提督「すれ違い」 (22)
提督「榛名と付き合ってもう長い。しかし、最近の榛名は様子がおかしいように思う」
提督「何か俺に隠れてコソコソしていて、そこで俺が出て行くと疚しさを隠すためか、妙に空々しい文句を並べたてる」
提督「浮気に違いない。許せん! だから榛名を尾行する!」
榛名「提督と男女の交際をさせてもらって長いです。でも、最近の提督は少し変な気がします!」
榛名「お忍びのような雰囲気で周りを気にしていることがあって、そこで榛名が声をかけると、幽霊に遭遇したかのように肩を震わせて飛び上がります」
榛名「浮気に違いありません! 勝手は榛名が許しません! なので提督を尾行します!」
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提督「いた! 榛名だ! やはり今日もコソコソしていやがる。今日という今日は密会相手を突き止めて白黒はっきりつけようじゃないか!」
榛名「いました! 提督です! 身をやつして隠れているつもりでしょうが、榛名の目は誤魔化せません! さあ提督の後ろ暗い所を白昼のもとに晒してください!」
提督「何か言っているようだ。しかし、距離が遠い。声が聞こえるように近づくか」コソコソ
榛名「あ! 提督が動き出しました! 撒かれてなるものですか!」コソコソ
提督「榛名も動きだしたか。あの足音を立てないように注意したキャットウォーク、やはり何かあるな」
榛名「提督のあのスニーキング、敵を背後から刺し殺そうという密かな殺気じみた緊張感があります。よっぽどのことです!」
提督「―――――時間だけが徒らに過ぎていく。余程周囲を警戒しているようだな」コソコソ
榛名「目的地はまだですか。歩いた距離の長さ的にいいかげんにして欲しいです」コソコソ
提督「………もしかしたら、何かサプライズパーティーでも計画しているのではないか。浮気にこれだけ注意の時間を費やすとも思えん。だとすると、俺はかなり無粋なことをしているのではないだろうか」
榛名「となると、バレた時の気まずさは大変なものです。相手の好意を信頼せずに、探偵ごっこをしていたことになるのですから」
提督「しかし、これは些か楽観的だな。だいたい期待とは悪い方へと裏切られるものだ」
榛名「そうです。これで提督が真に誠実な方ならそれでいい。私の不明を恥じ入るだけです。しかし、もし提督が疑いの通りならば」
提督「おっと、ついに榛名の前に姿を現したな。あれが密会の相手、龍驤だと? どういうわけだ。榛名はレズだと浮気に入らないと思っているのだろうか。というか、そもそも榛名と龍驤に関係なんて………いや、騙されるな。そういう相手だからこその浮気相手だ」
榛名「提督のお相手がついに姿を現しました! あれは金剛お姉さま………どうしたら良いのでしょう。確かに提督とお姉さまの間にはただならぬ関係の兆候があったようには思えます。しかし、お姉さまは私が提督と結ばれる時にあれだけ祝福してくれて提督のことを諦めると言ってくれました。口先だけだったのですね………」
金剛「どうデスか龍驤? ここがやはり」
龍驤「金剛。やっぱりあんたの見る目は確かやわ。こんなおもろいもんはうちも初めてお目にかかる」
金剛「それで龍驤の手に負えるものデスか?」
龍驤「金剛、あんたは艦娘の力の源がなんかはよう知っとるはずや。思いや。艦娘は思いが集うほど力を増す。あんたが強く信じてくれればきっと良い結果になるはずや」
提督「何を話しているかは聞き取れない」
榛名「しかし、浮気の決定的瞬間です! ここで立ち上がらずして何が正妻ですか!」
提督「おうおう! 待て待てい!」バッ
榛名「不埒は榛名が許しません!」バッ
金剛「提督に榛名!? どうしてここに!?」
龍驤「なんやなんや勢いづいて。正義をうたって小市民をいじめるポリ公みたいな表情やで」
提督「ふん。今更とぼけようたってそうはいかない。お前らの密会の瞬間は俺の網膜に焼き付いているんだからな!」
榛名「そうです! 白々しい! 現行犯逮捕で即断頭台ゆき決定でもおかしくありません!」
金剛「オー………どうしてそんなに怒っているのデスか。榛名、落ち着くね。私たちはみんなのためを思って」
榛名「みんなのためってどういうことですか!? そのみんなというのは金剛お姉さまのことではないのですか!?」
金剛「確かにそれに私も含まれてイマス」
榛名「うっぐすっ。お姉さまのことを信じていたのに、裏切られました。提督をみんなで共有するつもりなのですね。淫欲の獣。ふしだらの極みです」
龍驤「事情が事情やから、キミに黙ってこんなことをしたのは謝る。報告してからにしようかと思ってたんやけど、キミは朝っぱらから執務室におらんし、仕方なくやったんや」
提督「なに? 報告だと? 俺の公認を得ようという腹積もりか! なんて図々しい奴だ!」
龍驤「図々しいって、キミ………確かにうちは図々しいやっちゃけど、これに関しては当然のことやと思うで? それをそんなに怒られる筋合いはない」
提督「俺の堪忍袋の緒も切れた。居直るつもりか! 報告するっていう話もどうせ今バレたからって後付けに違いない!」
龍驤「金剛、どないしよ。なんか話が全く通じんのやけど?」
金剛「………どうやら私たちと彼らの間とで何か重大な認識の違いがあるようデス」
龍驤「じゃあ、それをどうにかせんといかんな。………キミはうちが何をしたからそんなにお冠なんかな? うち何か悪いことしたかな?」
提督「あくまでも白を切るか。なら、教えてやろう。お前の罪は俺の恋人である榛名と密かに逢瀬を重ねたことだ!」
金剛「………えっと、ところで榛名はどうしてそんなに私を憎しみの眼差しでみるのデス? 可愛い妹から睨みつけられるようなことをした覚えはないデス」
榛名「金剛お姉さまはひどいです! まだそんなことを! 歳を重ねると面の皮が厚くなるとは言いますが、ここまで厚顔無恥だったとは失望しました! 榛名の夫である提督を誘惑したのをまだ隠し通す気ですか!?」
龍驤「なるほど」
金剛「なるほど」
龍驤「………なんかうちら不倫相手ということになっとるらしいで?」
金剛「そのようデスネ。浮気調査に夢中で異変に気づかずにいるようデス」
龍驤「恋は盲目っちゅうけど、視野が狭まりすぎや」
金剛「提督に榛名、よく見てくださいネ! 私は龍驤と一緒にイマス!」
提督「なに!? よく見たらそうだ! どういうことだ!?」
榛名「えっと、えっと、提督の浮気相手が金剛お姉さまで、お姉さまと一緒にいる龍驤さんは私の浮気相手らしいので………つまり」
提督「………こ、金剛お前はなんていう奴だ! 俺と浮気するだけじゃなく、榛名の浮気相手とも浮気をしているとはどういうことだ!?」
榛名「そうです! 龍驤さん、私だけではなく金剛お姉さまにも手を出して、二重の浮気なんてっ………! 龍驤さんはしっかりした方だと思っていたのに!」
龍驤「待ち待ちいや。なんか頭が痛くなってきたわ。関係がぐるりと一転しとるで、混乱するわ」
金剛「冷静になってくださいデス。私と提督はそんな関係ではありませんし、私は龍驤とも何にもなく、また龍驤も榛名とは愛し合う関係ではないはずデス!」
提督「そうだった! 俺は金剛と浮気していない!」
榛名「そうでした! 榛名は龍驤さんと浮気していません!」
提督「危ない危ない。危うく騙されるところだった。じゃあ、お前らはどうしてここに?」
榛名「そうです。金剛お姉さまと龍驤さんが仲良しなんて初めて知りました!」
龍驤「ほんまに気づいてないんかい。今鎮守府に異変が起きてるねん」
榛名「異変………ですか?」
金剛「そうネ。どうやら鎮守府が球形になってしまったようデス」
提督「球形だと? 鎮守府が地球儀みたいになってしまったと言いたいのか? 浮気を隠すためにそんなファンタジーを持ち出すとはな」
金剛「嘘ではないデス! 信じてください! 出撃のために海に出ようとしたら鎮守府から出られないことに気付いたのが発端デス」
龍驤「信じられへん言うんやったら、うちがちょっとここをまっすぐ歩いてきたる。すぐに戻ってくるから」
榛名「逃げる気ですか?」
龍驤「逃げたくても逃げれへん事態や。不安やと言うんなら、金剛を置いてうち一人で行く。ちょっち待っててーな」スタスタ
提督「龍驤に見捨てられたのに随分と落ち着いているな、金剛」
金剛「球形なのは事実ですから、すぐに戻ってきマスヨ」
榛名「龍驤さんのことを信頼しているのですね」
金剛「信頼といいマスか………」
龍驤「やあ! 提督さん、調子はどうかね! んん?」バシッ
提督「痛っ! ………どうして龍驤がここに? そして俺の背中をなぜひっぱたけるんだ?」
龍驤「だから今の鎮守府は球形やねんて。まっすぐに歩いてもふりだしに戻ってしまうっちゅうことや」
提督「にわかには信じられん。龍驤、お前さてはダッシュで遠回りして俺の背中をとったな?」
金剛「まだ疑うのでしたら、提督が今度はまっすぐ歩いてみたらいいと思いマス。私たちはここに留まっておきマスから」
提督「そこまで言うのだったら、俺も歩いてくる」
§
龍驤「どや? 信じる気になったんちゃうか」
提督「誠に信じがたい。俺はお前たちを置いて先行してどんどん先に進んだ。後ろも振り返らずに。そしたら、道の先にお前たちの後ろ姿があるじゃないか。追い抜いたと思ったら追い抜かれていた」
榛名「不思議なことです。提督が何人もいるのかと思いました」
金剛「これが今鎮守府に起きている事件デス」
龍驤「キミたちは浮気調査をしていたとか言うてたな。相手におかしな様子があるからと。その理由はこれやと思うで」
榛名「確かに提督も榛名の素行調査をしていたと聞いておかしな感じがしてました。榛名は提督を追っていましたが、同時に提督に追われていたことになるなんてどうも具合が悪いと」
提督「つまりはこういうことか。榛名がコソコソ凝視していた地平線の果てにいたのは浮気相手ではなく、この俺の背中であったというわけか」
金剛「提督と榛名は互いに視野が及ばないところに架空の浮気相手を作り出して憤慨していただけデス。その実お互いをずっと見つめていたことに気づかずにネ」
提督「俺は榛名に謝らなければいけないようだ。榛名の熱っぽい視線は浮気相手に向けられていたと考えたが、その浮気相手が俺だったとは全く予想できなかった」
榛名「提督、謝らないでください。榛名も悪いのです! 提督の愛を心の底から信じきることができなかった弱い榛名を許してください!」
提督「ああ、許すとも許すとも! 榛名、やはりお前は俺の愛する榛名だ!」
榛名「榛名、感激です! ああ! 提督の胸はなんて暖かいのでしょう!」
提督「榛名、愛しているよ」
榛名「私もです。提督」
金剛「オー………熱いキスを見せつけてくれマスネ」
龍驤「勝手にそっちだけ大盛況でも、巻き込まれたうちらとしてはかなわんわ。ホンマに」
金剛「………まあ、二人の世界に入っている提督たちは放っておいて、さっさとこの現象を元に戻してクダサイ」
龍驤「はあ、何かやる気が削がれたけど、このままというわけもいかへんし………サクッっと終わらすで」
パアンッ
金剛「思ったより簡単デス。もっと地響きが起こったりするのカト」
龍驤「そんな演出まで気を回す余裕はないわ。シンプルにさせてーな」
金剛「そうデスか。けれでも、これで一件落着ネ」
龍驤「ホンマこんなとこでまな板守護神の加護が役立つとは思ってなかったで」
提督「なあ、龍驤、頼みがあるのだが」
龍驤「なんや」
榛名「提督と今相談していたのですけど、今回の浮気騒動の原因は世界の球形にあるのではないかと思ったのです」
龍驤「………何かやな予感が」
提督「地球上のあらゆる悪はきっと世界が球形ゆえの誤解にあるんだ。だったら、地球も平らにすればいいんじゃないかと」
龍驤「アホかいな!」
提督「いやいや、どうも空想とは思えない。三次元的なものには絶対に見えない陰ができてしまうものだ。そこに何か悪いものを想像してしまうのが人間だ。そして事実無根の悪質を相手に見て取って争う。しかし、二次元ではどうだ。全てがクリアになってそういった誤解を無くせるじゃないか」
榛名「それに球形は精神的にも悪いです。従来の真理を追いかける試みは球形の上だったからこそ、ずっと同じところをぐるぐる回るイタチごっこになってしまったのです。有限な平面ではいずれ行き止まりにぶつかり真理は逃れられず、誤謬は白昼のもとで霧散します」
提督「俺たちは理想の世界のために政府が悪い国が悪いと言い続けてきたが、実は根本的なところを見落としていたんだ。球形世界こそが諸悪の根源だったのだ」
金剛「ちょ、ちょっと落ち着くデス!? まるでカルト教ネ! それは恋愛が孕む狂気の戯言デス! 落ち着いてクダサイ!」
提督「いいや! これこそ正しい悟りだ!」
榛名「そうです! 金剛お姉さまは球形の犠牲になったことがないからそんなことを言えるのです!」
龍驤「な、なんやうち鎮守府を平らにするとき何か間違ったかな………?」
提督「平坦こそ正義! 平坦こそ正義!」
榛名「平坦こそ正義! 平坦こそ正義!」
金剛「龍驤! 耳をかす必要はないネ! 何かに憑かれているような熱狂デス!」
龍驤「………平坦こそ正義。せやな、せやな、せやねん! ずっと周りの連中はうちのことをまな板呼ばわりで嘲ってきよったわ! 余りに毎日言われ続けるさかいにまな板の守護神がついてもうたぐらいや! これは天命や! 今こそ平坦が正しいことを証明せなあかん!」
金剛「龍驤!? ちょ、ちょっと待つデ―――――」
パアンッ
その瞬間、人類は宇宙に舞った。
科学的哲学的芸術的問題は全て最終回答が与えられ、地上は宇宙史上初めて真正なる平和を手にしたのだ。
しかし、そこにはもはや人類を引き付ける力はなく、人類文明は徐々に遠ざかり小さくなっていく楽園を、納得したような面持ちで眺め続けた。
おわり
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