北上「今日は大根の日!」 (15)

 もう、春もそこまで来ているかのような暖かい日であった。

 その日、 球磨型軽巡洋艦3番艦・北上は休暇中であったが、特に予定もなくぶらぶらとしていた。

(あ~あ...大井っちが急に遠征行になるなんてねぇ...)

 同型艦であり、親友でもある大井は今朝がた提督から

「新入りの天城の育成を兼ねて遠征に出すため、監督艦として随行するように」

 との命令をうけ、遠征に出てしまっている。

(ちぇっ、せっかく午後から二人できんつばでも食べにいこうと思っていたのになぁ...)

 ただ、無性に暇であった。

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 そんな北上がぶらぶらと鎮守府の正面ゲートまでくると、何か騒々しい。

 ひょいと、ゲートの影から顔を覗かせると、正規空母・赤城と運送業者がやいのやいのと叫んでいる。

「だから、おかしいと言っているでしょう!どうして大根が3倍もきているのに、お米が半分しかないんですか!?」

「んなこといわれてもよ。あんたんとこの主計課さんからの発注伝票のとおりだんべ。ほれ、みてくんな」

「うぅ...確かに合っていますが...」

「ま、ともかくよ、文句なら主計課さんにな」

 そう言うと、運送業者の男は荷物を下ろして、車を出してしまった。

 苦々しげに赤城はつぶやく。

「うちじゃこんなに大根は使いきれませんよぉ...」

 物陰で北上はくすりと苦笑した。

 主計課の発注ミスはままある事で、半年前には馬鈴薯が3トンも届いて艦娘総動員で処理をしたものだ。

 苦笑を噛み殺しつつ、北上は赤城の手伝いをするために近寄ってゆく。

「やあやあ赤城さん、なにかお困りのようで」

「北上さん!大変ですよ!この間の芋地獄を乗り越えたと思ったら今度は大根ですよ!大根!はぁ...どうしよう、任務に出てる鳳翔さんがこれをみたら、またノイローゼで倒れるかも...」

(いや、ノイローゼの原因は貴女の食欲も含まれているんじゃないかな)

 赤城が一日で米を三俵空けた時の鳳翔の絶望感につつまれた顔が脳裏をかすめる。

「しかし、今回は大根ねぇ...」

 北上は何とはなしに大根を手にとる。

 下は真っ白で、上は青々としている。葉もみずみずしく、今朝とれたものだろうか。

 そのまま、がりりと下の方をかじる。

「うん、おいしい」

 身がしっかりと詰まっていて、甘辛い。いい大根だ。

「北上さんって大根お好きなんですか?」

 そう珍しがる赤城に

「んー...よく分かんない。なんか、ついかじりたくなった」

 答えてから、がりりと更にかじった。

 それから、赤城と北上は厨房へ食材を運びこんだ。

 赤城は先ほどから、調理場にある大根を見つめながらぶつぶつと「ふろふき」やら「田楽」やらと言っている。

 鳳翔が任務にでているため、調理は赤城の担当になる。

 赤城は今、献立を考えるという大変な事をしている。この大変さが分かるだろうか、出てくるものを食べるだけなら楽しいが、作る方になれば神経をすり減らして、飽きられないように、美味しく食べてもらえるように考え抜かなければならぬ。

 まさしく、産みの苦しみと云うものだ。

 そうやってうんうんと唸る赤城を、茶をすすりながら北上はさも楽しげに見ている。

「もう!北上さんもなにかアイデアをだしてくださいよ!」

 ぶうとすこし頬を膨らませて赤城が訴える。

「あはは、ごめんごめん。うーん...大根...あ、そうだ。大根めしなんてどう?」

「大根めし?」

「うん、それなら少ないお米でもたくさん食べられるからね」

 これを聞いた赤城の顔が、ぱあと明るくなる。

「たくさん食べられるなら私もお腹一杯なれますね!」

 割烹着を取りに走る赤城を見送りながら

(あれ、私いつ大根めしなんて食べたんだっけ)

 言い様のない感覚に、北上はいつしかとらわれていた。

「北上さん!おまたせしました!」

 戻ってきた赤城の声で、北上の意識は引き戻された。

「あ、ありがとう赤城さん。割烹着なんて久しぶりだなあ」

 思えば新任の頃以来である。

「北上さん、休暇なのに手伝っていただくなんて本当にすいません」

 申し訳なく言う赤城へ

「いーんだって、どうせ暇してたんだからさ」

 どこか、虚ろげに答える北上であった。

 二人は割烹着を着込み、調理に取りかかる。

 まずは大根めしからだ。

 大根は皮をむき、細かに切る。油揚げも細長く切っておく。

 次に米を研ぎ、炊く。量は少な目の5合だ。

 米を炊いている間に、フライパンにごま油を熱し、大根を炒める。

 焦げ目がついてきたらみりん・しょうゆを加えて更に炒める。

 大根が色づいてきたら油揚げとかつお節を加え、照りがでてくるまで煮詰める。

 炊き上がった飯に、炒めた大根を混ぜ込めば大根めしの完成だ。

 これに、葱をたっぷりと混ぜた卵焼きに、豆腐汁、浅蜊の酢味噌あえを用意すれば今日の晩の献立となる。

 二人は日が薄暗くなるまで、独楽鼠のように厨房を動き回っていた。

 今、北上と赤城の前には、ほかほかと湯気をあげる夕飯が並んでいる。

 まだ、規定の食事時間より2時間前であるが、これは調理者が味見と毒味をするという、決まりによるからだ。

「北上さん!早く、早く食べましょう」

 赤城の目が爛々と輝いている。

「おかわりはなし、足らなかったらみんなの後で食べること。いいね?」

「わかっていますよう!さ、はやく!」

 静かに手を合わせ

「いただきます」

 大根めしをひとくち食べる。

 しょうゆの香りと、ごま油の香ばしい香りがふわりと広がり、大根の甘みが米の甘みと合わさって

「おいしい…」

 自然と二人はそう口にしていた。

 元は貧しい農村で食べられていた素朴な料理ではあるのだが、きちんと作れば病みつきのうまさだ。

 赤城はよほど気に入ったのか、一口二口と箸がすすみ、あっというまにどんぶりの半分を食べた。

 北上の口にもこの大根めしはよく合った。

 しかし、何故か心が晴れぬ。いや、何かが胸につかえている。

「あれ、どうしたんですか北上さん。もしかして、お口に合わなかったですか?」

 そう、問いかける赤城へ

「よく、わかんない。おいしいのになんか、つっかえるような…」

 その答えを聞いた赤城は、じっと大根めしに眼を落とし、低い声で

「北上さん、貴女、艦娘になる前の事は覚えてますか」

 北上はその言葉にひどく、動揺した。

「あ…お、おぼえてないよ、おぼえているわけないじゃない…あ…」

 北上にはようやく分かった。先程からの言い知れぬ胸のつかえの原因が。

「分かったみたいですね、多分、北上さんは艦娘になる前は大根めしをよく食べられていたんじゃないですかね。ほら、私たちって昔の事を思い出そうとすると拒絶反応がでるでしょう」

 ぴしゃりと言う赤城の言葉は、すうと北上の心に染み込んで、得心を与えていく。

「うん、多分、そうだと思う。大根をかじったのも多分、体が覚えてたんだろうね」

 北上の眼が熱くなる。

「北上さん、お辛いようでしたら後はもう...」

 北上はかぶりを振って答えた。

「食べる、こんなに美味しいもの残したら、ばちがあたって怒られちゃうよ」

 昔もこんな事を言われていたのだろうか。

「それに、私、自分のかけらをやっとこさ見つけたんだからさ。今日はお祝いしないとね!」

「…はい!」

 甘辛くて美味しい大根めしは、少しだけしょっぱかった。

おわり

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年08月12日 (水) 14:38:22   ID: 3_K_rmkr

イイハナシダナー

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