まゆ「エヴリデイドリーム」 (17)
※セリフ以外のまゆの一人称は「私」になっています
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――小さい頃から同じ夢を何度も見ている。
それは前を歩く誰かを追いかける夢
知らない背中を追いかける夢
その夢は私と誰かの二人きり。
誰かの前にだけ光があって。
それ以外は全部真っ暗な世界。
誰かはその光に向かって歩き。
私は誰かを走って追いかけている。
手を伸ばして、その腕をつかもうと。
つかず離れずの距離を歩く誰かに追いつこうと。
そして、その隣を歩こうと。
必死に手を伸ばして走る夢を見ている――
最初にあの人にあったのは読者モデルをしていたとき。
たまたま一緒に撮影をすることになったアイドルの担当プロデューサーとして出会った。
誰かと付き合ったこともなければ、そもそも誰かを好きになったこともない私だったけど。
あの人を一目見ただけで胸がとくんと跳ねて。
息も荒くなって、体中の体温が上がってしまう。
顔も、体も、声も、特別じゃないあの人を見るのはこの日が初めてだった。
でも、私はあの人を知っている。
だって、夢で、夢で何度も見たんだもの。
だからなのだろう、心が喜んでいる……あの人と出会えたことを……!
……というのがはじめての出会いだった。
それはまさに運命というべき出会いだった。
そのとき話されたのは「お疲れ様でした」という言葉だけだったけど。
そのときから私の中はあの人でいっぱいだった。
次に会ったのは、またお仕事であの人の担当アイドルと一緒になったとき。
以前とは違って、もっといろいろ話すことができた。
勇気を出して「少しお話しませんか」と話しかけてよかった。
そのとき話したのは他愛のないお話だったけど。
私はそれをずっと忘れることはない。
あの人の好きな食べ物はハンバーグ。
好きなスポーツはサッカーで、好きな番組のジャンルはバラエティ。
最近は読めてないみたいだけど、推理小説とか結構好きみたい。
……それと。
彼の事務所は東京にある。
ここは宮城。
スカウトついでにこっちで出来る仕事をやろう……っていうことらしい。
だから、逸材が見つかったら……見つからなくても成果が得られそうになかったら、彼は東京に戻ってしまう。
そして、もう出会うこともなくなってしまうかもしれない。
嘘みたいに楽しい時間の中、そんな考えが私の心に傷を残した。
その次に会ったのは東京の、彼のいる事務所で。
なんとしてでも彼の隣にいたかった。
だから親も納得させて、学校にも、読者モデルのときの事務所にもちゃんと話した。
ちゃんと話して、同意をもらった上で、私はここにいる。
あの人に会いたいから。
あの人のそばにいたいから。
生まれ育った土地から離れて、ここに来た。
たったそれだけ、と人は言うかもしれないけど。
それだけが私にとってのすべてだっただけ。
だから今、あの人の事務所のオーディションを受けている。
審査員の一人としているあの人はとても驚いていた。
きっと、あのまま読者モデルとプロデューサーという関係でなかったら一生見ることがなかっただろう。
それだけでもこのオーディションを受けたかいはあったかもしれない。
でも、もちろんそれだけで終わらせるつもりはない。
だから私は、私に持てる最大限をあの人に見せた。
次に会ったのはまたあの人のいる事務所で。
オーディションに受かり、正式にこの事務所で活動することになった。
その初めての話し合いである。
相手はあの人だった。
寮に関してであったり、お仕事に関してであったりの話を聞いて。
そして最後に、あの人は自分が担当プロデューサーだといってくれた。
……今思い返すと、とても恥ずかしいけど。
そのとき、私は思わず涙ぐんでしまった……。
ううん、涙をほろりと流してしまっていた。
うれしくて、本当にうれしくて、どこまでもうれしくて。
だって、あの人が私の担当になってくれたということは、あの人が私をたくさん見てくれるということ。
プロデューサーの人数が少ないらしく、私専属……とはなれなかったみたいだけど。
それでも、たくさん一緒にいれて、たくさん私のことを考えてくれる。
それを考えるだけで、どうしても涙が止まらなかった。
あの人は困惑しちゃっていたけど。
もしかして自分のことが嫌だったか、と聞かれちゃった。
そんなことはないです、なんて涙混じりにいってもあまり信じてくれなかったみたいで
まゆを担当してくれて嬉しいんです、といってもまだ信じきれてないみたいで。
……まあ、担当だと明かしたら目の前の急に泣かれたんだから、そういう考えになってしまうのも仕方のない話。
変な形で迷惑をかけてしまった分これからは気をつけよう、と。
そして、あの人に喜んでもらえるようがんばろう、と。
決意を新たにしたのがこの日だった。
……それと。
私の胸の恋心はやはり一過性のものではなく、本物であると確認できたのもこの日だった。
この日に至るまでの毎日はまるで夢のようだった。
それからの私はあの人とともにたくさんのお仕事をこなした。
時に笑い、時に泣き、時に悔しがり、でもいつも楽しむ、そんなアイドル生活を一緒におくってきた。
最初は小さな仕事だったけど、続けていくうちに大きな仕事が増えていった。
CDデビューもしたし、テレビにも出たし、ライブだってした。
握手会に来てくれる人は日に日に増え、ライブの会場なんかも開催するたびにどんどん大きくなっていった。
それが私は嬉しかった。
あの人のプロデュースでなければ今ほど喜べていなかったかもしれない。
あの人が私のプロデュースをしてくれた結果、どんどんと人気が上がっていることが嬉しかった。
だって、それはあの人が私の魅力を最大限に引き出してくれているから起こったもので。
つまりあの人が私を育ててくれているからであって。
この佐久間まゆという体の上からあの人がかぶさってくれているように感じた。
今やこの身は私一人のものでなく。
私とあの人が一緒に作り上げた作品だということが、そしてそれが世界に評価されているということが、本当に嬉しかった。
反面、あの人と一緒にいる時間が少なくなった。
この事務所はプロデューサーが少ない。
一人のプロデューサーに対して何人も、何十人もアイドルがいる。
……私ももう新人ではない。
ベテラン……と自分で言うのは恥ずかしいけど……まあともかく、ある程度仕事になれた人と新しく入ってきた人なら当然後者に目を向けなければならない。
だから一緒にいる時間が少なくなってしまった。
ここ最近は、事務所に来て、彼に現場まで送ってもらって……あとは私一人ということが多い。
同じユニットの子や事務所の子と一緒になったりすることもあるけど、それでも私一人ということが多い気がする。
仕事はちゃんとしているし、周りの人とのコミュニケーションだって出来ている。
でも、それはあくまで表面上の私の行動で。
心の中ではもっとあの人と一緒にいたいという思いがずっと渦巻いていた。
もっと、もっと、もっと、と。
けれど、そんなわがままを言うわけにもいかない。
あの人を困らせてしまうから、出来るはずがない。
だから私はその思いをしまって。
今日も一人で頑張っている。
どうにか、どうにかしてあの人との接点を増やしたい。
そう考えた私はある日、あの人にお弁当を作ろうと思った。
勝手に作っても食べてくれないかもしれないので、ちゃんと約束を取り付けて。
……あの人は最初は遠慮していたけど、まゆが作りたいんです……と押し続けた許可してくれた。
あの人が一番好きだと語ってくれたハンバーグをメインにしたお弁当を作るためにちゃんと材料を買って。
寮で、愛情をたっぷりこめて。
出来上がったハンバーグにキスなんかしちゃったりしてみて。
そうして出来上がった、私の愛情がたっぷりとつまったお弁当。
いざ、届けてみると、あの人はとても喜んでくれた。
その日は、あの人は別の子についていたから食べてくれている場所は見ることは出来なかった。
……でも、夕方にもう一度あの人に会ったとき。
とても美味しかった、と笑ってくれた。
そう。
この笑顔。
この笑顔がほしかった。
私に向けてくれる、太陽よりもとてもまぶしいこの笑顔をもらいたかった。
ありがとうございます、と。
その日は私も久しぶりに心からの笑顔で答えることが出来た。
……。
翌日以降。
プロデューサーさんにお弁当を届けるアイドルが増えていた。
はじめては私だったけど。
もう私だけのものじゃなくなっていた。
私だけに作らせてほしかった、という嫉妬。
それも口に出せない。
きっとあの人が心配してしまうから。
毎日そんなことさせられない、って。
それと、もし許可してくれても、きっと他のアイドルから私にも作らせてほしいって頼まれた時に困るだろうから。
だから、そんなこと私にはできない。
愛しているという思いを伝えたら、あの人は私だけを見てくれるだろうか。
でも、それも口には出せない。
だって、あの人が困ってしまうから。
アイドルが恋愛だなんて、という建前があるから。
それと……単純に私が怖いから。
もしも私がそこまで好かれていなかったら。
……むしろ嫌われていたら、と考えると息が詰まりそうになる。
だから、そんなこと私には出来ない。
ままならない思いが胸にたまっていく。
好きという思いと気持ちをあの人にぶつけてなんとか発散しているけど。
いつか耐えられなくなる時が来るかもしれない。
……あの人に抱きつきたい。
あの人に抱きしめられたい。
この胸の思いをすべてぶちまけて、世界中の誰よりも貴方を愛していますと言い放ちたい。
そして、あの人からも愛している、と言われたい。
そんな、夢。
叶うはずのない夢をしまって。
表に出せない嫉妬と憎悪と愛情と羨望をごちゃまぜにした塊を。
胸の奥の奥の奥に縛り付けて。
今日もあの人と佐久間まゆを作る。
ある日、同じ事務所のアイドルの一人が辞めた。
これ以上続けていても伸びが見えないこと。
アイドルとは別に持っている夢を追いかけたいということ。
それを理由にこの事務所から去っていった。
あの人はそれを悲しそうに……だけど、どこか諦めたように見ていた。
仕方がないな、と。
いつか、佐久間まゆという作品も仕方がないと壊されてしまうのだろうか
私の上に被っているあの人もいつか離れてしまうのだろうか。
……そしていつしか、夢から現実に引き戻されるのだろうか。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ
もっと。
もっとあの人と一緒に。
ずっとあの人と一緒に。
どうやって?
どうやったら?
いつまでもあの人が私の隣にいてくれるの?
わからない。
わからない、でもいたい。
告白したら、いれるの?
恋人になったら、いれるの?
恋人になってくれるの?
10歳以上離れたアイドルと恋人になってなってくれるの?
わからない、わからない、どうやったら、どうしたらあの人は
私と一緒に、死ぬまで、死んでも、生まれ変わっても。
いつまでも、いつまでも、いつまでも。
……ああ。
あの人が。
あの人が一言。
大好きだといってくれたなら――。
その日から夢のようだった毎日がゆっくりと現実味を帯び始めた。
私は変わらずアイドルを続けている。
仕事を成功するとあの人が喜んでくれるから。
失敗するとあの人が困ってしまうから。
だから、一生懸命アイドルを続けている。
その思いは今でも変わらない。
けれど、あの人と一緒に佐久間まゆを作り上げたあの時に比べて今は楽しくなかった。
楽しんでいる。
楽しんではいるけれど。
あの時のような感動も少なくなってしまった。
そして、相変わらずあの人と一緒にいる時間が少ない。
前見たくお弁当を作っても、最初と同じような笑顔は見られなくなった。
私とあの人の二人だけの秘密みたいなのが出来たなら、きっとまた夢に戻れるのだろうけど。
そんな簡単に作れるはずもない。
……もう、夢のような毎日を過ごしているとはいえなかった。
言ってしまえば白昼夢。
ちょっとしたきっかけですぐ覚めてしまうような。
脆くて、儚い、夢。
……アイドルを辞めるとき、きっと今日までの日々はすべて白昼夢となるのだろう。
この楽しさも、佐久間まゆという作品も、この身に眠る恋心だって。
パッと覚めたあとは余韻にも残らない、現実逃避にも似たものになってしまうのだろう。
だから私は、毎日が夢であることを祈り。
いつかあの人と結ばれることを思い。
この夢から永遠に覚めないことを願いながら。
今日もアイドルを続けている。
――夢を見ている。
それは前を歩くあの人を追いかける夢
あの人の背中を追いかける夢
その夢は私とあの人の二人きり。
あの人の前にだけ光があって。
それ以外は全部真っ暗な世界。
あの人はその光に向かって歩き。
私はあの人を走って追いかけている。
手を伸ばして、その腕をつかもうと。
つかず離れずの距離を歩くあの人に追いつこうと。
そして、その隣を歩こうと。
必死に手を伸ばして走る夢を見ている――
おしまいです
なんとなくですけどまゆは独白では自分をまゆと呼ばないと思ったので私という風にしました。
誤字脱字などあったらすいません。ここまで読んでくれた方ありがとうございました。
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