」


絵里「ええ…みんな、ちょっと聞いてくれるかしら」


凛「なになに?」

にこ「改まってどうしたのよ」

絵里「ここ一週間、雨であまり練習ができなかったせいもあるけれど、私たちは野球以外の話をする事が多かったわよね。そんな雰囲気で、全員が意識して避けてきた話題があるわ。何だかわかる?」

真姫「……それって」

花陽「あの約束の事、だよね」


絵里「…そう。負けたら穂乃果が転校させられてしまうという約束」


穂乃果「……」


絵里「穂乃果、生徒会長としてもう一度だけ確認しておくわ。夏の大会でUTXに負ける、もしくはUTXと当たる前に敗退した場合、綺羅ツバサとの約束通りにUTXへと転校する。そういう話よね」

穂乃果「いやぁ…あらためて聞くとメチャクチャな話だよね~」

ことり「穂乃果ちゃぁん…どうしてあんな約束を受けちゃったの…?」

穂乃果「場のノリと勢いで、ついつい…」

海未「はあ、これだから穂乃果は…所詮は子供同士の口約束ですし、反故にしてしまう事はできるはずですよ」

穂乃果「えっ、待って待って!約束は約束、ちゃんと守らなくちゃ!」

海未「ですが!」

絵里「ねえ穂乃果、変に律義になる事ないのよ?綺羅さんの言い分には一理もないんだから」

穂乃果「う~ん…ねえ、みんなさ。ツバサさんの事を、どう思った?」


凛「怖い人だなー…って」

真姫「狂人。関わるだけ損なタイプ」

にこ「にこは…やっぱりファンだから、ノーコメント」


穂乃果「あはは…。穂乃果はね、かわいそう。って思ったんだ。助けてあげなくちゃ、って」

穂乃果「私は恵まれてたんだ。家族はみんな優しくて、覚えてないくらい子供の頃からずっと海未ちゃんとことりちゃんがそばにいてくれて、こうしてみんなとも大切な友達になれた」

穂乃果「ツバサさんはどうなんだろう。家族のことはわからないよ?うちみたいに優しい親なのかもしれないし、違うのかもしれない。たぶんだけど、英玲奈さんとあんじゅさんは大切な友達なんだとも思う」

穂乃果「だけど、ツバサさんの心の大事な部分は野球が占めてて、そして野球に関しては、家族や友達…誰にも助けてもらえないぐらいにツバサさんは凄すぎて、孤独なんだよ」

穂乃果「穂乃果がどれだけやれるかは全然わかんないけど、ツバサさんは私が同じぐらいやれるはずだって言って手を差し伸べてきた。それがまるで、助けて、って言ってるみたいに見えちゃったんだ」

穂乃果「英玲奈さんとあんじゅさんが言ってたよね、ツバサを負けさせてあげてほしいって。私もね、一度でも負ければツバサさんの心は解放されるはずだと思う」

穂乃果「だから、自分を賭けて、真剣勝負する。方法は間違ってるのかもしれないけど、穂乃果は頭悪いから、これぐらいしか思いつかなくって。ごめんね、みんなを巻き込んじゃって」

穂乃果「あれ?えっと…あはは、何言ってるんだか自分でよくわかんないや…」

海未「ええ、要領を得ませんね」


穂乃果「だ、だよね~?あはは…」


ことり「だけど、穂乃果ちゃんの気持ちは伝わったよ」

海未「ええ。絶対に、私たちが貴女を負けさせません。綺羅ツバサが敗北で解放されるというのならば好し。苦杯を舐めさせてやりますよ」


穂乃果「海未ちゃんってば言い回しが固いよ~。えへへ、二人ともありがとう」


凛「穂乃果ちゃん!海未ちゃんとことりちゃんだけじゃないよ、凛たちだって穂乃果ちゃんがいなくなったら悲しいよ!出会ってからまだ長くないけど、そんなの関係ないぐらい大好きな友達になれたのに、お別れなんて絶対嫌だ!」

花陽「そうだよ…まだ一緒に遊びに行ったりご飯食べに行ったり、全然できてない!」

にこ「……転校なんてナシよ。野球部の発起人が一抜けなんて許されないんだから。アンタたちいい?UTXを蹴散らすわよ!」

真姫「それに、そもそもの目的の廃校阻止のためには全国優勝ぐらいしなきゃインパクトないわよ。だったらどうせ、UTXに勝つのは絶対条件じゃない。穂乃果が景品にされたぐらいで怖気付いてちゃ論外よ」

希「やっぱりあれやねぇ、元からUTXに喧嘩売ってた組のお二人さんは気合いが違うやん?」

にこ「ふん!いい加減開き直ったわよ!真姫ちゃん、UTXに目にモノ見せてやるわよ!」

真姫「望むところよ!」


穂乃果「よぅし、絶対!絶対勝とうね!みんな!」


全員『おー!!!!』

にこ「気合いが入ったところで今後の練習方針を決めていくわよ!」

穂乃果「方針って、例えば?」

にこ「大会までに練習できる残り期間ってそこまで長くはないでしょ?うちみたいに経験の浅いチームが勝ちあがっていくためには、長所を伸ばして勢いでゴリ押し。これしかないわ」

花陽「確かに…基礎力の積み重ねではどうしたって長く練習してきたチームには劣るよね。だったら個人個人の長所で押し勝つのが正しい判断かも」

凛「個の力ってやつ?」

希「自分たちのサッカー?」

海未「野球です!」

穂乃果「急に打球が来たので…」

海未「試合中に打球から視線を切るなと言ったでしょう!たるんでいます!千本ノックです!」

穂乃果「鬼ぃ!」


絵里「……で、個人の強化って言ってもどうすればいいのかしら?」

にこ「簡単よ。チームを分けて練習するの」

ことり「チームを?どんな感じで?」

にこ「この前の試合の映像を何度も見返して、UTX一軍にそのまま通用しそうだったのは希、絵里、そして私の三人。これは自惚れじゃなくて客観的な意見よ」

海未「そうですね、やはり三年生は攻守に高いレベルでバランスが取れているなと感じました」

にこ「ま、海未とことりのバッテリーもいい線いってるんだけど、求められるレベルも高いから別枠ね。で、それを踏まえて!にこたち三年がそれぞれタイプ別に後輩を直接指導する練習を組み入れようってわけ」

希「ウチらで指導かぁ、上手く教えられるやろか」

にこ「やってもらわなきゃ困るのよ。希は穂乃果と真姫ちゃんを指導して、長打力を伸ばしてやって」

穂乃果「あ、いいねいいね!穂乃果も希ちゃんみたいにホームラン打ってみたかったんだ!」

真姫「にこちゃんったら、この私のアーチストセンスを見抜いて長打を期待してるってワケね。いいわ、やってやろうじゃない」

にこ「穂乃果、アンタ大口叩いてたけど全っ然まだまだ素人に毛が生えたようなもんよ。希にスラッガーのなんたるかを叩き込んでもらいなさい!
真姫ちゃんはまあ…いっそ振り回してもらって出会い頭の一発に期待した方がマシかなって」

希「なるほど、納得やん。それじゃ、穂乃果ちゃんと真姫ちゃんよろしくな?」

穂乃果「うん!よろしくお願いします希先生っ!」

真姫「いい?未完の大器こと、この真姫ちゃんを指導するからには責任をもって最強バッターに育て上げるのよ?」

希「あはは…善処するわ」

にこ「で、絵里。花陽と凛を指導してあげて」

絵里「了解よ。二人には何を意識して教えればいいのかしら?」

にこ「ザックリ言えば巧打力ね。まず凛の課題はバットに当てる事。当たりさえすればその足でなんとかなるんだから、一番ミートの上手い絵里にコツを教えてもらうのよ」

凛「了解にゃ!絵里ちゃんチームで一番綺麗なバッティングしてるもんねー」

絵里「あら凛、褒めたって何にも出ないわよ?ふふっ」

にこ「花陽は凛とは逆。この前の試合と普段のデータを合わせて見て、ほとんど空振りをしてない。コンタクト率がチームでトップクラスなのよね」

花陽「うん…ヒット出てないし、地味な指標だけどね…」

にこ「何言ってんのよ。野球に詳しいアンタならコンタクト率の大切さは理解してるでしょ?あとは芯に当てるだけ。絵里に指導してもらうのね。守備もいいし、頼りにしてるわよ、花陽!」

花陽「にこちゃん…うん、わかった。よろしくお願いします、絵里ちゃん!」

絵里「ええ!よろしくね、花陽!」


にこ「さて、にこは海未とことり、アンタらバッテリー組を指導するわ」

海未「よろしくお願いします、にこ」

ことり「よろしくね、にこちゃん♪」

にこ「ん、よろしく。にこたちは他2チームとは別、実戦的な部分を強化していくつもりだから。特にことりのフィールディングには課題ありね。他にも牽制とかクイックモーションだとか、まあ諸々やってくわよ」

海未「可能であればことりの球種も増やしたいところですが…」

にこ「確かにね。オッケー、そこも一緒にやってみましょう」

♯20


【チーム絵里】


絵里「さて、全員での総合練習を終えてグループ別に別れた訳だけど」

花陽「え、絵里ちゃん、なんでっ…?」

凛「なんで凛たち、トレーニング室の大鏡の前でバレエの服を着てるの~!?」

絵里「ふふふ、よくぞ聞いてくれたわねっ…今から二人にやってもらうのは…」


絵里「エリチカ式バレエレッスンよぉ!」ババッ!


花陽「バレリーナにナッチャウノォ!!?」

凛「なんでぇ!?凛たち野球の練習をしなきゃいけないのに~!」

絵里「あはは、安心して二人とも。何も野球に役立たない事をさせようって訳じゃないわ。この練習の意図はね……っと、言葉よりも実際にやってみた方が早いかもね」

絵里「ストレッチは十分したわよね…よしっ、それじゃ二人とも、今から私が取るポーズをよく見てね?よいしょっ…」

花陽「片足立ちになって…もう片方の脚を後ろに上げて…」

凛「手をすらりと伸ばして…おぉ~!」

花陽「すごい絵里ちゃん!素敵です!」

絵里「ふふ、ありがと。この姿勢、アラベスクって言うの。バレエの基本の一つなのよ。見た事あるでしょう?」

凛「うんうん!テレビとかで見た事あるバレリーナのポーズだにゃ~!」

絵里「それじゃあ、この姿勢を二人もやってみて?」

凛「えっ凛たちが?」

絵里「そうよー。ほら、片足で立って?手を伸ばして…はい!そのままキープ!」

花陽「わ、わわっ!」ドサッ

凛「ふ 、ふらつくにゃ~!」ズテン

絵里「うーん、二人とも思った以上に保たないわね…」

花陽「これ、私には難しいよぉ絵里ちゃん…」

凛「凛も凛もー。走るのとか思いっきり動くのは好きだけど、こういうじいっとしてるのって苦手だよ!」

絵里「そうよね。そしてそこが、二人の強化ポイントってわけ。この意味がわかるかしら?」

凛「えーっ、かよちんお願い!」

花陽「うーんと、もしかして…体幹?」

絵里「ハラショー♪正解よ花陽。それプラス、柔軟性かな」

凛「体幹って何ー?」

花陽「体のバランス力、みたいなものかな」

絵里「私から見て、二人に共通してる弱点は体のブレだと思う。凛は静止時のブレのせいでボールへの目付けが悪くなってる 。花陽は動作時のブレでスイングが安定してなくて、そのせいでボールを芯で打ててない」

花陽「た、確かに…」

絵里「それを改善するために、私が教えてあげられる事は何かしら?そう考えたら、やっぱりバレエしかないなって。そう思ったのよ」

花陽「か、かしこい…」

凛「絵里ちゃん質問!バレエってそんなに体幹を鍛えられるの?」

絵里「ええ、それはもう!バレリーナは姿勢に筋を通して美しく立つのが基本なの。だから日常生活から常に背筋を伸ばしてバランスを意識するのよ。
そんなバレリーナのための練習メニューには、効率のいい体幹トレーニングが山ほど詰まってる、ってわけ。納得してもらえたかしら?」

凛・花陽「「なるほどー」」

絵里「あと、真姫にスポーツ医学的な面から練習メニューを確認してもらったわ。怪我のリスクも低いし理想的って真姫のお墨付き。さ、ビシバシしごいていくから覚悟してね?まずは徹底的にストレッチ!柔軟性を上げる事は全てにつながるわ!」

凛「ううっ、柔軟もバランスも嫌いにゃ~」

花陽「お、お手柔らかにお願いしますっ…」

【チーム希】


希「さてとー、ウチらもグループ練習に取り組んでこっか。二人とも、頑張ろ!」

希・穂乃果「「おー!!」」

真姫「……? ぉ、おー!」

穂乃果「よしよし、真姫ちゃんは可愛いなぁ~」ナデナデ

希「そうやなぁ愛でたくなるわ~」ナデナデ

真姫「ナデナイデ!ほ、ほら二人とも、練習するわよ!」

穂乃果「早速だけど希ちゃんっ!ホームランの打ち方教えてくださいお願いしますっ!」

希「うおお、グイグイ来るなぁ穂乃果ちゃん」

穂乃果「だって羨ましいんだよ~!穂乃果も希ちゃんみたいにバシーッと遠くに飛ばしてゆーっくりダイヤモンドを一周したいよ!」

真姫「それは同感。グラウンド上をパーフェクトに支配できるあの時間、空間…この私にこそ相応しいと思わない?」

希(真姫ちゃんはブレへんなぁ…鋼メンタル。その辺、本人の言う未完の大器っぽさも確かにあるんよね)

希「よーし、それじゃ二人とも、ホームラン打つために筋トレと素振りな?」

穂乃果「うええ!?」
真姫「ヴぇえ!?」

希「え、どしたん?二人揃って驚いたりして」

穂乃果「い、いやー…希ちゃんに教えてもらう感じだったら、もっとガンガン打てるようになる謎のおまじない的なのとか?」

真姫「相手のピッチャーが腹痛をおこす呪文とか。そういうの期待してたんだけど」

希「いやいやいや、ウチ魔女とかじゃないからね?」

穂乃果「あはは…そうだよね~。でもでも!素振りと筋トレって穂乃果たちだって毎日やってるよ?」

希「そやなぁ。ウチの一日のトレーニングメニュー見てみる?はい、書き出したメモ」ペラ

穂乃果「ふむふむ…ほ、ほうほう。ええ、なにこれ!」

真姫「希、こんなのオーバーワーク一歩手前じゃない!影でこんな無茶してたわけ?」

希「組んでくれてるメニューを無視する形になっちゃってごめんな?でも、女子の筋力、体格でホームランが打ちたいならこんぐらいせんとね」

真姫「た、確かに正論かもしれないけど…」

希「ふふ、ホームランは一朝一夕にしてならず。一にも二にもスイングスピードの向上!素振りと筋トレで今より強くバットを振れるように!」

希「二人のスイングスピードを上げるべきってのはにこっちとも相談して決めた事なんよ。穂乃果ちゃんは打席に入る時、ピッチャーが投げるボールを直球か変化球か、どのコースに来るか、予想しながら打ってる?」

穂乃果「え? 来た球をそのまま打ってるだけだよ」

真姫「そんなのでよく打てるわね…」

穂乃果「野球ってみんなそうじゃないの?」

希「うん、やっぱり穂乃果ちゃんは天才タイプやね。大ざっぱなスタイルに対応できるだけの動体視力と反応速度がある。スイングスピードを上げて、もっとボールを長く見る余裕ができればバッチリ安定するはず!」

穂乃果「ホームラン打てるかな!」

希「打てる打てる!少しだけ真芯をずらして打つとか、そういう細かいコツもあるんよ。その辺も教えてくからね」

真姫「……」クルクル

希「ふふ、心配せんでも、真姫ちゃんも打てるようにするからね?」

真姫「べっ!別に心配とかしてない!」

希「その調子その調子。真姫ちゃんは理想のスイングを追及してるってだけあって、フォームの形はいいんよね。ただし、振り遅れてる。ならスイングスピードを上げてくのが一番やん?」

真姫「ふぅん、ま…希の言う通りにしてあげてもいいけど」

穂乃果「よーし、目標!穂乃果たち三人でUTXからホームラン打とう!」

希「うん、ウチらで試合を決めよ!」

真姫「やってやろうじゃない!」

【チームにこ】


にこ「ことり、しっかり汗を拭いときなさい?」

ことり「う、うん…」

にこ「海未、顔を洗った後はしっかり保湿よ?」

海未「はい…」

にこ「スキンケアが終わったら表情の練習よ。いい?にこに続けて…はい!にっこにっこにー!」

海未「に、にっこにっこn」
ことり「って、にこちゃ~ん、これ何の練習なの?」

海未「はっ!そ、そうですよ!これのどこが野球に関係あるのです!それに今は小休憩中とはいえ、まだ練習するのに清潔にしたところで…」

にこ「何よ、今の今までフィールディングの練習をみっちりさせてたから少し休息させてあげようって慈愛溢れる先輩心がわからないとは言わせないわよ?
それと、ピッチャーの顔は大事!練習の合間だって隙あらば洗顔とケアしておくこと!甲子園で斎藤祐樹が大人気だったのとか知らない?物心は付いてた年齢だしなんとなく覚えてるでしょ?」

ことり「し、知ってるけど…ことりはああいう持ち上げられ方はちょっと嫌かな…」

にこ「けど、あの応援に背中を押されて優勝したのも事実よ。まあ高校時代の斎藤は実力もちゃんとあったんだけどね。
まっ、うちの場合はにこがセンターで可愛さをバッチリ担当しておいてあげるけどぉ?あんたたちもせめて肌のケアぐらいはしときなさいよ」

海未「はぁ、にこは計算高いのですね…」

ことり「了解っ♪ スキンケア頑張りまぁす」

にこ「よろしい。じゃ、ぼちぼち変化球の開発でもしてみようかしらね。にこのコレクションしてる野球資料から役に立ちそうな部分をコピーしてきたから」

海未「おや、意外と少ないのですね」

にこ「アンダースローの実践的な指導書みたいなのってあんまり多くないのよね。正直、参考になるかはわかんないわ」

海未「なるほど…確かに書店などにあるプロ選手の変化球バイブルなども上手投げ投手の著書がほとんどですね」

にこ「ついでに男子と女子が手の大きさも身体の構造も違う。難しいとこよねー」

ことり「そうなんだね。うーん、今投げられるのはストレートとカーブとシンカー(ことりボール)。他に覚えるとしたらどんな球かな?」

にこ「ま、ベタなのはスライダーよね。アンダーのスライダーは特殊な回転をするらしいから、上手く習得できれば武器になるかも」

海未「UTXが使っていたツーシーム、あれはアンダーには合わないのでしょうか?」

にこ「投げられない事はないと思うけど、オススメしないわ。ツーシームってね、本来はあんまり高校野球で使われてないの。芯を外したところで金属バットじゃそこまで打球の勢いを殺せないから」

ことり「えっ、じゃあどうしてUTXは使っているの?」

にこ「まあ、女子野球だから男子よりは打球が弱いってのが一つ。そして決定的なのは英玲奈の先読み守備。あれがあるからこそ、少し打球を弱められるだけで十分なのよ」

海未「ははぁ…、なるほど。では導入は無理ですね、私に彼女の真似ができるとも思えませんし」

にこ「気にしない事ね。あんなの誰も真似できないわよ…。ま、変化球に関しては頭で考えるよりは実践よね。色々やってみましょ」

ことり「オリジナルの球を開発するぐらいのつもりでやった方が良さそうかなぁ」

海未「時間は短いですが、焦らずに挑戦してみましょうか」

ことり「うん、頑張りますっ。私たちで穂乃果ちゃんを守るんだから」

海未「ええ、もちろんです!誰もが目を見張る魔球を生み出してやりましょう!」

♯21


【更衣室前】


花陽「はぁ…疲れたなぁ。ふくらはぎとかパンパンだよぉ」

凛「グループ練習始めてそろそろ一週間経つけど慣れないなあ…っていうか絵里ちゃん、バレエ練習だとやたらと厳しいにゃー」

希「お、花陽ちゃん凛ちゃんお疲れー。どう?絵里ちのシゴキはキツいやろ~」

凛「超キツいよー!絵里ちゃんなんかやたらとキリッとしてるし変にかしこそうだし!」

花陽「だねぇ…あ、でも絵里ちゃんのバレリーナ姿、とってもキレイで憧れちゃうなぁ」

希「ふふ、そうやろー?ウチもあの絵里ちはぜひぜひみんなに見て欲しかったんよね」

凛「うんうん、凛もそれは思うな!…けどスパルタにゃ~!希ち ゃんに練習見てもらった方が楽だったかもなあ」

希「ん~、それはどうやろなぁ~?」


ズズ…ズズ…


凛「にゃ?何の音?」

花陽「な、なんだろ?何か…生き物が這いずるみたいな…」


『ゥウ……ゥ゛ェ゛ェアア……』


凛「う、呻き声がするよ?」

花陽「そこの…物陰から…!」


『りぃん…!!はぁなよぉ…!!』(背後から足首ガシィッ!!)


凛「にゃああぁああ!!?!!?」
花陽「ピャアアアアァア!?!?!!」

花陽「…って、真姫ちゃん?廊下にうつ伏せは服が汚れちゃうよ?」

真姫「う゛ぇ、う゛ぇえぇぇ……筋肉痛なのよ……」

凛「あ、そっちの物陰からは穂乃果ちゃんが這い出してきたよ」

穂乃果「も、もう穂乃果は…ふぁいと…できません…っ」ズリ…ズリ…

花陽「ふ、二人とも…大丈夫?」

穂乃果「全身がビキビキ…は、花陽ちゃん…穂乃果の手を握って…」

花陽「こ、こう?」にぎっ

穂乃果「ああ…花陽ちゃんに触れるとなんかこうヒーリング効果がある気がするぅ~…」にぎにぎ

凛「わかるにゃ~」

花陽「そ、そうかなぁ…」

希「ふっふ…今日から高負荷のトレー ニングに切り替えてみたけど、穂乃果ちゃんと真姫ちゃんにはまだちょっときつかったかな?」

穂乃果「の、希ちゃんの…鬼教官っ…!」

真姫「同じメニューを一緒にこなして平然と…化け物よ…!」

花陽「うわぁ、二人ともグロッキーだ…」

希「ま、怪我はしないラインやから平気平気!こんな感じでウチらは『希'sブートキャンプ』してるけど…」

花陽「新兵訓練ナノォ!?」

希「凛ちゃんはウチと練習したかったんやっけ?体験入隊は随時受付中やけどなぁ~?」

凛「り、凛は絵里ちゃんと練習するよ!バレエ楽しいな!エトワール目指しちゃいます!」

希「そっか、残念やなぁ?さーて、自力で動けなさそうな二人にシャワー浴びせてあげんとね。つ・い・で・ にぃ…生ワシワシを堪能しちゃうぞ~♪」

穂乃果「ああ逃れられない!」

真姫「う゛ぇえぇぇえぇ…!」

凛「うわぁ…二人を軽々抱えてシャワー室に去っていったよ…」

花陽「ドナドナされて行っちゃったねぇ…あ、入れ替わりで海未ちゃんがシャワー室から出てきたよ」

海未「おや、二人とも。お疲れ様です」

凛「海未ちゃん~!お風呂上がりのいい匂いがするにゃ~!」ヒシッ

海未「おっと!凛、急に抱きついてきては危ないですよ?」ナデナデ

花陽「ふふふ、凛ちゃんったら。でも、私もちょっと抱きついちゃおうかな?」ぎゅっ

海未「花陽も…まったく、二人は可愛いですね。ふふ」ナデナデ

海未「ところで花陽、明日の土曜ですが、練習を休んで私に付き合ってもらえませんか?」

花陽「明日?うん、いいよ。でも何するの?」

海未「街に出ます。場合によってはお店などに入るかもしれません」

凛「えー!デート!?いくら海未ちゃんでもかよちんに手を出したら許さないにゃー!」

海未「で、デート!?そんな破廉恥なつもりではありません!」

凛「ホントにー?でもデートじゃなくても練習お休みで街に出るとか羨ましい!凛も行きたいにゃー」

海未「もう、遊びに行くのではないのですよ。捕手としての仕事、敵情視察です。私だけでは知識面でおぼつかない事もあるので、花陽についてきてもらえると心強いのですが…」

花陽「敵情視察かぁ、楽しそう!」

凛「あー、そういうやつなら凛はパスにゃー」

花陽「凛ちゃんはデータ集めとか苦手だもんねえ。でも海未ちゃん、私よりもにこちゃんが頼りになるんじゃ?」

海未「にこは練習のまとめ役でもありますし、こちらに残ってもらった方が助かります。それと、私はにこと同じくらい花陽の事も頼りにしていますよ」

花陽「え、えへへ…それじゃあ、私で良ければ一緒にお手伝いしますっ」

海未「ありがとうございます、花陽。では明日の予定は後でLINEしておきますね」

♯22


【街中】


花陽「今日は練習をお休みして海未ちゃんと敵情視察!待ち合わせをして街に出てきたんだけど…なんで私たち帽子マスクにグラサンで物陰に隠れてるのぉモゴモガッ!?」

海未「シッ!静かに花陽!気取られてしまいますよ!」

花陽「モガガ…」

海未「現在時刻は午前11時過ぎ…情報ではそろそろ通りがかるはずです…」

花陽「…グ…。イギ…ガ…!デギナ゛イ゛ヨ゛ォ゛…!」ジタバタ

海未「え、なんですか花陽…って、ああ!ごめんなさい!口を塞いだままでしたね!」

花陽「ぶはぁっ!!ぜぇ、はぁ…はぁ…海未ちゃん…窒息するかと…」

海未「すみません…大丈夫ですか…? っと!隠れて!」

花陽「えっ?」


ブロロロ…キッ


 バタン


海未(来ました、ターゲットです)ヒソヒソ

花陽(あれは…ツバサさんたち!)ヒソヒソ

ツバサ「英玲奈、あんじゅ、ほらほら遊ぶわよ。完全オフなんて久々なんだからー」

あんじゅ「あ、待ってツバサ…スカートの裾がめくれてるわ」

英玲奈「ツバサ、ほんの近距離を移動するのにUTXのリムジンを使うのはどうかと思うぞ」

ツバサ「あんじゅは細かい。英玲奈は説教が多い。もっと肩の力抜かなきゃダメよ?あ!アイス食べようアイス!」ダッ!

英玲奈「待てツバサ!財布を落としたぞ!?」タタッ

あんじゅ「走るとコケるわよ~」トットッ



海未「あっ、行ってしまいます!追わなくては!」

花陽「え、ええと!海未ちゃん、敵情視察って…」

海未「ええ、あの三人の休日の観察です。彼女らが今日オフになる事、オフの日は概ねこの界隈に遊びに出てくる事、どちらもヒフミたちが一晩で調べてくれました」

花陽「ツバサさん、あんじゅさん、英玲奈さんの三人の休日をスネーク…!これは、すごくいけない事をしているキ・ブ・ン…!」

海未「相手を抑えるためには野球のデータだけでなく、その人となりを知る事も重要。ですよね?花陽」

花陽「そ、そうだよね…プライバシーの侵害とか、そんなの関係ないよねっ!」

海未「その意気です!さあ追いますよ!ストーキング開始です!」

花陽「おー!」



~~~~~



花陽「あ 、サーティワンに入ったね。今日暑いもんね」

海未「ふむ、甘党なのでしょうか。ともかく店の入り口ギリギリに近付いて会話を聞いてみましょう」

ツバサ「ふーんフフーン……あ、マスクメロンおいしい。サーティーワンは注文前に試食させてくれるのが偉いわよねー」

英玲奈「おい、早く選ばないと。他のお客さんが来て邪魔になるかもしれないぞ」

ツバサ「まだ誰もいないじゃない。店員さん、大納言あずきも味見させて?」

あんじゅ「ねえツバサ、いくらなんでも味見10種類目はどうかと思うの」

ツバサ「えー、でも何種類までって制限が書いてないし」

店員「あはは…大丈夫ですよー」

ツバサ「ほら、店員のお姉さんもこう言ってるじゃない。んー!あずきもおいしいわ!褒めてつかわす!」

英玲奈「何様だ」ペシッ



海未「なかなかの傍若無人ぶりですね。肝が据わっていると言うか、あつかましいと言うか…」

花陽「アイスいいなぁ…おいしそ…」

海未「花陽?しっかり観察してください、アイスなら後で買ってあげますから。あ、やっと注文を終えたみたいです。私たちも店内の目立たない位置へ行きましょう」

花陽「アイス…」



ツバサ「結局二人は何頼んだの?」

英玲奈「私はチョコミントとジャモカコーヒーだ」

あんじゅ「ベリーベリーストロベリーとラムレーズンよ。ツバサはトリプルにしたのね」

ツバサ「ポッピングシャワーとバニラとロッキーロード。私はいつもこれって決めてるの」

英玲奈「あれだけ試食しておいてトリプルか…よく食べられるな」

ツバサ「余裕余裕。英玲奈のコーヒーのやつ味見していい?」ガブッ

英玲奈「あ、こら!返事をする前にかじるんじゃない!ああ、一口が大きすぎる…」

ツバサ「ま、コーヒーも悪くないかな」

あんじゅ「ツバサ、口の周りベチョベチョよ」フキフキ



海未「むむ…あの三人、先日見た印象よりも…」

花陽「うん、仲いいねえ」アイスペロペロ

海未「花陽、それ何味ですか?」

花陽「クッキー&クリームだよ。食べる?」

海未「ええ、私の抹茶もどうぞ。あ、綺羅ツバサの様子が変ですよ?」

ツバサ「………」

あんじゅ「ツバサ?いきなり静かになってどうしたのか しら?」

ツバサ「……お腹が痛いわ」

あんじゅ「あ~、お腹。やっぱり…」

英玲奈「ハァ…。ツバサ、お前はお腹を壊しやすいのに、冷たい物を大量に食べたらどうなるかくらいわかるだろ?」

ツバサ「だって…食べたかったから…」

あんじゅ「可哀想に、お腹が冷えたのね。さすって温めてあげるわね」サスサス

ツバサ「サンキューあんじゅ…あー手があったかい…」

英玲奈「ほら、店員さんにお水をもらってきたぞ。整腸剤あるから飲め」

ツバサ「さすが英玲奈、準備がいいわね…ベリーグッドよ」グッ

英玲奈「お前の腹下しはいつもだからな」

あんじゅ「いつもよねぇ…」

ツバサ「うるさい…あ、薬効いてきたかも…」

英玲奈(え?早くないか?)ヒソヒソ

あんじゅ(プラシーボ効果かしらね…ツバサ、単純だから)ヒソヒソ

ツバサ「ちょっと一回トイレ行ってくるわね…」

英玲奈「ハンカチあるか?」

ツバサ「ないわ」

英玲奈「ほら、これ持ってけ」

あんじゅ「ちゃんと手は洗うのよ~?」

ツバサ「ん、わかった」



海未「ほほう…弱点発見ですね。綺羅ツバサは腹が弱い」メモメモ

花陽「う~ん、抹茶も美味しい…流石はアイス専門店、そこらのコンビニで売ってる抹茶味とは一味違います。程よく抑えられた甘み、口の中にふんわりと広がる香り立つ抹茶のフレーバー。
すぅ…っと溶けていく滑らかな口当たり。なによりの違いは口どけの後、雑味が舌に残らないこと。原材料にこだわりを持っていることを窺わせて…」

海未「花陽…?その食レポは一体誰向けなのです」

花陽「あっ、ツバサさんがお腹壊しやすいって話だったよね。試合の前日に匿名でアイスをたくさん差し入れたら体調壊してくれたりして…」

海未「な、なるほど。スポーツマンシップの欠片もありませんがしかし、今度ばかりは手段を選んではいられないのも事実。穂乃果を守るためなら私は修羅にでも悪鬼にでも…」

花陽「う、海未ちゃん?冗談、冗談だよ?あとUTXってオフの日以外は食生活を完全管理してるから差し入れ作戦は難しいかも…」

海未「え、あ!そうですよね!というか私も冗談ですよ?冗談…あははは」

英玲奈「なぁあんじゅ、ツバサは大丈夫だろうか?その辺のドラッグストアに薬を買いに行っておいた方がいいだろうか?」

あんじゅ「ん~、お腹が冷えただけで病気ってわけじゃないし、大丈夫じゃないかしら?」

英玲奈「む…しかしアイツの事だ、もしかしたら病気で、もっと重篤な症状が出ているのに気が付いてないなんて事も…」

あんじゅ「くすくす、英玲奈は心配性ね~。それくらいツバサが大好きなのよね?」

英玲奈「別に、否定はしないさ」

あんじゅ「私もよ~。さっきのテイスティングで粘りまくるツバサなんて子供みたいで、すっごく可愛かったと思わない?」

英玲奈「可愛いかもしれんが、あれは店員さんが迷惑だろう。まったく気疲れさせてくれる…」

あんじゅ「あ、チョコミント味見してもいいかしら?」

英玲奈「ああ、どうぞ。私もラムレーズン一口もらっていいか?」

あんじゅ「ラムレーズンね。はい、あーん」

英玲奈「あむ…ん、美味いな…」



花陽「ハイ頂きました!あんじゅさんと英玲奈さんの食べさせあいっこ!ふわあああ…!眼・福・ですっ…!」

海未「なるほど、サーティワンにはこういう利点が…私も今度、穂乃果とことりと一緒に来店して二人と食べさせあいを…」

花陽「至福の光景…素敵すぎます!にこちゃんにも見せてあげたかったなぁ…!スマホの無音カメラで撮影しとかなきゃ…」

海未「ではなく!観察、観察です。統堂英玲奈と優木あんじゅ、二人になると綺羅ツバサの話ばかりしていますね」

花陽「うん、だよね。二人とツバサさんってもっとピリピリした関係なのかと思ってたけど、全然そんな感じじゃないね」

海未「むしろあの二人、まるで保護者のような…。ふーむ、友人二人がべったり世話を焼いているからこそ、綺羅ツバサはあのように無軌道な行動を取れるのかもしれませんね…」

花陽(それって穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃんの関係と似てるような気もするなぁ)

ツバサ「大復活!!」ババン!

あんじゅ「もうお腹は痛くない?」

ツバサ「大丈夫よ!二人とも、そろそろ次のお店行きましょう!」

英玲奈「わ、急に引っ張るな!」グイグイ

あんじゅ「あら、危ないわよ~?」グイグイ



花陽「わ、ツバサさんがいきなり二人の手を引いてお店を出ちゃったよぉ!?」

海未「トイレから戻ってきたと思えば、まるで嵐のような方ですね!追いますよ、花陽!」

花陽「うんっ!あ、ツバサさんたちの座ってた椅子も直しておこう…」ガタガタ

海未「あ、偉いですね花陽。私も手伝います……よし、行きましょう!」



~~~~~


花陽「そろそろ日が暮れてきたねえ」

海未「ウィンドウショッピング、ボウリング、映画にゲームセンター。あの三人、随分と遊び歩いたものです」

花陽「貴重なオフだって言ってたもんね。あの映画気になってたからストーキングついでに見られて良かったなぁ。面白かったよねっ」

海未「うう…花陽、あのような破廉恥な映画をよく見られますね…」

花陽「あ、そういえば海未ちゃん途中からずっと顔を伏せてたよね。恋愛描写もあったけど、破廉恥ってほどじゃなかったけどな…」

海未「浜辺でなにやら抱き合ったりしていたではないですか…十二分に破廉恥です。ちなみに映画の間の綺羅ツバサたちの様子はどうでしたか?」

花陽「うん、英玲奈さんは無表情だったけどBGMに合わせて指でリズムを取ってたから楽しんでたんだと思う。あんじゅさんは見るからに楽しそうだったなぁ、終わった後にパンフレットとかも買ってたし。
ツバサさんは開始15分でポップコーンを食べ終えて、後はすやすや寝てたよ」

海未「まるで穂乃果です…」

花陽「ふふ、凛ちゃんも映画によってはそんな感じだなぁ。あ、リムジンが来たみたい」

海未「先程も見ましたが、オフにリムジンで送迎とは…UTXはすごいですね」

花陽「だねぇ…。三人とも乗ったね、これで休日おしまいかな」

海未「そのようですね。はっきりとした収穫はありませんが、彼女たちの性格はなんとなく掴めたような気がします。花陽、ありがとうございました」

花陽「えへへ、少しでもお役に立てたかな?ツバサさんたちを追いかけてだったけど、海未ちゃんと色々回れて楽しかったな」

海未「ええ、私もですよ。また近々、敵情視察など関係なしに遊びに行きましょう!」

花陽「はいっ♪」

海未「さてさて、可愛い後輩に夕食まで奢ってあげるとしましょうか。GOHAN-YAで食事などいかがです?」

花陽「わあぁ!! いいの!?黒酢酢豚定食!ナス味噌炒め定食!ミックスフライもいいなぁ!ふんわり卵焼きと納豆とポテトサラダもつけていいかなぁ?!」

海未「ふふ、凛には内緒ですよ?凛にも奢ってー!と言われてしまっては私のお財布がピンチですからね」

花陽「えへへ、うっかり口を滑らせちゃうかも?」

海未「こら、花陽!」

花陽「あははは!」



ツバサ「フフッ、なら私も奢ってほしいなぁ~。園田海未さん?」

海未「もう、ダメだと言って………なっ!!?」

花陽「え、えええっ!?!!!なんで…!?」


ツバサ「はぁい、元気?」ヒラヒラ


海未「綺羅…ツバサっ!」

ツバサ「そう睨まないでほしいわね?同じ休日を共有した仲じゃない」

花陽 「っ…!き、気付いていたんですか?」

ツバサ「ええ、結構最初の方から。あなたたち音ノ木坂のメンバーは、顔と名前を全員覚えてるの。私にしては珍しくね。だから、近付けば大体気配でわかるのよ、小泉さん」

花陽「わぁ!ツ、ツバサさんに名前を覚えてもらえた…!感・激っ…!じゃなくて…け、気配って、そんな…」

ツバサ「英玲奈とあんじゅは気付いてなかったけどね。だから適当に理由つけて私だけリムジン降りてきたの」

海未「なるほど。それで?私たちに何か御用ですか?」

ツバサ「警戒心MAX、それはそうよね園田さん、貴女にしてみれば私は恋仇みたいな存在だものね?」

海未「こ、恋…!?私は親友を奪われたくないだけです!」

ツバサ「ま、なんでもいいけどね。ねえ園田さん、私の球を受けてみない?」

海未「えっ?」

ツバサ「ミットは用意してある。もし、その気があるならそこの公園で、一球だけ私のストレートを見せてあげる」

花陽「あ、あの…それって、ツバサさんに何のメリットもないんじゃ…?海未ちゃんと私しかいないけど、それでも一応、戦う前に直接ボールを見せちゃう事になるわけで…」

海未(花陽の言う通り、綺羅ツバサにはメリットがない。一体何を考えて?まさかキャッチボールにかこつけて私に怪我をさせるつもりでもないでしょうし…)

ツバサ「別にただの気まぐれよ。今日一日追いかけてきてわかったんじゃない?私は深く考えて行動するタイプじゃないの」

花陽「た、確かに…」

海未(試合前に綺羅ツバサのストレートを見られる…?この上ない幸運!)

ツバサ「やるの?やらないの?ミットさえまともに構えててくれれば怪我はさせない。怖がって目を瞑ったりすればその限りじゃないけど」

海未「受けましょう。断る理由などありません」

花陽「う、海未ちゃん、大丈夫…? 」

海未「絶好の機会、逃す手はありません。ふふっ、心配しないでください花陽。たかがストレート、来るとわかっていて取れない物ではありませんよ」

ツバサ「それは上等ね。はいミット。そっち、壁の前に座って。そう、そこ」

海未「……私の準備はいいですよ」

ツバサ「それじゃ、行くわね」



ツバサ「……」ザッ



海未(構えに入った瞬間……空気が変わった)


花陽(ゆったりとしたワインドアップ…ツバサさんの小柄な身体がすごく大きく見える!)


海未(さあ、見極めてみせます…貴女のボールを。流れるような体重移動からの豪快なオーバースロー…来るっ!)



ツバサ「フッ!」ビシュッ!



海未(え、リリースポイントが見えな……速…いっ!!)



          バチィッ!!!!



花陽「うっ、海未ちゃあんっ!!」

海未「……う、…あ」


ツバサ「………。あーあ、目をつぶってボールを弾いちゃったか。つまらないわね」


海未「ああ……ああああ!!!」ガチガチ


ツバサ「園田は生まれて初めて心の底から震え上がった…真の恐怖と決定的な挫折に…恐ろしさと絶望に涙すら流した…これも初めてのことだった…」


海未(勝手におかしなナレーションを入れられているのに…身体が竦み上がって声が出ません…!)ガタガタ

海未(……見えなかった…!球の出所がわからなくて…気付いたら球が目の前に…!怖い…!?怖いっ…!)


花陽「海未ちゃんっ、大丈夫っ!?大丈夫!?」

ツバサ「あーあ、落胆したわ園田さん。穂乃果さんの親友みたいだし、小指の先くらいは期待してたんだけど。言っておくけど今の球、全力では投げてないから」

海未「う…あぁ…」

ツバサ「今の捕り方だと突き指してるかもしれない。小泉さん、指を冷やしてあげておいて」

花陽「はっ、はいっ!」

ツバサ「それじゃ、さようなら。次に会うのは試合かしら。その体たらくで勝ち上がれるのかは疑問だけどね?」

海未「………っ…」

海未(完敗…完膚なきまでに…っ!)

♯23


【本屋】


穂乃果「練習終わりに希ちゃん凛ちゃんと本屋に寄ったはいいけど、いやー散財…一気に4冊も漫画買っちゃったよ~」

凛「新刊がまとめて出てたもんねー。今度凛にも読ませてね!」

希「ウチもウチも。それの続き気になってたんよね」

穂乃果「いいよー、読み終わったら二人にも貸すねっ!」

凛「希ちゃんもなんか雑誌買ってたよね、何の本ー?」

希「ウチはこれ、月刊ムー」

穂乃果「むー?なにそれ?」

希「ふふふ、最高にオカルトでスピリチュアルでクールなスーパーミステリーマガジンやで。読んでみる?」

穂乃果「いいの?どれどれ…地球膨張重力増大…江戸のUFO『虚舟事件』の謎…幻の竜宮城…禁断のボイド時間… 魂活…。 おおう、オカルティック…」

希「今月の付録は【金運・財運を招き、願望を成就させる禁断の最奥義!『奇門遁甲造作法』富本銭型マグネット】二人とも、欲しければ今が買いや!」

凛「ぜっ、全力で胡散臭えにゃー!!」

穂乃果「さ、さすがは希ちゃん…穂乃果にはハイレベルすぎるよ…」

希「ふふ、読みたかったらいつでもバックナンバー貸したげるよ~?」

凛「スピリチュアルとかオカルトも奥が深いんだにゃー…」

希「そうなのだよ凛ちゃん。さてさて、スピリチュアルな話をしてたらちょうど神田明神の近くやし、軽くお参りでもしてかん?」

穂乃果「うん!大会、勝てるようにお祈りしとかなきゃね!」

凛「行くにゃ行くにゃー!」

【神田明神】


穂乃果「平日の夕方だとさすがに人も少ないねー」

希「ふふ、静かにお参りできていいね。さ、お賽銭入れよか」

凛「希ちゃん希ちゃん」

希「ん、どうしたん?」

凛「凛、いつも思うんだけど…神様のところってたくさんの人がお祈りに来るでしょ?来た人たち全員のお願いを聞くのはいくらなんでも無理だよね。その辺、どうなってるのかなーって」

穂乃果「あ、確かに…受験の時、わざわざ遠くの学問の神様にお参りしに行ったのに落ちた~って文句言ってる子もいたなぁ」

凛「だよね、受験の時なんてほとんどの人がお参りに行くのに、落ちる人はいっぱいいるんだもんね」

希「ん~そうやねえ…」

希「ウチの考えやけど、実際んとこ、神様って別にお願いを叶えてくれるわけじゃないと思うんよ」

穂乃果「ええっ!そうなの?」

凛「お賽銭詐欺にゃー!?」

希「あはは、ウチのなんとなーくの考えやから真に受けたらあかんよ?」

凛「じゃあじゃあ、なんで希ちゃんは熱心に神様にお祈りしたりするの?」

希「うーん、そうやなあ。ウチにとってのスピリチュアルっていうのは自分を信じてあげるためのおまじないみたいなものなんよ」

凛「おまじない?」

希「そう。誰でも自信をなくして、自分の力を信じられなくなるような時ってあるやろ?そんな時に、『あの時お参りをしたから神様が守ってくれる』って、そう思えたらちょっぴり気が楽やん?」

凛「気が楽…えー、それだけ?」

希「ご利益っていうのは神様が直接スーパーパワーで助けてくれるってよりも、ほんのちょびっとだけ自信をプラスしてくれるようなイメージやね」

穂乃果「自信を持たせてくれる…かぁ」

希「努力以外でできる事、ってとこかなぁ。それってすごく曖昧なものやけど、試す価値はある。そう思うんよ」

凛「難しい…けど、なんとなくわかるにゃー。お祈りしといて損はない!って事だよね?」

希「うんうん!せっかくお祈りするなら全力でお祈りしとこうって話やね!」

凛「よーし!神様!凛たち頑張ります!」

穂乃果「穂乃果も!神様、私はツバサさんを打ちます。打って、みんなと勝ちます!見ててください!」


希(……なーんて言いつつ、神様に愛されてるような子も世の中にはいるんやけどね?)


穂乃果「南無っ!南無ぅー!」

凛「穂乃果ちゃんそれ宗教違うにゃー」


希(穂乃果ちゃん…統堂さんの守備を破ったあの一打…。この子に憑いてる運はウチのちょっとしたラッキーとはまた違う。天に愛されてる子、そんな感じがするんよ。こういうのって、主人公属性とか言うんかな?)

希(けど、綺羅ツバサちゃん。あの子からも同じ、天運を感じる。同じ主人公属性同士なら、穂乃果ちゃんでも勝てるかはわからない。それなら手助けになってあげたい…)

希(だから神様お願いです。みんなの力になれるよう、私を見守っていてください…もう二度と、この前みたいな無様は晒さない…!)


~~~~~

穂乃果「さてっ。買い物もしたし、お祈りもしたし、そろそろ帰ろっか!」

凛「お腹減ったよー!帰るにゃー!」

希「暗くなり始めてるしね、二人とも気をつけて帰るんよ~」

穂乃果「はーい!」
凛「はーい!」


希(絵里ちは、そろそろあの人らと会ってる時間かな…?)

ペラッ

希(カードのお告げは『正義』の正位置。決して悪いカードじゃないけど…なんだか胸騒ぎがする。おかしな事にならないといいんだけど…)


凛「あ、そうだ希ちゃん。今日の練習中に絵里ちゃんがなんだか暗かったんだけど…なんでかな?」

希「えっ!?あー、ウチは知らんなぁー?(本当は知っとるけど教えるわけには…)」

穂乃果「希ちゃん…?な~んか怪しいような…」

希「全然!全然何も知らんよ!穂乃果ちゃん考えすぎやって~」

穂乃果「ん~?そっかぁ」

凛「希ちゃんでもわかんないかぁ。うーん」

穂乃果「そういえばだけど、穂乃果が話しかけた時もなんだか上の空だったなあ。体調悪かったとか…」

凛「あ、プリンセスの日だったのかな?」

希「そ、その言い方はなんか生々しいなぁ…ええと、たぶん違うんやないかな?」

凛「心配だなぁ。練習中にあんなに落ち着かない絵里ちゃん始めて見たから。誰かと連絡を取ってたみたいだったけど…」

穂乃果「うーん…何かあったなら励ましたいよねえ。やっぱり、絵里ちゃんを元気付けてあげられるのって希ちゃんだと思うな!」

凛「凛もそう思う!希ちゃんがギュッと抱きしめてキスでもすれば一発だよ!」

希「んー、そうや なぁ、キスでも~……って、待ちたまえ!百合は軍務規定違反だぞ凛二等兵!」

凛「にゃにゃ!?」

希「元気づけるために女の子同士でキスというその発想、まさに百合厨!風紀の乱れ、ひいてはサークルクラッシュを引き起こしかねない!」

穂乃果「な、なんだってー!?」

凛「の、希隊長っ!?凛はそんなつもりじゃ」

希「言い訳無用、軍法会議にかけさせてもらおう!穂乃果一等兵、彼女を拘束したまえ!」

穂乃果「イエスマム!」ガシッ

凛「ちょ、穂乃果ちゃ!ひえっ…なんかすっごいマッチョになってないかにゃ!?」

穂乃果「希'sブートキャンプの成果だよっ!」

凛「と、とにかく異議を申し立てるにゃー!凛は百合じゃないよ!」

希「百合じゃないよ!だとぉ~?罪深い……罪深いぞ!どの口がほざいておるのかね!君は花陽ちゃんのバッティンググローブを新品とすり替えて持ち帰り、枕の下に敷いて寝ていたそうじゃあないか!」

凛「え、それの何が悪いの?かよちんの手汗の匂いに包まれて毎晩ぐっすり快眠にゃー」

穂乃果「oh…」

希「ヒエ~ッ!とんだナチュラルボーンガチレズモンスターが隠れとったもんやね!どうやら修正が必要なようだ!ワシワシの刑に処s」

凛「異議ありにゃ!」
\バシィ!/

穂乃果「何ィ?悪あがきは良くないぞ凛二等兵!」

凛「だって絵里ちゃんだって言ってたよ!『希とキス…?アリね♪』って!」

希「えっ……なっ、嘘、絵里ちがそう言ったん?っていうか、どんなシチュエーションでそれ聞いたん?」

凛「練習の合間のたわいもないガールズトークです希隊長!」

希「い、一年生相手になんてヘヴィなガールズトークをしとるんや絵里ち!」

穂乃果「ほほぉう…その件、詳しく聞かせてもらおうか凛二等兵」

凛「続けて爆弾投下するであります、穂乃果一等兵!絵里ちゃんは『どうせキスするなら舌まで入れちゃおうかしらね?ふふっ、ああ見えて希は攻められるのに弱いから♪』とも言っていたであります!エッロい顔して!(脚色マシマシ)」

穂乃果「Foo~!由々しき事態ですな由々しき事態ですなぁ!」

希「えっ、ちょっ、待っ…!?ひ、ひゃあぁぁ…絵里ちのアホ…!」カァァ

凛「ヘイヘイ希ちゃん顔真っ赤だよ~?真のガチレズモンスターは誰かにゃ~?がちゆり、はっじまっるにゃー!」

穂乃果「これは、希隊長……ワシワシの刑だよっ!」ワシィ

凛「執拗にやるにゃ!じっくりと!ねっとりと!!」ワシワシィ

希「うあぁ!!!ゆ、百合はあかーん!!!ブハァ!!!」

穂乃果「あっ、鼻血が!メディック!メディーック!」

♯24


【公園】


絵里「…」


絵里「19時半…そろそろ来る頃かしらね」


絵里「…」


絵里「…来た」


ザッ

ザッ

ザッ…


絵里「……こんばんは」


あんじゅ「はぁい絢瀬さん」

英玲奈「こんばんは、絢瀬さん」


絵里(統堂英玲奈、優木あんじゅ…)


絵里「来てくれてありがとう。試合の時に連絡先を交換しておいて良かったわ」

あんじゅ「うふふ。夜会えないか、だなんて連絡が来るんだもの。びっくりしちゃった」

絵里「ごめんなさい、急に呼び出してしまって」

英玲奈「それで、日も暮れた時分にどのような要件だろうか?」


絵里「…単刀直入に 言います 。綺羅ツバサの弱点を教えて」

あんじゅ「えっ…?あなた、何を言ってるの?」

英玲奈「……絢瀬さん、自分が何を言っているのか理解しているのか」

絵里「問答をする気はないわ。弱点を知っているの?知らないの?」

英玲奈「ツバサも人間だ。弱点も……あるといえば、ある。些細な弱点だがな。しかし、仲間の弱みを敵に話す者がいると思うか?」

絵里「勘違いしないで、これは正当な要求よ。綺羅ツバサを負かして欲しいというのがあなたたちの願い。なら、情報を提供して然るべき。そうでしょう?」

あんじゅ「それは…!」

絵里「それとも、私たちに頼んでそれで終わり?呆れるわ、他力本願もいいところね」

英玲奈「…返す言葉もない。が、それでも教えられる事はない」

絵里「そう。それじゃあ、あなたたち二人の言葉を綺羅ツバサに聞かせてあげようかしらね」

あんじゅ「私たちの言葉…?どういうこと?」

絵里「音ノ木坂が野球をしているのは廃校阻止のため。先日の試合も学校の宣材として使うため、ベンチで録画をさせてもらっていたの。もちろん、UTXの責任者の方から撮影許可は頂いてます」

英玲奈「…」

絵里「録画係をしてくれた子、穂乃果の同級生なんだけど、すごく気の回る子でね。試合が終わった後も撤収ギリギリまで録画を続けてくれていたのよ」

あんじゅ「…!まさか」

絵里「ええ、ハッキリと録画されているわ。あなたたち二人が綺羅ツバサの敗北を願う言葉がね」

英玲奈「…!」

絵里「弱点を教えないと言うのなら結構。綺羅ツバサにダビングした映像を送り付けて、彼女の精神面の動揺と、あなたたちチームの内部分裂を狙わせてもらうわ。勝てる確率を少しでも上げるためにね」

あんじゅ「あっ、貴女…!っ、 卑怯者…!」

英玲奈「……、やめろ英玲奈。元はこちらが迷惑を掛けているんだ」

絵里「穂乃果がいなくなればみんなが悲しむ。大切な仲間を理不尽から守るためなら、私はどんな汚い手段を取ることも厭わない。それで?教えてもらえるのかしら」

英玲奈「わかった…教えよう。教えれば、ツバサにその映像が渡る事はないんだな?」

絵里「約束するわ。映像を送るのは、こちらとしても気分のいい手段じゃないから」

英玲奈「わかった、話そう。あんじゅ、それでいいな?」

あんじゅ「最低よ…絢瀬絵里、あなた最低…っ!許さないから…!」

絵里「……なんとでも言いなさい」

英玲奈「……話すぞ」



~~~~~

絵里「弱点、聞けたわね。……要点だけを話して二人は去って行った」

絵里「………クイック、手抜き癖、そして監督、か」


ガサッ…


絵里「…!誰?」

真姫「…エリー」

絵里「真姫…!どうしてここに?」

真姫「たまたま。ちょっと散歩に出たら、エリーを見かけたから後をついてきたの」

真姫(本当は希が教えてきたんだけど。…っていうか、それなら希が来ればよかったじゃない。この真姫ちゃんを小間使い扱い?なによそれ、イミワカンナイ!)

絵里「……見ていたの?」

真姫「ん、まあ…。詭弁と脅迫で情報を引き出す。流石にやり手ね、エリー」

絵里「真姫、私を軽蔑するかしら?」

真姫「軽蔑?まさか。あなたがやらなきゃ私がやってたわよ」

絵里「……そう」

真姫「だけどエリー、聞き出した情報は私たちの胸に留めておくべきだと思う」

絵里「どうしてそう思うのかしら」

真姫「わかるでしょ…?きっと穂乃果はこのやり方を嫌う」

絵里「…そうね」

真姫「UTXのファンでもある花陽とにこちゃんもいい気持ちはしないでしょうね。海未とことりは勝つために手段を選ばないだろうけど、穂乃果への引け目でぎこちなくなるかもしれない。
凛は…まあ、難しい事を考えさせない方がパフォーマンスがいいし」

絵里「ふふ、そうね」

真姫「でも、希には知っていてもらうべきかも。みんなの中では精神的に大人だし、絵里の事もよく分かってる。合理的な判断をしてくれるはずだわ」

絵里「……駄目よ、希は駄目」

真姫「ハァ ?どう考えたって希が一番理解してくれそうじゃない。一番の親友でしょ?」

絵里「一番の親友だからこそ……希には、私のこういう、汚い面を見てほしくないの…」

真姫「なにそれ…。じゃあそもそも、情報を聞き出した後はどうするつもりだったのよ。はぁ…メンドくさい人たち」

絵里「……ごめんね、ワガママ言っちゃって」

真姫(メールの文面的に、希は大体の事情を察してたみたいだけど。絵里のこの反応も予想してて、それで代わりに私を行かせるような真似をしたって事?ホント、二人揃って面倒)

真姫「いいわ、聞き出せた弱点については私のパパのツテで向こうの関係者から聞いたって事にしましょう。それなら、みんな抵抗なく聞いてくれると思うから」

絵里「…ありがとう、真姫」

真姫「別に……いいわよ」

ブロロロ……キキッ



真姫「もう遅いし暗いわ。家から運転手を呼んだからエリーも乗って行きなさい。家まで送ってあげる」

絵里「う、運転手…?料理人の話は前に聞いたけど、 真姫の家には運転手さんもいるの?」

真姫「…? そりゃ、料理人がいれば運転手くらいいるわよ」

絵里「じ、じゃあ、執事とか侍女とか庭師とか家政婦とか…」

真姫「全部いるけど?ほら、車乗るわよ」

絵里「ほわあ…」チカァ


~~~~~


ブロロ…


絵里「ねえ真姫ぃ…私、統堂さんと優木さんに嫌われちゃったわ…」

真姫「んん」

絵里「せっかく連絡先を交換して、友達になれそうだと思ったのに…」

真姫「そうね」

絵里「特に優木さん…私の事、最低だって…そうよね…最低よね…」

真姫「気にしない事よ」

絵里「そうは言うけど…私の事すっごい睨んでたのよ…」

真姫「あーもう!嫌われるとか承知でやったんじゃなかったの!?めんどくさい!」

♯25


【南家】


ことり「ん~…」

にこ「……」ペラ…ペラ…

ことり「…ね、にこちゃん?」

にこ「……なによ」パラ…

ことり「ちょ~っと休憩してぇ、お菓子でも食べない?ことりが焼いたアップルパイがあるんだよ。アイスを添えて紅茶と一緒に…」

にこ「ん、後でね…」

ことり「うう…」

にこ「集中しなさい。野球漫画でも本でも試合DVDでもなんでもいいわ、資料を徹底的に漁って新たな変化球のヒントを探すのよ!」

ことり「もう疲れたよぉ…にこちゃぁん、せっかくことりの家に遊びに来てくれたんだし、ちょっと何かして遊ぼうよぉ」

にこ「あのねぇ、遊びに来たワケじゃないのよ?にこの家よりことりの家の方が集中できそうだったから来たの。ほら手と目を止めない!」

ことり「ふえぇん…ホノカチャァン…」

にこ「ハノカチャヘアァ~ン…じゃないわよ全く。しっかし、新球種ってやっぱ難しいわねぇ」

ことり「ごめんね、ことりが普通の球種を上手く投げられれば良かったんだけど」

にこ「ん、今使えるストレートとカーブとシンカー(ことりボール)以外でオーソドックスな球種は一通り試したけど上手くいかなかったのよね」

ことり「なんだか上手くイメージができなくって…あ、でもスライダーは!」

にこ「“アレ”は使っちゃ駄目よ。絶対に」

ことり「でも…、うん…」

にこ「ま、こればっかりは向き不向きの問題だし仕方ないわ。投げにくい球を無理に覚えようとしてフォーム崩すのもバカバカしいし。…けど、もう一種類は球種が欲しい。なら新球開発しかないわ。理解オッケー?」

ことり「はぁい…」

ことり(朝から夜まで野球野球野球野球。ことりには無理だよぉ…。もちろん穂乃果ちゃんのために頑張らないとだけど、このままじゃ試合までにことりの脳がパンクしちゃう…な、なにか違う話題を…)


ことり「にこちゃん。かわいいものゲーム、しよう」


にこ「は?なにそれ」

ことり「交互にかわいいものを言っていくゲームです。先に途切れた方が負け。明日クレープおごりね?じゃあスタート!アルパカさん♪」

にこ「ちょっ、ゲームの説明不足!まあ大体わかるけど…えっと、畠山のヒゲ」

ことり「えっ?」

にこ「えっ?」

ことり「畠山、さん?えっ、スワローズの…?あの、かわいいもの…」

に こ「なによ?時間切れになるわよ~。はい3、2」

ことり「あっ待って!チョココロネ!」

にこ「DBスターマン」

ことり「…って?」

にこ「横浜のマスコットよ。タヌキだかハムスターだかの」

ことり「あ、あれならわかるよ。かわいいね。マスコットならバファローベルちゃんもかわいいよね!」

にこ「にこ的には広島のスラィリーと迷うところね」

ことり「えぇ…じ、じゃあことりはぁ~、マンチカン!とっても小型のねこさんだよっ♪」

にこ「中継ぎが炎上した後の切なそうな阪神メッセンジャー」

ことり「~~っ??や、野球から離れようよぉ…。かんかん帽!」

にこ「元ロッテ里崎智也」

ことり「ついに選手名だけに…く、クレームブリュレ! 」

にこ「すぽるとで立浪らPL先輩勢がサプライズ登場した時の元ヤクルト宮本のうろたえ顔」

ことり「マニアックすぎるよぉ…なんか、もういいです。ことりの負けで…」

にこ「はっ、もう降参~?ふふん、あんたのかわいいもの好きも大したことないわねー!」

ことり「うぅぅ…野球…野球が脳を侵食して…野球ってかわいいのかな?高速スライダー…えへへ…高速スライダーってかわいいよね…ビューン、パタパタパター。うふふふふ」

にこ「……あー。……うん、まあ、ちょっと根を詰めすぎたかしらね。ぱ、パイ!アップルパイ食べるわよ!」

ことり「あ、そうだね♪ 食べよっ」

にこ(ふう、目に光が戻ったわね…)


~~~~~


にこ「はむっ、もぐ、、うぅ~ん…美味しい…。アンタのアップルパイ、高級店の味とまでは言わないけど、その辺の適当なケーキ屋には負けてないわよ」

ことり「うふふ、料理上手のにこちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなっ。アイスを一緒に口に入れても美味しいんだよ?はい、あーん」

にこ「あーんって、よくもまあ恥ずかしげもなく…ったく、アンタって女子力の塊みたいな子ね」

ことり「ほらほらぁ、アイスがでろでろになっちゃう!」

にこ「あむ。……ん、おいしい」

ことり「よかったぁ♪ えーっと、こっちのカットがみんなに持っていく分と、これがお母さんにあげる分と…分けてもまだ残るなぁ。にこちゃん後でこれ、持って帰らない?」

にこ「いいの?嬉しい。妹二人と弟がいるから喜ぶわ」

ことり「にこちゃんの妹と弟?わぁっ絶対カワイイ!ことりも会いたい!今度にこちゃんの家に行ってもいい?」

にこ「ダメよ」

ことり「え~っ、なんでぇ。おねがぁいっ♪」

にこ「うぐぬっ…、、ふ、ふん。それが通用するのは海未と、まあ穂乃果と…せいぜい花陽ね。少なくともにこには通用しないわ。あ、真姫ちゃんもチョロるか…」

ことり「んん~……にこちゃん、どうしてダメなの?もしかして、ことりの事あんまり好きじゃないとか…」

にこ「バカ、アンタはこのにこにー直属の後輩よ?…す、好きに決まってるじゃない」

ことり「わぁ!にこちゃんっ♪」ギュッ

にこ「えーい暑苦しい!」ゲシッ

ことり「足蹴はひどいよぉ」

にこ「いい?世界のセンターことマジェスティックにこにーは軽々しく人を家に上げたりしないわ。希でも絵里でもアンタら二年組も一年のガキンチョ三人も同じ。プライベートは安売りしない主義なの」

ことり「ん~。残念…機会があったら妹さんたちと弟さんに会わせてね♪」

にこ「ま、いずれね。にこに似て最強カワイイんだから!」

ことり「いいなぁ~!仲良くなりたいなぁ♪」

にこ「そんなに仲良くなりたいんなら……にっこにっこにー!を、せいぜい必死に体得しておくのね」

ことり「ふふっ、にこちゃんはいいお姉さんしてそうだもんね?」

にこ「ほら、リピートアフターミー!にっこにっこぬぃぃぃぃい!」

ことり「にっこにっこに…って、にこちゃん!」

にこ「な、何よ!突然顔近づけないでよね!」

ことり「新球種!イメージが出来たの!外でキャッチボールしてみよ!行こっ?」グイッ

にこ「ちょ、ことり!引っ張らないでよね!あぁーもう、穂乃果じゃあるまいし!」

♯26


【部室】


穂乃果「はぇ~、それじゃことりちゃんの新変化球っていうのは…」

ことり「うんっ!手をね、こう…にっこにっこにーの形にして…こうやってボールを掴んで投げるの!」

穂乃果「にっこにっこにーで握るのかぁ。えーっと、立ててる三本の指でボールを固定して、曲げてる二本の指の爪を立てる、っと…ことりちゃん、こんな感じ?」

ことり「うん♪ 大体そんな感じ!」

海未「穂乃果、真似すると怪我しますよ。ことりの指は人よりも少し長めですから、そのおかげで変則的な握り方でもボールを安定して握り、投げることができるのでしょう」

穂乃果「うん、穂乃果の手じゃなんか握りにくいや…それでそれで、これってどんな変化するの?」

ことり「うふふ~。練習始まったらすぐに見せてあげるねっ」

穂乃果「う~、早く見たいな。一球!一球ここで投げてみてよ!」

ことり「えっ、えぇ!部室で投げたら危ないよぉ」

穂乃果「まだ他のみんな来てないし大丈夫!一球だけ!」

海未「いけません!ダメに決まっているでしょう!こんな狭いところで投げては怪我をしますし散らかりますし、フォームも崩してしまいかねません!」

穂乃果「そっかぁ…無理言ってごめんね、ことりちゃん…」シュン

ことり「こっちこそごめんねハノケチェン…」

海未「全く、堪え性のない…」

穂乃果「むー、海未ちゃんはもう受けてみたんだよね?どんな感じだった?」

海未「そうですね、簡単に言えば沈む遅球、でしょうか。握りはナックルに似ているのですが、実際の軌道や使い方としてはチェンジアップに近いです」

穂乃果「なるほどねー。チェンジアップかぁ」

海未「ストレートとの択一を迫れる素晴らしい球でしたよ。十分に武器の一つとして使えます」

ことり「まだまだこれから精度を上げていかないとだけどね♪」


ガチャッ


穂乃果「あ、にこちゃん」

にこ「ん 、早いわね二年トリオ」

穂乃果「にこちゃん聞いたよー、にっこにっこにーの握りで変化球ができたって」

にこ「ふふん、スーパースター矢澤にこの一挙手一投足全てには大宇宙の意思が宿ってるの。にっこにっこにーの握りで投げればそれ即ち必殺の魔球と化す…世界の摂理よ。覚えときなさい!」

穂乃果(清々しいほどにドヤ顔だなぁ)

海未(にこ…こっちが恥ずかしくなるほどに鼻高々です…)

ことり(得意げなにこちゃんカワイイっ)

にこ「あの球、スーパーにこにーボールと名付ける事を許可するわ」

ことり「え、すーぱーにこにーぼーる?う、うーん…そのネーミングはちょっと…」

にこ「何よ、文句ある?」

穂乃果「はは、ダサい」

にこ「ぬわぁんですってぇ!!?穂乃果ァ!ひっぱたくわよ!!」バシッ!

穂乃果「じ、冗談!冗談っ!ひっぱたいてから言わないでよ!」

ことり「え、えーっと…スマイルボール!にこちゃんだから、にっこり笑顔でスマイルボールはどうかなっ?」

穂乃果「あ、それいいよ!すごいいい!」

海未「ふふ、にことことりの共作にピッタリの可愛らしい名前ですね」

にこ「にこの名前が直接的に入ってないのはちょ~っと不満だけど…ま、それでいいわ」

ことり「それじゃ、新球の名前はスマイルボールでけってーい!」


海未(スマイルボール…確かに、とても効果的に使えそうな球です。ですが、ですが…あの綺羅ツバサと投げ合って、本当に勝てるのでしょうか…)


穂乃果(海未ちゃん、なんだか浮かない顔してる…。なにかあったのかな)



バァンッ!!

花陽「ダレカタスケテェッッッ!!!」



にこ「どわぁ!ビックリしたぁ!」

穂乃果「助けを求めつつ部室のドアを蹴り開けた!?斬新なエントリーだね花陽ちゃんっ!」

海未「ど、どうしたのですか花陽」


花陽「大変!大変なんですっ!これを見てくださいッッ!!」カタカタカタッターン!

ことり「パソコン?えーっと…あ、女子野球のまとめサイトだね」

海未「2525速報、女子野球関連では最大手のアフィリエイトブログですね」

にこ「…」

海未「それで、このサイトがどうしたのです?」

花陽「この記事!一番上のっ!見てくださいっ!」

穂乃果「 これ?なになに…女子高校野球界にダークホース誕生…その名も音ノ木坂学院野球部…」

海未・ことり「ええっ!?」

にこ(ふふふ…)

穂乃果「ダークホースって?」

花陽「隠れた有力校、ぐらいの意味ですっ!」

穂乃果「なるほどー。……ん?じゃあうちの高校が注目されてるって事!?」

花陽「そうです!そうなんです!このサイト、どこだかでこの前のUTX戦の情報を手に入れたみたいで…。しかも、チーム全員についてかなり詳しくまとめてあるんです」

海未「音ノ木坂の頭脳、強肩強打の大和撫子ガール園田海未…。な、なんですかこの記事は…」

穂乃果「あ、写真も載ってるんだね。わぁ、このベンチで汗を拭きながらジュース飲んでる写真とかちょっとセクシーだよ海未ちゃん!」

海未「う、うぁあ!こんなものが全国に晒されているのですか!?恥ずかしすぎますっ…!花陽!そのパソコンを閉じてください!いいえ閉じるだけではダメです!このバットで粉々微塵に破壊を!」

花陽「ピャアアア!?PCにバットを振りおろそうとしないでぇ!」

穂乃果「ちょ、海未ちゃんストップ!落ち着こう!花陽ちゃんのパソコン壊したってその記事は消えないよ!?」

海未「放してください穂乃果ァ!」ジタバタ

ことり「どれどれ、穂乃果ちゃんはぁ…、いつも朗らかチームの太陽、鋭いスイングから放たれる打球は意外性ナンバーワン。わあ!穂乃果ちゃんも可愛く撮れた写真がいっぱい載ってるよっ」

穂乃果「おー、本当だ!この守備のシーンとかカッコよく写ってる!」

花陽「ことりちゃんもベタ褒めだったよ!ほら見て、麗しのサブマリン、美しくしなやかなフォームで打者を幻惑!」

ことり「わぁ、なんだかちょっと照れちゃうなぁ♪」

花陽「小銭拾いしか脳のない腐れブログだと思ってたけど、まさか独自記事で音ノ木坂を取り上げてくるなんて…少しだけ、見直しました」

穂乃果「それにしても詳しい記事だねえ。ん?なんか、にこちゃんの記事だけ長いね。しかも超ベタ褒め…」

ことり「ほんとだぁ。管理人さんは特ににこちゃんのファンなのかなぁ?」

にこ「ま、にこにーの圧倒的オーラに魅了されちゃう管理人がいるのも仕方のない事よね~?あ~ん、にこにーってば、罪深すぎぃ~!」


ガチャ


希「お、みんなパソコンにかじりついて何してるん?」

海未「希ぃ…変な写真が…ネットに私の変な写真がぁ…」

希「どしたん海未ちゃん、足なんて震わせて。アイコラでも作られた?」

穂乃果「これこれ!なんか音ノ木坂野球部がネットで特集されてるんだ!」

希「あー、それにこっちのサイt…モガガ!」

にこ(希!黙ってなさい!)ヒソヒソ

希(なんで?音ノ木坂の知名度アップに役立ってるんだから言ったらいいやん。2525速報は矢澤にこの運営しているサイトですーって。絵里ちもウチも知ってるんやし)ヒソヒソ

にこ(絶対言わないわ)

希(んー?『奥ゆかしさ』なんて、にこっちに一番似合わん言葉やと思うよ?いつもの自己顕示欲全開スタンスで行こうよ)

にこ(なによ自己顕示なんちゃらって!まず海未!海未ににこのブログだって知られてみなさい、夜叉みたいな形相で記事の消去を迫ってくるのが確実よ)

希(なるほど…その光景がありありと目に浮かぶね)

にこ(あと、花陽も…)

希(花陽ちゃん?あ、そういえば花陽ちゃん、ガチガチのアンチアフィやったね。そっか、ふふ。可愛がってる後輩に嫌われたくないもんね?)

にこ(…そ、そうよ。悪い?)

希(んーん、了解♪ じゃ、これはウチら三年生だけのヒミツって事で)

にこ(ん…それでよろしく頼むわ)

希(でも残念。にこっちが書いてるってわかって読むと、また違った面白さがあるんやけどな~)

にこ(なによ、その面白さってのは)

希(だって、ねえ?穂乃果ちゃんをチームの太陽って書いてたり、花陽ちゃんは堅守を誇るチーム1の癒し系少女、凛ちゃんは笑顔きらめく韋駄天キャットガール、真姫ちゃんはクール&キュートな未完の大器、とかやったっけ?)

にこ(書いたけど、それがどうしたのよ)

希(ふふ。なんていうか、にこっちのチームみんなへの愛がこれでもかってぐらい溢れてるんよねぇ)

にこ(うぐっ!ちょ、そういう読み方するのやめなさい!恥ずかしいでしょ !)

希(絵里ちとたぁっぷり楽しませてもらうよ~?)

にこ(やぁめなさいよ!)

♯27


穂乃果『体力の限界、ケガ人が出る寸前まで追い込んでの練習の毎日。

思わず悲鳴を上げちゃいそうになるけど、みんな頑張ってるんだ!って自分を奮い立たせて歯を食いしばります。
掌はもうマメでカチカチ。すっかり女の子っぽくない手になっちゃったかな、えへへ。


あ、試合も色々なチームとしたんだよ!
近隣の女子チームのところに出向いたり、社会人野球のチームと対戦させてもらったり!
社会人には流石に勝てなかったけどね、あはは。


頑張ったのは穂乃果たちだけじゃありません。
ヒデコ、フミコ、ミカの三人は練習を手伝ってくれつつ、合間の休日には関東圏の強豪校のデータを集めてきてくれたんだ!
それより遠い範囲の強豪校には西木野グループの調査員の人たちが。やっぱり真姫ちゃんのお家はすごいなぁ。


あ、私たちの周りでちょっとした変化が一つ!
謎のサイトで取り上げられた影響もあってか、音ノ木坂学院野球部の知名度が上昇!近所のおじさんやおばさん、通りすがりの人なんかが「頑張って」と声をかけてくれるようになったの!
たまにお菓子なんかをくれる人も!
とっても嬉しいんだけど、海未ちゃんは「危険です!知らない人からもらった物を食べてはいけません!」だって。海未ちゃんのケチ~。


そして一ヶ月ほどが過ぎ…


いよいよ、大会が始まります!


参加を表明した全国百数十校で争われる巨大トーナメント!
会場は東京だから、遠征しなくていい分 音ノ木坂は少し有利なのかも 。UTXもそれは一緒だけどね。

期待、不安、焦燥、自信、葛藤…それぞれの胸に思いを抱えて。

自分の運命を賭けて、私たちは大会に臨みます!

一生懸命、全力のプレーで!音ノ木坂学院はこんなにいい学校なんだって全国に広めてみせるんだ!』


【大会版オーダー】

1 遊 星空凛 1030
2 中 矢澤にこ 1450
3 三 高坂穂乃果 1863
4 一 東條希 2855
5 右 綾瀬絵里 2047
6 捕 園田海未 1588
7 二 小泉花陽 772
8 投 南ことり 2540
9 左 西木野真姫 405

♯28


【抽選会会場】


穂乃果「うわぁ…すごい人の数」

にこ「当然よ、地方予選なしのオープン参加で、今回は大会史上最多の142校!それが一堂に会してるわけだから壮観よね!」

絵里「ふう、人酔いしちゃいそうね」ゴクゴク

にこ「絵里、アンタさっきから水ばっか飲んでるけど大丈夫?変な時にトイレ行きたくなるわよー?」

絵里「あはは、なんだか緊張して喉が乾いちゃって。気をつけるわ」

花陽「ああっにこちゃん!大阪桐陽だよ!あっちにいるのは横女!広学もいる!あれは創徳!?かっこいいいぃぃぃ!はあぅっ見て凛ちゃん真姫ちゃん!
徳島に香川に…四国勢がズラリだよ!ことりちゃん見て見て!博多第一のあの二人は今大会の注目バ ッテリーなんだよ!はああぁぁあテンション上がるよぉ~!」

ことり「は、花陽ちゃん揺さぶらないでぇ~」ユラユラ

にこ「最高ね最高ね!こんな機会そうそうないわ!ガッツリ目に焼き付けておくのよ花陽!」

花陽「はいっにこちゃん!」

凛「かよちんもにこちゃんもすごく嬉しそう!」

真姫「会場に入ってからずっとこの調子。水を得た魚って感じね」

凛「この会場に集まってる人たちと今から戦うんだよね。うーっ、凛もテンション上がるにゃー!」

希「うひゃあ、報道陣もいっぱい。流石はテレビ局がメインスポンサーの大会やねぇ」

海未「の、希…気のせいでしょうか、私たちに向けられているカメラがとても多いような…」

希「んー、気のせいやないと思うよ。ネットを中心にウチらの知名度は上がってるみたいやし、廃校阻止のために戦う音ノ木坂学院!いかにもマスコミ好みやん?」

海未「や、やっぱり…!あっフラッシュが!ひいっ !撮らないでください!恥ずかしい…!」

穂乃果「ダメだよ海未ちゃん!何事も度胸度胸っ!海未ちゃんのビボーでファンを増やさないと!」

ことり「そうだよぉ。海未ちゃんの可愛さを全国にお届けしないと、ねっ♪」

海未「無理ですぅ!恥ずかしいぃ!ううぅぅ…」

希「うひひ、照れ屋さんな感じも需要あると思うよ?これはこれで、中々そそるやん?」

ことり「わかるよ希ちゃん…、キレイなお着物を着せて、帯回しとかしたいよねえ。ヨイデハナイカ、ヨイデハナイカ…うふふふふ…」

穂乃果「おお…ことりちゃんが猛禽類の目をしてらっしゃる…」


キャアアアア!!キャアアアー!!!
パシャ!パシャシャシャ!!パシャッ!


凛「なんの歓声にゃ?」

真姫「なにかしら、入り口の方…あっ!」


にこ・花陽「「UTXキタァァァァァ!!!!!」」


真姫「二人とも、すっかりファンの目に戻ってるじゃない…そんなんじゃ困るわよ」

ことり「うふふ、今日ぐらいはいいんじゃないかなっ。花陽ちゃんもにこちゃんも、子供みたいにはしゃいでてカワイイ♪」

絵里(UTXか…)

海未「怖いぃぃ…カメラが怖いですぅぅぅ…」

穂乃果「海未ちゃん、もうカメラ全部あっち向いたから大丈夫だよー」

海未「ほんとですか…?はぁ、怖かったです…」ぎゅっ

穂乃果「よしよし」ナデナデ

凛「あれあれ?なんかUTXの優木さん、こっちすごい睨んでない?」

花陽「え、あんじゅさんが?そんなわけないよ…って、ほ、 本当だ…」

絵里「……っ」

にこ「ちょっと…誰か、あんじゅに失礼な事したんじゃないの?穂乃果、あんたとか怪しいわね…。なんか変な事言ったりしたんじゃないの?」

穂乃果「にこちゃんってば失礼な!穂乃果じゃないよー!……た、たぶん」

絵里「……」ゴクゴク

ことり「絵里ちゃん、そんなに水飲んで大丈夫…?」

絵里「ええ…喉がカラカラなのよ。あ、水なくなっちゃった…」

ことり「ことりの水も飲んでいいよ」

絵里「ありがと、コッティー」ゴクゴク

ことり「えっ?こっ、何?」

花陽「こ、こってぃー?」

希(アカン、動揺しすぎやろ絵里ち。なんやコッティーって…。
あの晩、UTXの二人と絵里ちが会った日のこと、真姫ちゃんに聞いても詳しく話してはくれなかった。きっと絵里ちに口止めされてるんやろね。
まあそれは予想通りとして、なんとなくUTXと一悶着あったっぽい雰囲気やったからなぁ…)

【それではこれより、組み合わせ抽選会を始めます】


海未「あ、始まるみたいですよ」

凛「ねえかよちん、抽選会ってどういう仕組みなの?」

花陽「うん、甲子園だと各チームのキャプテンが前に出て、予備抽選ってので決めた順番にくじを引いて決めるんだけど、この女子大会はチーム数が多すぎる事もあって機械抽選なんだ。
あの大きいスクリーンに初日の組み合わせから順番に発表されていくんだよ」

凛「へぇ~、なんだかハイテクにゃー」

穂乃果「え、そうなんだ。くじ引きしたかったなー」



【大会一日目、第一試合は 音ノ木坂学院 対 樫山南高校!】



穂乃果「あ、一試合が出たね。音ノ木坂と樫山南だってー。ん、音ノ木坂…?って、えええっ!!」

海未「し、初日…一試合目!」

絵里「ハラショー…」

真姫「一番最初って…どうなのかしらね。ん…花陽?どうしたの?」

花陽「樫山南?岡山県立樫山南高校!?そんな…」

にこ「っ、よりによって…」

凛「二人とも、なんで苦い顔してるの?」

ことり「もしかして…すごく強いチーム、とか?」

花陽「ううん、そうじゃないよ…。樫山南はね、音ノ木坂と同じ。廃校になる高校なんだ…」

ことり「えっ、廃校に…そうなんだ」

真姫「それじゃあうちと同じように、廃校阻止をかけて、出場してるって事?」

にこ「違うわ。樫山南はね、もう廃校は決定済みなの」

真姫「決定済み?じゃあ、どうして…」

希「樫山南、ウチも雑誌で見たよ。最後の思い出作りのために…って話やね」

穂乃果「じ、じゃあ…穂乃果たちが倒したら、そこで樫山南の選手たちは…」

にこ「そう。そこで樫山南の野球はおしまい」

ことり「……樫山南の人たち、とっても仲が良さそう」

海未「似た境遇の彼女たちに引導を渡さなければな らない… というわけですか」

凛「なんだか、ちょっと気が引けちゃうね」

絵里「そんな境遇なら、きっと試合にかける思い入れも強いはず。全力で戦わないといけないわね…!」

穂乃果「…うん、似てるからこそ、負けるわけにはいかないよね。みんな、気持ちで負けないように頑張ろう!」

♯29


【抽選会場廊下】


ガヤガヤ…


凛「うー、やっと出られたにゃ~!背中バキバキだよー。ことりちゃん、軽くストレッチしよ」

ことり「うん、いいよ♪ 人が多くてちょっと疲れちゃったねえ。はいっ、腕引っ張るよー!」

凛「にゃー!!」パキポキ


真姫「抽選会ってこんなに時間かかるのね…。椅子の座り心地がイマイチだったせいで腰が痛いわ」

花陽「結局UTXとは反対のブロックだったね。戦えるのは決勝…アキバドーム…!」

穂乃果「アキバドームか…。決勝は地上波で全国に放送されるんだよね。そうすれば廃校も…うん、なんとしても勝ち抜かなきゃだね!」

真姫「ええ、そうね。せっかくなんだからフルに宣伝させてもらわないとね」


絵里「みんな、ちょっと私トイレに行ってくるわ。待っててね?」

にこ「アンタ抽選会の途中からずっとモジモジしてたもんねー。水の飲み過ぎよ」

絵里「うう…漏らさないうちに行ってくるわ…」

海未「あ、待ってください絵里。私も今のうちに行っておきます。穂乃果はいいのですか?」

穂乃果「んー、いいや。ツバサさんたちいないのかな?挨拶しときたかったんだけどなー」

花陽「マスコミに囲まれちゃわないように早めに会場を出たみたい。私も挨拶したかったなぁ」

海未「では行ってきますね」

絵里「急ぐわよ海未!よぅし、トイレまで競争。負けた方ジュースおごりっ!」ダダダ!

海未「あっ、絵里!ずるいですよ!それに走っては危ないです!」タタッ!

花陽「わぁ、猛スピードで行っちゃったぁ。絵里ちゃん、よっぽどトイレ我慢してたんだね」

真姫「エリー、まだジュース飲む気なの…?」

希「……」ペラッ

希(『塔』のカード。事故、トラブルの暗示…。えらく不穏やね…)

希「ごめーん、ちょっとウチ もトーイレ。みんな待っててな」

花陽「あれ、希ちゃんも?」

真姫「二人と一緒に行けば良かったじゃない」

希「いやぁ、後から行きたくなっちゃって。さっきまではなんともなかったんやけどね?あはは」

にこ「…、じゃ、にこも行くわ。希一人じゃ心配だから」

希「え、いいよにこっち。もし迷ったらスマホで連絡するし」


にこ(……表情でわかるのよ。絵里たちに嫌な予感がするんでしょ?なら一人では行かせないわ)ヒソッ

希(あー、鋭いなぁ…にこっちは)


~~~~~


キャーアヤセエリサンヨー!
ソノダウミサンモイルワー!
ステキー!コッチムイテー!ダイファンデスー!

海未「ど、どうしてこんなにファンがいるのですか!まだ公式試合は一戦もしていないと言うのに!」

絵里「それだけ女子野球の人気が上がっているって事ね。ネットで祭り上げられただけかと思ってたけど、現実にこんなにファンがいるなんて驚きだわ」

海未「うう、しかも女性ファンばかり…私は女ですよ?」

絵里「あらっ、海未は男性ファンが欲しいのかしら?」

海未「ち、違いますっ!男性ファンも女性ファンもいらないという意味ですっ!」

絵里「あははっ!冗談冗談、からかってごめんね?それにしてもトイレが遠い…そろそろ限界な感じ…」

海未「え、絵里っ!漏らしてはいけませんよ!?これだけ注目の集まっている中でそれは洒落になりません!あっトイレが見えました」

絵里「ハラショー!駆け込みましょう! 」

タタタタ!バタン!

~~~~~


ザーッ

絵里「はあ…間に合ってよかった…水の飲み過ぎは良くないわね」

カツ、カツ、カツ

絵里(ん、誰かトイレに入ってきたわね)

ガチャッ、ガタガタ…

ドボボボボ

絵里(掃除用具入れから何かを出して、水を…バケツ?掃除の人かしら)


『せーのっ』


バシャーッ!!!!


絵里「きゃああっ!!!」


『ギャハハハハハ!!!』


海未「絵里!?どうしたのですか!」

絵里「な、上から水…!」


バタン!


絵里「誰!?何をするの!」

モヒカン女A「あー、音ノ木坂の絢瀬絵里で合ってる?」

絵里(女なのにモヒカン?制服を着ているから高校生だろうけど、見るからにガラが悪い…それも三人)

絵里「そうだけれど。見ず知らずの相手に水をかけるなんて、一体何のつもり?」

海未「絵里…!個室の上から水を!?何の真似です、貴女方!」

モヒカン女A「なんかチヤホヤされて調子に乗ってるみたいだからさぁ」ヘラヘラ

海未「ふざけるのもいい加減にしなさい。喧嘩なら私へどうぞ。いくらでも買って差し上げます」

絵里「海未!暴力はダメよ。出場停止にされてしまうわ」

海未「っ、ですが絵里!」

モヒカン女B「来ないの?こっちは殴るけど!」ブンッ

海未(な、後ろ手に凶器を隠していた!?まずい!)

ガシッ!

希「ちょいちょい、危ないなぁ。出会い頭に暴力はアカンやろ」

モヒカン女C「誰だよテメエ…あ、東條希!」

絵里「希!」

希「靴下に砂を詰めたブラックジャックね~。傷の証拠を残さんようにご丁寧にこんな凶器作って…ちょーっとタチ悪すぎやないかな?」

ミシ…ブチブチッ… ザーッ

モヒカン女B「あっこいつ、ナイロンを素手で引き裂きやがった…」

にこ「うわっ、モヒカン?ダサッ!?」

絵里「にこ!」

にこ「なによ絵里、ずぶ濡れになっちゃって。ははぁん、トイレ間に合わなかったわけ~?」

絵里「もう、にこったら…」


海未「さて、四対三ですね。それでもやるのなら、私が相手になりますが?」パキポキ…


希「キミらの運勢は…『死神』のカード。さぁて、ウチの親友にそれ以上何かするなら、……大変な不幸が起こるかもよ?」

にこ「え~っ、にこ喧嘩とかムぅリぃ~!警備員さん呼んじゃったぁ~」

モヒカン女A「チッ、色々と面倒だわ。行くよ」


~~~~~


にこ「行ったわね…」

絵里「はぁ…怖かった…」ヘナヘナ

海未「絵里、大丈夫ですか…?こんなに濡れてしまって、風邪を引いては大変です」

希「こんなこともあろうかとタオルと着替えのジャージを持ってきてたんよ。はい、絵里ち。着替えてき?」

絵里「わぁ、ありがとう希!」

にこ「いやいやエスパー!?用意良すぎでしょ!」

希「備えあれば憂いなし!ってね。それにしても、あの人ら誰やったん?」


絵里(もしかして、UTXの二人を怒らせたのと何か関係が…?)


にこ「絵里、表情暗いけど何か心当たりあるわけ?」

絵里「え、いや…そういうわけじゃ…」

にこ「ま、どっちでもいいけど。多分アンタが予想してる相手とは何の関係もないわ」

希「にこっち、どうして言い切れるん?」

にこ「アイツらの制服を見たからよ。京都健英高校、通称『狂犬高校』。女子高校野球ではかなりの強豪だけど、ラフプレーと素行の悪さでも有名なの。まあ要はクソヤンキーよ」

海未「そうだったのですか…」

にこ「他校の有力選手潰しも常套手段。試合中はギリギリグレーゾーンのプレイで怪我人が多発。関わり合いになりたくない連中ね」

希「ははぁ、そんな人たちやったんやねぇ」

絵里「うん…目が怖かったわ。希、にこ。来てくれてありがとう。海未も、守ってくれてありがとう」

海未「いえ、絵里に怪我がなくて本当に良かったです…。それと、今の出来事はみんなには話さずにおきましょう。変に怖がらせてしまってもいけません」

絵里「そうね。ガラの悪い連中もいるから注意するようにとだけさりげなく伝えればいいと思うわ」

ペラッ

希「カードは『節制』。うん、その方がいいみたいやね。よし、みんなが心配したらいかんし戻ろっか!」


~~~~~


絵里「みんな、待たせちゃってごめんね!」

凛「あれっ、絵里ちゃんなんでジャージに着替えてるの?」

絵里「えっ、あ、これはね?ええと…」

海未(絵里!言い訳を考えていなかったのですか!?)

希「みんな、あんまり突っ込まんどいてあげて?絵里ちはな…間に合わなかったんよ」


絵里「え、希?」


花陽「間に合わなか……あっ…!」

穂乃果「ぅ絵里ちゃん…っ!」

凛「お漏らしにゃー!?」

絵里「ち、違っ!」

ことり「大丈夫…いいんだよ、絵里ちゃん。いいんだよ…」ぎゅっ

花陽「恥ずかしがらなくて大丈夫だよ。私もなかなかトイレに行きたいって言えない方だから、気持ちはわかります」なでなで

真姫「ま、生理現象だから。仕方ないわよ」クルクル

穂乃果「穂乃果も六年生の時にやっちゃったよ!大丈夫っ!」

凛「さすがの凛もこれはネタにしないから安心してほしいにゃ!」


海未(仕方ありませんよ、絵里。ここはもう、そういう事にしておきましょう)ヒソヒソ

絵里「ああっもう!みんなの優しさが痛い!さ、最悪よぉ!!」

希(本当はもうちょっとマシな言い訳があった気がするけど…とっさに思いつかんかったし、面白いからまあいっか。ごめんな絵里ち)


にこ(……問題は、あの京都健英高校とは準々決勝で当たる可能性があるって事よね。…これ以上、アンタたちを危ない目には遭わせないから。あいつらは私が止める!)

♯30


【高坂家】


亜里沙「雪穂雪穂!急いで~!」

雪穂「わわ!待って亜里沙!カルピスこぼれちゃうよ!」

亜里沙「もう試合始まってるよ!パソコンの電源入れて…よいしょ!」

雪穂「女子大会はCSかネット中継でしかやってないんだよね~。おせんべいとカルピスここに置くよ?」

亜里沙「ありがと雪穂。はぁ、応援しに行きたかったな…」

雪穂「夏期講習さえなかったらなぁ。勝ち上がったら塾サボってでも行こうね!」

亜里沙「うんっ!」

雪穂「よし、繋がった!」



《全国高等学校女子硬式野球選手権大会》

(一回戦)
音ノ木坂学院(東京) 対 樫山南高校(岡山)



【実況】
『一回の表、先攻の音ノ木坂学院。流れるような攻撃を見せています。

ヒット、すかさず盗塁で二塁に進んだ星空を二番矢澤が堅実な送りバントでワンナウト三塁の場面。

ここで二年生キャプテンの三番高坂へと打順が回ります』


亜里沙「あっ穂乃果さんだよ!」

雪穂「お、お姉ちゃん~!頑張れーっ!」

【実況】
『バッター高坂、軽く屈伸を一つ、打席へと入ります。

樫山南のエース田村、捕手のサインを見つめて、首を縦に振る。

セットポジションから、投げた。


――キインッ!


打った、高々と上がった。
これは犠牲フライには充分か。三塁走者星空はタッチアップの構え。

レフトが下がって…

いや伸びる、滞空時間が長い、
レフト下がる、レフト下がる…!

……入った、入りました!
大会第一号!スタンド最前列に飛び込むツーランホームラーン!』


亜里沙「ホームラン!ホームランだよ雪穂!すごいすごい!」

雪穂「やった!やったぁ!お姉ちゃんっ!すごいよー!」


穂乃果ママ「やったわね穂乃果!」


亜里沙「あ、雪穂のお母さんが喜んでる声がするよ。あれ、店番してるんじゃ?」

雪穂「あはは、多分今お店のカウンターに誰もいないんだと思う」


【実況】
『ん?打った高坂はまだ全力疾走しています。
おっと、二塁を蹴ったところで立ち止まりました。塁審に何か確認していますね

ホームラン?ホームラン?と尋ねているよ うに見えます。

あっ、ようやく気が付いた模様です。
あー、笑顔でバンザイ!両腕を高々と突き上げています!

素晴らしい一打!音ノ木坂学院2点を先制!』


雪穂「お姉ちゃん…また微妙に恥ずかしい事を…」

亜里沙「穂乃果さんらしくて素敵だよ!ハラッセオ!」


~~~~~


試合終了

音ノ木坂 13-1 樫山南

海未「穂乃果!ことり!完勝でしたね!」

ことり「うんっ!6回からは絵里ちゃんが投げてくれたから疲れもあんまりないし、すごくいい勝ち方だったと思うなっ」


穂乃果「………」


海未「穂乃果…?」
ことり「穂乃果ちゃん?」

穂乃果「樫山南のみんな、泣いてた…」

海未「…そうですね」

穂乃果「でも、最後の挨拶の時、頑張って!って言ってくれたんだ」

ことり「そうだね…」

穂乃果「勝とう。樫山南の分まで。海未ちゃん、ことりちゃん。絶対にやり遂げよう!最後まで!」

海未「ええ!」
ことり「うんっ!」

♯31


【球場控え室】


ことり「わっ、今日はスタンドがかなり埋まってるよ~」

花陽「初戦の快勝で音ノ木坂の注目度がすっごく上がってるみたい…!ちょっと緊張しちゃうね…ことりちゃんは大丈夫?」

ことり「うふふ、ちょっとだけ緊張するかな~。だから花陽ちゃんのほっぺた触らせてね?」

花陽「ぷ、ぷにぷにしないでぇ…」

希「真姫ちゃん、応援曲の評判も凄いみたいよ。全てオリジナルの出囃子と応援曲、音ノ木坂はプロの作曲家を雇っているのか~なんて書き込みがいっぱい」

真姫「トーゼン。この私が作った楽曲群よ。プロにだって負けないんだから。海未の詞も悪くないしね?」

海未 「自作の詞が歌われてるというのはどうにも慣れませんね…。なんだかすごく不思議な気分です」

にこ「真姫ちゃん!にこの専用応援歌はまだ出来てないの!?」

真姫「大体完成したけど…にこちゃんが持ってきた歌詞、あれ正気で書いた?あんなの本当に応援団に歌わせるの?」

にこ「なぁによ!文句ある!?」

真姫「別に…」クルクル

穂乃果「ねえねえ、今日戦う相手はどんな高校なんだっけ?」

希「えっとね、札幌清心高校。北海道にあるキリスト教の高校やね」


バーン!


穂乃果「ドアが蹴り開けられた!?」

札幌清心の選手「絢瀬絵里はいるかしら!!」

海未「貴女!ドアを開ける時はお静かに!」

札幌清心の選手「あ…ごめんなさい」

絵里「絢瀬絵里は私よ。何か用かしら?」

札幌清心の選手「噂通りね…。貴女のそのペンダント、ロシア正教の八端十字架!」

絵里「あぁ、これはおばあさまの…」

札幌清心の選手「ロシア正教会の犬!邪教徒め!」

絵里「むっ…」カチン

札幌清心の選手「勝負よ絢瀬絵里!私は札幌清心エースの北野!正教会の犬には一打席とも打たせるものか!」

絵里「おばあさまへの侮辱は許さない!その勝負、受けて立つわぁ!」ビシィ!

穂乃果「ぅ絵里ちゃん!?なんでいきなり喧嘩売られてるの!?」

希「絵里ちが身につけてるペンダント、あれはロシア正教の十字架なんよ。対して札幌清心はカトリック系。この二つの宗教はとっても仲が悪いんよ。つまり、この試合は宗教戦争!嵐の予感やね!」

海未「宗教戦争…!血で血を洗う一戦になりそうですね…!」

絵里「私自身は別にロシア正教を信仰してるわけではないんだけれど、おばあさまは熱心な正教徒なの。つまり、札幌清心はおばあさまの敵!絢瀬絵里、容赦しないわ!」



《全国高等学校女子硬式野球選手権大会》

(二回戦)
音ノ木坂学院(東京) 対 札幌清心高校(北海道)

【実況】
『試合は九回の裏、音ノ木坂の攻撃を迎えます。

双方三点ずつを取り合う展開。
音ノ木坂学院はここまで高坂、東條のタイムリーと小泉の犠牲フライで得点を挙げています。

この回打順は五番の絢瀬から。打席の絢瀬へは大勢の女性ファンからの黄色い声援が』


絢瀬さーん! 絵里さまー! 素敵~!
やるわよほら、お得意の…
バットでベースをチョンチョンチョン!
キャアアアァァ!!!


『対する札幌清心エース、左腕北野は100球を越える熱投。
プレートの一塁側に足を掛ける、シュートピッチャーらしいスタイル。
ロージンに手をやり、打席の絢瀬を鋭く見据えます』


北野(絢瀬絵里との対戦、ここまでは左飛、三失、中安、一ゴ…。勝負が決まるのはこの打席!)

絵里(おばあさま…インターネットで試合中継を見てくれるって言ってた。なら、打つしかないわよね?)


花陽「絵里ちゃん、頑張って!」
凛「絵里ちゃんなら絶対打てるにゃー!」


北野(受けてみろ!内角を抉る私のシュートを!)ビシュッ!

絵里「Кто платит, тот и заказывает музыку.…」


にこ「あ、出た!絵里のロシア打法!」
海未「絵里!」


絵里(今の私には球の軌道がはっきりと見える。内角に食い込んでくるシュート。なら、曲がり切るよりも前で捌く!)

カッ…キィィン!!!

【実況】
『行ったあーっ!!
瞬間、それとわかる打球!

ライトスタンドへ弾丸ライナーが突き刺さるー!!

五番絢瀬!お見事!芸術的なサヨナラホームラン!!』



北野「あぁ…!」ガクッ


絵里「……ダスヴィダーニャ」


~~~~~


試合終了

札幌清心 3-4× 音ノ木坂学院



北野「完敗です、絢瀬さん…」

絵里「ふふ、楽しかったわ北野さん。そちらも宗教とかで思うところはあるんだろうけど、試合も終わった事だし仲直りしましょう?握手、してもらえるかしら」

北野「あ、ええと、あの…本当は宗教とか、結構どうでも良くって、単にファンなんです。覚えてもらおうと思ってあんな事を…サインくださいっ!」

絵里「えっ、ええっ!?」

穂乃果「ヒュー!絵里ちゃんモテるねぇっ!」

真姫「ほんと、大人気ね」

にこ「ぐぬぬ…!に、にこにーのファンはシャイなボーイズ&ガールズが多いみたいね~?」

花陽「にこちゃんは高齢層のファンが多いみたいだよ。プレーが玄人好みだし、孫みたいで可愛いって」

に こ「嫌ァァ!!巣鴨の星なんて嫌よ!フレッシュな声援を浴びたいぃぃぃ!!!」

♯32


【試合前 選手控え室】


海未「試合が始まるまで少し時間があります。相手の情報の再確認をしておきましょう。にこ、花陽」

にこ「相手の浦和女学院は名門校。今大会の優勝候補の一角よ」

スチャ
花陽「平均野球力はおよそ1900。チームの戦力バランスは打力極振り!特に四番の毒戸(ぶすと)さんは二年生にして野球力3000オーバー!さらにキャプテンシーにも溢れる難敵ですっ…!映像ぽちり!」


\ワーワー!カットバセー!ブッスット!/


穂乃果「ぶすとさん?あはは、変な名前!あ、この映像の人?」

凛「えっ…めちゃくちゃゴツいよ。ホントに女の人?」

海未「こら、失礼ですよ凛」


\ガキィイン!!!/


ことり「うわぁ、すごいスイング…」

真姫「二塁打の後、次の打者のヒットでホームに突っ込んで捕手を吹き飛ばしたわね。戦車みたい」

海未「う、これは…捕手としてはゾッとしない映像ですね…」

にこ「毒戸さんのアダ名を教えてあげる。『和製ブストス』よ」

穂乃果「ぶすとす?って何?」

花陽「ブストス!ソフトボール元米国代表のレジェンドですっ!
北京五輪で22打数11安打(打率.500)、6本塁打、10打点、出塁率.607、長打率1.318、OPS1.925の驚異的成績をマークしたのが特に有名なんです!」パナパナ

希「オリンピックで打率五割ってめちゃくちゃやん!バケモノやね」

にこ「容姿、フォーム、そして実力。どれを取っても異名通りの小型ブストスよ。実際、毒戸さんはアメリカ系のハーフらしいし」

絵里「映像を見る限り、他の打者もかなり鋭いスイングしてる。ある程度の打ち合いは覚悟しておくべきかもしれないわね」

海未「ことり、今日の試合は毒戸さんを仮想UTXと考えて挑みましょう。彼女は綺羅、統堂、優木に匹敵する実力の打者。UTXに通用するかの試金石です!」

ことり「うん、こんなところで負けられないっ。全力で行こうね!」



《全国高等学校女子硬式野球選手権大会》

(三回戦)
音ノ木坂学院(東京) 対 浦和女学院(埼玉)

【実況】
『二回の裏、浦和女学院の攻撃。注目の四番毒戸が打席へと向かいます。

毒戸のここまでの二試合は10打数6安打5打点。初戦で二打席連続の本塁打もマークしています』



毒戸「よろしくお願いします」

海未(審判に礼儀正しく一礼。所作を見るに、人格者との噂は本当のように思えますね)

(・8・) (海未ちゃん、どうしよう?)

海未(一巡目はあまり変化球を見せすぎず、ストレートを軸に回を進めたいところ。しかしこの毒戸さんは別です。持てる球をフルに使っていきましょう)

毒戸「さあ、来いっ!」

海未(この方は状況に応じて強打と軽打を使い分ける柔軟性が長所。今はバットを長く握っていますね…。先頭打者ランナーなし、この場面はやはり長打狙いという事でしょう)

(・8・) (かなり打ち気…かな?)

海未(様子見を兼ねて、ここは基本に忠実に。アウトローギリギリへの直球です)サイン

(・8・) (わかったよ、海未ちゃん。えいっ!)ビュッ!

毒戸「フンッ!」パキンッ!

(・8・) 「あっ!」

海未「ファースト!」

希「一塁線のライナー、これは取れない!…っと、ファールやね」

海未(強い打球でしたね…)

(・8・) (ビックリしたぁ)

海未(構えた場所よりわずかに甘いボールでした。大柄な毒戸さんなら手を伸ばして届くのですね…。要警戒です)

パシッ ストライク!

ズバン! ボール!

海未(低めにことりボールでストライク。釣り球の高めを見逃されてカウント1-2。追い込み、目線を高めに誘導しました)

(・8・)(ここは…)

海未・ことり((スマイルボール!))

(・8・)(行くよにこちゃん、通用して!)シュッ!

毒戸(…?き、軌道が…!)


ブンッ! スカッ!

ストライクスリー!バッターアウト!


(・8・)「よしっ!」グッ

海未「スマイルボール…使えます!」

穂乃果「やった!ことりちゃんナイス!」


にこ「ことりぃー!にこに感謝するのよー!!」


凛「にこちゃんが外野からギャアギャア吠えてるにゃ」


~~~~~

【実況】
『三回表、音ノ木坂の攻撃。一番の星空が二塁打を放ちノーアウト二塁。
二番、三年生の矢澤の打順です』


凛「えへへ、いい感じに打てたにゃー」

穂乃果「右中間に落ちるヒットで一気に二塁打か~。やっぱ凛ちゃんの脚はすごいや」

絵里「脚が早くてベースランニングも上手だものね、走塁では全チームでトップクラスなんじゃないかしら」

真姫「……」

ことり「真姫ちゃん、難しい顔してどうしたの?」

真姫「チャンスでにこちゃんの打席…。来るわ…アレが」

ことり「アレが来る?」



にこ「ふふ、ふふふふ…」

にこ「遂に来たのね、この時が!」

にこ「さあっ!奏でなさい!にこを賛美するあの歌を!」


【音ノ木坂応援団】

\ニコプリ!ニコニコ!ニコプリ!ニコニコ!/

\ニコプリ!ニコニコ!ニコプリ!イェイ!プリティーガール!/

♪ペペレペッペー ペッペペッペー


にこ「にっこにーにっこにーにっこにっこにー!大宇宙ナンバーワンセンター矢澤にこ!イェ~イ!」


ことり「えぇ…」

穂乃果「あの強烈な歌なに?海未ちゃん作詞?」

海未「断じて違います!」

真姫「にこちゃん自作の歌詞よ…キモチワルイ。全国大会で応援団にあの電波ソングを歌わせる図太さは凄いわよね…」

穂乃果「はえ~…、にこぷり、にこにこ…。ねえねえ、ぷりって何だろ?」

希「ふむ、ウチは囚人(プリズナー)と見たね。きっとあれはにこっちが、矢澤にこという偶像の檻に囚われし自分自身を揶揄した歌なのだよ」

花陽「それか、幼稚(プリミティブ)とか?あ、幼稚っていうと悪く聞こえちゃうけど!そういう意味じゃなくって 、にこちゃん子供みたいで可愛いし…」

海未「いえ、教訓(プリセプト)ではないでしょうか。あの難解な歌詞の中にはおそらく苦労人のにこが人生を生き抜いてきて得た教訓が詰まっているのです」

絵里「あら、お姫様(プリンセス)じゃないかしら?にこにピッタリよ」

海未「ふふ、絵里はにこが大好きなのですね」

絵里「あらそうかしら?ふふっ、否定はしないわよ」

穂乃果「はっ!もしや絵里ちゃん、ロリコンっ!?」

にこ「なんでそうなるのよ!プリティーよ!プリティーガールって思いっきり叫んでるでしょうが!」

希「えー安直やん。そこはもっと捻ろうよ」

にこ「うっさい!」

海未「にこ!打席に集中してください!」

にこ「ぐぬぬ…」


\ピョンピョコピョンピョン カーワイー!/


にこ「まあいいわ!降り注ぐ大声援がにこのスポットライト!応援ありがと~!宇宙の果てまでかっとばすからね~っ!……と言いつつの」


コツン、コロコロ…


希「出たぁ!にこっちのお家芸!歌詞の躍動感に反してライン際にピタリと止める送りバントやん!」

海未「いいえ、違いますよ希。にこのプレーは歌詞に反してなどいません…。心眼を研ぎ澄まし、もう一度歌詞をよく聞くのです!」

希「なんやて海未ちゃん、歌詞を!?ぴょんぴょこぴょんぴょんかーわいー…かーわいー…?ハッ!まさか!」

海未「そうです…!ぴょんぴょこぴょんぴょん川相ー!あれはバントの達人こと川相昌弘選手をリスペクトした歌詞なのです!」

絵里「ハラショー! さすがにこね!」

花陽「にこちゃんすごいよぉ!」

ことり(えー、たぶん違うと思うなぁ…?)

穂乃果「よーし穂乃果タイムリー打っちゃうぞー」ブンブン!


穂乃果「どっせい!」カキィン!
希「ほいっ!」カァーン!
絵里「ハラショ!」カキーン!
海未「一刀両断!!」カッキィーーン!!!


【実況】
『音ノ木坂猛攻!クリーンナップの三連打に続き、六番園田の走者一掃タイムリースリーベース!この回一挙四得点ー!!』

【九回裏】


【実況】
『九回裏の攻防は現在ワンナウト、あとアウトカウント二つで音ノ木坂学院の勝利という場面。

ここまでを投げ抜いてきた南、ここでランナーが一、三塁のピンチを背負っています。
そして迎える打者は四番毒戸!
点差は二点、しかし一打同点、ホームランが出ればサヨナラのピンチ。たまらずマウンドへと内野陣が集まります!』


ことり「ごめんねみんな、あと少しなのに手間取っちゃって…」

花陽「そんな、ことりちゃんは頑張ってるよ」

海未「ええ、花陽の言う通りです!しかし、ここで毒戸さんですか…。少しまずい状況になりましたね」

花陽「敬遠、って手もあると思うな。塁は一つ空いてるから」

希「うん、守りやすくもなるしね。けど、五番の篠田さんには三安打されてるんよねえ」

海未「迷いどころですね…」

花陽「んん…凛ちゃんはどう思う?」

凛「り、凛は作戦のことはよくわかんないから、みんなにお任せで…」

ことり「どうしようかなぁ」

希(みんなの表情が硬い…。緊張をほぐさないとエラーや凡ミスが怖いね)


穂乃果「海未ちゃん!ことりちゃん!」

海未「穂乃果、どうしたのですか?」
ことり「なぁに?」

穂乃果「と、トイレに行きたいっ…!」

ことり「えっ!ええっ!?」

海未「な…なぜ表の攻撃時に行っておかなかったのです!!」

穂乃果「海未ちゃんってばまたまた~。表は穂乃果出塁してたじゃん」

海未「それは八回でしょう!」

穂乃果「あっ、さっきは絵里ちゃんと遊んでたんだった!」

ことり「なんだか熱心にあっちむいてホイしてたよね」

穂乃果「あーそうだった。でもさ、絵里ちゃんから挑んできたんだよ。負けた方がジュースおごりねって!」

海未 「試合に集中してください!ああもう、絵里のジュースおごりへのこだわりは何なのです!!」

希「ごめんな、絵里ちの中でブーム到来中なんよ…」

花陽「ぷっ、ふふっ」

ことり「うふふっ…」

凛「おかしな先輩たちにゃー」

希(うん、みんなの表情から硬さが消えた。さすがは穂乃果ちゃんやね♪)

穂乃果「と、とりあえず早く終わらせよう!トイレが~!」

ことり「海未ちゃん、急がないと穂乃果ちゃんが!勝負しよう!」

海未「もう…なんて緊張感のない決め方ですか…」

希「いやいや、これでいいんよ海未ちゃん。ふふっ」

海未「希…。そうですね、私も、覚悟を決めます」

【実況】
『マウンド上の輪が解けて、さあ試合再開!
四番毒戸と音ノ木坂バッテリーの正面対決です!
ここがこの試合の分水嶺!』


毒戸「さあ、来いっ!」

海未(ことりボールでゲッツーを打たせるのが最善。まずは内角高めのボールゾーンへ直球。のけぞらせて布石としましょう)

(・8・)(了解、厳しいとこ行っちゃいますっ)


スパーン!ボール!


花陽(カウント1-0、状況的に次の球で一塁ランナーがディレードスチールを仕掛けてくるかもしれないよね。ランダウンプレーの準備と、三塁ランナーへの警戒と…)

海未(走者の帰塁が遅い!)「喝ッ!」ビシュッ!

穂乃果「海未ちゃん一塁牽制!?」

希「よっ、と!」バシィッ! アウト!


【実況】
『あーっとランナータッチアウト!浦和、これは痛い!!
音ノ木坂にファインプレーが飛び出しました!
キャッチャー園田、チームを救う好送球!ツーアウト三塁へと状況が変わります!』


希「海未ちゃん!ナイス!」

ことり「海未ちゃぁんっ♪」

花陽「す、すごい、矢みたいな送球…!」

凛「海未ちゃーん!ナイスにゃー!!」

穂乃果「海未ちゃんイケメン!結婚してー!」

海未「ほ、穂乃果っ!?人をからかうのはやめなさい!ツーアウトですよ!みんな、締まって行きましょうっ!」

(・8・) (ほんとに助かったよ~。ありがとう海未ちゃん!)

海未(我ながら良い送球ができました。ラブアロー送球。なかなか、格好良かったのではないでしょうか。……と、いけません、集中ですよ!園田海未!)

海未(…さあ、これでゲッツーを狙わずとも良くなりました。たとえホームランを打たれたところで同点止まり。バッター集中…スマイルボールで仕留めましょう!)


(・8・) (ことりボール!)ストライク!
(・8・) (カーブ!)ボール!
(・8・) (カーブ!)ファール!
(・8・) (ことりボール!)ボール!


毒戸(ここまでは変化球中心。そろそろストレートが来る…?)

海未(さて…2-2の平行カウント。毒戸さんの脳裏には初球に放ったブラッシュボールの残像がまだ残っているはず)

(・8・) (スマイルボールはまだ一球しか見せてない。ストレートを警戒しながらスマイルボール(チェンジアップ)に対応するのは難しい…だよね、海未ちゃん)

海未(その通りです。さあ終わらせましょう、この試合を!)サイン

(・8・) (いくよ、スマイルボール!)シュッ!

毒戸(来た、低めストレート!…じゃない…!?チェンジアップ…くそ!)カキン!!

海未「む、上手く当てられましたね…さすがの技術です。しかしこれは凡フライ!レフト!」

花陽「やった、ゲームセットです!」
凛「待って、打球が意外と伸びてるよ…!真姫ちゃんっ!」

【実況】
『体勢を崩された毒戸、軽く合わせただけ!

ですが…しかし!打球が伸びる!伸びていく!

レフト西木野が追う!!』


真姫「抜かせないわ!この真姫ちゃんの頭上を通り過ぎようなんて…許さないんだからぁぁぁっ!!!」

にこ「真姫!!」

真姫「捕まえちゃうっ!!!」ズザザーッ!!


【実況】
『フェンス間際 、ウォーニングゾーン!レフト西木野頭から突っ込むーっ!!!

どうだ!どうだ!?』


穂乃果「真姫ちゃん!」

真姫「………取ってるわ!」バッ!

審判『アウトー!』


【実況】
『ボールを高々と掲げた!取っている!取っているー!

審判がアウトを宣告ー!ゲームセット!試合終了です!

あーレフト西木野の顔はダイビングキャッチで泥まみれ!

センターにショート、サードにセカンド!選手たちが次々に西木野のところへと駆け寄って労をねぎらいます!

泥だらけの西木野選手へと会場から盛大な拍手!素晴らしいプレーでした!』


~~~~~


試合終了

音ノ木坂学院 6-4 浦和女学院

♯33


【帰りのバス車内】


にこ「音ノ木坂学院の三回戦突破!そしてベスト16進出を祝してぇ~!」

一同『乾杯ー!!!』

凛「くぅ~っ!勝利のジュースは最高にゃ!」

絵里「理事長のおごりのジュースは~?」

えりにこほのりん「「「「おっいしぃーなぁーっ♪」」」」

理事長「みんな美味しい?うふふ、良かったわ」

真姫(まさかエリーが理事長にジュースおごりダッシュを仕掛けるとは思わなかったわ…しかも不意打ち…)ヒソヒソ

希(大物すぎるよ絵里ち…まあ、大人やからジュース代ぐらい余裕やろうけど…)ヒソヒソ

ヒデコ「わ、私たちまでありがとうございます理事長!」

フミコ「試合には出てないのに、いいんです か?」

理事長「ええ、もちろんですよ。どんどん飲んでちょうだいね?」

にこ「ちょっと!言っておくけどね、アンタたちの貢献度ハンパないわよ?遠慮せずに頂いときなさい!」

海未「にこの言う通りです。三人がいるからこそ、私たちは全力でプレーできているのですから!」

穂乃果「そうだよそうだよ!」

ミカ「ありがとう、みんなっ。それじゃ遠慮なくいただきます!」


理事長「それにしても、みんな本当に強いのね。初めて数ヶ月で、まさかベスト16まで勝ち抜いちゃうなんて」

ことり「うふふ。お母さんっ、私たちのこと見直した~?」

理事長「見直すどころか、試合のたびに感動してるわ。今日だって、最終回の西木野さんのスーパーキャッチにはビックリしちゃったわ」

真姫「ヴェ、別に、普通のプレーですし…」

穂乃果「照れてる照れてる」

ことり「ふふっ」

にこ「理事長!かったいベンチに座って肩など凝られてませんか~?」

理事長「えっ?そ、そうね。首回りが少し…」

にこ「かしこまりっ!にこがお揉みさせていただきます!にこが!この矢澤にこがっ!」

理事長「あ、ありがとうね矢澤さん…」

絵里「…?にこは何をしているの?」

希「内申点稼ぎに行ってるんやろなぁ…露骨に過ぎるよ、にこっち…」

理事長「お゛ぉ…上手ね矢澤さん…」

真姫(でも意外と好感触ね…)

海未「………」

絵里「海未?浮かない顔ね」

海未「すみません…少し心配で」

絵里「……次の試合、よね」

希「ベスト16、相手は京都健英高校やね」

海未「……前の試合でも巧妙で悪質なラフプレーで、相手チームに二人もケガ人を出していました。あの悪意がみんなに向けられると思うと…気が重くなります」

絵里「捕手の海未は特に危険よね…少し調べてみたんだけど、過去にホームでのクロスプレーで再起不能にされた捕手の子がいるって…」

海未「私には防具がありますし、武術の嗜みもあります。ですが、走塁での交錯プレーが多い二、三塁。花陽や凛、穂乃果が危険な目に遭うかもしれない…」

絵里「っ……それは、何としても避けたいわね…」

希「んー。でもウチは、あんまり心配してないんよ」

海未「希?それは何故です?」

希「 うん、京都健英の子らと揉めた時にウチが引いたカードを覚えとる?」

海未「確か、死神のカードでしたか?」

希「お、記憶力いいね海未ちゃん。あれ、あの子らの運勢を占ってたんよ。正位置の『死神』…。意味は、終末、終焉、ゲームオーバーとか、そんな感じ」

絵里「そ、そうなの?希…」

希「もう一回占ってみよか?現時点の京都健英は…」

ペラッ

希「『審判』の逆位置。行き詰まりとか再起不能、なんて意味があるね」

海未「ゲームオーバーからの再起不能、ですか。それは…京都健英に何かが起こる、という事でしょうか?」

絵里「それも、再起不能になるほどの?そんな事が本当に起こるのかしら…」


にこ「…希。アンタの占い、あながちインチキでもないのね」


海未「にこ…?」

にこ「理事長は…寝たわね。ふふん、トゥインクルエンジェルにこにーの指圧テクでチョチョイとやれば疲れた大人なんてイチコロで安眠よ」

希「にこっち、何か知ってるん?」

にこ「京都健英、ねぇ。クックック…そろそろ、にこが奴らに仕掛けた時限爆弾が炸裂してる頃ね…!」

絵里「なんですって!?」

海未「に、にこ!ついに犯罪に手を染めてしまったのですか!?」

花陽「…~♪」ポチポチ

凛「かーよちんっ!何見てるのー?」

花陽「うん、さっきの試合の反響とか、色々だよっ」

凛「凛にも見せて見せてー!」ギュッ

穂乃果「あ、穂乃果も!」ムギュッ

花陽「せ、狭いよぉ~。ほら見て、凛ちゃんのツーベースも穂乃果ちゃんのタイムリーもたくさんの人に褒められてるよ♪」

穂乃果「ほあー、すっごい…」

凛「実感わかないにゃー…」

花陽「あとはやっぱり最終回だね。海未ちゃんの牽制と真姫ちゃんのダイビングキャッチが話題になって……えっ、ええっ?!」

穂乃果「どしたの?」

花陽「こ、これは……これはぁっ!!?」ワナワナ



花陽「大変ですっ!!!大事件ですっっ!!!」



凛「かよちん!一体何が!」

花陽「京都健英が!!大炎上してるんですっっ!!!」

にこ「来たわね」フフン

海未「だ、大炎上…!京都健英のバスに仕掛けられた爆弾が炸裂してしまったのですか…」

絵里「なんてことなの…!にこが、にこが!殺人犯に~!」

希「あー、二人とも?多分、二人がイメージしてる大炎上とは意味が違うんやないかな?」


にこ「花陽ー!そのニュース、みんなに詳しく聞かせてくれる?」


花陽「うんっ、にこちゃん!
私たちが次に当たる京都健英高校の部員たちの飲酒、薬物使用、暴行、無免許での酒気帯び運転などなど、大量の不祥事が一気に発覚したんです!
レギュラーの選手たちも大勢その不祥事に加担していて、ブログ、SNSの日記、証拠の写真とかがボロボロ掘り出されてるの!
2chは主要な板ほとんどが炎上祭り状態だし、Twitterでも大騒ぎ!
炎上してるところに次々燃料が投下されて、おまけに選手本人っぽいのが降臨して香ばしい発言で火に油を注ぎまくってます!
これは…これは、京都健英は大会を辞退せざるを得ない状況かも…っ!」


穂乃果「ん?京都健英が辞退したら、穂乃果たちは不戦勝?」

花陽「大会規定ではそうなってるよ!こ、これはもしかして…私たち、いつの間にかベスト8!?」

穂乃果「やったああぁぁぁ!!!」
ことり「ハノケチェェェェン!!!」
凛「ラッキーにゃああああ!!!」

花陽「一連のスキャンダルを最初にすっぱ抜いたのは2525速報…むむ、また助けられた形かぁ…。サイト管理人の25…一体何者なんだろう…」

真姫(ほんと、管理人さんは一体何澤にこちゃんなのかしらね。っていうか花陽はネットに強いのになんで気付かないのよ…)



海未「ははぁ、大炎上とはネットでの事だったのですか…」

絵里「ええと、もしかして」

希「あれ、にこっちが仕掛けたん?」

にこ「そ。狂犬高校…、京都健英のスキャンダルはとっくに掴んでたんだけど、不戦勝で一戦休めるように連中が勝ち上がってくる直前まで温めてたってワケよ。うちは選手層が薄いから、少しでも消耗を抑えていかないとね」

絵里「そこまで考えていたなんて…今孔明ここにあり、ってところかしらね…」

海未「姑息とも言いますね…いえ、本当に助かりましたが…」

にこ「普段はラブリーキューティーなにこにーだけどぉ?……ひとたび戦場をネットに移せば情け容赦なき修羅ことヘレティック矢澤と化すのよ!クケケケ!」

希「ひえっ…」



《全国高等学校女子硬式野球選手権大会》

(四回戦)
音ノ木坂学院(東京) 対 京都健英高校(京都)


京都健英高校の大会辞退により、音ノ木坂学院の不戦勝

♯34


【音ノ木坂応援席】


ツバサ「ねえ見て見て、この2525速報ってサイト音ノ木坂の情報がすごく細かいの。穂乃果さんの趣味はシール集めと水泳なんだって。シール集めってすごい可愛くない?」サクサクサク

英玲奈「ツバサ、あまり大声ではしゃぐな。せっかく変装してるのにバレるだろう。あと口にお菓子を入れたまま喋るな」

ツバサ「なんで変装しなきゃいけないわけ?芸能人じゃあるまいし。はい、じゃがりこあげる」

英玲奈「お前は自分の人気を自覚しろ。む、うまい」サクサク

あんじゅ「……」

英玲奈「あんじゅ、お前もツバサを注意してくれ。私だけでは手に負えない。ツバサ、もう一本くれ」サクサク

あんじゅ「そうね…ツバサ、足をパタパタさせたら前の人に迷惑よ?」

ツバサ「はいはい…あんじゅも、じゃがりこどうぞ」

あんじゅ「おいしいわ」サクサク

英玲奈(なぁ、お前やけに不機嫌だが、まだ絢瀬絵里に怒っているのか?)ヒソヒソ

あんじゅ(当たり前。あんな子、怪我しちゃえばいいのよ…)ヒソヒソ

英玲奈(はぁ。しつこい奴だなお前)

ツバサ「シール集めか…あ、穂乃果さんにポケモンパンとか差し入れしたら喜んでもらえるかしら」

英玲奈「ポケモンパン…まぁ、いいんじゃないか。もう一本もらうぞ」サクサク

あんじゅ(ツバサの発想可愛いわぁ…)

《全国高等学校女子硬式野球選手権大会》

(準々決勝)
四国商業(愛媛) 対 音ノ木坂学院(東京)


【三回裏】


穂乃果「ことりちゃんナーイス!ここまで一人もランナー出してないじゃん!」

ことり「ふふふ、今日のことりは絶好調なのです♪」

穂乃果「神ピッチングだよ神ピッチング。ぜひこのまま完封してくださいませ、ことり神様~」

(・8・) 「よかろう~。ならばそなたの唇をことり神へと捧げたまえ~」チュンチュン

穂乃果「ぅえっ!穂乃果の唇を!?む、むむ…完封してもらうためならやむなし…」

海未「ダメです!卑怯ですよことり!ほ、穂乃果のファーストキスを奪おうなどと!」

ことり「……海未ちゃん、悲しいけど、認めなきゃ。穂乃果ちゃんのファーストキスはあのデコチビ女に奪われちゃったんだよ…」グスッ

海未「うああああああ!!!!やめてください聞きたくない!!!!」

ことり「海未ちゃん現実を見て!ことりは穂乃果ちゃんがぴゅあぴゅあじゃなくなったことを受け入れて、セカンドキスを狙うよ!」

海未「ことり、貴女は…強いのですね…」

穂乃果「お腹減ったなぁ~」

希「この子らアホやなぁ」

絵里「四国商業は総合バランスに優れたチームね。突出したスターはいないけれど、制球のいい投手にミスのない守備陣」

花陽「四死球、エラーとかで向こうが自滅するのは、あんまり期待しない方が良さそうかも…」

にこ「そうね、こういう試合を動かしていくには先頭打者の出塁が必須よ。集中していきましょ」

花陽「ええと、この回の先頭は…」

凛「星空にゃ!」ブン!ブン!

真姫「トバサナイデ!私からよ!」

凛「え、ワンナウトランナーなしで凛からスタートじゃないの?」すっとぼけ

真姫「りぃ~ん~!!!」

にこ「凛、アンタがツーベース打てば先頭出塁で送りバントしたのと同じ状況よ。狙ってきなさい!」

真姫 「にこちゃん~!!!ちょっとは私に期待しなさいよ!!!」

絵里(うーん、実際、ここまでの数試合で真姫だけがノーヒットなのよね…。希の指導でスイングは格段に良くなってる。あと少しで打てるようになりそうなのだけれど…)

花陽「大丈夫、打てるよ真姫ちゃん♪」

真姫「花陽…!見てなさい、花陽のために打ってくるから。凛とにこちゃんは吠え面かきなさい!」


スチャ
花陽「いい?真姫ちゃん。四国商業の松尾の野球力は990。良く言えばまとまりのあるピッチャー、悪く言えば特徴のない凡ピッチャー。
コントロールこそまともだけど球速は110キロ台後半、持ち球は縦スラとチェンジアップだけ。せっかくサウスポーなのにどうして横変化を覚えなかったのか理解に苦しみます。
だのに右打者へのクロスファイアを多用するでもない。インを抉る勇気がないのか、そこまでの制球力はないのか。どちらにせよ底が知れてるよ。
遠慮なしで言わせてもらえば『左で投げてるだけ』なんだよね。まあ、その程度のピッチャーなわけで、真姫ちゃんでも打てない事はないよ。
と言っても変に期待はしすぎないから、あまり気負わず頑張ってみてね」


真姫「ヴェッ…」

凛「久々の辛辣ちんにゃー」

にこ「アンタのそういうとこ、尊敬するわ…」

絵里(怖いわおばあさま…)

【実況】
『さあ三回の裏、音ノ木坂学院の攻撃。

ラストバッターの西木野から始まる打順です』


真姫(見てなさい…この天才真姫ちゃんがビシッとホームラン打って目にモノ見せてやるんだから!)


\真姫ちゃぁ~ん!頑張ってぇ~!/


真姫(う゛ぇえ…!?い、今の声は!)

真姫ママ「真姫ちゃーん!可愛いわよー!頑張ってー!!」キャッキャ

真姫(ママ…!めちゃくちゃ目立ってるし!は、恥ずかしい!///)

松尾「プッ…」

真姫(わ、笑った!あのピッチャー笑ったわね!?ば、バカにして~!)ピキピキ

松尾(この子ノーヒットだったよね、人数合わせのおみそってとこかな。適当に低めのストレート投げとけばいいや)シュッ

真姫「私のママをバカにしたら…許さないんだからぁ!!」ガギン!


絵里「あっ、打ったわ!」

海未「ボテボテの当たり…ですが三遊間の深いところ!面白い当たりですよ!」

穂乃果「真姫ちゃん!行けぇーっ!」


真姫 「やあーっ!」ズザザザーッ!!!

セーフ!!!

真姫「や、やったぁ!」グッ!

にこ「ぃやったわね真姫ちゃんんんん!!!!」
凛「ナイスバッティングにゃあああああ!!!!」
花陽「真姫ちゃんやったね!!やったねっ!!」

希「ふふ。なんだかんだ言って、一番喜んでるのはあの三人やね」

絵里「真姫のことが好きでたまらないのよね、三人とも♪」

ことり「もちろん、私たちもだけどねっ!」

穂乃果「よーしっ!この回だよ!真姫ちゃんが作ってくれたチャンス!ここで一気に試合を決めるんだ!!」


凛「いっくにゃー!」カァン!
にこ「にっこにー!」カキィン!


【実況】
『音ノ木坂学院!怒涛の三連打~っ!!
ノーアウト満塁!ノーアウト満塁ですっ!!』

松尾「な、なんなのこいつら!急にバッティングが鋭く…!」

穂乃果「よーしっチャンス!大チャンスだよ!真姫ちゃん、凛ちゃん、にこちゃん、ランナーがたくさんだ!ああっ、ワクワクしちゃうよ~っ!!」

松尾(…っ、打たれる…!なんで…なんで!?打たれるビジョンしか見えないっ!)ゾクッ


穂乃果「さぁ、 勝 負 だ よ っ !!」



【音ノ木坂応援席】


ツバサ「……」すっ

あんじゅ「ツバサ?どうしたの、席を立ったりして。大好きな高坂さんの打席よ?」

英玲奈「まさか、また腹を下してトイレか?整腸剤ならあるが…」

ツバサ「行きましょう、二人とも。もう観る価値はないわ」

あんじゅ「え、えっ??」

英玲奈「どうしたんだ急に…まさか、高坂穂乃果に興味がなくなったのか?」

ツバサ「まさか。穂乃果さんの事はもっと好きになっちゃった」

あんじゅ「なら、どうして…」

ツバサ「終わった試合に興味はない。それだけの事よ」


\カィンッ!/


\ワアアアアアアア!!!!!/


あんじゅ「あっ…」

英玲奈「満塁ホームラン、か」

ツバサ(ポケモンパン買って帰ろっと)


~~~~~


試合終了

音ノ木坂学院 8-0 四国商業

♯35

《全国高等学校女子硬式野球選手権大会》

(準決勝)
博多第一高校(福岡) 対 音ノ木坂学院(東京)



【実況】
『準決勝第一試合、博多第一高校対音ノ木坂学院は白熱の試合展開を見せています。
九回の表を終えて得点は未だ1-1、それぞれの四番、岡野と東條が打ったソロホームランのみ。

さあそして九回の裏、音ノ木坂学院は現在サヨナラのチャンスを迎えています。

ツーアウトながら三塁にはランナー小泉、そしてバッターボックスにはトップバッターの一年生、星空が向かいます!』



にこ「……土壇場でノンキなこと言うようだけど。博多第一のバッテリー、ほーんと美人よねぇ~」

穂乃果「え、いきなりどうしたのにこちゃん?」

にこ「あの二人、ピッチャーの福とキャッチャーの岡野。女子野球界ではずーっと有名だったエリート選手でね、UTXの三人に次ぐスターなの。卒業後はアイドルとしての芸能界デビューも決まってるのよ。Dreamって名前で」

穂乃果「へぇ~、アイドルかぁ…確かに二人とも可愛いね!」

にこ「でしょ?ファンなのよ。部屋にポスターだって貼ってあるわ。……ロクに友達も作らずにバイトばっかりしてた私が、そんな憧れのスーパースターたちを、あと一歩で倒せるところまで追い詰めてるんだな…って思うと、少し感慨深くって」

穂乃果「にこちゃん…」

にこ「穂乃果、アンタがいなかったら、私は本当にやりたいことを我慢したまま大人になっていってた。野球部を作ってくれてありがとう。感謝してる」

穂乃果「えへへ…。なんか、照れちゃうなぁ」

にこ「だから、勝つわよ。決勝に辿り着けずに終わって、アンタがいなくなる。そんなつまんない話は人類70億のセンター矢澤にこ様が許可しないわ」

穂乃果「うん…!絶対に勝とう、にこちゃん!」


にこ「そこで作戦よ!ピッチャーの福、ポニテの方ね。あの右腕から繰り出されるスライダーとフォークは両方がウィニングショット級。そうそうヒットを打てるもんじゃないわ」

穂乃果「うん、ここまで13個も三振させられちゃってるもんね」

にこ「そう、ミートの上手い絵里や海未でさえキリキリ舞い。正直この場面、凛にまともに打たせるのは荷が重い」

絵里「ハラショー」
真姫「まあね」
希「そうかもしれんね」
海未「概ね同感です」
ことり「うんうん」

穂乃果「そういえば、なんでみんなずーっと黙ってたの?」

絵里「その…にこが珍しく良い話をしてたから、邪魔したら悪いかな~って。で、野球の話に戻ったから、そろそろいいかな~って…」

真姫「本当に珍しいものね、にこちゃんがまともな話をするなんて。夏だけど、明日はきっと雪だわ」

にこ「うっさい!感動したなら素直に感動したって言いなさい!あーもう、話戻すわよ。っていうか手短に話す。スクイズ、行きましょ」

穂乃果「んん!?ツーアウトだよ?!」

にこ「だからこそ相手の警戒は薄い。凛の脚ならスクイズは可能よ!」

海未「しかし…あまりにもギャンブル的な攻撃になってしまうのでは?」

にこ「もちろん、凛の脚以外にも理由はあるわ。まずキャッチャーの岡野」

海未「眼鏡を掛けているあの方ですね」

にこ「そう。彼女は頭の良いデータ型の捕手で、リードと打撃は一級品だけど弱点が一つ。捕手にしては肩が弱いの。そしてピッチャー福もバント処理がそれほど上手くない」

絵里「ただの奇策じゃなく、仕掛けるための根拠は充分ってわけね」

海未「ふむ…賭けてみるのも、いいかもしれませんね」

穂乃果「穂乃果は賛成!スクイズって上級者っぽいし!」

真姫「上級者っぽいって、頭の悪そうな感想…」

穂乃果「ひどいよ真姫ちゃんー」

にこ「ここまでの試合はあえてオーソドックスな作戦だけで戦ってきた。奇策のカードを切るなら今ここよ!」サイン



花陽(ここでスクイズ…!なるほど、流石はにこちゃん。走力、フィールディング、肩…複数の要素を考慮した冴えた作戦です! )

凛(す、スクイズのサイン!上級者のやつだにゃ…!ば、バントはないぞって思わせなきゃ!)

凛「よ、よおーし?!りっ、凛がスタンド最上段までかっ飛ばしてさしあげますわよ!」ブン!ブン!



岡野(あっ福ちゃん、これスクイズだ)

福(オッケー)



にこ「あんのバカ!大根!自然にしてなさいよ!相手バッテリーが露骨に警戒してるじゃない!一旦サイン解除よ!」サイン

シュッ スパン!

ボール!

海未「ウエストボールでしたね…危ないところでした」


凛(すべてお見通しってワケか――)アンニュイ


にこ「なーにカッコつけてんのよ、あのバカ!」

絵里「やっぱり、凛に細かい作戦は向かないんじゃないかしら…」

真姫「策士策に溺れる。にこちゃんらしいわね」

にこ「ぐぬぬぬ…好きに打ちなさい!凛!」サイン

凛「オッケーにこちゃん!凛がスカッとタイムリー打つからねー!」

海未「もう…あれでは大声でスクイズはないと教えてしまっているようなものです…」


凛(…かよちん)

花陽(…!)


岡野(ああ、アホの子なんだね。相手ベンチの雰囲気からしてスクイズはなさそうかな)サイン

福(そもそもツーアウトだし、警戒しすぎでしょ?バッター集中で行こ)シュッ


花陽(行くよっ!)スタタッ!


にこ「えっ…」

海未「花陽!なぜ走っているのです!?」

希「単独ホームスチール?む、無茶や花陽ちゃん!」

凛「にゃ」コツン ダダダダッ!


絵里「ええっ!凛がバント!?にこ、サインは」

にこ「出してないわよ!で、でもこれは!」


岡野「福ちゃん!ホームは無理!ファースト送球っ!!」

福「これっ、間に合わない…!」シュッ!

パシッ

セーフ!!!


にこ「ナぁイスゥゥゥゥ!!!!」
穂乃果「サヨナラだあああああ!!!!」
絵里「ハラショー!!!!!」
真姫「凛!花陽!やったー!!!」


花陽「凛ちゃぁぁぁん!!!」ギュッ!
凛「かよちぃぃぃん!!!ギュッ!


岡野「そ、そんな、どうして…どうして…」

凛(凛知ってるよ。人間が最も策に陥りやすいタイミングは、策を看破した直後なんだって)


ことり「ねぇ花陽ちゃん、どうして凛ちゃんがスクイズするってわかったの?」

花陽「えへへ、付き合い長いもん。凛ちゃんの考えることならアイコンタクトでわかるよ」パナっ

凛「かよちん愛してるにゃー!!!」


理事長(これで決勝進出…本当に、本当に、すごい子たちね…)


~~~~~


試合終了

博多第一 1-2× 音ノ木坂学院

♯36


《全国高等学校女子硬式野球選手権大会》

(準決勝)
UTX高校(東京) 対 大阪桐陽(大阪)


【実況】
『準決勝第二試合、UTX高校と大阪桐陽の東西対決は一方的な展開となっています!

現在九回裏ツーアウト、ビハインドの大阪桐陽。
打席には四番、抜群の長打力を誇る永村。

本来であれば逆転を期し、四番のバットに望みを掛ける場面なのでしょう。

しかし、しかし!時既に遅し!
19-0!UTX高校が大差でリード!ここから押し返すのはいかな強豪大阪桐陽でも難しいでしょう!

さあピッチャー綺羅、サインに頷き、振りかぶって…投げたっ!

三振!空振り三振!
綺羅ツバサ!ノーヒットノーラン達成ー!!

大阪桐陽の誇る強力クリーンナップ、深町、永村、林の三人をしても綺羅ツバサを前に手も足も出ず!

積み重ねた三振はなんと22!許したランナーは三つの四死球のみ!
当たらない!掠らない!まさに『魔術師』綺羅ツバサ!!

それをリードしたのは『精密機械』統堂英玲奈!
打撃でもなんとサイクルヒットを記録!凄まじい活躍を見せました!

さらに四番『怪童』優木あんじゅの活躍ぶりもお伝えしなければなりません!
打ちも打ったり三打席連続ホームランを含む9打点!

最強!女子高校野球史上最強のチームと呼んで過言ではないでしょう!』


【西木野家】


大画面テレビ
\女子高校野球史上最強のチームと呼んでも過言ではないでしょう!/


にこ「……」

絵里「……19-0」

凛「……にゃー」

希「…つ、強すぎん?」

海未「まさか…ここまでだとは…」

にこ「どうやら準々決勝までは、本気を出してなかったみたいね…」

ことり「こんな事…ほんとは言っちゃダメなんだけど…本当に抑えられるか、自信がなくなっちゃった…」

海未「ことり…貴女は!……っ!」

希(叱咤しようとした海未ちゃんが口淀んだ…。無理もないよ、ことりちゃんが通用するか、今それを一番理解しているのは海未ちゃんやろうから…)

真姫「…ごめんなさい。私が、家でUTX戦の中継を見ようなんて言ったから…」

海未「そんな…真姫のせいではありません」

凛「そうだよ、試合はどうせどこかで見てたんだから…」

絵里「…私たちじゃ」

にこ「絵里?」

絵里「私たちじゃ…UTXには…」

にこ「絵里…やめなさい。その先を言ったら許さないわよ…!」
希「絵里ち…ダメ…!」

絵里「………勝てな


穂乃果「大丈夫じゃないかな?」


絵里「………穂乃果?」

穂乃果「どしたの絵里ちゃん?ビックリした顔で」モグモグ

にこ「穂乃果、アンタは…UTXに勝てると思うのね?」

穂乃果「まぁ、そりゃ、強いな~!とは思うけどさ。勝てると思うよ?」モグモグ

絵里「強いのね…穂乃果は」

穂乃果「へへ、ダテにチームの太陽やってませんから!ねっ、にこちゃん♪」

にこ「んなっ!アンタ、サイトのこと気付いて!」

穂乃果「それに…勝てると思ってるのは、穂乃果だけじゃないよ」

海未「え…?」

穂乃果「ねっ、花陽ちゃん!」

凛「かよちん…?」


花陽「うん…勝てるよ。勝たせます。私と、凛ちゃんで」


凛「あれっ、凛もなの?」

ことり「花陽ちゃん」

花陽「ことりちゃん、心配しないで。ツバサさん、英玲奈さん、あんじゅさんとの対戦に集中してくれれば大丈夫だから」

海未「花陽…まさか、何か秘策があるのですか?」

ガチャッ


真姫ママ「みんな~、お菓子や飲み物のお代わりは…」

真姫「ま、ママ」

真姫ママ「あら、なんだかお邪魔しちゃったかしら?」

穂乃果「真姫ちゃんのお母さん!このゼリー美味しいです!」

真姫ママ「あら、本当?貰い物でたくさんあるから遠慮せずにどんどん食べてね」

穂乃果「ん~!このビワのやつも美味いっ!」モグモグ

海未「ほ、穂乃果…少しは遠慮をしてください!」

真姫ママ「いいのいいの、ちょっと数が多すぎて処分に困ってたのよ。食べてもらえた方が嬉しいわ♪」

真姫「…本当だから、気にしなくていいわよ。山積みになった贈答品で一部屋潰れてるの」

海未「そ、それは凄いですね…」

穂乃果「ありがとうございます!あ、桃ゼリーも美味しい~!」モグモグ

真姫ママ「それじゃあ、皆さんゆっくりくつろいで行ってね?」


バタン


穂乃果「みんなはゼリー食べないの?すっごい美味しいよ」

凛「あ…凛も貰おうかな」

穂乃果「どのフルーツがいい?オレンジとかマンゴーとかブドウとかなんか色々あるよ!」

凛「うーん、オレンジで!」

ことり「ことりも食べようかな。マスカットにしようっと」

にこ「ふう…細かい話をする雰囲気でもなくなっちゃったわね」

真姫「もう、ママのせいね…」

絵里「みんな、ごめんね。三年生の私は特にしっかりしなくちゃいけないのに、弱気になっちゃって…でももう大丈夫。強い気持ちで戦えるわ」

ことり「ことりもだよ。もう大丈夫、実力はともかく、絶対に気持ちで負けたりしないから!」

海未「私も…どうやら修行が足りなかったようです。戦を前に心で負けるなど園田の恥。必ず勝利を手中に収めましょう!」

希「穂乃果ちゃん、花陽ちゃん。二人のおかげで、みんなが勇気を貰えたよ。本当にありがとね」

花陽「そ、そんなぁ、私は大した事してないよ。私より、穂乃果ちゃんが…」

穂乃果「フッフッフ、希ちゃん!タロット貸して!」

希「ん、タロット?いいよ。はいどうぞ」

穂乃果「ありがとっ!さーて、今日の穂乃果は預言者だよ!私は預言します、決勝で大活躍するのは花陽ちゃん!その運勢は…これだーっ!!!」

花陽「ピャアアアア!?」

ペラッ

穂乃果「……って、そういえばタロットの意味知らないや…。希ちゃん、この絵ってどんな意味?」

希「どれどれ?これは『隠者』の正位置やね。意味は経験則、単独行動、変幻自在とか…」

花陽「あ、なんだか…合ってる、かも?」

穂乃果「おぉ…占えた?もしかして希ちゃんの占いって、このタロットがすごいだけなんじゃ…」

希「ワシワシするよ?」

穂乃果「ごめんなさい!!!」

♯37


【コンビニ前】


穂乃果「ねえ海未ちゃん。穂乃果は思うんだ、パピコは過小評価されてるって」

海未「はぁ、過小評価…ですか?」

穂乃果「だって他のアイスと大体同じ値段なのに1本食べ終わってももう1本残ってるんだよ?これはもう奇跡のお得感だよ!」

海未「分割されているだけで、量的には他のアイスとそれほど変わらないと思いますが…」

穂乃果「チチチ、甘いね海未ちゃん。パピコは美味しさとお得感の二刀流…と見せかけて!第三の刃を隠し持っているのさ!」

海未「そうなのですか?ふむ、隠し小太刀とはやりますね」

穂乃果「興味が出たかい海未ちゃん」

海未「多少は。で、その第三の刃とは一体なんなのです?」

穂乃果「それを語るには、ちょっとした前準備が必要なんだ…。海未ちゃんの雪見大福一ついただきっ!」パクッ

海未「う゛ぁぁぁぁ!!」

穂乃果「うーん…人からもらう雪見大福の美味いこと美味いこと…」

海未「わ、私の雪見大福が…」ワナワナ

穂乃果「そしてそして~?代わりに穂乃果のパピコ一本をあげるっ!友達と交換して楽しい!これがパピコ第三の刃だぁーっ!」

海未「貴女は最低ですっ!」パチーン!

穂乃果「うへぇ痛い!なんでさ海未ちゃん!パピコあげたじゃん!」

海未「ダメです!雪見大福を一つとパピコ一本は決して等価交換ではありません!」

穂乃果「むむむ、パピコだって美味しいのに…じゃあ特別!海未ちゃんにはこっち、穂乃果の食べかけのパピコを進呈しよう!」

海未「な!穂乃果と関節キス…!?……いっ、いけません!破廉恥ですっ!」

ことり「待たせてごめん~!何買うか迷っちゃったぁ。あれ、海未ちゃん顔真っ赤?二人で何の話してたの?」

穂乃果「海未ちゃんが穂乃果とキスをしたがってるって話だよ!」

ことり「ええ~っ、海未ちゃんだいたぁん♪ことりも二人とキスしたいなっ」

海未「そんな話はしていません!ふしだらです!淫奔です!乱れていますっ!成敗ッ!」

穂乃果「海未ちゃんごめん!からかいすぎたよ!わわわ、手刀で首筋を狙うのはやめて!」

ことり「やんやん♪ ハノケチェン逃げて~っ!」

海未「ことり!破廉恥なのは貴女もです!成敗ッ!」

ことり「ぴぃぃっ!?」


~~~~~

穂乃果「あはははは!あははっ…、はぁー、走り疲れたっ!海未ちゃんってば本気で追い回してくるんだもんなー」

ことり「はぁ、はぁ…い、息が上がっちゃったよぉ~」

海未「二人がおかしな事を言うからです!全くもう……ふふっ」

ことり「うふふっ、海未ちゃん笑ってるよ?」

海未「だって、必死の形相で逃げる二人がおかしかったものですから。ふふふ…」

穂乃果「あ、そういえばさ!昔もここで、三人で鬼ごっこしてたよね!」

ことり「うん!まだ海未ちゃんが泣き虫さんだった頃だよね♪」

海未「も、もう…からかわないでくださいよ。私は早生まれですから、幼少期に多少引っ込み思案になるのは普通の事です」

ことり「今はすっかり格好良い女の子になっちゃったよね?」

穂乃果「えへへ、またあの頃の海未ちゃんに会ってみたい気もするよね!」

ことり「うんっ!うさぎさんみたいで可愛かったもんねぇ。今もとっても可愛いけどねーっ♪」
穂乃果「ねーっ♪」

海未「もう…二人とも、私を赤面させるのが生き甲斐だったりします?」

穂乃果「わかってるぅ!」
ことり「否定しませんっ♪」

海未「はぁ、やっぱり…」

穂乃果「あははははっ!あぁ、楽しいなぁ…海未ちゃんもことりちゃんも大好きっ!」


―――ザァァッ!


穂乃果(わ、強い風…)


穂乃果「……」


穂乃果「……決勝、明日だね」

ことり「うん…」

海未「そうですね…」



穂乃果(……あれっ?)

穂乃果(もし明日負けたら…こうやって二人と一緒に帰れるのも、今日が最後?)

穂乃果(負けたら…負けたら、どうなるんだろう?)

穂乃果(別々の高校で、別々に卒業して)

穂乃果(もちろん連絡は取れるけど、会える時間が今とは比べられないぐらい短くなって)

穂乃果(お互いに、お互いの、知らないことが増えて…)

穂乃果(卒業したら、私は大学…行くのかな?それとも、高卒で穂むらを継ぐのかな?)

穂乃果(海未ちゃんもことりちゃんも、高校を卒業したらそれぞれ忙しくなったりするのかな…?)

穂乃果(それに、今はまだ全然イメージできないけど…何年先かわからないけど…二人とも、大切な人ができて、結婚したりする日が来るのかもしれないよね…)

穂乃果(全然会えなくなって…私も、二人も、お互いがすれ違ってもわからないくらい、大人になって)

穂乃果(嫌だ…)

穂乃果「そんなの嫌だよ…!」

海未「穂乃果…?」

穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん…!私、全然わかってなかった。私!大変な事を…!」

海未「穂乃果…」

穂乃果「明日負けたら…負けちゃったら…!」


ことり「穂乃果ちゃんっ!」


ぺちん!

穂乃果「……っ、!ことり…ちゃん?」


海未(こ、ことりがビンタを…!いえ、見るからに痛くなさそうなビンタでしたが…)


ことり「穂乃果ちゃん。ことりは怒ってます」

穂乃果「は、はい…」

ことり「激おこちゅんちゅん丸です」

穂乃果「はい…」

海未(一体何ですか、その威圧感の欠片もない言葉は)

ことり「穂乃果ちゃん、直前になって怖くなるくらいなら、ツバサさんのあんな申し出受けなければ良かったんだよ」

穂乃果「……」

ことり「正直に言います。穂乃果ちゃんはお馬鹿さんです」

穂乃果「……うん」

海未(ことりが穂乃果に説教を…レアすぎます。希ではありませんが録画をしたいぐらいです)

ことり「……でもね、ツバサさんが助けを求めてるのに手を差し出さない。……それは穂乃果ちゃんじゃないとも思うの」

穂乃果「……」

ことり「穂乃果ちゃんはね、そういう人なんだよ。悩んでる人、困っている人、寂しそうな人、苦しそうな人。気付いたら絶対に手を差し伸べちゃうの。助けようとしたら自分に迷惑がかかるとか、そんな事は全然考えずに」

穂乃果「……」

ことり「きっと何度生まれ変わっても、こことは違うパラレルな世界に生まれても、自分のためより人のために、壁を恐れず困難に立ち向かっていく。高坂穂乃果って人間は、そういう人なんだと思うの」

穂乃果「……」

ことり「だから、穂乃果ちゃんはそれでいいんだよ。負けたらなんて考えないで。勝ってツバサさんを助ける、それだけを見てて。そんな穂乃果ちゃんのために、ことりと海未ちゃんがいるんだから」

穂乃果「ことりちゃん…」

海未「穂乃果」ギュッ

穂乃果「海未ちゃん…」

海未「安心してください、必ず。必ず、貴女を守ります」ぎゅうっ

穂乃果「……うん、グスッ…うん…」

海未「勝負に絶対はありません。なので万に一つ!私たちが負けたとして…その時はUTXの警備員を片端から血祭りに上げて、穂乃果を助け出してみせますから」

穂乃果「ぐすっ……えへへ、警察に捕まっちゃうよ…?海未ちゃんってば、ほんと武闘派だなぁ…」

海未「ふふふ、いいのです。私が社会的に失墜したら穂むらで雇ってくださいね?…貴女には私たちが付いています。だから貴女は、前だけを見ていれば良いんですよ、穂乃果」

ことり「ごめんね…叩いてごめんね…穂乃果ちゃんっ…!」ぎゅうっ!

穂乃果「ことりちゃぁん…!」ぽろぽろ

海未(ことりが叱り、私が慰める。たまには役割逆転というのも良いものです。穂乃果を勇気付けてくれた事を感謝します、ことり…)

穂乃果「ありがとう…二人とも、本当にありがとう…!私はもう迷わない。絶対に、絶対に勝とう!これからもずっと…三人で、ずっと一緒にいるんだから!!」

♯38


花陽「つ、ついに来ちゃいました…!私たち以外、女性客なんて一人もいない男の花園…!その名も『とんかつ軍曹』!」

凛「す、すごい、お客さんたちが一心不乱にカツと向き合ってるよ。凛とかよちんの女子高生二人がいるのに誰一人チラリとも見向きしない…」

花陽「三大欲求を食欲に限定した誇り高き求道者たちの集う店…それがこの『とんかつ軍曹』なんだよ!」

凛「凛はこんな店に来ちゃうかよちんも好きにゃー」

花陽「真姫ちゃんは今ごろ頑張ってるのかなぁ。曲の最終調整があるからって来れなかったけど…」

凛「真姫ちゃんも最後まで来るか迷ってたもんね。一緒に食べたかったなぁ」

花陽「でも、ここは西木野家のお嬢様には流石に荷が重い…ひたすら真摯に自らの胃袋と向き合う食の闘士たちだけが存在を許される戦場だから…」

凛「かよちんの目がフードファイターの光を宿した…!」

店員「へいお待ちぃ!超ビッグロースカツ定食ごはんメガメガ盛り一丁!」ズドン

花陽「ふわぁぁぁあ!美味しそうっ!見て見て凛ちゃん揚げたての特大カツが二枚!そして、ツヤっ…ツヤで可愛い白米がさながら剱岳の如くうず高く積み上げられているよぉ!」

凛「へへ、かよちん嬉しそうにゃー♪」

店員「カツカレーラーメン一丁お待たせしました!」ドスン

凛「栄養気にせずラーメンばっか食べてる凛でもチョイ引きしちゃう禁忌のメニューが来たにゃああ!!」

花陽「すごいね!すごいね!美味しそうだね!やたら量が多いね!」

凛「油でギトギト…もしかしたら2000Kcalぐらいあるんじゃ…で、でも今日はいいの!カツで明日の試合に勝つ!食べよっかよちんっ!」

花陽「うんっ!いただきまぁす!うわぁぁあ!カツがサクサクでジューシー…!腹が満たせればいい的なお店の雰囲気に反してお肉は柔らかくて上質なもの!
でもそれでいて、人間がとんかつという食べ物に本能的に求めているいい意味でのチープでジャンクな味わいも…!
そうか、ソース!この特製ソースが美味しいんだよ!付け合せのキャベツにもダバダバかけて口の中に押し込む!ハァァァ!幸せぇ!
そしてそしてぇ?魚沼産コシヒカリ!!王道っ!王道っっ!カツもキャベツも所詮は脇役引き立て役!さぁ、今こそ花陽の口の中へそのつやつやフォルムを…!んぅぅぅ!!美味しい!美味しいよぉぉ!!」

凛「カロリーの味がして美味いにゃー」ズルズル

花陽「凛ちゃん、スープ一口味見させてもらってもいい?」

凛「もちろん…ん?ねえかよちん、あそこに座ってる人って…」


店員「はいお待ち!ヒレカツ重ね盛り定食一丁!」

英玲奈「イタダキマス」

花陽「わ、わ!英玲奈さんっ!?え!間違いない!英玲奈さんだよ!?なんでこんな店に英玲奈さんがイルノォ!?」

英玲奈「ん…?おや、小泉さんと星空さん。こんな場所で会うとは奇遇だな」

凛「こ、こんばんは…。あの、統堂さんもこういうガッツリ系のお店に来るんですね」

英玲奈「大きな試合の前にはよく来る。カツで勝つ。ゲン担ぎというやつだ。フフ」ドヤ

花陽「ふぁわぁあぁ!確固たるデータに裏打ちされた常日頃のクールな面持ちとは正反対の非論理的でお茶目な少女の一面っ!これぞファンにはたまらぬオフショット!」

英玲奈「ここは量だけでなく美味いからな。けほっ!クッ、辛子を付けすぎた…」

花陽「ピャァァァアアア!トンカツにカラシをべったり付けすぎてむせてる!あの高貴な英玲奈さんにこんな庶民派の一面があったなんてぇ!ス・テ・キ!」

凛(多分かよちんUTXの人たちが何やっても感動するにゃー)

英玲奈「しかし、流石だな」

花陽「え、流石?とんかつ軍曹がですか?」

英玲奈「いや、君たち二人がだ。決勝の大舞台を明日に控えてなお、その健啖家ぶり。食事がしっかり胃を通るというのは自信の表れ。君たちは勝てると踏んでいる。そうだろう?」

花陽「はい、勝ちますっ」

凛「凛はかよちんを信じてる。それだけです」

英玲奈「……瞳に一点の迷いもなし。絶対の信頼か。本当に面白いな、音ノ木坂というチームは」

英玲奈「君たちに勝ってもらいたい。だが、手は抜かない。明日の試合、お互い全力を尽くそう」

花陽・凛「「はい!」」


~~~~~

花陽「はぁ~!美味しかったぁ!」

凛「お腹パンパンだよー!さすがに食べすぎちゃった気もするね」

花陽「あの店に行ってみたいって私のワガママに付き合わせちゃってごめんね?」

凛「凛はかよちんのお誘いとあらばどこへでも行くにゃー♪」

花陽「えへへ、次は凛ちゃんの行きたい店に行こうね♪」

凛「じゃあ今度は神保町にできた新しい家系ラーメン食べに行こ!真姫ちゃんも強引に引っ張ってくにゃ!」

花陽「いいよっ!家系は白米と合うから素敵だよねぇ…炭水化物on炭水化物バンザイ!」

凛「ねえかよちん、凛を野球に誘ってくれてありがと!」

花陽「うん!野球、楽しいよねっ」

凛「すっごい楽しいよ!」

花陽「うんうん…凛ちゃんを野球フリークにするための長年の努力が実を結んで嬉しいよおっ…!」

凛「かよちんの家に遊びに行くたびに野球ゲームとか野球の映画とかばっかり見せられてきたからねー」

花陽「夏休みに徹夜で野球映画5本立て上映した時は楽しかったなぁ~」

凛「凛は途中から朦朧としてたから最初の方に見たメジャーリーグとメジャーリーグ2しか覚えてないけどね!」

花陽「え、そうだったの?じゃあまた今度上映会のやり直しだねっ!今度こそ寝落ちは許さないよぉ♪やっぱりマネーボールからかなぁ、がんばれベアーズぐらいが見やすいかなぁ…」

凛「ええーっ!!もう勘弁にゃあああ!!こうなったら真姫ちゃんとにこちゃんも…いや、全員道連れに…」ブツブツ

花陽「ふふっ…りーんちゃんっ!大好き!」

凛「わっ、かよちん!凛も愛してるにゃー!」

♯39 


【生徒会室】


ガチャッ

希「絵里ち、いる?」

絵里「あら?希、まだ残っていたの?」

希「それはウチの台詞やん。下校時間はとっくに過ぎてるよ?生徒会の仕事はあらかた終わってたはずやけど…」

絵里「うん…試合の事を考えると落ち着かなくって。生徒会室にいると、別の事を考えられるでしょう?」

希「ふふ、息抜きが生徒会なんて絵里ちらしいね」

絵里「そうね、それに…ここで座ってたら希が来てくれる気がしたの。…なーんて」

希「あっ、そ、そうなん…」


希(あ、あかん…凛ちゃんが言ってたキスがどうのこうのを思い出して、恥ずかしく…!)


絵里「あ、そういえば!この前、希がLINEでネットの面白い記事を送ってきてくれたでしょ?」

希「ぁ、ああ!あれね!面白かったやろ?」(よかった、話が逸れた…)

絵里「うん、すっごく笑っちゃったわ!思わず亜里沙にも見せちゃったぐらい。それで、しばらくあのサイトの色々な記事を眺めてたんだけどね」

希「うんうん、なんか他に面白い記事とかあったん?」

絵里「ああいうまとめサイトって、広告が出るでしょ?バナーっていうのかしら。あれって性的な物が混ざってたりするじゃない?」

希「あー、あれは嫌やね。かなりモロなのもあったりするし…」

絵里「でね、そのバナーの一つに書いてあったフレーズを、今ちょっと思い出しちゃって。男同士、密室~ってやつ。見た事ない?」

希「ん?見た事あるけど…」

カチャン

希「…あの、絵里ちさん?なんでドアの鍵を?」

床ドン!

希「ひええっ!?お、大外刈りで押し倒し…!?」

絵里「女同士、密室、放課後…何も起きないはずもなく…」

希「え、ええええ絵里ち!??!顔がちかちか近っ!!!?」

絵里「……すごく可愛いわ、希」

希「~~~っ!?///」(絵里ちの胸が当たって胸が胸が)

絵里「キス、しちゃおうっと♪」

希(ああお父さんお母さんごめんなさい今日希は禁断の百合道へと堕ちてしまうようですごめんなさい)


バツン!(照明off)


希「わ、電気切れた」

絵里「きゃああああ!??!?!く、暗い!おばけ!おばけ!?いや!怖い!」ギューッ!!

希「ちょ、絵里ち苦しい!大丈夫、大丈夫やから…よしよし、怖くない怖くない」

絵里「希ぃ…なんで電気切れたの?なんで…?おばあさまぁ…」ぷるぷる

希(面白いぐらい震えてるなぁ、ほんとに怖がりなんやから…こういうとこも可愛いんやけど)

絵里「…うう……」


絵里「……ねえ、希」


希「…なぁに?絵里ち」

絵里「………私ね、 統堂さんと優木さんを脅して、無理やりに綺羅さんの弱点を聞き出したわ」

希「…うん」

絵里「それからずっと、心の中の、自分への嫌悪感が拭えないの。いくら勝つためでも…決して許される事じゃないわ」

希「………いいんじゃないかな、たまにはズルしても」

絵里「希、でも、そんな…」

希「今の話だけじゃ細かい状況はわからないけど…絵里ちはみんなを守りたかった。統堂さんと優木さんはツバサさんを守りたかった。それがぶつかってしまった。そういう話でしょ?」

絵里「…うん」

希「やり方は間違ってたのかもしれない。相手も自分も傷付いてしまったのかもしれない。でも、きっとそれでいいんだよ」

絵里「……うん」

希「私たちはまだ高校生。たくさん間違えて、周りと支え合って、少しずつ大人になっていく。それでいいの」ぎゅっ

絵里「希…」ぎゅっ

希「だから、明日は一生懸命戦って、試合の後、ちゃんと謝ろう?」

絵里「うん…うん…ありがとう、希…」

希「なんだったら、ここでキスの一つでもしてあげられたらいいんやけどね…ウチ、結構ヘタレやから…あはは…」

パチン(照明on)


希「…あ、電気点いたよ!良かったぁ。うーん…送電線とかの問題やったんかなぁ?」

絵里「うう…」

希「ん、絵里ち?どうして顔伏せとるん?もう明るいよ、大丈夫だよ」

絵里「違うの…たぶん、涙でヒドい顔だから…見せたくない」

希(か、可愛い…!あ、もうウチ百合でいいかも…)

\~~♪/

希「っと、着信音?絵里ちのスマホかな」

絵里「メール…?誰かしら…」ポチポチ

絵里「あっ…!」

希「差出人、優木あんじゅ…」



【優木あんじゅ】

絢瀬さん、この前はひどい事を言ってしまってごめんなさい。

あの後ね、英玲奈に叱られてしまったの。絢瀬さんの要求には筋が通っている。私の怒りはただの身勝手だって。
英玲奈に理路整然と説教をされて、そうなのかもって思えたわ。

もう一度謝るわね、最低だなんて言ってしまった事、本当にごめんなさい。


だけど本心を言えば、私の心の中にはまだあなたに対するわだかまりが残っているの。
それはきっと絢瀬さん、あなたもそうなんじゃないかしら?

だからね、明日の試合で決着を付けましょう。

私がUTXの四番。そして、あなたが音ノ木坂の四番に座って。

もちろん、私が書いている事がただのワガママだという事は分かってる。

だけどこれが実現するなら、とっても嬉しく思うわ。

♯40


【西木野家】


♪シャカシャカシャカ

真姫「♪あいせーいっ へい へい へいっ すたーだっ!」

真姫「フフン、名曲ね。親友二人の食事の誘いに後ろ髪を引かれながらも断り、試合前日まで曲の調整。ほんと私ったら優秀よね」

真姫「凛と花陽が行くっていうとんかつ屋さんも庶民の文化として気にはなったけど…大きな勝負の前には家政婦の和木さんに作ってもらったトマトパスタ。これに限るわ」チュルチュル

にこ「…」

真姫「うん。シェフの作ってくれるパスタよりも素朴で優しい味。料理としてはシェフより劣るんでしょうけど、落ち着く味なのよね」

真姫「そしてレモングラスティーをアイスで。涼感ある風味でパスタソースを口中から濯いでくれるの。疲労回復、頭をスッキリさせる効果があるって聞くわ。夏には最適の飲み物ね」ゴクゴク

にこ「……」

真姫「ふう、美味しかった。だけど真姫ちゃんのお楽しみディナーはまだ終わりじゃないのよ。じゃん、トマトソルベ!パパが学会で出向いた先で買ってきてくれたの」

真姫「真っ赤でツヤツヤで素敵。食べる前からわかる。確実に美味しいわ。そして使われているのは自然由来の成分だけ。リコピンも摂れるし体にいいのよ。知性溢れる美貌の真姫ちゃんに相応しい逸品ね」

にこ「………」

真姫「うぅ~ん、トマトの甘みと酸味のこのバランス…滑らかな口溶け…陽の光を燦々と浴びて、健やかに育った味がするわ。とってもデリシャス」

真姫「美味しかったわ、ごちそうさま。さて、作業に戻ろうかしら。球場の音響データに合わせてみんなの歌声をもう少しいじらなないと。素人の歌声だし、しっかり調整しないと人様に聞かせる物にならないものね」

真姫「ヘッドホンを着けて……ふんふんふふーん♪」


にこ「ってぇ!にこを!延々っ!!無視してんじゃないわよおおおおお!!!!」


真姫「ヴェェェェェッ!!??な、な、なんで!なんでにこちゃんが私の部屋にいるのよっ!!」

にこ「はぁあぁぁ!?アンタ本気でにこの存在忘れてたわけ!?しばらくバイト代を受け取り忘れてて食費がピンチだったから貰おうとしたけど真姫ちゃんが財布を家に忘れて来てたから一緒について来てたんでしょうが!!!」

真姫「あ…ご、ごめん、そうだったわね。にこちゃん小さいから視界に入らなくて、すっかり忘れてちゃってたわ」

にこ「ぐぬぬ…人を放置したまま早めの夕食を堪能した挙句ナチュラルにディスってきたわねこいつ…」

真姫「ええと、バイト代。確か三週間分だったわよね。はい、三万円」

にこ「ん…ありがと」

真姫「でも、いいの?一週間にたったの一万円で。最初に言ったみたいに一日一万でもいいんだけど」

にこ「いいのよ。それ以上はもらいすぎだから」

真姫「そうなの?よくわからないわ」

にこ「最初は友達からお金をもらうのに葛藤もあったりしたけど…月に四万ぐらいなら、家計を支えつつ野球に打ち込めて、気持ちにも折り合いを付けられるギリギリのラインだってわかったの」

真姫「と、トモダチ…」

にこ「ちょ、いまさらそこで照れる!?言ってるこっちまで恥ずかしくなるでしょ!それにアンタさっき凛と花陽を親友二人って言ってたじゃない!」

真姫「言うのと言われるのは違うし…っていうか、さっきの独り言、全部聞かれてた…?ヴぇえ…」

にこ「真姫ちゃんって案外抜けてるわよね…。まあとにかく、バイト代として受け取ってるこのお金もいずれ絶対に返すわ。それが友達として、チームメイトとしての礼儀。今だけ、ありがたく借りておくわね」

真姫「にこちゃんがそうしたいのならそうすればいいわ。どうせずっと、と、…友達だから。返済は生涯単位で気長に待っててあげる」


~~~~~


にこ「別に送ってくれなくたっていいのに。帰るまでに暗い道とか危ない場所もないし」

真姫「別に、私の勝手でしょ。少し気分転換で散歩がしたくなって、それがにこちゃんの家と同じ方向だってだけ」

にこ「ハァ、こましゃくれた一年よね。で、帰りはどうすんの?もう一回にこが送って行くとか勘弁なんだけど」

真姫「運転手を呼ぶから平気よ」

にこ「くっ、これだからブルジョアは……」

真姫「…ねえ、にこちゃん」

にこ「何よ」

真姫「にこちゃんは、試合で打てなかったらどうしようとか考えたりする?」

にこ「打てなかったら?ははぁん、鋼メンタルの真姫ちゃんでもそんな殊勝な心持ちになることがあるわけね~」

真姫「ち、違う!参考!参考までによ!挫折知らずの天才マッキーは凡人の苦悩に興味があるの。教えなさい」

にこ「なかなか徹底してるわよね、アンタも…。ま、一応答えておくと、そういうのって考え出したらキリがないわよ。だからにこはマイナスイメージより、活躍して脚光を浴びてるところだけをひたすら夢想してるわ」

真姫「ひたすら夢想…」

にこ「オススメはキャッチフレーズを決めちゃうことね。自分のテンションを上げられる魔法の言葉があると、色々強いから」

真姫「にっこにっこにー、みたいな?」

にこ「その通り!はいっ、まっきまっきまー♪」

真姫「嫌よ、キモチワルイ」

にこ「ひっぱたくわよ!…ったく、もっと別の感じでもいいのよ。自分らしくてテンションの上がる言葉ならなんでも」

真姫「…難しい」

にこ「そうねー真姫ちゃんだったら…『勝利は金で買えるのよ!』うん、これね。」

真姫「い、嫌よ!」

にこ「勝利の部分は改変していいのよ!『審判は金で買えるのよ!』とか」

真姫「絶対にイヤー!!」

シュッ!

パシィン!


にこ「……ん、こんな時間に公園に人?」

真姫「本当ね、しかも野球やってるわ。アンダースローで投げてる、まるでことりみたいね」

にこ「……っていうか!アレことりよ!捕ってるのは海未!」

真姫「はぁ!?あの二人、試合前日に何考えてるのよ!止めなきゃ!」


スパーン!

海未「ナイスボールです、ことり。…もう暗いです、そろそろ切り上げましょう」

ことり「まだだよ。無理…しなきゃ」

海未「……そうですね。あと少し、あと少しだけ…」

海未・ことり((今のままじゃ、綺羅ツバサには投げ勝てない…!))


にこ「ことり!海未!」

海未「にこ、真姫…何故ここに?」

ことり「夜に二人で…もしかしてデート?デートなの?」

真姫「そ、そんなんじゃないから!キラキラした目で見ないで!」

にこ「って、それよりも!なんで試合前日の夜に投げ込みなんてしてるわけ?バカなの!?」

ことり「それは…」

真姫「にこちゃんの言う通り。…やっぱり、肩が熱を持ってる。オーバーワークは逆効果よ?」

海未「にこ、真姫、止めないでください。既に私たちにとってこれはスポーツではありません。あの女…綺羅ツバサとの、存在の意義を賭した生存競争なのです」

にこ「…は?」

ことり「そうだよ。もし勝てなかったら穂乃果ちゃんがいなくなっちゃう…それはことりと海未ちゃんにとって死ぬのと同じなの」

にこ「いやいや…」

ことり「さっきね、穂乃果ちゃんが不安そうにしてたから、二人で励ましたんだ。でもね、本音で言えば、私たちも死ぬほど不安なの…」

海未「もし穂乃果を奪われてしまえば、残りの高校生活…いえ、残りの人生全てです。陸に打ち上げられた魚のように、渇き、澱んだ瞳で空高く…手の届かないところで燦然と輝く太陽に恋焦がれながら、ただ緩慢に朽ちていくだけ…」

ことり「海未ちゃぁん…!ことりそんなの無理だよ…!穂乃果ちゃんと同じ空気を吸えなくなるなんて絶対に耐えられない!自殺しちゃいたいたくなるけど、そしたら穂乃果ちゃんを悲しませちゃうから自殺だってできない!死ぬよりも辛いよ!!」

真姫「…いや、意味わかんない。あなたたちが穂乃果ホノカ穂乃果ホノカなのは知ってたけど…」

にこ「いきなりポエム詠まれたんじゃドン引きよ!!穂乃果を守りたいならしっかり休みなさい!!!」

真姫「正論」

ことり「ごめんなさい…」
海未「すみません…」

真姫「とりあえず、早く冷やしてマッサージをした方がいいわ。すぐに処置すれば明日に疲労を残さずに済むはずよ。どこか、いい場所ないかしら」

にこ「……しょーがないわね。アンタたち、にこの家に来なさい。体のケアしないと」

ことり「え、にこちゃんの家?いいの?」

にこ「今日はマ…お母さんが泊まりの仕事だから、気にしなくていいわ。チビたちがいてちょっと騒がしいけど、それぐらいは我慢しなさいよね」

♯41


【矢澤家】


真姫「冷やして、固定して…よし。しばらくこのまま。熱が引いたら他の処置をするから」

ことり「ありがとう…ごめんね、真姫ちゃん」

真姫「冷静さを失っちゃ駄目よ、分が悪くなるだけ。クールに、クレバーに、勝機を狙いましょう」

ことり「…うん」


こころ「にっこにっこにー♪」
ここあ「にっこにっこにー♪」

海未「に、にっこにっこにー…♪」

こころ「海未さんお上手です!」
ここあ「お姉ちゃんのに比べるとキレがまだまだだけど!」

こたろう「しろうとー」ピコッ

海未「は、はぁ…精進します」

真姫「それにしても、にこちゃんの下の子たちはそっくりね。フフ、ちょっと笑っちゃうぐらい」

ことり「海未ちゃんずる~い…ことりもこころちゃんたちと遊ぼっと」

真姫「あっ、右腕は動かさないようにしなさいよ」


~~~~~


海未「ババ抜き、ラスト一枚…勝負の時ですっ!いざっ!!」

こたろう「こっちー」しゅっ

海未「う゛ぁぁぁぁ!!!」

真姫「海未…ババ抜きでこたろう君に負けるって…」

ここあ「あのお姉ちゃん面白いねー」ケラケラ

ことり「こころちゃんの髪の毛サラサラで気持ちいい~」

こころ「くすぐったいです…」

ことり「見ててね…ここをこうこう、こう結ぶと…はい、プリキュアの髪型~♪」

こころ「わあぁぁぁ!ことりさん凄いですっ!」

ことり「うふふ、気に入ってもらえた?」

こころ「はい!わぁ…すごいなぁ…!しかも片手で!やっぱりピッチャーの方は指先が器用なんですね!流石は二番目に上手な人のポジションです!」

真姫「ん、二番目に上手…?こころちゃん、一番上手な人のポジションってどこなのかしら」

こころ「もちろんセンターです!」
ここあ「センターだよ!」
こたろう「せんたー」

海未「あっ」
ことり「な、なるほど~」
真姫「にこちゃん…」

ガラッ!

にこ「そうよ!にこにーこそが最強センター!何か文句ある!?」

ことり「あ、にこちゃん…ううん、文句はないよ…あははは…」

にこ「ふん、よろしい!」

真姫(開き直ったわね)

海未(以前から疑問でしたが、にこは何故センターにこだわるのでしょう?)

にこ「食事できたわよ。真姫ちゃんはさっき食べてたけど、海未とことりはまだ食べてないんでしょ?たくさん作ったから食べなさい」

海未「い、いえ!そこまでお世話になるわけには」グゥゥ…

ことり「海未ちゃん、お腹鳴ってるよ。お言葉に甘えておこう?」

真姫(おいしそうな匂い…)

にこ「ふふん、真姫ちゃんも食べる~?」

真姫「別に、私はいいわ。お腹減ってないから」(私も食べたい…)

こころ「真姫さん、一緒に食べましょう?」ニコッ

真姫「ヴェ…別に、こころちゃんがそこまで言うなら…///」

にこ(あ、チョロった)
海未(真姫、子供相手に…)
ことり(カワイイもん、仕方ないよねっ♪)

真姫「そ、それじゃ、早く食べましょ。あまり遅くなると消化が悪くなって明日に響くから」

にこ「あ、ちょっと待っててね。こころ、ここあ、こたろう。ご飯の前にお父さんに挨拶するわよ」

ことり「え!お父さんいたの?うるさくしちゃってたかなぁ…」

こころ「はい!お父さまはいつも家にいますよ」

真姫(えっ、働いてないの?)

海未(在宅のお仕事をされているのでしょうか?)

こたろう「こっちー」ガラガラ


海未「あ、お父様はそちらのお部屋に?ご挨拶をしなくては………あっ」

真姫「……これって」

ことり「お仏壇…」

にこ(…気を遣わせて、辛気臭い感じになるから、人を連れてくるのは嫌だったのよね…ま、こいつらならいいけど)


ここあ「お線香用意したよー」

にこ「ありがと、ここあ。それじゃあみんな、お父さんに夜のご挨拶をするわよ」

こころ、ここあ、こたろう「はーい」

にこ「海未、ことり、真姫ちゃん。食事前だけど、ちょっと待っててね」

真姫「……お線香」スッ

にこ「え?どうしたの、手なんか出して」

真姫「私にもお線香ちょうだいって言ってるの」

海未「ええ、私たちにも是非お線香をあげさせてください」

ことり「にこちゃんにはみーんなお世話になってるから、お父さんにご挨拶しておかないとね」

にこ「アンタたち……ここあ、三人の分もお線香出してあげて」

ここあ「うん、わかった!」

真姫「ん、ありがとここあちゃん。…人の家のお仏壇に手を合わせるのって初めてなんだけど…なにかマナーとかあるのかしら」

にこ「そこにお線香を立てて、手を合わせてくれるだけでいいのよ。宗派によっては寝かせて置いたりとかあるらしいけど、うちはそんなに細かくやってるわけじゃないから」

真姫「ん……よし、こうね」

にこ「じゃあみんな、手を合わせてね」

海未(にこのお父様、にこにはいつも、本当に助けられています…)

ことり(みんな、いつも一生懸命なにこちゃんの事が大好きなんです)

真姫(ええと……にこちゃんのお父さん、ずっとにこちゃんたちを見守ってあげてください…)

にこ(パパ、これがにこの大切な友達たちだよ。まだ何人もいるの。今度、みんな連れてきて紹介するからね…)

にこ「…………みんな、ありがとね」

海未「いえ、今日はご挨拶できて本当に良かったです」

真姫「あ、写真…お父さん、にこちゃんたちに似てるわね。特にここあちゃんが似てるかしら」

にこ「そうね、ここあは目元がパパ似だと思う」

ことり「ん…、お仏壇に飾ってあるそれって、サインボール?」

にこ「ああ、それね。見ていいわよ」

真姫「ジャイアンツの…55?」

こたろう「ごじらー」

海未「なるほど、松井選手のサインボールでしたか」

にこ「ええ、パパは巨人ファン…ってより、松井の大ファンでね。にこが連れて行ってもらった時にホームランボールをキャッチして、その後でサインをもらったの。宝物にしてたわ」

ここあ「知ってる?松井は最強なんだよ!」

こたろう「せんたー」

こころ「そう、お姉さまも松井選手と同じセンター!お父さまもきっと喜んでます!」

真姫「センター…」

ことり「そっか…それでにこちゃんはセンターにこだわってたんだね」

にこ「ま、それだけじゃないけどね?スタンドを含めて球場を見て中心に位置するのはセンター!大銀河宇宙の中心たるにこにーにこれ以上相応しいポジションはないわ!」

こころ「流石はお姉さまです!」

ここあ「かっこいいー!」

こたろう「せんたー!」

真姫「……ま、突っ込まないでおいてあげる」クルクル


にこ「さーて!それじゃ食事にしましょうか!にこにー特製!滋養強壮!疲労回復スペシャルディナーよ!」


海未「これはまた…本当に美味しそうですね」

にこ「梅しらすのご飯、鶏胸肉のトマトバジルソテー、タコのカルパッチョ、グレープフルーツ入りサラダよ。全部疲労に効くのばっかりなんだから!」

ことり「わ、プロみたい!でもこんなに色々材料を使ったら高かったんじゃない?」

真姫「予算は私持ちだから。うちのお手伝いさんに電話して買ってきてもらったの」

海未「いつの間に…」

にこ「久々にお金に糸目を付けずに料理を作ったから楽しかったわ!さ、食べましょ!」


~~~~~

海未(にこの料理、絶品でした…。花陽であれば大喜びで、滔々と食レポを聞かせてくれるのでしょうね。また是非、部員みんなでにこの作ってくれた食事をいただきたいものです)

海未(ことりはソファーでにこの指圧を受けています。真姫の見立てでは明日の投球に影響は出ないだろうとの事。良かった…)

海未(真姫はノートパソコンで明日の曲の調整を。私はお手伝いで、こころちゃんたちを寝かしつける役目を。三人とも寝静まったようですね…可愛い子たちです。
お腹がいっぱいなのもあって、私も眠くなってしまいます…。これはいけませんね、立ち上がりましょう。起こさないように…)スッ

海未(西木野家の運転手さんが私とことりを自宅まで送ってくださるとの事。時間もそれなりに遅くなってきていますし、ここは素直にご厚意に甘えさせていただきます)

海未(さて、車を待つ間が暇ですね…。ふむ、真姫の作業が気になります。邪魔をしてはいけませんが、後ろからそっと覗き込むくらいなら良いでしょう)


真姫「♪~」


海未(おや、小さく鼻歌を歌いながらの調整ですか。ふふっ、可愛らしいです)

真姫「…?ヴぇえ!?海未!なんで覗き込んでるのよ!!」

海未「す、すみません!曲の編集というのはどのようにしているのか、気になってしまいまして…」

真姫「……ま、海未の場合は悪気があってじゃないだろうから許してあげる。今調整してたやつ、聴く?」

海未「いいのですか?」

真姫「いいわ、これは完成したから。試しに聴いてみてよ」

海未「では、ヘッドホンを拝借して…ああ、ことりと花陽と穂乃果の曲ですね…」シャカシャカ

海未「流石は真姫、素晴らしい完成度でした。頭がくらくらします」

真姫「ふふん、真姫ちゃんにかかればこれぐらい余裕よ。じゃ、作業に戻るわね」

海未(むむ…ことりの声は聴き慣れていますが、歌声となると一層強烈ですね…。それが花陽と穂乃果と相まって、脳内に砂糖と卵とミルクを入れて攪拌されているような錯覚が…ん?)

海未(居間の時計、秒針の動きが鈍い…疲れで感覚がおかしいのでしょうか…)

にこ「海未、何見てんの?…って、その時計電池切れかけてるんだったわ。替えとかなきゃ」

海未「ああ、電池切れが近くて針の動きが鈍くなっていただけでしたか。私はてっきり…………」


海未「……」


にこ「どうしたのよ、いきなり硬直しちゃって」

海未「止まる秒針……わかった…わかりましたよ!」

にこ「ちょっと!チビたち寝てるんだから大声出さないでよ!」ひそひそ

海未「あ、すみません…」

ことり「何がわかったの?海未ちゃん」

海未「決め球です!思いつきましたよ!!必殺の魔球を!!!」

にこ「静かに!」

海未「すみません…」

♯42


雪穂「お姉ちゃんお姉ちゃん!」

穂乃果「んー?どしたの雪穂」

雪穂「あ、あのね…玄関の横に、不審者がいる…!」

穂乃果「ぅええ!?ふ、不審者?お、お父さんに…」

雪穂「お父さんは仕入先の人の法事!お母さんは地域の会合!今って家に私とお姉ちゃんとお婆ちゃんしかいないんだよー!」

穂乃果「げげ、それはまずい…まさかお婆ちゃんに頼むわけにもいかないし…」

雪穂「どうしよ…警察?警察?」

穂乃果「わー待った待った!まず本当に不審者なのか確かめないと警察はダメだと思う!」

雪穂「そ、そっか!お姉ちゃん冷静!」

穂乃果「これぞ年の功、フフフ。よ、ようし…私が見てくるよ」

雪穂「えっ、危ないよお姉ちゃん…」

穂乃果「これでも野球始めてからはかなり鍛えてるから大丈夫!…だと、いいなー」

雪穂「す、すぐ後ろで見てるから!何かあったらすぐ警察に連絡できるようにするね!」

穂乃果「まずは窓から見てみよう…あ、いるねいるね…変な人がうずくまってる」

雪穂「でしょ!?なんか様子が変だよね!」

穂乃果「うん、なんか呻いてるっぽい。…でも、結構小柄に見えるね」

雪穂「あ、確かに…女の人?」

穂乃果「っぽく見えるけど…あっ顔上げた。って……ツバサさん!?」


~~~~~


雪穂「お茶、置いておきますね。それじゃごゆっくり~…」(ゆ、有名人だ~!)

ツバサ「いや、助かったわ…。穂乃果さんに会いに来たんだけどね、いざ穂むらの前まで来たところで、迷惑なんじゃないかとか、色々考えちゃって。そしたらお腹痛くなってきちゃって…」

穂乃果「あの、もうお腹は大丈夫ですか?」

ツバサ「ええ、もらった整腸剤がバッチリ効いたわ♪それにしても、妹さんにまで迷惑かけちゃったわね…」

穂乃果「いやそんな!迷惑だなんて全然!」

ツバサ「そうかしら?私こう見えて、多少は常識も持ち合わせてるの。例えば、これは予想なんだけど…私との約束がイヤになったりしてるんじゃない?」

穂乃果「ぅえっバレてる!?あ、あはは…二時間ぐらい前に…」

ツバサ「ま、そりゃそうよね。メチャクチャな話だもの。でも取り下げるつもりはないわ。私はあなたを勝ち取ってみせる」

穂乃果「うん…今はもう大丈夫。負けませんから」

ツバサ「ふふっ、流石ね。あ、そうだ!どうして会いに来たかってね?これを差し入れに来たの!はいどうぞ」

穂乃果「わ、ありがとうございます…。スーパーのビニール袋…?中身は、ああっ!ポケモンパン!しかも何種類も!えっと、これをわざわざ?」

ツバサ「ええ、好きなんじゃないかと思って持ってきたんだけど…そ、そうでもなかったかしら?」ドキドキ

穂乃果「大好きですっ!!パンだし!シールも付いてるし!嬉しい!!」

ツバサ「そう、良かったわ」(喜んでる!よかったぁ!穂乃果さんの笑顔可愛いっ!!)

穂乃果「あの、一つ食べてもいいですか!?」

ツバサ「もちろん、何個でもどうぞ。でも食べすぎて明日のパフォーマンスを下げるのは駄目よ?」

穂乃果「気をつけます!」ガサガサ

穂乃果「ん~うまい」はむはむ

ツバサ(パンを食べてる穂乃果さんも可愛い…)

穂乃果「最近は妖怪ウォッチパンもよく見るんですよね。シールコレクターとしてはそっちも見逃せないっていうかなんというか」もぐもぐ

ツバサ「妖怪ウォッチね、私たちよりは少し世代が下じゃないかしら?」

穂乃果「シールに関してはそういうの気にしてないんです!貼れればなんでもいいかなーって。あ、シールのコレクション見ますか!?」

ツバサ「いいの?見たい見たい!」

穂乃果「えへへ!小さい頃からコツコツ貯めたのが何冊もあって、こっちはお菓子のオマケを集めたやつ、こっちは立体シール、こっちは友達と交換したやつで…」

ツバサ「わあ、すごい量!あ、このキャンディのシール可愛いわね」

穂乃果「あ、それお気に入りなんです!そうだ、ツバサさんにも一枚…」


ピピピピピピピ


穂乃果「あれ、着信音ですか?」

ツバサ「ああ、これね…UTX寮の門限前に設定してあるアラームよ」

穂乃果「え、寮の門限!も、戻らなくて大丈夫なんですか!?」

ツバサ「まあ私ぐらいになると、門限なんて多少は無視しても平気なんだけど…今日は門限通りに帰って英気を養うべきかしらね。穂乃果さん、突然押しちゃってごめんね。そろそろお暇させてもらうわ」

穂乃果「そっか…残念です。もっと遊びたかったなあ…」シュン

ツバサ「可愛い…」

穂乃果「え?」

ツバサ「や、なんでも。フフ、またお邪魔させてもらうわ。……そうだ、帰る前に。ちょっとだけ外に出ない?」


~~~~~

ツバサ「夜風が気持ちいいわね…。ここなら車も通らないかな。ねえ穂乃果さん、少しだけキャッチボールしましょ」

穂乃果「キャッチボール…ですか?えっと、この道路狭いから、強い球は投げられないけど…」

ツバサ「いいのよ、これ使うから」

穂乃果「あ、ゴムボール!懐かしい!」

ツバサ「原色テカテカのゴムボール。どこかの子供が忘れていったの。ちょっとだけ、使わせてもらいましょう」

穂乃果「うん!これなら危なくないですねっ」

ツバサ「思いっきり投げないように気をつけてね?軽いものを投げて肩を痛めるとかあるから。じゃ、投げるわねー」


シュッ ポスッ


ツバサ「ナイスキャッチ」

穂乃果(綺麗な回転。ピッタリ胸元に来る、すごく取りやすい球…)


シュッ パシッ


シュッ パスッ


ツバサ「なんか、いいわね。こういうのって」

穂乃果「うんっ」


シュッ ポス


シュッ パシッ


穂乃果「…やっぱり、ツバサさんは優しい人だね」

ツバサ「どうしてかしら?」

穂乃果「わかるんです。じゃなきゃ、こんなに思いやりのある取りやすいボールを投げられないから。ボールからツバサさんの優しさを感じるんだ」

ツバサ「…あー」ポリポリ

ツバサ「穂乃果さん、あなたって天然で照れること言うのね」

穂乃果「あははっ、照れてるんですか?」

ツバサ「どうかしら?さ、穂乃果さん!もう一球っ!」



―――…穂乃果ちゃん!



穂乃果(ツバサ、さん…?)

穂乃果(小さな、子供の姿…)


ツバサ「穂乃果ちゃん!もう一球いくねっ!」


穂乃果(ツバサちゃん…)







ツバサ「どうしたの?ぼうっとして」

穂乃果「あ、、なんでもないです、えへへ…」


穂乃果(目の錯覚…だよね)


穂乃果「あ、そうだツバサさん!!」

ツバサ「どうしたの?」

穂乃果「明日の勝負!私が勝った場合の景品も決めていいよね!」

ツバサ「あっ、確かにそうよね。決めておかないとフェアじゃないわ。何か欲しいものとかある?」

穂乃果「うん、私が勝ったら、私だけじゃなくて音ノ木坂野球部のみんなと友達になってもらいます!」

ツバサ「へぇ…なるほど。面白い景品ね、楽しみ。まあ、その時は来ないのだけど」



ツバサ「それじゃ、お休みなさい穂乃果さん。明日はアキバドーム。最高の舞台で会いましょう」

♯44


【アキバドーム】


にこ「いよいよ、辿り着いたわね…」

希「ここが決勝の舞台…」

絵里「アキバドーム!」

穂乃果「はぇ~…大きいね!」

海未「やはり今までの会場とは段違い。圧倒されてしまいますね…」

ことり「試合まではまだ時間があるのに、入場口にはもうたくさん人が並んでるみたい。凛ちゃん、緊張してなぁい?」

凛「あはは…ちょっとドキドキする…。ことりちゃん、くっついててもいい?」

ことり「凛ちゃんおいでー♪」

凛「にゃー!」だきっ

花陽「はふぁああぁぁあ…アキバドーム!アキバドーム…!もう夢みたいだよぉ」

真姫「花陽ったら、移動バスの中からずっと感動しっぱなしね。でも、観戦で何度も来てるんでしょ?」

花陽「わかってないよ真姫ちゃん!観戦スタンドに行くのと選手通用口を通って内部に入るのとでは全くの別物!試合直前の雰囲気込みで見学ツアーとも似て非なる物!
私たちは今っ!プロ野球選手の日々を疑似体験しているのっ!!感謝すべき!礼賛すべき!この光景を網膜に…否否!エピジェネティクス!遺伝子に刻み込んでおくべきなの!!」

真姫「ヴェエ…」

絵里「ふふ、花陽は平常運転ってところかしら。頼もしいわね♪」(怖いけど…)

にこ(大丈夫…大丈夫…にこにー強靭にこにー無敵にこにー最強にこにーエンジェルにこにーisGOD…)ブツブツ

にこ「よっしモード入ったわ!ぬぅいっこぬぅいっこぬぅぃぃぃぃい!!」

穂乃果「にこちゃん!?どうしたの突然!ついに頭がおかしく…!」

にこ「ついにってどういう意味よ!聞き捨てならないんだけど!?」

花陽「ふふふ、モードに入った瞬間に野球力が飛躍的に上がるにこちゃん…流石ですっ!」

海未「…………」


希「海未ちゃん?なんかえらく静かやね」

海未「の、希……なにか、緊張を和らげる方法など、知っていれば教えてくれませんか…?」

希「うわ、表情怖っ!ガチガチやん!試合に勝てるかで緊張してるの?」

海未「い、いえ、それよりも…360度の大観衆の耳目に晒されるのを想像すると、どうしても身が竦んでしまって…」

希「ふむふむ。それでは希'sスピリチュアルマッサージを施してあげよう。そーれワシワs」
海未「成敗!」ビシィ!

希「痛ぁ!手首を手刀で払われた!?」

海未「あ!す、すみません希…つい反射で」

にこ「主砲の手首に怪我させたらどうすんのよアホ!成敗チョップ!」ビシッ!
海未「すみません!」

絵里「そうよ海未、暴力はいけないわ。成敗っ♪」ビシィ!
海未「ごめんなさい!」

凛「凛も海未ちゃんにチョップ!」バシッ!
海未「痛いです!」

ことり「ことりも便乗っ♪」ぺちっ
海未「今のは痛くありませんね」

花陽「わ、私もチョップ!」ぺしん
海未「可愛らしいものです」フフン

真姫「何よ、そういう流れ?」ピシッ!
海未「鋭い痛み!」

穂乃果「そして真打ち登場!ストロング穂乃果デストロイy」
海未「穂乃果はダメです」ビシィ!
穂乃果「カウンター痛い!」

海未「全く、みんな流れで叩きすぎです!人の頭を手刀でビシバシビシバシとまるで木魚のように!痛いではありませんか!」

凛「海未ちゃん逆ギレは良くないにゃ~」

海未「な、逆ギレではありません!怪我をするほど強く叩いたわけではないのに制裁が過剰なのです!そもそも最初から正当防衛です!」

希「海未ちゃん海未ちゃん」

海未「希!手刀は謝りますが、ワシワシはNGです!」

希「ふふっ、緊張ほぐれたやろ?」

海未「え?あっ……」

穂乃果「えへへ、なんだかみんなで騒いでたら気持ちが軽くなったよ!」

凛「さっすが希ちゃんだにゃー!」

希「ふふふ、気付いたかね皆の衆……これぞ秘技!スピリチュアルセクハラリラクゼーション法なのだー!なんてねっ♪」

真姫(セクハラって言ったわね)

海未「希…ありがとうございます!おかげで全力で戦いに臨む事が出来そうです!」

ことり「やっぱり希ちゃんは頼りになるね♪」

穂乃果「頑張ろうね、ことりちゃん!海未ちゃん!」

ことり「うんっ!」
海未「はいっ!」

希(よしよし、適当にワシワシしようとしただけなのに上手い具合にまとまったやん?流石はウチやね!)

絵里(……って考えてるのがわかるわ。希ったら、ちゃっかりしてるんだから。ふふっ)

♯44


【音ノ木坂応援席】


海未ママ「皆様!いよいよです!今日ここ、アキバドームこそが愛娘たちの輝かしき晴れ舞台!

…今朝の新聞はご覧になりましたか?戦前の下馬評はUTX高校の圧倒的有利……。

笑止!!

名門?最強?UTX何するものぞ!見敵必殺!見敵必殺です!」


亜里沙「雪穂、あれは海未さんのお母さん?」

雪穂「うん、そうだよ。普段は海未ちゃんみたいに物静かで落ち着いた物腰の人なんだけど…」

亜里沙「着物を腕まくりして拡声器で喋ってるね」

雪穂「あはは…スイッチが入った時の感じも海未ちゃんそっくり」

亜里沙「素敵…ハラショー!」


海未ママ「皆様は誰よりご存知でしょう。

我々の娘たちが…音ノ木坂こそが最強であることを!

その最強に我々スタンド保護者一同の大声援の力を乗せれば即ち為虎添翼!無敵ですっ!!」

凛ママ「よっ!いいぞ園田さんっ!」
花陽ママ「かっこいいです園田さーん!」

海未ママ「愛する子供たちより大切な物など何一つなし!

恥や外聞など不要!喉を枯らすのです!潰すのです!!

決死の大声援で音ノ木坂学院を勇気付け!強力に後押しするのです!!

さあ、きぃちゃん!」


穂乃果ママ「みんな、燃え音!行きますよ~!」


穂乃果パパ\ピィーッ!ピッ!/


保護者一同
『♪一番星空塁に出て~!

二番矢澤が送りバント~!

三番高坂タイムリ~!

四番絢瀬がクリーンヒット~!

五番東條ホームラン!いいぞ頑張れ音ノ木坂~!燃えよ音ノ木坂~!』


雪穂「うへぇ、お父さんもお母さんもめちゃくちゃ目立ってるよ…離れて座ってて良かった~。あ、そういえば今日は絵里さんが四番なんだね!」

亜里沙「うん…ちょっと心配」

雪穂「え、そう?ホームランは希さんの方が多いけど、打率は絵里さんも大体同じぐらいじゃん。私から見ればお姉ちゃんが三番な方がよっぽど…」

亜里沙「ううん、違うの。実力が心配なんじゃなくて…今朝のお姉ちゃん、なんだか考え込んでるみたいだったから…」

雪穂「へー、今朝の様子が…うん、妹にしかわからない違いってあるよね。でも、大丈夫!」

亜里沙「雪穂…?」

雪穂「絵里さんにはお姉ちゃんやみんながついてる!私たちの応援もついてる!だからさ、精いっぱい応援しよう!」

亜里沙「…うんっ!」


保護者一同
『六番園田が流し打ち~!

七番小泉ヒットエンドラン!

八番南がスクイズバント!

九番西木野ホームラン!いいぞ頑張れ音ノ木坂~!燃えよ音ノ木坂~!!』

♯45


【球場内トイレ】


絵里(私が四番…本当に、これで良かったのかしら)

絵里(昨日のメール、希は打順の入れ替えに賛成してくれた。希と二人で提案したら、みんなも快く了解してくれた。出塁率の高い私を希の前に置くことでランナーを増やすのは効果的かもしれないと)

絵里(それに、綺羅ツバサだけでなく、希キラーの寺生まれ田中さんもUTX一軍メンバーに昇格している。もちろん、希も対策はしているけれど、実際どうなるかはやってみなければわからない)

絵里(だから、理にかなわない選択というわけじゃない。それでも私の心がどこか晴れないのは…)


あんじゅ「くすくす…甘い。まるでシャルロトカみたいに甘いのね、絢瀬さん」


絵里「……!優木あんじゅ…」

あんじゅ「私のメール、読んでくれたのね。そしてあなたが四番に。嬉しいわぁ」

絵里「……甘いとは、どういう事かしら?」

あんじゅ「あらあら、浮かない顔。賢そうな生徒会長さんは気付いているのかしら?…私の悪意に」

絵里「……その様子、私と和解する気なんてさらさらないようね」

あんじゅ「ふふっ…当然。私ね、結構根に持つタイプなの。ツバサのようには忘れられないし、英玲奈のように合理的に割り切ることもできない。自分で言うのもなんだけれど、面倒な女なの」

絵里「……」

あんじゅ「ツバサを勝利から解き放ってあげて欲しいのは本当。だけど…絢瀬絵里のせいで負ける音ノ木坂、高坂穂乃果との悲しい別れ。そんな絵図を見てみたくもなっちゃったの」

絵里「……」

あんじゅ「決勝になっていきなり、それまで勝ってきた打線の中軸を弄る。良い作用は起こらない。そう思わない?」

あんじゅ「メールの内容に不審を抱いていてなお、私に許された、和解したという証が欲しかったのね。教えてあげるわ絢瀬さん、それは自己満足。わかる?あなたは利己に走ったのよ」

あんじゅ「これは私からのささやかな嫌がらせ。あなたが四番に座ったせいで打線が機能不全を起こし、音ノ木坂は無様に負ける。そんな滑稽なトラジェディを見せてちょうだい?」

絵里「……馬鹿馬鹿しい」

あんじゅ「…なんですって?」

絵里「ペラペラとご高説ありがとう。いきなりのメール、不自然な要求。あなたの意図はなんとなく察していたわ。そうじゃなければいいのに、とは思っていたけど」

あんじゅ「…なら、どうして」

絵里「どうして?答えてあげる。私が四番に座ったのはあなたに許しを請うためじゃない。同じ四番ライト同士、正面から叩き潰してあげるため!今の私はカチンとキレてるエリーチカ!略してKKEよ!!」

あんじゅ「この…ロシアかぶれが!シベリアに帰って木の本数でも数えてなさいよ!」

絵里「陰湿女子力アピール女め!永久凍土の肥やしにしてあげるわ!」



……ガチャ



絵里「え、個室のドアが…入ってる人がいたの?」

あんじゅ「誰?」


ことり「あ、あはは…どうも~」


あんじゅ「南、ことり…」

ことり「ご、ごめんなさい!お話を邪魔するつもりも盗み聞きをするつもりもなかったんだけど、出るタイミングが掴めなくて…」

絵里「いいのよ、ことり。大した話をしていたわけでもないから」

希「絵里ち~、ことりちゃん~、いる?そろそろベンチに戻っとかんと…って、優木さん?」

ことり「あのね、絵里ちゃん。ことりは事情を知らないけど…あんじゅさんを責めないであげてほしいなって…」

絵里「ことり…?」

あんじゅ「あなた、何のつもり?」

ことり「あんじゅさん、すごく悲しい、追い詰められた目をしてる」

希(あっ、これアカン。なんかシリアスな会話が始まってる)

あんじゅ「意味がわからない。何が言いたいの?」

ことり「ツバサさんと英玲奈さんの事が大好きで、自分の気持ちと板挟みになって、どうすればいいのかわからなくなってる」

あんじゅ「…っ!」

希(話の流れわからんし、だからって立ち去れんし…ウチ蚊帳の外やん…)

ことり「考えてる事と気持ちが一致しなくて、心がぐちゃぐちゃになって、めちゃくちゃな事をしちゃってる。よくない事だってわかってるのに。わかるんだ、ことりもそういうタイプだから」

あんじゅ「あなたに…あなたなんかに何がわかるって言うの!!!」

希(うわあ、声張り上げてる…雰囲気ブレイクしてくれそうなにこっちが来ないやろか。にこっちの膀胱に尿意を催す念を送ってみようかな)

あんじゅ「南ことり…あなたも気に食わない!絢瀬絵里も!東條希も!全員全員気に入らない!!」

希(あっウチの存在拾ってくれた!?乗るしかないやん、このビッグウェーブに!)

ペラッ

希「優木さん…『女帝』の逆位置が出てる。感情的、情緒不安定。混乱して、どうすればいいのかわからなくなってるんやね…」

あんじゅ「…~っ!!大キライよ!音ノ木坂学院!」


~~~~~


絵里「……優木あんじゅ、去って行ったわね」

希「これでいいんよ。今、これ以上の会話に意味はない。あとは試合で、野球で語ればいい」
(の、乗り切った…!うーん、タロット万能やね…)

ことり「勝とうね、絵里ちゃん希ちゃん。綺羅ツバサを倒せば、きっとあんじゅさんも救われる。うん、あんじゅさんも、助けてあげなきゃいけない人ですっ!」

♯45


【自販機前】


英玲奈「おや」

花陽「あっ」

英玲奈「また会ったな、小泉さん。君とは昨日から縁がある」

花陽「そ、そんな!私ごときと英玲奈さんが縁があるなんて恐れ多すぎてもう…!」

英玲奈「まあ、そう堅いことを言うな。今は試合前、最後の安らぎの一時さ」

花陽「は、はい…」

英玲奈「何か飲むんだろう?私が二学年上だ、奢ろう」

花陽「あ、う…じ、じゃあ…お水で…」

英玲奈「フフ、一番安い物を選ぶ、か。なんとも小市民的だな。私と似ていて好感が持てるよ」ガシャン

花陽「英玲奈さんみたいなすごい人が小市民…?」

英玲奈「ああ、私は凡人だよ。ほら、受け取れ」

花陽「ありがとうごさいます!!家宝にします!!」

英玲奈「私はコーヒーにしておこう。お、MAXコーヒーがあるじゃないか。私は甘党なんだ」ガシャン

カキョッ

ゴクゴク

英玲奈「む…あまくてうまい。美味いは甘い、甘いイコール美味いだ。そう思わないか?」

花陽「いえ、白米イコール美味いです!」

英玲奈「ハハ、それはまた斜め上の答えだな」ゴクッ

英玲奈「……フウ」

花陽(き、緊張して水の味がわからないよぉ…!あ、水って味しないか…)ごくごく

英玲奈「小泉さん、野球は楽しいか?」

花陽「あ、はい!野球は楽しいです!」

英玲奈「私は楽しくない」

花陽「えっ」

英玲奈「ついでに言えば私は綺羅ツバサというプレイヤーが嫌いだ」

花陽「ええっ」

英玲奈「私の武器は捕手としての技能。とりわけリードだ。どんな投手だろうと持ち味を引き出し、最高のピッチングをさせてみせる自信がある。自負もある。
だがツバサには…リードは必要ない。あの快速球、キレのある変化球。難しい事は考えず、適度に散らしておけば相手は勝手にアウトになる。フフ、捕手としてこれほどつまらない投手はいないぞ」

花陽(そ、そんな。ど、どうしよう…反応しづらいよぉ)

英玲奈「しかし厄介なことに、私は綺羅ツバサという人間は大好きなんだ。同い年だが、まあなんというか…手のかかる妹みたいな感覚だろうか」

花陽「あ、良かった!そうですよねっ!この前サーティワンに行ってた時の英玲奈さんツバサさんあんじゅさんがすっごい仲良さそうで見てて幸せな気持ちになったんですよぉ!
なんていうかファン冥利に尽きるっていうか!アイスをお互いに食べさせあいしてたところなんてもう見てるだけでご飯何杯でも行けちゃうっていうか!オフショットすぎて見ててなんだか背徳的な気分になっちゃったって言うかぁ!」

英玲奈「えっ」

花陽「あっ」

英玲奈「なんでサーティワンに行った時の様子を知っているんだ…まさか…」

花陽「ピャアアアア不審の目!?ストーカーじゃないですっ!!」

英玲奈「あ、ちょっと近寄らないでもらえますか」スス…

花陽「距離を取らないでくださいお願いします!!」

英玲奈「ははは、まあ冗談だ。敵情視察ってとこだろう?気付かなかったな」

花陽「じ、冗談…良かったあ…。はい、海未ちゃんと二人で」

英玲奈「園田海未か。ふむ、いかにも真面目な彼女らしいな。まあ見ていたならわかるだろうが、ツバサはあれで可愛いところがある」

花陽「わかります。失礼かもしれないけど…子供みたいな人ですよね」

英玲奈「それだ。アイツは子供なんだ。プレイヤーとしてのツバサは嫌い。人間としてのツバサは好き。なんともややこしくて、時々疲れる。だからかな?私が甘党なのは」

花陽「あはは、なんだか英玲奈さんって完璧なイメージがあるから…ちょっと意外かも?」

英玲奈「そうか。まあ、思春期なのさ」

花陽「な、なるほどぉ…」

タタタッ

凛「かよちん一緒にジュース飲むにゃ~…あ、統堂さんだ」

英玲奈「やあ、星空さん。昨日はどうも」

凛「えへへ、こんにちは」

花陽(あ、凛ちゃん英玲奈さんにはもう人見知りしないんだ。英玲奈さんいい人だもんね)

英玲奈「さて、私は戻ろう。そろそろ試合の準備をしておかなくてはな」

海未「凛、あまり走ってはいけませんよ…っと、統堂さん…」

英玲奈「おや、園田さんまで来たか。ふむ、音ノ木坂の守備の要たる三人が勢揃い、だな。今日はお手柔らかに…いや、手を緩めずに、頼む」

凛「守備の要だって、えへへ」
花陽「照れちゃうねっ」

海未「……」

海未「統堂さん、一つだけお尋ねしたい事が」

英玲奈「ああ、何だろうか?」

海未「貴女は私たちに綺羅ツバサを倒して欲しいと頼んできた。では、貴女自身は…綺羅ツバサと真っ向から勝負した事はあるのですか?」

英玲奈「……フフ、おかしな事を言う。私ごときにあの天才を止められるとでも?」

海未「やはり、ないのですね。綺羅ツバサを救うため、自らの手を伸ばした事はない…と」


英玲奈「…」


英玲奈「……ふむ、小泉さん、その水を少し飲ませてもらってもいいだろうか?」

花陽「あ、はいっ!買ってもらったものだし…いくらでも」

ゴク…

英玲奈(量はこれでおおよそ半分)

英玲奈「園田さん、君に一つ質問だ。このペットボトルを見てほしい」

海未「富士山のバナジウム天然水…、これがどうかしたのですか?」

英玲奈「“もう半分しか残っていない”。“まだ半分も残っている”。……君はこれを見て、どちらを感じた?」

海未「……“半分しか残っていない”、ですね」

英玲奈「…それだ。君も同じ、優れた捕手というのは総じてペシミストなんだよ」

海未「悲観主義者…ですか」


凛(かよちん、これ何の話してるの?)

花陽(わかんない…きっと高度な話なんだよ)

凛(なんかそれっぽいこと言っとけ的なのじゃなくて?)

花陽(ち、違う…はずだよぉ!)

英玲奈「常に事態を悲観し、最悪を想定し、先手に先手を重ねる。それが捕手の仕事だ。打者も必死、それくらいの意識がなければ通用しない」

英玲奈「そんな悲観主義が、日常にも染み付いているんだ。全く、我ながら嫌になる…。ツバサを負かしてくれと頼み、手を緩めずに頼むと軽口を叩いてみても、本心ではツバサが負け、解放される日が来るとは微塵も思っていない…」

英玲奈「ツバサは、高坂穂乃果の事を太陽だと評した。対してツバサは…さながら天狼星。孤独に輝くシリウスだ。強く、哀しい光で周囲を焼き焦がしていく。凡人…私の手など、届かないさ…」


凛(かよちんかよちん、これ絶対雰囲気だけで喋ってるよ。凛も中二ぐらいの時にやった事あるからわかるよ)

花陽(り、凛ちゃん!失礼だよぉ…!)


海未「間違っています。たとえ遠くても、届かなくても、焼き焦がされようとも。友人であるならば、貴女は手を伸ばすべきだったのです」

英玲奈「なら…お願いだ…。見せてくれ、ツバサが救われる姿を…」

海未「ええ、言われずとも。ただし、救うのは貴女もです。同じ捕手、同じ悲観主義者。私は…今の貴女を他人事には思えません」

英玲奈「……」

海未「約束してください。綺羅ツバサが敗北したその時、彼女へと最初に手を差し伸べるのは貴女だと」


英玲奈「………ああ、約束しよう。その時が来るのならば…」


~~~~~


花陽「英玲奈さん、行っちゃったね。大丈夫かな…」

凛「哀しい目をした人だったね…」キリッ

花陽(ええ…)

海未「これで良いのです。あとは試合で語るだけ…。凛、花陽。必ず勝ちましょう。統堂英玲奈を救うためにも…!」

♯47


【九回裏】


穂乃果「えっ、あれ?試合が始まってる?9回裏!?と、得点は…0-0!ツーアウト満塁で穂乃果の打順!?な、なんだかわかんないけど、よーし!」


【音ノ木坂学院、選手の交代をお知らせします。バッター高坂に代わりまして…】


穂乃果「えっ穂乃果に代打!?き、聞いてないよ!?」


【一二三。高坂に代わりまして、一二三。背番号10】


穂乃果「だ、誰!?」

一二三「ヒデコとフミコとミカだよ!三人でフュージョンして苗字を手に入れたの!」

穂乃果「ええ…」


\グワラゴワガキーン!/


【実況】
『ホームラーン!』


ツバサ「そ、そんなぁ」ガクリ


一二三「穂乃果!ツバサさんからサヨナラ満塁ホームラン打っておいたよ!」グッ


穂乃果「こ、こんな決着イヤだー!!」ガバッ!

穂乃果「はっ…!ゆ、夢…」

フミコ「穂乃果、居眠りしてたと思ったら跳ね起きて…大丈夫?」

穂乃果「フミコ…良かった、フュージョンしてなくて良かった…」

フミコ「へ?ほ、穂乃果…いよいよおかしく…」

真姫「ま、穂乃果がおかしいのは元々でしょ」クルクル

フミコ「それもそっか」

穂乃果「ひどっ!?」


\ワー!ワー!/


穂乃果「おわぁ、なんかスタンドが盛り上がってる?」

ヒデコ「うん、両校とも応援団が気合い入ってるみたい。試合前なのにさっきからずっとあの調子だよ」

穂乃果「はぇ~、うちの家族もあの中にいるんだろうなー」

ミカ「ほら穂乃果、オペラグラスあるよ。探してみたら?」

穂乃果「さっすがミカ!気が利くぅ!あ、前の方で海未ちゃんのお母さんが目立ってる」

ヒデコ「あの着物の人?」

穂乃果「そうそう」

真姫(にこちゃん、さっきからなんだか静かね)

にこ(……今日は、パパの命日)


~~~~~


にこ『ここあとこたろうは寝たか…。こころ、にこが野球部に入ってから寂しい思いをさせる事も多いよね…ごめんね』

こころ『気になさらないでください!お母さまとお姉さまを支えるのが私の役目ですからっ!』

にこ『こころ…。よーし、にこにーがぁ~♪いつも頑張ってるこころのお願い事を聞いてあげちゃうよっ!なんでも言ってごらん?』

こころ『でも…』

にこ『こころ、遠慮はダーメ。お姉ちゃんにしてほしい事、言ってみて?』

こころ『……ホームラン…、パパの命日に、松井選手みたいな、お姉さまのホームランが見たいです…!』

にこ『…っ!それは…』

こころ『あっ…じ、冗談です!私、お姉さまの作ってくださるケーキが食べたいな!イチゴものせてほしいです!』

にこ『……こころ』


~~~~~

にこ(こころ。あの子は子供なのに、ここあやこたろうの面倒も見てくれて…私やママへの気遣いを覚えすぎてる。
かわいそうな事をしてるよね…ホントはもっとワガママを言ったり、たくさん甘えたい歳のはずなのに…
そんなこころが珍しく口にしたお願い事…。『ホームランが見たい』…)

にこ「こころたちも、ママと一緒に観に来てるわよね…」

真姫「……にこちゃん、大丈夫?」

にこ「…大丈夫、大丈夫よ、真姫ちゃん」

ツバサ「ご家族の悩み?色々複雑な環境なのかしら?」

にこ「…そんな事ない。にこは家族に恵まれてる」

にこ「…」

にこ「……」

にこ「………ってツバサさんっ!?!!」ガタタッ!

ツバサ「じ、時間差で来たわね矢澤さん…ちょっと驚いたわ…」

真姫「…ねえ、一応教えてあげるけど、アナタのベンチは向こうよ。わかったらさっさと巣に帰りなさい」

ツバサ「うるさいわね~。……西木野さん、貴女すっごく可愛いわ」

真姫「ヴェヴェェェ…!」チョロローン

にこ「ウッソでしょ…今の雑な褒め方でもチョロるの…?」

ツバサ「穂乃果さん」

穂乃果「ツバサさん」

ツバサ「…」

穂乃果「…」

ツバサ「フ、もう言葉はいらないわね。私たちの場合」

穂乃果「色々考える事もあったけど、ここまで来たら…ただ楽しみなだけだよ!」

ツバサ「上等。それじゃあ…勝負ね」

穂乃果「うん。…勝負だよ」


ザッ、ザッ…


真姫「はっ!動揺してる場合じゃなかった!綺羅ツバサは?」

にこ「自軍ベンチに戻って行ってるけど」

真姫「聞きなさい綺羅ツバサ!穂乃果だけを見てたら大怪我するから!覚えておきなさい…この真姫ちゃんが!アナタからホームランを打ってみせるわ!!!」

にこ「ひたすら空気を読まないスタイル、嫌いじゃないわよ真姫ちゃん…」

♯48


【ベンチ裏】


絵里「さあ、みんな揃ったわね?」

花陽「試合開始まで40分を切りました…!」

凛「いよいよにゃいよいよにゃ!」

海未「破釜沈船、不撓不屈!出陣の覚悟はよろしいですか?さあ、最後の作戦会議ですっ!」

にこ「海未、アンタってほんっ…と仰々しいわね。……嫌いじゃないわ!」

絵里「ハラショー!」

真姫「戦いの直前に再確認しておくべきなのは…綺羅ツバサの情報よね」

海未「その通りです、真姫。以前話したように、私と花陽は一度だけ、綺羅ツバサの球を直接見ています。それを踏まえた上での情報と思ってください」

穂乃果「オッケー、海未ちゃん」

海未「綺羅ツバサ、左投げのオーバースロー。ストレートのMAXは134キロ。女子野球の壁、130キロをコンスタントに超えてくる怪物です」

花陽「幸い、球種はかなりシンプルだよ。ストレート、パワーカーブ、パームボールの三種類です」

ことり「パワーカーブっていうのは?」

にこ「メジャーでよく使われてる球種よ。ハードカーブとも呼ばれるみたい。って言っても、難しく考えなくて大丈夫。要は速いカーブね」

希「パームボールっていうのは落ちる球やっけ?」

花陽「うん、落ちる球が欲しかったけどツバサさんの手のサイズだとフォークが投げられないから、代わりにパームなんだって。雑誌で読んだよ」

にこ「落差は大きいけど、落ち始めが速いから見極めはしやすいわ。緩急を付けるための見せ球として使ってくるケースが多くて、ストライクゾーンにはまず入ってこない。あくまでツバサの決め球はストレートだと忘れないで」

海未「と、ここまでがカタログスペック。ここからは私が実際に間近で見ての感想ですが…まるで見えません」

真姫「ひどい感想ね」クルクル

海未「誇張ではありません。綺羅ツバサは男子のプロ級、それも一軍クラスの投手。そうイメージしてください」

絵里「ぷ、プロの一軍…」

凛「でも海未ちゃん、みんなで真姫ちゃんのお父さんが買ってくれたプロ仕様ピッチングマシンの150キロを打つ練習もしてきたにゃ。それより速いなんてことはないでしょ?」

海未「いえ、断言します。マシンの150よりも体感速度は速い。リリースポイントが見えないというのは恐ろしいものでした」

穂乃果「リリースポイントが見えないってそんなにすごいの?」

海未「そうですね…抜刀の瞬間が見えない居合い。そうイメージしてもらえば脅威がわかっていただけるかと」

希「うーん…その例えでわかるのは海未ちゃんだけやろなぁ…」

にこ「例えが武闘派すぎでしょ…」

真姫「……けど、納得いかない。球速130キロ台って、プロでは打ち頃のバッティングピッチャーみたいなものじゃないの?」

にこ「そんな事はないわよ真姫ちゃん。球速って大事だけど、表示されるのはあくまで初速だけ。実際には終速、フォーム、スピン量もストレートには大切なの」

希「初速と終速の差が小さいのが俗に言う、『ノビのある』ストレートってワケやね」

穂乃果「パワプロのノビ5だね!」

凛「あ、そう言われるとわかるにゃー」

にこ「ま、あんな感じよ」

花陽「それにね、真姫ちゃん。山本昌選手、成瀬選手、内海選手、病気から復帰後の大隣選手、少し昔では星野伸之選手。左投げには130キロ台やそれ以下のストレートで活躍してる一流投手が何人もいるんだよ」

絵里「左の5キロ増し、だったかしら?数字よりも速く感じるのよね」

海未「綺羅ツバサの場合、現在渡米している和田毅選手の日本時代をイメージしてもらえばわかりやすいかと思います。130キロ台半ばから後半の直球で空振りを奪える投手でした。フォームこそ違いますが、リリースポイントのわかりにくさも共通項です」

穂乃果「うん、その人の映像をみんなで何度も見たよね。少しはツバサさんのボールにもイメージが出来てるはず!」

真姫「そんな綺羅ツバサにも弱点はあるわ。聞き出してくれたうちの父親の人脈に感謝するのね」フフン

絵里(真姫…ありがと)

希(真姫ちゃんってほんと、いい子やね…)


花陽「真姫ちゃんのお父さんが調べてくれた弱点その1!クイックに癖あり!」


希「牽制する時だけグローブの角度が違うんやったね。映像で見たけど、教えてもらわないと絶対気づけなかったぐらいの小さな癖やった」

花陽「修正しようとしても直らない根深い癖なんだと思う。凛ちゃん、絵里ちゃん、海未ちゃん。この三人なら、出塁すれば盗塁のチャンスがあるかも…!」

凛「積極的に狙ってくにゃ!」


海未「弱点その2!手抜き癖!」


海未「綺羅ツバサは相手によってあからさまに球威が変化します。中軸へ投げる球と、それ以外への球。良く言えばギアチェンジ、悪く言えば手抜き癖です」

ことり「中軸と、それ以外って言うと…」

にこ「ホームランの可能性があるバッターには本気。それ以外には手抜き。わかりやすく言えばそんなとこね。うちで言えば穂乃果、絵里、希、海未。この四人かしら」

真姫「つまり、試合を決めるのはこの真姫ちゃんのホームランってこと。綺羅ツバサが天才?真の才能を前にひれ伏す日が来たのよ」

希「真姫ちゃん、練習は裏切らない。ウチは本気で期待してるよ。頑張ってね?」

真姫「ヴぇ…と、当然よ!見てなさい!」

ことり「花陽ちゃん、一緒にヒット打とうね♪」

花陽「ことりちゃん、うんっ♪」

穂乃果「ギアチェンジって聞くとかっこいいけどなー。弱点なんだねぇ」

海未「年間を通して戦うプロ野球ならともかく、一戦必勝の高校野球においてギアチェンジは弱点になり得る。舞台が別だということです」

にこ「そして弱点その3!ツバサの弱点ってよりはUTXってチームの欠陥になるけど…ズバリ!監督!」


希「監督が弱点ってのもおかしな話やねぇ」

凛「無能にゃ?無能にゃ?」

にこ「無能とは言わないけど…目立ちたがりで余計な事をするのよ」

絵里(統堂さんはこう言っていたわ)


~~~~~


英玲奈「UTX一軍の新井総監督は自己顕示欲の強い方だ。自らの采配で勝利を掴むのを好まれている。故に、内心ではツバサの事をよく思っていない節がある」

絵里「……どういうことかしら?」

英玲奈「勝てたのはツバサのおかげ。最強エース綺羅ツバサありきのチーム。監督は置き物。そう思われたくないのさ。だから…」


~~~~~


にこ「最低でも1試合に一度。余計なワンポイントリリーフを挟もうとしてくる。そのままツバサに投げさせとけば安泰な場面でもね」

ことり「ん~、それってツバサさんが消耗しないように気遣ってるんじゃなくて?」

にこ「先発は全試合ツバサだから。リリーフを出す時もわざわばツバサを他の守備位置に回して再登板させるのがお決まりのパターン。大差で勝ってる試合は下げてあげればいいのにね」

凛「無能にゃ!無能にゃー!」

花陽「ふふっ、バカにできる相手を見つけた時の凛ちゃんの笑顔、大好き♪」

海未「……それもどうかと思いますが…」

穂乃果「んー、なんでそんな人がUTXみたいに強いチームの監督なの?コネ?」

にこ「監督にも得手不得手があるって話よ。UTXの新井監督は采配は微妙でも、選手育成は最高に上手いの。ほとんどの選手は新井監督が0から育てた、いわば新井チルドレン。だからUTX一軍はアライズなんて呼ばれ方もするのよ」

真姫(響きはともかく新井ズって書くとダサいわね)

ことり「高校野球なのに、ファン発祥でチーム名が付くなんてすごいよねえ…」

海未「新井ズ…やはりその人気は圧倒的…」

希「ん?みんな知らない?最近ウチらも、ネット上ではファンが付けてくれたチーム名で呼ばれたりしてるんよ」

穂乃果「ええっ!すごい!なんてチーム名なの?」


希「9人の音の女神、μ's」


穂乃果「かっ…」
にこ「かっ!」
凛「かっこいいにゃー!!!」

希「にこっちは知ってたやろ。何初聞き風に喜んでるの」

にこ「別にいいでしょ!感動の共有よ!」

絵里「ミューズ…音楽の女神、よね?私たちがやってるのって野球だけど…」

希「音ノ木坂を救う女神、やからね。『音』でかかってて、素敵やん?それに、真姫ちゃんがたくさんの曲を作ってくれたのも、みんなの印象にとっても残ったみたいよ」

ことり「本当にことりたちに、そこまでの人気が…?」


理事長「……ねえみんな。今、そこの画面に応援スタンド全体の様子が映っています。見てみて?」


花陽「スタンドの?…あっ!」

ことり「すごい、すごい…!」

凛「音ノ木坂学院の応援色がたくさんにゃ!」

海未「こんなにもたくさん…私たちのファンが…!」

真姫「UTXの応援と五分五分の数…!これなら…!」

にこ「……っ…!」グスッ

希(にこっち、頑張った甲斐があったね…。ネットを使って一生懸命に人気を広めようとしてくれてたこと、無駄にならんかったよ)

絵里「こんなにたくさんの人たちが…音ノ木坂の勝利を願ってくれている…!」


穂乃果「……みんな!これが音ノ木坂学院野球部の!私たちの最後の戦いだよ!」


穂乃果「よくこういう時、泣いても笑ってもって言うけど…。穂乃果は今日、泣くつもりはありません!」

穂乃果「だってそうだよね。家族、友達、顔も知らないたくさんの人たち……こんなに応援してくれてるんだもん!!負けることなんて考えてたら損だよねっ!!」

穂乃果「打とう、走ろう、捕ろう、投げよう…楽しもう!!そして勝とう!!」

穂乃果「後押ししてくれるたくさんの人たち。その想いも乗せて…」


穂乃果「μ's!!!」


全員『ベースボール!!!スタート!!!』



《全国高等学校女子硬式野球選手権大会》

(決勝)
UTX高校(東京) 対 音ノ木坂学院(東京)

♯野球力&パワプロ換算能力値


【UTX高校】

佐藤 三 右右 1680 弾3 DBBCDE
田中 二 右右 1663 弾2 CDCDCC
綺羅 投 左左 54802 弾4 BAAACC
優木 右 右右 3645 弾4 AAEDDF
統堂 捕 右左 3513 弾3 ABBCAA
三好 一 右右 2056 弾3 CBDCBB
瀬戸 左 左右 1752 弾2 CCCCBC
長谷 中 右左 1708 弾3 CEBBBB
吉田 遊 右左 1509 弾2 DECCCB


綺羅 左オーバースロー
134km/h コントロールCスタミナA
パワーカーブ5
パーム3


【音ノ木坂学院】

星空 遊 右左 1389 弾2 DDADDC
矢澤 中 右右 1608 弾2 CFDDBA
高坂 三 右右 2965 弾4 CADBCD
絢瀬 右 右左 2724 弾3 ACBACE
東條 一 右右 3641 弾4 BADCCA
園田 捕 右右 1930 弾3 BCCABA
小泉 二 右右 1019 弾3 DEEEAA
南 投 右右 3220 弾2 EEECDD
西木野 左 右左 608 弾4 GCEFBC


南 右アンダースロー
113km/h コントロールBスタミナB
カーブ1
チェンジアップ(スマイルボール)4
シンカー(ことりボール)4
???

絢瀬 右オーバースロー
123km/h コントロールDスタミナB
スライダー2
カットボール2
SFF3


※各能力値はにこ評

※野手能力表記は左からミート、パワー、走力、肩、守備、捕球能力

※女子高校野球の枠内での評価です

プロ野球での評価に変換したら
凛ちゃんでGGCGEF
あんじゅでEDFFFGぐらいのイメージ

♯49


♪~


\I say...!/

\Hey,hey,hey,START:DASH!!/

\Hey,hey,hey,START:DASH!!/



【実況】
『全国高等学校女子硬式野球選手権大会。

142校が集った長き戦いも、いよいよ最後の二校を残すのみとなりました。

共に東京代表、UTX高校と音ノ木坂学院。名門チームと新興チーム、対照的な二校の対決です。

さあ、BGMと共に後攻、音ノ木坂学院の選手たちが守備位置へと走っていきます。

マウンドへ上るはエース南。四国商業戦では見事な完封を見せてくれました。

投球練習を終え…、試合開始です』




『プレイボール!!』



【一回表】


『1番 サード 佐藤さん』


佐藤「さあ来いッ!!」

海未(さて、一人目です。この佐藤さん、先日のUTX二軍戦で打ち込まれて三軍落ちになっていた投手の方ですね)

(・8・) (すごく気落ちしてたみたいだったけど…野手として這い上がって来たんだね)

海未(層の厚いUTXでポジションを変え、再び昇格する努力、並大抵ではないでしょう。そのメンタリティには敬意を覚えます。しかし…)

(・8・) 「やっ!」シュッ!

ズバン!!

ストライク!

佐藤「っ…!」

希「いいよことりちゃん!球がキレてる!」

海未(今日のことりの調子は最高…!にこ、真姫、感謝しますよ。さあ、もう一球ストレートで押しましょう)

(・8・) (わかったよ、海未ちゃんっ)ビシュ!

佐藤「UTXを…舐めるなよ!」


カキィ!


海未「っ、まずい!?低い弾道で右中間を抜ける打球…!」

佐藤「よし!長打コーs」


パシッ


佐藤「…は?」

花陽「と、取りました!」


アウト!!


ことり「花陽ちゃん!!」
海未「花陽っ!!」


【実況】
『あーっとセカンドライナー!二塁手小泉、見事にキャーッチ!
いや、しかし…これはどうした事でしょうか?なんとも不思議です!』


佐藤「なんで!なんでそんな場所を守っているんだ!!」


【実況】
『セカンド小泉、本来の守備位置よりも大きく後方!
外野にまではみ出したポジショニングで守っていました!
理由はわかりませんが、とにかくファインプレー!』

『二番 セカンド 田中さん』


【実況】
『さあそして二番を迎えますが、セカンドの小泉はそのまま後方の守備位置を守ったまま。
どういう意図があっての事か、これでは内野守備が手薄です!』


海未(大丈夫…花陽、信頼していますよ)


田中「摩訶般若波羅蜜多心経」


希(ひえっ…)

(・8・) (ああ、寺生まれの…)

海未(この方、言語能力を実家の寺に置き忘れてきたのでしょうか…)

凛(薬でもキメてるにゃ?)

穂乃果「ばっちこーい!」バシン!

(・8・) (この人は選球眼のいいローボールヒッターだったよね)

海未(その通り。先日の試合でも粘られ、四球をもぎ取られました。早いカウントのうちに、高めの直球で押していきましょう)

(・8・) 「チュンチュン!」ビシュッ!

田中「所得故菩提薩?依般若波羅蜜多…故心!」


ガキン!


【実況】
『打球はセカンドへ!ボテボテのゴロ!
これでは下がっていた小泉の守備が間に合わない?!』


花陽「取ります!」パス
シュッ

希「ナイスプレー花陽ちゃん!」パシッ


アウト!


【実況】
『あっと小泉花陽!定位置へと戻っていた!
いつの間に戻っていたのでしょうか?堅実にゴロを捌いてセカンドゴロ!!』


英玲奈(小泉花陽の守備、これは…ふむ)

海未(よし、ことりボールを引っ掛けさせました!変化球のキレも完璧です!)

(・8・) (でも、ここからが勝負だよ…海未ちゃん)


『三番 ピッチャー 綺羅ツバサ』


ツバサ「フフ、園田さん、南さん。打者として対峙するのは初めてね」

(・8・) (……海未ちゃん)

海未(ええ、相談通りに)

ツバサ「さてと、打者としても穂乃果さんにいいところを見せなきゃね……って、え?」


【実況】
『あーっと、これは?
音ノ木坂バッテリー、立ち上がりました!
初回ツーアウトランナーなしから、まさかの敬遠!敬遠策です!』


ツバサ「いやいや…なによそれ」

海未(硬球をボールペンでスタンドインさせるバカげた打力。ここまでの試合でも二本の本塁打を放っている。
優木あんじゅよりも底知れぬ恐ろしさを感じます。なにも全打席敬遠するつもりはありませんが…)

(・8・) (初回から敬遠。このデコチビの性格ならイライラして、投球に影響が出てくれるかもしれない。やれる事は全部やっていかないとね!)

ツバサ「勝負しなさい!!」

(・8・) 「敬遠宣言イェイイェイェーイ」
ボール!
(・8・) 「あーるこう(笑)」
ボール!
(・8・) 「あーるこう(笑)」
ボール!

(・8・) 「まともに勝負してもらえると思った?(笑)」

ツバサ「…ふぅん?」

海未(効いてます効いてます。さ、ことり。ラスト一球行きましょう)

(・8・) 「オッケー海未ちゃん」


ツバサ『―――勝負しなさい』     ――ビリッ…!


海未(これは…あの時と同じプレッシャー…!)

(・8・) (え、体が重っ…指先のコントロールが…!)シュッ

海未(いけない!ど真ん中に!)

カッキィィン!!!


海未「しまっ…!センター!!」

にこ「……追うだけムダね」


…ガン!
コロコロ…


【実況】
『入ったぁぁぁ!!!
綺羅ツバサ!失投を見逃しませんでした!!
ピッチャー南、手が滑ったか、気が緩んだか!
投げ損ねた一球はど真ん中へと吸い寄せられ、そのまま無情にもバックスクリーンへと一直線!!
UTX高校先制っ!!』


(・8・) 「やられた…!」


ツバサ「恒星の引力からは逃れられない。勝負の選択権は私にあるのよ」


英玲奈(敬遠、悪い選択ではない。普通の選手にならな。だがツバサ相手では…気持ちで逃げれば、あの威圧感に呑まれるだけ。さあ、まだこれからだぞ園田海未)


あんじゅ「……私の出番ね?」


~♪


\Can I do? I take it,baby! Can I do? I make it,baby!/


『四番 ライト 優木あんじゅ』


\ワアアアア!!!!!/


真姫「う゛ぇえ…すごい歓声…」

にこ「応援の圧が…」

凛「押し潰されそうにゃ…」

穂乃果「これが決勝戦…!」


あんじゅ「さあ…ひねり潰してあげるわ…!」

海未(気を取り直していきましょう、ことり。先程のは誤算でしたが…たかがソロ、まだ初回。挽回の機はいくらでもあります)

(・8・) (うん、大丈夫だよ。あんじゅさんに集中してこう)


あんじゅ「思い知らせてあげるわ…音ノ木坂」


海未(ふむ…今日の優木さんからは、何やら鬼気迫る迫力を感じますね。しかしランナーはなし。フルカウントにさえ持ち込ませなければ勝機はあります!
初球はインのボール、直球を厳しいところへ。意識を内に集めて外の変化で仕留めましょう!)サイン

(・8・) (遠慮なしで行くよっ)シュッ!!

海未(よし、最高のコースです!これなら振ってもファールにしか…)

あんじゅ(完全にフルハウス…!)ブンッ!

キィン!!

海未「なッ…どうして!ライト!!」


【実況】
『打った!!強い打球がファーストの頭の上を越える!
ライト線、これは長打コースになる!!』


あんじゅ「ふふ…悠々二塁打ね。そして次は英玲奈…初回でトドメを刺してあげるわ、音ノ木坂」

絵里「させないわ!」
パシッ!

あんじゅ「はぁ!?」


【実況】
『あっ!ライト絢瀬、ライン際の打球にも関わらずワンバウンドで抑えた!?
そしてすぐさま…!』


絵里「希ぃぃッ!!!」ビシュッ!!!

希「絵里ち!」バシィッ!!


アウト!!


【実況】
『ライトゴロ成立~~!!!三年生絢瀬、大ファインプレー!!!
音ノ木坂学院の応援団が沸き立つ!!スタンドからは大喝采が送られます!!!』


あんじゅ「ら、ライトゴロ…!」ワナワナ

希「で、出たァ!絵里ちの鉄砲肩…いや、バズーカ肩!寒気すら感じさせる鋭利な軌道は大陸横断鉄道!スタンドに吹き荒れる戦慄と驚愕の嵐はさながら北のツンドラ!その肩に名前を付けようか!『シベリアンバレットトレイン』!!」

穂乃果「ヒュゥ~!くぁ~っこいいー!」

絵里「ふふ…悲しい悔しいエラーチカの汚名は返上よ!」ドヤチカ

花陽(えっ、悲しい悔しいって…自分で前置きまで考えたの?)
にこ(案外気に入ってたのかしら…)
凛(もっといじってあげるべきだったにゃー)

真姫(シベリアンバレットトレイン…シベリア超特急…?ダサくない?)

ことり(希ちゃん楽しんでるなぁ)

海未「私も絵里の肩に名付けたいです!そうだ、神殺の槍…ロンギヌスと呼んではいかがでしょう!」

希「却下や!」

海未「何故ですっ!」

花陽「ろ、ロンギヌス…?」
凛「かなり寒くないかにゃー」
にこ「ロンギヌスって…」
真姫「ロンギヌスはないわね…」
穂乃果「海未ちゃん…」
ことり「海未ちゃぁん…」

絵里(あら?個人的には悪くないんだけど…言ったら負けな流れかしら…)

海未「むむ…納得がいきませんが…とにかくチェンジです!!」

穂乃果(絵里ちゃんのファインプレーで音ノ木坂応援団が元気になった!この雰囲気…ありがとうみんな!穂乃果たちも頑張れるよ!)

♯50


【一回裏】


♪~
\Dancing,dancing! Non-stop my dancing/

\Dancing,dancing! Non-stop my dancing/


【実況】
『一回の表はUTXが一点を先制!

さあ、BGMと共にマウンドへ上るはそのホームランを放った『魔術師』綺羅ツバサ!

身体は小柄!しかし威風堂々!!

音ノ木坂打線を相手にどのようなピッチングを見せてくれるのでしょうか!』


\Dancing,dancing! /


ツバサ「「――Let me do」


\Party! Shocking Party!!/


ツバサ「始める準備はどう?」
(さあ来て ここに来て)

凛「えっ、見えな…!」
ズバン!ストライクアウト!131km/h

穂乃果「…!」


\Party! Shocking Party!!/


ツバサ「世界が回り出す」
(さあ来て ここに来て)

にこ「は、速…」
ズバン!ストライクアウト!133km/h


ツバサ「誰かのためじゃない」
(私とfreedom)


【実況】
『UTX綺羅!直球のみで1、2番を連続三振!まさに別次元の…~~』


ツバサ「自分次第だから」
(Go,go! we are freedom)


『三番 サード 高坂さん』

ツバサ「誰かのせいじゃない」
(心はfreedom)


英玲奈(ツバサ、過去最高の出来だな…!)
あんじゅ(こんなツバサ…見たことない!)


ツバサ「主役は自分でしょ?わかるでしょ!」

穂乃果「勝負だよっ!!」


\もっと知りたい知りたい 過剰なLife いま夢の夢の中へ
もっと知りたい知りたい 過剰なLife だから…Shocking Party!!/


ズバァン!!!


穂乃果「っ!!」

英玲奈「――ッ!!」ビリビリ


スリーストライクアウト!!!135km/h


【実況】
『135キロ!!!自己最速を更新ーッ!!!
三者連続三球三振ー!!!』


穂乃果(バットに当たらなかった…!)


ツバサ「第1ラウンドは私の勝ち。本日絶好調、ってところかしらね?」

♯51


【二回表】


【実況】
『試合は二回の表、バッターは五番の統堂という場面。
この回もセカンドの小泉は、大変深く、外野の領域近くまで後退しての守備位置です』


英玲奈(さて、今私が見極めるべきは…小泉花陽の守備だ)


花陽「ことりちゃぁぁーん!!!打たせていこぉぉーっ!!!」

ことり「うーんっ!!!花陽ちゃぁん!!!お願いねぇー!!!」


英玲奈(内野手の声掛けだというのに、あれほど声を張り上げなければ聞こえない距離。尋常ではない)


スパーン! ボール!


英玲奈(だが前の回、小泉花陽は外野へ長打コースの当たりと内野浅めのゴロ、両方を捌いてみせた。彼女の守備の正体、それは…)


海未(カーブを低めに)サイン

(・8・) 「えいっ!」シュッ!


英玲奈(これでわかるはずだ。…スイング始動!)


花陽(来る…ライト前コース、打球速度速め!斜め後方に6歩で処理!)タタッ!


英玲奈(なるほどな。スイング停止だ)ピタッ

スパン!

海未「塁審!スイング!」

ストライクツー!

英玲奈「球審、タイム願います」


『タイム!』

英玲奈(ハーフスイングを取られたか。まあそれはいい。小泉花陽の守備の正体…それは私の先読みと酷似した、超広域守備!)


花陽(え、英玲奈さんがすごいこっちを見てる…!気付かれちゃったかな?)


英玲奈(あの不可解な守備位置も、そう考えれば納得は行く。深い位置で構え、スイング始動の瞬間に打球位置まで走り、そしてボールを捌く)

英玲奈(なるほど理に叶っている。人間は前へは走れるが背走が苦手だ。故に、深く守る。動き出しが極端に早いため、浅い打球への対応も間に合う。そして深く守っているため、短い背走距離で右中間へのヒットコースもカバーできる)

英玲奈(そして、小泉花陽が超広域を守っているが故にライトとセンターの守備範囲がそれぞれライン際と左中間にズレている。
あんじゅがライン際の打球を素早く処理されライトゴロを取られたのも、元を正せば小泉花陽の影響!)


海未(そう、あれが花陽の真骨頂。内野と外野の狭間で一人、両方の守備をカバーしている。さしずめ超広域単独守備陣形『孤独なheaven』とでも名付けておきましょうか…フフ!)

穂乃果(まーた海未ちゃんがなんかよくわかんないネーミングする時の顔してる。マスク越しでもわかるもんね)


『プレイ!』


海未(右に打たせて花陽に打球処理をしてもらうのが最善ですが、偏った配球で抑えられるほど甘い打者ではありません。アウトローへことりボールを一球です)

(・8・) (わかったよ海未ちゃん)シュッ!


英玲奈(流石だよ、小泉花陽。だが、私の先読み守備のように他者に指示を出せる域には君はまだ至っていない。ヒットコースはある!)


パキンッッ!!


英玲奈「二遊間中央、センター前へ抜ける打球だ!」

凛「させないよっ!」
ズザザッ!

英玲奈(星空凛…流石の打球反応!だが、そのコースは捕ったとしても体勢が崩れて投げられない!)


バシッ!
凛「かよちん!」花陽「凛ちゃん!」
シュッ!


スパン!
希「ナイス送球!!」


アウトッ!!


英玲奈「何だと…!?」

【実況】
『あーっと音ノ木坂!!またしても超ファインプレーが飛び出しましたぁ!!!

センター前に抜けるかという打球をショート星空が横っ跳びに抑え!駆け寄っていたセカンド小泉が瞬時に星空のグラブからボールを掴み取り一塁送球!

ヒット性の当たりを見事!内野ゴロに仕留めてみせました!!!』


穂乃果「ナイスだよー!凛ちゃん花陽ちゃん!!」
海未「素晴らしいです!!」
ことり「二人ともありがとーっ!!」


花陽「確かに、私一人の守備じゃ限界があるよ…。でも、凛ちゃんと二人なら」

凛「凛はかよちんの動きになら、いくらでも合わせられるから」

花陽・凛「「二人で、ここは絶対に通しません(通さないにゃ)!!」」


英玲奈「なるほど…小泉花陽が支持を出さずとも、星空凛、彼女だけはノーサインで意図を汲み取る事が可能…。
つまりこの試合、二遊間、センターラインから右には、ヒットコースはほぼ存在していない。…そういう事か」


(・8・) 「スマイルボール!」
三振!!

(・8・) 「インローにストレート!」
三振!


【実況】
『素晴らしいボール!二者連続三振!!
南、味方の好守に助けられて調子を上げてきました!!』


海未(よし…!先頭を切った事でことりが落ち着いて投げられました。花陽のおかげです!!)


~~~~~

絵里「ことり!ナイスピッチング!」

ことり「ありがとう絵里ちゃんっ♪」

真姫「凛、花陽。かっこよかったわ」

花陽「えへ、照れちゃうよぉー」
凛「真姫ちゃんのくせに素直にゃ!」

真姫「クセにってなによ!」



海未「……むむむ」

ミカ「海未ちゃんお疲れ!はいタオル。飲み物いる?」

海未「…あ、ミカ。ありがとうございます」

ヒデコ「ん?なんか浮かない顔。気になる事でもあるの?」

海未「ええ…先ほどの回の優木あんじゅですが…、インコースのボール、打ってもファールになる最高のコース。それを容易にライト線へと運びました」

ヒデコ「ああ、すごく上手い打撃だったよね」

海未「はい、体勢は崩していたのに痛打されました。上手すぎる…女子野球のレベルを超えているほどに」

ヒデコ「……まさか、フルハウス打法が発動してた、って事?」

海未「む…、やはりヒデコは勘が良いですね。そう、私はそれを疑っているのです。フルカウント、そして満塁。私たちが想定した前提条件が、そもそも間違っていたのではないかと…」

フミコ「……それか、他にも条件がある。とか」

海未「……なるほど」

ミカ「もしそうだったら、ヤバくない?」

海未「ええ、致命的です。綺羅ツバサは絶好調。大量得点は望めない。この状況下で優木あんじゅに好きに打たせたのでは…絶対に勝てない」

ミカ「そしたら…穂乃果は…」

海未「……っ」

フミコ「わかった。次の優木さんの打席までに、私たちも条件を考えてみるよ」

ミカ「うん、任せといて!こういう時のための私たちだよ!」

ヒデコ「よーし、フミコ!ミカ!私らヒフミトリオの見せ場だよ!」

海未「三人とも…お願いします!!」

【二回裏】

穂乃果「さあさあ、攻撃かけてこう!ツバサさんのボールはやっぱり凄いけど、同じ高校生なんだから打てないはずないよっ!」

花陽「そ、そうだよねっ!頑張って食らいついていかなきゃ!」

真姫(…こういう時に辛辣ちんにしたらどうなるのかしら)
スチャ
花陽「あっ」

絵里「ちょ、真姫…花陽にスカウター眼鏡をかけさせたら…」

ピピピ
花陽「54802…まーたツバサさんの野球力が上がってるよ。はぁ…私たちなんかゴミ虫だよ…。たった9匹のアリが恐竜に勝てると思う方が間違ってたんだよ…」グスッ

真姫「ね、ネガティブちんになった…」

凛「凛はこっちのかよちんもそそるにゃー」

ことり「10000以上を計測しても割れなくなったんだね?」

真姫「西木野グループの技術力で改良したのよ」

絵里「もう、遊んでないで真面目にやるわよ?さて…先頭は希よ!頑張ってね!」

にこ「……今日は四番はアンタでしょ?」

絵里「そ、そうだったわ!」タタッ!


♪ポーペポペーポ パーパパパパパパー

\ガンバラネーバネーバネバギブアップ ナーナーナナーナナーリタイナ/


『四番 ライト 絢瀬さん』


にこ「…ねえ真姫ちゃん、なんで絵里の出囃子をあんな感じの曲に?」

真姫「え?絵里ってあんな感じじゃない?作詞は海未だけど」

海未「私も絵里はあんな感じだと思いますが…」

にこ「……ま、ピッタリよね」

英玲奈(さて、絢瀬絵里。走攻守に優れたオールラウンダー、ロシア打法で精神面の隙も克服している。要警戒打者の一人だ)


絵里(しまった。慌てて出てきたからロシア語を調べてこなかったわ…。で、でもロシア打法を使ってる風に見せないと、統堂さんは必ずその隙を突いてくる…!)


絵里「……マトリョーシカ」

英玲奈(ふむ、ロシアだな)

ツバサ(英玲奈英玲奈、何投げよっか?)

英玲奈(絢瀬絵里は打撃データによると変化球に強い。映像を見ても、バランスを崩されることなく変化についていけている。ボディバランスに優れた元バレリーナらしいと言えるだろう。
となれば、パームを見せ球に、ボールゾーンに変化するパワーカーブでカウントを稼ぎ、ストレートで仕留めるのが最善だろうな)サイン

ツバサ(ふーん?ま、高坂さん以外は任せるわ)シュッ!

絵里(速いカーブ!でもボールね)


スパァン!
ストライク!


絵里(え、今のストライク?)

ツバサ(はは、ラッキー。この審判ヘタクソね)

英玲奈(今日の球審は外のゾーンがやたらと広い。有効に活用させてもらおう)

絵里(えっと…)

絵里「……ペレストロイカ」

英玲奈(モスクワの風を感じる…引き続き、要警戒だ)サイン

ツバサ(パームね~、了解っ)シュッ!

絵里(甘い球…?あ、違うパームだ!)ブンッ!


ストライクツー!!


英玲奈(あからさまな釣り球に手を出した?……まさか)

絵里(ま、まずいわ。統堂さんが疑いの目を向けてきてる。ロシア感を出さなきゃ…ロシア感)

絵里「ペリメニ」

英玲奈(…ロシアなのか?)

絵里「ボルシチ、ピロシキ」

英玲奈(なんだか、浅くないか?)

絵里「は、ハルルァセォォォオ!!」

英玲奈(む、発音が良い。やっぱりロシアだ…)サイン

ツバサ(ストレートね。オッケー、三球勝負は大好きよ)シュッ!

絵里(亜里沙の発音をマネてみたけど…っいうか私、何してるのかしら…集中しな…きゃっ…!)ブンッ!


カキィン!!


ツバサ「わっ」

英玲奈「しまった…ライト!……っ、ヒットか」


穂乃果「ぅ絵里ちゃんやったー!!!」
にこ「初ヒット出たわね!!!」
海未「同じ高校生同士、いつまでもノーヒットが続くはずがありません!」


あんじゅ「ツバサからヒットを…絢瀬絵里!」

絵里「残念、私は足が速いの。ライトゴロなんかにはならないわ。あなたと違ってね?」

あんじゅ「この…!」ギリリ


【実況】
『四番絢瀬!ライト前へクリーンヒット!
前日から続いていた綺羅のノーヒットノーランをここで破りました!!

さあ…ここで五番、ここまでの大会で4本塁打を放っているスラッガー東條が打席へ!

おっと、UTX高校の新井監督がベンチから出て…審判に選手交代を告げていますね』


『UTX高校 選手交代をお知らせします
ピッチャー綺羅に代わりまして、田中。ピッチャー、田中』


にこ「来た、弱点その3!新井監督のワンポイントリリーフ!」

海未「二塁手の田中さんがリリーフ、綺羅ツバサはそのままセカンドに入るようですね」

ことり「けど、田中さんって…」

穂乃果「あの怖い寺生まれの人だよね?」

田中「般若心経般若心経…」


凛「相変わらずキてるにゃー…」

真姫「希、打てるの?」

希「うう…怖い…怖い…」ガクガク

真姫「ちょ、希!?対策したんじゃなかったの?」


『タイム!』


絵里「希ぃぃ!!」

穂乃果「あ、絵里ちゃんがタイムをとってベンチに戻ってきたよ。トイレ?」

絵里「違うわ、穂乃果。今日のためにね、希と二人で田中さん対策をしてきたの」

にこ「た、田中さん対策!?って何よ!」

絵里「タイムの時間は限られてる!説明してる暇はないわ!これを使うのよ!!」

凛「な、なんか神社で見たことあるワサワサしたのと鈴のやつ!」

海未「御幣と神楽鈴ですね」

絵里「希に秘められたスピリチュアルパワーを解放するわ!かぁしこみかしこみぃ!!!!」シャラシャラワサワサ

希「う、うわぁああ!!!スピリチュアル!!!」


審判「ランナー、遊んでいないで早く塁に戻りなさい。遅延行為と見なしますよ」


絵里「あっ、す、すみません!戻ります!希、頑張ってね!」
タタタ…

穂乃果「絵里ちゃんがよくわからない儀式をやった挙句、審判に怒られて塁に帰って行ったよ…」

海未「希…、希?大丈夫ですか?」

希「ふ、ふふふ…」

希「ウチを上回る霊格を持つ寺生まれ田中さんに対抗するための手段、それは…」


希「ウチ自身が大明神になる事や」

―――卍解 東條大権現


ことり「えぇ…」

海未「東照大権現?」

にこ「大明神なのか大権現なのかはっきりしなさいよ」

ピピピ
花陽「えっ……希ちゃんの野球力が消えた!」

凛「違うよかよちん、今の希ちゃんの野球力は凛たちとはランクが違う、だから計る事ができないんだよ…」

真姫「ねえ、ノリで喋るのやめなさいよ」

希「ま、とにかく打ってくるよー」スタスタ

穂乃果「頑張れ希ちゃん!!」


【実況】
『さあ、投手が代わり試合が再開されます。
UTXバッテリー、どう対峙していくか』


希「さあ来いっ!」

英玲奈「……東條さん。その構えは神主打法だろうか?」

希「ん、そうだよ」

英玲奈「君のオカルト打法は故人に限るのだろう?落合博満氏は存命だが…」サイン

田中「一切苦真実不虚故説般若波」シュッ!

希「そこはもうね、ウチ大明神やから。フレキシブルに対応していくことにしたん…よっ!!!」



ガッキィィィィンンン!!!!



ツバサ「うわ、すごい当たり」

英玲奈(…っ、やられたな)


ガン!!


【実況】
『看板直撃!!バックスクリーン横!『財宝』と大きく書かれた看板への直撃弾ー!!!

推定飛距離160メートルっ!!

特大のツーランホームランです!!音ノ木坂学院逆転~!!!』

穂乃果「すごいよ希ちゃんんん!!!」
凛「やったにゃああああ!!!!!」
ことり「かっこいいっ!!」
海未「やりましたね希っ!」

絵里「希っ!ハイタッチ!」
希「絵里ち!」パンっ!


~~~~~


海未「落ち着いて、見極める…」

ズバン!ボール!
フォアボール!

海未(よし、全く見えないわけでもない。150キロマシンでの練習、無駄ではなかったようですね)

ツバサ「ちぇ…」

英玲奈(ここで四球か。新井監督も余計なリリーフを出してくれた…せっかく最高潮だったツバサのテンションがガクリと落ちてしまっている…)


ことり「花陽ちゃん!がんばって!」
にこ「花陽!甘い球が来たら積極的に叩いていきなさい!」

花陽「よし、頑張りますっ…!」


英玲奈(小泉花陽…好守を見せた選手は打撃にも良い影響が出やすい。それなりには警戒すべきだな)サイン

ツバサ(……)シュッ

ズバン!

花陽「は、速い…!」

英玲奈(速い……だが、球威に劣る。下位打線への手抜き癖、さらに監督に邪魔をされた面白くなさ。集中を欠いている。普段のツバサに比べれば、今は棒球…)サイン

ツバサ(早く穂乃果さんの打席にならないかな …)シュッ

花陽(速いけど、なんとか見える…かな?高めストライク、振らなきゃ!)

カキッ!

英玲奈「サード!ゲッツー!」


バシ!シュッ!
アウト!

パシッ!シュ!
アウト!!


花陽「や、やっちゃった…ダブルプレー…!」

穂乃果「ドンマイドンマイ!仕方ないよー!」

絵里「相手が上手かったわね、切り替えていきましょ♪」


佐藤「おい、気を抜いてんなよ、綺羅」

ツバサ「ありがと、ええと…名前わかんないけどサードの人」

佐藤「……」

英玲奈(今の小泉花陽の当たり、打球の勢いがなく内野安打でもおかしくはなかった。瞬時の判断で猛チャージをかけた佐藤さんのファインプレーだ。ツバサ…チームメイトに目を向けてくれれば、お前も…)


~~~~~


ことり「ちゅんちゅん!?」


ズバァン!!
ストライク!バッターアウト!!
スリーアウトチェンジ!!

♯53


【三回表】

海未『花陽、そして凛の超広域守備の影響は非常に大きい。

この回、ことりはテンポ良く、8番長谷をライトフライ、9番の吉田をセカンドゴロ、1番佐藤をセンターフライに切ってとります。

統堂英玲奈は花陽の守備範囲を看破したようでしたが、わかったからと対策を練れる物ではありません。UTXに許されたヒットゾーンは限りなく狭い!

断言しましょう。この試合、ここまでを支配しているのは花陽です!』


【三回裏】


ズドォン!!

ストライクアウト!!


【実況】
『134km/h!!9番の西木野、1番星空と連続三振!!』


真姫「なによあれ、速すぎ…」
凛「ぜ、全然当たる気しないよ~!」

花陽「これでまた三者連続三振…!」

絵里「まだ三回で三振6個…流石に凄いわね、綺羅さんは」

希「けど、次はクセ者にこっち!最初の打席こそ三振やったけど、そうそう簡単に行くバッターやないよ?」


\ニコプリ!ニコニコ!ニコプリ!ニコニコ!/


『二番 センター 矢澤さん』


あんじゅ(うぅん、すごい曲ね…)

ツバサ(ツバプリっ!ツバツバ!的な?罰ゲームレベルじゃない…)


にこ「……」


英玲奈(…?いつもと様子が違うな)サイン

ツバサ(この子は選球眼が良いけどノーパワー。直球でゴリ押すわけね)シュッ

にこ(こころ…ホームランが、見たいのよね。パパのために…)
ブンッ!

ストライク!

にこ(っ、…もっと)


英玲奈(……もう一球、ストレートだ)

ツバサ(了解、了解)シュッ!

ブン!!
ストライクツー!!

にこ(これじゃダメ…もっと、もっと強く…!)


絵里「にこが大振りを…?」

真姫「様子が変ね…いつもの小さく構えるやつもしてないし…」

海未「いえ、にこの事です。きっと何か、策を持った上での撒き餌なのでしょう」

花陽「にこちゃん!頑張ってー!」
穂乃果「にこちゃーん!!」


にこ「みんな…」

にこ(そう、勝たなきゃいけない。穂乃果のために、みんなのために。にこの役目は出塁すること…でも、でも…)


英玲奈(やはり、普段とは違う。葛藤を抱えている。その程度はどれほどか…測らせてもらおう)サイン

ツバサ(思いっきり高めにストレート。なるほどね)


にこ(こころ…パパ…!)


ツバサ「目に迷いがある。そんな選手に打たせるほど…」


ブンッ!!!
ズドン!!!


ストライクアウト!!

にこ「…っっ!」

ツバサ「甘くないわよ?」


スリーアウト!チェンジ!

【四回表】

ガキンッ!

海未「サード!」

穂乃果「わっ、とっ、、捕れないよー!!」


ポトッ


【実況】
『この回先頭の田中、サード後方へポトリと落ちるテキサスヒットで出塁!

そして迎えるは、先ほど先制のホームランを放った三番綺羅ツバサ!』


海未「ふむ、花陽の影響がない位置のヒットゾーンに落としてきましたか。まあ、狙っての打撃ではないでしょうが…」

穂乃果「ランナーありでツバサさん…」


ツバサ「さあ二打席目!…『今度は逃げないでよね?』 ――ビリッ…


海未(っ…!…あの威圧には気を張っていれば耐えられますが、背を向ければ焼かれる…。敬遠は最悪手でした…)

(・8・) 「もう逃げたりしない…!穂乃果ちゃんの唇の仇!!」

穂乃果「く、唇の仇って…」


海未(さて、綺羅ツバサは左打者でかつ、中々の俊足。ダブルプレーは取りにくい…ですが、花陽と凛の連携速度ならばそれも可能。
であれば、やはりインコースを引っ張らせるのが最善。が、問題は彼女の得意コースがイン寄りであるという事。あまり投げさせたくはありません…。
となると、コースではなく遅い球でタイミングを外し、右方向へと打たせるのが理想。
直球で組み立て、ことりボールを見せ球に、スマイルボールで仕留める。よし、これで行きましょう)サイン


(・8・) (ストレート!)ボール!
(・8・) (ストレート!)ファール!
(・8・) (ことりボール!)ファール!
(・8・) (ストレート!)ボール!


ツバサ「あのシンカー、ナックルっぽい揺れ方もしてるのね。面倒臭いから投げないでよ」

海未(相変わらず傍若無人な物言いですね…お望み通り、次はことりボールではありませんよ。……スマイルボール。頼みますよ、花陽、凛!)サイン

花陽(バッターに集中、バッターに集中…)
凛(かよちんに集中、かよちんに集中…)

(・8・) (ハノケチェンの恨み!スマイルボールでことりのおやつにしてやる!)シュッ!

英玲奈(小泉花陽の守備、なるほど素晴らしい。だがすぐに思い知るさ、ツバサには通用しないという事をな…)

ツバサ「ストレート来た!って、…チェンジアップ!?ああもう、面倒臭い…なぁ!!」ブン!


ガギィン!!


海未「セカンド!」(タイミングを外したのに打球が強いっ…しかし、そこには花陽が回り込んでいます!)

花陽(左9歩、足元!すくい上げて送きゅ…っ!?)バチッ!

希「花陽ちゃんが捕れんかった!?」

花陽「ぐ、グラブを弾かれ…絵里ちゃん!」

絵里「大丈夫、フォローしてるわ!けど、ライトゴロとはいかないわね」パシッ

海未(スマイルボール、毒戸さんとの対戦でレフトへの大飛球を打たれたことで危惧していましたが……綺羅、優木、統堂の三人に使うには球質が軽い!
打球の弾道が低かったから単打で済んだものの、少し上がっていればスタンドへ運ばれていかねないほどに強い打球でしたね…)

希「みんな、一回マウンドに集まろ!」



ツバサ「フフン、強襲ヒット。小泉花陽敗れたり…」ドヤッ

英玲奈(……凡人の努力や創意工夫、それを容易く踏みにじり越えていく存在を、人は天才と呼ぶんだ)

あんじゅ「さあ…私の出番ね」



花陽「ごめんなさい、みんな…」

ことり「今のは花陽ちゃんのせいじゃないよ♪ 」

希「うんうん、そもそも普通は追いつけん打球やしね」

凛「かよちん気にしちゃダメだよ!」

穂乃果「そうそう!穂乃果だったらあんな速い打球、グラブを弾いて顔面に当てて鼻血モンだよ!」

海未「練習を始めたばかりの頃は頻繁に打球を当てて鼻血を出してましたよね、ふふ…」

凛「しょっちゅうボタボタ垂らしてたにゃー」

ことり「鼻の形が変わっちゃわなくてよかったよねぇ…」

花陽「ふふふ…」

穂乃果「むう…みんなに余計な事を思い出させちゃったよ。でもまあ、リラックスできたよねっ!」

希「と、そこでみんなに一つ提案があるんやけどね…?」

凛「あ、希ちゃんが悪い顔してるにゃ!」

穂乃果「なになに?」

あんじゅ(あら、まだまだ笑顔の余裕はあるのね。素敵よ…すぐに曇らせてあげるけれど)


【実況】
『さあマウンド上の輪が解け、試合が再開。

ノーアウト一、三塁。打者は先ほどライトゴロに倒れた優木あんじゅ!』


あんじゅ「さっきのライトゴロは私のミス。甘かったわ、グラウンド上に落とすなんて…。スタンドに放り込めば良い、それだけの事よね…!」

海未(恐ろしいまでの怒り…いや、殺気すら感じます!しかし、さて…)

(・8・) (どうなるかな…?)

凛(わくわくにゃー)


ツバサ「フフ、今のあんじゅはヤバいわよ。なんか知らないけど、めちゃくちゃ切れてるんだから」

希「そうなんやね…それは恐ろしい…」

ツバサ「一、三塁。私も盗塁しちゃったりして」スス…

希「ふむふむ…ほいっ」ポン

ツバサ「ん、何よ?」

希「審判さん、これボールね」スッ

ツバサ「………は?」


アウトォ!!


【実況】
『ああっと!ここでまさかのプレー!!

隠し球!隠し球です!ファースト東條の隠し球で一塁走者の綺羅ツバサがタッチアウトー!』


ツバサ「ええ…なによこれ、すっごいムカつくわ…」

ことり「希ちゃんありがと~♪」
花陽「ほ、本当に成功させちゃった…」
穂乃果「よっ!千両役者!」
凛「よっ!卑怯者!」

希「ズルイ!ズルイ!ズルイことは~しちゃダメなのよこーらこら~!…なーんて、弱者のウチらはズルい手も使わせてもらわんとね?凛ちゃんは後でワシワシね」

凛「嫌にゃああああ!!!」

にこ(か、隠し球って、男子の甲子園だったら各方面からブッ叩かれそうね…ま、女子高校野球は面白さ優先だから大丈夫だろうけど)

あんじゅ「つくづく…舐めてるわね、貴女たち」


海未(ここでランナーを減らせたのは大きい…ヒデコたちがベンチ裏で懸命に優木あんじゅの条件別打撃成績を調べてくれていますが、フルハウス打法の謎は未だ解けていません。
もしも今、優木あんじゅのフルハウス打法が発動しているのなら…被弾も覚悟しなければならない)

(・8・) (なんとなく、嫌な予感がする…。海未ちゃん、"あの球"を使ったらどうかな?)

海未(ことり、あの球を使うべき場面はここではありません。あれは『究極の初見殺し』
洞察に長けた統堂英玲奈のいるUTX相手では、すぐに対策を立てられてしまう可能性があります。
今よりも…もっと、一者必殺が必要な、重要な場面が必ず来ます。その時のため、温存しておくべきです)

(・8・) (わかった。海未ちゃんに任せるねっ)

海未(どうせリスクを踏むならば、まずはフルハウス打法が発動しているかの確認をするべき。インハイ、仰け反らせる位置にストレートを。通常の打者なら決して打てない位置です!)

(・8・) (行くよっ!)ビシュッ!!

あんじゅ「ふふっ、完っ全に…フルハウス!!!」


カッ…キィィィン!!!!!


(・8・) 「…!!」


【実況】
『行ったぁぁあ!!!
レフト西木野のはるか頭上を越えていく弾丸ライナー!!!

UTX高校!逆転のツーランホームラン!!!』


穂乃果「あちゃあ…すごい打球…」

真姫「頭の上を越えてく打球ほどムカつく物ってないわよね…」

海未「やられた…!確定です…やはりフルハウス打法は発動している!」


~~~~~

カキィィーン!!!

海未「っ!」


【実況】
『五番統堂!レフトフェンス直撃のツーベースヒット!!』


英玲奈「フフ、先読み守備の弱点を教えてやろう。フェンス直撃とスタンドインだよ」

花陽「うう、ごもっともです…」


フォアボール!

フォアボール!!

ストライクアウト!!


【実況】
『六番三好、七番瀬戸へと連続フォアボール!

八番の長谷は三振も、ツーアウト満塁のピンチが続きます!打席には九番吉田!』


海未(綺羅、優木、統堂以外の打者もスイングが鋭い…選球眼も優れています。少し疲労が出始めましたか?ことり…)

(・8・) (まだまだ♪ここが踏ん張りどころだよっ…)

(・8・) (チュンッ!)シュッ!

海未(…っ、少し甘い!)


吉田「ストレート…叩く!」カキィン!!


海未(左へ鋭い打球っ、まずい!)
「レフト!」

穂乃果「そうは…行かないよっ!!」バシィッ!!!

凛「穂乃果ちゃんがジャンプキャッチにゃ!!」


アウト!

スリーアウトチェンジ!!


海未「サードライナー!穂乃果ぁっ!」
ことり「ハノケチェンっ!」

穂乃果「へへっ、たまには守備でもいいとこ見せないとねっ!」

♯55


【四回裏】


英玲奈(さて、この回の先頭は…)


『三番 サード 高坂さん』


穂乃果「よし…打ってくるよ!」

絵里「穂乃果、気負いすぎないでね」

希「穂乃果ちゃんらしいバッティングをしてくればいいんよ♪」

穂乃果「うんっ!楽しんでくるね!」


ツバサ(ふふ…来たわね、穂乃果さん。ねえ英玲奈、ストレート予告していい?)

英玲奈(やめておけ)

ツバサ(ちぇ…)


【実況】
『先頭打者の高坂、屈伸を一度。ゆっくりと打席へと入り、綺羅を見据えます』


穂乃果(さっきの打席は手が出なかったけど…みんなの打席で速球を見て少しずつ目が慣れてきた…)


スチャ
花陽(前からだけど、穂乃果ちゃんの野球力はあんまりアテにならない。
野球力は状況に応じて数値が変化する。それは誰でもそう。だけど穂乃果ちゃんは、その数値の変化が極端に大きい…)


穂乃果「さあ……勝負だよっ!!!」


英玲奈(…っ!)ゾクリ

英玲奈(これだ、この感覚…やはりツバサと同質の…)


ピピピ…
花陽(野球力6000…8000…11200…まだ上がる…!でも驚かないよ、穂乃果ちゃんは、ツバサさんが見込んだ『太陽』だから)


ツバサ「上等…ねじ伏せるわ!!!」


絵里(っ…ネクストに座ってる私にまで威圧感が…!)

【実況】
『ピッチャー綺羅、第一球、振りかぶって…投げた!!』


ズドンッッ!!!135km/h


英玲奈(……っ~、手が痺れるな)

ツバサ(まだよ、まだ足りない)

穂乃果(そう、これなら見える。叩ける…!)


海未「穂乃果…」
ことり「穂乃果ちゃん…」


ツバサ(もう一球…ストレートっ!!)ビシュッ!!!


穂乃果(さっきと同じスピード…力んだのかな、ほんの少しだけスライドして内に切れ込んできてる。

腕をたたむ意識で…身体を開かずに、

―――振り抜く!!!)


ッキィィィン!!!!


英玲奈「っ!何だと!?レフト!!!」


【実況】
『打った!!!強振した打球が高々と舞い上がった!!

高い打球…滞空時間が長い…レフトが下がる…下がる…!!』


ツバサ「2ラウンド目も…どうやら私の勝ちね」


【実況】
『フェンス際!あと一伸び足りずーっ!!
レフト瀬戸が捕球、同点ホームランとはなりませんでした!!』


穂乃果「ぅあ~~~っ!!!惜っしい~~~!!!」


ツバサ(ほんと、惜っしい。……あと一息で私の居場所に手が届きそう。次の打席のアナタは…どうなってるのかしらね?フフッ)

あんじゅ(ツバサ…笑ってる。楽しいの…?)

英玲奈(ツバサ…)


~~~~~

ボールッ!フォアボール!!


絵里(どうもさっきから私への投球が雑ね。ラッキーだけど)

ツバサ(あっちゃー、さっきからこの人にはダメね。やっぱり穂乃果さんの後じゃ気合いが抜けちゃう)

英玲奈(ツバサのムラっ気は今に始まったことじゃない。元々コントロールで勝負する投手でもないしな)


『五番 ファースト 東條さん』


にこ「ん、希の番ね」

海未「絵里はまた出塁していますので、今度は私があれをやりましょう。かぁしこみかしこみーっ!!」ワサワサシャンシャン

穂乃果(やってみたかったんだ)
ことり(やってみたかったんだね…)

希「大和撫子の海未ちゃんがやってくれるとまた本格派やなぁ。よーし、チャージ完了!」

希「……よっしゃ。おうお前ら、ウチは落合や」

穂乃果「あっ!希ちゃんが独特のふてぶてしい雰囲気を醸し出し始めたよっ!これが落合さんなんだねっ!」

希「嫁と息子、信子と福嗣のためにいっちょぶっ飛ばしてくるわ」

花陽(落合さんってああいうキャラじゃないし関西弁でもないよね…)
にこ(よく知らない人のモノマネに果敢に挑む芸人魂、嫌いじゃないわ)

真姫「今度はあの寺の人、田中には代えないのね」

凛「うん、無能監督でも少しは学ぶんだね」


英玲奈「なぁツバサ、本当にやるのか?」

ツバサ「もちろんやるやる。ほらセカンドの人、それ貸してよ」

田中「波羅僧掲諦…」

真姫「ん…?あっ、見て!希!」

希「おうなんや西木野ォ、ウチは落合や言うとるやろ」

真姫「それ今めんどくさい!とにかく見てよ!綺羅ツバサ!」

希「んー、ツバサさんがどうしたん…って、えっ?」
穂乃果「つ、ツバサさんが…!」
凛「首から数珠を下げてるにゃ~!!?」


ツバサ「東條さん!言ってなかったけどね…私の実家も寺なのよ!!」バァン!


希「なっ、なんやって~!?」
穂乃果「なっ、なんだって~!?」


ツバサ「悪霊とか知らないけど、多分全員抱いたわ!!」ババァン!!


希「ひいいいいっ!!」

にこ「ちょっ!あれ嘘よ!絶対嘘!父親は商社マンで、そこそこ裕福な普通の家庭で育ったって雑誌のインタビューで見たわよ!」

希「ならイケるやん!!」

ツバサ「チッチッチ…甘いわね。うちの寺はあまり騒々しくなるのを好まない檀家さんが多いの。だから隠してるってだけよ」

にこ「そ、そんなっ…!」

希「やっぱり寺生まれのツバサさんなんやあぁぁぁあ!!」ガクガク

真姫「の、希の怯え方が怖い…」

海未「無理もありません…投手としての実力は格下だった田中さんを、大明神と化すことでやっと攻略できたのです。
しかしここに来て、綺羅ツバサが寺生まれだという驚愕の事実…!格上の相手が寺生まれだったとなれば、希が威圧されてしまうのも無理からぬ事…!」

ことり(なんか海未ちゃんがノリノリだぁ…)
穂乃果(後出し能力バトルみたいなの好きだからね、海未ちゃん)

花陽(あれ、多分嘘だよね。にこちゃんの突っ込みにも慌てず、さらりとアドリブで嘘をついてみせるあの精神力と演技力、それは投手としての胆力にも通じている。やっぱりツバサさんは大物です…!)

希「…と、まぁ怯えてばっかもいられないし…ちょっと打ってくるわ!」

希「さ、来い!」

英玲奈(さっきと同じ神主打法…、神社で働く彼女にいかにもしっくりと来る構えだ。打者にとっての自己イメージは大切だからな)サイン

ツバサ(パワーカーブね…)シュッ!

スパァン!

ストライク!

希(速いし、曲がりが鋭い。これをもっと多投されたら本当に手が付けられんね。ストレートばっかを投げたがりなのは不幸中の幸いかな?)

ツバサ(ねえ英玲奈、結局東條さんって何者なの?オカルトだの落合だの)

英玲奈(ああ、要は野球モノマネが上手な女の子だ)サイン

ツバサ(な、なるほど…)シュッ!

希(ウチは落合ウチは落合ウチは落合…)ブンッ!!

ズドン!!!136km/h

ストライクツー!

希(………訂正。ストレートだけでもそうそう打てんね、これ)

英玲奈(空振りは奪えたが、やはりスイングの迫力が他とは一線を画している。パームで一球落として様子を見たいところだが…)

ツバサ(……野球モノマネねぇ、私も穂乃果さんに披露できるように一つぐらい覚えようかな…)

英玲奈(投手の気持ちを上げるのも捕手の務め。ここはツバサを気分良く投げさせるのを優先……ストレートで三球勝負だ)サイン

ツバサ(ベリーグッドよ英玲奈)ビシュッ!!!

絵里(弱点その1、グラブの角度!盗塁を仕掛けるなら今!)ダッ!!

希(絵里ちが走った!直球…スイングや!)ブンッ!

ズドンッッ!!!

スリーストライクアウト!!

希(くっ、三振っ…!でも、よろけたフリをして…)

英玲奈「二塁送球…っ!いや、これは投げても間に合わないな」

絵里(ナイスよ、希)ザッ!
セーフ!


花陽「よし!絵里ちゃんの盗塁成功でランナーが得点圏に!チャンスです!」

ツバサ「上手いこと送球の邪魔されちゃったわね、英玲奈」

英玲奈「む、先ほどの隠し球といい、東條さんはトリッキーなプレイにも長けているな。この手の強打者には珍しいタイプだ」

ツバサ「それにしても今の、私のモーション完全に盗まれてる感じ?」

英玲奈「………ああ、そのようだな」

ツバサ「フーン?ま、お好きに走ってどうぞって感じね。どうせ盗塁だけじゃ点は取れない。打たせなければいいだけよ」

英玲奈「……フ、それでこそお前だよ」

ツバサ「なんで嬉しそうなのよ」

英玲奈「気にするな」


穂乃果「海未ちゃん!チャンスチャンス!」

凛「絵里ちゃんの脚ならヒット一本で帰ってこれるよ!!」

真姫「あのセンターは肩が強い。両翼を狙うべきだけど…とりあえず打てれば御の字よね」

海未「ええ、任せてください。乾坤一擲!ここはなんとしても仕留めます!」


『六番 キャッチャー 園田さん』


海未「よろしくお願いします」

英玲奈「ああ、よろしく頼む」

英玲奈(ツバサ…園田さんの打席だけは、私に全面的にリードを任せてもらいたい)

ツバサ(捕手同士のプライドってとこ?いいわよ。案外熱いとこあるよね、英玲奈も)

英玲奈(現代野球において捕手の評価要因はおおよそ四つ。リード、捕球、フレーミング(ストライク判定を受ける技術)、盗塁阻止。
園田海未は私よりも捕球、フレーミング、盗塁阻止の三要素で上回っている。これは自身を卑下しているのではなく、指標からの判断だ。
ツバサの球を捕れなかったと聞いたが、それも慣れの問題。私も最初から捕れたわけではない。変化球のキャッチング、動体視力、反射神経。園田海未は全国でも屈指だろう。
だが、リード。統計、分析、観察、直感の四項目から成り立つ頭脳戦に、私は絶対的な自信を持っている。決して彼女に負けるつもりはない。さあ、読み合いの時間だ)

海未(綺羅ツバサの様子…サインを待っている?統堂英玲奈が長考している。なるほど、私との正面対決を望みますか。いいでしょう、受けて立ちますよ)

英玲奈(さて、まずは観察だ。優秀な捕手と相対した際のリードというのは普通の打者に向けての物とは一味違ってくる。園田海未ならば私のリードの癖は把握しているだろう。まず初球、変化球の割合が高い)

海未(しかし、それを私が理解しているという点も踏まえているはず。そこで気になるのはもう一つの傾向、審判の癖を利用したリードを好むという特徴。
今日の審判は外角のゾーンが広い…正直言って、技量が不足しています。しかも私と統堂さんの両方がフレーミングで徐々にゾーンを広げているため、外角の極端な部分をストライク判定される恐れまである。
それだけに!アウトに目が向いている今、初球のインコースこそが活きる。この場面、私なら…)

英玲奈(インコースにパーム)サイン
海未(インコースにストレート)

ブンッ!
スパン!

ストライク!

海未(むむ、変化球での入り。考えすぎましたか…?しかしコースは正解、方向としては間違ってはいませんでした)

英玲奈(コースを読み切られたか、恐ろしい奴だ。直前でストレートから変更したのが功を奏したようだな。勘も一つの能力さ、園田さん)


ツバサ(どっちも長考キャラよね…なんかこう、人間の脳内で流れてる文章量ってめちゃくちゃ個人差ある気がするわ)

穂乃果(あ、お腹減ってきた)
凛(かよちん可愛いにゃー)


ガキン!!

ファール!!


海未(低めのパワーカーブ…読みは合っていたのですが、ここまでの変化量だとは思いませんでした。
映像で見るよりも縦への落差がありますね…。しかし今のでイメージは出来ました)

英玲奈(園田さんの前の打席ではパワーカーブは放らせていない。読みこそ見事に合わせられたが、完全な初見でミートできるほど甘い球ではないさ。使う球の取捨選択、これもリードだ)

海未(さて三球目…統堂英玲奈のリードにおける最大の特徴、それは三球勝負を好む事)

英玲奈(と、言っても私が好んでいるわけじゃない。ツバサはとにかくせっかちなんだ。気分良く投げさせてやるためには可能な場面では極力早く仕掛けていきたい…)

海未(しかし、前の打者である希にも三球で勝負を掛けている。データで見ても感覚的にも、ここは流石に一球ボールを挟んでくるポイントのはず)

英玲奈(そう、ここはボール球だ。有利なカウントでのボール球という物は読まれていようが構わないものだ。さて考えるべきは、ボールを挟む事でまたツバサのムラっ気を呼び起こさないかどうか)

海未(綺羅ツバサという人物、あくまで見た限りでの印象ですが、ストレートさえ放らせておけばある程度は機嫌良くしている気がします。となれば、統堂英玲奈の選択する球種は)

海未(インハイ、ボールになるストレート!)
英玲奈(アウトロー、ボールになるストレート。)


ズドンッ!!!

スリーストライク!!!アウト!!!


海未「なっ…」

海未(や、やられた…!ここで外角判定を利用したストレート!しかし、今のをストライクと判定しますか…?この主審、あまりに、あまりに拙い…!これがプロ野球の試合で私が助っ人外人なら確実に張り倒してますよ貴方!)

英玲奈(下手で広い審判は嫌いじゃない。リードが楽だからな。とはいえ、今の判定は流石に酷い…。こっちがやられたらたまったものじゃないぞ。まあ、運もリードのうち、としておくか)

英玲奈「私の勝ちだ、園田さん」

海未「~~~っ!不甲斐ないっ!!」ガンッ!


ツバサ(うーん、なんかすっごい疲れた…)


スリーアウトチェンジ!!

♯56


【五回表】


コツン…コロコロ


海未「なっ…綺羅ツバサがバント!?ことり!」

穂乃果「エンドラン掛けてる!サードもセカンドも無理だよ!

海未「ファースト送球!」

ことり「捕った…けど、間に合わないっ!」


ツバサ「フフ、不意打ちバントも上手くてこそ天才!いきなりセーフティバントって『魔術師』っぽくないかしら!」ドヤ


【実況】
『セーフティバント成功!!ノーアウト満塁~~!!
佐藤のピッチャー強襲ヒット、田中の四球に続けての出塁!音ノ木坂学園大ピンチ!!!
さあそして、ここで登場する打者は…』


『四番 ライト 優木さん』


ツバサ「あんじゅ、ここは花を持たせてあげるわ」

あんじゅ「ありがとう…ツバサ。最高の舞台よ…!」

ことり「ノーアウト満塁で…あんじゅさん…」

海未(考え得る限り最悪の場面…!)


理事長「あの、審判さん。タイム…って、私がお願いしてもよろしいんでしょうか?」


ことり(お母さん?)


『タイム!』


理事長「それじゃあ、伝令をお願いね?」

ヒデコ「わかりましたっ!!」

ことり「タイムって、お母さんどうしたんだろう」

穂乃果「あ、ベンチからヒデコが走ってきた」

ヒデコ「みんなー!っていうか海未ちゃん!」

海未「……!ヒデコ!わかったのですか!?フルハウス打法の条件が!」

ヒデコ「間違いないよ!フルハウス打法の三つ目の条件は……『満員の観客』!!」

海未「……!!」

穂乃果「ねえねえっ、何の話?」

ヒデコ「細かい条件別の打撃成績ばっかり調べてたけど、ふと思いついて会場が満員になるような大舞台に限定した打撃成績を見てみたんだ。打率、十割だったよ」

希「確定やね!」

穂乃果「ねえ、ヒデコってばー」

花陽「そ、そういえば…春大会の決勝でも全打席打ってました…!」

ことり「そっか、それなら常にフルハウス打法が発動してたのにも納得がいくね…」

穂乃果「むぅ…」

希「多分やけど、見渡す範囲一面が観客で埋まってる事で気持ちが上がってゾーンに入れるんやろね」

海未「競技外の部分に要素があったとは…恐ろしい…!」

穂乃果「凛ちゃん凛ちゃん、みんなが説明してくれないよー」

凛「凛知ってるよ。凛と穂乃果ちゃんに細かい話を説明するだけ時間のムダだって」

穂乃果「そっかぁ、凛ちゃんは晩ごはん何食べたい?」

凛「揚げ物にゃ!」

穂乃果「ええっ!凛ちゃんがラーメン以外を…健康的だねっ!」

花陽(ツッコまない…ツッコまない…)

海未「しかし、観客の数が発動条件だなんて、それではどうしようもない…」

ヒデコ「海未ちゃん、私がどうしようもないって伝えるためにマウンドに来たと思ってる?」

海未「ヒデコ…?」

ヒデコ「ふふ、見ててよ…私ら音ノ木坂生徒の結束、思い知らせてやるんだから!」


フミコ・ミカ『LINE一斉送信!!』

【実況】
『音ノ木坂学院、伝令が送られてから長いタイムとなっています。マウンドに集まった選手たちは何を話しているのでしょうか。
……おや、これは?どうした事でしょう!タイムの間に音ノ木坂高校の生徒たちで結成された大応援団が一斉に退席!?
スタンドの一角が荷物だけを残し、ガラリと空席になってしまいました!』


花陽「す、すごい!綺麗さっぱり人がいなくなってる!」

ヒデコ「ふふっ…私、フミコ、ミカの人脈を舐めちゃいけないよ!すぐに全員に連絡を回す事なんて簡単なんだから!」

穂乃果「なんかよくわかんないけどヒデコ最高だよー!」

ヒデコ「おー穂乃果、よーしよしよし」

あんじゅ「……あらあら、フルハウスじゃなくなっちゃったわね」

英玲奈(フルハウス打法発動の第三条件に気付くとは…流石は音ノ木坂だ)

あんじゅ「けど、忘れちゃダメよ?ノーアウト満塁。グラウンド上はまだまだ完っ全にフルハウス…!」


『プレイ!!』


あんじゅ「さあ園田さん、何で来るのかしら?そうだわ、予告してあげる…。
シンカーならライトスタンド、チェンジアップならレフトスタンド、ストレートならバックスクリーンへ。うふ…カーブは論外よ?初球で仕留めてあげる…!』

海未(……その怨讐や良し。怒りも憎悪も精神力。貴女は本当に恐ろしい選手ですよ…。ですが、やりますよ!ことり!)サイン

(・8・) (いくよ、海未ちゃん!)シュッ!!

あんじゅ(トドメを刺してあげる、音ノ木坂……って、ええっ?)

(・8・)「ああっ!!」

海未「なっ…!ことり、何を!!」


【実況】
『ああーっと!!!ピッチャー南っ、大暴投!!!園田ジャンプするも捕れずに後逸ーっ!!!』


あんじゅ「…!?な…さ、サードランナー!帰ってきなさい!」

佐藤「言われなくても行くよ!」ダダッ!

ツバサ(大暴投、ねぇ…)

英玲奈「…!駄目だ!ランナー戻れ!」


【実況】
『三塁ランナーホームイン!!残りのランナーもそれぞれ二、三塁に進塁~!!
得点4‐2!音ノ木坂学院痛恨のワイルドピッチ~!!!』

あんじゅ「くすくす…動揺したのかしら。でも安心して?結局ワイルドピッチなんて関係な……っ、あっ」

ツバサ「ふふ、一杯食わされたわね」

英玲奈「…満塁崩し、成立だ」


海未(肉を切らせて骨を断つ。ここの一点はくれてやります。これでフルハウス打法は崩れました…!)

あんじゅ「っ、やられたわね……でも、忘れてはいないかしら。フルカウントに持ち込むだけでもフルハウス打法は発動する…!」

海未・ことり((フルカウントにされる前に、絶対に仕留める!))


(・8・)(カーブ!)ストライク!
(・8・)(ことりボール!)ストライク!
(・8・)(ことりボール!)ファール!
(・8・)(ことりボール!)ボール!
(・8・)(ストレート!)ファール!
(・8・)(スマイルボール!)ファール!
(・8・)(ストレート!)ファール!
(・8・)(ことりボール!)ファール!
(・8・)(っ、…!ストレート!!)ファール!!


【実況】
『またしてもファール!!粘る、粘る!優木あんじゅ!ピッチャー南の投球は次で11球目!!』


海未(くっ…フルハウス時の豪快な打撃に対してなんと緻密、なんと繊細なバットコントロール…!空振りを奪えません!)

あんじゅ(驚いたかしら?通常時の私はむしろ技巧派なの。フルハウスなら確実に打てる。なら、フルハウスに持ち込むための技術に特化するのは当然の事。
『怪童』なんて、パワーを評価されるのも嫌いじゃないけど…テクニックも捨てたものじゃないでしょう?)

海未(ここはアウトコース…)

(・8・) (ストレートっ!!)シュッ!!

パシィッ!

ボールスリー!

海未「なッ…!!」(その位置…私の打席ではストライク判定をした位置ではありませんか!!)

英玲奈(甘い。判定が安定しないからこそ下手な審判なのさ。さっき取ってくれた位置なら確実にストライクコールをしてくれる…そんな信頼をしてはいけない。
園田海未…ここで経験値の浅さが露呈したな)

花陽「ふ、フルカウント…!」
凛「ま、まずいよ…これ」


あんじゅ「あっはははは!!スタンドの観衆を引かせる?暴投を演じる?無駄な努力!凌遅刑の時間が長引いただけだったわね?!これで!完っっ全にフルハウス!!……さあ、ショーのフィナーレよ?」


海未(……)サイン

(・8・) (………)フルフル

あんじゅ(…あら?初めてね、南さんが首を横に振るのは)

海未(……)サイン

(・8・) (………)フルフル

海未(………)サイン

(・8・) (…)フルフル


あんじゅ(あらあら…なんだか険悪。仲良しバッテリーの呼吸が合わなくなっちゃったの?
ふふ、無理もないわよね、二人揃って断頭台に両足が掛かっているんですもの。冷静でいられるはずがない)

ことり「っ、!!タイム!海未ちゃん!来てっ!!」

海未「ことり…」

あんじゅ「くすくす…ついに南さんご自慢のポーカーフェイスも崩れちゃったわねぇ」

穂乃果「こっ、ことりちゃん海未ちゃん!大丈夫!?」

ことり「穂乃果ちゃんは来ないで!!これはことりと海未ちゃんの問題なの!!」

海未「ことり…」

真姫「ちょっと、何?マウンドで喧嘩…?」

絵里「た、大変…今はタイム中よね、私が行って仲裁を」

希「やめとき、絵里ち」

絵里「どうしてよ希、止めないと…!」

あんじゅ(最っ高の余興ね…。何を喧嘩しているのかしら?)

ことり「海未ちゃんのせいでフルカウントにされたんだよっ!!わかってるの!?」

あんじゅ(配球で揉めてるのね。ふふ、それはバッテリーの共同責任でしょう?南さん、確かに貴女も土壇場で混乱してしまうタイプのようね)

ことり「海未ちゃんの馬鹿っっ!!!」

バチィン!!!

海未「……っぐ」ビリビリ…

ツバサ「うっわ、ビンタした」

穂乃果「こ、ことりちゃん!!ほんとにダメだよ!その辺でもうやめよ?ね!?」タタタッ

【実況】
『あーっとどうした事か!ピッチャーの南、キャッチャー園田の顔を叩いたように見えましたが!?
同じ二年生キャプテンの高坂が慌てた様子で間に割って入り二人を引き剥がします…そして審判に急かされる形で試合が再開。いや、一体どうしたのでしょうか、心配ですね』


『プレイ!』


海未(……これです)サイン

ことり(………)フルフル

あんじゅ(やっぱり合わないのね?南さんが怒った顔してる)

海未(……では)サイン

ことり(…!)コクリ

あんじゅ(ようやく頷いた!あの顔、きっと園田さんが折れたのね。面白い…どうしたものかしら。ええと、確か…スリーボール時の園田さんのリードはストライクゾーンの変化球中心。
普段の配球のパターンから考えるに、ここまで息が合わなかったとなると……ストレート!狙い打つわ…!)

ことり(……!)シュッ!

あんじゅ「えっ…!シンカー…!?」ブンッ!!


スパァン!!

スリーストライクッ!バッターアウト!!


あんじゅ「なんで…!?あんなに揉めて…間違いなくストレートだったはず!!」

(・8・) 「やったねっ、海未ちゃん♪」ニヤリ

海未「ええ、やりましたねことり!」グッ

あんじゅ「!!??」

絵里「えっ、え?どうなってるの?三振?」

穂乃果「な、なんか仲直りしてる?よくわかんないけど良かった良かった!!」

海未(術中に嵌ってくれましたね、優木あんじゅ。タイムを取る前に私が出していたサインは『ストレート』でも『変化球』でもなく、【首を振れ】。
呼吸が合っていない様子を演じ、優木あんじゅに配球を読ませるのが目的でした。ゾーン状態とは集中の極致。フルハウス打法は反応型の打撃スタイル。読み打ちとの相性は最悪!
…ですが、いくら喧嘩の演技をしろとは言ってもビンタまでは頼んでいませんよ、ことり…。
あと、先日穂乃果にやってたビンタよりもやたら強くありませんでしたか?)

ことり(ことりは試合前に海未ちゃんに言われた策の一つをサイン通りにやっただけです♪
でも叩かれた瞬間、海未ちゃんがすごくビックリした顔をして…ほんの一瞬目が潤んで…子供の頃の臆病な海未ちゃんが見えちゃった…。
ことりは穂乃果ちゃんのおひさま笑顔が大好きでぇ…海未ちゃんのうるうるな泣き顔もだぁいすきなのっ!
はぁぁ…まだ手のひらに海未ちゃんのほっぺたを叩いた感覚が残ってるの…あぁっ、クセになっちゃいそうっ…♪)

花陽(やっぱりことりちゃんって性癖歪んでる気がするなぁ…)

凛「あ、スタンドに応援団のみんなが戻ってきたにゃー!」

英玲奈「まんまと嵌められたな、あんじゅ」

あんじゅ「英玲奈っ…これは一体!どうなってるのよ…!まるで意味がわからないっ!!」

英玲奈「さあな。今のお前に説明をするのは面倒だ。下がって一度、頭を冷やしてこい」

あんじゅ「~~っ!!ああっ!もうっ!!」

英玲奈(あんじゅの打撃スタイルはいわば感覚派。思考を伴って打撃をするタイプではない。あの仲違いで雑念を植え付けられ、集中を乱されてしまったようだな。おそらくはあの喧嘩も、全ては演技なのだろう。流石だよ、音ノ木坂バッテリー)

英玲奈「だが、次は私だ。その手の細工は通用しない…!」


【実況】
『ピンチはまだ続きます!ワンナウト、ランナー二、三塁で迎えるは 『精密機械』 統堂英玲奈!!』


英玲奈「今度は私の手番だ。さあ園田海未、君のリードを読み切ってみせよう」

海未(ことり、ここです!“あの球”を使いますよ!!)

ことり(海未ちゃん!ついにやるんだね?あれを!)

海未「理事長、お願いします!」

理事長「えっ…?あ、はい!審判さん!タイムをお願いします!」

【実況】
『音ノ木坂の南監督、ここで審判にタイムを要求します。なにやら、守備位置の変更でしょうか?
と、同時に捕手の園田さんが守備陣に大幅なシフトの変更を通達しているようです』


海未「まず、真姫!内野まで来てください!」

真姫「え、私?内野?なんで…」タタッ…

海未「はい、そして二塁ベース付近、凛と花陽の中間地点を守ってください」

英玲奈(内野五人シフトだと…?)

凛「なんで西木野さんが凛とかよちんの間に入ってくるの!!」

真姫「わ、私だって知らない!っていうかなんで苗字呼びなのよ!」

理事長(ええと、海未ちゃんから渡されたメモ…)ゴソゴソ

理事長「守備位置の変更をお願いします。一塁手の東條を二塁に、二塁手の小泉を一塁に変更で」

希「え、ウチが二塁?まあいいけど…」

凛「かよちんが遠くなったにゃああああ!!?!」

花陽「ごめんね凛ちゃん…必殺技のためなの!」

穂乃果「やるんだね、海未ちゃん!」
ことり「海未ちゃぁん!」
花陽「海未ちゃんっ!」

海未「ええ、お願いしますよ三人とも!あなたたちが鍵なのです!」

『プレイ!』


英玲奈(奇異な守備シフト、守備位置の変更…。ふむ、考えるべき事が多いな。
まず目に付くのは二塁付近を守っている西木野さん。重心の掛け方が明らかに内野手のそれではない。心理的な圧迫のため?いや、シンプルに打球を抑えさせるための壁としてか…?
園田さんたちの雰囲気、表情、何か新しい戦術を仕掛けようとしているのは確定的だ。内野五人から想定されるもの…新たな変化球。確実にゴロを打たせられる、そんな類の球だろうか。
しかしそれなら不可解なのは東條さんと小泉さんの入れ替え。二人ともそれぞれのポジションならば名手。確実にゴロを打たせて打ち取ると言うのならば、どう考えてもそのままで守らせるべきだ。
だとすれば何か他の意図が…」


海未「どぅとぅるとぅとぅー どぅとぅるとぅとぅー」


英玲奈(!?)


(・8・) 「キミニッ トンデケスキスキプワプワ」


英玲奈(!??)


海未「とぅわとぅわぅー とぅわとぅわぅー とぅわわわわわわー わわわわわ~」

穂乃果『スキスキ プワプワプワプワ スキスキ プワプワシチャオウ』ダダダダッ!
(・8・) 『スキスキ プワプワプワプワ スキスキ プワプワシチャオウ』シュッ!
花陽『スキスキ プワプワプワプワ スキスキ プワプワシチャオウ』ダダダダッ!


英玲奈(歌!?えっ園田さんのは伴奏なのか?!高坂さん小泉さんがダッシュ、何を…スクイズ警戒?!!い、一体なんだと…!!あっボール来た!)

スパン!!

ボール!

英玲奈(……ええと、投げてきたのは見た事のない球だ。変化としてはほぼナックルだな。あのチェンジアップを強く弾いてナックルに寄せたものだろう。しかし球威のなさは変わらず。こんなものが新球?いや、考えにくい。それよりも…)

花陽「アイタイ ツバサガビュンビュン モット ビュンビュン…」

英玲奈(歌いながら定位置に帰っていく…なんだあれは、何らかのサインなのか?っ、まずい、歌ってる面子に気を取られてはシフトの謎が解けん)


穂乃果「プワプワプワプワ」
(・8・) 「プワプワプワプワ」


海未(さぁ、仕込みは終わりました。必殺の時間ですっ!!!)

(・8・) 「セカイジュウデ タッタヒトツノラーヴ」

穂乃果『オゥイェス!』ダダダダッ!
(・8・) 『オゥイェス!』シュッ!
花陽『オゥイェス!』ダダダダッ!

英玲奈(投げてきた……!何っ!?)

スパン!

ストライク!


英玲奈「……なんだこれは、どうなっている…?!」


穂乃果『ワーオワーオ!ユメナラバ』ダダダダッ!
(・8・) 『ワーオワーオ!ユメナラバ』シュッ!
花陽『ワーオワーオ!ユメナラバ』ダダダダッ!

スパン!

ストライクツー!!


英玲奈「何故だ…!何故…」


穂乃果『スキスキ プワプワシチャオウ!』ダダダダッ!
(・8・) 『スキスキ プワプワシチャオウ!』シュッ
花陽『スキスキ プワプワシチャオウ!』ダダダダッ!

海未「とぅるるるる びよよ~ん」

スパン!

スリーストライクアウト!!!


英玲奈「何故ボールが消えるんだ!!!」


【実況】
『あーっと五番統堂!変化球を前に手を出せずに見逃し三振ーっ!!
バットを一度を振る事が出来ませんでしたー!!』


海未「これが魔球…『ぷわぷわーお』!」

英玲奈「くっ…!」

ことり「海未ちゃんやったぁ!!」
花陽「海未ちゃぁん♪」
穂乃果「すっごいよ海未ちゃん!!!」


海未(統堂英玲奈…、『クロノスタシス』という現象を知っていますか?意味は時の停滞…。
稀にあるでしょう、「時計が止まって見える錯覚」。アナログ時計に目を向けた際、秒針の動きが遅く、または静止して見える、アレです。

実は人間の眼球は、その動きが止まっている時にのみ物を映しています。我々の見ている視界とは、膨大な連続写真を細かに繋ぎ合わせて作り出されているような物。
クロノスタシスの原因は『サッカード』と呼ばれる、眼球が動いている状態。眼球が動いている間、人間の視界はシャットアウトされているのです。

マウンドから捕手へボールの到達時間は0.5秒ほど。一瞬でもクロノスタシスが起これば消える魔球は完成する!
ならば脳を疲労させ、眼球が動いているサッカード状態を故意に作り出してやればいい。

まずはイレギュラーな事態を複数用意します。不可解な守備シフト、守備位置の変更。思考すべき事が増え、些か混乱したでしょう?
次に、スマイルボールの亜種、ナックルボール。とはいえ、このナックルは常時使える精度の物ではありません。いわば棒球。ただ揺れているだけ。ですがサッカードを招くには十分。

そして何より、ことり、穂乃果、花陽。三人の生歌は脳に甚大な被害を招きます!
左右正面から破滅的な歌声に迫られ、思考回路に負担を掛けられ、揺れるボールを連投され…サッカードが起こらないはずがありません。故に、球は消える!

これこそが、多段構えの魔球『ぷわぷわーお』の正体…!などと、ネタバレをするつもりはありませんがね…ふふ)


希(トチ狂った球やなぁ…)


『六番 ファースト 三好さん』


穂乃果『アイタイ アイタイ ビーマイベイベー』
花陽『アイタイ アイタイ アイニイコー』

穂乃果『アイタイ アイタイ マッテナサーイ!』ダダダダッ!
(・8・) 『アイタイ アイタイ マッテナサーイ!』シュッ!
花陽『アイタイ アイタイ マッテナサーイ!』ダダダダッ!

三好「う、うわああああ!!!」

スパン

ストライクアウト!!

海未(フフフ、穂乃果と花陽のチャージはあくまでバント警戒のため。
正当な建前がある以上、野球規則4・06(b)「打者の目のつくところに位置して、スポーツ精神に反する意図で故意に打者を惑わしてはならない」には該当しません。
まあ、それだけにランナーがいるタイミングでしか使えない球ではありますね)


スリーアウトチェンジ!!

【五回裏】


穂乃果『この回の攻撃は花陽ちゃんから!
だけど、ことりちゃんの消える魔球『ぷわぷわーお』を見たツバサさんがエンジンに再着火。
花陽ちゃんがファーストゴロ、ことりちゃんはキャッチャーフライに打ち取られちゃった。

そして、真姫ちゃんは…』


ズドォン!!!132km/h

スリーストライクアウト!!


真姫「……あれ?」

絵里「くっ、三者凡退ね…」

凛「まーた真姫ちゃんの三振定期にゃー」


真姫(今の、感覚…)


凛「…あれ、瞬間湯沸かし器の真姫ちゃんが言い返してこない?ご、ごめん真姫ちゃん!傷付いた?凛も打ててないから大丈夫!」

真姫「……ん、え?凛、どうかしたの?」

凛「えー聞いてなかっただけ?謝り損にゃー」

真姫「何よ、どうせ減らず口でも叩いてたんでしょ。先払いであと100回ぐらい土下座してくれてもいいのよ」

希(真姫ちゃんのあの表情…さっきのスイング。ついに、イメージと体の歯車が噛み合ったみたいやね。あと少し…あと少しだよ、真姫ちゃん)

真姫「まったく、凛はいつもいつも…!っと、わっ!う゛ぇえっ!」ドサッ

凛「あ、真姫ちゃんがグラブ踏んづけて転んだにゃ」

花陽「だ、大丈夫?真姫ちゃん」

真姫「いったぁ~…ちょっと!誰よ、こんな邪魔なところにグラブを置きっぱなしにしてるのはぁ!」

にこ「…あ、ごめん」

凛「にこちゃん…」

絵里(やっぱり、にこの様子がおかしい…いつもに比べて極端に口数が少ないし…)

真姫「ちょっとにこちゃん!いい加減にしなさいよ、さっきからずっとシケた顔して!」

にこ「……ごめん」

真姫「……!??」

穂乃果「い、言い返さずに謝った…!」

海未「重症ですね…」

希(さっきから何度もスタンドの…音ノ木坂応援席の方を見つめてる。にこっち、ご家族のことなん?もしそうだとしたら、ウチらが言ってあげられる事なんて…)

【六回表】


花陽「凛ちゃんっ!」シュッ アウト!
凛「希ちゃん!!」シュッ アウトっ!!


【実況】
『九番吉田、4-6-3のダブルプレー!!この回、UTXも結果的に三人で攻撃終了となりました。
ピッチャー南、ここまで4失点を喫していますが、準決勝で19得点を挙げたUTX打線を相手に健闘を見せています!』


ことり(ふぅ…)

真姫「ことり、疲れは大丈夫?」

ことり「真姫ちゃん…うん、まだまだ元気ですっ♪」

真姫「そう、ならいいんだけど…ねえ、約束して。“アレ”だけは絶対に使っちゃダメよ?」

ことり「……うん、心配してくれてありがとうね。大丈夫だよ、ことりは大丈夫」

真姫「……使わない、とは言ってくれないのね」

ことり「……」


スリーアウトチェンジ!!

♯58


【六回裏】


絵里「さぁ、この回よ。打順は一番の凛から!二点リードされているのだし、そろそろ点を返していかないとね!」

穂乃果「だよね!ようし、穂乃果も集中していくよ!」

にこ(あ、にこは次か…、打たなきゃ…)

凛(…にこちゃん、暗い顔。どうしちゃったの?いつもみたいに一緒にバカやってくれないと、凛寂しいよ…)

花陽「凛ちゃん…」

凛「…よし、かよちん。アレを使うよ」

花陽「え、まさか凛ちゃん!アレを使っちゃうのぉ!?」

海未「アレ?とは、一体なんなのです?」

凛「うん、凛の必殺技だよ。昨日やっと完成したにゃ」

穂乃果「おお…なんかすごい!」

凛「すごく集中力がいるから、まだ1日1回ぐらいしか使えないんだけど…」

凛(にこちゃん、見ててね。凛の…芸人魂!形態模写…絵里ちゃん!!)

絵里「り、凛…?」

凛「凛?誰かしら、それは。私は生徒会長の絢瀬絵里よ」

絵里「えっ、凛…何を」

凛「学校の許可ぁ?認められないわぁ」

穂乃果「ぅ絵里ちゃんだ!?」
ことり「絵里ちゃん!?」
真姫「エリー!?」

絵里「私そんなイジワルな喋り方したことないわよ!?」

凛「わーるかったわねぇ!似すぎててっ♪」

海未「り、凛…あまりふざけてはいけませんよ?ぷふっ…」

絵里「海未!わ、笑ったわね!?もう!」

凛「悲しい…悔しいっ!エラーチカ!」\チカァ/

希「すごい、絵里ちにしか見えへん…。いや、むしろ絵里ちよりも絵里ちに似てる…」

花陽「はい希ちゃんのお墨付きいただきましたぁ!」パナッ

絵里「似てないってばぁ!」

『一番 ショート 星空さん』


真姫「で、花陽。あのモノマネって何の意味があるわけ?」

スチャ ピピピ
花陽「うん。あのモノマネをすることで、凛ちゃんは絵里ちゃんに近い野球力を手に入れてるんだよ」

スチャ ピピピ
花陽「野球力1000…1500…1800…!すごい、2200まで上昇してる!」


凛「ハラショー」

英玲奈(…なんだ?いきなりどうしたんだ、この子は)サイン

ツバサ(また初球パワーカーブ?英玲奈それ好きよね)シュッ

凛(凛は絵里ちゃん凛は絵里ちゃん)カキィン!!

英玲奈「何っ…レフト!!…む、三塁線を切れていくファールか…」


希「あちゃあ!惜しいわー…」

穂乃果「凛ちゃん!タイミング合ってるよ!」


英玲奈(どうなっている?甘い球ではなかった。今の変化球への対応、まるで…)


凛「……ピロシキ」チカァ


英玲奈(……!そういう事か…ツバサ、侮るなよ。感じるぞ、ヴォルガ川の冷流を!)サイン

ツバサ(英玲奈ってたまに生真面目さが変な方向に行ってるのよね)シュッ!


凛(にこちゃん…凛は出塁するよ。そしたら盗塁して、にこちゃんがバントを決めるか、それかタイムリーを打つにゃ!)ブンッ!

キィン!!

凛「にこちゃんと二人で点を取るんだっ!」

バシッ!!


【実況】
『痛烈ーッ!!あー、しかしサード真正面!
一番星空、サードライナーでワンナウトです!』


凛「ああっ…!」

英玲奈(球速に逆らわない流し打ち。本当に絢瀬絵里のような、技巧的なバッティングだった…が、やはり本家には劣る。パワー、打球速度。いくら技術を真似ようとも、二学年の差は大きいさ)

凛「…っ、凛が出なきゃいけなかったのに…」

にこ(…ありがと凛。アンタの気持ち、ちゃんと伝わってるわ。けど…)

『二番 センター 矢澤さん』

にこ(私は、ホームランが打ちたい…。こころが望んでるから…?もちろんそうだよ。でも、それだけじゃない)

ズドンッ!!ブンッ!!

ストライク!

にこ(ねえパパ、見てくれてる?アキバドームだよ、一緒に野球を観に来たよね。私はまだ小さかったけど、しっかり覚えてるんだよ?
……応援席にね、みんなのパパも、何人か応援に来てたの。普段はこんな事、絶対に考えないけど…寂しいよ、会いたいよ、パパ…!………人間、土壇場で本音が出るってのは本当なのかもね…)

英玲奈(ストレート)サイン

ツバサ(……)コクリ

にこ(こころ、ホームラン見たいよね。うん、わかるよ。…お姉ちゃんも打ちたいから。パパが見てくれるように…!でも、でも!)

ズドォン!!!134km/h

絵里「見逃し…!」
希「にこっち…!」
真姫「にこちゃん!」

にこ「…タイム、お願いします」

にこ(私に、ホームランは打てない…!!もう、どうしたらいいのかわかんないよ……)


\にっこにっこにー!!!!/


にこ「…え?」

凛「あれっ、今の声は?」
花陽「スタンドの方から…あっ、最前列に!」
穂乃果「わ!最前列にちっちゃいにこちゃんがたくさん!?と大きいにこちゃん!」
真姫「あれは…にこちゃんの家族よ!」

ここあ「お姉ちゃんがんばれー!」
こたろう「がんばれー!」

にこ「ここあ、こたろう…」

こころ「お姉さまー!!」

にこ「こころ…!」

こころ「私の、私のお願いを言います!……お姉さまらしくあってください!!私たちは…お姉さまの、にこにーのことが!大好きですからっ!!」

にこ「私、らしく……」

にこママ「にこー!!」

にこ「…ママ!」


にこママ「笑いなさい!!!」


にこ「!!」

にこ(にこ。パパが付けてくれた最高の名前。いつも笑顔でいられますようにって。

そう、私は…にこは…!)


ぱちぃん!!!!


英玲奈(両手で顔を思い切り叩いた!)


スゥゥ…!


にこ「―――にっこにっこにぃぃぃぃぃ!!!!!!」


ツバサ「なっ…」


にこ「……たぁいへん長らくお待たせしたわね綺羅ツバサァ!!
26次元大銀河超宇宙!!
だだっ広い暗黒空間に漂う美しき惑星、地球!!!
その中心!!!
ど真ん中!!!!
センター!!!!!
世界のセンター!!!!!!
スゥゥパァァトゥインクルエゴイスティックヒロイン……
YAZAWA!NICO様の!お出ましよ!!!!!」ドドォン!!!!


凛「にこちゃんがバカに戻ったにゃああああああ!!!」
希「世界のYAZAWAのご登場やぁあああ!!!」
絵里「ハラショー!!さすがにこね!!」
穂乃果「にこちゃあああああんん!!!」
花陽「にこちゃんっ!良かったね…良かったねっ…!」グスッ

ことり「にこちゃん…嬉しそう」
海未「迷いが晴れた目をしています。結局、ご家族の力には敵いませんね」
真姫「……フフッ、いいんじゃない?らしくって」


ツバサ「面白い…で、何を見せてくれるって言うの?」

にこ「粘るわ!!!」ドドン!!

カキッ ファール!
ガギ ファール!
ギィン! ファール!
カンッ ファール!!
……



【実況】
『二番矢澤、ツーナッシングから粘る粘る!
なんと驚異の13球!連続でファールを打ち続けています!!』

にこ「にっこにーにっこにーにっこにっこにー…ブリリアントにこにーキュンキュンにこにースパイシーにこにー…」ブツブツ

ツバサ(なによこいつ、超メンドくさいバッターね…)

英玲奈(ツバサのスタミナは折り紙付きだ。だが、流石に13球連続ファールは…精神面で悪影響が出かねない。ここは落とそう、ツバサ)サイン

ツバサ(パームね、了解。今回ばっかりは変化球にも大賛成…よっ!)…スポッ

ツバサ「って、しまっ…!」

にこ(失投!ど真ん中…棒球…っ、ひっぱたくわ!!!)ブンッ!!


カッキィィイン!!!!


ツバサ「あ…!?」

英玲奈「レフト!!」


【実況】
『いい角度で打球が上がった!!!
レフトバック!レフトバック!!入るか!入るか!?

あっ、フェンス直撃!!フェンス最上部に当たった!!打った矢澤、悠々と二塁へ~!!!』


真姫「やった!やったわね!!」
凛「にこちゃんすごいにゃー!!」
花陽「にこちゃぁん!かっこいいよぉ!!」


にこ(今の球、今大会で初めてのツバサさんの失投。パパが打たせてくれた…?なーんて言っても、パパは喜ばないよね?)

にこ「アンタたち!!これがにこの実力よ!!!」


にこママ「せーのっ…」

\にっこにっこにー!!!!/

にこ「にっこにっこにー!!!!」


あんじゅ(……私もカットでの粘りをよくやるからわかる。10球を越えると投手の集中が切れて、はっきりと失投率が上がるわ…。今のはまぐれじゃない。実力で呼び込んだ失投ね)

英玲奈(まあ、入らなかっただけ幸運…そして次は…)

ツバサ「穂乃果さん…!」

『三番 サード 高坂さん』


穂乃果(打つよ、ツバサさん)ググ…

ツバサ(すごい集中。勝負だよ、ってね。行くわ…ストレート!!)


ズドン!!!135km/h

ボール!!!


穂乃果「……」

英玲奈(ピクリともせずに見逃し。先の打席でも感じたが…やはり、高坂穂乃果)サイン

ツバサ(ストライクからボールになる…パワーカーブ!)

穂乃果「……!!」…ブンッ!!


キィンッ!!!


ツバサ「…!!」

英玲奈(…三塁線を切れてファール。だが、鋭い打球。高坂穂乃果…既に、ツバサのボールを見切っている…!)


スパン!

ボール!


穂乃果(パーム、見せ球…)

英玲奈(参るな…少しくらい反応してくれてもいいだろう?)

ツバサ(迫ってくる)


パキィンッ!!

ファール!!


英玲奈(アウトロー、最高のストレート。だが…対応されている)

ツバサ(迫ってくる…!私の領域へ、私の高みへ!)

穂乃果(打つ…っ!!) ――ビリッ!

ツバサ(ああ…穂乃果さん、野球って…)

ツバサ「楽しいわね!!!」 ――シュッ!!!

穂乃果「打つよっ!!」ブンッ

ズバンッッ!!!136km/h

【実況】
『ひ、136km/hっ!!!またしても球速、自己最速を更新っ!!!

空振り三振ーッ!!!

っと、捕手の統堂がボールをこぼしている、振り逃げの形ですが、しかし落ち着いて一塁に送球してアウトです!』


英玲奈(数字の上ではたかが1キロの差…だが、明らかに球の質が違う!
ツバサ、お前はまた…一段上へ足を踏み入れたのか…)


ツバサ「まだまだ…追いつかせないわ、穂乃果さん!」


穂乃果「ツバサさん…!~~ッ、みんな…ごめんっ…!」

にこ「穂乃果!下を向かない!まだアンタの打席はあるわ!絵里の応援に集中しなさい!」

穂乃果「にこちゃん…うんっ!!」

凛「さっきまでずっと下向いてた自分の事を棚に上げてるにゃー…へへ、あれでこそにこちゃんだよねっ!」

希「にこっちにナーバスなんて似合わんよね?ふふっ」

海未「くっ…しかしツーアウト…!」

絵里「みんな、慌てないで。私は比較的だけど、綺羅さんの球と相性がいいみたい。期待しててもらっていいわよ?」

穂乃果「ぅ絵里ちゃん!お願いしますっ!」

希「ん、向こうのベンチから監督が出てきたよ?」


新井監督「審判、選手交代。ショートの吉田に代えて村上。ピッチャー綺羅をショートへ。ピッチャーは村上」

【実況】
『おっと、ここでUTX高校は三人目の投手を登板させるようです。ピッチャーは村上。左サイドハンドの投手です』


ことり「二度目!UTXの弱点その3!新井監督のワンポイントリリーフ!」

穂乃果「これチャンスだよ!絵里ちゃんならリリーフピッチャーなんて」


にこ「甘いわ!!」


穂乃果「うわっにこちゃん!?ビックリした!!セカンドからわざわざ来たの?」

にこ「向こうの新井監督の継投は確かに弱点…だけど、いくらなんでもバカじゃない。左ピッチャーのツバサに代えて左ピッチャーを出してくるにはそれなりの根拠ってモンがあるのよ!!」

絵里「にこ、あの村上さんという人はどんな投手なの?」

にこ「左のサイドスロー。対左の被打率は.091…超の付く左キラーよ!」

海未「い、一割以下ですか!?」

スチャ ピピピ
花陽「野球力は2110。でも野球力は条件によって変動するものですっ。私の見立てでは…対左時の野球力は10000オーバー!」

真姫「さすがにUTX、選手層には自信アリってワケね…」

にこ「タイプとしては横の変化で揺さぶりを掛けてくる感じ。スライダーとシュートが主な持ち球よ。…絵里、アンタでも正直難敵かもしれない」

凛「そ、そんなぁー」

絵里「あら、そうなのね。…ところで花陽。あの村上さん、対右なら…野球力はどれくらいなのかしら?」

花陽「えっ?右なら…1000あるかないかぐらい、かな?」

絵里「ふふっ、ありがと花陽♪」


『プレイ!』

【実況】
『さあ、リリーフ村上が投球練習を終えて試合が再開!
と、ここで…バッターの絢瀬、なんと右打席に立ちました!出場選手登録では左打者となっているのですが…』


絢瀬「さ、いつでもどうぞ?」

村上(は、話が違う…!)

ツバサ(あーあ、新井の顔面にボールを投げつけてやりたいわね)

英玲奈(……やれやれ。スライダーだ。しっかり腕を振って、低めへな)サイン

村上(うああ!なるようになれ!)シュッ!

絵里(アラベスク、アティチュード、ピルエット…バレエの各種基礎、応用。血の滲むような練習、練習、練習…。比べて、逆打席に立つだけの事がどれだけ簡単か。バレリーナの左右バランスの均整を侮ってもらっては困るわ…ねっ!!!)

パキィッ!!

村上「ああっ!?」

ツバサ「ほーら、打たれた」

英玲奈「センター!!、右中間に落とされたか…」

絵里「よしっ…!やったわよ!みんなーっ!」チカァ

花陽「絵里ちゃんやったぁ!!!」
にこ「ナァイス絵里っ!!アンタ最高よ!!」ザッ


セーフ!


【実況】
『三年生絢瀬、タイムリーヒット!!ベンチに向けて片手を掲げ、満面の笑顔でガッツポーズ!
四番の面目躍如といったところでしょうか!!』


あんじゅ「絢瀬絵里っ、またしても…!」ギリッ

あんじゅ「……っ…」

あんじゅ「………音ノ木坂の人たち、楽しそうね…」

~~~~~


ツバサ「ベンチがアホだと……野球ができないのよっ!!!」シュッ!!!

ズドォォン!!!137km/h

希「は、速っ…!」

スリーストライクアウト!

スリーアウトチェンジ!

ツバサ「ああームカつく!」

英玲奈(監督への怒りがまたツバサのギアを上げたか…)

希「まずいね…あの球を連発されると、ウチでももう…」


【実況】
『六回の攻防を終えて得点は4-3、UTXの一点リード!
試合は終盤へと移ります!』

♯59


【七回表】


(・8・) (ボールからストライクになるカーブ!)シュッ!

田中「波羅蜜多心…!?」

パスン!

ストライク!バッターアウト!

穂乃果「いいよいいよ!ナイスことりちゃん!ツーアウト!」

ことり「うふふ、褒めて褒めて~♪」チュンチュン

にこ「いい感じよことりー!!!ツーアウトー!!!!」

凛「にこちゃんが外野からアホみたいに声出ししてるにゃー」

海未(よし、今のは大きい…。ここに来てカーブの制球が安定してきています。中軸以外には投げられる程度には。
ですが正直、そろそろ疲弊の色が見え始めている…、絵里へのリリーフも考えるべきでしょうか?いや、やはり厳しい…ことりが全力で投げて、ようやく四失点で踏みとどまれているのですから…。
そして、次の打者は…」


\Dancing,dancing! Non-stop my dancing/


『三番 ピッチャー 綺羅さん』


海未(綺羅ツバサ…、ここまでの打席で3安打、1本塁打。俊足を生かしてのバントヒットも決めている。
フルハウス状態の優木あんじゅ > 綺羅ツバサ > 統堂英玲奈 > 通常時の優木あんじゅ。打撃に関してはこういった序列の印象ですね)

ツバサ「……」

海未(打撃条件がはっきりしている優木あんじゅ、整然とした理論打撃の統堂英玲奈。この二人に比べ、やはり最も与しにくいのは綺羅ツバサ)

(・8・) (何してくるか全然わかんないもんね、このデコチビ)

海未(やはり不気味な方です。そうですね…ぶつけますか?)

(・8・) (うふふ…やっぱり海未ちゃんもまだ、穂乃果ちゃんへのキスを怒ってるんだ?)

海未(当たり前です!あのような行為、世が世なら切り捨て御免。いえ、現代も月夜ばかりではないという事を思い知らせてやらねば…)

(・8・) (それじゃあ、まずはインハイにボールのストレート?)

海未(ええ、思い切り仰け反らせてやりましょう)サイン

(・8・) (海未ちゃんその球好きだよねっ)シュッ!!

ツバサ「……」


スパーン!!

ストライク!!


ツバサ「……」

海未(おっ、ストライクですか。まあ、僥倖ですが…今のはボールでしょう?どう考えても。はぁ…つくづくアテにできない審判ですね)

海未(それにしても…)

海未「綺羅ツバサ…黙り込んで、一体どうしたのです?まさかここに来て、お腹でも壊してしまいましたか?」サイン

(・8・) (アウトローにことりボール。ことりが一番得意な球だね、わかったよ)

ツバサ「……飽きたな、って」

海未「え?」

ツバサ「穂乃果さん以外に構うのに…飽きたと言っているの…!」


カッキィィィン!!!


海未「あっ!れ、レフト!!」

真姫「ヴェエ!?こ、これ!スタンドに……っ、良かった…ファールね…」

(・8・) (そ、そんな!今のはことりの最高のボール…それを流し打ちで、あんな位置まで!?)

ツバサ「つまらないボールね。ええと、ピッチャーの…ピッチャーの…?ま、いいか…」

海未「き、綺羅ツバサ……貴女、名前を忘れて…?」

ツバサ「キャッチャーの人、サインを出すなら早くしなさい。……茶番はおしまい。あとは私が穂乃果さんを貰い受ける。それだけよ」

海未(私の名前も…っ、この冷たい威圧…今までとは違う…!仕方ありません、ランナーが不在なので審判に反則を指摘される可能性はありますが、ここは『ぷわぷわーお』で…)

ツバサ「さっきの消える球、あれも無駄だから」

海未「なっ…」

ツバサ「耳栓。英玲奈の指示でチーム全員分が用意されたわ。
細かい理屈はわからないけど、視覚と聴覚から一気に大量の情報を流し込んで、脳だか眼だかをバグらせる球ってとこでしょ?
なら耳栓をして、あの歌を聴かなければいいだけ。英玲奈の受け売りだけどね」

海未(くっ、予想はしていましたが、やはり統堂英玲奈…即座に看破してきましたか。
確かに、耳栓をされては『ぷわぷわーお』は消えず、単なる棒球に。究極の初見殺しですが、見破られればもう使えない球なのです…)

(・8・) (どうしよう、この雰囲気は…)
海未(捕手としての勘でわかります…)

ことり・海未(打たれる…!)

穂乃果「海未ちゃん!ことりちゃん!頑張れ!穂乃果が付いてるよっ!!」


ことり「…そうだよね、頑張らなきゃ」

海未「負けられない…決して負けられません」

ことり(海未ちゃん、“アレ”を使うよ)

海未(私は……止めません。私とことりの立場が逆でも、それを選びますから)

ツバサ「さあ来なさい、ねじ伏せる…それだけだから!」


ことり(……握りはスライダー、本で見たより少し深く、少しだけオリジナルで。

身を屈める、地面が近くなる。みんなの顔が見えなくなる孤独な一瞬、全身の神経を痛いぐらいに尖らせるの。

腕を引く…海未ちゃんの弓みたいに。肩が軋むのも腕が疼くのも気にしない…!

足を踏みしめ腰を捻り、身体中の力のうねりを指先へ、指先へ!

ことりの腕は翼!大きく強く!風を切って空気を裂いて、羽ばたけ!上へ!空へ!!)


ことり(翔ぶ!!!)ビュッッ!!!!



スパァンッ!!!!



ツバサ「―――当たら、ないッ…!」ヨロ…

ことり(……よし…ッ!)ビキッ…


ストライクアウト!!


海未(誰よりも優しく、誰よりも争いを好まないことりが…大切なものを守り戦うために編み出した、一編の悲痛な詩…敢えて、こう呼びましょう)


ことり 『小夜啼鳥葬送詩(ナイチンゲールレクイエム)』

【七回裏】


花陽『あと一点、あとたったの一点なのに、ここに来て試合が膠着してしまいます。
七回裏、私たちの攻撃。先頭の海未ちゃんの打球がイレギュラーして出塁するも、私は進塁打のセカンドゴロを打つのがやっと。
ことりちゃんは三振、立ちはだかるツバサさんの壁…。

そして真姫ちゃんも…。』


スパァン!!

ストライクアウト!!


真姫「~っ!!ああっもう!」


英玲奈(西木野真姫、先の打席で多少なり感覚を掴んだように見えたが…相手が悪い。
天才相手、そうそう楽に打てるのならば苦労はない)

英玲奈「奇跡は容易く起こらない」

希(っ、甘くない…綺羅ツバサは)

真姫「みんな…ごめ…ヴェッ!?」ベシッ

にこ「なぁ~に謝ろうとしてんのよ。九番レフトの一年坊が一丁前に責任感じてんじゃないっての」

真姫「こ、この真姫ちゃんに、デコピン~!?ちょっと!にこちゃんの馬鹿が感染ったらどうしてくれるのよ!」

にこ「んなっ!?言うに事欠いてこの…!」

穂乃果「って二人とも!にこまきやってる場合じゃないよ!ことりちゃん、肘は大丈夫なの…?」

にこ「はっ!そうよことり!あのスライダーは腕の負担が凄いから絶対に使うなってあれだけ…!」

ことり「二人とも心配しないで?案外なんともないよ♪」

穂乃果「そ、そうなの…?」

ことり「うん♪見ててね…」ソロッ…

ワシィッ!!

希「いぎゃあああ!?」

(・8・) 「ほらほら♪希ちゃんにワシワシMAXできるぐらいまだまだ元気!」グワシィ!グワシィ!

希「す、数ヶ月かけて鍛え上げた投手特有の握力がウチの豊満な膨らみを圧搾して内出血しそうなレベルで絶好調やん百合はアカーン!!!」

穂乃果「ことりちゃんの顔がことり神モードに!!」
にこ「え、エグい…!」
絵里「の、希ぃぃぃぃ!?」
凛「うっわ、ことりちゃん強キャラにゃー」
花陽(性癖歪んでる変態さんだもんね…大丈夫、花陽は気にしないよ…)

真姫「……海未。わかってるわよね?あの球、『小夜啼鳥葬送詩』の負担は握力とは関係ない。肩、そして肘」

海未「わかっています。ですが、私は止めません。誰よりもことりの気持ちは理解しているつもりですから」

真姫「……そう」

ことり(…っ)ズキ…

♯60


【八回表】


(・8・) 『小夜啼鳥葬送詩』シュッ!!


スパァン!!!


あんじゅ「なによ、この球…はぁ!!?」ヨロ…


【実況】
『四番優木、南のスライダーを前に空振り三振ーっ!!
ああっと、スイングの勢いあまって足元がよろけたか!バットを杖のように地面に突いてもたれかかります!!』


海未(小夜啼鳥葬送詩…あまりに鋭い変化に対応しようとスイングした打者は必ず体勢を崩し、バットに凭れる形となります。
さながら、枝に突き立てられた百舌の早贄のようだとは思いませんか?)

あんじゅ「こんな、情けない姿…っ…!」

(・8・) (あんじゅさんをことりのおやつ…いや、ことりのいけにえにしちゃいました♪)チュンチュン


『五番 キャッチャー 統堂英玲奈』


(・8・) 『小夜啼鳥葬送詩』シュッ!!


スパァン!!!


英玲奈「なるほど…これは、無理だ…」ヨロっ…ドサ

(・8・) (はいチュンチュン。ことりのいけにえ第三号♪…ッ痛…!)ビキビキッ…!

海未(ことり!…っ、いえ、駆け寄ってはならない、気取られてはいけません…!連投できる球ではないという事を)

英玲奈(南さんの表情、ポーカーフェイスを保っているが…額に滲む脂汗までは隠せていないよ。
ああ、そうだろうさ。そこまでの変化球…鋭利な、まるで、闇より出でた死神の鎌のような…そんな代物を、高校生の…少女の身体で負担もなく投げられるはずもないんだ)

(・8・) (痛い…腕が痛いよ、っ…!にこちゃんと真姫ちゃんの言う通り、これはきっと投げちゃいけない球…でも、っ)


~~~~~

【実況】
『『魔術師』綺羅、『怪童』優木、『精密機械』統堂。全国の強豪たちを相次ぎ沈めてきた最強のクリーンナップ…

その三人を続けて三振に切って取ったピッチャー南!素晴らしい!本当に素晴らしいピッチング!

しかしイニングは八回ツーアウト、流石に疲れが出始めたか。
六番の三好、七番瀬戸に連続フォアボール、そして八番の長谷にデッドボールを当ててしまい満塁!

ここでUTX新井監督、リリーフから九番ショートに入っていた村上に代え、勝負強さに定評のある恩田を打席へと送ります。

さあ南はここが勝負どころ。いつものポーカーフェイスを保ったまま、肩で一息。手首に巻いたリストバンドで汗を一拭いしています』


ことり(えへへ、赤白のリストバンド…穂乃果ちゃん、海未ちゃんとお揃いの。頑張ろうねって、一緒に買ったんだよね。

……大丈夫だよ、ことり。深呼吸をするの。気付かせないで、誰にも、誰にも。

深く…)スゥ…


(・8・)


穂乃果(ことりちゃん…頑張れ、頑張れ!
ことりちゃんの強さは穂乃果たちが一番よく知ってる!)

海未(このイニング、もう小夜啼鳥葬送詩は投げさせたくない…。ことり…あと少し、あと少しです…!貴女ならやれる!)

(・8・) (お願い…!ことりボール!!)ズキン!!

海未(あっ、まずい!!)

恩田「高め!甘い!!」


カキィィン!!!!


海未「ライトっ!!絵里!!」


【実況】
『鋭い打球がライトへー!!
ライト絢瀬バック!ライト絢瀬バック!!フェンス際!速度を緩めない!!』


亜里沙「お姉ちゃんっ!!!」


絵里「絶対に…捕るわっ!!」


ドンッ!!!

【実況】
『ああっ!フェンス激突ー!!!
ライト絢瀬、倒れ込んだまま起き上がれない!UTX、続々とランナーがホームへ!

審判が駆け寄りボールを確認…落としていれば試合を決定付ける三点…判定は…』


アウト!!!


凛「と、捕ってたの!!?やったにゃあああ!!!」
花陽「す、すごいよ絵里ちゃんっ!!!」

希「絵里ち!!」タタッ
にこ「絵里っ!!」タタッ

絵里「希、にこ…ふふ、ファインプレーだったでしょう?守備位置がズレてたから捕れた…花陽のおかげね…」

希「それより怪我は…!」

絵里「大丈夫…頭は打っていないわ。おばあさまが守ってくれたのかも…」

にこ「でも、肩…っ!とりあえずベンチに戻るわよ!希!」

希「うんっ、肩貸すよ…絵里ち…」


【実況】
『大ファインプレーを見せたライト絢瀬、どうやら大丈夫なようです!
同じ三年生の矢澤と東條の二人に支えられるようにしてベンチへと帰っていきます!
ガッツあるプレーにスタンドからは万雷の拍手が送られます!!』



真姫「エリー!!」

絵里「私はいい!私よりもことりを!」

ことり「うっ…ぐう…っ」

穂乃果「ことりちゃん!ことりちゃん大丈夫!?」

真姫「ことり、肘を少し捻るわよ…?」…ググ

ことり「っあ…!痛いっ…」

花陽「こ、ことりちゃん…!」

真姫「花陽、救急箱の中に鎮痛剤があるわ。探してくれる?」

花陽「わかった!」

フミコ「あの、真姫ちゃん…絵里ちゃんの肩、赤く腫れて…」

真姫「…っ!見せて!」

絵里「……」

真姫(打撲…?一応は動かせるみたいだけど、骨にヒビが入ってるかもしれない。いや、それよりも腱が損傷してる可能性だって…)

絵里「真姫、交代はしないわ。とりあえず冷やせば出続けられるわよね?」

真姫「~~~、冷やしなさい!徹底的に冷やしなさい!フミコ、ガンッガンに冷やしてあげて!感覚が鈍るまで!」

フミコ「わ、わかったよ!」

海未「私のせいです…ことりボールではなく他の球を選択していれば、二人とも…」

にこ「海未、そんなの誰にもわからない事よ。アンタの仕事は悔やむ事じゃない。UTXの攻撃はあと一回ある。…抑える算段を立てておくわよ」

海未「にこ……っ、はい!!」


真姫(絵里…試合には出続けるとしても、投手は絶対に無理。だけど、ことりの腕はもう…)


真姫「ことり聞いて。小夜啼鳥葬送詩はこれ以上投げちゃいけない。
アレはことりの人並みはずれた身体の柔らかさ、関節の可動域の広さが相まって生まれた必殺の変化球。
だけど、それを投げる負担は人間の身体の構造…その限界を大きく超えているの。投げ続ければ間違いなく肘が壊れるわ。それも、すぐに」

ことり「真姫ちゃん…私はあと何球、小夜啼鳥葬送詩を投げられるかな?」

真姫「アナタ、まだ投げる気で!!っ…10球。いえ、それすら保証できないわ。次の1球で壊れるかもしれない」

ことり「うん、10球だね。あとアウト3つ。…十分だよ」

真姫「…………わかった。もう止めないわ。肘、ぶっ壊してきなさい。
……私のスポーツドクターとしての最初の患者はアナタになりそうね」

穂乃果「ごめんね…ごめんね…!穂乃果のせいで!」ポロポロ

ことり「穂乃果ちゃん、泣かないで?」

穂乃果「ことりちゃん…っ」

ことり「最初はね、廃校を止めてお母さんを助けるのが目的だった。
次は穂乃果ちゃんを助ける、穂乃果ちゃんを奪われないのが目的になった。
でも今はね…純粋に、負けたくないの。女の子の意地、かな」

海未「……ことり、穂乃果。勝ちましょう、絶対に。絶対に」

穂乃果「うん…うんっ!!」グスッ

♯61


【八回裏】


ズドンッ!!!

ストライクアウト!!

ツバサ「バイバイ、名もなき一年生さん?」


【実況】
『この回先頭の一番星空、カウント1-2から食らいつき三球粘りましたが…
あえなく三振っ!!これで15個目の奪三振~っ!!』


ガン!!

凛「ぐすっ…悔しいっ…!悔しいよぉ…!」

ポンッ

凛「…にこ、ちゃん…?」

にこ「…凛、もう一回お礼言っとくわ。今日一日、ずっとにこの事を気遣っててくれてありがとね」

凛「……にこちゃん」

にこ「それと、もう一つお礼。野球部を結成してからずっとアンタと組んできた一二番コンビ…最っ高に楽しかったわ」

凛「うっ…うう…っ!」ポロポロ

にこ「だから泣かないで。花陽と真姫、二人と一緒に見てなさい?
究極かつ至高の生命体こと、にこにーにこちゃんの!……最高の出塁をっ!!」

『二番 センター 矢澤さん』


ツバサ「有象無象がまた湧いた…今度は私と同じぐらいのおチビさんね」

にこ「にこはあなたのファンだから…全力でもう一度、その脳に名前を刻み込んでみせるわ。綺羅ツバサ」


スパァン!!

ストライク!


にこ「……いつも一人で、ずっと寂しかった」


ズドン!!

ボール!


にこ「そんなにこを、みんなが連れ出してくれた」


ズドォン!!!

ストライク!!


にこ「絵里、希…」


ガギィン!

ファール!!


にこ「穂乃果、海未、ことり…」


ズドン!!!

ボールツー!


にこ「真姫、花陽、凛…」


ギィン!!

ファール!!


にこ「にこに最高の時間をくれたあいつらの!!未来を奪わせたりなんて絶対にしない!!」


ズドンッッ!!!!136km/h

ボールスリー!!!

ツバサ「……小さく構えちゃって。徹底的に四球狙い。そんな華のない野球、何が楽しいの?」

にこ「華がない?はんっ!浅いわね綺羅ツバサ!」


【音ノ木坂応援団】
\ニッコニー!!!!!/


にこ「聞きなさい!!こんなにもたくさんの人がにこの出塁に期待してくれてる!!華がないだなんて言わせないわ!!!」

ツバサ「それじゃあ試してあげるわ!どこまでそのケチなカットを続けられるかを!!!」シュッ!!


\ピョンピョコピョンピョン カーワイー!!!/


―――コツン…


ツバサ「…は?」

英玲奈「ツバサ!セーフティバントだ!捕れ!ファーストへ送球ッ!!」

ツバサ「フルカウントから私の球をセーフティ…?スリーバントの危険があるのに…バカじゃないの?」

コロコロ…ピタッ


【実況】
『ピッチャー綺羅!意表を突かれ反応できず!そしてボールは三塁線でピタリと静止ー!!
二番矢澤、見事にセーフティバント成功っ!!!』


凛「にゃああああああ!!!」
絵里「さすがにこね!!ほんとにね!!」
海未「え、絵里!?まあとにかく凄いですっ!にこ!」
穂乃果「にこちゃーん!!かぁっこうぃいいいい!!!」

にこ「やーってやったわ!!!アンタたちぃ~!褒め讃えなさい!我が名を!!」

【音ノ木坂ベンチ】
『にっこにっこにぃぃぃぃ!!!!!!!!」

にこ「くぅぅぅうっ……!にこにー英雄譚の第1章が今ここに完成を見たわ!!!」


英玲奈「ツバサ…相手を舐めすぎだ!投球が雑になっている!」

ツバサ「関係ない…関係ないの、その他大勢は。……あなたは…あなたは?」

英玲奈「あ…ぁ、ツ、バサ…!」

ツバサ「……そう、英玲奈…英玲奈よね。英玲奈とあんじゅ…フフ…フフフ…大丈夫。だって次は…!!」

『三番 サード 高坂さん』


―――ズバンッッ!!!!137km/h


ストライク!


穂乃果「…最速!」

英玲奈「…!」



英玲奈(怖い…私はどうすればいいんだ…
ツバサの球威がまた増している…だが、進化の速度にアイツの脳が追いついていない…!
ツバサの才能の焔が、ついに自分の身を灼き焦がし始めている…!
頼む…頼むよ、ツバサ…お前に忘れられるなんて、辛すぎるんだ…)



ツバサ(穂乃果さん…私今ね、頭が最高に冴えてるの…なんだろう、どうしたのかな?
色々な事が思い出せなくなっていってる。けど、それでいいの…フフ。
どうすれば、どうすればもっと凄い球を投げられるのか、今なら簡単にわかるから。

息をするよりも!!

心臓を動かすよりも!!!

ずっとずっと簡単に!!!!)



穂乃果(ああ…お腹が空いたな~…

なぁんて、穂乃果は切羽詰まった時には今日の晩ごはんの事を考えようって決めてるんだ。

なんでかって?未来の事だから。

どんなに辛かったり、きつかったり、苦しかったりする時でも、ちょっと未来の楽しい時間の事を考えたら…自然と笑顔が湧いてくるんだよ。
ま、穂乃果みたいにご飯食べるのが大好きじゃないとこの方法は使えないんだけどねっ!

ちなみに今日の晩ごはんは決めてるんだ。試合に勝って、みんなで焼肉パーティー!!

凛ちゃんとにこちゃんがギャーギャー騒いで…
花陽ちゃんがご飯ばっかり食べてて…
海未ちゃんが鬼の焼き奉行で…
希ちゃんが幸せそうにお肉を頬張ってて…
ことりちゃんがデザートばっかり食べてて…
絵里ちゃんが謎のロシアうんちくを言って…
真姫ちゃんがお肉の質にブツブツ文句を言ってて…

穂乃果はそんなみんなの笑顔を見ながら…しゃとーぶりあん?を食べるんだ!真姫ちゃんの財布で!

だから…打つよ。ツバサさん)

ツバサ「ああっ…すごい!!あはははは!!!頭が割れそうッッッ!!!呼吸が辛いの胸が苦しいの!!!

あああ!!!

あなたが!!貴女が私をおかしくしたの!?高坂穂乃果!!!

最ッッ高!!!!

いいわ…!決着を付けよう…私とアナタの全てに!!!!」


シュッ!!!!


穂乃果(――――見える)


138km/h


ッッキィィィィン!!!!


【実況】
『火の出るような当たりーッッ!!!
サードの横を破ったァ!!フェア!フェアです!!打球はそのまま勢いよくレフトフェンスへ!!!

一塁ランナー矢澤は二塁を蹴って…三塁を!!

いや止めた!ランナー止まりました!そしてレフトから好返球!
ああこれはベースコーチの好判断!突っ込んでいればアウトかという送球でした!

そして打った高坂は二塁へ到達ー!!!
綺羅ツバサの自己最速138キロを見事に弾き返しての素晴らしいツーベース!!!』

ピピピ
花陽「穂乃果ちゃんの野球力…ご、55000…っ!!」

穂乃果「やっと…やっと!追いついたよ!!ツバサさん!!!」

ツバサ「………打たれ、た…?私の、今の球が?」


英玲奈(高坂穂乃果、なんて奴だ…。
138km/h、数字だけじゃない。間違いなくツバサのベストピッチ…それを真っ向から…あまつさえ、引っ張ってみせただと…!

…だが、当たりが良すぎた。ランナーは本塁へは辿り着けず。

残念だ。本当に、残念だが…)


ズドン!!!136km/h

スリーストライクアウト!!!

絵里(肩がっ…スイングが鈍って…!)


ズドォン!!!138km/h

スリーストライク…アウトッ!!!

希「っ!!なんで…なんで打てないんやっ!!!」



英玲奈(ここで、行き止まりだよ…音ノ木坂学院)



スリーアウト…チェンジ!!!


~八回裏終了~

UTX高校 4-3 音ノ木坂学院

♯62


【九回表】


ことり(穂乃果ちゃんは見せてくれました。…限界を越えた力を)

(・8・)『小夜啼鳥葬送詩』シュッ

佐藤「うわぁっ!?」ブン!

ワンナウト


ことり(じゃあ、ことりも応えないとね)

(・8・)『小夜啼鳥葬送詩』シュッ

田中「心経っ!??」ブン!

ツーアウト


海未(二者連続、三球三振…!バントさえ許さない究極の球…!ですが、ですがことり…!ボールに血が滲んで…!)


ことり(血は指の皮が擦れただけだよ、心配しないで?
(小夜啼鳥葬送詩)ナイチンゲールレクイエム…海未ちゃんが付けてくれた名前、とっても気に入ってるんだよ。でも…ちょっと皮肉な名前になっちゃったのかも…。

多分だけど、わかるの。この試合でことりの投手としての命はおしまい。

ピッチャー南ことりに捧ぐ葬送詩…になっちゃうのかな。
ふふ、ちょっとかっこつけすぎ?海未ちゃんのが感染しちゃったのかも)


海未(ことり…ことり…!)


ことり(そんな顔しないで、海未ちゃん…。
キャッチャーって女房役って言うんだよね?だからぁ…海未ちゃんは今!ことりの奥さんなのです!黙ってことりについてこい~!なぁんて?
ちなみに穂乃果ちゃんはことりの旦那様♪
実は、子供の頃に二人にサインさせた結婚証明書がことりの机の奥に眠っているのです。切り札は隠しておくもの…ふふふ…。
だから、二人のためなら。ことりはいくらでも頑張れちゃうんだよ?)


ツバサ「打たれた…打たれた…?」

(・8・) 「試合に集中してないなら…あなたも速攻でことりのいけにえにしてあげる」

(・8・) 『小夜啼鳥葬送詩』シュッ

ツバサ「……シナプスを駆け巡る。『どうすれば打てるのか』
バッターボックスの一番前、踏み込んで、…曲がり始めた直後、角度を合わせて上から掬う…」


キィン!


ことり「…えっ」

海未「あ…」

【実況】
『無情…っ!噫無情…!
力投の南、投じた122球目は…!『魔術師』…いや、天才…!天才綺羅ツバサのスイングで舞い上がり、そのままライトスタンドへ…!!

ホームラーン!!

綺羅ツバサゆっくりとホームイン!!UTX高校1点追加!!土壇場九回表…得点は5-3~!!』


ツバサ「……なにをみんな、そんなに騒いでいるの?」

あんじゅ「つ、ツバサ…!すごいわ…!」

ツバサ「……あんじゅ…?…どいて、頭が痛いの」ドン

あんじゅ「ツバサ…」

英玲奈「……」


(・8・) 「まだ、まだ諦めない…!穂乃果ちゃんは諦めてないから…!10球目…これが最後の!」

(・8・)『小夜啼鳥葬送詩!!!』シュッ!!!


(ブチィッ!!!)


ことり「……ッ!!」


スパァンンッ!!!


あんじゅ「……っ」ヨロ…ドサ…


スリーアウト!チェンジ!!


ことり(ごめんね、ごめんね…。ありがとう…ことりの右腕さん…)

【九回裏】


\ソーシーテー ワーターシーターチーハー メグリアウー……/


海未「……参ります!」


カキィィン!!!パシィッ!!!


にこ「打ったっ!?」

希「いや…」

海未「ピッチャー…ライナー…っ」ガクッ…

ツバサ「グラブ越しでも手が痛む。熱い思い、火の出るようなライナーだったわ、六番さん。……何の意味もなかったけれど!!」

海未「今ほど…今ほどっ…!自分をふがいなく思った事はありませんッ!!!」ガンッ!!!


絵里「海未が倒れて…ワンナウト」

にこ「っ…!一番期待の持てる海未が…!」

希「バッティングは悪くなかったんよ…。綺羅ツバサの、天運…」


穂乃果(大丈夫。みんななら絶対に)


花陽「あ…私の番…」

スチャ ピピピ
花陽「……」


花陽(綺羅ツバサの野球力はおよそ54800。そして私の野球力は1000ちょっと。50倍以上?勝ち目なんて…ない)


花陽(私の守備…あれだって、どのチームにでも使えるわけじゃないんだ。
UTXの試合が大好きで、何度も何度も何度も見てたから…UTXのバッターの癖を覚えてたの。
だから、私が英玲奈さんの真似みたいな事をできるのはこの試合だけ。

本当に、本当に、大したことない選手…。ツバサさんなんかとは比べちゃいけないくらいに…)


希(次は花陽ちゃん…なにか、なにか声を掛けてあげんと…!)

凛「か、かよちん…!」


花陽(だけど…)スッ


希(花陽ちゃん…?眼鏡を取って…)


―――グシャッ!!


希「…握りつぶした!?」

花陽「……っ!数字なんて関係あるもんか…!野球なんて所詮は確率と運のスポーツ!ツバサさんが天才だって同じ高校生!金属バットなんだから当たれば飛びます!!絶対なんて!!絶対に存在しません!!!」

凛「かよちん…!そうだよ!その意気にゃっ!!」

海未「花陽…!」

にこ「花陽!自信持っていくのよ……アンタは今日、一度も三振してないんだから!」

絵里「打てるわ。花陽なら絶対に。私とした練習を信じて?」

花陽「打ってきますっっ!!」


『七番 セカンド 小泉さん』


【実況】
『打席に入るのは七番の一年生、小泉。
今日は試合の序盤から、幾度も幾度もUTX打線の猛攻を食い止めるファインプレーを見せてくれました!
さあピッチャー綺羅、モーションに入る。
小泉を見据え…投げた!!』


花陽(軌道、見える…少しだけど…っ

慌てないで、絵里ちゃんに教わった通り…重心を残して、前に突っ込まずに…!

芯に当てる!!!)


キィンッ!!


【実況】
『当てたっ!一、二塁間のゴロ…!
破った!破った!!ライト前へと転がっていく、守備の名手小泉!意地のライト前ヒットー!!』


凛「かよちんが打った!!かよちん!!!かよちーん!!!」

絵里「ハラショー…っ、本当にハラショー…!教えた通り、完璧な動き…花陽っ…!」グスッ

真姫(花陽は七番…ことりが八番…今はワンナウト…その次は…)

ことり「花陽ちゃん、出たんだ…!じゃあ次はことりの番だね…っ」

海未「ことり…!あなたが打席に立つのはもう無理です!」

ヒデコ「ことりちゃん、私が代打に出るよ!それなりにだけど…準備もしてきたから…」

フミコ(一塁コーチ)(ヒデコ…一塁のそばから見ててでも緊張してるのがわかるよ。そうだよね、私たちじゃ多分…無理)

ミカ(三塁コーチ)(準備はしたわ、けど…私たちじゃ経験が足りないよ…)

ことり「ふふ…ありがとう、ヒデコちゃん」スッ

ヒデコ「ことりちゃん…」

ことり「でも、ダメなの。絵里ちゃんが肩を痛めてるのはもうバレてる。ここで私が降板すれば…追い付けても先がない」

希「ことりちゃん…でも、ことりちゃんの肘、もう投げる事は…」

ことり「それでも…それでも、私がいなくなって綺羅ツバサを楽にしてやるつもりはない…そしてアウトをくれてやるつもりもないから…!」

絵里「けど、ことり!」

理事長「……みんな、ことりを行かせてあげて?これは私の監督としての、一つだけの采配」

海未「理事長…」

ことり「お母さん、ありがとう…行ってくるね?」


理事長(本当は…あの腕、もうとっくに親としては見ていられない範囲…
だけど、だけど…子供の頃からずっと、どこか自信を持てずにいたことりが、あんなに強い目で羽ばたいてる…
それなら、行かせてあげるのが…親としての務めよね)


ツバサ「手負いのエース、最後の力を振り絞ってバッターボックスへ。泣かせるわね」


スパンッ…!

ストライクアウト!!


ツバサ「けど、無駄だったわね?」

ことり「パーム…ボールっ…」ガクッ…


【実況】
『南、ストレートに食らいついて9球粘るも三振~!
最後は変化球の前にバットが空を切ってしまいました…!ツーアウトっ!!』

ことり「みんな…ごめん…ごめんね…」ポロポロ

凛「泣かないで…ことりちゃん」

絵里「くっ、ツーアウト!」

海未「バッターは…」

希「真姫ちゃん…!」


真姫「私の…番」


真姫(私が、私が打たなきゃ試合が終わっちゃう…穂乃果がいなくなって、この9人でいられる時間が終わっちゃう…!

打たなきゃ…打たなきゃ打たなきゃ打たなきゃ…!

………ダメ

…ダメよ、私なんかには無理…!

綺羅ツバサのボール…私、一度もバットに当てられてない…なにが天才よ!なにが…

手が…手が震えてバットが…持てない!怖い…!)

花陽「真姫ちゃんっ!」
凛「まーきちゃん!」


真姫「……!凛…、花陽?あなた、一塁ランナーじゃ…?」

凛「うあーやっぱり!真姫ちゃんガチガチだにゃー!」
花陽「私がね、タイムを掛けてもらったの。真姫ちゃんとお話したくって。えへへっ」

真姫「……」

凛「怖いよね。凛にもわかるよ。自分のせいで全部終わっちゃうんじゃないかって、何度も何度も夢で見ちゃった。…でも、真姫ちゃんだけのせいじゃないよ。今日、凛も全然打ててない。もしダメでもアウトの数は一緒だよ」

真姫「…そうね、一緒に責任負ってね?」

花陽「真姫ちゃん」ナデナデ

真姫「う゛ぇえ…!何するのよいきなり」

花陽「打てなくたっていいんだよ……たかが野球、殺されるわけじゃないんだから」

真姫「ちょっと…野球狂いのあなたがそれ言っちゃうの?……でも、ダメ…もし打てなかったら穂乃果が、と思うと」

花陽「もし連れて行かれちゃったら、みんなで毎日会いに行こうよ!」
凛「バット握ってUTXにカチコミ掛けて奪還してもいいにゃ!」


花陽・凛「「だから」」


花陽と凛のあたたかい手が、そっと私の背中を優しく押してくれた。


花陽・凛「「がんばれっ!」」


……うん、ありがとう。震え、止まったよ。


ベンチの段差に片足を掛けて、ベテラン監督みたいに鋭い目のにこちゃん。一瞬、視線が交錯する。にこちゃんは「真姫ちゃん!」と一声、満面の笑顔でにこにーポーズをとって見せてきた。

……ほんと、馬鹿なんだから。

キャッチフレーズ。自分のテンションを上げられる魔法の言葉。にこちゃんが昨日言っていた言葉が脳裏によぎる。試してみる?

『勝利は金で買えるのよ!』…いや、これはないない。

「……まっきまっきまー」

手の形を作って、呟いてみる。もちろん、誰にも聞こえないように小声で。

……何してるんだろ、私。

そんな自嘲で、強張ってた頬の筋肉が自然と弛む。…やっぱりにこちゃんってすごいのかも。

絵里、希、海未、ことり、穂乃果。
みんな力強く優しい瞳で私を見てくれている。誰一人、勝負を諦めてないのね。

真姫「見てなさいよ。打ってくるから」

『九番 レフト 西木野さん』


ツバサ(苦しい…苦しいよ、あんじゅ…英玲奈…穂乃果さん…)
ツバサ「ねじ伏せて…全部終わりよ、九番の名無しさん」

英玲奈(ツバサ…狂気と正気の狭間で苦しんでいる…ツバサ…!)


真姫(綺羅ツバサ、今は何を考えてるのかしら。
……そう、焦っちゃダメ…。さっきの打席、私の打撃理論は完成を見た…!
考えるのよマッキー、クールで冷静沈着、かつクレバーに。
まずは深呼吸。大量の酸素を取り込むことで、優秀極まりない私の脳細胞を活性化させるの。

スゥゥゥ…ハァァァ…、、

オッケー、まず…認めるのはシャクだけど、こいつは私を舐めてる。
真姫ちゃんパパが見つけた弱点その2!手抜き癖!ってね。…ま、本当は絵里が聞いたんだけど。

とにかくそれなら、私の苦手なコースとかじゃなく、自分の得意なコースで決めようとしてくるはず。つまりボールが一番伸びる、真ん中高め…!)


ツバサ(全球ストレート…最高の球で三振させて…終わらせる!!)シュッ!!!


真姫(ボールが見えなくたっていい、掴んだタイミング…!私の完璧な頭脳で割り出したコース!!脳内で構築したマッキー式完全打撃理論に従って体を動かすのよ!

私は天才、西木野真姫なんだから!)ブンッッ!!!


カッ…キィィーーーン!!!!


【実況】
『打ったァーーー!!!!

白球高々と舞い上がる!!!

ライト後方を襲う!!

ライト優木下がる!下がる…!』


英玲奈(完璧なフォーム…理想的なスイング!西木野真姫、君の大きな臀部は紛れもない強打者の資質。あの日、勝負を仕掛けられた瞬間から、私はいつか君に打たれ、敗北する事がわかっていたのかもしれない……)


英玲奈「―――だが、その敗北は今日ではない!

この打球は一伸びが足りない!あんじゅ!フェンス際のライトフライだ!!!」


【実況】
『ライト優木…フェンス際で…こちらを向いた!

伸びない…!』

希「ダメや…もう伸びん…!」

絵里「嘘っ…!」

にこ「真姫ちゃん…!」

穂乃果(まだだよ!まだ…諦めないっ!)


あんじゅ「惜しかったわね、西木野さん…。フェンス際でフルハウスよ」

ツバサ「この回、一本だけ奇跡のヒットが出たけれど…奇跡って物はね、二度は起こらないから奇跡と呼ぶの。これで万事、ゲームセットよ」


真姫「まだよ!!」

真姫(今よパパ!)指パチン!


【アキバドーム空調室】

真姫パパ「今だ、空調をMAXにしたまえ」

ドーム空調係「まきちゃん」オシテポチリー


【空調】
\ゴオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!/


あんじゅ「あら…あらあら…えっ!?」


【実況】
『あっ!落ちかけていた打球が浮き上がって!?不可解なもう一伸びっ!?

は、入った!…?

はっ、は、入りましたぁっ!?!!

伏兵、と呼んで差し支えないでしょう、九番西木野!あの綺羅ツバサから!
土壇場九回!
ライトスタンドへ!!
なんとも不思議な!!!
起死回生!奇跡の!奇跡の!!同点ホームラーン!!!』



真姫(そうだ…私のキャッチフレーズ。決めたわよ、にこちゃん)

真姫「ねえ、知ってたかしら?一億もあればね…」

真姫『奇跡は金で買えるのよ』

穂乃果「やったやったやった!!!!すっごいよ真姫ちゃあああん!!!!」

にこ「やってくれたわね真姫ちゃんんんん!!!!でも今の打球って…」

花陽(ドームランはまずいよ真姫ちゃん!!!でも最高!最高だよぉぉ!!!)

凛「ちょっと(空調が)さむくないかにゃー?」



英玲奈「…参ったな。データにないぞ、こんなのは。ツバサ、気を取り直して…」


ツバサ「………」フラ…ッ


英玲奈「ツバサ…?」


ツバサ「……」ドサッ


英玲奈「ツバサッッ!!!」
あんじゅ「ツバサぁっ!!!」


ツバサ(存在を認めてこなかった『その他大勢』。その一人のホームラン…敗北を喫する事を、私の脳は理解せず…認めてくれなかった。

オーバーヒート。焼けそうに痛む頭、白く明滅する視界。駆け寄ってくる二人、キャッチャーの子と…外野の子。

「ツバサ!」「ツバサぁ!」

一生懸命に呼び掛けてくる。誰だっけ…とても、大切な人たちだった…そんな気がするのだけど。

呼吸の仕方がわからない。心臓ってどうやって動かしていたんだっけ?

結局私って、何がしたかったんだっけ…?


ああ、思い出した…子供の頃の…

【実況】
『場内、未だ興奮冷めやらず!ツーアウトから飛び出した九番西木野の同点ホームラン!
直後、ピッチャーの綺羅がマウンド上に倒れこんで場内が騒然となりました。心配されましたが、しかし立ち上がり続投。どうやら足を滑らせただけとの情報が…~~』


凛(凛でも全然わかるぐらいのボール球ばっかりだ…)


スパン

ボール!

フォアボール!



英玲奈(ツバサ…お前は…)



―――私はどうしてこうなっちゃったんだろう。


綺羅ツバサ、東京某所のサラリーマンの家庭に生まれる。
商社勤めの父親と、そこそこ良い大学を出たらしい母親。それなりに裕福な家庭の一人っ子。
あ、寺生まれはもちろん嘘ね。

私の両親は虚栄心の強い人たちだった。立派な家、良い車、高そうな時計、ステータス、ステータス、ステータス。


それは娘の私に対しても同じ。飾れ飾れ、ステータスを身に付けろ。


習い事で埋め尽くされたスケジュール。ピアノ、水泳、書道、英会話、学習塾、etc.
習い事が終われば次の習い事の準備、予習と復習、学校の宿題だってある。
例えばスイミングスクールで仲良くなれそうな子がいたって一緒に遊ぶ暇がなければ、会ったら会話を交わす顔見知り以上の関係にはなりようがない。

私が住んでいたのは庭付き一軒家、結構良い感じの二階建て。その二階の子供部屋。
ピアノの教本や英単語帳、大量の宿題で埋め尽くされた勉強机のそばの窓からは、近所の公園が見渡せた。
いつもいつも、同い年くらいの子供たちが楽しそうに遊びまわってた。

鬼ごっこ、かくれんぼ、大なわとび、グリコじゃんけん。私はどれもやった事がない。だけどやり方は知ってるの。ずっと窓から見てたから。

そんな私が小学校高学年になった頃、英会話教室の帰り道。偶然足元に野球ボールが転がってきた。


私はそれを投げ返して…始めて野球に触れた。

地元の少年少女野球クラブ…って言っても、リタイアしたお年寄りが暇な子供を集めて野球を教えてるぐらいの、公園のフェンスに囲まれてやってるようなお遊びレベルの、あったかい集まり。

そんなチームのおじいちゃん監督が、私の投げ方をびっくりしちゃうぐらい褒めてくれた。そして、私の両親に野球をやらせるべきだと話をしてくれた。
あのおじいちゃん監督、結構好きだったな。名前は…忘れちゃった。ごめんなさい。


最初は難色を示していた両親も、説得に折れて私が野球を始める事を許してくれた。もちろん、習い事は減らさずに。
父も母も、私を『自慢の娘』にしたくてたまらなかったんでしょうね。

ああ、両親の事が嫌いかって聞かれると、そういうわけじゃないわ。やりすぎな節があっただけで、愛情がなかったわけじゃない。だからって好きかと聞かれると…困っちゃうけれど。




『二番 センター 矢澤さん』


にこ(俊足の凛にストレートの四球…。綺羅ツバサ…なんだか、朦朧としてる?)




―――私はメキメキと頭角を現していった。


何ヶ月も経たないうちに、クラブの中で一番上手い子供になった。
クラブにようやく馴染んで、友達ができそうだと思った頃、両親はその見栄を満たす方法を私の野球の中に見い出したみたい。

クラブを辞めさせられ、リトルリーグの強豪チームへ。

気分一新、そこで友達を作ろう…なんて考えたけど、バカだった。
年下の、しかも女の子。それが上級生顔負けのボールを投げてあっと言う間にエースに。みんなが面白く思うはずがない。
子供の頃から本格的に野球をやってる子って、負けん気の強い子が多いしね?

チームの監督は徹底した勝利至上主義だった。
意図的に偏った起用で子供たちの対抗心を煽り、チーム内の切磋琢磨と上達を促す方針。……たかが子供の野球なのにね。

とにかく強いけど、とても仲の悪いチームだった。だから、私は野球の技術を磨く事に没頭した。

上手くなるにつれ、監督、両親、周りの大人たちが嬉しそうに言葉を掛けてきた。


勝て、勝て、勝て。

野球の才能がある。お前は天才だ。『その他大勢』の選手とは違う。

負けるな、お前の野球には価値がある。お前のピッチングには価値がある。

私の価値は野球にある。野球が上手な事が綺羅ツバサのアイデンティティ。


じゃあ今、『その他大勢』の選手に負けた私の価値は…?



…スパン

ボール!フォアボール!!



【実況】
『連続フォアボール~!!!
ピッチャー綺羅、やはり様子がおかしいか!気落ちは隠せず!制球が定まりませーん!!!』



にこ(114km/h…ボールにまるで体重が乗ってない…)

―――UTXに入ってからも、私の環境は大きく変化しなかった。四軍制の厳しい競争社会。


…いや、少しは違ったのかな。うちの監督…名前はええと…そう、新井。
あいつの事は嫌いだけど、四軍まで全員の顔と名前、誕生日をちゃんと覚えてるらしいし、慕ってるチームメイトも多いから、きっと悪い奴ではないんだと思う。

そして…

理屈屋な英玲奈と、腹黒あんじゅ。

私の何を気にいったのか、二人揃ってやたらと絡んできてくれた。
悪い気分はしなかったし、名前を覚えられるぐらいに野球も上手かったから、ずっと一緒につるんできた。

……初めての友達、と呼んでいいのかな。本当はわからないんだ、友達を作った事がなかったから。

でも…うん、今わかった。私は二人の事が大好き。

大好きだよ、英玲奈、あんじゅ。

でも、二人に素直にそう伝えるには、二人の優しさに応えるには、私の心からは何か大切なものが欠落していて。

『野球が上手い』というアイデンティティを失った私は、あまりにも無価値で。



結局、私は何がしたかったのか。



今、思い出したの。

子供の頃、私がずっと窓越しに眺めていた…公園で遊ぶ三人組の女の子たち…

その中で一番元気で、キラキラしてて、誰にでも「遊ぼうよ」と手を差し伸べてる、太陽みたいな女の子…

10年…もっとかな?…それぐらい昔の記憶、もう決して手に入らない煌めき。

あの日、忘れていったゴムボール。今でもずっと持ってるんだ。

ああ…ずっと、ずっと夢だった…私もあそこに飛び出していって…



穂乃果「ツバサちゃんっ!」


ツバサ「……穂乃果、ちゃん…?」


すぅぅっ…


穂乃果「遊ぼうよっ!!!」


ツバサ「……!うんっ……!!!」



『三番 サード 高坂さん』

わかったよ…わかったんだ、ツバサちゃん。

私たちが遊んでいた公園のすぐそば、おしゃれな屋根のおっきなおうち。その窓からこっちを見てる、お人形さんみたいに可愛い女の子。

あれが、ツバサちゃんだったんだね!

ずっとずっと、言いたかった。一緒に遊ぼうって。

言えなかった…聞こえないだろうと思って。断られるのが怖くって。

ごめんねツバサちゃん…10年以上かかっちゃったけど…。

今、来たよ!




真姫「肘の壊れたことりはもう投げられない。肩を痛めた絵里も同じ!」

にこ「二人だけじゃない。少ない人数で戦ってきたにこたちは、もう全員が体力の限界…!」

花陽「このまま同点でこの回が終われば、次のピッチャーがビッグイニングを作られて勝負が決まっちゃう…!」

希「アルカナの暗示は『世界』(The World)!意味は成就、完成、完全!」

絵里「だからこの打席が、正真正銘この試合の行き止まり!」

凛「やれるよ!絶対に!絶対に!!」

海未「穂乃果なら!」
ことり「穂乃果ちゃんなら!」




穂乃果「ツバサちゃん!!!」


ツバサ「穂乃果ちゃん!!!」





「勝負よ!!!」「勝負だよっ!!!」






―――そして、最後の一球は……

♯エピローグ



凛「それではそれではぁ~?」
花陽「音ノ木坂学院の優勝を祝してぇ~!?」

にこ「決勝戦でマルチヒット&1四球をマークしたウルティメイトにこにー様の武勇伝講演会を開始したいと

全員『かんぱーい!!!!!!!!』

にこ「かんぱぁぁぁい!!!!」



【TV】
\~~で行われた決勝戦は最終回、二年生キャプテン高坂のサヨナラスリーランで…~~/



希「焼肉やん!!焼肉やぁぁん!!」

にこ「しかも食べ放題っ!!食べ放題!!いい響きよねぇ~…庶民の味方!!」

ことり「デザートもいっぱいあるねぇ~♪」

花陽「ごはんも食べ放題!取りに行こっ?ことりちゃんのお皿は私が持ってあげるね♪」

にこ「…で、打撲で済んだ絵里はともかく、ことりは病院に行かなくていいわけ?」

真姫「本人が鎮痛剤を使ってでも祝勝会に参加したいって言うんだから仕方ないでしょ。ま、明日すぐにうちの病院で見るし、もし何かあっても保護者席に私のパパもいるし大丈夫よ」

ことり「うふふ~、スジっぽいお肉を食べたら靭帯が復活したりしないかな?」

にこ「じ、靭帯ジョークやめなさいよ…エグいから…」

希「ヒデコちゃんたちがいないけど、どうしたん?」

穂乃果「んー何度も連絡してるんだけど…なんか広報?とか色々やってくれてるみたいで。忙しいから9人で楽しんでねーって」

にこ「裏方根性が染み付いてんのねー!そんなんじゃダメよ!これからはあの三人もガンガン試合に出てもらう事になるんだから!」

希「次は無理矢理にでも連れてかんとやね。ふふっ、ワシワシしちゃおうっと」

絵里「それにしても、スタミナ野郎…ハラショーな店名ね」

凛「ゼリー焼っくにゃー!!」

絵里「ぜ、ゼリー?」

海未「剥き出しで置いてある取り放題の生肉…衛生面は大丈夫なのでしょうか…」

穂乃果「海未ちゃんってば心配性だなぁ、平気平気ぃ~!」

ペラッ
希「タロットは『死神』…女子高校野球優勝校、祝勝の夜に食中毒で全滅っ…!全滅っ…!」

ガタッ!!
海未「出ましょう!!店を出るのです!!今すぐにッッ!!」

希「ちょ!冗談っ!冗談やってぇ!!?」

凛「穂乃果ちゃん穂乃果ちゃん、卵あったからこっちの甘ダレと生肉で混ぜてユッケにして食べるにゃ~」

穂乃果「おお、組み合わせマジック!凛ちゃんってばアイデアウーマン!!」

海未「いけません!!やめなさい!!やめてくださいっっ!!」

真姫「……品のない店ね。ねぇ、パパがもっと高い店に連れてってくれるって行ってるけど?」クルクル

穂乃果「じゃあ明日はそれに行こう!!」

ことり「お母さんもごちそうしてくれるって言ってるよ」

穂乃果「明後日はそれだね!!!」



理事長「みんな、楽しんでるかしら?」

ことり「あっお母さん!」

穂乃果「理事長カントクぅ!ねえねえ、こっちで一緒に食べようよー!」

にこ「ウェルダン?ミディアム?それともレアで?肉を完全!完璧な焼き具合で提供させていただきますぅ!この矢澤が!矢澤にこが!だから内申点を!」

希「あ、ここ席空けますよ~?」

理事長「うふふ、私はあっちで保護者の皆さんと楽しんでるから気にしないで♪」

ことり「あ、お母さんってばお酒のビンなんて持ってる」

理事長「今日くらいは、ね♪」

絵里「ふふ、ご機嫌ですね」

理事長「ご機嫌よ♪それでね、みんなに伝えておかなければいけないことがあるの…」

穂乃果「えっ…」
絵里「な、なんですか…?」

理事長「廃校は…」

穂乃果・絵里「「廃校は…!?」」

理事長「………なくなりましたぁ~♪」

穂乃果「えっ、ええっ…?」

絵里「ましたぁ~って…」

希「ノリ軽っ!?」

理事長「ふふ…やっぱりね、野球の注目度は凄かったの。来年度の入学に関する問い合わせが殺到。OBからの寄付金も多数。
モチベーションが下がるかもと、伝えていなかったのだけど…本当は決勝よりも前に、廃校の撤回は決まっていたのよ」

絵里「そうだったんですね…良かった…」

理事長「本当に、ありがとうね。あなたたちは音ノ木坂学院の…そして、私たち親の誇りです。
それじゃあ、胃もたれしない程度に楽しんでね。明日か明後日か、私のお金でもっといいお店にも連れて行きますからね。ふふっ」トン

穂乃果「ご機嫌だったねぇ…」

にこ「千鳥足ね」

海未「酒瓶も置き忘れて行きましたね…」

絵里「……さて、今日で私たち三年の野球はおしまい。この9人でこうやってゆっくり集まれる事も少なくなっちゃうのかな…」

海未「絵里…」

凛「絵里ちゃん何言ってるの!夏が過ぎてもやれるスポーツなんていくらでもあるんだよ!」

穂乃果「昨日テレビで見たんだけどね!競歩って奥が深いみたいだよ!」

真姫「なんでよりによって競歩よ…」

海未「穂乃果!凛!三年は受験勉強をしなくてはいけないのですよ!」

にこ「それに、アンタたちは野球まだまだ続けてくんでしょ?練習しなきゃダメよ。追われる立場になるんだから」

穂乃果「うー…」
凛「でも…」

海未「……ですから、受験の合間の息抜きになるよう、野球部と兼ねて!登山部を立ち上げましょう!登山ならば我々の体力底上げにも極めて有効!」

希「ひえっ…」
凛「目がマジにゃ…」

花陽「いえ!料理研究部で白米を極めましょう!野球にも勉強にも良質な食事は大切…まずは究極の土鍋炊きからっ!」

にこ「あ、タッパー持参してよければ料理研究部に一票よ」

希「ウチはオカルト研究部がいいなぁ。絵里ちを先頭にして心霊スポット巡りへGO!」

絵里「そっ、それだけは嫌よぉ!?」

花陽「ご飯おかわりに行ってきまぁす!」モグモグ

凛「はいにこちゃん、葉っぱでお肉包んであげたよ」

にこ「なによ、凛のくせに気が利くじゃない。やっとアンタにも先輩を敬う心ってやつが出てきたのねぇ~!あと葉っぱじゃなくてサンチュっていうのよ。いただきます、はむっ。…って!辛っ!辛ァッ!」

凛「引っかかった引っかかった!この店秘伝の激辛味噌をたっぷり挟んであげておいたにゃー!」

花陽「ご飯おかわりしてくるねっ!」モグモグ

にこ「ギャアア!?口が燃える!熱い!あ、でもコレすごい美味しいかも…やっぱ辛いっ!でもウマイ…ああ辛いぃぃ!」

絵里「最低で最高の辛味噌…」

真姫「…エリー、何言ってるの?」

花陽「ご飯おかわり欲しい人いる?ついでについでこよっか!」モグモグ

希「は、花陽ちゃん…それ何杯目のおかわり?」

花陽「えっと…14?」モグモグ

希「……ま、気にせんとこ。お肉おいし~♪」モグモグ

海未「希!焼きが足りませんよ!食中毒になっては大変です!!赤さがなくなるまでやくのです!!むしろ黒くなるまでっ!!!」

真姫「……こんなものが本当に肉なの?ゴムみたいだし臭みもあるし…」モグ…


穂乃果(えへへ…みんなみんな、穂乃果がイメージしてた通りの事してる。楽しいな、楽しいなっ♪)

穂乃果「……って!ぅ絵里ちゃん!!!」

絵里「なっ、何?穂乃果」

穂乃果「ロシアうんちく言ってよロシアうんちく?!絵里ちゃんだけノルマ未達成なんだよ?!」

絵里「何の話!?え、ええと…マトリョーシカの起源は日本かもしれない、って説があるの。と言うのもね?」

穂乃果「あ、もういいよ!ノルマ達成ありがとうっ!」

絵里「ええっ!?さ、最後まで語らせてよぉ!」

穂乃果「さあ、これで心置きなく…ねえ真姫ちゃん!穂乃果はしゃとーぶりあんが食べたいよ!」

真姫「シャトーブリアン?こんな店には置いてないでしょ」

穂乃果「ええっ!?私の完璧なディナー計画がぁっ!!しゃとーぶりあん!しゃとーぶりあんお願い!!しゃとーぶりあんー!!」

真姫「ヴぇえ!?フザケナイデ!そもそも、なんで私が!」

穂乃果「穂乃果サヨナラホームラン打ったじゃん!ご祝儀だと思って!」

真姫「私だって同点ホームラン打ったわよ!学年で言えば穂乃果が私におごるべき!」

花陽「ご飯おかわり行くねぇ~!」

穂乃果「わかったわかった、後でガムおごるからさぁ~」

真姫「いらない!っていうかそれお会計でもらえるガムをくれるだけのつもりでしょ!?」


ことり「……」

花陽「ことりちゃん、さっきから静かだけど…」モグモグ

凛「大丈夫にゃ?」

真姫「ことり?もしかして腕が痛むの?やっぱりすぐに病院へ行った方が」


(・8・) 「ワタシはことり神」
(・8・) 「一年生の皆さん。そこに並んでください」

花陽・凛・真姫『え?』


(・8・) 「あなたたちは可愛すぎます。重罪です」

(・8・) 「あなたたちをことりのフルコースにします。凛ちゃんは前菜。花陽ちゃんはサラダ。真姫ちゃんはスープです」

花陽・凛・真姫(ガクガクブルブル)


チュンチュンチュンチュンチュンチュン!

ピャアアアア!!!
にゃああああ!!!
ヴェエエエエ!!!


にこ(ちょっ、ことりが悪質なキス魔に…!どうなって…)

絵里(あら?この瓶は何かしら)

にこ(理事長が置いていったやつでしょ?)

絵里(…ええと、紹興酒…)

にこ(……さっきことり、このジュースなんだろ?おいし~♪とか言って…)

絵里(でもこれ、空っぽ…)

希(アカン)


(・8・) 「三年の皆さん」
(・8・) 「可愛すぎます」


ハラァアアア!!!
やぁあああん!!!
にこぉおおお!!!


(・8・) ギロッ


海未「ひっ…こ、ことりがこっちを向いて…!」

穂乃果「さらば海未ちゃん!三十六計逃げるになんとか!!」ダダッ!!

海未「あっ卑怯ですよ穂乃果!あとそこまで覚えてるならちゃんと最後まで言いなさ(・8・) 「海未ちゃん」


う゛ぁああああ!!!

~店外~


穂乃果「おー怖っ。海未ちゃん囮作戦大成功だよっ」

穂乃果「ふぅ、夜風が気持ちいい…」


ツバサ「―――キャッチボールをしたあの夜みたいね…穂乃果さん」


穂乃果「あっ…!ツバサさ…!……じゃなかった、よね」

ツバサ「…そうね、ふふ。間違っちゃった」


穂乃果「ツバサちゃん」
ツバサ「穂乃果ちゃん」


穂乃果「えへへっ」
ツバサ「ふふっ…」


英玲奈「こんばんは、高坂さん」

あんじゅ「こんばんはぁ」

穂乃果「あ、英玲奈さん!あんじゅさん!こんばんは!えっと…今日の試合は」

英玲奈「ああ、本当に…いい試合だった」

あんじゅ「優勝、おめでとう」

穂乃果「えへへ…ありがとう」

ツバサ「……」

ツバサ「あの、ね…?
……穂乃果ちゃん、私とあなたって…」
穂乃果「友達だよ」

ツバサ「……!」

穂乃果「友達だよ、ツバサちゃん!」

ツバサ「うん……うん…っ!
……あの…英玲奈、あんじゅ…二人も、私の…」

英玲奈「当たり前だろう」
あんじゅ「ふふ…今更?」

穂乃果「それにツバサちゃん!穂乃果との約束…まさか忘れてないよね~?」

ツバサ「約束…」

穂乃果「私や英玲奈さんあんじゅさんだけじゃないよ!音ノ木坂のみんなとも友達になろう!そしてまたみんなで!野球をしようよ!」

ツバサ「うん…うんっ…!」

ガシィッ

穂乃果「んん…?もう!爽やかな話をしてるのに背後から肩を掴んで邪魔するのは誰かなぁ!」


(・8・)「唇を捧げよ」


穂乃果「こ……ことり神様!」


海未「……逃げましたね?穂乃果」


穂乃果「なんかキスマークまみれになってて破廉恥な海未ちゃん!」

海未「……希からの言伝です。『高坂脱走兵、貴様に焼肉大食いデスマッチを申し込む!逃げたら…三年生一同、ジェットストリーム生ワシワシ行くよぉ~?』だ、そうです」

(・8・) 「おら、戻るぞハノケ!」ガシィ

穂乃果「ちょ、キャラ!キャラ崩壊やばいよことりちゃん!?海未ちゃんも目が据わってるし!!
ああああああ!!!ツバサちゃーん!今度ご飯行こうねー!英玲奈さんもあんじゅさんもぉぉぉぉ…」ズルズルズル…


ツバサ「……ふふ、嵐みたいに行っちゃった」

あんじゅ「ほんと、楽しそう。いいチームね、音ノ木坂って」

英玲奈「ああ、本当にな…」

英玲奈「そういえばあんじゅ、絢瀬絵里が東條希に付き添われて謝りに来たあの後…二人で話をしていたが、結局どうなったんだ」

あんじゅ「……ジュースをね、奢ってもらったわ」

英玲奈「フフ…そうか、良かったじゃないか。学生らしくて」


ツバサ「……ぅ…っ……」


英玲奈「おい、ツバサ…」

あんじゅ「大丈夫…?また、どこか痛むの?」

ツバサ「…うう…っ…ぐす…ひっく…」ポタ…ポタ

英玲奈「泣いてる…のか…?」

ツバサ「…悔しいよぉ…勝ちたかったよぉ…!」ポロポロ

あんじゅ「ツバサ…っ、そうね…そうだね…っ…」ポロポロ

英玲奈「私も…勝ちたかった…お前たちと一緒に…っ!」ポロポロ


ツバサ「ひっく…ひっく…っ……、ヤケ食いよ…!英玲奈!あんじゅ!それに……佐藤さんや、野球部のみんなと!一緒にヤケ食いに行こうっ!!」


英玲奈「……ツバサ!!名前…っ、ああっ…そうしよう…!そうしよう!」

あんじゅ「ツバサ…!ツバサぁっ…!!よかった…よかったぁ…!本当に…!」

穂乃果「ツバサちゃああああんんんん!!!!!」

ツバサ「え、戻ってきた…?」

英玲奈「口に焼肉がねじ込まれたまま喋ってるな」

ツバサ「ええ…頭にゼリーが乗ってる…」

あんじゅ「器用な子…」

穂乃果「ツバサちゃんっ!」ゴソゴソ

ツバサ「なに?穂乃果ちゃん」

穂乃果「これ!」

ツバサ「あ、ゴムボール!」


穂乃果「キャッチボール!もう一球、行くよっ!!!」


ツバサ「……うんっ!穂乃果ちゃんっ!!!」




fin?

♯おまけ


花陽「た、大変ですっ!!!!」

穂乃果「私たちが…」

全員『アメリカで試合~!!!???』


にこ「し、しかも!μ'sと新井ズの合同チームゥウウ!!!?」

ツバサ「待たせたわね…!不世出の天才スーパースターこと…綺羅ツバサちゃんwith他二名のお出ましよッ!!」

英玲奈「おいこら」
あんじゅ「抓るわよ?」

にこ「若干キャラ被りぃ!!??」



花陽「四六時中パンパンパン!グルテンの塊ばかりを食べ続ける愚鈍な毛唐どもにジャパニーズライスパゥアを思い知らせてやるの!!」

凛「凛はボディビルダーになったかよちんも好きにゃ~」



英玲奈『メインシステム 戦闘モード起動』

海未「英玲奈!貴女まさか!?」



穂乃果「ことりちゃんがロボトミー手術!?」

真姫「トミージョンだって言ってるでしょ!!」



希「せっかくだから色々楽しみなさい、だって」

絵里「だって♪」

あんじゅ「ねえ絵里…あなた今、わかってなかったでしょう?」

絵里「!?」



ことり「もう一度…もう一度…!」




『μ's!!!!!!!!!』

『アンド~?』

『新井ズ!!!』



全員『ベースボール!!!スタート!!!』


穂乃果「野球で廃校を救うよ!」~ワールドシリーズ~    coming soon…\デデェン/

♯おまけ2

最終戦スコアシート(描写分のみ)

http://i.imgur.com/0i5w4oy.jpg
http://i.imgur.com/UHUmiZw.jpg

♯おまけ3

音ノ木坂ナイン個人打撃成績


【星空凛】

.310 0本 1打点 6盗塁

【詳細】
打席 30
打数 29
安打 9
二塁打 2
三塁打 1
打点 1
三振 11
四死球 1
盗塁 6
打率 .310
出塁率 .333
長打率 .367
OPS .700


【矢澤にこ】

.263 0本 1打点

【詳細】
打席 29
打数 19
安打 5
二塁打 1
打点 1
三振 4
四死球 7
犠打 3
打率 .263
出塁率 .462
長打率 .316
OPS .778


【高坂穂乃果】

.346 3本 11打点

【詳細】
打席 29
打数 26
安打 9
二塁打 3
本塁打 3
打点 11
三振 8
四死球 3
併殺打 3
打率 346
出塁率 .413
長打率 .808
OPS 1.221

【絢瀬絵里】

.478 1本 5打点 2盗塁

【詳細】
打席 27
打数 23
安打 11
二塁打 3
三塁打 1
本塁打 1
打点 5
三振 3
四死球 4
盗塁 2
打率 .478
出塁率 .556
長打率 .869
OPS 1.425


【東條希】

.423 5本 9打点 1盗塁

【詳細】
打席 28
打数 26
安打 11
二塁打 3
本塁打 5
打点 9
三振 6
四死球 2
盗塁 1
併殺打 1
打率 .423
出塁率 .464
長打率 1.036
OPS 1.5


【園田海未】

.400 1本 6打点 1盗塁

【詳細】
打席 26
打数 20
安打 8
二塁打 1
三塁打 1
本塁打 1
打点 6
三振 4
四死球 3
犠打 2
犠飛 1
盗塁 1
打率 .400
出塁率 .458
長打率 .700
OPS .1.158

【小泉花陽】

.238 0本 2打点

【詳細】
打席 25
打数 21
安打 5
打点 2
三振 2
四死球 2
犠打 1
犠飛 1
併殺打 1
打率 .238
出塁率 .292
長打率 .238
OPS .530


【南ことり】

.250 0本 0打点

【詳細】
打席 25
打数 24
安打 6
三振 6
四死球 1
打率 .250
出塁率 .280
長打率 .250
OPS .530


【西木野真姫】

.091 1本 2打点

【詳細】
打席 25
打数 22
安打 2
本塁打 1
打点 2
三振 15
四死球 2
犠打 1
併殺打 1
打率 .091
出塁率 .167
長打率 .227
OPS .394

終わり

>>380のスコアシートを作ってくれた元スレ>>771ありがとう!

メジャー編期待やな
復活のことりの新魔球「ぶる〜べりぃとれいん」
花陽のゾーンディフェンスと英玲奈のID野球の鉄壁守備
あんじゅ、希、穂乃果によるクリーンナップATK
先発つばさからの抑え守護神ことり
高坂・綺羅のKKコンビ結成
強い(確信)

一年組はなんやかんやで三年それぞれの系譜を継いでそうだな
にこ(小技)系統の花陽
絵里(巧打)系統の凛
希(長打)系統の真姫
真姫ちゃんにはドカベン岩鬼並の潜在能力を感じる

オカルト外人モードの希はカブレラばりの鬼スイングしてそう

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年08月16日 (日) 04:42:02   ID: 0-gU4ntP

これラ板でやってた時に読んだけど最高だった

2 :  SS好きの774さん   2015年08月16日 (日) 11:54:16   ID: ncpyrsxM

全員活躍してて楽しかった

3 :  SS好きの774さん   2015年08月16日 (日) 14:53:49   ID: EUAIuRqX

魔球ぷわぷわーおワロタ

4 :  SS好きの774さん   2015年08月16日 (日) 23:54:44   ID: RDSgiTQc

傑作

5 :  SS好きの774さん   2015年08月17日 (月) 09:39:39   ID: FNT56dOD

一気読みしちゃった
とってもいいSSでした

6 :  SS好きの774さん   2015年08月18日 (火) 01:56:47   ID: YHonlDKU

笑いも涙も燃えもある名作。
今みで読んだSSで最高に面白かった。

7 :  SS好きの774さん   2015年08月19日 (水) 00:37:08   ID: 6aJkzP9b

A-RISEの魅力たっぷりで大満足

8 :  SS好きの774さん   2015年08月19日 (水) 13:52:07   ID: y0JtPr8T

すっごい熱かったし決着も綺麗で終わりも清々しくていいね!辛辣ちんきゃわわ

9 :  SS好きの774さん   2015年08月19日 (水) 20:42:04   ID: C2J-hSeB

クソ熱くて感動した
えれぱなという新たな可能性にも感謝

10 :  SS好きの774さん   2015年08月19日 (水) 22:41:29   ID: F9Jh_GqY

ギャグとシリアスを間髪入れずに交互に押してくる感じがミスフル思い出して楽しかった
あの漫画をもっと洗練させたような読み味の傑作やね
ミスフルの作者はあんまり野球詳しくなさそうだったけどこっちは描写がガチだし

11 :  SS好きの774さん   2015年08月20日 (木) 00:21:17   ID: RkWJXLPv

※10
わかる

12 :  SS好きの774さん   2015年08月20日 (木) 02:48:07   ID: 9-I7HrB1

仲間のために新井ズを脅迫するエリチが素敵すぎる
3349800点

13 :  SS好きの774さん   2015年08月20日 (木) 21:28:21   ID: 2kHP_HaM

笑いあり涙あり激燃えありで最高のスポ根だった!
もうちょっと真面目に部活頑張ろうかな

14 :  SS好きの774さん   2015年08月20日 (木) 22:27:04   ID: 9NCOG-yT

はっきりと実力が上の相手に盤外戦術連発で立ち向かうμ'sが本当に素敵
使えるものはマスコミやネットまで利用してやろうって姿勢が最高に格好いい
そして勝つために手段を選ばない姿勢がより強く友情を感じさせる

友情・努力・卑劣・勝利って感じの大人向けスポ根だった

こんなしょうもない長文感想を書きたくなっちゃうレベルで傑作でした

15 :  SS好きの774さん   2015年08月22日 (土) 14:05:42   ID: lnrx3Ijh

最高。ワールドシリーズはよ

16 :  SS好きの774さん   2015年08月22日 (土) 14:57:58   ID: _KBU5JKC

このSSみんなめっちゃ可愛い
けどみんなマッチョなんだよな…

17 :  SS好きの774さん   2015年08月24日 (月) 01:24:46   ID: Co_ZrJAe

このSS完っ全にフルハウス

18 :  SS好きの774さん   2015年08月24日 (月) 03:21:05   ID: GMWMXhLW

続きはよ、とか言わないから最高の続編を頼む

19 :  SS好きの774さん   2015年08月25日 (火) 02:34:43   ID: HlzeZPh9

みんな良かったけどツバサちゃんの天才描写が説得力と凄味があって良かった

20 :  SS好きの774さん   2015年08月25日 (火) 23:50:30   ID: _8WG7FbH

穂乃果vsツバサ格好いいな
アニメで見たい

21 :  SS好きの774さん   2015年08月25日 (火) 23:54:34   ID: whKsLd5V

μ's+A-RISEの映画版オールスター感がやばい
海未と英玲奈を同時起用したオーダーとか見てみたいけどポジション被りがな〜

22 :  SS好きの774さん   2015年08月26日 (水) 00:24:58   ID: YmLRlM6U

1凛 2にこ 3ツバサ 4穂乃果 5あんじゅ 6希 7絵里 8英玲奈 9花陽とオーダー予想

海未ことり真姫は控えで

23 :  SS好きの774さん   2015年08月26日 (水) 01:49:39   ID: 2NbssG0K

※22
にこと凛は下位だろ
この面子なら盗塁とバントに頼る必要ないし

24 :  SS好きの774さん   2015年08月26日 (水) 02:39:45   ID: wU32AepL

ツバサちゃんも走力Aだし一番起用もありなはず
一番ツバサ
二番エレナ
三番あんじゅの核弾頭トリオA-RISE

25 :  SS好きの774さん   2015年08月26日 (水) 03:58:48   ID: Opef8ZhK

一番 凛
二番 にこ
三番 あんじゅ
四番 穂乃果
五番 花陽
六番 絵里
七番 英玲奈
八番 希
九番 ツバサ

第一の矢あんじゅ、穂乃果と第二の矢の希、ツバサで切れ目なく点を取るダブルチャンス打線の完成や!

26 :  SS好きの774さん   2015年08月26日 (水) 11:33:30   ID: yr6wWYpS

>希(うわあ、声張り上げてる…雰囲気ブレイクしてくれそうなにこっちが来ないやろか。にこっちの膀胱に尿意を催す念を送ってみようかな)

ここののんたん好き

27 :  SS好きの774さん   2015年08月26日 (水) 17:31:02   ID: 8NiI2e1_

ツバサがライバルでラスボスでヒロインなんだな
複雑で魅力的でとても素敵だった

28 :  SS好きの774さん   2015年08月26日 (水) 20:08:05   ID: z4Ryi7El

※25
5番花陽が打線を寸断してるんだよなあ・・・

29 :  SS好きの774さん   2015年08月26日 (水) 23:19:01   ID: iAHqGuHb

決勝終盤以外のシリアスシーンでは必ず一歩引いた目線のキャラがいるのが面白くて読みやすい
※26の希ちゃんとか英玲奈を厨二呼ばわりする凛ちゃんとか

30 :  SS好きの774さん   2015年08月28日 (金) 23:46:53   ID: k-6-ol2u

野球μ'sは自分の中でもポジションイメージがあったけど見事に上書きされました
ことうみバッテリー最高や!!

31 :  SS好きの774さん   2015年08月30日 (日) 03:38:36   ID: kiySUDMT

面白い!手放しで拍手しちゃうぐらい
キャラの口調性格を完全に再現しつつ全キャラに見せ場を与え、本編で期待されてたシーンや本編とは違う可能性を見せてくれる完璧なエンタメ
ファンメイドの二次創作、SSってコンテンツの一つの完成系と呼べる作品やね

32 :  SS好きの774さん   2015年08月31日 (月) 05:26:15   ID: pWCT2K8C

今までに読んだSSで一番

33 :  SS好きの774さん   2015年08月31日 (月) 10:05:19   ID: VvZ5yzeI

μ'sとA-RISEを均等に活躍させた上で最後は穂乃果とツバサ
誰一人として株を下げる展開がない
アニメ脚本にも正直このバランスは見習ってもらいたい

34 :  SS好きの774さん   2015年09月02日 (水) 06:16:22   ID: rIb8MDeg

アニメ希の聖母キャラと漫画、ドラマCD希のお調子者キャラが上手にハイブリッドされてて希推しとして大満足

35 :  SS好きの774さん   2015年09月02日 (水) 14:31:58   ID: _XQADz5g

とても上質な本編ifモノ

36 :  SS好きの774さん   2015年09月04日 (金) 01:10:14   ID: Uj0HfKRf

ことりちゃんの熱投で目頭が熱くなった

37 :  SS好きの774さん   2015年09月04日 (金) 20:12:37   ID: GXhb2hlr

正直泣けた

38 :  SS好きの774さん   2015年09月05日 (土) 15:22:10   ID: wg0i3xPt

ラブライブSSってエロか悲しい話ばっかだけど、これは読み味が爽やかでいいね
熱いし笑えるし読み返したくなる名作

39 :  SS好きの774さん   2015年09月06日 (日) 15:07:38   ID: lYjwYU02

新井監督とかいう無能オブ無能

40 :  SS好きの774さん   2015年09月06日 (日) 23:52:45   ID: hBjtWwRp

ワールドカップ見ずにこっちを熟読しとったわ

41 :  SS好きの774さん   2015年09月07日 (月) 00:12:30   ID: TUxhS1wo

SS読んでこんな清々しい気分になったのは初めて

42 :  SS好きの774さん   2015年09月07日 (月) 23:18:33   ID: H_t6HF9D

A-RISEの敵役としてのキャラの立て方が凄まじく上手い
観戦してるツバサが穂乃果のホームランを確信して席を立つシーンとか素晴らしい
好感を持てるキャラ作りをして感情移入させつつ、ツバサの才能から来る記憶障害絡みで絶対的にμ'sに勝って欲しいと読み手が思える構図を練り上げてる
満点です

43 :  SS好きの774さん   2015年09月09日 (水) 13:12:44   ID: 7X482Ijd

それぞれ使われた応援曲を妄想して二度楽しめるな
チャンスにノーブラとか燃えそう

44 :  SS好きの774さん   2015年09月10日 (木) 11:44:55   ID: CrRDWP-L

野球好きだからたまらんかった

45 :  SS好きの774さん   2015年09月12日 (土) 22:44:21   ID: EuVCMMzv

真姫パパ直属のエリート患者は格が違うな

46 :  SS好きの774さん   2015年09月13日 (日) 16:08:29   ID: PS7WJ9bS

ことりちゃん最高にかっこよくてかわいくて凄い
海未にビンタのシーンは笑ったわw

47 :  SS好きの774さん   2015年09月14日 (月) 02:02:35   ID: RWHyhNvR

終盤の怒涛の燃え展開が印象に残りがちだけど、序盤の先輩禁止への流れとか自然で上手だと思った

48 :  SS好きの774さん   2015年09月16日 (水) 02:56:23   ID: KS5TnKqj

もしドラとかいう糞よりよっぽど勝てる理由がしっかりしてた

49 :  SS好きの774さん   2015年09月16日 (水) 20:50:36   ID: mkygcwLI

てょを安易にディスらないでくれてありがとう
今でも応援してるんや

50 :  SS好きの774さん   2015年09月16日 (水) 23:12:43   ID: _lUu-tX8

※49
今日勝てて良かったな

51 :  SS好きの774さん   2015年09月17日 (木) 16:49:02   ID: 4nBn_wPD

新井ズ可愛いな

52 :  SS好きの774さん   2015年09月17日 (木) 22:32:32   ID: Z4orQKLS

今までに読んだラブライブのSSで一番好き
死とか不仲とかのマイナスなネタじゃないのがいいね〜

53 :  SS好きの774さん   2015年09月23日 (水) 04:24:55   ID: 7XXZ4qM5

ここまで完璧に右肩上がりで盛り上がっていくSSって初めて見た
締め方も綺麗だしすごくいい

54 :  SS好きの774さん   2015年09月28日 (月) 16:14:07   ID: tc3ew63e

アニメ化希望

55 :  SS好きの774さん   2015年10月08日 (木) 02:09:51   ID: NNfLczgj

後味いいなあ

56 :  SS好きの774さん   2015年10月26日 (月) 14:28:40   ID: kmGd2Zxk

最高の名作でした

57 :  SS好きの774さん   2015年11月18日 (水) 06:59:34   ID: oweFKlX7

ツバサちゃんとかいうタチの悪いほのキチ大好き

58 :  SS好きの774さん   2015年11月22日 (日) 12:18:15   ID: 8rUod2jX

親組がみんな良い味出してる
特に園田ママは声付きで見たい

59 :  SS好きの774さん   2015年11月30日 (月) 09:49:13   ID: 0YfeT3L_

続編まだかな?超待ってる

60 :  SS好きの774さん   2016年01月28日 (木) 23:13:17   ID: sC7oPnXd

久しぶりに最高のssに出会った
面白い

61 :  SS好きの774さん   2016年02月05日 (金) 00:10:32   ID: 0km_oFgu

一回裏のかっこよさは異常

62 :  SS好きの774さん   2016年02月26日 (金) 21:31:18   ID: SBXOj5mU

右肩上がりに面白い

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