老勇者「ワシは……もうダメじゃ……」勇者「おじいちゃん!」(32)

魔王城まであとわずか、という地点にて――



老勇者「ぐぅっ……!」ガクッ

勇者「お、おじいちゃん!?」

勇者「どうしたんだよ!? しっかりしてくれ!」

老勇者「ゴホッ、ゴホッ……!」

老勇者「う、うぅ……」

老勇者「ワシは……もうダメじゃ……」

勇者「おじいちゃん!」

老勇者「き、聞くのじゃ……」

老勇者「ワシらの一族は……かつて魔王を滅ぼした勇者の末裔、じゃが……」

老勇者「ワシの息子が病で早くに死んでしもうたために……」

老勇者「お前は若くして、勇者として魔王討伐を命じられてしもうた……」

老勇者「そしてワシは……才能はあるが経験は少ない、お前をサポートすべく……」

老勇者「お前に……同行させてもらった……」

老勇者「じゃが……どうやら、それもここまでのようじゃ……」

老勇者「寿命が……来たようじゃ……」

勇者「寿命って……縁起でもない!」

老勇者「すまん、かったのう……」

老勇者「ワシは若いお前の足をひっぱり続け……」

老勇者「なんの役にも立てなかった……」

勇者「そんなことないよ、おじいちゃん!」

勇者「おじいちゃんの知識の豊富さには、俺もずいぶん助けられたよ!」

老勇者「優しいのう……お前は……」

老勇者「そんな優しいお前と……二人で旅ができて楽しかった、わい……」

老勇者「お前は……最高の孫じゃったよ……」

勇者「俺もだよ! すっごく楽しかった! おじいちゃんは最高の祖父だよ!」

勇者「だからもうダメだ、なんていわないでくれよ!」

老勇者「ふ、ふふ……ありがとうよ……」

老勇者「ううっ……ゲホゲホッ!」

老勇者「最期に……これだけは伝えとかねばならん……」

勇者「なんだい……?」

老勇者「剣技の極意……についてじゃ……」

老勇者「力まず、迷わず、そして魂を込めよ……」

老勇者「抽象的な言葉じゃが……今のお前になら……理解できるはずじゃ……」

勇者(力まず、迷わず、魂を込める!)

勇者「うん……理解できたよ!」

老勇者「あ、あと……」

勇者「うん!」

老勇者「魔王は……いかなる攻撃をもはじく、黒いマントをはおって、おる……と聞く」

老勇者「戦う時は……なんとしても、あれをはぎ取るのじゃ……」

老勇者「接近して、マントのみを狙うように、剣で振り払えば……」

老勇者「はぎ取ることができるはずじゃ……」

老勇者「一度はぎ取れば……再び装着することはかなわん、らしいからのう……」

勇者「黒いマントだね!? 分かったよ、おじいちゃん!」

老勇者「それと……」

勇者「まだあるのかい!?」

老勇者「魔王を倒したら……お前は、姫と結婚するべきじゃ……」

老勇者「お前が姫を好いておることも、また、姫がお前を好いておることも……」

老勇者「ワシの目には明らかじゃからのう……」

老勇者「きっと……国王陛下も許して下さるじゃろうて……」

勇者「おじいちゃん……」

老勇者「う……ゲホゲホッ、ゴホッ!」

老勇者「……これでもう、思い残すことは……ないわい……」

勇者「!」

老勇者「もうお前は一人でも、大丈夫じゃ……」

老勇者「さ、ら、ば……」

老勇者「……」

勇者「おじいちゃん……!?」

勇者「おじいちゃあああああんっ!!!」

老勇者「うう……」

勇者「え!?」

老勇者「どうやら、もう少しだけ……力が残っておるようじゃ……」

老勇者「魔王のところまではたどり着けんじゃろうが……」

老勇者「あとほんのわずかの間だけ、お前とともに旅をさせてくれんか……」

勇者「分かったよ、おじいちゃん!」

魔王城――

老勇者「魔王城は……広大な迷宮になっておるが……」

老勇者「魔の瘴気が濃い方に進めば……魔王のところに……たどり着けるはずじゃ……」

老勇者「ワシらの先祖である、勇者はそうやって魔王を探し出した、というからの……」

勇者「なるほどね……」

老勇者「ゆくぞ……!」ヨタヨタ…

勇者「……うん!」

老勇者「あちこちにある……魔王の石像は……ただの石像ではない」

老勇者「トラップ、じゃ……」

勇者「トラップ!?」

老勇者「うむ、近づくと……強力な、魔法攻撃を放ってくる……」

老勇者「なるべく……近づかぬよう、進むのじゃ……」

勇者「分かったよ!」

勇者「敵が来たよ、おじいちゃん! 気をつけて!」

老勇者「ゴホッ、ゴホッ、う、うむ……」

老勇者「魔王の城ともなると……魔族も強力じゃ……!」

老勇者「出し惜しみはせず……常に全力でいけい!」

老勇者「そ、その方が……かえって力を消耗せずに、すむ……!」

勇者「分かったよ、おじいちゃん!」

勇者「でやっ!」ビシュッ

老勇者「どうりゃっ……!」ザシュッ

老勇者「どうやら……ここが魔王の部屋のようじゃな……」

勇者「うん……!」

勇者「おじいちゃん、あとは俺が――」

老勇者「いや……ワシももう少しだけ、働けそうじゃ……」

老勇者「せめて、お前の盾になって、死のう……」

勇者「そんなっ!」

老勇者「頼む、ワシの最期の願いじゃ……。付き合わせてくれい……!」

勇者「おじいちゃん……」

老勇者「ゴホゴホッ、さぁ突入じゃ……!」

魔王の部屋――

魔王「クックック……ようこそ、勇者たち」

魔王「かつて私を滅ぼした勇者は、歴戦の勇士といった風貌の豪傑であったが」

魔王「今の勇者は、老いぼれと若造の二人組とはな! 笑わせてくれる!」

魔王「すぐさま返り討ちにし、世界を手中に収めてくれるわ!」

勇者「なにを!」

勇者「現代の勇者である俺が、お前を叩き斬ってやる!」チャキッ

老勇者「ゆくぞぉ……!」ヨロヨロ…

勇者「おじいちゃん! 俺より前に出たら危ないって!」

老勇者「とりゃあっ……」ヒュバッ

魔王「しまった! こいつ、私のマントを……!」

魔王「おのれぇぇぇっ! ――消えろ、老いぼれめ!」バチバチ…



ズドォンッ!!!



老勇者「ぐはぁぁぁっ!」ドサッ…

勇者「お、おじいちゃぁぁぁんっ!!!」

魔王「あんな老いぼれにマントをはぎ取られるとは……油断したわ」

魔王「まぁいい。私の魔法が直撃し、老いぼれはくたばったし、あとは若造のみ」

魔王「マントなどなくとも十分倒せる相手だ!」

魔王「キサマを片付ければ、勇者の血筋は絶えるというわけだ!」

勇者「くっ……!」

勇者「よくも、おじいちゃんを……! 俺の大好きなおじいちゃんを……!」

勇者「許さないぞ、魔王!」

魔王「吼えるな、青二才の分際で! さぁ、かかってくるがいい!」

老勇者「どうやら……もう少しだけ、頑張れそうじゃ……」ムクッ

勇者「えっ!?」

魔王「なにぃっ!?」

老勇者「どうりゃっ……!」



ズバンッ!



魔王「ぐがぁっ!?」

魔王「な、なんだとぉ……この私が……!」

魔王「あんな老いぼれの一撃で……再び滅びると、いうのか……!?」

魔王「ぐわぁぁぁぁぁ……っ!」ボシュゥゥゥゥゥ…

シュゥゥゥゥ……




勇者「あ……死んじゃった……」

老勇者「ハァ、ハァ、ハァ……」ゴホッゴホッ

勇者「お、おじいちゃん……」

老勇者「なんとか、奇跡的に……魔王は倒せた……」

老勇者「しかし、今度こそ……これまでのようじゃ……」

勇者「しっかりして、おじいちゃん!」

勇者「せっかく魔王を倒したんだ。だからおじいちゃんも国に帰ろう!」

老勇者「いや、どうやらこの魔王城で……ワシは朽ちるらしい……」

老勇者「お前はワシの分まで……平和になった世界を生きる、のじゃ……」

老勇者「うぅっ……!」ゲホッ

老勇者「……」

勇者「おじいちゃぁんっ!!! ……くっ!」

老勇者「じゃが……」

勇者「えっ!?」

老勇者「せめて、お前の結婚式ぐらいは見てから死なんとな……」

老勇者「王国へ戻る、としよう……」ゴホッゴホッ

勇者「う、うん! すぐ戻ろう!」

城――

国王「よくやってくれた、勇者と老勇者よ!」

姫「勇者様! お待ちしておりました!」

勇者「姫……。そんなに喜んでくれるなんて、嬉しいよ」

老勇者「ふふ……姫も心細かった、のじゃろう……」ゲホッ

姫「私、信じてました……あなたたちなら魔王を倒せるって……」

勇者「ありがとう……」

勇者「姫……俺と結婚してくれるね?」

姫「はい、もちろんですわ!」



国王「勇者が相手ならば、余も異存はない。さっそく式を挙げようではないか!」

老勇者「感謝致します……陛下……」

老勇者(ふ、ふふ……これで心おきなく死ねる、わい……)

教会――

神父「死が二人を分かつまで、愛し合うことを誓いますか?」

勇者「誓います」

姫「誓いますわ」

神父「では、誓いのキスを……」

姫「勇者様……」

勇者「愛してるよ、姫……」チュッ…



老勇者「ふふ……幸せになるのじゃぞ……。 ――うっ!」

老勇者「ううっ……!」ドサッ…

勇者「お、おじいちゃん!」



ザワザワ…… ドヨドヨ……



老勇者「美しく着飾った……二人を見届けられて、ワシは、満足じゃ……」

老勇者「こんなところで死ぬのは、二人に悪いが……ワシはここまでのようじゃ……」

老勇者「子を作って……温かい家庭を築くんじゃ、ぞ……」ガクッ

姫「ああっ、老勇者様!」

勇者「おじいちゃん……! おじいちゃぁぁぁんっ!!!」

老勇者「……うう」

勇者「おじいちゃん!?」

老勇者「どうやら……もう少しだけ……生きられ、そうじゃ……」

老勇者「せめて……ひ孫の顔ぐらい見てから……死なんとな……」

勇者「……」



ちなみにこの時、勇者17歳、老勇者70歳。

なお言い伝えによれば、老勇者は100歳まで生きたといわれている――







おわり

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