moral to rium  (14)


言動ではなく、その行いに人は表れるらしい。
良識……モラルのある人間は、善行を説くことはなく、ただ一人己の良識を遵守するのだという。

漫画で、いかにも一本気なヤツがそう言っていた。


コンコン。


……



コンコン。

ガララ……


?「失礼します、先生はいらっしゃ……」

メガネ「いませんか」


初めて見た彼女は、保健室に入る前に2回もノックをするような程度の人だった。


くせ毛「……」ソロ…


対し俺は、授業を抜け出して保健室で漫画を読んでいる程度の人だった。





メガネ「とっ、とっ、と……いっつー」

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カーテンをそっとつまみ、小さな隙間から彼女を覗く。
体操着でメガネな彼女はベンチに座り、どうやら右足を庇っている。体育で捻ったのだろう。


さて、他のベッドを見やる。
カーテンが閉まっているのはここだけだ。


授業より漫画を優先するのは許すが、ここでだんまりを決め込むのは許さない。
良識とは言動ではなく行動で示すもの、そうだろう男前。


シャッ!


メガネ「!」
くせ毛「ねんざ?」

メガネ「え、はい」

くせ毛「湿布で良い?」

メガネ「え、え……」

彼女は呆気に取られているようだった。
俺は棚を漁り、湿布を探した。


くせ毛「体育でやっちゃったの?」ガサゴソ

メガネ「はい……」

くせ毛「そっかー、担いできてもらえば良かったのに」

メガネ「え、それは……」

くせ毛「……。うーん、見つかんないな」




メガネ「あっちの棚じゃないですか?」

くせ毛「あっ、あそこかも」

ガサゴソ……

くせ毛「あったあった、ありがとう」
くせ毛「よし、包帯もめっけ」

メガネ「あの、包帯はちょっと……」

くせ毛「だーいじょぶだって。大袈裟なくらいでちょうど良いの」

俺は彼女に正対し、足元で跪くようにした。

くせ毛「ごめんね、足。触るよ」

メガネ「はい……」

館履き、靴下を脱がし、素足に触れる。
館履きのステッチの色からして、メガネの彼女は俺と同学年らしい。



くせ毛「痛いのこのへん?」

メガネ「くるぶしの少し上です」

くせ毛「ここかな?」

メガネ「……っ」

くせ毛「ごめんね、すぐ貼るから」


自分に貼る時より気持ち優しく、クルリンと冷湿布を貼った。


くせ毛「ちょっと足上げてもらって良い? うん、ありがと」

くせ毛「っと。ネット包帯」パッパッ

処置の痕は、思ったよりちょこんと収まった。



くせ毛「じゃあ靴下……」
メガネ「く、靴下はいいです。自分で履きます」

くせ毛「あ、そう? 分かった」


くせ毛「氷のうが多分一番良いんだろうけどさ、勝手に作って良いものか分からなかったし」

メガネ「でも、勝手に貰って良かったんでしょうか」ヨイショ

くせ毛「大丈夫っしょ。気になるなら、とりあえず利用記録書いてきたら?」

メガネ「はい。よっと」

くせ毛「歩ける?」

メガネ「歩けます」

少しぎこちなく歩く彼女に手を貸したくなるが、我慢して眺める。
利用時間と理由、クラスと名前を記入する帳簿にペンが滑る。



サラサラ……



メガネ「風邪、大丈夫なんですか」

くせ毛「ん?」

メガネ「ここ……風邪って書いてあるじゃないですか」

くせ毛「あー。寝不足だけど、健康体だよ。『獅子損々』って漫画読んでたら、夜更かししちゃって」

メガネ「?」

帳簿を書き終えた彼女がこっちを見た。

くせ毛「あー女子は知らないか。とにかく漫画読んでてさ」

メガネ「知ってます」

くせ毛「えっ、ほんと?」

獅子損々というのは、己のモラル、良識、思いやりを貫き通そうとする中で様々な寄り道をして成長してゆく、そんな主人公を描いた漫画である。

メガネ「買ってますよ、全部」

画風が濃く、青年マンガの色が強いが……ともかく、彼女は読んでいたらしい。


くせ毛「10巻買った?」

メガネ「今日帰ったら買いに……もう持ってるんですか?」

くせ毛「朝、友達がコンビニで買ってきた」
くせ毛「1巻から9巻は一気読みして、朝返してきたんだよね……ふぁあ」

ベッドの方から、発売したばかりの最新巻を取り出す。



くせ毛「この巻、ラストの宮島がカッコよくてさあ」

メガネ「あ、言わないで。自分で読みます」

くせ毛「じゃあせっかくだし、ここで読んでったら?」

メガネ「えっ」



メガネ「授業が……」
くせ毛「どーせ体育でしょ?」

メガネ「もう利用時間書きましたし……」
くせ毛「だいじょぶだいじょぶ」

メガネ「というか、保健室で漫画……」
くせ毛「毎度のことだって」



くせ毛「まあ良いじゃない、足休めるついでだと思ってさ」

メガネ「……。じゃあ」

彼女はベッドに腰掛け、ページをめくり始める。
俺はその横に足を垂らし、厚い布団の上に転がった。



くせ毛「あ、一応カーテン閉めて」

メガネ「……」シャッ


メガネ「じゃ、お借りします……」

くせ毛「また貸しだけどね」



ペラ……



メガネ「……」

くせ毛「……」



ペラ……ペラ……



メガネ「…………」



ペラペラ……ペラペラ……






メガネ「………………」

くせ毛「zzz……」


………………



キーン、コーン、カーン、コーン


くせ毛「ん、んん……」

メガネ「……」チョコン

くせ毛「ん?」

不自然な格好で寝ていた身体が軋む、それに見慣れない顔が俺を見下ろしている。

あー、寝ちゃったのか。
メガネの彼女は少し困ったような表情をしていた。

くせ毛「いまなんじ……」

メガネ「……放課後です」

身を起こすと彼女は『獅子損々』に視線を落とす。

くせ毛「ごめんね、ひょっとして寝てるあいだずっと居たの?」

メガネ「はい、でも……」



メガネ「宮島、カッコよかったですね」

くせ毛「あーうん。やっと男を見せたよね」



メガネ「そんなわけで……私も手当の代わりについていました」

漫画が先生に見つからないように、あるいは俺を起こすのが忍びなくてということだろう。

くせ毛「ありがとう」

メガネ「モラルです」クスッ

メガネのその子は、照れたような笑顔を見せてくれた。


メガネ「ずっと寝ているんですもん。先生が帰ってきたから漫画は隠さないといけないし」
メガネ「けど、借りたものを寝ている間に返して去るのも良くないですし」

くせ毛「ごめんね、授業休ませちゃって」

メガネ「それは。まあ、いいんです」

彼女の言葉は、不満にも言い訳にも照れ隠しにも聞こえる。
良識の何たるかを共有する俺たちにとって、その会話は意味の深いものだった。


くせ毛「いま、先生は?」

メガネ「いませんよ」

くせ毛「よいしょ。とにかく、ありがとうね」

メガネ「いえ」

くせ毛「あ、もしかして部活もあった?」

メガネ「いや、もう帰るところです。足も少し良くなったし」

くせ毛「じゃ、途中まで一緒に帰らない?」


少し思い切ったことをした。
一緒に帰りたかったというよりは、連絡事項みたいな会話じゃなく何でも話して聞いて良いと、そういう了承が欲しかったのかもしれない。

メガネ「え……」

メガネ「いい、ですよ?」

彼女は困っているようだった。でも、俺には好奇の目が向いている。
俺だっておおよそ、軽々しく異性とふたりきりになろうとしない。彼女は俺よりもその傾向が強そうだ。

くせ毛「んじゃ、これは明日返そっと。失礼しました」
メガネ「失礼しました」



去り際に鏡を見た時、俺が彼女以上に好奇の光を宿していた事にようやく気付いた。


くせ毛「えっと、俺4組のくせ毛。学年同じだよね?」

昇降口を抜け彼女の横につくと、さらりとそんな言葉が出た。
なんというか、わざとらしいというか、こういうの……そうだ、芝居掛かってるって言うのか。

メガネ「その……1組のメガネです」

くせ毛「メガネちゃん、俺と同い年なんだから敬語とっていいのに」

メガネ「うーん……」

くせ毛「別にいいじゃない」


メガネ「ん、じゃあそうする」




……

メガネ「じゃあくせ毛は随分駆け足で読んだんだ」

くせ毛「そうだね……けっこう眠いし。また前の巻読みたくなったら、貸してもらっても良い?」

メガネ「……クラスの友達じゃダメなの?」

くせ毛「えー、せっかく獅子損々を女の子と語れると思ったのに」

メガネ「分かったよう。私もまわりに読んでる人いないし」

くせ毛「あ、じゃあライン教えて?」

メガネ「いいよ。最初からそのつもりだったんでしょ?」

くせ毛「えー、違うよー」



崩さなかった敬語がひとつリミッターだったのか、タメで話しだすと壁はどんどん取り払われていった。


メガネ「それじゃ、ここで」

くせ毛「足、無理しないでね」

メガネ「うん」




ごく普通の距離感で、ごくの友人のように別れを交わす。
馴れ初めからするとそれは異様で、ごく普通とは言えないものであった。



…………

くせ毛『足は大丈夫?』

メガネ『もう平気。』

くせ毛『良かった。体育なにしてたの?』

メガネ『バスケ……
運動ニガテだから、それでやっちゃった』

くせ毛『あー
なんかそんな感じだと思ったよw』

メガネ『イメージ通りで悪かったですね!』

くせ毛『ウソウソ、ごめん
ちゃんと養生してねw』


本来何もないところから、何かが生まれようとしている。
少しずつ、しかし確実に、あり得ないの連続が積み重なってゆく。
それは、うら若き少年少女誰もが望むもののようであり、先駆ける成人男女はうらぶれを危ぶむようなもので。

町を行き、学び舎にこもり、ただ時を歩む灰色の男女は、ある日突然に虹色の舞台へ放り込まれていったのだ。


コンコン。
ガララ……


メガネ「失礼します」

彼女はまたノックをして入室した、たいそうなモラリストであった。

対し俺は、冷房の効いた保健室に横たわるたいしたモラリストであった。

くせ毛「お、いらっしゃい」

メガネ「また先生居ないんだ」

くせ毛「そ、そ。だからだよ」

メガネ「はぁ……」

今までの丁寧な態度とは違う、あからさまなため息。

メガネ「なんでいきなり呼ぶのかな」

くせ毛「来てくれてありがとっ」

メガネ「はぁ……」


つまりは、授業中の彼女をラインで呼びつけたということである。


メガネ「いっつもそうやって授業出てないの?」

くせ毛「月に何度もないよー。今日は特別! ごめんね?」

メガネ「……。分かりましたよう」




メガネ「でも、今日はなにするの?」

くせ毛「何しようね……お話しない?」

メガネ「つまらなかったら帰るからね。よいしょっと」ポフン

くせ毛「あー、布団側とられた。枕もらい」ボフッ

メガネ「どっちでもいいよ……」


シャッ!


くせ毛「……」
メガネ「……」


メガネ「な、なんでしょう」

くせ毛「メガネちゃん、一見お堅そうだけど、そうでもないのかなと思って」

メガネ「顔見て分かるものなの? それって」

くせ毛「んー? 勘だよ。でも今の反応的にちょっと嬉しいでしょ」

メガネ「え」

くせ毛「否定しないからさ。ね?」

メガネ「……くせ毛は見た目通りチャラい」

くせ毛「あーっ、ひどーい。ははは」


メガネ「くせ毛はどうして私に絡んできたの?」

くせ毛「ん?」

理由はないとは言えないだろう。理由がなければ知りもしなかった縁だ。
容姿の事とも言えないだろう。彼女の主観や周りの客観を上回れるほどに、メガネちゃんを褒めちぎれる自信はない。
性格の事だったら、大勢いるような灰色の集団の中から何故彼女を選んだのか答えなければならない。

足りない頭でこれだけ考える。なれば、女なら何でも良いというわけではないんだ。絶対。
それにこれは馴れ初めだけを指して言ってない。言外には「なんで私を狙うんですか?」というニュアンスも、たぶんある。

メガネ「どう、なの?」

沈黙に耐えかねたのか、首をかしげる。期待と不安が半分半分なようで、かわいらしい。

くせ毛「怪我してたのが気になったし、話してみたら気になっちゃって」

メガネ「……」

くせ毛「変かな?」

メガネ「う、うーん……」

くせ毛「じゃあ、言えるようになるまで保留って事で」

メガネ「……やっぱ誤魔化したんでしょ」

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